ブレイク間近?!秋田発おばあちゃんの味「ババヘラアイス」

本日5月9日は日本アイスクリーム協会が制定したアイスの日。

あたたかくなって、アイスにぴったりの気候になってきましたよね。
そんななか、個人的に気になるのが秋田県名物の「ババヘラアイス」。
その名の通り、おばあちゃん(ババ)がヘラを使って
よそってくれることから名付けられました。

ババヘラアイスの歴史の始まりは60年ほど前。
いまでは秋田県の国道沿いで、カラフルなパラソルの下で
おばちゃんたちが専用のヘラでコーンに盛り付けて
売ってくれる光景が風物詩になっています。

盛り付けもバラのようなステキなかたち。
気になるお味は、シャーベットに近いさっぱりとした甘さ。
ピンク色の部分はいちご味、黄色の部分はバナナ味です。

最近にわかにこのババヘラアイスがフィーチャーされていて、
秋田限定のミルキー・ババヘラ味が発売されたり、カンボジアで技術指導をして
現地の人がババヘラを販売できるように応援しているんだそうです。

地方発送も行なっているので、おうちでババヘラごっこもできますよ。

※いろいろなメーカーさんがこのアイスを作られているのですが、
「ババヘラアイス」は商標になっているため
地元ではいろいろな名前で販売されています

児玉冷菓

杉重冷菓

進藤冷菓

写真:akitafan.com

陶芸の里・栃木県益子で薩摩の“よかもん”に会える「さつまもの」

栃木県の益子町といえば、益子焼や藍染などで知られる陶芸の里。

この益子で、2013年5月11日(土)〜5月19日(日)の一週間、
鹿児島と益子の文化交流イベント「さつまもの」が開催されます。

「さつまもの」とは、オリジナル家具等を扱う「Playmountain」や
カフェ「Tas Yard」の展開など、様々な分野でデザイン活動を
手がけるランドスケーププロダクツの代表・中原慎一郎さんが、
故郷の鹿児島で出会った魅力的なプロダクトや食のアイテムなどを、
薩摩の“よかもん”として紹介するイベント。
これまで、日本各地やアメリカ西海岸で展開されてきました。

もともと益子町は、民藝運動の旗手の一人であった濱田庄司が、
ものづくりの理想の場として選んだ土地。
いまでも陶芸のみならず、木工や革、服飾など多彩なジャンルの作り手たちが移り住み、理想の工芸村を目指して活動されています。

そんな益子で行われる「さつまもの」は、「starnet zone/recode」をメイン会場に、「ヒジノワ CAFE&SPACE」、「仁平古家具店 益子店」という益子の洗練されたスポットで開催されます。

鹿児島ならではのクラフト作品のほか、美味しいお茶とお菓子なども。

5月11日の18:00からは、レセプションライブとして
サカキマンゴーさんの親指ピアノ演奏も行われます。
詳細はランドスケーププロダクツfacebookページに掲載されています。

Landscape Products

大阪・淀屋橋のバリスタ、 山本カズキさんの 3次元ラテアートがスゴイ!

カプチーノなど、エスプレッソドリンクの泡を利用して絵を描くラテアート。
大阪・淀屋橋のベルジアンビアカフェ・バレルのバリスタ、山本カズキさんは、
Twitterでご自身のラテアートを公開し、そのかわいらしさで
人気を集めるクリエイターさんです。

山本さんのラテアートは、普通のラテアートとはひとあじ違います。
2次元を飛び出し3次元の立体ラテアートに超進化しているんです!
もはや、泡で造形した彫刻のようです。

お店では、忙しくない時に事前にリクエストを伝えておけば、
山本カズキさんがラテアートをつくってくれることもあるそうです。

確実にラテアートを見たい方は、お出かけまえに
電話で確認されることをおすすめいたします。

ベルジアンビアカフェ・バレル

山本カズキさんblog

山本カズキさんTwitter

佐渡島で、トキがデザインされた カワイイ牛乳パックが発売!

新潟県の佐渡島といえば、
絶滅が危惧されている貴重な鳥の「トキ」。

このトキを大胆にあしらった牛乳パックが、地元のメーカー佐渡乳業さんから登場!

これまではミルクの王冠をあしらったシンプルなデザインだったのをリニューアルしました。
冷蔵庫を開けるたびにトキと目があって、思わず微笑んでしまいそうです。

佐渡乳業さんは、佐渡の酪農家が生産した生乳だけを使用し、
牛乳・乳製品をつくっているメーカー。売上金の一部を、佐渡市を通して
「トキの森づくり」活動に寄付しているそうです。

地元の方もこの粋なリニューアルにとても喜んでおられるようです。
こんな牛乳がおうちにあったら楽しいですね。

佐渡乳業

写真:ご縁の宿伊藤屋番頭さんブログより

京都・宇治茶の産地に自転車遠足しよう「京都、自転車ランデブー 2013 春」

GWまっさかり。お出かけが本当に気持ちのよい季節ですね。
京都在住の自転車アクティビスト、KaOさん企画の
サイクリング・イベント「京都、自転車ランデブー 2013 春」が
GW期間中開催されています。

このイベント、普通のサイクリングとは一味違います。
自転車で京都の町並みを楽しみつつ、
京絞りなど伝統工芸や茶つみ、さらには温泉まで
体験できるよくばりな内容の催しが
7日間にわたって行われています。

例えば、片道だけ自転車に乗るもよし、電車で来て
体験だけするもよし、自由な参加ができるんです。

GW後半は5/3、4、5、6に開催。
残念ながら他プログラムの応募は既に終了しているのですが、
コロカル読者のために5月4日の茶つみ遠足(参加費3,000円)への
参加枠をご用意させて頂きました。

この日は、宇治茶の産地である和束町にお出かけし、
見渡すかぎり広がる茶畑で、茶農家さんと一緒に
茶つみ体験をします。お昼には古民家で茶づくし弁当も。
電車でも自転車でも参加できます。

お申込みはこちらのフォームからどうぞ!
定員に達し次第、締め切らせて頂きます。
http://bit.ly/16fBvU9

こちらは4/27に行われた「お気に入り京都案内サイクリング」のひとこま。facebookにてこれまでのプログラムの写真が見られますよ〜。

Facebook「京都、自転車ランデブー 2013 春」

ハチ公がひょっこり顔を出す、シレトコドーナツ・ シブヤバージョン

北海道のはじっこ、標津郡中標津町。
知床半島にほど近い、この地から生まれたシレトコドーナツが、
シブヤバージョンとして堂々登場!!

シブヤバージョンでは、ハチ公にちなんで
ワンコがドーナツの穴からひょっこり顔を出しています。
北海道バージョンではクマが、上野バージョンではパンダが乗っているのですが、
渋谷バージョンもカワイイですね。

こちらは北海道バージョン。

もちろん味のほうも手抜きなし。
中標津町産のミルクやハチミツを使った素朴な味わいに加え、
油で揚げず、一個一個を手焼きしていて、とってもヘルシー。
生キャラメルを練りこんだふんわりしっとりドーナツです。

シレトコドーナツ・ シブヤバージョンは、
東京・渋谷の西武百貨店 渋谷店にて
期間限定で販売されています。

シレトコファクトリー

西武百貨店 渋谷店

山形・想耕庵 その2

朝ごはん、だけのつもりが。

迎えた翌朝。
窓の外を見ると、あたり一面すっぽりと雪に覆われている。
これぞ雪国! という景色。
足下が悪いので、山形駅からタクシーで向かうことにした。
山形の朝食、いざ行かん。

山形駅からタクシーで20分ほど。道中、期待と不安が入り交じる。

「どんな朝ごはんが食べられるのかな、ワクワク」

「昨日はOKしてくれたけれど、今日になって面倒に思っているのではないかな……」

「勢いでお願いしてしまったけれど、厚かましいよな〜」

ぶつぶつ……。
20分ほどで到着。
タクシーから降りると、ご主人が玄関先で出迎えてくれた。

--- 7:40 ---

「おはようございます!」

「あ、どおも~」

丁寧なお辞儀と、微笑を少し。
終止柔らかい口調のご主人、どうやら歓迎ムード、よかった。

「こちらにどうぞ」

居間に通していただいた。

正面にどんと据えられたテレビからは、NHKニュースが流れている。
やかんからの湯気と、雪に反射した柔らかい日差しとが相まって、
部屋の中はなんだかとっても心地よい。
そしてちゃぶ台の上には、すでにおかずが何品か並んでいる、美味しそ~。

そこへ女将さんが登場。

「おはようございます! ほんとうに来ちゃいました、すみません」

「あは~、たいしたもんじゃないよ~、ほんと」

台所と居間を行ったり来たり、てきぱきと朝食の支度を整える女将さん。
それをお手伝いするご主人。

--- 8:00 ---

「♫~♫〜」

テレビから朝ドラの主題歌が流れる。

「おかあさん! おかあさん!」ご主人が叫ぶ。

どうやら「集合!」ということらしい。
ご夫婦とも着席、ジャスト8時。

揃ったところで、おふたりの写真を撮らせていただこう。

「いやーーー、わたしは、ほんっとにいいよー、写真は、ほんとに」

と、女将さんが手で顔を覆い、照れまくる。
それでも何枚か撮影させていただき、さて、では、いただきます!

照れまくる女将さんをなんとか誘い、パチリ!「あっ、ドア開いてたね、丸見えだね〜、あははは」と女将さん。

今朝のメニュー
☆もってのほか(菊の花びらと大根おろしを和えたもの)
☆大根の皮のきんぴら
☆赤大根の酢漬け
☆白菜の蒸し煮
☆五月菜の煮浸し(山形では菜の花を「五月菜」とか「くきだち」と呼ぶ)
☆かぼちゃの煮物
☆アジの干物
☆ごはん
☆昨日のお鍋の残りみそ汁
☆ヨーグルト

品数も量もずっしり。
ごはんも、山盛り!
うむ、食べきれるかしら……。

カツオの仕業ね。カツオ、ちょっと来なさい!

「チンコ大好き♡」枕崎生まれのあのコは言った。

カツオをテーマに文章を書くとき、
一番むずかしいことは何でしょう?

それはなんといっても書き出しです。

<目には青葉 山ほととぎす はつがつを>

毎年この季節、旬のカツオを取り上げるニュースは
このお決まりのキャッチフレーズとともに始まります。

ところが「目には青葉」を話の枕に使ったとたん、
マンネリ、ワンパターン、新味のない、
型にはまった、古くさい、陳腐な、
ああ、よくある月並みなカツオの話ね……
と見向きもされなくなるのです。

劇作家の別役実さんも書いています。

<これまで多くの知識人たちが「目に青葉」の句を
使用せずにかつをの話をすべく、挑戦してきた>

<現在では百人が百人、「目に青葉」なんかよそうと考えながら、
手の届くところに適当なものが見当たらず、
うんざりしながらこれを使っているというわけなのだ>
(『続々真説・動物学大系 魚づくし』平凡社)

ああ、山口素堂のなんという呪縛。
ちょっと実験してみましょう。

 現在、ベースボール界のカツオといえば、
 小さな巨人、スワローズの石川雅規投手ですが、
 往年の野球ファンにとってカツオといえば、
 ファイターズ(フライヤース)とスワローズで
 活躍したスラッガー大杉。両リーグで1000本安打を
 最初に達成したバットマン、大杉勝男選手でしょう。

 カツオの季節になりました。

カツオの話の枕としては明らかに失敗です。

いいからさっさと本題に入れ? 
ごもっとも。

では、突然ですがクイズです。
これはなんでしょう。

正解は「チンコ」です。

チンコをご存じない女子は「なんてお下劣な!」
と眉をひそめているかもしれませんが、
いかんせんチンコはチンコなのだからしょうがありません。

もちろんカツオのハート♡ 心臓でも正解です。

かつお節の一大産地、鹿児島県枕崎ではカツオの心臓を
チンコと呼ぶのです。
新鮮なので刺身でいただきましたが、
塩焼きや炒め物にするのが一般的な食べ方だとか。

さかなをアッパー系とダウナー系に分けるとしたら
カツオはアッパー系の代表だと思いますね。
特に初ガツオは食べると、なぜか気分が高揚します。

気分が高揚するのは、どうしてでしょう?
春の訪れを感じるから?
良質のタンパク質と豊富なビタミン、ミネラルといった
栄養成分の作用?
薬味に使うニンニクの影響?

わかりませんが、なによりカツオが放つ
強烈な黒潮のイメージ。
はるか昔、黒潮にのって日本列島に渡ってきた
遠い祖先から受け継ぐ旅するDNAが
うずくのではないでしょうか。

うっしゃー、今夜もカツオじゃきに。
カツオはまっことうまいのう!

カツオを一番よく食べるのは高知県民です。
全国平均の約3倍ですからダントツ1位です。

振り返ると「キャ~~! 丸出し~っ!」。ちょいグロいのが魅力のカツオ人間は銀座にある高知のアンテナショップ「まるごと高知」のPR大使。

キャラメルとか耳かきとかノートとかパンツとか、キャラクターグッズもそろっています。

カツオが選択した究極の自給自足戦略。

カツオはインドネシアやフィリピン沖で産まれます。
温水プールのように温かい南の海で年中、産卵しているのだとか。

南の海が透明に輝いているのは、海に栄養が少なく、
プランクトンがあまり発生しないからです。
つまり、さかなにとってはエサが少ない。

それではエサの少ない海で、カツオの稚魚たちが何を食べているかというと……。
驚愕の事実が今、明らかに!

かつお節の老舗、日本橋にんべんで売られているぬいぐるみ『解体君』。

実は共食いをしているのです。
ぎゃああ〜〜っ!

多産系のカツオは分類学でいえばサバの仲間。
特徴として小さな卵をたくさん産みます。
しかも、少しずつ時期をずらして産むようです。

稚魚はプランクトンだけでなく、あとから産み落とされた
卵や仔魚、いわば弟妹たちも食べて大きくなります。

少し残酷な気もしますが、それがカツオの生き残り戦略。
大きな卵を少量産むサケ類とは真逆のストラテジーです。

究極の自給自足……とでもいうのかな。
ああ、だめですよ。カツオがワカメやタラちゃんを
食べているところなんか想像しちゃ!(←普通しねーよ!)

カツオの99.999%は卵や稚魚のうちに
他の魚だけでなく仲間にも食べられてしまうそうです。

厳しい生存競争を生き抜き、
大きくなったカツオは豊富なエサを求めて
群れをなして北の海へと旅立ちます。

詳しくいうとカツオは南の海に定住する派と
北へ旅する派に分かれるそうで、
日本沿岸にやってくるのは旅するカツオです。

しかも黒潮にのってやってくるだけじゃなく、
ダイレクトに紀州沖、房総沖、三陸沖へやってくる
ルートもあるんだそうです。

カツオのハラスの塩焼きがトッピングされた薩摩うどん。

カツオは泳いでいないと呼吸ができません。
というわけでカツオは24時間、泳ぎっぱなしです。

寿命といわれる約8〜10年間、ずっと泳ぎ続けるのです。
計算では生きているうちに50万キロ前後
(地球10周以上)泳ぐことになるそうです。

何たるスタミナの持ち主でしょう。
カツオを食べると元気が出るわけです。

キング・オブ・カツオを食べてみた!

それにしても今日のカツオの色艶!
素晴らしいでしょう?

純銀製のオブジェみたいに輝いているじゃありませんか。

このカツオは紀伊半島の先端、つまり本州最南端の港、
串本の「しょらさん鰹」です。

「しょらさん」とは串本の言葉で「愛しい人」を意味します。
いやあロマンティックですね。

カツオといえば、勇ましい一本釣りが有名ですが、
串本の沿岸カツオ漁は、船を走らせながら擬餌針を流して
カツオを釣り上げるケンケン漁が主流です。

ケンケン漁は串本が発祥の地といわれています。

明治の初め、串本から大勢の人が
移民としてハワイへと渡りました。
伝統的な引き縄漁法も一緒に持ち込まれ、
ハワイで改良された技法を移住者が串本へ持ち帰り、
あっという間に日本全国に広まりました。

ケンケンというユニークな名称はハワイの言葉
からきているという説もあるそうです。

歴史的に南紀は漁法の発明や、かつお節の加工技術など
イノベーションに熱心な土地柄ですが、その話はまたいずれ。

さてこの「しょらさん鰹」には3つの条件があります。
(1)ケンケン漁で当日水揚げされたものであること
(2)活き〆をしたうえで丁寧に放血し、氷温保存したもの
(3)サイズは脂がのった2〜4.5kgであること

3つの条件をクリアした中からブランドとして認められる
品質のものだけを仲買人が選別して、
選ばれたカツオだけに認証シールが貼られます。

厳しい審査を経て合格した印!

ケンケン漁はカツオへのダメージが少ない上に、
一本一本、鮮度保持の技術を駆使して、
それこそ愛する人を扱うように繊細に接するので、
その身肉たるや極上です。

しかも大量に漁獲する漁法ではないので
普通のカツオの2倍くらいの値段がする高級品です。

まさにキング・オブ・カツオ。

食べてみると食感はもっちりねっとりで、
脂がのっているのにしつこくない。
そして、いわゆるカツオのクセがまったくなく、
へ? これがカツオ? と驚くこと間違いなし。

こりゃもう革命ですよ!
いや、ほんとですって。僕が嘘をついたことありますか!
(↑おめーなんて、知らねーし!!)
ごもっとも。

どうですこの、ねっとり感!

ああ、「しょらさん鰹」はうまいなあ!
ああ、「しょらさん鰹」は日本一だあ!

カツオ提供:潮崎商店

みなさん、覚えていただけましたか「しょらさん鰹」。
ぜひ一度食べて、ビックリしていただきたい。

さて、普段、サクの状態でしか見かけないカツオですが、
今回の撮影でじっくり丸ごと一本を観察できました。

高速で泳ぐときはヒレを畳んで水の抵抗を減らすことは
知っていたのですが、畳むだけじゃないんですね。
ピタッとカラダの内側に収納できちゃうんですよ。

シャキーン

シャキシャキーン!

ねねね、すごいメカニズムでしょう。

そして、これこれ。知っていました?
尾びれの付け根には水平翼のような
透明な流線型の突起があるんですよ。

進化って不思議だなあ……。

まるで合成樹脂でできたスポイラー、
エアロパーツみたじゃないですか。

エサを追うときなどは
時速100キロくらいで泳ぐといいますからね。

ああ、なんてカツオはかっこいいんだ!

ではまたね〜!

・・・・・・エピローグ・・・・・・・

今回、カツオの撮影に協力していただいたのは、
墨田区にある宅配寿司『京山』の朝山議尊さん。
店には秘密の小部屋があって、寿司、魚介類専用の
撮影スタジオになっています。

撮ってもさばいても絵になる男!

『京山』は全国から、寿司ネタとしては馴染みのない
地魚を取り寄せ、にぎり寿司にして提供している
ことでも有名なお寿司屋さんです。

この日は串本から届いたホウセキキントキ、ニザダイ、
ヒゲハギ、テングダイ、カスミアジなどが
おいしい握り寿司になりました。

ね? こんな寿司、食べたことないでしょ?
あ、もちろん、一般的なネタも扱っていますよ。

information


map

出前専門 黒酢の寿司 『京山』

住所 東京都墨田区立花1-11-2 イチゴガーデン店舗一号室
TEL 03-3614-3100
予約受付時間 9:00~21:00
年中無休
http://www.kyouzan.jp/

information


map

『潮崎商店』

住所 和歌山県東牟婁郡串本町串本981
TEL 0735-62-0314
営業時間 6:00~14:00
定休日 年中無休

漁師穴子の店 たまちゃん

豪快な漁師定食と楽しい会話に、お腹も心もほっこり。

山口県の南西部に位置し、瀬戸内海に面している宇部市。
市内の中心地にほど近い、レトロな看板が並ぶ商店街、新天地名店街に入ると、
醤油の香ばしい匂いが通りに立ちこめる。
店前ではおいちゃんこと、福田 誠さんが炭火で穴子を焼きながら、
「いらっしゃーい」と屈託のない笑顔で迎えてくれた。
「漁師穴子の店 たまちゃん」の看板メニューは、店名通り、もちろん「穴子丼定食」。
かつては、穴子漁師だったおいちゃんが、厳選して仕入れる穴子をさばき、
注文を受けてからひとつひとつ、炭火で焼いている。

穴子は、以前は近くの海でもたくさんとれたが現在は減ってしまい県外から仕入れることも。

穴子がたっぷりのった豪快な穴子丼定食(980 円)は、人気メニュー。

醤油タレにつけながら、かりっと、ふわっと焼き上げたアツアツの穴子を
豪快に大盛りのご飯に乗せるのが、たまちゃん流。
それに、地元の新鮮野菜を使った、たっぷりの副菜とお味噌汁、漬け物がつく。
これは、おばちゃんこと、奥さま球子さんの担当だ。
ちなみに、この日の副菜は、煮物と「はなっこりー」のごま和え。
「はなっこりーはね、山口県で生まれたかけ合わせの野菜。
炒めてもおいしいんだけど、おいちゃんがさっぱりしたものが好きだから、
うちはいつもごま和え。どう、おいしいでしょう?」
“はい!”と思わず答えてしまう、おばちゃんの気さくな人柄に気持ちもほぐれる。
野菜も多いからか、見た目のボリューム感とは裏腹にぺろりと食べられる。
「多い多いって言いながら、みんな意外と食べちゃうんだって。でもさ、
量が少ないとかわいそうじゃない。お客さんにはお腹いっぱい食べてってほしいから」

穴子丼の他にも、親子丼やうどんなど、10くらいあるメニューのなかで、
お客さんのお目当ては、刺身定食(900円)と焼き魚がメインの日替わり定食(500円)。
魚は、毎朝市場から仕入れるので、毎日、異なる。
だから、その時期に一番おいしい魚だけを、食べさせてくれるというわけだ。
旬の素材に、シンプルな調理。
母の味を思い出すような定食は、どれも、ホッとするおいしさだ。

訪れた日、日替わり定食の魚は「メジ」。ほどよく脂がのっておいしい。定食のご飯は「穴子のせ」もできる。お客さんの要望で生まれたそう。

「もともとはね、おいちゃんとおばちゃんふたりで船に乗って、
漁に出ていたの。とれた魚や貝を売り始めたのがこの食堂のはじまり」
大分県の小さな島に生まれたおばちゃんは、
宇部から、その島に貝をとりに漁に来ていたおいちゃんと出会って結婚。
当時は、戦後まもないとき。おいちゃんの仕事は、冬は貝などをとり、
夏は、宇部周辺の海底に残った「爆弾とり」だったという。
「新しく港を整備するっていったら、うちらみたいなもぐりが、爆弾を拾いにもぐる。
おばちゃんとふたり船で沖へ出て、おいちゃんがこの潜水服を来てもぐるんよ。
おいちゃんは耳が弱かったから、辛いときもあったなぁ。
でも、子どもたちを食わせないけんからね」とおいちゃんは目を細める。
二人三脚で、漁師を続けて数十年がたったころ、
今は亡き娘さんが、とれたての魚や総菜を売る店を始め、今の食堂に至るという。

店の入り口にある陳列棚にはお弁当や総菜が売られている。食べたいものがあれば、中で定食と一緒に食べることもできる。

この食堂を始めて8年目というが、
とても気になるのは、店内にある何十年も使い込まれたような家具や置物だ。
実は、この店にあるテーブルやイス、棚や人形など、
ほとんどすべてが知り合いから譲り受けた品々なのだという。
日本人形や、木彫りの熊、そして年代もののレトロなミシンまである。
コロカルの連載「「みうらじゅんのニッポン民俗学研究所」の“いやげ物”」にも
登場できそうなものもちらほら……。
パズルでつくられた立派なお城の写真が飾られ、
思い出の場所なのかとおばちゃんに伺ってみたが、「どこかは、知らん」と、一言(笑)。
「何も考えんともらってきて、置くとこないんじゃ」とおいちゃんも笑う。
さらに、1年しかもたないと言われてもらって来たという陳列棚の冷蔵庫は、
なんと、8年も使い続けているというから驚きだ。

ノスタルジックなものばかりが並ぶ店内。右にあるのはおいちゃんが現役のときに使っていたという潜水服のヘルメット。

「私は田舎の人間やから、なんでも『もったいない』って思ってしまって、
“たまちゃん、要る?”って言われたら、“要る要る! ちょうだい”
ってもらってきてしまうのよ」
「こんなにもらってきてね、倉庫にもいっぱいあるやろ……」
とおいちゃんはあきれるが、「だって、もったいないじゃろ」とおばちゃん。
そんなふたりの会話を聞き、おいしい魚をいただいたお客さんたちは、
「おばあちゃん家に来たみたいで、すごく落ち着く」と口々に言うのだそう。
時間があれば、おばちゃんに悩みを話しこんでいくこともしばしば。
「おばちゃんは話が好きだから、いろいろ聞いてるだけよ」

おいちゃんとおばちゃんのあったかい人柄と
季節の魚と野菜を使ってつくられる、素朴で、おいしい定食。
宇部に来たら、またふたりに会いに来よう。そう、何度でも訪れたくなる食堂だ。

愛猫のゴンちゃんと一緒に。

トビウオまるまる一匹入り!広島・呉の和風だし自動販売機「だし道楽」

日本にはいろいろな自動販売機があります。
ジュース、アイス、野菜、ハンバーガーから
ワイシャツの自動販売機まで。

広島県呉市の「うどん屋 だし道楽」には、
だし入りペットボトルの自動販売機が設置されています。
しかもその中には長崎県平戸産の炭火焼きあご(トビウオ)
がまるまる一匹入ってる! すさまじいインパクトです。

ペットボトルの中身は、
西日本ではポピュラーなトビウオのだし「アゴだし」。

トビウオのことを山陰や九州地方では
アゴと呼びます。アゴだしはあっさりとした甘みの
上品なお味で、和風料理では高級なもの。
アゴだしのうどん、食べてみたいです。

このだしを作っているのは、うどん店を経営する
広島県江田島市の「二反田醤油しょうゆ」。
お客様から寄せられた「うどんのだしだけを売って欲しい」という
リクエストに答え、店頭に設置したところ大好評。
市外から買いに来られる方も多いそうです。

だし道楽

東京・日暮里にあらわれた!かわいいおばけ「妖怪★いちご大福」

つぶらな瞳と、チロッと出た赤い舌がかわいい
「妖怪★いちご大福」。
東京の下町、日暮里にある和菓子店「江戸うさぎ」
さんにて販売されています。

妖怪にはいっているあんは、こしあんとミルクあんの2種類。
写真で色黒のほうがこしあん、色白なほうがミルクあん。
どちらも甘すぎず、さっぱりとした味わいです。

江戸うさぎさんは、まちの和菓子屋さん。
2012年より「妖怪★いちご大福」の販売をはじめ、
大ヒット商品となりました。大人気のため、購入には予約必須です。

あまりにもかわいいので、妖怪さんを
包丁でカットするときは
ちょっとかわいそうなことになります(悲)。

いちご大福は、いちごの旬とともに終了しますが、
あんずが挟まれた「妖怪★あんず大福」
は通信販売でも取り扱い中。
ぜひかわいい妖怪さんをお取り寄せしてみてはいかがでしょうか。

江戸うさぎ

こんなに早い餅つき、見たことない!三重県志摩市の伝統「恵利原早餅つき」

皆さん、餅つきの経験はありますか?
重い杵を振り下ろすのも大変だけど、
息を合わせながらお餅をひっくり返すのにも、
なかなか熟練の技が必要とされるんですよね。

三重県志摩市、磯部町の恵利原地区には、
そんな餅つきをありえないほどの速さで行う
伝統行事「恵利原早餅つき」があるそうです。

江戸時代に始まったというこの行事。
一本の杵を、息を合わせたふたりが取り合い、
囃子唄の「地つき唄」を歌いながら、
すごいスピードで餅をついていきます。
杵を振り下ろすペースは、なんと1分間に140回以上!
さらに今年は1秒間に2.5回という新記録を打ち立てたそうです。

YouTubeに動画がアップされていますので、
驚きの速さを是非その目でお確かめください。
餅をひっくり返すご担当の余裕ぶりがすごい!
(動画はこちら

出来上がったお餅には志摩市特産の
あおさノリとキナコをまぶしていただきます。

現在、この行事は地元の方たちによる
「恵利原早餅つき保存会」によって守られ、継承されています。
お正月やお祭りの時だけでなく、
地域のイベントや、結婚式などの
おめでたい席上にも参加しているんですって。
伝統を守っていこうという心意気がステキですね。
Webサイトでは囃子唄も聞くことができますよ。

恵利原早餅つき保存会

写真:伊勢内宮前 おかげ横丁より

何が入ってるかはお楽しみ。瀬戸内のお魚宝箱「魚えーっセット」

入ってるのは鯛かサメか?!瀬戸内海の宝箱「魚えーっセット」

瀬戸内でとれた新鮮なお魚を、とれたその日に
冷蔵宅急便で送っちゃう「魚えーっセット」がただいま好評。

底引き漁で採れたものの、型や魚種が不揃いで、
魚市場には出荷できない小魚を詰めあわせたボックスです。

箱を開けるまで何が入っているのかわからないドキドキもこのセットの魅力。
時にはサメが入っていることもあれば、
真鯛や黒鯛、アカムツ(のどくろ)なんて高級魚が入っていることも。

頼み慣れている常連さんは、半端な魚が来たらすり身にして
さつま揚げを自作してしまったりするみたいですよ。

販売しているのは山口県宇部市の「魚かつ」さん。
残念ながら配送に二日間かかる東北、北海道、沖縄にはお届けできないみたいですが、
毎日の献立にお悩みの奥様や、お魚大好きで自分で3枚に捌いちゃう、
なんて方は是非オーダーしてみては?

「魚えーっセット」

山形・想耕庵 その1

美しい雪景色と、人のいいご主人の打つ蕎麦を堪能。

2月上旬、コロカル「山崎亮 ローカルデザイン・スタディ」の撮影で山形へ。
ならば、ついでに旨いものを、とリサーチ。
昼は山形蕎麦、夜は地元の居酒屋で決まり、残るは翌日の朝ごはん。
ホテルで済ませてしまうのでは何だかもったいない。
タクシーの運転手に地元オススメを聞き込みをするも、有力な情報は得られず。
「外で食べねえからな~」とひと言。
ごもっとも。

そうこうしているうちに、時刻はお昼時。
ひとまずお蕎麦を食べに向かおう。
山形出身の友人からのススメで「想耕庵」という店へ。
いざ行かん。

蔵王温泉のお膝元、かみのやま温泉駅。斎藤茂吉の生まれ育った里。

かみのやま温泉駅から車で8分、雪景色の中を進む。
住所の場所に辿り着くと「龍王温泉」の看板が目に入る。
あれ? と思いつつ奥へ進むと、「想耕庵」なる看板を発見。
誰かのお宅のような佇まい。

雪にすっぽり囲まれた想耕庵。

ぬか釜出張

ぬか釜と魚沼産コシヒカリで行脚!

10月に収穫を終えてから、RICE475もさまざまな活動を行っておりました。
今シーズンから始めた活動に「ぬか釜出張」というのがあります。
ぬか釜とは、お米のもみ殻と杉っ葉を燃料に羽釜で炊飯するという、
昔ながらの炊飯スタイルです。

巷ではとうとうお米の消費額がパンに抜かれてしまうという由々しき事態に。
また、食料自給率を上げるために、米粉をプッシュする声を頻繁に聞きます。
米粉パン、米粉パスタ、米粉スイーツなどなど、
米を粉にして小麦粉の代わりに使ってお米の消費を上げようという
目論見はとっても良くわかりますが……。

それじゃいかんでしょう!!!
ご飯は? ご飯の美味しさは?
日本人のDNAをパンやパスタにすり替えてよいのですか?
とびきり美味しいお米を最高のコンディションで食べてもらい、
目を覚ましていただきたい!

ということで、ぬか釜と魚沼産コシヒカリを持って、行脚することに。
青空の下、最幸級米を最幸な炊き方で味わっていただきました。

マラソンの走り方教室、女子サッカーの試合、
音楽イベント、埼玉県の小学校の家庭科の授業……。

ぬか釜炊きの名人を連れて行ったり、時にはひとりで行ったり。
さまざまな場所でご飯を炊かせていただきました。

ぬか釜炊きの特徴は、火力が強いこと。
なんと釜の中は1000度にも達するそう。
なので、わずか20分ほどで炊きあがるのです。
一度火をつけたらあとは放置。
火力の調節もいらないので、昔の「全自動炊飯器」ですね。
もちろん、みんな大好物の芳ばしいおこげもバッチリできます!

越後湯沢で行われた、パラリンピックのマラソン金メダリスト高橋勇市さんによる、マラソンの走り方教室でも振舞いました!

初めて見るぬか釜炊飯に、子どもたちも興味津々!

見よ! この炊きたてご飯を! 思い出すだけで幸せな気分……!

みんな幸せそうにご飯を食べる姿を見て、やはり、自信が確信に変わりました。
みんな美味しいご飯が大好きなんです!

「普段ウチの子こんなにご飯食べないのよ!」(お母さん談)
「おこげ美味しい! 毎日ちゃんと炊きたくなりました」(お姉さん談)
「なんか、お米が美味しいって、ほっとしますね」(お姉さん談)
「ご飯だけでこんなに食べたの初めて! 塩もいらない」(小学生談)
「明日から朝はご飯にしてねってお母さんに言うね!」(小学生談)
「おかずも豪華だけど、ぬか釜炊きのご飯が一番のご馳走だよ」(おじさん談)

そうでしょう、そうでしょう(ありがちな広告のようですが、違います)。
もちろん米粉も良いと思いますが、まずはご飯を食べる習慣を取り戻しませんか?
大正時代、日本人は平均で一日8膳のご飯を食べていたそうです。現代は2.5膳。
一説によると、それが4.5膳になることで脂肪の過剰摂取がなくなると言われています。
美味しいだけでなく、体にも良いのですね!

なにはともあれ「ぬか釜出張」、
ロケーションも手伝って、みなさんにご飯の美味しさを再確認していただく、
本当に良い機会になったと、勝手に満足しています(笑)。

個人的にはこの仕事、さまざまな場所でさまざまな出会いがあるので、大好きです!
うちのイベントにも来てほしい! という方、ぜひご連絡ください☆

ヤマモ味噌醤油醸造元7代目 髙橋 泰さん

老舗7代目の挑戦。

秋田県湯沢市。雪深いこのまちに慶応3(1867)年から続く味噌醤油醸造元がある。
「ヤマモ味噌醤油醸造元」。
髙橋 泰さんは、その代々継承される名跡「髙橋茂助」の7代目にあたる。
「僕は名前をふたつ持っているということになるんです。海外では考えにくいですよね。
“7th generation of Mosuke Takahashi”というと、伝わりやすいです」
海外には7代続く企業はそう多くないが、
日本は100年以上続く企業が数万社あると言われる、世界に冠たる老舗大国。
けれど、老舗というだけでは生き残っていけない。髙橋さんはそんな危機感を抱いている。

高校卒業後、関東の大学に進学し、デザイン工学科で建築を学んだ。
いずれは家業を継がなくてはいけないことはわかっていたが、
それまでは好きなこと、やったことのないことをどんどんやった。
バックパックを背負って旅にも出た。
卒業後、継ぐことを考えて東京農大の短大に進学、
その後、業界大手の醤油メーカーで商品開発などを学び、故郷に戻って来た。
現在も会社社長は髙橋さんの父、嘉彦さんが務めるが、
泰さんが家業を継いでから今年で7年目になる。
「最初は嫌々という感じでした。フラストレーションばかりたまって、
最初の1年は特にきつかったですね」
あるとき嘉彦さんに、会社のパンフレットをつくるように言われる。
が、地元の業者に発注したところ思うようなものができず、
それならばと、写真、テキスト、デザイン、すべて自ら手がけることに。
そこから、さまざまなことを自分でやるようになる。

創業者、髙橋茂助にちなみ屋号は「ヤマモ」。創業140年余。

もろみ蔵には百有余年使われている古い樽が。ここでじっくり熟成される。それぞれの樽には火入れをした日付と回数が描かれている。

上段から樽を見下ろす。味噌は一年の天然醸造ののち、雪解けの季節に食べごろを迎える。

ヤマモは従業員数14名の小さな会社だが、その顧客は9割以上が地元の一般家庭。
リピーターも9割以上だという。
卸を通さず、直接の顧客が9割というのは強みだが、
それも時代が変わり、流通が変化すれば大きなダメージを受け兼ねない。
ましてや、地域の過疎化は深刻だ。
これからはマーケットを県外、そして海外に広げていく必要があると、髙橋さんは考えた。
JETRO(ジェトロ、日本貿易振興機構)が出展支援をしている
海外での展示会や商談会に、これまで何度も応募し参加してきた。
まずは市場調査で2度、その後は企業マッチングのための商談会に参加するため
4度渡航した。
当初はJETROからも、海外の企業やバイヤーからも厳しい指摘を受けた。
当然だが、ただ自社の商品を持って行くだけでは見向きもしてくれない。
戦略が必要なのだ。
「まずコンセプトを見直すことが必要でした。
そして商品はどれくらいの容量がいいのか、どんなパッケージがいいのか。
特にパッケージに関しては、外国の方から高い要求がありました」

もらった意見や要求にはできるだけ素早く対応していく。
こうして、ひとりで商品開発に手をつけ、
容量も手頃でデザイン性の高いパッケージの商品を考案。
ただ、中身の味は変えていない。
伝統のヤマモの味はそのままに、自分なりのアイデアで、
これまでなかった限定商品もつくった。
「焦香(こがれこう)」は、地元の農家でとれたセージやバジル、
唐辛子などを漬け込んだ醤油。肉料理に合いそうな風味の漬け込み醤油だ。
「肉味噌」は、コクのある熟成三年味噌を使った商品で、
料理にも使いやすく、もちろんそのまま食べてもおいしい。
展示販売のイベントの際に、味噌だけを試食させるのではなく、
肉味噌に調理して出したところ好評で、売ってほしいという声があったため商品化した。
「焦香も熟成三年味噌も、時間をかけておいしくするという点では唐突ではないんです。
新商品も、ヤマモのコンセプトからは外れていません」

現在は台湾、タイにも取引先ができた。
でも、海外でバーンと売上を伸ばそうというのではない。
「長くつき合っていけるところと組みたいと思っています。
継続的な関係を築けるところを徐々に増やしていきたい」

ペットボトルの商品もあるが、昔ながらの一升瓶でも出荷している。瓶をリサイクルしているので、いろいろな色の瓶が。

従来の商品も、塩分控えめの「あま塩しょうゆ」、濃縮めんつゆの「あじ自慢」、濃縮だし「白だし」などバリエーションがある。

こちらも中身は同じ。120ml~300mlと、ひとり暮らしでも使いやすいサイズ。さまざまなヒヤリングを行い、髙橋さん自らデザインした。

これからも、このまちで続けていくために。

いろいろなことに取り組み始めて約2年。
いまはやりたいことが少しずつできるようになってきたという。
そのひとつが、ショップ。
会社の入り口を入ってすぐの小さな部屋を簡単に改装し、
セレクトショップ「ゴヨウキキ茂助」をこの2月にオープンさせた。
もともと友人と趣味のようにトートバッグや缶バッジをつくっていたが、
オリジナルグッズとしてショップで販売することに。
部屋には古いステレオなどが置かれ、
髙橋さんの好きなものを集めたプライベートのような空間だ。
「東京にいたときから家具を集めていたので、それを使ったり、
古い家具を蔵から引っ張り出してきて磨いたりしました。
だから、この部屋をつくるのに3万円くらいしか使っていませんよ。
基本的に何でもお金をかけないでやるのがモットーなんです」
オンラインでも商品は買えるが、店がほしかったという。
「ネット上でお客さんとのやりとりは増えても、
地元のお客さんと直接ふれ合える場所がなかった。
場所があると不意な出会いも誘発できますし、
波及効果が同心円状に広がっていくと思うんです。
地元にいい影響や効果を与えたい」

万事快調に見えるが、ここまでくるのには、時間がかかった。
否、時間をかけたのだ。急激な変化は、周囲を不安にさせる。
父である社長も、すぐには自由を許してくれなかった。
「定番商品を買ってくれている地元のお客さんに、
“息子が帰ってきて味を変えるんじゃないか”と思われたくなかった。
実際に、定番商品はいっさい変えていません。
いまはオンラインショップでも売り上げが伸びてきて、
社長も少しずつ認めてくれているのだと思いますが、
それまでは変革のスピードもセーブしていました」
従業員もこの変化を楽しいと感じてくれたら。
従業員のために揃いの作業着をつくったりもした。
海外への出荷が決まったり、ショップができたりすることによって、
彼らの意識が向上すれば、地元でいい効果が表れることにもつながる。

念願のショップ「ゴヨウキキ茂助」。江戸時代、初代の前身が御用聞きとよばれる商人だったことに由来する。

趣味でつくっていたトートバッグも、会社の事業にした。「だんだん趣味と仕事が近づいてきた」と髙橋さん。

オリジナル前掛けも販売。

商品開発やデザインはひとりで手がけているが、仲間と組んで活動する楽しさもある。
稲庭うどんの「麻生孝之商店」の麻生孝一郎さんとは、
海外のセミナーで知り合い、意気投合。
業態は違うが海外に行くときはコンビのように同行し、
興味を示してくれたバイヤーを互いに紹介し合ったりしている。
また、湯沢市にゆかりのある建築家、白井晟一の建築である
湯沢酒造会館「四同舎」で仲間たちとカフェイベントを行ったことも。
白井氏の孫にあたる白井原多さんも気鋭の建築家で、それを機に交流が続く。
建築を志していた髙橋さんは、いつか原多さんと面白いことができたらと考えている。
そのほか、湯沢市の商店街のシャッターを開けるイベントを仕掛けたり、
秋田県の味噌醤油蔵の若手後継者の集まり「若紫」では、
新しいロゴを髙橋さんがデザインするなど、自分の会社のためだけでなく、
地域を盛り上げるための活動もしてきた。
でもいまは、役割分担があるのかもしれないと思っている。
「地元のイベントをやってほしいという声もありますが、
イベントをやりたい人はほかにもたくさんいますし、
それはまた別の担い手が出てくればいいなと思っています。
僕は、いまは海外のマーケットで求められることがあれば応じていきたいし、
自分がそうやって外に出ていくことで、勇気づけられる人もいると思うんです」

先ごろ、タイの「DEAN & DELUCA」でも商品の取り扱いが決まった。
現在はアジアが販路開拓のメインだが、今後は欧米への進出も視野に入れ、
ヨーロッパの業者とも交渉中だ。
また今後は大学と連携してインターンの受け入れも行いながら、
新しい人材の育成にも取り組んでいく。
「僕は単なる経営者とは思われたくない。
実際に“つくり”の仕事もしているので、経営者と職人の中間の存在になりたい。
つくって売って、何でもやる人間がいちばん強いと思っています」
イベントなどで人前に出るときは、シャツの上にビンテージのワークジャケットを羽織り、
前掛けをつけて、オリジナルトートバッグを肩にかけて出かける。
どこまでも自分のスタイルなのだ。

ショップには古いラベルの原本も展示。髙橋さんのおじいさんにあたる5代目は自分でラベルを描いていたそう。髙橋さんは「このDNAか? と思いました」と笑う。

profile

YASUSHI TAKAHASHI
髙橋 泰

1979年秋田県生まれ。千葉大学デザイン工学科卒業、東京農業大学短期大学卒業。2006年に家業を継ぎ、代々続く味を広く届けるために日々奔走中。

information


map

ヤマモ味噌醤油醸造元/髙茂合名会社

住所 秋田県湯沢市岩崎124 電話 0183-73-2902
営業時間 8:00~17:00(「ゴヨウキキ茂助セレクトショップ」は11:00~16:00)
定休日 日曜・祝日(ショップの開店状況は来店前にご確認ください)
http://www.yamamo1867.com/

present

秋田の味をプレゼント。

ヤマモ味噌醤油醸造元の商品をセットで1名様にプレゼントします。塩分控えめの「あま塩しょうゆ」(300ml)、おそばやうどんなど麺類との相性ばっちりの「あじ自慢」(300ml)、煮物やお吸い物に重宝する「白だし」(300ml)、バジル、ローリエ、セージ、唐辛子、にんにくの5品目の漬け込み醤油「焦香」(120ml)、熟成三年味噌を使った「肉味噌」(85g)の5点セットです。ご応募はコロカルのfacebookページからお願いします。
※プレゼント企画は終了しました。

山海亭食堂

更新していく葉山町の小さな食堂

2011年秋、46年間続いた小さな食堂が暖簾を下ろした。
女将さんは90歳。地元の人たちから惜しまれつつの閉店だった。
営業最終日には、取引のあった会社や役場などから
仕出し弁当の「さよなら注文」が相次いだ。
弁当の仕込みと配達のために店を開けることができなかったほどだ。
お別れの花もいくつも届いた。地元に愛された食堂だった。
食堂の閉店を寂しく思った若い世代が、
店を引き継ぐかたちで数か月後に再開することになった。
若い世代が店を譲り受け、90歳の元女将さんが見守り続ける、
神奈川県葉山町の小さな食堂を訪れた。

山海亭食堂はJR逗子駅から車で10分ほどの場所にある。
引き戸を開けて店を見渡すと、黙々と定食を食べる作業服姿の男性たちが見えた。
テーブルは8つ。20人も入れば満席の店は、すでに半分近くの席が埋まっている。
いい食堂とは、体を使って働く人が集まる店だと聞いたことがある。
彼らが集まる店は安く、料理が出てくるのが早い上にボリューム感がある。
味は言うまでもない。どのテーブルにもおいしそうな料理が並んでいる。
間違いなくこの店は「いい食堂」のようだ。

お昼時は12時前から大忙し。作業着姿の人が多い店はうまい店が多いというが、山海亭も近所で工事をしている人たちに人気のお店。

「いらっしゃいませ」と、おばあさんに声をかけられた。
小さいけれどよく通る素敵な声だった。
席に着き周りを見渡すと、生姜焼き定食を食べている人が多いようだ。
僕も生姜焼きを頼む。
さっきのおばあさんがストーブの脇に座って、小さな容器にソースを詰めているのが見えた。
時折、店内を見渡し、満足そうな表情で作業に戻る。
元女将の沼田てるさんのようだ。

左端のテーブルで作業をする沼田さん。片時も手を休ませることはない。

ボリュームいっぱいのショウガ焼き定食。肉、野菜、ご飯、味噌汁、漬け物。「正しい定食」だなあと思う。

BGMでは近藤真彦の次にRCサクセションの『スローバラード』が流れた。
ラジオではなくiPodだろう。音楽の選曲は若い世代になって変わったんだろうな……。
そんなことを思っている間に、すぐに定食が運ばれてきた。
豚肉も野菜もライスも多い……。少々不安になる量だ。
豚肉を頬張ると、甘辛い生姜醤油が口に広がる。
このボリュームとシンプルな味つけが、地元の人たちをファンにする理由だろう。
流行りや時代なんて関係ない、普遍的な「ザ・お袋の味」だ。
ボリュームの心配はどこ吹く風、生姜焼き定食はあっという間に僕の胃袋の中に消えていった。

今の山海亭は、前から働いていたおばちゃんたちと、
この店を受け継いだ若い世代が交じり合って店を運営している。
ほとんどの女性は子育て中なのだそうだ。
時間をやりくりし、入れる日に食堂で働く。
子どもが学校帰りに立ち寄ることも少なくない。
親にとっても子どもにとっても安心な職場だ。
子育ての悩みも、経験豊富なおばちゃんたちがいるから心強い。

「ぼけちゃうといけないからね、遊ばせてもらっているの」
と、元女将 沼田さんは言う。御年90歳。歩くことが少し億劫になってきたそうだが、
近所にある自宅から毎朝歩いて店にやってくる。
そして「少しでもなにかの役に」と、店でできることを見つけては手を動かしている。
「お店が休みになると退屈で。なにやっていいかわからなくなるんですよ」
元来の働き者なのだ。

入り口でお客さんをお迎えする招き猫。お客さんからのプレゼンだそう。

「何年も前からお店を閉じようと考えていたんですけど、お客さんが来るでしょう。
そうすると、やめられない。仕出し弁当の注文もあるし、やめないでねって言われるし。
ずっと通ってくれているお客さんもいるから」と笑う。
「いま厨房にいる人ね。28歳の頃にうちに来てくれて、
それからずっと働いてくれているからね」
お客さん、従業員、いろんなことを考えて、半世紀近くも続けてきたのだろう。
「続ける人が現れて、うれしかったですよ」

28歳の頃から働いている関口さん。「孫にはもう働かなくていいよっていわれますけど、家でじっとしているのも、なんかねえ」と笑う。

厨房をのぞかせてもらうと、
店の歩みとともに年を重ねた関口よし子さんが中華鍋を一心不乱に振っていた。
動きが速い……。若い世代もまわりにいるが、厨房に入ってしまえば年齢は関係ない。
注文をさばき、1秒でも早くお客さんのテーブルに温かい食事を持っていく。
関口さんの動きから、大衆食堂の美学を感じた。
関口さんの動きには年齢を感じない。いや、本当に力強い。
関口さんは言う。「好きだから続けてきたんですね。沼田さんは本当にいい人ですよ。
本当にいい人。嫌なら何十年もいませんもん(笑)」

この店を受け継いだ若いスタッフたちは孫ほど年が離れているというのに、
沼田さんや関口さんは彼女たちにルールを押しつけることがない。
程よい距離感で一緒にいる。

「若い人? よく働きますね。なんの文句もありません」と2人は口をそろえる。

どうしてお店を若い世代に譲ったのかと沼田さんに尋ねると、
「さあ、わからないですね。私は海の家もやっていましてね。
そこで任せていた人たちがやりたいというのでね。
前からよく知っていた人たちにやってもらえるんなら、それじゃあいいですよと。
これもなにかの縁ですからね。もう、申し分ないですね。よく気がつくし、働いている。
私はなにも言わないですよ。言わなくてもちゃんとやってくれますからね。
ほら、言い出すとね、いろいろなんでも大変になるじゃない」

沼田さんは、店を受け継いだひとり、中積由美子さんを見て
「私そんなに口やかましくないわよね」と言うように、茶目っ気たっぷりに笑う。
「いろいろ教えてもらいながら、自由にやらせてもらっています。
建物はもう80年くらい使われているんです。かなり傷んでいて……。
直角のところがないくらいなんですよ(笑)。修理をして、ペンキを塗って。
できるだけ、前のお店のままに。
味もメニューもお店をがらりと変えようとは思いませんでしたね」
と中積さんは話してくれた。

長年続いた店を受け継ぐ場合、新しく店にやって来た人は自分の個性を出したがるのに、
中積さんたちは元の山海亭を残した。建物だけではない。
味は厨房を守ってきた関口さんたちにアドバイスをもらい、変えないように努力した。
変えない努力のほうがきっと大変だ。沼田さんは、店をやっていくことの辛さを知っている。
食堂を「これまで通り続ける」という選択をした若い人のことがどこか心配なのだろう。
だから毎日やって来て、静かに見守っているのかもしれない。

ランチタイムが終わると全員で遅い昼食。家族のような食卓風景。

山海亭が次世代に受け継がれていく様子を見ていると、「ブナの森」を思い起こさせた。
ブナの木は倒れた後も、その木が養分となって稚樹(ちじゅ)を育て守っていく。
そうやってブナの森は「倒木更新(とうぼくこうしん)」し、豊かな森になっていく。
葉山町の小さな食堂は、半世紀に及ぶ歴史を一度閉じた。
だが、その食堂に集う若い世代が、
先代オーナーやおばちゃんたちに支えられ、大きくなっていく。
以前より太く地面に張りつき、たくましい木になることを、願わずにはいられない。
その変化を見届けられる、葉山町の人たちがうらやましい。

宮川朝市

高山の食文化を知りたいなら宮川朝市へ!

高山市の早朝、少し高い鍛冶橋から川の下流方向を眺めると、
白い布の屋根がずらっと並ぶ。
川沿いに生える緑と水の清涼感、
さらに天気も良ければ空の青さと相まって、
見事に統一されたその白が美しい。

この高山の宮川朝市は、日本三大朝市に数えられる。
飛騨高山の観光人気が高まるなかで、
訪れる観光客がふえ、常に活気溢れる人気スポットだ。

もともと文政2年(1820年)頃、
高山別院を中心に桑市として栄えてきたが、
養蚕業の衰退により、花や野菜が売られるようになっていった。
その後、場所を転々とし、戦後、現在の鍛冶橋下流に移転。
これが現在の宮川朝市の始まりである。
宮川市場協同組合が発足した昭和37年から数えても、
すでに50年以上の歴史を誇る。

土つきの飛騨ねぎは、朝採れの証拠。

朝市の通りに足をふみいれると、
思いのほか農産物を販売している店舗が多いことに気がつく。
野菜、果物、花などから、餅、漬物などの加工食品まで。
観光客が多いからといって、お土産物ばかりが並んでいるわけではない。

この朝市に参加しているのは、ほとんどが高山に住んでいる農家なのだ。
「基本的には、自分たちの手でつくったものを売ってもらっています」
と教えてくれたのは、「宮川朝市協同組合」理事長の玉田忠夫さん。

「宮川朝市協同組合」理事長の玉田忠夫さん(左)と、朝市の一番手前で、手づくりのチャンチャンコや甚平を販売している「島尻」さん(右)

農家が自分たちで育てたものや、
それをもとに加工したものを、直接販売している。
ここにくればその季節に食べられるもの、
つまり高山の旬を感じることができるのだ。
朝採れたばかりの野菜はみずみずしく、土がついてたっておいしそう。
雪国である高山の冬場は野菜の数は減ってしまうが、
その分、加工食品や保存野菜が豊富にラインナップ。
雪国特有の冬の食文化もかいま見ることができる。
どれも手づくりのあたたかみがある簡素なパッケージばかりで
食材の良さが際立っている。

農家が自分たちで育てたものや、
それをもとに加工したものを、直接販売している。
ここにくればその季節に食べられるもの、
つまり高山の旬を感じることができるのだ。
朝採れたばかりの野菜はみずみずしく、土がついてたっておいしそう。
雪国である高山の冬場は野菜の数は減ってしまうが、
その分、加工食品や保存野菜が豊富にラインナップ。
雪国特有の冬の食文化もかいま見ることができる。
どれも手づくりのあたたかみがある簡素なパッケージばかりで
食材の良さが際立っている。

はちみつももちろん高山産。

飛騨高山の伝統野菜が復活。

以前は仲買人などの仕入れにも使われていたし、
高山市民が毎日の食材を揃える台所でもあった。
それこそ、朝ごはんのみそ汁の具を買うようなご近所感覚。
そんな宮川朝市もだんだんと観光化が進んでいった。
するといくつかの問題も発生するようになる。
駐車違反の問題や、近隣の施設との客の取り合いなど、
「朝市廃止」の議論が持ち上がることもしばしばあった。

漬物の名産地である高山だけあって、たくさんの種類の漬物が売られている。

50年間この朝市に出店し続けているというひとも20人ほどいるし、
2代目3代目と代替わりして続けているひともたくさんいる。
それでも30年前には120以上あった店舗が、
現在では半分の60店舗程度に減ってしまった。

しかしそれでも50年以上も続けてこられたのは、
地元住民が今でも利用し、
かつてと同じスタンスを保ち続けているからではないだろうか。
組合を中心に、まちをきれにすることを心がけ、
白いテントに統一して景観を保つなどの努力は怠らない。
出店者自体が“地元の朝市”であることを大切にしているように思う。
「組合のひとががんばってくれている」と出店者は声を揃える。

りんごの皮を剥き、試食してもらいながらコミュニケーションをとる諏訪忠義さん。

こうした歴史を伝えてきた宮川朝市にも、
以前には売られていたのに、最近は姿を消してしまった食材がある。
これらを復活させようという試みが最近始まった。
17品目を指定し、飛騨高山伝統食材の計画栽培を行った。
春はあさつき、折菜、のびる、あずき菜。
夏は縞ささげ、なし瓜、小茄子、国府茄子、ほう葉。
秋は赤かぶ、長人参、一斗芋、なつめ。
冬は飛騨ねぎ、あぶらえ(えごま)、はところし(青豆)、白菜霧漬け。
高山の食文化を守っていく役割も、朝市は担っているのだ。

いくら観光客が増えようとも、
宮川朝市に出店しているのは、あくまで地元、高山のひとたちだ。
朝市に出かけると、その土地の風土や人柄などがわかってくるような気がする。
朝7時ごろから12時ごろまで開いているが、
まだ観光客が少ない早めの時間帯に、
散歩がてら行ってみることをおすすめしたい。
引き締まった空気のなかで、
おじいちゃんおばあちゃんの散歩道となっている宮川朝市から、
高山の生活の光景を見ることができるだろう。

花とうもろこしと有機ニンニク。

太くて長くて硬いのはお好き?(2)

ナマコノミクスというかナマコマネーについて

ナマコの話のつづきです。
前回は不思議な生態の話題が中心でしたが、
今回はナマコと経済の話をしたいと思います。

え? ナマコとカネって、いったいなんのこと?

では、はじめます。

ヨットで日本一周をしていたときに、
ナマコを一番見かけたのは北海道でした。

北海道の増毛港を5時45分に出航して北上し、
焼尻島の港に到着したのが12時30分。

焼尻島。人口297人(平成22年4月現在)。島の名はアイヌ語の「エハンケ・シリ」(近い島)、あるいは「ヤンケ・シリ」(水揚げする島)に由来するといわれている。

港湾内にあるサフォーク種のラムを食べさせる店で、
天気図と海図を眺めながら酒を飲み始めました。
嫌な前線が近づいてきているので海は荒れそうです。

軽い肴になりそうなのありませんか? とたずねると、
店のおばちゃんがナマコならあるよ、とのこと。
なんでも旦那さんがナマコ漁師なのだとか。

さっと茹でたナマコが丼にど~んと、
それに醤油、酢、砂糖の壷もど~んと渡されました。
自分で好みの味つけをして食べるようです。

ナマコは生しか食べたことがなかったのですが、
さっと火を通すと身肉が柔らかくなるんですね。
生よりこっちが好みかもなー。

ん? 待てよ。今は7月だぞ。
ナマコは冬の食べ物ではないのか?
しかも、さっき獲ってきたばかりだって。

土地が変われば、旬の時期も変わるというけれど、
それにしても冬と夏って違いすぎるぞ。

そのときは、ぼんやり思っただけだったのですが……。

実は本州のマナマコは産卵を終え夏になると、
岩の間に潜って夏眠をします。
青森県でも5月1日~10月1日は県全域で禁漁期です。

ところが北海道のナマコは水温が低いせいか
夏眠をしないので、この辺りでは7、8月が漁期なのです。

ナマコ漁に使う「ハッシャク」。底を曳きながらチェーンでナマコをかき集め、傷つけないようにナイロンの糸の房がついている。ナマコ漁は基本一人で操業。1回網をおろすと30~45分くらい底を曳く。100g以下の小さなナマコは放流するきまり。

石がたくさん網に入ってしまうと、石の重みで引揚げるときに船が転覆する事故が起きる。

近年アワビやウニが採れなくなったこともありますが、
このナマコ、実に儲かるのです。

ヨットでの旅は、漁港の片隅に停泊させてもらうのですが、
長引く魚価の低迷、不漁、燃料の高騰、漁師の超高齢化で
疲弊している漁港が多く、厳しいものが伝わってきます。

そんななか、活気が溢れていたのがナマコ漁をしている漁港。

水揚げしたナマコ仕分け作業。北海道のナマコはイボが大きくしっかりしているのが特徴。

中国の改革開放政策とそれにともなう急成長で、
ナマコの相場は跳ね上がりました。

2000年以降、とくに2008年の北京五輪前あたりは、
ナマコバブルと呼ばれるくらいの加熱ぶりで、
「日本産ナマコ、中国で空前のブーム、価格5年で5倍」という
新聞記事が2007年7月に載っています。

ナマコはツバメの巣、フカヒレ、アワビとともに
「四大海味」のひとつで、中華料理に欠かせない乾燥海産物です。

生では食べず、乾燥させた干しナマコを水で時間をかけて戻して
食べるのが一般的で、ナマコは朝鮮人参に匹敵するくらい
滋養強壮効果があると信じられています。

ナマコは世界に約1500種いて、食用にされているのは30種類ほどと
ウィキペディアには書かれていますが、水産物輸入業者の話では
今までは食べていなかった種類も加工されるようになったので、
おそらく60種以上は食べているのではないか、とのこと。

これはイカリナマコ(@八景島シーパラダイス)。

世界のナマコ貿易の中心地は香港です。

《香港には南北行と呼ばれる世界を股にかけて活躍する乾物商が集結する一角があり、世界の乾燥ナマコの評価や価格、そして信用がここで決められるといっても過言ではない。》
(『水産振興』533号「国際商材ナマコ製品の市場と流通事情」廣田将仁)

中国は50か国以上からナマコを輸入していて、取引量が多いのは
パプア・ニューギニア、インドネシア、フィリピン、そして日本です。

世界各地からナマコが集結しますが、日本産の乾燥ナマコは
他国に比べると圧倒的に価格が高いのです。

こんな調査結果があります。

◇香港における産地別市況(05年)
北海道産  82,500~85,000円/kg
豪州産    7,500~10,000円/kg
アフリカ産 15,000~30,000円/kg
中南米産   5,000~12,500円/kg(『ナマコ学』より)

どうですダントツ高値で取引されているでしょ?
末端価格はいくらになるのでしょう。

日本国内で販売されている乾燥ナマコの値段を
ネットで調べてみると、北海道産の100g=2万1000円とあります。
高級和牛の代表格、松坂牛のA5ランクが100g=4000円くらいですから、
なんとその5倍!

グラム210円ですよ!!

最近値上がりしている金が1グラム約5000円ですから、
ざっくりいえば乾燥ナマコ25g=金1gになります。

日本でこの値段ですから、最高級のナマコは
中国ではいったいいくらになるのでしょう。

そして、これだけ高額なものが海の中にゴロゴロしていると、
どういうことがおきるか。

ナマコ密漁 暴力団関与か
ナマコの漁場として知られる桧山沿岸では5日、江差署が函館市の男3人による116kgもの大量密漁事件を摘発。沿岸地域では高価格に目をつけた暴力団の関与もささやかれており、同署などが警戒を強めている。桧山管内では、ナマコは1キロ当たり2500円前後。中国向けの干しナマコは2003年は1キロ約9000円だったが、05年には3万4000円程度に高騰しているという。(2006.8.7 函館新聞)
ナマコ密漁摘発 56トン、1億8000万円被害か
青森県警と青森海上保安部は27日、ナマコの密漁グループ4人を摘発したと発表した。被害は昨年暮れから約56トン(約1億8000万円相当)に上るとみられ、県警はほか数人の逮捕状を取り、行方を追っている。(中略) 青森や北海道では密漁事件が多発しており、県警は密売ルートの全容解明を目指す。(2006.12.28 読売新聞)
「ウニで8千万円、ナマコで5千万円」大規模密漁の摘発
平成18年は大規模な潜水器密漁事案を相次ぎ摘発しました。6月6日には室蘭海上保安部(北海道)で潜水器を使用したナマコの密漁者7名を摘発しました。捜査の結果、犯人グループは摘発までにナマコ約33トン(4900万円相当)の密漁を行っていたことが明らかになっています。(海上保安庁レポート2007年)
ナマコ密猟容疑で逮捕 岡山の3人、姫路海保、370キロ追跡
姫路市の姫路港内でナマコを密漁したとして、姫路海上保安部はU容疑者ら3人を漁業法違反(無許可潜水器漁業)などの疑いで逮捕し、姫路区検に送検したと発表した。(中略)。U容疑者らは、潜水器漁業が禁止されている姫路港内で、潜水器を使ってナマコ約340kgを採った疑いが持たれている。(2010.2.16 朝日新聞)
大阪湾でナマコ1トンを密漁容疑 親子4人逮捕
大阪海上保安監部と府警大阪水上署は、大阪湾でナマコ約1トンを密漁したとして、漁業法違反(無許可潜水器漁業)と水産資源保護法違反の疑いで、(中略)H容疑者(59)と長男、次男、三男の3人を逮捕した。大阪海上保安監部によると、H容疑者らは「夜中に潜水してナマコやサザエなどを捕り、年間1億円分くらい水揚げした」と供述している。(2010.5.31 共同通信)
ナマコ密漁か 海岸に3トン 寿都町漁港「許せぬ」
19日早朝、後志管内岩内町敷島内(しきしまない)の海岸で、密漁されたとみられるナマコ約3トンが見つかった。岩内署などが漁業法違反(漁業権侵害)などの疑いで調べている。 漁業関係者によると、ナマコはプラスチックケース55箱に入った状態で発見された。1箱数十キロで、計約3トンの市場価格は1千万円以上という。(2012.6.21 北海道新聞)
ナマコ事業で詐欺容疑、社長ら17人逮捕 警視庁
乾燥ナマコの生産・輸出事業への出資名目で資金をだまし取ったなどとして、警視庁捜査2課は21日までに、サイパンの水産会社「南洋」の社長、N容疑者(中略)ら17人を詐欺容疑などで逮捕した。同課は、N容疑者らが全国の約300人から南洋への出資名目で計約7億6千万円を集めたとみて、資金の流れを調べている。(2012.2.21 日本経済新聞)

ちょっと検索するだけでナマコがらみの犯罪がわんさかヒットします。

組織的な大規模密漁だけでなく、
詐欺事件までナマコは引き起こしているのです。

ナマコの輸出事情を教えてもらおうと水産物の貿易を営む友人を訪ねると、
「えっ!? ナマコですか!? 気をつけてくださいよ」と顔を曇らせました。

なんでもナマコは食材にしては投機的要素が強く、
怪しげな業者も紛れ込んでおり、
密輸ルートでの収益が暴力団の資金源にもなっているといわれ、
素人が手を出してはいけない世界なのだそうです。

「輸出の相談を受けたが、知らない会社なので検索してみたらヒットしないので、社長の名前で検索すると逮捕された記事が載っていたとか、香港で取引のときに拳銃を突きつけられたとかいう話も聞きます」(貿易業者)

ジャパニーズ・マフィアとチャイニーズ・マフィアが
ナマコを巡って血なまこ、いや血まなこに!?

深夜のワンチャイのはずれのビルの地下駐車場。
無言でアタッシェケースを置くジャパニーズ・マフィア。
そのアタッシェケースを開くチャイニーズ・マフィア。
「上物ですぜ」
中にはぎっしり詰まった白い粉の袋。
いや、ちがう、黒いイボイボの物体。これは。

乾燥ナマコ!

香港ノワールの鬼才ジョニー・トー監督が撮っても
間抜けなアンダーグラウンド取り引きの絵に
なってしまいそうです。

しかし、あながちフィクションともいえません。

中国の路線バスの運転手がロシアから乾燥ナマコを
密輸しようとして逮捕されてますし、
国後沖でロシアに拿捕された日本のプレジャーボートは
積み荷の乾燥ナマコを海上に投棄して逃走しています。

ううむ、となるとロシアン・マフィアも絡んで
三つ巴の違法ナマコの争奪戦になりそうです。

大連の百貨店では一流ブランドが入っているフロアに
高級乾燥ナマコショップが並んでいるといいますから、
もう食材というより貴金属に近い感覚ですね。

乾燥ナマコがコカインや金の延べ棒みたいに扱われているのでしょうか?

ナマコのブラックマーケットの存在を匂わせながら、
実体験をもとにスリリングに書かれた小説が、
名前の中にナマコを抱く作家、
椎名誠(しいナマコと)さんの『ナマコ』(講談社)です。

ナマコストラップで金運アップ!

ナマコはほぼ全国の沿岸で採れますが、
主な生産地は北海道、青森、山口、兵庫、石川です。

同じ日本産でも価格に差があるようで、
08年調査でこんなデータがありました。

◇香港における日本産乾燥ナマコの価格
北海道・青森産 78,000円/kg~
東日本     54,500円/kg~
西日本      43,000円/kg~ (『ナマコ学』より)

北京料理と広東料理ではナマコの好みが違うようで、
北海道青森産のマナマコやバイカナマコなど
イボがしっかりしたのを好むのは北京料理系。

広東料理ではどちらかというとイボの少ない
ハネジナマコやチブサナマコが好まれるようです。

『臺灣自然観察圖鑑(24) 臺灣的水産』のマナマコ、トラフナマコ、フジナマコ。たぶん乾燥ナマコを水で戻した後の写真なのでは。この図鑑は図版が切り身だったり、調理済みだったりして面白いです。

2010年の香港向け農林水産物の輸出額の統計をみると
乾燥ナマコがトップでなんと127億円も稼いでいます。

しかも、このデータには現在、輸出製品の多くを占める
塩蔵ナマコは含まれていないそうなので、
おそらくもっと稼いでいるのでしょう。

新井白石はナマコの父である

輸出品としてのナマコは、なにも最近に限ったことではありません。
江戸時代からナマコは重要な中国向けの輸出物でした。

清朝中国にとって日本との交易の最大の目的は、
銅銭鋳造に必要な原料の銅でした。

1716年、清朝政府に納められた銅のうち、
日本産の銅が62.5%、雲南産の銅が37.5%といいますから、
いかに日本の銅に頼っていたかが分かります。

かつて日本は金や銀の大産出国でしたが、
典型的な片貿易で、大量の金銀が国外に流出してしまいました。

一方、中国から輸入していたのは絹製品、生糸、砂糖などです。

中国から買う品物は、再生可能な生物資源商品なのに、
こちらは掘りつくしてしまえばおしまいの鉱物資源。
銅の生産量の減少も目に見えています。

このままではいか~ん!

鬼とよばれた新井白石(1657-1725)の政治改革が始まります。
守旧派と対立しながら進めた改革のひとつが海舶互市新令。
ざっくりいえば輸入規制ですが、国内産業の育成政策でもありました。

絹の着物とか、砂糖菓子とか、贅沢はやめよう!
輸入に頼らないで、生糸や砂糖は自分たちでつくれるようになろう!
中国では日本の乾燥海産物が人気だから、
この生産性を向上させて対中国輸出品の目玉にしよう!

こうして幕府の肝いりで「俵物」(たわらもの)とよばれる
干しナマコ(イリコ)、干しアワビ、フカヒレが
全国的な規模で大量生産されるようになったのです。

なかでもナマコは、全国ほぼどこでも採れるので
増産がしやすかったのでしょう。
松前、津軽、安芸、周防、能登、備前、大村、平戸……。

イリコは銅に替わる重要な輸出品として
中国商人からも高い評価を受けるようになっていきます。

こんなパネルを横浜で見つけました。

京浜東北線「新杉田駅」聖天橋交差点近くです。気にする人はいないだろーなー。

江戸名所図絵に書かれているナマコ加工場の様子。

埋立で今ではもう昔の面影はありませんが、
江戸時代、横浜の杉田は梅とナマコが有名だったんですね。

《採集・加工には幕府から目標が示され、それを超えると褒美金が出される一方、集荷は幕府により厳重に管理されました。
しかし、納品した後は自由に販売できたので、梅見の客などのお土産として大変喜ばれたことでしょう》
(「杉田村の煎海鼠と江戸名所図絵」より)

かつて幕府の財源だったナマコが、今や暴力団の資金源。
ナマコのまわりには、いつの時代もグローバルマネーが
うごめいているというのが面白いですね。

一時の勢いが衰えたとはいえ、発展し続ける中国経済。
沿岸域だけでなく全土でナマコの消費が増加してるそうです。

両親へのプレゼント、宴会でのもてなし、贈答品といった
高級ナマコの需要が広がる一方で、レトルト製品など
低価格ナマコを使ったファストフード化、大衆食化もすすんでいます。

しかも健康志向も相まって、ナマコクリーム、ナマコサプリ
ナマコ石鹸にナマコ牛乳、ナマコ酒……。
ナマコ関連の新開発商品も増え、消費拡大に拍車をかけています。

日本でもナマコは滋養強壮、美容に重用されています。

実は中国ではかなりの数のナマコを養殖しています。
日本のナマコの総漁獲量が約1万トンなのに
中国の養殖生産量は5万トン以上といいますから
その規模の大きさは桁違いです。

ところが、養殖ナマコは身肉が薄く、それをごまかすために
膨張剤や砂糖などで重量を増やす細工をほどこしたり、
安易に薬品を使っている実態が問題になりました。

さらにワシントン条約の絶滅危惧種に指定される動きもあります。

実際、トンガの漁師にとってナマコは貴重な収入源なのですが、
トンガ政府は資源の枯渇を防ぐため
1999年から10年間ナマコを禁漁にしました。

2010年にナマコ漁を再開したものの、わずか2年でナマコは激減。
再び3年間の禁漁に踏み切りましたが、密漁が絶えないそうです。

というわけで、将来的に良質なナマコの供給不足が
懸念されればされるほど、ますますナマコの買いつけ、
買い占めがヒートアップするというわけです。

日本でもナマコの養殖、資源増殖の研究はされています。
研究の歴史は長いのですが、ナマコの国内需要が低下し、
尻つぼみの状況だったみたいです。

中国市場の需要が急増したため、あらためて
各県の水産試験場で研究がすすめられているようですが、
一般的な海産物とは違い、投機的な性格をもっているので、
国家的な対中国ナマコ戦略の必要性を感じます。
なんてね。てへぺろっ!

さて、最後になりましたが大事なことを書き忘れていました。

岩場にいるのがアカナマコ。
砂地にいるのがアオナマコとクロナマコ。
でも同じマナマコというのが通説で、
僕もそう思い込んでいました。

ところが、最近の研究ではアカとアオ(&クロ)は
別種であるという学説が有力だそうです。

アカとアオ(クロ)は交配しないし、
アカを砂地に移動させてもアオにはならない。

ありゃ~、そうだったのか!!

横須賀東部市場漁協。今でも東京湾でナマコは採れます。底引きであがったナマコの仕分け作業。

築地市場で値段が高いのはアカナマコです。
ただ、アカとアオの好みには地域差があるようです。

青森市で鮮魚店を営む塩谷孝さんの話です。

「青森ではアカナマコは日本海側で獲れるものの数は少なく、圧倒的に食されているのはアオナマコです。大きいものは中国へ輸出されるので、小ぶりのものを切ってナマコ酢などで食します。
アカの価格はアオよりも低く、県外へ出荷しています。お隣の岩手ではアカの方が好まれていますね。
陸奥湾ではフジナマコ、地元でフジコと呼ばれる黄色く幅広いナマコがいて、こちらは加熱しないと固くて食べられませんが、中華風にして食べます。
最近は魚が少なくなり価格も安値で、漁業組合も資金繰りが大変です。ナマコは手っ取り早く高値で取引されるので、組合事業でダイバーを雇って採らせる組合も増えました」

とのこと。

山口県の周防大島町沖家室島で民宿を営む松本昭司さんは

「方言でタワラゴといい、昔からナマコを食べると頭が良くなるといわれています。売れるのも食べるのもアカとアオで、クロはまったく食べません。
沖家室では主生産ではなくて賄いだったようです。宮本常一先生の記録では、周防大島の他の地区ではナマコが主生産で、煮干しにして中国に輸出していました。
地元ではイリコと呼んでいましたが、イワシの煮干しと紛らわしいのでキンコとして輸出していました」

食べ方はナマコ酢、みぞれ和えが一般的ですが、
「飲食店や割烹屋では茶ぶりナマコ」
「表面をバーナーで炙った握り寿司」
「豆乳でシャブシャブ」(以上、塩谷さん)
「醤油で煮しめ」(松本さん)

という食べ方もあるそうです。
茶ぶりナマコは能登で食べたことあるな。

沖家室島にはこんな言い伝えがあるそうです。

「うちのほうじゃナマコは女に切らせろと言うんですよ。男が切ると硬いが、女が切ると柔らかくなる。ある人には言わせれば、女性ホルモンのせいといい、ある人は女の汗がいいとか、勝手なことを言っています。ホントのことは、わしゃ知りません」(松本さん)

なるほど、ナマコは海男子という別名もあるくらいで、
包丁入れるのをためらうことありますからねー。

今回もこの写真でお別れです。ばはは~い←昭和すぎ

鍛冶橋食堂

飛騨高山の食事を支えてきた、毎日の食堂。

京都や富士山、知床などとならび、
ミシュランガイドから三ツ星観光地を獲得している飛騨高山。
いまでは世界中から観光客が訪れるこのまちが、
そうなるずっと前から、訪れるひとのお腹を満たしてきた食堂がある。

鍛冶橋食堂は、高山駅から徒歩10分弱、宮川沿いに店を構えている。
創業は昭和31年。
「ここはもともと卓球場だったの。
おとうさんが海とか川とか好きだったからこの場所を選んだのよ。
周りには何にもなかった」と語るのは、
いまも現役で店頭に立っている90歳の清水口たづさん。
もともとは近くで農業をやっていたが、高山へ出てきて食堂を始めたという。
いまでは、お嫁にきた笑子(えみこ)さんと一緒に店を切り盛りしている。

店を切り盛りする清水口たづさん(奥)と笑子さん(手前)の名コンビ。

外のカウンターではソフトクリームを販売したり、
看板にも「飛騨牛丼」や「飛騨牛朴葉味噌定食」などの派手なネーミング。
飛騨牛ブームの高山の、賑わう一角に店舗を構えるだけあって、
観光客目線の商品が表に並んでいる。

でもこれらは最近増えたメニューなだけで、
一歩店内に進んでみると、昔懐かしい定食屋さんの雰囲気だ。
メニューも、とうふ、野菜の煮物、焼き魚、煮魚と、
なんだかホッとする品揃え。
「昔からほとんど変わってません」と、
日本人なら毎日食べても飽きないような、うれしい食堂なのだ。

こもどうふ、野菜、イカなど、一品ものがすべて定食になる。

かつてのお客さんは、土木工事の作業員が多かった。
周辺でダムや河川敷の建設などが盛んに行われていた時期。
鍛冶橋食堂は、その作業員たちの、「毎日のメシどころ」となっていた。
それはこんなエピソードにも表れている。
「まちの外から来ていたひとたちが、
昼ごはん用にお弁当をつめてくれということもよくありました。
朝持って行って、夕方またお弁当箱を置いて帰るんです」と、
たづさんの味は、彼らのおふくろの味となっていた。

出汁は炭火でじっくりと。

「おかあさんは、炭火でにぼしの出汁をとるんです。
ガスの強い火でパッととるのではなくゆっくりじっくり」と
鍛冶橋食堂の味を守るのは、お嫁にきた笑子さん。
このダシで煮た野菜や魚は、特に年配のお客さんに喜ばれるそうだ。
しょうゆやみそも、昔からずっと同じものを使っている。
いつ“帰ってきても”いつもの味が待っているのだ。
変わらずに同じ味をつくり続ける。
変化がないことは決してマイナスではなく、
守り続けるという意義もあるし、それを求めるニーズもある。

七輪を使って炭で出汁をとる。ふたを開けてくれた瞬間に、にぼしの香りがひろがった。

観光客は、夕食で飛騨牛を食べることが多いので、
日中、鍛冶橋食堂に来る観光客には、こもどうふや野菜の煮物、魚の煮物が人気だ。
特に野菜の煮物は絶品で、
ひとくち噛めば、じっくりと時間をかけてとられた出汁の味が、
野菜の旨味とともに染み出す。
どの定食にもこの野菜の煮物が小鉢としてつく。
主菜以外に副菜まで充実している定食は、得した気分になってしまう。

ほかに、飛騨高山の伝統料理「こもどうふ」も鍛冶橋食堂の定番。
豆腐をこも(すのこ)で巻いてゆでる。
正月やお祭りのときに食べられていたものだ。
これもじっくりと煮ていて、中まで出汁がしみ込んでいる。
飛騨牛に飽きたなら、もうひとつの飛騨名物を堪能してみてはいかがだろうか。

鍛冶橋食堂の目の前では、宮川朝市が行われている。
朝市に出店しているひとたちは、大体がひとりで出店している。
そこで鍛冶橋食堂では、昔から出店者に朝ごはんを配達してきた。
観光客がまだ少ない7時頃までに注文を取り、9時頃までに配達する。
もちろん地元のひとたちへの毎日の食事なので、特別なものではない。
野菜の煮物とみそ汁とごはん。こんな定食が20〜30人に配られる。
笑子さんが、1軒ずつコミュニケーションをとりながら朝ごはんを配る。
朝市は、こんな昔ながらの“近所付き合い”で支えられていた。

この朝市も現在では観光化がすすんでいるが、
かつては、地元のひとたちが買い物する場所だったし、
遠くから汽車に乗って八百屋さんや魚屋さんが仕入れに来ていた。
そういったひとたちが朝食を食べたのもまた、鍛冶橋食堂だった。

今はたまたま観光地になってしまっただけで、
たづさんいわく「ええものはない(笑)」。
しかし、飛騨牛もおいしいけど、
鍛冶橋食堂の煮物は、思わずおかわりしてしまう、とても「ええもの」だ。

飛騨牛朴葉味噌焼きは、飛騨高山各地で食べられるが、鍛冶橋食堂は味噌がポイント。

太くて長くて硬いのはお好き?(1)

お前はすでに死んでいる!

ナマコは冬が旬です。お正月にナマコを食べる地域もありますが、
僕は子どもの頃、食べた記憶がありません。
みなさん、初めてナマコを見たときのことを覚えていますか?
僕がナマコと最初に出会ったのは、学生時代の与論島でした。

海の底まで透けて見える青い珊瑚礁、白い砂。
きらきら光るカラフルな小魚を見つけて
はしゃぐ聖子ちゃんカットのビキニギャル。
その足元に横たわっている、ゾウのうんこのような巨大な物体。

なんじゃ、こりゃ?

こわごわ踏んでみると、ブニョ~ッとした感触。
強く踏んでみると、ギュギュ~ッと硬くなって、
それをしつこく、グニュグニュやっていると
なんか白い糸状の物体を放出してドロドロ溶け出すもんで、
怖くなって、ぎゃーっと放り出して逃げる。

同じような経験をした人も少なくないはずです。
シカクナマコさん、すいませんでした。

気持ち悪いという人も多いナマコですが、
ナマコってのは、なかなか魅力的な生き物で、
ナマコにインスパイアされた作品は少なくありません。

人類学者・鶴見良行さんの大作『ナマコの眼』は
ナマコを追いつつ、アジア、太平洋の交易、漁業経済を描くことで、
海からの視点で宗教、言語、文化が交わるナマコロードを浮かび上がらせ、
国家とは何だろう…と考えさせてくれる名著です。

絶対的なスケールとして捉えがちな時間ですが、
実は時間にはいくつも種類があることを面白く描いて
ベストセラーにもなった、歌う生物学者・本川達雄さんの
『ゾウの時間、ネズミの時間』もナマコの研究から生まれました。

おや? 両書とも初版が1990年と1992年ですから、
90年代初頭、ナマコの夜明けがあったのでしょうか。

ナマコは古くは古事記にも登場しますし、
芭蕉もナマコの句を詠んでいます。
正岡子規も夏目漱石、宮沢賢治の作品にもナマコは登場します。

ナマコのなにが人を魅了するのでしょう。

ごろ〜ん

たぶん動物なのにほとんど動かないことではないでしょうか。
手足もなく、どちらが前か後ろかもわからない。
ミミズもそうですが、もっとのたうちまわります。
ナマコはゴロンとただ存在する。
ただただ、そこにある。
生きているのか死んでいるのかすら、よく分からない。

「脳死」をもってヒトの死とするのか、「心停止」をもって死とするのか、
議論は分かれるところでありますが、ナマコの場合はどうなのでしょう。

ナマコには目、鼻、耳といった感覚器がありません。
ですから感覚情報を処理する「脳」がありません。
「脳死」をもって死とするならば、
ナマコは死んでいるということになります。

「だろだろ? 脳死なんてのはよ〜、脳が一番エラいという
脳偏重の考え方なんだよ。
やっぱりカラダが資本よ。心臓が止まってからのあの世だぜ」
ということになるかというと……。

ナマコは血管系がなく、酸素や栄養補給は水管系と呼ばれるシステムと
体腔内の体腔液が担っています。

つまり「心臓」もないのです。

おぬし……、いったい何者なのだ!

お、縮みはじめたぞ!

どうしてナマコはじっとしているのでしょう。
それは筋肉がないからです。
ナマコはほとんどが分厚い皮膚で、あとは体腔の水でできています。

動物がなぜ動くのかといえば、
なによりもまず食べ物を探すためです。

ところが、ナマコが食べているのは
海底の砂についている有機物や藻類の破片。
探さなくてもまわりは餌だらけなので、それほど動く必要がありません。

もうひとつ、動物が動く理由は捕食者から逃げるためです。

でも、素早く逃げようとして筋肉をつけるほど、
捕食者にとっては、ますます魅力的な餌になります。
パラドクスですね。

「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。」

ナマコは逃げませんでした。
で、逃げずに戦ったかというとまったく逆。
筋肉を極力少なくし、栄養のない皮をぶ厚く硬くすることで、
誰にも見向きもされない生き方を選択したのです。

ボールみたいに丸まりました!

普段は柔らかいナマコですが、刺激を受けると硬くなり、
防御姿勢をとります。

それでもまだ、しつこく攻めて来る相手には
皮膚を溶かし、腸などの内臓を肛門から放出してやりすごします。
放出した内臓は、数週間すると再生します。

しかもナマコにはホロスリンという
サポニン系の毒があり、これは魚にとっては毒なので、
ナマコを食べる魚は少ないのです。
(脱線しますが、このホロスリンはクスリにもなり、
天然ナマコから抽出した水虫薬があります)

これがナマコの生き残り戦術です。
頭のいい選択をしているようですが、ナマコに脳はありません。

怪獣モスラの幼虫が敵に向かって吐くのは糸ですが、
ナマコは腸やエピキュニ管と呼ばれる内臓を吐き出します。

実はモスラの幼虫とナマコには共通点があって、
ナマコは大昔、「コ」と呼ばれていました。
もともと「コ」とは「蚕(かいこ)」のことです。
派生して芋虫状の生き物を「コ」と呼ぶようになったとか。

家で飼うから蚕(飼うコ)
生で食べるからナマコ(生のコ)
ナマコを茹でて干したのがイリコ(煎りコ)
ナマコの腸(はらわた)はコノワタ(コの腸)

筋肉や脳がないので、エネルギー消費量が低く、
(人間は総エネルギーの20%を脳につかっている)
摂取するエネルギーが少なくても生きていけます。
栄養価の少ない砂に付着したバクテリアなんかを
食べることでもやっていけるわけです。
砂を体内に取り込んで体が重くなっても平気なのは、
素早く動く必要がないからです。

パッと見ではどちらが前か分かりにくいのですが、
よく見ると結構違うんですよね。口を見てみましょう。

ここから触手を伸ばして砂を飲み込み、栄養分を取り込みます。

口は砂を食べやすいようにやや下向きの位置にあります。
こんな形の口になった理由が『古事記』に書かれているくらい
日本人とナマコは長いつきあいなのです。

口から伸びた触手。イソギンチャクみたいですね。

腹側には管足がびっしり生えています。
先が吸盤のようになっていて、 岩などにピッタリくっつくことができ、
伸ばしたり、縮めたりして 体を移動させます。

ナマコは海底の掃除屋です。砂に付着している
有機物はナマコの栄養となり、砂はきれいになって海に戻ります。
肛門はこちら。ナマコは呼吸を肛門でしています。

なんだかオカリナみたい。

それにしても、このナマコ。まじまじ見ると、キモイというより
織部焼きの陶器のようでなかなか美しいではありませんか。

正岡子規はナマコの句を多く残しましたが、ナマコに少し詳しくなると、
子規の句はいっそう味わい深くなります。

世の中をかしこくくらす海鼠哉
風もなし海鼠日和の薄曇り
引汐に引き残されし海鼠哉
海鼠喰ひ海鼠のやうな人ならし

正岡子規が34歳の若さで病没した3年後、子規の大親友である
夏目漱石は、初の小説『吾輩は猫である』を発表します。

その自序にもナマコは登場します。

《此書は趣向もなく、構造もなく、尾頭の心元なき海鼠の様な
文章であるから、たとい此一巻で消えてなくなった所で一
向差さし支つかえはない。又実際消えてなくなるかも知れん。》

ナマコを最初に食べた人はすごいとよく言われますが、
ご存知のように『吾輩は猫である』にも

《始めて海鼠を食ひ出せる人は其胆力に於て敬すべく、
始めて河豚を喫せる漢(おとこ)は其勇気に於て重んずべし》

とあります。

この文章は《海鼠を食へるものは親鸞の再来にて、
河豚を喫せるものは日蓮の分身なり》と続きます。

喩えに浄土真宗の祖の親鸞、日蓮宗の日蓮を持ち出すのは少々突飛ですが、
本川達雄さんは、ここに子規と漱石との友情を感じ取っています。

子規は、地味&静的なもの=ナマコと、
派手&動的なもの=フグを対比させた句をいくつか残していますが、
本川さんは次の句に注目します。

[日蓮宗四箇格言]念仏は海鼠真言は鰒(ふぐ)にこそ
(念仏を唱えていたらナマコに生まれ変わるぞ、真言ならフグになるぞ)

これは日蓮の「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」のパロディで
念仏=静的=ナマコ、真言=動的=フグの構図です。

《漱石が、子規の四箇格言の句を思い浮かべながら書いたものだと
私はにらんでいる。そう考えれば、ナマコとフグの取り合わせも、
日蓮と親鸞の件も、理解できるからである》
(『世界平和はナマコとともに』)

親友を亡くし、ぽっかり空いた心を埋めるように執筆した
はじめての小説で、友を思いながらユーモラスな筆致で綴る漱石。
『坂の上の雲』が好きな人にはたまらないのではないでしょうか。

ぬめぬめしてるけど、手はべとつきません。

本川先生はナマコを研究し、尊敬してはいるものの、
好きになったり、可愛いと思ったことはないと断言しつつ、
こう述べています。

《可愛い、おもしろい、役に立つというような、自分が好き、
自分の得になると感じられるものとばかり付き合おうとする風潮が、
今の世の中、非常に強いですよね。嫌いなものとは付き合わないし、
さらには排斥する》
(『生物学的文明論』)
《自分の好きなものだけで世の中ができているわけではない。
好きではなくても付き合っていかねばならぬもの、
嫌いだけど大切なもの・侮ることのできないもの、
そんなものばかりだと言ってもいい。
自然も真理も神様も、そう甘ったるいものではない。》
《好きなものと付き合うのは子どもにだってできる。
嫌いだけれど大切なものと付き合っていけるようになるのが、
大人になるということ。それを出来るようにするのが教育であり
学問なのである。》
(『世界平和はナマコとともに』)

またまた脱線してしまいましたが、新年を迎え、
自戒の念もこめて、引用させていただきました。

ナマコの項つづく

"ナマコのくせに落ち着きのないコだね! ツチノコみたい。あ、ツチノコは土の「コ」かな?"

ズワイガニのセックスを笑うな

今年もときめきの出会いがなかった貴女へ

カニのシーズン真っ盛りですね。
みなさんはもうカニを食べましたか?

あ、最初にお断りしておきますが、申し訳ない。
今回も嫌がらせのように長いので、時間のあるときに読んでください。
しかも女子の皆さん、すいません。
内容は仰天セックス(僕にとっては)の話なので、ちょっとだけお下品です。

いいですね、断りましたよ。
では、はじめます。

国内のカニ類の漁獲量を調べてみたところ、
ズワイガニとその仲間のベニズワイガニが漁獲量全体の78%を占めていますから、
ズワイガニこそ日本を代表するカニなのです。

でも国産のオスのズワイガニのいいものは、一匹3~4万円くらいは当たり前。

このコーナーで取り上げたいけれど、こりゃ、予算オーバーだとあきらめていたら、
たまたま応募した「カニのキャラクターに名前をつけてねキャンペーン」に見事当選。

景品としてズワイガニが当たったので、ここに登場することになりました。

いやあ、50歳過ぎて「かにぴょん」と書いて応募して、本当によかった~!

さて、11月6日はズワイガニ漁の解禁日でした。漁期は3月20日までの5か月。

冬の冷たく荒れ狂う日本海を舞台に、5か月で年収の約6割を稼ぐといいますから、
漁師さんやカニ加工業者さんたちの11月6日にかける熱い思いは半端ではありません。

カニ底曳き網漁の漁船。カニがいるのは深海。長いロープが必要になるので後部のリールがでかい。

西高東低の冬型の気圧配置で海は荒れやすく、月に操業できる日はわずかだ。操業できても水も空気も痺れるように冷たい。

ずらり並んだ、活きているズワイガニ。

なんでも初日にはご祝儀相場で一匹20万円ついたカニもいたとか。

さて、標準和名であるズワイガニと呼ぶと、どうも美味しさ、貴重さが伝わってきません。
松葉ガニ、越前ガニの方が断然うまそうです。

ご存知のように、ズワイガニのオスは若狭~山陰地方では松葉ガニ、
福井県では越前ガニと呼ばれます。

間人(たいざ)かに、大善かに、津居山かに、柴山かに……
呼び名は違えど、どれもズワイガニです。

水揚げされる各港でブランド化が図られており、
港がひと目で分かるようにタグ付けされています。
(福井県=黄色、京都府=緑色、間人ガニ=緑色、津居山ガニ=青色……など)

ご覧ください。ズワイガニのオスとメスは、大きさがずいぶん違います。

大きいのがオスです。

ズワイガニのメスは地域によって、セコ(北陸)、セイコ(北陸、京都)、
コッペ(京都)コウバコ(石川)、と呼ばれています。

京都にいるときゃ~ コッペと呼ばれたの~ 福井じゃ セイコと名乗ったわ~

失礼しました。
裏返しちゃいましょうか。

きゃ~っ いや~ん!

大きさだけじゃなく、腹のいわゆる「ふんどし」の部分がオスは三角形で、メスは丸型です。

アップで見てみましょう。

卵を数えてみようかと思ったけど、やめました。

卵をたくさん抱いていますね。これが外子(そとこ)と呼ばれる受精卵です。

見た感じはキャビアのようですが、魚卵のようなコクはなく、
むしろさっぱりした味わいとシャキシャキした食感を楽しみます。

では、甲羅をオープンしてみましょう。

うひゃあ、たまりません! 

中央の鮮やかなオレンジ色の部分が、内子(うちこ)と呼ばれる卵巣です。
蟹味噌(緑色をした部分)以上にねっとりした風味とコクがあり、
これが食べたくて、毎年11月6日の解禁日が待ち遠しいという人も少なくありません。

作家の開高健さんの大好物がこれでした。

「雄のカニは足を食べるが、雌のほうは甲羅の中身を食べる。それはさながら海の宝石箱である」
(開高健全集第15巻「越前ガニ」より)

グルメリポーターの彦摩呂さんが、なかなかの読書家であることが分かります。

開高さんが常宿にしていた福井県越前町の「こばせ旅館」で
「う~ん」と言いながらほおばっていたのが、
二合の飯の上に七杯ぶんのセイコガニをほぐして乗せたカニ丼。
彼の死後、この丼は開高丼と名づけられました。

茅ヶ崎市にある開高健記念館

ズワイガニは水温が0~5℃くらいの冷たい深海に棲息しています。
オスとメスは棲んでいる水深が違っていて、
メスは水深250m近辺、オスはやや深い水深300~400mくらいで暮しています。
繁殖期になると大人のオスとメスが集まります。
カニだけに出会いのカーニバルなんちゃって。わははは、日本海の深海より寒いぞ。

ズワイガニの産卵は初産卵と経産卵とでは異なるのですが、
ややこしくなるので、ここではざっくり説明します。

知らない人はちょっとビックリしますよ。

交尾(意外や正常位)したメスは、すぐに産卵し、お腹に卵を抱いて、なんと1年過ごします。
抱えている卵の数は7~10万個。1年後、お腹の卵から子どもが孵化し、放仔したあと、
すぐに受精して、産卵。ふたたびお腹に卵を抱えます。

つまり、卵をお腹から放してから、1週間ほどですぐにまた卵を抱えるので、
卵を抱えていない成熟したメスにお目にかかることは、ほとんどないのだとか。

大人になったらお腹に卵を抱えたままで生涯を過ごすって、すごくないですか?

でも、もっと驚くのはここからです。

いうまでもなく、海は広いな大きいなです。おまけに水深が深いのでまわりはまっ暗。
当然、オスと巡り会えない淋しい年もあります。

そんなロンリー・イヤーはどうするかというと……。

体内にストックしておいた昨年の精子の残りを使って受精するのです! 
なんとメスの体内には精子バンクがあるのです。

そして、次の年もオスと出会えなかったら、
ストックしてある一昨年の精子を使ってまた受精するのです。

こうして、一夜(?)をともにした相手の子どもを、
3~5年間くらいは産み続けることが可能なんですって。

一夜の契りの相手の子を一生産み続ける悲しい女。

雪は降る降る未練はつのる、
馬鹿なやつだといわれても、
宿命ですもの女の命、
ああ、私は今年も産むわ。

ドロドロの演歌の世界を妄想してしまいますねー。
寒風吹きすさぶ冬の日本海が舞台ですからねー。

でも、これはズワイガニに限ったことではなくって、
たいていの甲殻類は、精子をいったん貯精のうと呼ばれる器官に蓄えてから受精するのだとか。

えー、そうだったのか、エビ、カニ!

じゃあ、新しい出会いなんて必要ないじゃん。

京都府立海洋センターの話では、まだよくわかっていないのですが、と前置きした上で、

「貯精のうにストックした精子の場合、受精率が年々下がることはわかっているので、
やはり毎年、交尾して新鮮な精子を仕入れるのが基本的な繁殖戦略ではないでしょうか」
ということです。

しかもですよ。擬人化して書きますが、
処女は童貞、おっさんの区別なくセックスして妊娠しますが、
一度子どもを産んだ熟女は、若い男はお断り。強い大人の男としかセックスしません。

おお、擬人化するとなんてわかりやすいんだ。

つまり、昔の男の子種をキープしつつも、強い男に抱かれる女の性(さが)ですな。
いやはや全然、一途ではありません。カニの世界も女子はクールですな。

むしろオスは自分の子孫を残そうと、他のオスと浮気しないように、
メスに必死にしがみついているそうです。カニの世界も男子は必死です。

俺だって必死なんだよ!

いろんな資源保護対策で
やっと水揚げ量の減少に歯止めが。

ズワイガニの寿命は約20年。
大人になるまで9年くらいかかります(オス9cm、メス7cmが大人の目安)。
成長が非常にゆっくりした生物なのです。

日本海では1970年代には16000t以上の水揚げがありましたが、
1990年代には1500tにまで落ち込んでしまいました。

明らかに獲り過ぎてしまった反省から、漁期を短くしたり、
ひと航海の漁獲可能量や捕獲してよいサイズの制限を設けるだけだなく、
物理的に底曳網漁ができないように、
巨大なコンクリートブロックを沈めてカニの保護区をつくったり、
さまざまな資源保護に努めた結果、現在は5000t前後まで回復しました。

メスガニの漁も資源確保のため、オスよりも早く1月10日で終了になります。
つまり2か月しか味わえない貴重品なのです。

それでもメスを食べるのは日本だけで、
資源保護の観点から、いかがなものかと外国から批判されているそうです
(北米では蟹味噌食べませんしね)。

メスを保護するのに越したことはないでしょうが、メスを保護すれば増えるかというと、
メスの捕獲を禁止しているカナダでも漁獲量が減っているといいますから、
そう単純な問題ではないようです(ちなみにズワイガニの世界一の生産地はカナダです)。

禁漁期に漁師はカレイ漁なども操業していますが、
漁場の環境を守ろうと海底清掃をしているそうです。
操業中に失った漁網や漁具などの回収ですね。
これらにカニが絡まって死んでしまうのを防ぐためです。

兵庫県で会ったカニ底曳網船の船主の話では、燃料代・人件費の補助金が出るので、
その範囲で清掃活動をしているそうです。

ちょっと前までお隣の韓国は無関心でしたが、最近は意識が変わって、
海底清掃を始めたそうです。回収した量によって報奨金が出る制度らしく、
ものすごい勢いで海底をさらっているのだとか。

海底清掃で引き上げられた漁網類

そんなズワイガニの資源保護の努力話を聞いたあと、
日本海をヨットで北上して6月に新潟県の能生(のう)漁港に入港したところ、
禁漁期のはずなのに、堂々とカニが売られているではありませんか!

マリンドリーム能生 かにや横町

あれー、おかしいなー? どうなってんの?

かなり混乱したのですが、調べてみると並んでいたのはズワイガニではなく、
茹でなくても真っ赤な色をしているベニズワイガニでした。

これは水深500~2500mとより深いところに棲むカニで、
カニかご縄漁という漁法で捕まえます。

ベニズワイガニは棒状やフレークとして9割以上が加工用材料として使われ、
姿売りを見られるのは産地で若干見られる程度なのだとか。

でも、漁獲量はズワイガニ5,996tに対し21,456t(08年)と
国内の漁獲量は圧倒的にベニズワイガニが多いのです。
ベニズワイガニの漁期は9月1日~6月30日。もちろん密漁ではありません。

メスのベニズワイガニは捕獲が禁止されています

一般的に味、身の詰まり具合ともにズワイガニに比べて落ちることから、
こちらは価格もお手頃です。

でも、試食させてもらったら、これはこれで美味しいんですけどね。
つまりズワイガニはもっとおいしい。

ベニズワイガニはズワイガニの仲間ですが、缶詰でときどき見かけるマルズワイガニは
主に西南アフリカで獲れるオオエンコウガニで、これはズワイガニの仲間ではありません。
でも、これもこれでおいしい。

美味しいズワイガニは
どうして高額なのか?

ちょっと脱線し過ぎましたね。
話をズワイガニに戻しましょう。

一般的なスーパーで売られているのは、メスガニか輸入物の冷凍ズワイガニ(オス)。
で、国産のオスを見かけることは非常に希です。

これは国産のオスは北陸や山陰の観光地で多く消費されているからです。
ズワイガニは客を呼べるキラーコンテンツなのです。

温泉&カニ食べにいこう!ですね。

見事なまでの地産地消。
やはり現地で食べるのがベストでしょうが、なかなかそうもいかないのが現実。

ネットやトラックの移動販売で格安のズワイガニを買ってみたものの、
そんなに美味しくなかった経験、ありませんか? 僕はあります。

そこで、京都丹後で、長年、老舗の料亭や旅館にカニを卸している「魚政」の谷次賢也さんに
味の違いを聞いてみました。

谷次賢也さん。業界では名の知れた目利きの鬼!

「タグは産地表示で、品質保証ではないからね。タグがついていりゃ美味しいわけではないんだ。

水揚げ港は違っても、同じ丹後沖の日本海で操業しているのだからね。

タグは着いてて当たり前。むしろ大事なのは、カニそのものの鮮度と身の詰まり具合と
漁船での取り扱われかた。一匹一匹、個体差があるからね。

身詰まりのいいカニは、蟹味噌も濃厚でたくさん詰まってる。
たんに大きければいいってもんじゃない。

本当に美味しいカニの選別は、
目利きを二、三年やったくらいじゃ話にならないくらい難しいんだよ」

—— そういえば、泥臭かったことが……。

「深海の砂泥地に棲んでいるからね、水揚げ直後は体内に泥を含んでいるんだ。

だから、まず水槽に入れて泥吐き処理をする。
これを丁寧にしないと泥臭いカニになるね。

次にきれいな水槽に移して鮮度のいい状態を保つんだけれど、
単に活かしているだけだと痩せて肉質が悪くなってしまうんだ。

ストレスを与えるのも味をダメにするね。
頻繁に水を換えたり、毎日の掃除は大変だけど、
味を良くするためだからね、手は抜かないよ」

水槽から、活け松葉かにを取りだし、健康状態を一匹一匹点検し、水槽の汚物を取り除く

—— おいしく茹でるコツは?

「スチームで大量に蒸しているところもある。
でも、それだと火加減や塩加減にムラができるんだ。
うちはステンレス鍋で大量のカニを炊き上げる。

茹でに使う塩は、地元の海水から炊き上げたミネラルたっぷりの天然塩。

身質、時期、気温、大きさや量に応じて蟹茹で職人がつきっきりで炊き上げるんだ。
1分の差で味が大きく違うからね。

で、炊きあがったら一匹ずつ流水で丁寧に洗って灰汁をとり、身を引き締める。
この作業を怠ると嫌な臭いが出やすい。

——「魚政」さんとこのセコガニは外子がうまいです。

「セコガニは流水で洗ったあと、もう一度、魔法の水につけて、味を調整しているからね。
これをしないと、外子が水っぽくなってしまう。

最後に冷蔵庫で半日から一晩寝かせて、蟹味噌を固めて落ち着かせ、
身肉の旨味成分を増やしてるんだ」

はちきれんばかりに詰まっています!

—— 美味しい食べ方は?

「三杯酢もいいけど、まずは何もつけずに、そのままを味わって欲しいね。
絶対に家で二度茹でしたり、焼いたりしたらダメだよ」

—— 松葉かに。高級品ですよね。

「でも、脚が1本ないとか、傷があるものは安いよ。
体裁は少々悪くても、家族で食べるなら、味は変わらないからお買い得。

予算に応じて、予算以上の満足を提供するのがうちのモットー。
堪能してもらえたらうれしいね」

……とまあ、高いのには理由があって、より美味しく食べられるように、
実に手間がかかっているのです。逆に、安いのは手間をかけていないから、ともいえます。

カニを食べるのは冬の一大イベント。ケチってへんなカニを食べるよりも、
きちんとした値段で、信頼できるプロの目利きに選んで茹でてもらったカニを手に入れるほうが、
賢い選択だと思いますけどね。