連載
〈 この連載・企画は… 〉
南北に長い日本列島。同じ魚でもおいしい時期も違えば料理法も違います。
季節の花を愛でるように旬の魚を食したいではありませんか。そこが肉食と違う魚食の醍醐味。
魚の食べ方や生態や漁法を漁師、魚屋さん、魚類学者、板前さんなど、魚のプロに教えてもらいます。
writer's profile
Sei Endo
遠藤 成
えんどう・せい●神奈川県川崎市生まれ。出版社を退社後、ヨットで日本一周。漁業、海生生物の生態の面白さに目覚める。東京湾の環境、漁業、海運、港湾土木をテーマにしたエンターテインメントマガジン『TOKYO BAY A GO-GO!!』編集長。
credit
撮影:朝山議尊(カツオ)
special thanks to
二平章(茨城大学地球総合研究所)
潮崎商店
カツオをテーマに文章を書くとき、
一番むずかしいことは何でしょう?
それはなんといっても書き出しです。
<目には青葉 山ほととぎす はつがつを>
毎年この季節、旬のカツオを取り上げるニュースは
このお決まりのキャッチフレーズとともに始まります。
ところが「目には青葉」を話の枕に使ったとたん、
マンネリ、ワンパターン、新味のない、
型にはまった、古くさい、陳腐な、
ああ、よくある月並みなカツオの話ね……
と見向きもされなくなるのです。
劇作家の別役実さんも書いています。
ああ、山口素堂のなんという呪縛。
ちょっと実験してみましょう。
現在、ベースボール界のカツオといえば、
小さな巨人、スワローズの石川雅規投手ですが、
往年の野球ファンにとってカツオといえば、
ファイターズ(フライヤース)とスワローズで
活躍したスラッガー大杉。両リーグで1000本安打を
最初に達成したバットマン、大杉勝男選手でしょう。
カツオの季節になりました。
カツオの話の枕としては明らかに失敗です。
いいからさっさと本題に入れ?
ごもっとも。
では、突然ですがクイズです。
これはなんでしょう。
正解は「チンコ」です。
チンコをご存じない女子は「なんてお下劣な!」
と眉をひそめているかもしれませんが、
いかんせんチンコはチンコなのだからしょうがありません。
もちろんカツオのハート♡ 心臓でも正解です。
かつお節の一大産地、鹿児島県枕崎ではカツオの心臓を
チンコと呼ぶのです。
新鮮なので刺身でいただきましたが、
塩焼きや炒め物にするのが一般的な食べ方だとか。
さかなをアッパー系とダウナー系に分けるとしたら
カツオはアッパー系の代表だと思いますね。
特に初ガツオは食べると、なぜか気分が高揚します。
気分が高揚するのは、どうしてでしょう?
春の訪れを感じるから?
良質のタンパク質と豊富なビタミン、ミネラルといった
栄養成分の作用?
薬味に使うニンニクの影響?
わかりませんが、なによりカツオが放つ
強烈な黒潮のイメージ。
はるか昔、黒潮にのって日本列島に渡ってきた
遠い祖先から受け継ぐ旅するDNAが
うずくのではないでしょうか。
うっしゃー、今夜もカツオじゃきに。
カツオはまっことうまいのう!
カツオを一番よく食べるのは高知県民です。
全国平均の約3倍ですからダントツ1位です。
カツオはインドネシアやフィリピン沖で産まれます。
温水プールのように温かい南の海で年中、産卵しているのだとか。
南の海が透明に輝いているのは、海に栄養が少なく、
プランクトンがあまり発生しないからです。
つまり、さかなにとってはエサが少ない。
それではエサの少ない海で、カツオの稚魚たちが何を食べているかというと……。
驚愕の事実が今、明らかに!
実は共食いをしているのです。
ぎゃああ〜〜っ!
多産系のカツオは分類学でいえばサバの仲間。
特徴として小さな卵をたくさん産みます。
しかも、少しずつ時期をずらして産むようです。
稚魚はプランクトンだけでなく、あとから産み落とされた
卵や仔魚、いわば弟妹たちも食べて大きくなります。
少し残酷な気もしますが、それがカツオの生き残り戦略。
大きな卵を少量産むサケ類とは真逆のストラテジーです。
究極の自給自足……とでもいうのかな。
ああ、だめですよ。カツオがワカメやタラちゃんを
食べているところなんか想像しちゃ!(←普通しねーよ!)
カツオの99.999%は卵や稚魚のうちに
他の魚だけでなく仲間にも食べられてしまうそうです。
厳しい生存競争を生き抜き、
大きくなったカツオは豊富なエサを求めて
群れをなして北の海へと旅立ちます。
詳しくいうとカツオは南の海に定住する派と
北へ旅する派に分かれるそうで、
日本沿岸にやってくるのは旅するカツオです。
しかも黒潮にのってやってくるだけじゃなく、
ダイレクトに紀州沖、房総沖、三陸沖へやってくる
ルートもあるんだそうです。
カツオは泳いでいないと呼吸ができません。
というわけでカツオは24時間、泳ぎっぱなしです。
寿命といわれる約8〜10年間、ずっと泳ぎ続けるのです。
計算では生きているうちに50万キロ前後
(地球10周以上)泳ぐことになるそうです。
何たるスタミナの持ち主でしょう。
カツオを食べると元気が出るわけです。
それにしても今日のカツオの色艶!
素晴らしいでしょう?
純銀製のオブジェみたいに輝いているじゃありませんか。
このカツオは紀伊半島の先端、つまり本州最南端の港、
串本の「しょらさん鰹」です。
「しょらさん」とは串本の言葉で「愛しい人」を意味します。
いやあロマンティックですね。
カツオといえば、勇ましい一本釣りが有名ですが、
串本の沿岸カツオ漁は、船を走らせながら擬餌針を流して
カツオを釣り上げるケンケン漁が主流です。
ケンケン漁は串本が発祥の地といわれています。
明治の初め、串本から大勢の人が
移民としてハワイへと渡りました。
伝統的な引き縄漁法も一緒に持ち込まれ、
ハワイで改良された技法を移住者が串本へ持ち帰り、
あっという間に日本全国に広まりました。
ケンケンというユニークな名称はハワイの言葉
からきているという説もあるそうです。
歴史的に南紀は漁法の発明や、かつお節の加工技術など
イノベーションに熱心な土地柄ですが、その話はまたいずれ。
さてこの「しょらさん鰹」には3つの条件があります。
(1)ケンケン漁で当日水揚げされたものであること
(2)活き〆をしたうえで丁寧に放血し、氷温保存したもの
(3)サイズは脂がのった2〜4.5kgであること
3つの条件をクリアした中からブランドとして認められる
品質のものだけを仲買人が選別して、
選ばれたカツオだけに認証シールが貼られます。
ケンケン漁はカツオへのダメージが少ない上に、
一本一本、鮮度保持の技術を駆使して、
それこそ愛する人を扱うように繊細に接するので、
その身肉たるや極上です。
しかも大量に漁獲する漁法ではないので
普通のカツオの2倍くらいの値段がする高級品です。
まさにキング・オブ・カツオ。
食べてみると食感はもっちりねっとりで、
脂がのっているのにしつこくない。
そして、いわゆるカツオのクセがまったくなく、
へ? これがカツオ? と驚くこと間違いなし。
こりゃもう革命ですよ!
いや、ほんとですって。僕が嘘をついたことありますか!
(↑おめーなんて、知らねーし!!)
ごもっとも。
ああ、「しょらさん鰹」はうまいなあ!
ああ、「しょらさん鰹」は日本一だあ!
みなさん、覚えていただけましたか「しょらさん鰹」。
ぜひ一度食べて、ビックリしていただきたい。
さて、普段、サクの状態でしか見かけないカツオですが、
今回の撮影でじっくり丸ごと一本を観察できました。
高速で泳ぐときはヒレを畳んで水の抵抗を減らすことは
知っていたのですが、畳むだけじゃないんですね。
ピタッとカラダの内側に収納できちゃうんですよ。
ねねね、すごいメカニズムでしょう。
そして、これこれ。知っていました?
尾びれの付け根には水平翼のような
透明な流線型の突起があるんですよ。
まるで合成樹脂でできたスポイラー、
エアロパーツみたじゃないですか。
エサを追うときなどは
時速100キロくらいで泳ぐといいますからね。
ああ、なんてカツオはかっこいいんだ!
・・・・・・エピローグ・・・・・・・
今回、カツオの撮影に協力していただいたのは、
墨田区にある宅配寿司『京山』の朝山議尊さん。
店には秘密の小部屋があって、寿司、魚介類専用の
撮影スタジオになっています。
『京山』は全国から、寿司ネタとしては馴染みのない
地魚を取り寄せ、にぎり寿司にして提供している
ことでも有名なお寿司屋さんです。
この日は串本から届いたホウセキキントキ、ニザダイ、
ヒゲハギ、テングダイ、カスミアジなどが
おいしい握り寿司になりました。
ね? こんな寿司、食べたことないでしょ?
あ、もちろん、一般的なネタも扱っていますよ。
information
出前専門 黒酢の寿司 『京山』
住所 東京都墨田区立花1-11-2 イチゴガーデン店舗一号室
TEL 03-3614-3100
予約受付時間 9:00~21:00
年中無休
http://www.kyouzan.jp/
information
『潮崎商店』
住所 和歌山県東牟婁郡串本町串本981
TEL 0735-62-0314
営業時間 6:00~14:00
定休日 年中無休
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