鍛冶橋食堂

飛騨高山の食事を支えてきた、毎日の食堂。

京都や富士山、知床などとならび、
ミシュランガイドから三ツ星観光地を獲得している飛騨高山。
いまでは世界中から観光客が訪れるこのまちが、
そうなるずっと前から、訪れるひとのお腹を満たしてきた食堂がある。

鍛冶橋食堂は、高山駅から徒歩10分弱、宮川沿いに店を構えている。
創業は昭和31年。
「ここはもともと卓球場だったの。
おとうさんが海とか川とか好きだったからこの場所を選んだのよ。
周りには何にもなかった」と語るのは、
いまも現役で店頭に立っている90歳の清水口たづさん。
もともとは近くで農業をやっていたが、高山へ出てきて食堂を始めたという。
いまでは、お嫁にきた笑子(えみこ)さんと一緒に店を切り盛りしている。

店を切り盛りする清水口たづさん(奥)と笑子さん(手前)の名コンビ。

外のカウンターではソフトクリームを販売したり、
看板にも「飛騨牛丼」や「飛騨牛朴葉味噌定食」などの派手なネーミング。
飛騨牛ブームの高山の、賑わう一角に店舗を構えるだけあって、
観光客目線の商品が表に並んでいる。

でもこれらは最近増えたメニューなだけで、
一歩店内に進んでみると、昔懐かしい定食屋さんの雰囲気だ。
メニューも、とうふ、野菜の煮物、焼き魚、煮魚と、
なんだかホッとする品揃え。
「昔からほとんど変わってません」と、
日本人なら毎日食べても飽きないような、うれしい食堂なのだ。

こもどうふ、野菜、イカなど、一品ものがすべて定食になる。

かつてのお客さんは、土木工事の作業員が多かった。
周辺でダムや河川敷の建設などが盛んに行われていた時期。
鍛冶橋食堂は、その作業員たちの、「毎日のメシどころ」となっていた。
それはこんなエピソードにも表れている。
「まちの外から来ていたひとたちが、
昼ごはん用にお弁当をつめてくれということもよくありました。
朝持って行って、夕方またお弁当箱を置いて帰るんです」と、
たづさんの味は、彼らのおふくろの味となっていた。

出汁は炭火でじっくりと。

「おかあさんは、炭火でにぼしの出汁をとるんです。
ガスの強い火でパッととるのではなくゆっくりじっくり」と
鍛冶橋食堂の味を守るのは、お嫁にきた笑子さん。
このダシで煮た野菜や魚は、特に年配のお客さんに喜ばれるそうだ。
しょうゆやみそも、昔からずっと同じものを使っている。
いつ“帰ってきても”いつもの味が待っているのだ。
変わらずに同じ味をつくり続ける。
変化がないことは決してマイナスではなく、
守り続けるという意義もあるし、それを求めるニーズもある。

七輪を使って炭で出汁をとる。ふたを開けてくれた瞬間に、にぼしの香りがひろがった。

観光客は、夕食で飛騨牛を食べることが多いので、
日中、鍛冶橋食堂に来る観光客には、こもどうふや野菜の煮物、魚の煮物が人気だ。
特に野菜の煮物は絶品で、
ひとくち噛めば、じっくりと時間をかけてとられた出汁の味が、
野菜の旨味とともに染み出す。
どの定食にもこの野菜の煮物が小鉢としてつく。
主菜以外に副菜まで充実している定食は、得した気分になってしまう。

ほかに、飛騨高山の伝統料理「こもどうふ」も鍛冶橋食堂の定番。
豆腐をこも(すのこ)で巻いてゆでる。
正月やお祭りのときに食べられていたものだ。
これもじっくりと煮ていて、中まで出汁がしみ込んでいる。
飛騨牛に飽きたなら、もうひとつの飛騨名物を堪能してみてはいかがだろうか。

鍛冶橋食堂の目の前では、宮川朝市が行われている。
朝市に出店しているひとたちは、大体がひとりで出店している。
そこで鍛冶橋食堂では、昔から出店者に朝ごはんを配達してきた。
観光客がまだ少ない7時頃までに注文を取り、9時頃までに配達する。
もちろん地元のひとたちへの毎日の食事なので、特別なものではない。
野菜の煮物とみそ汁とごはん。こんな定食が20〜30人に配られる。
笑子さんが、1軒ずつコミュニケーションをとりながら朝ごはんを配る。
朝市は、こんな昔ながらの“近所付き合い”で支えられていた。

この朝市も現在では観光化がすすんでいるが、
かつては、地元のひとたちが買い物する場所だったし、
遠くから汽車に乗って八百屋さんや魚屋さんが仕入れに来ていた。
そういったひとたちが朝食を食べたのもまた、鍛冶橋食堂だった。

今はたまたま観光地になってしまっただけで、
たづさんいわく「ええものはない(笑)」。
しかし、飛騨牛もおいしいけど、
鍛冶橋食堂の煮物は、思わずおかわりしてしまう、とても「ええもの」だ。

飛騨牛朴葉味噌焼きは、飛騨高山各地で食べられるが、鍛冶橋食堂は味噌がポイント。

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