大久保秀和さん

米づくりへの自信

茨城県北部、日本三名瀑のひとつに数えられる袋田の滝がある大子町(だいごまち)。
中山間地であるこの地には、清流久慈川が流れ、いくつもの支流が田んぼを潤す
豊かな水の恵みを受けてきた土地であり、古くからおいしいお米の産地として知られている。
この地で、代々農業を営み、米づくりに携わってきた大久保さん一家。
秀和さんと父である憲治さんを中心に、現在は約20ヘクタールの田んぼで米づくりを行っている。

左から大久保憲治さん、三枝子さん、そして秀和さん。

「自分が家を継ぎ農業を続ける」
当然のごとくそう考えていた秀和さんは、茨城県立農業大学校を卒業後
実家において父、憲治さんとともに米づくりに取り組み始める。
「最初の頃はキュウリ栽培も行っていたのですが、この周辺で米づくりをする人が減っていき、
田んぼの管理を頼まれることが多くなり、米づくり中心の農業となっていきました」

大久保家に代々続く米づくりのノウハウを研究しそれを高めることによって
よりおいしいお米を生みだそうと努力を重ねていく。
そして、この努力は確実な結果として表れ、
周囲でも評判のおいしい米づくりができるようになっていった。
「しかし、いくらおいしさに自信のある米をつくっても、それが認知されなければ
単なる自己満足に終わってしまう」
そんな思いの中で2006年に、お米の食味コンテストとして権威ある
「お米日本一コンテストinしずおか」に自慢のコシヒカリを出品することにした。

「正直なところ、ある程度の評価をいただければいいという思いでした。
しかし、結果を聞いてビックリ!」
結果はなんと最優秀賞を受賞。「日本で一番おいしいお米」の称号を受けたのだ。
これは茨城県初の快挙だった。
「昔からの米ぬかをベースとしたオリジナル肥料を使い、丁寧な米づくりを行う。
あとは豊かな土地と気候が育ててくれます」
と、米づくりの秘訣についてあっさりと語る秀和さんだが、
その奥に熱く秘められた情熱は、日本一となったあとも、次なる未来へと向けられている。

「新たに静岡、福島、山形の米づくりを行う仲間たちと
『カミアカリドリーム』という勉強会を通して、
巨大な胚芽をもつ新しい玄米食専用品種『カミアカリ』を育てようと取り組んでいます。
新しい品種は次々と生まれてきていますが、自分たちの手で育て、
後生に残す品種をつくりあげようと、仲間たちと協力しているところです」

丘陵の間に広がる大子町の田んぼ。この豊かな土地で日本一のコシヒカリが生まれた。

地元を思う心が生み出す新しい農業へのチャレンジ

2006年に「お米日本一コンテストinしずおか」で最優秀賞を受賞後、
秀和さんは米づくり以外の新しいチャレンジも始めている。
「地方の一農業者が、企業や行政の大規模な企画や予算の事業ではなく、
小規模だけど自分たちのこだわりの詰まった商品を生みだし消費者に届ける。
という農業のひとつのかたちを示したかった」
と、まずは仲間と日本酒づくりに取り組んだ。

きっかけは、地元を愛する仲間たちとの会話からだった。
それは単に農家が酒米をつくるということではなく、
仲間とともに、酒米づくりに始まり自分たちの考える日本酒への思いを酒蔵さんに伝え
米農家と仲間たちが生み出した、こだわりの日本酒を完成させることだった。
大子町で生産される「米」、それにかかわる「人」にこだわり、
この地の古い呼び名にちなんで名付けられた純米酒「穂内郷(ほないごう)」。
大子町の豊かな土地を感じさせる深い味わいをもつ日本酒はすぐに評判となった。

また、日本各地の中山間地と同様に、
大子町も農業後継者がいないために増え続ける休耕地が問題となっているが
そんな休耕地を利用してのそば栽培にも取り組んでいる。
大子町はもともとそばでも知られた土地。
そこで休耕地を利用してそばを栽培し、
乾麺そば「保内郷(ほないごう)蕎麦」として販売したところ
大子町のお土産として喜ばれている。

日本酒づくり、そばづくり、ともに地元生産の素材を活かし
少しでも地元が活気づき、元気になる力となれば、という思いから始めたものだ。
「地元をアピールすることで特徴も生まれ差別化もできる。
米や野菜、その素材をつくった人の顔が見えるものづくり、これからはそんな時代だと思う」

大久保農園のコシヒカリ「大久保農園の米」「日渡の米」。そして「保内郷蕎麦」と純米酒「穂内郷」。

今年、10月6日から12月9日(水曜定休)まで
秀和さん、そして憲治さんも卒業した旧上岡(うわおか)小学校において
「おいしい さとやま学校」というイベントが行われる。
これは、2001年に廃校となり、保存された趣ある旧上岡小学校の木造校舎において
東京にある有名なイタリアンレストランのシェフが、
地元大子町の素材を活かした料理を提供する期間限定のレストラン&ライブイベント。

地域活性化を目的としたこのイベントへの食材提供はもちろん
運営や準備にと、忙しい農作業の合間をぬって飛び回った秀和さん。
「大子町にはすばらしいものがいっぱいあります。そこに住む我々がそのすばらしさを知り、
守り、アピールしていくことで輝いてくると思います」
生まれ育った大子町への熱い思いが、
農業だけでなく地域を巻き込んだチャレンジへとつながっている。

profile

HIDEKAZU OKUBO
大久保秀和

1971年生まれ。茨城県立農業大学校を卒業後、実家で父とともに農業を営む。06年、「お米日本一コンテストinしずおか」で最優秀賞を受賞。08年、農事組合法人 大久保農園を設立。
http://www.okubo-farm.com/

information


map

おいしい さとやま学校

住所 茨城県久慈郡大子町大字上岡957-3 旧上岡小学校
営業期間 2012年10月6日(土)〜12月9日(日)
営業時間 10:00〜19:00(水曜定休)
http://oishii-satoyama.com

1988 CAFÉ SHOZO

旅人の目的地となるカフェ。また次へと旅立っていくために。

カップに入ったコーヒー豆や、透明のキャニスターに入った紅茶の葉が
ディスプレイされ販売されている1階を通り、
階段を上っていくとカフェが現れる。
古い建物を上品に、大切に使っていることが感じられる空間。
イスやテーブルの向きや配置、席それぞれの距離感が心地よい。
本の並べ方など、きちんとしているようで、ちょっとしたぬけがある。
堅苦しくない。だが、少しだけ背筋が伸びる気分だ。
自然にやっているようで、すべて計算されたバランスなのだろう。
何だか“はじっこ感”が落ち着くカフェだ。
「自分が気持ち良く仕事したい。来てもらうひとにも気持ち良くなってほしい。
お客さんのターゲット層とか“どんなお店にしたいか”なんて
考えたことはなくて、どうすれば気持ち良く過ごせるか。それだけです」
と話すのは1988 CAFÉ SHOZOの菊地省三さん。
店名の通り1988年にオープンしたこのカフェは、
オープン当初から雰囲気は変わらず、現在ある多くのカフェの参考にされた。
イスやテーブルがバラバラなのに統一感がある、
なんて今のカフェでは珍しいことではない。
が、ここでは20年以上前からやってきたことだ。

1階では、コーヒ豆や紅茶のリーフを販売。

本を横に倒して置く。空間に広がりを感じる。

オーナーの菊地省三さんは高校卒業後「やりたいことがなかった」と、
なんと海上自衛隊に入隊する。物腰やわらかい話しぶりからは、
まったく想像ができない体育会系キャリアに驚く。
そこで「自分でやらないと満足ができないんだと思ったんですよね。
団体でやっていると、楽しめはするけど自己表現はできないでしょ」と、
自分のお店を持つことを決意する。

その後、数年、東京に出てみる。
多くのひとがそうだと思うが、
東京は人口が1000万人以上にもかかわらず、
生活のなかで主に関わるひとは10数人程度。
「それでふと考えた。5万人の田舎だとしても、
きっと関わりを持つひとは同じく10数人なんだろうなと。
それなら東京にいる必要がないと思ったんです」

さらに東京での勝ち負けや、トップを取るという目標設定が当然であるという
社会に対しても違和感を抱いていた。
「東京でお店をやって、ただお金儲けをして意味があるのだろうか。
自分の生まれたところではない東京で自己表現しても、
意味がないのではないか。
それより自分の生まれたまちで自己表現できたら、
充実感が得られるんじゃないかと思いました」
省三さんの考える人生とは、競争ではなく自己表現だった。

ひとり旅が好きだったという。
特別何もないようなまちでも、個性の強い店が1軒、ひとがひとりいるだけで、
そのまちが目的地となる。いろいろなまちや場所を旅しながら、
やはり思い起こすのは自分の故郷だった。
「黒磯も、ひとがたくさん訪れてくれるようなまちにしたい。
だから旅人が好んで目的地としてくれるようなカフェをつくりたい
という思いがあります」と、旅人の視点を生かした店づくりを心がけた。

いたるところに蔵書が。旅ものが多いのが、省三さんらしさ。

まずは、ひとが歩いている“通り”をつくろう。

1988年当時は、すでに地方にシャッター通りが増え始めていた時代。
黒磯のこの通りも同様だった。
「自分がわくわくして他のまちに旅するような気持ちを、この黒磯にもつくりたい。
だからいろいろなお店をつくって、通りをつくろうと思ったんです」
お店ができると通りができる、通りができるとひとが集まる。
こうしたことは、確かに地方のほうがやりやすいし、可能性もある。
そして目的地になれる。
こうしてカフェ以外にも、
インテリア、洋服雑貨などのショップもオープンさせる。
もう数店は、省三さんの手を離れ、独立した運営も進められている。
「まちをひとが歩いているって素敵じゃないですか。
近くにショップを並べちゃえば、車を置いてひとが歩く」
たしかに車で走りながら歩いているひとの姿を見ると、
“ここに何かあるのかな?” と思わせる。
効果は徐々に現れている。ひとが集まるという意味には、
旅や観光だけでなく、“ここにお店をつくりたい”と集まるひとも含まれるのだ。
「小さくてもいいから、自己表現してくれるひとが
たくさん居てくれるといいんだよね。
そうすると、自然と強い集団になると思います」と、
無理のないかたちでの通りづくり、いや、まちづくりを思い描く。

そんなお店やひとが増えてくれば、黒磯が変わるのかもしれない。
20年、30年後、今の高校生が大人になり、東京のカフェで
“そういえば黒磯にもこんな感じのカフェがあったな。黒磯も悪くない”
と思ってくれたらしめたもの。
「黒磯に戻ってみようかなというひとが増えたら、
やっていた価値もあるんじゃないかな」と省三さんは、
自分が過去に出合ってきたカフェを思い浮かべる。
数々のまちで出合ってきたカフェには、たくさんの思い出がつまっているのだ。
「喫茶店は、ひとの数だけ物語が出てきそうな感じがするんですよ。
それは外に広がっていく」とひとが集まる場所のパワーを信じている。

最後にこんな例え話で締めくくってくれた。
「ヘトヘトになって死んじゃう渡り鳥もいるんですよ。
でもそんなとき、丸太が浮いていたら?
この丸太はどこに行こうとも思ってない、ただ浮いているだけ。
でも、この丸太でひと休みできたら、渡り鳥は次の場所にまた飛んで行ける。喫茶店なんてそんなもの」

もう一度、旅の目的地として黒磯に行ってみたくなった。

自家焙煎の煙突とコーヒーの香ばしさが迎えてくれる。

インタビューは、読書に集中できそうなこぢんまりとした席にて。

おいしいサンマは不思議な魚

イチ、ニ、サン、マーッ!

秋の味覚を代表するサンマ。
みなさんはサンマの塩焼きを食べるとき、はらわたもガブリといくワイルド派ですか?

ワイルド派の代表ともいえるのが、幕末から明治時代にかけて活躍した
作家・ジャーナリストの福地桜痴(ええと、たとえばsocietyを社会と翻訳したのは彼です)。
彼はサンマのはらわたが大の好物で、
身を残してはらわただけをムシャムシャと20匹とか食べていたという逸話が残っています。

そもそも、なぜサンマは、はらわたから丸かじりできるのでしょう。
それはサンマには胃がないからです。おまけに腸もすごく短い。
つまり、お腹に消化中のエサ(動物プランクトン)が溜まっていないから、
はらわたも美味しく食べることができるのです。

さて、冒頭の質問ですが、
魚好きに「はらわたが一番うまいのにガブリといかないでどうするの?」
と怒られてしまうのですが、どうしても躊躇してしまうんですよね。
というのも、ガブリといったときに、
口の中にウロコのようなものが残ることがあるじゃないですか
(というかウロコなのですけれど)。あれが苦手なんです。
「ややや、なんでお腹からウロコが?」って不思議に思ったことはありませんか?

これは漁法に関係があります。
現在、サンマの漁獲はほとんどが「サンマ棒受け網漁」。
太平洋戦争末期に発明された、
サンマが光に集まる習性を利用して大きな網で一気にすくいあげる漁法です。
魚体を傷つけず、仕組みも単純で人手もエサ代もかからないことから、
戦後の人も物資も足りない時代に、あっという間に広がり、サンマの漁獲高が激増しました。

サンマ棒受け網漁の船。船の大きさによって漁の解禁日が異なる。(ロケ地:北海道・霧多布)

で、網にサンマがわんさかと入ったとき、カラダがこすれ、
剥がれたウロコを飲み込んでしまったというのが、はらわたにあるウロコの正体です。

サンマは日本海から北米大陸まで北太平洋に広く棲息している回遊魚で、南の海で生まれ、
春に黒潮にのってエサの豊富な北の海へ北上して、栄養をたっぷり摂ってまるまると太ります。
そして夏の終わりになると産卵のために南へと下ってきます。
その一部が北海道道東→三陸沖→銚子沖と日本列島に沿って群れを作って通過するので、
日本沿岸域は恵まれたサンマ漁場になっているのです。

安くておいしく馴染み深いサンマですが、謎が多い魚でもあります。たとえば産卵の謎。
サンマの卵にはヒゲのような糸があって、
流れ藻などの浮遊物に絡み付けるようにして産みつけます。
でないと海水より卵の比重が重いので海の底に沈んでしまいます。

となると、大量のサンマが生まれるには、膨大な量の流れ藻が必要になるはずですよね。
でも、それだけ大量の流れ藻は存在しないのではないかという疑問があがっているのです。
実際、流れ藻の少ない季節や、流れ藻がない遥か沖合でも稚魚が見つかっています。
ということは、流れ藻以外にどこかで産卵しているの???
まだ、専門家にもよくわかっていないそうです。

ウナギは卵や稚魚が見つからなかったため、
いつどこで生まれるのかずっと謎だったのですが、
サンマは逆に、どこでも卵や稚魚が見つかるので、どういう生活史を送っているのかが、
今ひとつよくわからないのだとか。

魚の年齢や成長の研究に使われる「耳石」から、
サンマの寿命が約2年と分かったのも2006年のことですから、わりと最近です。
この内耳に年輪のように形成される耳石をサンマの研究者に見せていただきました。見たい?

こんなものです。

サンマの耳石。1匹から2つしか採れません。

さて、8月の終わりごろから道東で獲れはじめる脂ののったサンマ、美味しいですよね。
ただ残念ながら漁場が南に移ると「脂がのっていない」とサンマを見下す人がいます。

でも、どうなんでしょう。秋の深まりとともに、だんだんサンマの脂が抜け、
逆に旨味が増していく。味の変化も、季節を感じる楽しみのひとつなんですけどね。
例えばサンマの酢締めは、脂がほどよく落ちた方が、美味しく作れると料理人はいいます。
紀伊半島の熊野灘あたりまで来るとすっかり脂が落ちて、塩焼きには向かなくなりますが、
そういうサンマだからこそ紀南地方名物サンマ寿司が生まれたわけです。

それから伊豆半島や紀伊半島の冬の名物、サンマの丸干し。
これはうま味成分の塊で最高の酒の肴です。伊豆半島や紀伊半島では、
春先に北へ向かうサンマの幼魚(ハリコ)も丸干しにして食べます。

ハリコと呼ばれるサンマの幼魚。身肉はないけど、しっかりサンマテイスト。

余談ですが、ヨットで旅をすると房総半島、伊豆半島、紀伊半島の港には共通点が多く、
黒潮文化圏的なものを感じます。

今では全国で当たり前に食べられているサンマの刺身ですが、
生食がブレイクしたのは十数年前のこと。
それまでは、サンマ離れが進み消費量がどんどん減っていました。

ところが、生食が大ヒットして、今ではどこの居酒屋でもサンマ祭り。
スーパーでも普通にサンマ刺しが並ぶようになりました。
特に東日本に比べるとサンマを食べる習慣があまりなかった大阪でも
消費量が伸びているのは刺身の影響が大きいそうです。
この10年で冷却技術や輸送手段に格段の進歩があったわけでもなく、
ただただ生で食べる美味しさが広まったからというのが、ちょっと不思議です。
個人的には回転寿司が生食サンマの普及に
かなり貢献しているのではないかとニラんでいるのですが、どうでしょう。

ちなみに北海道や三陸の水揚げ港では、サンマの刺身は醤油+一味唐辛子で食べます。
まだという方、ぜひこの秋に一度試してみてください。

今年の新米は如何に!?

4か月間の振り返りを……。

コロカルをご愛読のみなさまお久しぶりです。
気がつけば前の投稿から4か月……(汗)。
未熟さゆえに仕事の雪崩に埋もれ、遭難しておりました。
コロカル編集部の温かさに救われ、何とか無事生還を果たしましたので、久々の更新を!

前回の記事は田植えイベントで終わっていますが、
現在魚沼では、バリバリ稲刈りが行われております☆
追いつかねば!

ということで、この4か月間を振り返ってみることに。

東京田植え体験。

前回の記事で募集をさせていただいた東京田植え体験ですが、
不安定な天候により田植えが中止となり、
懇親会BBQのみ開催という素敵なかたちに着地しました!

イベント協賛 COLEMAN様

当日、何とか雨は回避。
都会のど真ん中渋谷のとあるビルの屋上で、
魚沼からお持ちした、もち豚・アスパラ・八色しいたけ・エリンギなどのBBQと共に
みなさんと美味しく楽しいひと時を過ごさせていただきました。
田植えをできずに残念でしたが、その分ゆ~っくりとお話しさせていただくことができました。
たくさんの方々に応援していただいていることを実感し、
ポジティブなパワーをたくさんいただき、僕らにとっては本当に有意義な時間となりました!
「災い転じて福と成す」とはこれまさに。

6代目覚醒計画。

山本家6代目ゆうと君(7歳)の将来の夢は自衛隊。
立派な夢ではありますが、RICE475を進行する我々としては、
何とか6代目にも農家になってもらわねば! という、超おせっかい企画を開始。
ゆうと君、おじいちゃんとパパと一緒に小さな田んぼを始めました。

田植え。意外と真面目にやってます。

草取り。もちろん除草剤は撒きません。当たり前か。

スクスク成長中。

こんなところに稲が? 6代目、新農法の開発研究か!?

やはり農家のDNAを受け継いでいるだけあり、ちゃんとお世話をしていましたよ。
果たして、味はいかに? 親父を超えることが出来るのでしょうか?
そして、収穫を迎えたとき、6代目の将来の夢はどこへ向いているのでしょうか?

続く

除草体験ツアー。

無農薬栽培で大きな難儀は「雑草」との戦いです。
今回はそれをみなさんに体験していただこう! ということで除草ツアーを開催!
実は昨年も除草を募集していたのですが、参加者3名という、
RICE475史上最少参加人数を記録したほろ苦い思い出が。
ですが、なんと! 今年は一晩で定員を大きく超える申し込みの数!
予想以上の大盛況でした。

総勢50名近い参加者が田んぼに入り、草を取る。
なんて素晴らしい光景でしょう!
どんどん積み上がる雑草の山。農家山本も大喜び!

みなさん一生懸命、一心不乱に草を取っていただいて、
それだけでも本当にありがたいのに、みなさん「全然取りきれなくてすいません。」と。
え~!? なんて良い人たちなんだ~! と、山本と感謝の涙を流しておりました。
しかも、翌日みなさんからお礼のメッセージがたくさん。
魚沼に草取りに来てもらって、お礼を言われるなんて、
もう「ありがたい」を通り越して「かたじけない」ですよ。

みんなで育てているって感じ、素敵ですよね!
たくさんの想いが詰まった美味しいお米になるはずです。
絶対。

さまざまな場所でRICE475に会えます。

現在RICE475は、
SLOW HOUSE by ACTUS
FADNESS INLET FARM(弊社の衣食複合セレクトショップ)
廣新米穀WEBサイト
で購入していただくことができますが、
意外に少ないのです。そもそも商品の数が卸をするほどありません。

常時販売しているのは上記の店舗のみですが、
今年もいろんな場所でRICE475を販売させていただいております。
地元のイベントのほかに、県外のお祭りで販売させていただいたり、

なんとレザーブランドCOACHさんの70周年イベントでも!
ノベルティとしても採用していただきました。

カッコいいお米でしょう! 自慢の息子です☆

10月以降も東京、愛知などなど行きますよ~!
そしてさらに今年はみなさんに常時購入していただける窓口が増える予定です。
なんともありがたいこと!
確定次第、こちらでもお知らせできればと思います。

そんなイベントを挟みつつ、山本は日々作業を続けます。

日々の作業は、
RICE475のTwitter(@rice475)やホームページのRICE475カテゴリーで発信しています。

初年度は青虫の異常発生、
昨年は猛暑からの豪雨洪水。収穫間近の田んぼがいくつも土砂で埋まっていました。
今年は猛暑で渇水。
フジロックでも雨が降らなかったという、記録的な少雨。
毎年、天候や気温が変わっていく中で、クオリティーを保ち続けるというのは
とても難しいことだと、3年目にして実感しました。

それでも山本は美味しいお米をつくり続けます。
さぁ、今年の新米は如何に!!!
乞うご期待です☆

なんか、夏休みの宿題の日記を一気にまとめて書いた感じ。笑
ではでは。

寺田本家 前編

「発酵の里」神崎町へ。

《登場人物》
寺田 優さん(以下、寺田):株式会社寺田本家第24代当主・代表取締役。
南 智征さん(通称、なかじさん。以下、なかじ):
寺田本家蔵人頭、発酵料理家、レシピ本著者。
ジャスティン(以下、ジャス):著者。

都内に住んでいる僕にとって、千葉県はもっとも身近にある農作物の産地というイメージがある。
その一方で、「お酒」から「千葉」という言葉がなかなか連想できない。
でも美味しいお米ときれいな水があるところに、美味しいお酒がないはずはない!
今回それを信じて、成田からほんの少しの距離にあり、
「発酵の里」として徐々に知られつつある神崎町(こうざきまち)に行くことにした。
ここには、まちならではの独特な発酵フィロソフィーがあり、
地元の人たちの発酵ライフを後押しする酒蔵「寺田本家」が中心となって活動している。
酒づくりにも最新技術を導入することなく、
日本最古の発酵の智恵を掘り起こして酒づくりを行っていると知って、
どんな味が醸し出されているのか興味津々で訪ねた。
僕たちを出迎えてくれたのは、寺田本家蔵人頭のなかじさん。

ジャス

おはようございます!

なかじ

おはようございます!

ジャス

今日はよろしくお願いいたします。

なかじ

よろしくお願いします。ふたりとも旅しているような格好ですね。*
*(半ズボンとサンダルをはいた、いろんな荷物を背負っている姿の僕と
フォトグラファーの飯野さんのこと)

ジャス

そうですね。まぁ、旅している感覚で楽しくやろうかなと思ったけど(笑)。

なかじ

いいんじゃないですか(笑)。

農家の人たちが自分で楽しむためにつくっていたお酒。

陽気ななかじさんに連れられ寺田本家に行くと、
何人かの蔵人さんが蔵の端から端まで駆け足で往復していた。
そこで寺田さんと合流。
挨拶が終わった途端、「よかったら手伝いませんか?」と聞かれ、
いつの間にか蔵の作業に参戦! 笑顔で指示していただきながら
「マイグルト」(100%植物性乳酸発酵飲料)用のお米を
仕込みタンクまで何往復か運んでいく。
これが寺田さん流のウェルカム・スタイル。
その後、寺田さんとなかじさんに蔵を案内していただきながら、
寺田本家さんの酒づくりについて特別に見せていただいた。

ジャス

ここは冬場だけじゃなくて、夏にもお酒づくりをやっていらっしゃるんですね。
こんなに外気が入ってくる構造の蔵だから、温度とか環境の調整が難しそうですね。

寺田

発芽玄米のお酒「むすひ」(昔の日本語には濁点がなかったということで、
「むすび」と発音する)と、「醍醐のしずく」というお酒は
夏場でもつくれるんですよ。
両方とも、もともと酸味があって、酸っぱいお酒ですね。
この蔵にいろいろな酸味麹があるおかげで、年中通して元気に発酵していく。
このお酒のつくり方が、エアコンもなかった、昔からのつくり方なんです。

ジャス

そういうお酒を再現させようとしているのですね。
どぶろく系のお酒というか。

寺田

まさにどぶろくのつくり方ですね。
このつくり方でやると、
暑い夏でも腐ったりしないでちゃんとお酒になるからって、広まったお酒で、
農家の人たちが、自分で楽しむためにつくっていたお酒なんですよ。
夏の時期プレミアムなお酒はつくれないから、
自然な、そして、気軽な酒づくりというイメージですね

マイナスからはじまる。

ジャス

お酒のつくり方が時代と共に変わってくるにつれて、
酒づくりの技術という言葉の意味合いも
少し変わったんじゃないのかなという気がしますね。

寺田

そうですね、つくっている特徴が、例えば「醍醐のしずく」の場合ですと、
生のお米を水に浸して、それをしばらく放っておくんですよ。
そしたらその浸している水自体がだんだん酸っぱくなっていくんですね。
まるで腐っているみたいに酸っぱくなっちゃうんですよ。
で、だいぶ臭くなったらその生のお米を取り出して蒸して、
麹とその蒸したお米と合わせてそこにくさ~いにおいがするお水を入れて、合わせて、
発酵がはじまるんです。
その生米と腐った水を漬けた状態のこと、腐れ元っていうんですよ。
元々腐っている状態からはじまるじゃない?
でもそれが美味しいお酒になっていくのがこの「醍醐のしずく」の面白いところ。
マイナスからはじまるみたいな。

ジャス

“マイナスからはじまる”。少し意外ですね。なんとも興味深い!

地元の持ち味と“地酒”の意味。

寺田

これは製麹室(せいぎくしつ)といいます。麹をつくる部屋ですね。
靴を脱いで、入っちゃってください。

ジャス

はい、オッケー。あれ、でもこのままで入っちゃっても本当に大丈夫ですか?
何も帽子被ったりとかしなくても?

寺田

いえ、大丈夫ですね。

ジャス

え~、珍しい。これは、もしかして寺田本家さんの麹室だからできる、というか……

寺田

そうですね。お客さんにいらしていただいて、
さまざまな雑菌を持ってきてくれるのが、
うちの美味しい麹づくりの元になってるんじゃないかな~と。

ジャス

へぇ~!

寺田

いろんな菌が入って、その菌のバランスのなかでできる麹というのが、
お酒の命となっているんじゃないかなと思いますね。

ジャス

そしてこれは、玄米麹ですね、「むすひ」の?

寺田

そうですね。これは今日で3日目、明日完成するので甘みもまだ途中ぐらいですが、
麹本来の甘みを感じていただければと思うので、
どうぞちょっと味見してみてください。

ジャス

……あ、本当だ。ほんのりの甘みが。でも美味しい。

寺田

明日になったらもっともっと甘くなって、
玄米由来なので、複雑な味と香りになっていくんです。
お米、玄米のままの成分というよりも、麹菌がつくことで、
栄養成分も4倍ぐらい増えて、お米自体の成分がどんどん変化していくんですよ。
たんぱく質を分解するプロテアーゼとか、でんぷんを分解するアミラーゼとか、
いい麹菌は麹のなかで酵素をたくさん蓄えるので、いい麹ができあがるんですね。
うちの場合この麹菌のもともとの菌が稲麹という、
田んぼから採ってくる麹菌を使っているんですよ。

ジャス

稲麹って、なかなか聞かない言葉ですね。

寺田

稲麹自体はどこにでもあると思うんです。
でも、それを実際麹づくりに活用しているところは、なかなかないかもしれない。

ジャス

確かに、普段は日本でもほんのわずかしかない種麹屋さんから種麹を頼んで、
お酒をつくっているところがほとんどですね。

寺田

そうですね。それは普通のつくり方なんでね。
うちの場合は、自分のところで育っている麹菌を持ってかえってきて、
それをお米につけて、種麹をつくっちゃう。本当に地元の菌で。
お米の品種でも在来種のように、昔からつくっている品種って、
よく麹菌がつきやすいんですよ。
病気になりやすくなったりとかもあるんですけど、逆に微生物がつくことで、
発酵しやすいんじゃないかなと思うんですね。
だから、本当の酒米というのは麹がつきやすくて、発酵しやすいお米じゃないかな。
一般の酒米って、精米しても割れにくいのがいいお米だ、と言われているんですけど、
うちではね、稲麹がつきやすい米がいい酒米なんじゃないかなと思っているんです。

ジャス

そういう意味では、各地域のお酒ならではの持ち味というか、
それを上手く表現するにはやっぱり地元の田んぼで……

寺田

そう。地元の田んぼで育った菌。

ジャス

そう考えると地酒という言葉って、
定義自体が普通とはちょっと違う捉え方になりそうですね。
酵母にしても、地元のものを活用するのではなくて、
違う地域の研究所でつくった酵母を使っている“地酒”って多いから。

寺田

うちのは“本当の地酒”って言ってね。うちの麹菌は地元の菌で、
酵母菌も蔵づき。人工的な酵母菌を添加してないですね。
自然にブクブクわいてくる菌を生かして、
すべてあそこら辺にいる菌でできるんですよ。
どこかのラボでつくって、地酒だ! と言うより、
地元でいいものをつくったら、微生物が現れてきてくれて、
それで発酵しはじめてくれる。
身土不二、地産地消、いろいろ言い方考え方がありますが、
そこの地が持っているエネルギーを、そのまま取り込むということが、
良いお酒づくりに繋がってくるんじゃないかなと思います。
微生物やお酒の発酵でもそうだとは思いますが、
その土地のエネルギーを取り込むという点では、
もしかしたら、人間でも同じことが言えるんじゃないかな。

 

次回は、発酵料理家でもあるなかじさんに、とっておきの麹レシピを教えていただきます。
to be continued!

満月・宮酒ワインバー

よなよな小田原、ぶらりと一杯。

神奈川県小田原市に満月の夜だけ営業するというバーがある。
バーといっても、そこは築80年の建物を改装した、
昼間はカフェをやっている店。
バーを開くのは小田原の隣、足柄上郡中井町で酒屋を営む若夫婦。
ご主人の宮川満洋さんはシニアワインアドバイザーの資格も持っており、
毎回、季節やその日に出る食事にあわせたワインや酒を数種類用意する。

さて、現地に着いたら、1枚500円の満月券を購入する。
何枚買ってもいい。余れば戻せばいいのだ。
さあ、満月券を買ったら、お月見のひとときの始まり。
今宵、満月を愛でながら、何を飲み、食べましょうか。
誰と、どんな話を語りましょうか。

小田原駅から徒歩10分ほどの場所にあるカフェ「暮らしの遊びnico café」で、
満月の夜だけ開かれている「満月・宮酒ワインバー」は
次の満月(8月31日)で開催9回目を迎える。
最初は主催者である宮川酒店の若奥様、綾さんが
ブログで小さく告知を始めたのが、
TwitterやFacebookでいつの間にか広まっていき、
今では4~50人程度のお客さんが、満月の夜を楽しみにやってくるという。
グループもいれば、帰りがけにSNSで見かけて
ひとりでひょいと顔を出す人もいて
メインのテーブルは知らない人同士が座っていても不思議と盛り上がっている。
これも満月の魔法のなせるワザなのだろうか。

この日、料理を担当するのは湘南・鵠沼海岸で
野菜たっぷり無添加の玄米ランチ配達を行う「Vegiko(ベジコ)」。
湘南の奥様方に人気のアジアンテイストの料理は
ケータリングで運ばれ、店主の岡村恵子さんがサーブする。
ちなみに、前回は茅ヶ崎の「海席 cuisine 空海」が出店していた。
このイベントでは、毎回地元の人気レストランによるケータリングが人気で
好きなものを選んで食べられるようになっている。
盛り合わせの種類の多さで1~2枚の満月券を支払う。

Vegikoのアジアンテイストにあわせて南足柄市のパン工房polonがバインミー用のバケットを用意。

バインミー、さんまのレモングラス風味揚げなど、アジアに旅した気分の3種盛り合わせで2満月券。

今回の飲み物の目玉は埼玉県川越市を拠点とする
コエドブルワリーのCOEDOビールだ。
基本的には酒屋が営むワインバーがウリなのだが、
盛夏であること、ケータリングがアジアンテイストということで、
先日、宮川満洋さんが工場見学に行って、気に入ったCOEDOをチョイス。
「今日はアジアンフードが出されるので、飲んだあとにクローブなど
スパイス香が広がる“shiro”という銘柄の生ビールを用意しました。
ほかには、芳醇な香りと苦味がビール好きに好まれる“kyara”を。
ワイングラスで香りを楽しみながら飲んでいただきたいですね」
というのは、小江戸・川越からはるばるやってきた
ビール伝道師の松永将和さん。
生産者でもある彼の手から一番美味しい状態で、
ワイングラスにビールが注がれる。
それはもう、贅沢極まりない生ビールの完成である。

松永さんが泡の状態を見ながら注いでくれる。白濁色が特徴の小麦のビール、“shiro”を一杯。

Hair Room HB のみなさんは今回が2度目。「ここに来ると感覚の合う人に出会える」という。

この日はCOEDOビールのほか、
ワインは赤白あわせて14本、さらに日本酒2本が並び、
お客さんはシニアワインアドバイザーの満洋さんに相談しながら
飲みたいお酒を選んでいく。一杯、1満月券。
「レストランだったら一杯ン千円するワインが
一杯500円で、しかもいいグラスで飲めるんだからお得じゃない?」
と喜ぶのはお隣、南足柄市から営業終了後に
電車に乗ってかけつけたHair Room HBのみなさん方。
満月・宮酒ワインバーでは、上代が1本1000円台後半から
4000円くらいのワインや日本酒が並ぶ。
HBのみなさんはワインカウンターの後ろに陣取り、
グラスが空になったらすぐに飲める体制。

こういった様子なので、この場所には、
西湘方面を中心に、湘南、町田あたりまで
飲むことが好きな人たちが仲間と、そしてひとりでもふらりと飲みに訪れる。
「初めて来ても、ワインが好きであれば、そこにいる誰かとは話があいますし、
ひとりで寂しいなどという心配はありませんね」
という40代の男性はテーブルの隣に座った美女と初対面でツーショット。
ちなみに、これはナンパではありません。
宮川さんが毎回配布しているワインリストを眺めながら
楽しくワインのお話をしているんですよ。

ワイン好き同士が偶然隣になれば、こうやってワイン話で盛り上がる、の図。

わざわざ電車を降りてでも小田原に人々を惹きつけるのは
お店の力も大きいのでは? ということで、
場所を提供している「暮らしの遊び nico café」の店主、
和田真帆さんに話を聞いてみた。
nico cafeを作る前は空間プロデュースや
設計ディレクションを生業としていた和田さん。
いつか自分の理想の空間をつくりたいと思っていたときに
この古い建物に出合ったという。
「自分自身を表現する場所が欲しかったんです。
生活の役にたたない“いやしもの”を置きたかったの。
ある程度カタチになってきたところで
このハコをいろんな人に表現してもらったらどうだろうと思って
夜は自分が声をかけた人に営業をしてもらっていました」
和田さんがつくる居心地のいい空間に引き寄せられて
シャッター通りだった通りに人が少しずつ戻ってきた。

築80年の面影を残す建物が妙に居心地のいい空間に。これは、店主、和田さんの魔法。

さあ、今月はブルームーンだから2回開催! 夫唱婦随の宮川満洋さんと綾さん。

でも、どうして宮川さんが満月だけワインバーを開くことに?
「nico caféの和田さんから、夜の営業を週一でやらない? と誘われたんです。
酒屋の営業をしながら毎週は大変だから
月に一回がいいなということで満月の営業になりました。
ワイン会の延長線のようなイメージで、
店主が選んだとっておきのワインたちと
色んなお店のシェフが作る“ワインの相棒”。
そんな素敵なコラボを楽しんでもらいたいと思って。
宮川酒店のPR活動の一環でもあるけれど、
酒屋がやっているバーということで、いろんなお酒を
お客さんに楽しんで欲しかったんです」
と、宮川酒店の「酒屋の嫁」、宮川綾さん。
3人の子どもを持つお母さんでもある。
根っからのお酒好きな夫婦ふたり、
自分たちの扱う商品はどんな特徴があるのか、なんの料理があうのか、
小さな酒屋だからこそできるお酒との付き合い方の楽しみを
「スナック二人」と称してTwitterでも発信しており、
このnico caféでのワインバー開催は
まさに夫婦ふたりの思いと実益がかなったもの。

宮川酒店がある中井町は、
「湘南の端っこ、西湘の端っこ」的な位置と綾さんはいう。
そんな中で感じるのは、小田原・西湘地区は横のつながりが豊かだということ。
「趣味や仕事、カフェや雑貨屋、レストランなどのお店を通して、
心地良い距離間を持って人々が知り合っていく、
そんなイメージがこの地域にはあります」
満月・宮酒ワインバーやワイン会をやっているからか、
ワインを好きな方って意外とたくさんいるんだな、と
実感しているという宮川夫妻。
彼らのお酒を通したコミュニケーションへの思いは、
和田さんや地域のみなさんの協力もあって、少しずつ地域にて浸透中のようだ。

満月は動物の生理状態に影響するとも一説では言われているけれど
この満月・宮酒ワインバーでは、アルコールや美味しい食事が相乗効果を発揮して
人びとを開放的な気持ちにさせている模様。
現に、閉店時間になっても満員御礼の人だかりだった。
美味しいお酒を仲間たち、見知らぬ人たちと楽しむ。
そんなコミュニケーションスペースで飲む、
珠玉の料理とよりすぐりのお酒。
次の満月は足取り軽く小田原まで、一杯いかが?

屋久島〈送陽邸〉の朝ごはん。 毎日でも飽きない絶品の朝食には トビウオは欠かせない。

薄味でシンプル。実は毎日でも飽きない、屋久島定食。

毎年数多くの観光客を迎えている屋久島。
観光客にとって欠かせない楽しみのひとつが、
その土地ならではの食事であろう。
そこで屋久島の永田地区に1992年にオープンし、
屋久島の海から聞こえる波の音をBGMに
泊まることができる宿「送陽邸」の朝ごはんを覗いてみた。

食卓にあがったのは、ごはん、みそ汁、お漬物、のり、屋久とろ、
そしてトビウオとシンプルな献立。古き良き日本の魚定食だ。
やはり屋久島名産というだけあってトビウオは欠かせない。

「塩に漬けてひと晩置いたものです。うちでは焼かずに湯がきます。
焼くより塩分が落ちるのでヘルシー。それに焼くより簡単(笑)」と
こっそり打ち明けてくれたのは、家族経営のなかで、
料理の総監督を務める奥さまの岩川エツ子さん。
かつての屋久島はトビウオ漁が大きな産業となっていたが、
最近では漁獲量もかなり減ってしまったという。
屋久島出身のエツ子さんは、トビウオ漁の昔話をしてくれた。

「昭和40年代くらいまでは、トビウオ漁に何十台もの漁船が出ていました。
大漁だと漁船が旗を立てて戻ってくるんですね。
すると村にはサイレンが鳴って、
学校にいた子どもたちも港に行ってお手伝いをしたものです。
すぐに塩漬けにして、樽に頭を揃えて並べて一晩漬けました。
翌日はゴザを敷いて、その上にそのトビウオを並べて干すんです」

トビウオは昔から屋久島のひとに食べられてきた魚で、
今も変わらず愛されている。保存するためにとられた塩漬けの製法が、
食べたときのほんのりとした塩味となる。
トビウオは淡泊で脂分が少ないので、
少し塩味を加えるだけで飽きずにずっと食べられてきたのだ。
他にも首折れサバなど、屋久島名産にはやはり淡泊な魚が多い。
このトビウオ以外にも全体的に味は薄味で、塩分控えめ。
九州の味付けは一般的には甘めだと言われるが、
屋久島はトビウオからもわかるように、薄味が好まれるようだ。

屋久島産の屋久とろは、通常の山芋よりも粘りが強く、
みそ汁をつくっているときに入れるとそのまま団子状になるというほど。
ご飯にかけてツルッと、というより食感もしっかりしていて、
食べごたえがある。立派なおかず感覚。

みそ汁にも、もちろん屋久島産の具がたっぷり。
なるべくたくさんの品目を入れたいと、10種類程度は野菜などを入れている。
これが味に深みを与えてくれる。
野菜や屋久とろなどは、近くの農家からもらえることも多く、
土地の恵みがたっぷりつまったみそ汁だ。

食後には、黒砂糖がひとつ用意されるのが「送陽邸」流。
屋久島のひとたちはよくお茶菓子として食べている。
これ一粒で元気が出てくる気がするから何だか不思議。
これから山登りするのに、最高のエネルギーチャージとなるのだ。

送陽邸の食堂はほぼ海の上。
海からの風を感じながらいただくトビウオが格別なのはいうまでもない。

古田秘馬さん

生産者と会える“食のライブハウス”。

東京・六本木のビルに囲まれた農園付きのレストラン
「農業実験レストラン 六本木農園」をプロデュースした古田秘馬さん。
ニューヨークでコンサルティングの会社を経営していた古田さんが、
東京に戻ってきたのが2002年。
仕事や友人の紹介などを通して、全国各地に足を運ぶうちに、
地域の豊かな食事情に古田さんの心が揺さぶられたことが、
「六本木農園」オープンのきっかけとなった。
「食に興味があったのは昔からなんですけど、
それに加えて食べ物の“物”としてのストーリーに惹かれたり、
食べる雰囲気、食べる仲間含めて、
食っていろいろなものとくっつきやすい“細胞”なんだなぁと気づきました」
その“細胞”を生かすレストランの構想は、この頃に立ち上がる。
「生産者の方々と話しているときに、
“生産者が生産までのこだわりやストーリーを語る場や、
生産者同士や生産者と消費者がくっつきやすい場所ってないよね”という話に。
じゃあ生産者に出会える“ライブハウス”をつくるのはどうだろうと考え、
六本木農園をオープンしました」
ライブハウスは本来新しい才能や、自分好みのミュージシャンに出会う場。
その食の生産者版があってもいいんじゃないかと古田さんは思ったのだと言う。
現在「六本木農園」では、
レストランで出している料理の生産者に来て語ってもらう「農家ライブ」を
週に2回ほどのペースで行っている。
「最近の農家さんは、iPadなどでプレゼンをしたり、
席をまわりながらプレゼンをしたりとアイデアの限りを尽くしてくれるし、
プレゼンがとても上手。
やっぱりこだわりを持ってつくる農家さんは、そのこだわりを話したいと思うし、
食べる方もどうせ食べるなら、なんでこれがおいしいのか、
どうやってつくられているのか知って食べたほうがより話が広がって、
おいしさも違うと思うんですよね」
話を聞いて味わって。
生産者の方を目の前にしてそのひとを想って食べるという機会は
普段なかなかないことに参加者は気づかされるそうだ。

「生産者と消費者、生産者と生産者が出会う、今まで農業業界がやって来なかったことを実験する場所」という意味で、「農業実験レストラン」と名付けた。

「六本木農園」は予約必須。週に2回ほど行われている「農家ライブ」やイベントの予定などは、ホームページをチェック。

トマトを農園内で栽培中。残念ながら料理にこのトマトが出ることはないそうだが、六本木のまちなかでトマトやハーブが栽培されていることに驚く。

「生産者と消費者をつなげましょうと言うのは簡単ですが、
実際は各地域にいる生産者と都心に集中する消費者という構図ができてしまっています。
その構図を変えてみせたい」と語る古田さん。
「食のライブハウス」は六本木だけではなく、全国各地で展開している。
「地産地消から地産継承へ」というキャッチコピーを掲げた
「にっぽんトラベルレストラン」は、
生産者たちに直接会いに行って、話を聞いて、料理人が調理して食す、
一日限りの出張レストランだ。
「集落で代々伝わっている製法などを地域で受け継ぐひとがおらず、
次の代に伝わっていない、ということが増えてきました。
地域で大切にされているものを“継承”していかないと、
“地消”もされなくなってしまいますよね」
参加者は、“継承”すべき生産者の現場を見、料理人が調理する様子を見、
そして舌で味わい語り合う。何とも贅沢なレストラン。
富山では、ホタルイカで有名な漁港に行き、漁師さんとともにホタルイカ漁に同行。
穫ったホタルイカをその場で炭火で焼いて食べた。
さらに、冬の新潟では、雪のテーブルをつくってそこで食べたのだという。
生産者も、料理人も、お客さんもイマジネーションが広がる体験となった。

丸の内で学ぶ。地域で実践する。

東京・丸の内で開講している、丸の内朝大学の「地域プロデューサーコース」は、
数多くある講座のなかでも人気の講座で、40名が朝7時15分からの講義に参加する。
丸の内朝大学の企画を構想し、
実際に「地域プロデューサーコース」の講師として自らも教鞭をとる古田さん。
そもそもこの「地域プロデューサー」の定義について
古田さんはどう考えているのか?
「ガバメントソリューションという行政の理論と、
マーケットソリューションという企業の理論、
そして、それだけでは成り立たないと気づいた3.11以降起きた、
ボランティアやNPOなどのコミュニティソリューション。
それぞれのレイヤーってそれぞれでつながっているだけで、
横軸を縦につなぐひとがいない。
行政でもない、企業人でもない、ボランティアのみをやっているひとでもない、
全てを縦につなげられるひとが“地域プロデューサー”です。
結果的に行政出身のひともいれば、民間企業に属するひともいるけど、
活動的にいろいろなものをつなげているひと、というのが特徴です」
この丸の内朝大学の「地域プロデューサーコース」に集まる“学生”は、
20代半ばから50代までで、職業もバックグラウンドもさまざま。
いずれは、自分の地域に戻って地域振興のための活動をしたいと思っているけれど
きっかけがなかったり、地域に戻ってなにができるのかというイメージができない
という悩みを抱えた学生たちが、ヒントときっかけを求め古田さんのもとに集う。
「地域プロデューサコース」の一番の醍醐味は、
古田さんと学生全員で参加するフィールドワーク。
地域にまず一緒に入ること、地域の風土を感じることを古田さんは学生に求める。
例えば、ある産業が廃れているのだけど、どうしたらマーケットに受け入れられるのか?
という地域の悩みを解決すべく、学生の中でチームをつくり、現地に行く。
行政や企業の担当者も一緒になって考え、古田さんはヒントを与える。
「コンテンツではなく、コンセプトを打ち出しましょう。
例えば、出雲大社になぜひとが集まるのかを考えてみて。
縁結びの神さまというコンセプトがあるわけで、
合コンなどのコンテンツがあるわけではない(笑)。
コンテンツ化の例だと、農業体験などが最近多いけれど、
単なる農業体験だったら、別にその地域でなくてもできること。
それでは、ひとは呼び込めません。
コンテンツ化するのではなく、地域をコンセプト化する。
そしてそのコンセプトに共鳴してもらわなくてはならないですよね」
こうしてカリキュラムを終えた学生は、
地域に戻るひともいれば、東京と地域をつなぐような役目に徹しているひともいる。
古田さんのもとで学んだ卒業生が活躍する姿を見られるのも
そう遠い日の話ではなさそうだ。

東京生まれ東京育ちの古田さんにとって「故郷」は憧れのようなものだと言う。
「地域に足を運ぶときって、観光客か地元民というステータスしかないですよね。
観光客か観光客じゃないかという言い方や、
行く側と迎える側という言い方では言葉に縛られすぎる気がします。
違うステータスをつくりたいですね」

富山の陶芸家のもとで土づくりの話を聞く古田さん。(写真提供:丸の内朝大学)

新潟のフィールドワークに参加する、丸の内朝大学「地域プロデューサーコース」受講者のみなさんと。(写真提供:丸の内朝大学)

profile

HIMA FURUTA
古田秘馬

プロジェクト・デザイナー。東京都生まれ。慶應義塾大学中退。山梨県・八ヶ岳南麓「日本一の朝プロジェクト」、東京・丸の内「丸の内朝大学」、日本中の素敵なソーシャルプロジェクトを紹介する「いいね!JAPANソーシャルアワード」などの数多くの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手がける。2009年、農業実験レストラン「六本木農園」を開店。2011年、生産者とお客様をつなぐ現代版三河屋「つまめる食材屋七里ヶ浜商店」を開業。日本中の美味しいものを探して1年の半分は旅をしている。株式会社umari代表。
http://asadaigaku.jp/
http://www.roppongi-nouen.jp/

information


map

六本木農園

住所 東京都港区六本木6-6-15 TEL 03-3405-0684
営業時間
月 18:00 ~ 23:30(LO 22:30)
火~金 12:00 ~15:00 / 18:00 ~ 23:30(LO 22:30)
土~日 12:00 ~ 15:00 / 18:00 ~ 23:00(LO 22:00)
http://roppongi-nouen.jp/

食の宝庫・淡路島では、 夏でもしっかり朝食を! 本白水美帆子さんの朝ごはん。

食の宝庫・淡路島の、夏でもしっかり食べられる朝ごはん。

兵庫県洲本市で「楽久登窯カフェ」を営む、本白水美帆子さん。
美帆子さんが家族につくる朝ごはんは、暑い夏にこそ食べたい朝ごはんだ。
この日食卓にのぼったのは、淡路島五色産のごはん、なすとみょうがのみそ汁、
キスの干物、赤と黄のミニトマト・おくら・キュウリ・大葉のさっぱりサラダ、
自家製ところてん、五色産の海苔、カフェの常連さんからいただいた梅干し。

「旬のものはやっぱりおいしいですよね。積極的に献立に加えています」と美帆子さん。
サラダに使われているミニトマトやキュウリや大葉など
夏野菜の多くは自分の畑からその日収穫したもの。
「採れたての旬の野菜をバランスよく」は、
朝ごはんづくりで美帆子さんが一番気を使っていることだと言う。
夏のみ食卓にあがるキスの干物は、美帆子さんのお母さんのお手製。
「釣ってきたキスを開いて塩をして、夏場は冷蔵庫に入れるだけ。
ほんと簡単にできるんですよ」
簡単に、と美帆子さんは言うが、
日持ちがしないキスを日常的に食卓に登場させるとなると、
やはり海が近いという地の利があってこその一品だ。

中央には、ほんのひとくちだけ添えられたところてん。
これが食卓に涼しげな印象を与える。
このところてんも手づくり。
しかも、ところてんの原料となる「てんぐさ」を、
近隣の海岸でお散歩がてら拾ってくるのだと言う。
「売られているものと違っていっさい臭みがないんです。
それだけ手間をかけて、下処理をしています。
あと、一般的にタレは三杯酢や黒蜜など、甘みを入れると思いますが、
さっぱりと食べるために、砂糖を加えない二杯酢でいただきます」
このところてんは、美帆子さんのお子さんの雪羽ちゃんも大好物。
ほとんどコシがない滑らかな食感で、酢の酸味が心地よい。
しょうがのすり下ろしをちょこんと乗せてかき込めば、
食欲が落ちる暑い季節も乗り越えられそうだ。

美帆子さんの弟で、陶芸家の西村昌晃さんの器も彩りを添える。
手にしっとりとなじむこの器も淡路島の土でできたもの。
そして淡路島の豊かな土壌が育んだ野菜がその器に盛られるので、
器と料理に一体感があるようだ。
淡路島の恵みが存分に味わえたワンプレート。ごちそうさまでした。

美咲町の朝ごはん。 シンプルに味わう たまごかけごはん。

ごはんとたまごをシンプルに味わうたまごかけごはん。

2005年に行われた「平成の大合併」。
岡山県でも78の市町村が27にまで減り、
新しく生まれた美咲町も、旭町、中央町、柵原町の3つが合併した町だ。
しかし公募によってまったく新しい町名がつけられたので、
そのまちがどんなところか想像させることが難しい。
そこでまちおこしに取り組んだ。
それは新しくもベーシックな朝ごはん、たまごかけごはん。

旧中央町には120万羽のにわとりが毎日100万個のたまごを産んでいる
西日本最大の養鶏場があり、
旧旭町と中央町には日本棚田百選にも選ばれている
大垪和西(おおはがにし)棚田と小山棚田がある。

たまごかけごはんをまちおこしに起用するにあたっての、
最大のヒントとなったのは、たまごかけごはんを日本に広めたのが、
旧旭町出身のジャーナリスト岸田吟香だという説だ。
岸田吟香は、1833年生まれ。
日本で最初の従軍記者を経験、
東京日日新聞主筆となり、新聞界の草分けとして知られている。

こうして3つの町が合併することで、
たまごかけごはんの生まれるストーリーが整ったのだ。

美咲町にある「食堂かめっち。」の黄福(こうふく)定食は、
ごはんとたまご、そしてみそ汁とお新香で300円。
しかもごはんとたまごはおかわり自由。

「1杯食べてもらって、おいしくなかったら1杯だけでいいし、
もしおいしかったらおかわりしてほしい。
何も特別なことはない、ただのたまごかけごはんですから(笑)」と
美咲町役場産業観光課の川島聖史さんは笑う。

“たまごかけごはんに最適なごはん”を選んでいるわけでもないし、
“たまごかけごはん用たまご”を使っているわけでもない。
「美咲町を知ってもらいたいという思いからはじまったもの。
もっと高いお米やたまごなら他にもあると思いますが、
ここではあくまで地元のもの、“美咲町そのもの”を食べてもらいたい」(川島さん)

300円で黄福定食の食券を買って、席に座るころにはもう用意されている。
たまごを割って、混ぜて、ごはんにかける。
日本人なら何十回何百回とやってきた動作が、
なんだかあらたまった儀式のように感じられるから不思議だ。
でもひとくち食べてみると安心の味、いつものたまごかけごはん。

「どうやって食べるといいの? なんて聞かれることも多いですが、
“いつも通り自分流で食べてください”とお答えします」と川島さんは話す。
だから、いつ誰が食べても、おいしい。

使っているお米は、
こしひかり、あきたこまち、きぬひかりと日によって異なる。
たまごも「森のたまご」の赤玉。特別じゃない。
でも地のものだけあって、新鮮そのもの。

「たまごは毎朝届きます。
普通、スーパーマーケットなどでたまごを買う場合、
賞味期限がいつまでかを気にして買いますよね。
でもここではいつ生まれたかを、気にされます。
“え、今日の産みたてじゃないの? おととい産まれたたまごじゃん“という
ぜいたくな状況です。だから二日と置けない(笑)」(川島さん)

たまごのこの上ない新鮮さを知っている常連になると、
たまごを混ぜないで白身と黄身と別に食べるという技もある。
黄身の濃厚さ、白身のプルプル感。たまごのおいしさをより知ることができる。
味付けとしてかけるのは、醤油ベースのたれ。
独自にしそ味、のり味、ねぎ味の3種類を開発した。
それぞれに風味が異なり、飽きさせない。
でも、シンプルに醤油オンリー、もちろんこれも抜群においしい。

たまごを生で食べる習慣は世界的には少ないので、
これからはたまごかけごはんを世界にむけて発信していきたいという。
一見はやりのB級グルメのようであるが、ごはんの国の日本人が、
ごはんをプリミティブかつ最高においしく食べる手段であると考えると、
かなりのA級グルメともいえる。

さらに、まちおこしとしてスタートしたその先には、
観光客のみならず、Uターン人口を増やしたいという。
たまごかけごはんを「食堂かめっち。」で食べて、その足で棚田へ。
かつては風景撮影を目的にしたカメラマンばかりだったのが、
観光の若者があぜ道にいる姿を見かけるようになった。
そして米農家に「たまごかけごはん、おいしかったですよ」と話しかける。
こうした効果で美咲町がすばらしい町と認知され、
Uターンへとつながるかたちが望ましい。

だれもがホッとする日本の朝ごはん代表、たまごかけごはん。
2杯3杯とおかわりするうちに、妙にリラックスして落ち着いてしまう。
だって、いつも通りの家庭のたまごかけごはんなのだから。

「東京田植え体験」参加者募集!

RICE475も3度目の米作りがスタートしました。
苗も順調に育っており、田植えももうすぐ。
今年も田植え体験募集です!!

今年はなんと、山本家の土と苗が上京します☆
みなさんと一緒に大都会・東京のど真ん中にミニ田んぼ!? をつくって、
田植えを楽しみたいと思います!

また、みなさんの愛情を田んぼに分けてもらうために、
みなさんのお家で要らなくなった物(洋服、ボロ布、新聞紙、何でもOKです)を
持ち寄っていただき、
田んぼを見守り豊作を願うカカシを作りましょう!

田植え体験以外にも、懇親会では魚沼の食を召し上がっていただいたり、
東京で魚沼を感じてもらえたら嬉しいです☆

そんな折、
なんと衝撃のニュースが飛び込んできました。

生産農家山本の長男ゆうと君(小学一年生)、将来の夢が自衛隊!
みなを守りたいという素晴らしい夢ですが……
えぇ! 農家じゃないのかっ~!
これは、RICE475の未来が危うい!

ということで、今年のRICE475の田植え体験の緊急裏テーマは「6代目覚醒計画」。
みなさんとつくったミニ田んぼを農家山本家6代目ゆうと君に託し、
初めてのお米作りにチャレンジしてもらいたいと思います。
まさに、農家英才教育!
パパは果たして息子に農業の魅力を伝えることが出来るのか?
ゆうと君の初稲作は成功するのか??
みなさん、一緒に未来の農家を育てましょう!

■ 場所  都内某所
■ 期日  6月3日(日)
■ 参加費 15,750円 (昼食、プログラム体験、お土産、親睦会費用)
■ 締切  定員に達し次第締切り 定員70名
■ 行程
11:00 集合
11:30 オリエンテーション&ランチ
13:00 ミニ田んぼ作り、田植え体験
14:00 カカシ作り
15:00 片づけ
15:30 中締め
16:00 親睦会スタート
18:00 終了 解散

■ 申し込み方法
下の応募ボタンからメールでお送りください。
件名を「RICE475農業体験」で、
お名前、ご住所、お電話番号、同伴者がいらっしゃる場合は同伴者の方のお名前をご記入の上、
ご応募ください。
受付状況や参加費のお振込先を返信いたします。(定員に達した時点で締め切ります)
また、参加費のお振込みをもちまして、受付完了とし、
受付完了の参加者様に当日の集合場所や持ち物などの詳細をご連絡致します。

みんなで楽しみながら農家や農業の未来を一緒に考えてみませんか?

三歩進んで二歩下がる?

今年のRICE475は、湛水直播栽培に挑戦!

魚沼にもようやく春が訪れました!
冬が長い分、春は本当に気持ちが弾みます☆
豪雪地域の魚沼は新潟県の中でも田植えの時期が遅く、
5月の中旬から末にかけてピークを迎えます。

冬に降り積もった雪は、山々のミネラルを含んだ豊かな雪解け水となって、
ごんごんと田んぼへ流れこみます。
夏でも冷たく清らかな水が土壌の温度上昇を抑えて、
根に活力を与えながら、稲の健やかな成長を促すそうです。
また、冬の間は雪の下で日光を遮られ、土が休まるそうです。
稲作においても雪は恵みなのです。

さてさて、
RICE475も田植えが始まりました!
前回のRICE475レターでも書きましたが、
今回は湛水直播(たんすいちょくは)栽培という、
田んぼに直接種をまくスタイルの田植えにも挑戦します!

一般的な苗を移植するスタイルの田植えよりも、
・ 省力化
・ 生産コストの低減
・ 気候条件に対応しやすい
・ 品質向上(一部地域調べ)
・ 減反率の緩和(直播栽培はまだ新技術の導入時期のため、
収量低下などのリスクが伴うこともあり、減反率が緩和されるのです。)

これらのメリットの反面、
・   稲と雑草が同時に育つため、雑草管理に十分な配慮が必要
・ 浅いとスズメ害や雑草害のリスクが大きく、深いと発芽不良のリスクが大きいため、
初期の水加減が難しい
・   発芽自体も不安定
・ 専用の機械が必要
・ 技術が確立されていない
などのデメリットも無視できず、なかなか浸透していないようです。

そんななか、直播栽培を重点強化している地域もあるようです。
僕の周りで試したことがあるという農家の方はちらほらいらっしゃいますが、
継続されている方は少ないです。
ですが、省力化や低コスト化は日本の農業における大きな課題ですので、
未来の農業を考えるRICE475生産農家山本としても是非やってみたいと。
挑戦する山本の一番の理解者である父と、農機具メーカーの中島さんの協力を得て、
今年挑戦してみることに!

選択した方法は、種子を鉄でコーティングすることでリスクを大きく軽減し、
地力向上にもなるという新しい方法です。

直播栽培の説明を受けた夜、資料を読みあさりながら、
「田んぼから芽が出てくるとか、たまんないなぁ」と、山本。
直接田んぼから芽が出て、稲が育つ姿を純粋に見たい様子。笑
小さな芽が大きな希望に変わるように、頑張ってくれよ!

お恥ずかしながら、新米米屋の僕は去年初めてこの方法を知りました。
ですが、初めて山本に聞いた時から、とても気になっていました。
種を播くという原始的な方法が見直され、
種子を鉄でコーティングするという先進的な技術で効率的に行うというのは、
今の時代にとても大切なことだと思います。
そういうことにどんどんチャレンジして、
次の世代に遺すべきものを探す作業が僕ら世代の役割だと感じています。
無農薬栽培に挑戦した1年目に言われた、
「最近、進んでいる農家が有機栽培を始めてきているけど、
昔はみんな無農薬でつくっていたんだよ。時代が進んでいるのか戻っているのかわからんね」
という山本父の言葉も思い出されます。
先進的な技術を持って自然との共存を考えること、
これは待っていれば大手企業が
画期的な技術開発をどんどん進めてくれるかも知しれませんが、
農業に携わったことで、自分自身に何ができるかを考えさせられました。

田んぼの話からはちょっと逸れてしまいましたが、
そんなことを考えながら、越後湯沢の大自然の中でノートPCを開き、
気持ち良く書いてみました。 笑
そのうち、木の葉っぱを頭に乗せて、ドロンと変身出来る時代が来るかもなぁ。

素敵農業男子ファイル vol.1「米農家 山本克幸」

イケメン米農家の5代目は3児のパパ!

まだまだ雪の残る魚沼ですが、いよいよ今年のお米作りが始まりました!
我らRICE475も苗の種まきを開始。

なにやら今年のRICE475は一部の田んぼで、
湛水直播栽培(たんすいちょくはさいばい)にチャレンジする模様!
直播(ちょくは)とは、読んで字のごとく、直接種を播くという方法です。
通常、苗箱に種を播き、苗をある程度大きく育ててから、
田植え機で田んぼに移植するというのが一般的な稲作の方法です。
ですが、これは直接田んぼに種を播くスタイル。
果たして成功するのでしょうか!?
さまざまなメリットとリスクがあるようですが、詳しくはまた今度ご紹介しますね。

今回は、そんな最「幸」級米を目指すRICE475を育てる、農家山本君をご紹介。

山本克幸
1979年4月20日新潟生まれ A型
小さい頃から、米作りをする父や祖父のトラクターに乗せられ、遊び感覚で米作りを手伝う。
高校卒業後上京し、24歳まで東京で生活をしていたが、
いつもどこかで故郷を想い、自然の中での生活に戻りたいと魚沼に帰郷。
そして父親に教わりながら農業を始める。
一人前の百姓になるため、勉強中の日々。
今ではトラクターをも乗りこなしちゃう嫁との間に、3人の子どもが誕生

ご覧の通り、イケメンです☆
RICE475のイベント等でも、山本君はイイ男で人気があります。
だが、それだけではない!
仕事に対してとても真面目で、コツコツ積み重ねる努力を惜しまない。
そして、お米に対しての愛情に溢れ、本当に美味しいお米を育てます。
(愛情に溢れ過ぎていて、初めて無農薬でお米を育てた時には、
「売りたくない」と言い出す始末……)
容姿端麗、寡黙で誠実、奥さん綺麗、子ども3人……天は彼に与えすぎではないでしょうか!
さらに、発言と発想がなんか可愛いんですよ。小学2年生くらいの幼さというか。
(良く書きすぎて、山本には気持ち悪がられる&怒られるなぁ。)

僕は、そんな彼の真摯に作業をする背中を見て、
「こんなに大変な事を、真面目に地道に頑張る農家はもっと報われないといけない!
このままでは農業をやりたい人がいなくなってしまうのではないか?」
と勝手に農業の未来を案じ、
半信半疑の彼に無理矢理RICE475プロジェクトを依頼したのです。笑
結果、僕の無茶振りもなんのその、
強い責任感と探究心でRICE475は本当に美味しいお米に育っています。
そしてバタバタな僕はいつも怒られています……
山本君はまだまだ品質向上に燃えている様子。
今年のRICE475も本当に楽しみです☆

そんな山本君からも一言。

こんにちは、RICE475生産者の山本と申します。
長い冬が終わり、ようやくここ魚沼にも春が訪れました。
田んぼは、まだまだ雪に埋もれていますが……
RICE475の三年目の米作りが始まりました!
このプロジェクトは、
“農業の価値を高めたい”そして、“子どもたちが憧れるような職業にしたい”
という想いからスタートしました。
これまでに本当の多くの方々のご支援とご協力により、
作り手である農家が普段感じることのできなかった
喜び、楽しさを知る機会を得ることができました。
農業は農作物を生産し供給するというのが大きな目的です。
しかし、作り手としての想いを伝え、
そして楽しみながら食べ物を育てる魅力を知っていただくことで、
地球を考えるきっかけや食育に繋げるなど、
農業だからこそできる役割がたくさんあると思います。
僕は、今までとは違った価値観で満足していただける農業を目指します!

とは申しましても、私はまだまだ未熟者です。
皆様のお力をお借りし、RICE475プロジェクトを通して、
農業の楽しさ・大切さを感じていただき、
皆様と一緒に生産、流通、消費、地球すべてにとって幸せな未来の農業のあり方、
次の世代に残せる農業を模索して行きたいと思っております。
一年に一度しか作れないお米、一日一日を大切にどんどんチャレンジして行きます。
今年もみんなで最「幸」級米を作りましょう!

山本君の人柄、少しは伝わりましたでしょうか??
もっともっと知りたい方は、是非RICE475農業体験へ!
でも、良く考えたら、素敵農業男子って結構いるなぁ。
農家のイメージ向上を目論む僕としては、
これをシリーズ化して「農家カッコいい☆」というイメージに塗り替えたいと思います!

お米農家を支える健康朝ごはん。 家倉民子さん

からだが資本のお米農家を支える健康朝ごはん。

朝ごはんのみならず、日本の食の原点ともいえるのが米。
そこで米農家の朝ごはんを覗きにきた。
滋賀県長浜市、琵琶湖のほとりで米農家を営んでいる
「お米の家倉(やぐら)」の家倉民子さん。
現在は息子さんが専業農家として米づくりに励んでいる。
もっと農家らしい豪快な朝ごはんを思い描いていると、
想像以上に、健康を考えるヘルシー志向だった。

「黄色とか赤とか黒とか白とか、なるべくいろいろなものを食べたいんです。
味付けもしょっぱくならないように、特に塩分には気を使っています。
塩は1日6gが理想」
目分量でもおいしい“おっかさんの料理”のようでいて、きっちり計算されている。
いただいてみると、どれも薄味だが、しっかりと素材の風味が生かされている。
ほとんどが自宅でとれたものや自家製なのだ。

「白菜と人参はうちで採れたもの。野菜は自分たちが食べる分だけ育てています。
この季節になるとなくなってしまうのよ。
黒豆も黒砂糖を使って作ったし、らっきょうも自家製です。
たくわんは主人が漬けたもので、ちょっとしょっぱいわね。
ユズジャムは初めて作ったんだけど、作り過ぎちゃって、3kgも!(笑)」
あっけらかんと笑う姿にホッとする。いいかあちゃんだ。

さて、米のプロということで、
“おいしいお米の炊き方を教えてください”と尋ねると
「こっちが教えてほしいわ(笑)」とまたまたにこやかに返す。
ここは息子の家倉敬和さんがフォローしてくれた。
「今日のご飯は無農薬のこしひかりです。
昨日の夜から水に浸けておきましたが、ベストは1時間半くらいです。
でも、そのために朝早く起きるのも大変なので、
前夜から漬けておいても割とおいしく食べられる『こしひかり』にしました。
だから、ごはんを朝炊く派、夜炊く派、
それぞれの生活リズムに合わせた浸水時間のお米を選ぶといいですよ」
なるほど、ライフスタイルに合わせた浸水時間というのは考えたことがなかった。

民子さんに話を聞いていると、
「新聞に載っていた、テレビで見た」という料理法やテクニックを話す。
一度試してみて良ければ実際に取り入れてみるという。
実に研究熱心だが、それもそのはず、滋賀県健康促進連絡協議会で活動しており、
また地元長浜の料理研究家である肥田文子さんの活動をお手伝いしているからだ。
肥田文子さんは湖北町食事文化研究会の代表で、
著作『忘れぬうちに伝えたい湖北街の伝統食・地産食』で
農山漁村女性・生活活動支援協会の
「平成21年度 農山漁村いきいきシニア活動 優良賞」を受賞。
さらに、農林水産省が選ぶ「平成23年度 地産地消の仕事人」に選ばれている。

「健康促進協議会は、厚生省から補助金をもらっているんですけど、
一度、事業仕分けで、廃止になりかけたの(笑)。
もっと若い人に郷土料理を伝えたいんだけど、料理教室をやっても、
平日はみなさん勤めてるし、日曜日も子どものコトとかで、
なかなか人が集まらないんです。年配が対象になってしまってねぇ」

こう見えて(!?)、トラクターもコンバインも田植え機も乗りこなす、
スーパーお母さん。いつまでも明るく笑う笑顔で、
健康的な郷土食を次代に伝えていってほしい。
ごちそうさまでした。

津南町の雪祭り

豪雪の津南町。かまくらの中でばあちゃんの料理に舌鼓。

春の風が桜を散らす今日この頃、魚沼では暴風雪……。
この時期になると、行く先々で、「まだ雪あるの!?」というコメントをいただきます。
田畑の積雪は残り1mちょっと、春まであともう一歩。
もう少しで本題の農業レポートが出来ますので、少々お待ちを!

さて、お祭りと言えば夏のイメージですが、雪国では雪祭りも盛り上がりを見せます。
先日、津南町の雪祭りにお客様をご招待しました。
大きなまち雪祭りは立派なステージショーやでっかい雪像など見ごたえ十分な内容ですが、
個人的には、小さなまちの雪祭りのアットホーム感もおススメですよ!
今年の津南町の雪祭りは、
地元スノーボーダーたちによるBIG AIR顔負けのジャンプ大会や、
プロスノーモービルライダーの後ろに乗って暴走ライド、
屋台や世界の鍋博など内容盛り沢山!
日が暮れるまで、ひとしきり雪と戯れて遊びまくりました!
でも実は日が暮れてからが雪祭りのメイン。
薄暗くなってきた会場のあちこちに灯りが点り始めると、一気にロマンチックな世界へ。
僕らも日中に作ったモニュメントに点火&記念撮影☆
じいちゃん、ばあちゃんもロマンチックな雰囲気に……笑

そして、メインイベントの鳥追いと赤沢神楽が始まると今度は昔話の世界へ。
鳥追いとは、東日本の農村に伝わる伝統行事で、
子どもたちが鳥を追い払う歌を歌いながら村中を回り、
田畑の豊年を祈り、害虫・害鳥駆除を願います。
僕も小学生の頃にやっていましたが、お菓子を沢山もらった記憶があります。
ハロウィンみたいですね!
雪ん子みたいなゴザ帽子を被った子どもたちがとても可愛かったです。
赤沢神楽は津南町に唯一残っている神楽で、
いくつか演目がある中で雪まつりでは、天狗の舞が舞われます。
ブンブンと火のついた藁を振り回し、周りの人を威嚇しながら練り歩く姿、
天狗様すっげぇ格好良い!!
最近、山伏や神主など日本古来の神道に魅力を感じてなりません!
伝統の舞により、皆さんの厄を払い落としていただきました。
今年は絶対良いことあるなぁ。

これにて、雪祭り終了!———とはなりません!
イベントがひとしきり終わったら、次は宴会スタート☆
もちろん会場はかまくら!コタツを囲んで宴です!
雪でお酒も冷え冷え。

今回は地元のばあちゃんの手作り料理をおつまみにいただきました!
ばあちゃんいわく
「油以外、全部おらが作ったモン(食材)だすけ、うんめぇぞ!」
山菜、糸瓜、カブ、大根、きのこ、こんにゃく……
地元の食材しか使っていない本当の田舎料理がずらり☆
これは、すっごい贅沢でした!
特に手作りこんにゃくを食べたら、スーパーで売っているこんにゃくが食べられなくなります。

美味しい料理とお酒に囲まれて、
じいちゃん、ばあちゃんと戯れながら、お腹も心もすっかり満たされました☆
いっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい笑って、いよいよ雪祭りも終了。
フィナーレは最近魚沼地域の雪祭りの定番になりつつあるスカイランタン。
気球の原理で灯篭を空に飛ばすのです。
実は僕も初めての体験。
ドキドキしましたがフライト成功!
超~感動!これは是非とも生で見ていただきたい!!
高く高く上る灯篭の群れがとても幻想的でした。
雪で覆われているからこそつくり出せる、素敵な世界ですね。

津南の自然ガイドさんいわく、
津南・栄村地域は人間が住む土地としては世界一の積雪量だそうです。
雪と歩んできた文化は、魚沼が世界に誇れる魅力のひとつですね!

プチ修行

極寒の魚沼で寒行体験!

雪が溶けるとRICE475は、3度目の田植えがスタートします。
お米は1年に1度しか収穫できません。
米農家にとって大切な1年を預からせていただいている身分として、
豊作祈願と自身の精神を整理しに、寒行に行って参りました。
魚沼の八海山尊神社では、節分祭までの7日間、
凍てつく寒さと雪の中、寒行が行われています。
行者さん達は朝と深夜、水垢離をとり、五穀を断ち、護摩祈祷を行います。
僕のような一般人でも、予約を入れると1回のみの参加もOKのことでしたので、
収穫祭でもお世話になった
越後湯沢のプリンスこと、高橋五輪夫さんに手引きしていただき、参加してみることに。

僕が参加したのは2月3日の朝の回。
ちょうど大寒波が襲来! 一晩で車が完全に隠れるくらいの大雪。
農家山本家のご家族に心配されながらも、
もう後には引けぬと3m超えの積雪の中、山の神社へ向かいました。
まずは滝行。
たどり着くや否や裸になり、渡された行衣に着替え列に並びます。ちょ~寒い!
そもそもサウナの水風呂さえ苦手なのに、
なぜこの雪の中、わざわざ滝に打たれに来たのかと、まずは後悔。

滝に入る順番が近づくと、先達さん(行者を導いてくれる人)が背中に塩を塗ってくれます。
僕の番になると、
「兄ちゃん何しに来たの? サラリーマンか?」
と珍しそうに先達さん。
僕が「気合を入れに来ました!」と答えると、背中をバチンと叩かれ、いざ滝の中へ。

凍らないのが不思議なくらいの水温の水を浴びながら、
今年も美味しいお米が収穫できますようにと祈りを込めました。

水の音越しに、お経とホラ貝の音が心にしみ込む感覚。
寒さを忘れ、先達さんから引っ張られるまで、遠くの世界へ行ってました。
危なかったのかな。笑
放心状態で滝から上がると、
集落の方々のご好意により焚き火をしながらタオルを温めて待っていてくださいました。
濡れた行衣を脱がされて、ほかほかタオルに包まれた瞬間に、現実世界へカムバック。
頭も体もスッキリ蘇りました!

その後、着替えを済ませ、里宮に上がり護摩行へ。
護摩とは火中に供物を投じ、護摩木を投じながら祈願をすることです。
行者が火を焚きながら祈りを捧げる行為は非常に尊く美しく感じました。
護摩行が終わると、箱からふかしたじゃがいも登場。
護摩の火で炒られた塩をつけて腹ごしらえを。
これがまた美味い☆ 僕はそこに神様を感じました。笑
その日は節分ということもあり、集落の方々と豆まき開催!
さすが魚沼、大根やキャベツも飛んで来ました。笑

そんな感じで、僕の寒行初体験は終了。
感謝の気持ちと日本文化の美しさを実感でき、
非常に実りのある寒行になりました。
帰ってから、周囲にこの話をすると、「来年は行きたい!」という人が殺到!
来年は寒行ツアーを組むことに。
収穫祭の座禅も好評でしたが、断食体験なども人気です。
身も心も研ぎ澄まされたいという願望の方が多いのですね!
僕も寒行が毎年の恒例行事になりそうです。

雪国PR

埼玉の子どもたちに雪を届けてきました!

先日、魚沼から埼玉の「ららぽーと新三郷」さんへ10t近くの雪を運び、
かまくらと雪遊び広場をつくって参りました。
雪と触れ合っていただき、雪国に興味を持っていただこうという観光PRの一環で
毎年いろいろな商業施設にお邪魔しています。
初めて雪を見る子どもたちも多く、大はしゃぎ!
雪だるまを作ったり、かまくらに穴を開けたり、やりたい放題☆
事故もなく、皆さんに楽しんでいただき、大成功に終わりました!
お家に帰ってから、お父さんとお母さんに「また雪で遊びたい☆」と、
ちゃんとおねだりしてくれたでしょうか?笑

縄文時代から豪雪地帯に住む魚沼には雪を「恵み」に変えるさまざまな知恵があります。
雪室という雪の貯蔵庫に野菜、お米、お酒などを保存すると
野菜やお米は甘みを増し、お酒はまろやかな口当たりになるそうです。
また、最近では建物の倉庫や地下などに冬の間に降った雪を貯めておき、
夏には冷房として使う事もできるそうです。
建物の構造、生活インフラなどのいたるところに、
雪と共に暮らすための知恵が使われています。
雪国の人間の「忍耐力」も雪の恵みのひとつでしょう。

今年は大々的にTVなどで大雪が報じられました。
大雪によるさまざまな弊害が全国に知られました。
僕の携帯電話にも雪害を心配する方々から、ご連絡をいただきました。
ご心配ありがとうございます!

今年の大雪は確かに大変な思いをされた方も多くいらっしゃいました。
ですが地元の人からは、
「昔はもっともっと降った」
「毎年3m積もる雪が4m積もってもそんなに変わらない」
など、たくましい発言もチラホラ。
雪により、恩恵を受けている方もたくさんいるんです!

TV中継の方々はまちじゅうを走り回って困っている人ばかりを探されていたような……。
雪害の報道を見て、雪まつりや旅館の予約キャンセルが相次いだそうです。
津南町には「まちに入れますか?」という、お問い合わせも。笑

僕たち、元気に暮らしてますからぁ~!!!

大雪でも豪雪地域魚沼は元気です☆
次の大雪の年には、たくましく雪と共に暮らす、魚沼人の素晴らしさを報道してくださ~い!

今年は6月までスキーができるかな?
遊びに来てください☆

水戸の名物と野菜がたっぷり。 水戸の朝ごはん

水戸の名物と野菜がたっぷりの、元気が出る朝ごはん。

水戸芸術館現代美術ギャラリーでボランティアをしている方に、
朝の食卓をのぞかせてもらった。
「基本はお味噌汁とご飯、それに納豆は欠かせません。
お味噌汁の代わりに、こんなふうに晩の残りの
けんちんをいただくこともありますけどね」
茨城名物でもあるけんちんは、味噌は入っていない根菜たっぷりの汁。
大根、ごぼう、にんじん、蓮根、小松菜、それに豆腐、こんにゃく、油揚げ。
野菜は、鮮度のいい有機野菜を友人に送ってもらっているのだという。
また「いもがら」と呼ばれる里芋の茎の部分も入っている。
乾燥した状態で安く売られているのだが、これが歯ごたえがあっておいしい。
柚子の香りもおいしさを引き立てるが、さらに柚子胡椒を入れて食べる。
野菜の滋味たっぷりの、元気が出る一品だ。

魚は、めざしと、いわしのみりん干し。
みりん干しは、千葉の知り合いの方からのいただき物だそう。
水戸といえばやはり納豆だが、このお宅では秘伝のタレがポイント。
梅干しとニンニクを細かく刻んでかつお節を入れ、
みりんを少したらして練ったものを長時間おいておく。
そうするとニンニクもそれほど臭みはなくなる。
これを常備してあって、納豆に混ぜるのだそう。
大根の葉とじゃこも一緒に混ぜる。
いただいてみると、ニンニクは強く主張せず、梅干しとのコンビネーションが絶妙。

偕楽園で知られる水戸は、梅の名所でもある。
このお宅も庭に梅の木があり、梅干しはその梅の木からとれた梅でつくった自家製。
梅を冷凍させておき、解凍するときに氷砂糖につけて
1か月ほどでできるという自家製梅ジュースも、とてもおいしかった。
実はこのお宅は、水戸芸術館で展覧会をしているアーティスト、
ゲルダ・シュタイナーとヨルク・レンツリンガーが
制作中に滞在していたホストファミリーなのだが、
ふたりはこの梅ジュースがとてもお気に入りだったようだ。

またこのお宅の方の亡くなったお父様がアートコレクターで、
リビングにはさまざまな骨董品や美術品が。
お庭にもそれほど大きくはないが枯山水があるという、美意識の高いお宅。
器も陶芸作家の手によるものも多く、どれもとても品があり、味わいがある。
「器は使ったほうがいいというので、
しまわないですぐ使えるようにしていたんですけど、
震災でだいぶ割れてしまったんですよ」
と笑って話してくれたが、たしかに、調度品にはひびが入ったものもあり、
その被害が少しだけ生々しく感じられた。
そんなことも吹き飛ばすような、元気の出る朝ごはん。
つくる人の元気がこちらにも伝わってきた。

〈魚彩和みの宿 三水〉の 若女将、吉田さとみさんの 朝ごはん。

新米女将の朝は、地元の野菜たっぷりの朝食からスタート。

房総半島の海沿いに静かに佇む温泉旅館、
「魚彩和みの宿 三水」の若女将が、吉田さとみさんだ。
東京生まれ、東京育ちの彼女は、鴨川の地に嫁いでちょうど1年が経つ。
地の利を考えれば、魚がおいしいのは当然のことだが、
実はさとみさんは魚介類が大の苦手。野菜中心の食生活になるのは必然的だった。
「はじめは見知らぬ土地に来て、不安だらけ。おまけに朝・昼・晩、魚中心の食事……」
と、不慣れな環境に戸惑うこともあったが、
次第に鴨川は美味しい野菜の産地であることを知る。
市内には直売所がたくさんあり、さとみさんは食材のほとんどをそこで手に入れる。
「値段シールの横には、必ず生産者の名前が書かれていて、
一度も会ったことのない人だけど、妙な親近感。
ついつい買い物かごに入れてしまうんです」

そんな彼女の朝ごはんは、
豆腐一丁が主菜で、さまざまな薬味で愉しむという献立。
豆腐は近所の豆腐店で買ってくる。
ここのまろやかな大豆の味わいがお気に入りなんだそう。
それをざるにそのままあしらい、
薬味を少しずつのせては、千葉県産のお醤油をつけていただく。
今朝の薬味は9種類。日によって変わるが、
全て鴨川産ということはこだわりを持っている。
小ネギ、ショウガ、オクラ、ミョウガ、大葉、トマトなどの
野菜はもちろん、豆腐、納豆、梅干しも地元の人の手づくり。
ひじきも近海でとれたものだ。
この他にも高菜や岩のり、お味噌などもメニューの定番。
この豆腐献立は多い時には週に3回ほど、朝の食卓に並ぶことがあるという。
その理由を、
「決して手を抜いているワケでも(笑)、豆腐が好物というワケでもなくて、
新鮮な野菜や食材本来の味を楽しむには豆腐と一緒に食べるのが一番!
と勝手に思っているだけのことなんです」
と、笑いながらさとみさんが教えてくれた。

今、宿では自家菜園を始めた。
鴨川は新鮮な魚だけではなく、美味しい野菜の宝庫でもあるということを、
旅館を通じて、お客様に知ってもらいたいという気持ちからだ。
鴨川に来て、もうすぐ1年。
旅館の若女将にとって、鴨川の地は毎日新しい発見でいっぱいだ。

ねぼけ食堂

お客さんと一緒につくる食堂。

このユニークな店名は、
マスターの吉田純治さんがむかし見習いで働いていた割烹料理屋の奥さんから、
高知の老舗料亭“祢保希(ねぼけ)”にあやかって、と勧められたことが由来という。
「それに、ほら、二人ともねぼけた顔してるやろ」
とマスターと、ママ・吉田輝美さんは笑う。

JR和歌山駅から徒歩5分。10人入ればいっぱいになってしまう「ねぼけ食堂」は、
マスターとママが脱サラして始めた。
31年前のことだ。
4人の子どもを育てながら、市内はもとより、
近くに停留所がある高速バスで大阪や東京へ行き来する
旅行客やビジネスマンの胃袋も満たしてきた。
とはいえ、お客さんの中心は常連さん。
営業時間は朝7時から夜10時までという、
働き者のマスターとママを頼ってお客さんはやってくる。
ひとりで来てもみんななんとなく顔見知りで、
いつの間にかテーブルがにぎわっているのもこの店の特徴。
モーニングやランチなど、決まった時間でのメニューのくくりもないせいか、
「ねぼけ」に流れる時間はちょっと不思議だ。
つまり、朝から飲む人も、歌う人もいるということ。
常連さんはお店に入るなり、まずは入り口近くの冷蔵ケースに向かう。
そこには、缶ビールや缶チューハイなどのお酒と、
ひじきの五目煮や煮魚などのお惣菜があって、
みんなそれを手に取ってテーブルに着くのだ。
つまみを口にし、一杯やり始め、中にはマイクを手に取る常連さんもいる。
この店はカラオケがあり、一曲100円。しかも、営業時間中ずっと利用できる。
歌声はお店の外まで丸聞こえだが、誰も気にはしない。
いつ来ても「ねぼけ」は「ねぼけ」なのが心地よいのだろうか、
温暖な気候に育まれた陽気な県民性が垣間みられる場所なのだ。

お店につり下げられたメニューに目をやると、
中華そば(和歌山ラーメン)、うどん・そば、和洋中の定食、丼ものがずらり。
その他に一品もののメニューも並ぶ。
「なんでも屋さん」というマスターの言葉のとおり、
とにかくメニューが豊富なので、
お客さんはあれもこれもと、随分悩むことになりそうだ。
「お客さんが“あれ食べたいな”“これほしいな”って言ったものを
つくらせていただいてます。
だからどんどんメニューが増えてしまってね(笑)」
と、お客さんのリクエストがあれば、まだまだ増えていきそうな気配。
「このだし巻き卵もね、料亭みたいに格好よくは焼けないけれど、
みなさん“お母ちゃんの味や!”言うて食べてくれはるんですよ」
この“お母ちゃんの味”が恋しくて、みんな「ねぼけ」に集まってくるのだ。

「おかいさん」のある風景。

朝食に、ほうじ茶でお米を炊いた“茶がゆ”を食べる文化がある和歌山では、
茶がゆのことを、親しみを込めて「おかいさん」と呼ぶが、
ここねぼけ食堂では、一日を通してそのおかいさんも味わえる。
夜お酒をたらふく飲んだあとでも、二日酔いの朝でも、
おかいさんならサラサラといただける。
「有田(有田市)、日高(日高町)、十津川(十津川村)などの山間部では
今も昔も変わらずに食べるけど、
他のところでは今は若い人はおかいさんを食べなくなったからね」
と、マスター。
時代の流れと共に、食文化も移り変わっていくが、
だからこそ、マスターもママもおかいさんを出し続けるのだ。
「若い人にも食べてもらいたいから」と、
ひとりひとつの小鍋に、たっぷりとおかいさんを盛りつけ、
数種類のお総菜を添えて「満腹セット」という名で出す。
小鍋から自分でおかいさんをすくって器に盛りつけて食べるのだが、
一杯目は自家製の梅干しと、二杯目はこんぶと、
三杯目は金山寺味噌と一緒にいただく、というように
味の変化も楽しめるので、あっという間に小鍋の底が見えた。
「暑い日も、寒い日も食べてもらえるように」と
おかいさんは常に温かいものと冷たいものを用意されているのもうれしいし、
「まずは、やっぱり、健康作りは朝食から」
というメニューに添えられた言葉も説得力と気づかいがあっていい。
店を出てからも、あの豊富なメニューを思い出し、
次来たときには何を食べようかな、と想像しては幸せな気分になれるのも、
「ねぼけ」だからなのかなと思う。

営業は朝7時から夜10時まで、休みは月に1回という働きもののマスターとママ。

じゅっと卵の焼ける音もごちそう。

今年の正月に張り替えたというマスター手書きの新しいメニュー。

茶がゆと総菜の「満腹セット」は店の看板メニュー。ほうじ茶の味が濃く、水分が多いのが特徴。

ぱんとたまねぎ

福岡県福岡市『ぱんとたまねぎ』
発酵/林 舞

パン好きがパン好きのためにおくる『ぱんとたまねぎ』。
編集・制作・デザインを一手に担う林 舞さんが、全国各地のうわさのパンを求め、「歩いて 見て 聞いて 食べて」発酵(発行)したリトルマガジン。
芳しいかおりが誌面から漂ってくるようです。

ぱんとたまねぎ
http://d.hatena.ne.jp/pantotamanegi/

定価600円

発行日/2011.11

RICE475収穫祭レポート(後編)

いざ、収穫祭BBQへ!

1日目のオリエンテーションで仲間になり、2日目早朝から座禅で精神状態を整え、
着々とRICE475の新米を食すコンディションを整える、
<RICE475収穫祭>にご参加のみなさん。
次に向かった先は魚沼が誇る銘酒「鶴齢」でおなじみの青木酒造さん。

通常、酒蔵見学を行っていない酒蔵ですが、
なんと特別に酒蔵見学をさせていただきました!
魚沼の美味しい水、美味しいお米から造られる地元自慢のお酒は、
また改めてじっくりレポートさせていただきたいと思います。

その後、冬野菜の収穫を体験させてもらいに、南魚沼市の石打農園へ。
さっそくおじいさんご指導の下、でっかい大根とでっかい白菜を収穫。
泥まみれの虫だらけが、野菜の本来の姿なのですね。
貴重な農園での収穫体験に、みなさんとても良い表情をされていたのが印象的でしたよ!

そしていよいよ、メインイベントの収穫祭BBQ!

まずは、豊作を祝して鏡割り☆
もちろん「鶴齢」で。青木酒造さんありがとうございました!
淡麗ながら、やさしいお米の甘みを感じる「鶴齢 純米吟醸」をすすりつつ、
小山流の方々による、津軽三味線の演奏を堪能しました。
演奏していただいた小山流3代目、小山豊さんは、
紅白歌合戦やレコード大賞などでも演奏され、古典的な演奏だけでなく、
バンド形式での演奏も多く、枠にとらわれない独自のスタイルでご活躍されています。
共演者には北島三郎さんからナオト・インティライミさんまで。幅広いですね!
素敵な演奏ありがとうございました!

鏡割り、三味線と縁起物を楽しんだ後は……
腹ごしらえのみ!!

八色しいたけ、自然薯、神楽南蛮、採れたて大根……旬の野菜満載のBBQ。
もちろんお肉は越後もち豚です!
きのこたっぷりの芋煮は、鶴齢の酒粕を使った醤油ベースと関興寺の味噌ベースの2種!
さらに、皆で収穫を祝して餅つきをしました!

とどめに、田植えや除草など、皆さんと一緒に育てた
無農薬栽培の南魚沼産コシヒカリ「RICE475無農薬無化成肥料栽培米」の新米を、
ぬか釜で炊飯!!!
ぬか釜とは、籾殻と杉の葉を燃料に羽釜で炊飯するスタイルです。
昔はどこの農家でもぬか釜で炊飯していたそうです。
直火でお釜で炊飯する訳ですから、美味しくない訳が無いです!
重い木の蓋を開けたときに、蒸気の奥から現れる、つやつやご飯、
思い出すだけでヤバイ……

地元の旬の食材をおかずに、
獲れた産地で、生産者の方と共に食べるご飯。
しかも、福岡からご参加いただいた方から、本場の明太子のお土産が!
なんとも最高の贅沢☆

今年のRICE475は豊作でした。
そのうえ、甘みも強く、お米自身の味がしっかりしています。
参加者の方からも、
「今まで食べたお米の中で一番美味しい!」
「お米に味があるのを初めて知りました!」
「実はお米はあまり好きじゃないけど、コレは好き!」
など、嬉しい感想を沢山いただきました☆
中には、
「美味しくて食べ過ぎて太ります」
と、うれしいクレームも。笑
みなさんに魚沼フルコースをドーンとご堪能いただけたかと思います!

ほぼ寝てない上に、満腹でみなさんが動けなくなったところで、収穫祭も無事に終了☆
迷アテンドではありましたが、本当にみなさんと一緒になって楽しませていただきました!
収穫の感謝はもちろんでしたが、
まだまだ手探りなRICE475を応援し続けてくださるみなさんと一緒にお祝いできたことに、
感謝の気持ちで一杯になりました。

驚いたのはその後。
数日後に参加者のみなさまから何通もメールをいただきました。
その内容は、「楽しかった」「美味しかった」の先にある、
僕らが目指す「農家の価値向上」に対するメッセージに溢れていました。

「大きな組織ではなかなかできない大切なことをされていると思うので、
大変だとは思いますが、頑張ってくださいね。
いつか、大きな実を結ぶことを期待しています☆」
「今後の農業の発展に向けて頑張ってください!
農業をした事が無く分らない事だらけだけど
自分なりに考えつつ生活をしてみようと思っています」
「6次産業化が目指す、地方が持つ魅力を活かしたスケジュールで感動しました」
などなど。

たった2日間の、しかも迷アテンドで、みなさんにそこまで想像していただけたことがうれしく、
また前進する僕らの活力になりました!

新米農家と新米米屋ではありますが、リバース・プロジェクトと共に、
僕らだからこそ出来るアクションを起こし続けます!
そして、農家の価値を高めることで、日本の未来に貢献できるよう、
日々前進して行きたいと思います!

みなさまも機会がありましたら、ぜひ魚沼を体験しにいらしてください☆

島やさい食堂 てぃーあんだ

ここで生まれた食材とうつわが表現する、沖縄のエネルギー。

沖縄県中頭郡読谷村の海沿い、
大きな民家を改装した店内の大きな縁側を心地よい風が吹き抜ける。
「島やさい食堂 てぃーあんだ」は、
そんな沖縄ならではのゆったりした風景を身近に感じながら、
地元で採れた野菜や魚を中心にした滋味あふれる料理が
心ゆくまで楽しめる食堂。
「てぃーあんだ」とは直訳すれば「手の脂」。
「手間をかける」「愛情をそそぐ」という意味を持つ沖縄の言葉だ。

2006年にお店をオープンした店主の伊波清香さんは生まれも育ちも沖縄。
「子どもの頃、赤瓦の家に庭があって、そこで採れたゴーヤや冬瓜などの野菜が
食卓に上るというのは普通のことだった」
という彼女が、あらためて沖縄の食文化に目を向けるきっかけになったのは、
進学のために沖縄を出て福岡に移り、
そのままアパレル会社に就職した後のことだった。
「ある日体調が悪くなって熱が出たことがあったんです。
沖縄にいた頃はそういう時いつも、黄色い人参と豚肉のレバーを使った
栄養たっぷりのスープを母が作ってくれて、
それを飲むとケロッと治ったんです。それで、いざ作ろう! と思ったら、
スーパーに行っても『黄色い人参』が売ってない。
それまで『当たり前』と思っていた沖縄の野菜が、
特別なものなんだと気づかされたんですね」

そんな気づきを経て、後に沖縄に帰省した時、ふと恩納村の市場を訪れてみた。
そこで目に飛び込んできたのは、見慣れたハンダマやゴーヤといった、
「パッと見『美味しそう』というよりも、
どこかアクが強くてゴツゴツとした、実に沖縄らしい」野菜たち。
「食に興味を持っていたし、
ずっとお店をやりたいと思っていたけど、なかなか考えがまとまらなかった」
という伊波さんだったが、
「この野菜を料理に使って、自分なりの沖縄を表現してみたい」
と素直に決断できたと言う。

“再発見”の驚きは野菜だけではなかった。
高校生の頃まではまったく関心のなかった、
「やちむん(沖縄の方言で「焼き物」の意)」にも、
新たな眼で向きあうことになる。
「ずっとモノを扱う仕事をしていて、モノだらけの日常に
どこかウンザリしていたようなところがあったんですけど、
沖縄の外の世界にある色々なモノをたくさん見てきた眼で、
改めて沖縄の焼き物を見なおしてみて、びっくりしたんです」
これまで一度も行ったことのなかった読谷村の『やちむんの里』を訪れ、
うつわを見て、目が釘づけになった。
「泥臭いけれど力強い、なんでこんな温かいエネルギーが
感じられるんだろう、って。たたずまいだけで沖縄を感じさせる。
これに盛るのは沖縄料理しかないと思った」

この素朴な陶器が生まれた読谷という地で、そのうつわを使いながら、
近郊で採れた野菜を使った料理をできるだけ多くの人に食べてもらう。
伊波さんの中で「てぃーあんだ」のコンセプトが徐々に固まっていった。
とは言え、
「元々料理を仕事にしていたわけではなかったので、不安もあった」
という伊波さん。
食材ひとつとっても、仕入先の農家に足しげく通い、
少しずつ開拓していくしかなかったと振り返る。
「ある日、すごくいい生姜の畑を見つけたんですけど、
いつ行っても誰もいないんですよ。
仕方がないから何度も行って、もうストーカーみたい(笑)。
それでついにある日、生産者のおじさんを見つけて、
やっとのことで譲ってもらったり。あとは、
小さい時によく可愛がってくれた農協のおじさんを頼って、
農家さんを紹介していただいたり。
最初はみんなに“女だてらに何を始めるんだ” “大丈夫か”なんて
言われたりしたんですけど、
だんだん仲良くなると“これ新しく作ったから持って行って”とか、
“これはこんなふうに料理したら美味しいよ”とか教えてもらえるようになって。
人の縁にはすごく恵まれていたと思います」

「てぃーあんだ」で提供する料理は、
伊波さんによれば「決して特別でない、普通のもの」だ。
地元で捕れた魚料理に、
ラフテーやジーマミー豆腐、クーブイリチー、島野菜の漬物……。
昔から沖縄の家庭で食べられてきたもの、だけど、
そこには「ひと手間」の心遣い、
つまり「てぃーあんだ」がたっぷりと込められている。
「マクロビオティックを勉強したこともあって、
『一物全体』というかたちで、
食材をできるだけ使い切るように心がけています。
ラフテーを仕込む時に使う煮汁や、
お吸い物の出汁を取るしいたけを使って佃煮にしたり。
あと、意味なくゴージャスに盛って、
生ゴミが増えるような盛り付けもしたくない。
無駄にお腹いっぱいになるんじゃなくて、
節度ある量で、いろいろな食材をバランスよく食べていただきたいんです。
あとは、ここで過ごす時間や空間の魅力で、お腹いっぱいになってほしい」

料理を提供している「お膳(※1)」もかつての沖縄で盆や正月、
冠婚葬祭の時に、大勢の親戚が集まって食事する際に使用していたものを
独自にアレンジして使っている。
「研ぎ澄まされたセンスの中で、とかいうことでなくて、
日常の中にあるけど、少しだけ特別、という感じがいいなと思っていて。
お客さんも節日(しちび)祝い(※2)や結納などの
イベントの時に来てくださる地元の方々も多いし、
観光客の方々もたくさん来てくださいます。
もちろん県外からの移住者の方々も多いですし。
いろいろな人たちがミックスされているのが嬉しいですね」

滋養たっぷりで優しい「てぃーあんだ」の味が評判となって、
お客さんは当初思い描いていた数をはるかに超えて増え続けている。
「本当にありがたいことですけど、
ちょっと忙しくし過ぎなのかもしれないですよね。
でもまだ始めて5年ですから。
やっとお店らしくなってきたかな、という感じです」
と伊波さんはじっくりと前を見据えている。

その原点にあるのは、小さい頃、
からだを癒してくれた母やひいおばあちゃんの手作りの沖縄料理。
この地で生まれたうつわと食材が表現する、
素朴だけど力強い沖縄のエネルギーなのだ。

※1 厳密にはもう少し足の高いお膳が使われていた。
※2 沖縄で昔から受け継がれてきた年中行事のこと。

「特別ではないけれど、丁寧でバランスのよい料理を提供したい」と語る伊波さん。

時期や日ごとに違う、とれたばかりの新鮮な魚を使った小鉢が並ぶ。

海の見える気持ちのよい縁側の席を含む店舗は、民家を改装したもの。

Information


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島やさい食堂 てぃーあんだ

住所:沖縄県中頭郡読谷村都屋448-1

TEL:098-956-0250

営業時間:12:00〜15:00(L.O. 14:30)、18:00〜21:00(L.O. 20:00)

定休日:木曜休