〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer's profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
今年の7月、日本では32年ぶり5か所目のユネスコエコパークに、
宮崎県東諸県郡の綾町が登録された。
ひとと自然が共生したまちづくりが行われていることが
認定基準となっているものだ。
綾町は日本最大級の照葉樹林が原生的な姿をとどめるなど
豊かな自然を誇るが、
“ひとと自然の関係性”を物語る根本となっているのが有機農業だろう。
今でこそ、有機農業の野菜はお母さん層を中心に人気が高く、
有機農法の農家も増えている。
しかしさまざまな生産態勢との兼ね合いから、
いつでもどこでもすぐに有機農家を始められるわけではないのが現実だ。
綾町では、70年代から有機農法の推進機関や
家畜のフンや家庭ゴミを有機肥料に処理する施設を設置するなど、
有機農業を行政自体が積極的に進めてきた歴史がある。
特に1988年に制定された「自然生態系農業の推進に関する条例」は
全国的にも先進的な事例で、それ以降“有機農業のまち”として、
今でも就農を目指す研修希望者などがあとを絶たない。
そんな綾町のなかでも長老とでもいうべき伝説のつくり手がいる。田淵民男さんだ。
綾町の畑がたくさんある平地エリアから少し登った、
静かな山の中に田淵さんの自宅と畑はある。
田淵さんの父親が1946年にこの地に入植して開拓。
1952年に、この地で初めて日向夏とはっさくを植えた。
その頃から農薬は使っていなかった。
田淵さんは、親の農業を手伝いながら建築業を営んでいたが、
1979年から本格的に農業を開始。当時は、周りに有機農家などおらず、
綾町が本腰を入れる以前から、有機農業に取り組んでいた。
「とにかくおいしいものじゃないと、勝負にならないと思ったんです。
農薬を使うとどうしても野菜も土も固くなる」と
無農薬にこだわり続ける理由を語る。
田淵さんがもっとも力を入れてきたのが土づくり。
家畜を持っていないなかで、
お金をかけず、いい堆肥をつくるために、ある方法を考えついた。
「自然を利用する自然生態系農業を始めました。家の周辺は自然豊か。
夏には雑草を刈り、秋冬は落ち葉を拾い集めて堆肥づくりをしています。
また、深さ70cmくらいまで掘って有機物を埋め込む
スコップ農業にも取り組んでいます」というように、
まだ有機農業が確立されておらず、文献や資料などが少ない頃から、
毎年土をつくり、自らの手でさまざまな農法を実験してきたのだ。
だから、おいしい。
「田淵さんのだいこん」のみを買い求めるために、
わざわざ遠方から車で訪れるひともいるほど、
田淵だいこんファン、にんじんファンは多い。
しかし、この味にいたるまでには、10年かかったという。
「だいこんもなかなかいいものができなかったんですが、毎年肥料を変えてみたり
試行錯誤して、なんとか納得できる味になりました。
それまでに10年くらいかかりますね。
百姓の品物は、1年に1回しかできません。
でもつくり上げたときは、うれしいですよ」
驚くことに、田淵さんは他のだいこんを食べて
「これはこの肥料が足りないな。こうすればもう少しおいしくなるのに」と、
育て方がわかるという。
機械を使わず、軍手すら使わず、素手でその感触を確かめ、
長い間こだわってつくられてきた土。
現在育てている野菜は、だいこん、にんじん、キャベツ、たまねぎなど20種類ほど。
そこで育つ作物は、土から栄養をたっぷり取り込んでいるのだろう。
田淵さんをはじめ、綾町のこだわり農家の有機野菜ばかりを
ネット販売しているのが「オーガニックマミーズストア」だ。
綾町の野菜を広めることで、農家を、まちを元気にしようと試みる。
店長の藤元やす子さんは、ふたりの娘を持つお母さん。
娘が大学進学のため、東京へ出ていったときに感じたことが、
マミーズストアの原点にある。
「東京で食べた野菜が値段のわりにおいしくなかったんです。
娘はずっと綾町の新鮮でおいしい野菜を食べて育ったので、
都会でこれからちゃんと野菜を食べていけるかな? と心配になりました。
だからずっと綾町の野菜を娘に送っていたんです」
こうして定期的に送られてきていた野菜たちは、
娘の友だち周りでもおいしいと評判に。綾町野菜の食事会を開いたり、
友だちにプレゼントするととても喜ばれた。
そうすると娘の友だちにもおいしいものを食べてほしくなる。
そんな思いがきっかけとなり、
もっと多くのひとに綾町の野菜を食べてもらいたいとショップを始めた。
おいしくて、安心安全な野菜を子どもたちに食べてほしいというのが母の心。
それこそ文字通りマミーズストアのコンセプトとなっている。
「基本単位はやはり家族だと思うんです。
家族が食卓を囲んで、おいしいものを食べて、笑顔になることが重要。
その中心にいるのはやはりお母さんだと思うんです」というだけあって、
笑顔が素敵な藤元お母さん。
扱われている野菜は、
藤元さんみずから、直接交渉して契約してきた農家の野菜たち。
「綾町の生産者が真心こめて一生懸命つくっているもの。
自分が食べてみて、
おいしいと納得できる農家の野菜を取り扱うようにしています」
さらに農家のお母さんも携わっているような家族経営の小さな農家から
買いつけることにこだわっている。
野菜をつくるのも、売るのも、お母さんの愛情が真ん中にある。
野菜の集荷は、藤元さんが綾町中を回って、
農家とコミュニケーションを取りながら、直接行っている。
そうすることで、そのときの畑の様子や野菜の生産具合も
ダイレクトにわかるし、農家と近況を話すこともできる。
そんなさりげない思いやりを大切にした仕事を心がけているという。
そこで生まれるのは、小さなコミュニティ。
農家は基本的にそれぞれ個々人の活動なので、
他の農家と交流する機会は少ない。
「せっかくみなさんがまちをあげて有機野菜という
素晴らしい商品を生み出しているので、それをお手伝いしながら、
小さくてもあたたかいコミュニティが自然に生まれたらうれしい」と
藤元さんもその理想を語る。
綾町が有機農業の発祥のまちだといっても、全国の農業と同じく、高齢化が進み、
後継者不足に悩んでいる。新規就農希望者や研修生も挑戦に多く訪れるが、
農業の大変さに尻込みして、辞めてしまうひとも多いという。
特に有機農業は、農薬を使わない、化学肥料を使わない。
すると当然ながら手間がかかる。だから大量生産はできないし、
収穫量をピッタリ計算することは難しい。
生業として条件が良いとは言い難い。ある種の“ものづくりの精神”なのだ。
だからこそ、オーガニックマミーズストアの藤元さんは言う。
「綾町の農家コミュニティを広げるような活動をしていきたい。
有機農家の野菜づくりへの心意気をもっと知ってもらいたい。
そして何より、安心安全で、
おいしい野菜を全国のみなさんに食べてもらいたい。
そのためのイベントなども計画中です」
Shop Information
オーガニックマミーズストア
TEL 0985-82-0575
受付時間 火曜日〜土曜日10:00〜17:00
http://www.mammys-store.com/
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