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おいしいサンマは不思議な魚

UOCOLO
旬のさかな、地のさかな図鑑
vol.001

posted:2012.10.2   from:全国  genre:食・グルメ / エンタメ・お楽しみ

〈 この連載・企画は… 〉  南北に長い日本列島。同じ魚でもおいしい時期も違えば料理法も違います。
季節の花を愛でるように旬の魚を食したいではありませんか。そこが肉食と違う魚食の醍醐味。
魚の食べ方や生態や漁法を漁師、魚屋さん、魚類学者、板前さんなど、魚のプロに教えてもらいます。

editor’s profile

Sei Endo

遠藤 成

えんどう・せい●神奈川県川崎市生まれ。出版社を退社後、ヨットで日本一周。漁業、海生生物の生態の面白さに目覚める。東京湾の環境、漁業、海運、港湾土木をテーマにしたエンターテインメントマガジン『TOKYO BAY A GO-GO!!』編集長。

イチ、ニ、サン、マーッ!

秋の味覚を代表するサンマ。
みなさんはサンマの塩焼きを食べるとき、はらわたもガブリといくワイルド派ですか?

ワイルド派の代表ともいえるのが、幕末から明治時代にかけて活躍した
作家・ジャーナリストの福地桜痴(ええと、たとえばsocietyを社会と翻訳したのは彼です)。
彼はサンマのはらわたが大の好物で、
身を残してはらわただけをムシャムシャと20匹とか食べていたという逸話が残っています。

そもそも、なぜサンマは、はらわたから丸かじりできるのでしょう。
それはサンマには胃がないからです。おまけに腸もすごく短い。
つまり、お腹に消化中のエサ(動物プランクトン)が溜まっていないから、
はらわたも美味しく食べることができるのです。

さて、冒頭の質問ですが、
魚好きに「はらわたが一番うまいのにガブリといかないでどうするの?」
と怒られてしまうのですが、どうしても躊躇してしまうんですよね。
というのも、ガブリといったときに、
口の中にウロコのようなものが残ることがあるじゃないですか
(というかウロコなのですけれど)。あれが苦手なんです。
「ややや、なんでお腹からウロコが?」って不思議に思ったことはありませんか?

これは漁法に関係があります。
現在、サンマの漁獲はほとんどが「サンマ棒受け網漁」。
太平洋戦争末期に発明された、
サンマが光に集まる習性を利用して大きな網で一気にすくいあげる漁法です。
魚体を傷つけず、仕組みも単純で人手もエサ代もかからないことから、
戦後の人も物資も足りない時代に、あっという間に広がり、サンマの漁獲高が激増しました。

サンマ棒受け網漁の船。船の大きさによって漁の解禁日が異なる。(ロケ地:北海道・霧多布)

で、網にサンマがわんさかと入ったとき、カラダがこすれ、
剥がれたウロコを飲み込んでしまったというのが、はらわたにあるウロコの正体です。

サンマは日本海から北米大陸まで北太平洋に広く棲息している回遊魚で、南の海で生まれ、
春に黒潮にのってエサの豊富な北の海へ北上して、栄養をたっぷり摂ってまるまると太ります。
そして夏の終わりになると産卵のために南へと下ってきます。
その一部が北海道道東→三陸沖→銚子沖と日本列島に沿って群れを作って通過するので、
日本沿岸域は恵まれたサンマ漁場になっているのです。

安くておいしく馴染み深いサンマですが、謎が多い魚でもあります。たとえば産卵の謎。
サンマの卵にはヒゲのような糸があって、
流れ藻などの浮遊物に絡み付けるようにして産みつけます。
でないと海水より卵の比重が重いので海の底に沈んでしまいます。

となると、大量のサンマが生まれるには、膨大な量の流れ藻が必要になるはずですよね。
でも、それだけ大量の流れ藻は存在しないのではないかという疑問があがっているのです。
実際、流れ藻の少ない季節や、流れ藻がない遥か沖合でも稚魚が見つかっています。
ということは、流れ藻以外にどこかで産卵しているの???
まだ、専門家にもよくわかっていないそうです。

ウナギは卵や稚魚が見つからなかったため、
いつどこで生まれるのかずっと謎だったのですが、
サンマは逆に、どこでも卵や稚魚が見つかるので、どういう生活史を送っているのかが、
今ひとつよくわからないのだとか。

魚の年齢や成長の研究に使われる「耳石」から、
サンマの寿命が約2年と分かったのも2006年のことですから、わりと最近です。
この内耳に年輪のように形成される耳石をサンマの研究者に見せていただきました。見たい?

こんなものです。

サンマの耳石。1匹から2つしか採れません。

さて、8月の終わりごろから道東で獲れはじめる脂ののったサンマ、美味しいですよね。
ただ残念ながら漁場が南に移ると「脂がのっていない」とサンマを見下す人がいます。

でも、どうなんでしょう。秋の深まりとともに、だんだんサンマの脂が抜け、
逆に旨味が増していく。味の変化も、季節を感じる楽しみのひとつなんですけどね。
例えばサンマの酢締めは、脂がほどよく落ちた方が、美味しく作れると料理人はいいます。
紀伊半島の熊野灘あたりまで来るとすっかり脂が落ちて、塩焼きには向かなくなりますが、
そういうサンマだからこそ紀南地方名物サンマ寿司が生まれたわけです。

それから伊豆半島や紀伊半島の冬の名物、サンマの丸干し。
これはうま味成分の塊で最高の酒の肴です。伊豆半島や紀伊半島では、
春先に北へ向かうサンマの幼魚(ハリコ)も丸干しにして食べます。

ハリコと呼ばれるサンマの幼魚。身肉はないけど、しっかりサンマテイスト。

余談ですが、ヨットで旅をすると房総半島、伊豆半島、紀伊半島の港には共通点が多く、
黒潮文化圏的なものを感じます。

今では全国で当たり前に食べられているサンマの刺身ですが、
生食がブレイクしたのは十数年前のこと。
それまでは、サンマ離れが進み消費量がどんどん減っていました。

ところが、生食が大ヒットして、今ではどこの居酒屋でもサンマ祭り。
スーパーでも普通にサンマ刺しが並ぶようになりました。
特に東日本に比べるとサンマを食べる習慣があまりなかった大阪でも
消費量が伸びているのは刺身の影響が大きいそうです。
この10年で冷却技術や輸送手段に格段の進歩があったわけでもなく、
ただただ生で食べる美味しさが広まったからというのが、ちょっと不思議です。
個人的には回転寿司が生食サンマの普及に
かなり貢献しているのではないかとニラんでいるのですが、どうでしょう。

ちなみに北海道や三陸の水揚げ港では、サンマの刺身は醤油+一味唐辛子で食べます。
まだという方、ぜひこの秋に一度試してみてください。

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