新潟県の魚沼といったら、真っ先に思い出すのはお米、魚沼コシヒカリ。
お米の中でもトップブランドである。
実際に魚沼地方を訪ねると、まわりは見渡す限り果てしなく田んぼで、
秋には豊かな実りの姿を見せる。一面が黄金の絨毯だ。
しかし、そのほんの数か月後には、あっという間に真っ白な銀世界が広がる。
魚沼はまた、日本有数の豪雪地帯なのである。
魚沼に住む人たちは、厳しい雪の中での生活に日々向き合って生きてきた。

雪室館内にある試飲コーナーでは八海山がつくる日本酒や焼酎が試飲できる。
八海醸造は大正11年に創業した、比較的若い日本酒の会社である。
八海山、というお酒の銘柄を知っている人は多いだろう。
「とにかくいい酒を」と品質を徹底的に見極め、
素材や手間、設備などに惜しみない努力を注いできた。
麹造りや櫂入れ(もろみなどをかき混ぜる作業)はすべて人の手で行う、
というこだわりを貫きつつも、決して手に入りにくい希少なお酒ではなく、
いい酒を日常的に楽しめるよう、供給体制にも力を入れている。
毎年1月には、杜氏・蔵人が一丸となって「特別な酒」を造る。
酒造りに最も適した一番寒い季節に、最高の素材を惜しみなく使い、
最良の人材によって全身全霊を酒に注ぎ込む。
八海山の志を象徴するような、最高峰の酒である。
こちらは少量しか造れない希少な酒のため、一般には出回らないが、
そのときに体験した技術と味わいは、社員全員の心に刻み込まれる。
この「特別な酒」造りが、すべての酒への心構えとなり、
品質目標となって、常に高い志へと導いている。

麹造りの作業。重労働だが全量人の手で行われる。
雪の多い魚沼地方は空気が澄み、清冽な水をたたえ、
お酒造りには適した地である。
雪は空気中の雑菌を包み込み、地面に落としてくれるそうで、
たくさん雪が降ると杜氏の機嫌がいい、と魚沼の蔵人たちは言う。
冬には3メートル、4メートルとどんどん雪が積もる厳しい暮らしの中で、
雪に感謝し、雪のいいところを活用して、雪と共に生きている。
八海醸造の先代社長夫人である南雲 仁(なぐもあい)さんは、
雪の少ない沿岸部より、結婚をきっかけにこの地へやってきた。
最初の頃は、雪深くて何もないこの場所がいやだったそうだが、
あるとき、この地に住む高齢のおばあさまの言った言葉にはっとさせられたという。
「冬になると、雪のお布団が畑をゆっくり眠らせてくれる、とおっしゃったんです。
魚沼の人の心の豊かさ、文化度の高さに圧倒されました」
冬がとても寒く、雪深いことは、決して悪いことばかりじゃない。
海から離れた山奥深く、寒さの厳しい地域だからこそ、
豊かに育った郷土の文化がある、と気づいた。

「そば屋長森」で出される季節のお漬物。魚沼には冬を豊かに暮らすために様々な保存食がある。
冬の真っ白な世界から、雪が溶けると草花は一斉に芽吹き、鮮やかな春が訪れる。
夏の気温の寒暖差によって、野菜や果物は一層甘みを増す。
乾燥、塩漬け、発酵など、冬を少しでも心地よく過ごすために保存食が工夫される。
四季折々、自然と寄り添いながら暮らすことの素晴らしさ。
酒蔵を訪ねてきたお客さんに、仁さんは、
この土地ならではの郷土料理を惜しみなく振る舞ってもてなした。
自然に対する感謝の気持ちを料理で表現したという。
現在、仁さんの想いは、八海山の厨房を取り仕切る
関 由子さんに引き継がれている。
生まれも育ちも生粋の魚沼人で、料理が大好き。
みんなから慕われるお母さんである。
春になれば、近くの山までひょいひょいと気軽に山菜採りに出かけ、
滋味深い郷土料理を、ささっと振る舞ってくれる。
(お酒にも、もちろんよく合う!)
地元の素材を丁寧に扱い、手間暇を惜しまず、
でも決して凝ったものというのではなく、素朴で気どらない、安心感のある家庭料理。
それがずらりと並んだテーブルには、誰もが目を輝かす。
その土地のものを、その土地らしくいただくことが、一番のごちそうなのだ。
魚沼という地の、雪国独特の豊かで安らぎのある、素顔のままの文化を、
少しでも多くの人に伝えたい。
ここを訪ねてくれた人たちに、この土地らしいおもてなしをしたい。
そんな想いがベースとなって、「魚沼の里」は誕生した。
さらに、塩漬けや発酵など、保存食を中心とした、
寒く厳しい冬を豊かに過ごすための先人の知恵や工夫による
この土地ならではの味わい深い食文化を紹介したい、との想いから
魚沼地方の伝統食や厳選した食材、発酵食品を揃えた
八海山独自のブランド「千年こうじや」も生まれた。

左:先代社長夫人・南雲 仁さん、右:八海山の厨房担当、関 由子さん。
魚沼の里は、1日いても楽しめてしまうスポットだ。
広大な敷地内には、清酒八海山を仕込む酒蔵(こちらは見学不可)があるほか、
そば屋長森、うどん屋武火文火、菓子処さとや、つつみや八蔵、
そして雪室など、さまざまな施設が点在している。
雪室に併設する館内には、日本酒の試飲コーナー、焼酎貯蔵庫、カフェや売店、
キッチン用品を中心とした雑貨店なども入っている。

魚沼の里より、雪室の外観。
背後には八海山をはじめとする山々が悠然とそびえ、
青々と緑の眩しい森と、穏やかな田園風景を眺めているだけでも気持ちがいい。
古民家を移築し改修した趣ある店、「そば屋長森」を訪れてみると、
蕎麦はもちろん種類も豊富に楽しめるのだが、
それと一緒にちょっとつまめるおかずとして、
ニシンの山椒漬け、巾着なすのお漬物、神楽南蛮の辛い調味料、
やたら漬けなどなど、雪国伝統の季節の郷土料理がメニューに並んでいる。
一口かじるとほっと顔がほころぶようなやさしい味がして、
素朴なおもてなしの心を感じる。

「そば屋 長森」のメニュー。
2013年の夏にできた「雪室」は、雪の力を最大限に利用した施設である。
1000トンの雪を収容できる貯蔵庫で、
電気の力は一切使っていない、天然の冷蔵庫である。
冬に建物内に集められた大量の雪は、夏になっても
1日バケツ数杯分くらいしか溶けないのだそうだ。
雪室の中に実際に入ってみると、
倉庫のような大きな部屋に、山のように雪が積まれていた。
雪がただそこにあるだけだというのに、本当にひんやりと冷たく、
寒くてとても長時間は中にいられない。

雪室内のショップスペース。
一年中、常時だいだい4℃前後に保たれているのだそうだ。
雪室は、当日予約すれば誰でも見学することができる。
「この土地の一番の特徴といえば、やはり雪なんです。
雪ならいくらでもあるので、その自然を生かした施設をつくりました」
と八海山広報の勝又沙智子さん。
勝又さんもまた、生まれも育ちもこの近くのまちだとか。
一旦東京へは出たものの、やっぱり地元が好きだからと故郷へ戻ってきたという。
建物内を案内し、説明してくれた言葉の端々にも、
この土地への愛情がひしひしと感じられた。
地域の魅力を独自の視点で発信する
「南魚沼市女子力観光プロモーションチーム」という団体にも所属し、
さまざまな活動をしているそうだ。

八海山広報を務める勝又沙智子さん。
さて話を戻すが、雪室では日本酒を最長5年間貯蔵するほか、
空きスペースで野菜なども貯蔵している。
冷気を別室へ送って、お菓子やコーヒー、肉の熟成などにも利用している。
併設されたショップでは、雪の力を活用した食品などが販売されていた。
低温多湿な環境が、野菜のデンプンを糖に変え、甘みが増すそうで、
試しにジャガイモを買って、家で調理して食べてみたところ、
甘みがぎゅっと濃く、ほっくりとした、おいしいジャガイモになっていた。
肉はアミノ酸成分が増えて旨みが増し、
お酒やコーヒーも深みが出てまろやかな味わいになるという。
電気を使わないエコロジーなシステムであるばかりでなく、
保存する食品によい影響をもたらしてくれるのだから、
自然の力には感謝するばかりである。

「つつみや八蔵」の店内の様子。
2014年には、さらに新しい店「つつみや八蔵」も完成した。
日本古来の贈り物の習わしである折形の礼法に沿った包みや、
四季折々のさまざまなラッピング用品を扱う。
ここで開発されたオリジナルの熨斗には、
魚沼の誇り、そして酒蔵の象徴でもある稲の穂があしらわれており、
この土地への限りない感謝の気持ちが、ここにも表れている。
魚沼の里は、今後もまだまだ新しい計画があるらしい。
雪、発酵、保存食……伝えたいことはたくさんある。
魚沼の魅力をさらに発信すべく、進化を続けている。