とことん静岡県産にこだわった〈静岡こだわり野菜ピクルス〉が
2016年8月16日(火)発売開始です。
静岡産のトマトベリー、ビーツ、ミニチンゲン菜、きくらげの4種類。
価格はいずれも350円(税抜)です。

このピクルス、どれくらい静岡産にこだわっているのかというと、
野菜はもちろん、調味料まですべて静岡でつくられたものなんです。


トマトベリーとミニチンゲン菜は牧之原の〈枝村農園〉、
ビーツは袋井の〈滝浪農園〉、
きくらげは静岡市の〈自然の力農園〉で採れたもの。
熊本市中央区にある繁華街、〈上通(かみとおり)〉。
個人店からチェーン店まで、さまざまなお店が並ぶこの通りは、
平日・休日問わず、老若男女が行き交うにぎやかな場所です。
そんな熊本のメインストリートで、
1956年(昭和31年)のオープンから愛されてきたおやつがあります。
その名は〈蜂楽饅頭(ほうらく饅頭)〉。
お土産や手土産としても重宝されるご当地おやつです。

写真を見てもおわかりのとおり、
いわゆる〈今川焼き〉と呼ばれている形状の饅頭ですが、
特徴は、生地にたっぷりと国産純粋蜂蜜を使用し、
黒あんと白あん(値段は各100円・税込)の2種類があること。
ほどよく塩気がきいた餡と、もっちりとしつつも
香ばしい皮がマッチして、クセになるおいしさです。

〈蜂楽饅頭〉は、熊本本店がオープンする1年前の1955年(昭和30年)に水俣市で創業。
初代社長が養蜂業を営んでいたため、
「何か蜂蜜を使った商品を」と考えた末に生まれたのだそう。
現在では、熊本県のほか、福岡県、宮崎県、鹿児島県にも販売店があり、
その輪が広がっています。
創業時から続く素材と製法へのこだわりがおいしさの秘密。
餡子の材料となる小豆と大手亡豆は、北海道の十勝平野で育ったものを厳選し、
餡子作りの時間を短縮するために用いる増粘材や
日持ちさせるための保存料などは一切使っていません。
そして、もうひとつ。
饅頭とならんで、たくさんのファンをもつ夏季限定メニューがあります。それがかき氷。
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
山梨でコロカルが向かったのは、富士山の麓に広がる高原都市、富士吉田。
富士吉田は、江戸の頃から富士山の登山者を迎え入れてきたまち。
今回訪ねたゲストハウス〈hostel&salon SARUYA(ホステルアンドサロンサルヤ)〉は
富士山駅から富士の裾野のなだらかな坂道を下っていったところにある、
下吉田・月江寺地区にあります。

SARUYAのある通り。晴れの日は、道の向こうに富士山がそびえ立つ。
カラフルなシェードに彩られた、レトロなお店が建ち並ぶアーケード。
昭和の華やかなりし頃を思わせますが、シャッターが降りている店も少なくありません。
SARUYAは、そのアーケードのまん中にありました。

オープンは2015年7月。
周辺にはホテルも観光スポットも数えるほどしかありませんが、
SARUYAにはオープン当初からお客さんが出入りし、にぎわい続けているといいます。
今回お話をうかがったのは、
千葉県出身の赤松智志さん(元共同代表)と、静岡県出身の八木毅さん。
ふたりは、まったく別の理由でこのまちにやって来ました。

左がSARUYAの元共同代表の赤松智志さん、右が代表の八木毅さん。真ん中が立ち上げ当初のスタッフのひとり、エレナさん。
赤松さんは、慶應義塾大学総合政策学部在学時に
まちおこしをテーマにしたプロジェクトの一環で富士吉田を訪れ、
「ここにはたくさんの魅力が眠っている」と思い、
3年前に「地域おこし協力隊」として移り住んできました。
一方、フランスの美術大学を卒業後、東京でデザイナーとして働いていた八木さんは
地域活性化事業などに関わる〈富士吉田みんなの貯金箱財団〉の
プロジェクト〈cinolab(シーノラボ)〉の立ち上げ時に声をかけられ、
2年前に移住してきました。

赤松さんは移り住んで間もなく、空き家再生プロジェクトに取り組み始めました。
「まちの人たちに話を聞いたときに、
空き家というものがネガティブな存在でしかなかったんですね。
それで、まずは空き家を直して使っていくことが
まちを変えるきっかけになるということを皆さんに知ってもらうためのモデルとして
1軒の長屋を直していくことから始めたんです」(赤松さん)
そのときに手がけた物件が、SARUYAの裏にある〈ハモニカ横丁〉。
SARUYAの裏口を出て雑草の茂る砂利道を歩いていくと、
すぐそこにかつては飲み屋がひしめき合っていた小さな横丁があります。

SARUYAの路地裏を歩くと、トタン壁やモルタル造りの建物、築100年を超える木造家屋などを見つけ、初めて来た場所なのに懐かしい気持ちに。


ハモニカ横丁は、その道に建つ長屋の一角にありました。
建物のリノベーションは、赤松さんが協力者を集め、
大工さんの手も借りながら、すべて自分たちの手で手がけました。
「地域おこし協力隊の仕事は、
いかに地域をミックスして凝り固まったところを揉みほぐすか、
いかにいろんなところに顔を出して、地元の人や外の人と一緒に何かできるか、
というところにかかっているんですよね。
ハモニカ横丁をつくるときに、市役所から織物の会社に勤める人まで、
とにかくいろんな人たちに手伝ってもらって、
吉田じゅうの人たちとつながることができました。
ハモニカ横丁ができた当初は若い人たちが集まる場としても使っていたので、
あちこちから『あそこができてから人の流れが変わったよね』とか
『うちの空き家も使ってくれない?』
という声が寄せられるようになりました」(赤松さん)

ハモニカ横丁の入り口。現在は移住してきた人が一時的に滞在するスペースとして活用されています。
福井県の代表的な銘菓、羽二重餅(はぶたえもち)。
全国にも名を知られた、きめの細かい餅菓子です。
この羽二重餅をつくる老舗和菓子店〈松岡軒〉がこの夏、
東京・銀座の〈東急プラザ銀座〉に上陸。
2016年9月中旬までの期間限定で、
屋上テラス併設の櫻ノ茶屋にて松岡軒プロデュースの
名物“手かき氷”を味わうことができるんです!

松岡軒 羽二重餅
今回は、羽二重餅をトッピングした〈羽二重餅宇治しるこ〉と、
スタンダードな〈いちごミルク〉の2種類をご用意。
松岡軒に昔から通う、通のお客さんに人気の“しるこ”は、
松岡軒のオリジナル。こしあんのさらっとした口どけと、
抹茶をたて上からかけた宇治のハーモニーで、
深い渋味と薫りを味わうことができます。
羽二重宇治しるこは1,000円、
いちごミルクは900円(いずれも税込)です。

いちごミルク 900円(税込)
こちらのかき氷は、注文を受けてから
一椀ずつカンナで削る、手かきの氷。
機械でつくったかき氷とは違い、
一つ一つの粒がとても大きいのが特徴で、
ザクザク・ガリガリとした歯ごたえと、
いつまでもしっかりとした氷の味が楽しめます。
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
美し国・三重でコロカルが向かったのは梶賀。
伊勢海老やアワビ、牡蠣、フグといった海の幸に恵まれた三重は漁業も盛ん。
なかでも尾鷲や熊野といった東紀州エリアには、小さな港町が連なります。
尾鷲市の最南端に位置する梶賀(かじか)もそんな港町のひとつ。

リアス式海岸の入江のひとつ、梶賀。海は驚くほど澄んでいます。
港町にはそれぞれ独自の漁や漁師文化があって、
「あぶり」は梶賀だけに伝わる郷土の味。
早朝、市場にあがった魚をサクラやカシの木でじっくり、
焼くのではなくて炙って燻製にしながら仕上げます。
冷蔵庫がない時代の保存食としてつくり始められたといわれ、
100年以上前から受け継がれてきたもの。
春はサバゴと呼ばれる小サバ、夏はイサキ、秋は小カツオなど、
市場では流通しない、その時々の小魚が原料となります。

体長10センチほどの小さなサバは、骨ごと食べることができます。
訪ねたのはいまもあぶりを専門に行うふたりのうちのおひとり、濱中倫代さんです。
港のすぐ目の前が濱中さんの作業場。
近づくと食欲をそそられる燻製の香りがあたりに漂います。

サクラの薪を使って燻すため、半分は外のような作業場に。
妹さんや小学校からの友だちにも手伝ってもらいながらつくるあぶり。
現在、濱中さんがつくるのは4~6月頃にとれる小サバが中心とのこと。
なによりも鮮度が大切と、作業は早朝から始まります。
頭とはらわたを丁寧に取り、真水で洗ったら塩をして、
しばらく置いたあと、もう一度洗って特別に仕立てた竹串に刺します。
平たくて薄い30センチほどの竹串は、
いまは亡きご主人が考えてつくったものといいます。
「大きさを揃えてきれいに並べるのが、なかなか難しい。
刺し方にもコツがあってね」と濱中さん。
串先から根元へ、少しずつ大きくなってゆく様子が美しい小サバの串。
専用のコンロにのせたら、サクラの木を使って燻すように焼き上げます。
話しながらも濱中さんは串から目を離すことはなく、串を返しながら、
仕上がり具合を確かめてゆく手が休まることはありません。

豊かな山の水も、あぶりには欠かせません。

串に刺した小サバ。熟練の技が光ります。


薪の加減を見ながら、串を置く場所を変えてゆく濱中さん。
世界自然遺産である、知床のオホーツク海。
夏の雄大なオホーツク海を一望できる海鮮レストラン
〈知床海岸食堂〉が北海道斜里郡斜里町にグランドオープンしました。

〈知床海岸食堂〉で提供されるのは、ウトロ港で揚がる
オホーツクの新鮮で安心安全な魚介グルメ。


知床炉端焼きメニュー(例)
道産牛やタラバガニ、天然帆立などををメインにした炉端焼きや、
いくらたっぷりの〈いくら丼〉など。
北海道・知床ならではの味覚と
ボリュームたっぷりのメニューがそろっています。
海を眺めながらの新鮮な魚介類の炉端焼き、気持ちよく楽しめそうです。

たっぷり肉厚の地元産帆立


熊丼
さらには〈熊丼〉1,800円という、
北海道ならではの変わり種のメニューも並びます。

こちらがお店を切り盛りするスタッフのみなさん。
すてきな景色と美味しい料理がいっぺんに楽しめる、
かなり気になるお店です。
information
知床海岸食堂
住所:斜里郡斜里町ウトロ東361
TEL:0152-24-2752
営業時間:ランチ 11:30~14:30 ディナー 18:00~21:00
営業日:2016年10月17日(月)まで(日程期間は無休)
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
徳島でコロカルが向かったのは、秘境と呼ばれる大歩危(おおぼけ)・祖谷(いや)地方。
日本三大秘境のひとつに数えられる祖谷地域。
ここに、徳島のおもてなし文化を凝縮した料理があるのだとか。
その名も「ひらら焼き」。食べたらほっぺが落ちてしまう!
そんなことを聞いたら、いてもたってもいられません。
徳島市から約2時間。
くねくねと続く細い国道を、奥に奥にずんずん車を走らせます。
下を見るとごうごうと流れる吉野川、上を見ると日本百名山・剣山系から
もくもくと雲が生まれているのが見えます。
窓を開けると、高地ならではの冷たい空気が肺を心地よく満たしてくれます。
大歩危駅に到着した私たちを迎えてくれたのは、
大歩危駅活性化協議会と三好市地域おこし協力隊のみなさん。

手づくり感があたたかい〈歩危マート〉。

石臼で挽きたてのお茶でおもてなししてくれました。
到着して早々、「よし、石切りに行くで!」
石を切る? どういうことでしょう。
頭に???を浮かべたまま、みなさんの車に続いて、さらに山奥へずんずん。
車から降りて、藪をかき分け山に入って、到着したのは豊かな水量の清らかな沢。
あれ? ひらら焼きは河原でやると聞いていたのですが……。

ひんやりとした空気が肌に心地よい、美しい沢。大きな石がごろごろしています。
「そうよー、まずは材料集め! ひらら焼きにはこれが必要なんよ」
そういって大歩危駅活性化協議会代表の山口頼明さんが拾い起こしたのは、
重さ40キロにもなろうかという大きな大きな石。
「ひらら焼きは、平たい石を鉄板に見立ててつくる料理。
河原にはぴったりの石があんまりないからね、ここで集めるよ」
そう、ひらら焼きの「ひらら」とは、平たい大きな石のことだったのです。

重い石を、道具を使ってひょいっと拾い上げます。

ひらら石を平らにするために、でこぼこな部分をトンカチとツルハシで割り落とします。

切り出した石は「おい台」で運びます。昔は車もなく、道も舗装されていなかったため、運搬手段といえばこのおい台でした。
ひらら石を景色抜群の河原に運んだら、いよいよひらら焼きの調理にとりかかります。
台をつくったら、その上にどーんとひらら石をセット。
薪をたいて、下からひらら石を熱します。
目安は、水滴を落としたらすぐにじゅっと蒸発するくらい。
今回のひらら石は大きいので、2時間ほど熱します。
「鉄板でもできるけど、ひららで焼くのとでは全然違うよ。
石の間から何か成分が出てくるんじゃあないかって思うくらい、
ひらら石で焼くのはおいしい。ほっぺたが落ちてしまうよう」とのこと。
待っている間のわくわくが、空腹を加速させます。


砂地の上に、台となるブロックと、薪をセット。薪も山から切り出してきたものです。この上にひらら石を置いて火をつけます。
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
山形でコロカルが向かったのは、山形市の〈OUTDOOR SHOP DECEMBER〉。
山形駅から車で約20分ほどの場所に位置する
菊地大二郎さんと妻の恵里さんによる〈OUTDOOR SHOP DECEMBER〉
(以下、DECEMBER)には、大二郎さんの「好き」「かっこいい」といった
真っ直ぐな気持ちでセレクトされたアウトドアグッズに加え、
DECEMBERオリジナル帆布の商品が並んでいます。
それらは、すべて恵理さんの手づくり。
自分たちの欲しかった紺やカーキ色をセレクトしたり、
キャンプにあったら便利なアイテムを製作しています。

帆布のオリジナルブランド〈DAIS〉や〈CUCUCHI〉に加え、アンティークのアイテムをセレクト。この日も東京から仲のいいお客さんが訪ねてきました。

CUCUCHIはバッグにエプロン、タープなど、帆布で製作するアイテムを中心にラインアップ。併設するアトリエでパターンの製作から縫製、仕上げまでを行っています。
そしてもうひとつ、DECEMBERを語るうえで欠かせないのが、
「小学生の頃から子どもだけでキャンプをしていた」という
生粋のアウトドア好きである大二郎さんのアテンドのもと、
山形の自然に触れられるアウトドアツアー。
実は、山形にはアウトドアを満喫できる穴場がたくさんあるのだそう。
春から夏にかけて、カヌーに始まり、キャンプにハイキング、沢遊び、
冬はスノートレッキングにジップフィー(アメリカ発のソリ)など、
道具を持っていない初心者も安心して楽しむことができます。

DECEMBER店主の菊地大二郎さんと恵里さん。扉の奥は、恵理さんのアトリエ。
今回は、山形市から車で20~30分のところで、
気持ちよく晴れ渡った日にぴったりのカヌーとキャンプ体験をさせてもらうことに!
この日、カヌー体験ツアーにやって来たのは、
山で囲まれ、水辺には柳や薄荷が自生している場所です。

カヌー体験は春から夏にかけての暖かいシーズンのみ。ここは冬になると氷になり、渡り鳥たちが群れをなしてやってくるそう。
ライフジャケットを身につければ、準備完了。
「ポイントは、利き手でパドルを漕いだあとに手首をキュッと返し、
反対側のオールが風の抵抗を受けないようにすること。
右に進むには左のパドルを、左に進むには右のパドルを漕いでください」
と教えてもらったものの、頭ではわかっていても体が思うように動かず
歯がゆい思いをすることに。
それでも、きれいなフォームでスムーズに進んでゆく
大二郎さんと恵里さんの真似をしているうちに、
ちょっとずつ上達していくのがわかります。
「あそこに行きたい!」と思ったところを目指して、水をリズミカルに漕ぎ、
風を受けながら進んでいく、その気持ちいいこと!
パドルの先を水辺に浮かべて、ひと休みしていると、
魚がはねる「チャポンッ」という音が聞こえてきます。



「皆さん、カヌーに乗るきっかけがなかなかないと言いますが、
機会があれば絶対に乗ってみたほうがいいですよ」
ハマる、ハマらないは人それぞれ。船にまつわる遊びがたくさんあるなかで
「これだけ体ひとつに近いものってカヌーだけ」だと言い切ります。


「カヌーの魅力は、やっぱり水との一体感。
今日は2人乗りのタイプですけど、1人乗りタイプだと
水の上に座っているような、なんとも言えない感覚を味わえるんですよ。
僕は初めてカヌーに乗ったのが30歳のときなんですけど、
その独特な感覚にゲラゲラ笑っちゃいましたもん(笑)。
『あぁ、なんでもっと早くに始めなかったんだ』って」
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
宮崎でコロカルが向かったのは、自然があふれる美郷町。
南国・宮崎! なイメージとはほど遠い、
ここはかなり山深い美郷町渡川(どがわ)地区。
宮崎、大分、熊本、どのまちからも
それなりに時間がかかる秘境感たっぷりのエリアです。
ここにある兄弟がいました。兄の今西 正さん、弟の猛さんの今西ブラザーズ。
ふたりは渡川生まれで、山師としては〈今西林業〉、
そして自分たちで育てたしいたけや地域の食材などを販売する
〈渡川山村商店〉を営んでいます。

お揃いの今西林業ヤッケでキメ。
渡川では中学を卒業すると近くに高校がないので、
必然的に宮崎市などに出ることになります。
その後、ふたりとも福岡で働き、弟の猛さんは10年前に、
兄の正さんは昨年、渡川に戻ってきました。
「都会の福岡で働いていると、自分が生まれ育った渡川が
とてもいい場所だったんだなという感情が湧いてきたんです。
親父がずっと林業をしていて、誰も継がないで終わってしまうのも寂しいし、
もったいないと思ったので、林業を継ごうと思って渡川に戻ってきました」
という猛さん。
一方、兄の正さんは、名刺に「Uターン山師」と書いてあります。
20年近く福岡にいて、昨年Uターンしました。
「僕はずっと洋服関係で働いていました。年を追うごとに、
同郷の仲間が渡川に戻っていろいろな活動をし始めたりしていて。
そういった動きをみていると、自分も何かやりたいという気持ちになってきましたね。
弟は10年前に戻ってきて、林業だけで手一杯。
どちらにしろ、僕が戻ってきても山師としてすぐ役に立つわけではないので、
都会に長くいたからこその視点を生かしていきたいと思っています」

山師歴10年以上の猛さん。枝打ちなど余裕綽々。

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
高知でコロカルが向かったのは、土佐備長炭の郷、室戸。
四国の最東端。台風銀座としても知られる室戸市。
実は、本州、四国、九州の中で一番人口の少ない市でもあります。
そんな室戸市で、伝統産業である備長炭の生産を担っている
若手集団がいると聞いてやってきました。
高知市から2時間。ひたすら海岸線を走ります。
まるで海と陸の境界線を走っているかのよう。
車を止めれば聞こえてくる波の音に、心穏やかになります。


吉良川のまち並み。室戸市は珍しい地質や文化、住民の活動が評価されて、ユネスコ世界ジオパークに認定されています。
やってきたのは室戸市の吉良川町。
京都を思わせる歴史的なまち並みを背にして、川沿いに山奥へと車を走らせます。
見えてきたのは、緑の中にぽつんと立つ小屋。
そこから白い煙があがっているのが見えます。
車を降りると小屋のまわりには、切り倒した直後の大量の生木。
小屋に入ると、隙間から入り込むふんわりとした光が積もった灰を照らしています。
絵本の中に迷い込んだような幻想的な空気に、思わずはっと息を呑みます。

山の奥にぽつんとある炭焼き小屋。周りには民家もなく、鳥の鳴き声と川の音が聞こえます。

小屋の周りに積み上げられた原木。

小屋の中の様子。
迎えてくれたのは黒岩辰徳(たつのり)さん。
10年前、地元である吉良川町で土佐備長炭の窯元〈炭玄〉を立ち上げました。
「高校を卒業するまで、何もない地元が嫌で早く出たかった。
卒業して市外に出たんだけど、道を歩いているおばあちゃんも、
声をかけてくれる周りの人も、全部当たり前じゃなかったんだなあと気づいた。
外に出て初めて地元のよさに気づいて、それで室戸に戻って来たんだよ」
しかし、Uターンして黒岩さんが見たのは、なかなか厳しい室戸の現実でした。
「室戸を好きな人はいっぱいいる。室戸で働きたいと思っている人もいっぱいる。
でも室戸にいたくても仕事がないから、みんな市外に出て行く。
地元に雇用を生み出さないといけないと思ったよ」

〈炭玄〉代表の黒岩辰徳さん。
室戸に雇用を生む産業は何か。
悶々と悩む黒岩さんが、ある日出会ったのが、とある新聞記事でした。
当時の備長炭シェアの8割が安価な中国産。
しかし、森林保護のために、中国が備長炭の輸出を制限するというのです。
吉良川はもともと備長炭で繁栄を成した地域でした。
必ず国産の備長炭に需要が戻ってくる、吉良川で雇用が生み出せる。
そう確信した黒岩さんは、生まれて初めて、炭焼きの世界に足を踏み入れました。

福島県いわき市で創業63年、さばく魚は1日1万枚以上!
特大サイズのアジや縞ホッケなど、ハイクオリティな
“ブランド干物”を手掛ける〈伴助〉のフラッグショップ
〈銀座伴助〉が、2016年8月25日(木)、銀座3丁目にオープンします。

お店の1階では、伴助ブランドの干物を展示・販売。
2階は飲食スペースになっており、
一般には販売していない最高級プレミアム干物を味わうこともできます。
脂ののった縞ホッケなどの定番ものから、
穴子やトラウトサーモン、のどくろなどもラインナップ。

〈特大穴子たまり醤油漬け〉3800円

ランチセット〈のどくろ開き定食〉2980円
また銀座という土地柄、小骨が苦手な外国人の方のために、
あらかじめ骨を取り除いたインバウンド向けの定食〈GINZA HIMONO Set〉も
用意されているのもユニークです。
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
長崎でコロカルが向かったのは、五島列島の北部にある離島、小値賀島。
ここ日本には6852もの島があると言われています。
本土が5島、そのほかの離島が6847島。
では、日本で一番、島の数が多い都道府県はどこか。
答えは九州の西に位置する長崎県です。
同県には壱岐や対馬、五島列島など、大小合わせて実に 971もの島があります。

朝の港の風景。のどかでスローな時間が流れています。
そんな長崎の島で注目を集めているのが、長崎県の佐世保港、
もしくは福岡県の博多港からアクセスできる〈小値賀島(おぢかじま)〉です。
佐世保から海上を西に約60キロいった東シナ海に浮かぶこの島は、
五島列島の北端にある大小17の島々からなる小値賀町の島のひとつ。
海や山といった雄大な自然が手つかずの状態で残っていて、
まさにこの場所が「日本の原風景だ」と称されています。
この島を一躍有名にしたのが、民泊、そして古民家での宿泊です。
暮らすように過ごすスタイルが多くの人に支持され、リピーターが年々増えています。
今回の取材でも料理がおいしいことで知られる〈民宿 千代〉に滞在し、
地魚をとことん堪能しました。


思わず足を止め、カメラのシャッターを切りたくなる風景が島にはたくさん存在します。
四方を海に囲まれた小値賀島では豊富な海の幸はもちろん、
なだらかな地形を利用して稲作が営まれてきたほか、
さまざまな作物が栽培されてきました。
古くから、島民たちは代々受け継がれてきた漁業や農業を守りつつ、
自給自足中心の生活を送ってきたそうです。


水揚げされた鮮魚が港に運び込まれていました。
小値賀島には独自の文化が根づいています。
都会暮らしの人にとっては想像もできないかもしれませんが、
この島には「おすそわけ」という文化があるんです。
一般的な「おすそわけ」は余った食べ物を分けますが、
この島では一番おいしい状態のものを分かち合うのです。
例えば、漁師がその時期に一番おいしい魚をとってきたなら、
それをご近所の農家に「おすそわけ」します。
逆に、農家が漁師に旬のおいしい野菜や果物を同じように「おすそわけ」する
という具合に、自然の恵みにともに感謝し、一緒に楽しむのです。

〈小値賀町担い手公社〉の松山洋久さん。島内の移動はもっぱらバイク。島の魅力に惹かれ、福岡から移住して1年が経ちました。
そんなすてきな「おすそわけ」を特産品として島外へPRしているのが
〈小値賀町担い手公社〉です。
その根底には、島の外の人々にもおすそわけを体験してもらい、
小値賀のファンを増やしていきたいという思いがあります。
「漁業も農業も島の人口減少によって
産業自体を支えていくのが困難な状況になっています。
小さな島からのおすそわけとして、
島の名産品・特産品が島外でも売れるようになれば、
生活の基盤となる産業の担い手を呼び込み、呼び戻すことができると考えました。
その橋渡し役が僕たちの仕事です」と言うのが同社の松山洋久さんです。
松山さんは、選りすぐりの島の産物をインターネット通販で販売し、
その販路を広げるために奔走しています。そんな松山さんに特別に案内してもらい、
島の逸品がつくられている現場を巡ってみました。

松永光則さん・静江さんご夫妻。几帳面なご主人とざっくばらんな奥さんのふたりでかまぼこづくりに励んでいます。
まず訪れたのが民泊も営む松永静江さんのお宅。
現在、小値賀に数軒しか残っていないかまぼこ屋のひとつで、
元漁師のご主人・光則さんとともに2009年からかまぼこを製造・販売しています。
「小値賀では昔からアジを使ってかまぼこをつくっていたんよ。
だからうちもアジしか使わんの」

生のアジしか使わないのが〈しいちゃんかまぼこ〉のルール。
そう言っている間も静江さんの手は止まることなく、アジを手でさばいていきます。
頭や内臓を取り除くのも、3枚におろすのも、すべて手ひとつ。
静江さんによれば包丁を使うよりも断然こちらのほうが早いそう。

驚くほどのスピードでアジがさばかれていきます。
3枚におろしたアジはすぐに氷で冷やします。
光則さんは「手の熱が伝わって身が緩むやろうが。
それを防ぐために間髪入れずに冷やすようにしとるのよ」と教えてくれました。

手際のよさに熟練の技を感じました。
3枚におろしたアジの身はスプーンでこそぎ、それをミンチに。
塩や砂糖、かたくり粉などによって味つけし、しっかり練ったあと、
藁すぼの代わりにストローでぐるりと巻いて蒸しあげます。
こうして完成するのが〈しいちゃんかまぼこ〉です。

昔ながらのかまどでかまぼこを茹でていきます。
完成したかまぼこは驚くほど、食感がプリプリ。
味つけはやさしく、生臭さもなく、アジそのものの風味がしっかり生きています。
こんなに“魚感”が伝わってくるかまぼこは初めて食べました。

「丸かじりが一番おいしかね。バターで炒めたり、
ゴマしょうゆにつけたりしてもいいし、混ぜご飯に入れてもダシがしっかり出るんよ」
とオススメの味わい方を教えてくれた静江さん。
夏場はアジがとれない場合があり、その際は製造もお休み。
まさにアジありきのかまぼこです。
「できたての熱々はふんわりした食感で、
これもまた本当においしいよ。食べに来て」と静江さんは見送ってくれました。

しいちゃんかまぼこはネットショップで1本540円で販売。つややかな光沢が食欲をそそります。
小値賀島には生アワビ、生サザエの直売所もあります。
〈アワビ・サザエ直売所 あわび館〉は港のすぐ近くにありました。
ここは一般の人も利用できる施設で、生アワビや生サザエのほか、
その時々の鮮魚も全国発送しています。

とてもフレンドリーな岳田政詞さん。わからないことは気軽に尋ねてみましょう。
「ここのアワビやサザエは漁師がとってくるんですよ」と言うのは、
生粋の小値賀育ちの岳田政詞さん。
直売所だけあり、サザエは1キロあたり950円という安さ。

サザエはどれも大粒でした。
アワビやサザエが特にとれる時期は夏ですが、
小値賀島ではその昔は30センチクラスのアワビがとれていたそう。
思いがけぬ大物に出合えるかもしれません。

アワビやサザエはシーズンによってはない場合もあるので、出かける前に問い合わせを。
「伝統文化を受け継ぎながら、新しいものも受け入れる」と言われる長崎の人。そんな地元の人と地元のことを語り合ってつくられたのが、この〈キリン一番搾り 長崎づくり〉です。パッケージのイメージカラーは、オレンジ。さて、その味わいは……。
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
福島でコロカルが向かったのは、いわき市の〈いわき万本桜プロジェクト〉。
10年先、30年先。それとも100年先、200年先のことになるでしょうか。
ここいわき市で、世界一の桜の風景を眺められるようになるのは。
見渡すかぎりの山々すべてが桃色に染められるのは。
その景色を見るために世界中から人々が押し寄せ、
その美しさに立ちすくみ、感嘆の溜息をもらすのは。
「ここに来てよかった」「いつかまた訪れたい」「ここが好き」と、
人々がそう思わずにはいられない場所になるのは。
やがて来るその日のために、いわきの里山に9万9千本の桜の苗木を
丁寧に丁寧に1本1本植樹していくという、途方もなく壮大な計画が進められています。
〈いわき万本桜プロジェクト〉。
僕らはその中心人物である志賀忠重さんに会いに来ました。
このプロジェクトに込めた志賀さんの想いやお話をお聞きし、
ほんのわずかでも僕らにもお手伝いをさせてもらえないかと思って。

いわき万本桜プロジェクト事務所の前に掲げられたこの絵は、30年先の未来のいわき市の姿を描いたもの。小鳥がさえずり、燃えるような桜が咲く、美しい春の到来を予言しています。
まずは、2013年に制作されたパンフレットに
『プロジェクトのはじまり』というタイトルで掲載されている
志賀さんの文章をここにそのまま引用させていただきます。
負の遺産
私たち日本人全員の意思で原発を利用し事故を起こしたために、
未来の子どもたちへ、負の遺産を残してしまうことになってしまいました。
これは永年にわたる放射能の身体への影響、
永く使えない土地、そばに行きたくない地域を残してしまうことなのです。
さらに経済的には天文学的な負債を抱えなければなりません。
このような負の遺産を残してしまうことにすごい悲しさ、
悔しさをいまさらながら感じています。
なんとかならないものなのでしょうか!
春、桜の花が満開に咲いているのを見て、20年後、30年後の子どもたちに
山一面の桜を見てもらおうと思い立ちました。
万が一、いわきに住めなくなった時でさえ、
いわきを愛していた人たちの気持ちが伝わるぐらい、
たくさんの桜を植えたいと思っています。
飛行機から見ても分かるくらい、たくさんの思いを込めた木を植えたいです。
まず近くの山から。
1人ひとりの記念樹として、1本1本に参加してくれた人の名前をつけます。
最終目標は9万9千本です。
2011年3月に発生した福島第一原子力発電所事故以降、
いわき市は「第一原発からわずか50キロの土地」と位置づけられることになります。
事故発生直後の日々、多くの市民が身を寄せた避難所には十分な物資が届けられず、
その理由はトラックの運転手が「福島原発の近くには行きたくない」からだった
という話を志賀さんは伝え聞いたそうです。
愛するふるさとが、ほんの一瞬にして「だれも近寄りたくない場所」にされてしまった、
その悔しさや悲しみや怒りは、地元の人々にとってどれほど深かったでしょう。
だからこそ、志賀さんやプロジェクトの賛同者の方たちの怒りと願いの行き着く先は
「この土地を、みんなが行きたいと願う場所にすること」なのです。

植樹の目標数が「9万9千」なのは、中国では「99」という数字が「永遠」を表すものだから。このプロジェクトの支援者である、中国出身の国際的アーティスト蔡國強さんと強い絆で結ばれ、かつては中国に学校をつくったこともあるという経歴をもつ志賀さんは、中国との縁を大切にされています。

豪快でエネルギーにあふれた笑顔と丸太のような太い腕をもつ、いわき万本桜プロジェクトの中心人物、志賀忠重さん。そのパワーと魅力に吸い寄せられるように、いわきのまちにたくさんの人が集まってきます。
もうすぐ夏本番。
ちかごろ話題の〈糖質制限ダイエット〉にも完全対応な、
こんにゃくパスタ専門店〈Salutare サルターレ〉が
名古屋市千種区にオープンしました。
ダイエットやグルテンフリー向けの食材として、
淡白なイメージのあるこんにゃく麺ですが、このお店では
トマトソースにウニの旨味が溶け込んだ〈ウニのトマトソースパスタ〉や
明太子の辛味とクリームの味が絡む〈明太クリームパスタ〉、
蟹の旨味がパスタに絡まる〈北海タラバガニと蟹味噌のアーリオオーリオ〉など、
既存のこんにゃく麺に対するイメージを覆すラインナップで登場です!

〈ボンゴレ・ビアンコ〉
こんにゃく麺とは、こんにゃくと大豆を主原料とした、
グルテンフリーの麺。
こんにゃくが水分を多く含んでいるため、
腹持ちがよく、少量でも確かな満腹感を感じられるのが特徴です。

〈サルターレ〉外観
実はこのレストランは、愛知県稲沢市で大正3年創業の
こんにゃく総合メーカー、〈ナカキ食品〉のアンテナショップ。
〈ナカキ食品〉は“こんにゃくラーメン”販売実績
日本一の会社なんです。
6年もの期間をかけ、こんにゃく独特のにおいや水っぽさがなく、
パスタソースとの絡みも抜群な、
独自の〈こんにゃくパスタ〉を開発したのだそう。
ちなみに〈ねり梅シート〉など、蒟蒻粉を使った
いろいろな商品も開発しています。
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
香川でコロカルが向かったのは、丸亀市にある〈旅ベーグル〉。
2016年2月9日、東京の下町・谷中で人気を集めていたベーグル店
〈旅ベーグル〉が、四国の香川県丸亀市に移転。
開店から4か月、すでに即日完売の人気店になったこのお店を探して、
JR丸亀駅から車を走らせることおよそ10分。
田園を眺める住宅街に、コンテナを改装してつくった小さな店舗がありました。

入り組んだ住宅街を入ると、コンテナに板を張ったキューブ形のお店が見えてきます。
訪れたのは昼の営業が始まる30分前。
小さな看板が置かれたお店の前にはオープンを待つお客さんが次々と訪れていました。

店内に並ぶ焼きたてのベーグル。全部で30種類くらいあるうち、常時8~10種類をお店に出しています。
お店の中では、焼き上がったばかりのベーグルを
店主の松村純也さんが手際よく並べています。
湯気とともに立ちこめる香ばしいにおい。

丁寧に成形したベーグルをオーブンに入れる松村さん。
「季節やその日の食材に応じて、いろいろなベーグルをつくっています。
ミキサーや道具類は家庭用なので、一度にたくさんつくれないんです」
なぜ、行列ができるほど人気なのに、
わざわざ家庭用の道具で少量ずつつくるのでしょうか。
それには、松村さんのベーグルづくりのルーツに理由がありました。
もともとベーグルが好きで、専門店をオープンするのが夢だった松村さん。
よりおいしいベーグルをつくりたい、と毎日のようにインターネットでレシピを探し、
独学で試作する過程を自身のブログで公開。
いつしか、料理上手の主婦たちがブログにベーグルづくりのコツを
書き込んでくれるようになったそうです。

粗熱がとれたベーグルを素早く袋詰めしていきます。「ベーグルは冷凍すれば2週間、そのままの場合は翌日までに食べてほしい」とのこと。
「ブログを通じて知り合ったので顔も本名も知りませんが、
とてもためになるアドバイスをくれる主婦友だちが50人近くいました。
みなさん、本当に研究熱心で料理上手。
8年前の2月9日に東京で初めてベーグル店をオープンしたときは、
ブログ友だちの主婦のみなさんが全国各地から買いにきてくれたんです。
主婦のみなさんからは、家庭用の道具を使ったベーグルのつくり方を教わったので、
うちでは当たり前のように家庭用のミキサーで捏ねて、
手作業で成形し、そして小さなオーブンで焼いています」

「僕のベーグルは、主婦仕込みなんです」と話す松村さん。
一度にたくさんは焼けないけれど、お客さんはたくさんやってきます。
だから、営業時間を朝と昼に分けて、できるだけ多くのお客さんに
おいしいベーグルを届けられるようにしているそうです。

昼の営業が始まるやいなや、小さなお店にお客さんが続々とやってきて大忙し!
すっかり丸亀の人気店になった旅ベーグル。
でもなぜ、東京からこの地に拠点を移そうと思ったのでしょうか……?
その理由は、香川の“おせっかい文化”にありました。
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
埼玉でコロカルが向かったのは、ノスタルジックな蔵づくりのまち並みが残る
〈小江戸 川越〉。
30数棟の蔵づくりが軒を連ねる川越一番街。
江戸の景観を受け継ぐそのまち並みは、
国の「重要伝統的建造物群保存地区」にも選定されています。
そんな趣き豊かな一番街でコロカルが訪れたのは、江戸末期の1867年の創業以来、
6代にわたって一番街に店舗を構えている〈中市本店〉。
かつおぶしを中心に、昆布や煮干などの海産物や乾物を取り扱うお店です。

文化財指定もされている〈中市本店〉の外観。立派な蔵づくりです。
創業当時は鮮魚屋として、生の魚を取り扱っていた中市本店。
「海のない埼玉で鮮魚?」と不思議に思う人もいるかもしれませんが、
当時は新河岸川の水運を利用して、海からの品物を仕入れていたのだそう。
「でも太平洋戦争をはさんで、乾物を取り扱うようになったんですよ」
と話してくれたのは、6代目の落合康信さん。
「この辺りも戦時はだいぶ混乱していたようで、
川の水運で魚を運ぶことができなくなってしまったらしくて。
そんななか、海のものを取り扱うことは変えずに、手に入るもので商売を続けようとした
3代目と4代目の知恵によるものだったと思います」

〈中市本店〉6代目の落合康信さん。川越一番街商店街組合の理事長も務めています。
落合さんが子どもの頃は、卸売りを専門にしていた時代もあったという中市本店。
しかし落合さんの代となる少し前、大河ドラマ『春日局』が
放送されたことをきっかけに変化が訪れます。
「このドラマで川越が注目されて、地元以外のお客さんも来るようになって。
そこで『卸だけじゃもったいないから、小売りも再開しようか?』となったんです」

取り扱われているかつおぶしは、鹿児島県枕崎産のものが中心。
そんな中市本店の店頭に並ぶ商品のなかには、かつおをスモークした燻製鰹や、
いわしの削りぶしなど、量販店では見かけない珍しいものも。
「商品を取り扱うかどうかを決めるときに基準にするのは、
やっぱり味がおいしいことと価格。
初代からの教えである『いいものを、お求めやすいお値段で』を守っています」

鹿児島県枕崎産のかつおを燻製した〈新さつま節〉。かつおぶしとは違う、しっとりとした食感を楽しめる人気の逸品。ピーラーやナイフで簡単に削れて、だしに使うのはもちろん、ジャーキー感覚でビールのおつまみにするのもおすすめ。
「3つ目に重要視しているのが、うちに来ないと手に入らない商品を置くことです。
うちは小さいお店なので、量や種類でいったら
ホームセンターやスーパーといった量販店には絶対に勝てない。
そこで、こだわりのあるおいしくていいもの、
珍しいものを探して仕入れるようにしているんですよ。
製造元とのつきあいも長いことあり、いろいろと融通を利かせてくださっていて。
いいものがあると、すぐ教えてもらえるので本当に助かっています」
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
大分でコロカルが向かったのは、林業のまち日田市。
かつて幕府の直轄地・天領だった大分県日田市。
大分県の西に位置し、山々に囲まれた自然豊かな土地です。
そんな山々からの清らかな水が川へもたらされているため、水も豊か。
日田天領水といった名水でも知られる水郷なのです。
日田市の中央を悠々と流れる三隈川は
このまちのシンボルとして市民から親しまれています。
北の山中には小鹿田焼(おんたやき)で知られる小鹿田地区があります。
自然の力を活用した古来から変わらない作陶のスタイル、
そしてその作品は「世界一流の民窯」と称えられ、
昭和29年には世界的陶窯の権威であるバーナード・リーチさんが
およそ1か月にもわたって小鹿田に滞在し、作陶に打ち込みました。
そんな日田では古くからスギの栽培が盛んで、
質にも優れていたため、幕府にも献上されていました。
この日田では、木といえばスギなのです。良質なスギが天に向かって
まっすぐと伸びている姿は「日本三大美林」とも称されています。

日田市街地から少し離れるだけで、豊かなスギ林が広がります。
そんな日田のスギは、古くから〈日田杉〉という名前で親しまれてきました。
日田杉の栽培は戦中にピークを迎え、
政府によってどんどんその植林は促進されていきます。
ただ、終戦となり、木材に代わってプラスチック製品などの素材が
安価で手に入るようになると状況は一転。日田杉の需要は激減します。
それでも一度植えたスギはそんな事情もお構いなしに、
その後も勢い盛んに育っていき、増える一方という状況になってしまいました。

乾燥を待つスギの丸太。その加工場は日田市内に点在しています。
日田杉の有効活用は、日田市にとって昔からの懸案事項です。
そのためのアクションもありました。
例えば、日田杉の大半を占めるヤブクグリ種は、
質の高いものは梁や柱といった建材として流通させ、
中心部が黒く建材に向かないものや根元の曲がった部分は
日田の伝統工芸〈杉下駄〉に加工されています。

数え切れないスギが加工されていますが、それでも手つかずの間伐材はなかなか減らないのだそう。
ただ、それでも抜本的な解決策にはなりません。
そんななか、この日田のスギを、ひいては日田の森を
どうにかしなければいけないという気運が高まります。

高台から見た日田市街地の眺め。こうして見ると、山々に囲まれた盆地であることがよくわかります。
47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
愛媛でコロカルが向かったのは、絶景で海のアクティビティが楽しめる佐田岬。
愛媛県松山市から車で2時間。
右手には山の上まで連なる段々畑で青々と茂るみかんの木々、
左手にはきらきらと太陽の光を反射する穏やかな瀬戸内海。
山あり海あり青い空あり。
こんな贅沢な景色を楽しめるのが、日本一細長い半島・佐田岬です。
まず目指すは、ムーンビーチ井野浦。
ここに日本初の水上アクティビティがあるとのこと。
ビーチに着くと、何やら海の上にバナナのような、
黄色い浮きがぷかぷかしているのが見えます。
さらに近づくと、浮きに乗っているのは、なんと自転車!
井野浦では、その穏やかな海を利用して海上サイクリングができるのです。

運営する加藤智明さんから手ほどきを受け、おそるおそる自転車に乗り込みます。
浮きが沈んで海に落ちやしないだろうかと思っていましたが、そんな不安は一切不要。
浮きは思ったよりずっと安定感があって、軽くジャンプをしてもびくともしません。
聞くと120キロまでの体重なら十分に安定を保てるそうです。
落ちる心配もほぼありません。

ペダルを漕ぐのと連動して、水中でプロペラが回ります。この力でゆっくりと沖へ進んでいきます。

海の上にいるはずなのに、水の跳ね返りなどで濡れることもありません。
波に合わせて浮きがふわふわ上下して、まるで雲の上にいるかのよう。
でも目線を下にやれば、ここは確かに海。
透明度の高いムーンビーチゆえ、海底でゆらめく海藻や、
光を反射しながら海を泳ぎ回る小魚の群れがはっきり見えます。
あまりの非日常感に、思わず夢見心地。



上空から見ると、波のない穏やかな海面に3台の自転車。
暑い毎日、涼を感じる流しそうめんはいかが?
このたび奈良県奈良市にある、老舗料亭〈菊水楼〉にて、
2016年8月1日から29日の夏休み期間、
イベント〈スゴい!流しそうめん@菊水楼〉が開催されます。

〈菊水楼〉は創業125年、国の登録有形文化財でもある由緒ある料亭。
このイベントは、京都府井手町〈世界流しそうめん協会〉の
プロデュースによって実現したもの。
京都から持ち込んだ青竹の流しそうめん台を、料亭の3階部分にセット!
その長さ、なんと全長約30メートルにもなります。
流すそうめんは地元奈良の名産品〈三輪素麺〉。
めんつゆは、菊水楼の料理長が自らとったお出汁を使用した
こだわりの〈特製めんつゆ〉で、
バリエーション豊かなトッピングも用意されます。
お得なビュッフェプランもあるそう。
料金は流しそうめんのみのコースで、大人1500円、小学生以下500円。
開催日程など、詳細は公式サイトにて。

神戸出身で、コロカルで『たびのみ散歩』を連載中のイラストレーター平尾香さん。
お酒好きな平尾さんが、日本酒の産地である神戸灘五郷をめぐる旅をお届けします。
後編は、〈福寿〉をつくる〈神戸酒心館〉へ。
神戸の酒どころ灘五郷をめぐる2日目は、〈神戸酒心館〉へ。
5つある郷の中でも一番西側に位置する御影郷にある蔵元です。
阪神電車の石屋川駅から川沿いの遊歩道や公園を歩いて向かいます。
〈福寿〉という銘柄の酒をつくるこちらは、2日前までに電話で申し込みをすれば、
酒蔵見学が個人で気軽にできるのです。
11時の集合時間には、思っていたより多い見学者が集まっていました。
学生さんらしきグループ、トートバックを肩にかけたニット帽青年、
旅行中らしきカップル……。
日本酒が好きな人の幅は増えてるようで、なんだかうれしい。
そして、私は、お酒は舐める程度の母と一緒に参加です。
半被を着た社員の吉田さん、入社2年目とは思えない慣れた口調で、
日本酒について話してくださった後に、ビデオ鑑賞。
六甲山から吹く風、六甲おろしや、六甲山の花崗岩層を通過して西宮に湧き出る
ミネラル分量の多い水は宮水と呼ばれ、灘の酒づくりに欠かせないこと、
江戸時代にさかのぼった歴史のことなど。
この灘の土地だからこそのおいしいお酒ができるってことですね。
その後、いよいよお酒ができるまでの工程の見学。
エレベーターで3階まで上がってスリッパに履き替えます。
横に置かれた棚の上段には、会長、社長、常務とマジックインキで縦書きされた
白い長靴がきれいに並んでいます。
この会社の細やかな秩序は、生産量を多くせずに、
手づくりで丁寧に良質なお酒をつくるという酒造方法にも、
つながっているように感じたのでした。
東京・三田の〈ラーメン二郎〉から始まった“ドカ盛ラーメン”ブーム。
このドカ盛ラーメンの関西シーンを牽引する
〈神戸ちぇりー亭〉が、このたび東京進出。
2016年7月15日(金)に、東京1店舗目を小岩駅にオープンします。
〈神戸ちぇりー亭〉は、兵庫・大阪で6店舗を展開。
看板メニューはこちらの“ド根性”シリーズ。
全てのトッピングを、大盛りのさらに上の“男盛”にした、
〈全男盛〉はものすごい迫力です。
ちぇりー亭の麺は、通常メニューでも普通の大盛りサイズである200g。
スープは通常の倍の量の鶏ガラに、
野菜やチャーシューの肉を約半日煮込み続け、さらに寝かせたもの。
あっさりしながらも芯に強いコクがあるのが特徴のスープです。
麺は弾力のある食感の自家製極太麺で、コクのあるスープと相性ばっちり。
長崎の定番おやつといえば“カステラ”。
でも実は、それ以外にも魅力的なお菓子がたくさんあるって、ご存知でしたか?
江戸時代、砂糖は長崎・出島から入り、
長崎街道・別名“シュガーロード”を通って全国へと運ばれました。
当時は高級品だった砂糖を料理にたっぷり使うのが、長崎のおもてなしのカタチ。
必然的に、お菓子の文化も豊かに花開きました。
というわけで今日のおやつは、長崎の伝統的な砂糖菓子
“口砂香(こうさこ)”で、長崎らしい風景をかたどったお菓子
〈長崎ふうけい〉をご紹介。

長崎で暮らす猫の多くが、しっぽが曲がった「尾曲がり猫」なんです!
〈長崎ふうけい〉を生み出した〈千寿庵 長崎屋〉は、昭和4年創業の和菓子店。
“有平糖(あるへいとう)”と呼ばれる飴細工など、
長崎の伝統的な菓子づくりを受け継ぎつつ、
現代にもマッチする、新しいお菓子づくりにも取り組んでいます。
“口砂香”は一見、落雁のようにも見えますが……
口に入れると、サクッ、ほろっ!
その名の通り“砂のように”ふわりとほどけ、
どこか懐かしさを感じさせる芳ばしい風味が、口いっぱいに広がります。
落雁がもち米で作られるのに対し、
長崎の口砂香で使われるのは
うるち米を煎って(←これが芳ばしさのヒミツ!)粉状にしたもの。
落雁のような硬さではなく、
サクほろの軽やかな口当たりが特長なんですよ。
地元のよさは、じつは外の人のほうがよく見えるもの。
そんな地元のよさを、最大限に引き出してくれるイベント、
〈DINING OUT(ダイニングアウト)〉。
レクサスのスポンサードのもと、毎回異なる地域を舞台として行われる、
食を通じた地域振興プロジェクトだ。
プロデューサーやスタッフたちが現地に足繁く通っては綿密な現地リサーチを行い、
その土地ならではのテーマを設定。
土地のものを使った二晩限りのプレミアム・レストランを、スペシャルな会場で開く。
これまでに佐渡や有田で行われ、その模様はコロカルでもお伝えしてきた。
今回は、2016年3月26日(土)と27日(日)の2日間にわたり、
広島県尾道市を舞台に行われた第8弾、
〈DINING OUT ONOMICHI with LEXUS〉をレポート!

今回のテーマは「フュージョン」。
尾道市は、中世以来、商人の重要な交通路として重宝された〈尾道水道〉、
3つの山からなる〈尾道三山〉に囲まれたところ。
そこに、尾道水道によって集積した人やもの、文化を外部から柔軟に受け入れ、
異質なものを見事に融合させながら発展してきたまち。
ダイニングアウトの使命は、地元の人が知らないことを把握すること。
ホスト役をつとめたアレックス・カーさんは、
もともと尾道には思い入れがあった、尾道のツウだ。
「尾道の人は、尾道のことを全部知っています。
でも知っているだけに、そのすばらしさを新しい目で見ていないんです。
地方創生のネックは、地域の人が“プライドを持たない”こと。
もし尾道の人も、“尾道は宝物”と誇りを持ってくれたら……。
私は尾道を知る人として、この地を初めて訪れる人に、
このまちが持つたくさんの歴史や文化、文明、大自然を
重苦しくないよう、圧倒させないように伝えたいと思っています」
長い歴史と、たくさんの遺産を持つ尾道の魅力を、
どうやったら最大限に伝えられるのか?
そのバランスが、今回のチャレンジだった。
尾道を会場に選んでから、3か月かけてテーマを設定。
新しいものと古いものが交差する、「フュージョン」がテーマに選ばれた。
そして練り上げられたのが、「社会科見学をエンターテインメントに」というプラン。
レストランの会場は尾道で最も古い歴史を誇る、国宝の〈浄土寺〉。
料理を手がけるのは、世界最速でミシュランを獲得したレストラン
〈TIRPSE〉の仕掛け人であり、若きレストランプロデューサーの
大橋直誉さんがキュレーションしたシェフたち。
それを実際に見て味わえるのは、各日30人のゲストだけというプレミアムなイベントだ。
尾道に2日間だけ出現したレストランは、まるで夢の中の景色のよう。

ダイニングアウトのスタートは、尾道の展望台から。
最初のおもてなしは、尾道のてっぺんから眺める景色。

展望台で振る舞われるお料理も見事。イカをいったん冷凍させてから調理したもの。
コリコリした歯ごたえがおいしい。

展望台ではお料理とともに、瀬戸内の柑橘のカクテル、ミモザが振る舞われる。
すばらしい眺めとともに飲むお酒はたまらなくおいしい。
この展望台、観光客はほとんどいないが、
地元の方にとっては、遠足で訪れるようなお馴染みの場所。
まさに“社会科見学がエンターテインメントになった”演出だった。

尾道の絶景を堪能したあとは、この日だけレストランになる浄土寺へ。
ここは、聖徳太子の創建と伝えられ、足利尊氏が戦勝祈願をしたほか、
位の高い人をもてなすための建物として使われてきた。
お殿様が来なくなって以来、宴が開かれたのは、実に数百年ぶりのこと。


日本建築らしく、障子を取り払えばそこはまるで野外レストランのよう。
奥庭には伏見城から移築したといわれる茶室〈露滴庵(重要文化財)〉が覗く。
ここはかつて、殿様や勅使のみが入ることができた客殿。
こんな場所で、今日のためにつくられたフルコースを味わえるなんて!
給仕を務めるのは、地元の飲食店で働くスタッフたち。
地元の人たちを巻き込むユニークな試みだ。

スタッフのユニフォームは、尾道の対岸にある
帆布工場で織られる帆布でバッグなどを制作している、
〈立花テキスタイル研究所〉が手がけたオリジナルのエプロン。

全員が席に着くと、いよいよ料理の提供へ!
料理の案内人を務めるのは、大橋さん。
異なる個性を持つ、異ジャンルの料理人6人を集め、コースをつくり上げた。
「フュージョンということで、お皿ごとにコンセプトを出し、
そのコンセプトに合うシェフを招聘して、彼らが内容を考えています。
フランス料理、イタリアン、和食、それらがひとつになって、
いろいろ食べてもらうのが目的です」

お客さんと親密にコミュニケーションをとるレストランプロデューサーの大橋直誉さん。
淡路島の南端、南あわじ市の福良港。
普段は“鳴門のうずしお”を目の前で体験できる、
淡路島の人気観光メニュー〈うずしおクルーズ〉が人気ですが、
この港からグルメ・クルージングプラン〈舟弁クルーズ〉が登場!
大型の遊覧船に乗って、淡路島の食材を使った
お弁当を食べる限定プランです。

〈舟弁クルーズ〉で味わえるのは、淡路島の旬の海の幸を使って、
地元の名店〈清中〉がこしらえた〈淡路島海鮮チラシ弁当〉。
淡路福良産の
サクラマス、ちりめん、太刀魚、鰆、トツカアジ、ハモ、鳴門わかめなど、
地元の海鮮たちがふんだんに使われる予定。
(※水揚げなどによりメニューが変わる場合があります)
クルーズのお値段は、中学生以上が2000円、小学生が1000円。
いずれも乗船料、舟弁代込みのお値段です。