増田の内蔵 後編

家を守り、蔵を守る

秋田県横手市増田町の目抜き通りとなる、中七日町通りに建つ内蔵群を訪ねる旅。
次に伺ったのは、増田の内蔵の中で最も特徴的な内蔵を持つとされている佐藤又六家だ。
佐藤家は、この中七日通りで約350年にも渡り、連綿と続く商家で、
当主となる佐藤又六さんは現在で13代目となる。
幕末から明治前期に建てられたとされる蔵はふたつあり、
ひとつは主屋(明治前期)で、店舗と住居を兼ねている。
もうひとつは、文庫蔵(幕末から明治前期)で、
昭和初期頃には、家族の部屋として利用するために座敷間に改造された経緯を持つ。

佐藤又六家の外観。一見すると切妻の木造家屋だが、内部は店舗スペースから土蔵づくりとなっている。

これらふたつの蔵が奥行き120mの敷地に対し60mに渡ってつながり、
それを巨大な鞘建物ですっぽりと覆う様はまさに圧巻の姿だ。
手斧刻みの梁や桁がダイナミックに走る構造体、
華美には走らず明治建築の質実剛健さを伝える意匠。
そのひとつひとつが長い時のなかで一体となり、
内蔵空間にどっしりとした深みをもたらしている。
佐藤家の内蔵の特徴のひとつは、主屋を含む店蔵で、
一般的な増田の内蔵が敷地の奥に位置するのに対し、佐藤家の場合は、
店蔵という役割を持つため通りに面するかたちで建てられている。
そのため、鞘建物の2階正面の開口部からは、土蔵の妻壁が顔をのぞかせる。
建物が入れ子状態になっているようにも見えるこの様式は、
増田地区で唯一のものだという。

2階正面には縁側的なスペースがあり、内蔵の壁が顔をのぞかせる。

店舗と住居部をなす内蔵も黒漆喰で仕上げられていた。

店舗の奥に入ると、そこは座敷のある生活空間。まさに内蔵での生活がそこにある。

13代当主の佐藤又六さんによると、こうしたつくりになったのは、
大火による延焼を食い止める役割があったからだという。
「幕末から明治にかけて、ほかのまちと同様、
増田でも幾度か大火があったようです。
火事が出たときに木造家屋だと簡単に燃え移っていく。
そのため、土蔵で遮るという目的があって、
こうした建築様式がとられたようです」
かつて佐藤又六家は味噌醤油販売を営んでおり、
増田一の販売高を有した時期もあった。
増田銀行開設期はその発足にも関わるなど、
増田町に大きな影響をもたらす商家だった。
大火被害を軽減するための蔵づくりは、
増田における佐藤又六家の存在の大きさを今に伝えるもののひとつなのだ。

店蔵の奥に進むと、又六さんが「外蔵」と呼ぶ文庫蔵が現れる。

文庫蔵の内部。昭和期に生活空間として使用するために改修された。

明治期に蔵の前で撮られた写真。家族の記憶のひとつ。

現在、佐藤又六さんは、カメラ店を営んでいる。
先代は雑貨店を営んでいたが、写真好きが高じて、
代替わりのタイミングに商いを変えた。
その際、どうしても蔵をカメラ店として改修しなければならず、
又六さんは、先代にその内容を申し出た。
「当然、反対されました。蔵に手を入れるものじゃないって。
蔵は守るものだって。だから願いでたんです。
いつか絶対元通りにするから、手を入れさせて欲しいと」
又六さんは先代にこの約束を取り付け、どうにか店舗の改修を始めた。
どうにかというのは、改修着工日になって突然、先代が怒り出し、
改修を止めろと大騒ぎする一幕もあったからだ。
「いよいよとなると、急に不安になったのかもしれません。
父は、本当に蔵を大切にしていましたからね」

店蔵の座敷の差鴨居には、先祖の肖像が並ぶ。店蔵を建てたのは8代目又六だった。

佐藤家13代目の当主となる佐藤又六さん。「蔵を守るのは当然のこと」と語る。

改修工事も無事に終了した後に念願だったカメラ店を開き、
今日まで営業を続けてきた又六さんが先代との約束を果たしたのは、
数年前のこと。
「私も年老いて、カメラ店の忙しさも一段落した。
そうしたら、父親との約束を守らなきゃと思い立って、
元に戻す計画を立てたんです。父はすでに亡くなっていましたが、
こうして元と同じ蔵構えに戻せてよかったって、心底思っているんですよ」と笑った。
こんな話を伺っていると、
若い女性が就職活動用の証明写真を撮って欲しいと、お店にやってきた。
又六さんは慣れた手つきでカメラをセットし、丁寧にシャッターを押していく。
現像、仕上げまでの間、又六さんは、女性にひと言、
「奥に古い蔵があるんですよ。
写真が出来上がるまで、ご覧になったらどうですか」と見学を勧めた。
又六さんのこの言葉によって、女性は立ち上がり、光が差す店内から、
ひんやりと澄んだ闇が占める蔵のほうへと消えて行った。
「今はもう、こんな風にのんびりね、蔵と一緒に暮らしているんですよ」
と笑う又六さんの柔和な表情が印象的だった。

明治の頃とほとんど変わりないという横座。主人が座る場所だった。

蔵の2階は客間として利用したほか、結納など家族の大切な場所として使用されてきた。

又六さんにとって、この内蔵とはどういう意味があるのだろうか。
山中家で、蔵が家族の生き死にを見守る場所だということを知った僕は
率直に問いを投げかけた。
又六さんから返ってきたのは、
「そうですね、家を守る象徴でしょうか」というひと言だった。

又六さんの日常は、カメラ店を営む店舗スペース。ここでゆったりとした時間を過ごす。

「家を守る」。普通に日常のなかで聞く言葉だが、
僕にとってはその真意をつかみかねるものである。
祖父母のいない核家族で、しかも両親のルーツとはまるで関係のない
新興住宅地で育ったことに起因しているかもしれないが、
「家」はどこか遠いものだ。
田を埋め立てて造成したどこにでもある住宅地の
どこにでもあるような我が家には、仏壇もないし、
周囲には深い闇を宿すような寺や神社もなかった。
寄せ集めの人間たちが新たにつくり出す祭りもどこか空々しく、
子どもの目から見ても、下手な芝居のようだった。
そんな人間にとって、多くの人が語る
「家を守る」、「家を継ぐ」という言葉は、わからないものだった。
家や土地に関するもので守り続けたいものなど、どこにもないからだ。
その証拠に、最近、関西にある実家が引っ越しすることになり、
自分が育った実家は人の手に移ったのだが、
正直なところ、何の感傷もわかなかった。
15年前に岩手の片田舎に移住して、
土地に残る伝統や文化を大切にする暮らしをたくさん経験した。
どれも素晴らしいことだと感じてきた。
けれど、「家を守る」ことの「わからなさ」は
自分の中にはっきりと在り続けていると感じている。
だから、「奥山さんは、家を守るってことがわかりますか」という
又六さんの問いには窮するしかなかった。
また、今では恥ずかしいことだと思っているが、
両親の実家が遠方にあったこともあり、
僕は一度も両親の実家の墓と呼べるものを訪れたことがなかった。
簡単な話、自分のルーツと呼べるものに触れずに生きてきた。
でも、だからこそと言えるのだが、
おそらくルーツとしての「家」や「先祖」を持たない人間しか持つことができない
自由さも感じている。
自分は、どこにでも住めるし、
生きていける自由さのなかにいることを感じることができる。
「家」なんてものはかたちでしかない。
かたちあるものはすべて壊れ、消える運命にあるもので、
そこに今を生きる人間が自らの存在を投入するのは、
少しばかりおかしなことではないか。
良いとか悪いとは別にして、そんな風に僕は感じて生きてきた。

佐藤家の内蔵には、ここにしかない時間が流れる。

又六さんは続けた。
「家を守るって言っても、修繕したりね、
親父との約束を守って、元通りにしたり、そういう役割もありますが、
それは目に見えることにすぎません。
じゃあ、何が大切かというと、簡単に言うと、先祖を供養する、
ずっと続いている家族の歴史を大切にするってことなんですよ」
そういって、佐藤さんは、仏壇に置かれた過去帳を見せてくれた。
「ここには、先祖の名前が50人、記されているんです。
そのひとりひとりを知るわけではありませんが、
私もここに続くわけで、そういう流れの中にあるってことを、
子どもらはもちろん、孫たち皆で大切にしていきたいと思っているんです」
その言葉通り、佐藤さんは、ご先祖の法要を営む際には、
親類縁者に広く呼びかけ、
子どもから大人まで年齢を問わずにみんなで役割分担しながら法要を営むという。
「そうしているうちにね、孫のひとりが、自分が次にこの蔵を守っていく、
なんて元気いっぱいに言い出して。
先のことはわかりませんが、まあ、私の家を守るという役割としては、
こういうことなのかなって最近感じているんですよ」
と言って又六さんは、親類縁者が蔵にある仏壇の前で手を合わせる姿を捉えた
法要時の写真も見せてくれた。
それは、間違いなく、見えない何かに結ばれた人のつながりで、
僕や僕の両親がつくってこなかった世界だった。

佐藤家に残る過去帳。先祖代々の名がここに記されている。

ふと、こうしたつながりを持つことで
人は自分自身という存在を認めていけるのではないかと感じた。
自分は自分以外誰ものではない。
そんなことは当然で、誰もが自分は自分だと思って日々を生きている。
でも、そんな自分なんてものは、
ときに手に負えないモンスターのようなものでもあり、
その存在を心底認められるかとなると少しばかり難しいと思う。
その結果、自分の存在、自分が存在する意味を見出せなくなってしまう。
その深みに落ち込んだ際の生きづらさ。
僕自身も若い時に人並みに経験したことだった。
でも、もしそのとき、自分へとつながる多くの人のこと、
その人たちが何を思って生き、そして死んでいったか、
少しでもリアリティーを持って想像できたとしたらどうだっただろうか。
顔のディティールまでは想像できないにせよ、祖父母たちや両親から、
さらにその祖父母や両親たちの生きたエピソードを聞けたらどうだっただろうか。
自分が存在すること、存在していってよいということを、
そんなことを自然と後押しされるのではないだろうか。
自分を認め、人間のつながりに不思議な安心感を得られたのではないだろうか。
その安心感は、もしかしたら「家」を知らぬ者が持つ自由さとはまた違った
生きることの自由さを生み出しはしないだろうか。

神棚と仏壇が見える座敷。法要や親類の集まりはこの場所で行う。

増田の内蔵を訪ね、感じたこと。
それは、山中家にしろ、佐藤家にしろ、「家」という存在の大きさと意味だった。
今僕にとっては、「家」はどこか抽象的で不思議なものだった。
個人的に「家」というものに希薄な意識で育ったということが影響しているだろうが、
たぶん、わからなさの本当の源は、「家」というもののなかで
当たり前のものになっている、人と人のつながりに不思議さや不安さを
感じてきたのかもしれない。
でも、考えてみると結局のところは、人と人のつながりとは、
どこを切り取っても不思議な縁に彩られていて、
同時に、か細い糸のようなものでもある。
増田の内蔵とは、人と人がつながっていく縁の不思議さや弱さに、
少しばかりの確かさと強さを与えてくれるような存在に思えた。

内蔵の存在は、僕たちに家族について、家について、静かに語ってくれるようだ。

先人たちが何を思い生きていたか。内蔵への旅は、そんなことを考える時間でもある。

増田のまちなみ。内蔵とそれぞれの家族の歴史がこのまちの佇まいをつくりだしている。

NO ARCHITECTS vol.7: 住んでいるみんなでDIYする シェアハウス 前編

NO ARCHITECTS vol.7
衣食住がそろうシェアハウス

前回の記事の最後に登場した、
僕らが住む家「大辻の家」の裏にある
アパートの一室のリノベーションが現在進行中です。
進捗状況を2回に分けてリアルタイムでリポートしようと思います。

左にあるのが僕らが住む大辻の家、右が今回リノベーションする部屋があるアパート。2棟合わせてSPACE丁(スペース・テイ)と呼んでいます。

部屋の場所がわかりにくいと思うので、スケッチを描いてみました。
丁字路の正面右手の路地を抜けて左手にある階段を上がってすぐの、
2階の踊り場に面した部屋が今回の物件です。

大辻の家とアパート丸々一棟を合わせて借りていて、
アパートには4部屋あります。
2部屋は各々が生活するプライベートな部屋として使っていて、
残りの2部屋の活用法をずっと考えていました。

その空き部屋は、押入れ付きの6畳の座敷がふた間と、
板の間の台所がひと間のL型2DK。
僕らが入る以前から、かなり長いあいだ空き部屋だったらしく、
廃墟同然で、カビ臭いどんよりした空気が流れていました。

今までは倉庫として使ってきましたが、それではもったいないので、
みんなの生活と連続するかたちで、
ものを作ったり考えたりするための共同アトリエとして、
リノベーションすることになりました。
ちなみに1階にも同じ間取りの部屋が空いていて、
ここの使い方はまだ思案中です。

vol.1の記事でも紹介させてもらったように、
大辻の家と裏のアパートとは、2階の踊り場で繋がっています。

クローゼットの奥に勝手口を開けると左に玄関が見えます。vol.1「住みながらつくる家」より。

屋上への階段の下の洗濯機置き場より、現場の玄関を見たところ。上のスケッチではわかりやすく広めに描いたけど、実際はとてもせまい。

今のところ、服をつくっている黒瀬空見と、シェフでパティシエの遠藤倫数、
空間をつくる僕らの4人で借りています。
それぞれが“衣食住”をかたちにすることを仕事としています。
着たい服があればミシンを、食べたいものがあればフライパンを、
住みたい家があればインパクトドライバーを。
そんなメンバーが揃ったシェアハウスです。
皆、大学院の同級生で、同い年で、仲良し。

ひとまず、ふたりの紹介を。

黒瀬は、
2010年より「日常のなかに物語を」をコンセプトに、
ツクリバナシとして日常着の制作を始めました。
そして、2013年の春に、東京からこのはなに越してきました。
「このまちは物語があふれていて、
もはや“日常を物語に”という気持ちになってきています。
ですので、最近では、その生活に合う服をつくることを目指しています」(HPより抜粋)
とのことです。

ツクリバナシの服の写真です。撮影場所はSPACE丁の屋上。(撮影:樋口祥)

つづいて、遠藤は、
岐阜県のケーキ屋とレストランで修業し、
2012年の春にこのはなに越してきました。
モトタバコヤのオープンスタッフとして、
シェアショップ内の「Café the End」の店長に。
月に1回開催されていたカクテルパーティは、毎回大盛況でした。
最近では、新規事業に向けて準備を進めているそうです。

カクテルパーティの様子。毎回違うテーマに沿ったカクテルメニューを考案して、それにあうケーキやキッシュなどを食べられるという企画。この会は、ピーチナイトでした。

みんなで決めて、みんなでつくる

さて、本題のリノベのリポートです。

特に打ち合わせしたり、図面を描いて検討したりはせず、
一緒にご飯を食べている時や、家の前でたまたま会った時に
立ち話したりしながら、それぞれのイメージを少しずつすり合わせていって、
あとは、現場スタートの日時の調整をして、作業が始まりました。
それぞれが計画者でもあり、施主でもあり、
現場作業までするといったプロジェクトになりました。

解体途中の写真です。

3部屋あるうちの奥の部屋は、黒瀬のアトリエに。
玄関からキッチン辺りを遠藤のバーカウンターとオープンキッチン、
そして、黒瀬のアトリエとキッチンの間に共有のリビングルームをつくる計画。

まず、部屋と部屋とのあいだの間仕切りの垂れ壁を解体し、
L型のワンルームにすることを目指しました。
不要な壁をなくすことで南側からの太陽光を奥の部屋に取り込もうとしました。
さらに部屋を少しでも広げるために、
押入も解体して、段差をなくして床も繋ぎました。

解体のゴミの処理や、床と壁の施工や電気工事などは、大学の後輩で大工チームのshirokuroにお任せしました。左が親方の伊藤くん。右は見習い中の杉本くん。杉本くんは大学で建築を学びながらというから将来が期待大。

ぼろぼろになった畳も撤去し、床も入り口からひとつながりの板張りに。
黒瀬は染色作業などもするので、防水塗料は厚塗りで。

もとの壁は砂壁で粉がぽろぽろ落ちてくるので、薄いベニヤ板でおさえて塗装。
染めた色や布の色が際立つように、柱を残して真っ白に。

抜群の集中力を見せる、塗装作業中の黒瀬先生。

トイレは、ドアを付け替えて壁も補強。床のタイルはそのままに。
押入れ部分の天井は、遠藤がベニヤを張って点検口まで取り付けてくれました。

といったところで、前編はここまで。
来月の後編では、いったん完成した姿を報告できると思います。
僕らも完成形があまり見えてないリノベーションの行く末は——
乞うご期待。

ハンマーで既存の台所を破壊する遠藤シェフ。新しくできるキッチン楽しみです。

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NO ARCHITECTS

住所 大阪市此花区梅香1-15-20
http://nyamaokud.exblog.jp/
https://www.facebook.com/NOARCHITECTS.jp

兵庫県姫路市でPerfumeの最先端演出を体験!「Rhizomatiks inspired by Perfume mini ver.」

不動の人気を誇るテクノポップユニット、Perfume
彼女たちはカワイイだけでなく、抜群の身体能力と
豊かな表現力を持ち合わせるパフォーマンスで、
アーティストとしても高い評価を得ています。
近年では、ダンスパフォーマンスにテクノロジーを取り入れた
演出で、日本だけでなく世界からも注目を集める存在です。
ダンスする体にプロジェクションマッピングをしたり、
Webサイトで自分たちのデータを配布したり、いろいろ面白い
取り組みをしています。

そんな彼女たちの展覧会が、JR姫路駅のショッピングセンター、
「piole姫路」にて開催中!
その名も「Rhizomatiks inspired by Perfume mini ver.」。
Perfumeとタッグを組むクリエイター集団「ライゾマティクス」による、
Perfumeの先端技術演出を紹介する展覧会です。
会場で展示されるのはPerfumeが実際に着用した、
遠隔からコンピュータ制御でLEDが自在に光る「Spring of Life」の衣装や、
コンサートに来場したお客さんの3Dスキャンデータを使った演出の展示など
ハイテクなものばかり。
またご自分で3Dスキャンの体験も出来ます。

「Spring of Life」の衣装。紅白歌合戦でも使われたものも。

「3D Scan Syatem for Perfume」昨年末のPerfumeドームツアーにて行われた演出。会場外に設けられた3Dスキャンブースにて得た観客のスキャンデータをパフォーマンスの映像に使用しました。

このほかにも、グローバル展開された
ウェブサイト「Perfume "Global Site Project"」や、
コンピュータ処理で仮想メイク体験ができる「Happy Halloween!」なども展示。
Perfumeのファンも初心者も、テクノロジーとアート、
パフォーマンスとの融合を
姫路で体験できる機会です。
開催は5月6日(火・振休)まで。

ピオレ姫路開業1周年記念イベント開催!「Rhizomatiks inspired by Perfume mini ver.」
ライゾマティクス

ライゾマティクスとは:Perfumeの舞台演出等のテクニカル・サポートやミュージックビデオ・CMなどの演出、メディアアート作品の制作など、エンターテインメントとアートの境界を横断するクリエイター集団。本展示は昨年9月に東京のNTTインターコミュニケーション・センターにて開催された展覧会を、ピオレ姫路版にカスタマイズしたもの。

いちはらHOMEROOM通信 vol.4

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、
旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)。
ここでアーティスト中崎透さんが、さまざまな講師たちを招き
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」を開催。
そのようすや芸術祭の風景を、中崎さんと仲間たちが5回にわたりレポートします。

はじめまして、「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」スタッフの里村です。
桜の頃も過ぎ、渡る風も爽やかな季節になりました。
「いちはらアート×ミックス」が開催されている南市原でも、
水の張られた田んぼは空の雲を映し、若々しい苗がちょこんと顔を出しています。
芸術祭に来られるお客さんも増え、里山に人の行き交う風景が見られる今日この頃。
ここでは芸術とともに日常や毎日の生活が続いています。

芸術祭に限りませんが、私自身、旅先でその地の暮らしに触れたり、
そこで暮らす人に出会ったりすることで、
その地に培われてきた時間や人の痕跡を感じることに幸せを感じます。
それぞれの人がひとりひとり、作品やその土地との出会い方を見つけられること。
芸術祭の面白さは、ここを訪れた人の数だけあると思うのです。
ですので、この連載がそんな出会いのヒントになることを願いつつ、
芸術祭の会場やその地域のことを少し紹介したいと思います。

しゃわしゃわと鳴くカエルの合唱をBGMに、IAAESを飛び出して、まずは養老渓谷へ!
NAKAZAKI Tohru HOMEROOMのメンバーも登場します~。

養老渓谷エリア

養老渓谷は、紅葉狩りで賑わう観光地。
それがこの土地の「オン」だとしたら、「オフ」の時間もとってもいいのです。
「オフ」とされてきた時間を「オン」に転換したり、
あるいは「オフ」のまま触れられるようにするのが芸術祭かなと思います。

養老渓谷駅裏手の坂を上ると、かつて小学校の校庭だった気持ちのいい広場が現れます。
いまは、ゲートボール場などがある住民の憩いの場所になっています。
一画には、キャベツが芽を出している小さな畑の下にモグラも暮らしているとか。
ん? モグラ?

開発好明「モグラTV」。会期中毎日(木曜休み)13:00〜14:00に日替わりのゲストを招いて、ustream番組「モグラTV」を生放送。これまでの放送もアーカイブされています。芸術祭参加アーティスト、地域のお父さん、市長までさまざまな方をお迎えしての放送は必見。

坂を下りて、崖に寄り添うように家が並ぶ道を抜けて鉄橋を渡ると、
「アートハウスあそうばらの谷」に辿り着きます。

HOMEROOMスタッフの林暁甫さんからの推薦の辞!

「アートハウスあそうばらの谷」は、
「いちはらアート×ミックス」に来たならば忘れずに立ち寄りたいところ。
ここには、大巻伸嗣さんの作品「おおきな家」が展示されており、
これがすばらしいのです。まっさらな気持ちで作品と出会ってほしいので、
敢えて画像や内容は紹介しません。
特に最後の作品は時間をかけてじっくり丁寧に体験してほしい。
その価値は保証します。(林)

作品鑑賞後は同じ敷地内にある「山覚俵家」で、腹ごしらえをオススメします。地域で採れた野菜とご飯を混ぜる「混ぜご飯」は、アートをめぐる旅にはうってつけです。

月崎エリア

月崎駅の詰所だった建物を苔で覆い、「森ラジオステーション」として
生まれ変わらせた木村崇人さんの作品に入ってみましょう。
扉を開いて中へ入ると、晴れの日には空間いっぱいに
木漏れ日と森の匂いが満ちています。木漏れ日の暖かさに包まれ、
いつしか森に溶け出していくような時間を過ごせると思います。

木村崇人「森ラジオステーション」。森との接点を思い出すきっかけがいま本当に必要だと思っているんだ、という木村さんのお話が印象的でした。

月崎駅を背に左へずっと進んでいくと「いちはら市民の森」があります。
その入口にある藁の家、ここが岩田草平×プロマイノリティ「サンタルの食堂」。
中は想像以上に広い快適な空間になっていて、藁のいいにおいに満ちていて気持ちいい!

「サンタルの食堂」サンタルカレーセット。

「サンタルの食堂」では、チキン、野菜、フィッシュの3種のカレーを味わえます。
個人的にフィッシュのサンタルカレーがお気に入りです。
ほかにも、サリーを着たり、「村民証」をつくったりする体験プログラムもありますよ。
村民証で使っている紙は、インドから持ってきたものだそう。紙マニアは要チェック!

月崎駅から市民の森への道中、チェーンソーアートを見ることができます。
チェーンソーアートのご紹介は、中崎先生にお願いしました。

市原市在住のチェーンソーアーティストの栗田宏武さんの呼びかけで
3月後半にチェーンソーアート大会を開催。
そのときに全国から集まった達人たちによる
数時間で制作されたチェーンソー彫刻がいくつも並びます。すごいです。
なお、栗田さんの出品作品は高滝エリアの「やもかのなかま」に設置されています。
大会のためにやってきたカーバー(チェーンソーカービングをする人)のみなさんが
我々と同じ宿舎だったので、交流ができて楽しい夜を過ごしました。(中崎)

チェーンソーアートをレポートする、きじとらさんのブログはこちら

月崎駅を背にして右へ進むと「山登里(やまどり)食堂」があります。
竹で組まれたテラスに、屋根から大根が干されて風に揺れているのが目印。
ユニット「とぬま」のおふたりと、シェフのルミちゃんが切り盛りする
アットホームなカフェです。

閉店した食堂「山登里」を改装したこともあり、ご近所さんが親しみを持って訪れたり、お仕事途中に寄った背広姿の人、作業着の人、さまざまな方が立ち寄るオープンな場所になっています。

地場産の食材を生かし、昼はサンドイッチやカレーなど、夜はイタリアンメニューがラインナップ。自家製果実酒や、生姜たっぷりのジンジャーエールなどドリンクも丁寧に作られていて、とにかく全部おいしい! 山登里『夜』食堂は、金土日祝限定。

月崎エリア・番外編

月崎駅周辺は人の手が入ったことで自然を感じられる場所がいくつもあります。
駅の近くの道の脇にふと現れる「素掘りのトンネル」。
壁面から浮かび上がる凹凸に、道を通すことの執念を感じたり、
人間は移動する動物だなあなんて思ったり。
トンネルをくぐって先へ進むと、静かな山の中に佇むことになり、
タイムスリップしたような錯覚に襲われたり。トンネルはみごとな舞台装置です。

里見、月崎、養老渓谷付近は街道を一歩入ると、変化にとんだ地形に寄り添いながら
工夫を重ねてきた集落に出会うことができます。
小高い丘から見下ろすと、この地は箱庭みたい。
時間があったら自転車に乗って、ときに道に迷ったりしながら、
複数の風景と出会ってほしいと思います。

いかがでしたか?
それでは後半戦に入ってきたホームルームのようすをダイジェストで。

まだまだ続くホームルーム

4月26日(土)、27日(日)には福島市を拠点に活動する建築家、
アサノコウタさんによるワークショップ「教室のなかのちいさな教室」と
トークを開催しました。

学校らしい「鉛筆」と「消しゴム」というシンプルな素材を使って、教室の中にコンパクトな教室を出現させました。

鉛筆と消しゴムで組む立方体は案外ユラユラして、
ワークショップ中に何度も崩壊の危機を迎えたりもしたのですが、
それが偶然に会場で出会った人たちを結びつけるきっかけとなったり。
「いままででいちばん楽しい」と一日中黙々と立方体をつくり続けた男の子や、
アサノさんのアシスタントとしてパーツの鉛筆をどんどん削り出してくれる女の子など、
みんなを主役にしてくれるアサノさんの人柄と、
部屋をつくるという人間の本能をくすぐられて(?)
一日中賑やかなワークショップでした。

トークでは「建築以下の設計」をコンセプトに活動する
アサノさんの仕事を紹介していただくとともに、
聞き手の中崎先生とも一緒に関わっている「プロジェクト FUKUSHIMA!」についても
面白く、ときにはシリアスにお話いただきました。

©MATSUMOTO Mieko

©MATSUMOTO Mieko

4月29日には、体育館を会場に環ROYさん、蓮沼執太さん、U-zhaanさんによる、
フリーセッションの1時間半、「体育館ライブ」を開催!!

左から、環ROY、U-zhaan、蓮沼執太。©MATSUMOTO Mieko

ラップ、シンセサイザー、タブラの異色の組み合せで、
即興でリリックを紡ぎ出していく環さんと、
寄り添いながらも音楽をつくっていく蓮沼さん、U-zhaanさん。
音楽もMCもみごとな駆け引きでかっこ良くも伸びやか、
クールでありつつアットホーム。
中崎先生の絶妙な空間づくりもあって最高に心地いい時間でした。
体育館の壁面にかかっている里見小学校校歌を即興で歌ったり、
なんと、お客さんの中に里見小学校の卒業生がいて実際の校歌が判明したり。
小さいお子さんから年配の方まで、学校という会場ならではの幅広い年齢層のお客さんが、
本当に楽しそうにしていたのがとても嬉しいライブでした。

©MATSUMOTO Mieko

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それではみなさん、ゴールデンウィークは市原で会いましょう!!

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IAAESプログラム
NAKAZAKI Tohru HOMEROOM

会場:IAAES 旧里見小学校(千葉県市原市徳氏541-1)
◎Vol.7 藤井光《校内暴力のハードコア》
5月3日(土)13:00~16:00 ワークショップ
5月4日(日)13:00~16:00 ワークショップ、16:30~18:00 トーク
◎Vol.8 珍しいキノコ舞踊団《カラダと遊ぶ!ダンスの状態で楽しむ!》
5月5日(月・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
5月6日(火・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
◎Vol.9 辺口芳典《ヒップホップな作文の時間》
5月10日(土)13:00~16:00
◎「HOMEROOM/After school プログラム」Vol.2
松本美枝子《スライド》
4月19日(土)~5月11日(日)9:30~17:00
http://homeroom18.exblog.jp/
https://www.facebook.com/homeroom.nakazaki

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ICHIHARA ART × MIX
中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

2014年3月21日(金)~5月11日(日)
メイン会場:千葉県市原市南部地域(小湊鐵道上総牛久駅から養老渓谷駅の間)
連携会場:中房総エリア(茂原市、いすみ市、勝浦市、長柄町、長南町、一宮町、睦沢町、大多喜町、御宿町)
http://ichihara-artmix.jp

3000年の歴史を持つ松山市の道後温泉でアートをたのしむ「道後オンセナート2014」

コロカルでもご紹介している「瀬戸内国際芸術祭」や
「越後妻有 大地の芸術祭」、「BEPPU PROJECT」など、
すっかり日本に定着した感のある、
地域を巻き込んだアートフェスティバル。

このたび、愛媛県松山市を代表する観光名所であり、
日本最古の温泉である「道後温泉」にて、
アートフェスティバル「道後オンセナート2014」が開幕しました。
2014年12月31日(水)のフィナーレまで、
さまざまな展示やイベントが行われるんです。

霧の彫刻 / 中谷 芙二子 Photo: Laura Miglone (C)FUJIKO NAKAYA

道後温泉本館ではアーティスト中谷芙二子が
「霧の彫刻」を展示し、幽玄な世界を作り出します。
ほかにもパブリックスペースに美術作品が出現し、
非日常的な情景が演出されるのだそう。

■泊まれるアート作品「HOTEL HORIZONTAL」

草間彌生「わが魂の記憶。そして様々な幸福を求めて」 草間彌生が「宝荘ホテル」の一室をプロデュース。草間によるソフトスカルプチャーの新作「愛はとこしえ」や「ナルシスガーデン」が部屋の中に。(C)YAYOI KUSAMA/Dogo Onsenart 2014 & HOTEL HORIZONTAL, All Rights Reserved

また「道後オンセナート2014」で話題なのは、
道後温泉の9軒のホテル・旅館の各一室の内装を
草間彌生、荒木経惟、谷川俊太郎、皆川明ら
著名アーティストが手がける宿泊対応可能なアート作品
「HOTEL HORIZONTAL(ホテルホリゾンタル)」。
各ホテルから提供される1室に、
各アーティストが「最も深い夢 The deepest dream」という
テーマでインスタレーションを施します。
宿泊しなくても、予約をすれば見学も可能。
このプロジェクトは架空のアートホテルとして、
各部屋を一覧できるWebサイトもオープンしていますので、
遠方の方もぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。
約3,000年の歴史を誇る日本最古の温泉である道後が、
どんなふうに新しい顔を見せてくれるのか楽しみなフェスティバルです。

道後オンセナート2014

冒頭写真クレジット:
Haunted Onsen / ライゾマティクス。
4月10日〜13日まで限定公開されていた、
ライゾマティクスによるプロジェクション作品。
イメージ写真(C)Rhizomatiks Dogo Onsenart 2014

作品タイトル「新・道後温泉絵図」。120年前に存在した観光地図「道後温泉絵図」を現代版として新たに描きおこしたものです。(C)YUJI SUMIKAWA 道後温泉は約3,000年の歴史を誇る日本最古の温泉。足を痛めた白鷺が湧き出る温泉で傷を癒したことが起源とされているのだとか(ホームページより)。

いちはらHOMEROOM通信 vol.3

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、
旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)。
ここでアーティスト中崎透さんが、さまざまな講師たちを招き
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」を開催。
そのようすや芸術祭の風景を、中崎さんと仲間たちが5回にわたりレポートします。

風景を見つめ直す。

こんにちは。写真家の松本美枝子です。
私は今回、中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」の
メイン会場のひとつであるIAAES(旧里見小学校)で行われている
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」のレジデンスプログララム、
「HOMEROOM/After school プログラム」のレジデンスアーティストとして、
滞在制作と展示を行いました。
現在この会場にて、写真と文章による新作のインスタレーション
《スライド》を5月11日(日)まで展示中です。
ここでの滞在制作と生活についてお話ししたいと思います。

「HOMEROOM/After school プログラム」は会期を前後期に分けて、
ふたりのアーティストがそれぞれ約3週間滞在し、作品制作と展示を行いました。
前期は広島在住の美術家・友枝望さん、後期は私。

まだ寒さの残る3月末、ちょうど友枝さんの展示が完成した頃に、
私は市原のIAAESへとやって来ました。
以前に下見には来ていましたが、この日から本格的な制作に入るため、
まずは友枝さんから制作拠点となるレジデンススタジオの引き継ぎ。
4台のカメラとそのほか多くの写真器材などを持ち込み、
水戸にある自分のスタジオ(「水戸のキワマリ荘」といいます)と同じように
仕事ができるようにしました。

スタジオと展示スペースは、教室だった部屋を半分に仕切ってつくっています。
廃校になった小学校の元の雰囲気をいかしたIAAES会場内において、
私たちが展示するこのスペースだけが、完全なホワイトキューブです。

私は一貫して、日常をテーマに人物を中心とした写真と文章で
作品を制作しています。そこでは時間をかけた、
人と人とのやり取りのうえでしか成立しえない写真を、作品の核としています。
しかし今回の滞在制作では、3週間という短期滞在を通して見えた情景だけを
作品化しようと考えていました。
短い時間の中でどれだけのものを見て、自分が反応できるのか、
不安もありましたが、まずは毎日この周辺を歩き回り、
ここの環境を見つめ直すことから始めました。

©HOMEROOM

「いちはらアート×ミックス」の会場は、
市原市内を走る小湊鉄道沿線を中心に点在しています。
私たちの会場IAAESがある里見エリアは、
養老渓谷の麓の風光明媚な里山ではあるけれど、
確実に高齢化、過疎化が進んでいる地域でもあります。

私が来たときはちょうど桜と菜の花が同時に咲きみだれる、最もいい季節でした。
ローカル鉄道が走る里山にアマチュアカメラマンたちの活気が溢れ、
典型的な日本の春の理想の風景とも言えました。
その誰もが美しいと思える景色の中で、
少し視線をずらして風景を見つめ直すことが、今回の私の作品のテーマです。
自分たちが生活する空間の中にいつでも存在するにもかかわらず、
見過ごしているもの。決してドラマチックではないそんな光景を
独立して立ち上がらせることはできないだろうか、という試みです。

撮影はIAAESから歩いて1時間以内で行ける範囲を中心に、
幹線道路から一本奥に入った脇道、
観光客が集まる景色の裏側や足下といったところを狙って行いました。
細い道を分け入ると、渓谷に点在する人々の暮らしが見えてきます。
撮影中は築百年の家に住んでいる地元のおじいさんに
湧き水やセリの自生地を教えてもらったり。
一方、養老渓谷一帯で行われている、
廃棄物の不法投棄の実体も目の当たりにしました。

今回展示した作品のタイトルである『スライド』という言葉は英語ですが、
ズレるという意味と、時間などが過ぎるというふたつの意味があり、
そして写真の「スライドショー」という言葉の通り、
映像そのものに関する言葉でもあります。
春の華やかな美しさではなく、季節の変わり目の
(あるいは地域のあり方の変わり目とも言える時代なのかもしれない)
何とはなしに不安でぼんやりとした光景が映し出せればと思っています。

合宿のような生活。

ちょっとだけ制作中の生活の裏話を。
「いちはら×アートミックス」に参加しているアーティストや
スタッフ、サポーターの人たちは、「月崎荘」と呼ばれる
元国民宿舎で寝起きを共にしています。
そこでは施設を管理している地元のお母さんたちが
お掃除や、ときには食事の差し入れなどをサポートしてくださり、
私たちの生活を支えてくれています。

©HOMEROOM

月崎荘では各プロジェクトのチームで共同生活していますが、
その枠を超えて、夜はほかのアーティストたちとごはんを食べたり、
ときにはお酒を飲みながら、それぞれの作品や芸術祭について突っ込んだ話をしたり。
特に会期折り返しを前に「山登里食堂」で行った中締め会には、
たくさんのアーティストとスタッフが集まり、とても楽しい夜を過ごしました。

「いちはらアート×ミックス」食のプロジェクトに参加している「山登里食堂」。閉店した食堂をカフェとして改装し、みんなが集う場所となっている。©HOMEROOM

制作に煮詰まったときは、ほかのアーティストの作品を見に行くこともありました。
私がみなさんに特にお勧めしたいのは、小湊鉄道を貸し切って上演される
指輪ホテルの演劇「あんなに愛しあったのに~中房総小湊鐵道篇」。
神話のようなセリフと、電車が進むにつれ物語にぐっと入り込んでくる市原の風景。
物語が終わるとき、乗客もいつの間にか
演劇にとりこまれていたのだということに気づく、
ドラマと現実の境目のなさが絶妙で、本当に夢のような一時間でした。

撮影:野村佐紀子

撮影:野村佐紀子

それぞれが限られた時間と空間の中でプロジェクトを完成させるために、
忙しい毎日なのですが、毎日が宿泊学習のようで楽しく、刺激的でもありました。
いまは会期も折り返し、この合宿のような生活もそろそろ終わりに近づいているのかな、
と思うとちょっぴり寂しくもあります。

さて、今日は近所の小学生(市原市立加茂学園5年生)の団体が
鑑賞にやってきました。IAAES担当である市原市の飯高さんに
「松本さん、子どもたちに作品の説明をしてみませんか」と言われて、
急遽、アーティストトークを開催することに!

©HOMEROOM

20人ほどの子どもたちは、写真を見て興味津々な様子。
自分たちの住む地域を写した写真でありながら、どこだかよくわからない光景をみて、
「どうしてこれを撮ったのですか?」という質問の手がどんどん挙がります。
作品のテーマを説明しながら、ひとつひとつ質問に答えていきます。
子どもたちは私の回答に納得するときもあれば、不思議そうな顔をするときも。
小学生には少し難しかったかもしれませんが、いわゆる「写真らしい写真」ではない、
ということは何となく伝わったようです。

今日のこのトークがきっかけで、滞在中、展示室内で
不定期にアーティストトークを行うことに決めました。
主に今回の作品について、そして自分にとって写真とは何かについて話す予定です。
小学生とお話することで、その率直な視点に気づかされることが多々ありました。
今日のようにさまざまなお客さんと作品を介して話し合うことで、
お互いが何か見つけられたらいいなと思っています。

NAKAZAKI Tohru HOMEROOMでは、会期終了まで
4本のワークショップ、トーク、ライブと展示を予定しています。
詳細は下記インフォメーション、HPをご参照ください。

それではみなさん、「いちはらアート×ミックス」でお会いしましょう!

information


map

IAAESプログラム
NAKAZAKI Tohru HOMEROOM

会場:IAAES 旧里見小学校(千葉県市原市徳氏541-1)
◎Vol.6 環ROY×蓮沼執太×U-zhaan《体育館ライブ》
4月29日(火・祝)15:30~17:00
◎Vol.7 藤井光《校内暴力のハードコア》
5月3日(土)13:00~16:00 ワークショップ
5月4日(日)13:00~16:00 ワークショップ、16:30~18:00 トーク
◎Vol.8 珍しいキノコ舞踊団《カラダと遊ぶ!ダンスの状態で楽しむ!》
5月5日(月・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
5月6日(火・祝)14:00~15:30 ワークショップ、16:00~16:20 ショーイング
◎Vol.9 辺口芳典《ヒップホップな作文の時間》
5月10日(土)13:00~16:00
◎「HOMEROOM/After school プログラム」Vol.2
松本美枝子《スライド》
4月19日(土)~5月11日(日)9:30~17:00
http://homeroom18.exblog.jp/
https://www.facebook.com/homeroom.nakazaki

information

ICHIHARA ART × MIX
中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

2014年3月21日(金)~5月11日(日)
メイン会場:千葉県市原市南部地域(小湊鐵道上総牛久駅から養老渓谷駅の間)
連携会場:中房総エリア(茂原市、いすみ市、勝浦市、長柄町、長南町、一宮町、睦沢町、大多喜町、御宿町)
http://ichihara-artmix.jp

山ノ家 vol.7: 気だてのいい移民になろう  二拠点生活への覚悟の芽生え

山ノ家 vol.7
カフェのにぎわいと、熱気の中でのドミトリー工事

無事、山ノ家の「カフェ」はオープンしたが、2階のドミトリーはまだ工事中。
少しでも早く来訪者に開きたいという想いから、
まずは1階のカフェだけでも先に工事を終わらせて、
お盆より前にはオープンしようという計画だった。
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の期間中に
遅ればせながらオープンし、手配りのチラシの効果もあって、
カフェを利用するお客さんも増えてきた。
僕らは連日泊まりがけで合宿のように生活しながら、
カフェの運営チームは来訪者のために大忙しで、
数少ない男子と、大工さんたちはドミトリーの工事を進めている。

カフェのキッチン内には常に3〜4人のスタッフが入り、忙しく動き回っていた。ここが元和室であったことを考えると、何とも新鮮な光景。

ドミトリーができるまでに必要な残りの作業は、2階の床張り、
壁のボード貼り+塗装、1階のシャワーブースや2階の水回り、
そして一番の作業はドミトリーのための、2段ベッドづくりなど。
カフェのにぎわいの裏では、ドミトリー完成へ向けた工事が続いていた。

カフェはこんな感じでにぎわっていてうれしい限り。しかしその裏で……。

2階ではこのような感じで作業をしている。これは廊下の塗装を行うための、階段の養生。

カフェが営業している時は外への出入りに気を使ったり、
道具や資材の搬入などでどうしても融通がききづらかったりと、
作業をするためのスペースや導線確保の大切さを再認識した。

追加資材の搬入は2階の窓からユニック(クレーン付きトラック)でカフェの開店前に行った。

まつだいの8月は焼けるように暑く、
1階に設置したばかりのエアコンがフル稼働という状態。
しかし、2階にはまだエアコンがついていない。
こもる熱気の中でみな黙々と作業を続けていた。

暑い中での作業。アキオくんは大工さんからアドバイスをもらいながら自分で床張りをマスターしていた。

カフェから生まれる、地元との接点

カフェが開店したこともあってか、
いろいろなかたちで地元の方々とつながる機会がいくつか生まれていた。
ある日、工事を見てくれていた近隣の大工棟梁さんが、
僕らに相談を持ちかけてくれた。
「お盆の8月15日に、近くの小学校で盆踊り大会があるんだけど、
近隣の人に知ってもらうのにいいチャンスだと思うから、
店を出してもらえたらと思うんだけど」
地元で彼の世代(30〜40代)がこの盆踊りを仕切ることになったから、とのことだった。
始めたばかりのカフェの営業はまだまだ落ち着かないが、
これはとても良い機会だからなんとか工夫してやろうということになり、
夕方に店頭に貼り紙をして、小学校で出店することにした。

近隣の小学校の盆踊り大会に、キーマカレーやマフィンなどを急遽仕込んで出店。反応はなかなかよかった。

またある日は、関東圏から十日町に帰省した大学生が立ち寄ってくれて、
「地元にこんな素敵なお店ができたなんて!」と感激してくれた上に意気投合。
なんとカフェのお手伝いを1日してくれることになった。

写真の奥にいるのが、地元がこの近くという大学生。地域の過疎化を心配し、まちづくりなどにも興味があるようで、僕らがここで拠点を持つことになった経緯などにとても共感してくれた。

また、お隣の方などが「たくさんとれたから」
と野菜をドサっと持ってきたりしてくれたのはとてもうれしいことだった。
冬の工事の時から、通りかかるおばあちゃんなどに
「ここは何かできるの?」と聞かれ
「ここで喫茶店をやります。是非来てくださいね!」
などとなるべく丁寧に接してきたことなどが思い出された。

この先の可能性がいろいろと広がるのが少しだけ見えた気がして、
本当にここでやってよかったと思った瞬間だった。
このころから何となく「気だてのよいヨソモノでいよう」
というキーワードが自分たちの中で浮かびあがっていた。

根城を転々とする、移民としての生活

僕らは若井さんが使用している近隣の一軒家
(味噌づくりのために使っている「味噌工房」と呼ばれている借家)
の部屋を借りて寝泊まりをしていた。
実はその前にも、工事が始まるころから
しばらく寄せていた場所があった。
しかし、大地の芸術祭をお手伝いをする方たちが来たら
部屋を空けることになっていたので、
その後に若井さんの「味噌工房」に移動していた。

若井さんの味噌工房のある家。この脇の土地で、少し前から畑もやらせてもらっていた。

もちろん、山ノ家の上に泊まれたらそんなに楽なことはないのだが。
アキオくんは「ここのユニットシャワーがついたら、休憩中に汗を流せる!」
などと冗談を交えながら作業していたが、
そこはまだ粉塵が舞う戦場のような工事現場で、
とても落ち着けるような状態ではない。
泊まるための場所をつくりながら、自分たちは別の場所に寝泊まりしている。
なんとも歯がゆい状況での現場、というか、生活。
例えばこれが東京での話ならば、
皆それぞれの住む場所から通って現場で集まるだけという、あたりまえのこと。
ここでは、その前提が無い状況なのだ。
普段とは全く違う土地で生活をしながらリノベーションを行うということ、
そして共同生活を伴ったかたち。楽しくもあり、難しい部分でもある。
この状況のなかで、皆が生き生きと活動していることが
本当に何ものにも代え難い心の支えだった。

そんな中、カフェがオープンする前後に、
若井さんが言いづらそうに僕に相談をしに来た。
「実はお盆前後に、毎年農作業を手伝ってくれる人たちが
泊まりにくることが前から決まってしまっていて、君たちの寝泊まりする場所を
どこか他に移動してもらわなくてはならないんだよ」と。
お盆が近づいてきて、宿泊できそうな場所はみな似たような状況で、
新たな宿を見つけなければならない状態になっていた。
また、移動しなければならないのか……。
とはいえ、どこにも行くアテが無い。
まさに移民(というかむしろ難民に近い)。

若井さんがいろいろと周辺の人をあたってくれて、
なんとかなりそうな場所の情報を持ってきてくれた。
そこは僕らがよく行く温泉のすぐ近くのロッヂで、
地元の有志でつくったらしいが、震災のあとは使っておらず、空いているという。
なぜなら、ほんの少しだけ床が傾いていたりして、
直す目処がたたない状態だから、とのこと。
加えて、いままでは現場に徒歩で行ける距離だったが、
そこはちょっと離れていて車での移動が必須な場所だ。
いろいろとハードルは上がるが、いまのところ他に選択肢がない。
掃除をして、そこにあった布団を使用するので干すついでに、下見に行く。
うーん……大丈夫だろうか。
1年半空いているだけならきっと大丈夫だろう……。
というより背に腹はかえられない。
お盆を目前にした頃、僕らは「大移動」をした。
その時現地に乗り込んでいた僕らのチームは、およそ10人くらい。
実際には、1年半空いていただけというにはずいぶんとラフな状況だった。
しばらく人が使っていない場所というのは、どうも空気が重たい。

ロッヂでの生活がしばらく始まる。

ペンを置けば転がる床で寝ることは、思ったよりも不安定な気持ちだった。
正直キツかったが、皆連日の疲れもピークなせいか、すぐに寝てしまった。

次の日の朝、なぜかいつもよりも早く目が覚めた。
その時、窓に広がっていたのは、

見事な雲海!

いまの大変な状況が一気に報われるような、素晴らしい景色だった。

ここまで長くひとつの所に滞在して活動するということはなかなかない経験で、
短期間の滞在では気づけない日々のわずかな気候の変化や、
この地の風景をさまざまな角度から見ることや、
鳥や虫や、木々や緑の生命力のたくましさや美しさなどを
目の当たりにしていくことで、得難い何かをからだ全体で感じていた。
そしてときどきこんなふうに、
風景はその土地の特別な顔をかいま見せてくれるのだ。

これが別の土地で日々の営みをつくっていくことなのかもしれない。
旅行でも移住でもない、二拠点生活への覚悟の芽生えが出てきていた。

そしてとても好きなのは、カフェがオープンしたことで、
みんなで朝食を山ノ家でとれるようになったこと。

眠そうにしているが、みんなリラックスしているのがわかる。

自分たちの作った空間で、とてもおいしい朝ご飯を食べられるというのは
何とも言えない充実した時間だった。

朝のまかないご飯。自分たちが借りていた畑でとれた野菜や、ご近所の方にいただいた野菜を使って。

すべて出来上がるまで、あともう少し。

金沢21世紀美術館「島袋道浩:能登」 くちこづくり

能登の珍味をつくり、味わう。

金沢21世紀美術館が毎年行っているプログラム
「金沢若者夢チャレンジ・アートプログラム」。
アーティストとプログラムメンバーが共同制作することにより、
若者たちの社会参加や文化活動を促すという1年間にわたるプログラムだ。
昨年度は、ベルリン在住のアーティスト島袋道浩さんとメンバーたちが、
能登でさまざまな活動を展開し、その成果を美術館でも展示。
以前「ローカルアートレポート #048」でも紹介した。

島袋さんが能登をテーマにしようと思ったのは
「くちこ」に興味を持ったからだったという。
くちこは能登の特産品で、なまこの卵巣を干した珍味。
プログラムが始まる前にリサーチをしていた島袋さんは、
くちこづくりの名人に出会い、すっかりその人に魅せられてしまった。
それが森川仁久郎さん。
2月と3月の限られた時期にくちこづくりをする以外は、
なぜか「鉄をつくる」という森川さんに、メンバーたちは鉄づくりを教わりに行き、
そのようすは展示でも紹介された。

そして3月の頭、今度は森川さんの本業、くちこづくりを習いに、
島袋さんとメンバーたちは能登の穴水を訪れた。
森川さんの作業場は、まちのはずれの、すぐ海に面したところにある。
鉄づくりで何度か森川さんのもとを訪れているので、
森川さんとは顔なじみのメンバーも。
作業場には、森川さん同様、くちこづくりの名人のお母さんたちが3人、
手際よく作業をしている。
なまこの腹を割き、取り出したものをきれいに分けていくのだ。
オレンジ色の細い糸のようなものがくちこ、
腸にあたる「このわた」と口のまわりの「くちわた」、
そして「えら」と部位によって選別する。
ちょっと見ただけではよくわからないが、
お母さんたちがさっさと分けていく様を、メンバーたちも興味深く見つめる。

なまこの腹を割いて内臓を取り出す。たまに何も入っていない「はずれ」もあるのだとか。

名人お母さんたちのそばでその手つきに見入ってしまう。

1匹のなまこから少ししかとれないくちこを選り分け、きれいに洗う。

こうして選り分けたくちこを、三角形のかたちにして干すのが森川さんの仕事。
森川さんは夜にその作業をするらしく、
残念ながらそのようすは見ることができなかったが、
前の晩につくったとおぼしききれいな三角形のくちこが干してあった。
これも熟練の技が必要だそうだ。
干したものが落下してしまうこともあり、
森川さんの言葉によれば「くちこづくりは重力との戦い」だそう。

森川さんが深夜までかかってきれいに干したくちこが並ぶ。孫がたくさん訪れたかのような雰囲気。

作業場の外にはなまこがたくさん入った生け簀が。なまこ製品の直売もしているので、商品を買うお客さんがたまに訪れる。

島袋さんは1年前のくちこづくりも体験していたので、メンバーたちよりちょっと先輩。
まずは島袋さんがやってみてから、メンバーたちも順になまこの腹を割いてみる。
日常生活のなかでは、なまこに触れることなどあまりないし、
ましてなまこの内臓となるとなかなかグロテスクなものだが、
これまでも鱈をさばくなどいろいろな体験をしてきたメンバーたちは、
度胸がついたのか、物怖じせずにチャレンジ。しだいに楽しんでいるようにも見えた。
そんなメンバーたちを森川さんも島袋さんもやさしく見守る。

最初はぎこちない手つきでも、みんな勘がよく上手にこなしていく。

部位の判別は難しく、お母さんに教わりながら。

メンバーが順になまこの割腹作業をしているあいだに、
牡蠣を焼いて食べようということに。
森川さんが、みんなのために牡蠣を用意してくれていたのだ。
と、何を思ったか、森川さんは海辺のほうに降りていく。
そしてなんと朽ちかけの大鍋を拾ってきて「これで焼こう」と森川さん。
まさか海から鍋が出てくるとは思わず、その場は驚きと笑いに包まれた。
その鍋を使い、みんなで焼いて食べた牡蠣がおいしかったのは言うまでもない。

放置してあったのを思い出したのか、森川さんが海から鍋を引き上げてきたのには、みんなびっくり。

一度に焼ききれないほどたくさんの牡蠣。

牡蠣を焼く一方、おにぎりを握ってお昼の準備。
森川さんの奥さんが、なまこのえらの部分を入れたすまし汁をつくってくれた。
えらや生のこのわたも、地元の人の口にしか入らない珍味中の珍味。
このわたは、口に含むとウニのような磯の香りがふわっと広がり、
イカの塩辛のような食感。みんな口々に「おいしい」と顔がほころぶ。
これまでも島袋さんとメンバーたちは、出かけた先々で
能登産の七輪を使って魚や干物を焼いて食べ、能登の食を味わってきた。
おにぎりと一緒に珍味を味わったこのひとときも、
その場にいた全員にとって忘れられないものになったに違いない。

昼過ぎになり、島袋さんとメンバーたちは何度も森川さんにお礼を言って、
名残惜しそうにその場をあとにした。

作業をしながらこのわたを食べさせてもらう。

塩むすびにこのわたを乗せて食べ、えらが入った汁をいただく。

これからが、本当の始まり。

金沢在住のメンバーの広田祥子さんは
「いままでは観光地としての能登しか知らなかったけれど、
くちこづくりや干し柿づくりをする人に会えたり、
自分では行かないような場所に行くことができて楽しかった。
能登のものを買うことはあっても実際につくっているところは
見たことがなかったので新鮮でした」と、1年間のプロジェクトを振り返る。

富山に住む勝島則子さんは、プロジェクトに参加する以前から能登に興味を持って
たびたび訪れていたが、こんなに能登に通った年はなかったという。
「くちこづくりもそうですが、あんなふうに森川さんが鍋を引き上げてきて
牡蠣を焼いて食べるなんて、思いもよらない展開だし、ふだんは体験できないこと。
その場所のものを食べるということがその土地を知ることになるし、
その味の記憶がそこに行った記憶になるんだと思います」

ふっくらした牡蠣。能登でのいろいろな体験がからだに染みていく。

プロジェクトは終わったけれど、島袋さんには、
これから何かが始まるという予感がある。
「みんな、なかなか経験できないことをしてきたと思う。
そういうことがこれからのみんなの生活のなかにどう生きるか。
鱈をさばいたりなまこをさばいたり、そういうことを
経験しているのとしていないのでは、大きな違いがあるんじゃないかな」
何か作品をつくって見せるよりも、こういう場所を見せるほうが大きな経験になる。
そう考える島袋さんならではのプロジェクトになった。

そしてもうひとつ、島袋さんが感じたのは「間に合った」ということ。
「みんなの手つきを見ていると、おぼつかないけれど様になっていたというか。
こういうことをして生きてきた人たちの末裔なんだなあと思いました。
現代の人たちがどこかに置いてきてしまったものを、いまならまだ拾いに戻れる。
みんなの姿を見ていて、そんなことを実感しました」

1年間、能登で活動を展開してきて、
ようやく旅をするためのガイドブックができたという島袋さん。
「またお祭りも見に来たいと思うし、自分たちがよりよく旅するための
友だちができたような、道しるべができたような感じ。
これからもっといろいろなことができると思うし、
展覧会が終わって、何かが始まる気がします」

美術館の中で行われるワークショップとはまた違う、
能登という土地でのさまざまな体験は、島袋さんにとっても、
メンバーたちにとっても、大きな収穫になったはずだ。

可愛らしさと郷愁にみな心奪われる。秋田出身の版画家、池田修三没後10年作品展『いろどり』

秋田県発行のフリーマガジン「のんびり」3号で特集が組まれ、
全国的に反響を呼んでいる版画家・池田修三さんの
没後10年作品展『いろどり』が
2014年4月29日(火・祝)~5月6日(火・祝)、
秋田県にかほ市にて入場無料で開催されます。

にかほ市象潟(きさかた)町うまれの
池田修三さんは、高校の美術教諭を経たのち上京し版画に専念、
2004年に82歳で亡くなるまで
主に子供たちの情景や風景画を手がけました。
子供の可愛らしさとともに、どこか郷愁をさそう印象的な作品は
企業カレンダーや銀行の通帳、広報誌の表紙などに使われ
秋田を中心に全国の人々に愛されています。

フリーマガジン「のんびり」をきっかけに昨年行われた展覧会では、小さい町ながら全国から10日間で2500人もの人が訪れたとか

開催期間中である4月30日(水)は池田修三さんの誕生日。
「のんびり」編集長・藤本智士さんと
イラストレーター・福田利之さんによるトークや、
秋田出身のシンガーソングライター・青谷明日香さんによる音楽LIVEも開催。
その後みんなで花みこしをもってお墓参りもします。
*春を愛したという作者にむけて
会場を飾るお花を一輪から受け付けているそうです。

さらに、5月3日(土)と4日(日)には
池田修三さんがただ一人「俺と同じ色が出せるやつがいる」と言った摺り師、
小林義昭さん(竹芳洞)を迎えての
木版画を摺るワークショップも開催(要予約)。

木版画ならではの温かみと
花のように様々な彩りを見せる作品たち。
作者の生まれた町と季節に訪れることで
より伝わるものがあるかもしれませんね。
ぜひこの機会に訪れてみてください!

池田 修三 没後10年作品展『いろどり』
会期|2014年4月29日(火・祝)~5月6日(火・祝)10時~17時
会場|にかほ市象潟公会堂 大ホール(にかほ市象潟町三丁目塩越163)
主催|にかほ市、にかほ市教育委員会
協力|Re:S、のんびり編集部
入場無料(ワークショップのみ有料・要事前申込)

池田 修三 没後10年作品展『いろどり』

増田の内蔵 前編 

「家」の意味を伝える「増田の内蔵」

秋田県横手市の中心部から南へ約10km。
横手盆地の東南部に位置する増田町は、
雄物川の支流となる成瀬川と皆瀬川の合流点に広がっている。
美しい田園に抱かれた小さなまちだが、
かつて、この増田は秋田では最も発展した地域のひとつだった。
増田町の発展の歴史は、
南北朝時代に雄勝郡を治めていた小笠原氏が築城したのがはじまりとされている。
14世紀頃の話だ。
それから時代が下ること約300年。
増田町で朝市が開かれる。江戸期寛永20年(1643)より始まったこの朝市が、
増田町の繁栄のきっかけとなった。
肥沃な横手盆地のただなかにあり、成瀬川と皆瀬川の合流点で、
小安街道と手倉街道が交差するという立地条件は、
両流域の物資の集配地、あるいは交通の要衝として最適の場所だった。
とくに、江戸末期の増田の周辺地域は、
葉タバコや養蚕の秋田県最大の産地へと成長を遂げており、
まちは、仲買人をはじめ、これらに特化した商いが賑わいをみせていた。
こうした商いで優れた業績を積み重ねたのが、いわゆる“増田商人”だった。

明治に入り、養蚕や葉タバコに関する商いが隆盛を極めるなかで、
増田の商人たちは、新たな商業活動を展開していく。
それに代表されるのが増田水力発電や増田銀行(現在の北都銀行)の創設で、
その最盛期には、増田で発電された電気が横手や湯沢、
大曲を含む当時の県南54か所のまちに電力を供給するほどだった。
また、大正期になると増田近郊の吉乃鉱山において大規模な鉱床が発見され、
第一次世界大戦の特需を生み出していくこととなった。
この特需はそれほど長くは続かなかったが、
昭和の戦時体制で再び産出量を増大するなど、
18世紀に開鉱された吉乃鉱山は、長期間にわたって増田町の繁栄を支えた。

増田の中七日通りのまち並み。明治期、この通りが秋田県内における経済の中心地のひとつだった。

江戸に始まった朝市をきっかけに成長していった増田町の経済。
その中心となった増田商人たち。
彼らの息吹を今に伝えるのが、
増田町の目抜き通りとなる「中七日町通り」に建つ「内蔵」群だ。
江戸末期から大正にかけて商業規模を拡大していった商人たちは、
町家を改築し、大きな店舗を持つようになった。
と同時に、店舗から続く主屋の奥に蔵を建造するようになる。
「内蔵」と呼ばれたこの蔵は、まさに増田商人の成功の証といっていいだろう。
内蔵と呼ばれるだけあって、
建っている場所は長細い町家構造(増田商家の場合、100m以上にもなる)の奥で、
通りからは店舗があるために見ることはできない。
さらに豪雪から建物を守るために鞘建物と呼ばれる建屋で、
町家全体を覆ってしまうため
その存在を知るのは、家に関係する者だけの場合もあったという。
そのため、主屋の奥に立派な内蔵が控えるというイメージから、
増田商家が並ぶ中七日通りは「蛍町」と呼ばれた時代もあったという。

佐藤又六家の内蔵も板敷、畳敷の座敷蔵となっている。こうした様式は時代の変遷とともに変更される場合もあった。

一般的な蔵の用途といえば、倉庫的な役割だろう。
増田の内蔵の場合も、多くは、その家に伝わる大切な物品などを保管する
「文庫蔵」として使われたが、もう一方では、板敷き、畳敷きに加え、
主屋以上に凝った意匠の内装が施された「座敷蔵」も多く存在した。
こうした座敷蔵は、当主やその家族だけの
プライベートな生活空間という意味合いが強く、
そういった意味では、他人の目にさらされる建物ではないのだが、
増田商人たちは、内蔵の意匠や造作にはこだわり抜いた。
磨き仕上げによる黒漆喰の壁にはじまり、
蔵内の細部に至るまで一切の妥協がない造作や意匠には驚くばかりだ。
これらの造作や意匠は、
現在では不可能と言われる技術に支えられたものも多いという。
増田の内蔵は、当時の大工や左官職人たちの
卓越した技術の見本市のような存在でもあるとともに、
増田商人が自らの生きた証を子孫に伝えようとした情熱の遺産でもある。

現在、増田で現存する内蔵で、最も古いものは弘化4年(1847年)で
新しいものは昭和8年(1933年)となっている。
現在、増田町では、このおよそ85年間の間に建てられた45棟あまりの蔵が
確認されている。このうち、約15棟が公開(一部有料)されており、
増田商人の精神性や暮らしぶりを見ることができる。
増田のまち並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されているが、
いわゆる文化財保存を目的としてのみ存在しているのではない。
一般公開されている内蔵にも、今もそこに生きる人の暮らしがある。

表通りの店舗や主屋から内蔵へは、「トオリ」と呼ばれる廊下で結ばれていた。

中七日通りから見た山吉肥料店の店構え。雪の白さが似合う美しい姿。

内蔵とともにある暮らし。それを垣間みたくて最初に伺ったのは、
山吉肥料店の山中英一さんだ。
増田の大きな商家に婿に来た、明治11年生まれのおじいさんから数えて、
昭和13年生まれの英一さんは三代目となる。
山中家の内蔵を建てたのは、一代目の順吉さんで、
昭和8年から数年をかけて建築。増田町に現存するなかで最も新しい内蔵で、
“内蔵の集大成”と呼ばれているという。
江戸末期から始まった増田の内蔵建築技術が
最も成熟した時期に建てられたからだ。
主屋の奥で控える間口4間、奥行き7間を越える威風堂々した山中家の内蔵は、
雲母で艶かしいほどに磨き上げられた黒漆喰をまとい、
見る者を圧倒するほどの存在感だ。
もちろん、細部は緻密なまでにこだわり抜かれ、
壁に回された内鞘の組子細工や1枚1トンにもなるという扉の蝶番など、
どれをとっても卓越した技術を感じさせる仕上がりとなっている。

堂々たる風格をたたえる山中家の内蔵。増田の土蔵文化の集大成とも言われる内蔵だけあって、細部に至るまで卓越した技術が活かされている。

内蔵の壁にまわされた内鞘。組子は、麻の花をモチーフとした模様をなしている。

蔵の角に当たる部分は、「銀杏仕上げ水切り」と呼ばれる美しい左官仕事で仕上げられている。

「婿入りして分家したおじいさんは、塩の卸問屋をはじめ、
生糸、荒物、雑貨、保険にいたるまで、さまざまな事業に精を出した。
いつか自分でも蔵を建てるぞと、それこそ身を粉にして働いたそうです」と、
初代の思い出を語るのは、三代目の英一さんだ。
英一さんは、初代の没後に生まれているため、
直接顔を合わせたことはないのだが、
蔵を建てた初代の生き様は山中家の語り草になっているという。
「おじいさんは、蔵を建てて数年後には亡くなっていますから、
蔵は、まさに人生の集大成だったんでしょうね。
とにかく蔵を大切にしたと聞いています」

山中肥料店三代目の当主となる山中英一さん。おじいさんの教えを守り、内蔵とともに暮らしている。

蔵の入り口に設けられた白蛇の模様は、悪いものが入らぬようにとの思いが込められた意匠。

“蔵を大切にする”山中家の内蔵への思いは、この言葉に尽きる。
山中家の蔵は、内部に畳を敷いた座敷蔵と呼ばれるもので、
蔵を生活空間に使う増田の内蔵特有のものだが、
そこは家族であっても簡単には出入りすることは許されなかった。
内蔵建設を目指した順吉さんは、それが完成したとき、
「みだりに蔵に入るものではない。蔵は神聖な場所。汚してはいけない」と
家族に言い渡したという。
その家訓は次の世代、そして英一さんへも受け継がれている。
そのため、山中家では、内蔵を一般公開しつつも蔵の内部を見せることはない。
あくまで家族だけの神聖な場所。そういう意味だからだ。
とはいえ、家族にとって神聖な場所とは何を意味するのだろう。
英一さんによると、蔵の1階には板間と畳で、
2階には冠婚葬祭に必要な漆器などが保管されているという。
その空間がなぜ、特別な場所なのか。

山吉肥料店の店舗。夫婦ふたりで、肥料販売業を営んでいる。

この問いに対し、英一さんは
「うちの蔵は、家族の生き死にを見守る場所なんです」とポツリとつぶやいた。
おじいさんが蔵を建てた。
そして、そのおじいさんが亡くなったとき、
蔵の座敷にまだ温もりが残る遺体を運び込み、
僧侶を呼んで枕経をあげてもらった。
おばあさんが亡くなる直前、おばあさんを蔵の座敷に運び、床についてもらった。
そのとき、おばあさんは
「ああ、蔵の天井が見える。気持ちがせいせいするな。オラもそろそろだな」
とつぶやいた。家族が逝くときだけではない。
英一さんをはじめ、新しい家族がこの世に誕生する場所としても蔵が選ばれた。
嫁を迎える際の結婚式も蔵の中。
人の生き死にを見守る場所というのはこういう意味だった。

家族が過ごしてきた主屋は店舗スペースの後ろに控えている。

台所仕事をする水屋スペース。水屋のそばにはたいてい井戸が設けられていた。現在もここで家事も行う。

増田の内蔵の特徴のひとつは、その用途だ。
種類としては文庫蔵と座敷蔵に大別されるが、用途は、各家独自のもので、
山中家のように人の生死を見守る場所として使われることもあったのだ。
「だからこそ、簡単に蔵に出入りできないんです。それは今も。
当主となった自分自身もその通りです。
私が今度ゆっくり蔵で過ごすのは、あの世に向かうときかな」
そういって英一さんは笑った。
山中肥料店という看板が掲げられた古い町家の奥でひっそりと、
そして堂々と構える山中家の内蔵。
それは、時とともに移ろう家族の歴史を刻むために建っていた。

山中英一さんの「蔵は神聖なもの。それは今でも変わりません」という言葉が強く印象に残った。

山中家の家族の人生を見守ってきた内蔵。静かに時の中に佇んでいた。

蔵の中で行われた山中さんご夫妻の結婚式の様子。蔵の思い出のひとつだ。

座敷には美しい雛が飾られてきた。蔵とともにある暮らしは、年中行事を大切にすることでもあるという。

MAD City vol.7: 頭の中のモヤモヤを整理整頓。 住みたい空間を叶える、 建築家・森さんのDIY

MAD City vol.7
既存の間取りを自在に変化させ、最大限の居心地を。

MAD Cityでは、まちの中で使われていなかった物件を
地域のオーナーさまから借り上げては、改装可能などの条件を加えて、
アトリエや工房、住居、イベントスペースなどとして入居者に提供しています。
入居者は、各自のセンスと技術で、物件に手を加えていきますが、
そんなDIY作業を助けてくれるのが、
MAD Cityの入居者たる多くのアーティストやクリエイターです。
今回は、そんなアーティストのひとり・森 純平さんを紹介します。
彼はMAD Cityが運営する「旧・原田米店」でアトリエを借りる入居者です。

森さんは東京藝術大学の建築科を卒業した、今年30歳の若き建築家。
アーティストとしても、舞台美術や展覧会、コンサートなど幅広い作品を手がけています。

森さんです! ちなみに、最初に彼がMAD Cityを気に入ってくれた理由は、「『マッドシティ』という名前が攻めているから」だったとか。

森さんがMAD Cityに関わり始めてくれたのは、4年ぐらい前から。
MAD Cityのスタッフが、たまたま森さんの大学の同級生だったことから、
2010年の「松戸アートラインプロジェクト」という
地域アートプロジェクト(現「暮らしの芸術都市」)に協力してくれたのがきっかけでした。

森さんが初めて松戸に関わったイベントの様子。松戸駅のデッキを会場に音楽ライブの舞台をつくってくれました。

もともと東京・北千住や横浜・黄金町などのまちづくりにも携わっていた森さんは、
既存の建物をどう生かすかという視点を常に持っています。
そして、彼はとっても「掃除」がうまいんです。
もちろんこれは、別にお客さんの家の掃除をするわけではありません。

「とりあえず、一部屋だけリノベをしてみたい」
「やり方はわからないけど、DIYしたい」
「でも、なにをしていいかわからない」

という人が結構います。実際、リノベ初心者の人の場合、
仮に自分が「こういうDIYしたい!」という明確な意志を持っていても、
やりたいことが多すぎて予算オーバーになってしまったり、
いざやってみると後に「あれ、本当にこれがやりたかったんだっけ?」
「本当にこれで使いやすいんだろうか」などと疑問を持つことが多いのです。

そんなお客さんにヒアリングして、相手がモヤモヤと抱いているイメージから、
余計なものをどんどん削り落としていく。
そして「その人が本当にその物件を通じて求めているもの」を浮き彫りにしていき、
お客さんと一緒に建物をDIYしていくんです。

お客さんにとって必要ないと判断したものは、
森さんはカウンセリングの最中にバッサバッサとそぎ落としていきます。
だから、森さんが手がけるリノベは、
お客さんが当初考えていたものとはまったく違うかたちになることも多々あります。

たとえば、当初は部屋に壁をつくって間仕切りする予定だった家も、
結局つくり付けの家具を置くだけにして、
家具を移動させるだけで簡単に部屋の広さを変えられるようにしたり。
部屋の狭さに悩んでいる人には、床を張り替えたり、
壁を抜いてみるだけで、ぐっと部屋を広く見せたり。

住まい手にとって必要でないことは、仮に頼まれても絶対にやらない。
「その人が本当に必要としている住まい」
「10年後、30年後でもその人にとって暮らしやすい部屋」を
本質的に追求していこうとする森さんの作業を、
僕らが「掃除」と呼ぶようになったんです。

現在が森さんがアトリエとして使う「旧・原田米店」にて。

通常のマンションだと「基本の間取りにはあまり手を加えられない」
と思ってしまいがちなんですが、
森さんはいまある設計が相手のニーズにそぐわなければ、
天井も抜くし、壁も壊す。柱も切るし、床もバンバン張り替える。
その思い切りのよさ、かなり豪快です。

MAD Cityにもいろんなクリエイターさんが関わってくれていますが、
間取りなどの既にある条件を、ここまで躊躇なく気にしないのは、
おそらく森さんくらいでしょう。
でも、裏を返せばそれは、多少の無理をしてでも
最大限「使う人のニーズ」を考えてくれている証拠なんです。

森さんの最近のリノベ。研究者である依頼主と一緒に考えた結果、蔵書のための本棚をつくり付ける、依頼主の父親が使っていた製図板をテーブルにする、といった展開に。

ちなみに、MAD Cityの現在の事務所の改装を手がけてくれたのも森さんです。
ただ、僕らが現在の事務所を決めたとき、
「今後MAD Cityがなにをしていくのか」「僕らにどんな場所が必要なのか」は
まだ、試行錯誤の状態でした。
不動産屋でもあるけれども、コミュニティとしての活用ができる場でもあってほしい。
そんな場所をどうつくったらいいか、簡単に答えが出そうにない。
モヤモヤとずっと考え続けているなか、タイムリミットはどんどん迫ってくる。
そして、数回にも渡るヒアリングの末、
そんな僕らの想いを汲み取って森さんがつくってくれたのが、
真っ白なキャンバスのような壁がある、とてもシンプルなオフィスでした。

「まだまだ、MAD Cityにはいろんな可能性があるから。
最初はあまりお金をかけず、後々加工しやすいもののほうが
使いやすいんじゃないかと思って。これだけシンプルなら、
いくらでも後から手を加えていけるから」(森さん)。

そんなわけでMAD Cityの事務所は森さんに相談しながら、
オープンしたあとも、ちょっとずつ変わっています。
日々のアイデアで、新しい機能を付け加えていくといった感じですが、
そうやっていじり続けるのがDIYの本質だなと思います。
それを助けてくれているのが森さんというわけです。

MAD Cityの事務所「MAD City Gallery」。最近では、入居者の料理人たちの「料理のレシピ」を配布するコーナーができたりと、ちょっとずつ進化しています。

森さんは現在、MAD Cityが管理する「旧・原田米店」内にアトリエを構え、
使いながら、いろいろと改修中です。
旧・原田米店は、全体の敷地が400坪近い、広い日本家屋群を
アーティストたちがシェアアトリエとしている建物ですが、
まだまだ改修の余地があります。
ここから森さんは、僕らと一緒にいろんなプロジェクトに関わってくれています。
得意の森さんの“掃除”は、建物と入居者だけでなく
裏庭をどう活用しようかというアイデアなど、
まちと人とのつながりにも射程が広がっています。

現在は主に「作業場」として使用されている「旧・原田米店」ですが、場合によってはギャラリーやイベントスペースとしての使用も検討中。

アトリエなので、いろんな用具がぎっしり!

「地域のなかで人の流れを生み出す場をつくり、
建築がまちへと作用するような動きを見たい」
と考える森さんは、この旧・原田米店を
「家を増築して、もっとアトリエスペースを広くしてみんなが使えるように」
「広い庭に東屋をつくって地域住民が使える憩いの場に」など、
いろいろな構想を準備しているようです。

「MAD Cityは古くからの松戸市地元民とは結びつきはあるけれども、
マンションに住んでいるような
新しくこの土地に来た人たちとの接点があまりないんですよね。
旧・原田米店が、もっといろんな人が共有で使える場になってくれたらいいなぁ」
と森さん。

アトリエの裏側も昔ながらの日本家屋。屋根はまだ張られていませんが、東屋が少しずつつくられている様子、わかるでしょうか。これも森さんの活動です。

さまざまなネットワークをつなぎながら、
都会のような田舎のような、松戸での暮らしを楽しむMAD CityのDIY。

僕らはもっとDIYが日常的になって、
分譲マンションのお部屋がどれも超個性的になってしまう、
そんな状況が生まれたりしてほしいなと思います。
部屋をリノベしたいけどどうしよう……といった依頼者が気軽に相談できる、
森さんのような建築家がどんなことを仕掛けてくれるのか。
これからが楽しみです。

旧・原田米店で森さんがいじっているスペースのリニューアルは
もみじが色づき始める10月頃の予定とのこと。
さてさて、どんな空間に変身しているのでしょうか。
気になる人はぜひ見に来てください。

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MAD City(株式会社まちづクリエイティブ)

住所 千葉県松戸市本町6-8
電話 047-710-5861
http://madcity.jp/

いちはらHOMEROOM通信 vol.2

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、
旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)。
ここでアーティスト中崎透さんが、さまざまな講師たちを招き
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」を開催。
そのようすや芸術祭の風景を、中崎さんと仲間たちが5回にわたりレポートします。

教室に集まっているものたち。

こんにちは、中崎透です。
前回の堀切さんの記事でも紹介した、中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」の
会場のひとつ、IAAES(旧里見小学校)にてホームルームを担当している美術家です。
今回は「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」と題して
9組の講師陣を招いてのワークショップ、ライブ、トークなどのイベントの企画と、
2組のアーティストのレジデンスと展覧会の企画、
それとワークショップ会場にインスタレーション作品を制作、
といった感じで芸術祭に関わっています。

まず、IAAES(旧里見小学校)のことなんですが、
「Ichihara Art/Athlete Etc. School」が正式名称で、
廃校になった学校を舞台に、アーティストやアスリートといった
さまざまな人々が集う地域の開かれた学校として
芸術祭以降も継続して活動されていくことを視野に入れた場所になっています。
リノベーションはなんと、みかんぐみです。
学校の雰囲気を最大限に残した丁寧な場所づくりをしてくれています。

さて、ここで芸術祭なのにアスリート? と思った方もいるかもしれませんが、
そうなんです、そこがミソなんです。
IAAESの入口にある「Café Camp!」、
一見すると普通のオシャレなカフェなんですが
実はここで見えているのは氷山の一角だったりします。

このカフェを運営する
AAA(Athlete & Agriculture Association/アスリート&アグリ組合)では、
耕す人を求めている里山の農業と、体力に自信のあるアスリートたちが出会い、
地域密着農園クラブチーム・プロジェクトを実施、とあり、
さらにはそこにデザイナーチームも加わった社会実験プログラムだったりします。
「Café Camp!」はそういった活動の一環であり、
IAAESの芸術祭以降の展開は、AAAを中心に進めていくようだ、と
関係者の方が話しているのを耳にしました。

カフェを抜けると「YOUR PARTNER」と書かれた自転車が置いてあります。
レンタサイクルなんですが、実はこれは小沢敦志さんの作品でもあります。
よく見るとハンドルのところに言葉がついていますが、
これは一台一台の自転車につけられたニックネームです。
どうやらワークショップで名づけられたものもあるらしいです。

続いて進むとホームルームでもお世話になっている、大ワークショップ室があります。
普段イベントがないときは中崎の作品が設置されています。
いくつかのオブジェにはキャスターがついていて、
イベントに合わせて会場のレイアウトが変化できるようになっています。

ちょっと作品のことを。
下見に来たときに、もともと図書室にあったであろう
ミヒャエル・エンデの「モモ」を見つけました。
その本の中から21のテキストを引用し、そのテキストにどこかしら対応するような、
学校備品を主な素材とした立体作品を組んでみました。

かつての劇場に少女が住み始め、
それとなく人々がなんでもない時間を過ごしに集まってくる物語と、
この学校という役目を終えた場所に、それぞれ異なる時間の流れを過ごす人たちが
集まってくる感じが、他人事には思えません(笑)。

時間泥棒から、時間を取り戻すために子どもたちが立ち上がる。
学校の備品は、子どもたちが身近なものを手に取った武器のようなもの。
豊かさを求め、時としてかえって豊かさを失っていくありがちな私たちの日常。
この場所の存在や、芸術祭を開催するといったアクションが、
豊かさや自分たちの生きることへの物思いに耽るような、
一見無駄な場所のように機能していくといいなあと思い制作しました。
ちなみに、タイトルの「Most Of Modern Opinion」は
頭文字が「モモ(MOMO)」になるちょっとした言葉遊びです。

このペースで紹介していくと膨大な量になりそうなので
ダイジェストでいくつかの作品を。

栗林隆「プリンシパル オフィス」。これはすごいです。マイナス30℃の世界を体験せよ!!

滝沢達史「おかしな教室」。子どもに大人気具合がやばいです。

ミシャ・クバル「スピード・スペース・スピーチ」。結構くらくらします。

2階の教室のひと部屋は、壁面で半分に区切ってスタジオとギャラリーになっていて、
レジデンスプログラムのために使用しています。
前回も紹介していましたが、「HOMEROOM/After School プログラム」として、
現在は友枝望さんが展覧会を開催しています。4月13日(日)まで。

友枝望「CLUSTER - study tool at S.E.S.-」

スタジオスペースでは、数日前から写真家の松本美枝子さんが滞在制作を始めました。
あちこち足を運んで撮影をしているようです。展覧会は4月19日(土)からです。

教室そのままの雰囲気を残したレジデンススタジオ。

全部は紹介できませんでしたが、IAAESの普段の雰囲気が伝わったでしょうか?
これに加えてホームルームをはじめ、ほかにもアーティストや
地元の方々の手によるさまざまなワークショップやイベントが開催されています。

ホームルームにて。

先日の「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」の様子を少し。
4月4日、5日とアーティスト下道基行さんのトークとワークショップを開催しました。
ワークショップのタイトルは「撃つか撃たれるか/Dead or alive」。
菜の花と桜が満開のこの季節、小湊鉄道はカメラを構えた人々で溢れます。
そんな中、電車に乗り込み、電車を撮影する人々を撮影するというワークショップでした。

これがめちゃくちゃ面白かったです。ひとつの発明かもしれません。
なんというか、この視点をインストールすると、
誰でもこの体験を共有することができる、というとても秀逸なワークショップでした。
戻ってからの編集作業というか、振り返りの時間のオペレーションに
少しまごつきましたが、アウトプットのかたちを探ることと合わせて
いい課題が残ったかな、と。
うん、これは定期的にやったりすると面白いです。

4月6日の遠藤知絵さんと木下真理子さんのトーク
「当てはまらないところで、自分らしく生きてみる」。
建築設計事務所に勤務する遠藤さんと、雑誌の編集長をしている木下真理子さん、
設計する、編集する、といったキーワードで話してみようか、とお誘いしたんですが、
それぞれ仕事以外にも、福島市を拠点にさまざまなまちづくりの活動に関わる
ふたりのお話は、いろんなところに行ったり来たりして興味深かったです。

木下さんの話の中で、震災以降、これまで雑誌づくりで、
例えば20代女性、といった対象の設定があったとしたら、それがわからなくなった、
だって20代女性っていってもみんなバラバラだし違う、
といった内容の言葉が印象的でした。
たぶん以前からそうだったんだけど、気づかざるを得ない、
でもそれを積み重ねて自分らしくなっていく。
そしてそれは、他人の、それぞれの自分らしさを
お互い尊重できることでもあるのかな、なんてことを勝手に考えたりしました。

なんだかとても長文になってしまいました……。
最後に、僕も実はまだそんなにアート×ミックスの
ほかの会場に行けていないのですが、イベント前に下道さん、
遠藤さん、木下さんと一緒に少し作品を巡れたのでいくつかスナップを。
菜の花と桜に彩られたここ中房総は、本当に桃源郷のような風景が
あちこちに当たり前のように出現していて、改めてビックリしてます。
これからはだんだん新緑の季節に移り変わっていくのも楽しみだったりします。
みなさま市原へぜひ足をお運びくださいな。

KOSUGE1-16「湖の飛行機」(photo: ENDO Tomoe)

木村崇人「森ラジオ ステーション」裏庭部分(photo: KINOSHITA Mariko)

開発好明「モグラTV」

次回の「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」は
4月26、27日にvol.5 アサノコウタのワークショップ「教室の中のちいさな教室」。
4月29日にvol.6 環ROY×蓮沼執太×U-zhaan「体育館ライブ」。
ではでは、ホームルームでお待ちしております。

(photo: ENDO Tomoe)

information


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IAAESプログラム
NAKAZAKI Tohru HOMEROOM

会場:IAAES 旧里見小学校(千葉県市原市徳氏541-1)
中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)では、展覧会やカフェなどさまざまな企画を通して地域に開かれた新しい学校のカタチを目指しています。今回、IAAESではアーティスト中崎透がホームルームを担当。9組の講師陣を招いてのワークショップ、トーク、ライブイベントの開催に加え、「HOMEROOM/ After Schoolプログラム」と題して、2組のアーティストのレジデンスプログラムを実施します。
http://homeroom18.exblog.jp/
https://www.facebook.com/homeroom.nakazaki

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ICHIHARA ART × MIX
中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

2014年3月21日(金)~5月11日(日)
メイン会場:千葉県市原市南部地域(小湊鐵道上総牛久駅から養老渓谷駅の間)
連携会場:中房総エリア(茂原市、いすみ市、勝浦市、長柄町、長南町、一宮町、睦沢町、大多喜町、御宿町)
http://ichihara-artmix.jp

ふなばしアンデルセン公園で、木に寄り添いながら見る風景。「建築家がつくる木の上の小屋」

木の上に創りあげる、あこがれの自由空間「ツリーハウス」。
ただいま千葉県の「ふなばしアンデルセン公園」では、
展覧会「建築家がつくる木の上の小屋」を開催中です。

これは、金野千恵、小林恵吾、
そしてコロカルの人気連載「リノベのススメ」を手がけるNO ARCHITECTSら
若手建築家3組による、ツリーハウスの展示。
アンデルセン公園にある「ワンパク王国ゾーン」の3本の樹木に、
思い思いのツリーハウスを制作し展示しているんです。

3組とも、ふだんは大都市の建築や住宅を手がける建築家たち。
彼らが樹木と寄り添う建物である「ツリーハウス」を作ったら、
いったいどんなものになるのでしょう?
コーディネーションを担当した鈴木明氏は、ツリーハウスには
「動物や樹木とともに暮らすことを想像してほしい」という、
建築家たちから未来をになう子どもたちへのメッセージが
込められているといいます。

本企画の主役は子ども達。
ツリーハウスに登って、非日常な眺めを見たり、
木に寄り添う時間を過ごすことは、貴重な体験になるでしょう。
現代の家が失ってしまった、自然と共にある、
やさしさに包まれた空間を感じてほしいとのこと。
会期は4月20日(日)まで。

ふなばしアンデルセン公園「建築家がつくる木の上の小屋」

福岡在住、10歳の天才画伯「モンドくん」がスゴイ!ビートルズ、はっぴいえんどもお手のもの

この見事な、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
のイラスト。描いたのはなんと10歳の男の子!
福岡在住の「モンドくん」という絵かきさんです。
彼はこんなふうに、なんともいえない味のある似顔絵を、
自らのブログに「モンド今日の絵」として1日1枚アップ中。
個性豊かな画風だけでなく、選ぶモチーフも
「はっぴいえんど」や「じゃがたら」など、
通好みのミュージシャンだったりして、
噂を呼んでいる若きアーティストなんです。

この絵を描くのに一週間かかったそう

■モンドくんとボギーさん

モンドくんと、お父さんのボギーさん

モンドくんは、お父さんのボギーさんの存在を
抜きにしては語れません。
ボギーさんは福岡で活動する音楽家。
自らのマニアックなレコードコレクションなどを
モンドくんに絵のモチーフとして提案しているんです。
毎日モンドくんはボギーさんの出すお題に向き合い、
真摯に似顔絵を描いています。
それが、彼の絵にマニアックなミュージシャンやアーティストが
登場している理由なんです。
いまでは、イベントでボギーさんが演奏して
モンドくんが絵を描くことも。
ぜひ一度、生でお二人を見てみたいです!

岡村靖幸さん

モンドくんの絵のポストカードは通信販売で購入可能!
パルコ出版から限定のミニブック「モンドくん」も発売中です。
そのほか、福岡の月刊雑誌「NO!」では
「モンド画伯の似顔絵講座」を連載されていました。※前号で終了
地元の方はぜひこちらもチェックしてみてください!

ミニブック「モンドくん」
ポストカード
モンド今日の絵

※ミニブックを追記しました(4/9)

いちはらHOMEROOM通信 vol.1

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、
旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)。
ここでアーティスト中崎透さんが、さまざまな講師たちを招き
「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」を開催。
そのようすや芸術祭の風景を、中崎さんと仲間たちが5回にわたりレポートします。

市民参加の本格映像ワークショップ。

はじめまして。「NAKAZAKI Tohru HOMEROOM」スタッフの堀切です。

NAKAZAKI Tohru HOMEROOMとは、アーティスト中崎透が
千葉県市原市で開催中の中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」の会場のひとつ、
IAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)/旧里見小学校で繰り広げる
ホームルームです。

中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のガイドブックとチラシ。

中崎透を担任に見立て、廃校となった小学校を舞台に
さまざまな講師を招いて授業を行う、というプロジェクト。
しかも、授業を担当するのは、山城大督、テニスコーツ&YOK.、
下道基行、遠藤知絵×木下真理子、アサノコウタ、環ROY×蓮沼執太×U-zhaan、
藤井光、珍しいキノコ舞踊団、辺口芳典、友枝望、松本美枝子といった
錚々たるアーティストたち!

東京駅から1時間ちょっととはいえ、こんな里山でこんな豪華な授業が行われるなんて。
スタッフでよかった。

そんなHOMEROOMの初回は、3月21、23日に行われた
山城大督ワークショップ「映像芸術実験室~時間を操ろう!~」でした。
山城さんは、美術家、研究者、映像ディレクターとして
マルチに活躍されているアーティスト。
アーティストユニット「Nadegata Instant Party」では中崎とも活動しています。
今回のワークショップは、「スローモーション編」と「クロマキー編」と題して、
スローモーション映像をつくるワークショップと、
合成映像をつくるワークショップを開催しました。
参加者と一緒にネタ出し、撮影、リアルタイム編集、成果発表試写会までを行う、
3時間みっちりのワークショップ。

まずは挨拶から。参加者とスタッフで自己紹介から始めるワークショップ。会話が生まれて緊張気味の参加者もどんどん和らいでいく。というか、ここから抱腹絶倒の面白ワールドが展開していく。

山城さんは、さすが山口芸術情報センター[YCAM]で
3年間エデュケーターとして勤めていただけあって、レクチャーもわかりやすく、
ネタ出しで困っている人には声をかけて提案したりしながら、
ぐいぐい参加者の心を掴んでいきます。

2日間のワークショップ初日の参加者は、市原在住の5人家族と、
東京からやってきた若いご夫婦+そのお友だちfrom市原。

ふたりひと組に分かれ、それぞれのペアが考えたネタを順次撮影していきます。
ここでいちばんのアイデアマンだったのが、自己紹介で
「僕はアートに興味はないんですが。どっちかっていうと、興味があるのは車とかです」
と発言をしていた5人家族のパパ。
なのに、次々とアイデアを出して実践していくパパ。
しかも娘たちを実験台にどんどん映像を生み出していく。時に自分も実験台に。
しかも面白い。しまいには、三人姉妹をプロデュースしはじめた。
この方は一体何者なのだろうと畏怖の念を抱かずにはいられませんでした。

泥だんごを投げつけた瞬間をスローモーションにしたいと提案し、実践するパパ。雨の中、校庭に思い切りぶつけた泥だんごは、娘さんと山城さんに思いっきりはねて、このあとパパはこっぴどく怒られるはめに。

みんなで撮影も。

最後は、いろんなパターンを参加者全員で撮影。
これが、結果としてワークショップを代表するすばらしい映像となったのでした。

2日目の「クロマキー編」は、参加者2名。
東京からきた若いご夫婦でした。
スタッフのほうが人数が多いという通常なら緊張のシチュエーションながら、
笑いの絶えないムードメーカーの奥様と、決めるとこ決める男前な旦那様の名コンビが、
とてつもない名作を生み出すことに。

これから作成する映像について真剣に話し合う、山城(左)、中崎(右)、ご夫婦(手前)。

絵コンテ完成。旦那様が学校の先生ということで、先生を主役に学園ものを作成。

合成映像を撮るために、人間と背景を別々に撮影します。
人間を撮る際は、グリーンの垂れ幕でグリーンバックをつくります。

本物の教師である旦那様に教師役をお願いし、残りメンバーは学生役に。
おらおらといちゃもんつける不良学生に、正義の教師が立ち向かうというストーリー。
ハサミを先生に向かって投げつけられるのも、飛んできたハサミを寸止めできるのも
合成映像ならでは。

一生懸命、飛ばし方を試行錯誤。

背景に入れる画像は、IAAES(旧里見小学校)。
別撮りして、編集の際に合成します。

そんなこんなで完成した、スローモーション編、
学校編(クロマキー編)の成果はこちら

スローモーション編は「おしゃれ!」、「アートっぽい!」と評判だったのですが、
クロマキー編はそもそものテーマである合成映像だということに気づかれず……。

ラスト、ハサミがくるくると落ちる様子は、大林宣彦作品を想起させます。
あの名作『HOUSE ハウス』も合成の賜物。
そんなことに気づかされ、深く感動した2日目でした。

山城ワークショップでは、最後に参加者同士が連絡先を交換するなど、
同じ目的を持って集まった者同士が3時間の授業のあとに
さらに別れ難いほどの結束感を抱く、濃密な時間となりました。

いまここでしか生まれない空気。

続くHOMEROOM vol.2は3月30日のテニスコーツ&YOK.野外ライブ「School PICNIC」。
「プロジェクトFUKUSHIMA!」のアートディレクションでもおなじみの中崎透、
今回もライブ用にお花見をイメージした垂れ幕を作成。

スタッフの控え室となっているIAAESの1階の職員室で、居合わせたアートフロントギャラリーの加藤さんと、出展アーティストの栗林隆さんにまで乾かすのを手伝っていただいた貴重な紅白幕。職員室はアートフロントギャラリーのスタッフ、参加アーティスト、ボランティアスタッフ「菜の花プレイヤーズ」さんの控え室。まじめに仕事したり、お菓子をつまみながらふざけたり、たまに愚痴りあったり。きっと職員室もこんな風に使われていたのだろうな。

しかし、春の嵐で大雨になり、急遽、学校1階の大ワークショップ教室に会場変更。

中崎透のインスタレーションの中に椅子を並べ、ライブ会場に。リハ中のYOK.さん。

客足は少ない。幾ばくかの緊張とともに、ライブが始まった。

YOK.が優しく優しく包み込んだ空間を、テニスコーツが無下に壊す。
会場に並べていた椅子もインスタレーションの一部も、
壁となるものすべてをとっぱらう。
淡々とギターで刻み続ける植野隆司さん、
何者にもとらわれずに自分の空間を再構築していくさやさん。
私たちはやってくれたとばかりに笑いながら見ていたけれど、
実は同時に激しい緊迫感もあり、まさにいまここでしか生まれない空気をつくりだし、
流れを変えたテニスコーツに誰もが心動かされた瞬間でもあったのでした。
何かを壊すためには、前提があることが必然で、
その前提を丁寧に築き上げたYOK.の歌があっての破壊と再構築でした。

そして何もなかったかのように奏で続けるテニスコーツのふたり。(photo: yusuke watanabe)

最後は、ダニエルも迎えて、テニスコーツとYOK.のセッション。

来場者も巻き込んで歌うさやさん。気がつくと廊下には人が集まっていた。(photo: yusuke watanabe)

会場に居合わせた人は皆、満たされて帰っていった。

NAKAZAKI Tohru HOMEROOMでは、ワークショップ、ライブだけでなく、
After Schoolプログラムと題して、レジデンスも実施しています。
会期中、前後期の二期に分け、IAAES2階の展示室で展示を行っています。
前半は友枝望。里見小学校に残された勉強道具を集め、
並べ直して水平に吊り下げています。その数なんとおよそ250点。
レジデンス後期は写真家の松本美枝子。

そして、vol.3、vol.4のHOMEROOMは4月4〜6日の
下道基行ワークショップ「撃つか撃たれるか/Dead or alive」に、
遠藤知絵×木下真理子のトーク「当てはまらないところで、自分らしく生きてみる」。

毎回表情を変えるHOMEROOM。
思いも寄らない化学反応が起きてしまうHOMEROOM。
どうぞ引き続きお見逃しなく。

information


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IAAESプログラム
NAKAZAKI Tohru HOMEROOM

会場:IAAES 旧里見小学校(千葉県市原市徳氏541-1)
中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」のメイン会場のひとつ、旧里見小学校を改装したIAAES(Ichihara Art/Athlete Etc. School)では、展覧会やカフェなどさまざまな企画を通して地域に開かれた新しい学校のカタチを目指しています。今回、IAAESではアーティスト中崎透がホームルームを担当。9組の講師陣を招いてのワークショップ、トーク、ライブイベントの開催に加え、「HOMEROOM/ After Schoolプログラム」と題して、2組のアーティストのレジデンスプログラムを実施します。
http://homeroom18.exblog.jp/
https://www.facebook.com/homeroom.nakazaki

information

ICHIHARA ART × MIX
中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

2014年3月21日(金)~5月11日(日)
メイン会場:千葉県市原市南部地域(小湊鐵道上総牛久駅から養老渓谷駅の間)
連携会場:中房総エリア(茂原市、いすみ市、勝浦市、長柄町、長南町、一宮町、睦沢町、大多喜町、御宿町)
http://ichihara-artmix.jp

ビルススタジオ vol.07: 第6回リノベーションスクール @北九州レポート

ビルススタジオ vol.07
4日間で考える、まちの再生事業プラン。

一般社団法人リノベーションまちづくりセンターが運営している
リノベーションスクール」というイベントに招かれ、
3月20日〜23日に北九州市に行ってきました。
今回で第6回目となるこのスクール、丸4日に渡る合宿です。
コースも複数あり、参加者は、建築、行政関係者、学生などさまざま。
各コースごとにリノベーション課題が出され、
参加したメンバーがチームで事業を考えます。
ユニットマスター(以下、UM)はそのサポートをする、というのが基本姿勢です。
私は事業計画コースのUMとして初参加してきました。

まずは初日。私の入るユニットAは
もうひとりのUM、初対面の「木賃デベロップメント」の内山 章さんと
これまた初対面の8人のユニットメンバーで構成されていました。
年齢も属性もさまざま。もちろん年上のメンバーもいます。
計8つあるユニットにそれぞれ小倉市街などの空き物件がひとつあてがわれ、
事業計画コースでは、
「チームみんなで物件を舞台に事業をつくりだす」という課題が出されました。

まずはともあれ、現地調査。
会場から徒歩10分程度にある古くからの住宅街。
高層マンションがそびえる街区を入り込んでいくと、
なかなか味わい深い木造のひしめくエリアになってきました。
その中に佇む、築40年ほどのフロ無しアパートが当ユニットの案件です。
さて、ここの再生かぁ。

雨の中をユニットメンバーで移動。初めてのまちを見ながら話が弾みます。

オーナーさんに聞くと、8戸中6戸は入居中。
フロ無しなのに、この入居率はだいぶ優秀。
家賃は近所の相場からすると、激安。
そして隣に住むオーナーさんも特別困ってはいない。
なんだ、特段仕掛ける必要ないんじゃないか。

……と、窓から目の前の公園を眺めながらぼんやり考えていました。
んっ? ここ気持ちいいじゃん。
2階の低い窓辺に座り、公園で花いじりをしているおばあちゃんや親子連れや、
春には桜の木が広がる景色を眺める。
そんなことを想像しながら物件を後にしました。

2階窓からの眺め。花いっぱい、そしてタコ(スベリ台)。

ひとまず会場に帰り、ミーティング。
初日である今日は、「ここで何をするか」を決めなくてはなりません。
メンバーにて途中で見た近隣の様子、
オーナーさんへのヒアリング内容などを交換し、
何をするべきかを話し合います。
2時間後には進行具合を確認するためのショートプレゼンが待っているので。
そこでプロジェクトの指針が決まってしまいます。
時間制約のあるなかで「ああしたい」「こうしたい」と意見が飛び交い、
緊張感のあるブレインストーミングでなかなか見せどころがあった
……といいたいところでしたが、
初対面同志の遠慮からか、現状分析はできるもののアイデアはなかなか飛び交わない。
雨の日だったこともあり、
現地調査の印象が若干ネガティブだったのも影響していた感じでした。
ただ、なんとなくメンバーに共通していたのは、
物件はともかく目の前の公園は気持ちよさそうだ、ということ。
じゃあ、今日はそれをプレゼンにて伝えるまでにしよう。
で、打ち解けるために飲みに行こう。
そういえば皆の年齢も趣味も得意技もまだぜんぜんわからない。
その辺をUMとして理解しつつ、プレゼンに向けて作戦を立てていこう。

いや、なかなか大変な役を受けてしまったな……と思いましたが
楽しい時間だったのでよしとしました。

初日のミーティングの様子。UMは意見を待ちます……。

そして2日目は晴れわたる空のもと、エリア調査。
メンバーが手分けしてエリア内を歩き回り、空家空地を探してまわりました。
合間に、再度オーナーさんに。公園の縁側でヒアリング。
気持ちのいい日だったこともあり、多くのことを話してもらえました。
持ち帰り、ミーティング。
2日目のショートプレゼンは「そのプロジェトをどう進めるか」の段階になります。
昨日の飲み会、今日の調査(散歩)のおかげもあり、
今回は意見が飛び交いました。
しかし議論はあっちこっちに飛散……。
いまだに「何をやるか」の前段階の話でもちきりです。
でもどう聞いても、公園から離れては戻り、また離れて離れて、そして戻り。
うん、これ以上放っておくと、
このまま公園のまわりをぐるぐるぐるぐるまわり続けそうだ。
よし、今日はここで一気に案を集約して
明日からは最終プレゼンの作業に入りながら
細かいところを都度都度、具体的に決められればなんとかなるだろう。
ということでメンバーを残し、栃木から仲間も来ていることもあり、
フグを食べにいきました。

しかし、そこでの話でちと反省が。
この合宿に参加しているメンバーは皆受講料を払って何かを身につけに来ているのに
それぞれ本当に自分のやりたいと思うアイデアを出しているのか?
たぶん現状は違って、
きれいに進む方法が既にある案に流れていると感じました。

3日目、朝いちでそのことを個々に話してもらいました。
少々意見は分かれ、衝突もあったものの、各自のやりたいことや言いたいこと、
現時点で理解していることなどを共有できたと思います。
じゃああとはとにかく最終プレゼンに向けた作業。
並行してプレゼン自体の練習も行われます。
隣のユニットは1日以上前にそれを見据えて進めています。
当然、作業は最終日の朝まで続きました。
見回すと8ユニット全て、朝までやっています。

事業計画コースの全メンバーがここで作業を行っています。温度はユニットごとにさまざま。

最終日。いよいよ最終プレゼンです。
説明担当に晴れて選ばれたひとり、(株)ワークスープの古川弥生さんは緊張のせいで様子がおかしい。
今日はオーナーさんをキュンとさせなくてはいけないのに
このテンションは非常にまずい。
よし、酒買ってこい! と、発表1時間前(正午)に決意したところ、
早速コンビニに行きましたが、まさかの飲みながら走って帰ってくる始末。

しかし、見事プレゼンは成功。
会場を見ると、涙を流すメンバーもいました。
「一緒にやりましょう」と声を掛けてくださる地元の方も現れ、
ここからがスタートだという自覚も促されました。

最終プレゼンテーションの様子。アドバイザーだけでなく、物件のオーナーさんたちも聞きにきてくれています。

そして宇都宮への帰り道。
自分のユニットで出したプロジェクトがどうすれば動き出すのかを考えながら
この怒濤の4日間を振り返りました。
他のユニットも非常にいいアイデアで事業性にあふれた案を展開。
すぐにでも進められそうなプロジェクトも、
課題はあれどもまちが大きく動き出すことになりそうなプロジェクトもあり、
しかもそれらが4日間で生み出せてしまう。
なんか皆すごいな、と純粋に感動していました。

地元、外部を問わず、ひとつの場所や地域について
真剣に向き合い、議論し、「かたち」そして「お金」にすることを考える。
自分はというと、日常は目の前にある仕事に追われ、
なかなか新たにこういう時間を設けることができなくなってきている。
そして新たにそんな仲間に出会う機会も持てなくなってきている。

いかんな、という思いとともに
いや、自分が日常動いている仕事も、
それぞれひとつの場所をお客さんや関係者と一緒につくり上げる行為。
その積み重ねと伝播が自分の目の前にあるまちを間違いなく良い方向に変えている。
おこがましくもそんな確信も生まれました。
私の人生の今の段階にとって非常にタイムリーな体験をさせてもらえました。
なによりもプロジェクトの舞台となる物件のオーナーさんや行政、
そして地域の方々などへどうなるかもわからないのに協力をお願いし、
しかも全国のUMを集めてまわり、それを商店街のお祭りにまでしてしまう、
「北九州家守舎(やもりしゃ)」の皆さんに脱帽でした。

でも、一番は、小倉の食べものがおいしかったです。
それだけでまた行く理由になりますよね。

最終プレゼンテーション後の集合写真。解放感!!

information


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ビルススタジオ

住所 栃木県宇都宮市西2-2-24
電話 028-636-5136

古民家の中にテント!直島のユニークな島小屋で映画やワークショップ「島小屋パラダイス!」

瀬戸内海に浮かぶ香川県・直島の「島小屋」で
映画やワークショップ、選りすぐりの音楽や本、
それに、おいしい食べ物まで楽しめる
マーケット「島小屋パラダイス!」が
5月4日 (日)、5月5日(月・祝)に開催されます。

「島小屋」とは、現代アートで有名な直島のもう一つの側面、
住んでる人にとっては日常の「素のまま」を体験してもらおうと
築120年の日本家屋をリノベーションし
テントを張れるようにした"ねどこ"のこと。

日本家屋の中にテントをはっていきます。不思議な光景ですね(利用料は一人2500円。二人4000円)

"ねどこ"と言っても、ほかには特に何もありません。
食べる所は徒歩2分のカフェへ、
お風呂に入りたければ自転車で20分もしくはバスに乗って銭湯へ。(どちらも名物!)
あるものは明かり、テント、トイレなど必要最低限のもの、
そして就寝時に流れる癒しの音楽や自然の穏やかさ。
たったそれだけでも、ここに訪れた人たちはみんな笑顔です。

みんな笑顔!

ほっと一息つける空間。島の方との触れ合いや出会いも。

今回はそんな島小屋での初のイベント。
旅人も島の人たちも、一緒に楽しめるようにと
内容は盛りだくさん!
みんなでわいわい賑やかな2日間になりそうです。

写真上:直島でみた形や色を塗ったり描いたり、思い思いのモビールを尾柳佳枝のワークショップ。
写真下:枠にとらわれず発想で映画の楽しさを伝えるキノ・イグルー。島小屋の庭で上映します。

トランク型の旅する本屋、島小屋文庫。青空のもと紙芝居を見ながらおやつがいただけます

赤ちゃんからおじいちゃんおばあちゃんまで大歓迎のイベント。
開催時期はゴールデンウィーク真っ只中です。
家族やお友達をさそって
直島の「素」の部分に触れてみてはいかがでしょうか。

[島小屋パラダイス!]
日時:2014.5.4.(sun)・5.5(mon) 10:00〜17:00
※映画上映 18:00〜20:00(要予約)
会場:[島小屋]敷地内
詳細は島小屋webサイトからどうぞ

・[島小屋]公式Webサイト 
・[島小屋]Facebook 
・[島小屋]twitter

NO ARCHITECTS vol.6: 小さな編集作業がまちをつくる

NO ARCHITECTS vol.6
まちにとってかけがえのないスペースに。

僕らが活動の拠点としているのは、大阪市此花区は梅香という地域。
いまでも、昭和の下町情緒あふれる商店や路地などのまち並みが残っています。
かつては臨海工業地帯やそこで働く工員さんたちの住居や町工場が軒を連ね、
まちは賑わっていましたが、
高度成長期を経て、産業構造の転換や少子高齢化が進み、
現在は、空き家や空き地が目立つように。

しかしここ数年、アトリエやギャラリー、カフェやショップ、
住居や事務所など、空き家や工場跡などを活用し、
アーティストや音楽家、写真家・デザイナー・建築家・詩人・料理人など、
創造的な活動を志す若者が集まるエリアとして注目を集めつつあります。

交通の便もよく、最寄りの西九条駅は、
JR環状線に乗ると大阪駅まで3駅、阪神なんば線だとなんば駅まで4駅です。
あと、JRゆめ咲き線に乗ると「USJ」まで2駅です。

まちじゅうに個性的な家前植物が、道にはみだすようにたくさん並んでいて、季節ごとに彩りをみせています。

僕らは此花区の出身ではないけれど、
いまはこのまちが好きで、住むところも事務所もこのはなに構えています。
そもそも僕がこの場所を初めて訪れたのは、
2009年の「見っけ!このはな」というイベントでした。
その後も、此花メヂアという共同アトリエで毎月開催されていた
「メヂアの日」という寄合いイベントに参加させてもらう中で、
そこに集まる人の魅力に惹かれていきました。

此花メヂア。連なった5棟の建物が増改築を繰り返し、複雑に入り組んだ元メリヤス工場を改装し共同アトリエとして利用されました。耐震性などの問題で、今年2月に惜しまれつつも解体されてしまいました。(写真提供:此花アーツファーム)

2011年1月、まずは事務所を構えることに(vol.5参照)。
これがこのまちでの初めての仕事かもしれません。
空間自体は、使われ方に応じて間取りを変えられるように、
壁を建てずに高さの違う本棚をつくって間地切りをしています。
ここから、このはなに住む人と少しずつつながりを深めていきます。
まだまだ、事務所をシェアしてくださる方募集中です。

NO ARCHITECTS の事務所スペース。最近、ファイルBOXと模型を収納するための棚を窓枠の上につくりました。

2011年の夏頃には、元たばこ屋さんだった木造家屋をリノベーション。
モトタバコヤと呼ばれるスペースです(vol.4参照)。
どういう場所にすべきかなど、使い方やプログラムから一緒に考えました。
人のつながりが感じられるこのまちでは、
昔から今まで流れてきた時間や培われた人の生活の痕跡を、
まちの風景として捉え尊重する。
その上で、新しいものや新しい人の流れをデザインすることが、
とても大事なポイントだと思っています。
モトタバコヤでは、現在、管理人のPOS大川さんを中心に、
イベントの企画や、地域との連携を積極的に行っています。

モトタバコヤ。シェアショップに店を出す色彩研究所のあおみかんさんがつくった、モトタバコヤマンというキャラクターの立て看板が目印になりつつあります。

事務所をこのはなに移し、モトタバコヤの現場を経て、
このはなの日常の風景に、魅力を感じていきました。
そして、僕らはついに住まいもこのまちに移すことにしました。
立地が大きな丁字路に面していることから「大辻の家」と呼んでいます(vol.1参照)。

気に入ったとは言え、少し手入れが必要な物件でした。
もとの状態をポジティブに読み取って最大限利用し、
最小限の手入れで豊かさを手に入れること。
最初から完成形を求めずに、実際に住んで生活するなかで必要性を感じたら、
少しずつ、つくっていくこと。
そんなことを考えながら、いまでもリノベーション継続中です。

大辻の家。2階のリビングルームです。そろそろベランダから梅香東公園の満開の桜と提灯が見えるはず。

そして、このまちの人からもリノベーションを相談されるようになりました。
vol.2で紹介した「OTONARI」、vol.3で紹介した「the three konohana」。

OTONARIは、まちの案内所兼寄合のスペースです。
新しく生まれつつあるコミュニティと、
もともと地域に根付いたコミュニティとをつなぐための共有スペース。
個人的な利益だけではなく、
このまちにとってどこになにが必要かを考えられています。

OTONARI。辺口さんがまちの案内をしてくれます。日々おいしいお店の情報が更新されています。現在、場を維持していくための方法を模索中とのことです。

the three konohanaは、現代美術のギャラリースペースです。
既存の奥の和室や建物正面のすりガラスなどを生かすことで、
まちの雰囲気や地域性を含んだホワイトキューブを提案しています。
ちなみに、今秋に開催予定のNO ARCHITECTS展は、9/5〜10/19です。

the three konohana。Konohana’s Eye #1 伊吹拓展「“ただなか”にいること」2013年3月15日~5月5日(撮影:長谷川朋也)

リノベについて考えていること

リノベーションは、壁を白く塗ったり、床をフローリングに変えたり、
わかりやすい見た目の操作だけではなくて、
その場所の特性を読み取り、
最大限生かしながら価値を高めることだと思っています。
なんでもかんでも手を加えないといけないわけではありません。
何もしなくてもいい場合もあります。
照明計画だけでもいいかもしれないし、
掃除するだけでも、その場所の価値が高まり、
まちにとってかけがえのないスペースに変貌するかもしれないのです。

僕らの仕事も、ひとつひとつの物件に対する施しは
それほど大きくはないですが、小さな編集作業を重ねていくことで、
まち全体の雰囲気をつくっていけると考えています。
そのためには、事務所でパソコンに向かってばかりではなく、
ネコのようにまちを駆け回って、
ときには鳥のようにまちを見渡したりしながら、日々活動しています。

地元で営まれている素敵なお店もたくさんあります。ぜひ、ニュー下町ガイドマップを片手に散策してみてください。このマップはこのはなの日実行委員を中心に制作されました。イラストとデザインは、モトタバコヤの古本コタツムリ店長の中島彩さん。

これまで僕らが関わらせてもらった5件のスペースはすべて、
歩いて5分以内のところにあります。
小さなエリアに近い距離感で存在はしますが、
ひとつのコンセプトや方向性を持って活動しているわけではありません。

それぞれが独自のスタイルで日々運営されています。
ただ、年一回のまちなかイベントや、
近況を話し合う寄合いを月一回開催したりするなかで、
ゆるやかなコミュニティとなっているのを感じます。
そのコミュニティがより豊かに密に広がっていくような、
空間づくりのお手伝いが、今後も続けていければ幸いです。

今は、僕らが住む家の裏にあるアパートの一室を、
デザイナーの黒瀬空見さん(ツクリバナシ)の服づくりのアトリエ兼、
シェフでパティシエの遠藤倫数さん(Café the End.)のオープンキッチンに、
リノベーションが進んでいます。
また追って報告します。

もともと建築の勉強していた遠藤シェフ自ら解体作業を。あっと言う間にスケルトンに。乞うご期待。

information


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NO ARCHITECTS

住所 大阪市此花区梅香1-15-20
http://nyamaokud.exblog.jp/
https://www.facebook.com/NOARCHITECTS.jp

テーマは食とデザイン。京都で始動するリノベーションプロジェクト「KYOCA Food Laboratory」

京都の台所を支える、京都市中央卸売市場。
今年、食をテーマにしたリノベーションビル「KYOCA」が
京都駅からもアクセスのよいこの地に隣接して登場します。
プロジェクトのテーマは「食とデザイン」。
青果業に携わる人や食に興味のある人たちが集い、学び、
暮らせる場「KYOCA FOOD LABORATORY」の誕生です。

「KYOCA」の中にあるのは..
1Fには市場から届く新鮮な食材のレストラン。
2Fにはこだわりの専門店。
3Fは、食や地域に関する学びの場。
そして4~5Fはレジデンス。食に関心のある方々の
事務所や居住のためのスペースになります。

運営を手がけるウエダ本社・中畑孝一さんに
KYOCAのオススメポイントを伺いました!

「1階や2階は飲食店やマルシェ風に物販店が集まった
商業施設ですので一般の方、観光客の方も
ぜひご利用いただきたいと存じます。
逆に、3階はレシピ開発、商品開発ができる
キッチン設備のあるサロン、様々な食文化を発信できる
イベントスペースなどがあり、世代を超えて、
プロやフードクリエーター、一般様々な方々が交差する空間です。
4、5階はレジデンスですので、賃貸や東京や海外の方々の
ゲストハウスとしても利用可能です。
目の前にある梅小路公園には大型観光バスの駐車場もございます」
(中畑さん)

とのこと。可能性は無限大ですね。

ここはもともと「京果会館」として使われていたところ。
建物は昭和45年に建てられたもので、40数年が経過して
老朽化のためにいちどは取り壊される予定だったのですが、
リノベーションして全く新しい施設として
生まれ変わることになりました。
ただいまオープンに向けて絶賛準備中。
アートディレクターのNOSIGNERさんが手がける
ビジュアルやWebサイトを見ているだけでワクワクしてくる
プロジェクトです。

ただいま「KYOCA」では、2Fの食品物販エリア「ICHIBA」にある、
高さ3m、幅2.7mの壁に描く壁面アートを募集するデザインコンペを
開催中。詳細は下記Webサイトにて。

・「KYOCA FOOD LABORATORY
・「KYOCA Food Laboratoryデザインコンペ

岡山県美作市のDIYリノベーションストア「難波邸」が一周年! 豪華マーケット開催

鳥取県と兵庫県の県境に面した、
岡山県の美作市。
まるでタイムスリップしたかのような、
風情あるまちなみを誇る、ちいさなまちです。

ここに、東京と大阪から移住した夫婦二組が営む
複合施設「難波邸」があります。
難波邸は、使われていなかった古民家を
オーナー自らリノベーションし、
器やアクセサリーなどのセレクトショップ、
食堂、ギャラリースペース、草木染め工房を構えたところ。
中庭には蔵が2つ建っているほど広い敷地を活かして、
さまざまな活動を行っているんです。

「難波邸」の中。オーナーは東京から移住してきた鈴木夫妻と、大阪から移住してきた山田夫妻。

■祝1周年!

そんな難波邸が、3月にオープンから1年を迎えます。
これにちなみ、3月29日(土)に難波邸一周年記念イベントを開催!
内容は『街道マルシェ』&『社長と狩人トークライブ』
の二本立てです。

その一、『街道マルシェ』は10時から15時まで。
岡山県北、島根県、鳥取県で「ほんとうによいもの」を
をつくる生産者の方々総勢12組を招いた大規模なマーケットです。
コロカル商店でもお馴染みの「パン屋 タルマーリー」さんや
一年中完全放牧の牛たちの牛乳を販売する「奥出雲牧場」など、
質の高い製品が揃っています。

その二、『社長と狩人トークライブ』は18時から20時まで。
「田舎で暮らす? ~地域商社社長と平成の縄文人が語る田舎での仕事の作り方~」
というテーマでトークショーを行います。
登場するのは、岡山県の西粟倉村でIターン者による
林業再生を行う牧大介さんと、
蜂獲師として命がけで野山を駆け巡る福田安武さん。
楽しいお買い物と、刺激的なお話が聞ける
アニバーサリーイベントをお見のがしなく。

難波邸一周年記念イベント『街道マルシェ』&『社長と狩人トークライブ』

別冊コロカルでも難波邸のことを紹介しています。

山ノ家 vol.6: カフェオープンの興奮 関わってくれた皆が 誇りと思える場所に

山ノ家 vol.6
地元民もスタッフも共有、完成間近の高揚感

8月初旬、工事中に敢行することになったライブイベントも無事終わり〈vol.5参照〉、
その余韻を引きずる間もなくカフェオープンのための工事を翌日から再開した。
追い込みということもあって運営立上げチームと工事作業チーム、
そしてインターンスタッフがもっとも数多く集まるシフトとなっている。
朝、合宿のように今後の段取りなどをミーティング。
みんなの顔色に、少し疲労が見え隠れしているよう。しかし、目つきは真剣だ。
これからでき上がるこの場をともにつくり上げていることに対して
どこか静かな充実に満ちているようにも見えた。
自分も既に、慣れない環境での連日の日程のなかで
肉体的にはボロボロだったのだが、
実際はそれを忘れるくらいにやるべきことを遂行することに夢中でもあった。

みんなで天井を塗る。最後の仕上げ。地味に腕が辛い作業。

1階土間の天井が塗り上がると、見違えるような空間になっていた。
元の使われない、空き家の雰囲気はもうそこにはなかった。
しかし、まだまだ終わらない。
特に厨房のほうは土間のコンクリートが打たれてはいるが中は空っぽだ。

厨房のコンクリートは、ライブイベントの4日前に打たれたばかりだった。

設備業者さんなども「これ本当に10日にオープンさせるのか?」と半信半疑。
しかし、僕らは何の疑う余地も無いような感じで言い切る。
「もちろんです、本当にオープンさせますよ!」
これが実はとても大事で、
こちらが戸惑っているような態度を見せれば相手も戸惑ってしまう。
そうすると、「終わらないかも」という気持ちが芽生え、
それがひとり歩きをしてしまう。
現場の空気というのは生き物のようで、
そこに立ち会う人たちの気持ちの流れが場の空気をつくりだしていく。
かなりタイトなスケジュールの中、
「間に合うのか?」という心配が無いと言えばウソになるが、
「楽しもう」という思いでやっているみんなの気持ちが伝わってくる。
本当にギリギリではあるのだが、逆に不思議と高揚感がある。
やはり、新しい場所が生まれる瞬間は嬉しいのだ。

おそらく、この通り沿いで新たな店舗ができるというのは
相当久しぶりのことには違いない。

そして、いよいよカフェの要のひとつともいえる厨房機器が到着。
オープンへのラストスパートだ。
機器は重く、設備業者さんだけでは搬入に人手が足りず、
現場の男子全員総出で手伝う。
緊張感がありながらもなんだか皆のテンションが上がっている。

厨房機器の搬入。皆総出で運び出しに立ち会っている様子が楽しげ。

複雑なパズルの最終ピースを繋ぎ合わせる様に、厨房機器が設置されていく。
設計上では見えてこない現場での細かい問題解決や対応が必要となる。

工務店さんの監督ではないがちょくちょく顔を出して面倒を見てくれた、近隣の大工頭領、市川さん(手前)。土間のクリーニングを手配してくれた。

イス・テーブルが置かれ、備品や食器が次々と現場に運ばれてくる。
宅急便のトラックが何度も目の前にとまり、その度に何かが搬入される。
いよいよ、ここがカフェになるのだという感慨が増してくる。
お客さんに引き渡す通常の仕事であれば、
この辺りから使う人に手渡すことを想像して寂しさもよぎってくるのだが、
ここはそうではなく、これからも僕らが使っていく場所になるのだという
別の感慨がこみ上がってくる。ここから、新たな風景、時間が始まってゆく。
関わってくれた人々が、
誇りに思える様な素敵な場所として続けていきたいという思いを新たにする。

ついに厨房が完成! そして……インターンのジュンくんは何をしているの? 実はこの日、彼がみんなに賄いをつくると腕を振るったのだった。

カフェオープンに向けて地元の方々を中心とした
お披露目会を開くことになっており、その準備も進んでいた。
若井さんもかなり張り切っていて、
この山ノ家のオープンを飾るべく「十日町の市長を呼ぶ」と勢いづいていた。
また、「隣組」という、向こう三軒両隣といった
近所の「班」のようなくくりがあって、
その人たちを呼ぶのがいいだろうというアドバイス。
お世話になっている工務店さんの代表にも来てもらったり、
この時点で知り合っていた近隣の方たちにも声をかけてもらった。
運営チームで考えたメニューを
このお披露目に合わせてアレンジした食事とともに、
地元で食育の仕事などをされているおかあさんを若井さんが紹介してくれたので、
相談をして郷土の食材による料理も出すことに決まった。
初めての試みのわりに、このコンビネーションはとてもバランスが良いと思った。
現場の工事を横目に、運営のための準備・段取りも追い込みで進んでいた。
そして、ついにカフェオープンの日を迎えたお披露目会。

オープニングのために考えた特別メニューを準備をしている。

鏡開き。地元のお酒「松乃井」の樽酒を、プロセスに関わった皆で、小槌をもって。

そして、仙台に活動拠点を移していた佐野さんもこの日は合流。
久しぶりに会えてとても嬉しかった。

地元の方たちはかなりのお酒を飲むと想定していたが、
それでも樽酒の量はさすがにしっかりと多く、
皆充分すぎるほどに呑んで酔っぱらっていた。
そのちからも手伝って、とても良い雰囲気で歓喜に包まれた夜となった。

カフェに、お客さんが来ない!?

「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の開催期間中に
なんとかカフェのオープンをすることができた。
直後から、我々の知人などが芸術祭と絡めてたくさんカフェに立ち寄ってくれたのは
とてもありがたく、嬉しかったのだが、それ以外の来訪者が思ったよりも来ない。
この山ノ家のあるほくほく通りには、実は作品がそれほどなく、
ガイドブックを頼りに来る人たちには、この通り自体に対する情報も少ない。
思った以上に通りがかる人も多くはなく、たまに目の前を、
おそらく芸術祭を観光で廻っていると思われる車が通過しながら
少し減速して「何だろう?」という感じで見ていく程度。
それもそのはず、何度か記述しているように、
ひょんなきっかけで始まったこの山ノ家プロジェクトは、
大地の芸術祭のオフィシャルな情報にアクセスするすべも、
そのタイミングもほとんどなく、ましてや会期の中途半端な時期にオープンしていたので、
観光で訪れる人々には全くと言っていいほど知られていなかった。
若井さんを通じて、十日町の駅やまつだい駅の観光案内所に
チラシを置いてもらったりしていたが、それでもまだ認知には時間がかかるのだろう。

山ノ家から歩いて5分ほどのほくほく線まつだい駅周辺一帯には、
代表作も含め芸術祭の作品がたくさんあり、このエリアの主要施設である
「まつだい雪国農耕文化村センター『農舞台』」もある。
この辺りに人は集中していたのだろう、
たぶん。
というのも、大地の芸術祭には合わせておくべき、
とオープンさせることで手一杯だったので、
気づけばほとんど現場としてのこの通りのみ出入りしていたので、
駅周辺がどんな状況なのか全く確認できていなかったのだ。
あとで聞いた話によると、「農舞台」にある「里山食堂」で
1時間以上待つという混み具合だったらしい。

そこで、メニューに地図をいれたチラシをつくり、
お昼の前にまつだい駅周辺で手渡していこうということになった。
普段の生活の中で、まちで見かけるチラシ配りにほとんど関心を持たなかった
(あまりポジティブには思っていなかった)のだが、
やはりこういう地道な方法は時には必要だと身をもって実感した。
効果はてきめんで、
チラシを片手にやってくるランチ目的のお客さんがどんどん来てくれる。
これはあとで聞いた話だが、駅周辺はどこもお昼時はいっぱいで入れず、
ランチ難民がたくさんいたようだった。
そういう人にぜひ来てほしかった。

お披露目会の翌日のカフェ。知人が立ち寄ってくれたり、ふらっと発見してくれて入ってくれたり。とても嬉しい。

営業が終わった夜の風景だが、奥を見るとビニールシートで仮囲いしているのがわかる。最初はこの状態でカフェをやっていたのだ。お客さんには「2階がまだ工事中で、作業の音などでご迷惑をお掛けします」と伝えるようにしていた。

カフェの営業中も2階では作業が続いている。ドミトリーのフローリング床に色を付ける作業中。

2階、ドミトリーの廊下部分。1階とはまるで別の場所のようだ。

さて、まだ工事は続いている。
2階のドミトリー部分だ。
カフェが開業したことはとても喜ばしいが、
まだスタッフやインターンのみんなは、
近隣の仮り宿での合宿のような状態は続いていた。
山ノ家で寝泊まりしたり、シャワーを浴びたりできるようになっていれば、
こんなに楽なことは無いのに。
がんばってくれているスタッフやインターンの人たちにも
もう少し快適な環境で作業してもらえたら……。
その何でもないはずの快適さには、まだまだ長い道のり。
複雑な気持ちを抱えた状態はまだ続いていた。

つづく

パフォーマンスの間に鍋を食べる会って?!いま墨田区のアートが静かに熱い「39アート in 向島」

今年はもう過ぎてしまいましたが、
毎年3月9日を「アートの記念日」(通称、サンキュー!アートの日)とし、
3月9日、及びその前後の日程でお祝いしようという運動があります。
日本各地や海外のアートスポットで
おのおの趣向をこらしたイベントの開催や、
チケット割引、プレゼントなどのサービスがうけられたりします。

今回ご紹介する「39アート in 向島」もその一つ。
墨田区向島を拠点に、近隣に住む有志たちが
この3月の毎週末、何かしら個性的なイベントを企画しています。

10個あったイベントもいよいよ後半戦!

3/23(日)の「藝とスープ」では
ダンス、歌、演奏、朗読といったパフォーマンスの途中どこかで
演者と観客が共にひとつの鍋を囲んでスープをいただく、という
ライブ感あふれる変わった会。

3/29(土)には人狼ゲームのパロディ「人鳩-JINBATO-」を
鳩の街商店街の野外広場「はとホットミニ公園」で開催。
また、向島(墨東エリア)の街あるきツアーやシンポジウムなどを開催し
墨東のこれからを考えるプロジェクト
「ボクらのこれから2013」のクロージングパーティも行われます。

墨田区といえば東京スカイツリーが超有名ですが
近年は若手の美術作家や活動家が
空き家や廃工場をアトリエにかえ、
さまざまな活動を展開している注目のエリア。
この機会にぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

「39 アート in 向島 2014」
会期:2014 年3 月1 日(土)〜3 月31 日(月)の主に土日
会場:東京都墨田区東向島、八広、文花などのアートスペース等
住所、入場料、開廊時間等は下記サイトの各企画ページよりご確認ください

39アート in 向島

マーク・ニューソンのデザインと東北の職人技がコラボレーション。アートとしての日本刀「aikuchi」発表

世界中に愛好家がいる日本刀は、刀身のみならず刀装具も
伝統工芸の極みといえるもの。
日本が誇る伝統工芸の技術と、グローバルなデザインが真の意味で
コラボレーションするという、難しい課題を見事に成し遂げた
プロダクト「aikuchi」がこのたび発表されました。

これは宮城県大崎市の刀工・法華三郎信房(法華家)の刀を、
ロンドン在住のプロダクトデザイナー、
マーク・ニューソンがデザインしたもの。
日本に一時期在住していたマークは、日本の文化と
職人達の技に、もの作りの観点から大いなる尊敬心を持っていました。
刃物に深い造詣を持つ彼にとって、
「日本刀」は憧れの存在でもあったのだといいます。

法華家の刀身

そして作り上げられたのは、
刀身を法華家が作り上げ、それを収める
さやのグラフィックパターン、つばの加工法、
紐、収納ケース、ディスプレイに至るまで、
すべてマーク・ニューソンがデザインした刀。
東北を訪れたマークが東北の職人達のもとを訪れ、
技と意見を取り入れながらデザインしました。
収納ケースは東北伝統の「岩谷堂箪笥」、刀装具のデザインは
東北伝統の漆塗り「秀衡塗(ひでひらぬり)」の職人たちによるものです。

MAD City vol.6: オフィスビルを住まいにDIY、 手に入れたのは居心地のよい空間

MAD City vol.6
快適な住まいから人の輪を広げる

今回はMAD Cityの座敷童子こと、小川綾子のお話をしたいと思います。
私たちは普段、「おが」と呼んでいます。

おがです。

おがは建築・内装の仕事を軸足に日々活動的に過ごしています。
なぜ座敷童子なのかというと、おがは、出没率が高いからです。
誰よりもMAD Cityで開催されるイベントに遊びに来てくれて、
とくに何もない普段のときでも気付くとMAD Cityにいる。
お昼を外で食べてオフィスに戻ってくると私の席におがが座っている。
ふと気付いたらちんまりとそこにいる存在感。
私たちも知らないところで、MAD City関係者から声をかけられて仕事をしていたり、
もう全員友だちみたいな顔の広さ。
とにかくエネルギッシュでパワフルで、ひとつの目的に向かって一直線。
なんというか、おがのことを一言で形容しようとしたとき
「座敷童子」という言葉しか思い付かなかったんですよね。

2013年の春に開催した、おがの切り絵個展の様子。

そんなおが、内装補修の仕事をしていた経験があり、二級建築士の資格も持っています。
つまり建物やリノベーションのことに関してはプロだと言っていいでしょう。
実際MAD Cityの入居者でおがに改装を手伝ってもらったり
アドバイスを受けたりした人もたくさんいます。
そう聞くと、おがの自宅だってさぞかしバリバリとリノベーションしているんだろうな……
とお思いかもしれませんが、 実はそうでもなかったんです。

私たちがおがに初めて会ったのは2年半くらい前。
彼女がそのころ住んでいた木造アパートは改装を自由にすることができない物件でした。
MAD City不動産が改装可能な物件をいろいろ紹介していくなかで、
おがもちょこちょこと改装可能物件に引っ越したいなあ、と口にしていました。
何回か物件の見学にも来てくれたのですが、それでもおがは引っ越しをしなかったんです。

どうしてか。それは単純に条件に見合う物件がなかったからだそうです。
広すぎず、狭すぎず、南向きで明るくて、水回りが古すぎないところ。
「物件自体は古くてもかまわないけれどこの条件だけは譲れない!」
と、物件探しをしていると、案外いいところが見つからなかったのです。

そんなおがが今の部屋に出会ったのは去年の夏のこと。
見学に来たおががひと言、「嫌なところがひとつもない!」と。
そのまま申し込んでくれ、改装が始まりました。

嫌なところがひとつもなかったお部屋がこちら。

もとはオフィス仕様だったこのお部屋。生活できる設備は揃っているものの、
エアコンをつけてみたらむせかえるほどのたばこ臭、壁もヤニで黄ばんでいるし、
床材も張り替えたいし……

写真に写っているロッカーや机はおがの入居前に撤去しました。

嫌なところがひとつもないと言ったって、新居はエレベーターなしの5階建て最上階。
毎日退勤した後階段にもめげず資材を運び込み、夜中まで改装していたというおが。
2年越しの「改装したい!」を詰めこんだ結果を見ていただきましょう。

ロッカーがあった場所にはもともと窓がありました。

2013年の9月に引っ越してきてから約5か月、お部屋はこんな風に生まれ変わりました。

キッチンには木目調のシートを貼り、小さなキッチンカウンターを設置。

床は総無垢材で張りました。より明るい印象を受けるのはたぶんそのせい。

地元の方から古い建具をもらってきて自分で取り付けました。よく見ると切り絵模様が。

この部屋、実は両脇が道路になっている、いわゆるペンシルビルなのです。
5階はひと部屋のみ、つまりおがしか住んでいません。
両側が壁なのでとにかく窓が多い。窓は多いけれどもビルの5階、
もちろん外から覗くことなんてできませんからセキュリティ面でも安心です。

玄関前は床材に切り替えを入れてタイルを貼りました。これももちろん自分で。

みんなが来てくれるような空間にしようと思ったというおが。

これはおがの家で行われた「編み部」の活動風景。少人数で集まるのにいい感じです。

MAD Cityプロジェクトに関わっていくうちに、
「自分の居場所が自宅だけでなくていろいろなところにあるといいし、
同じように自分の家もほかの誰かの居場所になればいい」
と思うようになったそうです。

MAD Cityで出会った仲間を手伝って房総で小屋づくりを実施中(建てるのはこれから)。これも居場所をつくる取り組みのひとつ。

「いつかはこの部屋も出て行くことになるから、
そのときに次の人に喜んでもらえるように。
それまでの間も、来た人が居心地がいいなと思ってくれて、
自分の家を改装するときのヒントやアイデアを見つけられる
モデルルームみたいになるように」とおがは言っていました。

この照明も手づくりです。お客様が来ると灯すそう。

切り絵に並ぶおがの十八番、消しゴムはんこでつくったコースターでおもてなし。

収納が少ないので棚もいくつか取り付けました。トイレの中もかわいらしくなっています。

場所をつくる。そしてその場所が人の輪をつないで、
単なる場所ではなくて居場所になっていくっていうのは素敵なやり方だと思いました。
これからもいろんな場所に居場所をつくっていって、
そこで座敷童子の名に恥じず、人の輪の真ん中にいてほしいなと思っています。

information


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MAD City(株式会社まちづクリエイティブ)

住所 千葉県松戸市本町6-8
電話 047-710-5861
http://madcity.jp/