連載
posted:2014.3.22 from:新潟県十日町市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
Toshikazu Goto
後藤寿和
ごとう・としかず●東京生まれ。株式会社ギフト・ラボ代表。2005年に池田史子とともに同社を設立し、東京・恵比寿にて空間や家具のデザインや、広い意味での「場づくり、状況づくり」の企画などをおこなうかたわら、ギャラリー・ショップ「gift_lab」を運営。2012年には縁あって新潟・十日町松代に「山ノ家カフェ&ドミトリー」をオープン。現在恵比寿と松代でのダブルローカルライフを実践中。
http://www.giftlab.jp
8月初旬、工事中に敢行することになったライブイベントも無事終わり〈vol.5参照〉、
その余韻を引きずる間もなくカフェオープンのための工事を翌日から再開した。
追い込みということもあって運営立上げチームと工事作業チーム、
そしてインターンスタッフがもっとも数多く集まるシフトとなっている。
朝、合宿のように今後の段取りなどをミーティング。
みんなの顔色に、少し疲労が見え隠れしているよう。しかし、目つきは真剣だ。
これからでき上がるこの場をともにつくり上げていることに対して
どこか静かな充実に満ちているようにも見えた。
自分も既に、慣れない環境での連日の日程のなかで
肉体的にはボロボロだったのだが、
実際はそれを忘れるくらいにやるべきことを遂行することに夢中でもあった。
1階土間の天井が塗り上がると、見違えるような空間になっていた。
元の使われない、空き家の雰囲気はもうそこにはなかった。
しかし、まだまだ終わらない。
特に厨房のほうは土間のコンクリートが打たれてはいるが中は空っぽだ。
設備業者さんなども「これ本当に10日にオープンさせるのか?」と半信半疑。
しかし、僕らは何の疑う余地も無いような感じで言い切る。
「もちろんです、本当にオープンさせますよ!」
これが実はとても大事で、
こちらが戸惑っているような態度を見せれば相手も戸惑ってしまう。
そうすると、「終わらないかも」という気持ちが芽生え、
それがひとり歩きをしてしまう。
現場の空気というのは生き物のようで、
そこに立ち会う人たちの気持ちの流れが場の空気をつくりだしていく。
かなりタイトなスケジュールの中、
「間に合うのか?」という心配が無いと言えばウソになるが、
「楽しもう」という思いでやっているみんなの気持ちが伝わってくる。
本当にギリギリではあるのだが、逆に不思議と高揚感がある。
やはり、新しい場所が生まれる瞬間は嬉しいのだ。
おそらく、この通り沿いで新たな店舗ができるというのは
相当久しぶりのことには違いない。
そして、いよいよカフェの要のひとつともいえる厨房機器が到着。
オープンへのラストスパートだ。
機器は重く、設備業者さんだけでは搬入に人手が足りず、
現場の男子全員総出で手伝う。
緊張感がありながらもなんだか皆のテンションが上がっている。
複雑なパズルの最終ピースを繋ぎ合わせる様に、厨房機器が設置されていく。
設計上では見えてこない現場での細かい問題解決や対応が必要となる。
イス・テーブルが置かれ、備品や食器が次々と現場に運ばれてくる。
宅急便のトラックが何度も目の前にとまり、その度に何かが搬入される。
いよいよ、ここがカフェになるのだという感慨が増してくる。
お客さんに引き渡す通常の仕事であれば、
この辺りから使う人に手渡すことを想像して寂しさもよぎってくるのだが、
ここはそうではなく、これからも僕らが使っていく場所になるのだという
別の感慨がこみ上がってくる。ここから、新たな風景、時間が始まってゆく。
関わってくれた人々が、
誇りに思える様な素敵な場所として続けていきたいという思いを新たにする。
カフェオープンに向けて地元の方々を中心とした
お披露目会を開くことになっており、その準備も進んでいた。
若井さんもかなり張り切っていて、
この山ノ家のオープンを飾るべく「十日町の市長を呼ぶ」と勢いづいていた。
また、「隣組」という、向こう三軒両隣といった
近所の「班」のようなくくりがあって、
その人たちを呼ぶのがいいだろうというアドバイス。
お世話になっている工務店さんの代表にも来てもらったり、
この時点で知り合っていた近隣の方たちにも声をかけてもらった。
運営チームで考えたメニューを
このお披露目に合わせてアレンジした食事とともに、
地元で食育の仕事などをされているおかあさんを若井さんが紹介してくれたので、
相談をして郷土の食材による料理も出すことに決まった。
初めての試みのわりに、このコンビネーションはとてもバランスが良いと思った。
現場の工事を横目に、運営のための準備・段取りも追い込みで進んでいた。
そして、ついにカフェオープンの日を迎えたお披露目会。
そして、仙台に活動拠点を移していた佐野さんもこの日は合流。
久しぶりに会えてとても嬉しかった。
地元の方たちはかなりのお酒を飲むと想定していたが、
それでも樽酒の量はさすがにしっかりと多く、
皆充分すぎるほどに呑んで酔っぱらっていた。
そのちからも手伝って、とても良い雰囲気で歓喜に包まれた夜となった。
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の開催期間中に
なんとかカフェのオープンをすることができた。
直後から、我々の知人などが芸術祭と絡めてたくさんカフェに立ち寄ってくれたのは
とてもありがたく、嬉しかったのだが、それ以外の来訪者が思ったよりも来ない。
この山ノ家のあるほくほく通りには、実は作品がそれほどなく、
ガイドブックを頼りに来る人たちには、この通り自体に対する情報も少ない。
思った以上に通りがかる人も多くはなく、たまに目の前を、
おそらく芸術祭を観光で廻っていると思われる車が通過しながら
少し減速して「何だろう?」という感じで見ていく程度。
それもそのはず、何度か記述しているように、
ひょんなきっかけで始まったこの山ノ家プロジェクトは、
大地の芸術祭のオフィシャルな情報にアクセスするすべも、
そのタイミングもほとんどなく、ましてや会期の中途半端な時期にオープンしていたので、
観光で訪れる人々には全くと言っていいほど知られていなかった。
若井さんを通じて、十日町の駅やまつだい駅の観光案内所に
チラシを置いてもらったりしていたが、それでもまだ認知には時間がかかるのだろう。
山ノ家から歩いて5分ほどのほくほく線まつだい駅周辺一帯には、
代表作も含め芸術祭の作品がたくさんあり、このエリアの主要施設である
「まつだい雪国農耕文化村センター『農舞台』」もある。
この辺りに人は集中していたのだろう、
たぶん。
というのも、大地の芸術祭には合わせておくべき、
とオープンさせることで手一杯だったので、
気づけばほとんど現場としてのこの通りのみ出入りしていたので、
駅周辺がどんな状況なのか全く確認できていなかったのだ。
あとで聞いた話によると、「農舞台」にある「里山食堂」で
1時間以上待つという混み具合だったらしい。
そこで、メニューに地図をいれたチラシをつくり、
お昼の前にまつだい駅周辺で手渡していこうということになった。
普段の生活の中で、まちで見かけるチラシ配りにほとんど関心を持たなかった
(あまりポジティブには思っていなかった)のだが、
やはりこういう地道な方法は時には必要だと身をもって実感した。
効果はてきめんで、
チラシを片手にやってくるランチ目的のお客さんがどんどん来てくれる。
これはあとで聞いた話だが、駅周辺はどこもお昼時はいっぱいで入れず、
ランチ難民がたくさんいたようだった。
そういう人にぜひ来てほしかった。
さて、まだ工事は続いている。
2階のドミトリー部分だ。
カフェが開業したことはとても喜ばしいが、
まだスタッフやインターンのみんなは、
近隣の仮り宿での合宿のような状態は続いていた。
山ノ家で寝泊まりしたり、シャワーを浴びたりできるようになっていれば、
こんなに楽なことは無いのに。
がんばってくれているスタッフやインターンの人たちにも
もう少し快適な環境で作業してもらえたら……。
その何でもないはずの快適さには、まだまだ長い道のり。
複雑な気持ちを抱えた状態はまだ続いていた。
つづく
information
YAMANOIE
山ノ家
住所 新潟県十日町市松代3467-5
電話 025-595-6770
http://yama-no-ie.jp
https://www.facebook.com/pages/Yamanoie-CafeDormitory/386488544752048
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ