第5回目となる今回は、私、勝 邦義の古巣である
横浜の建築設計事務所〈オンデザイン〉が担当します。オンデザインは2011年の5月、
まだガレキが残る石巻のまちなかで1冊のフリーペーパーをつくることからスタートした
〈ISHINOMAKI2.0〉の誕生から、活動を支えてきました。
当時駐在していたスタッフに加えて、私が関わるようになったのが2012年。
そして2013年、私の次に関わるようになった、
オンデザインのスタッフ湯浅友絵さんが今回の執筆者です。徳島県出身の元気娘として、
石巻のまちに飛び込み取り組んだふたつのリノベーションを紹介します。

石巻の現場で大工さんと打ち合せするオンデザイン代表の西田司さん(左)とスタッフの湯浅友絵さん(右)。
こんにちは、オンデザインの湯浅友絵です。
今回は私が石巻で関わっているリノベーション事例をふたつ紹介します。
ひとつは空き家をアーティストインレジデンス&ギャラリーに変えた事例で、
もうひとつは空き地を、中古屋台を使ってコミニュケーションスペースに変えた事例です。
少し自己紹介から。私は横浜の建築設計事務所オンデザインで働きながら、
ISHINOMAKI2.0の取り組みをさまざまなかたちで協働してきました。
私が石巻に初めて行った2013年頃は、
まちはすでに東日本大震災によるガレキの片づけなどは済んでいて、
復旧ではなく自分たちの手で、震災前より魅力あるまちにしようと、
復興フェーズになっていました。
すでにオンデザインの先輩である勝さんは石巻に住みながら、
さまざまな取り組みをしていました。私は入社してすぐに、
「横浜から石巻へ行かないか」と代表の西田から言われ、とんとん拍子に、石巻へ移住。
勝さんから、いろいろと話は聞いていましたが、想像と実際に住むのでは、大違い。

石巻に初めて行った時に撮った写真。
ガレキなどは片づいたとはいえ、当時の石巻のまちには住む場所がなかなか見つかりません。
不動産屋へ行っても、当時ひとり暮らしの空き部屋がない状況でした。
今まで自分が生活してきたまちとはまったく違う環境だったということもありますが、
まちなかは空き地、空き家が目立ち、どこか寂しく感じました。
仮住まいとして寝泊まりをしていた復興民泊も、シャワーブースにトイレ、
二段ベッドという生活するのに、必要最低限のものが用意されているという状況でした。
そんな環境で何よりの励みになったのは、石巻のまちの人のあたたかさです。
家がなくても、「うちに泊まればいいよ!」と、
2か月の間に商店街の呉服店さんの和室や、
電気屋さんの屋根裏部屋、ISHINOMAKI2.0の先輩の家の空き部屋など、
スーツケースひとつでまちのなかを転々としながら、暮らしていました。
あのときの本音を言えば、
「横浜の設計事務所に入ったはずなのに……」と最初は思っていましたが、
石巻のまちで実際生活し、1日に3〜50人の人に出会い、
まちの人に触れ、あたたかく受け入れられる感覚は、都会では味わえない生活でした。
昼になると、まちの呉服店にお腹を空かせた若者が集まり、
そこで昼食を食べてコミュニケーションをとったり、
事務所で仕事をしていると、まちの人がやってきて、石巻の歴史について語ってくれる。
石巻という場所は、横浜に戻ってきた今でも通い続けたくなる魅力溢れるまちです。
では、ここから本題のリノベーション事例を紹介します。
ひとつ目は空き家の改修です。ただ住めるようにするだけでなく、2017年に開催する
〈Reborn-Art Festival 2017〉(リボーンアートフェスティバル)のために、
アートスペースとして利用することが求められていました。
Reborn-Art Festivalとは、東日本大震災から5年、
ここまで歩んできた現地の方々の「生きる力」や「生きる術」に共感した
さまざまなジャンルのアーティストが、東北の自然や豊かな食材、
積み重ねられてきた歴史と文化を舞台に、そこに暮らす人々とともに繰り広げる、
いままでになかった総合祭(Reborn-Art Festival HP抜粋)のこと。2017年夏開催予定。
このプロジェクトが動き出したきっかけは、ISHINOMAKI2.0と、
震災後継続して石巻を支援している、一般社団法人ap bank(以下ap bank)との出会いです。
2011年の震災後、ap bankの代表理事であり、
音楽プロデューサーとしても有名な小林武史さん自らが被災地へ足を運び、
〈NPO法人ETIC.〉が主催する、東北へ地元には少ない能力やスキルを持った人材を派遣する
「右腕プログラム」など、さまざまなかたちで復興支援をしていました。
そんななか、小林さんは石巻にも幾度も来られていました。
ap bankとして、継続できるかたちでも、何か支援ができないかと考えられていたそうです。
ちょうどその時期、新潟の越後妻有地域で行われていた『大地の芸術祭2012』に行き、
さまざまなアーティストやサポーターが
芸術を介して地域の力を底上げしていることに感銘を受け、
「被災して地力が弱まっている石巻で、
自分も地域に軸足をおいて一緒になにかをつくりあげることができないか」と思ったそうです。
(コロカルでも小林さんにインタビューしています)
その後、ISHINOMAKI2.0との出会いがありました。
石巻のまちを世界で一番おもしろいまちにしようと活動しているISHINOMAKI2.0は、
Reborn-Art Festivalの考え方に共感し、中心市街地での会場、
まちのキーパーソンからのヒアリングや、
アーティストとまちの人をつなぐ役割を担うこととなりました。それから地域の人々や、
自治体、観光協会、商工会議所、地域市民団体、企業などと対話を重ね、
少しずつ構想をかたちにしていき、2015年7月に地域と共同で
「Reborn-Art Festival実行委員会」を発足し、
音楽やアートや食など総合的な地域芸術祭開催に向け、動き出しました。

2016年夏に石巻港雲雀野地区で実施されたReborn-Art Festival×ap bank Fes 2016の会場での様子。会場のところどころにはアーティストが制作した作品が展示されていました。(photo:中野幸英)
そこでアートキュレーターで参加されている〈ワタリウム美術館〉の和多利浩一さんと
石巻のまちなかで震災前まで電気屋を営んでいたオーナーさんとの出会いがありました。
もともと、石巻のまちをもっと良くしたいという強い想いがあったオーナーさん。
ふたりは意気投合し、石巻の未来について、
アートという側面から、どうまちに場をつくっていくかなど、話が盛り上がったそうです。
そのなかで、オーナーさんが、使い方がわからず、
手もつけられないまま放置している1軒の空き家を所有しているという話になり、
後日、建物を見た和多利さんが、とても気に入り、アーティストが滞在し、
アート制作、居住を目的とする拠点にリノベーションし、
会場として利用させてもらえないか、とオファーしました。
空き家は、JR石巻駅から10分程歩いたことぶき町通りという商店街にあります。

ことぶき町通り。
ことぶき町通りを歩いていると、家がないのに、玄関扉のような扉がある敷地があります。
一見、この扉は通りに面しているため、誰かの家の玄関かなと思うのですが、
そこを開けると、細い小道が現れます。
その細い小道を歩いていくと、見えてくる1軒の空き家。
築80年以上になるこの建物を、今回改修することになりました。

(photo:鳥村鋼一)

裏から見た、改修前の外観。
この建物、以前から気になってはいましたが、誰も住んでいない空き家ということもあり、
どこか近寄り難い雰囲気があったとまちの人々は言います。
通称「忍者屋敷」と呼ばれていました。
かつては、1階は縫製工場として使われ、2階には働く人が住んでいたそうです。
実際、現地調査をしてみると、1階は天井が高く、天井からコンセントが垂れ、
ここでミシンを踏んでいたのではないかと想像できました。
この1室を取り囲むようにトイレ、階段、土間があり、浴室はありません。
階段を登ると、中2階に和室が1間、さらに階段を登ると、和室が2間ありました。
階段が変わっていて、中2階で登りきり、上がってきた階段の吹き抜けに板をパタンと倒して、
通路にし、そこからしか上階へ上がれないという、
まさに忍者屋敷のような設えとなっていました。

改修前、中2階から見た階段部分。
さらに、建物の中にいると平衡感覚を失うくらい家が傾いているのがわかりました。
詳しく調査してみると、築80年以上のこの建物は、
震災で傾いたのではなく、震災前に傾きがすでにあったようです。
また、昔は平屋であった建物に無理やり中2階、2階部分を増築していたことがわかり、
そのため階段があんな感じに取り付いていたのだと、納得しました。
柱も細く、増築部分は乗っているだけで、
よく東日本大震災を耐え抜いたものだと、感心させられました。
ちなみに余談ですが、東北の建物はほかの地域と比べると、
華奢なものが多く軽いのだそうです。軽いからこそ、逆に、震災にも負けず倒れず、
しなやかに生き永らえたのかもしれないと大工さんが教えてくださいました。
ただ、生き永らえた、とは言え、平衡感覚を失うほど傾いているこの家です。
調査を進めるほど、どう改修を進めていくかの、課題は山積みです。
この建物の傾きを直せる……のか?