ゲストハウスと出版。 〈真鶴出版〉の 新しい仕事のかたち

縁を感じて真鶴に移住

出版とゲストハウスをやりたい。
それを実現するための場所を探そう。

そんな思いを胸に、2015年の春、神奈川県の西南部、
真鶴にやってきた川口瞬さんと來住(きし)友美さん。
ふたりは〈真鶴出版〉という屋号で、出版活動をしながら、
1日1組限定のゲストハウスも併設する「泊まれる出版社」を運営している。

真鶴への移住を決めるまで、川口さんはIT企業に勤務するかたわら、
「働く」をテーマにしたインディペンデントマガジンを友人とともに制作。
「会社に不満はなかったけれど、身の丈にあった、
自分の目の届く範囲でのビジネスをしたい」という思いがだんだんと膨らんでいき、
仕事としての編集経験はなかったものの、出版活動をすることを決意する。

川口さんが会社員時代から制作しているインディペンデントマガジン『WYP』。

一方、來住さんは青年海外協力隊としてタイで活動した後、
フィリピンの環境NGOに所属し、現地でゲストハウスを運営した。
「見知らぬ土地でたくさんの人に受け入れてもらった分、
今度は自分が海外の人を受け入れたい」
と、地方でゲストハウスを開くことを夢見るように。

左から宿泊担当の來住友美さん、出版担当の川口瞬さん。

川口さんも会社を辞めてフィリピンに英語留学し、
ふたりでフィリピンから帰国した翌日には、移住先を探しに動き始めた。
そんななか、最初に訪れたのが真鶴だった。

「地方で精力的に活動している写真家のMOTOKOさんから
『地方に行くなら、真鶴がいいよ』と言われたんです。
そこで役場の方を紹介してもらい、移住を考えていることをお話ししました。
真鶴を一旦あとにし、ひと月半をかけてほかの地域も見てまわったのですが、
ちょうどその旅が終わる頃に役場の方から
『お試し暮らしのモニタリングを募集している』と連絡をいただいたんです。
お試し暮らしのお試し版として参加することにしました」(來住)

その後、約2週間のお試し暮らしを経て、ふたりは真鶴への移住を決めた。
たくさんの土地を巡った末、その決め手は何だったのだろう?

「空気がきれいなこと、食べ物がおいしいこと、人がやさしいこと。
その3つを移住先の条件として考えていました。
それを満たす地域はほかにもあったのですが、
それなら縁を感じたところに住んでみようと思ったんです」(川口)

MOTOKOさんのひと言、新たな人との出会いとつながり、そして絶妙なタイミング。
さまざまな縁に背中を押され、真鶴での暮らしが始まった。

出版、ゲストハウス、新たに加わった町の仕事

真鶴駅から徒歩5分。人ふたりがようやく通れるほどの細い道に入ると、
その途中に築50年の平屋がある。ここが真鶴出版兼自宅だ。

「私たちはそのまま住んでいるだけで、何もしていないんですよ」と来住さん。

使い込まれた木の表情が優しく、目に入るしつらえの美しいこと。
小高い場所にあるためまちを見下ろせ、風が気持ちよく抜ける。
台所と和室が宿泊客との共有スペース、そのほかに客間と
ふたりのプライベートルームがひと部屋ずつというコンパクトな間取りだ。

玄関を入ると目の前には心和む一角が。

宿泊客用の部屋。希望をすれば、真鶴の成り立ちや見どころを教えてもらいながら一緒にまちを歩くこともできる。

真鶴の暮らしの風景に表れる 『美の基準』とは?

photo:MOTOKO

“生活風景”を残すために

真鶴の港を上から望むと、 港を中心にすり鉢状に家々が広がっているのがわかる。
屋根の色は赤や青、緑とさまざまだが、地形に沿って家が並び、
大きなマンションが空に突き出したりはしていない。
さらにひとつひとつの家と家の間をよく見ると、そこにはなんらかの緑がある。
「絶景」とは言い難いが、どこか安心する、懐かしい風景。

もしもこの風景が、20年後も、30年後も同じまま残っていくとしたら……?
その風景の価値はいまよりもさらに上がっていくだろう。
その可能性が真鶴には大いにある。『美の基準』があるからだ。

1993年に制定された『美の基準』。その内容が評価され、世界デザイン都市サミットにも招聘されたことがある。(photo:MOTOKO)

『美の基準』は景観条例のひとつとして捉えられることが多い。
しかし、実際は景観に限ったものではないし、規制するものでもない。
『美の基準』は“真鶴らしさ”をまとめた規範であり、
より広い意味での景観、「生活風景」を残すことを目的としているのだ。

美の基準は69のキーワードからできている。
例えば、「小さな人だまり」というキーワードのページを開いてみよう。

キーワードはどれも口に出して読みたくなる言葉ばかり。「小さな人だまり」「静かな背戸」「終わりの所」など。(photo:MOTOKO)

そこには、写真やイラストを交えながらこんな説明がある。

人が立ち話を何時間もできるような、
交通に妨げられない小さな人だまりをつくること。
背後が囲まれていたり、真ん中に何か寄り付くものがある様につくること。

これらは真鶴にとって“真鶴らしさ”であるかもしないが、
実はかつて日本のどのまちにもあったはずの、失いかけているものでもある。
『美の基準』ができて約23年。未だにファンは多く、
『美の基準』が好きで真鶴に移住を決めた人が多くいる。
人を惹きつけてやまない魅力が『美の基準』にはあるのだ。

『美の基準』の中でもとくに印象的なキーワード、「実のなる木」。庭にはみかんなどの実のなる木を植えることを推奨している。(photo:MOTOKO)

マンション建設反対のための手段

1980年代後半、日本はバブル景気に沸いていた。
政府が開発を奨励するリゾート法を制定したことにより、
真鶴の近隣である熱海や湯河原にも次々とマンションが建ち始める。
多くは人が住むためではない。
地価がどんどん上がっていくなかで、投資目的の建設が多かったという。

「当時、真鶴町役場にも大量の建設計画が持ち込まれ、
毎日のようにスーツを来た人たちが押しかけてきていました。
僕はまだ別の課にいたのですが、対応に苦慮しているのは見ていました。
自分が担当になったらあの対応をやらなければいけないという、
覚悟のようなものは持っていましたね」
そう語るのは、現在『美の基準』担当のまちづくり課課長を務める岩本幹彦さんだ。

岩本さんは『美の基準』が施行されて12年後、2005年から『美の基準』の担当になる。担当になる前から、『美の基準』自体の策定の過程を手伝ったりもしたという。

真鶴がほかの地域と違ったのは「水」だった。
もともと水源に乏しい真鶴は、隣の湯河原町から一部の水を買っていた。
たびたび断水もあったという。そのため町民は、マンション建設により
人口が増え、さらに水が不足することを懸念していたのだ。
「マンションを建設するかどうか、当時まち中で政治が語られていました。
そんななか、町長選ではっきりとマンション建設に反対を掲げた
三木邦之さんが選ばれたんです」

「三木町長についていけば間違いない」、と言われるほど
カリスマ性を持つ三木町長は、就任3か月の速さで「給水規制条例」を制定する。
「ある一定規模以上の開発に対して新たな水の供給を行わない」というものだ。
開発を進めようとする国の施策と正反対をいくこの条例はニュースになり、
真鶴町は一躍有名になる。

しかし、これだけでは事業者から裁判を起こされてしまえば負ける可能性のある、
危うい条例であった。そこで次の一手としてできたものが、
『美の基準』を含む「まちづくり条例」である。

真鶴のまちを上から見ると、家と家の間に緑が多いことに気づく。建築と建築の間に花や緑を置き、スペー スを豊かにすることも『美の基準』で推奨される。

人が集まる真鶴の酒屋 〈草柳商店〉店主しげさん

photo:MOTOKO

ロックを愛する酒屋の店主

2016年10月。
神奈川県真鶴半島の先端にあるお林展望公園で、
〈グリーンエイド真鶴〉という小さな音楽フェスティバルが30周年を迎えた。

このイベントに第1回から関わっているのが、
真鶴港のそばにある酒屋〈草柳商店〉の4代目、
通称「しげさん」こと草柳重成さんだ。
30年前、当時まだ21歳だったしげさんは今年51歳になった。
いまではグリーンエイド真鶴の司会を、
その頃のしげさんと同じ、21歳の娘の采音(ことね)さんが務める。

宿浜商店街の一角にある酒屋、草柳商店。

昭和を彷彿させる店内には、神奈川の地酒が中心に並ぶ。

しげさんが店主を務める草柳商店は、地元の漁師や近所の人はもちろん、
最近では町外のアーティストや旅行者も集まるまちの酒屋だ。
お店に入るとすぐにしげさんのお母さんが話しかけてくれる。

「どこから来たの?」
「名前は? 私すぐに人の名前が覚えられるの」

川上弘美の小説『真鶴』にも登場するお母さんはマシンガントークで、
躊躇する暇もなく、訪れた人は輪の中に入れられる。
だけどそれが不思議と心地よい。もちろんしげさんもその輪に加わる。
ときにはギターを片手に唄い出し、ゲリラライブが始まることもある。

原宿のライブハウスから、真鶴の酒屋へUターン

真鶴に生まれ、真鶴で育ったしげさんは、
高校卒業後に入学した東京の美術学校を半年で辞めた。
笹塚の友だちのアパートに泊めてもらい、バイトをしながら、
原宿や渋谷で当時有名だったライブハウスでバンド活動を始めたのだ。

「無理に頑張らず、楽しんでやればいい。食っていければそれで幸せと思わないと」と語るしげさんからは、いつもポジティブな空気が流れる。

「真鶴のことを嫌いになったことはないですよ。
でも10代後半や20代前半のときって、やっぱり東京への憧れがあるんですよね。
どうしても東京が気になって仕方なくて……。
ただ、25歳のときに親父が亡くなっちゃって、
真鶴に戻らなきゃいけなくなったんです。
もちろん東京にいたほうがいいんじゃないかって思いもありましたが
弟もまだ高校生で、妹が大学生だったから、お金も稼がなきゃいけなかったので」

地元真鶴に戻ってきたしげさんは、迷いながらも草柳商店のお店に立ち始める。
ただ、客はすぐにはしげさんのことを認めてくれなかった。
「自分の好きな地酒を選んで並べても、まだ酒を飲み始めて5年だろって、
馬鹿にされるんですよ。それが悔しくてね。
年齢をカバーできるよう、日本酒のソムリエと呼ばれる
“唎酒師(ききさけし)”の資格を取得しました。
勉強のため全国の酒蔵を訪ね歩きもしました」

〈真鶴町立中川一政美術館〉に 「生命(いのち)の画家」 中川一政を訪ねて

「生命(いのち)の画家」として

中川一政の作品と対峙してみる。
その大きくて迫力ある画面に目をこらしてみると、
キャンバスに叩きつけたかのような筆跡のひとつひとつに、
彼自身の魂が込められていることに気づく。
それは己の心の中に湧き上がる感動に突き動かされ、自然と筆が動いた結果なのだ。
彼の作品は、芸術とは、画家自身の生き様そのものを
全体重をかけてつくりあげるものだということを物語っている。
こんな画家はほかに例を見ない。

真鶴半島自然公園に隣接する緑豊かな場所にある〈真鶴町立中川一政美術館〉。
日本を代表する洋画家である中川一政の作品を常設展示する美術館だ。

1893年(明治26年)に東京で生まれた一政は、
その後1949年に真鶴にアトリエを構え、
1991年に97歳11か月で亡くなるまで真鶴で絵を描き続けた。
その作品は油絵のみならず、日本画、書、陶芸など多岐にわたり、
美術館ではそれら650点余りを所蔵している。

一政は岸田劉生(1891~1929年)とほぼ同世代。
21歳のときに岸田に認められて本格的に画家を志し、
岸田や数人の仲間たちと〈草土社〉を結成して美術展を行うなど、
日本の洋画壇を牽引してきた存在だ。
随筆も多く執筆するほか歌も詠み、1961年には歌会始の召人に選出されて歌を詠進。
1975年には文化勲章も受章している。

と、そんな略歴を見ると、はるか雲の上の人のように思えるが、
一政と晩年の21年間をともに過ごし、現在は美術館の指導員を務める
佐々木正俊さんの話からは、すばらしい芸術家である一政が、
人としてもあたたかく魅力的な人だったことがうかがえる。

『福浦』1961年(写真提供:中川一政美術館)

修善寺に向かう途中に真鶴の風景に出会い、
この地を気に入った一政は、1949年に真鶴に家を買い、
それからは真鶴半島の付け根にある福浦の港を好んで描き続けた。
その頃はまだ東京の自宅兼アトリエと真鶴を往復する日々だったようだが、
1970年からは真鶴に住みながら箱根の風景を描き始める。
そのときに東京から呼び寄せられたのが佐々木さん。
以来、箱根への車の運転からキャンバス張り、一政が好んで描いたひまわりの栽培など、
日々の創作に関わることから雑用まで、あらゆることを佐々木さんがこなしたそう。

「箱根まで車で40分くらいの道を私が運転しました。
最初は箱根のどこを描こうかと景色を探して走り回っていて、
やがて駒ヶ岳を見つけて、ここがいいと。
それから通い始めて15~16年描き続けました。
天気がよければいつも、朝ごはんを食べたら、よし行こうと。
有料道路の料金所の人にお菓子を持って行ったり、
お正月には一升瓶を持って行ったりしてね。
3年くらいしたら、料金所の人がもうお金はいいから、と顔パスになりましたよ(笑)」

一政の身の回りの世話をしていたという佐々木正俊さん。現在は美術館の指導員を務める。

真鶴と箱根では天気も微妙に異なるため、佐々木さんが料金所に電話をして、
駒ヶ岳が見えるかどうか聞いたこともあったという。
天気が悪くても、気分が乗っているときは出かけたそうだ。

「天気が悪い日に、近くまで行って車の中で雲が切れるのを待っていたら、
窓を開けろと言う。開けたら、駒ヶ岳に向かってふーっ、ふーっと
息を吹きかけているんです。何をしているんですかと聞いたら、
雲が動きやしないかと思って、と言うんですよ(笑)。
ふざけているのかと思ったら、本気なんです。
悔しくてしょうがなかったんでしょうね」と佐々木さん。

チャーミングな人柄が感じられる逸話だが、創作に対してはいつも真剣だったという。
「本当に絵のことばかり考えている人でした。そんな人はなかなかいませんよね。
特に風景を描きたかったんだと思います。いつも自然と対峙して描いていた。
大きいキャンバスで屋外で描くのは気持ちよかったのだろうと思います」

『駒ヶ岳』1980年(写真提供:中川一政美術館)

『薔薇』1983年(写真提供:中川一政美術館)

駒ヶ岳を15年にもわたり描いているが、薔薇も描き続けた題材のひとつ。
そのように同じ題材を何枚も何枚も描くのが、一政の特徴でもある。
「あるとき先生に、なぜ同じ場所で同じ景色を描くんですかと聞いたことがあるんです。
そうしたら、同じじゃない、と怒られました。毎日違うんだと。
先生から見ると、同じではないんですね。満足するまで描き続けるのだと思います」

〈真鶴半島イトナミ美術館〉 プロジェクトスタート! 公開ワークショップも開催

絵:チャンキー松本

神奈川県の西の端、相模湾に小さく突き出た真鶴半島。
美しい景観を守るための真鶴町の規範『美の基準』は、
真鶴に暮らす人ばかりでなく、それに感銘を受けて移住する人がいるほど、
多くの人を魅了しています。
また真鶴には、97歳で亡くなるまで真鶴に暮らしながら絵を書き続けた、
「生命(いのち)の画家」中川一政の作品を展示する
〈中川一政美術館〉があり、多くの人が訪れます。

photo:MOTOKO

そんな真鶴で始まるのが、〈真鶴半島イトナミ美術館〉というプロジェクト。
これは、かたちある美術館をつくるのではなく、
豊かな自然と感性が生むものづくりや暮らしなど、
真鶴にあるさまざまな営みに光を当てながら、真鶴半島全体を美術館に見立てて、
その魅力を発信していこうというプロジェクト。
コロカルでは、真鶴のさまざまなストーリーを、
真鶴半島イトナミ美術館〉の記事としてアップ、アーカイブしていきます。

さっそく、10月18日(火)から〈真鶴みんなの家プロジェクト〉がスタート。
未来の真鶴を担う若者たちと、外部のアーティストたちが集い、
寝食をともにしながら真鶴のこれからを考えたり、ものづくりで交流する、
一般公開・参加型のワークショップ。
10月29日(土)までの約10日間、ふだんは“お試し暮らし”ができる家として
利用されている〈くらしかる真鶴〉という一軒家を開放し、
みんなでものづくりをしたり、真鶴レシピのごはんを食べたりしながら
交流するというもの。

みんなの家プロジェクト参加メンバーの〈真鶴出版〉のふたり。くらしかる真鶴の前で。(photo:MOTOKO)

参加アーティストは3人。
イラストレーターや、音頭歌手、切り似顔絵師として活躍するチャンキー松本さん。
チャンキーさんは真鶴で、「人」「景色」「物語」の3つのテーマから、
いまの真鶴をスケッチしていくそう。

そして、音楽家として活躍し、神戸塩屋の洋館〈旧グッゲンハイム邸〉に住みながら
さまざまなイベントを企画、管理運営する森本アリさん。
森本さんは、写真と言葉を使い、『美の基準』を軸にしながら
まちを掘り下げていく予定。

そしてもうひとり、「食の物語を紡ぐ仕事」をコンセプトに、
フードコーディネートやケータリングなどする蓮池陽子さんは、
ストーリーのある真鶴レシピを、地元の人と一緒につくりあげることを考えています。

地元のプロジェクトメンバーとして、
真鶴に移住して“泊まれる出版社”〈真鶴出版〉を運営する、川口瞬さんと來住友美さん。
真鶴出身・在住で、現在大学でデザインを学びながら
真鶴のアートイベント〈まちなーれ〉の広報を務める遠藤日向さん。
それに、人と海のつながりをテーマに活動する
NPO〈ディスカバーブルー〉事務局長の寺西聡子さんが参加。

プロジェクトメンバーからは、こんな声が届いています。

「わたしたち町民が集うのはもちろん、
外からもアーティスト、ミュージシャン、
料理家の方々をお呼びして、一緒に過ごそうと思います。
みんなで語り、考え、もちろん、真鶴レシピのごはんを食べたり!
楽しみながらものづくりをしようと思います。

町内外問わず、たくさんの人に見てもらい、触ってもらって、
いまよりもっと楽しい家にしたいと思います。
みなさまのお越しをお待ちしております」

彼らに会いに真鶴に遊びに行くだけでも楽しそうです。

information

map

真鶴みんなの家

会期:2016年10月18日(火)~10月29日(土)

会場:くらしかる真鶴(神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴453-5)

お問い合わせ:0465-68-1131(真鶴町役場企画調整課)

https://www.facebook.com/kurashikarumanazuru/

ISHINOMAKI2.0 vol.4 空き家活用の交渉からスタート。 商店街に生まれたシェアハウス

ISHINOMAKI2.0 vol.4

第4回目となる今回は、石巻でデザインと建築の専門家からなる
まちづくりベンチャー〈合同会社巻組〉の渡邊享子さんにバトンタッチして、
石巻に移住したいと考える人々の暮らしの受け皿となる拠点づくりを紹介します。

石巻には震災以降、全国から私のように暮らしの拠点を移す人たちが
たくさんいます。その数は私が知るかぎりで数えても100名以上。
そうした地域外からの移住者や、
石巻に可能性を感じて戻ってきたUターン者の受け入れ先として、
中心市街地にたくさん存在する面積の大きな空き物件が活用されています。
石巻で活躍する出る杭のような人材をつくる巻組の活動。大注目です。

渡邊さん。(photo:和田剛)

まちに、住まいが足りない!?

こんにちは。私は、〈合同会社巻組〉の渡邊享子といいます。
宮城県石巻市を中心とした、東北の「田舎」で空き家を活用し、
20〜30歳代の移住者にむけた住まいとして提供しています。

そんな仕事をしている人は全国にいくらでもいると思いますが、
私たちが、そうした仕事を始めた理由は、2011年東日本大震災でした。
石巻市は水辺の平地の約30パーセントが浸水し、東北最大規模の被害を出しました。
こうしたなかで、都市部からのアクセスのよさや
受け入れ態勢が比較的充実していたという理由から、
2011年3月から1年間でのべ28万人ものボランティアが訪れました。

今回の震災の特徴は、こうしたボランティアの活動が非常に長期化し、
なかには震災復興の文脈を超えて、この地に定着する人々が現れた点です。

ひとつの民家に集まる、ボランティアとして石巻にきた若者たち。

2012年初頭に、被災した地域において住むための家がないという声が聞こえてきました。

人口減少が進む被災地域で、こうしたボランティアが定着し、
地域に関われる拠点をつくりたい。
それが、私たち巻組の活動のきっかけでした。
当時、石巻では大きくふたつの理由で住宅が不足していました。

ひとつは、震災で多くの住宅が被害を受け、地域の方々の住まいが不足していたこと。
当時、避難所が解散されたのが2011年秋頃、
5年たった現在でも仮設住宅を出られない方々がおられます。

もうひとつは、被災地に限らない問題でした。
いわゆる地方都市の中心市街地や、漁村・農村部は、
ほとんどの住宅が持ち家であり、単身者向けの賃貸住宅がそれほど多くありません。

2015年に石巻市により実施された空き家調査において、空き家と判断された住宅は、
中心市街地に108戸、2006年に合併した旧6町に189戸、計297戸ですが
それらの平均面積は約127平方メートル。
都心で単身の若者の住宅の標準面積が約36平方メートルなので、
都市部の単身世帯と比較して約3倍の広さの持ち家住戸が空き家となっている現状があり、
なかなか有効活用ができません。

「先日までおばあちゃんが住んでいたが、
ご高齢のため住まなくなって空いている広すぎる家」が、
日本の「田舎」には多く眠っているのにもかかわらず、なかなかヨソモノは入れない。
そんなことが課題になっていました。

2012年春。そんなふたつの不動産的な壁に打ち当たって途方にくれている……。
住むところがないという理由で石巻を去るボランティアの仲間たちもいました。

そんな時に、なんとかまちの中でモデルをつくりたいという気持ちで
まちを歩き回りなんとか見つけた平屋の空き家を
住まい手の方と一緒に直したのがきっかけで、
市外から石巻市にきて活動するよそ者に家を紹介する活動が始まりました。

初めて改修した空き家。住まい手自らの手でおしゃれな空間に。(photo:楠瀬友将)

「空き家」を探して歩き回るうちに、ひとつの重大な事実に気づきました。

誰にも一切使われていない純粋な「空き家」はほとんどない。

という事実です。

そこで、使われていたとしてもあまり有効活用されていない空きスペースも視野に入れて
活用する必要がありました。そのなかで、私たちの活動のシンボルになったのが
商店街に建ち並ぶお茶屋の2階を利用した〈SHARED HOUSE 八十八夜〉です。

このシェアハウスは80歳代の店主が運営するお茶屋の2階にあります。
もともとこの場所は30年前までは店主が家族で住んでいたのですが、
郊外に広い住宅を建てると、住まなくなり、2階は倉庫として使われていました。

とはいえ、この建物は「空き家」ではありません。
店主さんが営業を続ける建物を活用することなどできるのか。
店主の高橋仁次さんとも何度も意見がすれ違いそうになりました。

ロイヤルアイシングって? 佐々木愛の壁画作品ができるまで あいちトリエンナーレ通信 vol.7

3年に1度開催され、現在開催中の国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ2016〉。
3度目となる今回は、名古屋市、岡崎市、豊橋市で開催されています。
参加アーティストや広報チームが、その作品や地域の魅力を紹介していくリレー連載です。

制作の始まり

豊橋の開発ビルで制作中。

前回は作品に至るまでの旅に触れましたが、今回はいよいよ(?)
ロイヤルアイシングという手法での作品制作について書きたいと思います。

6月28日、制作道具と生活道具を積み込んで、レンタカーで
私が住んでいる大阪から展示会場となる豊橋へ出発しました。
47日間の滞在制作なので、ちょっとした引っ越しです。
今回はマンスリーマンションに住むことになったので、
服と洗面具と調味料セット(1か月ほどなので調味料を小分けにする)だけでしたが、
時には鍋や食器、キッチンがない場合はホットプレートなどを持って
移動したこともあります。

長い滞在では外食を毎日するほどの余裕もないですし、
何かをつくることは気晴らしにもなるので、少しでも毎日何かつくるようにしています。
海外に滞在したときは、知らない野菜や調味料などを見るのが楽しくて、
毎日スーパーや市場に通ってしまい、節約のつもりが、
買いすぎて失敗したこともありました。

豊橋でも、一番にスーパーや食べ物屋さんの位置を確認。
そして近くにいい喫茶店や食堂があればうれしいなぁくらいの気持ちで
近所をブラブラ見て回りました。
こんな風に、到着して1日くらいはゆっくり過ごします。

制作前の準備あれこれ

開発ビル9階。あいちトリエンナーレ2016キュレーターの金井直さんと展示会場で打ち合わせ。天井の照明の多さにびっくり。以前は会社のオフィスだったそうです。

今回私が展示することになった豊橋市の「開発ビル」は
かつて劇場やボウリング場なども併設され、
役所機関や体育館、集会所として使用されている多目的複合ビルです。
いまは数年後の建て替えに伴ってそのほとんどのフロアが空室となっており、
今回このビルに10組の作家の作品が集まっています。

滞在制作が始まる少し前に、作品をどんな風に設置したいかを、
キュレーターと、この開発ビルの会場で話し合いをしました。
あいちトリエンナーレでは建築家と
インストーラー(設営や空間構成をする専門の人)を交えて制作を進めます。
これはとても重要なことで、美術館やギャラリーとは違い、
芸術祭の会場の多くは美術作品のための空間ではなく、
空き店舗、ビル、駅、時には屋外での展示になり、
作品を設置するために最低限の準備が必要になります。
私たち作家が思い描く展示プランを実現させるために、
防災などの面から観客と作品の安全性を検証し、会場への動線など、
空間の設計図や作品設置の計画を、彼らに一緒に考えてもらいます。

つくりたい作品の形や大きさが決まっても、
さまざまな理由でクリアできないこともあります。
反対に作家個人では考えられなかった構造や素材を提案してもらうことで、
さらに大きな広がりのある作品にできることもあります。
こうして、作家、キュレーター、建築家、インストーラーなど、
チームでひとつの作品をつくっていきます。

まずは建築家の方に希望の壁の大きさや形を伝える。手書き。

アシスタントキュレーター加藤慶さんと、建築家の山岸綾さん。小さなサンプルを会場に置いてみて、作品のイメージをみんなで確認。

壁画を描く

下書きの状態。木の幹など骨組みをつくります。

ロイヤルアイシング(粉糖と卵白、レモンを混ぜたもの)で描くときは
フリーハンドで紋様を描いていきますが、
その前に全体の図案のアウトラインを壁に下書きします。

私はグラフィックテープという細い伸縮性のあるカラーテープを使って
直接壁に図を描きます。
なんだかどんくさい方法のように思われるかもしれませんが、
一度、小さな紙に描いた図を壁にプロジェクターで拡大投影してみたのですが、
なんだかうまくいかず止めてしまいました。
いまはちょっと時間がかかっても、自分の体の大きさと壁の大きさ、
空間に入ったときの感覚から、ラインを決めて図を描きます。

そのため、時には事前に描いた下書きとは大きく図案が変わることもあります。
それでも会場に入ってみて実際に壁の前に立ってみたときの気持ちを
信じることにしています。

作品の全体図。忘れないようにモデルとなった植物の名前を書き込む。

作業机。日が経つにつれて物で溢れます。

〈山名八幡宮リニューアル プロジェクト〉 トップクリエイターが 創建840年の神社を一新。

安産・子育ての宮として知られる群馬県高崎市の〈山名八幡宮〉。
今年創建840年を迎え、2017年には上野三碑が世界遺産登録を控える今、
一大プロジェクトが進行中なのをご存知ですか?

現在の〈山名八幡宮〉社殿。

来る10月15日(土)、
〈山名八幡宮 リニューアルプロジェクトイベント〉と題し、
その構想および実施内容のお披露目が行なわれます。

このリニューアルプロジェクトは、社殿や神楽殿をはじめ、
ロゴやサイン、授与品に至るまでを総リニューアルするという、
日本国内の神社史上においても類を見ない斬新で大規模な内容となっています。

コンセプトは「各界のトップクリエイターが“神社のかつての姿”を蘇らせる」こと。
元来、神社が持つ「祈りの場」に加え、
現代にフィットする「集いと活動ができる場」のあり方を探り、
再現することで、地域の人々にとって、懐かしくて新しい神社のあり方を
創造していくのが目的です。

建築家・永山祐子さんによる新社殿

新授与所

注目すべきは、第一線で活躍するクリエイターによる
伝統を重んじながらも、洗練されたクリエイションの数々。

社殿、神楽殿、授与所、待合所のリニューアルを担当した建築家・永山祐子さんをはじめ、
デザイン事務所〈EDING:POST〉の加藤智啓さんが
ロゴやサイン・カタログなどの各種コミュニケーションツールのデザインを、
〈method〉の山田遊さんが授与品をディレクションしています。

この他にも、境内で無添加の天然酵母パンを提供するパン屋や、
参拝者が利用できるコミュニティラウンジが新設されるなど、
これまでの神社から連想されるイメージとは一線を画す、
新しい神社として生まれ変わります。

〈method〉山田遊さんがディレクションした授与品の数々。

学生や島民みんなで空き家再生! 島ならではのワークショップとは。 坂東幸輔建築事務所 vol.5

坂東幸輔建築事務所 vol.5

こんにちは、建築家の坂東幸輔です。

前回は徳島県牟岐町にある人口70人の過疎の島、
出羽島(てばじま)の空き家再生まちづくりについて書きました。
今回はそのつづき、学生たちがデザインした〈旧・元木邸〉の設計提案は
いったいどのように実現したのでしょうか。

不便さが地域ならではの建築文化を守る

牟岐町は平成29年度を目標に
出羽島の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」指定を目指しています。
重伝建に指定されると古民家の外観を、
建物が建った元の状態に復元する工事に補助金が出るようになります。
指定を受けられれば出羽島では毎年数棟ずつ
建物を改修する予算を確保できることになりますが、
その次に問題となるのは伝統的な民家を改修できる大工がいないということでした。

〈旧・元木邸〉の改修工事には
伝統的な大工技術を学ぶ徳島の若手大工グループが参加してくれました。
若手の大工にとって、これから古民家の改修が継続して行われる出羽島は
貴重な練習場になるに違いありません。ぜひ、出羽島で大工技術を学んだ
“出羽島大工”のような人たちが育つ場所になってくれたらと思います。

2階の床を支える梁が腐っていたため、1階を残して解体された旧・元木邸。大工さんたちは機械ではなく手刻みで木材を加工。

私が出羽島に魅かれる理由のひとつが、島が小さく車が1台もない島であるという特殊性です。
牟岐港から連絡船で15分という近い距離にありながら、
建築を考えるうえでのさまざまな条件が日本の一般的な場所と大きく異なります。

車が走る道路があれば、流通している建材や工場で製作した建築の一部分を運搬し、
重機を使って組み立てるということが日本中どこでも可能です。
それは車が通るところなら日本中どこでも
同じ建物を建てることができてしまうということになり、
地域性とは関係なく同じような風景ができてしまいます。

しかし出羽島では、重機が使えないため建物を建てたり壊したりすることが大変です。
空き家再生をするうえでは大きな制約ですが、
地域の持つ強い個性であるとも言えます。材料の調達・運搬方法や、施工のしやすさなど
出羽島での合理性を追求したうえで
でき上がる建物はどの地域の建物とも違う建物になるでしょう。

その土地の材料を使い、その土地の職人の技術で、気候風土に合わせて建物をつくるという、
かつて日本の各地でどこでも行われていた建物のつくり方を
出羽島では再現できるかもしれない。
そんな“現代の民家”をつくるということを目標にしています。
建築家が建物だけをデザイン、設計するのではなく、地域の材料や交通、仕事といった、
地域全体を再生していくことに、私は興味があるのだと思います。

多様なワークショップを通して島を知る

〈旧・元木邸〉を巡るワークショップは、基本設計ができてからも、
牟岐町教育委員会の川邊洋二さんの
「建物にできる限りいろいろな人に関わってもらいたい」という思いから、
「焼き魚ワークショップ」「土壁塗りワークショップ」
「家具づくりワークショップ」などさまざまな種類のワークショップが行われました。

川邊さんが求めるワークショップは
建物を完成させるうえでは回り道をしているように見えます。
学生と実施設計を行う地域の建築士さんとの間に立って
デザインの調整を行う私にとっては、コントロールの難しい要素がどんどん増えていくので
ワークショップを求められるごとに不安を感じることもありました。

しかし、川邊さんが求めているものが出羽島に単におしゃれな建物をつくることではなく、
島の人や学生、移住者たちが愛着をもって一緒に活動できる場と状況をつくり出すことだと
ワークショップを重ねるごとに理解できるようになりました。

「焼き魚ワークショップ」は地域の産業である漁業に関わる魚の調理、
漁船を使ったクルージングや草刈りなどの島の困りごとを解決する取り組みを試すことで、
〈旧・元木邸〉が完成した後のソフトを開発するワークショップでした。

島の主要な産業である漁業について学ぶ、焼き魚ワークショップを行った。漁師さんから鱗の取り方など調理方法を教えてもらった。

左の丸いのがキダイ(レンコダイ)、右がイトヨリ。

「土壁塗りワークショップ」では
職人さんに教えてもらいながら竹小舞から荒塗りまでをやらせてもらいました。
建物が完成した後も自分の塗った土壁の場所は特別な思いがします。
ワークショップの参加者も〈旧・元木邸〉についての愛着を育んでくれたのではと思います。

〈旧・元木邸〉の土壁塗りをワークショップで行った。最初に職人さんから土壁の下地の竹小舞の編み方を教わった。

自分たちで編んだ竹小舞の上に土壁を塗った。ワークショップの参加者は学生だけでなく、自分の家を自分で改修したいという周辺地域への移住者の参加も多かった。

「家具づくりワークショップ」では、〈旧・元木邸〉の完成後に使用する家具を制作しました。
家具は徳島の伝統工芸である藍染めの塗料に加工したものを使い、仕上げました。

ワークショップで家具のアイデア出しを行った。椅子は出羽島の手押し車・ネコをモチーフにデザインした。

制作したテーブルに藍染め塗料を塗る。出羽島は温暖で沖縄でしか栽培できない琉球藍が栽培できる。移住者たちが中心となって、出羽島の耕作放棄地を活用して琉球藍を生産する取り組みが始まっている。藍という産業を通して、出羽島の風景が変わりつつある。

藍染め塗装をして完成した椅子。

6つを組み合わせると出羽島のかたちになるローテーブル。

自分でも島の空き家を購入?!

余談ですが、ワークショップで出羽島に何度も通う間に、
なんと私も出羽島に空き家を購入してしまいました。
神山や出羽島で空き家を改修して2拠点居住やサテライトオフィスを楽しんでいる人たちを見て
いつの間にか自分も古民家を手に入れたくなっていたのです。

空き家の持ち主と交渉し、土地・建物合わせて格安の値段で譲っていただくことができました。
雨漏りしている屋根を直したり、畳を新調したり、
水廻りを直したりという簡単な工事を行って、現在は出羽島での活動をサポートする
サテライトオフィス〈HARBOR出羽島〉として活用しています。

〈HARBOR出羽島〉外観。出羽島の折りたたみ式の雨戸をもった伝統的なミセ造りも残っています。

〈HARBOR出羽島〉内観。雨漏りで壁や畳のカビがひどかったのですが、きれいに改修できました。

話がそれてしまいましたが、本題に戻りましょう。
これまでのワークショップを通して島の方と仲良くなった学生が、
出羽島の家々には遠洋漁業で集めてきた宝物が
たくさんあるという話を聞いてきました。家の中に眠っている宝物を探して、
改修後の〈旧・元木邸〉で展示をしたいという学生たちの意見から
「島の宝物探しワークショップ」を開催しました。

〈岡山芸術交流 2016〉始動。 岡山をアートと文化のまちに! 建築プロジェクトも

今年の秋、岡山で新しい国際展覧会〈岡山芸術交流 2016〉が始まります。
これは、アートを通じて国境や文化、世代を超えた交流が生まれることをめざす国際展覧会。
2016年10月9日(日)から11月27日(日)にかけて、
岡山市内8か所にアーティスティックディレクターのリアム・ギリックさんが選んだ
世界16か国、31組のアーティストによる作品が並びます。

『1/2 BEGUN 1/2 FINISHED WHENSOEVER』2008 / 2016 (c) 2016 LAWRENCE WEINER - ARS / JASPAR, Tokyo Mock-Up Photograph Courtesy of Moved Pictures Archive, NYC

旧福岡醤油建物

参加アーティストは、ぺーター・フィッシュリ、ライアン・ガンダー、
サイモン・フジワラ、リクリット・ティラヴァーニャ、
ピエール・ユイグ、ローレンス・ウィナー、島袋道浩、
フィリップ・パレーノなどなど。
日本初公開となる作品や映像作品、大型インスタレーション、
アーティストが事前に岡山を訪れて制作した作品などが見られます。

『How to work better』1991 Mural Installation view, Zurich-Oerlikon (c) Peter Fischli David Weiss

岡山では、2014年にも〈Imagineering OKAYAMA ART PROJECT〉を開催し
市民が創造する場を生み出していく「アートと文化の街」を目指してきました。

岡山芸術交流 2016の総合プロデューサーは、
ファッションブランド〈アースミュージック&エコロジー〉などで知られる
ストライプインターナショナル代表取締役社長、石川康晴さん(石川文化振興財団理事長)。
総合ディレクターはギャラリー〈TARO NASU〉代表の那須太郎さん。

石川さんは「一見“わからない”作品と出合い、時間をかけて考えたり、
想像したりすることは、きっと新しい価値を生む力になる、そう信じています。
アートとの出合いがきっかけになり、想像力と創造力、
前に向かっていきるためのこの二つの力を養った人は、
岡山の未来の担い手となってくれることでしょう」と語ります。

十勝のクリエイターとつくりあげた 世界でここだけのホテル空間。 HOTEL NUPKA vol.3

HOTEL NUPKA vol.3

〈HOTEL NUPKA〉(ホテルヌプカ)の坂口琴美です。
連載も第3回目となりました。

2016年8月末に北海道・東北地方を直撃した台風10号は、
十勝全土にこれまでに経験したことがない大きな爪痕を残しました。
自然の保水量を超えた豪雨で川が溢れ、交通インフラが破壊され、
基幹産業の農業は多大な被害が生じ、そして貴重な命が失われました。
いまだ完全な復旧に向けた道筋が見えない状況です。
被害に遭われた多くの方にお見舞いを申し上げます。
HOTEL NUPKAのスタッフ一同も、
地元再興に向け今できることを取り組んでいきたいと思っています。

これから十勝の秋は深まり、やがて冬の季節を迎えます。
雪の広がる十勝平野、澄んだ空は青く、夜は星空が広がります。
農作物の恵みとおいしい食べものを楽しみに、たくさんの方が訪れますように。
NUPKAで、十勝の旅のお話をお聞かせください。

十勝のクリエイターたちとの出会い

ホテルは泊まって眠るだけの場所ではない。
旅行者と地元で暮らす人が交流する「まちをつくるホテル」でありたい。
そんな私たちの思いを受けとめ、東京の〈UDS株式会社〉の皆さんが提案してくれたのは
「Urban Lodge」というコンセプトでした。(vol.2参照

「十勝・帯広の市街地の真ん中にあるホテルが
“まち・ひと・もの・こと・場所”をつなぎ、コミュニティが生まれ発信される拠点」
=「Urban Lodge」

世界中から旅人に訪れてほしいと自信をもって思える普遍的なコンセプトだと思いました。
一方で、これからつくりだすホテルとしての場所や空間は、
世界でここだけにしかない十勝を感じるものにしたいと私たちは考えました。

今回は、そのような私たちの願いを受けて止めて、
「十勝を感じる」場所づくり・空間づくりに
力を貸してくれた地元十勝の魅力的なクリエイターの皆さんをご紹介しようと思います。

十勝のアウトドアの魅力を、空間リノベーションに結びつける

最初にご紹介するのは、十勝で造園業を営む川井延浩さん。
旧〈ホテルみのや〉の土地と建物を、
NUPKAのしかけ人である柏尾哲哉さんが取得した2014年3月、
川井さんが経営する〈かわい造園〉のブログのなかで、
事務所の敷地内で「冬キャンプ」を楽しむ様子が紹介されているのを柏尾さんは見かけました。

かわい造園のWEBで紹介されていた冬キャンプの様子。一番下の写真は氷でできたキャンドルライト。

「十勝の極寒の冬にキャンプで一夜を過ごすなんてありえない」と思いながら、
清々しい冬の十勝の空気のなかで、焚き火や食事を楽しむ写真には、
これまで見たことのない楽しい様子が表れていてとても気になりました。
その当時、川井さんと柏尾さんはまだ1、2度会ったことがある程度の面識でしたが、
柏尾さんは川井さんに連絡し、ブログに写っていた「キャンプ場」の見学を依頼しました。

見学の当日、その「キャンプ場」は、十勝川を見下ろす高台の森の中にありました。
山から切り出した木でつくった即製のコーヒースタンドで、
川井さんは温かいコーヒーを入れて迎えてくれました。お湯は焚き火で沸かされたもの。
静寂に包まれる森の中で、ポータブルスピーカーから心地よいBGMが流れ、
冬の澄んだ青空の下、雪の白さが際立ちます。屋外なのに、家の中にいるような居心地のよさ。
十勝の豊かな自然を生かしたインテリア空間を川井さんはつくっているのだと感じました。
今では流行りとなった「グランピング」という言葉も当時は知らないまま、
川井さんは本能的に十勝の自然を解釈し、表現していたのです。

川井さんのキャンプ場を見学したときの様子。川井さんは、その後〈moreu〉(モレウ)という私設キャンプ場をオープンしました。

川井さんがつくり出した十勝サロンアネックスの室内空間

HOTEL NUPKAがオープンする1年半前の2014年9月。
実験的に、旧〈ホテルみのや〉の1階部分を改装し、
イベントスペース「十勝サロンアネックス」をオープンしました。
私と柏尾さんは、その改装工事のディレクションを川井さんにお願いしました。
造園業を本業とする川井さんにとって室内空間のプロデュースは初めて。
「僕でいいのですか?」と聞かれましたが、
私たちは、川井さんこそが中心市街地で十勝らしさを表現してくれると信じていました。

川井さんは、設計図面を作成して工事を進める方法をとりませんでした。
毎日現場に入り、空間の構造や質感を確かめます。
でき上がりのイメージが固まるまで待った後、
十勝の自然素材を使って、内装から家具まで一気に新しい空間をつくっていきました。

十勝サロンアネックスの改修工事の様子。

川井さんいわく「最後の3日間は“ランナーズハイ“の感覚だった」とのこと。
「現場に行くのも、そのことを考えるのも楽しくてしょうがない。
そして、アイデアも浮かんでくる」と川井さんは自身のブログで振り返っています。

絹の道から塩の道へ。 佐々木愛の豊橋への旅 あいちトリエンナーレ通信 vol.6

『内在の風景-Immanent Landscape』ウェストスペース/メルボルン

3年に1度開催され、現在開催中の国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ2016〉。
3度目となる今回は、名古屋市、岡崎市、豊橋市で開催されています。
参加アーティストや広報チームが、その作品や地域の魅力を紹介していくリレー連載です。

はじめに

はじめまして、佐々木愛です。
あいちトリエンナーレでは豊橋会場で壁画作品を展示しています。
これから2回に分けて、作品のこと、滞在制作のこと、
豊橋会場のことなどを書いていこうと思います。
まずは自己紹介を兼ねて、私のこれまでの作品や制作について少し。

私は「物語や神話など人の“記憶”からインスピレーションを得た世界と、
現実の世界の交わる情景」をテーマに、
壁画や絵画、版画など、平面作品を制作しています。
なかでも、トリエンナーレでも発表している砂糖(ロイヤルアイシング)を使った
壁画作品は、ここ10年ほど積極的に発表してきました。

『残された物語』ロイヤルアイシング 2012年/開港都市にいがた水と土の芸術祭(撮影:山本糾)

『four songs』キャンバスに油彩 2014年/ベルナールビュフェ美術館(撮影:山本糾)

壁画作品はその場所ごとに制作するので、
そのほとんどが展示場所に滞在して制作します。
作品サイズは10メートルを超えるものが多く、
1か月から3か月ほどの滞在になることもしばしばあります。
作品を展示する土地をテーマに制作するために、
いつも滞在先を訪ねるところから制作が始まります。
そして、古いお話や伝統文様、固有の植物など、
その土地にまつわるさまざまなものを少しずつ集めて、
自分と土地との距離を徐々に縮めながら、
私なりの新しい物語を見つけていき、新しい風景を描きます。

砂糖を使用した壁画作品は、限定された期間のみ展示し、
会期終了後には取り壊され、鑑賞者の記憶にのみ残されます。
これまでも国内では青森、京都、新潟、静岡、長野、福井など、
海外では、韓国、ニュージーランド、オーストラリアなどで滞在制作を行いました。

『まどろみ』キャンバスに油彩 2013年

『mist』銅版画 2010年

始まり、ひとつ目の旅

2016年3月、豊橋で。打ち合わせのあと、まちを散策。アスファルトの隙間に花!

日頃制作している作品と、芸術祭で展示することに向けて制作する作品とでは、
始まり方が少し違います。依頼を受けて制作する際には、
まず依頼主(キュレーター)と会って、話すところから始まります。
そして、芸術祭全体のテーマや土地の歴史、まちのこと、
私の過去の作品のことなどを話しつつ、作品の方向性を考え、
それに合った展示場所を探します。

通常、展示会場候補となる場所がいくつかリストアップされており、
作家はその中から選ぶのですが、時には展示場所から探すこともあります。
美術館やギャラリーで発表することとは違う、芸術祭ならではのおもしろいところです。

開催地訪問初日は、「どんな作品にしようかな? 
展示場所はどこがいいかな?」とぼんやり考えつつ
まちの名所や歴史的建造物、人の暮らしが見える商店街などを歩きます。
このときはまだ作品の方向性も決まっていないので、
「おや?」と興味を惹く“何か“に出会うことをうっすらと期待しつつ、
特に何も決めずにいろいろな場所を見て回ります。
その後、私個人の作品のテーマを決め、そのためにリサーチし、
作品制作のスケジュールを立て、それに必要な道具、人、予算などを決めていきます。

オカザえもんが案内する岡崎アート 石原邸から表屋の巻 あいちトリエンナーレ通信 vol.5

3年に1度開催され、現在開催中の国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ2016〉。
3度目となる今回は、名古屋市、岡崎市、豊橋市で開催されています。
参加アーティストや広報チームが、その作品や地域の魅力を紹介していくリレー連載です。

文化財〈石原邸〉や商業ビル〈岡崎シビコ〉をまわりまする〜

前回のつづきでござる~。
唐突でござるが! あいちトリエンナーレ岡崎会場では、
10月2日までの毎週金・土・日曜日に乙川を渡る和船の運航をしていまする。
東岡崎駅会場(岡ビル百貨店)と康生会場(岡崎表屋)をご覧いただくのに
便利でござる~。トリエンナーレチケットの提示で乗船できますので、
ぜひ乗ってみてくだされ~(詳細は岡崎市HPでご確認ください)。
拙者も乗ってみましたが、めちゃ気持ちよいでござるよ~、お得でござる~。

あいちトリエンナーレと舟、一見無関係のようでござるが、
実はとても重要なことなので、ぜひこの舟を利用してくだされ~。
なにが重要かというと、見る「視点」でござる~。
舟に乗ってまちを見る視点は、地上よりマイナス数メートルからの視点でござる。
まちを見上げる、道路や人を見上げる視点、
いつもと違う視点でまちを見れるでござる~。
このことを念頭に次の会場に向かうでござる~。

行くルートでござるが、東岡崎→舟乗って→岡崎表屋→シビコ→籠田公園→石原邸と
東岡崎→籠田公園→石原邸→シビコ→岡崎表屋→舟
というルートがございまする。
さらに10月1日~16日にはイギリスの作家〈アーキテクツ・オブ・エアー〉の
展示場所となる岡崎公園多目的広場もありまするので、それもルートに加えてくだされ。
これにガイドブックに載っている周辺の観光、岡崎信用金庫資料館や喫茶店、
同時開催の関連イベントなどをまわるようによく考えてまわってもよし、
行き当たりばったりで見てもよし、でござる~。

拙者は今回(9月2日)は歩いて、東岡崎駅から籠田公園に向かいましたでござる~。
前回紹介したような看板、そしてこの立派な松の木を見よ!

おもしろいな~木の形は! などとひとり言をかましつつ、
こんなかわいい看板があったり

いろいろ石の彫刻やらが歩道にあったり

と書ききれないほど愉快なものの横を通りすぎながら、籠田公園に到着でござる~。
公園にも鳩の石像などすばらしいものがたくさんありまする~。

公園周辺にも美しい看板やら彫刻、フラッグがたくさんありますよ~。

このフラッグの真ん中のダンゴみたいなのが最高でござる!!
籠田公園はジョアン・モデさんのネットプロジェクトをやっておりますよ~~。
そして、またトイレ行きたくなった~、と公園のトイレに入るとそこにまた、名画が!

この男子の、この女子に惚れてるな~さては~、
とかなんとか思いながら見るでござる~。
しかし、トイレ周辺で撮影してると
変質者と間違われるおそれがあるので要注意でござる~。

そして、つぎの石原邸に向かうでござる~。
石原邸に向かうまでもいろいろありますが、割愛! 
それぞれ行って発見してくだされ~。
そして石原邸! 文化財でござるよ!!

江戸後期建築の商家〈旧石原家住宅〉は国登録有形文化財。(撮影:菊山義浩)

拙者、実はここで展示してしている田島秀彦さんの搬入のときに
お邪魔しましたでござる~。

田島秀彦さんの作品は名古屋会場の芸術文化センターにも展示しておりますので、
そちらの作品も見てくださるとさらに深く作家の作家性について
考えることができまする~。
ここで展示されている作品は、以前ギャラリーでも展示された作品を
再構成して展示し直したものでござる。ケンジタキギャラリーのサイトを見ると、
ホワイトキューブに展示されたケーキの作品画像が出てきまする。
そのときの展示を見た人は、展示場所による作品の印象の変化を
実感することでありましょう。

田島秀彦『Birthday』2016(撮影:怡土鉄夫)

この石原邸には佐藤翠さんの絵画作品も展示されておりまする。
佐藤さんの作品は関連企画展示として、JR名古屋駅の高島屋1階メインステージにも
展示されておりました(現在終了いたしました)。
そして名古屋長者町会場の八木兵錦6号館ビル2階にも展示中でござる。
これらを見たあと石原邸で佐藤翠さんの作品を見て、
場と作品の関係性について考えてみてくだされ~。
佐藤翠さんの作品は、クローゼットに入った靴や服が描かれた絵画でござる。

佐藤翠『鏡のロイヤルブルークローゼットⅡ』2016(撮影:怡土鉄夫)

(これ以降は拙者の個人的な勝手な読み解きでござるので、
そう思って読みすすめてみてくだされ)
クローゼット一杯の服や靴の絵画は、
消費の欲望や衝動を誘発するモノの抗い難い美しさを、絵画として
画面に定着させたものと捉えておりまする(あくまでも個人的な解釈でござる)。
その絵画を、実際に絵画に描かれているモノを現実に扱うデパートで展示し、
長者町ではかつてそのようなモノを扱っていたが現在空きビルになっている場所で展示、
そして今回の石原邸での展示でありまする。
このことの意味あいについて考えながら絵画を見てみると
また違った見方ができると思いまする~。
そして、そのような場所の変化にも耐えうる
作品としての強度を持った作品であるということを見てみてくだされ。

関口涼子さんの作品も妙にこの場所にピッタリでござりました。
もしかして美術館で見たなら、コンセプトがすんなりと
入ってこなかったかもしれないと思ったりいたしました。
この石原邸のこの空間が、作品のコンセプトを
じんわりとやわらかく伝える力を持っておりました。

関口涼子『vivier』2016(撮影:怡土鉄夫)

柴田眞理子さんの陶芸作品も場にみごとに溶け込みながら、
なおかつ異空間にしておりました。日本の古い建築物の特性を際立たせると同時に、
人類共通の何かに気づかせ感じさせる空間へと異化作用を起こしておりました。

文化財というのは、現代美術とはまた違う価値体系や文脈を持っておりまする。
その中での現代美術作品の展示、この石原邸自体を存分に味わって鑑賞してくだされ。
天井の高さ、敷居、鴨居などでござる。
拙者は作品以外にも建物の中のこんなものに着目いたしました~。

これは武器でござりましょうか?

蚊取り線香?

ほかにもいろいろござりました。

と、いろいろ見て、次はシビコに向かうでござる~~。

〈アッセンブリッジ・ナゴヤ 2016〉 港まちを舞台にした 音楽とアートの祭典

音楽とアートで、まちに新しい価値を築く。名古屋市の新たな取り組み

名古屋市の南部、名古屋港及び築地口エリアで、
9月22日(木・祝)〜10月23日(日)の1か月間、
クラシック音楽×現代アートのフェスティバル
〈Assembridge NAGOYA(アッセンブリッジ・ナゴヤ)2016〉が開催されます。

イベントタイトルに掲げられた、Assembridgeとは、
Assemble(集める、組み立てる)とBridge(橋)を組み合わせた造語だそうです。

その言葉通り、いつものまちの風景の中に「音楽」や「アート」を落とし込み、
来場者、出演者や出展者はもちろん、このまちに住む人々までもが、
普段はなかなか接することのない世界レベルのクラシック音楽や、
現代アート作品を身近に体験する機会をつくり出します。

すでに今年の冬に開催されたプレイベントも好評を博した同イベント。
今回は、さらに会場数や参加アーティスト数を増大させた本祭として開催されるのです。

演奏場所は水族館から飲食店まで。音楽がまちじゅうに溢れ出す4日間

名古屋港水族館。プレイベントでの演奏風景。

港まちならではのロケーションと言える、公園や名古屋港水族館でのコンサートなど、
4日間で総勢200名というクラシック音楽の奏者らが集う音楽部門
『ピクニックに出かけるように、港まちで音楽を』。

名古屋港ガーデンふ頭「つどいの広場」では、
特設ステージ〈水の劇場 ヴァッサービューネ〉が設置され、
名古屋フィルハーモニー交響楽団と、現代フランスを代表するピアニスト、
ジャン=マルク・ルイサダによるフルオーケストラコンサートが野外で行われます。

また、名古屋港ポートハウスでは、フランスの鬼才と称される、
ミシェル・ベロフのピアノリサイタルも(こちらはチケット制)。

名古屋フィルハーモニー交響楽団による街頭コンサート(プレイベント時の様子)。

まちなかの飲食店なども、コンサート会場に(プレイベント時の様子)。

その他にも、茂木大輔、なぎさブラスゾリステン、三浦一馬、村治奏一、
大宮臨太郎、宮坂拡志、岩崎洵奈、朴葵姫、山根一仁など、
世界的に活躍するアーティストが集結。
イルカパフォーマンスとサクソフォンカルテットの競演や、
地域で親しまれる喫茶店、居酒屋でのコンサートなど、
バラエティに富んだコンサートが開催されます。

本格的なクラシック音楽を間近で鑑賞できるだけでなく、
さまざまなまちの風景を舞台に奏でられることで、「音楽」と「まち」が混ざりあい、
それぞれがいつもと違った魅力を見せてくれるはずです。

思い立って食堂をオープン? シャッター通りに 生まれた変化とは。 ISHINOMAKI2.0 vol.3

ISHINOMAKI2.0 vol.3

第3回目となる今回は、石巻の中心市街地にある路地、富貴丁通りで
地元食材を使ったレストラン〈日和キッチン〉を営む建築家の天野美紀さんが担当します。

富貴丁通りはかつてセレクトショップが建ち並ぶ石巻で一番のファッションストリートでした。
いつしか閉店するお店も増え寂しい通りになっていましたが、
震災を契機に東京から石巻に通うようになった天野さんが
築100年ほどの木造の店舗を改修したころから、まわりにも店舗が増え始め、
少しずつ活気が戻ってきています。
小さな変化を重ねながら路地が活気づき始めている富貴丁通りの魅力を伝えてもらいます。

日和キッチンに立つ天野さん。

震災を機に通い始めた石巻で出会ったのは

2013年4月、宮城県石巻の駅前に 築100年の長屋をリノベーションした
石巻のおウチごはんとジビエ料理のレストラン〈日和キッチン〉をオープンしました。
東日本大震災が起こった年、2011年の5月、
自分の職能を生かして建築分野で何か役に立てればと、
知人の建築家の誘いをきっかけに初めて石巻に入りました。
多い時には月2回のペースで夜行バスで通い、
まちづくり活動やイベント開催のお手伝いを続けていましたが、
そのなかで石巻の人の温かさ、食の豊かさに触れ、どこをどう転がったものか、
自分でもまったく想像していなかった飲食店を営むことになったのです。

日和キッチン立上げスタッフである山崎百香さんが描いた富貴丁通りのスケッチ。

石巻に通い始めた2011年5月当初、
北上川沿いの元旅館で、現在、仕出し割烹料理屋〈松竹〉の座敷に
寝泊まりをさせていただきました。
まだ物資が少ないなか、おかみさんが朝ごはんを用意してくださり、
涙がでるほどありがたかった記憶があります。

元旅館で、現在は仕出し割烹料理屋〈松竹〉のおかみさんの朝ごはん。

しかし川沿いで津波の被害も大きかったことから、旅館だった建物を半分解体することとなり、
その後しばらくはホテルを転々としながら、夜行バスで石巻へ通うことになりました。

当時、手頃な夜行バスを使って石巻と東京を行き来する人は多かったけれど、
私の悩みは、石巻駅に着いてから。

東京を深夜23時ごろに出発すると、石巻へは早朝6:30頃には着いてしまいます。
しかしその時間、駅近くで開いているお店はコンビニのみ。
季節がよければ、コンビニで朝ごはんを買って、散歩がてらまちを歩いて、
目的地やお店が開くまでなんとか時間をつぶすことができますが、
冬時期は身を寄せるところがなく、
寒いなか大きい荷物を抱えて本当に途方にくれるような状況でした。

「駅前に、荷物を下して、朝ごはんを食べて、
体を休めることができる場所があったらいいのになあ。
誰かやってくれないかなあ」と他力本願で願っていました。

石巻に通い始めた2011年当時のまちの風景。

そうこうするうちに、知り合った石巻市内の〈かめ七呉服店〉のご夫妻が
「うちに泊りなさい」と声をかけてくれたのです。
すばらしく面倒見がいいご夫妻で、私がお世話になったときは、
すでに3人の女性に寝床を提供していました。
ですので、私は四女いうことに。ちなみに今は五女までいます(笑)。

かめ七呉服店この米倉ご夫妻と、中央は友人のルポライター加藤さん。

かめ七で朝ごはんをごちそうになると、石巻のおウチごはんのおいしさに驚きました。
漁港があるので魚はもちろんのこと、旬の生ワカメや海苔、野菜や山菜、
そしてお米もお肉もお味噌汁もお酒もすべておいしい。

石巻の人が当たり前すぎて意識していない「石巻の食の豊かさ」に気がつき、
そのことを石巻内外の人に知ってほしいと思うようになりました。

お世話になったかめ七呉服店。1階の天井際まで津波で浸水しました。

おいしい地元産の鹿肉との出合い

そして私が通い始めて1年が経った2012年春頃、
東京で親しくしているカフェのメンバーが石巻を訪ねて来てくれました。
彼らに石巻のまちを案内したところ、「自分たちも何か応援をしたい」と申し出てくれました。
ではシェフの腕を生かして、石巻の夏のお祭り〈川開き祭り〉で屋台を出そうということに。

しかし普通の屋台を出しても意味がない。ならば、石巻で知られていない地元食材を発掘し、
石巻にはない食べ方で提供してみようということになりました。

思い返せばこれが〈日和キッチン〉の起源。
その時に出会ったのが猟友会の三浦信昭さんと「牡鹿半島の鹿肉」という素材です。

キッチンカーで川開き祭りに出店。

さて近年日本全国で、鹿や猪が農地を荒らす獣害が社会問題になっていますが、
石巻もご多聞にもれず同じ問題を抱えています。
特に鹿といえば牡鹿半島や金華山が思い浮かぶ方も多いかと思いますが、
最近では内陸部に被害が拡大しており、行政から依頼を受けた猟友会の方々の手で
年間1500頭が計画的に駆除されています。
人間の都合でただ駆除をする。なんだかとっても申し訳ないと思いませんか?
しかも猟友会も高齢化が進み、若い担い手が不足。
近い将来には駆除する人手が不足することが容易に想像できます。

石巻猟友会の三浦さん。

ではこの悪循環を変えるにはどうしたらよいでしょう?
鹿肉は鉄分が多くヘルシーな赤身のおいしいお肉。
現代人に不足しがちな天然のミネラル分も豊富に含まれています。
ジビエ料理をみんなでおいしく食べて、石巻の名物・財産にできたら、
それ自体きちんと利益を生む産業になるかもしれない。

石巻人の健康にも寄与できちゃったら一石二鳥三鳥ではないか!
という結論に辿り着きました。

■深夜バス利用者に向けて駅前に朝ごはんが食べられるお店が必要
■石巻の家庭料理のすばらしさを内外に伝えたい
■牡鹿半島のおいしい鹿肉を資源として活用したい

この3つの課題に気がついてしまったら、
もう「誰か」ではなく「自分」がやるしかないな。そう思った半年後に、
石巻のおウチごはんとジビエ料理のレストラン〈日和キッチン〉を
オープンしてしまったのだから、我ながら猪突猛進ですね(笑)。

日和キッチンのロゴ。デザインは山崎百香さん。黄色の稲穂は石巻の大地の恵み、青い鹿角は石巻の海と鹿の恵みを表しています。

山崎百香さんが日和キッチンHP用に描きおろしたもの。

下北沢のビストロ× 熊本の洋服屋!異色の コラボイベント〈Re〉開催

下北沢のフレンチビストロ〈EUREKA〉を会場に、
同店と熊本のセレクトショップ〈Re;li〉による
コラボレーションイベントが開催されます。

〈EUREKA〉が〈Re;li〉に声を掛けたことから、実現に至ったこのイベント。
構想1年半。その間、熊本が地震に見舞われ、
〈Re;li〉の姉妹店が営業困難になってしまったために、
急遽代官山で〈Re(0)〉というイベントを行うなど、交流を深めてきた両店。

〈EUREKA〉の店内。期間中は一部が〈Re;li〉の販売兼試着スペースに。

期間中は普段〈Re;li〉に並ぶ“背筋が伸びるような、
少し緊張感のある洋服”をはじめ、今回のイベントにあわせて制作した
〈KLASICA〉〈susuri〉〈GARMENT REPRODUCTION OF WORKERS〉と
いったブランドとの別注商品を販売予定。

メインビジュアルとルックには〈EUREKA〉と〈Re;li〉が出会う
きっかけになったという劇団〈マームとジプシー〉を主宰する藤田貴大氏と、
女優の青柳いづみ氏を起用しました。
公式サイトでは、全33ページに及ぶルックを見ることができます。

藤田貴大氏と青柳いづみ氏

鹿児島睦デザイン! 〈パパブブレ〉の 七五三オリジナル千歳飴

神様に、こどもの成長を報告し、感謝を奉告する行事〈七五三〉。
このたび、人気キャンディショップの〈papabubble パパブブレ〉が、
オリジナル〈千歳飴〉を発売することになりました!

従来の千歳飴にはない、おじいさん、おばあさん、
イヌ、ネコが描かれたかわいらしい千歳飴。
2016年9月21日(水)より、全国9店舗の直営店などで販売されます。

スペイン・バルセロナ発祥のパパブブレ。
東京都中野区の〈有限会社カンノ〉が伝統のアメ細工の技術を用いて
日本展開をスタート。ちかごろではアメにとどまらず、グミ、キャラメル、
マシュマロなどのソフトキャンディも開発しています。

そんなパパブブレですが、千歳飴の発売は初めてのこと! 
日本の伝統文化である“七五三”のお祝いとして定番の“千歳飴”を、
主役の子供たちが持ち歩くのもかわいく、食べても美味しいものにしたいと
いう思いから、オリジナルの千歳飴が作られたのだそう。

フレーバーは子供たちが大好きなイチゴ、コーラ、レモンの3種。
長さは1本約15cm、価格は3本入りで1,200円(税込)です。

photo by Gottingham

アート広報大臣のオカザえもんが 岡崎会場を案内! 駅ビルの巻 あいちトリエンナーレ通信 vol.4

3年に1度開催され、現在開催中の国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ2016〉。
3度目となる今回は、名古屋市、岡崎市、豊橋市で開催されています。
参加アーティストや広報チームが、その作品や地域の魅力を紹介していくリレー連載です。

ガイドブックに載ってないようなことを紹介するでござる!

拙者、岡崎のキャラ「のようなもの」オカザえもんでござる~。
非公式、非公認の、いわゆるご当地キャラでござる。
ほら有名なキャラで「くまモン」さんとか「ふなっしー」さんとかいるでしょ! 
そうゆう感じの存在でござる~~。拙者はあんまり有名ではないでござるが、、、。

しかしながら愛知県岡崎市のPRをするために日々がんばっておりまする。
「え?本当にがんばってるの?」ということをよく言われたりいたしますが、
釈明させてくだされ、以下を参考にしてくだされ。

2014年3月31日、オカザえもんが1年間の間に
岡崎市内に及ぼした経済波及効果は約42億5千万円、
新聞や雑誌への掲載による広告効果は約6億6千万円であったことが発表された。

(中日新聞より)

「金額で説明するなんて、やらしぃわ~~」と言われそうでござるが、、、。
この記事で拙者を初めて知る方も多いと思いますのでこれを機会によろしくでござる〜。

それはさておき、岡崎市ってどんなところかというと、
愛知県(あいちけん)にありまする~、
愛媛県(えひめけん)じゃないでござるよ、愛知県岡崎市でござるよ~。
冗談じゃなくて愛媛と愛知を間違える人が結構いるのでござるよ。
愛知県の県庁所在地は名古屋市でござる。
よく名古屋名物として紹介される八丁味噌でござるが、あれは岡崎の名物でござる~。
岡崎市は家康公生誕の地でござりまする~、
岡崎城にはグレート家康公葵武将隊もおりますよ! 
ほかにも花火やぶどう狩りや文化財など、紹介しきれないほどいろいろござりまする~。
あとなんと今年は市制100周年の記念すべき年で、
イベントもいろいろ盛りだくさんでござる~。

拙者、今年は「アート広報大臣」の委嘱を受けておりますので、
あいちトリエンナーレ2016の岡崎会場のPRもしておりまする~。
今回、原稿を頼まれたのでガチの美術批評をしてやろうと思っていたら
「岡崎会場のまちのことも書いてくださいよ!」とリクエストされたので、
作品と無関係なことも書いていくでござる~。
あと発売されているガイドブックに載ってないようなことを紹介するでござる~。
ちなみに、撮影日は9月2日でござる~。まちは日々変化しているので、
撮影したものがなくなっている可能性もあるので、ご了承くだされ~。

オカザえもんをよろしくでござる〜。

まず東岡崎駅会場でござる。
名鉄東岡崎駅の中にあるビルが会場でござる、
ときどきJR岡崎駅に行ってしまう人がいるようなので注意でござる~、
東岡崎駅でござる。

あいちトリエンナーレ岡崎会場は、美術品の展示を前提としてつくられた建築物や空間、
いわゆるホワイトキューブではない場所の展示になっておりまする
(厳密な意味においてはそうでない場所もありますが)。
そのような場所での展示を見るときの醍醐味として、
美術作品を「美術作品」として成立させているものは「なにか」ということを
意識しながら見るということでござる。
まちはあらゆる人工的なビジュアルで満ちあふれているでござる、
その中に作品を設置することの意味を考えながら見てくだされ。

そのような思考の手がかりとなる簡単で具体的な方法としては、
会場にある絵や彫刻でありながらトリエンナーレの作品でないものとの比較でござる。
まず名鉄東岡崎駅に到着して「おしっこでもするか」と
駅構内のトイレを使用することがあればぜひ、トイレのタイルに着目してくだされ。
男子トイレは、木の絵が描かれたタイルが貼ってありまする。
それは2種類あり1枚は木が2本、もう1枚は4本描いてありまする、
2枚で森を連想させまする(女子トイレは入れないので
女子トイレがどんなタイルかはわかりませぬ、あしからず)。

このタイルを記憶の片隅において、トリエンナーレ岡崎会場のひとつ、
石原邸の田島秀彦さんのインスタレーションに使用されているタイルと比較して見ると
おもしろいでござる~。

田島秀彦『窓から風景へ』2016(撮影:怡土鉄夫)

ただ例えばこのトイレのタイルをホワイトキューブに設置すれば、
レディメイドの作品として見ることができるかもしれませぬし、
いやいや、それ以前に絵としてすばらしいし美しい! 
表現主義的な絵画の延長としてすばらしいと思えるかもしれませぬ、
トイレに入るたびに、この絵を見て感動する、癒されるのでござる。

「おい、コラ!! そんなわけねぇだろ、
だいたいタイルの制作者も芸術だとか思ってないだろ!」と思うかもしれませぬが、
そんなことは制作者に確認してないのでわからないのでござる。
トイレで用をたすたびにこの絵に感動する心を持つ人もいるかもしれませぬ。
そのように考えながら小便を済ませ手を洗ったら、
この駅の「岡崎の物産品」のインスタレーションを見てくだされ~。
いや、必ず見よ!!

そしてその中にある、カラクリ時計の鐘をならす係の人形の
憎らしいほどのかわいらしさ~よ~。
タイミングが合えば鐘をならすところをぜひ見てみてくだされ~。
その際はぜひ「あの鐘を~鳴らすのは~あな~た~♪」と人形に呼びかけてくだされ~。

そして、そして! さまざまな物産の中のひとつ
「飲む酢」のパッケージのお姉さんに着目でござる~。
この人はいまごろどうしているのかな~などと思いながら見てくだされ~。

この物産インスタレーション作品は
トイレのタイルのアンビエントなさりげなさとは違い、
ハッキリと見ることを意識してつくられた作品でござる。
トイレのタイルには記名がないでござるが、この物産インスタレーションには
それぞれキャプションがついており主張しております! これは、もう作品!

そしてそれを見て、ようやく岡ビル百貨店の階段入り口の
トリエンナーレの受付に行ってみてくだされ~。
トリエンナーレの受付のところにあるマッサージののぼり「心も体もリフレッシュ」、
まさに、作品を観賞して心も体もリフレッシュしてくだされ~。

駅ビルの各所に使用されている看板の絵やロゴの書体などにも着目してみてくだされ~。

これらのデザインのおもしろさは、自意識を超越しているというところでござる。
そして最近気がついたことでござるが、時間の経過が、
もともと持っていた制作者の意図や自意識を削ぎ落とす作用もあるということでござる。
いわゆるレトロといわれるものに惹かれるのは、そのような理由もあるかもしれませぬ。

〈大阪検定ポスター展〉 大阪の面白ネタポスター、 ローカル駅に掲示中!

いま大阪の駅で、ちょっと目立ったポスターを見かけることがあると
お気づきの方もいらっしゃるかもしれません。

ただいま、大阪市営地下鉄の76駅とJR西日本の大阪環状線の19駅で、
〈大阪検定ポスター展〉が開催中! 
「大阪を知れば大阪がもっとおもしろくなる」をキーワードに、
それぞれの駅にちなんだ問題を盛り込んだ、
ユニークなポスターが貼りだされています。

これは、2016年11月27日に実施される、〈なにわなんでも大阪検定〉のプロモーション。
大阪が持つ歴史・文化などの多様性や奥深さを知るこの検定は、今年で8回め。
過去7回の開催で累計24,152人が受験しており、
全国で2番目に受験者が多いご当地検定です。

今年の検定のテーマは、NHKの朝ドラ『あさが来た』にも登場した
“大阪の恩人・五代友厚”ということで、
〈大阪検定ポスター展〉では五代友厚のクイズも出題されています。

これらユーモアたっぷりのポスターを制作したのは、
2014年8月に実施した〈文の里商店街ポスター展〉を手掛けた、
株式会社電通関西支社のクリエーティブチーム〈Dentsu Design Ninja〉。
文の里商店街ポスター展は、関西電通の若手社員らが商店街のPRポスター、
なんと200種類作成し、各店の店頭に掲示して盛り上がりを図ったプロジェクト。
広告費換算で3億円の効果があったとされるこのプロジェクトの続編ということで、
今回も面白い試みがなされています。

次世代写真家が見た東北と沖縄。 注目の写真展『東北・沖縄』

copyright Masaru Tatsuki, courtesy of the artist and GALLERY SIDE2

田附勝と石川竜一、木村伊兵衛写真賞を受賞している新進気鋭の写真家ふたりによる、
東北と沖縄をテーマにした写真展が、伊藤忠青山アートスクエアで開催中です。

田附勝は、1974年富山県生まれ。
装飾を施したトラックとドライバーを撮影した写真集『DECOTORA』が話題に。
2006年からは東北地方に通い、東北の信仰や儀式、漁師や鹿猟などを撮影し続け、
2011年に写真集『東北』を刊行。2012年に木村伊兵衛賞を受賞しています。

copyright Masaru Tatsuki, courtesy of the artist and GALLERY SIDE2

石川竜一は、1984年沖縄県生まれ。
沖縄の島を走り回り出会った人々を撮影した『okinawan portraits 2010-2012』、
沖縄のありのままの風景をとらえた『絶景のポリフォニー』を2014年に刊行。
2015年に木村伊兵衛賞を受賞し、いま最も注目される写真家のひとりです。

今回は、写真評論家、清水穣氏のキュレーションにより、
東北と沖縄という、地域や風土はまったく違えど、
ともにその土地の人々との出会いや、経験を共有することから生まれる写真を
展示する展覧会が実現。次世代の注目写真家による、
東北と沖縄を写し出した力強い作品に触れることができます。

9月10日には、キュレーターと両作家3人によるトークショーも開催。
彼らが見た東北と沖縄の現在とは。
旅しただけではわからない、東北と沖縄のリアルな姿が垣間見えそうです。

information

map

田附勝・石川竜一写真展 
『東北・沖縄』

会期:2016年9月7日(水)〜9月19日(月)会期中無休

会場:伊藤忠青山アートスクエア(東京都港区北青山2-3-1 シーアイプラザB1F)

入場料:無料

■清水穣×田附勝×石川竜一トークショー

日時:2016年9月10日(土)14:00〜15:00

出演:清水穣、田附勝、石川竜一

会場:伊藤忠青山アートスクエア

入場料、申し込み不要

http://www.itochu-artsquare.jp/

子どもたちも楽しめる芸術祭。 L PACK.の制作ダイアリー 後編 あいちトリエンナーレ通信vol.3

撮影:菊山義浩

3年に1度開催され、現在開催中の国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ2016〉。
3度目となる今回は、名古屋市、岡崎市、豊橋市で開催されています。
参加アーティストや広報チームが、その作品や地域の魅力を紹介していくリレー連載です。

子どもたちが楽しんでいる風景に出会うまで

僕たちL PACK.(小田桐奨と中嶋哲矢)は、わかりやすく言うと
「人が集まる場所をつくること」を活動にしています。
例えば廃旅館を改修しカフェと展示空間にコンバージョンしたスペース
竜宮美術旅館〉や、埼玉県の森に佇む一軒家を
若いアーティストたちの活動拠点にした〈きたもとアトリエハウス〉。
そして、前回のあいちトリエンナーレ2013では、
まちの人やアーティスト、来場者が気軽に集える場所
〈VISITORCENTER AND STANDCAFE〉をつくりました。

今年のあいちトリエンナーレでは『“E”についての設計(Scheme for the “E”)』
というタイトルのもと、エデュケーションプログラムのための
3つの部屋と4つの拠点を設計しました。
普段の活動と同じように人が集まりとどまりたくなる場所をつくることを考えながら、
制作を担当するインストーラーチームと
運営を担当するエデュケーションチームと協働し、みんなのアイデアをかたちにして。

ここでは前回に引き続き、設営からの12日間の
僕たちの旅路を振り返ってみたいと思います。

DAY7/8月6日(土)キャラヴァンファクトリー完成

滞在先近くには古くからやっている喫茶店がたくさん残っている。
今日も近くの喫茶店でモーニング。
水族館も近く、休日ということもあり、落ち着いた内装の店内はほぼ満席で、
地元の人と観光客とが混じって不思議な雰囲気だった。
コーヒーについてくるパンの種類が選べる店だったので、今日は小倉トーストを。

車を借りてホームセンターへ買い出しに出かけた。
ついでに近くにリサイクルショップがあったので、そこでも使えそうな素材を探す。
リサイクルショップは各まちに行くごとになるべく行くようにしている。
リサイクルショップに行くと、なんとなくではあるけれど
そのまちの特徴のようなものが見えてくるのである。

例えば、東京の世田谷にあるリサイクルショップのファッションコーナーは、
東京ど真ん中だけあって掘り出さなくてもいいものがゴロゴロしていたりするし、
地方都市の国道沿いなんかにあるところに入ったりすると、
これなんで置いてあるの!? みたいなものが格安で売られていたりする。

この日行ったのはゲームやアニメが主の店だったので、
そんなにナゴヤらしさというものはわからなかったけど、
オープン前から待っている人がいて、
会社が休みで気合い入ってるのかなぁなんて考えたりした。
好きなことに熱中するのはいいことだ。

午後、友人のアーティストが子どもを連れて
制作途中のファクトリーに遊びに来てくれた。
子どもは目の前にあるものに素直に反応してくれるからちょうどうれしい存在になった。

大人から子どもまで、つくることを楽しめるスペース「キャラヴァンファクトリー」のテーブル完成を祝う。

一緒につくりあげたミラクルファクトリーのメンバーや友人たちと記念撮影(一番右が小田桐、後方左から3番目が中嶋)。

DAY8/8月7日(日)看板づくりと仕上げ

「ライブラリー」には展示資料が、キャラヴァンファクトリーには
ワークショップで使うたくさんの素材や工具が運び込まれた。
愛知芸術文化センター12階の通路に設置するバナーが届いたので、看板を制作する。
ひとりではできない作業も複数人でやればどうってことない。
このキャラヴァンファクトリーはそんな当たり前のことが
当たり前に気づける場となってほしい。

外に食べに行く時間がもったいないということで、今日から昼食を弁当にした。
愛知芸術文化センター付近はオフィスが多いので弁当屋さんも多いし安い。
もっと早く気づけばよかった。
うなぎ弁当をひとつだけ買ってみんなであみだくじをやった。
今回のチームはいつでもなんでも楽しめるメンバーなのでとても気持ちがいい。
うなぎはミラクルファクトリーの谷 薫さんがゲットした。

12階の作業後、ライブラリーの仕上げ作業を行う。
港 千尋芸術監督や出展作家の森北 伸さんが覗きに来てくれる。
いよいよもうすぐ、みんなが待ち望んだあいちトリエンナーレが始まるのだ。
そんな実感が少しずつ湧いてきた。

芸術祭の関連本や、キュレーターたちがピックアップした本が閲覧できるライブラリー。西江雅之の世界をよりよく知るための「コラムプロジェクト」の展示。

「ダミコルーム」とキャラヴァンファクトリーの看板づくり。

通称「チーズ」というライブラリーのテーブルに埋まる港 千尋芸術監督と伊藤優子チーフ・エデュケーター。

DAY9/8月8日(月)イメージどおりの空間

名古屋市美術館への搬入からこの日は始まる。
名古屋市美術館のエスタシオンは駅の切符のイメージで、
クエスチョンのアンサーが1枚1枚紙に書いてある。
100枚以上が三角くじのように透明なボックスの中に入っているので、
知りたい答えにはなかなかたどりつかないだろうけど、
すべてスムーズにいかないのも旅の醍醐味だから、それを楽しんでもらいたい。

午後は岡崎の残りの制作、そして豊橋の調整へ向かった。
前回馬鹿にされたので今回は高速道路を使って。
それでも時間がギリギリになってしまい、岡崎へはまた翌日も作業に行くことにした。

美術館に戻り、前日につくった看板を通路に置いてみる。
この日までに何枚も何枚も描いてきたイメージどおりの風景が目の前に現れている。
むしろみんなの力でイメージ以上のものが次々と現実の世界につくり出されていく。
この感覚はそうそう簡単に味わうことができるものではない。

本当に僕たちは人に恵まれている。キャラヴァンファクトリーで使うピンボールも、
ワークショップの素材で仕上げをしてとても楽しくできあがった。

僕たちが生きているこの時代はとても恵まれている。
この場所にだって1回のワークショップでは使い切れないくらいの素材があるし、
世界は一生をかけても知り尽くせないほど
たくさんの未知なる「モノ」で埋め尽くされている。
それらを組み合わせたらおもしろくて楽しくて見たことのない
新しいものがなんだってつくりだせるかもしれない。
そんなことを子どもたちが気づいてくれるかもしれない空間が、
またひとつできあがった。
2か月半後、すべてなくなってしまうのが惜しいくらいのすばらしい空間。
この空間もそうだし、ビルや車や道路や地下街まで、
まちのなかで眼に映るほとんどすべてのものをつくってしまう人間って
本当におもしろい。

人間はこれからどんな旅をして、どんなまちをつくっていくのだろうか。
そしてこの場所で子どもたちはどんな楽しいものをつくり出すのだろうか。
それを想像するだけでお酒が飲める。
オフィスでは終電間際だけどまだ大勢のスタッフの人たちが仕事している。
明後日はいよいよ内覧会。

完成した12階の看板。ダミコルームは、ヴィクトル・ダミコという美術教育者にちなんだ、アートとの出会いを楽しむ部屋。

キャラヴァンファクトリーのピンボール。

名古屋市美術館のエスタシオン。エスタシオンは、参加アーティストたちからのさまざまな質問とその答えが用意された、トリエンナーレを楽しむための拠点。この中にいろいろな答えが。

『アートとワインと満月と。』 開催! 城崎温泉でアートとワインの すてきなマリアージュを。

満月の夜、城崎にてアートとワインのマリアージュを楽しめるイベント
『アートとワインと満月と。』が、9月17日(土)に開催されます。
パフォーミングアーツに触れながら、城崎でしか味わえない
特別な一夜を過ごしてみてはいかがでしょうか。

毎月満月の夜、月変わりで大阪のさまざまな名店で開催されている人気イベント
〈満月Pub〉が豊岡市へ。
しかも、情緒豊かな日本屈指の温泉街・城崎温泉で開催されます。
今回は大阪の満月Pubチームに加え、
岐阜県から日本唯一のパルマハム職人の称号を持つ多田昌豊さんが参加。
東京からはオーストラリア、ニュージーランドワインを取り扱う〈WINE DIAMONDS〉や、
自由が丘〈ベイクショップ〉の浅本 充さんが〈Fort Greene〉として参加します。
豊岡からは、地元で愛される名店が。〈WOLF〉〈TRANSFER〉〈58N musubu〉〈CAFE&BAR 3rd〉などの出店が決まっています。
アートを楽しみながら、おいしい食事とワインで特別な夜を過ごせそうです。

フライヤーデザイン:本庄浩剛 イラスト:畑中宇惟

今回パフォーマンスを行うのは、詩人の菅原 敏さん。
雑誌『BRUTUS』で連載中の「詩人と暮らし」ほか、さまざまなメディアで連載を行い、
歌手への作詞提供も行っている菅原さんによる、詩の朗読が行われます。
その菅原さんと、城崎地域プロデューサーであり、ブックディレクターの
〈BACH(バッハ)〉幅 允孝さんのトークセッションも開催されます。
さらに、劇団〈ままごと〉が小豆島でプロデュースしている
〈喫茶 ままごと〉の演劇談義もお見逃しなく。

会場となる、城崎国際アートセンター(KIAC)。撮影:西山円茄

豊岡とアートの結びつきはとても深く、
今回『アートとワインと満月と。』が行われる城崎国際アートセンターは、
使われなくなった大会議館を改装してできた文化拠点。
豊岡市には他にも古い施設を有効利用した施設が多く、
近畿最古の芝居小屋〈永楽館〉や、古い映画館を復活させた〈豊岡劇場〉など、
古いものをアップデートして魅力的なまちづくりを行っています。
もっと深く知りたくなったら、10月22日〜23日に開催される、
パフォーミングアーツ・ツーリズム(パフォーミングアートを楽しみながら、
豊岡の名所を巡るバスツアー)
『Silent Seeing Toyooka』もおすすめ。開催概要・申し込みはこちら

『アートとワインと満月と。』の参加費は無料(飲食は別途キャッシュオン)。予約も不要です。
満月に誘われて気軽に出かけてみてはいかがでしょうか?
城崎温泉へは、飛行機が早くて便利。
羽田空港からは伊丹空港で乗り継ぎ、コウノトリ但馬空港へ最短2時間。
来場の際には、JR城崎温泉駅から徒歩や当日特別運行のバスで
浴衣でそぞろ歩きをする人でにぎわう温泉街の雰囲気を楽しみながら向かうのがおすすめです。

information

map

インフォメーション

場所:城崎国際アートセンター(KIAC)

日程:2016年9月17日(土) 19:00〜21:30 ※17:30〜満月Pubスタート

参加費:無料(予約不要) ※飲食は、全てキャッシュオン。ソフトドリンクもご用意。

内容:

パフォーミングアート 19:00〜

・詩人 菅原 敏氏による詩の朗読

・詩人 菅原 敏氏×ブックディレクター 幅 允孝氏 トーク

・喫茶ままごとによる演劇談義。

・城崎国際アートセンター館長による館内ツアー

※演目、参加店舗は変更する場合があります。

参加店舗(予定):

WINE SHOP FUJIMARU (大阪)、nadja(大阪)、味酒かむなび(大阪)、 杉本商店(大阪)、BONDABON (岐阜)、WINE DIAMONDS(東京)、Fort Greene(東京)、おいしみ研究所(東京)、喫茶ままごと(小豆島)、WOLF(豊岡)、TRANSFER(豊岡)、58N musubu(豊岡)、CAFE&BAR 3rd(城崎温泉)、ミルク工房そら(久美浜) and more....

茶の湯400年の美を伝える 〈茶の湯の継承 千家十職の軌跡展〉

茶の湯の大成者である千利休から、400年以上も続く千家の茶道。
千家好みの茶道具を制作する十の職家を〈千家十職〉といい、
土風炉・焼物師、樂焼・茶碗師、釡師、一閑張細工師、袋師、
塗師、竹細工・柄杓師、表具師、指物師、金物師という
多様な匠たちがその伝統を受け継いでいます。

そうして数百年ものあいだ、美意識のDNAを受け継いできた〈千家十職〉を紹介する
展覧会『茶の湯の継承 千家十職の軌跡展』が、ただいま、東京・三越日本橋本店で開催中です。
紹介されているのは、三千家の各お家元に代々伝わる名品、代表作のほか、
千家十職の各職家や美術館所蔵の茶道具たち、なんと約250点!
その一部をご紹介します。

金襴手葵御紋茶碗(きんらんであおいごもんちゃわん)十一代保全作

代々、土風炉を主に制作し、茶陶も手掛ける永樂家。

黒樂茶碗(くろらくちゃわん) 銘万代屋黒(もずやぐろ) 初代長次郎作

茶碗を中心に水指・花入など茶陶を制作する樂家(樂焼・茶碗師)。

笠釜(かさがま) 銘時雨(しぐれ)初代浄林作

大名の茶や侘び茶に向く釜を作り続ける大西家(釜師)。

菊香合(きくこうごう) 初代一閑作

棗や香合などの一閑張細工師である飛来家(一閑張細工師)。

ウロコ鶴間道仕服(うろこづるかんとうしふく) 即中斎好 十二代友湖作

代々仕服、服紗を始め裂・糸に関わる茶道具の調製をてがける土田家(袋師)。

凡鳥棗(ぼんちょうなつめ) 庸軒好 初代宗哲作

棗などの茶器や茶事で使う椀家具などを制作する中村家(塗師)。

竹一重切花入(たけいちじゅうぎりはないれ) 銘帰雁(きがん) 初代正玄作

柄杓をはじめ竹製の茶道具を制作している黒田家(竹細工・柄杓師)。

三千家 三幅対 土佐光孚(さんせんけ さんぷくつい とさみつたか)画

家元らの揮毫の軸装や風炉先屏風、釜の敷物の一種である
“紙釜敷”の制作などを行う奥村家(表具師)。

八角桐木地菊絵菓子器(はっかくきりきじきくえかしき) 了々斎好 八代利斎作

棚や水指など美しい木地を活かした道具を制作している駒澤家(指物師)。

青磁累座三足平香炉(せいじるいざみつあしひらこうろ)(青磁二見香炉(せいじふたみこうろ)) 穂家・銀製二見ヶ浦夫婦岩(ほや ぎんせいふたみがうらめおといわ) 九代淨益作

花入や建水など千家家元の好みの道具を制作してきた中川家(金物師)。

いずれも、十三代目や十七代目など、数百年にわたり
日本の美の真髄を受け継いできた、長い伝統を受け継ぐ工芸の匠たち。
そもそもこの〈千家十職〉という名前は、大正12年5月、三越大阪店にて開催された
『千家十職茶器陳列会』にて命名されたものだそう。
9月上旬には書籍『茶の湯の継承 千家十職の軌跡』も刊行予定です。

渋谷、池袋、広島の 〈ご当地スカジャン〉 今どき女子は地元を背負う!

2016年のトレンドアウターと言われる〈スカジャン〉。
男性向けのイメージがありましたが、ビッグメゾンが提案するトレンドの流れから、
ちかごろは若い女子の間でもポピュラーな存在に。

そんなスカジャンに、日本各地にゆかりのあるモチーフを刺繍であしらった
〈ご当地スカジャン〉が登場!

デザインを手掛けるのは、人気ブランド〈FIG&VIPER〉の
クリエーティブ・ディレクターをつとめる植野有砂(うえのありさ)さん。
渋谷、池袋、広島、三重など、西武・そごう店舗にちなんだ
ご当地モチーフをあしらった9種類がラインナップしています。

渋谷 正面

渋谷区の区花である花菖蒲にハチ公、109スクランブル交差点をあしらった渋谷。

池袋 正面

池袋 背面

西武といえば池袋! 
豊島区の区花のツツジに、フクロウ、西武池袋本店をあしらいました。

横浜 背面

そごう横浜店、西武東戸塚店がある神奈川県。
横浜市の市花であるバラに、くじら、中華街をあしらっています。

千葉 背面

そごう千葉店、船橋店がある千葉。
千葉県の県花である菜の花、鯛、夢の国をあしらいました。