連載
posted:2016.7.13 from:北海道帯広市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
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HOTEL NUPKA
ホテル ヌプカ
2016年3月、北海道十勝平野の中心都市・帯広市に誕生したHOTEL NUPKA(ホテルヌプカ)。昭和48年から営業していたホテルみのやの建物をフルリノベーションして生まれました。「ヌプカ」とはアイヌ語で「原野」の意味。壮大な日高山脈の麓に広がる十勝平野は、自然、天候、食、文化に恵まれた豊かな土地。全国、世界から訪れる人たちを「暮らすような旅」でおもてなしするHOTEL NUPKAは、地元の人たちとも一緒に楽しい時間を過ごせる場所となるのが願いです。
http://www.nupka.jp/
〈HOTEL NUPKA〉(ホテルヌプカ)の坂口琴美です。連載第2回目、よろしくお願いします。
古いホテルの建物のフルリノベーションがいよいよ始まります。2015年春のことです。
私たちは、この一大プロジェクトを始めるにあたり、
東京の〈UDS株式会社〉のみなさんに
パートナーとして取り組んでいただけるようお願いしました。
UDSは、東京・目黒の〈CLASKA〉、京都の〈ホテルアンテルーム京都〉、
神奈川・川崎の〈ON THE MARKS KAWASAKI〉など、
その時々のフラッグシップとなるリノベーションホテルの実績があります。
またホテルの自社運営も行っているので、
企画・設計・運営支援まで一貫して相談できる最適なパートナーとして
今回のプロジェクトを依頼しました。
今回は、帯広での〈HOTEL NUPKA〉プロジェクトを担当した、
UDSの高橋佑策さんにお話をしていただきます。
こんにちは、UDS高橋佑策です。
今回は僕らが担当させて頂いた企画・設計についてお話したいと思います。
僕らが最初に十勝にうかがったのは2014年の年の瀬でした。
現地で物件を初めて見たとき、ほどよくコンパクトな建物のスケール感と、
時代性を感じる淡いグリーンのタイル張りの外観がとても印象的だったことを覚えています。
ホテルヌプカの中心人物である柏尾さん、坂口さん(vol.1参照)と
東京で2014年の秋に初めてお会いした際に、
おふたりの地元である十勝・帯広への想い、まちづくりへの想い、ホテルへの想いを聞き、
強く共感しました。
僕らも、ホテルという場所が地域や人とのつながりをつくるきっかけになり、
そのまちの魅力を発信できる、まちづくりの拠点のひとつになることを、
国内外で手がけた数多くのホテルの企画・設計・運営を通じて実感していました。
僕らのこれまでの経験を少しでも役立てられればと思い、
2015年春からプロジェクトに参加させていただくことになりました。
柏尾さん、坂口さんとのディスカッションを通じて、
僕らが最初に考えたのは「ホテルをまちづくりに役立てる」というテーマでした。
旅行者が、ホテル滞在を通じて訪れたまちの魅力を発見するだけでなく、
地元に暮らす人たちにとっても、ホテルでの時間を楽しみ、
地元の価値や魅力を再認識できる場とできればと、考えました。
そして、旅行者と地元で暮らす人が交流できることになれば、さらによいのではないかと。
何度か現地まで足を運び、地元の皆さんに十勝・帯広の話を聞き、
さまざまな場所をご案内いただき、まちを体験する機会がありました。
ヌプカの最寄り駅である帯広駅周辺には、
すでに全国展開をする大手のホテルチェーンを含めて、たくさんのホテルがあります。
まずは、今あるホテルと競合するのではなく、
新しい視点でまちを体験してもらえるホテルとして、
そこに訪れる人の流れそのものを拡大させる方向を目指しました。
そして、ホテルでの滞在が、「自然」や「食」という、
帯広だけにとどまらず十勝エリア全体の魅力あるコンテンツへの「気づき」の機会となり、
その「気づき」がきっかけとなって、
ホテルの外に出かけ十勝の自然とまちを旅してもらう拠点となることの重要性を
強く感じるようになりました。
プランを固める前に、僕ら自身でまちでの過ごし方を考えてみました。
例えば、ヌプカのすぐ近くには〈北の屋台〉という全国的に有名な屋台村があります。
だから、ヌプカにそこと競合する飲食店をつくるのではなく、
これから屋台を楽しむゲストの待ち合わせに使ってもらうカフェとなり、
食事を楽しんだゲストが地元の方とコミュニケーションをとれるような
バーとしても楽しめる場所があれば、
もっと共存し合いながらお互いにまちの魅力の発信につなげられる……。
例えば、ホテルを拠点として、地元の農家さんのところへ
ファームトリップするアグリツーリズムプログラムを一緒につくることができれば、
ホテルとしての機能だけでなく、ヌプカ以外のホテルに泊まったゲストにも、
十勝の魅力を体験できるアクティビティのハブになれる……。
例えば、地元で活動する若手の作家やアーティストにホテルを
ギャラリーや媒体として活用してもらうことができれば、
もっとたくさんの人が作品に触れる機会をつくることができる……。
何度もディスカッションを重ね、そうしたアイデアを積み重ねていくことで、
宿泊を提供するだけではない、
地方都市のなかで暮らす人やそこにある観光・産業の資源や魅力を生かしながら、
もっとまちづくりの拠点になれるホテルのあり方を提案できると考えていきました。
そこで、僕らがたどりついたコンセプトが「Urban Lodge」でした。
十勝・帯広の市街地の真ん中にあるホテルが「まち・ひと・もの・こと・場所」をつなぎ、
コミュニティが生まれ発信される拠点になれる場づくり=Urban Lodgeを目指しました。
そのコンセプトをどうカタチにできるか、具体的な設計・デザイン段階に入っていきました。
Page 2
〈旧みのや旅館〉は、すでに営業が止まってから長い時間が経過していました。
設計に入る前の既存建物の調査の段階で、想像以上に老朽化していて、
鉄筋コンクリートの躯体以外のほとんどは再利用することが困難なことがわかり、
設備や内装を含めたフルリノベーションを行う方針で計画を進めました。
一方で、僕らが最初にこのホテルを訪れた時に印象に残ったグリーンのタイル張りの外観は、
実はタクシーの運転手さんをはじめ、地元の皆さんにとって
長い時間をかけてまちの中に溶け込んだ帯広のまちの風景の一部になっていたことを知り、
施設の中身はフルリノベーションをしながら、
外観は必要な修繕を行い、現況を残せるように計画しました。
僕らがヌプカのデザインを行うプロセスで大切にしたのは、非時代性・地域性・多様性です。
ホテルは短期間で完結する事業ではなく、特にまちづくりにつながるホテルを目指す以上、
長期的に継続できることが大切ですので、ただトレンドを反映したものではなく、
時代性に左右されない価値を感じられるよう、
内装は極力シンプルな仕上げやトーンを意識しながら、
本物の素材がもつ温かみや手触り感を選択することで、
色褪せないデザインになるよう意識しました。
ホテルは国内外からのゲストを招く場所である以上、
北海道、十勝・帯広らしさを感じてもらうことがとても大切です。
そこで、十勝で造園業を営む川井延浩さんの作品である、
地元木材を生かしたラウンジ用テーブルをロビーラウンジの中心に置きました。
また、寒い冬でもやわらかい火の暖かさで人が自然と集まる薪ストーブを
ラウンジ用テーブル前に設置。目で見て肌で感じることができ、
機能的にも調温性能の高い心地のよい空間を目指しました。
さらに宿泊するゲストだけではなく、十勝・帯広に住む地元の皆さんやヌプカの運営チームが、
将来にわたりこの場所をさまざまなかたちで活用できるように、
可能な限り余白を残すことを考えました。
最初から全てを完璧に仕上げてしまうのではなく、自分たちが使うことで愛着を持って、
その時々に合わせて多様性のあるサービスやイベントを受け入れられるデザインとすることが
大切だと考えました。
個々の部屋で大変だったのは、もともとの建物の躯体の特性上、
部屋の面積はほぼ動かすことができないこと。
それでも、旧みのや旅館当時の客室にはなかった
水廻り(シャワー・トイレ・水廻り)を設置する工夫を行ったり、
もともとあったふたつの部屋をひとつにまとめることで
バックパッカーや友人同士などの多人数で楽しめる、8名1ユニットの2段ベッドルームを設置。
とくに2段ベッドルームは、限られた空間内でも、
プライベートの快適さ、居心地のよさを実現するよう工夫しました。
ベッドの振れを抑えたり、
マットレスもハイエンドなホテルで使われているような同等品を
僕らが直接工場に出向き、製作の発注をかけたり、
設計上、天井いっぱいまで高さをとることで、
ベッド内でも座ってパソコンや本が見える小さなデスクやペンライトを内蔵できています。
遠隔地からの設計監理でしたので、
地元の施工会社である株式会社ネクサスを中心とした施工チームにお願いしながら、
現地での監修業務を進めていきました。
リノベーション工事という特性から、既存の解体の後にわかる
“開けてビックリ”(=竣工図面に記載のないことや想定外の事象)な要素は
数知れずありましたが、経験値の高い施工チームが
ひとつひとつ丁寧に対策を考えて最良の選択をしていくなかで工事は順調に進みました。
そのなかで、僕ら“よそ者”の視点での提案はいろいろとさせていただけましたが、
実際に十勝・帯広の出身でこのまちに暮らす地元の同世代のクリエイターにも参加してもらい、
「十勝を感じることのできる場所」「まちとつながるホテル」を
カタチにしていくプロセスを一緒に共有しました。
次回は、そのクリエイターたちを紹介します。
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