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リノベーションホテルがオープン!
廃業ホテルを譲り受けた理由とは。
HOTEL NUPKA vol.1

リノベのススメ
vol.112

posted:2016.6.9   from:北海道帯広市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

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HOTEL NUPKA

ホテル ヌプカ

2016年3月、北海道十勝平野の中心都市・帯広市に誕生したHOTEL NUPKA(ホテルヌプカ)。昭和48年から営業していたホテルみのやの建物をフルリノベーションして生まれました。「ヌプカ」とはアイヌ語で「原野」の意味。壮大な日高山脈の麓に広がる十勝平野は、自然、天候、食、文化に恵まれた豊かな土地。全国、世界から訪れる人たちを「暮らすような旅」でおもてなしするHOTEL NUPKAは、地元の人たちとも一緒に楽しい時間を過ごせる場所となるのが願いです。
http://www.nupka.jp/

HOTEL NUPKA vol.1

みなさん、はじめまして。〈HOTEL NUPKA〉(ホテルヌプカ)の坂口琴美です。
十勝の中心都市、帯広市に私たちはこの春、
〈ホテルヌプカ〉というリノベーションホテルをオープンしました。

私たちが生まれ育った北海道十勝地方。
広大な北海道は、14の振興局に分けられているので、
十勝地方はそのなかで、十勝振興局と呼ばれ、
食料自給率が1000%を超えるほど、農業や畜産がさかんなエリア。
大学から東京に出てしまった私にとって
帯広空港に降りる飛行機の窓側席から見える
雄大な日高山脈に囲まれたモザイク調の美しい模様を織り成す畑は、
帰るたびにため息の出るほど美しい風景でした。

山々の恩恵を受けて、私たちは大地の恵みをたくさんいただき、
日高山脈と果てしなく広がる美しい畑に包まれて日々を過ごしています。
そして、十勝は北海道の中でも「おいしい」にたくさん出会える場所。

生きることは食べること。

食べもののある安心感。
十勝で出会う人たちが自由な考え方のできる人たちが多いと感じるのは、
そんな素朴でおいしい食べものに囲まれる安心に由来するのかな、と私は思います。

この魅力ある土地を舞台とした
小さなリノベーションホテルの取り組みと
私たちの大きな夢についてお話しますね。

十勝と世界をつなげる

ホテルヌプカは、2016年3月、北海道十勝地方の中心都市・帯広市で開業しました。
昭和48年から平成24年まで営業していた、
〈ホテルみのや〉の風合いある5階建ての建物をフルリノベーション。
2〜5階には客室やランドリールームが、
1階にはカフェ&バーがあり、ここは、
ホテルのゲストだけでなく、地元の人も気軽に入ることできます。

また、宿泊できるだけでなく、イベントなども随時開催予定。
全国、全世界から十勝を訪れるゲストと地元の人との交流が生まれることで、
十勝と世界をつなげる役割を果たしたいと願っています。

ホテルヌプカのスタッフ。

NUPKAの外観。

ホテルオープンのきっかけは映画づくり?

私がこの新しいホテルづくりに関わるきっかけとなったのは、
東京で暮らす十勝出身者が中心となった短編映画づくりのプロジェクトでした。

大学入学と同時に上京し、歳を増すごとに都会の良さや
日本のさまざまな地域の知識が増える一方、
地元のすばらしさに気づかされるようになっていきました。
都会では味わえない、また日本とは思えない
広い空と大地を感じてほしいと思うようになっていきました。
何よりも野菜の味がまったく違うんです。

月に一度、十勝の素材を使うレストランで夜な夜な集まっていた私たち。
いつも話題にのぼったのは故郷十勝の魅力をもっと発信できないかということ。
そこで、国内だけでなく世界にも向けた発信を考えたときに、
思いついたのが、十勝を舞台にしたストーリーと映像を発信するということでした。
「十勝」を「TOKACHI」として、グローバルなブランドとして育っていくよう、
なにか役立ちたいという思いから始まった取り組みです。

映画のタイトルは『マイ・リトル・ガイドブック』。
台湾の旅行会社で働く女性主人公が、
まだ広く知られていない北海道の観光資源を見つけるために十勝に派遣され、
地元の人との出会いの中でドラマが生まれるお話です。

監督を引き受けてくれたのは、十勝出身の後輩、逢坂芳郎さん。主演は台湾の人気タレントの吳心緹(ウー・シンティ)さん。クラウドファンディングで多くの方から制作資金の支援を受けることができました。映画は、2015年4月に完成し、Youtubeで無料配信されています。

この映画づくりを取り組んだ仲間のひとりが、十勝出身の柏尾哲哉さん。
柏尾さんは、東京で弁護士として働く一方で、
生まれ育った帯広の中心市街地の空洞化が進んで、
人通りが減り、かつてのにぎわいを失ったまちなかに、
映画を通じて十勝を訪れる新しい人の流れをつくり出したいと考えていました。

そんなとき、帯広駅から徒歩3分の飲食街の一画で
昭和48年から営業を続けていた〈ホテルみのや〉が
平成24年で営業を終了していることを柏尾さんは知りました。

旧ホテルみのや(昭和48年築)。

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まさか、廃業ホテルを購入?

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廃業ホテルの土地建物を譲り受ける

スクエアな外観に、風合いのあるタイル張りが印象的で
1階の開口部が大きく、前を歩くと中の様子が気になってしまうような建物でした。

この建物を生かして、
全国、全世界から十勝を訪れるゲストと
地元の人たちが交流できる宿泊施設をつくることを柏尾さんは考えました。

モデルとして影響を受けたのは、
米国ポートランドにある〈ACE HOTLE PORTLAND〉。
老巧化したホテルをリノベーションし、
1階ロビーはゲストだけでなく市民にも広く開放されています。
いつも、隣接するコーヒースタンド〈Stump Town Coffee〉の
コーヒーを持った宿泊者や地元客でにぎわっています。
そして、ACE HOTLEの周辺には
おしゃれなお店が増えて新しいにぎわいが生まれています。

〈ACE HOTEL PORTLAND〉のロビー。

柏尾さんが、ホテルみのやの所有者に相談したところ、
「まちづくりのために生かしてくれるなら」という思いで、
土地と建物を譲っていただくことができました。

学生時代の飲食店でのアルバイト、東京での開業を経て、
日々お客さまと接することに喜びを感じるなか、
いつか宿を開こうと思っていた私は、
東京は谷中の寺町にある長屋で、
宿を開く準備に取りかかろうとしていた時期がありました。

そのタイミングで東日本大震災が起きました。
一旦白紙に戻った宿計画でしたが、
そのことを知っていた柏尾さんから
「帯広のまちの中でやりませんか」
と誘いを受けます。
このひと言が、現在のヌプカに至るストーリーの始まりでした。

2014年3月のことです。

イベントスペース〈十勝サロンアネックス〉の実験

ホテルの再開業は、2年後の2016年春と設定しました。

しかし、廃業したホテルみのやの営業後半は設備投資がされていなかったため、
老朽化した設備は、すぐに使えなくなってしまいそうなものも多く、
再稼働するには大工事が必要でした。
すぐにとりかかると、その年の夏は工事期間にあてられます。

まちの未来と共存していくホテルのテーマを決めていく作業や
にぎわいを見せるせっかくの夏の時期に工事期間を設定するのも
まちに対してもったいなさを感じ、
夏は古いままを生かして何かをしようということに。

つまり、逆算するとオープンまでの期間は2年を目安にすることになりました。
そのとき私はまだ東京の飲食店の店主で、
引き継ぎの準備期間が必要だったということもあります。

まずは、2014年の夏に向けて建物1階部分だけ簡単なリノベーションを行って
イベントスペースとして実験的に活用することとしました。

ホテルみのやの頃は
1階の3分の1をアパレルショップのテナントとして賃貸していたため、
壁で区切られていたんです。
そこを取り払い、ひとつの空間として、
人が集まれる場所にすることにしてみました。

そのリノベーションは、地元十勝で造園業を営む友人が
木とコンクリートとでインダストリアルなテイストを出しつつ、
木のぬくもりのあるカッコイイ空間ができました。

〈十勝サロンアネックス〉イベントの様子。

昼間の人口が減ってしまったまち中のアーケードで
朝早くから朝食の食べられる“ゴチメシ”の店をする本間辰郎さん、
アート好きが集まるお茶だけの喫茶館を営む田守丈太郎さん、
インタラクティブ映像を手がける岡本和之さん、
学生時代に柏尾さんと音楽をやっていた田村崇泰さんなどが運営を手伝ってくれました。
音楽ライブやセミナー、DJイベント、映画上映会など
さまざまなイベントが開催されました。

2015年の夏には、旧ホテルの部屋も含む全館をアーティストに開放して、展示イベントが開催されました。富山太一さんは、ひとりで建物全室を生かして個展『fragmented』を7月に開催。8月は50人以上のアーティストが参加する、『マイナスアート展』が行われ多くの人が訪れました。

ただホテルをリノベーションするのではなく、
準備期間中にイベントやカフェを開くことで、
場所の認知をしてもらい、
これからできるホテルに対するワクワク感を共有できる人が
ひとりでも増えていくことがとても重要な時間だったように思います。

マイナスアート展のときの外観。

9月に行われた、糠平湖(上士幌町)の湖底に沈む、
〈タウシュベツ橋梁〉の写真を撮り続ける岩崎亮二さんの個展を最後に
イベントスペースの役割を終えました。

いよいよホテルづくりに向けたリノベーションが始まります。

information

map

HOTEL NUPUKA 

住所:北海道帯広市西2条南10丁目20-3

TEL:0155-20-2600

http://www.nupka.jp/

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