芸術祭で人が集まる空間をつくる。 L PACK.の制作ダイアリー 前編 あいちトリエンナーレ通信 vol.2

3年に1度開催され、現在開催中の国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ2016〉。
3度目となる今回は、名古屋市、岡崎市、豊橋市で開催されています。
参加アーティストや広報チームが、その作品や地域の魅力を紹介していくリレー連載です。

人が集まりとどまりたくなるような場所をつくる、僕たちの旅路

「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅 Homo Faber: A Rainbow Caravan」
がテーマのあいちトリエンナーレ2016の参加作家として、僕たちも毎日
未知の旅路を歩き迷いながら、ようやく開幕の日を迎えることができました。

僕たちL PACK.(小田桐奨と中嶋哲矢)は、わかりやすく言うと
「人が集まる場所をつくること」を活動にしています。
例えば廃旅館を改修しカフェと展示空間にコンバージョンしたスペース
竜宮美術旅館〉や、埼玉県の森に佇む一軒家を
若いアーティストたちの活動拠点にした〈きたもとアトリエハウス〉。
そして、前回のあいちトリエンナーレ2013では、
まちの人やアーティスト、来場者が気軽に集える場所
〈VISITORCENTER AND STANDCAFE〉をつくりました。

今年のあいちトリエンナーレでは『“E”についての設計(Scheme for the “E”)』
というタイトルのもと、エデュケーションプログラムのための
3つの部屋と4つの拠点を設計しました。
普段の活動と同じように人が集まりとどまりたくなる場所をつくることを考えながら、
制作を担当するインストーラーチームと
運営を担当するエデュケーションチームと協働し、みんなのアイデアをかたちにして。

8月11日の初日を迎え、できあがった空間に実際に人が来て
空間が使われているのを見ると、ほっとしたのと同時にこんなにも大勢の人たちが
トリエンナーレが始まるのを待っていてくれたのかという現実が目の前に現れ、
僕にしては珍しく気持ちが込み上げてきて胸が詰まりそうになりました。
今回、このようなかたちで言葉を綴るチャンスをいただいたので、
設営が始まった7月31日からの12日間の僕たちの旅路を振り返ってみたいと思います。

DAY1/7月31日(日)名古屋に到着

昼過ぎ、新幹線で名古屋駅に到着。ホームに降りた途端、
エアコンのない車で首都高のトンネル内で渋滞にはまり熱中症になったときと
同じ暑さがそこにあり、早々に身の危険を感じたのはいまでも脳裏に焼きついている。

3年ぶりの夏の名古屋が今年も始まった。前回のあいちトリエンナーレ2013は
名古屋在住のアーティスト青田真也とともに、「NAKAYOSI」というユニットで
VISITORCENTER AND STANDCAFEというスペースを3か月だけ運営していた。
まちの人、アーティスト、来場者が気軽に集まり
コーヒーやお酒を飲みながら話すことができる伝説的な場所だった。

今年はそのようなスペースの運営ではなく、空間の設計がメインの役割。
暑さとの戦いに覚悟を決め、インストーラーチームの〈ミラクルファクトリー〉の
作業場に向かい、さっそく空間を構成するためのパーツ制作にとりかかる。
間髪入れずに愛知芸術文化センターへの搬入時間がやってきた。
小さな問題にあたりながらもテキパキと搬入をこなしていく。
終電まで作業をし、僕たちはMAT, nagoya(*)が提供してくれた滞在先へ。
エアコンでキンキンに冷やした部屋でぐっすり眠った。

*MAT, nagoya:名古屋の港町をフィールドにしたアートプログラム。9月22日から始まるアッセンブリッジ・ナゴヤ2016『パノラマ庭園ー動的生態系にしるすー』にL PACK.が参加します。

愛知芸術文化センターに開設されるライブラリーに搬入。

DAY2/8月1日(月)「ライブラリー」

9時に愛知芸術文化センターに集合。
事務所で待っているとチーフキュレーターがコーヒーを淹れてくれた。
6月に打ち合せで来たときは手挽きのミルだったけど、
さすがに忙しいらしく店で挽いてもらっているそうだ。
それでも毎朝コーヒーをきちんとドリップするところがすてきだ。

今日から僕たちが手がける設計のひとつ「ライブラリー」の設営を始める。
ライブラリーは、トリエンナーレに関わるアーティストにまつわる本や、
キュレーターたちがピックアップした本を集めた図書館(貸し出しはしていません)。
さまざまなレクチャー、ワークショップの会場も兼ねるが、
西江雅之のコレクションやフォスコ・マライーニの写真、
アーティストの虹、洞窟芸術など、今回のテーマ/コンセプトを支えるとともに、
参加アーティストの作品を補完していく「コラムプロジェクト」も展示し、
今回のトリエンナーレの作品や言葉では紡ぎきれないイメージを
具現化したような部屋である。

今日の作業メンバーは10人ほど。
高所作業や細部に関わる部分はミラクルファクトリーに任せ、
僕たちはチーズという愛称で呼んでいるテーブルの塗装をする。
大量の木工用ボンドを使った特製塗料を塗っていく。
頭の中ではいい感じにできあがっているけれど、実際にはどうなるかわからない。
「つくる本人がまず楽しむ」のが僕たちのモットーなので、
こんなライブ感のある試行錯誤もとても大切な要素なのだ。

お昼は地下の喫茶店でオムカレーとクリームソーダ。
午後からはみんなで塗装をし、最後はメンバーで記念撮影パシャり。

木工用ボンドを使った特製塗料。

チーズという愛称のテーブルを塗装中。

みんなで記念撮影。右から2番目が中嶋、左から2番目が小田桐。

DAY3/8月2日(火)「脳」をイメージした空間

ライブラリー設営2日目。
濃紺に塗り上げられたこのチーズの本当の呼び名はSynapse(シナプス)。
床から天板まで高さ約1メートルあり、ライブラリー利用者は
この天板の下を潜ってところどころに開いたサークルから顔を出し、
本を閲覧することができる。本を読む前に「潜る」というアクションをすることで、
脳内の情報伝達機能であるシナプスによりよい刺激を与える。
そんなこちらの意図は置いといても、ただ潜って顔を出すだけで
なんだか楽しいからぜひ潜ってほしいです。

お昼を済ませ午後からオブジェの天井吊り作業。
丸く成形した半透明の素材を天井から吊り、照明を当てることで
壁や床に楕円の影が浮かぶ。
血液内を流れる赤血球に包まれているようなイメージの空間ができあがった。

実はこのライブラリー空間は「脳」をイメージしているのだ。
西江とマライーニ、ふたりの文化人類学者と、知識の塊である本から、
深い知識と情報量を持った架空の人物の頭の中に入り込んだような
不思議な空間が「ライブラリー」の空間イメージだ。

ミラクルファクトリーの谷 薫くん。

電脳照明。

天井吊り作業も慎重に。

チーズ2層目の塗装を行う。大勢でやれば楽しいし速い。
2層目の色は緑にしていたのだけど、普段ボンドを作品制作に使用している
ボンド先生ことアーティストの鷹野健さんのアドバイスで、少し白を混ぜてみる。
1層目とはうって変わってなんとも言えない色合いに。

この日は作業終わりに設営中のマーク・マンダースさんの設営現場を
訪問させてもらった。
L PACK.とミラクルファクトリーのあいだで「透け感」というキーワードを
ライブラリーのイメージで共有していたのだけれど、マークさん、いやマーク先輩は、
僕たちの透け感の苦労をシンプルかつ力強く表現しているのだった。
彫刻作品も目と耳を疑ってしまう完成度。(彫刻は素材の見た目に騙されるな!)
マークさんの作品を見ながら僕たちは自然とマークさんのことを
「マーク先輩」と呼ぶようになっていた(本人には言ってません)。

チーズ2層目塗装中。みんなでやると速い。

ベンチの土台となる高級土嚢袋。

ミラクルファクトリー青木一将くん。

〈岐阜県立森林文化アカデミー〉 森に新しい価値を与え、 卒業生が自由に羽ばたくアカデミー

森と人のつながりを、もう一度

ユニークで先進的な取り組みをしている森や木工などの事業者が、
〈岐阜県立森林文化アカデミー〉の卒業生であるという話をよく聞くようになった。
しかも岐阜県のみならず全国各地で。
「森林文化を学ぶ」とは、一体どんな学校なのだろう。

森林文化アカデミーは岐阜県美濃市にあり、
森林のことを総合的に学べる珍しい学校だ。しかも県立である。
前身は1971年にできた日本で最初の林業短期大学校。
当時は、現場で木を伐る技術者や森林組合、
製材所などで働くための技術を学ぶ学校であった。
しかし時代の変化をとらえて、木を実際に使う家具、木造建築など、
「森林県」である岐阜の宝を余すことなく使えるようにと、
2001年、岐阜県立森林文化アカデミーとして新たな船出となった。

学内には木工房や木材乾燥施設も備わる。

川尻秀樹副学長が開学当時の思いを教えてくれた。

「以前は、川上と川下が有機的につながっていませんでした。
つまり山側と、その木を使う職人たちが同じ意識を持っていなかったのです。
たとえば飛騨にはたくさん家具職人がいます。
しかしその多くが、岐阜にたくさんの森があるにもかかわらず、
外国から木材を買っています。
広葉樹がないと思っている、もしくは幅の広い木じゃないとダメだと思っている。
一方、山の人は、広葉樹はすべて一緒くたにして雑木扱い。
売れる価値がないと思っているのです。
こうしたことに学生が気づいて、
学校から何かを発信していってもいいと思っているのです」

木を伐る人と使う人、この両者がつながれば、お互いの意識が変わるはず。
「この学校から輩出した人材で、社会の固定概念を変える方法もある」と
川尻副学長は言う。

川尻秀樹副学長。美濃生まれ美濃在住の、生粋の美濃人。

副学長の部屋の前に貼ってあった標語。

〈岐阜県立森林文化アカデミー〉には
エンジニア科とクリエーター科のふたつの学科がある。
エンジニア科には高校を卒業した学生が多く入学し、
前身の学校の内容を引き継ぐ林業系を学ぶ。

そしてこの学校の大きな特徴といえるのが、クリエーター科である。
ここを目指してくる学生は、一度社会人を経験している人が多い。
それだけに、明確な目標を持って入学してくる。
今までの最高齢はなんと70歳卒業だそうだ。

「開学当初に比べて現在は、入試を受ける前から、
木育、自然環境、地域課題などの意識を持っている学生が多くなりました」

主に岐阜県産のスギが使われている校舎。

学生は全部で80人ほど、それに対して教員は常勤だけで17人。
かなり濃密な授業ができる。それだけにかなり実践的なことを学べるのだ。

「投資効率は悪いかもしれませんが(笑)、
こんなにすごい卒業生がいると、胸を張って言えるほうがいいと思っています」

通常の大学、そして大学の延長線上にあるのではなく、
研究や勉学そのものが主目的ではない。
卒業後にどんなことができるか。社会のなかでの役割が重要なのだから。

周囲の里山の風景に馴染むデザイン。

さらには、学生へ寄り添う姿勢も徹底している。
学生が望むのならば、教員と一緒に調査に行ったり、
自分の専門外であれば専門の先生を呼んできて横断的に授業をつくり上げたり。

中庭から、木を削っている音がしてきた。
見ると、学生の田中菜月さんがひとりでスギの木を削りチップ状にしている。
見守るのは伊佐治彰祥先生。どうやら彼女は燻製の課題研究をしているらしい。
どんな木を、どんな状態で使うと、仕上がりにどう影響するのか。

「一見くだらないように見えるし、林業という視点で言うとあり得ないけど、
新しい木材利用の観点や、価値を提案できればいいと思います。
どんなことでも柔軟に考えていきたい」

いつの時代も「あり得ない」ことから、新しい発想や価値は生まれるもの。
それを一蹴せずに「まずはやってみよう」という姿勢が、
教員たちの間にも浸透しているようだ。

まずはスギのカンナ屑を燻製用チップに利用する実験。

多様なアートの旅へようこそ! あいちトリエンナーレ通信 vol.1

あいちトリエンナーレ2016展示風景 大巻伸嗣『Echoes Infinityー永遠と一瞬』2016(撮影:怡土鉄夫)

3年に1度開催される国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ2016〉。
3度目となる今年は、名古屋市、岡崎市、豊橋市で開催されています。
参加アーティストや広報チームが、その作品や地域の魅力を紹介していくリレー連載です。

旅人のように訪れて。多彩なアーティストの表現が集結!

8月11日(木・祝)に開幕したあいちトリエンナーレ2016。
3年に1度の開催となる国際芸術祭が、ここ愛知で3度目の開催を迎えました。
美術、映像、音楽、パフォーマンス、オペラなど、
現代で行われている芸術活動をできる限り「複合的」に見せるあいちトリエンナーレは、
今回、芸術監督である港千尋(写真家・著述家)のもと、
テーマに「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」を掲げています。

会期中、コロカルであいちトリエンナーレ2016のレポートを
お届けすることになりました。第1回目は広報チームから。

まずは開幕前の話を少し。今回のあいちトリエンナーレですが、
日本で初紹介のアーティストも多く、一点集中型ではなく、
多様性を打ち出す広報が求められました。
ですので、おすすめはどの作家? 目立つのはどんな作品? 
とキュレーターに聞いても、その質問自体がナンセンスな気がして苦戦続き。
知名度のあるアーティストを打ち出していくことができたら
とてもわかりやすかったと思いますが、そこに頼らないためには
どうしたらいいのか考える日々。

それに加え、グリナラ・カスマリエワ&ムラトベック・ジュマリエフに、
リビジウンガ・カルドーゾ、イグナス・クルングレヴィチュスといったような、
とても一度聞いただけではなかなか覚えられないアーティスト名がたくさん! 
アクセント付きの名前も多く、表記に苦心するといった
国際展ならではのエピソードもあります。
ともかく、まだ見ぬアーティストたちを想像しながら、
入手したプロフィール、広報用画像、アーティストの名前を手がかりに、
手探りで進める広報活動はまさに「未知への旅」でした。

アルゼンチン出身のアドリアナ・ミノリーティ(左)と、リトアニア出身のイグナス・クルングレヴィチュス(右)。(撮影:加藤慶)

オープニングレセプションでの集合写真。(撮影:菊山義浩)

今回、あいちトリエンナーレ2016国際展のキュレーターは5名、
そのうちの2名はブラジル拠点のダニエラ・カストロ、
トルコ拠点のゼイネップ・オズを招聘しています。
これまで日本ではあまり紹介される機会がなかった
中南米や中近東のアーティストたちの参加も増えました。

芸術監督とキュレーターたち。

おそらく一生のうちに、日本の反対側に位置するブラジル、アルゼンチン、
あるいはトルコ、キルギス共和国、モロッコ、エジプト……
といった国々を実際に訪ねることができる人はわずか。
いまやインターネットの影響で世界を近くに感じられるようになったとはいえ、
愛知にはいま、38の国と地域から集まった119組のアーティストの作品が一堂に会し、
それぞれの文化や土地の中から生まれた表現を感じられる場が誕生しています。
この奇跡的な場をぜひ訪れてほしいです。

名古屋、豊橋、岡崎と3都市のさまざまな場所に、多彩な表現が集まり、
来場者が旅人のようにその場所を訪れていくそのこと自体がまさに、
今回のテーマである「虹のキャラヴァンサライ」を体現しています。

開幕前後の数日間は、怒濤の日々でしたが、これまではメールやSkypeだけで
やり取りをしていたアーティストが来日し、祝祭感にあふれていました。

その中でも特に胸が熱くなる1枚の写真をご紹介。
今回のポスターやリーフレットのメインビジュアルに起用された
参加アーティストのジェリー・グレッツィンガーと港千尋芸術監督が握手をするシーン。
実は港監督も、今回初めてジェリーとご対面。

米国出身のアーティスト、ジェリー・グレッツィンガーと港千尋芸術監督。(撮影:菊山義浩)

シスターたちの歌で伝える 長崎の教会の物語 『Nagasaki Harmony2』 動画公開中

ユネスコの世界遺産暫定リストにも登録され
注目を浴びている〈長崎の教会群とキリスト教関連遺産〉。
修学旅行などで、一度は国宝〈大浦天主堂〉を訪れたことがある! という方も、
少なくないのではないでしょうか?

ヨーロッパと日本の建築技術が出会い、生まれた、独特の建築様式。
ステンドグラスや細部の装飾に宿る荘厳な美しさは、訪れる人の胸を打ちます。

でも、長崎の教会やキリスト教関連遺産の素晴らしさは、
「目に見える」建築物としての美しさだけではありません。
キリスト教の伝来と繁栄、弾圧と潜伏、そして奇跡の復活という、
世界でも類を見ない歴史を生み出した、
「信じることをあきらめない人々の想い」の物語こそ、
本当に知ってほしい、感じてほしいことなのです。

そんな長崎の教会や関連遺産にまつわる“想い”の物語を伝える動画
『Nagasaki Harmony2』が、YouTubeにて公開されています。

尾張地方の「菓子撒き文化」と ドローンが融合した 新サービス登場

愛知県を中心とした尾張地方の伝統行事である“菓子まき”。
これは結婚式など、祭事にお菓子を撒く文化のこと。
最近では行われることも減っているそうなのですが、
この独自の文化を絶やさないための新しい試みが行われています。

それがなんと、小型ドローンによる菓子まき! 
岐阜県各務原市のテクノプラザに拠点を置く会社〈空創技研プロペラ〉が、
このたびドローンによる菓子まきのサービス提供をスタートしました。

〈空創技研プロペラ〉が開発した菓子まきドローン

その方法は、ドローン本体に開閉操作が可能な専用ボックスを取り付け、
遠隔操作によってお菓子をまくというもの。
一回のフライトで投下できるお菓子の量は、おおむね500g程度なんだそう。
改正航空法に適合した飛行なので安全です。菓子まきを楽しむ人たちも
同時に撮影されるので、イベントの記録にもなります。

■イベントでも大好評!

このドローン菓子まきが2016年8月15日、
岐阜県恵那市の夏祭りの演出として初お目見え! 
サービスを手掛ける〈空創技研プロペラ〉代表の櫻井優一さんから、
イベントの様子を教えて頂きました。

「当日は3回ほどお菓子をまきました。
未就学児童と小学校低学年のグループに分けましたが、
主催者予想を超える人数が集まり、お菓子が取れなくて泣く子もいました。
『泣くほどのことかな!?』とも思いましたが、
まあ、泣くほど悲しかったのでしょう。お菓子パワーすごいです。
とにかく食いつきがすごくて、子供ウケは抜群すぎるほどでした。」

「1回あたり500gほどまきますが、盛り上がりを考えると、
倍の1kgは必要になりそうなので、
今後は投下量を増やせるように改良していきます。」

ドローンから撮影された写真

明治の民家が残る島は、消滅寸前? 学生と取り組む空き家再生。 坂東幸輔建築事務所 vol.4

坂東幸輔建築事務所 vol.4

こんにちは、建築家の坂東幸輔です。
これまでの連載では徳島県神山町での空き家再生まちづくりについて書いてきました。
今回からは舞台を移し、徳島県南部の海のまち・牟岐町の
出羽(てば)島で行っている活動について紹介したいと思います。

出羽島の航空写真。

連絡船から見た出羽島。

出羽島は牟岐港から連絡船で15分の沖合にある、
周囲約4キロの小さな島です。車が1台も走っていない出羽島では、
建物を建てたり壊したりということが大変で、
明治から昭和のはじめ頃の民家がそのまま残っています。島に降り立つと、
まるで昭和にタイムスリップしてしまったのではと思うような
レトロな建物が並ぶ風景が広がっています。

出羽島の港。島民のほとんどが漁師を生業にしている。

最盛期には700人いた人口も現在は70人、高齢者率も高く、
島内の3分の2の建物が空き家という、
放っておいたら10年後には無人の島になりかねない、消滅の可能性の高い島でもあります。

牟岐町の人たちも黙って見ているわけではありません。伝統的なまち並みを再生するために、
平成29年度より出羽島の集落が「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」
の指定を受ける予定で、国から補助を受けて伝統的な価値をもつ民家を改修していく予定です。

伝統的な民家の建ち並ぶ出羽島の集落の風景。島には車が1台もないので、自転車が主な交通手段。

私と出羽島の出会いは『出羽島アート展』がきっかけです。
2014年3月、出羽島という場所でアート展が開催されていることを新聞で知り、
休日に遊びに行きました。初めて島を訪れた私は、ひと目で出羽島に惚れ込んでしまいました。
「ミセ造り」と呼ばれる折りたたみ式の雨戸をもった
伝統的な民家のまち並みのなかで、都会に住む現代人がすでに失ってしまった、
仕事と生活が地続きで人の営みを感じさせる島の風景に出会い、クラクラしました。
古民家好きの私にとって、出羽島はまさに宝の島だったのです。

ミセ造りと呼ばれる折りたたみ式の雨戸。開くと蔀戸(しみど)と縁台になる。

「出羽島に住みながら、民家の再生をライフワークにして生きられたらなんてすてきなんだろう」
と、島を訪れた後で目をハートにしながら会う人みんなに出羽島の魅力を語っていました。
前回、神山町で夢を語っていたら
えんがわオフィスの設計を頼んでもらえたエピソードを紹介しましたが、
出羽島でも自分の夢をいろいろな人に話していくうちに、
本当に仕事を頼んでいただくことになりました。
熱烈な島へのラブコールが通じたのです。

2014年の終わり頃、牟岐町の教育委員会の方から
出羽島の空き家〈旧・元木邸〉の改修工事の基本設計をしてほしいと依頼されました。
重伝建に指定される前に民家改修のお手本をつくりたいと、牟岐町が購入した空き家です。
外観は歴史的調査を行ってオリジナルの状態に復元をするけれど、
内部を島の人や移住者・交流者が集まれる建物にしたいという要望でした。

改修前の旧・元木邸の外観。増築されてミセ造りなどは取り除かれ、オリジナルな外観は失われている。

しかし、いくつか条件もありました。

〈8830 MISO OASIS〉 八丁味噌のウェルカム・ ミソスープ・スタンド

ただいま開催中の〈あいちトリエンナーレ2016〉では、
アートプロジェクト以外にも、
地域と連携したユニークなプロジェクトが多数行われています。

本日ご紹介するのは、岡崎エリア・康生会場のビジターセンターに週末登場する、
ウェルカムミソスープを振る舞う〈8830 MISO OASIS〉。
今回のトリエンナーレのテーマ「虹のキャラヴァンサライ」に
ちなんで作られた、岡崎発祥の八丁味噌など、
岡崎の味噌を使ったミソスープが振舞われるスタンドです。
アート行脚の疲れをほっこりと癒やす、おいしいお味噌汁を無料で提供してくれます。

八丁味噌のミソスープ

〈8830 MISO OASIS〉は、東京を拠点に活動するクリエーティブチーム〈大晦日〉と、
味噌のまち・岡崎のコラボレーションによって生まれたユニット
〈8830 MISO〉によるプロジェクト。
※大晦日について、詳しくはこちら

このコラボが始まったきっかけは、岡崎に住む天野めぐみさんが、
大晦日がアート・インスタレーションとして行っていた
ミソスープスタンド〈LOVE ME AND MISO SOUP.〉の活動を知り、「岡崎に呼びたい!」と、
クラウドファウンディングで招聘したこと。

米(八十八)と味噌(三十)から8830と名付け、
岡崎から八丁味噌を世界へ発信し、日本の食文化・伝統について考える
ミソスープユニット〈8830 MISO〉が誕生しました。

bean to barのチョコ型八丁味噌〈8830 MISO〉

100組以上の アーティストが集結!3度目の 〈あいちトリエンナーレ 2016〉 スタート

国内外のさまざまな地域から、
多様なジャンルのアーティストが100組以上集結! 
3度目となる国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ〉が、
愛知県内各エリア(名古屋市、岡崎市、豊橋市)でスタート。
8月11日より10月23日の74日間にわたり、開催されます。

レセプションの壇上に登った作家やキュレーターたち。

芸術監督に、写真家、映像人類学者として活躍する港千尋さんを迎えた今回。
「〈虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅〉というテーマのもと、
美術・映像・音楽・パフォーマンスなど、現代行われている芸術活動を
できる限り、複合的に扱い、芸術がもともと原初的に持っていたであろう、
自然界との連続性を再発見する」といったコンセプトを掲げています。

県知事と各市の市長と、港千尋さんが光るハッピ姿でご挨拶。

なんと、38の国と地域から119組のアーティストが集結。
これまでと同様に、まちなかにアートを散りばめ、
その出会いをも楽しませる演出は今年もそのまま引き継がれています。

豊橋市

豊橋市は今回追加された新エリア。
路面電車が走る風景が残る中心市街地の駅前周辺のほか、
オフィスや飲食店などが入居するビルなどで展示が行われます。

今回、特徴的なのは、ほかの芸術祭では
これまで取り上げられてこなかった、
中近東や中南米といった国々で活躍する、
コアなアーティストの作品が集められている点でしょう。

さいたまトリエンナーレ2016 公式キャラにタムくんの 〈さいたマムアン〉が決定!

さいたまトリエンナーレ公式キャラクター〈さいたマムアン〉(c) ウィスット・ポンニミット

2016年9月24日(土)〜12月11日(日)、埼玉県さいたま市にて
国際芸術祭〈さいたまトリエンナーレ2016〉が開催されます。
これは、アーティストと参加者がともにつくる芸術祭。
市民が制作に参加した作品がたくさん展示されます。

この芸術祭の公式イメージキャラクターに、
タイ出身のアーティスト、タムくんことウィスット・ポンニミットさんの
〈さいたマムアン〉が決定しました!
さいたマムアンは人気のキャラクター、マムアンちゃんが
さいたまトリエンナーレバージョンにドレスアップされたもの。
会場には、いたる所にマムアンちゃんのイラストが展開するそうです。
これは楽しみですね!

写真家の野口里佳さんによるキービジュアル。さいたま市で生まれ育った野口さんは、写真家としてははじめて、さいたま市を捉えた作品群を発表します。photo: Noguchi Rika

さいたまトリエンナーレ2016の参加作家は、
日比野克彦さん、大友良英+Asian Music Network、多和田葉子さん、
小沢剛さん、 目、向井山朋子さん、野口里佳さん、
アイガルス・ビクシェさん (ラトビア)、ユン・ハンソルさん (韓国)、
アピチャッポン・ウィーラセタクンさん(タイ)などなど。
ほとんどの作品は無料で鑑賞できるようになっています。
(※一部の公演プログラム、パフォーマンスは有料)

現代美術家の小沢剛さんによる『あなたが誰かを好きなように、誰もが誰かを好き』。通称「ふとん山」と呼ばれるこの作品は2005年にオーストラリアで公開されて以来、各地で大人気に。2015年10月、この作品が本芸術祭のプレイベントに登場しました。小沢さんは会期中、インスタレーション「帰ってきた」シリーズのさいたま版を発表予定です。撮影:青木兼治

ラトビア・リガ生まれのアーティスト、アイガルス・ビクシェさんによる『さいたまビジネスマン』。生活都市を支える「サラリーマン」をモチーフに、目で見て楽しく、新しい視点や発見をもたらすような立体作品を展開予定。

〈下北沢ケージ〉 高架下にイベントパークが オープン!

再開発が進む、東京・下北沢の高架下に、
2016年8月19日、イベントパーク〈下北沢ケージ〉と、
カジュアルな食堂・酒場〈ロン・ヴァ・クァン〉が
同時オープンします。
工事が進む高架下空間を使った、3年間の期間限定の広場です。

〈下北沢ケージ〉は、金網フェンスに囲まれた、
約200平米のスペース。
〈ロン・ヴァ・クァン〉は、その中にある、
ベトナム語で鳥籠酒場という意味を持つ、
アジア都市の屋台のような飲食空間です。

〈下北沢ケージ〉は、いろいろな使い方ができるところ。
昼間はまちの広場として開放され、
夕方から夜にかけては飲食店の客席になったり、
ナイトマーケット(夜市)や
様々なアクティビティ、イベントが行われたり。
特徴は、壁ではなくケージによって囲われているので、
街行く人々が様子を見ることができること。
企業PRやマーケット、アートイベント、
映像・映画、パフォーマンス、スポーツなどの
イベント利用がされるほか、地域の行政・商店会・団体等とも連携し、
地元の方も日常的に利用できる場所にしていくのだとか。

本プロジェクトは、井の頭線高架橋化工事の一部完了に伴い、
利用可能となった高架下空間を有効活用する
〈KEIO BRIDGE Shimokitazawa〉の一環。
ユニークな切り口で物件を紹介する不動産サイト〈東京R不動産〉と、
不動産再生のプロデュースなどで知られる〈株式会社スピーク〉、
編集を軸にさまざまなクリエイティブを手がける〈株式会社東京ピストル〉が
タッグを組みました。
線路の下で飲み、食べ、語らう、リラックスした
ひとときが過ごせそうです。

なぜ彼らは山へ向かうのか? 作家たちが捉える聖なる山とは。 『ホーリー・マウンテンズ』展

何かに突き動かされるように山に登る人々

札幌にあるモエレ沼公園で開催されている
『ホーリー・マウンテンズ』展の取材から2週間が経とうとしているが、
この展覧会の核心にはいったい何があるのか、そんな問いが頭に浮かび、
霧の晴れないなかを歩いているような感覚をいまだに持ち続けている。

『ホーリー・マウンテンズ』展で中心となったのは3本のスライド形式の映像作品だ。
イラストレーターであり東北を拠点に山伏として活動する坂本大三郎さんの
『モノガタリを探す旅』。
屋久島やモンゴルで撮影を続ける写真家の山内悠さんによる『巨人』。
そして、とてつもない記録に挑んだ東浦奈良男さんの足跡を追った、
『一万日連続登山に挑んだ男』という吉田智彦さんのドキュメンタリーである。
いずれも山が舞台となっており、作家たちが何に関心を持っているのかが、
10分ほどでまとめられコンパクトに内容がわかるものだった。

ただし、「わかる」と書いたのは山でどんなことが行われているのかという事実だけである。
映像を見終わったとき、ある疑問がふつふつと湧いてきた。
それは、彼らはなぜ山へと向かうのか、核心部分にはなにがあるのか、だ。

「山に登ることは大半の人にとってはレクリエーションになっています。
あるいは林業やマタギなどの狩猟に携わるなど、仕事にしている人もいます。
しかしこうした目的ではなく、山に登っている人とは誰だろうと考えたときに、
彼らの顔が浮かんできたんですね」

7月24日に行われたトークイベントで、
この展覧会の企画者であり、美術の分野をフィールドに多彩な活動を行う
豊嶋秀樹さんは、そんな風に作家たちを紹介した。

豊嶋さんの言うように、彼らの山との関わり方はいずれも独特なものだった。
まずは、今回制作されたスライド作品の内容とトークイベントで
彼らが語った言葉を拾いながら、それぞれの山との関わりについて追ってみたい。

札幌市東区にあるモエレ沼公園は約188.8ヘクタールという広大な敷地の公園。「全体をひとつの彫刻作品とする」というコンセプトのもと彫刻家イサム・ノグチが基本設計を手がけた。展覧会が開催されたのは公園の中心的な存在であるガラスのピラミッドの展示スペース。

展覧会場の中央にはスライド作品を上映するシアターが設けられ、そのまわりを囲むように、吉田さんが撮影した東浦さんの写真や坂本さんの彫刻、山内さんの作品『夜明け』が展示された。

キュレーターは豊嶋秀樹さん。1998年にgraf設立に携わり、作品制作、展覧会企画、空間構成、ワークショップなど幅広いアプローチで活動している。10年ほど前から登山に目覚めたことが今回の展覧会開催につながった。アートも登山も、ものの見方を変える、そんな共通点があると考えている。

山に登ること、自然に分け入ることは祭りである

坂本大三郎さんは、東北を拠点にし、春には山菜を採り、夏には山に籠り、秋には各地の祭りを訪ね、冬は雪に埋もれて暮らしているという。山伏として白装束で山へと分け入る。(撮影:小牧寿里)

坂本大三郎さんは30歳のときに山伏の修行を始めた。最初は単なる好奇心だったというが、
山伏が古くは芸術や芸能を司る役割を担う存在だったことを知るようになり、
さらに興味がわいたという。
また、山での修行によって坂本さんは新しい感覚を呼び起こされ、以来、
山伏としての活動を始めることとなった。

坂本さんが今回制作した『モノガタリを探す旅』は、北海道が舞台となっている。
縄文遺跡である垣ノ島遺跡や山伏の文化に触れられる、
せたな町にある太田権現(太田山神社)などを訪ねた記録がつづられている。
各地を訪ねながら坂本さんは神話や民話などを拾い集め、
時代によって書き換えられたその経緯を丁寧に読み解きながら、
原始の姿とは何かを浮かび上がらせようと試みている。

『モノガタリを探す旅』で紹介された太田山神社。太田山は道南五大霊場のひとつ。急勾配の階段を上り、ロープにつかまりながら険しい山道を抜けると、断崖絶壁に本殿がある。(撮影:小牧寿里)

映像につけられたナレーションで、坂本さんはこう語っていた。
「僕にとって山に登ること、自然に分け入ることは祭りである」

古代の祭りは芸術や芸能が生まれる場所だった。
祭りの場で最も大切にされたのは、
洗練された美しい芸術や芸能を行うことではなく、
神仏や精霊といかに結びつきを持つか、
つまり自然といかに向き合うのかであると坂本さんは考えているという。

「かつての山伏の姿を知り、山伏を体験するなかで、僕のなかには、
誰かの評価に左右される気持ちよりも深い部分に、
『自然』が据えられるようになりました。
かつての山伏、かつての芸能者が自然とともに生きてきた姿を
心の片隅において、いつも忘れないようにしたいと思っています」

これは坂本さんの著書『山伏と僕』の一節だ。
山伏になる以前から絵を描いていた坂本さんにとって、
山伏を実践することは自然と向き合うことにつながり、
これを通して「原始の日本の文化」に触れたいと探求を続けている。

『モノガタリを探す旅』より。坂本さんは千葉県出身。縄文遺跡が多く、子どものころ一番好きな遊びは土器探し。土器を見つけると縄文人から手紙が届いたような感覚がしたそうで、自分がいま表現を行うとき、その返事を書いているような気持ちになることがあると語る。(撮影:坂本大三郎)

展示会場には坂本さんが流木で制作した作品も展示された。人間の世界、目に見えない世界、動植物の世界を表した『モノたち』。

オープニングイベントとして、坂本さんの脚本による新作ダンス公演『三つの世界』が行われた。大久保裕子さん、島地保武さんがダンスを行い、蓮沼執太さんが音楽を担当。古来から続く芸能と祭の歴史を現代の世界へと開いていこうとする試みとなった。(撮影:山本マオ)

坂本大三郎さんは山伏として活動しつつ、執筆や作品制作も行っている。著書に『山伏と僕』(リトルモア、2012)、『山伏ノート』(技術評論社、2013)がある。2016年は〈みちのおく芸術祭 山形ビエンナーレ2016〉、〈瀬戸内国際芸術祭2016〈秋期〉〉に参加を予定。

命が密集している場所に行ってみたい

屋久島に数か月籠もり撮影した写真。(撮影:山内悠)

山内悠さんが制作したスライド作品には、
たったひとりで屋久島に籠もり撮影した木々の写真がまとめられていた。
トークイベントでは、なぜ山内さんが屋久島で写真を撮るようになったのか、
その経緯が語られた。

〈脳がめざめるお絵かき〉 自由工作の宿題にも!? 芸術療法ワークショップ

2016年8月21日(日)、
兵庫県神戸市のフェリシモ本社にて、
夏休みのワークショップ〈脳がめざめるお絵かき〉が開催されます。

臨床美術士による進行のもと、立体的な魚のモチーフを制作する、
子どもから大人まで楽しめるワークショップです。
工作や絵が苦手な人でも約2時間で、誰ともかぶらない、
自分だけのオリジナル作品をつくることができるのだそう。

〈脳がめざめるお絵かき〉は、
認知症の症状改善のために開発され、
近年は教育現場でも注目されている芸術療法“臨床美術”を
ベースにしたプログラムの体験ワークショップ。
手ぶらで参加できるので、自由工作の宿題ができていない!
というお子さんにもおすすめです。

〈上信越フィギュアみやげ〉 駅ナカだけで買える! 海洋堂製の新みやげ

JR東日本主要駅構内などに設置されている、
オリジナルカプセルフィギュアの自販機
〈LuckyDrop(ラッキードロップ)〉は、
国内外の観光客をターゲットにしたおみやげ自販機。

日本各地のモチーフを、高いクオリティで定評のある
フィギュアメーカー〈海洋堂〉が、
精巧に再現したフィギュアが入っています。

そんなラッキードロップに、このたび新シリーズが登場。
2016年8月25日(木)より発売される〈上信越フィギュアみやげ〉です。

群馬県は、草津温泉の湯もみや、県のマスコットぐんまちゃん。
長野県はSNOW MONKEY、真田幸村(戦国BASARA)に国宝松本城。
新潟県は、越乃寒梅と200系上越新幹線。
それぞれの地方の個性豊かな名物のリアルなフィギュアたちが揃いました。

お値段は400円(税込)。
群馬県・長野県・新潟県及び埼玉県の一部限定で発売されます。

そして新潟の方にチェックしていただきたいのは、
9月1日(木)より新潟県内限定で
数量限定で“特撰”バージョンが登場します。
通常版は〈越乃寒梅〉の中でもスタンダードな
普通酒の白ラベルをフィギュア化しているのですが、
限定版は精米歩合50%の吟醸である特選バージョンです。

茨城フィギュアみやげ

みちのくフィギュアみやげ

山手線さんぽフィギュアみやげ

ラッキードロップにはほかにも、
〈山手線さんぽフィギュアみやげ〉や
茨城の新みやげ〈茨城フィギュアみやげ〉などのラインナップも。
こちらもJR主要駅などで販売中。
何が出るかは回してみてのお楽しみです。

information

LuckyDrop(ラッキードロップ)

JR 東日本リテールネット:公式サイト

ドラえもん×中川政七商店の かわいいコラボ! 鯖江産〈のび太くんのメガネ〉も

“日本の工芸を元気にする!”のビジョンを掲げる
〈株式会社中川政七商店〉が、『ドラえもん』とコラボ! 
2016年8月17日(水)より数量限定で販売されることになりました。

『ドラえもん』で描かれる22世紀の未来に
「日本の工芸がドラえもんのひみつ道具をつくっていますように」
という願いを込めた、たまらなくキュートなコラボグッズをご紹介!

のび太くんのメガネ ※30本限定 45,000円(税別)

これまでにないリアルな〈のび太くんのメガネ〉!
『ドラえもん』の連載が始まった1970年当時によく用いられていた、
メガネの製造加工の手法〈縄手(なわて)〉を使ったメガネを再現しました。

縄手とは、耳の部分の加工法。いまは失われたこの加工法を行なうため、
日本最大のメガネ産地・福井県鯖江市に残る資料をもとに、
産地の知恵と技を集結。世界に30本だけのメガネが誕生しました。
特製の桐箱、特製袋入りで、価格は45,000円(税別)です。

特製袋

桐箱

お弁当のためのタイムふろしき 3,000円

そしてこちらは、ドラえもんのひみつ道具〈タイムふろしき〉を、
中川政七商店らしい和風の色調にデザインしたもの。
保冷剤を入れられるポケットもついています。

しずかちゃんのバスソルト 1,400円

しずかちゃんの憧れの牛乳風呂をイメージした、
牛乳由来成分配合のバスソルトも! 
ラベンダーの香りが楽しめます。

ドラえもんしるべ 450円

陶製のかわいらしいフィギュアの中に、
ドラえもんの名言が入っている〈ドラえもんしるべ〉。
名言は全5種類あるそう。

木造倉庫が、演劇の舞台になる? 歴史と現代の感性が行き交う空間。 ASTER vol.7

ASTER vol.7

みなさんこんにちは。ASTERの中川です。
いよいよ最終回になりました。

最後にご紹介するのは、築140年の元酒蔵で、現在さまざまなイベントが開催され、
大勢の人々が訪れる場所となっている現代の熊本の文化発信基地。
〈早川倉庫〉をご紹介したいと思います。

早川倉庫と古町エリア

早川倉庫は熊本市の中心市街地から車で10分、
熊本駅から市電で5分ほどの古町エリアにあります。
古町エリアは加藤清正が熊本城築城の際につくった町人のまち。
400年以上の歴史があります。
早川倉庫がある万町のほか、紺屋町、魚屋町、中唐人町など
碁盤の目のような町割りが特徴で正方形の区画ごとにお寺が必ずひとつあり、
その廻りを町屋が囲んでいます。

古町エリアの地図。

明治から大正時代には、多くの商店やデパート、娯楽施設などが建ち並ぶ
熊本の商業、経済の中心地として栄えたそうです。
その名残りで現在もまだ多くの古い町屋が残っています。最近ではこの魅力ある町屋を
改装したカフェやレストランなどもあり人気のエリアになっています。

早川倉庫は明治10年に建てられた今年で築140年の大型木造建築。

通りに面している早川倉庫の外観。奥にも倉が連なっています。

もとは〈岡崎酒類醸造場〉として、にごり酒の醸造所だったそうです。
1877年の西南戦争で一度焼失し、同年に再建された建物が今残っている建物になります。
聞いた話では、当時の明治政府が西南戦争後に焼け残った熊本城を解体し、
町人に払い下げを行った時期なので、
早川倉庫には熊本城の廃材が再利用されている可能性が極めて高いとのコト。
たしかにほかでは見たことのない、ものすごい梁などが使用してあります。

早川倉庫の建物の2階は、ダイナミックな梁がむき出しになって重厚感ある空間です。

のちに履物問屋へ変わり、昭和29年に現在の貸し倉庫業、早川倉庫となります。
貸し倉庫業のかたわら、5年ほど前からマルシェ、演劇、展示会、ライブなど、
この空間の魅力に魅了された人々がさまざまなイベントを開催するようになりました。

この代々守り継いできた早川倉庫を今、新しく利活用しているのが、
写真の早川祐三さん。早川倉庫の倉庫番であり、ミュージシャンでもあります。

こちらが、祐三さん。

今の形態になる以前、
祐三さんはまず、当時まだ使われていなかった2階スペースの掃除から始めました。
ひとりで数週間、毎日床の雑巾がけをしたそうです。
それから建物の老朽化しているところを直したり、壁の補強をしたり、
ひとつひとつ、少しずつ時間をかけて全部自分で直していきました。
フルDIYです。こんな大型の木造建築をひとりで手を加えていくなんて
想像もできないですが、祐三さんはひとりでできるところから
コツコツとやっていきました。
いつかこの倉庫で何かしたいと漠然と思っていたそうです。

そんなとき、東日本大震災が起きます。
祐三さんは何かできないかと熊本でのチャリティーイベントを企画し、
早川倉庫のそれまで使われていなかったスペースで音楽イベントを開催。
それをきっかけに徐々にイベントスペースとして使われ始めます。

依頼が増え始めたのは、2011年12月に開催された、
岡田利規さん主宰の演劇カンパニー〈チェルフィッチュ〉の公演があってからだそうです。
世界的に活躍する劇団の公演を見た人たちが口コミやSNSで拡散しはじめ、
今ではクラムボンなど有名ミュージシャンのライブや
大規模な展示会なども行われるようになりました。

倉庫が舞台に変貌した、チェルフィッチュの公演の様子。

マスキングテープmtの『mt ex熊本展』。

残響がいいと、ライブの会場として使われることも多いようです。

熊本県内の酒蔵が集まり、毎年開催されている〈酒蔵まつり〉。

早川倉庫は建物が持つ圧倒的な存在感と空気感に祐三さんの感性が混ざり合い、
多くの人たちを惹きつける魅力となっているのだと思います。

早川倉庫では年間を通しさまざまなイベントが開催されていますが、
リノベーションのイベントも年に一度行われています。
〈リノベーションEXPO JAPAN〉です。

〈山形ビエンナーレ2016〉 山形の物語を体験する みちのおくの芸術祭

「道の奥は、未知の奧——」。
2016年秋、山形にてみちのおくの芸術祭〈山形ビエンナーレ2016〉が開催されます。

これは山形の中心市街地で2年に1度開かれる
アート、音楽、文学、ファッション、料理などのプログラムが楽しめるお祭り。
東北芸術工科大学が主催し、2014年に初開催。
今年で2回目を迎えます。

芸術監督はアーティスト/絵本作家の荒井良二さん、
総合プロデューサーは東北芸術工科大学学長/映画監督の根岸吉太郎さんです。

荒井さんは山形市のご出身。
2010年から開催してきた市民参加型の展覧会
〈荒井良二の山形じゃあにぃ〉の活動を引き継ぎ、
2014年より山形ビエンナーレの芸術監督を務めています。
この芸術祭は「芸術祭をみんなでつくるワークショップのようなもの」
という荒井さんのスタンスが軸になっているのだとか。

芸術監督の荒井良二さん

「第2回山形ビエンナーレの開催テーマは“山は語る”です。
本来ならば“山は語らず……”だけど、人やケモノの営みがあれば、
そこにはきっと物語や肉声があるはず。
山をひらいて、“みちのおく”の門をくぐった先で、
はてさて、どんなストーリーが語られるのか。
みなさんが主人公になって山形の物語を体験するんですよ。
山形ビエンナーレの会場を歩いているうちに
“あれ、この空間や体験自体が物語なのかな?”って感じてもらえるようなお祭。
そして、その真ん中から子どもたちの声が響いてきたら嬉しいです。
どうぞお楽しみに!」(荒井さん)

〈荒井良二と野村誠の山形じゃあにぃ〉(2015)老人ホームや銭湯など、さまざまな場や人と交流する即興演奏や共同作曲で知られる野村誠さんと荒井さんによるイベント。山形ビエンナーレ2016では2人の掛け合い即興ライブツアーを繰り広げます。

山形ビエンナーレの見どころのひとつは、
ミュージシャンとアーティストが
その場かぎりの即興セッションを繰り広げるパフォーマンスプログラム。

いしいしんじさんの〈いしいしんじのその場小説〉。その名の通り、いしいさんがその場でどんどん小説を書いていきます。

今年はタップダンサーの熊谷和徳さんと
アフリカンパーカッショニストのラティール・シーさんによるセッション、
ミュージシャンのあふりらんぽ、滞空時間によるライブ、
作家のいしいしんじさんによる〈その場小説〉、
詩人の吉増剛造さんとアーティストの鈴木ヒラクさんによるドローイングパフォーマンス、
川村亘平斎さんによる影絵芝居と音楽など多彩なプログラムが楽しめます。

国の重要文化財〈文翔館〉の議場ホール(旧県会議事堂)や、
東北芸術工科大学キャンパスの水上能楽堂〈伝統館〉、
旧温泉施設、元養蚕試験場などといったユニークなロケーションも見どころ。

川村亘平斎さんによる〈BAN BOO NEST〉

ユニークなのは、古くから市のまちとして栄えてきた山形市七日町界隈に
手仕事、農作業、アート、服、本の市を立て、
東北に根ざした活動を行うクリエイターや
生産者を紹介する〈市プロジェクト〉。

会期中の毎週土曜日に立つ〈ふうどの市〉では毎週1名の農家さんを招き、
昼は伝統野菜や果物と料理の販売、夜は交流イベントを開催します。
そのほか、山の手仕事やものづくりを伝える〈山姥市〉、服の市〈山形衣市iiti〉、
本の市〈ブックトープフェス〉、アートの市〈芸術界隈〉が出現するそう。
これは楽しみですね!

山の食や手仕事にまつわる知恵や技術を伝える〈アトツギ編集室〉の〈山姥市〉。ものづくりのこれからを見据え、山の手仕事を伝承・交易させる場としての市庭(いちば)〈山姥市〉を文翔館の前庭に立てます。

進化した 〈ホテル アンテルーム 京都〉 名和晃平・蜷川実花の コンセプトルームも!

“京都のアート&カルチャーの今”を発信することをコンセプトに、
5年前、京都駅の南側に位置する専修学校をリノベートして生まれた、
ホテル&アパートメント〈ホテル アンテルーム 京都〉。
スタイリッシュなインテリアと
リーズナブルな価格で幅広い層に人気のこのホテルが、
2016年7月22日(金)、グランドリニューアルオープンしました。

1階に誕生したモダンな庭付き客室。ギャラリーノマルが手掛ける

伝統や文化が色濃く受け継がれている京都にあるホテルとして、
増床した新たな客室には、全体的に日本の美の視点を取り入れたのだとか。
モダンに表現された日本の庭や、清水焼の照明、
小上がりのベットステージといった細やかなしつらえが、
現代的なアート空間の中に、〈和〉の心を感じさせてくれます。

名和晃平が手掛けるコンセプトルーム(イメージ)

蜷川実花が手掛けるコンセプトルーム(イメージ)

さらに、増床した客室の一部は、
日本の先端を走る現代美術家の名和晃平さんや蜷川実花さん、
ヤノベケンジさん、金氏徹平さん、宮永愛子さんら、
8組のアーティストが手掛けるコンセプトルームに!
客室全体が、アーティストそれぞれの持つ独自の世界観で彩られ、
刺激的で新しいカタチのホテル滞在のひとときを、体験できそうです。

3日で完成したDIYバー? まちに生まれた新たな交流拠点。 ISHINOMAKI2.0 vol.2

ISHINOMAKI2.0 vol.2

こんにちは。
石巻2.0の勝です。
石巻からお届けするリノベのススメ、
第2回は石巻の中心市街地の夜の交流拠点である〈復興バー〉
そして本を通じた交流拠点〈石巻まちの本棚〉を紹介します。

わずか5坪の空間に生まれた、復興バー

港町気質が残る石巻は夜の飲食業も非常に活発です。
日用品を販売する商店街の路地を挟んで、
飲食店やスナックが建ち並ぶ繁華街が位置し、
人口当たりのスナック数が日本一なのではないかと言われるくらい、
小さな飲み屋さんが集積しています。
とはいえ最盛期ほど繁華街の元気もなく、
その範囲も年々小さくなっているのですが、
そんな繁華街の一番外側のエリアに位置するのが復興バーです。

4階建てビルの1階にある復興バー。

もともとこの場所にはダイニングバーがありました。
被災してしまったその空間を、〈石巻工房〉の協力のもと改装して、
ボランティアで外から集う人も地元の人も、
まだまだ大変ななか、集い情報交換ができるような場所をつくろうと、
スタートしたプロジェクトでした。

石巻工房の代表でもあり建築家の芦沢啓治さんが、
東京から石巻への道中の電車で仕上げたスケッチをもとに地元の有志や
遠方から集うデザイナーたちが自らインパクトドライバーやペンキを用いて仕上げました。

建築家・芦沢啓治さんの手書きの現場指示図。

外観を塗装しているところ。

そして当時、使えるものはすべて使うという姿勢のもと、
流れついた道路標識のビスさえも使うという徹底ぶり。工期はわずか3日ほど。
2011年7月から、復興バーとしてスタートしました。

そんなこんなで見切り発車でスタートした復興バーの初代マスターは
石巻2.0の代表でもある松村豪太。
もともとバーテンの経験もある豪太さんは震災時は市内のNPO職員でしたが、
その後、石巻2.0の活動の主要な役割を担うようになります。

復興バーのわずか5坪ほどの店内は10名も入ると満席になります。
狭い店内では自然とコミュニケーションも密になり、
誰もが垣根なくフラットに会話が弾むのが不思議です。

復興バーの店内。

たくさんの人が集い、語り合う場へ

まだまだ夜には明かりが灯ることも少なかった石巻のまちなかで、
ぽつんと独り明かりを灯してスタートした復興バーは、
復興事業で訪れる多くの人やボランティア、
地元のおもしろい人など多種多様な人が出会い、語り合う場所になり、
店内は、いつも熱気に包まれていました。

復興事業に対するタテマエもホンネも、
地元の人と外から移り住んで来た人たちとの思い込みのような隔たりも、
お酒のグラスを一緒に傾けると包み隠さず会話がすすみ、
また明日から頑張ろうという、前向きな気持ちへ向かっていくことが実感できます。

復興バーが軌道にのると同時に、まちづくりプラットフォームである石巻2.0の活動も
多岐にわたるものになっていきました。
前述の豪太さんも、昼間はいろいろな打ち合わせ、
毎夜には遅くまで飲み食いする人をカウンター越しに迎えること1年、
さすがに毎日の営業の継続が難しくなり、導入したのが日替わりマスター制度です。

日替わりマスター。

まちで活躍する人がバーカウンターに立ち、1日限りのマスターを務めます。
これまで地元の水産会社の社長や地元の料理人、音楽家、
スポーツ同好会や医療系の仕事に従事する人など、多様な人たちがカウンターに立ちました。
それぞれが特別なドリンクやフードメニューでもてなすことが特徴です。

例えば、水産会社の社長にとっては、自社の製品を実際のお客さんに提供し、
消費者の声をダイレクトに受けられることが何よりの魅力でしょう。
そしてその復興バーのシステムを東京に輸出して、
毎年夏は「復興バー銀座店」を期間限定で開店しています。

銀座復興バーの様子。

日本の中心といえば銀座なのではないかという、復興バー初代マスターであり、
石巻2.0の代表でもある松村豪太さんによるわかりやすい直感と、
熱心に銀座での交渉を続けてくれた協力者の方々の尽力のうえに実現したのが
〈銀座復興バー〉です。改装前の居抜きの空き物件を期限付きで活用することで、
日本で一番賃料が高い銀座での出店を実現させました。
銀座復興バーはそのコンセプトどおり、
東北との縁が深い個人やチームが日替わりでマスターを務め、
1か月ほどの期間中は連日満席になるほどの人気企画です。
石巻だけではなく青森県から岩手県、宮城県、福島県に至るまで
三陸の沿岸で活動する人たちが集まり、日本の真ん中銀座で出会い、
石巻そして東北の未来のことを語り合います。2016年の開催も現在準備を進めていて、
また銀座復興バーの看板を掲げることを目指しています。

垣根なく、誰もがつながる復興バーは、一時はお休みも多かったですが、
現在ではお手伝いスタッフも増え、
週の半分ほどはオープンし、石巻の夜をにぎやかにしています。

どうして? 神山町に 古民家オフィスが根づいた理由。 坂東幸輔建築設計事務所 vol.3

坂東幸輔建築設計事務所 vol.3

皆さんいよいよ夏ですね、空き家再生の季節です。
建築家の坂東幸輔です。

vol.1では私と徳島県神山町の出会いについて、
https://colocal.jp/topics/lifestyle/renovation/20160514_72499.html

vol.2は神山町にサテライトオフィスを誕生させるきっかけとなった
空き家改修プロジェクト〈ブルーベアオフィス神山〉と
そこで生まれた人のつながりについて、さらにBUSが出展している
第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展について書きました。
https://colocal.jp/topics/lifestyle/renovation/20160611_74937.html

今回は〈ブルーベアオフィス神山〉以降に
私が関わった神山町でのプロジェクトを一挙に紹介したいと思っています。

まちとつながる、神山町の古民家オフィス

透明度の高い川や美しい山々に囲まれたすばらしい自然環境、
過疎のまちに敷設された高速インターネット網、
そしてアーティストやクリエイターといったおもしろい人が集まる神山町という場所は
ITベンチャーの経営者たちの琴線を刺激しました。
〈ブルーベアオフィス神山〉を改修後、
いろいろなメディアに取り上げられる神山町の噂を聞きつけて、
東京や大阪のITベンチャー企業が
相次いで神山町にサテライトオフィスを構えるようになりました。

建築家ユニットBUSとして6年間で
神山町で改修6軒、新築2軒の計8軒の設計を行いました。
小さなまちでこれだけたくさんの設計をできたことは奇跡のようです。

プロジェクトの分布図。BUSで神山町内にこれまで6つの改修、ふたつの新築を設計しました。

前回紹介した〈ブルーベアオフィス神山〉に加え、
〈神山バレーサテライトオフィスコンプレックス〉も
NPO法人グリーンバレーと一緒に行ったプロジェクトです。

2013年1月に誕生したのが
元縫製工場を改修したコワーキングスペース
〈神山バレーサテライトオフィスコンプレックス〉です。
プログラマーや3Dモデラー、ウェブデザイナーといった
個人でクリエイティブな仕事をしている人たちが
集まって仕事ができるオフィスというものを設計しました。

改修前の写真。縫製工場時代に使われていた大空間、蛍光灯がたくさんぶら下がっている。

ほとんどいじっていない縫製工場の頃のままの外観。

コワーキングスペース。プログラマーや3Dモデラー、ウェブデザイナーらが常駐している。

オフィス内の家具は神山町で不要になった古いタンスなどを集めてきて
デスクや椅子に再生するワークショップを行い制作しました。
会議室の大きなテーブルは、縫製工場時代に生地を置くために使われていた
大きな棚を解体し制作しました。
アルミ製の大きな引戸は、もともと設置していたものをそのまま利用しました。

〈神山バレーサテライトオフィスコンプレックス〉では
積極的にもともとあるものをリユースすることで
地域の人にとっても利用する人にとっても愛着が持てる、
長く使い続けられるデザインにしました。

家具づくりワークショップの様子。古いタンスからテーブルやキャビネットをつくっている。

〈神山バレーサテライトオフィスコンプレックス〉は
延床面積の約620平方メートルすべてを改修できるほど予算が潤沢ではなかったため、
一部のみを改修し、残りを「成長するオフィス」として手をつけないでおきました。
今ではレーザーカッターや3Dプリンタを設置した
デジタルファブリケーション施設〈神山メイカーズスペース〉(KMS)が
地域の住民の手によって生まれたり、
消費者庁の徳島県移転を検討するための業務試験が行われたりと、
設計者も驚く成長ぶりを見せてくれています。

2016年3月の消費者庁業務試験の際にオフィスとして使われた部屋。会議室やフリースペースとして活用されている。中央の大きなテーブルは、縫製工場時代に生地を置くために使われていた大きな棚を再生して制作した。(写真:樋泉聡子)

〈神山バレーサテライトオフィスコンプレックス〉内に新たに生まれた神山メイカーズスペース(KMS)。レーザーカッターや3Dプリンタが設置されている。

残したものと、変えたもの。 地域の魅力を伝える ホテルリノベーション。 HOTEL NUPKA vol.2

HOTEL NUPKA vol.2

〈HOTEL NUPKA〉(ホテルヌプカ)の坂口琴美です。連載第2回目、よろしくお願いします。
古いホテルの建物のフルリノベーションがいよいよ始まります。2015年春のことです。
私たちは、この一大プロジェクトを始めるにあたり、
東京の〈UDS株式会社〉のみなさんに
パートナーとして取り組んでいただけるようお願いしました。

UDSは、東京・目黒の〈CLASKA〉、京都の〈ホテルアンテルーム京都〉、
神奈川・川崎の〈ON THE MARKS KAWASAKI〉など、
その時々のフラッグシップとなるリノベーションホテルの実績があります。
またホテルの自社運営も行っているので、
企画・設計・運営支援まで一貫して相談できる最適なパートナーとして
今回のプロジェクトを依頼しました。

今回は、帯広での〈HOTEL NUPKA〉プロジェクトを担当した、
UDSの高橋佑策さんにお話をしていただきます。

こんにちは、UDS高橋佑策です。
今回は僕らが担当させて頂いた企画・設計についてお話したいと思います。

着工前の〈旧みのや旅館〉の外観。

僕らが最初に十勝にうかがったのは2014年の年の瀬でした。
現地で物件を初めて見たとき、ほどよくコンパクトな建物のスケール感と、
時代性を感じる淡いグリーンのタイル張りの外観がとても印象的だったことを覚えています。

ホテルヌプカの中心人物である柏尾さん、坂口さん(vol.1参照)と
東京で2014年の秋に初めてお会いした際に、
おふたりの地元である十勝・帯広への想い、まちづくりへの想い、ホテルへの想いを聞き、
強く共感しました。
僕らも、ホテルという場所が地域や人とのつながりをつくるきっかけになり、
そのまちの魅力を発信できる、まちづくりの拠点のひとつになることを、
国内外で手がけた数多くのホテルの企画・設計・運営を通じて実感していました。

HOTEL CLASKA。

HOTEL ANTEROOM KYOTO。

ON THE MARKS KAWASAKI。

僕らのこれまでの経験を少しでも役立てられればと思い、
2015年春からプロジェクトに参加させていただくことになりました。

地域の魅力を伝える新たな視点を

柏尾さん、坂口さんとのディスカッションを通じて、
僕らが最初に考えたのは「ホテルをまちづくりに役立てる」というテーマでした。
旅行者が、ホテル滞在を通じて訪れたまちの魅力を発見するだけでなく、
地元に暮らす人たちにとっても、ホテルでの時間を楽しみ、
地元の価値や魅力を再認識できる場とできればと、考えました。
そして、旅行者と地元で暮らす人が交流できることになれば、さらによいのではないかと。

何度か現地まで足を運び、地元の皆さんに十勝・帯広の話を聞き、
さまざまな場所をご案内いただき、まちを体験する機会がありました。
ヌプカの最寄り駅である帯広駅周辺には、
すでに全国展開をする大手のホテルチェーンを含めて、たくさんのホテルがあります。
まずは、今あるホテルと競合するのではなく、
新しい視点でまちを体験してもらえるホテルとして、
そこに訪れる人の流れそのものを拡大させる方向を目指しました。

そして、ホテルでの滞在が、「自然」や「食」という、
帯広だけにとどまらず十勝エリア全体の魅力あるコンテンツへの「気づき」の機会となり、
その「気づき」がきっかけとなって、
ホテルの外に出かけ十勝の自然とまちを旅してもらう拠点となることの重要性を
強く感じるようになりました。

プランを固める前に、僕ら自身でまちでの過ごし方を考えてみました。
例えば、ヌプカのすぐ近くには〈北の屋台〉という全国的に有名な屋台村があります。

だから、ヌプカにそこと競合する飲食店をつくるのではなく、
これから屋台を楽しむゲストの待ち合わせに使ってもらうカフェとなり、
食事を楽しんだゲストが地元の方とコミュニケーションをとれるような
バーとしても楽しめる場所があれば、
もっと共存し合いながらお互いにまちの魅力の発信につなげられる……。

例えば、ホテルを拠点として、地元の農家さんのところへ
ファームトリップするアグリツーリズムプログラムを一緒につくることができれば、
ホテルとしての機能だけでなく、ヌプカ以外のホテルに泊まったゲストにも、
十勝の魅力を体験できるアクティビティのハブになれる……。

例えば、地元で活動する若手の作家やアーティストにホテルを
ギャラリーや媒体として活用してもらうことができれば、
もっとたくさんの人が作品に触れる機会をつくることができる……。

何度もディスカッションを重ね、そうしたアイデアを積み重ねていくことで、
宿泊を提供するだけではない、
地方都市のなかで暮らす人やそこにある観光・産業の資源や魅力を生かしながら、
もっとまちづくりの拠点になれるホテルのあり方を提案できると考えていきました。

そこで、僕らがたどりついたコンセプトが「Urban Lodge」でした。
十勝・帯広の市街地の真ん中にあるホテルが「まち・ひと・もの・こと・場所」をつなぎ、
コミュニティが生まれ発信される拠点になれる場づくり=Urban Lodgeを目指しました。
そのコンセプトをどうカタチにできるか、具体的な設計・デザイン段階に入っていきました。

〈納涼 竹あかり〉チームラボ、 水面に蓮の花と鯉を描く デジタルアートを展示

佐賀県武雄市にある、
国登録記念物の名勝地である〈御船山楽園〉にて、
2016年7月15日(金)より夏のイベント〈納涼 竹あかり〉が開催されます。

このイベントでは、
ウルトラテクノロジスト集団〈チームラボ〉が、
園内の池にて、光のデジタルアート作品
『小舟と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイングと蓮の花』を展示!

池の水面プロジェクションによる、
インタラクティブなデジタルアートが繰り広げられます。

チームラボ『小舟と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイングと蓮の花 - Mifuneyama Rakuen Pond
Drawing on the water surface with Lotus Flowers, Created by the Dance of Koi and small boats - Mifuneyama Rakuen Pond』 teamLab, 2016, Interactive Digitized Nature, 13min 24sec, Sound: Hideaki Takahashi

御船山楽園は、かつての武雄領主が1845年に開園した大庭園。
チームラボの作品では、この池の水面に、
プロジェクションによって蓮の花が咲きわたり、鯉が泳ぎます。
センサーによって、池に浮かんで進む小舟と水面に映し出された鯉が
インタラクティブに変化していくのだそう。
プロジェクションされる範囲は池全体にわたり、
2,000平米にも及ぶそう。

また庭園ではチームラボの作品のほかにも、
園内を照らすライトアップを実施。

熊本地震直後、みんなが集まった まちのコインランドリー。 ASTER vol.6

ASTER vol.6

みなさんお久しぶりです。ASTERの中川です。
少し間が空いてしまいましたが、
僕の連載もいよいよvol.6となりました。
みなさんご存知の通り、熊本は震災が起きました。
このたびの熊本地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
現在、震災から約2か月半が経ちました。
リノベのススメのなかでどうかとも考えましたが、
今、熊本に住む僕がこの震災で経験したコト、感じたコト、想ったコト、
そしてこれからのコトをお伝えしたいと思います。

突然のできごと

2016年4月14日。
その日、仕事を終えた僕は外出していた娘たちと妻を待つため、
6歳になる息子と母親と実家にいました。
隣のキッチンでは父親がテレビを観ていました。
時間は夜9時半ごろ。
何の前触れもなく、突然「ドン!」という激しい音とともに、
壁にかけてあった祖母の習字や賞状の額がバタバタと床に落ち始めました。
「キャッ! 地震!!」
母親が叫びながらとっさに息子に覆い被さりました。
聞いたこともない地鳴りのような音と、建物がきしむものすごい揺れ。
「ワッ! ワッ! ヤバい!」
僕も母親と息子の上に覆い被さり頭を押えました。

気がつくと家の中は一瞬でメチャクチャに。
1度目の前震と言われる震度7の地震でした。

我に返り、すぐ妻と娘たちに電話するにもつながらず。
割れた食器や倒れた家具で部屋は一瞬で足の踏み場もない状態に。

僕が現状を確かめようと外に出ようとすると、
息子が「パパ行かんで! ここにおって!」と、
怯えた表情で僕の手をつかんできました。
僕は息子を抱きしばらくその場に座り込んでいました。
外出中で無事だった妻と娘と合流し、
その日は近くの駐車場に車を停め夜が明けるのを待ちました。
SNSで友人や会社のスタッフみんなの安否を確認し、
翌日のテレビやインターネットでコトの重大さを知りました。

ASTERの事務所や運営するお店〈9GS〉も無惨な光景に。

最初の地震後、粉々に落ちていたASTERの事務所のファサードのガラス。

9GSの店内。

僕は何をどうしていいかもわからず、取り急ぎお客さんの家やお店の確認に動き回りました。
工事中だった現場の状況を確認するため、震源地の益城町へも行きました。
メディアでも報道されていましたが、実際に見る益城町は想像を絶する光景でした。
建物は倒壊し、道路は地割れ、電信柱も折れて信号も止まっている。
空は無数のヘリが爆音を響かせ飛び回っている。

ただただ初めて目にする光景に困惑しました。

訪れたときの益城町。

そんななか、奇しくも4月15日は妻の誕生日でした。
ケーキもプレゼントも、食器すらないなか、
紙皿に残った食材を盛り、家族でささやかに祝いました。

2度目の本震

4月16日。前震から緊張と疲れでほとんど寝ていない状態でしたが、
滅茶苦茶になった自宅マンションへ戻り、片付けもほどほどに、
その日はグッタリとベッドに横になっていました。
とんでもない経験をしたと過去のコトとして振り返りながら。

そして深夜1時半頃。
突然、まさかの携帯の地震速報。
同時に、「ドンッ!」と身体を突き上げる突然の衝撃。
そしてものすごい横揺れ、停電。
「おい、おい! 大丈夫か!」
徐々に激しさを増す揺れのなか、真っ暗な廊下の左右の壁に叩きつけられながら、
「大丈夫! 大丈夫だけんね!」と叫びながら
子どもたちに覆い被さるのが精一杯。
実際はどれくらいの時間かわからないけどとても長く感じた恐怖。
一昨日の地震よりもはるかに大きな地震に、
初めて死が頭を過ぎりました。

すぐに同じマンションに住む友だち家族が
「逃げるよ!」と叫びながら玄関ドアを叩き呼びにきました。
警報が鳴り響くなか、非常階段を降り駐車場に避難した僕らは、
ただ空を見上げ呆然とその場に立ち尽くすだけ。
本震と呼ばれる2度目の地震でした。

クラフト都市金沢が総力を挙げた! 〈金沢21世紀工芸祭〉始動

藩政期以来のものづくりが息づき、
ユネスコのクラフト創造都市に認定された石川県金沢市。

金沢の工芸を世界に向けて発信するべく、
このたび、工芸の魅力を発見・発信する大型フェスティバル
〈金沢21世紀工芸祭〉が開催されることになりました。
期間は、2016年10月13日(木)から2017年2月25日(土)までの5ヶ月間。

〈金沢21世紀工芸祭〉は、これまで市内で
個別開催されていた工芸イベントを集結させるもの。
これにより、金沢を工芸世界におけるポート(港)、
すなわち発着地にすることを目指しています。

総合監修は、〈東京藝術大学大学美術館〉の館長・教授で
〈金沢21世紀美術館〉館長の秋元雄史氏と、
〈NPO法人趣都金澤〉理事長で〈浦建築研究所〉代表の浦淳氏。
期間中は、ワークショップや茶会、
展示イベントなどが金沢市内各所で実施されます。

催しのひとつ〈工芸回廊〉は、
町家が残る東山など市内3エリアの各所を回遊しながら
工芸作品を展示するイベント。
作家やギャラリストとの交流もできるのが特徴。

昨年の工芸回廊の様子

〈英国大使館別荘記念公園〉 オープン! いざ、 日光の近代建築をめぐる旅へ。

栃木県日光市といえば、東照宮。
でもじつは、日光は奥日光も素晴らしいんです。

明治のなかごろから昭和初期にかけて、
奥日光の中禅寺湖畔には、各国の大使館をはじめ、
多くの外国人別荘が建てられ、国際避暑地としてにぎわっていました。

2016年7月、そんな国際避暑地の原点となった〈旧英国大使館別荘〉が、
120年の時を経て〈英国大使館別荘記念公園〉として開園します。

旧英国大使館別荘は、明治29年に
英国の外交官で明治維新に大きな影響を与えた
アーネスト・サトウの個人別荘として建てられ、
英国大使館別荘として長年使われてきた建物に復元・整備したもの。

見どころは、2階から望める中禅寺湖畔の絶景。
国際避暑地としての歴史やアーネスト・サトウに関する資料、
英国大使館から寄贈された家具なども展示しています。
また、2階〈Tea Room 南4番Classic〉では、英国紅茶とスコーンも楽しめます。
(※当日、英国大使館別荘2階にて受付)

日光には、素晴らしい近代建築がたくさん存在します。
英国大使館別荘記念公園のすぐ近くにあるのは、イタリア大使館別荘記念公園。

イタリア大使館別荘記念公園

イタリア大使館別荘記念公園

こちらは、昭和3年にイタリア大使館の別荘として建てられ
平成9年まで歴代の大使が使用していた建物。
設計者は、チェコ出身のアントニン・レーモンド。
大正時代に、フランク・ロイド・ライトから
帝国ホテルの仕事を依頼され来日したというレーモンド。
美しくモダンな建物は必見です。