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株式会社建大工房 vol.1
僕が福井でカフェをつくった理由。
借金がすべてのはじまり?

リノベのススメ
vol.126

posted:2016.10.22  from:福井県福井市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

Kendai Demizu

出水建大

株式会社建大工房代表取締役。福井市出身。2009年に仲間とともに〈FLAT〉プロジェクトを立ち上げ福井市内の廃ビルを再生。現在は160坪の廃工場をリノベーション中。廃材STORE&DIYスペースとして〈CRAFTWORK&Co.〉をオープン予定。

株式会社建大工房 vol.1

みなさまはじめまして。ごく普通にただものづくりが好きで福井で設計施工の工務店を営む、
出水建大が筆を執らせていただきます。
日本が絶好調に浮かれ出す目前の1973年生まれです。
今回は、伝統工芸から食までとことんこだわる、
ものづくりのまち“福井”から執筆させていただきます。ホームページもなければ営業もしない、
そして大した学もないこんな僕ですが仕事を独立して来年で早10年が経とうとしています。

「リノベのススメ」の記事ということですが、
ここでは“リノベーション”という言葉についてもっと広義に、
かつ超個人的な意味で「建築=場をつくる」「“手”でつくる」と捉えて
僕なりの解釈で書き綴りたいと思います。

カフェの廃業、そしてホームレス工務店に

少しだけ自分のことを。
前述の通り1973年生まれの僕は思春期に幸か不幸かブルーハーツや尾崎豊、
湘南爆走族やビーバップハイスクールなんてものが流行ってしまい、
中学もろくに卒業しないまま大工や塗装工などの現場仕事に就きました。
それらを転々としながらバイクに乗ったり、
スノーボードやサーフィンを楽しむために海外に行ったりしながら
典型的な自由人(←精一杯の表現)の生活を送っていました。

当時、親も地元福井で小さいながらも設計施工の工務店を経営していました。
今でこそ設計も行う工務店は増えましたが父が開業した40数年前は、
設計もする工務店は福井ではめずらしい形態で、
つくる建物もほかと比べると個性的であったのも手伝って
仕事はそこそこ順調そうでした。

僕は25歳になりそろそろ落ち着こうと考え、
親の会社でとりあえず建築士の免許を取ってみようと本格的に設計の勉強を始めました。
もともと小さい頃から家に転がっている端材で工作をするのが得意だったのと、
中学校卒業後に転々としながらも職人として入る現場が大好きだったのですんなり免許取得。

しかし例に漏れず父と不仲な関係もあり、父の会社は住宅メインでしたが
僕はより個性の出せる店舗建築が好きでそういう仕事を積極的にしていました。
そのうちに自分でも店舗を持ちたくなり30歳になると同時に、
建築業のかたわらで小さな雑貨屋兼カフェ〈GARDEN〉(ガルデン)を始めました。
建築との二足の草鞋で昼間はバイトの子に任せ、夜は僕が店に立つというかたちで。

閉店時間は一応21時でしたが、隣が居酒屋ということもあり、
店を開けている限り夜中の0時を過ぎてもお客さんが入ってきて、入れ替わり立ち替わり、
数百円の雑貨を購入するかコーヒーだけで夜中の2時~3時までみんなが話し込む毎日。
そんな経営で商売が成り立つわけもないのですが、
僕自身は楽し過ぎて約2年間も営業していたのです。
しかし、そんな自転車操業を続けた結果、2005年に大きな借金だけが残り泣く泣く閉店。

また建築の仕事をこなしてお金貯めてカフェ再開するぞ~と意気込んだ矢先に、
親の工務店が倒産。

それから、自分の店の売れ残りの家具や雑貨が山ほど家にあったので
持っていかれてたまるかと、親戚の倉庫に毎晩配達(俗に言う夜逃げ)。
東京と九州出身の両親はなんとか遠方の親戚の家に住まわせてもらえたのですが、
僕はそんな状況でも建築の仕事の依頼が多少あったのと、
何となくこの境遇がおもしろかったので半年くらいネットカフェと倉庫と現場を
往復しながら「ホームレス工務店」を楽しんでいました。
ちょっとでもお金になることなら建築以外でもできることは昼夜問わず全部しました。

当時は結婚もしていませんでしたし、何よりも、
周囲の人たちに助けられたことが楽しめた理由です。
現場にまで来た借金取りを追い返してくれる施主だったり、
昼間現場仕事をしながら毎日朝まで家具の移動を手伝ってくれる
仲間の職人たちがいなかったら考えられない現実でした。

当然のように社会から切り離されたかのように見えるなかで、
強制的にふるいにかけられて残ってくれた周りの人たち。
それが後につながる最強のコミュニティだったと今になって思います。
そして不幸にも見えたこのカフェの廃業からでした。大きく変わり出したのは。

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ホームレス工務店に来た仕事とは……?

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帰る家がなくなったからこそ思う、人が集まる場所の大切さ

まずはガルデン閉店後から半年くらい後に、隣の居酒屋〈AN六庵〉の社長から
「スタッフが独立するから、新しいお店をつくってくれないか」という依頼が僕にきました。
さらに、ガルデンで延々と無駄話をして何百円しか使わなかったほかのお客さんたちが
「店を出したい」とか「家を改装したい」とか、次々と連絡をくれたのです。

まず、AN 六庵のスタッフのお店〈福の依〉。
〈恐竜博物館〉で有名な福井県勝山市は、福井市から車で30〜40分離れた山間部のまち。
その寂れたシャッター街の真ん中に出すということで
誰もが心配しながらのオープンでしたが、蓋を開けてみたらオーナーの人柄で大盛況。
ここのオーナーが工事中、現場に来た借金取りを帰してくれました。

土壁の町屋建築だった建物を引き算リノベーション。内装は上から貼られたベニヤを1枚めくったら味のある木造の躯体が出てきました。

絶対的な人口の少なさもあって田舎の店舗の改装はコストをかけられない。外観は表層に木のフレームを付けただけ。「来週からホームレスなんだよね~」って言いながら大工さんと夜な夜な看板をつくっていました。

次は、2005年にオープンした〈ozone flower design〉。
オーナーはもちろん、デザインも職人も
すべてスノーボードやサーフィンをしていた仲間だけでつくりました。現在は石川県に移転。

ここからオーナーと一緒にDIYして現場でワイワイつくっていくスタイルが生まれた。

3つ目は、僕がつくる店舗のほぼすべてのグラフィックデザインを依頼している
デザイン企画チーム〈HUDGE〉の事務所と、
HUDGEの社長であり20年以上の付き合いの内田裕規さんの自邸。
スギの産地のまちだったので、 スギの板3000枚を家族みんなで塗装しました。

もちろんこれだけではなく、内部の塗装も塗り壁も全部家族でDIY。

施主も僕も藤森照信建築が大好き。ここでも外壁の土壁の調合をいろいろ実験してみてコテを使わず手で塗った。
 

この事務所からパレットの廃材をよく使うようになった。単純につくることが好きっていう仲間とものづくりをしてると、相乗効果で現場でどんどん新しいアイデアが出てくる。

自分の好きなようにつくったカフェで
経営のこともまったく考えないで過ごしていた時間に出会った人たちが
あの空気を味わいたくてまた僕に場所づくりを依頼してくれる。
ホームレス工務店の間やその後も、
びっくりするくらいガルデンでつながっていった人たちのお陰で仕事が成り立っていき、
そして助けてくれる仲間と一緒にひたすらさまざまな「場所」をつくっていきました。

帰る家が突然なくなって外に放り投げられたからこそ余計に
みんなが集える「場所」に執着するようになったし、
これから自分が根をおろす場所を選べるという何とも言えない遊牧感、
そして、そんな状況の中ででき上がっていった場所が〈FLAT〉でした。

お金や仕事、人間関係の価値観をもう一度見直せた、僕の原点となる場所。
「山崎亮ローカルデザイン・スタディ」にも登場しています。
https://colocal.jp/topics/think-japan/local-design/20120404_6006.html

FLATのメンバー。漫画の『ONE PIECE ワンピース』のように次々に能力のある仲間が集まった。

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古ビルをリノベーションしたFLATとは?

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FLATは2010年に完成したリノベーションビルで
1階がカフェバー〈Flat Kitchen〉で2階がイベントスペース。
3階は当初、ビルオーナーであるFLATのリーダー藤田茂治さんが住居にする予定でしたが、
結婚が決まったため現在はシェアオフィスに変更。

イベントなどの運営や企画は、FLATメンバーで行っています。少しずつ増えて今は18人。
デザイナーや料理人、建築家、カメラマン、印刷屋さんなど多種多様。
年に数回、皆で国内外旅行に行ったりイベントをしたりして、
各地で活躍している人たちの話を聞きながら交流しています。

FLATビル完成間近に開催された、〈IDEE〉の創始者で、現在は〈Farmers Market〉〈Commune 246〉のコンセプト立案・運営のほか、さまざまなプロジェクトを手がける黒崎輝男氏のスクーリング。2008年に福井であった黒崎氏の講演からすべては始まった。FLATのスタートも氏が背中を押してくれたから。

ハードルを下げて建築をもっと身近なものに

FLATビルは電気、設備などの基本的な工事以外、
装飾的な工事はほぼワークショップ形式で一般の方々と1年くらいかけてつくっていきました。
できるだけ建築で出てくる残材や端材などを使い
器やカトラリーなども地元の工芸品や作家さんにオリジナルを依頼したり。

つくっている現場で話すからこそ具体的なアイデアも出てくる。こんな雑談の中から1階のカフェの店長も決まったし、現在もFlat Kitchenオーナーとして頑張ってくれています。

市場で毎日大量に廃棄されてるパレットを床材に。釘が錆びたりしているので解体は大変ですが、見る目を養えば結構立派な樹種もたまにある。板の幅がバラバラなので貼り方に工夫がいる。

何かに目がけてみんなでモノをつくるってのは多くの人はワクワクするものだと思います。
例えば文化祭の前に放課後みんなで集まってする飾りつけとか。
ただ楽しいだけじゃなく、苦しい時間をともに乗り越えるからこそより一層盛り上がるもの。
建築で空間をつくるのも一緒で、その先の楽しい出来事を想像しながらみんなでつくる。
FLATも仲間たちと考えながら、少しずつ完成していきました。

解体して出てきたRCの壁面に藁すさや中塗土を調合したものを実験的に塗ってみた。6年経った今でもほとんど剥がれてない。いろいろな実験的なことができるのも自分の現場の利点。

FLATの立ち上げは3人でしたが、
後はビルをつくりながら出会っていったメンバーが今でも中核になっています。
一般的に特に田舎でのカフェの経営は厳しいものですが、
そこで生まれるコミュニティが想像を遥かに超える、
お金にも代えがたい利益を生むことを信じてもっと遠くを見ればいいと思います。
ガルデンのときも、結果的に投資した何十倍もの利益をもたらしてくれました。
仲間たちとくだらないながらもたくさん議論しながら、
自分の好きなことや相手のことを再確認する。
“自分には何ができるか”“将来どうなりたいか”などを雑談しながら、
道を選んでいるかのように見えたし、
実際あれから10年経って、みんなそのほとんどが実現させています。

最初のカフェ、ガルデンで知り合った吹きガラス職人の卵にやっと発注できたFLATの象徴とも言えるオリジナルのデザインのクラゲライト。天井の仕上げの材料は建築で床の養生用の使い古された薄いベニヤ板をバラバラに切ってペンキをちょっとずつ色を変えて塗ったもの。

キッチンのカウンターもビルの解体で出てきた柱をつないでつくったもの。イタリアのバールに行った時に感じた、世代や人種を超えて初対面同士がオープンな場所でワインとコーヒーを飲みかわしながら語らう文化を福井にもどうしても取り入れたかった。「FLAT」の名前もここの敷居を一歩超えたらどんな上下関係も「フラット」になるようにと名づけたので、今はまんまとその通りになってくれています。

FLATの立ち上げ時のコンセプトは「渦巻きをつくれる人をつくる」。
まさに今そんな場所になってきています。皆の夢や目標がちょっとずつ叶えられてきて、
それぞれ家庭を持って子どもたちもどんどん増えてきて。
とは言え、一度生まれたコミュニティや場所を支え続けるのももちろん大仕事ですし、
個々で巻き始めた渦が大きくなっているからこその課題はまだまだあります。
その辺りもこの連載で赤裸々に綴っていけたらと思います。

今後も徐々に紹介していきますが、今はちょっとでも気のいい仲間が集まって
おもしろそうな場所をつくろうとしているプロジェクトには
積極的に関わっていろいろなかたちで投資もするようにしています。

FLATの屋上緑化もみんなで土をあげて、知り合いの山からとってきた木を植樹。環境が変わって枯れるかなと思っていたら……

3年後に、FLATの屋上はジャングルになりました。

場所をつくっていって思うのは、やはりその場所や空気によって集う人も違うってこと。
同じ人でも場所によってキャラクターが変わるなんてことも。
どんなにヘンテコで個性的な空間でも「こんな場所がほしかった!」
と言う人が必ずいると思います。
そして本当の自分を解放できるような場所がもし近くになければ
どんな小さくても自分でつくればいい。
まずは自分の個性をたくさん詰め込んだ場所をつくるということ。
そこをまちに開けば勝手に自分の好きな人が集まるし、
願わくばまちでそういう匂いを感じたならその扉を開けてほしい。
それがまちづくりにつながるし、自分をリノベーションする第一歩になるかもしれないから。

FLATの外にイスを持ち出し夕涼み。窓は、FIX(はめ殺し)のアルミサッシュを観音開きのスチールサッシュに。もともと入っていた古いガラスもカットしてサッシュも鉄のアングルを現場で溶接して製作。立てかかっている竹は、夏の恒例の流しそうめん用。

次回はFLATから派生して2016年の夏にできた、
リノベーションビル〈CRAFT BRIDGE〉について。
僕らが2014年に黒崎輝男氏に連れられて
アメリカ横断の旅に出た時にヒッピーの文化や最新のデザインに触れ、
いろんな構想が生まれた話など。

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