トミトアーキテクチャ vol.4
CASACOの日常のはじまり。
設計者として運営に関わること

トミトアーキテクチャ vol.4

2016年4月9日、今から1年ほど前に、横浜市の丘の上の住宅街に木造二軒長屋を改修した
〈CASACO〉(カサコ)は無事オープンの日を迎えました。
改修のお手伝いをしてくれた多くの方々や、
CASACOに期待を寄せてくださるまちの方々に見守られるなか、
これから始まる「日常」のことを思っていました。

オープン時のメンバー。 後方左から冨永美保、伊藤孝仁、濱島幸生、玉腰純、前方左から春日井省吾、柴田真帆、加藤功甫。(photo:大高隆)

オープニングイベントの際の様子。(photo:大高隆)

石をたたいたり、埃まみれになったり、壁を壊したり、ペンキを塗ったり。
「汚れてもいい格好」で過ごした6か月間の「非日常」な日々から、
突如として穏やかな日常へと切り替わる。正直なところ、あまり想像がつきませんでした。

オープンの日は、設計者にとってみれば、ある責任から解放される日です。
ただ私たちは、継続して運営にも関わっていくことに決めていました。

旅・教育・まちづくり・建築といったバックグランドをもつ7名のメンバーが
CASACOの運営を担っています。
週1回のミーティングと、ウェブ上での情報共有を基本に、
CASACOでの出来事や活動を整理し、時間や空間やお金のマネジメントをしています。
CASACOがどういう場所であるべきかを、
短期的・長期的な視点にたって試行錯誤しながら検討しています。

自分たちが設計した建物が、どのように使われ、どこに問題があり、
どういった工夫を経て誰かの居場所となる日常を獲得していくか。
空間に血が通っていくプロセスを最前列で体験することは、
私たちにとってこれ以上ない学びの機会でもあると思いました。

CASACOの大家さんにお願いをして、同じ敷地内の建物の一室を事務所としてお借りしました。
設計中ずっとお世話になった横浜の古民家(vol.1登場)を後にし、
窓からCASACOが見える場所へ。トミトアーキテクチャの活動を始めて、
2年が経った頃でした。

(photo:大高隆)

住宅と公共的なスペースを両立させる運営は可能?

CASACOの現在の使われ方は、1階と2階で異なるのが特徴です。
2階はシェアハウスの居住スペースで、4つの部屋があります。
そのうち1〜2室は海外から語学留学に来ている学生のための
ホームステイ用の部屋になっており、スペースの管理を担う住民が、
ごはんや日本語の勉強の世話をしています。大きな広間やキッチンがある1階は、
住民の共有空間でありつつ、時間によって住民以外のまちの方々にも使われるような、
広い意味での共有空間です。

地域住民の「日直さん」によって運営されるカフェやバーであり、
ママさんたちのクラブ活動の場であり、子どもが放課後に立ち寄れる児童館のようであり、
散歩中にふと立ち寄る休憩スペースであり、
旅人が観光地では味わえないローカルな体験ができる場所であり、
いろんな人が出会い、思い思いの時間を過ごす場所です。

月毎に発行しているカレンダー。日直さんの個性があらわれるプログラムが日替わりで実施されています。

住宅でありながら不特定多数の人にスペースを開くというのは、
実は相当にチャレンジングなことだなと日々痛感しています。
曜日や時間、登場する人物によって場所のキャラクターが変わりながら、
人が居心地よく時間を過ごすために、きめ細かい調整を行う運営が必要になります。

毎日のようにイベントが実施され、たくさんの人がCASACOに出入りをしていたら、
2階の住民の心が休まりにくいですし、
1階がいかにも家のようになってしまうと入りにくい雰囲気になってしまいます。
また、CASACOが持続的に運営していくために必要なお金を稼ぐ必要もあります。

住民とまちの人、よそから遊びにくる方の関係をよりよくするための、
空間と時間とお金のマネジメントの方法を、試行錯誤しながらつくっていっています。

神戸の煉瓦倉庫カフェ で植物を愛でる 〈VERT de MER〉オープン

1890年代後半に建造され、神戸港の貨物の倉庫として
使用されていた〈煉瓦倉庫〉。
現在は〈神戸煉瓦倉庫再生プロジェクト〉のもと、
海辺の気持ち良い立地を活かしたレストランやショップなどが営業し、
観光名所になっています。

そしてこのたび、2017年4月15日(土)に、
新しいライフスタイル・ショップ
〈VERT de MER(ヴェール・デ・マーレ)〉がオープンします。
場所はライフスタイルショップ〈FELICE.KOBE〉に併設された
カフェ〈RED BRICK 1898〉店内。
カフェタイムを楽しみながら、
本格的なグリーンアイテムを購入できるショップです。

RED BRICK 1898 店内

ショップがあるのは、カフェの海側からの入り口付近。
定番のモンステラやアルテシーマ、ドラセナのほか、
エアープランツや多肉植物を使ったテラリウムなど、
すぐに持ち帰れるアイテムも。

今人気のテラリウム

“テラリウム”とは、空き瓶などのガラスボトルに土を入れ、
苔や植物、オーナメントなどを自由にレイアウトしてつくる園芸。
エアプランツや多肉植物を使った寄せ植えなど、
おしゃれなインドアグリーンとしてちかごろ人気を集めています。

〈第2回 にほんくらし籠展〉 COSMIC WONDERと 日本の名工による美しい籠たち

2017年4月15日(土)から30日(日)まで、
東京・南青山の〈Center for COSMIC WONDER〉にて
〈第2回 にほんくらし籠展〉が開かれます。

会場に並ぶのは、日本各地のさまざまな用途の籠。

あけび蔓の籠(秋田県)

山葡萄の手提げ籠、沢胡桃の手提げ籠(秋田県)

すず竹の市場籠(岩手県)

篠竹や山桜樹皮等のげし笊(宮城県)

欅の手提げ籠、山胡桃の手提げ籠(新潟県)

真竹のふご(千葉県)

女竹の花籠(千葉県)

根曲竹の林檎籠(長野県)

淡竹の買い物籠(長崎県)

真竹の米揚げ笊(熊本県)

真竹の角籠(熊本県)

葛藤の手提げ籠(鹿児島県)

蓬莱竹のバーキ(沖縄県)

わらびの手付き籠(沖縄県)

月桃の籠(沖縄県)

いずれも、コズミックワンダーが各地の職人を訪ね、
新たに編まれた籠たちです。
初日の4月15日・16日には、2015年度日本民藝館賞を受賞された
あけび蔓籠職人の中川原信一さんによる制作実演もあるそう。

主宰は、現代美術作家の前田征紀さん率いる
〈COSMIC WONDER〉(コズミックワンダー)。
近年は手仕事による工藝を組み合わせた美術作品、服、印刷物などを制作し、
コレクションとして発表するほか、美術館などにも活動の幅を広げています。

昨年の冬には京都・美山の重要伝統的建造物群保存地区にスタジオを移し、
ますます枠にとらわれない活動を行っているよう。
どの仕事にも、ていねいな手業や自然に宿る息吹が吹き込まれているようです。

最新のコレクションは、日本の古の衣や古代諸国の民族衣装の構造を用い、
最小限の表層からさまざまな印象を伝える〈竜宮衣〉。
苧麻布のドレスや手紡ぎ綿の羽織、有機栽培綿の仕事着コート……。

いずれも手紡ぎの自然栽培綿や有機栽培綿・麻、
刺し子織の大麻布などの天然素材によって構成され、
自然と寄り添うかたちに辿りついた「わたしに帰する衣」。
そんなコズミックワンダーが永いときを超え伝えられてきた
籠に惹かれたのは、自然なことだったのでしょう。

埼玉県飯能市、 ふるさと納税の返礼品に “ムーミン”グッズ

ムーミングッズの返礼品が大好評。寄附額は前年度の42倍に

寄付した額のほぼ全額が税額控除される“ふるさと納税制度”。
各自治体が趣向を凝らす返礼品ですが、
埼玉県飯能市では、昨年から返礼品として“ムーミン”のグッズを
ラインナップし、人気を呼んでいます。
なんと前年度の寄附額(397万1,000円)の42倍(約1億6,700万円)
の寄付があったのだとか。

そしてこのたび、返礼品に〈MOOMIN ファブリックフレーム〉
〈MOOMIN プランターケース&鉢植えセット〉が新しく登場。
いずれも飯能市内の事業者が製作を手がけた商品です。

〈MOOMIN ファブリックフレーム〉

〈MOOMIN ファブリックフレーム〉は、市内の〈サインアーテック〉が手がける商品。
インテリアとして最近人気の高いファブリックフレームを、
ムーミンアートで生産したオリジナルアイテムです。

専用にデザインした柄を1点ずつプリントして使用しているので、
フレームサイズピッタリなのが特徴。アート作品としてお部屋を彩ってくれそう。
Lサイズ、Mサイズ、Sサイズ、3つのサイズ展開とそれぞれの柄があります。

コミック/Lサイズ

コミック表紙 4巻/Lサイズ

パターン/Lサイズ

森のパーティ/Mサイズ

ムーミン谷の地図/Mサイズ

ムーミン/Sサイズ

スナフキン/Sサイズ

ムーミン モノトーン/Sサイズ

大人気のマスキングテープ〈mt〉 で岡山城をラッピング!? 〈mt art project〉

マスキングテープ〈mt〉で岡山がカラフルに大変身!

ただいま岡山で開催中のアートプロジェクト〈mt art project〉は、
大人気のマスキングテープ〈mt〉とのコラボレーションにより、
岡山のまちをカラフルに大変身させるプロジェクト。

そのひとつが、黒漆塗りの壁が美しい日本百名城のひとつである〈岡山城〉。
この岡山城が、1万8千本分のマスキングテープで
ラッピングされているんです。

再建50周年を迎えた、岡山城天守閣が
カラフルなテープでデコレーションされているのは驚き! 
岡山城の3層の外壁と天守閣内の塩蔵が、
mtデザインにデコレーションされています。

外から見るだけではありません。
岡山城天守閣の来館者のために、mt体験コーナー、販売コーナーもご用意。
このイベントのために作られた、岡山城オリジナルマスキングテープを販売します。
(購入が可能なのは来館者のみ)

通販などは行われないので、是非この機会に、
岡山城を訪れてみてはいかがでしょうか? 
外観の装飾は5月7日(日)まで、
天守閣(塩蔵)装飾、mt体験・mtショップは6月30日(金)まで。

岡山のまちに広がる〈mt art project〉。日本三名園〈岡山後楽園〉では、
岡山後楽園と岡山城の間を流れる旭川に、mtでかわいく彩ったスワンボートが登場。
乗ってみるもよし、写真を撮るのもよし!

古民家宿LOOF vol.5
山梨の集落で2棟目の空き家を、
小さな子どもも安心の宿へ

古民家宿LOOF vol.5

山梨県笛吹市芦川町で運営している、
古民家一棟貸し宿LOOF〈澤之家〉・〈坂之家〉ができるまでを綴ってきました。
前回までに紹介した1棟目の澤之家が完成後、
すぐにお借りできた2軒目の空き家は、
1棟目の澤之家から徒歩1分のところにありました。

改修を急ぐ理由

改修が本格的に始まったのは2016年1月からでしたが、
どうしても冬の間に改修をしたくて、
大家さんにも年末の忙しい中ドタバタで契約をさせていただいたのは、
お願いする大工さんのことがあってでした。

今回2棟目の改修をお願いしたのは
芦川町に10年以上住んでいる大工さんの根本則夫さん。
冬の間だけ狩猟をするため、芦川町に住んでいる方です。
毎年11月〜3月の狩猟期間だけ芦川町に来ては、
毎年どこかのお家の改修をお願いされて大工をしながら狩猟をしています。
私が芦川町に帰ってきてからすぐに知り合い、とても良くしていただいていた方で、
どうしても芦川町で改修をしていくなかで1棟はその方にお願いしたいと思っていました。

思いがけず早くに2棟目を始められることになり、
それならばぜひ根本さんにお願いしたいと
根本さんの滞在している冬の期間に合わせて改修を行うことにしました。

2棟目に借りられることになった古民家。

大家さんとまずは大そうじ

今回は夏前のオープンを目指したいと思い、宿づくりアカデミーは行わず、
基本的にはボランティアを入れずに行いました。
物件が決まってから始まるまではとても早く、お借りすることになってからすぐに
大家さんや親戚の方が大掃除に来てくださいました。

改修前の台所。

大家さんたちと大そうじ。

古民家を改修するのになによりも大変なのはゴミ捨て。
澤之家同様、今回もものすごい量のゴミが出てきました。

2棟目の物件はとても立派な大黒柱や天井板を使用しており、
大家さんからもできるだけそのまま使用してほしいとお願いされていました。
そこで今回はもともとあった立派な木材が生きるような内装にすることにしました。

大工の根本さんと打ち合わせ。右奥にあるのが、改修前の立派な大黒柱。

2棟目ということもあり、旅館にするための手続きなどは自分で行い、
施工も基本的には大工さんと私で行い、建築士さんは入れずに進めていきました。
ただ、なかなか大工さんに私の求めている内装を伝えるのは難しい。
写真などのイメージだけでは伝わりきれず、
やってみてはやり直しという作業が続いてしまいました。

京都人もびっくり! 動く花で作られた鏡 〈FLOWER MIRROR 大丸京都店〉

数千もの花を使った驚きのインスタレーション

ただいま、京都・四条の〈大丸 京都店〉にて
数千もの花が生きたように動く! と京都人を驚かせている
話題のインスタレーション〈FLOWER MIRROR〉が開催中です。

一見、普通のきれいなお花ですが……

これは大丸創業300周年を記念して設置された作品。
開催の場所は、四条正面入口横のウィンドウ。
幅5メートル、高さ3メートルのウィンドウの中に、
数千本の花を敷き詰めた巨大花壇が登場!

動きます!

一見、普通のきれいなお花ですが、
なんとこの花壇、花がまるで生き物のように動くんです! 
有機的な動きを是非動画でご覧ください。

赤・白・青・色とりどりの800輪の花が、有機的な動きで開いたり閉じたり……。
作品の前に立つと、人の形をかたどった姿が表れたり、
文字が表れたり、いつまでも見入ってしまいます。

株式会社建大工房 vol.5
福井に、廃材ホームセンター
〈CRAFTWORK CENTER〉
ができるまで

株式会社建大工房 vol.5

ホームセンターが大好きです。
僕にとってはちょっとしたアミューズメントパークだと思っています。
もしホームセンター内に宿泊施設が併設されている所があったら間違いなく通います。
そして、「ホームセンター」という言葉は、
軽い力で開けられるものづくりの扉だと思っています。

今回はそんな僕が長年かけてコツコツつくってきた
廃材オンリーの自分のホームセンターの話です。
とは言え、実は今でもまだつくっている途中ですが、
必要な部分だけ完成したら、〈CRAFTWORK CENTER〉として4月中旬にオープンさせて、
それからもつくりながらしばらくは週末だけ営業していきます!

なぜホームセンター?

結婚してから中古の家を探しているときもホームセンターが近くにあるかが決め手だったので
家から車で3分の距離内にホームセンターが2軒もあります。ほぼ毎日行きます。
なんなら1日に数回行きます。(単に買い忘れが多いだけですが)
休みの日は家族でもよく行きます。何時間でもいられます。
僕がもしスタッフだったら相当売り上げる自信もあります。

そんな大好きな場所ですが、福井のホームセンターには、
機能的に必要なものは大体ありますが、
デザイン的にはまだまだ需要を満たしていません。最近は、店舗はもちろん、
住宅建築でも金物や照明、衛生器具、棚板にいたるまでが輸入品や一点ものなど、
こだわってつくる人が増えてきたので、雑貨屋さんで買うか
結局はネットで買うことになります。

そういうものを選ぶときに専門的な知識が必要なときもあります。
DIYでもどんどんマニアックな道具や商品の使い方も増えてきて、
ホームセンターでも実際に現場の知識があるスタッフも
まだまだ少ないのでアドバイスにも限界はあります。

職人なら当然知っているようなことでも、
DIYとなると基本、独学なのでいろいろな失敗もします。
あと、もちろん古材や中古の商品なども普通のホームセンターには売っていません。

「もっと個性的な商品を揃えているホームセンターがあっていいんじゃないか?」

「もっと建築や現場に寄せたものづくりの場所があっても」

ということで、僕の思いはどんどん膨らんでいき、
いつしか「欲しいものが揃っている自分のホームセンターを持ちたい!」
に変わっていきました。2013年頃のことです。

そんな矢先、テレビでオレゴン州ポートランドの建築建材のリサイクルショップ
〈リビルディングセンター〉の存在を知りました。

廃材をうまく流通させている取り組みです。これなら資本もそこまでかけずにできる!
その後、シリコンバレーから始まり、現在では
全米8か所にある、本格的な工作機器を備えるDIY工房〈TechShop〉などの存在も知り、
専門的なものづくりが誰でも身近にできる場所があることが斬新で、
なによりも楽しそうでした。

それらすべてに全部行ける機会が突然訪れたのが、この連載の第2回でも書きましたが、
2014年に黒崎輝男氏に連れていってもらった全米ツアーでした。

ずっと行きたかった、ポートランドのリビルディングセンター。

日本ではあまり考えられないけど、中古の浴槽や便器までたくさん。

サンフランシスコのTechShop。今はもう日本にもこういった場所は増えたが、当時はまだまだ目新しかった。木工、鉄工、布、皮、すべての道具も揃っているし、最新の3Dプリンターが何台も。

このリノベのススメでも散々書き綴ってきましたが、
DIYが好きで廃材が好き、そしてホームセンターが好き。
それを全部ひっくるめた場所をつくりたい。
その一角にはもちろん人が集まれるカフェもあって。
今まで経験してきたこと、自分の好きなこと、アメリカや各地で行われていること、
これから日本でも始まろうとしていること。
そしてそれらを、粛々とものづくりの精神が根づくこの北陸の福井でやること。
アメリカの旅ですべてが一気につながり、帰ってきて確信にかわりました。
ただ唯一見つかってないのがそれらをお金に換える方法でしたが……。

創作のまち真鶴の原点。
『世界近代彫刻シンポジウム』と
小松石の物語

真鶴だけでとれる小松石という素材

羽田空港、皇居、美空ひばり……。
一見関係のなさそうなこの三者に、実は共通しているものがある。
それが「小松石」と呼ばれる石だ。

世界で神奈川県真鶴町でだけ採掘される小松石は、
いまから約20万年から15万年前、箱根火山の活動と連動して
この地で噴火した溶岩が固まったものだ。
青みがかって落ち着いた風合いは墓石に適しており、
一番古いもので奈良時代のお墓に使用されていたことがわかっている。
有名なものとしては、皇族や代々の徳川家、美空ひばりのお墓にも使われている。

小松石が産業として発展したのは江戸時代。
その頃から石垣や建築材としても使用され、
皇居の石垣や二重橋、羽田空港の埋め立てにも使われているという。

「一般的な石に比べると、小松石は加工の手間がすごくかかるんです。
その分、性質はすぐれていて、かたくて粘り強く、火に強い。
例えば御影石という白くてつぶつぶのある石に比べ、角が飛びにくいんです」

そう語るのは、真鶴にある〈竹林石材店〉の竹林智大(ともひろ)さんだ。
竹林石材は昭和16年に始まり、現在3代目。
だいぶ減ってしまったとはいえ、真鶴に石材業者はまだ20社程度あるが、
採石から加工までの工程すべてを行うところは珍しいという。

竹林石材店の竹林智大さん。社長ながら会社では一番若い。

竹林さんは石の魅力についてこう語る。

「コンクリートのほうが安いので使われることが多いですが、
本当は石のほうがかたくて丈夫なんです。
石は何百年ともちますが、コンクリートは50年ぐらいでヒビが入ってきます。
石のほうが地震にも強く、例えば護岸工事に使っても、
自然のものなので魚や海の生物にとってもいいんです」

山から墓石ができるまで

小松石を「石材」として使うまでには長い工程がある。
竹林さんにその工程を案内してもらった。
まず案内してもらったのは採石場。真鶴駅から海とは反対方向に向かって、
車で20分程度山を登ったところにそれはあった。

その圧倒的な光景に取材陣一同息を飲む。ダイナマイトで崩すこともあるが、石が傷つく可能性もあるので重機を使うことが多いという。

「江戸時代は海岸沿いを手で掘っていましたが、
いまでは重機を使って山から切り崩すのが主流です。
あんまり下まで掘ると石が細かくなってきて、そうすると“終わり”なんです。
町有地を借りているので、掘ったらその分、土を埋めて返すことになります」

小松石には3色あり、色によって値段が変わる。
最も安いものが赤みを帯びたもの。次がグレー。最高級品が青みを帯びたものだ。
青いものは全体の3~5%しかないという。

「色によって性質が変わるわけではなく、
基本的には赤や青が混じっていることがほとんどなんです。
ただそれは割ってみないとわからないですね。墓石の場合、
色を1色に統一させないといけないので高価になるんです」

次に向かったのは、重機で山から採った石を割る工場。
ここでは昔ながらの方法で石を割っていた。
ドリルで開けた穴に「セリ矢」と呼ばれる鉄製の道具を入れる。
そしてそれを上からハンマーで叩きつけていく。
いとも簡単にふたつに割れたように見えたが、知識と経験がないとできないものだと、
担当していた川ノ辺創(かわのべはじめ)さんは言う。

セリ矢を打ち込んで、叩いて割る。大昔からこのやり方は変わらないそう。

「修業っていうと大げさだけど、一人前になるまでは5年ぐらいはかかりますね。
やっぱり危ないから。いまみたいにふたつに割るのでも、
木こりが木を倒すのと一緒でどっちの方向に倒すかを決めているんだよね。
知らない人がやって自分の体のほうに落ちたら大変。
『覚える』っていうと違うんだけど、体験を重ねていかなきゃわからない。
理屈も大事だし、体も大事」

真鶴出身の川ノ辺創さん。この仕事を始めて25年になる。

ハンマーとセリ矢。なんと道具は自分で熱して叩きながら改造していくという。「自分のやり方にぴったりあった自分の道具をつくらないと。鍛冶屋までできて初めて石屋は一人前になる」と川ノ辺さん。

「この仕事にはものをつくるおもしろさがあるんです。
石を見て、良いか悪いか判断して、少しずつ割っていく。最終的にはお墓になる。
車や冷蔵庫と違ってつくる過程で機械もほとんど使わないし、
自分の手で、自分の判断で全部できるのはおもしろいね」
と川ノ辺さんは語る。

最後に訪れたのは、割った石を加工する工場。
ここでは大型の重機も動いていたが、やはり手を使って加工している職人がいた。
竹林石材は全盛期は20人ほど職人を抱えていたというが、
安価な中国産の石の増加や、職人の高齢化に伴い、いまでは7、8人になったという。

慣れた手つきで「コヤスケ」という道具を使って石を整える職人。「中学を出てからやっているので、今年で37年やっています」

いまも墓石に使われることが多い小松石だが、建材用に加工しているものもある。

社長である竹林さんは言う。
「小松石は本当にいいものだと思うし、需要が少なくなってきたとは言っても、
小松石が好きな人はいるので、なくさないようにやっていかないといけないと思います」

真鶴にローカルベンチャーを!
〈西粟倉・森の学校〉
井上達哉さんと語る、真鶴の未来

“森好き”が考える「お林」のゆっくりとした過ごし方

神奈川県真鶴町に生まれる〈真鶴テックラボ〉は、
3Dプリンターやレーザーカッターなどのテクノロジーを使ったものづくり体験のほかに、
新たな事業を立ち上げたり、起業を目指す人への支援も進めていこうという施設だ。

同じように小さな自治体で、たくさんのローカルベンチャーの起業実績がある
岡山県英田郡西粟倉村。この村の事例を学ぶために、
〈西粟倉・森の学校〉代表取締役社長である井上達哉さんを招き、
西粟倉村の歴史と現状、森の活用、そして会社の事業内容や
インキュベーションについてのワークショップが、
真鶴テックラボを企画するスタッフにより開催された。

真鶴には、誇るべき「お林」がある。
“森大好き人間”を自負する井上さんにとっても、
初めて訪れた真鶴の森は魅力的に映ったようだ。

「400年以上守られてきた照葉樹林のお林。
あんなに壮大なクスノキの枝ぶりを真下から見ることはなかなかありません。
今日は感動を覚えています」

「お林」のクスノキを見上げる。

まずは森と社会を重ね合わせて、外部からの視点でお林のすばらしさを語ってくれた。

「お林も最初は人工林だったんですよね。
でも400年も経つとどんどん更新されて、もう天然林になっていると言ってもいい。
『松が枯れている』という話を聞きましたが、
寿命をまっとうする木があるから新しい木が育つので、枯れても構いません。
そういう更新されている森は、全体のバイオマス量は一定になります。
僕たちはつい1年や3年、10年という期間で判断してしまうけど、
森は100年単位で考えないといけません。
現実社会でも、目先の人口が減ったりしても、長い目で見れば一定に保たれている。
そういう“森”や“社会”が健全だと思います」

真鶴町の人たちとお林を見学した井上さん。

参加者から「お林をどう有効活用したらいいか」という質問があった。
西粟倉村は95%が森だが、森を間伐して生まれる間伐材を有効活用してきた。
真鶴のお林とはそもそものあり方が違う。だから井上さんの提案は「観光」だ。

「土を直接踏むと傷んでしまうので、ウッドデッキで遊歩道をつくれたらいいですね。
森の中で何かイベントをやってもいいけど、
常に行けるカフェなどがあると行きやすくなりそう。
夜はおいしい魚介とワインが飲めたり。観光化は難しい部分もありますが、
なるべくこのままの雰囲気で進んでいってほしいです。
大きく新しいことをやるよりも“このまま”を
しっかり守っていけばいいのではないでしょうか」

西粟倉にある体験型の事例には学ぶべきものがあると
紹介してくれたのは、ファシリテーターを務めたコロカルの及川卓也編集長だ。

「森の学校が発売している木の床材〈ユカハリタイル〉も、
商品自体を売りながら、床を貼るという体験を売っているとも言えます。
また、半完成品である〈ヒトテマキット〉も
最後に自分の手でスプーンを削って仕上げるという体験を与える。
いまコロカルで連載している『真鶴半島イトナミ美術館』でも、
アート体験に見立てながら、真鶴を紹介するという試みをしています。
だからお林も、いわゆる観光ではなく、体験をつくってあげることが重要ですよね」

真鶴周辺から10名程度の参加者が集まった。コロカルの及川卓也編集長(左)がファシリテーターを務めた。

そして周囲を大きな観光地に囲まれている真鶴としては、差別化という意味でも、
「暮らし」に紐づいたアイデアが求められているのかもしれない。

小さな港町に、世界とつながる
〈真鶴テックラボ〉誕生

Uターンしたら、まずは仲間を見つける

のんびりとした漁港のまち真鶴に、
なんとファブリケーション施設が生まれようとしている。
〈真鶴テックラボ〉だ。
3Dプリンターやレーザーカッターなどを使って、
自分たちの手でものづくりをすることができるという「ファブリケーション」。
世界的にもその流れは広がっていて、特別な技術がなくても使えることから、
カフェと併設されているようなスペースも増えている。

昨年11月から試行を続け、真鶴港が眼前に広がる空き家を利活用して、
新年度に本格稼働の段階を迎える真鶴テックラボは、
真鶴町観光協会の柴山高幸さんが中心になって進めてきた。

柴山さんは真鶴生まれで、都心部でシステムエンジニアとして働いていた。
あるとき、大きなプロジェクトを終えて憔悴してしまったという。
そのときにこれからの生き方を考え直し、Uターンすることを決断した。

「だけど、真鶴のまちの状況なんてまったく知りませんでしたね。
自分が通っていた小学校は統合されてしまってもうなくなっているし、
そこに向かう“メインストリート”は、お肉屋さんも、魚屋さんも、駄菓子屋さんも、
すべてなくなっていました」

大好きな釣りの話を始めたら止まらなくなる柴山高幸さん。

そんな状況を目の当たりにしても、Uターン当初は「自分にできることはない」と、
何かアクションを起こそうとは考えなかった。
しかし、次第に観光協会や行政に同級生や先輩後輩など、同世代がいることに気がつく。
「ひとりではできないけど、仲間がいれば何かが起こせるのではないか」
という気持ちになっていった。

まずは、自分自身が真鶴を出ていってしまった理由を振り返ってみた。

「ひとつは、若い人の意見があまり受け入れられなかったこと。
同様に外から来た人に対しても冷ややかで、
当時、移住者のことを“新住民”と呼んでいたりして。
よく考えればお嫁に来てくれた人だって移住者じゃないですか。
移住者はたくさんいるのに……」

かつて自分が感じていた息苦しさを払拭するために、
移住者や若者も含めてみんなで楽しめる〈真鶴なぶら市〉を立ち上げた。
補助金などに頼らず、すべて自分たちの手弁当で運営。
月1回の開催で、今年で3年目を迎える。

漁師も料理人も石材職人も、“エンジニア”である

なぶら市とともに着手した一手が、新たな仲間との出会いとなった。
2014年6月に〈スタートアップウィークエンド(週末起業体験)〉を真鶴で開催。
ハスラー・ハッカー・デザイナーでチームを組み、
必要最低限のビジネスモデルをつくり上げる。
世界の700都市で開催され、週末の54時間でアイデアをカタチにする方法論を学び、
スタートアップをリアルに経験できるイベントだ。

日本では都心部で開催されることがほとんどで、
真鶴のような小規模のまちで行われることは国内ではあまりない。
そのユニークさも手伝って、さらなる感性の似た人たちと出会うことができ、
「ひとりじゃない」という感覚を得る。
そのメンバーのなかにジェフ・ギャリッシュさんがいた。

ジェフ・ギャリッシュさんは佐世保生まれで、日本人とアメリカ人のハーフ。

ジェフさんは、日本やアメリカなど各地に住んでいたが、
現在は小田原在住で、行政や観光関係などの英語コンテンツを制作する仕事をしている。

「もともと真鶴が好きで、人や自然、東京との距離感など、
すごく可能性があるなと思っていました」と話すジェフさん。

スタートアップウィークエンドで意気投合したふたりは、
住むまちは違えども同じ志向を持つ者同士、協力して活動していく。
ジェフさんは、その後真鶴で行われた3回目のスタートアップウィークエンドでは
運営側にも回っている。

「僕自身はシステムエンジニアが本職ですが、やはり真鶴ではITはハードルが高い。
スタートアップウィークエンドでは、3日間でプロダクトをつくりあげますが、
アイデアはもちろん、実際に組み立てられるエンジニアがいるから可能なことです。
このエンジニアという領域を広く捉えれば、町内の料理人も、石材加工も、
漁師や海士も入れられて、敷居を低くできるのではないかと」(柴山さん)

次のスタートアップウィークエンドへ向けて。

まちの人に開かれた美術館。
〈真鶴町立中川一政美術館〉から
生まれる新たな息吹

美術館にまた来たくなる体験を

真鶴半島先端に豊かに生い茂る「お林」に寄り添うように佇む
〈真鶴町町立中川一政美術館〉。そこに新しい息吹が次々と吹き込まれている。

日本を代表する洋画家のひとりである中川一政。
戦後まもなくから1991年に没するまで真鶴にアトリエを構え、
油彩だけでなく書や陶芸など多くの作品を残し、
溢れんばかりの情熱で創作活動に情熱を注ぎ込んだ。
その作品650点余りを所蔵するのが、真鶴町立中川一政美術館だ。

美術館には、全国各地、また海外からも一政のファンが訪れる。
その美術館がいま、地域に根づき、町民に愛される場所となるよう、
新たな歩みを踏み出している。

2017年2月18日、19日には、書家の川尾朋子さんを招いて
「書に触れる」イベントが開催された。
生命感あふれる絵画に加え、一政の「書」という新たな魅力を開拓する試みの一環で、
18日には川尾さんによる書のライブパフォーマンスと、
真鶴町の小学生を対象にした書道教室が、
19日には美術館にあるお茶室で、川尾さんと美術館の指導員であり
生前一政の秘書を務めた佐々木正俊さんのトークショーが行われた。

川尾さんの書のパフォーマンスに、子どもたちも魅入られていた。

書道教室には、町内の小学生10名ほどが参加。
川尾さんが墨のすり方や基本的な筆遣いを教えるだけでなく、
半紙に円を何重にも書いてもらったり、
子どもたちを周囲に集めて間近で文字を書いてみせたりなど、
学校などの習字の時間とは少し違ったワークショップに、
子どもたちも目を輝かせていた。

最後に、子どもたちに今年の目標を一文字で書いてもらうということになり、
「紙からはみ出すように書いてください」と川尾さんが言うと、
子どもたちの顔つきが変わり、のびのびと一文字を書き上げていた。

これまでも子ども向けのワークショップをしたことがあるという川尾さんは、
毎回自分にとっても発見があると話す。

「子どもたちは想定外のことをしてくれるので、私も勉強になります。
習字は美しい文字を習うことなので、それもとても大事なことですが、
書道では、はみ出してもいいんだよということを教えたかった。
そうでないとみんな同じになってしまいます。ものづくりをするうえで、
ちょっとはみ出してみると、こんなにおもしろい世界があるよ、
ということを知ってもらえたらと思います」

子どもたちにとっても、川尾さんにとっても有意義な時間になったようだ。
参加した小学生のひとりが、翌日のイベントにも来たいと言って帰って行った。
このように、町民が美術館にまた来たくなるような、
そんな体験の場づくりが始まっている。

子どもたちの五感を刺激する
〈真鶴未来塾〉の
フィンガーペインティングイベント

手で、足で! 体を使って描く感覚を養う

真鶴町にある公共施設〈コミュニティ真鶴〉を管理している
一般社団法人〈真鶴未来塾〉は、スタートアップ支援など
さまざまなイベントや講座などを開催しているが、
子どもに向けた催しにも力を入れている。

2月26日に開催されたのは「フィンガーペインティングを体験しよう」というもの。
この日集まったのは10人の子どもたちと保護者たち。
会場には壁一面と床に大きな白い紙が貼られ、なんだか自由な空間が広がっている。

「絵の具だまり」に素足で進入!

この日の講師は、真鶴出身の友人に誘われて参加したイラストレーターのユウナラさん。
普段は、自らが住んでいる団地のパーティなどで子どもたちと接しているという。
もうひとりは、真鶴で似顔絵作家・グラフィックデザイナーとして
活動している山本知香さん。
自らが開催するイベントでもよく子どもたちとふれあっていて、
真鶴の子どもたちにはよく知られているお姉さん的存在。

しかし講師といっても特別なことを教えるわけではなく、
先頭になって一緒に楽しむ係だ。

山本知香さん(左)とユウナラさん(右)。

まずは山本さんのレクチャーが行われた。
「今日は、筆ではなく、自分の体で描いてください。
手のひら、腕、足で描いてもいいよ」と、普段、家でやったら怒られることを
やってもいいと許されたことでワクワクする子どもたち。

まずは床に貼られた紙をキャンパスにして描いていく。
フィンガーペイントといっても、指だけでなく体全体を使っていいみたいだ。

手のひらでベターっと。何が描かれるのだろう?

ここからは、子どもたちの自由な感性が爆発する。
手のひらいっぱいに絵の具をつけて縦横無尽に動き回る子、
座り込んで1か所に絵の具の層ができるかと思うくらい色を塗り重ねている子、
足の裏に絵の具をつけてすべって転びまくっている子。
みんな髪の毛や顔にも絵の具がついて楽しそう。
この日ばかりは、洋服を汚したってお母さんに怒られない。

泥遊び感覚の子どもたち。握った指の間から出る絵の具の感触がたまらないようだ。

「普段、学校の授業などで絵を描くと、ウマイ・ヘタという差が出てきてしまいます。
絵があまり上手ではなく、萎縮してしまう子もいると思うんですね。
でもここはウマイ・ヘタという価値基準ではない。
みんなどんどん描いてくれてよかったです」と主催である真鶴未来塾の奥津秀隆さん。

お母さんたちも協力して描くけど、子どもたちのほうが思いっきりがいい!

お化粧のように、きれいに手のひらにピンクの絵の具を塗れました。

30分ほど自由に描いてもらって、絵の具の使い方を理解してもらった。
「フィンガーペイントは絵を描くというよりは、
指や体を使うという五感を鍛える目的が大きいです」と言う山本さん。
いまでは機会の少なくなった泥遊びなど、手足で直接素材をさわるという感触。
そして体のいろいろな箇所を使って表現していくという感覚を鍛える。

いとうともひさvol.1
スケルトンの大型ビル1棟をDIY。
変幻自在のクリエイティブスペース
大阪の〈上町荘〉とは。

いとうともひさ vol.1

はじめまして、伊藤智寿と申します。
大工・ディレクター・インストラクターのような動きを並行して行う
株式会社いとうともひさを主宰しております。

大阪を拠点としていますが、日本各地に出向いて
その地域の方と協働するスタイルで活動しています。大工工事と並行して、
お客さんに工事の指導をしたり、設計業務に協力させていただいたり、
プロジェクトを企画したりしています。

具体的な業務は、現場で工事する、依頼主に予算内で使える材料・つくり方の提案をする、
全国の地域にある空き家の利用方法を考える、設計者とチームを組む、
DIYのサポートをする、場所を運営するなど、
家をはじめとした空間を一緒に考える・つくるという案件が多いような気がします。

第1回目は現在、拠点として運営に携わっている
シェアスペース〈上町荘(うえまちそう)〉の話をさせてもらおうと思います。
そこから見えるリノベーションのひとつのあり方を知ってもらえたらうれしいです。

スケルトンの大型ビルを、活動の拠点に

2014年大阪市中央区に誕生したシェアスペース、上町荘。
大通りに面した角地に建ち、3階建てで延べ床面積300平米超の大きな空間です。
1階はホールスペース92平米+工房スペース50平米、2階はライブラリスペース20平米に、
打ち合わせスペース10平米+オフィススペース50平米、
3階に85平米オフィスと45平米のオフィスといった構成になっており、
上町荘は入居以来、時間をかけてリノベーションし続けています。

2階オフィススペース各ブースにテーブル、棚が当てられた専有作業スペース。

2階吹き抜け部分の通路から交差点を見る。自動車ディーラー時代の面影を残した特徴のあるガラス面。

2階ライブラリースペース。

梅田・心斎橋・難波など大阪の主要部へのアクセスが便利なエリアにあり、
以前は自動車ディーラーの展示空間・オフィスでした。
ディーラー時代に車の見栄えが良いように設計され、
交差点に向かって大きなガラス面がはめられています。

もともとはオフィス兼倉庫をひとりで探していたのですが、
上町荘のようなビルをひとりで1棟借りするのは
大工が工房や倉庫として利用するには家賃が高すぎるし、選択肢になかった。
まともに考えると田舎でかつ、車の便がいい倉庫を借りるほうが断然現実的だったんです。
しかし今では思い切って地価の高いエリアに飛び込めたことの意味を感じています。
それはほかの人の利益になることをすれば、利益を受け取る人の数が多いため、
シェアする利益が大きいということ。
自分だけの空間として閉じてしまえばもったいない話なんだと思います。

広すぎるビルの使い方

上町荘に入ることになったきっかけは
建築家の白須寛規さん(designSU主宰)からのお誘いでした。
学生時代から、まちに開かれた活動をされていたのが魅力的で
白須さんの催したイベントに通い、いろいろなことを教えてもらったり、
さまざまな人を紹介してもらったりしていました。
そんな白須さんから「共同オフィスを一緒に探さない?」とお誘いをもらったのです。
以前から白須さんと仲が良かった山口陽登さん(シイナリ一級建築士事務所主宰)と、
3人で共同オフィスを探すところから始まりました。

エレベーターがない、駅から遠い、など大阪市内でも安くなりそうな条件で検索して、
とにかく広いビルを探しました。

写真中央右、濃灰色のビルが上町荘。

そんななか、大阪市中央区に100坪を超えるビルがあると山口さんから連絡をもらい、
3人で見に行くことにしました。

〈札幌国際芸術祭2017〉は
もう始まっている!?
雪まつり会場をにぎわせた
『トット商店街』の秘密

札幌国際芸術祭2017の公式プログラムとして開催

2月に入れば東京では春の気配が感じられるが、札幌は冬のまっただ中。
そんな雪が降り積もる季節に行われる一大イベントが〈さっぽろ雪まつり〉だ。
国内外からの観光客や市民が多数訪れ、期間中の来場者は200万人以上となる。

このイベントのメイン会場となった札幌大通公園には、
毎年工夫を凝らした大雪像が並ぶのだが、なかでも今年ひときわ異彩を放っていたのが、
スタディストという独自の肩書きで活動する岸野雄一さんが芸術監督を務めた
『トット商店街』と名づけられた雪像だ。

高さ約12メートルと大迫力のこの雪像は、今年の8月から行われる
〈札幌国際芸術祭=SIAF(サイアフ)2017〉の公式プログラムとして制作。
中央には巨大なテレビ画面、両脇には商店街のまち並みが彫刻され、
その上に天女に見立てられた黒柳徹子さん(トットちゃん)が鎮座し、
どことなく祭壇を思わせるつくりとなっている。

雪像づくりのエキスパートである元自衛隊メンバーも参加して制作を行っており、
像を見るだけでも見応え充分だが、その真価が発揮されるのは
夜のパフォーマンスと言えるだろう。

大通公園5丁目東に『トット商店街』はつくられた。天女となった黒柳さん。雪像をよく見ると、目の部分にはアクセントとして氷が使われている。

日暮れとともに会場に突如として響くのは、黒柳さんのナレーション。
その声に惹きつけられるように、雪まつりに訪れていた人々が次々と足を止め
雪像のまわりには黒山の人だかりが生まれていった。

中央にある巨大なテレビ画面には影絵が映し出され、
春は農夫が畑を耕し、夏はトウモロコシの収穫があるなど、
日本の四季折々の暮らしが描かれていく。

このパフォーマンスは「影絵劇」仕立てになっているが、
その見どころのひとつは、影絵という枠にとどまらない表現だ。
実際に役者が動かす影絵人形とアニメーションがミックスされ、
そのなかで農夫に扮した岸野さんと、これまでも岸野さんのステージに
たびたび登場しているジョン(犬)がパフォーマンスを繰り広げ、
ときには生中継の映像が挿入されるなど、さまざまな展開が起こっていく。

雪まつり期間中、日没後に毎日4回の公演が行われた。芸術監督:岸野雄一、雪像デザイン:梅村昇史、音楽:海藻姉妹、振付:東野祥子ほか多数のスタッフが参加してパフォーマンスがつくられた。

12分間の『トット商店街』のパフォーマンスは、大人も子どもも楽しめる
エンターテイメント性にあふれていたが、芸術監督の岸野さんによれば
「見終わったあとに反芻して考えると、さまざまなことが見えてくる」という。

バックグラウンドにあるのはメディア史

岸野さんは、音楽家や著述家などさまざまな活動を行い、
それらを包括する名称として「スタディスト(勉強家)」と名乗っている。
現在、〈ワッツタワーズ〉や〈ヒゲの未亡人〉といったユニットで活躍し、
ライブやDJ、パフォーマンスなど数々のショーも行っている。

今回の『トット商店街』は、映像やパフォーマンス、音楽など
多彩な要素がギュッと凝縮された岸野さんらしいステージであり、
雪像やアニメーションのモチーフは、スタディストという名にふさわしく、
入念なリサーチのうえにつくられたものとなっていた。

岸野さんは、1963年、東京生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科、美学校などで教鞭をとり、音楽家や著述家など多岐にわたる活動を行っている。

「何気なく楽しく見られる影絵劇ですが、コンセプトは非常に練られているんですよ。
まず、バックグラウンドにあるのはメディア史です。
影絵というすごく原初の表現から始まって、そこにアニメーションであるとか、
実写であるとか、生中継のライブ映像が入ってきている。
さらに部分的にはアフターエフェクツのような最新のデジタル技術も
使っているということで、メディアの進化の過程も織り込まれています」

岸野さんは、メディア史の象徴として、日本のテレビ放送が始まった
1950年代から、テレビ女優として活躍していた黒柳さんを、
「天女」というかたちで雪像のモチーフとした。

また発想のもうひとつのきっかけとなったのは、
今回岸野さんにこのプログラムをやってほしいとオファーした、
SIAF2017ゲストディレクターの大友良英さんの存在だ。

大友さんは、映画やテレビ音楽の作曲を多数手がけており、
昨年はNHK土曜ドラマ『トットてれび』の音楽を担当した。
黒柳さんのエッセイをドラマ化したこの番組に岸野さんは非常に感銘を受けたそうで、
「大友さんと一緒にやるなら黒柳さんをテーマにしたものを」
という想いもあったのだという。

「黒柳さんに、雪像をつくらせてほしいとうオファーをしたら、
すごく喜んでいいただけて、『雪像に登りたい!』という話があったほどでした(笑)」

雪像のモチーフとして登場するとともに、
『トット商店街』のナレーションにも黒柳さんは参加している。
岸野さんは『徹子の部屋』の控え室で声を収録。
そのとき「歩いているお客さんを呼び止めるような感じでお願いします」
と依頼したという。

こうしてとられた黒柳さんの声は、まさに「天女」が空から語っているかのように
会場に響きわたり、テレビの草創期、街頭テレビに人々が集まり、
みんなでひとつの画面を共有していた時代へとタイムスリップする
スイッチのような役割を担っているかのようだった。

「僕が幼稚園のときに使っていたお弁当箱が『ブーフーウー』
(NHKで放映されていた着ぐるみ人形劇)でした。
そのウーの声をやっていた黒柳さんとご一緒できるなんて
夢のようでした」と岸野さん。今回は天女としたが、
「黒柳さんは、本当はもっと身近な存在であってほしい」とも考えたそうだ。

町医者のような大工さん。
真鶴の家をつくる〈原田建築〉

海の見える小さな小屋で

神奈川の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島に、岩海岸という小さな海岸がある。
人気の少ないこの海岸の目の前に、ひっそりとたたずむ小屋がある。
ここは「下小屋(したごや)」と呼ばれる、大工が材料を加工したりするための場所だ。
ここで日々仕事に励むのが〈原田建築〉の原田登さんだ。

「普通の大工さんの下小屋の10分の1ぐらいの大きさですよ(笑)。
でも最近の若い大工だと、下小屋を持っていない人がほとんどじゃないですかね。
最近はワンボックスカーに全部材料が乗ってて、それを組み立てるだけ。
材料も木じゃないんですよ」

下小屋の目の前はすぐに海岸がある。

たくさんの木材が置かれている下小屋。奥に作業をするスペースがある。

大工、というと職人気質で、寡黙な人が多そうなイメージがある。
しかし、原田さんはとても自然体で、肩の力が入っていない人だ。
それは原田さんのブログにもよく表れる。
手がけた仕事の話ももちろんあるが、自分の子どもの話や趣味の熱帯魚の話など、
大工とは関係のない記事が多い。
眺めているだけでほっこりするような明るいブログだ。
このブログを見るだけでも、まずこわい人ではなさそうな印象を持つ。

「ブログはなるべく大工に関係ないところも出して、内面を出すようにしているんです。
そうすると依頼するときに構えないで済むじゃないですか。
でも本当は、口コミだけで成り立つのが目指すところ。
『職人が必要なら、とりあえず原田に聞いとけば』って」

原田登さん。持っている椅子は、夏休みの工作教室で子どもたちとつくったもの。

大工としての腕を試すために

原田建築は、東京・木場の材木屋から始まった。
2代目のおじいさんのときから真鶴で大工を始め、
現在は3代目のお父さんが社長を務める。原田さんは4代目。
手がける案件はほとんどが地元・真鶴に立つ住宅。最近はリフォームが多く、
トイレや風呂場など、劣化の早い水周りの修理が多いという。

「家が八百屋だったら八百屋やってたと思いますよ(笑)。
でも大変ですよ。仕事が少ないんで。一度、親にも『辞めたい』って
言ったこともあります。ほかに行きたいんだけどって。
でも『行かないでくれ』って言うから、しょうがねえなって」

「しょうがねえな」と言いながらも、大工の話をする原田さんは楽しそうだ。
「大工をやるからにはどんなものか試したくて」、
大工が腕を競い合う、技能競技大会にも出ている。

大会では、決められた課題に対して、制限時間内に図面の書き起こしから
木材の加工、組み立てを行い、その正確さを競う。
原田さんは昨年まで、〈青年技能競技大会〉という
35歳以下対象の大会に出場していた。
神奈川県の予選を勝ち抜くと、全国から75人ほどが集まる本戦がある。
一昨年、そこで原田さんは銅メダルを獲得した。

「青年技能競技大会は毎年課題が同じで、
『四方転び踏み台脚立』っていう脚立をつくるんです。
すごい緊張感で。人によってスピードも違う。
図面を紙の表裏に書くんですけど、自分がまだ表を書き終わらないうちに
紙をめくる音がフワッって聞こえたり……」

大会の課題となる「四方転び踏み台脚立」。脚が直角ではなく斜めについており、四方に広がっているので強度があるのが特徴。ネジは使わずにつくる。

斜めの脚に階段を水平につける必要があるため、高度な技術が必要なのだという。

普段仕事をしているだけでは、自分の大工としての腕前が
どのぐらいか知ることはできない。
最近は材料が事前に用意されていることも多くなったので、
現場でノミなどを使う機会も減ってきた。
だから原田さんは、年齢制限のかかる昨年まで8年間、
勉強のために出場していたという。

「この脚立はもう100台以上つくってるかな。
何か月も練習して、最後の最後で大会に出るんです。
大工でも勉強しないとこんなのつくれないですよ(笑)。
実はお寺の鐘つき堂とか東屋はこれと同じ構造なんです。
兒子(ちご)神社の手洗い場も同じ構造で、うちでやらせてもらいました」

岩海岸からすぐ近くにある兒子神社を案内してもらった。ここの手洗い場を原田建築が手がけた。脚をよく見ると四方に広がっている。

トミトアーキテクチャvol.3
横浜の木造アパートをまちに開く。
リノベーションの鍵は、
地域の家具や建具、ピンコロ石

トミトアーキテクチャvol.3

横浜市の丘の上にある、多国籍・多世代交流スペース〈CASACO(カサコ)〉。
トミトアーキテクチャでは、この設計を担当し、現在も運営に携わっています。
vol.3は、建設について。前回紹介した近所から集められた地域の素材を生かし、
「いろんな人が気軽に立ち寄れる場所にしたい」という思いをどう実現していったのか。

新しい発見を与えあう場所

地域素材を近所から集めたり、住民からまちの話を聞いたり。このように手間をかけながら、
住宅を開かれた場所にリノベーションしようとしている、
そもそもの理由を少しお話したいと思います。

フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの『過去のない男』という作品は、
日常が埃をかぶったような冴えない雰囲気の地域に、
「よそ者」が登場するところからストーリーが始まります。

記憶をなくした男がヘルシンキの貧しい港町にたどり着くと、
何かと地域の人が世話をしに絡んでくる。それがきっかけとなり、
止まっていた時間が動き始め、埃が払われるかのように、
まちが生き生きしていく様子を描いたコメディ映画です。

CASACOのことを考えるとき、僕はよくこの映画を思い出します。
CASACOはもともと地域にとってよそ者だった若者たちが始めた活動です。
旅人がローカルな場所に訪れて、観光地では味わえない「暮らし」を体験すると同時に、
地域に長く住む人が「こんなところがおもしろいんだ」と勇気づけられたりするような、
お互いが「他者」であることが、
新しい発見を与えあうことにつながる環境づくりを目指しています。

それが、「多世代多国籍の人々に開かれた場所」というCASACOの基本理念に通じています。
CASACOの地域に対する姿勢に対して、

「人のためによく頑張れるね」

と言われることがありますが、
実は、地域のために何かをすることはCASACOの目的ではありません。
むしろ、自分たちが楽しい住み方、住宅地の新しい楽しさを追求していくことが、
根っこにあります。楽しさの追求が結果的に公共性につながるかもしれないところに、
可能性を感じています。

さて、ここからはCASACOのリノベーションの詳細を見ていきます。
まずは前回お話しした「地域素材」の行方から。

延命された地域の記憶

「カーンカーンカーン」

CASACOの裏庭から、住宅地では聞き慣れない音が響きます。

ピンコロ石の整形作業現場。奥に積まれているのがモルタルを剝がした石で、散らばる小さなかけらは剝がされたモルタル。

近所の野毛坂に敷かれていた石畳のピンコロ石を、
横浜市から2トントラック2台分譲り受けました。
「1個ずつ」に分離された状態のピンコロ石を思い描いていたのですが、
届いてびっくり、ほとんどモルタルと一緒に固まったものでした。
遺跡発掘現場さながらの、ピンコロ石整形現場。
それから半年に及ぶ、CASACO自主施工シリーズの最初の一手となりました。

ピンコロ石の一生から

石畳が敷かれていた頃の野毛坂。野毛山動物園や野毛山公園に向かう人々が行き交う。

CASACOのある東ケ丘の麓に広がる飲屋街「野毛」から、
横浜市中央図書館の脇を抜けて動物園へと通じる坂道「野毛坂」には、
大正時代から石畳の風景がありました。近所の人々からも愛着をもたれていた風景でしたが、
振動などの理由からアスファルトに置き換わることが決まってしまいました。

石畳を剝がす作業している際の様子。

CASACO改修のサポートをしてくださっていた横浜市職員の方に相談したところ、
一部譲り受けることができました。2トントラック2台分のピンコロ石の固まりが、
CASACOの裏庭に運ばれてきました。石にとってみれば、
どこかの処分場に運ばれていくことよりも、幸せなことに違いありません。

2トントラック2台分、2000個近くのピンコロ石がCASACOの裏庭に運ばれてきた。

ピンコロ石についたモルタルは、ひとつずつ手作業で剝がしていく。

数個でひと塊になっているものを、大きなハンマーで分解していきます。
作業をしてみると石は非常に頑丈で、モルタルは打撃に弱いことがよくわかります。

それでもこびりついているモルタルを、今度は小さなハンマーで叩いていきます。
最初は苦戦しますが、慣れてくると「ツボ」が見えてきて、
一発で剝がすことも可能になっていきます。

繰り返される単純作業と重労働に心折れる人もいれば、
そのリズム感と剝がれた時の快感によって「ピンコロ中毒」になっていく人もいたり(笑)。
石1個にこれほど向き合い、愛着をもったこともないように思います。

部活帰りの中学生や、近所のお母さんが、その珍しい光景に引き寄せられ、
一緒に作業することもしばしばありました。
多くの人に手伝っていただきながら、すべてのピンコロ石の整形を終えたころには、
2週間ほど経っていました。

みんなで敷いたからこそ生まれた「歪み」

整形されたピンコロ石は、CASACOの前面道路側に新たに生まれる「軒下空間」に敷かれます。これを地域の方々に呼びかけした参加型の施工ワークショップとし、
CASACO改修のメインイベントとなりました。

鈴木理策・石川直樹による 写真展『TOP END』 二人が見つけた 新しい最涯ての風景、知床

テーマは「知床を撮るのではなく、知床で撮る」

2017年3月11日(土)〜19日(日)、
北海道の知床にて、写真家の鈴木理策さんと石川直樹さんによる
写真展『TOP END』が開催されます。

これは、地元の写真好きの皆さんと
石川さんが立ち上げたプロジェクト〈写真ゼロ番地〉が
2016年度の集大成として開催するもの。
鈴木さんと石川さんが知床に滞在して撮った新作などを公開します。

石川直樹さん

〈写真ゼロ番地〉のテーマは「知床を撮るのではなく、知床で撮る」。
知床といえば日本に4つしかない世界自然遺産の地。
ですが、このプロジェクトでは誰もがイメージする風景ではなく、
みんなで新しい知床のイメージを探しにいきます。

3月11日(土)14:00〜15:00は、オープニングイベントとして
鈴木さんと石川さんのトークを開催。

故郷の熊野や雪、桜、南仏サント・ヴィクトワール山などをとらえた写真で
数々の賞を受賞している鈴木さんと、
世界各国を旅し、驚きに満ちた風景を撮り続けている石川さん。
お二人は15年来のつき合いで、師弟関係でもあるのだとか。
どんな話が聞けるのか、楽しみです。

鈴木理策さん

また、3月11日(土)10:00〜12:00は、
鈴木さんによるポートフォリオレビューが行われます。これは貴重な機会! 
予約制となっているので、お申し込み方法は公式サイトをご覧ください。

〈真鶴ピザ食堂ケニー〉
真鶴で理想の暮らしを手に入れた
夫婦がつくるハッピーなピザ

誰もが入りやすい、まちのピザ食堂をつくる

「ピザ屋ができるらしい。それも、どうやら移住したての若い夫婦がやるらしい」――。

神奈川県の小さな港町真鶴で、その噂はすぐに広まった。
2016年11月に駅から少し離れた場所で工事が始まると、
翌月17日にあっという間に開店した。

「移住したての若い夫婦」が始めたにもかかわらず、
そこにはまちにあるさまざまなお店から開店祝いの花が並べられた。
まるでみんながこのピザ屋を待ち焦がれていたようだ。

それに来店するのは若者だけではない。
子どもからおじいちゃん、おばあちゃんまで世代を超えてやってくる。
高校生が学校終わりに来ることもある。こうしてあっという間に
「まちの食堂」のひとつに仲間入りしたのが、〈真鶴ピザ食堂ケニー〉だ。

「どんな人でも、ちびっこたちからおじいさんまで
来てもらえるお店にしたかったんです。ピッツァじゃなくて『ピザ』。
トラットリアやピッツェリアじゃなくて、『食堂』っていう感じ」

そう語るのは夫婦でケニーを運営する向井日香(にちか)さんだ。
向井さんたちは2016年6月に真鶴に移住してきたので、
移住からわずか半年足らずでお店をオープンしたことになる。

向井日香さん。お店を運営しながら、造花作家としても活動する。

お店のメニューを見ると、干物を乗せたピザや
塩辛を使ったパスタ、うつぼのアヒージョなど、
普通のイタリアンレストランではまず見ないであろう素材が並んでいる。

「まちに根づいてやっているお店の店主さんとつながれることが、
使わせてもらうことだったんです。
まだここに越してきて浅いですが、自分たちがいいなと思ったまちの特産品を
『こういう食べ方もあるんだ』っておもしろがってくれたらいいなと思っています」
シェフを務める向井研介さんはそう語る。

外には暖簾をかけ、店内にもスケートボードを飾るなど、
レストランというよりやはり食堂の雰囲気だ。

「都内にいるときは店構えも内装もしっかりしたところでやっていたんです。
でもそうするとそれだけで踏み入れる客層が決まっちゃうんですよね。
自分たちがかっこいいなと思うイメージと、お客さんが入りたいなと思うイメージを
すり合わせたところがいまの感じだったんです」

生地は、国産小麦100%で毎日手ごねでつくっているという。
実際にピザを食べてみても食感がよく、具だけでなく生地の味もしっかりと楽しめる。
ピザ以外も「サバのみりん干しとマッシュポテト」など
意外な組み合わせが多く驚くが、食べてみるとその組み合わせに納得する。
この驚きもここに人が集まる理由のひとつかもしれない。

値段も良心的で、1000円以下にこだわる。(上から時計回りに)アジのみりん干しとタケノコのピザ、アジの塩干しとオリーブのピザ、ウツボのみりん干しとししとうのアヒージョ。もちろん、干物を使ったピザ以外にマルゲリータなどの一般的なピザもある。

友だちの家に遊びに来たような内装。内装工事はほとんど自分たちで改修を行った。

より過ごしやすい環境を求めて

福島県に生まれた研介さんは、「山と田んぼしかない」田舎町の
居酒屋を営む家で育った。まちで人気の居酒屋だった。

「父親が、マスター!マスター! って呼ばれてるんですけど、
なんでマスターって呼ばれてるんだろうって思っていました。
いまや自分がたまに呼ばれるんですけど(笑)」

親の姿を見ていて、大人になったら自分もそうなるだろうと、
その姿しか想像できなかった。福島県郡山市のカフェで働いていたとき、
系列店への異動で東京に呼ばれた。それが21歳のときだった。

しばらくしてその会社を辞めたあと、別の会社で約6年、
イタリアンやビストロなどの飲食店の立ち上げに料理担当として関わった。
そして、吉祥寺のレストランで働いていたときに日香さんと出会った。

一方、埼玉県郊外の住宅街で育った日香さんは、
高校を卒業して文化服装学院に進んだあと、
ウエディングドレスをつくるアトリエに入った。
そこで、装飾担当として髪飾りや刺繍をしていた。

そんななか、二十歳のときに働きながら参加した造花教室をきっかけに、
造花に可能性を感じるようになる。最初は趣味として造花を始め、
2013年からは飲食店でアルバイトをしながら「造花作家」と名乗り活動を始める。

日香さんの作品。材料は、熱を当てるとかたくなる加工がしてあるシルクを使う。コサージュのように身につけられる作品もあれば、箱に入れて飾る作品も。木の枠は研介さんがつくっている。(写真提供:向井日香さん)

シルクは自分で草木染めを行う。染色は独学で学んだ。植物らしい形で、植物らしくない色をつける。(写真提供:向井日香さん)

型は自分で画用紙などに描く。「バラとかじゃなくて、ヨモギやオオバコなど、道路の脇に生えているような身近な植物をモチーフにしたいんです」

はじめに千駄木にあるカフェ兼ギャラリーの〈HAGISO〉で小さな個展を開いた。
それが美術館ショップのオーナーの目に止まり、
東京丸の内の〈三菱一号館美術館〉でも展示販売を行った。
順調に作家としてのキャリアを積んでいるように見えるが、
ある言葉を機に移住を考え始めたという。

「当時は都内の小さなアパートで、キッチンにブルーシートを敷いて
制作していたんです。しかも週5日飲食店でアルバイトをして、
休日に制作活動をして、結構大変で。
ある日、昔のウェディングの職場の手伝いをしていたら、
『目が弱ったね』と言われたんです。
造花の制作は、何もないところから作る必要があるんですが、
発想したり考えたりする力が弱まってしまったみたいで。
私は環境に流されやすいタイプなので、
一度、環境を変える以外手段がないなと、移住を考え始めました」

HAGISOでの個展風景。HAGISOは古民家を人が集まるスペースに改修したスペース。(写真提供:向井日香さん)

研介さんも、日香さんとの結婚を機に移住を検討し出す。

「もともとずっと福島に戻りたいと思っていたんです。
もちろん自分の家族もいるし、友だちもいる。
だけど一番大事なのは自分がつくる家族だから、
その家族がより過ごしやすいところがいいなと思って、福島以外でも探し始めました」

〈中川一政美術館〉で
一政の書の魅力を
書家・川尾朋子が読み解く

中川一政と現代の書家のコラボレーション

目の前に広げられた和紙の前に正座し、精神統一するかのように佇む女性。
やがて立ち上がると、大きな筆にしたたるほどのたっぷりの墨をつけ、
一気に文字を揮毫する。全身を使って文字を書いていくそのようすは、
まるでコンテンポラリーダンスのようだ。

ふだんなかなか見ることのできない書のライブパフォーマンスに、町民たちも息をのむ。書き切ったあとは息切れするほど、全身を使って書き上げた。

この女性は、書家の川尾朋子さん。
神奈川県真鶴半島の「お林」と呼ばれる豊かな森に隣接する
〈真鶴町立中川一政美術館〉で行われた、ライブパフォーマンスのようすだ。
続けて、町内の小学生を対象にした書道のワークショップも行われ、
子どもたちはいつもの「お習字」とは少し違う世界を体感できたようだった。

川尾さんの「習字は枠の中に収めるけれど、書道は紙をはみ出して書いてもいいので、いまからはみ出して書いてみてください」という言葉に、子どもたちもハッとさせられたようだった。

この日、川尾さんが書いたのは「生命」という文字。
「中川先生は生命感あふれる作品を描いています。
バラの絵もたくさん描かれていますが、いろいろな生きているものを
愛した人なのではと思って、この言葉を選びました」と川尾さん。

書からデザインまで。多様な作品に触れる

中川一政は日本における洋画の黎明期から活躍した日本を代表する洋画家のひとり。
戦後間もない1949年から、1991年に亡くなるまで真鶴のアトリエで絵を描き続け、
その多くがこの中川一政美術館に収蔵されている。
また一政は油絵だけでなく、書の作品も数多く残しており、書家としても人気が高い。
今回のイベントは、そんな一政の書家としてのすばらしさにも触れてほしいと
美術館で開催された。

現在開催中の企画展『中川一政の装丁とデザイン』(3月28日まで)では、
一政の書の作品も展示するほか、本の装丁や挿画、パッケージ画など、
一政の多様な作品に触れることができる。
川尾さんも、興味深く展示作品を見て回った。

一政の書はとても独特。少し角張った文字だが
大小が異なり整然としておらず、バランスが悪いようにも見える。
が、それがとても味わい深く、どこか人間臭さが感じられる。

川尾さんはそんな一政の書はとても上手だという。
「非常に書をよく学んでいらっしゃると思います。そのうえでどうバランスを崩すか、
そのズレの妙をよくご存知だったのではと思いますね。
文字の大きさも含めて、とても計算されていると思います」

中川一政美術館のロゴも一政自身が書いた。「このバランスの崩し方がおもしろいですね」と川尾さん。赤いマークは、矢印を一政がデザインしたもの。

一政はきれいな楷書も当然書けるうえで、既成概念にとらわれず、
どう作品として美しく見せるかを考えていたのではないかというのが川尾さんの推測だ。
その証拠に、もともとの文字のうまさが、ところどころに表れているという。

「作品ではうまさを出したくなかったんでしょうね。技を見せないようにしているけど、
実はその裏にはたしかな技がある。そこがかっこいいですね」

「先生の書は本当に上手なんです。それをみなさんに知ってほしい」

一政の書を見ながら、何度も「かっこいい」を連発していた川尾さん。
もうひとつ着目したのが、書の作品における色。
通常、墨の色は均一であるのがふつうだが、
一政の作品ではひとつの作品の中にも墨の濃淡があり、
それもわざとそのようにしているのではないかと見る。

また色がついた線で枠を描いたり、文字の背景に色があるものもあるが、
それは、「料紙」から自分で描くということでは、と川尾さん。

「日本では平安時代に和歌を書くことから書が広まりました。
その和歌を書く紙である料紙には、
いろいろな絵や模様を施すという文化があるのですが、
料紙から自分でつくるということをされていたのでしょうね。
そういうところも、絵画を描く人だなと思います」

写真提供:中川一政美術館

『ハレとケ展』 せんだいメディアテークで開催。 圧倒的なビジュアルで 摩訶ふしぎな世界を体験!

「ハレとケ」の世界を最先端のビジュアル表現で体験

2017年3月18日(土)〜3月22日(水)までの5日間、
せんだいメディアテークにて、東北の不思議な世界へと
いざなう〈ハレとケ展〉が開催されます。

ハレとケとは、民俗学者の柳田國男が提唱した考え方。
たとえば秋田県のなまはげや、三陸地方に伝わる鹿踊(ししおどり)など、
昔から大切にされてきた「ハレ(晴れ)」の日と、
普段どおりの「ケ」の日を行き来するサイクルが
日本文化の根源にあると考えられています。

この展覧会では、そんなハレとケの世界を
最先端のビジュアル表現で体験することができます。

『BAKERU』

このたび初公開となる『BAKERU(ばける)』では、
化けるという行為を、インタラクティブな映像表現によって体験できます。

4つの伝統行事「なまはげ」「鹿踊」「加勢鳥」「早乙女」を
モチーフにしたお面をつけると、スクリーンのなかの自分のシルエットが変化。
それぞれの行事が人々にもたらす恵みがアニメーションで映し出されます。

さらに、工場と遊園地のシルエットがうつくしい『工場と遊園地』、
雨や水がテーマの『LightRain』も展示。

『工場と遊園地』

『LightRain』

いずれも、現実と空想の世界を行き来する体験型インスタレーションです。
これは、子どもも大人も一緒に楽しめそう!

里山の芸術祭 〈いちはらアート×ミックス2017〉 公式ガイドブックも発売

2017年春、第2回となる里山の芸術祭
〈いちはらアート×ミックス2017〉開催!

千葉県のほぼ中央に位置する市原市は、
小湊鉄道の里山トロッコ列車が走る、温暖で自然豊かな地域です。
特に市南部地域は、美しい里山とそこに暮らす人々のコミュニティが残るところ。

この市南部地域で2014年に誕生した芸術祭〈いちはらアート×ミックス〉が
2017年春、第2回となる〈いちはらアート×ミックス2017〉として開催! 
地域や関係団体と連携した取り組みをさらに充実させた芸術祭となっています。

〈いちはらアート×ミックス〉といえば、里山や廃校を舞台に、
現代アート作品の展示や体験型ワークショップなど、アートによる非日常を楽しむ芸術祭。
そんな芸術祭の魅力を余すところなく体験するため、公式ガイドブック(『美術手帖』4月号増刊)も発売されました。

芸術祭は、廃校となった4つの小学校と、小湊鐵道の駅周辺、
〈市原湖畔美術館〉を中心に、7つのエリアで開催されます。
のどかな里山が連なる日本の原風景と、現代アート作品のコラボレーションを
体験してみてはいかがでしょうか。

オススメの交通手段は、里山の中央を走る小湊鐵道。
1925年(大正14年)に開業したローカル線で、愛くるしい車体やレトロな木造駅舎は、
タイムスリップしたような昔懐かしい気分を味合わせてくれます。

真鶴の潮風を受け
オーガニックで果樹を育てる
〈オレンジフローラルファーム〉

自然と共存しながら、クリエイティブなことをする

神奈川県真鶴半島の先端、「お林」と呼ばれる森の少し手前にある入り口から
ゆるやかな坂を下りると、眼下に相模湾を望むウッドデッキテラスが見えてくる。
テラスを中心に、海からの風と太陽の光をたっぷり浴びた柑橘がたくさん植えられ、
果実や葉がやわらかい春の光に輝いている。

ここ〈オレンジフローラルファーム〉は、真鶴に移住して13年目の
佐宗喜久子さんたちの会社が運営する果樹園。
スローフード発祥の地、イタリアの“自然と人と食”の考え方に賛同し、
2002年からイタリアスローフード協会の国際会員に登録しており、
ナチュラル&オーガニックにこだわった、 皮まで食べられる安心なものを提供している。

ウッドデッキテラスにはテーブルなどが用意され、BBQなどに利用できる。 坂を下りたところにもレモン畑がある。

レモン、ライム、みかん、ダイダイ、プラム、ブルーベリーなどが実り、
11月にはさまざまな花が咲くオレンジフローラルファーム。
農薬を使わずに自然の恵みを生かし、海からの風が吹き抜ける畑は
お林からの落ち葉と適度な塩分で、良い腐葉土ができる。

ここでは果樹園でできた柑橘を限定で通信販売するほか、
レモン狩りや農業体験などの各種プログラムも行っている。
「来園者に丁寧に対応したいので、予約制にして
一度に対応する人数の上限を決めています」と佐宗さん。

果樹を丁寧に育て、来園者にも丁寧に接してくれる佐宗喜久子さん。11月中旬から12月はみかんの収穫期。(写真提供:オレンジフローラルファーム)

実は佐宗さんは、果樹園を運営しながら、
海外企業のコンサルティングなども行っている。
そしてこの環境が、それらのビジネスにもいい影響を与えているという。

「自然と向き合っていると、謙虚になるんです。自然と共存することで、
心が広くなって、ビジネスの現場でも広い視野を持てるようになった気がします。
多忙な日々のなか、こういった環境ではものすごくリラックスして
クリエイティブなことにも専念できます。
都会にいるときよりももっといい仕事ができるようになっている、
それはたしかですね。心と体のバランスが、真鶴に来てとれ始めたんです」

一見関係のなさそうな果樹園の運営と海外とのビジネス。
しかし、佐宗さんは真鶴という環境にいることを生かし、
楽しみながらビジネスに取り組んでいるようだ。

葉裏にいいレモンがあることが多い。5月には柑橘の花が咲き、近隣にも爽やかなシトラスの香りが漂う。「レモン狩りを始めた当時は、オレンジフローラルが日本で初めてだったと思います」と佐宗さん。

実を枝から切ったあとは、ほかの実を傷つけないようにもう一度ヘタを切る。とれたてのヘタからはレモンの芳香が。