「本当のいやげ物」 結果発表第3弾

いらないお土産、待ってます。

春らしくなってきましたね。
行楽の際には、ぜひ土産物屋を覗いてみてください。
思わずいらない物を手に取ってしまったら、あなたも研究員。
では、いやげ物の投稿発表です。

yotecoさんの投稿
遅くなりましたが、“み”うらさん、あけましておめでとうございます。 
産地:北九州市門司

みうら:巳の子なのね。
チンアナゴか、いやらしいもの想像しちゃった。

小作人さんの投稿
こんなに売ってたら、ミッキー的な事になります。
産地: 熊本県熊本市

みうら:僕もコレの独眼竜バージョン持ってます。
これで攻め込まれないとでも思ってんだろうかねぇ。

kisanjiさんの投稿
ある意味満載っ!!
もらいものですが、たぶん「お江戸」土産!!!
産地:東京

みうら:いいねぇーコレ。
こんなものが攻めてきたら東京はもうおしまいだね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いやげ物が展覧会に。

お元気ですか?
このたび、このコーナーでやってるよーな、いらない土産物(通称・いやげ物)を
ズラーッと並べて「どうよ? コレ」と、問う展覧会を、
大阪・梅田のLOFTで開催することになりました。
『国宝みうらじゅん いやげ物展』。
4月18日(木)から5月14日(火)までのかなりの期間。
僕が長年にわたり、日本の各所の薄汚れた土産物屋をせっせと回った結果ですね。
以前にも『大物産展』と称し、やったことがあるんですけど、
あれから15年ですよ、15年。時の経つのは早いものです。
その間に集めたゴムヘビや、本当にいらない物をどっちゃり加え、
みなさんに呆れられてもらおうという主旨です。
コレらはいつか民俗学的には価値が出るものだと思われますが、
たぶん百年はかかるでしょうね。
会期中、5月3日にはトークショー。4日にはサイン会といろいろやりますんで、
ぜひ、来てくださいな。
ということで、いらない物も大量となると展覧会ってわけです。
しかも勝手に“国宝”と冠につけてますから、
間違えて来てくださる方もいると思います。すいません。
で、もうひとつ宣伝なのですが、
最近『キャラ立ち民俗学』(角川書店)なる本も出しました。興味ある方はぜひ。
このコーナーで3冊プレゼントしますので応募してください。

編集部より
『国宝みうらじゅん いやげ物展』楽しみですね。
いやげ物をはじめ、このコーナーへの投稿をお待ちしております。
採用された方のなかから、抽選で3名様に、みうら所長の最新著書
『キャラ立ち民俗学』をプレゼントいたします。
ふるってご参加ください。

information

国宝みうらじゅん いやげ物展

2013年4月18日(木)〜5月14日(火)10:30〜21:00(最終日は17:00まで)
会場:梅田ロフト 7階ロフトフォーラム
入場料:500円(おまけ付き)
■みうらじゅんトークショー
2013年5月3日(金・祝) 17:00開演
会場:HEP HALL
料金:指定席 4500円
予約:アーク
http://ark.on.arena.ne.jp/
■みうらじゅんサイン会
2013年5月4日(土・祝) 13:00より
会場:梅田ロフト 7階ロフトフォーラム
*先着100名様、参加には入場券と会場限定商品購入レシートが必要です

山形 Part4 そして、次のステップへ。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
山形編・目次

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約80年間の小学校としての役目をまっとうした建物を、
「ものづくり支援」「観光交流」「学び舎」を基本コンセプトに
「山形まなび館・MONO SCHOOL」として新たに生まれ変わらせ、
仲間とともにその運営に携わった萩原尚季さん。
山崎さんと一緒に、その3年間の足跡をたどります。

「孫」の存在が必要なんです。

萩原

昭和初期につくられたこの校舎は、木造校舎のような郷愁はないけれど、
それでもぼくらが大切にして、後世にのこしていくべき価値があると思うんです。

山崎

「エディプスコンプレックス」なんていうと大げさかもしれませんが、
ひとつ上の世代への反抗心というか。これはどの世代も持っている。
たとえば、平成に生きているぼくらは、昭和後期の、
たとえばバブル時代に流行ったもの、つくられたものは恥ずかしくて仕方がない。
建築もプロダクツも、いまあんまり見たくないですよね。

萩原

そうですね。ぼくは山崎さんより3つ下ですけど、
同世代としてその感覚、わかります。

山崎

でも、次の世代のひとたちはきっと、
おそらくバブル時代のなかにあたらしいものを見いだす。
お父さん世代をつねに否定しながらも、おじいちゃんの代はいいと思える、と。
現代だけでなく、ひとは、ずっとそうやって生きてきたんだと思います。
では、ぼくらが次の世代を思って、のこしておくべきものは何なのか。
いま全国でどんどん廃棄されつつある昭和的なものに対して
それを本質的に見極め、「ちょっと待った!」と言えるのが、
ほんとうの目利きなのかもしれませんね。

萩原

山形でも、生活様式の変化や現代化によって、伝統産業、その他の産業で
各世代の職人さんたちが受け継いできた技や価値が、
どんどん衰退しているのが現状です。
かたや、東北芸術工科大学があり、そこではあたらしい人材が育っているのに、
卒業生が山形に根づいていかない。そういったちいさなズレを、
なんとか繋ぎあわせることができないかなって思うんです。

山崎

伝統産業、伝統工芸はとくにそうですよね。封建的な制度が崩壊して、
お父さん世代は安定した稼ぎの得られるサラリーマンになっている。
でも、孫世代には輝きを見いだすことができるんです。
奇しくも、山形発の映画『よみがえりのレシピ』のなかでも、
農や伝統を受け継ごうとする「孫」の存在が描かれています。
そのまちが古くから受け継いだ大切なものが記憶喪失になってしまわないように、
萩原さんのようなひとたちが、ヒントや手法を見つけて
地域の共感を得ていくというのは、いまとても重要なことだと思いますよ。

地下の交流ルーム

古い映画館からゆずり受けた椅子を並べた地下の交流ルーム。「山形国際ドキュメンタリー映画祭」の会場にもなった。

ものづくり活動用の貸し出しスペース

館内には、ものづくり活動を行うひとが利用可能な貸し出しスペースを設けた。会議室だけではなく、木工・金工作業のできる設備も!

3年経ってわかり始めたことは。

山崎

萩原さんが代表をつとめるデザイン事務所「コロン」が、
そういった思いを胸に、3年間この「山形まなび館」の
事業委託業務を行ってきたわけですが。

萩原

はい。はじめてのことばかりで、
なおかつ本業のデザイン業務も兼業してきたので、
正直、あっというまの3年でした。
2012年度の「グッドデザイン・ベスト100」を受賞し、
運営や活動の一端が少しは認めてもらえたかな、とは思いましたが、
地元の方々にはまだまだ周知できていない現実もあり、
もどかしく感じていました。

山崎

なるほど。

萩原

あたらしいモノをつくり続けなくても、
山形にはすでに魅力的なモノがたくさんあります。
それを編集しなおし、ていねいに伝えることを大切にしたい。
それも、続けていかなくては意味がない。
そう思うと、ぼくらにとって3年という期間は
あまりにも短い時間だったように感じています。

山崎

当初の行政の決まり通りにこの「山形まなび館」という場を
離れることになる萩原さんですが、
今後はどのような活動を予定されていますか?

萩原

現在進行中のAPARTMENT PROJECT
(みかんぐみの竹内昌義さんの提案しているエコハウスの機能をもったアパート)
の一室にゲストルームを設け、
宿泊ができたり、住人を中心にした小さなイベントを行える、
ちょっと変わったアパートメントを設計中で、9月には完成予定です。

山崎

それはたのしみですね。
ぼくも学科開設に向けてこれから山形に来る機会が増えるので、
ぜひ山形で一緒になにかやりましょう。

萩原

はい。そのときはまた成長したぼくらを見てもらえるようにがんばりますので、
どうぞよろしくお願いします。

萩原尚季さん

予定通りの任期である3月31日をもって、萩原さんたちコロンのメンバーは「山形まなび館」を離れるけれど、4月からはあたらしい事業主による運営がはじまる。

山崎亮さん

東北芸術工科大学「コミュニティデザイン学科」開設のために、これまで以上に山形に縁深くなりそうな山崎さん。「ぜひまた一緒にやりましょう!」

information

map

山形まなび館・MONO SCHOOL

県下初の鉄筋コンンクリート学校建築として、昭和2年に建てられた「山形市立第一小学校」が、約80年間の小学校としての役目をまっとうし、平成22年4月に「ものづくり支援」「観光交流」「学び舎」の拠点として生まれ変わった。

住所:山形県山形市本町1-5-19

TEL:023-623-2285(管理事務室)

開館時間:9:00〜18:00(交流ルームは〜21:30)

休館日:月曜(祝の場合は翌日)および12月31日、1月1日

Web:http://www.y-manabikan.com/

profile

TAKAKI HAGIWARA 
萩原尚季

アートディレクター。1976年茨城県生まれ。2000年東北芸術工科大学を卒業後、同大学の大学院に進学。スウェーデンへの交換留学経験から2001年デザイン事務所「コロン」を立ち上げ、2010年「株式会社コロン」となる。同年、山形市立第一小学校旧校舎活用の委託業者に選定。4月「山形まなび館・MONO SCHOOL」としてリニューアルオープン、その運営方法で2012年度「グッドデザイン・ベスト100」を受賞した。

Web:http://www.colon-graphic.com/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

ヤマモ味噌醤油醸造元7代目 髙橋 泰さん

老舗7代目の挑戦。

秋田県湯沢市。雪深いこのまちに慶応3(1867)年から続く味噌醤油醸造元がある。
「ヤマモ味噌醤油醸造元」。
髙橋 泰さんは、その代々継承される名跡「髙橋茂助」の7代目にあたる。
「僕は名前をふたつ持っているということになるんです。海外では考えにくいですよね。
“7th generation of Mosuke Takahashi”というと、伝わりやすいです」
海外には7代続く企業はそう多くないが、
日本は100年以上続く企業が数万社あると言われる、世界に冠たる老舗大国。
けれど、老舗というだけでは生き残っていけない。髙橋さんはそんな危機感を抱いている。

高校卒業後、関東の大学に進学し、デザイン工学科で建築を学んだ。
いずれは家業を継がなくてはいけないことはわかっていたが、
それまでは好きなこと、やったことのないことをどんどんやった。
バックパックを背負って旅にも出た。
卒業後、継ぐことを考えて東京農大の短大に進学、
その後、業界大手の醤油メーカーで商品開発などを学び、故郷に戻って来た。
現在も会社社長は髙橋さんの父、嘉彦さんが務めるが、
泰さんが家業を継いでから今年で7年目になる。
「最初は嫌々という感じでした。フラストレーションばかりたまって、
最初の1年は特にきつかったですね」
あるとき嘉彦さんに、会社のパンフレットをつくるように言われる。
が、地元の業者に発注したところ思うようなものができず、
それならばと、写真、テキスト、デザイン、すべて自ら手がけることに。
そこから、さまざまなことを自分でやるようになる。

創業者、髙橋茂助にちなみ屋号は「ヤマモ」。創業140年余。

もろみ蔵には百有余年使われている古い樽が。ここでじっくり熟成される。それぞれの樽には火入れをした日付と回数が描かれている。

上段から樽を見下ろす。味噌は一年の天然醸造ののち、雪解けの季節に食べごろを迎える。

ヤマモは従業員数14名の小さな会社だが、その顧客は9割以上が地元の一般家庭。
リピーターも9割以上だという。
卸を通さず、直接の顧客が9割というのは強みだが、
それも時代が変わり、流通が変化すれば大きなダメージを受け兼ねない。
ましてや、地域の過疎化は深刻だ。
これからはマーケットを県外、そして海外に広げていく必要があると、髙橋さんは考えた。
JETRO(ジェトロ、日本貿易振興機構)が出展支援をしている
海外での展示会や商談会に、これまで何度も応募し参加してきた。
まずは市場調査で2度、その後は企業マッチングのための商談会に参加するため
4度渡航した。
当初はJETROからも、海外の企業やバイヤーからも厳しい指摘を受けた。
当然だが、ただ自社の商品を持って行くだけでは見向きもしてくれない。
戦略が必要なのだ。
「まずコンセプトを見直すことが必要でした。
そして商品はどれくらいの容量がいいのか、どんなパッケージがいいのか。
特にパッケージに関しては、外国の方から高い要求がありました」

もらった意見や要求にはできるだけ素早く対応していく。
こうして、ひとりで商品開発に手をつけ、
容量も手頃でデザイン性の高いパッケージの商品を考案。
ただ、中身の味は変えていない。
伝統のヤマモの味はそのままに、自分なりのアイデアで、
これまでなかった限定商品もつくった。
「焦香(こがれこう)」は、地元の農家でとれたセージやバジル、
唐辛子などを漬け込んだ醤油。肉料理に合いそうな風味の漬け込み醤油だ。
「肉味噌」は、コクのある熟成三年味噌を使った商品で、
料理にも使いやすく、もちろんそのまま食べてもおいしい。
展示販売のイベントの際に、味噌だけを試食させるのではなく、
肉味噌に調理して出したところ好評で、売ってほしいという声があったため商品化した。
「焦香も熟成三年味噌も、時間をかけておいしくするという点では唐突ではないんです。
新商品も、ヤマモのコンセプトからは外れていません」

現在は台湾、タイにも取引先ができた。
でも、海外でバーンと売上を伸ばそうというのではない。
「長くつき合っていけるところと組みたいと思っています。
継続的な関係を築けるところを徐々に増やしていきたい」

ペットボトルの商品もあるが、昔ながらの一升瓶でも出荷している。瓶をリサイクルしているので、いろいろな色の瓶が。

従来の商品も、塩分控えめの「あま塩しょうゆ」、濃縮めんつゆの「あじ自慢」、濃縮だし「白だし」などバリエーションがある。

こちらも中身は同じ。120ml~300mlと、ひとり暮らしでも使いやすいサイズ。さまざまなヒヤリングを行い、髙橋さん自らデザインした。

これからも、このまちで続けていくために。

いろいろなことに取り組み始めて約2年。
いまはやりたいことが少しずつできるようになってきたという。
そのひとつが、ショップ。
会社の入り口を入ってすぐの小さな部屋を簡単に改装し、
セレクトショップ「ゴヨウキキ茂助」をこの2月にオープンさせた。
もともと友人と趣味のようにトートバッグや缶バッジをつくっていたが、
オリジナルグッズとしてショップで販売することに。
部屋には古いステレオなどが置かれ、
髙橋さんの好きなものを集めたプライベートのような空間だ。
「東京にいたときから家具を集めていたので、それを使ったり、
古い家具を蔵から引っ張り出してきて磨いたりしました。
だから、この部屋をつくるのに3万円くらいしか使っていませんよ。
基本的に何でもお金をかけないでやるのがモットーなんです」
オンラインでも商品は買えるが、店がほしかったという。
「ネット上でお客さんとのやりとりは増えても、
地元のお客さんと直接ふれ合える場所がなかった。
場所があると不意な出会いも誘発できますし、
波及効果が同心円状に広がっていくと思うんです。
地元にいい影響や効果を与えたい」

万事快調に見えるが、ここまでくるのには、時間がかかった。
否、時間をかけたのだ。急激な変化は、周囲を不安にさせる。
父である社長も、すぐには自由を許してくれなかった。
「定番商品を買ってくれている地元のお客さんに、
“息子が帰ってきて味を変えるんじゃないか”と思われたくなかった。
実際に、定番商品はいっさい変えていません。
いまはオンラインショップでも売り上げが伸びてきて、
社長も少しずつ認めてくれているのだと思いますが、
それまでは変革のスピードもセーブしていました」
従業員もこの変化を楽しいと感じてくれたら。
従業員のために揃いの作業着をつくったりもした。
海外への出荷が決まったり、ショップができたりすることによって、
彼らの意識が向上すれば、地元でいい効果が表れることにもつながる。

念願のショップ「ゴヨウキキ茂助」。江戸時代、初代の前身が御用聞きとよばれる商人だったことに由来する。

趣味でつくっていたトートバッグも、会社の事業にした。「だんだん趣味と仕事が近づいてきた」と髙橋さん。

オリジナル前掛けも販売。

商品開発やデザインはひとりで手がけているが、仲間と組んで活動する楽しさもある。
稲庭うどんの「麻生孝之商店」の麻生孝一郎さんとは、
海外のセミナーで知り合い、意気投合。
業態は違うが海外に行くときはコンビのように同行し、
興味を示してくれたバイヤーを互いに紹介し合ったりしている。
また、湯沢市にゆかりのある建築家、白井晟一の建築である
湯沢酒造会館「四同舎」で仲間たちとカフェイベントを行ったことも。
白井氏の孫にあたる白井原多さんも気鋭の建築家で、それを機に交流が続く。
建築を志していた髙橋さんは、いつか原多さんと面白いことができたらと考えている。
そのほか、湯沢市の商店街のシャッターを開けるイベントを仕掛けたり、
秋田県の味噌醤油蔵の若手後継者の集まり「若紫」では、
新しいロゴを髙橋さんがデザインするなど、自分の会社のためだけでなく、
地域を盛り上げるための活動もしてきた。
でもいまは、役割分担があるのかもしれないと思っている。
「地元のイベントをやってほしいという声もありますが、
イベントをやりたい人はほかにもたくさんいますし、
それはまた別の担い手が出てくればいいなと思っています。
僕は、いまは海外のマーケットで求められることがあれば応じていきたいし、
自分がそうやって外に出ていくことで、勇気づけられる人もいると思うんです」

先ごろ、タイの「DEAN & DELUCA」でも商品の取り扱いが決まった。
現在はアジアが販路開拓のメインだが、今後は欧米への進出も視野に入れ、
ヨーロッパの業者とも交渉中だ。
また今後は大学と連携してインターンの受け入れも行いながら、
新しい人材の育成にも取り組んでいく。
「僕は単なる経営者とは思われたくない。
実際に“つくり”の仕事もしているので、経営者と職人の中間の存在になりたい。
つくって売って、何でもやる人間がいちばん強いと思っています」
イベントなどで人前に出るときは、シャツの上にビンテージのワークジャケットを羽織り、
前掛けをつけて、オリジナルトートバッグを肩にかけて出かける。
どこまでも自分のスタイルなのだ。

ショップには古いラベルの原本も展示。髙橋さんのおじいさんにあたる5代目は自分でラベルを描いていたそう。髙橋さんは「このDNAか? と思いました」と笑う。

profile

YASUSHI TAKAHASHI
髙橋 泰

1979年秋田県生まれ。千葉大学デザイン工学科卒業、東京農業大学短期大学卒業。2006年に家業を継ぎ、代々続く味を広く届けるために日々奔走中。

information


map

ヤマモ味噌醤油醸造元/髙茂合名会社

住所 秋田県湯沢市岩崎124 電話 0183-73-2902
営業時間 8:00~17:00(「ゴヨウキキ茂助セレクトショップ」は11:00~16:00)
定休日 日曜・祝日(ショップの開店状況は来店前にご確認ください)
http://www.yamamo1867.com/

present

秋田の味をプレゼント。

ヤマモ味噌醤油醸造元の商品をセットで1名様にプレゼントします。塩分控えめの「あま塩しょうゆ」(300ml)、おそばやうどんなど麺類との相性ばっちりの「あじ自慢」(300ml)、煮物やお吸い物に重宝する「白だし」(300ml)、バジル、ローリエ、セージ、唐辛子、にんにくの5品目の漬け込み醤油「焦香」(120ml)、熟成三年味噌を使った「肉味噌」(85g)の5点セットです。ご応募はコロカルのfacebookページからお願いします。
※プレゼント企画は終了しました。

山形 Part2 山形まなび館のなりたちについて。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
山形編・目次

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約80年間の小学校としての役目をまっとうした建物を、
「ものづくり支援」「観光交流」「学び舎」を基本コンセプトに
「山形まなび館・MONO SCHOOL」として新たに生まれ変わらせ、
仲間とともにその運営に携わった萩原尚季さん。
山崎さんと一緒に、その3年間の足跡をたどります。

現代に見合った学び舎の仕組みづくり。

山崎

窓の向こう側に見えてるのが新校舎ですか?

萩原

そうです。いまも約200人の小学生が学んでいます。
ぼくらが管理しているのは、コの字の旧校舎の中央棟のみです。
東棟は市が管理する資料館、西棟は市民が自由に使える交流ルームになっています。

山崎

2010年4月に萩原さんたちが事業を委託したときは、建物はもうこの状態で?

萩原

そうですね。きれいに改装された状態で、
ソフトの部分をまかされたということです。
「まなび館」という名称だけは先に決まっていて、
中心市街地の活性化、ものづくり支援、学び舎、の
3つの機能を兼ね備えた事業者ということで選定されました。

山崎

芸工大(*1)の卒業生が始めたというこの「穀雨カフェ」のあり方も、
とてもいいと思いました。まさに、あたらしいはたらき、生き方ですよね。

萩原

ありがとうございます。
カタチが不ぞろいで市場に流通しない野菜をリヤカーで売り歩いていた彼女たちを
支援できる場があればと生まれたカフェです。
夏季は野菜をカレーにして提供したり、決まった曜日に直売したりしています。
ここ、もとは職員室だったんですよ。

山崎

椅子や机も、以前の小学校のものですか?

萩原

それが、もともとここにあったものは改装の際に処分されてしまったので、
ぼくらが改めてコツコツとよその学校や公民館、旅館などから
集めてきたリサイクル品を使用しています。

山崎

今日のトークの会場になる部屋は、普段はどのように活用されているんですか?

萩原

あちらは観光案内室です。でも、もとが図書室なので、
山形市立図書館で廃棄される雑誌のバックナンバーなどを定期的にもらいうけて、
誰にでも読んでいただけるように架設しています。
普段は地元メーカーの家具を置かせてもらい、
ゆったりと時間を過ごしてもらえるよう工夫をしています。

山崎

大きな書店が少ないまちで、デザイン系の本や雑誌が
いろいろ読める場所があるのってうれしいですよね。

*1 東北芸術工科大学:2014年4月に国内初の「コミュニティデザイン学科」を新設すると発表(現在申請中)。山崎さんは、その学科長に就任の予定。

カフェ「穀雨」

カフェ「穀雨」。ゆったりとした時間が過ごせる。はじめはリヤカーで「まがりものの野菜」を売り歩いていた大学の後輩たちを支援する場として始まったのだそう。彼女たちも3月でここを卒業する。

カフェ「穀雨」の机と椅子

机や椅子は、小学校で使われていたものではなく、コロンのメンバーがこの場所のために足で集めてきたリサイクル品。「そういえば、小学校の椅子や机より背が高いもんね」と山崎さん。

ひとが集い、実のなる木のような存在に。

山崎

大学から山形ということは、ご出身は?

萩原

茨城県ですが、ちいさいころから親が転勤族で、
海外も含め、いろんなまちで育ってきました。

山崎

うちも転勤族だったからよくわかるな。
じぶんで「住むまち」を決められるのって大学生からですもんね。

萩原

そうですね。ようやく友だちもできて、
人生で初めて、愛着を感じたまちかもしれません。
そのクラスメートで「コロン」というデザイン事務所を立ち上げたんです。

山崎

そうだったんだ。

萩原

そばも温泉も日本酒も暮らしの環境も、すべてがカルチャーショックでしたね。
もちろん、いい意味で(笑)。
そんなよそ者ということで、ある方から
「萩原さんは風土にたとえると、『土のひと』ではなく『木のひと』だ」
と言われたことがあります。

山崎

うん。とまり木、でもありますね。

萩原

山崎さんやナガオカケンメイさんのようなひとが、
鳥や風のように外からおいしそうな種を運んでくれるのを受け入れて実らせて、
山形という土地に根づかせることができたらと。
市内の人材を活性させるということも大切でしょうが、
一方で外からの刺激や市内外、もっといえば県内外のひとが集まる場も必要で、
それがぼくらの役割なんじゃないかなあと、いまは考えています。

(……to be continued!)

廊下で販売される地元の果物

廊下では、農家さんが持ってきてくださる市場に出ない野菜や果物、近隣の方の手づくりジャムやパンなどが販売されている。

閲覧可能な数々の雑誌

山形市立図書館で定期的に廃棄される雑誌や書籍を、コロン的な視点でセレクトしてもらい受けてきた。「これだけそろってると、若いひとたちにとっては、めちゃくちゃありがたいですよね」と山崎さん。

information

map

山形まなび館・MONO SCHOOL

県下初の鉄筋コンンクリート学校建築として、昭和2年に建てられた「山形市立第一小学校」が、約80年間の小学校としての役目をまっとうし、平成22年4月に「ものづくり支援」「観光交流」「学び舎」の拠点として生まれ変わった。

住所:山形県山形市本町1-5-19

TEL:023-623-2285(管理事務室)

開館時間:9:00〜18:00(交流ルームは〜21:30)

休館日:月曜(祝の場合は翌日)および12月31日、1月1日

Web:http://www.y-manabikan.com/

profile

TAKAKI HAGIWARA 
萩原尚季

アートディレクター。1976年茨城県生まれ。2000年東北芸術工科大学を卒業後、同大学の大学院に進学。スウェーデンへの交換留学経験から2001年デザイン事務所「コロン」を立ち上げ、2010年「株式会社コロン」となる。同年、山形市立第一小学校旧校舎活用の委託業者に選定。4月「山形まなび館・MONO SCHOOL」としてリニューアルオープン、その運営方法で2012年度「グッドデザイン・ベスト100」を受賞した。

Web:http://www.colon-graphic.com/

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RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

山形 Part1 だからこそ「熱いひと」が 必要なんだ。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
山形編・目次

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約80年間の小学校としての役目をまっとうした建物を、
「ものづくり支援」「観光交流」「学び舎」を基本コンセプトに
「山形まなび館・MONO SCHOOL」として新たに生まれ変わらせ、
仲間とともにその運営に携わった萩原尚季さん。
山崎さんと一緒に、その3年間の足跡をたどります。

まだ、こころの整理がつきません。

山崎

先日山形にうかがったときは、次年度の運営業者選定にもエントリーする、
というタイミングだったのですが……。

萩原

その後、2月21日に市役所から、次年度委託事業者に
選定されなかった旨の通達を受けました。山形市内のみならず、
全国からたくさんの方々に継続運営の応援をしていただいていたので、
とても残念な思いでいっぱいです。

山崎

こういうことって往々にして、
調査しやすい「来場者数」が評価の基準になったりしますが、
このとき安易に「数字」だけをみるのはよくないと思っています。
ほんとうに大事なのは「何人」ではなく、「どんなひとが来たか」ということ。
トイレだけ借りにきたひとと、この場に来たことで意識が変わって
その後じぶんでイベントをおこしたひとは、
果たして同じ「ひとり」として数えられるだろうか……。
そんな評価軸の設定と手法が、本来はきちんとつくられていくべきですね。

萩原

ぼくが代表をつとめる「コロン」というデザイン事務所で
運営を請け負ったのですが、なにしろ初めての公共のしごとで、
最初の2年はほんとうにあがいてばかり。
やっとこの1年で、こんなにすばらしいチャンスをいただけたことに感謝しつつ、
じぶんたちが「なにをすべきか」が見えてきたばかりだったので。
まだ全然、こころの整理がつきません。

山崎

行政との上手なつきあい方なんてわからなくて、
でも全身全霊でここの運営を継続したいと願った若者がいる。
これからの時代、なにが大切かを見いだして動こうとしている
熱き37歳が山形にいる。
これって、このまちにとってとても大事なことだとぼくは思いますよ。

「山形市立第一小学校」に関する資料

県下初の鉄筋コンクリート学校建築として昭和2年に建てられた「山形市立第一小学校」。その旧校舎を使った山形まなび館では、戦中戦後を経た小学校の長い歴史も垣間みることができる。

紅花文庫と山形市文化財展示室

山形市が管理する東棟には、第一小学校が所有する山形市の教育資料を展示する紅花文庫と山形市文化財展示室がある。

萩原尚季さんと山崎亮さん

講演前のわずかな時間ながら、密な対談をしてくださった山崎さんと萩原さん。奥に見えているのが、現在の「山形市立第一小学校」校舎。

なぜ、ぼくらがここを受託したか。

萩原

できれば、任期3年でハイ終わり! ではなく、
もう少しぼくらも周りも「育つ」時間、継続のチャンスをいただいて、
ぼくらが思い描いたもののたのしさを証明したかったなあと。

山崎

そもそも、萩原さんたちは、なぜここの運営を受託しようと思ったんですか?

萩原

ぼくは大学進学で山形に来たんですが、暮らすうちに
「なんて贅沢な土地なんだろう!」って感銘を受けたんです。
でも、東北のなかでもとくに、山形はメディアで取り上げられる機会が少なくて。
それなら、山崎さんがひととひとをつなげるように、
ぼくらが山形のモノや価値を外とつなげて伝えるということを
しごとにしたいなあと思ったんです。

山崎

なるほど。

萩原

この場所に惹かれたのには3つの理由があります。
ひとつは、たとえば山形鋳物の鉄瓶のようなすばらしい伝統産業を、
色やカタチを変えるという方法ではなく、使い方やその良さを伝えることで
流通の仕組みを支えたいという思い。
2つめは、D&DEPARTMENTのナガオカケンメイさんとの出会い。
3つめは、スウェーデンの大学に留学したときの経験です。
卒業生が無料で使えて弁護士や税理士のサポートを受けながら
起業準備ができる部屋があり、おのずとひとが育つシステムが整っているんですよ。
そうすると、10年、15年経つと彼らが先生として戻ってくるんです。
東北唯一の芸大を持つ山形で、さらにぼくらがまちとモノ、ひとをつなげることで、
この「まなび館」がそんな場所になればいいなって、そんな夢を描いたんです。

山崎

ひとが集まり、さらに若いひとのはたらきを生む場にもなるわけだ。
行政にとっても一石何鳥にもなる、いいアイデアのように思えますけどね。

(……to be continued!)

物産紹介室

物産紹介室。萩原さんが代表をつとめるデザイン事務所コロンがセレクトする、山形を中心とした東北の物産、そして山形の伝統工芸をあらたに解釈し直したオリジナルデザイングッズが並ぶ。

「kibiso」のストール

「kibiso」のストール。「きびそ」とは、蚕が最初に吐き出す最初の糸のこと。太くてかたいためこれまでは繊維として利用されず廃棄されていたが、鶴岡織物工業組合が「kibiso」としてブランド化。「市の施設なので、市外産の商品を扱うのは、なかなかハードルが高くて大変でした」と萩原さん。

information

map

山形まなび館・MONO SCHOOL

県下初の鉄筋コンンクリート学校建築として、昭和2年に建てられた「山形市立第一小学校」が、約80年間の小学校としての役目をまっとうし、平成22年4月に「ものづくり支援」「観光交流」「学び舎」の拠点として生まれ変わった。

住所:山形県山形市本町1-5-19

TEL:023-623-2285(管理事務室)

開館時間:9:00〜18:00(交流ルームは〜21:30)

休館日:月曜(祝の場合は翌日)および12月31日、1月1日

Web:http://www.y-manabikan.com/

profile

TAKAKI HAGIWARA 
萩原尚季

アートディレクター。1976年茨城県生まれ。2000年東北芸術工科大学を卒業後、同大学の大学院に進学。スウェーデンへの交換留学経験から2001年デザイン事務所「コロン」を立ち上げ、2010年「株式会社コロン」となる。同年、山形市立第一小学校旧校舎活用の委託業者に選定。4月「山形まなび館・MONO SCHOOL」としてリニューアルオープン、その運営方法で2012年度「グッドデザイン・ベスト100」を受賞した。

Web:http://www.colon-graphic.com/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

川反中央ビル

自分が生まれた土地で、文化を発信/享受したい。

秋田市の飲食店街、川反(かわばた)地区の入り口にある古いビル「川反中央ビル」。
市内を流れる旭川の川沿いにたたずむこのビルは、もともと印刷工場だったが、
現在は1階にギャラリー「ココラボラトリー」、
2階にカフェ「Cafe Epice」、
3階に本と雑貨のセレクトショップ「まど枠」と
Tシャツショップ「6 JUMBO PINS」が入居している。
それぞれの店の個性が溶け合って、居心地のいい空気が流れる。

この場所に人が集まってきたきっかけをつくったのは、ココラボラトリーの笹尾千草さん。
高校まで秋田で過ごし、京都の美大に進学。
卒業して3年半ほど京都で働いてから、地元の秋田に戻ってきた。
「京都には、ものづくりをしている人たちが集まっていて
情報交換できるようなカフェなどがよくありました。
秋田にもこういう場所をつくりたいなと、当時から漠然と考えていたんです」
京都はとても魅力的なまちだったが、そもそも言葉や習慣など、
自分が育ってきた秋田とは生活のベースの部分が違う。
そういったことに、自分でも気づかないうちに
エネルギーを使っているのだということに気づいた。
「そのエネルギーを、地元で別のことに使えないかなとふと思いました。
生まれた土地で、もう一度暮らしてみたいと思ったんです」

秋田に帰ってきてからは、いい出会いに恵まれた。
知り合った同世代のカメラマンの人に、ものづくりをしている人を紹介してもらい、
さまざまな人とつながっていった。
「とてもすてきなデザインをしていたり、いいものをつくっている人たちに出会いました。
私は県外に出てしまったけれど、この土地で暮らし続けながら、
こうしていいものをつくっている人たちがいるんだということに感動しました」
ただ彼らは、もっと自由に発表したり、集まって話したり、情報を得る場所がなかった。
笹尾さんは、彼らに出会ったことでそういう場所をより具体的にイメージすることができ、
スペースをつくろうと決心したという。

印刷工場に使われていた古いビル。独立した店舗が入居するのにちょうどいい構造だった。

頭の中で思い描いていたことが実現できたきっかけとなったのは、
県が主催する起業セミナー。実際に起業するかはさておき、
笹尾さんは自分のやりたいことを一度整理しようとセミナーに参加。
セミナーでは事業計画書を作成し、
実際に助成金を申請するための書類を提出して終了となる。
講師には、ギャラリーという事業形態であることや、
笹尾さんがギャラリーに務めた経歴もないことなどから、
かなり難しいだろうと言われていたが、なんと実際に申請が通ってしまった。
これには笹尾さん自身もびっくりしたが、周囲の人たちのすすめもあり、
ギャラリースペースとデザイン事務所を立ち上げることに。
こうしてココラボラトリーが誕生したのが2005年のことだった。

場所を探すと、川沿いのこのビルがなんとなく気になった。
中を見て、これぞ求めていた空間だと直感。
ボロボロだったが安く借りることができ、自分たちで改装した。
笹尾さんが借りたのは1階。
2階と3階には、近くの工事現場の事務所が一時的に入っていたが、
工事が終了すればいなくなってしまう。
このスペースを遊ばせておくのはもったいない。
そこで、ココラボのスペースの一部を使って開店していたショップ「まど枠」、
ウェディングドレスの工房「トワル.rui」、
そして秋田の別の場所でお店を開いていた喫茶店「石田珈琲店」の3店に
入居してほしいと頼み込んだ。
「その店の人たちのセンスに惚れていたので、
こんな人たちがいてくれたらいいなと思って、お願いしに行きました。
面白い空間なので、どうか入ってくださいって。勇気が要りましたけど(笑)」
場所を面白くするために、自分の力だけでなく、人の力を借りる。
3年がかりで、川反中央ビルに個性豊かな店が集まった。

現在は、トワル.ruiは東京に進出し、石田珈琲店は札幌にお引っ越し。
ココラボ、まど枠、Cafe Epice、6 JUMBO PINSが、現在の顔ぶれだ。

ギャラリーであり劇場でありライブハウスでもある。「表現活動ならなんでもできる空間」(笹尾さん)というココラボラトリー。週替わりでさまざまな展示をしている。(写真提供:ココラボラトリー)

思いを共有できる人たちがいるという心強さ。

まど枠の伊藤幹子さんは笹尾さんと同い年で、
偶然だが笹尾さんと同じ京都の美大に通っていた。
当時はお互いに知らなかったが、帰郷して知り合ったふたりは意気投合。
センスやイメージを共有することが自然とできた。
京都の書店でアルバイトしていた伊藤さんは、
少部数でも丁寧に手づくりされている
リトルプレスを売る店があったらいいなと考えていたという。
まど枠は、当初は書籍のみ扱っていたが、
現在では本だけでなく、地元の作家によるプロダクト、雑貨、
この場所にライブをしに来てくれるアーティストのCDなど、
さまざまなものを扱うセレクトショップになっている。
「クラフトは、若手作家のものから70代の名工の方のものまで扱っています。
若い人たちは一緒に成長していくような感覚もありますし、
年配の方はみなさん器が大きくてやさしい。いろいろな人たちとつながってきました」
と伊藤さん。

本も絵本から小説までセレクトされたタイトルが並ぶ。

秋田公立美術工芸短大で鋳金を学んだ「nishikata chieko」のジュエリー。卒業後も仕事をしながら制作を続け、鍛金のジュエリーなど新たな表現に挑戦している。http://nishikatachieko.com/

地元イラストレーター渡部哲也さんのイラストでつくったオリジナルポストカードと便せん。伊藤さんが絵を描いたものも。

渡部さんによるロゴマークの入ったオリジナルトートバッグ。お隣の6 JUMBO PINSでプリントしている。

まど枠の伊藤さんは、ココラボの一角でお店をスタート。イメージを共有できる人がそばにいたのがとてもよかったという。

6 JUMBO PINSの京野 誠さんは、東京、千葉、埼玉など、
おもに関東方面でさまざまな職を経験。
6年前に秋田に帰ってきたが、なかなか仕事が見つからず、
それならば自分で仕事をつくろうと、趣味でつくっていたTシャツの店を開くことに。
「ここにはふつうに遊びに来ていたのですが、
スペースが空いていたので入居させてもらいました。
ココラボは週替わりで展示が変わるのでいろいろな人が訪れるし、
2階のカフェに来たお客さんがこちらものぞいていってくれるので、
いろいろな人が来てくれますよ」と話す京野さん。
自身、この場所をとても楽しんでいるように見える。

オリジナルTシャツが1枚からつくれる。お客さんは老若男女さまざま。

折しも、架空のバンドグッズを販売する「妄想ロックフェス」というイベントを開催中だった。アーティストのCDジャケット(もちろん架空)も展示するというユニークな企画。

趣味が高じてTシャツ屋さんに。デザインは自己流で学んだという京野さん。

Cafe Epiceは、もともと石田珈琲店で働いていた高坂千代子さんのお店。
もし自分でお店をやるなら地元の秋田で、と考えていた高坂さん。
お菓子づくりから接客まで、ほぼひとりでこなす。
「笹尾さんも伊藤さんもお互い気心の知れた仲間だったので、
この場所でなら心強いと思いました」
ココラボで展示した作家さんの器を店で使ったり、
イベントにちなんだデザートをつくったりすることも。
お互い影響し合いながら、場をつくっているようだ。

カウンターの窓からは、外を流れる川が見える。お店では、フラワーアレンジメントのワークショップや、ライブなどイベントを開催することも。

「epice」はフランス語でスパイスの意。日常にひとさじのスパイスを、という思いがこめられている。高坂さんが日々つくる焼き菓子は販売もしている。

お店のコーヒーはすべて「石田珈琲店」の豆を使用。石田珈琲店のお客さんも引き継ぎつつ、若い女性客も増えた。県外からのお客さんも多いという。

いろいろなお店をブラブラできる、そんなまちにあこがれがあったと笹尾さんは話す。
「路面店でそれをやるのは難しいので、関西でよく見かけた、
雑居ビルのなかに個性的なお店が入っていて、上に行ったり下に行ったり
回遊できるような場所だったらできるかもしれないと思いました。
それならカフェと本屋さんがあったらいいなと」
ココラボで展示をする作家は8割くらいが秋田の作家だが、
必ずしも秋田にこだわっているわけではない。
「どこかよくわからない空気を醸し出しているのがいいかなと思っています。
でもちょっとだけ秋田がにじみ出ているような」

伊藤さんも、地元作家のものを多く扱っているが
「秋田だけを特別扱いするのではなくて、
同じように扱うことに意義があると思っています。
それで秋田のものが評価されるとすごくうれしいですね」と話す。
まど枠は、盛岡、弘前、秋田という3つのまちの、カフェや雑貨屋など
小さな店がつながる「さんかく座」という展示会にも参加している。
毎年3か所の持ち回りで開催され、5回目の今年は弘前で開催される。
点が線になる、本当に小さな星座のような活動。

「面白い人たちがたくさんいて、そういう人たちの存在や活動に光を当てて、
外の人たちに伝える。それで面白いねと言ってもらえて、
その人たちが輝くのが、いちばんの喜びです。
やっていてよかったなって思います」
そう話す笹尾さんも、ひときわ輝いて見えた。

「ここでの人たちとの出会いは財産です」という笹尾さん。ココラボでは年間70ほどの展示が催されるという忙しい日々。「昔はヒマだったから、ココラボで1日中おしゃべりしてたんですけどね(笑)」

笹尾さんがつけていたブローチは、まど枠で扱う「湊七宝工房」の七宝ブローチ。伝統的な七宝の技法を用いながら、日常になじむデザイン。

information


map

川反中央ビル

住所 秋田市大町3-1-12
テナント数:6(不定営業店舗、事務所のみの使用も含む)
職種:ギャラリー、デザイン事務所、飲食、書籍、雑貨販売、服飾、有線放送
起業資金:
◎6 JUMBO PINSの場合
約20万円(リノベーション済み)
◎ココラボラトリーの場合
約250万円(リノベーション、備品購入など。うち秋田県創業支援助成金125万円)

information

ココラボラトリー

営業時間 11:00~19:00 月・火定休
http://cocolab.jugem.jp/

information

まど枠

営業時間 11:00~19:00 月・火定休
http://madowaku-books.com/

information

6 JUMBO PINS

営業時間 12:00~19:00 月・火定休
http://6jumbopins.web.fc2.com/

information

Cafe Epice

営業時間 11:00~19:00 月・火定休
http://cafe-epice.tumblr.com/

「世界文化遺産の店」 結果発表第5弾

世界遺産はそこにある。

現在では各地で世界遺産の登録をめざして、いろいろな活動が行われているようです。
でも、足元に眠るこんな遺産にも目を向けてほしいものですね。
それでは、みうら所長からのコメントです。

masakoさんの投稿
よーく見るとなんか変。
リラクゼーションと性春をかけたのではないでしょうか?
さくらんぼの絵があるのに桜ボン? 謎だらけ。
撮影場所:愛知県岡崎市

みうら:チェリーボンとでも読むのでしょうか?
いやらしいのか、そうじゃないのか?
考えると頭が疲れる。

ねこまっしぐら さんの投稿
怪人ナゾラーのアジトでしょうか?
撮影場所:福島県浜通り(国道6号沿線)

みうら:すべてが「?」。
もう考える必要はない。人生に答えなどないんだから。

ねこまっしぐら さんの投稿
大家さん家賃は回収できているのでしょうか? 心配です。
撮影場所:群馬県高崎市

みうら:誰ひとり、ここから出て来やしない。

まちこ さんの投稿
気になるお店が並んでいました。聖徳太子様の店って??
営業している気配はありません。
撮影場所:東京都大田区

みうら:いまの僕には潜り込んでサンゴを観賞する勇気はまだない。

かの さんの投稿
「お、お前は……」というセリフが聞こえてきそうです。
撮影場所:鳥取県米子市

みうら:そもそも子どもが飛び出してくるところに
車を停めようってのが大きな間違いである。

yotecoさんの投稿
みうらさんに、本当は薔薇の花束を渡したかったですが、代わりにどうぞ。
撮影場所:北九州市小倉 現役薔薇族映画館

みうら:ここの前、通ったことがある。
オレも一応、写真はおさえた。

yotecoさんの投稿
私の知ってたホワイトハウスと違う……。
撮影場所:北九州市門司区

みうら:オバマさんじゃなく、オバさんが来るとこなんでしょ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

みうら所長より
一年ぶりに「勝手に観光協会」が復活! 相棒の安斎肇さんも今年で還暦。
いったい、ふたりで何年旅を続けてんだってことだよな。
オレは記憶魔で、記録魔なんで、ちゃんと覚えてるよ。
そもそもはじめは「月刊アスキー」って雑誌で宮城県の気仙沼を訪れたんだ。
“1997・8”、ホテル観洋で勝手にご当地ソング第一曲目
『哀愁ちゃナイト』を作詞・作曲、旅館で録音(通称・リョカ録)した。
「来月もどこか行こうよ!」と、編集者と盛り上がった夜、
編集部から電話が入って「今月で終刊」だってさ。
出だしからこれだから、この16年間、いろんな雑誌を渡り歩いた。
CSの番組になってからはスタッフも増えたけど、やってることは同じ。
ただその地に行って勝手にご当地ソングやポスターなどを作り続けてきたんだ。
あまり知られてないと思うけど『勝手に観光協会』(vol.1・vol2)と、
『勝手にご当地ソング47+1』ってCD3枚も出してんだ。
どこで売ってるか当人もよく分かんないけど、ネットで調べて聞いてみてくれや。
きっと君の都道府県のご当地ソング(勝手な)があるからさ。

で、先月は三重県に行った。雑誌「ノンノ」でも行ったから今回で2度目。
個人的には4度目(親孝行プレーも含め)。
この収録はテレビでもないから、来月いきなりDVDだ。
どうなの? ビデオスルーの早さは。
当然、目当ては土産物。二見浦周辺の店で、どっちゃりホコリかぶった海女人形や、
相棒はなぜかダルマを買った。買うというより発掘といったほうがいい。
「先代が仕入れたものなんで値段がよく分からない」と言うオバさんに
「もう2000円でいいんじゃないですか?」と、勝手に交渉。
「それじゃー」って言うんで
「じゃ3000円で」と迫ると
「いや1000円でも悪い」って、どんな営業。
結局、その店でどっちゃり買って旅館で広げた。
いま流行ってるのは、旅館の床の間に買ってきた土産物をシンメトリーに配置すること。
シンメトリーにすることでグッと宗教色が出るからね。
それで風呂行って、僕らのいない間に布団敷きに来るでしょ。
それを見計らって部屋に戻るんだ。きっと噂してると思うんだよな、旅館の人。
あの客はちょっとヤバイってね。

そんなこんなでまたいつか旅は始まると思う。
だって勝手になんだもん。相棒が還暦超えたって平気。
いつか、みなさんとお会いする日もあるでしょ。そのときは僕らの手元見てよ。
土産物どっちゃりだから。バカみたいに。

編集部より
みなさんも、どこかに行ったら鄙びた土産物屋をのぞいてみてください。
いつかみうら所長に会える日も来るかもしれません。
そしてぜひ、各地で発掘した「いやげ物」のお写真を送ってください。
「フィギュ和」も歓迎です。お待ちしています。

募集は終了しました。たくさんのご応募ありがとうございました。

長野 Part4 企業でも組織でも個人でもない、 はたらきの場。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
長野編・目次

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はじまりは、2009年。長野市の善光寺門前町に位置する古い建築物のリノベーション。
建築家、編集者、デザイナーの7人でまちづくりを考える、「ボンクラ」という、
ちょっとふしぎな名前の異業種ユニットを訪ねました。

グループだけど、一枚岩じゃない。

山崎

この「KANEMATSU」を5年間とんでもなく安い賃料で借りて
運営することになったボンクラのメンバー7名は、
どうやって決まったんですか?
太田さんと広瀬さんとのあいだには、
親子ほどの歳の差があるということですけど……。

太田

飲み会に居合わせたメンバーです(笑)。
ぼくはその日、新潟にいたんですが、
宮本さんから「今晩飲むけど」という電話を受けて、
なんだかすぐ帰らなきゃいけない気がして飛んで戻ってきたという(笑)。

宮本

そうそう、小布施ミニマラソンの打ち上げでビアガーデンに行ったときだ。
厳密にはそれ以前にも何度かミーティングのようなことはやっていたんですけどね。

山崎

伝説の飲み会になってしまったわけだ(笑)。
で、そのビアガーデンに居合わせた7人が、
ボンクラというLLP(有限責任事業組合)を結成するんですね。

広瀬

そうです。ただの仲良しグループではなく、
きっちり継続していこうよという約束のような
ケジメのような意味合いでハンコを捺しました。
ボクが喜寿(77歳)になるまで、と契約書に記しています。

宮本

その延長として、いつかは
「楽しいことやって儲かるようになったらうれしいね」と。

山崎

なるほど。賃貸契約もまずは5年という制限があるわけですから、
LLPというのはいい選択でしたね。

宮本

それぞれが自立していながら、ときどきお互いに手伝いながらはたらける、
いい関係がつくれていると思います。
企業でも組織でも個人でもない、その中間のような「はたらきの場」。

広瀬

つまり、グループだけど、一枚岩じゃないんです。
しごとも、地域との関わりも、全員一丸ではなく、
プロジェクトごとに、できるひと、やりたいひとが
個別にフレキシブルに機能するようなイメージですね。

山崎

あるプロジェクトではリーダーを務めるひとが、ほかのプロジェクトでは
当日会場の椅子を並べるだけのこともある、ということですね。
でも、ボンクラ全体としては「関わってる」。

広瀬

これからはそういう時代だと思っています。

薪窯のピッツェリア「TIKU - 」

「KANEMATSU」のすぐご近所。仙台で修業後、長野にUターンした店主が、2012年の3月11日に開業した薪窯のピッツェリア「TIKU - 」。

なんでもない古民家を改装した店内。席数は決して多くないので、お昼どきには行列もできる。仲介は、もちろん「MYROOM」の倉石智典さん。

「しふぉん菓恋」。2011年11月の開業

「TIKU - 」のお隣に、仲良く並ぶのは「しふぉん菓恋」。2011年11月の開業。ふんわりやさしい味わいで、門前のケーキ屋さんとして親しまれている。

この「場」のポテンシャルをもっと生かして。

山崎

たとえば、田中陽明さんが春蒔プロジェクト(*1)を始めた当初も
そんなふうに始まったと記憶していて、同時代性を感じます。

宮本

そうなんです。ボンクラを始めようというタイミングで、
足を運んだBankARTのイベントで同じテーブルを囲んだのが、
春蒔プロジェクトの田中陽明さん、東京R不動産の馬場正尊さん、
紺屋2023プロジェクトの野田恒雄さんというスゴいメンバーだったんです。
とはいえ、当時のぼくらは、彼らのことを全然知らなかったんですけれど(笑)、
それをご縁にいろいろ相談にのってもらいました。

山崎

まさに、春蒔プロジェクトとR不動産を
足して2で割ったようなイメージですもんね。

太田

みなさんとはなしたことは、すべてが目からウロコでしたね。
それまでモヤモヤと考えていたことが確信に変わり、
「1秒でも早く長野に帰って、ぼくらも始めなくちゃ!」
という気持ちになりました。

山崎

地の利を考えれば、いまでは馬場さんのほうがうらやましがるかもしれませんね。
長野のこのまちを拠点に、東京とは違う仕組みがつくっていけたら、さらにいい。

太田

そうですね。ぼくらももう4年目ですから、
そろそろ次のステップを考えなくては、というタイミングです。

広瀬

5年後のことを考えないとね。
ここまでやってきて、実際にまちが動いたという手応えがあるので、
続けていきたいなあとは思っています。

宮本

「KANEMATSU」のポテンシャルは、こんなもんじゃないぞ、
と思っていますから(笑)。

太田

うん、ことしはさらにがんばりますよ!

山崎

たのしみです!

*1 春蒔プロジェクト:「co-lab」というクリエイターのシェアードコラボレーションスタジオを企画運営しながら、この集合体をクリエイションシンクタンクとし、企業や商品の主にデザインによるブランディング業務を請け、クリエイティブディレクションするプロジェクト。主宰・田中陽明。http://co-lab.jp/

セルフリノベーション中の物件

セルフリノベーション中の物件。落書きにひかれて声をかけてみたら、「上階に住んでます」という大学生の男の子が生活している部屋まで見せてくれた。

「KANEMATSU」の天井を支える太い梁

「KANEMATSU」の天井を支える太い梁。100年という長い年月の重みをずっしりと感じる。

山崎亮さんと広瀬毅さん

広瀬さんは、山崎さんが講師をつとめる「東京芸術学舎」のプログラム「ふるさとという最前線」の生徒さん。「喜寿を迎えるまで、このままたのしいことを続けていられるようにがんばりますよ」

information

map

KANEMATSU

長野県善光寺門前に位置する建物。倉庫として使われていた3つの蔵を、鉄骨や木造の平屋でつなぎ、現在は、ここをプロデュースするクリエイティブユニット「ボンクラ」のシェアオフィスのほか、カフェ、古本屋、不動産屋などが入居する。

住所:長野県長野市東町207-1

Web:http://bonnecura.naganoblog.jp/

profile

TAKESHI HIROSE 
広瀬 毅

1961年石川県金沢市生まれ。横浜国立大学工学部建築学科を卒業。長野で設計事務所に勤務の後1998年に広瀬毅|建築設計室を設立。長野県建築士会まちづくり委員長。2009年に「LLP.ボンクラ」を7人の仲間で立ち上げ、事務所を長野市善光寺門前の工場として使われた古い倉庫「KANEMATSU」に移転。ストックを生かす建築のあり方を模索している。また中山間地のコミュニティのこれからを考えるうちコミュニティ・デザインに出会う。東京芸術学舎の山崎亮氏の講座を受講し、さまざまな地域の人々と交流を深めている。代表作に『霊仙寺の家』(長野県建築文化賞最優秀賞/飯綱町)、『仙仁温泉岩の湯』(須坂市)。リノベーションでは『リプロ表参道』(長野市)、『日和カフェ・まちなみカントリープレスオフィス』(長野市)などがある。

Web:http://hirose-aa.com/

profile

NOBUYUKI OTA 
太田伸幸

1981年長野県上田市(旧丸子町)生まれ。美容室、建築関係、デザインプロダクション勤務の後、 2008年マンズデザイン主宰。広告のデザイン・アートディレクションの他、長野市内中学校への 美術授業ボランティア、地元の芸術家とともに地域と関わるアート活動企画・主催。2009年~シェアオフィス「KANEMATSU」協同運営。

Web:http://www.manz.jp/

profile

KEI MIYAMOTO 
宮本 圭

1970年長野県生まれ。工学院大学工学研究科建築学修了後、宮本忠長建築設計事務所勤務を経て、シーンデザイン一級建築士事務所を設立。建築とその周辺にあるものを面白く結びつけていくためのプロジェクトに多数携わる。ツリーハウスプロジェクト、絵馬プロジェクトなど。2009年に有限責任事業組合ボンクラを立ち上げ、善光寺門前にある素敵な古い建物で、建築家・編集者・デザイナーが集まり、単なる建築の再生だけでなく、地域やコミュニティの再生も視野に入れたプロジェクトカネマツを実践中。

Web:http://scenedesign.jp/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

長野 Part3 ツリーハウスが教えてくれたこと。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
長野編・目次

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はじまりは、2009年。長野市の善光寺門前町に位置する古い建築物のリノベーション。
建築家、編集者、デザイナーの7人でまちづくりを考える、「ボンクラ」という、
ちょっとふしぎな名前の異業種ユニットを訪ねました。

シャッターを開けるひとたち。

山崎

テナントの仲間に、不動産屋さんも入ってるんですね。

宮本

そうなんです。これが、ずいぶんニッチな不動産屋さん(*1)で。
普通は貸したいひとがいてしごとが発生しそうなものですが、彼の場合は、
まずはまちを自転車でまわって、空き物件をじぶんで見つけてくるんですよ。
そのあとしっかり調べて所有者を見つけたら、まずはお手紙を出し、
東京だとか横浜だとかにいる大家さんのところに出向いて
「貸していただけませんか」と言いに行くんですよね。
もちろん、いちどだけでなく、なんども。

太田

ぼくらも一時期、R不動産のまねごとというか、
ボンクラ不動産みたいなことをやろうとしたことがあるんですけど、
本職の片手間ではとうてい無理だな、と。

宮本

彼が現れてくれたことで、このまちの動き方やスピードが
まるで変わったな、と感じています。

広瀬

ふつうの不動産屋さんが絶対仲介したがらない物件ですからね。
家賃3万ぐらいの賃貸ですからね、
仲介したって、利ざやなんて出ないのに、ですよ。

宮本

それでも、今後こういうことが必要になってくると
彼は確信をもってやっているので、
ぼくらもどうしたらサポートができるかなって考えているところです。

広瀬

そう考えると、改装費ではなく、むしろ不動産屋さんに
行政の補助金なんかが出るといいのに、と思いますよね。

山崎

そうですね。不動産ではありませんが、たとえば林業組合では、
長い年月を経て曖昧になったり分散したりしている山の所有者に
コツコツとハガキを出し、訪ねてはなしをし、
ある程度一括して組合が管理ができるようにという手続きを
公共の資金で行っている地域があります。
いまのはなしも、理論としてはこれと同じ。
閉じてしまったまちのシャッターを、開けさせるための
基礎合意を得ていくという手続きですものね。

*1 株式会社MYROOM:「KANEMATSU」に入居する不動産屋(代表・倉石智典)。門前町のリノベーション物件賃貸仲介を得意とする。http://myroom.naganoblog.jp/

「Book&Cafe ひふみよ」

北国街道から一筋入った静かな住宅街にある、元酒屋をリノベーションした「Book&Cafe ひふみよ」。2階は和室にこたつというほっこりカフェ。開店までの道のりが、お店のブログにていねいに書かれています。おでかけコロカル・長野編『眺めの良い2階での読書がおすすめ!「Book&Cafe ひふみよ 」』

出版社「まちなみカントリープレス」本社

こちらは、信州のタウン情報誌「KURA」で知られる出版社「まちなみカントリープレス」本社。元は倉庫だった廃屋を広瀬さんがリノベーション。「ここを手がけたことも、ボンクラを始めたきっかけのひとつです」(広瀬さん)。

フリーペーパー「日和」と連動した「hiyori CAFE」

「まちなみカントリープレス」の1階は、フリーペーパー「日和」と連動した「hiyori CAFE」。

女性のためのシェアハウス「アン・ハウス」のリーフレット

MYROOMが物件を探し、広瀬さんがリノベートを手がけた最新の物件は、女性のためのシェアハウス「アン・ハウス」。

自由で、みんなが素人になれるツリーハウス。

宮本

わかりやすい歴史価値のある建物の保存だけでなく、なんでもないこの場所に
お金やひとや価値が集まる仕組みをつくりたいなって思うんです。

山崎

そこに、デザインが必要なんです。
行政だって、すぐれた事例には助成金を出したいはずなんですから。

宮本

そういえば、ぼくがデザインのチカラを思い知ったのは、
太田さんと初めて出会ってたずさわったツリーハウスづくりでしたね。

山崎

太田さんがツリーハウスの……デザインを?

宮本

いや、勝手にキャラクターをつくったり、ちらしをつくったり、です(笑)。

広瀬

ボンクラのときと一緒だよね(笑)。

宮本

でも、そのことでみんなのモチベーションがみるみるあがるんです。
実際に向かうべきイメージがはっきり共有できて、
関わるひとたちがどんどん増えていくというか。
デザインのチカラってそうだったんだ! って。

太田

ぼくは写真が好きでイラストレーターがちょっと使えるから、
じぶんができることをやっただけなんですけどね。

宮本

正直言うと、はじめに「ツリーハウス」をつくろうとしたとき、
建築家なのにつくり方がまったくイメージできないじぶんに愕然としたんですよ。
鬼太郎やハックルベリーさえつくれるのに!(笑)

太田

その後、ツリーハウスプロジェクトを名乗って、
ただつくりたくて、たのしみたくて、これまでに4棟つくりました。
ぼくらにとってツリーハウスは、ひととの関わりのためのツールという感覚ですね。

宮本

おもしろいのは、「ツリーハウス」と言ったとたんに、
建築関係者だけでなく、アーティストやデザイナーや、
いままで一緒になにかをやったことがなかったひとたちが集まってくるということ。
なにより、「建築ってそういうもんだ」という思いこみから完全に自由になれるし。
これまで味わったことのない感覚でしたね。
そんなときに出会ったのが、この古い物件。
だから、この広い建物群を異業種多人数でシェアするという考えが
自然に生まれたんです。

(……to be continued!)

飯綱のキャンプ場のなかに宮本さんたちがはじめてつくったツリーハウス

善光寺界隈から車で30分ほどにある、飯綱のキャンプ場のなかに宮本さんたちがはじめてつくったツリーハウス。「つくってるあいだにも、木が成長しますからね。こんなにおもしろいことはない」(宮本さん)。(写真提供:太田伸幸)

ツリーハウスプロジェクトのリーフレット

ボンクラのはじまりに、ツリーハウスプロジェクトあり。「しかも廃材を利用してつくってるんですね!」と山崎さんも興味津々。

information

map

KANEMATSU

長野県善光寺門前に位置する建物。倉庫として使われていた3つの蔵を、鉄骨や木造の平屋でつなぎ、現在は、ここをプロデュースするクリエイティブユニット「ボンクラ」のシェアオフィスのほか、カフェ、古本屋、不動産屋などが入居する。

住所:長野県長野市東町207-1

Web:http://bonnecura.naganoblog.jp/

profile

TAKESHI HIROSE 
広瀬 毅

1961年石川県金沢市生まれ。横浜国立大学工学部建築学科を卒業。長野で設計事務所に勤務の後1998年に広瀬毅|建築設計室を設立。長野県建築士会まちづくり委員長。2009年に「LLP.ボンクラ」を7人の仲間で立ち上げ、事務所を長野市善光寺門前の工場として使われた古い倉庫「KANEMATSU」に移転。ストックを生かす建築のあり方を模索している。また中山間地のコミュニティのこれからを考えるうちコミュニティ・デザインに出会う。東京芸術学舎の山崎亮氏の講座を受講し、さまざまな地域の人々と交流を深めている。代表作に『霊仙寺の家』(長野県建築文化賞最優秀賞/飯綱町)、『仙仁温泉岩の湯』(須坂市)。リノベーションでは『リプロ表参道』(長野市)、『日和カフェ・まちなみカントリープレスオフィス』(長野市)などがある。

Web:http://hirose-aa.com/

profile

NOBUYUKI OTA 
太田伸幸

1981年長野県上田市(旧丸子町)生まれ。美容室、建築関係、デザインプロダクション勤務の後、 2008年マンズデザイン主宰。広告のデザイン・アートディレクションの他、長野市内中学校への 美術授業ボランティア、地元の芸術家とともに地域と関わるアート活動企画・主催。2009年~シェアオフィス「KANEMATSU」協同運営。

Web:http://www.manz.jp/

profile

KEI MIYAMOTO 
宮本 圭

1970年長野県生まれ。工学院大学工学研究科建築学修了後、宮本忠長建築設計事務所勤務を経て、シーンデザイン一級建築士事務所を設立。建築とその周辺にあるものを面白く結びつけていくためのプロジェクトに多数携わる。ツリーハウスプロジェクト、絵馬プロジェクトなど。2009年に有限責任事業組合ボンクラを立ち上げ、善光寺門前にある素敵な古い建物で、建築家・編集者・デザイナーが集まり、単なる建築の再生だけでなく、地域やコミュニティの再生も視野に入れたプロジェクトカネマツを実践中。

Web:http://scenedesign.jp/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

長野 Part2 新参者として、謙虚にまちに 貢献すること。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
長野編・目次

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はじまりは、2009年。長野市の善光寺門前町に位置する古い建築物のリノベーション。
建築家、編集者、デザイナーの7人でまちづくりを考える、「ボンクラ」という、
ちょっとふしぎな名前の異業種ユニットを訪ねました。

大家さんの想い、ぼくらの想い。

山崎

ここは善光寺のほんとすぐそばですが、
このエリアってもともとどういう場所なんですか。

広瀬

この辺は、いわば問屋街ですね。
ただ、昭和40年代に郊外に問屋団地をつくって
一斉にそっちへ移転してしまったそうです。
残念ながら、ほとんどは駐車場になっていて、当時の面影はないですが。

山崎

でも、ここは残っていたわけですね。

広瀬

そうですね。その後も工場として細々と稼働していらしたんですが、
結局それも撤退せざるを得なくなって。
じぶんたちは出て行ってしまうけれど、それでもなにかのカタチで
まちに貢献できないかという大家さんの想いを受けて、
「KANEMATSU」という会社の名前を残しました。

山崎

2009年当初、メンバーが最初にイメージしたのはもうこのカタチだったんですか。

宮本

550平米もあるから、正直、広瀬さんと一緒で、
はじめはじぶんひとりではできないと思ってましたね。

山崎

そりゃあそうだ(笑)。

太田

でも結局、ぼくと宮本さんが惚れた勢いで暴走気味に
東京のシェアオフィスだとか横浜のBankART1929(*1)だとかに行って、
気になるひとに会って、めちゃくちゃ勉強して、
大家さんに会って口説いて……(笑)。

宮本

大家さんは、じぶんたちがシャッターを下ろしたまま、
まちに対してしっかり貢献できなかった、というのを悔やんでらしたんです。
そんな想いをうかがって、じゃあ、
「金松/KANEMATSU」という屋号を残しながら、
ここを拠点とするぼくらがお祭りに参加する、
地域の掃除に参加するということを約束します! ということを
契約に盛り込んだんです。
だから代わりに、5年間だけ家賃を安くしてもらえませんか、と。

山崎

なるほど。

広瀬

ぼくらのようなあたらしい人間が突然まちに入ってくるだけでも、
まちのひとたちにはいろいろな感情があるわけですから、
よそ者としてそれなりに謙虚でいなければ、と最初からはなし合ってきました。
ひっこしのときはしっかりご近所にあいさつまわりもしましたし。

宮本

いまでも毎年お正月には、全員でキモノを着て、善光寺に初詣したあと、
ごあいさつまわりに行くのが恒例です。

*1 BankART1929:横浜市が推進する歴史的建造物を活用した文化芸術創造の実験プログラム。BankART(バンカート)は元銀行であったふたつの建物を芸術文化に利用するという意味を込めた造語。http://www.bankart1929.com/

広瀬毅さん

「太田さんと宮本さんがどんどん走り出しちゃったんだよね。でも、ブログやフライヤーをつくってくれたことがほんとうにありがたくて、あらためて“伝える”ことの大切さを痛感しました」(広瀬)

宮本圭さん

「本棚も、キッチンも、ぼくたちがつくりたくて先につくってしまってたんです」と、宮本さん。じぶんがたのしみながら、しっかりしごとをつくっていくひと。

場をきっかけに、ゆるやかに、ひろがるつながり。

広瀬

これだけ大きなハコですから、7人が事務所として借りるだけではなく、
まちに賑わいをつくるイベント的なことができればということも
当初から考えていました。
それで、まずは近所の神社のお祭の日に合わせてイベントをやろう、と。

山崎

それに間に合わせなくちゃいけないわけですね?

太田

9月に契約して、お祭が11月。もう、片づけるのが精一杯でしたね(笑)。

広瀬

片づけている最中から、信濃新聞の記者さんが追いかけてくれていて、
そんな効果もあり、約400人の方々に来ていただきました。

山崎

それが、2009年のことですね。

広瀬

片づけただけのがらんどうでもできることってなんだろう、というところから、
はじめの1年は隔月ペースでフリーマーケットをやったりしていました。

山崎

「ボンクラ」のスタートメンバー以外、つまり、このカフェみたいに
テナントで入っているひとたちはどういうふうに集まってきたんですか?

宮本

クチコミやひととの出会いのなかで、
「やりたい」というひとがあらわれてきた、という感じです。
たとえば、この「壁一面の本棚」はぼくがつくりたくてつくったんですけれど、
「こんな店をやりたいなあ」という本屋さんがあらわれて。
「やっぱ、事務所にはカフェが欲しいよねー」って、キッチンをつくったら、
ここでカフェをやりたいというひとがあらわれて(笑)。

山崎

あはは、相変わらず先走るんだなあ(笑)。

広瀬

というようないきさつで、ちょっと変わった不動産屋さん、
壁一面が書棚に囲まれた古本屋さん、それにこのカフェなど、
いまはぼくたち5社を含め、12社14名でこの「KANEMATSU」を共有しています。

(……to be continued!)

太田伸幸さん

「大家さんに会う前に全国の興味深いひとたちにとにかく会いにいって、事例をめちゃくちゃ勉強しました」(太田)

山崎亮さん

「地域の行事に参加することを契約書に盛り込んで、その代わりに5年間家賃を下げてもらう、というのはいいアイデアですね」(山崎)

古本屋「遊歴書房」のロゴ

テナントの1件は、天井まである本棚に囲まれた古本屋「遊歴書房」。http://www.yureki-shobo.com/

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KANEMATSU

長野県善光寺門前に位置する建物。倉庫として使われていた3つの蔵を、鉄骨や木造の平屋でつなぎ、現在は、ここをプロデュースするクリエイティブユニット「ボンクラ」のシェアオフィスのほか、カフェ、古本屋、不動産屋などが入居する。

住所:長野県長野市東町207-1

Web:http://bonnecura.naganoblog.jp/

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TAKESHI HIROSE 
広瀬 毅

1961年石川県金沢市生まれ。横浜国立大学工学部建築学科を卒業。長野で設計事務所に勤務の後1998年に広瀬毅|建築設計室を設立。長野県建築士会まちづくり委員長。2009年に「LLP.ボンクラ」を7人の仲間で立ち上げ、事務所を長野市善光寺門前の工場として使われた古い倉庫「KANEMATSU」に移転。ストックを生かす建築のあり方を模索している。また中山間地のコミュニティのこれからを考えるうちコミュニティ・デザインに出会う。東京芸術学舎の山崎亮氏の講座を受講し、さまざまな地域の人々と交流を深めている。代表作に『霊仙寺の家』(長野県建築文化賞最優秀賞/飯綱町)、『仙仁温泉岩の湯』(須坂市)。リノベーションでは『リプロ表参道』(長野市)、『日和カフェ・まちなみカントリープレスオフィス』(長野市)などがある。

Web:http://hirose-aa.com/

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NOBUYUKI OTA 
太田伸幸

1981年長野県上田市(旧丸子町)生まれ。美容室、建築関係、デザインプロダクション勤務の後、 2008年マンズデザイン主宰。広告のデザイン・アートディレクションの他、長野市内中学校への 美術授業ボランティア、地元の芸術家とともに地域と関わるアート活動企画・主催。2009年~シェアオフィス「KANEMATSU」協同運営。

Web:http://www.manz.jp/

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宮本 圭

1970年長野県生まれ。工学院大学工学研究科建築学修了後、宮本忠長建築設計事務所勤務を経て、シーンデザイン一級建築士事務所を設立。建築とその周辺にあるものを面白く結びつけていくためのプロジェクトに多数携わる。ツリーハウスプロジェクト、絵馬プロジェクトなど。2009年に有限責任事業組合ボンクラを立ち上げ、善光寺門前にある素敵な古い建物で、建築家・編集者・デザイナーが集まり、単なる建築の再生だけでなく、地域やコミュニティの再生も視野に入れたプロジェクトカネマツを実践中。

Web:http://scenedesign.jp/

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RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

長野 Part1 そして、ボンクラが生まれた。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
長野編・目次

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はじまりは、2009年。長野市の善光寺門前町に位置する古い建築物のリノベーション。
建築家、編集者、デザイナーの7人でまちづくりを考える、「ボンクラ」という、
ちょっとふしぎな名前の異業種ユニットを訪ねました。

城下町の金沢、門前町の長野、ふたつのふるさと。

山崎

こんばんは! 夜遅くにお邪魔します。

広瀬

いえいえ、お待ちしておりました。ここに来ていただくのは、ほぼ1年ぶりですね。

山崎

この連載の第1回目で小布施を訪れて、
その翌日に立ち寄らせてもらったんでしたね。
きょうは、じっくりおはなしをうかがいたいと思っています。
「ボンクラ」メンバーの顔ぶれと、この場所の関係をおさらいしてもいいですか?

太田

はい。「ボンクラ」とは、建築家、編集者、デザイナーの7人で
まちづくりを考える異業種ユニットで、
この2階にシェアオフィスという形態で入居しつつ、この古い建物を
「KANEMATSU」として蘇らせ、プロデュースする役割を担っています。

山崎

きょうの顔ぶれを見ても、30代、40代、50代とそろっていて、職種もバラバラ。
まず、みなさんがどのように集まったのか興味がありますね。
たしか、広瀬さんはこちらのお生まれではなかったと……。
とすると、地元のつながりというわけでもなさそうです。

広瀬

はい。生まれは金沢で、就職してから長野です。横浜の大学を卒業して、
金沢に帰る途中に長野で途中下車をしてしまった、と(笑)。
そのころは信越線が通っていましたからね。
いまは両親もこちらに呼んで一緒に暮らしています。
ただ、金沢もたのしいまちですから、ご縁は残していたいと思っていて、
金沢と長野にふたつのふるさとがあるような気持ちでいます。

山崎

ふたつのふるさと。うーん、すてきだなあ。
金沢と長野って、どこか似ているイメージがあるんですが……。

広瀬

長野市は合併がありましたから、いまは両市とも、人口40万人くらい。
だから、まちの規模的なものは似ていますね。

山崎

ともに、むかしから根づいた文化がありますよね。
中山間地域でありながら、大きな都市で、歴史と文化がある。

広瀬

ただ、城下町と門前町という気質的な違いはありますね。
建築物でたとえても、金沢はやはり洗練されて都会的、
長野はあたたかい木や土を使っていてほっこりとしています。

長野市・善光寺

現在の長野市は、善光寺の門前町を起源として発展した都市で、古くは長野盆地を「善光寺平」とも。善光寺門前の参道は北国街道のルートでも多くのひとが行き交った。善光寺には、現在も年間600万人が参拝に訪れる。

座談会の様子

左の広瀬さんと右の太田さんの歳の差、20歳。「あいだに宮本くんがいてね、考え方がバラバラだから、ちょうどバランスがいい」と広瀬さん。

はじまってないのに、走り始めたヤツがいた。

山崎

太田さんはどちらのご出身ですか?

太田

上田市です。もとは美容師見習いだったんですけど、20歳になる直前で
「グラフィックデザイナー」なる職業があることを初めて知りまして。
「Macで絵を描いて儲かるなんて、いいなぁ」と思ったのがきっかけですね。
広瀬さんたちに出会ったのは、勤めていたデザイン事務所を辞めて、
フリーになって2年目ぐらいのときです。

山崎

独立してすぐだと、しごともなくて大変な時期だったんじゃないですか?

広瀬

それがね、ちょうどよかったんですよ。
ぼくたち「ボンクラ」のメンバーは7名なんですが、5人が一級建築士、
1人はエディター、そして、グラフィックデザイナーの太田くんでしょう。
建物を改装していきながら活動していくには、すごくバランスがよかったんです。

山崎

というと……?

広瀬

彼がまだ暇だったから、ずっとブログを書いてくれていたんです。
写真も撮ってくれて、それが人の目をひくすごくいい写真で。

太田

しごとがなかっただけなんですけどね(笑)。

山崎

つまりおふたりは、この蔵をどうにかしよう、ということで出会うんですか?

広瀬

いや、実は、ぼくは一度ここに入るテナントを探してほしいという
宮本さんからの協力を断ってるんですよね。
もとが工場だったので大きな機械が入ったまま放置されていて、
そのままは使えないし、改修するにしろ、ざっと1000万はかかる状態だったので。
まさかじぶんが入居するなんてまったく視野になかったし、
そのときはまだ太田さんに出会ってもいませんでした。

太田

そういうこと、ぼくは全然わからなくて。
建築家がいればなんとかなるんだろうなんて楽観的に考えて、
この物件に惚れこんだ勢いで、勝手にロゴマークとか作り出していたんです。

山崎

めちゃくちゃ対照的だなあ(笑)。

広瀬

ぼくと初めて会ったとき、もう、パンフレットをつくって、持ってきてたもんね。
契約どころか、大家さんと、まだなんのはなしもしてないのに(笑)。
それで、一緒に入居しませんかって誘われて……
すぐに「入る!」って返事をしてました。

山崎

え? 広瀬さんが誘われたほうだったんですか。
うーん、それは意外だったなあ(笑)。

(……to be continued!)

「KANEMATSU」の廊下

「KANEMATSU」は、もともと独立していた3つの蔵を、鉄骨や木造の平屋でつないだ構造。細部をじっくり見ると、その構造が見えてくるユニークな空間。

「KANEMATSU」1階の「カフェ・ラバーソウル」

深夜の座談会が行われたのは「KANEMATSU」1階の「カフェ・ラバーソウル」。床材やテーブル&ソファなどにリサイクル品がうまく使われた空間。

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KANEMATSU

長野県善光寺門前に位置する建物。倉庫として使われていた3つの蔵を、鉄骨や木造の平屋でつなぎ、現在は、ここをプロデュースするクリエイティブユニット「ボンクラ」のシェアオフィスのほか、カフェ、古本屋、不動産屋などが入居する。

住所:長野県長野市東町207-1

Web:http://bonnecura.naganoblog.jp/

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TAKESHI HIROSE 
広瀬 毅

1961年石川県金沢市生まれ。横浜国立大学工学部建築学科を卒業。長野で設計事務所に勤務の後1998年に広瀬毅|建築設計室を設立。長野県建築士会まちづくり委員長。2009年に「LLP.ボンクラ」を7人の仲間で立ち上げ、事務所を長野市善光寺門前の工場として使われた古い倉庫「KANEMATSU」に移転。ストックを生かす建築のあり方を模索している。また中山間地のコミュニティのこれからを考えるうちコミュニティ・デザインに出会う。東京芸術学舎の山崎亮氏の講座を受講し、さまざまな地域の人々と交流を深めている。代表作に『霊仙寺の家』(長野県建築文化賞最優秀賞/飯綱町)、『仙仁温泉岩の湯』(須坂市)。リノベーションでは『リプロ表参道』(長野市)、『日和カフェ・まちなみカントリープレスオフィス』(長野市)などがある。

Web:http://hirose-aa.com/

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NOBUYUKI OTA 
太田伸幸

1981年長野県上田市(旧丸子町)生まれ。美容室、建築関係、デザインプロダクション勤務の後、 2008年マンズデザイン主宰。広告のデザイン・アートディレクションの他、長野市内中学校への 美術授業ボランティア、地元の芸術家とともに地域と関わるアート活動企画・主催。2009年~シェアオフィス「KANEMATSU」協同運営。

Web:http://www.manz.jp/

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KEI MIYAMOTO 
宮本 圭

1970年長野県生まれ。工学院大学工学研究科建築学修了後、宮本忠長建築設計事務所勤務を経て、シーンデザイン一級建築士事務所を設立。建築とその周辺にあるものを面白く結びつけていくためのプロジェクトに多数携わる。ツリーハウスプロジェクト、絵馬プロジェクトなど。2009年に有限責任事業組合ボンクラを立ち上げ、善光寺門前にある素敵な古い建物で、建築家・編集者・デザイナーが集まり、単なる建築の再生だけでなく、地域やコミュニティの再生も視野に入れたプロジェクトカネマツを実践中。

Web:http://scenedesign.jp/

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RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

港区芝 Part4 「東京だけど、ローカル。」

山崎亮 ローカルデザインスタディ
港区芝編・目次

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東京都港区芝。東京タワーのすぐそば、大都市の真ん中に、地域コミュニティの拠点
「芝の家」はあります。山崎さんが訪れたのは、大学の講師でありながら、
このプロジェクトのコーディネイターを務める坂倉杏介さん。
今回は、都市ならではのコミュニティ形成の方法、そして東京というローカルに注目します。

芝の家の、その先にあるものは。

坂倉

港区に芝の家が一軒だけあっても効果には限界があると思っていて、
再来年、区の事業で新橋にも別のかたちでつくることになっています。

山崎

ほぉう。

坂倉

芝の家をはじめてみてわかったことは、空間があるかないかではなく、
それを運営する「ひと」がそういう場をつくれるかどうかなんですよね。

山崎

そりゃあそうですよ。まちがいない(笑)。
空間の政治学があるとはいえ、
ぼく自身がそれを設計していてそこに限界を感じた人間だから、
すごくよくわかります。必要条件だけど十分条件じゃない。
マネージングをだれがするの、ということがすごく大きい。
たとえば、坂倉さんがしゃべったこと、やってきたことを誰かが綿密に記録して、
新橋で、あるいはほかの場所でほかのだれかがそのマニュアルを実行しても、
全然別のものになると思います。

坂倉

そうですね。よかったなと思うのは、一緒にやってきて、
区役所のひとがそのことを理解してくださったということです。

山崎

とても重要なことでしたよね。

坂倉

そこで、準備のひとつとして「ご近所イノベータ養成講座」(*1)
試験的に開講します。地域づくりのための場に加えて、
「やりたいひと」を支える仕組みをつくろうという取り組みです。

山崎

いいですね。地に足がついているのが伝わります。

坂倉

山崎さんが関わっていらっしゃる海士町で、
まちづくりプロジェクトの「ひとチーム」から
「あまマーレ」という場ができた順序と、逆ですね(笑)。

山崎

おもしろいですね。

坂倉

芝って、3万4千人の地区なんです。
このくらいのちいさい活動を続けて行くと、
ほんとうに変わっていく可能性がある規模なんじゃないかなって。

山崎

東京だけど、ローカルなんですよね。

坂倉

たとえば、地方から遊びにきた方に、
「東京のひとって思ったよりいいひとだったよ」とか、
「むしろ地元よりローカルだったよ」なんて言ってもらえたらうれしい(笑)。

*1 ご近所イノベータ養成講座:ご近所イノベータとは、自分の想いを実現しながら、地域生活に豊かさと幸せを生み出す次世代のまちの担い手のこと。講座とワークショップ、プロジェクトの実践や「芝の家」でのコミュニティ体験を通して「自分のやりたいことをまちにつなげる」技法も学ぶ、少人数生の実践講座。2013年2月27日に説明会開催。開校は6月予定。http://gokinjo-i.jp/

「芝の家」事業の紹介冊子

芝の家の取り組みは、港区の委託事業。「ただ見守る、という企画を通すのは大変だったでしょう」と山崎さん。坂倉さんたちは、事例や効果を、できるだけ数字にしたり記録したり、目に見えるようにすることに注力したという。

お知らせが書かれた黒板

ちいさな地区でちいさな活動を続けていくことで、可能性が生まれていく。

それでもよかったんだ、という記憶がよみがえる場所。

山崎

マズローの「欲求階層論」(*2)でいうと、
この大都会で居場所を求めて芝の家に来るひとたちの契機って、
その多くは「欠乏欲求」だと思うんです。
そして、ここに通ううちに「なにかをはじめよう」という気分になり、
「成長欲求」に移行していく場なんだな、と。
一方、ぼくらの活動に関わろうとするひとたちのほとんどは、
そもそも自己実現や承認を求める「成長欲求」から入ってくる。
つまり「やりたいひと」ばかりが集まってくる。
ここが、ぼくらがやってることと、
坂倉さんたちがやっていることの役割の違いかな、と思いました。

坂倉

なにもなかったところに火種をつくって発火させようとすると、
「じつは地域のためになにかやりたかった」というひとが集まってくる。
おそらくほとんどの地域ではそれが正しいと思うんですよね。
でも、都心部では、「なにかやりたい」とひとがやって来ても、
すぐにはできないんです。

山崎

というと?

坂倉

その場所に愛着もないしネットワークもないひとが、
「やりたいこと」だけをやろうとしてもやっぱり難しいんです。
しばらくなにもしないでここにいて、愛着や帰属意識が芽生えてから
はじめて十全に「やりたいこと」をはじめられる。
そのために、まずじっくりじぶんと向き合う、損得なくひとと関われる、
芝の家のような場がある、東京というまちではそれが新鮮なんです。

山崎

坂倉さん、ご出身はどちらですか?

坂倉

名古屋生まれですけれど、ほとんどずっと東京です。
世田谷区なんですが、祖父母も一緒に住んでいたからか、
なにかにつけて親戚や近所のひとの出入りが多い家ではありましたね。

山崎

ぼくが幼いころに通った父の実家も、西荻でしたけれど、そんな感じでしたね。
ついつい「東京=六本木ヒルズ!」みたいなイメージを抱きますけど(笑)、
そうじゃない日常もちゃんとあった。

坂倉

そういうことが、ぼくらがこどものころ、
すなわち70年代くらいまではある程度のこっていました。
しかも、地縁の息苦しさは経験しすぎていない。
だからできるのかもしれませんね(笑)。
ご近所づきあいの記憶がまったくないひとが、
それをやろうと思っても急にはできないんです。
だから、記憶がある世代はそれをよみがえらせ、
記憶がない世代には「そういうつきあいも、アリだったんだ」という
まったく新鮮な発見がある。
そんな、あたらしいコミュニティづくりができたらいいな、と思っています。

*2 アブラハム・マズローの欲求階層論:人間の欲求は、「生理的欲求」「安全への欲求」「社会的欲求」「自我欲求」「自己実現欲求」の低次元から高次元までの5つの階層をなしていて、低次元の欲求が満たされてはじめて、高次元の欲求へと移行するという説。生理的欲求や安全への欲求を「欠乏欲求」と呼び、自己実現を求める欲求は「成長欲求」と呼んだ。

駄菓子コーナー

近所づきあいもあった、70年代の東京が原風景としてある。そこから、あたらしいコミュニティづくりが始まる。

坂倉杏介さんと山崎亮さん。縁側で対談中

「東京もローカルだったよ、なんて言ってもらえたらうれしい」(坂倉) 「ここに通ううちに、なにかをはじめようという気分になっていく場なんでしょうね」(山崎)

information

map

芝の家

住所:東京都港区芝3-26-10

TEL:03-3453-0474

営業時間

コミュニティ喫茶「月火木」:月・火・木曜 11:00~16:00

駄菓子と昔あそびのオープンスペース:水・金・土曜 13:00〜18:00

定休日:日曜・祝日

Web:http://www.shibanoie.net/about/

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KYOSUKE SAKAKURA 
坂倉杏介

慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任講師、三田の家LLP代表、NPO法人エイブル・アート・ジャパン理事。2003年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。地域コミュニティの形成過程やワークショップの体験デザインを、個人とコミュニティの成長における「場」の働きに注目して研究。キャンパス外の新たな学び場「三田の家」、地域コミュニティの拠点「芝の家」の運営を軸に、「横浜トリエンナーレ2005」、「Ars Electronica 2011」など美術展への参加、大学内外での教育活動を通じて、自己や他者への感受性・関係性をひらく場づくりを実践中。
共著に『黒板とワイン―もう一つの学び場「三田の家」』、『メディア・リテラシー入門―視覚表現のためのレッスン』(慶應義塾大学出版会)、『いきるためのメディア―知覚・環境・社会の改編に向けて』(春秋社)など。

Web:http://kyosuke.inter-c.org/

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RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

あきたアートプロジェクト 「東北を開く神話」

秋田の地図の上に描かれた、不思議な呪文と「第二の道具」。

秋田県で、地域と芸術文化活動の活性化をめざし、
さまざまなプログラムを展開している「あきたアートプロジェクト」。
秋田県立美術館で展示されている「東北を開く神話 第2章」は、
昨年の「第1章」に続き、美術家の鴻池朋子さんが
地元秋田在住の作家たちとつくりあげた展覧会だ。
秋田の「作家」といっても、必ずしもアートを生業としているということではない。
学生から主婦まで、職業も年齢もさまざまだが、
しっかりとこの土地に根を下ろして生きながら、ものをつくっている人たち。

作品づくりは会期の7か月ほど前、カードを使ったゲームから始まった。
集まった作家たちは3枚のカードを引く。
1枚目のカードに書かれているのは、秋田の地名。
秋田には、なかなか読めないような、不思議な地名がたくさんある。
頭無森(かしらなしもり)、神屋敷(かみやしき)、強首(こわくび)、
不戻沢(ふもどりざわ)、約束沢(やくそくざわ)などなど。
2枚目と3枚目には、アイヌのことわざや伝承を分解したものが書かれている。
東北地方にはアイヌの言葉も多く残っており、
それは古代、東北地方に蝦夷(えみし)が住んでいたという証でもある。
3枚を組み合わせると、たとえば
「頭無森に伝わる 村中の墓に紐を巻き付けて 吠えながら噛み付いてくるもの」
といった具合に、筋は通らないが、呪文のような不思議な文章ができ、
想像力がかき立てられる。
作家たちはそれぞれの文章にインスピレーションを得て、作品づくりに取り組む。

秋田の地名とアイヌのことわざの一部が書かれたカード。第1章では秋田の民話を使った。鑑賞者も入り口でカードを引き、神話の世界へ迷い込む。

「雪車町(そりまち)に伝わる 近くへ針を刺し、遠くへ針を刺して 腹ばかりでかいもの」。陶芸作家の田村 一さんは、自分なりのイメージからたくさんの「針」を磁器でつくった。秋田県出身で益子で活動し、一昨年秋田に戻ってきたという田村さんは、ふだんは天草の土で器をつくっている。

作品には、それぞれ作家が引いたカードの呪文が添えられていて、イマジネーションが広がる。

作家たちがつくるのは「第二の道具」とされる指人形。
はて、第二の道具とは?
このキーワードは、第1章を開催したときに、地元の骨董商の方から
「鴻池さんのやりたいことは、もしかしたらこういうことかな?」
と手渡された1冊の本にヒントを得たという。
それは、縄文時代について書かれた考古学の本。
縄文時代には狩猟や生活していくために必要な「第一の道具」があり、
それとは別に、土偶や呪術に使う石棒など、実用的な機能を持つわけではないが、
困難な状況を打開してくれたり、ある種の力を想像させてくれる
「第二の道具」があったという一節があった。
この展覧会では、誰もが遊んだことのある指人形を、
現代における第二の道具として定義し、アーティストたちが自由につくることで、
神秘的でイマジネーションあふれる世界を表出させた。

会場にあるのは、大きな指人形と小さな指人形の2種類。
カードゲームからつくられるのは大きな指人形で、
会場全体に大きな秋田の地図が描かれ、呪文の地名と符合するように展示されている。
指人形といっても作品は多様なかたちをしており、指人形には見えないものもある。
ただ、どれも触れることができ、指を入れたりしながら、
感触も愉しみながら作品を鑑賞できるようになっている。
小さな指人形のほうは、指にかぶせて遊べるようないわゆる指人形で、
鑑賞者はそれらのうち、ひとつを持ち帰ることができる。
けれど、どれを持ち帰るかは選べず、くじをひき、
そこに書いてある地名の指人形を持ち帰ることになる。
小さな指人形だけ制作した作家も含め、全32組のアーティストが参加している。

視覚だけでなく、指を使って体感する作品が並ぶ。

障子に指で穴をあけ、そこから覗いてみる。

見た目と感触のイメージの違いにハッとする作品も。

この土地で生きる人たちが、表現するもの。

鴻池さんは、現在は東京を拠点に活動しているが、秋田県出身。
以前からあきたアートプロジェクトを運営する「ココラボラトリー」の人たちと、
いつか一緒に何かできればと漠然と話していたことはあったが、
それが具体化したのは東日本大震災のあと。
震災が直接関係しているわけではないが、社交辞令のようなやりとりではなく、
やらないといけないという自然な気持ちから、
お互いやりたいことについて素直に話ができるようになり、
展覧会がかたちになっていったという。

「ココラボラトリーの方たちは、最初は私の個展のようなことを
イメージしていたのかもしれませんが、
この秋田という風土のなかでやるからには、ここで育ってきた生き物=作家たちが、
ものをつくるということを見せたいと思いました。
土地と表現するものというのは、すごく密接に関わってきます。
言語とか風土とか季節といったものと、そこに住んでいる人たちとの、
ものをつくっていく関係性を展示で見せられないかと思ったのです」と鴻池さん。
ココラボラトリーを運営する30代の女性たちの存在も大きかったようだ。
「彼女たちは自ら進んでこの地を選んでいます。
東京にいられなくて、というネガティブな選択ではなく、
こちらのほうが豊かだと素直に思える。それは新しくて、
でも素直な地方の見方で、そういう視点があったのは大きかったと思います」

会場全体に秋田の大きな地図が縄で描かれ、地名に合わせて作品が展示されている。

秋田から出土した土偶が、現代の作家たちの作品と地続きで展示される。

展示まで2回の相談会を開き、鴻池さんはすべての作家と作品づくりについて話をした。
だが、アドバイスすることはあっても、
それは作品制作を指導するようなものではなかったそう。
「近所のおばちゃんに相談するみたいな(笑)。
あれもやりたい、これもやりたい、といろいろなものを見せてくれるんです。
私がしたのは、その人がやりたいことについてきちんと耳を傾けて、
ものにしてあげることに協力するようなことでした。
何をやりなさい、ではなくて、全部出してみたら? という感じ。
相談会で自分が作家たちひとりひとりと会っている様は、
まるで難問を出してくる八百万の神様と対話をしているようで、
なんだ神話とはこういうことだったのかと、まるごとわかりました。
ごちゃごちゃっと、いろいろな魑魅魍魎が人間という生きものから出てくるんですけど、
私がそれを開示してしまったのかもしれません」

アートの根源は、アーティストという特殊な人にのみ備わっているのではないはず。
美やその感覚を人から引き出す能力を持つ人のこともまた、
アーティストと呼べるのかもしれない。

毎日感じたことを日記のように編み物にしているという作品。鴻池さんは「作品に日々を生きている感じがそのまま表れている」という。

なくわ みれなさんの作品は、加茂青砂(かもあおさ)という港町にちなんだ作品。美しい海に、昭和57年に起きた津波の悲しい物語があることを知り、思いをこめてつくった。

この展覧会は、作品が展示されただけでは完成しない、と鴻池さんは話す。
会場にたくさんの人が訪れて、ああでもないこうでもない、と秋田弁が飛び交う。
それで初めて、展覧会になるのだという。
「美術館の展覧会って静かなものというイメージで、
美術品に対する絶対的なヒエラルキーがある。
でもこの土地には、すべてが渾然一体となって空間をつくるような
面白さがあるんです。それと、外の雪がすごいですよね。
雪のなかを歩きながらここまで来るということが、
関係ないようでいて、実はある。
たとえば息を吸い込むだけで冷たい空気がすっと入ってきたときの、
からだの反応だとか、いろいろな感覚が目覚めているはずなんです。
外からやってきて異人として足を踏み入れることも重要だし、
異人とここの人とのエネルギーのやりとりも面白い」

秋田県立美術館の向かいには、新・秋田県立美術館がオープン。現・美術館は老朽化のため取り壊しが決まっている。

屋外には「隠れマウンテン登山」。雪の道を歩くのも楽しい。

鴻池さんは、単に美術館に作品を展示するということとは、
少し違うことに興味を持ち始めているようだ。
「各地の美術展に呼ばれていろいろなところに行くんですが、
いつも同じことを要求されるんです。でも、私はこらえ性がないので、
九州に行っても北海道に行っても海外に行っても同じ展示をするということに、
集中力が持てなくなってしまって。
それでわざわざ、飛行機ではなくて電車で行ってみるとか、
帰り道にどこかに寄ってみるということを、作品と関係なくやり始めたんです。
同じような空間で同じ展示をするけれど、一方で、一歩外に出れば、
こんなに違う場所でこんなに違う人たちとのやり取りがある。
そういうことを、表現できないかと思うようになってきたんです」

入場料の200円と引き換えに、小さな指人形がもらえる。バラエティ豊かで思わず選びたくなるが、自分の意志では選べない。

手先を使うものでありながら、明確な機能があるわけでもなく、人間のかたちをした指人形を「第二の道具」と見立てた。

鴻池さんはこの展覧会のほかに、奥羽山脈の北に位置する秋田県森吉山にて
「美術館ロッジ作戦」というプロジェクトも行っている。
山へ登り、山村を探索しながら、半年間かけて山小屋に作品を設置するというもの。
「作品を見ることが重要というよりは、東京から出てきてローカル線に乗ったりして、
雪が降って足止めされたりしながら、ある場所になんとか行って帰るということが、
その人にとってすごく重要な出来事であり、冒険だと思います。
その人が、少しだけいきいきと再生するようなことのために、
折り返し地点に作品があるというだけでいいのかもしれない。
いまはそういうことに興味を持ち始めています。
これは体感型とか参加型といわれるようなものではなくて、
臨終に立ち会うように、個人がその場に立ち会ってしまうような、
そういうことで自分の居場所を確認したり、
感覚を再生したりするようなことなのではないかと思うのです。
たとえば、それが失恋した直後の旅だったら、作品はそのように見えてくるし、
個人のなかでその人だけの何かが起こる。
そういうことを尊重したいし、それを含めて表現だと思うんです」

鴻池さんのアニメーション作品も展示されている。

大事なことを直感で感じとってはいるが、まだよくわからないこともある、と素直に語ってくれた鴻池さん。「厄介なことをやり始めているなという感覚はあるんですけどね」

profile

TOMOKO KONOIKE
鴻池朋子

1960年秋田県生まれ。東京藝術大学美術学部日本画専攻卒業後、玩具と雑貨の企画デザインの仕事に携わり、97年より作品制作を開始。国内外で数多くのグループ展に参加、個展を開催。作品は、アニメーション、絵本、巨大な襖絵、インスタレーションなど多岐にわたる。

information


map

東北を開く神話 第2章
「第二の道具 指人形」

2013年1月19日(土)~2月3日(日)
現・秋田県立美術館 美術ホール
http://akita-art-project.net/

港区芝 Part3 「あなたがここにいても、 いいんですよ。」

山崎亮 ローカルデザインスタディ
港区芝編・目次

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東京都港区芝。東京タワーのすぐそば、大都市の真ん中に、地域コミュニティの拠点
「芝の家」はあります。山崎さんが訪れたのは、大学の講師でありながら、
このプロジェクトのコーディネイターを務める坂倉杏介さん。
今回は、都市ならではのコミュニティ形成の方法、そして東京というローカルに注目します。

受け入れる、という関わり方。

山崎

この場を設けて、まずはだれが訪れるようになるんですか?

坂倉

はじめの半年は、水・金・土曜だけのオープンで、
こどもたちがたくさん来てくれました。
でも、それではおとながくつろげないなあ、というので、
当初開いてなかった曜日をカフェの日に設定したんです。

山崎

なるほど。

坂倉

だれがなにをしても止めないんですけれど、同時に、
そのひとが「ここにいてもいいですよ」ということを伝える工夫は
やっぱりちゃんとしなくちゃならない。
往々にして空間のデザインというのは、
無意識に「こうしなさい」ということを伝えてしまうでしょう? 
たとえば、喫茶店ではメニューをオーダーしましょう、
教室だったら教壇に立つ先生のはなしを聞きましょう、というように。
まちづくりのプロジェクトだと、まちづくりに関わりたいひとはいてもいいけれど、
お役に立てないひと、関心のないひとには居心地が悪いんじゃないかな、と。
かといって、貼紙に「だれでもどうぞ」と書いてあっても、
それがじぶんごとだと思えるひとなんて、ほとんどいないですよね。

山崎

それをどう乗り越えるか、と。

坂倉

そこでぼくらがやっているのは、ごくあたりまえなことですけれど、
ちゃんとあいさつするとか、そのひとのようすにあわせて、
そのひとが居やすいように案内してあげるとかいうことなんです。
こんな風に大勢でたのしそうにしていると
スッと入っていきやすいだろうというのは実は逆で、
みんなが盛り上がってるからこそ、
そこに入れなかったときの疎外感は何倍も大きい。

山崎

たしかに……。

坂倉

はじめて「あそこへ行ってみよう」と勇気を出して扉を開けてくださった日に、
そんなことがあると、二度と来てもらえないと思うんですよね。
だから、「あなたがここにいても、いいんですよ」という想いが中心にあって、
そこから縁側や玄関のつくりが生まれた、という感じです。

山崎

先ほどから見ていても、縁側がとてもいい役割を果たしていますよね。

坂倉

縁側、ほんと強力です(笑)。

「芝の家」の縁側スペース

外には「ご自由にお持ちください」のコーナーが。通りかかった近所の方が、そこにあった日本人形に興味を示して声をかけていた。

犬の散歩で通りかかった人が縁側からのぞく

犬の散歩で通りかかった人も。縁側が、中と外をつなぐ。

毎日の振り返りが、次第に場にしみこんで。

山崎

ほかに気をつけていることはありますか?

坂倉

スタッフのあり方がいちばんむずかしいですね。
訪れてくださる多様な方々と、どう向き合えばいいのか。
1日5時間オープンしているんですが、朝と終わりに必ずミーティングをします。
とくに朝のミーティングでは気持ちと体調を伝え合うようにしています。

山崎

それは……?

坂倉

スタッフがまず、お互いにそれぞれの弱みをさらけ出す/それを受け入れ認める
という関係性を築いておくと、ひとりめに入ってきた方が、
やっぱりどこか安心するんじゃないかなって思うんです。
人間て、センサーでは計れない気配みたいなものをちゃんと感じ取りますからね。

山崎

たしかに、ドアを開けた途端
「あれ、いまここ、ヤバい?」みたいなことってありますね(笑)。

坂倉

終了後のミーティングは、最大1時間半。
はじめのうちは3時間近くになったこともあるんですが、
あまり長いと、かえってダメージになりますから(笑)。

山崎

長くなるの、わかります。細かいことがいろいろあるんですよね。

坂倉

そうですね。結果なにも起こらなかったけど、
こどもが危なっかしくてハラハラしたとか、
おばあさんが帰り際になんだかさびしそうな顔をしていたとか、
ひとひとつはちいさくても、1日のうちに
ものすごくさまざまな感情に向き合うわけですから。
そういう気持ちを含め、「今日1日どうだったか」を振り返ります。
いまでは、その毎日の振り返りの雰囲気が、この空間に定着している気がします。

山崎

それって、議事録は残したりしない?

坂倉

はい。

山崎

日々、別の組み合わせのスタッフが、時に時差もありながら
いつか同じことを理解したり、解決したりしていく。
それでいいんだと思います。

坂倉

ええ。完全な正解があるというモノではないですからね。

(……to be continued!)

山崎亮さん

「だれでもどうぞ、の壁をどう乗り越えるか、ですね」(山崎)

坂倉杏介さん

「ミーティングをしながら、今日1日がどうだったかを振り返る。その雰囲気がこの空間に定着している気がします」(坂倉)

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芝の家

住所:東京都港区芝3-26-10

TEL:03-3453-0474

営業時間

コミュニティ喫茶「月火木」:月・火・木曜 11:00~16:00

駄菓子と昔あそびのオープンスペース:水・金・土曜 13:00〜18:00

定休日:日曜・祝日

Web:http://www.shibanoie.net/about/

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KYOSUKE SAKAKURA 
坂倉杏介

慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任講師、三田の家LLP代表、NPO法人エイブル・アート・ジャパン理事。2003年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。地域コミュニティの形成過程やワークショップの体験デザインを、個人とコミュニティの成長における「場」の働きに注目して研究。キャンパス外の新たな学び場「三田の家」、地域コミュニティの拠点「芝の家」の運営を軸に、「横浜トリエンナーレ2005」、「Ars Electronica 2011」など美術展への参加、大学内外での教育活動を通じて、自己や他者への感受性・関係性をひらく場づくりを実践中。
共著に『黒板とワイン―もう一つの学び場「三田の家」』、『メディア・リテラシー入門―視覚表現のためのレッスン』(慶應義塾大学出版会)、『いきるためのメディア―知覚・環境・社会の改編に向けて』(春秋社)など。

Web:http://kyosuke.inter-c.org/

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RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

みうら所長より、新ネタ募集!

年末年始ネタ旅。

旅の動機はいつも不純だ。
旅情を楽しむとか、温泉で癒されたいとか、旅館にコンパニオンさんを呼びたいとか、
そんなの一度も思ったことない。
修学旅行、卒業旅行、新婚旅行、家族旅行、社員旅行、大名旅行、慰安旅行、愛人旅行と、
旅にはいろんなケースがあるけど、僕の場合、いつだってそれは「ネタ旅行」。
だから、どこでも構わない。ネタって、どこに転がってるか分からないから。
同じ場所でも行った歳、行った時によって違ってくる。
できる限り、自分をなくして行くのがいい。
だったら好き嫌いや、興味のあるなしにかかわらず、ネタは飛び込んでくるというもの。

年末は沖縄にいた。上のほう。観光地といえばマンタがいる水族館くらい。
そもそも僕は泳げないので、泳ぐものたちに興味はないが、
それでも見ているとチンアナゴくらいのおかしな奴は飛び込んでくる。
海の底、砂からちょこんと顔を出してるアイツ。
即、グッズ屋に走りチンアナゴグッズをゲットしたが、好きになるかよく分からない。
3Dの絵ハガキはまだ沖縄には流通していなかった。
名護のまちをブラついたけど特に何もなし。
ちょっと変わったガラクタ屋は年末で閉まってた。

二日間いて、今度は鹿児島へ。
初乗りのソニックに乗って霧島高原のほう。天孫降臨には昔からワクワクする。
ゲーセンのガシャポンで「スギちゃんワイルドストラップなんだぜぇ」を数個ゲット。
鹿児島である意味はなし。
空港から20分ほど飛んだ種子島には初めて上陸した。
宇宙センターに行ってみたけど特に土産物はなし。

バス移動なのでものすごく時間がかかる。西之表港に着いたときは夕方。
閉まりかけた土産物屋に飛び込み、鉄砲伝来の若狭姫“フィギュ和”を二体ゲット。
安くて満足した。


その地に泊まって翌朝、「月窓亭」へ。
そこには“生き人形・山の井様”と呼ばれる等身大人形が安置されてる。
関節の部分は竹でできていて動かすこともできたというが、
なんと、修理で京都に出しているとのこと。ガッカリ。
いつも行き当たりばったりだから、こういうこともよくある。仕方あるまい。
僕の年末年始のネタ旅はこうして幕を閉じたのであーる。

編集部より
ここで、新たなお題の募集です。
全国各地に見られる“フィギュ和”の写真をお送りください。

昭和臭のする人形ならオッケーです。
どこでゲットしたかも教えてくださいね。
ヌー銅、世界遺産の店、いやげ物も、引き続きみなさんの投稿をお待ちしております。

募集は終了しました。たくさんのご応募ありがとうございました。

港区芝 Part2 どうやって稼ぐんだ、 といわれ続けたあのころ。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
港区芝編・目次

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東京都港区芝。東京タワーのすぐそば、大都市の真ん中に、地域コミュニティの拠点
「芝の家」はあります。山崎さんが訪れたのは、大学の講師でありながら、
このプロジェクトのコーディネイターを務める坂倉杏介さん。
今回は、都市ならではのコミュニティ形成の方法、そして東京というローカルに注目します。

将来の見通しゼロで始まった? ぼくらの30代

山崎

では、そもそもなぜ「三田の家」を?

坂倉

大学の近くに「大学ではない別の場所」がつくりたくて。
つまり、こんな感じでだれでも訪れていいような場所。

山崎

そのころは、どういう立場で?

坂倉

大学の修士を出たばかりで、ぶらぶらしていたころに(笑)。
でも、すぐには叶わず、商店街に飛び込んだり、飲みに行ったり、理事会に出たり、
2〜3年はそんなことをしながら次第に地域に入っていったような感じです。

山崎

ああ、やっぱり、そういう手順があったわけですね。

坂倉

それでも、そうは簡単に建物が借りられず、
苦しまぎれに屋台をつくって路上でお茶を飲んだりしていました。

山崎

当時の収入は?

坂倉

30歳になったばかりで、その後すぐに大学の助手の職に就きます。
時折デザインしごとをアルバイト的にひき受けたりもしてましたね。

山崎

デザインをされてたんですか。

坂倉

ええ。20代の会社員時代に、
西村佳哲さんのデザインプランニングの手伝いをしたりしてたんです。
山崎さんとぼくをひき合わせてくださったのも、西村さんですし……。

山崎

あ! そうでしたね。
そうかぁ、おもしろいひとって、そのころからもうつながってるんですね。

坂倉

すっかり、20世紀のはなしですけど(笑)。

山崎

ほんとだね(笑)。

坂倉

墨田区の空き家を2か月だけ借りて、大学院生時代に
ぼくがはじめて場をつくるプロジェクトにトライしたのが2002年。
東京では、アーティストや建築家、デザイナーのあいだで、
リノベーションということばが市民権を得はじめた年ですね。

山崎

黒崎輝男さんや清水義次さんあたりのステキなおとなたちが
「Rの時代だ」といってね。そのころぼくは遠く大阪にいて、
東京おもしろそうだなあ! って眺めていた、と(笑)。

坂倉

ぼくも本流にいたわけではないけれど、
ああ、じぶんもなにかやっていいんだって、確実に背中を押されています。

山崎

ムーブメントと同期している、という感じがしますね。

「お互いさま掲示板」

芝の家の玄関には「お互いさま掲示板」。地域の催しや、ちょっとしたお知らせが目に入る。

掲示板の下の書き込みカード

掲示板の下にはこんなカードも。

つくらないことの、そしてコミュニティの重要性

坂倉

と、見通しのまったく立たないままの30代のスタートでしたね。

山崎

それはぼくも一緒だな(笑)。
ものをつくらないデザインなんていって設計事務所をやめて、
独立したのが31歳だから。

坂倉

どうなんだろうと思いつつ、あがいて企画書をひたすら書いて、
大学のいろんなところに持っていって断られて(笑)。
商店街の方経由で三田の家をやっと借りられたのが2006年です。

山崎

なるほど。

坂倉

でも、いまから振り返れば、家を借りられるまでに時間がかかったからこそ、
その間に地域のみなさんとつながれて、
プロジェクトのはじまりがスムーズにいった、ともいえます。

山崎

studio-Lを設立したのが2005年だから、ちょうどそのころですね。
ぼくらも、立ち上げたはいいけど、2年ぐらいはほとんどしごともなくて。

坂倉

あのころは、つくらないことの重要性や、地域のコミュニティ、
あるいはネットワークの重要性って、まだまだ伝わりませんでした。

山崎

あのころのぼくらは、つまり、あたまでっかちだったのかもしれません。
必ずこれからそれが大事になるということには気づいていたけど、
ビジネスモデルとしてどうすればいいのかわからなくてあがいていたような。

坂倉

そうかもしれません。思い出しますね。
「いいと思うよ。でも、ところでそれでどうやって食ってくの?」って……。

山崎

うん、ふたこと目にはそう言われましたよね(笑)。
コミュニティが、うさんくさいとか暑苦しいとか、
うっとうしいとかしがらみがどうとか、まだそういう時代でした。

坂倉

それが変わったのは、ほんとに、この1年半くらいですね。
あと、山崎さんがマスメディアに出ていらっしゃるのも大きな影響を与えてますね。

山崎

ええッ?

坂倉

最近は「ということは、山崎亮さんのようなしごとですか?」
と言われるようになって、「まあそうですけど、もっと地味にやってますが」
みたいな説明をすると、それでだいたい納得してくれるようになりましたからね。
いやあ、ほんとうに助かっています(笑)。

(……to be continued!)

近所の人がつくって持ってきてくれたオーナメントの人形

取材日はちょうどクリスマス。近所の人がつくって持ってきてくれたというオーナメントの人形が飾ってあった。

対談の様子

山崎さんがstudio-Lを設立したのが2005年。坂倉さんが三田の家を借りたのが2006年。大阪と東京で同時代を歩んできたふたり。

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芝の家

住所:東京都港区芝3-26-10

TEL:03-3453-0474

営業時間

コミュニティ喫茶「月火木」:月・火・木曜 11:00~16:00

駄菓子と昔あそびのオープンスペース:水・金・土曜 13:00〜18:00

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坂倉杏介

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共著に『黒板とワイン―もう一つの学び場「三田の家」』、『メディア・リテラシー入門―視覚表現のためのレッスン』(慶應義塾大学出版会)、『いきるためのメディア―知覚・環境・社会の改編に向けて』(春秋社)など。

Web:http://kyosuke.inter-c.org/

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RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

港区芝 Part1 一生懸命になりすぎない、場づくりの方法。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
港区芝編・目次

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東京都港区芝。東京タワーのすぐそば、大都市の真ん中に、地域コミュニティの拠点
「芝の家」はあります。山崎さんが訪れたのは、大学の講師でありながら、
このプロジェクトのコーディネイターを務める坂倉杏介さん。
今回は、都市ならではのコミュニティ形成の方法、そして東京というローカルに注目します。

だれがなにをしてもいい、のびやかな場「芝の家」

山崎

こんにちは! 以前はじめてうかがったときと、
ずいぶん雰囲気が変わった気がしますね。

坂倉

あれは始まってすぐでしたからね。
おそらく約2年の間に場がなじんできたのと、近所の方が棚とかキーボードとか、
自分の作品とかをいろいろと持ってきてくださるので
やっぱりモノが増えてますね(笑)。

山崎

昼間はだいたいこんなふうに賑やかなんですか?

坂倉

はい、だいたいいつもの光景という感じです。
いまはたまたま居合わせたひとがお昼を一緒に食べていますね。
顔ぶれは、ご近所の方とスタッフが半々ぐらい。
今日は火曜なので本来は割とおとながゆっくり話せる日なんですが、
学校が冬休みに入っているのでこどもたちもやってきています。

山崎

お、なるほど。
月・火・木曜が「コミュニティ喫茶」、水・金・土曜が「駄菓子と昔あそび」と
表の看板に書いてあるのは、おとながゆっくり話せる日と、
こどもが存分に遊べる日を「なんとなく」位置づけるためですね。

坂倉

そうですね、なんとなく(笑)。
来ているひとは、年齢も0歳から90歳までと幅広く、
割合は多くないですが大学生も。
試験前逃亡しにやって来る中校生たちも、たまにいます(笑)。

山崎

いいですね。基本的には「だれがなにをしてもいい」、しかも無料。
そんな場所ってほかにないですもんね。
スタッフサイドには、どんな方がいらっしゃるんですか?

坂倉

大学生もいますが、こちらも20代から70代までと多様で、
ご近所の方が多いですが、遠方からわざわざ通ってくださる方もいます。
1日3人の当番制で運営しています。

山崎

大学生は、坂倉さんのゼミ生とか?

坂倉

いや、ぼくはゼミをもっているわけじゃないので、
校内にポスターを貼るような地道な募集で集めています。
いろいろやってみたのですが、ゼミやサークル単位より、
個人でやってくる子のほうが「そのひとらしさ」が出ていいかなあと。

山崎

そうですね。「想いがちゃんとある」というのは大切かもしれない。

「芝の家」の案内看板

芝の家は月・火・木が「コミュニティ喫茶」、水・金・土は「駄菓子と昔あそび」と、なんとなく分かれているが、誰でも気軽に立ち寄ることができる。

「芝の家」の入り口に並んだたくさんの靴

この日も赤ちゃんからお年寄りまで、さまざまな人が。

ただ、見守るだけという関わり方について。

山崎

坂倉さんは、大学の講師をやりながら、
事業としてこの「芝の家」運営されているわけですよね。

坂倉

そうなります。港区から大学への委託研究として2008年にスタートしていますが、
細かくいうと、研究自体は2011年度で終わっていますので、
いまの「芝の家」は、大学を通さず、LLP(*1)で委託事業として受けています。
なので、今年度から運営は実質的に現場のスタッフに任せています。

山崎

どういう事業なんですか? 居場所づくり?

坂倉

港区の場合、少し特殊だと思うんですけれど、区内5つの地域ごとに、
それぞれの特性にあわせた地域事業をやるということになっています。
従来の、単なる高齢者の居場所づくり支援だけじゃない、
ゆるやかさがありますね。

山崎

それを受託するのにLLPが生まれたと?

坂倉

いえ、LLPは、その直前にたまたま立ち上げていたものです。
話がさかのぼりますが、当時は「三田の家」(*2)
というプロジェクトをやっていて、これはひとり1万円のメンバーシップを募って
個人の財布で運営していたんですが、年間200万円程度といえども、
個人の財布で管理するのはなかなか大変だということで、
いちばん簡単な組織を作ろうと。

山崎

プロジェクト特化型ですね。

坂倉

それが先にあったので、「芝の家」もLLPで請け負うというカタチになりました。
賃貸費、常勤の専従スタッフの給料を含めて、年間950万円で受託しています。

山崎

なるほど。

坂倉

先日、講演会でお会いしたときに、山崎さんから
「ただ見てるだけのしごとっていいですね」って言われちゃいましたけども(笑)。

山崎

言った、言った(笑)。いやぁ、ぼくらががんばりすぎてたなあ、って。
ぼくらはふだん、コミュニティをつくるために一生懸命やって、
それを見て一生懸命やってみようというひとたちと「なにかを始める」。
だから、先にぽっかりとこういう「場」があって、
それぞれにいろんな想いでこの場所に集うひとたちから
自然発生的に「なにかが始まる」、
坂倉さんたちは、役割としてただそれを見守っているだけ、
というあり方は、ほんとうに目から鱗なんですよね。

坂倉

なるほど。

山崎

すごいなあって思う一方で、なんといってもこれは行政の事業ですから、
区議会に企画を通すのがまずはなかなか大変だろうなあと、
そんなことまで考えてしまいました(笑)。

坂倉

その通りですね。わかりやすさを求められますから、
そのために、来場者数などを細かく数字化して出していく努力はしました。
ただ、実際に現場を訪れると、ひと目で見てわかる賑わいの実態がありますから、
それを行政の担当者と共有することが信頼につながっていった、
という感じだったように思います。

(……to be continued!)

*1 LLP:Limited Liability Partnershipの略。事業組織の形態のひとつで、個人または法人が共同で出資し、事業を営むために設立する。出資者は出資額の範囲までしか責任を負わず、自ら経営を行うことができる。

*2 三田の家:民家を改装した大学のかたわらにある自主運営の<教室>。教員と学生有志によって、2006年から運営している。http://mita.inter-c.org/

地域のこどもたちが一緒に遊ぶ

小さなお子さん連れのお母さんも。地域のこどもたちが一緒に遊ぶのを、地域のおとなたちが見守る。

「しばこうえんあそび隊!」の張り紙

みんなで芝公園で遊ぼうという「しばこうえんあそび隊!」の張り紙。こどもからおとなまで誰でも参加できる。

information

map

芝の家

住所:東京都港区芝3-26-10

TEL:03-3453-0474

営業時間

コミュニティ喫茶「月火木」:月・火・木曜 11:00~16:00

駄菓子と昔あそびのオープンスペース:水・金・土曜 13:00〜18:00

定休日:日曜・祝日

Web:http://www.shibanoie.net/about/

profile

KYOSUKE SAKAKURA 
坂倉杏介

慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任講師、三田の家LLP代表、NPO法人エイブル・アート・ジャパン理事。2003年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。地域コミュニティの形成過程やワークショップの体験デザインを、個人とコミュニティの成長における「場」の働きに注目して研究。キャンパス外の新たな学び場「三田の家」、地域コミュニティの拠点「芝の家」の運営を軸に、「横浜トリエンナーレ2005」、「Ars Electronica 2011」など美術展への参加、大学内外での教育活動を通じて、自己や他者への感受性・関係性をひらく場づくりを実践中。
共著に『黒板とワイン―もう一つの学び場「三田の家」』、『メディア・リテラシー入門―視覚表現のためのレッスン』(慶應義塾大学出版会)、『いきるためのメディア―知覚・環境・社会の改編に向けて』(春秋社)など。

Web:http://kyosuke.inter-c.org/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

DESIGNEAST

デザインを、大阪から発信したい。

「デザインする状況をデザインする」ことをコンセプトに、
大阪で行われる「DESIGNEAST(デザインイースト)」。
2009年のスタート以来毎年開催され、
4回目になる2012年も9月15~17日の3日間開催された。
発起人は、プロダクト/空間デザイナーの柳原照弘さん、デザイナーの原田祐馬さん、
建築家の家成俊勝さん、ファッションリサーチャーの水野大二郎さん、
編集者の多田智美さんの5人。
いずれも1974~80年生まれの同世代のクリエイターたちで運営している。

そもそものはじまりは、原田さんや柳原さん、家成さんたちが不定期に開催していた、
関西で活動している建築家たちとの勉強会兼交流会。
あるときお互いの活動をプレゼンし合う会を開いたところ盛り上がり、
もう少しきちんとしたかたちにして何かやってみようということに。
ちょうど実験的に使えるスペースが見つかり、多田さん、水野さんも企画に加わって、
第1回目の「DESIGNEAST 00」をプレイベント的に開催することになった。

柳原さんはミラノやスウェーデンなど海外での活動も多いが、
日本では東京で発表の場があっても、大阪にはなかった。
ほかのメンバーも、大阪はクリエイターにとってチャンスが少ないこと、
“粉もん”文化やお笑い文化といったステレオタイプな大阪のイメージ以外の
カルチャーやイベントがほぼないことに、フラストレーションを抱えていた。
自分たちで新たなアピールポイントをつくっていこう、と立ち上げたのが
このプロジェクトだった。
「でも、たとえば僕たちがデザインした椅子やプロダクトの展覧会をやっても仕方ない。
まずは自分たちの想いや活動を見せたいと思ったんです」と原田さんは話す。
「まず基準を見せることが大事だと思いました。
自分たちが面白いと思う人たちに来てもらって話をしてもらい、
それを受け入れるというところから始めようと、
最初はトークイベントと展覧会を中心とした企画でスタートしました」(多田さん)

トークのゲストも、自分たちの人脈で招聘した。
水野さんはロンドンに10年ほど暮らしていたことがあったり、
5人それぞれが活動のなかでつながりのある建築家やデザイナーに直接お願いして、
海外からもゲストを呼び寄せた。
2回目の「DESIGNEAST 01」では、いろいろな人に協力してもらい、
巨匠エンツォ・マーリにも来てもらった。
世界中から蒼々たるゲストたちがやって来るのは、
きっと彼らの情熱にほだされてのことだろう。

大阪なのに、なぜ「EAST」なのかという問いに、多田さんはこう答える。
「東京から見たら大阪は西ですが、ヨーロッパや世界から見たら、
大阪も東京も一緒やん、という意味でEASTなんです」
大阪も世界の“EAST”であることに変わりはない。
大阪から世界にデザインを発信する、という基本コンセプトはタイトルに表れていた。

当時工事中だった中之島バンクス(現・中之島デザインミュージアム「de sign de」)にて、第1回目を開催した。

第2回目からは、現在「クリエティブセンター大阪(CCO)」と呼ばれる、
名村造船所跡地で開催している。
北加賀屋エリア一帯の新しいまちのあり方をプランニングしている
「千島土地株式会社」「おおさか創造千島財団」が所有する場所で、その名のとおり、
造船所の跡地の4階建ての大きな建物がDESIGNEASTの会場となっている。

今回は4階のスペースでは、東京を拠点とするファッションブランド
「THEATRE PRODUCTS」のワークショップが行われた。
4階は造船所だった頃、原寸大の船の図面を書く場所だったという広いスペース。
そこで服の型紙を使ったワークショップをやったら面白いのではないか。
前年にお客さんとして遊びに来たTHEATRE PRODUCTSの人たちが、
場のポテンシャルを感じてくれ、企画を提案してくれたそうだ。
2013年の春夏コレクションとして型紙を発表し、
お客さんがその型紙を買って生地を選び、その場で服をつくる。
自分がつくった服が、最新コレクションになるという新しい発表スタイルだ。
東京のブランドが大阪で、しかも型紙でコレクションを発表するというのも珍しい。

THEATRE PRODUCTSのワークショップ会場。天井が低く広いスペース。(撮影:川瀬一絵[ゆかい])

布から洋服が立ち現れるユニークな展示。(撮影:太田拓実)

3階はトークのスペース。
ファシリテーターをたて、建築家やデザイナーなど
ジャンルを横断したゲストを招いてのトークセッションを開催した。
「ただ呼ばれたから来て、何を話したらいいですか? ではなく、
話す人に主体的に関わってもらう。
みんな何か伝えたいことや一緒に考えたい話題を持ち寄って、
テーマを考えることも多いです」(多田さん)

ロンドンの公園で行われているようなスタイルにヒントを得て、
同じフロアの3か所で同時にトークをする「スピーカーズコーナー」も開催した。
お客さんがスピーカーを選ぶことになるので、スピーカーはお客さんを獲得するために、
興味を惹く内容や議論をどうつくっていくかなど、ちょっとした工夫が必要になる。
また今回は初めてスピーカーズコーナーの一部で公募枠を設けた。
9つある公募枠に、20~30くらいの応募があったという。
「スピーカーズコーナーも将来的には全部公募にしたら面白いと思っています。
そうすると、話したい、プレゼンしたいという人が続々やって来て、
場のポテンシャルが上がりますから」(原田さん)

お客さんが回遊しながらトークを聞く「スピーカーズコーナー」。(撮影:増田好郎)

デザイナーとお客さんが対話する場所。

2階ではロンドンの「OKAY studio」による家具のワークショップが開催されたり、
数々のショップがオープン。
このワークショップでは図面と材料を各1000円で販売し、その場でつくることができる。
ワークショップの出展者には、世界中どこでも手に入る材料で、
2~3時間でつくれるものを提案してもらっているので、
図面だけ買って後日材料をどこかで購入し、図面を見ながら家具をつくることもできる。
また、図面の売り上げの半分をデザイナーに還元するという、
マイクロファイナンスのしくみも導入。
そして重要なのは、デザイナーがそのワークショップの現場にいること。

「“ソーシャル・サスティナビリティ”をテーマに2回目を開催したときに、
モノをもっと愛せる方法がないかとみんなで考えたんです。
デザイナーズ家具は高価だけど飽きてしまうこともあるし、
安い家具は使い捨てになってしまう。それはモノにとってもかわいそうですよね。
デザインしている人の顔が見えて、どんな想いでデザインしているかを知ったうえで、
さらにそれらを自分でつくることができたら、
少々下手でも愛着がわきますよね」(多田さん)
「デザインした人がつくり方を教えてくれ、手伝ってくれる。
つくるのは難しいけど、かっこよく仕上がったとか、
自分の部屋は狭いから少しサイズを変更したいとか、何でもいい。
ダイレクトにデザイナーに意見が届くんです」(原田さん)
いまでは中学生が友だち同士で来ていたり、家族での参加も増え、
ワークショップ目当てにDESIGNEASTに来るお客さんも増えてきているようだ。

ワークショップでつくった家具は、図面があるので自分で直すこともできる。(撮影:増田好郎)

ショップでは、いつも出店をお願いしている本屋さんがある。
大阪市西区にある、100年以上の歴史を持つ建築書専門書店「柳々堂」。
どこにでもありそうなまちの本屋さんだが、名物店主のおばさんが人と人をつなげてくれ、
原田さん、柳原さん、家成さんもその本屋で出会った。
「柳々堂のおばちゃんに、ここにいてくれたらうれしいなと思って。
3日間、その日のゲストに合わせて本をセレクトしてきてくれて、
ゲストにもお客さんにも喜んでもらえるよう、
毎日品揃えも工夫してくれるんですよ」(原田さん)

人と人をつなぐ、まちの本屋さん「柳々堂」も毎年出店。(撮影:川瀬一絵[ゆかい])

ほかにもさまざまなブランドのショップが並ぶが、基本的につくった人が自分の手で売る。
ここでもつくり手とお客さんが対面し、対話できるようにした。
1階のバーもそう。
建築家に仮設のバーを設計してもらい、建築家自らがバーテンとして立つ。
今年は建築家の大西麻貴さんが設計した。
「お客さんはなかなかゲストに声がかけられないでしょう。
でもバーで注文するためには声をかけなきゃいけない。
コミュニケーションの装置としてバーが機能しているんです」(原田さん)

フードコーナーでも、今年初の試みとしてワークショップと同じようなしくみを導入。
大阪のクリエイティブスタジオ「graf」にお願いして、
オープンサンドをお客さんが自らつくることができる「Fantastic Table」を開催した。
スタッフは野菜の産地やつくり方を教えるだけで、食べる人が自分で選び、
手を動かしてつくる。こんなところまでコンセプトが一貫している。

自分で中身を選んで調理するフードコーナー。マルシェも開催。(撮影:増田好郎)

生演奏のパフォーマンスも。(撮影:増田好郎)

これだけのイベントを、多くのボランティアスタッフたちと一緒につくり上げている。
何より驚きなのが、企業からは現物で協力してもらうことはあっても、
協賛金は得ず、すべて入場料のみで運営しているということ。
「もともと、こういう場が大阪になかったからつくりたいという
ピュアな動機で始めたプロジェクト。それをどうしたらピュアなまま
保持できるかと考えたら、それがいちばんいい方法でした」(多田さん)
「基本的に自分たちがやりたいと思って始めたものなので。
もう究極の趣味ですね(笑)」(原田さん)

実行委員たちは、それぞれもう次回のことを考えているようだ。
「DESIGNEASTはイベントじゃなくて、“プロジェクト”と言ってるんです。
また1年間準備して、続いていくプロジェクトなんです」(多田さん)
「僕らがやっていることを東京の人が面白いと思ってくれたら、パクってもらって大歓迎。
そういう状況が生まれてくることが、ひとつの結果だと思っています」(原田さん)
「デザインする状況をデザインする」。
まさに彼らがやっていることはそういうことなのだ。

大崎上島 Part4 この島に永住するかと聞かれたら。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
大崎上島編・目次

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山崎さんがワークショップのために何度か足を運んでいる瀬戸内海の大崎上島。
人口約8,300人のこの島に、築80年の古民家を購入してIターン移住した女性がいます。
カフェ&ショップを営みながら、自分らしく生活をアレンジして
島の暮らしをたのしむ森ルイさんに、そのいきさつや今の暮らしぶりをうかがいます。

島に、ひとや空気の流れをつくりたい。

山崎

「ルイの家」に宿泊するWWOOFER(ウーファー *1)を受け入れているのも、
ユニークだなあって感じます。

そうですね。販売する雑貨類もカフェメニューも、ひとも、
島にないものが入ってきて入れ替わるような、空気の流れをつくりたいんです。

山崎

なるほど。いつも違う顔ぶれがカフェにいるとなると、
島のお客さんにとってもいいはなし相手になりますね。
同じ自慢ばなしが何回もできる(笑)。

島のひとたちとコミュニケーションができることは、
WWOOFERにとってもとてもいいことだし、わたしも外からの刺激がうれしいし。
島にいながら旅をしている気分が味わえます。

山崎

一度に何人ぐらい受け入れるんですか?

泊まれる部屋はいくつもあるのですが、車での移動をケアしないといけないので、
一度に3人までと決めています。
台湾、フランスからの訪問が多いですね。滞在は、だいたいひとり1~2週間。
これまでにすでに80人以上を受け入れてます。

山崎

WWOOFER以外に、島外からの来客は予想通り2割くらい?

帰省シーズンには、少し増えますね。プチ同窓会に使ってもらえたりとか。

山崎

そういうひとたちには、ものすごくうれしい場所なんだろうなあ。
キッズスペースまであるし。

島外に暮らす子どもたちに教えてもらって、
やっと島のおとうさん、おかあさんが来てくださるというケースもあります。

山崎

気になってもじぶんだちだけではなかなか足を運べない、という方も多そうですね。
島の高校生たちは?

思ったほど来ないですね。リクエストに応えて、学割制度をつくったら、
やっと何人か来てくれるようになりましたけど(笑)。

山崎

あ、いいですね。そういうの。

*1 WWOOFER:WWOOF(ウーフ)とは、「食事・宿泊場所」と「力」を交換する仕組みで、World Wide Opportunities on Organic Farms の頭文字。地に足のついた生活を営み、温かな気持ちをもって「食事・宿泊場所」を提供する側をホスト、ホストを助け何らかの「力」を提供する側をウーファーという。

森さんが現在、月1円で借りている旧家

森さんが現在、月1円で借りている旧家。「ルイの家」とは真逆で、すいぶん手入れをしなければ暮らせない状態。「リノベーションスクールができそうだね!」と山崎さん。「ぜひ、やってください!(笑)」

月1円の借家の外観

「物件はたくさんあるんですけど、よく見て、じぶんなりにしっかり選んで決めています」と森さん。月1円の借家の外観はこんな感じ。島には、ゼロ円の家もあるという。

夏祭りのための和舟「櫂伝馬(かいでんま)」

瀬戸内海の文化遺産ともいわれる、夏祭りのための和舟「櫂伝馬(かいでんま)」。神事として今でも漕ぎ手は男性のみと決められているが、今年の夏祭のひとつには女子の櫂伝馬があり、森さんも漕ぎ手として参加したのだそう。

できればずっと「移住者」でいたいと今は思う。

若い世代にこそ、ここで、島の日常生活にないモノに触れてほしいんですけどね。
その子が一度進学や就職で島外に出ても、
将来10年後くらいにUターンしてくれたりしたら、
ちょっとうれしいじゃないですか。
Uターンを呼び込むのは、わたしの役割ではないかもしれませんけれど。

山崎

じゅうぶん、そういうきっかけにはなっていると思いますよ。

島外でブログを読んでる方たちから
「ありがとう」「懐かしい」とコメントもらったりすると、うれしいですけどね。
むしろIターンを呼び込みたい。

山崎

Iターンのほうがいろいろとむずかしいですしね。

「ずっとこの島にいるかどうか」って聞かれて、
「それは、わかんないですね」なんて答えると、なんだか誤解されちゃったりして。

山崎

正直ですね(笑)。

毎日ブログを更新して、自称・大崎上島観光大使と名乗っているくらいですから、
島のことは好きなんです。
でも、愛しているから生涯をこの地に捧げる、とはいまは言えません。
神に誓った結婚だって、3年半だったのに(笑)。正直すぎますか?

山崎

そのくらいの心持ちがちょうどいいのかもしれませんよ。
「島のために生きる」というような強い思いをもつタイプのほうが、
意外とポキッと折れやすいんです。
一方で、周りから「移住してきたからにはずっといるよね」と言われるのは、
実は相当なプレッシャーになるんだということも耳にします。

重いですね。

山崎

Iターン者を受け入れて先進的なまちづくりをしていることで知られる
島根県の海士町では、すでに町長が率先して「それは言うな」とまで言ってます。
2年でも3年でも海士町に暮らしてくれたらそれでいい、
外で「あのとき、たのしかった」と言ってもらえたらそれでいいだろうって。

ほんとうに。「Iターンしばり」をなくしたいですね(笑)。
お役所で「定住」「永住」とか言われると、すごく重く感じるんです。
わたしは、島に暮らしているけれど、
どうしたって「島人」にはなれないんですから。

山崎

たとえば、原宿や渋谷のカフェなんて、
2~3年でつぶれて入れ変わるのがあたり前です。
でも、それに比べたら、移住者による中山間離島地域のカフェは、
ぼくの知る限りおおむねもっと長く続いていますよ。
固定費が少なくて済むとか、島じゅう、あるいは近隣の島まで噂になって、
お客さんが来てくれるとか、さまざまな要因があると思うけれど、
渋谷あたりよりもずっと持続可能性が高いと感じています。

そんなカフェを営みながら、移住者のまま長くいる、
移住者のまま島とつながるということもできると思うんです。

山崎

これからの森さんの生き方も、たのしみですね。

森ルイさん

オープンマインドをもち、正直さを心がけているという森さん。「でも、そのために誤解されることも多いですよ」と本音もちらり。

山崎亮さん

森さんのはなしを聞きながら、終始「たのもしいひとなあ」と感心しきりの山崎さん。

information

map

antenna

住所:広島県豊田郡大崎上島町中野1841-12

TEL:090-2906-0930

営業時間:13:00~19:00

営業日:木曜~日曜と祝日のみ営業

Web:http://www.osaki-kamijima.jp/antenna/

profile

LOUIS MORI 
森 ルイ

1978年東京生まれ。警視庁警察官として女性白バイ隊員やロシア語通訳などの勤務を経た後、2010年ブライダルコーディネーターへの転職を目指し退職。その後の離婚を機に瀬戸内海の大崎上島に築80年の古民家を購入してIターン移住。カフェ&ショップ『antenna』オーナー、クラシックバレエ教室主宰。WWOOF(ウーフ)ジャパンホストとして世界中の人々と島暮らしをシェア。自称・大崎上島観光親善大使。

Web:http://blog.livedoor.jp/morilouis/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

「世界文化遺産の店」 結果発表第4弾

いったい何の店なのか。気になるあのお店。

世の中には、よくわからないことがたくさんあります。
謎めいたお店も数多くあります。
もはや世界遺産なのか何なのかわかりませんが、みうら所長からのコメントです。

yotecoさんの投稿
シルクロードもここまで伸びてきていたとは……(九州の風俗街)。
これはまさに「世界遺産」ではないでしょうか?
撮影場所:北九州市小倉

みうら:こんなところにシルクロードがあるとは知らなかった。
やたらツルツルして気持ち良さそうだけど。

yotecoさんの投稿
ワシントン? 靴? 八百屋?
情報が多すぎて一体何がなんだかもう……。
撮影場所:北九州市門司区

みうら:心配だぞ!
幌を変える気はないのか?
靴の代わりに野菜を置いても履けやしないぞ。

seigoさんの投稿
ジュディ・オング系になれる店だと思います。
撮影場所:北九州市小倉北区

みうら:心配だぞ!
クール過ぎて絵も不気味だ。

小作人さんの投稿
国から認可された医薬品なのか心配です。
撮影場所:兵庫県篠山市

みうら:心配だぞ!
生理がおくれたら妊娠してんじゃないのか?
メスコンはそれをどうしてくれるわけだ。

ゆりなさんの投稿
かろうじてテントが緑色なだけで、他に店のキュウリ感はゼロ。
このネーミングの他に選択肢がなかったのか、地味に気になるお店でした。
撮影場所:京都市伏見区

みうら:心配というか、何なんだ?
どーしても“キュウリ”は譲れないものなのかな?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

みうら所長より

やたら心配な店

心配になる店がある。
大きなお世話なんだが、それで経営は成り立っているのか? 
もう少し、客に対しアピールすべきなんじゃないのか? と、店の前に立って思う。
僕にはどうすることもできないし、「だったら金をくれ」と言われても困る。
でも、その看板はいまや何の効果も発揮してないし、
そのショーウィンドウのマネキンは古過ぎて不気味だ。
少し店内を覗き込むと誰の姿もない。客もいなけりゃ店の者まで出て来やしない。
当然、強盗だってこんな店は選びやしない。
レジが見えるがいくらも入ってないんだろう。
もう、やる気も失せてるに違いないが
いま一度、この店を始めたときの気持ちを思い出してほしい。

将来は店舗も増やし、いずれチェーン展開なんて夢もあったんじゃないのか?
先代はどうした? 寝たきりか? 
息子だってこんな店を継ぐのははじめ嫌だったかもしれないが、
就職難の世の中っていうじゃないか。
自営業はその分、人の二倍、いや三倍がんばらなきゃなんないんだ。
ちょっとしたアイデアでも構わない。せめて店内に音楽くらい流したらどうだ? 
この静寂は入ろうとする客を拒絶しているぞ。ひょっとして税金対策とでもいうのかい。
それにしてもひどい。仕入れっ放しじゃないか? 
奥にはまだ開けてもいない段ボール箱が転がっているのが見える。
店前の幌は一体、何十年前から替えてないんだい? 退色もひどいが破れたまま。
よく見りゃ、店の内容と違うことが書いてあるじゃないか。
どれほどやる気がないというのだ。
僕はいまにも扉をガラッと開けて、店内に向け大声で、

「心配だぞ!」

と、言ってやりたかった。大きなお世話だけどさ。

編集部より
心配になる店、不思議な店など、あなたのまちの「世界遺産の店」をお送りください。
年末年始に帰省した際にも「いやげ物」「ヌー銅」なども探してみてくださいね。
来年もみなさんからの投稿をお待ちしております。

募集は終了しました。たくさんのご応募ありがとうございました。