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港区芝 Part2
どうやって稼ぐんだ、
といわれ続けたあのころ。

山崎亮 ローカルデザイン・スタディ
vol.049

posted:2013.1.18  from:東京都港区芝  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  コミュニティデザイナー・山崎亮が地方の暮らしを豊かにする「場」と「ひと」を訪ね、
ローカルデザインのリアルを考えます。

writer profile

Maki Takahashi

高橋マキ

たかはし・まき●京都在住。書店に並ぶあらゆる雑誌で京都特集記事の執筆、時にコーディネイトやスタイリングを担当。古い町家でむかしながらの日本および京都の暮らしを実践しつつ、「まちを編集する」という観点から、まちとひとをゆるやかに安心につなぐことをライフワークにしている。NPO法人京都カラスマ大学学長。著書に『ミソジの京都』『読んで歩く「とっておき」京都』。
http://makitakahashi.seesaa.net/

credit

撮影:川瀬一絵(ゆかい)

東京都港区芝。東京タワーのすぐそば、大都市の真ん中に、地域コミュニティの拠点
「芝の家」はあります。山崎さんが訪れたのは、大学の講師でありながら、
このプロジェクトのコーディネイターを務める坂倉杏介さん。
今回は、都市ならではのコミュニティ形成の方法、そして東京というローカルに注目します。

将来の見通しゼロで始まった? ぼくらの30代

山崎

では、そもそもなぜ「三田の家」を?

坂倉

大学の近くに「大学ではない別の場所」がつくりたくて。
つまり、こんな感じでだれでも訪れていいような場所。

山崎

そのころは、どういう立場で?

坂倉

大学の修士を出たばかりで、ぶらぶらしていたころに(笑)。
でも、すぐには叶わず、商店街に飛び込んだり、飲みに行ったり、理事会に出たり、
2〜3年はそんなことをしながら次第に地域に入っていったような感じです。

山崎

ああ、やっぱり、そういう手順があったわけですね。

坂倉

それでも、そうは簡単に建物が借りられず、
苦しまぎれに屋台をつくって路上でお茶を飲んだりしていました。

山崎

当時の収入は?

坂倉

30歳になったばかりで、その後すぐに大学の助手の職に就きます。
時折デザインしごとをアルバイト的にひき受けたりもしてましたね。

山崎

デザインをされてたんですか。

坂倉

ええ。20代の会社員時代に、
西村佳哲さんのデザインプランニングの手伝いをしたりしてたんです。
山崎さんとぼくをひき合わせてくださったのも、西村さんですし……。

山崎

あ! そうでしたね。
そうかぁ、おもしろいひとって、そのころからもうつながってるんですね。

坂倉

すっかり、20世紀のはなしですけど(笑)。

山崎

ほんとだね(笑)。

坂倉

墨田区の空き家を2か月だけ借りて、大学院生時代に
ぼくがはじめて場をつくるプロジェクトにトライしたのが2002年。
東京では、アーティストや建築家、デザイナーのあいだで、
リノベーションということばが市民権を得はじめた年ですね。

山崎

黒崎輝男さんや清水義次さんあたりのステキなおとなたちが
「Rの時代だ」といってね。そのころぼくは遠く大阪にいて、
東京おもしろそうだなあ! って眺めていた、と(笑)。

坂倉

ぼくも本流にいたわけではないけれど、
ああ、じぶんもなにかやっていいんだって、確実に背中を押されています。

山崎

ムーブメントと同期している、という感じがしますね。

「お互いさま掲示板」

芝の家の玄関には「お互いさま掲示板」。地域の催しや、ちょっとしたお知らせが目に入る。

掲示板の下の書き込みカード

掲示板の下にはこんなカードも。

つくらないことの、そしてコミュニティの重要性

坂倉

と、見通しのまったく立たないままの30代のスタートでしたね。

山崎

それはぼくも一緒だな(笑)。
ものをつくらないデザインなんていって設計事務所をやめて、
独立したのが31歳だから。

坂倉

どうなんだろうと思いつつ、あがいて企画書をひたすら書いて、
大学のいろんなところに持っていって断られて(笑)。
商店街の方経由で三田の家をやっと借りられたのが2006年です。

山崎

なるほど。

坂倉

でも、いまから振り返れば、家を借りられるまでに時間がかかったからこそ、
その間に地域のみなさんとつながれて、
プロジェクトのはじまりがスムーズにいった、ともいえます。

山崎

studio-Lを設立したのが2005年だから、ちょうどそのころですね。
ぼくらも、立ち上げたはいいけど、2年ぐらいはほとんどしごともなくて。

坂倉

あのころは、つくらないことの重要性や、地域のコミュニティ、
あるいはネットワークの重要性って、まだまだ伝わりませんでした。

山崎

あのころのぼくらは、つまり、あたまでっかちだったのかもしれません。
必ずこれからそれが大事になるということには気づいていたけど、
ビジネスモデルとしてどうすればいいのかわからなくてあがいていたような。

坂倉

そうかもしれません。思い出しますね。
「いいと思うよ。でも、ところでそれでどうやって食ってくの?」って……。

山崎

うん、ふたこと目にはそう言われましたよね(笑)。
コミュニティが、うさんくさいとか暑苦しいとか、
うっとうしいとかしがらみがどうとか、まだそういう時代でした。

坂倉

それが変わったのは、ほんとに、この1年半くらいですね。
あと、山崎さんがマスメディアに出ていらっしゃるのも大きな影響を与えてますね。

山崎

ええッ?

坂倉

最近は「ということは、山崎亮さんのようなしごとですか?」
と言われるようになって、「まあそうですけど、もっと地味にやってますが」
みたいな説明をすると、それでだいたい納得してくれるようになりましたからね。
いやあ、ほんとうに助かっています(笑)。

(……to be continued!)

近所の人がつくって持ってきてくれたオーナメントの人形

取材日はちょうどクリスマス。近所の人がつくって持ってきてくれたというオーナメントの人形が飾ってあった。

対談の様子

山崎さんがstudio-Lを設立したのが2005年。坂倉さんが三田の家を借りたのが2006年。大阪と東京で同時代を歩んできたふたり。

information

map

芝の家

住所:東京都港区芝3-26-10

TEL:03-3453-0474

営業時間

コミュニティ喫茶「月火木」:月・火・木曜 11:00~16:00

駄菓子と昔あそびのオープンスペース:水・金・土曜 13:00〜18:00

定休日:日曜・祝日

Web:http://www.shibanoie.net/about/

profile

KYOSUKE SAKAKURA 
坂倉杏介

慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任講師、三田の家LLP代表、NPO法人エイブル・アート・ジャパン理事。2003年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。地域コミュニティの形成過程やワークショップの体験デザインを、個人とコミュニティの成長における「場」の働きに注目して研究。キャンパス外の新たな学び場「三田の家」、地域コミュニティの拠点「芝の家」の運営を軸に、「横浜トリエンナーレ2005」、「Ars Electronica 2011」など美術展への参加、大学内外での教育活動を通じて、自己や他者への感受性・関係性をひらく場づくりを実践中。
共著に『黒板とワイン―もう一つの学び場「三田の家」』、『メディア・リテラシー入門―視覚表現のためのレッスン』(慶應義塾大学出版会)、『いきるためのメディア―知覚・環境・社会の改編に向けて』(春秋社)など。

Web:http://kyosuke.inter-c.org/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

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