路地奥・広場付きの長屋から 「ともにつくる」コミュニティへ。 HAPS vol.6

HAPS vol.6

トンネル路地を抜けると、その奥には長屋群と広場が広がっています。
京都市東山区本町。京都駅の東に鴨川を渡り、三十三間堂のご近所です。
HAPSからも南方向に徒歩圏内。このまちなかにひっそりと佇む、
路地奥の長屋8軒とその奥に広がる350㎡もの広場を、
一体化させ活用しようというプロジェクトが始まっています。
名付けて「本町エスコーラ」。

トンネル路地をくぐり、路地奥長屋へ

HAPSが不動産業者とのネットワークを広げようと動いていた中で知り合った、
若山不動産・若山正治さんから2013年夏頃に紹介していただいた物件でした。
おそらく戦後になって建てられた、
路地奥、風呂なし・汲み取りトイレ・一部共同トイレの長屋8軒。
若山さんいわく、京都でよく見かけられる「典型的な空き家物件」。

このトンネル路地を抜けると、長屋と広場が広がっている。

路地奥で再建築ができないという物件が多い京都。
高齢化、空き家率も京都市内で最も高いエリア、東山区にある
ここもそのケースのひとつ。
現在ぽっかりと広場になっている部分にはかつては工場が建っていました。
広場の北側には20軒ほどの別の長屋群もあるので、
活用するとなると近隣の住民の方たちの理解が必要となってきます。

長屋部分の敷地面積はおよそ70平米。便宜上8軒の長屋としていますが、
6軒は元々上下階あわせて3戸分の長屋だった間取。
1戸分を上下2軒に分けられたり、1階の間取を2軒に分けられたりしているようです。
さらにイレギュラーに向きの違う1軒が連なり、離れが1軒あります。
年を経て幾重にも改築が重ねられた様子が窺えました。
これは、長屋部分に工場で働く人々が住んでいた時期に、
より多くの住まいを確保するために行われた改修と想像されます。
さらに新たに建て直すことはできないものの、建物は修繕を必要とし、
その予算の捻出が必要な状態でした。
土地や建物が相続などを経て複数名で共同所有となっていることも、
新たな借り手の募集にあたり状況を複雑にしていました。
つまり、一般的な不動産の流通にはのれない物件です。

若山さんからは、美大などの団体に、
「柔軟かつクリエイティブに使ってもらえたら」いう期待をよせ、
HAPSへ一括での運用を探ってほしいというのです。
条件としては、地域との関係を大切にしてほしいということ。

若山不動産・若山正治さん。

HAPSでは、面白いことができる可能性があるのではと、
関心を持ってもらえる方々と何度も下見に行ってはみるものの、
規模の大きさと改修にかかる費用を想定すると、
具体的な話まで至らず、時間ばかりが過ぎました。

島根県の「古代出雲歴史博物館」が開館8周年! 記念イベントを開催

島根県出雲市の「島根県立古代出雲歴史博物館」が
開館8週年記念を迎えるにあたり、イベントを開催します!

会場は講義室ほか、博物館の館内にて。
イベントの内容は、「祝いもちつき」や、
「雲太くんのれきはく大冒険」の紙芝居、
「お宝発掘ゲーム」、「土器ドキ青銅器パズル」などのゲーム、
「ぜったいたおれない!ド根性青銅器づくり」の工作などいろいろです。
いずれも体験料は無料!
※展示観覧には観覧チケット(有料)が必要

お子様と一緒におでかけしてみてはいかが?

淡路はたらくカタチ研究島 後編

淡路島はたらくカタチ研究島 前編はこちら

地域と商品の魅力をデザインする。彼らはどんなパッケージ・商品をつくったのか?

淡路島の雇用創出をサポートする、淡路はたらくカタチ研究島。
厚生労働省の委託を受け、淡路地域雇用創造推進協議会が手がけており、
さまざまなバックグラウンドを持つ島民や移住希望者に対して、
淡路島でどんな仕事をつくり、どうライフスタイルを構築するかを、
ワークショップや講義を通じて学ぶ機会をつくっている。
そして、2013年からは、島民が主体となって「仕事をうみだす」ということを目的に、
研究島の事務局員と提案者、専門家、デザイナーがタッグを組んで、
商品の企画・開発・試験販売までを行っている。
後編では2年目となる2014年に開発された商品の全貌をお伝えする。

商品を開発するうえで大切にしていることは、
デザイナーを企画段階から巻き込むということだった。
デザイナーは淡路島在住デザイナーや、近県のデザイナーなど、
研究島のスーパーバイザー・服部滋樹さんや江副直樹さんと
つながりのあるデザイナーも多く参画した。
どの商品も、商品の持つ魅力や物語をそのまま伝えられるよう、
パッケージデザインにこだわったが、
表面的なデザインではなくしっかりと商品の背景を知ってつくったことが伺える。

前回お伝えした、鶏糞や菜種かすなどを肥料にした「島の土」は、
関西を中心に活躍するデザイナーの原田祐馬さん(UMA Design Farm)が担当した。
「コンセプトをつくる打ち合わせから原田さんに入っていただき、
ネーミングや、ブランディングに関してもアドバイスをいただきながら
開発しました」と話すのは、
淡路はたらくカタチ研究島の実践支援員・大村明子さん。
できあがったのは、非常にコンパクトでシンプル、素朴なデザイン。
500g入りの家庭菜園用と、主に島内の農家向けの15kg入りのパッケージができた。
500gの方には鶏糞を発酵させた肥料で農作物に栄養を与え、
その農作物をエサに鶏が育つという、
商品提案者・北坂養鶏場の北坂 勝さんが望む
「島の循環」の説明をイラストで入れた。
さらに、洲本市で菜種油をつくる生産者も「島の土」プロジェクトに参画し、
搾りかすを利用した肥料を製造。同時開発と相成った。

日本蜜蜂のはちみつをつくっていた淡路島日本蜜蜂研究会は、
淡路島在住のデザイナー森 知宏さん(森のいえ)とタッグを組んだ。
森さんは、昨年度に同事業で開発された
「かおりのまちのかおり」という線香の販売者でもある。
春のみつと秋のみつの違いが色でわかるパッケージは、
ごくシンプルに文字情報を少なくし、採取した年と季節のシールを蓋に貼った
(写真左の濃い色が秋のはちみつ、右の淡い色が春のはちみつ)。
「日本蜜蜂は多種多様な樹々からみつを集めるという性質があるので、
毎年・毎季同じ味にならないという変化を楽しんでもらえれば」
と淡路はたらくカタチ研究島の実践支援員の藤澤晶子さん。
春のスッキリとキレのいい甘さもいいけれど、
秋のまったりと濃厚でひとさじごとに印象が違うような複雑な味わいもよい。
日本蜜蜂たちがそれぞれ集めた樹々のみつが折り重なって
味わい深いものになっていくのだと感じられる。
今後は販売先の選定や少ないながらも安定した製造といった課題に挑む。

淡路島のギフトセット「GOTZO(ゴッツォ)」は、その内容でずいぶんと悩み、
試作とフィードバックを繰り返していたが、
なのはな油、ローズマリーとタイムのドライハーブ、淡路島産海塩、
日本蜂蜜のはちみつを使ったマリネビネガーのコンパクトなセットに決定した。
神戸を中心に活動する近藤 聡さん(明後日デザイン制作所)
がデザインをした箔押しの箱も、
ギフトセットという用途にふさわしい高級感・スペシャル感が出ている。
淡路島の素材をおいしく食べるというテーマで厳選された調味料たちは、
手作業で丹念につくられたものばかり。
淡路島の質の高い食材を更にレベルアップさせてくれる名脇役の集まりだ。
塩は、淡路の海水を丹念に釜炊きした海塩。
野菜や魚などを漬けて楽しみたいはちみつビネガーは、
洲本市のフレンチレストランのシェフ成瀬孝一さんの監修のもと製造。
淡路島のハーブ園育ちのローズマリーとタイムは、塩との相性も抜群で、
肉や魚のグリルに最適。
なのはな油は、油を搾り取った残りかすを「島の土」でも使用し、
島の循環のかたちを見せた。
淡路島で活躍する料理家のどいちなつさんのレシピ集もついていて、
すぐに試したくなる優れもの。料理のレパートリーが一気に広がりそうなセットだ。

リノベが生み出す、未来。 シーンデザイン一級建築士事務所 vol.06

シーンデザイン一級建築士事務所 vol.06

“リノベーションをサポートする「リノベ基地」をつくりたい”
そんなマイルームの倉石さんの妄想から始まった、長野市善光寺門前、東町の
倉庫群の再生プロジェクト「SHINKOJIプロジェクト」は、
文具卸売会社の事務所ビルを含む倉庫群、
計4棟を対象としたリノベーションプロジェクトで、
まちなかで増えつつある空き家再生の拠点になる、
「リノベ基地」となることがコンセプトです。

2014年4月に、北棟、西棟、南棟、東棟の4棟ある建物のうち、
まずは北棟がオープンしました。(前回vol.05参照)

使われなくなった古い事務所ビルをリノベしてできた北棟は門前界隈でも話題となり、
それまでほとんど人通りがなかった新小路(SHINKOJI)に、
少しずつ賑わいが戻ってきました。

シーンデザイン一級建築士事務所の連載が最終回となる今回は、
北棟に続くSHINKOJIプロジェクトの現在と、
今後の展開についてお話ししようと思います。

長野リノベーションシンポジウム

2014年7月、北棟のOPENに続き、西棟に【SHINKOJIアトリエ】が完成し、
アート作品の制作や教室、事務所として利用できる、
ものづくりをする人のためのシェアアトリエが運営を開始しました。
2014年10月には、北棟と西棟をメイン会場とした
アートイベント「SHINKOJI ARTS」と、
リノベ工事が途中の南棟で「長野リノベーションシンポジウム」が同時開催されました。

ご近所の松葉屋家具店のイベント「マルクトプラッツ」も同じ日に行われたため、
周辺のエリア全体で大変賑やかなイベントとなりました。
長野リノベーションシンポジウムは、リノベ工事途中の“現場”を会場にしたことで、
わかりやすく、その一端を垣間見せることができたのではないかと思います。

リノベ工事途中の南棟で行われた「長野リノベーションシンポジウム」。

その後、南棟がオープンしたのは2014年12月のこと。
南棟は、4棟のなかでも中心的な役割を担う建物として計画され、
「東町ベース」という呼び名も決まりました。
東町ベースは、2階にCAMP不動産のメンバーがオフィスを構え、
3階の倉庫にストックした廃材や建具など使い、
1階の作業場で職人たちが加工するという、新しいリノベーション基地を目指しています。

東町ベース3階の倉庫にストックされている古家具や建具。

東町ベースの1階の作業場。

CAMP不動産メンバーで最初にできた南棟のmanz-desginのオフィス。

東京都町田市「しぜんの国保育園 small village」。子どもたちがまんなかにいる保育園とは

東京都内にありながら、いまも里山が残る町田市。
にぎやかな駅前から北へ車を走らせると、
多摩丘陵が広がります。
「しぜんの国保育園」は、そんな緑豊かな場所にあります。

こちらでは、米づくりをしたり、
アーティストとふれあったり、
日本古来の行事を行ったりしながら、
芸術・自然・食を大切にした保育活動を行っています。

園長の齋藤紘良さん。エントランスにある「small village cafe」にて。ここは地域に開かれたカフェとして、園児の父母や地域の方が利用できるようになっています。

この園の園長であり、
ミュージシャンでもある齋藤紘良(こうりょう)さんは、
「子どもたちがまんなかにいて、地域の人たちや
外部の人たちが集まってくる、村のような場所をつくりたい。
そういった保育を実践しながら、
子どもたちがどんな幸せを得られるのか、
考えていきたいんです」と語ります。

園舎は大きな窓から緑が見え、光がたくさん入る、とってもすてきな建物。

写真 品田裕美

設計を手がけたのは、ナフ・アーキテクト&デザインさん。
建物は2014年のGOOD DESIGN賞を、
コクヨファニチャーさんと共同開発した家具は
キッズデザイン賞を受賞しています。
中を歩いてみると、山の勾配を生かした廊下があったり、
給食室がのぞける窓があったりと、
子どもたちのことをよく考えたつくりに。

写真 品田裕美

写真 品田裕美

木をテーマにデザインされた図書室。本棚には、昔この場所に生えていた木を使用しています。丸太のクッションは「sunshine to you!」デザイナーの木原佐知子さんとコラボレーションしたもの。

「O-Bath」タガがない!まったく新しい檜風呂。岐阜県中津川市「檜創建」から誕生

香り、匂い、手触りが良く、五感に訴える。
檜のお風呂といえば日本人の憧れです。
岐阜県中津川市の「檜創建」は、国産の材木、
特に木曽檜を使ってバスタブをつくることに取り組むメーカー。
もともと檜のお風呂というのは、お湯を張っておかなければ
ならないなど、手間のかかるものでした。
なので日本のお風呂はどんどんステンレスになっていったのですが、
檜創建さんは「ウチにしかできないこと」をするために、
檜風呂を徹底的に改良。いまでは個人宅や高級ホテル、介護など
様々なシーンで檜風呂が楽しめるようになりました。
さらに2010年には、通常であれば必要な「タガ」がいらない、
進化した檜風呂「O-Bath」が誕生。見た目の美しさだけでなく、
水漏れしない木とプラスチックの三層構造が、
マンション・ホテルの階上や介護施設などでも更に好評なんです。

「O-Bath」のある風景

「TOTTORI TOTTORU -濱田英明写真展-」写真家の濱田英明さんが鳥取の魅力を撮る!

2月21日(土)から大阪にて、
3月21日(土)から香川にて、
写真家の濱田英明さんによる
鳥取の写真展「TOTTORI TOTTORU」がはじまります。

濱田さんは兵庫県の淡路島に生まれ、
大阪を拠点に活動する写真家さん。
昨年出版された、とってもかわいい兄弟の
写真集「ハルとミナ」が人気になりました。

そのほかにも「KINFOLK」をはじめとする海外誌や
「瀬戸内国際芸術祭 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト」など、
さまざまな雑誌、広告、プロジェクトの写真を手がけています。

©Hideaki Hamada

そんな濱田さんは
鳥取県出身の写真家・植田正治氏の命日に
初めて鳥取を訪れて以来、
数回にわたって鳥取を撮影してきたそう。

濱田さんは山陰らしいくるくると変わる天気や
ものづくりに関わる人びとのすがたを
どのようにとらえたのでしょうか。

写真 ©Hideaki Hamada

まちにできた 小さなイタリアンレストラン。 地元を元気にしたい店主の思い。 medicala vol.5

medicala vol.5
水のまちのイタリアンは本場さながら

前回はマスヤゲストハウス後編ということで、
解体古材を使ったリノベーションの面白さについて書きました。

今回紹介するのはつい最近、2014年11月〜12月の上旬にかけて
施工に入ったプロジェクト。
大分県竹田市のまちの中心、
四つ角にある元クリーニング屋さんの建物をリノベーションした、
イタリアンレストラン「Osteria e Bar RecaD(通称リカド)」のお話です。

「Osteria e Bar」とは、イタリア語で「気軽なレストランとバー」という意味。
カジュアルに訪れてもらいたいという思いに加え、
「RecaD」とは、「Re=角」の意味で、「マチカドの再生」を表しています。

つまり、コンセプトは「人々が集うマチカドの再生」。

昔と比べて活気がなくなってしまった竹田のまちを
「この場所から元気にしてきますよー!」
というオーナーの想いから、このレストランは生まれました。
オーナーは、桑島孝彦さん。
僕らは愛を込めて「クワマン」呼んでいます。

こちらがクワマン。竹田の市内で行われるイベントに出店しているときの様子。

1982年3月生まれの33歳です(2014年12月時)。
東京のイタリアンレストランで修業後、
2012年に「地元竹田市を面白くしたい!」とUターン。
竹田に帰ってきてからは、実家が営む「お米とお酒のくわしま」を手伝いながら、
移住者に空き家を紹介する仕事をしたり、
地元のイベントに屋台を出店したりと、竹田の中でいろいろ動きながら、
ゲストハウス(!?)を始めるために物件を探していました。

そうなんです。もともとクワマンがやりたかったのはゲストハウス。
クワマンと僕は東京のゲストハウスで知り合い、
その後、連載でも紹介したNui.や、
rucoの工事に手伝いにきてくれたクワマンに、
「アズくんにいつか竹田のゲストハウスのデザインをしてほしい」
と声をかけてもらいました。

しかし、なかなかゲストハウスに合うような物件が見つからない。
Uターンして2年経った頃、
レストランにするとちょうどいい物件に出会えたクワマン。
そこで、まずはイタリアンレストランから始めてみることに方向転換!
今回のプロジェクトが始まりました。
もちろん、志はゲストハウスをしようと考えていたころと変わらず、
「竹田を面白くしたい」ということ。

少し話が変わりますが、僕らは常々、
人がまちを訪れるには「3つの理由」が必要だと思っています。
例えば、会いたい人がいる、行ってみたい場所がある、
行ってみたいお店がある、食べたいものがある……など。
なんでもいいのだけれど、3つくらい理由があると、
じゃあ実際に行ってみようか、となりやすい。
会いたい人がひとりいても、
行ってみたい場所がひとつあっても、
わざわざそこまで足を伸ばすまでにはいかないことが多いのではと。

僕らにとって竹田市は、
会いたい人=クワマンがいる、
行ってみたいところ=ラムネ温泉(後ほど詳しく)がある。
しかし、僕たちがそれまで持っていた理由はふたつだけだったから、
なかなかいく機会がなかったのですが、
今回、物件が見つかったタイミングにたまたま九州にいたので
「近くまできたから」という3つ目の理由を携え、
ようやく初めて竹田を訪ねました。

竹田市の紹介を少し。
大分県竹田市は、大分市と熊本県阿蘇市のちょうど真ん中あたりにあります。
どちらからも車で1時間かからないくらい。
市町村合併のため、その面積は大きく、
また集落が分散されているためひとつの集落に多くの人が集中しておらず、
人口密度は52.6人/㎢(平成22年度、竹田市統計より)。
ちなみに長野県下諏訪町は313人/㎢(平成25年データ、下諏訪町統計より)、
東京23区は14,693人/km²(平成27年1月現在、東京都統計より)。
竹田市の人口は下諏訪と同じ規模の約2万3千人。
日本の市の中で見ると75歳以上の高齢化率は全国2位。
(合併前は全国1位だったみたいです)
そんなお年寄りが多いまちですが、
昨年地域おこし協力隊を18人を受け入れたり、
移住者やUターン者がいたり、アーティストインレジデンスを行っていたりと、
まちづくりへの取り組みが活発なまちでもあります。

文化的な遺産としては、難攻不落の城であった「岡城址」が有名です。
(よく天空の城のある竹田城があると勘違いされますが、
竹田城は兵庫県、竹田市は岡城)
クワマン曰く「岡城に攻め込むつもりで行ってみるとスゴさがわかるよ」
と説明するくらい、岡城は強い城だったそうです。
また、滝廉太郎の「荒城の月」の舞台は岡城であることも有名です。
(「荒城の月」が流れるトンネルがまちなかにある)

個人的には、藤森照信さんの設計した「ラムネ温泉」があったので、
竹田市は行ってみたいまちのひとつでした。
焼杉の外壁、銅葺きの屋根の可愛いかたちをした建築です。

ラムネ温泉。

後からわかった竹田の魅力は、なんと言っても「水が豊富」なこと。
竹田市は広いので、市内のいろんな場所で温泉に入れます。しかも安い。
そして、湧き水もたくさんあります。
「竹田湧水群」という場所があり、数種類の湧き水が楽しめ、
それぞれ味が違うため地元の人は「お気に入りの湧き水」があったりします。

竹田市の紹介はこれくらいにして、
オーナーの紹介と、プロジェクトの経緯について説明します。

クワマンが見つけた物件が、こちら。

工事前の外観。

「のらもじ発見プロジェクト」。 まちで見かける味わい深い 看板フォントをネットで保存活動

のらもじ発見プロジェクト」(以下のらもじ)をご存知ですか?
これは、まちでみかける、味わい深い個人商店の看板に注目し、
そこで使われているフォントに息吹を吹き込むプロジェクト。
まちあるきで発見した「のらもじ」をフォントのデータにして、
Webサイト上のテキストボックスに好きな文字を合成したり、
フォントデータをダウンロードできるようにしました。
サイト上では店舗の方のインタビューを掲載したり、
販売したデータの売上代金をそのまま渡しています。
そうすることで地方の店舗を応援し、
地方都市の景観を伝承する運動にもなっているんです。

タイポグラフィにおける「民藝運動」とも言えるこのプロジェクト。
造り手は同年代のクリエイター三人。
東京在住のアートディレクター下浜臨太郎さん
(電通 コミュニケーション・デザイン・センター)と、
デザインスタジオ「tha」のデザイナー西村斉輝さん、
現在山梨県在住のグラフィックデザイナー、若岡伸也さん。
もともとレトロな看板のデザインを収集していたのは若岡さん。

プロジェクトの始まりは、若岡さんの友人である下浜さんが、
日本に残る素朴なデザインを啓蒙するための仕組みを作りたいと思ったこと。
まちに残るレトロなフォントを「のらもじ」と名付け、
西村さんのプログラムによって、
Web上で遊べる仕組みを作り上げました。
最初は下浜さんらによる自主プロジェクトから始まり、
地道にまち歩きをしては店舗に交渉していく日々。

たとえばこの看板が..

フォントをデータにすることによって、

自由に文字を変えられるんです!

2013年にオープンしたWebサイトが話題になり、
昨年の春には、Yahoo! JAPANとコラボレーション。
東北の石巻を応援する「のらもじ in 東北」プロジェクトに発展しました。

「のらもじ in 東北」をてがけた下浜さんとYahoo!松村大貴さん

都市に奥行きをつくる。 HAGI STUDIO vol.6

HAGI STUDIO vol.6

みなさんこんにちは!
vol.1vol.2vol.3vol.4vol.5に続き、
東京谷中の最小文化複合施設「HAGISO」について書いていきます。
これまでの連載でひたすらHAGISOの中のことを書き連ねてきましたが、
最終回にきてようやくw外に目を向けてみたいと思います。

第2フェーズ「まちへ」

2013年3月から始まったHAGISOも、まもなく丸2年が経とうとしています。
バタバタと駆け抜けてきた2年間でしたが、
HAGISOの第2フェーズとして、
より一層地域・エリアに還元できる活動をしていきたいと思っています。
これまでもまちの魅力を高めるような場所として存在できるよう考えてきましたが、
あくまでHAGISOの中での活動だった気がします。
しかし、そもそも谷中でこのような試みを始めたのも、
このまちのポテンシャルに惚れ込んだからでした。

谷中銀座商店街。現在でも八百屋・魚屋・肉屋などの小売店が元気な商店街。道の幅員の狭さが、人と人の距離も縮めている。

岡倉天心記念公園。東京美術学校(現・東京藝術大学)の設立に関わり、また日本美術院を創設した岡倉天心の旧居跡。

小さな小売店が点在し、各家の植木鉢が道を彩る、迷路のような路地。

まちの食料品店「みかどパン」の目印、ヒマラヤ杉の大木。元は植木鉢に入っていたというヒマラヤ杉が、みるみる大木になったという。樹下の民家を守っているようにそびえている。

海外でも人気の自転車メーカー「toykobike」の直営店は谷中にある。もともとは酒屋、伊勢五本店の築80年の建物。

これらはほんの一例ですが、これらの魅力的な場所がいまだに住み継がれていることに、
約10年住んだ今でも感動を覚えます。このまちに対して僕らは何が返せるでしょうか?

谷中で行った初めてのプロジェクト

実は僕らが谷中で行ったプロジェクトはHAGISOが最初ではありませんでした。
2007年の夏、大学院在籍中に研究室のプロジェクトとして行った、
MACHI-YATAI PROJECT」というものがあります。

全体構成ダイアグラム。路地を7枚の暖簾で仕切る。

これは谷中にある路地を、一時的な設え(MACHI-YATAI)を用いて
展示空間に変換するプロジェクトです。場所はお寺の私道で、車も入れない細い路地です。
道の真ん中に木が立っていたり、今も水が出る井戸などがあります。
ただでさえワクワクして面白い場所ですが、
この一本の長い路地を「暖簾」で分節させ、その間に作品を設置することで、
一連なりの展示空間とするものです。

普段周辺にお住まいの住民の方の日常的な通路が、暖簾を設置するだけで一変します。

JR東日本×東京芸大生の「JOBANアートアンブレラ」。駅に忘れられた傘をペイントして再利用!

駅に忘れられたまま、引き取り手のない傘。
行き場所のないそれら多くの傘にペイントを施し、
再利用するというアートプロジェクト「JOBANアートアンブレラ」が
本日までJR上野駅で開催されます!
このプロジェクトは、常磐線沿線の4区4市
(台東区・荒川区・足立区・葛飾区・松戸市・柏市・我孫子市・取手市)と、
東京藝術大学、そしてJR東日本東京支社からなる「JOBANアートライン協議会」によるもので
アートをキーワードに地域活性化を目的としておこなわれているもの。
これまでも何度か常磐線沿線で開催されているとのことですが
今回は3月からの常磐線の東京駅乗り入れを記念したイベントで
いつもより大々的とのこと。
会場に言ってみると、色とりどりに自由にペインティングされた傘が並んでいました。

つい立ち止まって見てしまいます。子供が描いた可愛らしいものから、思い切って穴を開けたデザインのものまで。

東京藝術大学の学生によるライブペインティング。シンプルな傘が一変!

会場には、常磐線沿線の8自治体のゆるキャラがたくさんPRしにきていました。こちらは松戸のキャラ「松戸さん」。自分の顔を傘に描いてたのですが、なかなか上手!

二階フロアにも東京藝術大学の学生さんが描いた傘が展示。こちらは各自治体をテーマにしているそうです。

ほか、親子でビニール傘にペイントしてマイ傘を作る
ワークショップ(事前要予約)も楽しそうでした。
また、1000円以上の募金をすると東京藝大学生が制作したアート傘がもらえます。
(募金は東日本大震災により被災した文化財の救援と修復のため、
公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団へ全額寄付)

処分するしかなくなってしまった傘が
美しいアートとしてよみがえり、
各地域の宣伝やチャリティに貢献できる。
いろんな場所でやってほしいプロジェクトですね。

【JOBANアートアンブレラin上野】
2015年2月7日(土)・8日(日)時間:午前10時〜午後3時
場所:上野駅中央改札口周辺
(1Fグランドコンコース・1Fガレリア・2Fステーションギャラリー)

JOBANアートライン

墨田区で入場無料の 「ほくさい音楽博」開催。 こどもたちが世界中の音楽を 体験できる!

2015年2月8日(日)、
墨田区の「本所地域プラザBIGSHIP」にて、
音楽イベント「ほくさい音楽博」が開催されます。
これはこどもたちが、世界中の音楽を体験できる音楽博覧会。
一部体験会を除き、参加は無料です。

名前の由来は、墨田区うまれで世界に名を轟かせた
アーティスト、葛飾北斎。
彼の生誕地である墨田区周辺地域を拠点として、
こども達に世界中の響きの美しい楽器に触れてもらい、
練習を重ね、発表会を行っていくプログラムなんです。

スティールパンチーム練習の模様

ガムランチーム木琴制作の模様

当日のプログラムはバラエティ豊か。
日本でヒューマンビートボックスを広めたパイオニア的存在の
AFRAさんによる「声で演奏!ボイスパーカッション体験」や、
講談師の神田真紅さんによる「江戸の話芸!講談体験」。
そのほか「大声出し放題!義太夫体験」、「スティールパン体験」などなど、
こどもたちが実際に音楽に触れて楽しめるイベントが目白押しです。

山梨県 「ヤマナシハタオリトラベル」 の富士山ネクタイがかわいい。 ネクタイの生産量日本一!

富士山の麓に、ネクタイの生産量が日本一を誇る織物産地があります。
その歴史は古く、
この地に初めて織物が伝えられたのは
紀元前219年という伝説が残っているそう。

そんな産地のハタオリ職人さんのグループ「ヤマナシ ハタオリトラベル」では
素敵なネクタイをたくさん紹介しています。

こちらは、三代続く
ネクタイ生地専門織物工場「渡小織物」さんの
富士山柄のネクタイ。

民話の挿絵のような富士山がかわいい!
かわいらしいデザインだけど、
伝統的な絹の重量感はそのままです。
このほかにも、「ヤマナシ ハタオリトラベル」には
ユニークなネクタイがたくさんあるんです。

羽田忠織物

アートを通して、 人と人が関わる宿泊施設 KYOTO ART HOSTEL kumagusuku HAPS vol.5

HAPS vol.5
kumagusukuが生まれるまで

京都市中京区壬生。市内中心地の西、二条駅や二条城の周辺は、
大規模な商店街があるなど昔ながらの雰囲気を持ちつつ、
独自色のある小さなショップやギャラリーなどが増えている一帯です。
新旧の入り交じる活気があります。
そんなまちの一角に、
2014年11月完成した「KYOTO ART HOSTEL kumagusuku」。
展覧会の中に宿泊し、美術を“体験”として深く味わうための施設です。
2015年1月にオープンしました。
コロカルニュースでも紹介され、大きな反響がありました)

今回は、HAPSでマッチングをした物件ではありませんが、
計画当初より相談をいただき、
情報提供を行ったkumagusukuができるまでを辿ってみます。

kumagusukuとは、
博物学者・南方熊楠の名前と、
沖縄の言葉で“城”を意味する“グスク”とを合わせた造語。
熊楠の名前に含まれる
熊=動物と楠=植物を人間の営みの象徴として、
さらに城を組み合わせることで宇宙的な視座を持って世界を見て、
関わっていくという思いが込められています。

そもそもの発端は、2012年12月。
kumagusuku代表である美術家・矢津吉隆さんの、
「美術作品を通して人と人が関わる宿をつくりたい!」という思いから。
京都市立芸術大学を卒業して10年間ほど、
美術予備校講師や美大の非常勤講師を務めながら
作家活動を続けてきた矢津さん。次のステップに向けて、
何らかの決断をしなければいけない時期に差しかかっていました。

そんなとき、友人に誘われ、訪れた沖縄でのこと。
なんと大きな台風が直撃してしまい、
3日間もゲストハウスに閉じ込められることに。
しかし、人生を立ち止まって考えているときに
日常とは離れた環境のなかで
シーズンオフの沖縄にふと集まってきた人たちと話すことが
期せずして自分の内面をさらけ出すこととなりました。
この体験から、アートを通して
人と人がじっくり関われる宿をつくりたいという構想が生まれたのでした。

住宅街に佇む木造2階建てのkumagusuku 。

とは言うものの、
これまでアーティストとして活動してきた矢津さんにとって、
事業を起こすというのは新たな領域です。
事業計画の作成や融資など、初めてのことも多く、
まずはHAPSで紹介した行政書士の藤本寛さんからアドバイスを受けました。
当初は、自己資金で何とかできるのではと考えていた矢津さんも、
計画を進めていく中で、ひとりではできないということを実感。
思いを伝え具体化していく過程で、
これまでのつながりから、関わるメンバーも増えていき、
最終的には、創業者支援の融資制度や、
京都市の空き家改修のための助成金も活用することができました。

しかし、「事業の実績がない!」ことは説得材料に欠けるもの。
そこで矢津さんは、「瀬戸内国際芸術祭2013」に誘われたのを機に、
小豆島で期間限定のプロジェクトとして、
井上大輔さんとともにセルフリノベーションで、
kumagusukuの前身、アートを鑑賞できる滞在施設を実現。
(この様子はコロカルで連載中の小豆島日記にてレポートされています)
考えていた以上の盛り上がりに、
アートがつなぐ宿の方向性に確信を抱きました。

(左より)「工芸の家」のメンバー 石塚源太さん、kumagusuku代表・矢津吉隆さん。

京都へ戻った矢津さんは早速物件探し。
当初HAPSにもご相談いただいていたのですが、
うまく条件に合致するものをご紹介できませんでした。
京都市内には、町家など多くの空き物件はありますが、
宿泊施設としてさまざまな条件をクリアする物件を見つけるのは
なかなか難しいところがあります。

そんな物件探しに難航していた矢津さんが出会ったのは、
シェアスタジオを運営するなどして、
20年以上京都市内でアーティストを支援してきた、
A.S.K. atelier share kyoto (以下A.S.K.)代表の小笹義朋さん。

小笹さんはkumagusukuのプランを聞くと、
矢津さんとの出会いも何かの縁と感じ、
kumagusukuへスポンサーとして関わることを決断。

実は小笹さんは、そのときある木造物件を借り、
新たな共同スタジオにしようと
工事をスタートさせる一歩手前のところだったのですが、
この計画を一変させ、kumagusukuへと生まれ変わらせることに。
「見たことがないものを見たい、名付けられないものを見せてほしい」
と矢津さんに期待を寄せました。

小笹さんは、2012年からHAPSが活動を始め、
京都市の事業としてアーティストのためのスタジオ紹介が
行われるようになったことで、
スタジオ提供に関する自身の荷が下りたのだそうです。

A.S.K. atelier share kyoto代表の小笹さん。

手が入る前の物件1階の様子。

1階と2階を合わせて、
160平米以上ある元アパートだったという木造建築の物件。
全体のリノベーションを担当してくれたのは、
大阪・北加賀屋を拠点に活動する「dot architects」の家成俊勝さん。
ロゴや館内サインのデザインは、
矢津さんが長年仕事をしてきた
UMA / design farmの原田祐馬さんにお願いしました。

dot architectsによるkumagusukuの模型。(写真提供:kumagusuku)

dot architectsの建築は、建築単体というよりも、
人の関係性や建築の使われ方といったソフト面を含めデザインしていくというもの。
「完成が終わりではなく、その後いろいろな人が手を加え、
更新されていく余地を持たせてくれる建築に」という、矢津さんの希望とも合致しました。
そこで、矢津さんと家成さんが大切にしたのは、
「歴史的な蓄積をできるだけ残したい」ということ。
しかし、全部を包括的に更新するというのではなく、
手を加えたところと既存部分がわかるような、
“新たなレイヤーがつくられる建築”を模索。

さらに、もともとの「展覧会の中に宿泊する」というコンセプトから、
展示室と客室を分けたくないが、法律的には分ける必要もあるため、
視線の交錯を意識しながら、独立した空間をどうつなげていくかが、
課題となりました。

倉庫群の 再生プロジェクト。 シーンデザイン一級建築士事務所 vol.05

シーンデザイン一級建築士事務所 vol.05 
個から地域へ

長野市善光寺門前界隈には、ここ5年あまりでたくさんのリノベ物件が誕生しました。
これだけ狭いエリアに多くのリノベ物件が集積している地域は珍しいと思います。
もちろん個々のお店や住居は、各々個性的で独立した存在なのですが、
同一エリアに多く集まることで、その先に“まち”が見えてきました。
誤解を招くといけないので一応言っておくと、CAMP不動産は、
いわゆる従来的な“まちづくり“をしようとしているのではありません。
それでも“まち”が見えてきた、というのは、
あくまで、ひとつひとつ個別のリノベ案件について、
それがその場所で成立するための方策をあれこれ考えていると、
どうしても“まち”との関わりを無視できなくなるからなのです。
今回は、そんな個から地域への視点の広がりについてお話しできればと思います。

SHINKOJI(新小路)プロジェクトがスタート

不動産業を営む倉石さんと建築設計業を営む私が、
各事務所のスキルを横断的に生かしながら
リノベに関わる一連の事業について取り組んでみようと
「CAMP不動産」という活動を始めたのが2012年10月でした。
CAMP不動産として最初の物件は、vol.2で書いた藤田九衛門商店でしたが、
実はそれとほぼ時を同じくして構想を始めたプロジェクトがありました。

それが、SHINKOJI(新小路)プロジェクトです。

リノベ前の新小路。小路を挟んで両サイドに大きな倉庫が建ち並んでいます。

善光寺門前にある東町は、かつてとても人通りの多い問屋街でした。
新小路(しんこうじ)とは、その東町にある細い小路の名前です。
昭和10年頃には、洋食屋さんや鰻屋さん、中華料理屋さんに文房具屋さんなどが立ち並ぶ、
とても賑やかな小路だったそうです。

その後、昭和40年代に入り、新小路に建つお店は、
文房具卸し会社の本社や倉庫へと建替えられて一時代を築きました。
しかし、近年のインターネットなどによる流通構造の変化は、
まちなかの問屋街の様相を一変させました。新小路も例外ではありませんでした。
現在は、倉庫としてもほとんど機能していませんでした。

そんな状況下で、「SHINKOJIプロジェクト」は、
人通りの少なくなってしまった新小路に建つ、
計4棟の倉庫群をリノベーションするプロジェクトとして構想がスタートしたのです。

きっかけは地元不動産会社の相談から

時は遡り、CAMP不動産がSHINKOJIプロジェクトの構想を始める約2か月前。

地元不動産会社のリファーレ総合計画が、
この倉庫群の利活用を前提にした事業に着手したことが、
SHINKOJIプロジェクトのそもそもの始まりでした。

2012年9月。リファーレ総合計画の取締役である寺久保尚哉さんは、
まちなかにあるこの倉庫群を自社の事務所として利用しようと考えていました。
しかし、自身の不動産事務所として利用するだけでは建物が広すぎるため、
全体をどのように利活用していけばよいのか、いろいろな方に相談していたそうです。

その相談先のひとつに、CAMP不動産(株式会社マイルーム)があったのです。

この倉庫群には、古い建物にありがちな、完了検査を受けていなかったなど、
法的な問題点も数多くありましたが、
寺久保さんが、行政や建築士との協議を重ね、ひとつひとつ丁寧に解決し、
先ずは建物を“使える状態”にまでにしてくださったことが、
SHINKOJIプロジェクトがスタートを切る事ができた最大のきっかけにもなりました。

リノベーションをサポートする「リノベ基地」

リノベ前の新小路、北棟玄関。鉄骨造3階建ての事務所+倉庫でした。

2012年11月。以下、プロジェクトが始まった頃の、倉石さんのメールを紹介します。

「寒くなってきましたが、お元気ですか?
さて突然ですが、近々おもしろいプロジェクトが始まりそうなので、
お誘いのメールを送ります。
詳細は未定で、あえて名前を付ければ「リノベ基地」プロジェクトです。

まちなかの大きなビル倉庫群が借りられそうなので、
エリアごとリノベ基地にしてしまおうというものです。
放っておけば、いつものごとく壊されて駐車場になってしまいます。
建物は天井が高く、トラックも入る倉庫で、
そこでみんなの作業場にして、シェアしようというものです。
広いスペースでは、材料や道具がゆったり置け、もちろん加工もできます。
廃材や古家具もストックでき、職人さんが集まればオリジナル品もつくれます。
お客さんとのリノベプランが、現場さながらに進められます。
また、若者や熟練のスタッフがワイワイと集まり、
手がほしい現場ではテコになってくれます。
2階には、関連する道具屋、本屋、雑貨屋、めし屋、などがテナントとして入ります。
3階には、スタジオ、編集室を設け、
リノベやストックの物件情報とスタイルを発信していきます。
リノベに関連する事務所オフィスも入れます。
4階・屋上は、ゲストハウス的なものを設け、居住滞在も可能にします。
同じようなスペースを探している人たちを県内外から誘って、
シェアして使ってもらおうというものです。」

……CAMP不動産では、だいたい倉石さんのこんな妄想話から始まります(笑)。
補足説明すると、この時点で入居希望のテナントや入居者は誰ひとりとして決まっていません。
それでもよいのです。
リノベプロジェクトにおいて、ここで、ひとつのビジョンが提示されたことに
大きな意味があるのだと思います。

次は、私の番です。

解体素材をフル活用 みんなで古民家リノベーション 「マスヤゲストハウス」後編 medicala vol.4

medicala vol.4

前編ではマスヤゲストハウスの解体までの様子や
古民家をリノベーションすることのメリットやデメリットについて書きました。
キョンの希望だった“暖かい”の部分をどのように実現していったのか?
後編では解体で出た材料をどのように加工して再利用していったのか?
ということなどに触れながら完成までの流れを追っていきたいと思います。

寒冷地・長野の暖房対策をしっかりと。

解体が終わると下地工事が始まります。
解体までは壊していくマイナスの作業。
そこから「つくる」というプラスの作業が始まる瞬間がなんとも気持ちよく、
今回は解体期間が長かった分「いよいよだな」という気持ちになりました。

最初の壁下地工事の様子。キョウちゃんは大工さんから下地のつくり方をこの時学びました。

下地工事と並行して始まるのが「断熱」の作業。
断熱をすると、外の温度が建物の内部に伝わりにくくなるので、
夏は外の熱を、冬は冷気を、断熱材が食い止めてくれます。
隙間だらけの古民家ですが、断熱をすることで夏は涼しく、冬は暖かい空間を目指します。
新しく下地を組み直す部分に断熱材を入れることは難しくありませんが、
問題は既存の部分にどう組み込むか。
もうすでに仕上げてある壁や床を剥がして断熱材をいれて元に戻す、
というわけにはいかないので、簡単にはいきません。
それでも、少しでも暖かくということで、
例えば廊下などは、床の下から断熱材を打ち付けました。

床下に潜って断熱材を固定するキョン。

もともと諏訪地域は標高が高く涼しい場所なので、
断熱をしっかりして、さらに風の通り道をきちんとつくることで、
エアコンなしでも快適な夏を過ごせる空間になりました。

そして、断熱とともに、暖かい!を実現する上で欠かせないのが暖房器具。
結論から言うと、マスヤゲストハウスでは
「ペチカストーブ」というロシア式の蓄熱型ストーブをつくりました。
寒い地方で暖房をどのようにとるかは大きな課題です。
灯油だけに頼ると、どうしてもランニングコストがかさんでしまいます。
マスヤでは、暖房についてかなりいろいろ考えたり調べたりしました。
薪ストーブ、ロケットストーブ、オンドルなどなど。
さらには薪ストーブとペチカの複合型など、
調べると本当にたくさん工夫が施されたストーブたちを見つけることができます。

暖房を考える時に日本の森林問題なども大きく関わってきます。
日本は国策として針葉樹(杉・ヒノキなど)を植樹しましたが、
その手入れ(間伐材など)が大きな問題になっています
(こちらがわかりやすいので興味がある方はどうぞ
KINO TOKYO TREE PRODUCTSのムービー「東京の木とやまのおはなし」

ストーブは木を燃料に熱をとる暖房器具ですが、
薪ストーブのなかには「広葉樹しか燃やせない(針葉樹が使えない)」ものも存在します。
針葉樹を燃やせるストーブにすることで
間伐材や製材所の端材などが安く手に入る可能性が増えて
ランニングコストも下げられるし日本の山のためにもいい!
そう考えました。

そういったいくつかの理由を考慮して採用したのがペチカストーブ。
ペチカストーブの良い部分は針葉樹も燃やせること、
蓄熱型なので薪を焚くのが1日2回でいいこと、大きな薪も使えること、
大きな空間を暖めることができること、メンテナンスがあまりいらないことなどがあります。
デザイン的にもレンガを使用するので赤レンガの塀のあるマスヤにぴったりです。
デメリットはロケットストーブなど二次燃焼機能のあるストーブに比べて
薪を大量に使うことでしょうか。
デメリットを考慮してもペチカストーブの持つメリットは
宿の運営に合いそうだったので今回はペチカストーブをつくることにしました。

がんばればDIYできるペチカストーブですが、今回はプロにお願いしました。
お願いしたのは下諏訪から車で1時間もかからない伊那にある、「有賀製材所」。
僕の知り合いがペチカを自宅に導入する時にも
この有賀さんにお願いしていたのを知り、下諏訪からも近かったのでお願いすることに。
ちなみに、名前の通り製材所もやっているので
マスヤのバーカウンターの木材は有賀製材所で購入しました。

ペチカ制作のために1000個以上のレンガが届き、みんなで運んでいます。

ペチカ施工の様子。職人の技にみんな関心しています。

完成し、左官屋さんと記念撮影。左下の白いレンガの部分が焚き口で、赤いレンガ全てが蓄熱して輻射熱で部屋全体を暖めます。

肝心の薪の調達問題ですが、
キョンの強運が発揮されて現在は格安で製材所の端材(針葉樹)薪を確保できています。

こうして、しっかりと暖かい!を達成できる空間にしました。

古材を生かし、床の張り方にもひと工夫

さて、温かい空間に向けて出来ることをやり終えたところで、仕上げの部分。
壁には左官を、床には解体した時に出た古材やフローリング材を張って仕上げていきます。

一番広い部屋であるリビング&バーの床は
①他の建物の解体現場からもらってきた古材、
②畳の下などに使われていた古材、
③床の間などに使われていた質の高い古材、
という3種類の古材を工夫して使うことにしました。

①の他の解体現場からもらってきた古材は、
カウンター周りの床に隙間無くぴったり張りました。
余談ですが、実はこの古材、現場の近くを車で走っていた友人が、
「あっちのほうに解体しているおうちがあったよ」と教えてくれて手に入ることになったもの。こういった現地でのつながりの中から不意に材料が手に入ったりするところも、
現地に住み込んで空間をつくる、楽しさのひとつです。

古材を釘で止めている様子。釘は「つぶし釘」を自作して頭が目立たないように。

完成したカウンターまわりの床。曲がっていた木材は曲がったまま張るなど方法にも遊び心を。

②の畳の下などに使われていた古材は、
隙間をあけて張って、その隙間に砂と漆喰と土を混ぜたものを詰めました。

古材だけ貼って漆喰用のマスキングをした状態。

古材は曲がったりしているもので、
それらをまっすぐに揃ったきれいな材にしようと思うと、
どうしても無駄な部分が多く出てしまいます。

淡路島はたらくカタチ研究島 前編

島の雇用を生みだそう。商品づくりに留まらない“仕組み”づくり

人口14万人ほどの淡路島は、北に神戸、南に徳島という交通の便のよさと、
温泉や海水浴場、別荘地があることから、西のリゾート地としても親しまれている。
これらの観光と、名産であるたまねぎを始めとする農業や、
ちりめん、タコ、ハモなどの漁業が島を支える産業となっている。

そんな淡路島は、ここ数年で移住者が増えていることが話題となっている。
だが、地方での仕事探しは容易ではない。ここでは仕事を生み出すことが大切だ。
そのサポートをしているのが、淡路地域雇用創造推進協議会であり、
「淡路はたらくカタチ研究島」だ。

「淡路はたらくカタチ研究島」は、
厚生労働省の委託事業として、地域の雇用創出を図るプロジェクトである。
淡路島で仕事を探す人や、事業を立ち上げたい人が対象で、
島の豊かな地域資源を活かした家業・生業(なりわい)レベルの起業や
企業の商品開発をサポートするために、ワークショップを含めた18の講座と、
ツアーと商品の開発を行っている。

「淡路はたらくカタチ研究島」のプロジェクトメンバー。左から、魚﨑一郎さん、竹下加奈子さん、やまぐちくにこさん、藤澤晶子さん、大村明子さん、加藤賢一さん、平松克啓さん、松本貴史さん。

スーパーバイザーに、
関西を中心に活動するクリエイティブユニット「graf」の服部滋樹さんと、
「ブンボ株式会社」の江副直樹さんを迎えた。
コロカルでも昨夏取材を行った、建築家の「ヒラマツグミ」平松克啓さんも
アドバイザーとして参画しており、
陶芸家の西村昌晃さんも講座で移住の先輩として、
そして島で仕事をする同志として話をしている。

「graf」の服部滋樹さん(上)と、「ブンボ株式会社」の江副直樹さん(下)。写真提供:淡路地域雇用創造推進協議会

「淡路はたらくカタチ研究島」は、2011年から本格的な事業が始まり、
2013年からはより実践的に、と「淡路島ならではの付加価値商品開発プロジェクト」が始動。
淡路島ならではの価値を見直し、再発見し、商品開発の場をつくる。
そして販売拡大をはかり、より高い付加価値、より高度な実践を定着させ
淡路島での起業を応援するのだ。

2013年は4つの商品を展開し、2014年は6商品が開発された。
4月の公募で集まった19提案のうち6提案を採用し、
協議会で、実践支援員がデザイナーや専門アドバイザーとともに商品を開発する。
約半年間の開発期間でつくられた商品は、翌年1月の試験販売を経て、
そのレシピやノウハウまでを公開する。その上で事業社(者)を募集し、
提案者や開発者以外でも、淡路島内でに事務所のある事業社なら、
だれでも製造・販売できるようになる、というのがこの事業の特長だ。
「単なる商品開発ではなく、人をつなげて仕事や商品をつくる“仕組み”を生み出すのです」
と語るのは、「淡路はたらくカタチ研究島」の統括実践支援員の加藤賢一さん。
今回お送りするのは、2014年度に誕生した商品のうち、3商品にまつわる開発奮闘記だ。

京都で創業280年。老舗帯問屋「誉田屋源兵衛」にて河原温とドナルド・ジャッドの展覧会

京都室町で、創業280年を迎える帯問屋の老舗、
誉田屋源兵衛(こんだやげんべえ)。
現在は十代目である山口源兵衛さんが、
代々受け継がれてきた技術とともに、
「革新」の精神をもって、業界に新風を巻き起こす
作品を発表しています。
コシノヒロコと隈研吾との「襲一墨象色象展」や、
ユナイテッドアローズ、画家・松井冬子さんら、
アーティストとのコラボレーションも多数。

2月21日から、そんな誉田屋源兵衛の店舗を会場にした
現代アート展「温故知新 - On Kawara & Donald Judd」が開催されます。
コンセプトは「コンセプチュアル及びミニマル・アートと和の空間の融合」。
主催の「現代芸術振興財団」オーナーの前澤友作氏が保有するコレクションから、
コンセプチュアル・アーティストの第一人者として世界的に知られる河原温と、
ミニマル・アートの巨匠、ドナルド・ジャッドの作品の一部を公開します。
昨年7月に亡くなった河原温による、「いま」を残すために
日付を描いた絵画「デイト・ペインティング」と、
ドナルド・ジャッドによる、極限まで要素を切り詰めたミニマル・アート。
和の空間において、コンセプチュアル・アートとミニマル・アートの調和が
どのように体現されるのか、みどころです。

2014年10月に東京・目黒ハウスで開催された展覧会の様子

■現代芸術振興財団 現代アート展「温故知新 - On Kawara & Donald Judd」
日程:2015年2月21日(土)〜2月24日(火)
時間:11:00〜18:00
会場:誉田屋源兵衛
住所:京都市中京区室町通三条下る
TEL:075-254-8989
入場料:無料

Hender Scheme初の書籍 「Manufacture」。 支えるのは浅草の職人さんたちの 確かな技術。

メイド・イン・ジャパンにこだわり、
スタイルのある上質な革製品を作りつづけるブランド、
「Hender Scheme(エンダースキーマ)」。
エイジングを前提とした、
ヌメ革を使ったオールレザーのシューズなど、
独特の世界観で多くのファンを持つブランドです。
彼らのものづくりの拠点は、東京・浅草。
エンダースキーマの独創的でミニマムなアイデアの実現は、
浅草の職人さんたちの確かな技術が支えているんです。

そんなエンダースキーマが、初の書籍「Manufacture」を作りました。
ヌメ革を使用した表紙からして、1点ごとに個体差があるというこだわりぶり。
紹介されているのは、職人さんたちと、その道具。
絶妙な”加減”を支える、道具のちょっとした工夫。
飾らない表情と雑然とした工場の様子から、
ものづくりの町に流れるあたたかさと緊張感が伝わってきます。

表紙、オビにいたる革製の装幀は、富山の山田写真製版所と試行錯誤を重ねて実現

本の後半では、エンダースキーマのプロダクトの大きな魅力の
ひとつでもある、革の経年変化を追っています。
職人たちの手から手へ、そしてひとりひとりの持ち主に渡っていく
ストーリーを静かに語る一冊です。

エンダースキーマ「Manufacture」
価格:4,500円(税抜)
写真:三部正博
アートディレクション・デザイン:熊谷彰博
企画:柏崎亮、熊谷彰博
印刷:山田写真製版所
500部限定
※先行販売していたユトレヒト
エンダースキーマの全国の卸先にて発売になります。

パフォーマーとともに 更新されていく、 空間の使い方。 HAGI STUDIO vol.5

HAGI STUDIO vol.5
劇場の機能も織り込み、広がる空間と表現の可能性

みなさんこんにちは!
vol.1vol.2vol.3vol.4に続き、
東京谷中の最小文化複合施設「HAGISO」について書いていきます。

普段のカフェやギャラリーの営業とともに、
HAGISOでは、いくつかの通年プロジェクトが同時に進行しています。
そのなかのひとつがパフォーマンスプロジェクト「居間theater」です。

居間theaterは俳優・演出家の稲継美保を中心としたプロジェクトユニットで、
主要メンバー(東彩織・牧野まりか・宮武亜季・山崎朋)と、
プロジェクトごとのゲストパフォーマーによって構成されています。
HAGISOにおいて、年間を通じた「レジデントパフォーマンスプロジェクト」として
コンテンポラリーダンスを中心に活動しています。

居間theaterのメンバー(左より山崎朋・東彩織・稲継美保・牧野まりか・宮武亜季)。

HAGISOとの最初の出会いは、稲継・山崎が工事中のHAGISOに訪れた時でした。
まだ骨格しかないHAGISOの空間を見ながら、ここで何ができるのかを一緒に考えました。

実はHAGISOの設計段階の初期から、劇場仕様で使うことは織り込み済みでした。
柱梁の多い木造ですが、それらを劇場仕様の場合は
テクニカルな照明や音響機材を取り付けることができるように利用しています。
吹き抜けに半間分バルコニーとして床を残しておいたのも、
天井桟敷席として上からもステージを楽しめるようにするためでした。

しかし、ダンサーや振付家は、得てしてこちらで想定した使い方だけではない、
新しい場所の解釈をしてくれることがよくあります。
HAGISOの場や空間の価値を更新していくためにも、
彼らと継続的な活動をしていくことにしたのです。

劇場仕様の断面図。吹き抜けのバルコニーは天井桟敷席として使用できる。

劇場仕様の例「幽霊の技法」振付・出演 京極朋彦 出演:伊東歌織(photo by bozzo)

まず彼女たちが最初に興味をもったのは、ここがカフェをもった場所であるということ。
通常身体パフォーマンスは大小の劇場で行われます。
「舞台-客席」もしくは「演者-観客」の確固とした関係がつくられた場所で、
複数公演を前提に「わざわざ観に来た人」を観客として迎えます。
この場所で同じようなことを行おうとすると、さまざまな制約が生まれます。
まず通常の営業がありますので、長期間の連続公演は難しい。
また、カフェ営業をクローズして貸切にしなければならないので、
その分の機会損益を補わなければならない。
公演形式を続けていくのはそもそも矛盾します。

単発のイベントであれば自分たちが持っているネタを披露するということでお茶を濁せますが、
年間を通して行っていくとなると、持続性がありません。
しかし、彼女たちはこのような制約のある環境でパフォーマンスを行うことに
むしろ面白みを感じてくれました。自分たちの形式を場所に求めるのではなく、
場所の特性や形式から活動を見出していく方向に発想を転換したのです。

居間theater キックオフパーティー。HAGISOの中を十数人のパフォーマーが縦横無尽に駆け巡る。お客さんは好きな場所を探してその様子を見ています。(photo by Kazuo Yoshida)

“居間 theater”というプロジェクト名には、
日常的な空間としての「居間」と、非日常空間である「劇場」が組み込まれています。
演劇やパフォーマンスを見るのに効果的な場所として発展してきた劇場という空間が、
いつの間にか目的化してしまい、劇場のための作品となってしまっているのに対し、
もっと生活や日常から連続した活動を行いたいという意志によるものです。

展示作家とのコラボレーション

まず、はじめに彼女たちが行ったのは、
HAGISOで毎月行われる展示の作家とのコラボレーションでした。
彼女たちはコラボレーションの際、まず相手のことを徹底的に理解しようとします。
一旦相手の形式にのっとって、自分たちの表現をすることで、
さらなる表現の可能性を拡張することを試みています。

居間theater vol.1。展示中のアーティスト福津宣人とのコラボレーション。

居間theater vol.2。Pinpin Coとの共演。ダンサーの体を撮影し、リアルタイムで投影した壁面にドローイングしていく。

はじめはコラボレーションの対象はアーティストという「人」でしたが、
次第にその対象はHAGISOで行われる企画自体(こども文庫など)や、
空間自体へと発展していきます。そして次に彼女たちが選んだのは「カフェ」でした。

HAGISOで定期開催している「やなかこども文庫」とのコラボレーション。

パフォーマンスカフェ

カフェのあるHAGISOでの居間 theaterのあり方として、
ある意味究極の答えとして、「パフォーマンスカフェ」が生まれました。
これは、イベントが行われる期間中、
カフェのメニューに「パフォーマンスメニュー」が追加されるというものです。
フードやドリンクのメニューと並んで3分間のパフォーマンスを200〜300円で提供。
お客さんはカフェのウエイターにコーヒーとともにこれを注文し、
しばらくするとおもむろにパフォーマーがやってきて
パフォーマンスを行ってくれるというものです。

突然ダンサーが客席で踊り出す。

パフォーマンスの内容は、ダンス、音楽の演奏、詩の朗読、
写真家によるポートレート撮影など多岐に渡ります。
内容は選べないものの、「ひとりじめ」「おすそわけ」「窓の外」と、
パフォーマーとの距離を3種類の中から選ぶことができます。
パフォーマンスが始まると、注文したお客さんはまだしも、周りのお客さんはかなり驚きます。
しかし、一度見てしまうことで、次々と注文が入り、カフェの客席は混沌としてきます。
ジュークボックスのように不思議な一体感が生まれ、中には何回もおかわりする人も。
パフォーマーたちは控え室でドキドキしながら出番を待っていますw
特別にVIP ROOM(1000円)も用意され、ここでは10分間、
密室でパフォーマンスを楽しむことができます。
劇場で多くの人と一緒に見るのと比べると、すごく贅沢な体験で、
僕も毎回注文してしまいます。

劇場型や、予約制のパフォーマンスイベントと違い、
この形式はパフォーマーとお客さんの偶然の出会いがかなり大きな要素となっています。
お茶目的でカフェに訪れたお客さんとの楽しいながらも緊張感のある予期せぬ出会いは、
演ずること、パフォーマンスすることとは何なのかという初源的な衝動を感じさせます。
本企画、実施には日本大学の佐藤慎也研究室にご協力いただき、
さまざまな面でサポートいただきました。

「居間 theater Documentary Films(2013-2014)

年間を通してささやかな公演を行う居間theaterの活動は、
偶然の出会いという要素が強く、濃密な体験をもたらしていますが、
一方でかなり限られた人しか実際にその場に居合わせることはできません。
そうした活動のアーカイブとして、なんと活動1年目にして二本の映画ができてしまいました。
「居間 theater Documentary Films (2013-2014)」という、
2人の映像作家が違った個性で一年間記録、製作したドキュメンタリーフィルムです。

ひとつは有川滋男氏による「IMA THEATER」です。
こちらはHAGISOという場所それ自体と、
その上で居間 theater が行ってきたパフォーマンスのイメージや質感にフォーカスし、
HAGISOを舞台にした別の物語のような作品に仕上げています。

もうひとつは、みかなぎともこによる「Trace of a performing」です。
こちらは、パフォーマンスまでの制作過程や、
そこに至るまでの思考・興味を詳細にインタビューし、
実際のイベントの記録と合わせてドキュメンタリータッチで描いています。

どちらの作品も一年間の活動がぎゅっと凝縮された、素晴らしいものになりました。
HAGISOでも度々上映会を催しています。
映画製作の費用に関しては、台東区芸術文化支援制度を利用しました。

音を奏でて、気軽に楽しむ音楽を

もうひとつの通年プロジェクトとして行っているのが、「谷中音楽室」です。
谷中音楽室とは、その名のとおり音楽イベントで、
HAGISOのギャラリー部分をステージ、
カフェ部分を客席として不定期にコンサートを行っています。
この企画をプロデュースしているのは石田多朗という作曲家で、
HAGISOが萩荘だった時代から、よく飲みに来ていた友人です。
彼は谷中音楽室では必ず何組かのミュージシャンを組み合わせることに重きを置いています。
普段は出会わないような組み合わせをあえて選び、
ミュージシャン同士、もしくはお客さんとのあらたな出会いを生もうとしています。
谷中音楽室をきっかけに、その後も共演するようになったミュージシャンの方もいるようです。

HAGISOでイベントを行う意義

2014年のHAGISOまとめを見ると、
昨年は年間50以上の展示やイベントがあったことになります。
なぜこんなにイベントを行っているのでしょうw
収益面だけを考えると、正直通常の営業をしていたほうが安定しています。
これには、文化を日常の延長線上で育む環境を作りたいという点に尽きます。
文化は何か高尚なものをありがたがって見るというものではなく、
そこに住む人々の生活・風俗と地続きで生まれてくるものだと思います。
パフォーマンスカフェや、クリスマスイベントなどでも
近所の常連の方が来てくれるようになってきて、
そうした環境が生まれ始めているのを感じています。
HAGISOは、ダンスや音楽という文化に未だどことなくあるぎこちなさを、
生活の延長線上で生まれてくるものにすることで取り払っていきたいと思っています。

というところで次回は最終回、HAGISOの今後について考えていきたいと思います!

石垣島 Creative Flag クリエイティブフラッグ

沖縄県の八重山諸島にある石垣島にて、
島の創造力(Creative)に旗(Flag)を立て、
国内外に発信するプロジェクト「石垣島 Creative Flag」がはじまっている。
これは、石垣市の主催で2013年の秋からスタートした、
島のデザイナーやイラストレーター、カメラマン、編集者などを集め、
クリエイティブの力で島を盛り上げていこうという取り組みだ。

そして2014年の秋、同プロジェクトにて新しいスクールが開講した。
その名も「石垣島Creative Labo」。
このラボでは、国内外で活躍するクリエイターを招き、
島のクリエイターを実践的にバックアップする
ワークショップなどを行っていくという。
石垣島には、どんなクリエイターたちがいるのだろう?
2014年12月、銀河ライター/東北芸術工科大学客員教授の河尻亨一さん、
「まちづクリエイティブ」の寺井元一さん、
小田雄太さんが講師をつとめるワークショップの現場を訪ねた。

石垣島の自然と現役クリエイターが先生!「石垣島Creative Labo」

2013年3月に新しく開港した「南ぬ島 石垣空港」空港に着くと、
なんと現地は冬でも暖かだ。
道端にはハイビスカスが咲き、あちこちにガジュマルやヤシの木も生えている。
沖縄本島の南西約400kmに位置する石垣島は、熱帯の島なのだ。

ワークショップ会場は、商店街の真ん中にある「まちなか交流館 ゆんたく家」。
会場には石垣市企画政策課の宮良賢哉さん、
タウンマネージメント石垣の西村亮一さん、
離島経済新聞の鯨本あつこさん、小山田サトルさん、多和田真也さんら、
このプロジェクトの立ち上げ時から支えてきたメンバーの皆さんが揃っていた。

まずは石垣市企画政策課の宮良さんに
このプロジェクトを立ち上げた経緯についてお話を聞いた。

石垣市企画政策課の宮良賢哉さん。音楽が好きで、DJ マルセイユという名前でDJとしても活動しているそう。

宮良「僕自身、もともと音楽が好きで、2009年から
『トロピカルラバース・ビーチフェスタ』という音楽フェスを開催してきました。
会場はフサキリゾートビレッジという所なのですが、
素晴らしいロケーションも手伝って、毎年たくさんの方に来ていただいています。
石垣島にはミュージシャンも多いですし、
音楽の活動はわりと知られているんですよね。
でもじつは石垣島には、音楽以外のクリエイターもたくさんいるんです。
そういう人たちにもっと活躍してもらいたい、
この島に仕事をつくっていこう——ということで始まったのがこのプロジェクトです。
今年の1月に開催した『クリエイティブセッション』を皮切りに、
石垣島にゆかりのあるクリエイター35組を選出し、
彼らを紹介するウェブや冊子の制作、渋谷ヒカリエ内『aiiima』でのPRイベント、
展示会『rooms』、『TAIWAN DESIGN EXPO』への出展などを行ってきました。
そうやってここ1年、僕たちも手探りで色々なことを試してきた中で、
より確実にクリエイティブを仕事につなげ、仕事を定着させていくためには、
もっと実践的にクリエイターを育てていく場が必要だと思いました。
そうして今年の秋からスタートしたのが『石垣島Creative Labo』です」

さまざまなジャンル、さまざまな立場のクリエイターが一緒に学べる場

ワークショップの時間になると、参加クリエイターたちが集まって来た。
参加者は駆け出しのアーティストから、
既にバリバリ仕事をこなしているデザイナーやプログラマーまでと、さまざまだ。
このスクールではゲストの話を聞くだけではなく、
この場に集う人たちのアイデアを融合させ、
何かを生み出すことを目的としているので、
さまざまな立場のクリエイターが一緒に学べるのだ。
この日は、河尻亨一さんによるワークショップの日。

銀河ライター/東北芸工大客員教授の河尻亨一さん。編集執筆のほか、イベントや戦略立案、PRコンテンツの企画・制作・アドバイスなども行っている。

前半は河尻さんが「地域で活かせる先端広告のクリエイティブ」というテーマでレクチャー。
世界最大の広告祭「Cannes Lions」の受賞作を集めた動画集
Cannes Lions 2014 Best 100 の中からセレクトした映像を見せながら、
「クリエイティブを企画に結びつけていくにはどうしたらいいのか」
という課題を投げかけた。

後半は、参加者の悩みをヒアリング。
河尻さんが「ここまでは講義スタイルでお話しましたが、
後半は皆さんにインタビューしてみたいですね。
私はインタビュアーでもあり、
かなりたくさんのクリエイターに取材していますから、
皆さんが“そんなに価値がない”と思っている言葉の中から、
宝石を見つけ出すこともできるかもしれません」と語りかけると、
「ものづくりの作業量と対価が見合わない」、
「制作をしているとひきこもりになりがち」などの意見が出てきた。
ひとり、ふたりと悩みを語ると、どんどん意見が出てくる。
「石垣島を“クリエイターがこもれる島”としてPRすれば」などといった
ユニークな意見も飛び出した。

最後に河尻さんが「自分たちの持っている資産や悩みをプロデュースし、
そこから解決方法や企画を立ち上げていくことが大事。
この地理的環境を生かし、“アジア視座”をもって、
アジアのクリエイターのハブとして打ち出してみては」と語り、
この日のワークショップは終了。
参加者の本音を引き出し、解決に導く
河尻さんのプロデュース力を目の当たりにしたことも学びになった。

翌日のスピーカーは、コロカルの「リノベのすすめ」にもご登場いただいた
千葉県松戸市のまちづくりプロジェクト「MAD City」の
株式会社まちづクリエイティブ代表取締役 寺井元一さん、
アートディレクターの小田雄太さん。
“クリエイティブな自治区”をつくるために寺井さんが進めてきたプロジェクトの話から、
小田さんによる「デザインからはじまるまちづくり」についてレクチャーが行われた。

まちづクリエイティブの寺井元一さん(左)、アートディレクターの小田雄太さん(右)。

寺井「『MAD City』は、息苦しいまちなんか抜け出して、どこかのまちをのっとり、
ルールづくりからはじめてクリエイティブなまちをつくろう——ということで
スタートしたプロジェクト。まずはじめに『MAD City』という名前を決め、
小田君に依頼してロゴをつくり、
クリエイターが集まるようなまちづくり・コミュニティづくりからはじめました。
でも、僕はお金を出してアーティストを誘致するのは間違っていると思う。
そんなことをしても中途半端なアーティストしか集まらない。
それより“やれるもんならやってみろ”ぐらいの勢いでやっていきたい。
そうしていい緊張関係を築いていかないと、
可能性のあるアーティストは来てくれないと思うんです」

そう語る寺井さんがプロジェクト立ち上げ後、
すぐに着手したのが不動産事業だった。
これは、お金はなくてもアイデアがあるクリエイターを中心に
改装可能・原状回復不要な住宅やアトリエ、店舗を提供するというもの。
現在では多数のアーティストがこの物件に暮らし、
居住者からは「MAD Cityにおける何よりの魅力はコミュニティ」
という声も聞こえてきている。
歯に衣着せぬ寺井さんの話、クリエイターの皆さんには
かなり刺激になったのではないだろうか。
まちづクリエイティブの取り組みはリノベのすすめでも紹介している。

石垣島クリエイターの仕事場

「石垣島Creative Flag」には、さまざまなジャンルのクリエイターが参加している。
今回の旅では、彼らのアトリエや工房も訪ねた。

■大浜 豪さん(藍染め)

島藍農園の大浜豪さん。オリジナルブランド「shimaai」のストールは八重山藍のブルー、フクギ(福木)のオレンジがテーマカラー。

石垣市出身の大浜さんが営む「島藍農園」は、平原の中にある小さな農園だ。
こちらでは、植物の栽培から加工、染色、商品開発まで、一貫して手づくりで行っている。
およそ小学校の校庭ぐらいの敷地の中に、畑から藍色素を抽出するための加工所、
工房、販売所、番犬と猫の家まで、すべてがここにある。

藍染めの原料には、古くから八重山諸島だけで用いられてきた
「南蛮駒繋(ナンバンコマツナギ)」という植物を使用。
大浜さんはこの植物から生まれた藍の色に魅せられ、
2003年に農園を設立し、土づくりからはじめた。
この農園ではすべての工程を化学肥料や除草剤、薬品類を使用せずに行っている。

南蛮駒繋(ナンバンコマツナギ)

また大浜さんは、商業目的で自然に生えている植物を採り、
草木染めに使用することにも抵抗があるという。
理由は「もしその商品がヒットしてしまったら、
自然に生えている植物を乱獲することになってしまうから」。
大浜さんが研究を重ねて生み出した制作工程は、
この土地から生まれた材料にこだわり、
土地に還すところまでを考えた、島への愛の賜物なのである。
この農園から生まれた藍色と、フクギ(福木)という木の皮からとれた
橙のストライプは、オリジナルブランド「shimaai」の定番デザインになっている。

■池城安武さん(シルクスクリーン/グラフィック)

アーティストの池城安武さん。着用しているTシャツは八重山の伝統的な模様をモチーフにしている。

自宅を改造し、12月に初の路面店をオープンしたばかりの池城さん。
八重山諸島の文化や動植物、沖縄の詩人・山之口貘さんを
モチーフにしたTシャツや、シルクスクリーン版画、グラフィックなどを制作している。
石垣島で育ち、琉球大学法文学部を卒業後はロンドンへ留学。
世界各国を旅して沖縄に戻ってきたという池城さんだが、
その言葉から、作品から、八重山の詩情があふれてくるようだ。

たとえばオリジナルTシャツ「カフヌキィン」は、
沖縄・八重山の言葉で幸せを意味する「カフ」と
着物を意味する「キィン」をかけあわせた言葉。
「あなたにたくさんの幸せが訪れますように」という想いがこめられた服だ。
八重山の伝統的な模様をモチーフにしたTシャツや、
池城さんが描いた文様がとてもかわいい。
河尻さんも、山羊をモチーフにしたTシャツをお買い上げされていた。

■十河 学さん(映像/写真/プログラミング)

プログラマーの十河学さん。プログラミングを駆使したものづくりからスペースの企画までこなす、オープンソースな精神の持ち主。自宅を宿として貸し出すAirbnbも行っている。

広島県出身で2012年より石垣島に移住し、
現在は島の自然からインスピレーションを受け、映像、写真、アプリ制作、
サイト運営、ファブリケーションスペースのプロデュースなど、
あらゆるもの・ことを手がけている十河さん。
インターネットさえあれば、どこでも仕事ができてしまうというのが強みだ。
都会の喧噪から離れ、仕事に集中できるいまの環境は快適なよう。
スペースを訪れて驚いたのは、小型飛行ロボット「ドローン」が何機もあったこと。
十河さんは「ドローン」をつくるワークショップなど、
さまざまなデジタルファブリケーションのワークショップを企画している。

また現在は、「iBeacon」というタブレット端末向けのサービスを
石垣島に導入するため、システムを開発中だ。
もはやインターネットやデジタルファブリケーションは島の生活に欠かせないもの。
活躍の場は、まだまだ広がっていきそうだ。

■Maki UEDA(香り)

匂いのアートの第一人者、Maki UEDAさん。さまざまな匂いを香水やワークショップなどのかたちで体験させてくれる。

最後にご紹介するのは、香りのアーティスト、Maki UEDAさん。
食べ物や香辛料、体臭など、あらゆる素材から匂いを抽出して香水化し、
その香りをインスタレーションやワークショップなどのかたちで発表している。
UEDAさんは東京に生まれ育ち、大学卒業後はオランダに移住。
「匂いのアート」の第一人者として、
オランダの王立美術学校&音楽院などで教鞭をとってきた。

現在は石垣島を拠点に活動を展開しているUEDAさん。
石垣は匂いの資源が豊富で、素材にはことかかないという。
アトリエで石垣の土からとれた匂いを嗅がせてもらうと、
香水のように甘く、強い香りにびっくりさせられた。

石垣島 Creative Flagのこれから

参加クリエイターたちは、
このプロジェクトが主催するイベントで作品発表を行ったり、
ワークショップの講師をつとめたりしている。
イベントを訪れれば、彼らの作品や言葉から、
石垣島の魅力にふれられる。
そういったクリエイターたちの放つ魅力こそ、
このプロジェクトの大きな資産なのかもしれない。
今後は、企画や運営にも参加し、アーティストと石垣市が
一緒になってこのプロジェクトを盛り上げていくとのこと。
すでに新しいプロジェクトも進行中だそうだ。

今回のラボに参加して印象に残ったのは、
石垣島では昔から日本とアジアの玄関口として、
さまざまな地域の人が訪れ、独特な文化やコミュニティが育まれてきたという話。
沖縄には「いちゃりば ちょーでー」(一期一会、一度会ったら皆兄弟という意味)
という言葉がある。
そんな精神とクリエイティブが融合したら、おもしろいことが起こりそうだ。
これからここでどんなクリエイティブが育まれていくのか、
今からとても楽しみだ。

石川直樹さん過去最大規模の展覧会。横浜市民ギャラリーあざみ野「石川直樹 NEW MAP -世界を見に行く」

世界を旅する写真家の石川直樹さんが、
神奈川県の横浜市民ギャラリーあざみ野にて
これまでで最大規模の展示を開催します。

テーマは「NEW MAP」(新しい地図)。
かねてより「自分なりの地図を描いていきたい」といってきた石川さんが
これまでの旅の軌跡をたどるような展示として、作品を発表します。

石川直樹《POLAR》2006年 タイプCプリント

石川直樹《Mt. Fuji》 2008年 タイプCプリント 撮影地:富士山

「サンセルフホテル井野団地」予約受付中! 茨城県取手の団地に泊まれるアートプロジェクト

茨城県取手市にある、「サンセルフホテル井野団地」。
コロカルでもご紹介したこのホテルは、一年のうちの数日間だけ、
井野団地の中に現れる不定期出現型のホテル。
アーティストの北澤潤さんが発案したアートプロジェクトです。
井野団地の住民ら、地元のひとたちが「ホテルマン」として参加し、
宿泊者たちはホテルマンと共に特製のソーラーシステムで電気を蓄電して
団地上空に「太陽」を浮かべたり、客室の電気をまかなったりします。
プロジェクトの詳細を紹介するコロカルの記事はこちらからどうぞ!

このたび、このサンセルフホテルに実際に泊まれる
チャンスがやってきました!
日程は2015年4月18日(土)から4月19日(日)。
お値段は一泊二日1名様につき12,000円(お食事別)。
1月31日(土)まで予約を受け付けています。

こちらが団地上空に浮かぶ「太陽」

ふわりと夜空に昇る手づくりの太陽、ゲストのために準備される
ルームサービスやアメニティの数々を実際に体験できる貴重なチャンス。
お申込みはこちらから。

サンセルフホテル2015年春の回
撮影:伊藤友二

『ふたり、あわせて200歳』開催。奄美群島と喜界島に暮らす祖父母をめぐる写真展

2015年1月25日(日)~2月1日(日)まで、
東京・渋谷の「ギャラリー・ルデコ(LEDECO)」にて、
写真展「ふたり、あわせて200歳」が開催されます。
これは、現在シンガポール在住の若き写真家、得本真子(トクモトナオコ)さんと
姉のHanakoさんによるプロジェクト。
被写体は、鹿児島県奄美群島と喜界島に住む、今年103歳と97歳を迎える祖父母。
寡黙な明治生まれのウジー(祖父)と、家族を何よりも大切するアンマー(祖母)を中心に、
ふたりを囲む家族や地域の人々、喜界島の豊かな自然を捉えた写真たちを展示し、
1月31日(土)には、「お年寄りとのふれあいワークショップ」も開催されます。

「習慣が人生をつくる」

「祝いの日に」

得本さんがこのプロジェクトを始めたのは、
「私たちは祖父母孝行ができているのか」、
「家族だけに留まらず、広い目線で何かできることがあるのではないだろうか」
という思いからでした。
思いついたあと、資金はクラウドファンディングで調達。
こちらで開催までの経緯を読むことができます。

あなたの周りには、一人で暗い顔をしているおじいちゃんおばあちゃんはいませんか。介護がうまくいかず、疲れてしまい、初めのころの親への気持ちを思い出せなくなった方はいませんか。なかなか実家に顔を出せず、電話をかける回数も減ってきていませんか。少しでも多くの人が、おじいちゃんおばあちゃんとのつながりを見つめ直すきっかけになれば嬉しいです。(得本真子さん)

■「ふたり、あわせて200歳」-遠く離れた家族をつなぐ島の写真展-
開催期間:2015年1月25日(日)〜2015年2 月1日(日) ※1月26日(月)休
時間:11:00~19:00(最終日は17:00まで)
会場:ギャラリー・ルデコ(LE DECO)1階
住所:〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3-16-3 ルデコビル