連載
posted:2014.8.31 from:長野県長野市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
KEI MIYAMOTO
宮本 圭
1970年長野県生まれ。工学院大学工学研究科建築学修了後、宮本忠長建築設計事務所勤務を経て、シーンデザイン一級建築士事務所を設立。ツリーハウスプロジェクト、絵馬プロジェクトなど建築とその周辺にあるものを面白く結びつけていくためのプロジェクトに多数携わる。2009年に有限責任事業組合ボンクラを立ち上げ、善光寺門前にある古い建物で、建築家・編集者・デザイナーが集まり、単なる建築の再生だけでなく、地域やコミュニティの再生も視野に入れた「プロジェクトカネマツ」を実践中。2013年からは、リノベーションカンパニー「CAMP不動産」のメンバーとして活動中。
土屋ビル(vol.01参照参照)のあと、2009年11月から始まったのが
「KANEMATSU PROJECT」(山崎 亮ローカルデザイン・スタディ#052参照)でした。
明治、大正、昭和に建てられた3つの蔵と、
それをつなぐ平屋で構成される550㎡の空間を7人でリノベーションし、
シェアオフィスにしたり、カフェや古本屋に貸し出したり。
このプロジェクトでは本当にたくさんの人との出会いがあり、
同時に仕事ではリノベの依頼も増えていきました。
「KANEMATSU PROJECT」が始動してから半年ほどが過ぎた2010年5月、
「シェアオフィスであるKANEMATSUに不動産事務所を構えたい」と、
優しそうな容姿の男性がシーンデザインを訪ねてきました。
雰囲気も服装も全く不動産屋っぽくありません。
聞けば、遊休不動産をまちの有用なストックとして
リノベーションしていくことを事業としていきたいと言います。
わざわざ土屋ビルのリノベ設計者を探し、私のところを訪ねてきてくれたのです。
それが、(株)MYROOMの倉石智典さんとの出会いでした。
倉石さんがKANEMASTUで不動産事務所を開設してからしばらくは、
各々の立場でリノベに関わる仕事を続けていました。
そのうち、土地や中古物件探しを倉石さんに相談したり、
逆に、倉石さんが扱う物件の実測調査や古い建物の図面作成などを
私がお手伝いするというように、連携して仕事をする場面が徐々に多くなっていきました。
私も倉石さんも、従来の新築を建てる時と同じような建物の、
予定調和的な“つくりかた”がリノベには合わないのではないか、
また単一の業界の価値基準ではなく、
リノベとはもっと多角的な視点から取り組むべき課題であるのではないか、
とも感じていました。その思いが重なり、
2012年12月、それまで別々に携わってきたリノベに関わる一連の事業について、
各事務所のスキルを横断的に生かしながら取り組んでみようと
「CAMP不動産」という活動を始めました。
建築や不動産、まちのことは
“難しくて面倒”と思い込んでいる人は多いのではないでしょうか。
野外での〝キャンプ〟もそういうところがあると思うんです。
やり方、楽しみ方を知らないと、
ただただ虫が多いとか夜寒いとかBBQのナスが真っ黒で炭みたいだとか、
そういうちょっと残念な思い出で終わってしまう。
でも、虫除けのキャンドルを灯せば雰囲気だってよくなるし、
たき火の付け方を知っていたら一緒に魚も焼けるかもしれない、
ナスはホイルやダッチオーブンで蒸し焼きにすればトロリとしておいしい。
楽しみ方がわかれば見方も変わると思います。
それはキャンプも、地域も一緒。
見方が変われば、不便だと思っていたことが楽しみに変わったり、
使えないと思っていたものが、案外役に立ったりするかも。
だから、「CAMP不動産」はリノベの楽しみ方をサポートしながら
地域(キャンプ場)を良くしていくことを仕事にできたら素晴らしいと考えました。
そんな「CAMP不動産」が考えるリノベのカタチ(つくりかた)
をおぼろげながらイメージした最初の物件は
2013年5月に完成した「藤田九衛門商店」でした。
善光寺からほど近く、東之門町という場所にある木造2階建ての小さな民家。
もう十年以上、空き家となっていた物件です。
床は傾き、外壁や内壁の一部は崩れ落ち、もちろん設備は使えない状態。
あまりの状態の悪さに、これまでこの空き家を紹介しても
なかなか借り手が現れなかった物件です。
そんな、だれも見向きもしなかった古い建物を借り受けて、
リノベしてお店にしたいと依頼してきたのは、
長年日本料理の世界に携わってきた藤田 治さん。
藤田さんはここで“鯉焼き”(!?)を売る和菓子屋を営みたいという。
鯛(たい)焼きならぬ、“鯉(こい)焼き”のお店を始めたいと
熱く語る関西出身の藤田さんに、「なぜ鯉なんですか?」と聞くと、
「信州と言ったら鯉でしょ」という屈託ない答え。
どちらかというと、鯉と言ったら北信の門前ではなく、
東信の佐久鯉が有名なんだけどな……と、うっすら思いながらも、
そういうノリは嫌いじゃない。県外から見れば北信も東信も“信州”には変わりはないし、
地元民だから持ってしまっている固定概念を軽く壊してくれる藤田さんには、
むしろ好感を抱いてしまいました。
さらに、藤田さんからいただいたイメージスケッチがとてもいい。
ボロボロの建物の状況から、ここまでイメージを膨らませた藤田さんの絵は、
よほどこの建物に想い入れがあるのだなと感じさせてくれました。
私には、藤田さんの建物へ向けたラブレターにすら見えたほどです。
使う人と建物との相性はぴったり。
きっと藤田さんなら、一緒にこの建物のリノベを楽しんでくれそう。
そして、藤田さんの思い描くイメージをこの建物で具現化してみたいと思ったのです。
先ず、藤田さんの要望を聞きながらラフな図面とイメージスケッチを描きます。
イメージが了承されれば、この図面だけで概算見積もりを立てて、工事をスタート。
一般的な建築工事では、工事に入る前に詳細な既存調査と実施設計図面を描き、
工務店などに見積もりを取って、詳細な工事金額が確定してから、
ようやく着工となりますが、CAMP不動産ではその部分を大幅に省いています。
これは、設計サイドと施工サイドとの信頼関係(もちろん施主とも)と、
リノベ物件を多く扱ってきたこれまでの経験値によるところが大きいのですが、
そもそもリノベーション工事は予測不可能な部分が多く、
新築工事のような予定調和的な進め方は合わないのです。
“やってみなければわからないのだから、やってみちゃおう!”ということです。
最初にいろいろと決めすぎず、その場その場の状況に合わせて柔軟に、
そしてアドリブいっぱいに工事が進んでいきます。
もちろん、構造的な不具合が見つかればその場で対処していきます。
早速、簡単リノベプランをもとに建物の解体工事が始まります。
この時点では、詳細な図面がないのですから、
職人さんは何をどう壊していいかわかりません。
私たちは工事を進めながら解体する部分を現場で即決していきます。
この、行き当たりばったり感(言葉は悪いですが)というか
ライブ感がCAMP不動産の面白いところ。施主はドキドキだと思いますが……。
特に木造一戸建てのリノベ工事は、
解体してみて、初めてわかることも多いので、
状況に応じて構造や工法、施主の要望や使い勝手、
デザインや工事費、時には大家さんやご近所との関係なども総合的に考慮して、
その都度、最適最善と思われる工事を行っていきます。
例えば、壁の足元の「土台」という構造部材が
傷んでいるだろうことは想像していましたが、
傷みの程度と範囲は解体してみなければわかりませんでした。
それを、「土台」の状況を確認しながら解体して、
補強が必要な部分を現場で確定していきます。
そして本当に必要な部分の「土台」を入れ替えていきます。
一般的に“やってみなければわからない”ことが多いリノベ工事においては、
想定されるリスクを最大限に見積もってしまいがち。
しかし、CAMP不動産ではリスクの内容を現場で見極めてから、
その都度必要に応じた対処をしているので、無駄がありません。
ただし、予想以上の対処が必要な場合もありますので、施主の理解は第一条件です。
ちなみに、藤田九衛門商店の工事では、
解体工事と躯体補強工事などはCAMP不動産主体で進め、
仕上げ工事では施主の藤田さんが中心となって工事が進められました。
そんなこんなで、藤田九衛門商店の場合も、
建物が傾いていたり、土台が腐っていたり、あるはずの柱がなかったり、
木造一戸建ての“リノベあるある”な問題点はひと通り経験して、
ひとまず躯体を使用可能な状態にしていきます。
躯体の補強を終えて、次は店舗の土間床の仕上げをどうするのか頭を悩ませていました。
というのも、最初に考えていた「洗い出し」(モルタルに砕石や玉砂利などの骨材を
混ぜて塗り完全に乾かないうちに水で洗って表面に石の粒が浮き出るようにしたもの)
という仕上げは、予算的にかなり厳しかったからです。
コンクリート金ゴテで仕上げてしまうのもよいですが、
コストをかけずにひとひねりほしいところ。
そんな時に、CAMP不動産のメンバーでもある、
デザイナーの太田伸幸さんからよいアイデアが出てきました。
「土間床を川に見立てて鯉を泳がせましょう」
忘れていました。
藤田九衛門商店では、鯉のかたちをかたどった『鯉焼き』を看板菓子としていたのでした!
こういう発想は、建築的な仕上げばかり考えて凝り固まった頭をほぐしてくれます。
早速、その頃KANEMATSUに入居していた、
デザイナーの廣田義人くんにお願いして、鯉のデザインと型紙を作成してもらいました。
その型紙を土間コンクリート打設時に配置して押さえ、全体に、
ほうき目をつけてでき上がった床がこれ。
派手さこそありませんが、なんとも渋い意匠になりました。
きっと、土間床に鯉の型を見つけたお客さんは、ニヤリとするに違いない。
まるで隠れミッキーのようです。
こういう“遊び”をどんどん取り入れちゃうことができる機動力の高さも、
CAMP不動産の面白いところです。
積極的にリノベという“つくりかた”を選択した施主が、
自ら施工も行いたいという考えに至るのは自然な流れだと思います。
善光寺門前界隈で多数行われているリノベも、
施主自ら施工に関わるケースも少なくありません。
単にコスト削減という理由から、しかたなくセルフリノベを行うのではなく、
むしろ楽しみながら地域のコミュニティに溶け込む手段として
セルフリノベを行おうとする人が増えているのではないかと思います。
これまで誰からも価値がないと思われていた建物が、
自分たちの手で甦る過程を経験することの魅力に多くの人が気づき始めています。
藤田九衛門商店の場合も、土壁や板張り、塗装、かまど制作などは
施主直営のかたちで工事が進められました。
特に土壁は、“土壁づくりを通じて、家や街づくりを自分サイズで考える
緩やかなネットワーク「塗り壁隊」の指揮のもと、
左官工事に関心がある人が自由に参加して仕上げていただきました。
ご近所の金属造形作家の角居康弘さんによる店舗の壁に埋め込まれたタグには、
左官工事に携わった方々の名前が刻まれていたり、
お店のロゴや暖簾は、これまたご近所のデザイナーの関谷まゆみさんがデザインしたりと、
地域に住むたくさんの人の関わりを経て、藤田九衛門商店はできました。
2013年5月5日、藤田九衛門商店はめでたくOPEN。
そして肝心の鯉焼きは、こんなに素敵な和菓子となりました。
藤田さん自身、1日50個売れればいいだろうと言っていましたが、
OPEN初日は、なんと10時で完売。
一度店を閉めてから新たに焼いて、12時に再開。
しかし、14時に完売してしまうという売れっぷり。
しかも、その状況が3か月間続いたというから驚きです。
鯉焼きは、今ではすっかり信州門前のお土産として定着しました。
あの、だれも見向きもしなかったボロボロの建物は、
藤田さんと出会うことで、こんなにもたくさんの方から愛されるお店へと変わったのです。
「土屋ビル」でも感じたことですが、リノベという“つくりかた”は、
今ここにある建物やまち、そして、ひとを“知る”機会をたくさん与えてくれます。
それが、建物やまちやひとに親しみを抱かせ、
つながりを生む要因でもあると強く感じた楽しいリノベとなりました。
informaiton
藤田九衛門商店
住所 長野県長野市東之門町400-2
電話 026-219-2293
営業時間 6:30~売切次第終了、月曜休
※駐車場はお店の向かい側に1台分あり
information
シーンデザイン一級建築士事務所
住所 長野県長野市 東町207-1 KANEMATSU内
電話 026-262-1175
http://scenedesign.jp/
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