現在ある素材で、 新たな環境をつくる。 403architecture [dajiba] vol.2

403architecture [dajiba] vol.2

第2回目のインタビュイーは、第1回目のennの林さん同様、
僕たちが日頃からお付き合いさせていただいている方のひとり。
403architecture [dajiba]を設立して、
おおよそ1年が経つ頃に店舗の改修を依頼していただいた
「手打ち蕎麦 naru」の石田貴齢さん、通称ごりさんです。 
naruは、蕎麦はもちろんそのほかの料理やお酒まで
こだわり抜く本格的なお蕎麦屋さんですが、少し変わった一面も。
蕎麦屋の奥に「conaru」と呼ばれるイベントスペースも運営していて、
ご飯を食べにくる人のほか、さまざまな人が集う場所となっています。
そんなnaruの石田さんとの話を通して、
僕たちのことや僕たちが関わる浜松という都市の状況が垣間見られればと思います。
今回は、彌田が担当します。

自分が見渡せる環境の中で、働く

彌田

お話を伺う前にあれなんですが、第1回目の記事は読んでいただけました?

石田

読みました。読みました。

彌田

どうでした?

石田

いいんじゃない。ありのままって感じで(笑)。今回は何を話す感じなの?

彌田

日頃聞けないことを聞ければうれしいです。
ごりさんと初めて会ったのは、
浜松出身の建築に携わる人が主催した「第1回浜松建築会議」の打ち上げの時です。
途中から来たのに学生のみんなが「ごりさん、ごりさん」と騒ぐのを遠目から見て、
ここらへんのお兄さん的な存在なんだと思いました。

石田

あーちらっとお店に言った時かぁ。
僕は、ちゃんと会ったのって3.11のあとだと思ってた。
でも、辻ちゃん(403architecture [dajiba]のひとり)は
その前から浜松で活動していて、
確か鍵屋ビル(前回登場したマシューが入居するまちなかの古い共同ビル)を
有効利用するとかしないとか、そんな話をした気がする。

彌田

それは、「untenor」としてですね。

※untenorは、辻のほかに、植野聡子さん、吉岡優一さんの3人を中心に、
2010年より浜松を拠点に「教育」と「まち」をテーマに活動するメディアプロジェクト。

石田

そう。で、どのタイミングだったかは忘れちゃったけど、
「4月から独立します」と言われて……。

彌田

僕と橋本がやってきたと。

石田

その時は、建築に使われる材料をリユースして……なんて言っていたよね。

彌田

「マテリアルの流動」ですね(笑)。

石田

「マテリアルの流動」ね(笑)。

手打ち蕎麦 naruの店内で、石田さん(左奥)に話を聞く。

石田

実は、そのとき僕もちょうどリサイクルについて考えていて。
naruをつくった時にいっぱいゴミが出て、それを捨てるのにお金がかかる。
でも、また新しい材を買うわけでしょ?
服とかだと古着として捨てる神あれば拾う神ありだけど、
建築ってすごいゴミを出すんだという実感があった。
でも、気持ちよい場所にするにはつくり変えなきゃいけないし。
そんな時に聞いたから、この子たちは応援しないといけないなと純粋に思ったんです。

彌田

僕らは設立当初、建築の制作過程をそこまで知らないながらも意識していたことは、
一般的には見落とされがちなものを
建築をつくるときの一部として捉えられないかということで。
廃材の活用は、その考えを実践する手法のひとつでした。

石田

そうだよ。dajibaの設立当時だったら、
僕のほうが詳しかったんじゃない? それこそここをつくったばっかりだったし。

彌田

たしか、お店の図面も自分でイラストレーターで描いたと言ってましたよね?

石田

時間がいっぱいあったから(笑)。
あと、普通、施主は現場にいないと思うんだけど、
暇だったから僕はここにいて、大工さんといろいろやり取りしてた。
例えば、キッチンの天井に後々戸棚を吊るかもしれないから
石膏ボードの下地に合板張っといてね。みたいな。
それを現場監理っていうかはわかんないけど。

彌田

そんなのつくり慣れていないとわからないですよ?

石田

年の功というか、手を動かすのが好きだったからね。
小学校の頃につくったラジコンとか。
ラジコンと言ってもサーキットで走らせるような本気の。
速く走らせるためにマシンを改造するんだけど、
そのときにドライバーとかちょっとした工具の使い方を学んだり、
適当にやったら、適当な結果になるということも学んでたんだよね。

彌田

へー。

石田

まぁ、小さい頃から何かをつくるのが好きだったってことかな。
仕事で事務所をつくるときも僕が担当したり、
ニューヨークでマンション借りた時も
棚付けたり、配線を通したり、自分で部屋をDIYしてたんだよね。

彌田

ニューヨークに住んでいたこともあるんですね。
お蕎麦屋さんになる前のお話は、聞く度に
いつも初めてのネタが出てきますね(笑)。
なんでお蕎麦屋さんを始めようと思ったんですか?

石田

それは、人が集まる所で何かをしていたいと思ったのが一番大きな理由かな。
奥さんの実家に帰省する度に、おいしいお蕎麦を食べていたこともあって、
蕎麦が身近なものだったし、
勉強してみたところお蕎麦って賞味期限が短くて、
気を使ってお客さまに出すには
席数はあまり多くできないっていうミニマムな世界だった。
自分が見渡せる中で仕事ができそうっていうのも大きいよね。

彌田

場所は、最初から実家がある浜松だったんですか?

石田

そうだね。今から10年ちょっと前のことだったけど
東京はなんかこれ以上住むと息が詰まる感じがしたんだよね。
あと、蕎麦ってすごいシンプルだから
お客さんの反応がダイレクトに返ってくるのも良いなぁと。
僕、DJもやってたじゃない?
DJの時も曲を変えるとお客さんの反応がすぐ返ってくるし、その辺りは似てるかな。

彌田

あー。そういう感覚はなんとなくわかります。
設計の仕事も打ち合せでお施主さんと直接お話するので、
良い悪いの反応がすぐわかりますね。
「開放的にしたいけどプライバシーは守りたい」と一見矛盾した要望もよくあるので、
提案のバランスはそのやり取りの中で決まっていくことが多いんです。
たしかにそこは面白いですよね。

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」開催中。 京都の伝統的な建造物に、 写真作品を展示

2015年は、京都で大きな芸術祭が行われます。
ひとつは、5月10日(日)まで開催されている、
現代美術の国際展「PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭 2015」。
そしてもうひとつが、この「KYOGRAPHIE 京都国際写真祭 2015」。
今年で3回目の開催を迎える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2015」は、
京都の伝統的な建造物や近現代建築の空間を舞台に14組の作家が写真作品を展示する、
日本でも数少ない国際的な写真祭です。

ノ・スンテク[reallyGood, Murder #BIK1809], 忠清道, 2008 © Suntag Noh

会場のひとつである「虎屋 京都ギャラリー」では
フランス国立ギメ東洋美術館のコレクションが本邦初公開されます。
鎧兜を身にまとって弓を引き絞る武士の肖像をはじめ、
近代化に向かう当時の日本の姿を映した、とても貴重な写真が展示されます。
また、創業400年を誇り、伝統的町屋建築としても名高い「嶋臺(しまだい)ギャラリー」では
モダンジャズのレーベル「ブルーノート」の数々のレコードジャケットを撮影した、
写真家フランシス・ウルフのプリントも展示。これも日本初公開だとか!

ギメ東洋美術館よりアポリネール・ル・バ [日本の武者]、1864 © Guimet National Museum of Asian Arts

フランシス・ウルフ[ジョン・コルトレーンアルバム『ブルー・トレイン』に使用された写真]、1957 © Mosaic Images LLC.

今年の展示会場のひとつ、「誉田屋源兵衛」

2014年の展示より Mumeisha “Eternal Japan 1951 – 52” Werner Bischof / Magnum Photos

銀座に一冊の本を売る書店「森岡書店銀座店」がオープン! 沖潤子さんの展覧会「PUNK」を開催

5月5日(火)、銀座一丁目に
茅場町で10年親しまれてきた「森岡書店」の二号店、
「森岡書店銀座店」がオープンします。

お店のコンセプトは、“一冊の本を売る書店”。

これは、書店員を17年間つとめてきた店主の森岡督行さんが
「作家と読者のあいだに幸福な会話が生まれる機会を、
継続的に提供していきたい」とあたためてきたコンセプト。
一冊の本をテーマとした展覧会や出版記念イベントなど、
さまざまな企画を予定しているそう!

記念すべき最初の“一冊”は、
刺繍アーティスト・沖潤子さんの作品集「PUNK」(文藝春秋)。
十余年の作品を網羅した本を紹介するとともに、刺繍作品を展示します。

既存部分をどう残して、どう見せるか?築年数不詳の木造平屋。 ルーヴィス vol.2

ルーヴィス vol.2
駅から遠くボロボロだった平屋が人気賃貸物件に

皆さま、こんにちは。ルーヴィスの福井です。
vol.1では、「古さを、懐かしさにかえる」と題して
手探りでやっていた頃の「みどり荘」のお話をしましたが、
今回は、古い物件でも競争力は新築以上に出せると確認した
「築年数不詳。木造平屋のリノベーション」のお話です。

神奈川、特に東京に近い都市部では
比較的借り手の需要に恵まれた環境にあるとは思いますが、
それでも23区と比較すると、賃貸物件では改修費用もかけにくいですし、
入居者も誘致しにくいと思っています。
非都市部においては、より顕著なものと想像しますが、
そのような厳しい状況下において成功モデルをつくることが、
今後の日本において最も競争力のある先端モデルだと考えています。

そして「みどり荘」から数か月後に、横浜の地主さんから
さらに厳しそうな相談が来ます。

「もう3年ぐらい誰も住んでなくて、貸してもいない物件がある。
困っているわけではないけど、そのままにしておくとどんどん傷んでしまうし、
周りの人にも迷惑掛けちゃうから、どうにかしたい」と。
もちろん喜んで見に行きました。
横浜駅から平坦な道を歩いて20分。大きな道から細い脇道に入っていくと、
道はどんどん細くなり、行き止まりの手前に現れたのが、こちらの平屋です。

外観。

僕が小学生の頃、
みどり荘のようなアパートに住んでいる友達は何人かいましたが、
平屋に住んでいる友達はいませんでした。
そして内部はこのような感じです。

全体的に薄暗く、重苦しい印象だった既存の室内。

床は、もうよくわからない状態にあり、壁の元の色もなんだかわからず、
建物全体から負のオーラが出ていて、
懐かしさは通り越して香ばしい感じでした。
事務所に戻ってきてから、ボロボロの状態の既存写真を
呆然とただただ眺めていた記憶があります。

既存の床は、劣化が激しく水色の養生シートのようなもので少しだけ歩きやすくされていた。

カギが閉まらないぐらい傾いていたサッシ。

当時はまだ、「平屋=取り壊し」というのが当たり前で、
多くの人が直したところでどうにかなるもんじゃないという状況でした。

ただ、建て替えを選択しないのにはオーナーにも理由がありました。
後ろに崖を背負ったこの物件を建て替えようとすると、
セットバックをさせなくてはならず、
現状の建坪10坪強よりもさらに小さくなってしまうため、
建て替えでは費用対効果が得にくいという判断でした。

神戸ファッション美術館にてスゴい刺繍展「超絶刺繡Ⅱ 神に捧げるわざ、人に捧げるわざ」

万屋町傘鉾垂 蛸  塩屋熊吉 1848年復元 万屋通り町会蔵

兵庫県神戸市の「神戸ファッション美術館」にて、
ただいま特別展示「超絶刺繡Ⅱ-神に捧げるわざ、人に捧げるわざ- 」が開催中。
ここはファッション都市「神戸」のシンボルとして
1997年に開館した美術館。
想像を絶するほどの時間と情熱を注いで
作られる刺繍作品。
会場では、目を見張るような超絶的な技巧による、
精緻で荘厳な刺繡の数々がたくさん紹介されています!

本展では、日本の祭りを代表し美術的にも評価の高い、
京都祇園祭と長崎くんちにスポットを当て、
長刀鉾を飾る豪華な懸装品や長崎刺繡の匠のわざをご紹介。
さらに、繊細かつ大胆な迫力に満ちた作品を創出する技術、
そのルーツ及び魂を受け継いで保存にも心血を注ぐ人々の
取り組みにも迫ります。

万屋町傘鉾垂 ふぐ 塩屋熊吉 1848年復元 万屋通り町会蔵

松竹梅鶴亀吉祥に蓬菜山文様総刺繍打掛 江戸中期 株式会社キーワーク蔵

こちらがステッカー

展覧会をご覧のお客様お1人様につき1枚ステッカーをプレゼント。
全5種類、何が当たるかはお楽しみ!

音楽に屋外映画にワークショップ! 芸術の島・直島で手づくりマーケット「島小屋パラダイス!」開催

瀬戸内海に浮かぶ芸術の島・香川県直島。
至るところに現代アートが散りばめられ、
世界中から観光客が訪れる、いま注目の島です。

その直島にある"ねどこ"「島小屋」にて、
5月4日(月)と5月5日(火)の2日間、
年に一度のマーケット「島小屋パラダイス!」が開催されます!

昨年に続き第2回目となる島小屋パラダイスでは、
音楽会や紙芝居をはじめ、
庭に設置された手づくりのスクリーンでの映画会、
オリジナルの新聞バッグを作るワークショップ、
さらに、おいしい食べ物や飲み物、
キャンドルやアクセサリーといった小物などのお店が集まったりと、
みんなでワイワイと楽しめるような仕掛けが盛りだくさん。

旅する本屋「島小屋文庫」による紙芝居。終わったあとは好きな本を1冊プレゼントしてくれるそう。

イラストレーターのオビカカズミさんと、オリジナルの新聞バッグが作れるワークショップ(要予約)。

朝から夜まで賑やかな2日間になりそうですね!

会場の島小屋は、築120年の日本家屋の壁をとりのぞき、
中でテントを張れるようにした一風変わったゲストハウス。
ゲストハウスといっても、用意してあるのはテントとシュラフなど
必要最低限のものだけで、
食事やお風呂は近所のお店や銭湯をご案内。
そのかわり、テント内では直島の各地から拾ってきた
自然の音で夜の静けさを演出したり、
今回のようなイベントで地元の方たちとの出会いの場を提供しています。

誰でも気軽に立ち寄れるような素敵な場所で、
老若男女大歓迎の手づくりマーケット。
ゴールデンウィークの思い出に
参加してみてはいかがでしょうか。

[島小屋パラダイス!]
日時:2014.5.4.(月)・5.5(火) 10:00から17:00
※映画上映 18:00から20:00(要予約)
会場:[島小屋]敷地内
ご予約・お問合せ:090-9808-9244

[島小屋]公式Webサイト
[島小屋]Facebook
[島小屋]twitter

古き良きもの・おいしいものが集う「第7回東京蚤の市」に古着エリアが誕生。「北欧市」も同時開催!

5月9日(土)・10日(日)、東京・調布の
東京オーヴァル京王閣にて「第7回東京蚤の市」が開催されます。

解放感のある敷地に、古道具屋さんや古本屋さん、
ワークショップブース、カフェなどが大集合。
前回好評だった北欧市も、同時開催されます。

さらに今回からは、古着エリアが登場!
代官山の「MOTHER LIP」さん、
群馬県の「佐々木洋品店」さん、
高円寺の「SAMAKI」さんなど、
個性的なセレクトのお店が揃います。

主催はコロカルではおなじみ、手紙社さん。
前回は、手紙社さんによるフードブースも大人気でした。
もちろん今回も出店します!

焼失の悲劇から美しく蘇った岡山「備前國總社宮」復活祭。プロジェクションマッピングや神社バルも

2015年4月29日(水)、
岡山県岡山市の神社「備前国総社宮」(びぜんのくに そうじゃぐう)で
盛大なお祭り「拝殿竣工祭」が開催されます!

こちらは、主祭神に「因幡の白兎」の神話で有名な大己貴命(大国主命)をまつり、
平安時代からご鎮座されている歴史と由緒ある神社。
しかし、1992年、放火によって随神門を残し社殿が全焼したという
悲しい出来事がありました。
そしてその後、資金難により再建が出来ず、年々参拝者が減少。
盛大なお祭りを行うことができず、地域にとって大きな問題となっていました。
それがようやく、23年の時間を経てめでたく再建!
お祝いとして盛大なお祭を行うことになったんです。

放火により全焼した拝殿(左)と御正殿(右)

美しい姿で復活!平安後期様式で再建された「御正殿」

その内容は..
全国50近くのお祭りに参加する「明日襷(あしたすき)」の協力による神輿巡行や、
舞、書、武道、落語、太鼓、jazzバンドなどのパフォーマンスを神社に捧げる「奉祝」。
それら数ある奉祝行事の最後を飾る、神社へのプロジェクションマッピング。
さらに岡山市内の有名レストランが出店し、美味しい食事やお酒を提供する「神社バル」も!

平安後期様式で再建された「拝殿」

古民家から考える地域の未来。 一般社団法人ノオト vol.01

一般社団法人ノオト vol.01
丹波篠山で暮らしながら地域づくり

みなさんはじめまして。一般社団法人ノオトの星野新治と申します。
私たちは、兵庫県の丹波篠山を拠点に、
古民家の再生活用と古民家を入口とした地域づくり事業や中間支援などを行っています。
この連載では、ノオトで働くさまざまな立場の担当者が交替で、
私たちの取り組みを紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
第1回目の今回は、ノオトの概要を書いていきます。

私たちの拠点である篠山は、
兵庫県の中東部、京都府と大阪府の県境に位置する、山あいの盆地のまちです。
約400年前に篠山城の築城に伴って形成され、今も城下町の面影が残されています。
市の中心には国指定伝統的建造物群保存地区に選定される歴史的まち並みがあり、
周辺には、丹波栗、丹波黒豆、松茸、ぼたん鍋(猪鍋)など、
豊かな食文化を育む農村地域が広がっています。
しかし、人口減少、空き家、産業の衰退など、地方の多くが抱える課題を同じく抱えています。

私たちは、そんな丹波篠山に暮らしながら、地域づくりに力を入れています。

篠山市河原町地区には、町家が並び、歴史的まち並みが残る伝統的建造物群保存地区。

篠山城跡。

空き家となっている古民家が、地域づくりの鍵となる

私たちの地域づくりの鍵となるのは、空き家となっている古民家です。
古民家の定義は人や場合によってさまざまですが、
概ね築50年以上、特に昭和25年につくられた現在の建築基準法以前の建物のことを
そう呼ぶことが多いようです。
なぜかというと、戦後につくられた建築基準法では、
コンクリートや鉄を中心とした建築に適した基準となっているため、
低層な住宅以外での木造建築の利用可能性はほとんど想定されていません。
つまり、旅館や飲食店など、まちの生業を生み出す用途には、
なかなか使いにくい状況になっています。
そのため、現状ですでに使用しているものを除き、
古民家を住宅以外の用途で使用する場合には、かなりの工夫が必要になっています。
だからと言って、使われずに放置されてしまうのは残念でなりません。
古民家には、これまで積み重ねてきた日本の暮らし方や文化、
時を超えて残る歴史的な空間の力強さ、
そして地域ごとの特色が詰まっていると私たちは考えています。

森林×地域再生× クリエイティブの新事業。 ロフトワークらが岐阜県で 「飛騨の森でクマは踊る」始動

地球温暖化問題や再生可能エネルギーなど、
エコロジーへの関心はますます高まっていますが
日本の森林の面積はどれくらいあるかご存知ですか?
答えは、国土面積の2/3。実はこの数字、
環境先進国と言われるスウェーデンとほぼ匹敵するのです。
日本は世界でも有数の「森林大国」なんです。

ところが今、国内の林業に危機が叫ばれています。
「間伐材」という言葉があるように、
戦前・戦中に人工的に造林した森林をはじめとする、
一度でも人の手が入った森は人間が継続してメンテナンスしないと、
荒れてしまうのです。
しかし、後継者不足や高い流通コストなどの理由から林業が衰退し、
結果として荒れた森林が増えている、という問題が指摘されています。

北陸新幹線が開業してアクセスも便利になった、岐阜の世界遺産「白川郷」。
その白川村の隣に位置する飛騨市もまた、市の93%を森林が占める町。
古くから「飛騨の匠」として知られるように
木材建築や木材加工で優れた伝統技術が息づいている地域ですが、
森にまつわる同じような悩みを抱えています。

そこで発足することになったのが、「飛騨の森でクマは踊る」。
飛騨市と、林業を通して地域再生を促してきたトビムシ
そして数万人のクリエイターネットワークを持つロフトワーク
官民共同事業として立ち上げた、株式会社です。
飛騨市から現物出資された私有林を、
クリエイティブの力によってインテリアやプロダクトの商品に変え、
地域の経済と森林そのものを活性化させながら、観光客などに訴えていくことを試みます。

ものづくりから まちのリノベーションへ。 WORKVISIONS vol.2

WORKVISIONS vol.2

みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの代表、西村浩です。
vol.1では、僕が倉庫をリノベーションして使っていた、
品川のオフィスについて書きましたが、今回は、その冒頭で少しふれた
「都市のリノベーション」という考えに至るまでについて、書きたいと思います。

分野を超えて行き来すると、都市がみえてきた

リノベーションというと、一般的には古い建物を対象にするイメージがありますが、
本来的な意味は“価値の革新”であって、
建物に限らなくてもいいんじゃないかと僕は考えています。
何か新しく生まれたものは、時の経過とともに物質的に古くなる。
それと同時に当初の存在意義も、どこか社会の価値観とのズレが生じていきます。
古くなってしまったものを、物質的に新品に戻すことはできませんから、
逆にその古さを時間の積み重ねによる“味”と捉えて、ものの古めかしさを生かしつつ、
そこに未来の価値に繋がっていくような使われ方や人との関わり方を、
デザインという武器を駆使しながら、未来へ受け継いでいくことこそが、
リノベーションということではないかと思っています。

そう考えると、建物以外にも、道路や公園、水辺など、
公共の場にもたくさんのリノベーションの対象となるものがありそうですね。
今後、人口が減少し、それにあわせて車も減っていく社会が訪れるとすれば、
車をスムースに通すための道路空間なんかは、もっと歩行者のために開放して、
むしろ公園のような空間にリノベーションしてもいいかもしれません。
その好例としては、ニューヨークのハイラインが有名です。
http://www.thehighline.org/about
もともと、高架の鉄道貨物線だったところですが、1950年代になると、
物流の主流が鉄道による貨物輸送から高速道路を使ったトラック輸送へと移行し、
ニーズの減少に伴って廃線となってしまいました。
長らく使われずに放置されていましたが、この廃線跡地を、
約1.6kmに渡って緑道にリノベーションした空間がハイラインで、
今や市民に人気の憩いの場となっています。
その結果、沿線地域の価値が上昇して、不動産開発が活発化し、
まちの活性化にも大きく貢献したプロジェクトなのです。

整備前のハイラインの様子(公式Webサイトより借用)。

まちの活性化に大きく寄与したハイラインの様子(公式Webサイトより借用)。

小さなリノベーションが、大きなまちづくりにつながる

この醍醐味こそが、リノベーションの意義であり楽しさだと僕は思います。
そして、日本の地方都市の現状は、どこにいってもなかなか元気がない。
まちだって老化する。時代の価値観とのズレを矯正して、
美しく年齢を重ねるまちのあり方を考えることが必要で、
それが“都市のリノベーション”だと考えます。
ひとつの建物に留まらず、都市まで視野を広げて、
そのために必要なことが何かと考えれば、
実は、建築や土木、都市計画とか、そういった分野の壁を越えて、
それらが上手に連携することが大切だと思います。
空き家だらけのストック過剰状態の状況とはいえ、
必要ならば、新築の建物をつくったっていいんじゃないかと思うのです。

一般的にイメージされる建物のリノベーションは、
都市のリノベーションのための手段のひとつだと考えています。
僕は、疲弊し続ける風景をなんとか再生したいという思いから、
どんなプロジェクトにおいても、分野を限定せず、
まちの再生に少しでも貢献できるアイデアを探すようにしています。
そして、都市に関わるさまざまな分野同士や、
そこに込められるアイデア同士がいかに密に連携できるかというところに、
都市のリノベーションの効果が現れると思っています。
これからの時代を支える価値の革新をもたらすリノベーションの勘所は、
分野と分野の隙間にあるような気がします。

都市のリノベーションは、分野同士の連携が大切。

しなやかで軽い、画期的な竹細工「てんごや 竹スツール」。福岡県八女市の竹に、新しい需要を。

福岡県八女市にある「竹工房てんごや」。
こちらで作られている、八女市の竹を使ったスツール
「竹スツール」は、生産が追いつかないほどの大人気商品。
普通であれば固いイメージである竹の椅子を、
しなやかな椅子に変えた特別な椅子なんです。
デザインは、てんごやのご主人、染谷明さん。
独特の編み方によって、竹特有のしなりがやさしく体に
フィットする、軽くて座り心地のよいスツールです。

染谷さんはもともと、千葉県の出身。
鹿児島の口永良部島に移り住み、
そこで「てんご」=「竹かご」を作り始めたのが
この道に進むきっかけでした。

プラスチック製品の需要が増えるにつれ、
生産量が減ってしまった竹細工。
この竹細工に新しいかたちと需要を与えようと考えた
結果に出来たのが、この「竹スツール」。
竹編みの技術も、染谷さんが考え出したもの。
腰を下ろすと座面がお尻にフィットし、底の接地部分には
ゴムが編み込められていて床面の保護と滑り止めになっています。

横から見たフォルムもステキ

コロカルでは、竹編みのスツールが生まれたきっかけや
竹を使ったものづくりの可能性について
染谷さんにお話をお伺いしました。

ー竹編みのスツールを作ったきっかけは?
「竹細工は遠き昔より今日まで、いわゆる「カゴモノ」ばかりを作ってきました。
その結果、竹カゴ=竹細工というイメージが定着したんです。
衰退の一途をたどる竹細工の復活・再生は、まずこのイメージを
打開することから始めようと考えて「てんごや」を立ち上げました」

ー「竹編みの椅子」はどうやって生まれたんでしょうか?
「骨組みを使わずに、編むだけで作る方法を考案して
椅子を発表したのは12年前です。
当時の竹編み椅子は、カゴの作り方をベースに底組からの展開を変える方式。
まず座面を組み、背もたれから胴を編んで本体を作ります。
それとは別にもうひとつカゴを作って座面の下に入れ込み(これが補強になります)、
本体と合体して出来上がるというもの。
しかしこの作り方だと形の自由がきかず、デザインすることができませんでした」

こちらは経年した竹編みの椅子。現在は受注生産品となっています

ーかなりの苦労があったんですね。
「そこで椅子以外にも応用できる形の竹細工を、と考えたのが第二弾。
椅子にかかる体重を支えるために、末広がりの円筒形を内側に作り、
デザインする本体を外側につくるという方法に辿り着いたんです。
それを椅子にするため、一体構造になるように、
連続して内側から外側へと編んでいき、底を回って合体することで
補強いらずで復元力もある「竹編みスツール」が出来たんです」

ある都市で建築をつくるということ。 403architecture [dajiba] vol.1

403architecture [dajiba] vol.1 
見知らぬ土地、浜松を拠点にした理由

403architecture [dajiba]は、今から4年ほど前に
彌田徹、辻琢磨、そしてわたくし橋本健史によって設立されました。
静岡県の浜松市を拠点に活動をしています。
事務所から徒歩圏内にプロジェクトが集中しているなど、
ちょっと一般的な建築設計事務所とは違った仕事の仕方をしています。
この連載のテーマにもなっている「リノベ」の仕事も多い傾向にありますが、
ただ、手法としての「リノベ」を重視しているというよりは、
もう少し根本的な問題として、建築をつくるときの、
都市への関わり方について模索している、というのが率直な認識です。

そこで、僕らの仕事をより具体的に説明するために、
今回の連載企画では、クライアントである浜松のまちのみなさんへの
連続インタビューを行っていきたいと思っています。
そこから、パートナーとしての関わりを超えて、
僕らが浜松という都市そのものとどのように関わっているのかを
お伝えすることができればと思っています。

第1回目のインタビュイーは、浜松市の中心街で
美容室「enn」を営む、林 久展さんです。
ennは、浜松駅からほど近い、古いビルの1室にあり、
夫婦ふたりで営まれています。
林さんは403architecture [dajiba]として正式に活動を始める前から、
僕らをご存知で、最初のふたつのプロジェクトのクライアントです。
今回のインタビューでは、
普段と同じように(途中から)髪をカットしてもらいながら、お話をお聞きしました。

橋本

今回は第1回目なので、
「そもそもどんなかたちで僕らが浜松にやってきたか」
というところから振り返っていきます。
思い返してみると、初めてお会いしたのはお店の隣の空き室で、
ワークショップをやった時でしたよね? 
2010年、僕らはまだ大学院を修了したばかりの頃でした。
このビルのある通りに増えていた空きテナントをいくつかお借りして、
地元の静岡文化芸術大学(以下、文芸大)の学生のみなさんに、
なんらかのインスタレーションを制作してもらう、
というワークショップを運営した時です。覚えてます?

覚えてる覚えてる。

橋本

それまで、文芸大の学生との接点はありましたか?

あったよ。naruっ子(クライアントでもある「naru蕎麦」のバイトの総称。
次回店主にインタビュー予定)とか。
あと、今30歳くらいになる子たちとは面識あって、
このビルの屋上で小屋みたいなのつくってたな。
接点と言ってもピンポイントだけどね。
文芸大も当時は、今みたいな子たちじゃなくて、
僕の知ってる子たちはもうちょっとこう、ガテン系っていうか。

橋本

ガテン系?

「あれつくろう」というノリでやってる。
でも今の子たちはもうちょっと理論というか、
頭で考えてるような気がする。

橋本

学生の雰囲気や印象って、変わってきたと感じます?

それはあるね。でも、なんか世の中が、全体的になのかな。
建築は前から、そんな感じなのかもしれないけど。

橋本

いやー、建築も同じかもしれないですね。
最近はあんまり手で考える、みたいな人は少ないような気がします。
それよりは、もうちょっと社会貢献というか。このあいだ、久しぶりに
学生の卒業設計をまとめて見る機会があったんですけど、
災害対策とか高齢化とか、
あるいは廃施設の再利用というようなテーマを扱ったものが、ほとんどでした。

そうだよねえ。これつくりたいから、これつくる、みたいなのないよね。

橋本

あんまりそういう人はいないですね。文芸大の子が、というよりは、
日本全体の傾向なのかもしれません。あのワークショップのときは、
2010年で、いまほどそういった気運もなかったと思います。
でもそのときのシンポジウムには、
山崎亮さんが登壇されていたりしたんですけどね。
いずれにしても、林さんは僕らが「建築」の奴らだということは、
ご存知だったと思うんです。
空き室を使ったインスタレーションのサポートをしていることについて、
何か疑問などはありませんでしたか? 
変な奴らが来た、的な。

うーん。わかんないけど。今までにはない流れを持ってるな、
とは思ったかなぁ。
この界隈で生活をしている僕は、ライブや写真展とか、
なんとなく自分が興味があるもので人と関わってきたけど、
「建築」をベースに新しく人と関わるということはなかったから。
建築=建物を建てる、という感覚だったし、
少なからず学生が集まってくるのを見たとき、自分にはない感覚だった。

橋本

建物を建てるわけでもないのに「建築」の子って集まるんだ、みたいな? 
確かに、よく集まってくれましたよね。ちょっと前まで学生だった、
何者でもない奴らがぞろぞろやってきて、
「空き店舗に何かつくりませんか?」って言ってても、あやしさ満点ですし。
それでも、僕らもそうだし文芸大の学生にとっても
まず、浜松のことをちゃんと知る機会にしたかったというのはあります。
最初からインスタレーションをつくることありきだった訳でもなくて、
空きスペースのリサーチをやってみてから、いくつかの店舗スペースを
お借りできそうだったので、それなら学生主体で何か所か同時にやったほうが
インパクトもあるだろうと思っていました。

あと、建築の人との関わりっていうと、かっちゃんとかね。

橋本

かっちゃん?

家成さん(家成俊勝さん。大阪の設計事務所dot architects共同主宰)。

橋本

ああー! それはいつ頃の話で、どういうかたちで知り合ったんですか?

ここ(美容室ennの内装)をつくったとき。
当時、翼(大東翼さん。元dot architects共同主宰。
浜松にて「株式会社大と小とレフ」設立)
と家成さんがやっていた仕事の廃材が、ここの床の材料になりそうだったから、
家成さんの家、神戸まで取りに行ったんだよね。13年前になるかな。

橋本

ここの床の材料は神戸から来たんですね! 
13年前なら、僕も明石にいた頃です。そんなところでニアミスしているとは。
そう考えると、この床もずいぶんと歴史があるんですねー。

※ここで、突然マシュー(マシュー・ライアンさん。先日完成したばかりの
ゲストルームのクライアント。第4回目にインタビュー予定)がやってくる。

マシュー

ハーイ。ハッピーパディス!

橋本

パディ?

マシュー

ハッピー・パディス! 知らない? 
セイント・パトリックス・デイ(聖パトリックの祝日。この日は3月17日。
アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日)。
アイルランドの、飲み会の日。
グリーン着てる?(たまたま筆者は深緑のシャツを着ていたので)
ハシはセーフだね。
アメリカでは、今日グリーンをつけてないと、つねられるよ。

橋本

へえー。

※マシューはドイツの編集者と林さんを取り次いでいるらしく、
諸所相談しにきた。その間しばし待機。

マシュー

邪魔してごめんね! 今日は何してんの?

橋本

林さんにインタビューしてる。
僕らが関わったクライアントに話を聞く企画で、
マシューのとこにもそのうち行くよ。そんときはよろしくお願いしまーす。
月イチの企画だから、数か月後になるけど。

マシュー

待ってマス。

※マシュー帰る。以後はカットをしてもらいながらのインタビュー。

じゃーそろそろ切るか。

橋本

そうですね。お願いします。

東京・月島の「セコリ荘」がキャンピングカーで旅に出た。参加型プロジェクト「セコリ百景」

東京の下町、東京・月島の古民家を改装した
コミュニティスペースとして人気を博した「セコリ荘」。
オーナーは、コロカルでも「セコリプレス」を手がけた
宮浦晋哉さん。
このたび、セコリ荘は3月15日で営業をお休みしたのですが、
その代わりに参加型コミュニティサイト「セコリ百景」がオープンしました。
生産者と消費者の間に新しい繋がりを生む、新サービスです。

これまで宮浦さんは「セコリギャラリー」として
年間約200社の工場・工房の訪問取材を続けてきました。
Webサイト「セコリ百景」では、日本全国の生産地を
キャンピングカーで数ヶ月に渡って旅をしながら、
こだわったモノづくりにより生み出された製品を集めて紹介します。
それぞれの風土を体感し、魅力を深く掘り下げ、
モノづくりとモノがたりをより強く発信するという目的があるのだそう。

大阪に新ミュージアム「さかい利晶の杜」オープン。千利休と与謝野晶子を通じて堺を体験

2015年3月20日(金)、大阪府第二の都市・堺市に、
あたらしい観光名所「さかい利晶の杜」がオープンしました。
これは堺の歴史と文化を多様な角度から楽しむための文化観光施設。
堺で生まれた千利休と与謝野晶子から一文字づつ取って名付けられました。
彼らの創作の原点を紹介し、立礼呈茶や茶室お点前体験などの茶の湯体験もできる、
盛りだくさんの施設です。

「さかい利晶の杜」にあるのは、こんな施設。

千利休と茶の湯を歴史文化から解き明かす「千利休茶の湯館」、
本格的な茶室で茶の湯を体験できる「茶の湯体験施設」、
与謝野晶子の表現世界とその生き方に触れる「与謝野晶子記念館」、
堺観光の玄関口となる「観光案内展示室」。
またレストランの「湯葉と豆腐の店 梅の花」では、懐石や
抹茶を豆乳やビールで割ったドリンクを提供。
店内のショップでは、堺の和菓子や線香、和晒などのお土産も販売されます。
「スターバックス コーヒー」もありますし、
普通車や大型バスの駐車場も整備されています。
オープンから3日間で入館者数14,000人を超えたのだそう。

南宗寺 田島碩應老師が命名した立礼茶席「南海庵」。

表千家 而妙斎 千宗左 家元が命名した茶室「西江軒」。

今、団地が面白い!書籍 『団地を楽しむ教科書 暮らしと。』刊行記念トークが 代官山蔦屋で開催

高度成長期に誕生した「団地」。
50年の歴史が経った今、日本全国のあちこちで、
人と空間の新しい関係が生まれています。
書籍「団地を楽しむ教科書 暮らしと。」は、「団地」という存在を
ライフスタイルの視点から見直す本。
監修は、独自の視点で物件の隠れた魅力を掘りおこす「東京R不動産」。
これまで「ノスタルジー」という観点から捉えられがちだった団地に、
いまどきのライフスタイルというアプローチをしているのが新鮮なんです。

撮影=一之瀬ちひろ

団地は、現代の都心での暮らしでは見つけにくい魅力がたくさんあります。
緑豊かな自然環境、公園や商店街、保育園などの周辺施設、
そして住民同士のコミュニティ。
「団地を楽しむ教科書 暮らしと。」では、そんな暮らしの風景を、
平野太呂、一之瀬ちひろ、浅田政志、大沼ショージ、ゆかいら、
たくさんのカメラマンの方が切り取っています。

さて明日2015年3月31日(火)、代官山 蔦屋書店にて
本書の刊行記念トーク 「代官山で考える、団地から始まる暮らしの話」が開催されます!
執筆を手がけた東京R不動産の千葉敬介さん、
カメラマンの平野太呂さん、阿部健さんが登場。
団地の定義や歴史などの「団地の基本」や、カメラマンの視点から
団地の魅力を語ります。実は阿部さんはかつて、
平野さんのアシスタントだったという関係でもあるので、師弟対決も見所。
参加は、代官山 蔦屋書店店頭にて本書をお買い上げいただくか、
イベント参加券(1,000円/税込)をご予約・ご購入いただくことで可能になります。
詳細はこちらから。

撮影=一之瀬ちひろ

2016年夏開催の「あいちトリエンナーレ2016」。コンセプトビデオと参加アーティストを発表!

2016年8月11日(木)~10月23日(日)、
愛知県で「あいちトリエンナーレ2016」が開催されます。
これは愛知芸術文化センターと名古屋市美術館、
そして愛知県内のまちなかを舞台に展開する芸術祭。
2010年にスタートし、来年で3回目を迎えます。
テーマは「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」。
いま、この芸術祭のコンセプトを伝えるビデオが公開されています。

朗読は「あいちトリエンナーレ2016」の芸術監督で
写真家・著述家の港千尋さん、
監督は美術家として映像メディアを探求する山城大督さん、
音楽は国内外で高い評価をえている音楽家の蓮沼執太さん。

「キャラヴァンサライ」とは、旅びとや商人の
いこいの場として栄えた隊商宿のこと。
港千尋さんと山城大督さんは
ビデオの制作のためにトルコを訪れ、
この「キャラヴァンサライ」で撮影を行ったそうです。

現代美術のほか、ダンスやオペラなども楽しめるこのトリエンナーレ。
来年は世界中のアーティストによる
「旅」の視点を取り入れた作品が、美術館やまちを賑わせます。

岡崎市

豊橋市

名古屋市美術館

古さを、懐かしさにかえる。 ルーヴィス vol.1

ルーヴィス vol.1
アンティーク家具メンテナンスの経験から。

みなさま、こんにちは。ルーヴィスの福井と申します。
僕は、神奈川県、横浜を拠点に
横浜、東京、湘南エリア、ときどき千葉の内房の古い建物の改修工事をしています。
個人や法人のお客さまからの依頼で
デザインと施工の両方をさせてもらう時もあれば、
設計事務所からの依頼で施工だけをさせてもらう時もあり、
関わり方はさまざまですが、カテゴリーでいうと工務店だと思っています。

僕自身はリノベーションの仕事における立ち位置に特にこだわりはなく、
クライアントのニーズに合わせて
ポジショニングを微調整しながら携わっています。
クライアントからよく「結局、ルーヴィスは何屋なの?」とよく聞かれるので、
この連載では、自己紹介を含めて、考え方や活動について書いていきます。
お付き合い、どうぞよろしくお願い致します!

そもそも、僕は建築を学んだこともなく、
設計事務所で働いたことも工務店で働いたこともない、アウトサイダーです。
そんな僕がなぜリノベーションの仕事を始めたのか。
15年ほど前に、当時東京の目黒通りにあった「ACME FURNITURE」
(http://acme.co.jp/ )というインテリアショップに勤めていました。
ACMEでの仕事は主に中古家具のメンテナンスだったのですが、
3か月に1度、カリフォルニアに中古家具の仕入れにも行かせてもらっていました。
フリーマーケットやアンティークモール、
リサイクルショップやインテリアショップをまわって、
1930年代〜1980年代ぐらいの中古家具や雑貨を仕入れ、
40フィートのコンテナを満載にして日本へ送り、
メンテナンスをして販売する仕事です。

アメリカ最大規模のフリーマーケットのひとつ、ロサンゼルスの「Rose Bowl Flea Market」。

仕入れた時に、コンディションの悪い家具も、
組み直したり塗装をし直したりすると、
生産当時のよさがよみがえり、今また新しくつくろうと思っても
コストや材料の問題で実現することができない価値があり、
当時から人気がありました。
今思えば、「古くてもボロボロでも直し続ければ価値は持続する」という感覚が、ACME時代に培われていたのだと思います。
その後、26歳の時に僕は父親の誘いもあり、
横浜にある実家の不動産会社に転職をします。

増え続ける、古い管理物件の空き室

不動産会社では、主に賃貸管理に携わっていました。
管理物件の中でも、築30年以上のものになると空室が多く、
賃料を下がり続けなくてはならないとなると、
運営維持も入居者を見つけるのにも苦労していました。
当時(いまから約10年前)、横浜でも空き家や空室は増え始めており、
「空室対策」というものを色々とやっていました。
と言ってもリノベーションなどではなく、家具付きの物件にしてみたり、
入居者を紹介してくれるほかの不動産会社に広告料を払ったり、
マンスリーマンションをやってみたりという感じでした。
そんなことを続ける中で、漠然とした疑問が出てきます。
「家具は直せば価値が上がるのに、不動産はなんでだめなんだろう?」
ということです。

家具は消費財だからか? いや、家具の中でも消費財ではないものは価値がある。
日本は地震が多いから古くなったら建て替えないといけないのか?
いや、100年以上建っている家だってある……。
という感じで疑問が疑問を呼び、
自分の目で、自分の体で検証してみたくなったのです。

被災地のこどもたちを音楽で支える。ドゥダメル指揮「相馬子どもオーケストラ&コーラス」演奏会

東日本大震災の被災地、福島県相馬市と岩手県大槌町で開かれている
「エル・システマ音楽教室」。
エル・システマとは、南米のベネズエラで行われている音楽教育システム。
現地では、「奏でよ、そして闘え」をモットーに、貧困層のこどもたちが
音楽を通して困難を乗り越える力と勇気を身につけるための
プログラムを行っています。

相馬市で行われている「エル・システマ音楽教室」は、
福島の子どもたちの尊厳を回復し、
自分の人生を切り開いていく生きる力を育むためのプロジェクト。
2012年に設立されて以来、未就学児から高校生まで、地元のこどもたちが、
弦楽オーケストラやコーラスの練習に日々励んでいるんです。

2013年4月に約30名で始まったこの音楽教室もどんどんと成長し、
2013年の12月には、震災後再建された新市民会館にて、
135名の「相馬子どもオーケストラ&コーラス」のデビュー公演を開催。
現在では約150名が参加しています!

そんな「相馬子どもオーケストラ&コーラス」たちが、
2015年3月29日(日)、東京・サントリーホールで公演を行います。
アメリカで行われている「エル・システマ」プログラムのひとつである
「ロサンゼルス・ユース・オーケストラ(YOLA)」に所属する子どもたち15名との共演。
なんとその指揮は、LAフィル音楽監督/指揮者である
巨匠グスターボ・ドゥダメル氏。
これは見逃せない公演になりそうです。

ドゥダメル氏とこどもたち

萩の小さな美容院「kilico」。 medicala vol.6

medicala vol.6
縁のあるまちの、もうひとつのリノベーション

前回は大分県竹田市のイタリアンレストラン『Osteria e Bar RecaD』を紹介しました。
オープン以来、大盛況みたいで地元の人はもちろん、
遠方からのお客さんもたくさん来ていて盛り上がっているみたいです。

さて、今回は山口県萩市に先日(2015年3月1日)オープンした、
美容院「kilico(キリコ)」についてご紹介します。
RecaDが完成したのが2014年の12月で、
kilicoの着工をしたのが2015年1月4日。
僕らmedicalaは2日遅れて6日から萩に入りました。

kilicoのオーナーは内田直己(通称うんちょ)。28歳です。
2014年12月末まで山口市内の美容院に勤め、店長を経験後、
地元の山口県萩市にて独立して美容院を開業するためにUターンしてきました。
僕とうんちょとの出会いはゲストハウス「ruco」の改装工事中に
髪を切りにきてくれたことが始まりでした。

うんちょに髪を切ってもらってる写真。

萩にrucoができたからかどうかは定かではありませんが、
rucoがオープンしてほどなく彼は独立を決意して萩市内で物件を探し始めたようです。
そんな時、
「rucoができて、通りが明るくなって嬉しい!
という話を地元の人たちからよく聞くようになった。
実際rucoができるまではこの通りは、夜は暗いし、何も無い通りになってしまっていた。
rucoがきっかけで萩の中のこの近辺にお店ができて、少しずつまちに明かりが灯りだす。
そういう風景を夢見ている。ここから萩を元気にしたい」

というrucoのオーナーのひとり、塩くんの思いを聞いて、
うんちょはrucoから徒歩1分以内の空き店舗に出店を決めました。

rucoとkilicoの位置がわかる写真。左奥の赤っぽく錆びている店舗が工事前のkilico。右の茶色い4階建てのビルがruco。

実は今回の物件はrucoの改装当時は塩くんの友達が営んでいた古着屋さんで、
改装中に塩くんや僕がうんちょに裏庭で青空カットしてもらっていた場所。
なんだか幸先がいい感じです。

コンセプトは「めんどくさい店」

今回の施工メンバーは僕らmedicala、
rucoの棟梁だった大工の入江 真さん(通称マコさん)、
家具は同じくrucoでも家具をつくってくれた中原忠弦さん(通称チュウゲンさん)、
rucoのオーナーのひとり、秋本崇人(通称アッキー)、
そして信州大学の大学院生の福田真享くん(通称ふくちゃん)が
インターンとして来てくれました。

着工の1か月ほど前、rucoの2階にマコさん、チュウゲンさん、
medicala、そしてオーナーのうんちょの5人で集まって打ち合わせをしました。
デザインや工事の前に、
「どういうお店にしたいのか?」という根本的な部分をメインに話をしました。
どういうお店にするのか? どういう人に来てほしいのか? どうして独立するのか?
何年続ける覚悟があるのか? どんな接客をしたいのか?
そんなことを話しました。

rucoの2階での打ち合わせ風景。

打ち合わせが進んでいくなかで、medicalaにとって初めての美容院ということもあり、
必要な設備や導線などについて、うんちょにヒアリング。
美容備品の収納、バックヤードの広さ、など使い勝手について話が進むなか、
大工のマコさんからゆっくりと出た言葉は、

「内田君、めんどくさい店にしよう」
このマコさんのひと言がkilicoをどういうお店にするか決定づけ、
プロジェクトが目指す方向を見つけて動き出した瞬間でした。それは、
「どういう内装のお店にしたいか?」ということよりも、
もっともっと大切なこと。

kilicoは、カット席ひとつだけの小さな美容院。
シャンプーから、カットもカラーもパーマもブローまで、
全部うんちょがひとりでやる美容院です。
地元の萩市で、これから多店舗展開することなく、
ひとつのお店を何十年も守っていく覚悟のうんちょ。
だから、大事なのは働き手が便利で効率がよく生産性が高いことではなく、
働き手の所作ひとつ、お店のつくりひとつで、お客さんのことを、お店のことを
大切に思っていることが訪れたひとに伝わること。
来てくれたお客さんに対して、何ができるか? どう過ごしてほしいのか?
それをゆっくりと考えたお店づくりをしていこう。

おいしい東北パッケージデザイン展

デザインが伝えられること

東京ミッドタウン内の「デザインハブ」で
3月6日からスタートした「おいしい東北パッケージデザイン展 in Tokyo」。
東北の食品メーカーがつくる10商品のパッケージデザインを、
全国から公募し、選ばれた受賞作品と入選作品270点を展示している。
東北経済産業局による、
「平成26年度TOHOKUデザイン創造・活用支援事業」として、
日本グラフィックデザイナー協会(以下JAGDA)により
デザインコンペが行われ、
昨年12月の仙台での展示に続いて東京での開催となる。
このプロジェクトが最終的に目指すところは、
企業とデザイナーのマッチング。
優秀作品のデザインは、今後、実際の商品化が進められていくという。

さて、展示されているのはたくさんの公募のなかから選ばれし精鋭たち。
審査会は、昨年11月に行われた。

審査会で並べられた応募作品。

事前に与えられた企業の希望や商品の特徴など、限られた情報をもとに、
応募者は、思い思いにデザイン。
届いた総数はなんと、623点にのぼった!
この企画を牽引するアートディレクターの福島 治さんは、
予想を超える応募数に驚きつつも、
「素晴らしい作品がたくさん届いてうれしい」と喜んでいた。
福島さんは2011年よりJAGDAの被災地支援プロジェクトなどを
企画・プロデュース。
「震災後、数えきれないほど東北を旅する機会が増えました。
東北に根づく魅力が僕のなかで次第に大きくなっていき、
何か力になれることはないかと、その想いはますます強くなっています」
と福島さんは話し、今回のプロジェクト開催へとつながった。

“デザインの力によって東北地域の魅力をより強く発信したい”
という思いから、考案された今回のパッケージデザインの公募。
地域の商品パッケージには、どんなデザインが選ばれるのか。
ワクワクしながら、コロカル編集部もその審査会へお邪魔した。

審査会場となった、JAGDA事務局の隣のデザインハブに並べられた
多数の応募作品。その風景は圧巻だった!
どのデザインが選ばれるのかと、思わずキョロキョロしてしまう。

集まった審査員は、地域のデザインやパッケージデザインを手がけてきた、
実績と経験のある方々ばかり。
仙台を拠点に東北のデザインを手がけるアートディレクターの畠山 敏さん、
地域デザインのパイオニア、デザイナーの梅原 真さん、
日本パッケージデザイン協会理事長を務める、加藤芳夫さん、
地域のお菓子メーカーのリデザインなどの実績を持つ、
グラフィックデザイナーの左合ひとみさん、
そして、前述の福島さん、参加メーカー、東北経済産業局が加わった。
参加メーカーの代表者が審査に加わることによって、
本当に納得のできるデザインを商品化するのが狙いである。
みなさん、並べられた応募作品をひとつひとつじっくり見てまわり、
色違いの付せんで票を入れていくという投票方法。
数の多いものが選ばれるが、
満場一致で選ばれるものもあれば、意見が分かれるものもあった。

審査中の様子。

デザインに込められる、さまざまな視点。

たとえば、宮城県の八葉水産がつくる「みちのく塩辛」は、
さまざまな意見交換がされた商品のひとつ。

同社の新商品で、りんごの粉末が加えられた甘い味わいの塩辛。
本当は、東日本大震災が起こる少し前に発売されたものだったが、
販売2週間後に東日本大震災が発生。工場が被災してしまった。
工場を復活させ、ようやく販売再開へと準備をしているところだ。

1回目の投票後、審査員の方々からメーカーさんへ質問が出る。

「販売価格はいくらですか?」
――400円です。

「土地に足を運んでくれた人へのお土産的要素を強く出したいのか、
あるいは地元の人に日常的に親しまれたいのか?」
――お土産というよりは、まずは日常的に愛されるような商品に。
ただ、これは今までにない味だと思っているので、
たくさんの人に手にとってもらえるような商品になっていきたいですね。

価格帯、販売ターゲットなどは、デザインに大きく影響するという。
お土産であれば、少し強めのキャラクター性があったほうがいいし、
日常的に買うものであれば、親しみやすいデザインがいい。

再投票の結果、3作品が残った。
「商品の特徴は、甘さ。塩辛だけど、従来の塩辛ではないこの味を、
どう伝えられるかというところだと思うんです」と加藤さんは指摘する。
審査員たちからは「とてもおいしかった」と好評価を得たが、
消費者にとっては、まだ誰も味わったことのないだろう、塩辛の味。
“塩辛”だけど、“りんご”の甘さが効いている。
これをどうデザインで表現すべきか。

3作品のうち、下記の2点は“りんご”と“塩辛”の特徴をそれぞれ顕著に表していた。

ひとつは、誰もが塩辛だと思えるような味わい深いパッケージで、
もう一方は特徴であるりんごの印象が強い可愛らしいデザイン。
ただこちらは塩辛というよりは、お菓子かな?と連想してしまうのも事実。
「それを解決するのは、ネーミングという場合もあります。
たとえば、“みちのくりんご塩辛”としてもいい」と話すのは梅原さん。
写真左の作品を指し、
「こちらに“りんご”というハンコを押したようなデザインだけでも伝わる。
いずれのデザインでも、まだ詰めるべき課題がありますね」と続けた。
さらに、実用化される場合、手作業が発生するのでは? 印刷方法は?
など具体的な意見が交わされ、再度決戦投票へ。
結果、僅差であったが、
上記の2点ではなく、パッケージ構造の精度の高さから、
別のデザインが優秀作品に選ばれた。

写真提供:JAGDA

見慣れた景色もこんなに美しい! 東京・多摩川で日常に存在する「美」を捉える、遠藤湖舟展覧会

東京で活動する写真家の遠藤湖舟(こしゅう)さんの展覧会、
『「天空の美、地上の美。」~見つめることで「美」は姿を現す~』が開催されます。
2015年3月25日(水)からは東京・日本橋高島屋、
次いで4月8日(水)から京都高島屋、
5月8日(金)から大阪高島屋など各地を巡回。

すごく幻想的な遠藤さんの作品。まるでコンピュータグラフィックス
のようでもありますが、その撮影場所は実は
自宅の近くの多摩川を始めとした都内近郊。
天体から足元の草花まで、都会の自然が見せる
一瞬の「美」を捉える作家です。

水面の一瞬のゆらぎを捉えた「ゆらぎ」シリーズより。近所の用水路で撮影。紫は花の色、緑は葉、青は空が映っている。

枯れかけの紅葉が水面ではピンク色に。

真っ青な青空

瀬戸内のソファ屋さんが 主催する写真コンテスト テーマは「ソファと本のある愉しみ」

瀬戸内海というのは、言い方は悪いかもしれないけど、
どこも似たりよったりのところがある。
その風景は「多島美」とよく形容されるように、小さな島がやたら多いのだ。
海が穏やかで、沿岸の砂や岩がほんのり黄色がかっていて、
さらにぽつぽつと島があればヒントとしては十分、
「ああ、瀬戸内海なのね」と。
だから、福山市にある松永の海を初めて見たときは、一瞬、目を奪われた。
おびただしい数の材木を浮かべた貯木場のある港の光景、
それはまさしく東京湾の木場のそれだった。
と、同時に心までもわしづかみにされた。ぼくはその光景を前にして、
『鬼平犯科帳』の火付盗賊改方の面々が闊歩する
江戸の面影を強く感じていたのである。
以来、ぼくにとって松永は尾道市街への通り道ではなくなった。
とにかく粋なところなんだよ、松永ってぇのはよっ!

最近は製材所の数もめっきり少なくなって材木の数も少ないと地元の人たちは言うが、それでも貯木場の光景には江戸情緒というか、ぐっと惹かれるものがある。

古くは塩田の町であり、近年は下駄の産地として広く知られる。
といっても伝統的な桐の下駄ではなく、
輸入木材を使い生産工程を機械化したことで
国内随一の生産量を誇るようになった。
ピークを迎えた昭和30年には
年間5600万足もの下駄を世に送り出していたというから、
当時の松永湾は日本中から集められた木材で埋め尽くされていたに違いない。
さて、原料となる木材が豊富にあることに加えて行政のサポートもあり、
松永では木工加工の技術が発展を遂げる
(1953年に広島県立木履指導所設立。後に県立工芸試験場に改称)。
生活スタイルの変化によって下駄の産業は徐々に衰退し、
現在ではほとんど作られなくなってしまったものの、
しかし、木工の高い技術はしっかりと現在に受け継がれていく。
松永湾に面し、かつては広大な塩田があった柳津町に本社を構える
ソファ製造業の「心石工芸」。
1969年創業のこの会社は、松永が培ってきた木工技術を受け継ぐ
正統的な地場のメーカーといえる。
なにせ、現社長・心石拓男さんのおじいさんは下駄の仕事をしていたといい、
同社創業者であるお父さんの心石務睦さんは
特注家具を製造する木工所に勤めていたというのだから。

ソファの製造工程によって工房が分かれている。写真は縫製を担当する工房。巨大な裁断機がどんと置かれ、スタッフがミシンで縫製する光景は被服を扱う縫製工場と変わらないが、ミシンが縫っているのはとんでもなく厚い革だったりする。

各部門に必ず結構なベテランと思われる職人さんがいる。こちらはフレームの木工部門を担当している宮田住雄さん、67歳。創業の翌年にあたる1970年に入社したという超ベテランの職人さんだ。

革やファブリックをフレームに張る「張り場」と呼ばれる工房にて。ベテランになると、革を少し撫でるだけでウレタンに革が馴染むのだという。ソファ製造の奥の深いこと!

タンニンなめしというなめし加工をした革を使ったソファは心石工芸の十八番。業界で「ソファへの使用は困難」とされていた常識を覆した。経年の色味の変化が楽しめる味わい深い革だ。

ローカルというのはなめちゃいけないところがあって、
唐突に、世界が驚くような恐ろしいまでの高い技術をもった人や会社があったりする。
「心石工芸」がまさにそれで、この会社の製品がいかにスゴいかを書いても
十分読み応えのある記事ができそうなのであるが、
今回ここで紹介するのは同社が主催している写真のコンテストである。
2013年に第1回が開催されており、この春から第2回の公募が始まる。
これがローカルのレベルとは思えない、結構なスケールのコンテストになっている。
入賞者に賞品があるのはもちろん、受賞作を掲載した冊子も制作。
受賞者を招いての盛大な受賞パーティまですでに企画されているらしい。
心石社長にストレートに聞いてみた。
そもそもなぜに地方のソファのメーカーが写真のコンテストを?
「わたしたちは基本OEMメーカー(委託者のブランドの生産を担当する業者)なので、
普段接しているのは販売店の方たちが圧倒的に多いんです。
したがって、お客さんが家でソファをどのように使っているかを見るチャンスが
ほとんどないんですね。だったら、写真で公募すれば見ることができるのでは
というのでフォトコンテストを企画しました」
第1回のテーマは『ソファと家族』。ソファの上ではしゃぐ子どもたち、
楽しげにウクレレを奏でるお父さん、赤ちゃんのおむつを換えているお母さん、
赤ちゃんを膝の上に載せたままうたたねする若いお父さん、
ラフな下着姿でただお酒を飲んでいるお父さん、などなど。
全国から送られてきた写真には、ソファのあるさまざまな家族の日常があった。
……なるほど。
「どんな使われ方をしているかを知るのは、
ソファの商品開発にもすごく大切なんです。
それともうひとつ。お客さんがなにを買っているのかを深く考えたら、
お客さんは単にソファを買っているのではなくて、
ソファのある時間を買っているのではないかと。
であれば、ソファのある空間でどう暮らしているかを見てもらうことが、
効果的な広告になるのではと考えました。
作品を掲載した冊子を制作しているのはそのためなんですね」

第1回のコンテストで最優秀賞に輝いた作品『ソファが縮めるムスメとの距離』。ソファの深い緑の色合いがなんとも心地いい。このソファがあることによって、お母さんと子供の親密な距離感がより伝わってくる。

優秀賞の『我が家のヒエラルキー』は家族の素の感じが最高! 猫の重みだけでくたっとしたソファも素敵。すべてにおいて親近感のある写真だ。

はじまりは、 品川の倉庫リノベーション。 豊かな発想力の源に。 WORKVISIONS vol.1

WORKVISIONS vol.1
巨大な模型をつくれるスペースを求めてお引っ越し

みなさん、はじめまして! ワークヴィジョンズの代表、西村 浩です。
今回から、6回にわたり、僕のリノベ論と実際の活動について
お話をしたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。

まずは、自己紹介から。ワークヴィジョンズは、
東京の品川と僕の故郷佐賀市に拠点を持つアトリエ系設計事務所ですが、
少々変わったスタンスで仕事をしています。
というのも、僕自身は、建築家を名乗っていますが、実は、大学は土木の出身。
大学時代は、景観や土木構造物のデザインについて学んでいました。
そんな経歴から、ワークヴィジョンズの仕事は、建築だけでなく、
河川や道路、公園などの土木分野のデザインの仕事も多くあります。
スケールが大きいものでは、なんと巨大なダムのデザインなんかもありましたし、
近年では、さまざまな分野の総体である都市、
特に地方都市の再生に関わることも増えてきました。

土木から建築へ、そして「都市のリノベーション」へと繋がる活動の展開と
そのいきさつについては、次回以降、詳しく書きたいと思っていますが、
巨大なスケールの土木構造物を相手にしなければならなくなったことが、
僕らのアトリエのあり方を大きく変えました。

ご想像のとおり、模型が恐ろしくでかいのです(笑)。

僕は、1999年に独立し、ワークヴィジョンズを設立。
最初は間借りの小さなスペースではじめました。
その後、何度か引っ越しを経験した後、いよいよ手狭になり、
2015年に改めて引越し先を探さなければならなくなりました。
でかい模型をつくれるスペースに。

巨大な土木の模型。つくったものの、大きすぎて部屋から出せなくなったことも。

ある雑誌との衝撃的な出会い

とはいえ、東京で広いオフィスなんて、駅から遠いか郊外か、
利便性の高い都心ならば家賃が高くてとても手がでません。
広くて安くて自由に使える物件はないものかと悩んでいるときに、
1冊の雑誌に出会いました。

それは、スペースデザイン1999年10月号(通称:SD 9910)、
「東京リノベーション」という特集です。

SD 9910の表紙。EXIT metal work supply 通称作業場の写真。ほんとにかっこいい。

表紙は、大きな倉庫をリノベーションした、
EXIT metal work supplyの事務所+工場+ギャラリー+倉庫で、
超かっこいい!!
中をめくると、同じく倉庫のような修理工場をリノベーションした、
Klein Dytham architectureの元オフィスだったDeluxeほか、
東京の空き倉庫マップまで掲載されています。

SD 9910の東京空き倉庫/工場マップ。

僕にとっては、「リノベーション」という言葉にはじめて触れた瞬間でしたし、
何より、倉庫や工場がここまでかっこよく、クリエイティブな空間に変わってしまうことに、
とても感動したことを覚えています。
ですから、このSD9910は、僕の中ではとても大切な1冊で、
僕の意識を変えてくれた雑誌だと思っています。
残念ながら、このSDは廃刊になってしまいましたので、
今やなかなか手に入らない雑誌ですが、
お勧めの1冊ですから、古本屋でぜひ探してみてください!

東京を南へ!ようやく出合えたおんぼろの倉庫

僕にとって記念碑的な存在となったこの雑誌との出合いから、
僕の頭の中は、倉庫にアトリエを構えるイメージしかありませんでした。

というわけで、早速スタッフの車で、憧れの倉庫探しの旅へ!

スタッフのみんなと物件探しの旅に。みんなやんちゃでした(笑)。