連載
posted:2015.3.24 from:山口県萩市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
TADAFUMI AZUNO
アズノタダフミ
1984年大阪府生まれ、福岡県育ち。2007年名古屋市立大学芸術工学部卒。会社勤務後、2010年より1年間の世界一周旅。帰国後、2011年から都内でフリーランスとして活動開始。現在は長野県下諏訪町を拠点に妻のカナコとmedicalaとして活動中。呼ばれた地方で住み込みながら空間つくりをしている。代表作に東京都蔵前のNui.、山口県萩市のruco、長野県下諏訪町のマスヤゲストハウスなど。
https://www.facebook.com/medicala
前回は大分県竹田市のイタリアンレストラン『Osteria e Bar RecaD』を紹介しました。
オープン以来、大盛況みたいで地元の人はもちろん、
遠方からのお客さんもたくさん来ていて盛り上がっているみたいです。
さて、今回は山口県萩市に先日(2015年3月1日)オープンした、
美容院「kilico(キリコ)」についてご紹介します。
RecaDが完成したのが2014年の12月で、
kilicoの着工をしたのが2015年1月4日。
僕らmedicalaは2日遅れて6日から萩に入りました。
kilicoのオーナーは内田直己(通称うんちょ)。28歳です。
2014年12月末まで山口市内の美容院に勤め、店長を経験後、
地元の山口県萩市にて独立して美容院を開業するためにUターンしてきました。
僕とうんちょとの出会いはゲストハウス「ruco」の改装工事中に
髪を切りにきてくれたことが始まりでした。
萩にrucoができたからかどうかは定かではありませんが、
rucoがオープンしてほどなく彼は独立を決意して萩市内で物件を探し始めたようです。
そんな時、
「rucoができて、通りが明るくなって嬉しい!
という話を地元の人たちからよく聞くようになった。
実際rucoができるまではこの通りは、夜は暗いし、何も無い通りになってしまっていた。
rucoがきっかけで萩の中のこの近辺にお店ができて、少しずつまちに明かりが灯りだす。
そういう風景を夢見ている。ここから萩を元気にしたい」
というrucoのオーナーのひとり、塩くんの思いを聞いて、
うんちょはrucoから徒歩1分以内の空き店舗に出店を決めました。
実は今回の物件はrucoの改装当時は塩くんの友達が営んでいた古着屋さんで、
改装中に塩くんや僕がうんちょに裏庭で青空カットしてもらっていた場所。
なんだか幸先がいい感じです。
今回の施工メンバーは僕らmedicala、
rucoの棟梁だった大工の入江 真さん(通称マコさん)、
家具は同じくrucoでも家具をつくってくれた中原忠弦さん(通称チュウゲンさん)、
rucoのオーナーのひとり、秋本崇人(通称アッキー)、
そして信州大学の大学院生の福田真享くん(通称ふくちゃん)が
インターンとして来てくれました。
着工の1か月ほど前、rucoの2階にマコさん、チュウゲンさん、
medicala、そしてオーナーのうんちょの5人で集まって打ち合わせをしました。
デザインや工事の前に、
「どういうお店にしたいのか?」という根本的な部分をメインに話をしました。
どういうお店にするのか? どういう人に来てほしいのか? どうして独立するのか?
何年続ける覚悟があるのか? どんな接客をしたいのか?
そんなことを話しました。
打ち合わせが進んでいくなかで、medicalaにとって初めての美容院ということもあり、
必要な設備や導線などについて、うんちょにヒアリング。
美容備品の収納、バックヤードの広さ、など使い勝手について話が進むなか、
大工のマコさんからゆっくりと出た言葉は、
「内田君、めんどくさい店にしよう」
このマコさんのひと言がkilicoをどういうお店にするか決定づけ、
プロジェクトが目指す方向を見つけて動き出した瞬間でした。それは、
「どういう内装のお店にしたいか?」ということよりも、
もっともっと大切なこと。
kilicoは、カット席ひとつだけの小さな美容院。
シャンプーから、カットもカラーもパーマもブローまで、
全部うんちょがひとりでやる美容院です。
地元の萩市で、これから多店舗展開することなく、
ひとつのお店を何十年も守っていく覚悟のうんちょ。
だから、大事なのは働き手が便利で効率がよく生産性が高いことではなく、
働き手の所作ひとつ、お店のつくりひとつで、お客さんのことを、お店のことを
大切に思っていることが訪れたひとに伝わること。
来てくれたお客さんに対して、何ができるか? どう過ごしてほしいのか?
それをゆっくりと考えたお店づくりをしていこう。
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マコさんが発してくれたひと言は、こんな風に発展していきました。
例えば、タオルのしまいかた。
ドア付きの棚にしてしまえば、タオルを適当にたたんでしまっちゃえば、
多少ぐちゃっとしても大丈夫だけど、あえてドアのついてない棚にしました。
ちょっとめんどくさいけど、ふわふわに重ねてあるその様子を見れば、
オーナーがタオルをやさしく丁寧にたたんでいる様子が目に浮かんで、
お客さんは少し心がほどける。そんな景色をイメージしました。
例えばバックヤードへのドアは、
ドアノブの無いパタパタのドアの方が出入りしやすいけど、開閉の音はきっと心地よくない。
きちんとドアノブのついたドアなら、丁寧に開け閉めができるだろう、
ということでドアノブのついたドアにしました。
床に落ちた髪の毛は、床下にそのまま捨てられる穴があいているほうが
掃除しやすいかもしれないけど、捨てる動作ってもっと可愛くする方法があるんじゃないか。
そう考えて仕組みをつくりました。
美容院はたいていの人は数か月ごとに行く場所だと思います。
カフェやゲストハウスのように日々の生活の一部に入り込むというよりも、
定期的にやってくる非日常の空間。
だったら、めんどくさくて丁寧な空間づくりを実践しているkilicoに来ることで
自分たちの生活をチューニングし直すきっかけになったらいいなーと思いました。
お客さんに対してもなんでも便利なわけではなくて、
例えばトイレの紙はトイレットペーパーではなくちり紙にしました。
いつもと違う、ということが「気持ちのいい違和感」としてお客さんに届いて、
いつもより所作がゆっくりになったり丁寧になったり。
そんな風になってもらえたら、それってkilicoらしくていいなと思ってます。
このように「めんどくさい店」が今回の現場の合い言葉になって、
さまざまな場所に「意味のあるめんどくさい」を
織り交ぜてデザインを進めていくことになりました。
ドアの仕様やタオルの置き方といった小さな空間づくりについて書きましたが、
次は建物全体で考えた、大きな空間づくりについて、書いていきます。
美容院は大きく分けて、
「待合室」「カットスペース」「シャンプースペース」
の3つのゾーンで構成されます。
これらのゾーンをお客さんの「過ごし方」にあわせてデザインしていきました。
まず入り口すぐの待合室。ここは順番を待つ人のためのスペースです。
また入ってすぐの場所なのでお店を印象づける場所でもあります。
kilicoの待合室は天井を低くして、
チュウゲンさんオリジナルの大きなソファを置くことで
(なんと3人掛けで2700mmの贅沢サイズ!)
ゆっくりとリラックスできて、印象に残るスペースにしました。
お客さんは、待合室でリラックスした後、
自分の番が来るとカットスペースに進みます。
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カットスペースは待合室のリラックスした雰囲気とは対照的に、
例えるなら「ステージの上」と思える仕様にしました。
白い光で明るくて、天井も3メートル近くもあり高くなっています。
天窓も開いているので天気のいい日は自然光も入ってきます。
カット席がひとつだけの美容院だから、
髪を切られている人は言わばステージの上の主役。
明るくて開放感のある特別な場所で切ってもらう、
気持ちよさもを感じられるようなをデザインにしました。
シャンプースペースは横になって目をつむる、一番無防備になる場所なので、
ほかの人の目に触れにく、安心感のあるつくりにしました。
間接照明だけのこじんまりとした空間は
水の中のような包み込まれるような独特の安心感を与えてくれます。
壁と天井はマスヤゲストハウスやRecaDでも実践した漆喰の磨き仕上げ。
試行錯誤の末、いままでで一番の光沢と完成度になり、
思わずずっと触っていたくなるほどツルツルです。
このようにゾーンごとにお客さんにどのように過ごしてほしいのかを考えて、
それにあわせて天井の高さや照明計画、壁の仕上げなどをデザインしていきました。
完成したkilicoは自分でも想像以上の仕上がり!
本当にいい空間ができました。
完成の写真だけだとあっさり完成している様にも見えますが、
この物件も解体してみたら柱が腐ってたり、
ラワンを仕上げ用に300本加工したりと、
いつも通り、思い通りにはいかず、たくさんの地味で面倒な作業の末の完成でした。
工事の様子をハイライトで振り返って、
最後に今回初の試みのあったオープニングパーティーの様子をご紹介します。
さて、最後にオープニングパーティーの紹介です。
今回のオープニングパーティーはmedicalaとして新たな試みがありました。
それは、カナコが現場めし! として地元の食材を使って、
現場の廃材や余った古道具などにディスプレイする、
ケータリング形式を採用したこと。
medicalaらしい、現場めし! らしいケータリングができたと思います。
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いつもは大皿におかずをたくさん作ってくれる現場めし! ですが、
パーティーでのごはん、ということでつまんで食べやすいこと。
そして、このお店のためのものであるということ。
などを考えてつくってくれました。
考えて考えて考えた結果、できた献立は、こんな感じになりました。
・ポタージュ3種
@クレソンのポタージュ(グリーン)
@黒ゴマとさつまいものポタージュ(グレー)
@じゃがいものポタージュ(薄いベージュ)
ポタージュは、みんなで左官したkilicoの壁の色をイメージ。
・タルティーヌ3種
@いちごとレバーパテとバルサミコソース
@むくさんパプリカのマリネ
@里芋とアンチョビ
バゲットのはしっこをひとつひとつちょこんと落として、
kilicoのカットスペースからシャンプーブースへつながるドアのかたちになっていて、
そこに3種類の具をのっけてあります。
バゲットはもうすぐ萩でパン屋をオープン予定の萩のパン職人、まさよさんのもの。
パプリカは萩野菜ピクルスをやっている椋木章雄さんからいただいたもの。
・kilicoの現場めし!で人気だったおかず3種
@タイ風エビトースト
@鶏のからあげピリ辛ソース
@おからコロコロ
なんだかんだやっぱり揚げものが人気だったようです。
・フィンガーフード3種
@いろいろ野菜のピンチョス
@てまりずし
@煮玉子とチャーシュー
美容院、ということで「切る・巻く・染める」をテーマにした
3種類のフィンガーフード!
いろんなものをコロコロに「切って」ピンチョスに。
萩でとれた鯛や野菜で酢飯を「巻いて」手まり寿司に。
山口産の豚とうずらの卵を萩のあまい醤油で「染めて」チャーシューに。
他には現場に差し入れしてくれたこともある、
みんなの思い出が詰まるPatra cafeの里芋コロッケや、まさよさんのりんごケーキ。
それに萩の夏みかんのピールに、
はさみのかたちのそうめんフリットと充実の品数。
ディスプレイには、現場から出てきた古い建具や廃材、
ソファをつくってくれたチュウゲンさんから借りたラワンや丸太を使っています。
チュウゲンさんのおうちでみんなで毎日のように薪割りのお手伝いをしていた時に、
かわいいかたちの丸太を見つけてお借りしました。
こういうディスプレイは華南子のイメージを聞いて一緒につくりました。
“kilicoをつくるときの合言葉は「めんどくさいことをしよう」でした。
だから、わたしもめんどくさいことをしなくちゃなーと思い、
まずは単純にめんどくさい作業として素麺でハサミのかたちをつくってみました。
それから、うんちょが
「お店での所作を通してお客さんに、この店が店主に愛されてることが伝わる」
ことと同じように、
お客さんに「kilicoで過ごしてきた施工の日々のことや
kilicoへの思いが伝わるメニュー」を考えました。
美容院という場所や美容師という仕事の本質、
kilicoというお店ができることの意味、
kilicoができるまでのみんなのこと、現場の風景、
いつも夫が、いろんなことを考えぬいて、
それをお店の要素に落としこんでいくように、
わたしもいろーんなことを考えて、
その要素を少しずつ落としこみながら今回の献立ができました。”
と、カナコの感想です(現場めし!のFBページより引用)。
考えぬかれた献立にオーナーもお客さんも大喜び。
オープニングパーティーにはrucoの姉妹店のBar coenも出張できてくれて、
大盛況の末に終了しました。
いよいよkilicoの営業が始まります。
オーナーのうんちょに「これから40年頑張ってね!」と言うと、
「43年頑張ります!」と返してくれたくらい、やる気に溢れているうんちょ。
僕たちも大工さんも、空間をつくってしまったらそこでおしまい。
寂しいけれど、そこから、その空間を育てていけるのは、
オーナーとそこに来てくれるお客さんだけです。
現場では、みんなで「こんな店にしよう」
「こういう景色が生まれるといいねぇ」とたくさんの夢をみました。
ここには僕らや大工のマコさんはもちろん、みんなの夢が詰まっています。
kilicoが、うんちょと一緒にどんな風に育っていくのか?
お客さんとして、見守っていこうと思います。
山口県萩市で2件目のmedicalaデザインのお店が完成しました。
こんなに近い場所にお店を2件つくったのは初めてなので、
彼らが萩のまちににとってどんな存在になっていくかが楽しみです。
さて、これにてmedicalaのリノベのススメの連載は終了です。
6回全て文章量が多く、読むのが大変だったかと思いますが
お付き合いしてくださった編集者と読者のみなさま、
本当にありがとうございました。
連載を続けながらも日本各地に行く機会があり、
その度に「リノベのススメ読んでます」とうれしい言葉をいただきました。
本当にありがとうございます。
連載は終了ですが、medicalaとしての活動はもちろん終わりではありません。
カナコとふたりで働き始めてもうすぐ1年。
少しずついろんなことが見えてきました。
いつだって僕らが目指すのは「いい空間」をつくるということ。
いい空間ができれば、人が集まってそこに流れが生まれる。
流れはいいものもわるいものも運んでくるかもしれないけど、
きっとその空間を育ててくれるものだけがその空間に残っていく。
その流れがまちじゅうに広がって、まちが育っていって、
そのまちを愛する人が、まちの内外に増えていく。
いい空間をつくる、ということにそんな可能性を信じています。
そうやって小さなまちに小さないい空間をひとつひとつつくっていって、
そしたら日本が豊かになって、その先にはきっと世界が豊かになる。
そう信じて僕たちは仲間を集めて、
目の前の空間を楽しみながら全力でつくっていきます。
これからも、medicalaをどうぞよろしくお願いいたします。
information
kilico
キリコ
住所:山口県萩市萩市唐樋町87
TEL:0838-21-7004
営業時間:9:00〜19:00
定休日:月曜、第1火曜、第3日曜
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