連載
posted:2015.3.10 from:京都府京都市東山区 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
HAPS
東山 アーティスツ・
プレイスメント・サービス
2011年、東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス実行委員会設立。「若手芸術家等の居住・制作・発表の場づくり」を主な目的とし活動を行う非営利組織。相談窓口を開設し、空き家や空きスタジオの情報提供やマッチング等を通して、若手芸術家の京都市への定着を促進するための活動を行うほか、京都市内の芸術家を対象に、制作・発表を包括的に支援している。
http://haps-kyoto.com/
トンネル路地を抜けると、その奥には長屋群と広場が広がっています。
京都市東山区本町。京都駅の東に鴨川を渡り、三十三間堂のご近所です。
HAPSからも南方向に徒歩圏内。このまちなかにひっそりと佇む、
路地奥の長屋8軒とその奥に広がる350㎡もの広場を、
一体化させ活用しようというプロジェクトが始まっています。
名付けて「本町エスコーラ」。
HAPSが不動産業者とのネットワークを広げようと動いていた中で知り合った、
若山不動産・若山正治さんから2013年夏頃に紹介していただいた物件でした。
おそらく戦後になって建てられた、
路地奥、風呂なし・汲み取りトイレ・一部共同トイレの長屋8軒。
若山さんいわく、京都でよく見かけられる「典型的な空き家物件」。
路地奥で再建築ができないという物件が多い京都。
高齢化、空き家率も京都市内で最も高いエリア、東山区にある
ここもそのケースのひとつ。
現在ぽっかりと広場になっている部分にはかつては工場が建っていました。
広場の北側には20軒ほどの別の長屋群もあるので、
活用するとなると近隣の住民の方たちの理解が必要となってきます。
長屋部分の敷地面積はおよそ70平米。便宜上8軒の長屋としていますが、
6軒は元々上下階あわせて3戸分の長屋だった間取。
1戸分を上下2軒に分けられたり、1階の間取を2軒に分けられたりしているようです。
さらにイレギュラーに向きの違う1軒が連なり、離れが1軒あります。
年を経て幾重にも改築が重ねられた様子が窺えました。
これは、長屋部分に工場で働く人々が住んでいた時期に、
より多くの住まいを確保するために行われた改修と想像されます。
さらに新たに建て直すことはできないものの、建物は修繕を必要とし、
その予算の捻出が必要な状態でした。
土地や建物が相続などを経て複数名で共同所有となっていることも、
新たな借り手の募集にあたり状況を複雑にしていました。
つまり、一般的な不動産の流通にはのれない物件です。
若山さんからは、美大などの団体に、
「柔軟かつクリエイティブに使ってもらえたら」いう期待をよせ、
HAPSへ一括での運用を探ってほしいというのです。
条件としては、地域との関係を大切にしてほしいということ。
HAPSでは、面白いことができる可能性があるのではと、
関心を持ってもらえる方々と何度も下見に行ってはみるものの、
規模の大きさと改修にかかる費用を想定すると、
具体的な話まで至らず、時間ばかりが過ぎました。
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半年後、「多目的交流スペースをつくりたい」と佐々木暁生さんがHAPSを訪れました。
佐々木さんは、少年院の法務教官の職に就きながら、
音楽を通して地域で子どもたちとの交流の場をつくる活動を継続しており、
自身でもブラジル音楽のバンドメンバーでもあります。
このような音楽活動の場として、毎回どこかスペースを借りるのではなく、
当初この活動の拠点ともなるような、多目的スペースがつくれないかと考えていました。
佐々木さんは、この広場を有する長屋物件を見学すると、
「この場所を活用したい!」というイメージがすぐにわいたようで、
まずは、一緒に進めていく仲間を募っていきました。
佐々木さんの思いをかたちにするサポートをしたのが、大学研究員の山口 純さん。
大学院では、建築の設計プロセスを論理学、倫理学、美学の複合的な視点から捉える、
設計方法論の研究を行っていました。
現在は、ランドスケープデザインの研究室に所属しています。
ほかにも、佐々木さん、山口さんが考える、
新しいコミュニティづくりに興味を持って、
自然とそれぞれ異なる強みをもったメンバーが集まっていきました。
設計・施工・現場監督を担当するのは、
建築家で「ランチ!設計舎」代表の和田寛司さん。
京町家の改修を中心に仕事しています。
佐々木さんが長屋物件を活用するプロジェクトのコンセプトとして掲げるのは、
「コミュニティの自立」、「建築の自立」、「インフラの自立」の3点。
これらは相関しあいながら発展していきますが、
建築の自立とは、入居者自ら参加しつくっていく建築のあり方を指します。
さまざまな人がワークショップ形式での改修を通し、
ともに手を動かすことでコミュニティも形成されていきます。
またコミュニティスペースを設け、近所の人など誰でも集うことができる場を目指します。
そこで、「学校」、さらに「公民館」を含意するポルトガル語の「エスコーラ」を使い、
「本町エスコーラ」と名付けられました。
インフラも実験的に自立を試みます。
今後調査の上、井戸や発電システム、コンポストトイレなどを設置し、
エネルギーの循環を体感できるような仕組みをつくっていきます。
これら全てを通したともにつくる学びあいの場として本町エスコーラは構想されました。
コミュニティの新たなかたちを探る提案であり、実践になっていきます。
これらのプロセスについては、
山口さんの研究テーマとも深く関わっています。
山口さんは本町エスコーラのプロジェクトを推進しながら、
研究対象としても取り上げていきたいと考えています。
とはいえ、動き始めるにあたっては、
住宅1軒だけをリノベーションするのとは異なり、予算規模も大きくなります。
2014年度から京都市で新たに導入された、
地域力を生かした複数戸の空き家活用方法の提案を助成する
「空き家活用×まちづくり」モデル・プロジェクトに応募しようということになりました。
先例がない中、和田さんの尽力で市とのやり取りを重ね、
書類申請、プレゼンテーションと公開審査を経て、11月下旬に見事採択!
この助成を得ることで、資金の目処が立ち、プロジェクトが実現可能に。
複雑な契約も12月にまとまり、年末から解体作業に入りました。
さらに懸案だった下水道の開通工事も、動く見通しとなりました。
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リノベーションのプロセスとしては、
長屋のうち3軒は住まいとして、3軒は事務所やアーティストのスタジオとして機能するよう、
天井や床、畳、建具などを解体し、壁や床等基本的な構造の傷んでいる部分を、
DIYワークショップも行いながら補修していきます。
施工作業は和田さんのほかにも大工として、2名が参加。
京都市左京区のカルチャースポット、DBC(出町柳文化センター)の改修を手がけた
山口二大さんに、舞台美術家でもある小西由悟さんです。
ちなみに広場にかつてあった工場では、お寺の銅鐘をつくっていたようです。
そんなご縁もあったのか、度重なる改修を経ている様が伺える長屋部分では、
解体してみると、あちこちのお寺から持ってこられたような
色々な木材が混在して使われていました。
住居となったとき、採光が少ないと思われる部屋には
吹き抜けを新設し、ロフトつきの部屋にするなどの調整はしますが、
入居者自身がそれぞれ内装に手を入れていくため、
意匠や表面の仕上げは設計者の意図をあまり加えていません。
今後長屋の外側に貼られた波板は除き、
透明板で囲んで植栽を配置したいという計画もあります。
離れの1室を改修するコミュニティスペースは、
リビング、ダイニング、キッチンであり、ライブラリーでもあり、
入居者や近所の方も一緒に集えるような場所になっていってほしいという考え。
コミュニティスペースは、和田さんが設計し、
山口さん、小西さんとともにかっこいい空間に仕上げていきます。
棚やテーブルなどの家具も廃材を利用し、リメイクする予定です。
外側にはテラスをつくり、テーブルや椅子も置けるようにします。
共用のシャワールームも新設。
また、唯一表通り側のトンネル路地から見えている棟(図面中A)は、
平屋で現状路地から奥を遮るように建っています。
今後その中を通りぬけ可能なように改修の上、
ギャラリースペースとして運用し、
通りからショールーム的に目を引くように使っていきたいそうです。
設計する和田さんは、この一連の長屋とコミュニティスペースや庭も含めて
大きな家と集合住宅の間のようなイメージを持っているそうです。
「ドアを開けたら路地が廊下になり、外でもテーブル置けばリビングに」
というように入居者がさまざまな目的のもとにスペースを共有することで、
空間や場所の捉え方は広がっていきます。
広場も庭としてだけではない使い方になっていくかもしれません。
2月下旬に基本的な構造の補修は一段落し、
これからは入居者が内装を加えていきます。
塗装仕上げを行って、3月半ば頃には完了予定です。
エスコーラのコンセプトに惹かれ9月の時点で集まった入居者の顔ぶれは、
映像を学ぶ学生、漆のアーティスト、写真家、造園家、など多彩です。
「アート」は、本来芸術だけでなく、技術を意味し、
その両者を区別しないという立場をまさにあらわす
「わざ」を実践するアーティストたちです。
各自のスペースを整えていくとともに、
和田さんチームはコミュニティスペースなどを整備していきます。
広場については4月以降に活用に向け、調査など動き始めます。
HAPSとしても、2年越しで進行する、
puntoに続く大きな物件のコーディネートとなりました。
場の性質として、作品制作ということに留まらない、活動の複合性があります。
地域でのコミュニケーションについても、継続的な配慮が必要です。
チャレンジングな点も多くありましたが、
発信力のあるプロジェクトの基盤づくりをお手伝いすることができ、
大きな手応えと自信につながりました。
いつからか空いたままになっていた広場に緑が育ち、
近所の人や入居者が一緒にお茶を飲んでは語らい、
ワークショップでは色々な人が
一緒に汗を流すような賑わいの場ができていくことを希望しています。
若山さんも未知数の部分への心配をまじえながらも、
有効な活用への期待とともに見守っています。
鴨川を渡った京都駅側には京都市立芸術大学の移転も計画されており、
近隣エリアで点在しているさまざまな動きが、
線や面となってつながっていくかもしれません。
今回でHAPSの「リノベのススメ」連載は最終回です。
まだまだ紹介したかった進行中の物件も多くあります。
日々寄せられるアーティストや大家さん等からの様々な相談に応じ、
その都度新たな課題に挑戦しています。
HAPSではこれからも、アーティストの手で改修し
空き家物件を活用していくことの可能性を広げるべくサポートしていきます。
またどこか別のかたちで、HAPSの活動をご覧いただければ嬉しいです。
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