連載
posted:2013.4.30 from:茨城県取手市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
editor's profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●東京都出身。エディター/ライター。美術と映画とサッカーが好き。おいしいものにも目がありません。
credit
撮影:ただ(ゆかい)
茨城県取手市で、市民と取手市、東京藝術大学が共同で行っている
「取手アートプロジェクト(=TAP)」。
1999年の発足よりフェスティバル型の現代美術の野外公募展、
在住作家を紹介するオープンスタジオを主要事業として行ってきたTAPが、
活動形態をシフトして2010年から継続的に行っているのが「アートのある団地」だ。
2000戸を超える巨大な取手井野団地を舞台に、
アーティストと団地内外の住民がさまざまなプロジェクトに取り組んでいる。
郊外の団地では軒並み高齢化が進み、既存の自治組織が弱体化していくなかで、
20~40代の若い世代、また高齢になりリタイアした世代が、アートを通して、
もう一度自分たちの手で地域に魅力的なコミュニティをつくり出すことができないか、
と考えられたのが、この「アートのある団地」なのだ。
この一環で行われた「サンセルフホテル」は、
アーティスト北澤 潤さんが主導するプロジェクト。
団地の空き部屋の一室を、プロジェクトメンバーであるホテルマンたちが
手づくりでホテル化し、外から宿泊客を迎えるというもの。
「団地の風景を見ながら、このなかにホテルという特異な場所が生まれたら
面白いなと思いました。いちばん大事なのは、ここに人が来るということ。
ほかにないような活動をすることによって、
郊外に新しい価値観を生み出すことができると思います」と北澤さん。
北澤さんはこれまでも、さまざまな地域でアートプロジェクトを行ってきた。
放課後にもうひとつの学校をつくる「放課後の学校クラブ」や、
まちの空き店舗に居間をつくり出してしまう「リビングルーム」など、
その発想はユニーク。
また震災直後から福島県新地町の仮設住宅で行っている
「マイタウンマーケット」については、ローカルアートレポートの
「3.11とアーティスト」の記事内でも触れた。
彼が一貫して行っているのは、日常にあるものを、
自分たちの手でもう一度つくってみようという試み。
そうすることによって日常を捉え直したり、
人やものとの関係性を見直すということを意図している。
サンセルフホテルには、自分たちの手でホテルをつくるということと同時に、
もうひとつ、サン=太陽という重要な要素も加わる。
昼間、宿泊客とホテルマンたちが一緒にソーラーワゴンを押して
団地内と団地周辺を歩き、その太陽光発電の電力で一夜を過ごす。
また、夜にはLED電球を入れた太陽バルーンをあげ、
自分たちでつくった太陽で団地を照らすというのが、サンセルフホテルの特徴だ。
今回のプロジェクトには、自然の要素を取り入れたかったと北澤さんは話す。
「震災後、自然と関わり直すことが必要だと思いました。
僕はいままで、まちや居間を手づくりでつくってきましたが、
自然の要素も自分たちでつくれないかと思ったんです。
太陽光を歩きながら集めるのは自然を捕まえるような作業。
それでつくり出した電力で夜空に太陽をつくる。
サンセルフホテルは、太陽とホテル、つまり自然と社会を
小さなかたちで再構成するようなものだと考えています」
サンセルフホテルのプロジェクトが実質的に始まったのは、2012年の9月。
まずはソーラーワゴンづくりからスタートした。
「アートのある団地」の拠点であり、団地住民の憩いの場であるカフェ
「いこいーの+Tappino」に2週間に1度、やがて週に1度集まり、活動を続けてきた。
ホテルにあるものって何だろう?
お客さんを迎えるためには何が必要だろう?
北澤さんを中心に、プロジェクトメンバーみんなでアイデア会議を重ね、
アメニティの石けんや、部屋のカーテン、ランプシェードなどをつくっていった。
食事のメニューを考え、試作と試食会もした。
毎回参加する人もいれば、たまに参加する人もいる。
参加を強要することはなく、参加者たちの主体性にまかせているが、
ものづくりの面白さを体感したメンバーたちが徐々に集うようになり、
最終的に約30名がホテルマンとなった。
集まったホテルマンは世代もさまざまで、なんと下は1歳から上は88歳まで!
井野団地に住んでいる人が約3分の2、残り3分の1ほどの人は、
TAPのメンバーだったり、団地外の近隣の地域からも参加している。
ホテルマンは、受付やソーラーワゴンを担当する「コンシェルジュチーム」、
部屋の準備をする「ルームチーム」、
調理の得意な人たちで食事を用意する「調理チーム」に分かれ、
それぞれの役割を果たすために準備を進めた。
そして4月13日。
サンセルフホテルに記念すべき最初のお客さんがやって来た。
ウェブサイトと、3月に行われた六本木アートナイトでの
ショールームで募った宿泊希望者から選ばれたのは、
東京は浅草に住む定金ひとみさん、来音(らいと)くん親子と、
ひとみさんの母・影山みはるさん。
13時前、団地に到着した3人をホテルマンたちが出迎え、部屋へと案内。
すると手づくりのホテルに、ひとみさんもみはるさんも感激しきり。
こんなに喜んでくれるなんて、とホテルマンたちの顔にも笑みがこぼれる。
少し休んでから、ソーラーワゴンを押しながら団地の周辺を散歩。
おやつに調理チームが用意したプリンを食べ、
その後もう少し団地内を散歩しながら蓄電。
この頃には5歳の来音くんと子どもホテルマンたちはすっかり仲良くなって、
あちこち走り回っていた。
夕方、いよいよ太陽バルーンの準備。
ヘリウムを入れて、人の背丈よりかなり大きい、
2メートル50センチほどに膨らませ、上空へ。
真下と四方に延びたヒモで固定しようとするが、風がありなかなか安定しない。
高さを予定より少し下げて、なんとか打ち上げに成功。
緊張感が走ったが、ホテルマンたちのチームプレーで乗り切った。
客室にも昼間蓄電したバッテリーを運び、点灯。
発電電力は予定より少なめの150Whだったが、
宿泊客自らが電気の使い方を考え、節電しながら一夜を過ごすことに。
やがて部屋に夕食が運ばれた。
メニューは、茨城名産の蓮根を使った筑前煮をはじめ、
鮭のホイル焼き、ロールキャベツ、菜の花辛子和えなど。
素朴だがボリュームたっぷりで、ひとみさんたちは味にも大満足だったよう。
その後はお風呂に入って、ルームサービスのマッサージを受け、24時頃消灯。
無駄な電力を使わなかったせいか、結局電力は余ったという。
ひとみさんは、団地に対するイメージが変わったと話す。
「団地というと灰色の要塞のようで外の人は入り込めない場所というイメージでしたが、
みなさん親しみをもって迎えてくれました。
しかも私たちのために丁寧に準備をしてくださっていて、本当にうれしかったです。
エネルギーは当たり前にあるものではなく、限りあるものなんだと子どもに伝えたくて、
それを実際に感じることができるいい機会になるのではと思って参加しました。
太陽のありがたみ、人のあたたかさを感じることができました」
翌朝はホテルマンも揃ってみんなでラジオ体操。
いこいーので、ビュッフェスタイルの朝食をみんなで楽しんだ。
朝10時、チェックアウトしようとすると、来音くんの表情が曇る。
帰りたくないのだ。
ホテルマンから手づくりのおみやげも手渡され、いよいよお別れの時間が近づくと、
子どもたちとぎりぎりまで遊んでいた来音くんは泣き出してしまった。
それでもホテルマンみんなでバス停まで見送ると、
最後は笑顔で手を振って帰って行った。
この瞬間、ホテルマンたちはみんな胸を熱くしたに違いない。
ホテルマンのリーダー的存在である本橋幹夫さんは、井野団地ができて1年目に入居。
以来43年間ここで暮らしてきた。
団地でアートプロジェクトがスタートして、楽しくなったという。
「昨年の夏にはゴーヤのカーテンをつくって市のコンクールで2位をとったりね。
そうやってこの団地の認知度が高まるのはいいこと。
今回はどうなるかと思ったけど、お客さんがあんなに喜んでくれるなんてうれしかった。
みんながニコニコできればいいと思う」
ホテルマンたちからは、またやりたいという声もちらほら。
サンセルフホテルは今後も不定期に開催されていく予定だ。
アートには人を動かす力があると北澤さんは考えている。
「アートが直接社会を変えるのではなくて、人の気持ちや感情を動かす。
それによって、何かが少し変わるかもしれない。
アートはそういう可能性を導いたり、こういう道もあるんだという
選択肢を広げることができると思っています。
メッセージやしくみの重要性もありますが、ものをつくる楽しさをみんなが感じてくれて、
活動自体を面白がってくれているのが大切。
単に太陽光パネルを設置して、ホテルのようなしつらえをすれば
同じようなことはできますが、自分たちでつくることによって、
日常と違うところに飛躍するような体験が大事だと思います」
取手アートプロジェクト事務局長の羽原康恵さんは
「顔の見える」アートプロジェクトをめざしたいという。
「不特定多数に向けたアートや、フェスティバル型のアートプロジェクトは
全国に増えてきましたが、ここでは顔の見えるプロジェクトができたらと思っています。
それはアーティストと住民、住民と住民かもしれませんが、
特定の誰かとつくる、誰かのための芸術表現。
新しいアートプロジェクトのかたちがそこから見えてくるのではないかと思っています」
何年もかけて、丁寧に団地の住民たちと関係をつくってきたからこそできる、
地域の日常に寄り添うようなアートプロジェクト。
羽原さん自身、2008年にこの団地に引っ越してきた。
学生時代にTAPに関わり、その後は静岡県の文化財団で仕事をしていたが、
子どもができたのをきっかけに、血縁はなくても
知人が多くいる取手で暮らそうと思ったそうだ。
「自分の発想をいかしてコミュニティに関わるというしくみが、
徐々にできてきている気がします。
それが、30~40代の世代がここで暮らす理由になり得るかもしれない。
アートプロジェクトがその地域にあるからそこに暮らすという、
住む理由になるようなアートプロジェクトをめざしたいです。
東京まで消費に出かけなくても、地域で文化や芸術活動も
享受できるようなしくみを、この取手でつくれたら。
次の世代につなげていくためのアートプロジェクトになっていったらと思います」
profile
Jun Kitazawa
北澤 潤
1988年東京都生まれ。現代美術家/北澤潤八雲事務所代表。国内外各地の地域コミュニティと恊働しながら、人びとの生活に寄り添うアートプロジェクトを企画・運営している。日常性に問いを投げかける場を地域の中に開拓することで、個人と個人、個人と地域、地域と地域の新しい関係性が生まれるきっかけづくりに取り組む。代表的なプロジェクトに、不要な家具を収集し物々交換することで変化し続ける「居間」をつくる《リビングルーム》や、授業が終わった放課後にオリジナルの「学校」を開校する《放課後の学校クラブ》、仮設住宅のなかに「手づくりのまち」をつくる《マイタウンマーケット》などがある。
http://www.junkitazawa.com/junkitazawaofficeyakumo/home.html
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