ふくしま食材×応援シェフ 新たなコラボ、始まります

2013年9月から2014年2月まで、12月を除く毎月1度、
都内3か所のレストランで開催される
「消費者理解促進交流会~ふくしま食の魅力創出~」。
初回は9月30日(月)から10月2日(水)の3日間で開催。
福島生まれの食材とその生産者たちを「応援したい!」シェフたちが、
福島の食材を使って料理を披露。当日の参加者はその料理を試食し、
各シェフによるオリジナルのレシピを持ち帰ることができる。
第2回目は10月10日(木)、14日(月)、15日(火)の3日間で開催される。

福島へ行ったことがない。でも、チカラになりたい!

初回の3日間のうち、10月2日の交流会を担当したのは、
東京・恵比寿にある「ベジタブルハウスWANOBA」の黒木久弥シェフ。
イタリア料理店で修業を積み、2年前から同店へ。
「恵比寿から100km圏内の朝採れ野菜」を使うのがポリシーで、
練馬や三鷹、小平、あきるの……東京都内や神奈川県の畑へ赴き、
生産者から託された野菜を使って料理する。そんなスタイルを貫いてきた。

「僕は兵庫県出身なので、小学生の時に阪神淡路大震災を経験しています。
人生で2度も震災に遭うと思わなかった。
料理人として被災地の方々のために、何かできることはあるか?」

福島県生まれの地域プロデューサーで、
「ふくしま応援シェフ」の仕掛人のひとりでもある本田勝之助さんに出会ったのは、
ちょうどそんな時のこと。

2011年11月、黒木シェフは福島県が主催する福島県産地見聞会ツアーに参加。
福島市のある中通りエリアや会津地方を中心に生産者を訪ねた。
「生産者の方々と話すうちに、福島には優れた食材と生産者がたくさんあることを知り、
お店のお客さんにも、福島の状況や食材のすばらしさ、
安全性について、胸を張って伝えられるようになりました」

ふくしまを応援する132人のシェフたち。

福島を応援する料理人と現地の生産者をつなぐ、
「ふくしま応援シェフ」事業(福島県主催事業)に、
本田勝之助さんが携わったのが2012年7月のこと。
「ふくしま応援シェフ」とはいったいどんな取り組みなのだろう?

「震災から2年半が過ぎましたが、宮城や岩手と違い、
福島の生産者は、まだ被災まっただ中。
自分の作った作物がどう評価されているのかが生産者の耳に入りにくくなっていて、
みんな自信を失いかけています。だから、料理人のみなさんに彼らを励ましてほしい。
『福島を応援しているよ』。
そんなひとりひとりの思いを、できるだけたくさんの人に伝えていただくことで、
福島の生産者にチカラを与えてほしい。そんな思いでスタートしました」

食の魅力や安全性について、福島から発信したとしても、
なかなか伝わりにくいもの。
それよりも第三者が福島の食について客観的に伝えることで、
消費者と生産者双方の理解が深まる。
そんな役目も「ふくしま応援シェフ」は担っている。
現在「ふくしま応援シェフ」は132人。
そのうち48人が東京のシェフで、
実際に福島へ足を運んで産地を訪ねたのは40人にものぼるのだとか。

使う食材は福島産。15の料理人が繰り出す、福島の食の魅力と底ヂカラ。

これから始まる「福島県県産品消費者理解促進交流会」の内容を、
プロデューサーの本田さんにまとめていただくと、こんな感じだ。

01 食材と一緒に、必ず1人は生産者にお越しいただく

野菜や果物、畜産物が毎回登場しますが、その中から必ず1人、
生産者に東京へ足を運んでいただき、震災からのこれまでの経緯や、
生産物に込めた思いについて、参加者のみなさんと共有していただきます。

02 できるだけ福島へ赴いたシェフが料理する

多くのシェフが、黒木さんのように、現地へ赴いているので、
自信を持ってお客様におススメできるはずです。

03 毎回テーマを決めて複数の食材を組み合わせたメニューを提供する

例えば今回は、残暑を乗り切る夏野菜と、
会津人のスタミナ源である馬肉が登場。
甘酒やハチミツなどの加工品も組み合わせていきたいと考えています。

04 「しまくま」をプレゼント

今は避難区域になっている大熊町から、
会津エリアに避難しているお母さんたちが縞模様の会津木綿で作った、
熊のぬいぐるみ(「縞」+「熊」=しまくま)を参加者全員にプレゼント。
福島のことを忘れないように、身近に置いていただければ嬉しいです。

福島が誇る食材の魅力をリストアップ。

訊けば、福島には肉や野菜やフルーツなど、食材の宝庫。
「例えば『会津の馬肉』。
サシが自慢の九州の馬刺と違い、赤身のうま味を味わう肉です。
夏バテを解消するスタミナ源として、
また冷え性にも効果があるといわれています。

会津馬肉は、むっちりした食感の赤身がおいしいことで定評あり。唐辛子を利かせた味噌で食べるのが会津のスタイルだ。

それから『地鶏』。
県内にふたつのブランドがあって、
ひとつは川俣町の『川俣シャモ』。もうひとつは会津地方の『会津地鶏』。
来歴も性質も味わいも異なるふたつの地鶏は、
それぞれ異なる持ち味を楽しめます」

川俣シャモは、1平米あたり6~8羽というゆったりしたスペースで、109~120日(通常の地鶏は80日以上、ブロイラーの場合は50日程度)という時間をかけて育てることで肉の食感とうま味が高まる。

平家の落人が愛玩用に持ち込んだものが広まったともいわれる「会津地鶏」。約110~120日の日数をかけ、自由に動き回れる環境(平飼い)で飼育するため、身が締まっておいしくなる。これはその「タタキ」。

桃やりんごや柿などのフルーツも県内各地で栽培に力が入れられており、
野菜では、例えば会津地方の人たちが種を継いで残し、
現在14種あるという会津伝統野菜なども。
実は青果商を営む本田さんの父上が、
30年前からその保存と継承に取り組んできたのだそう。

例えばキュウリ。新鮮ゆえということもあるが、とてもみずみずしく、味噌を付けずに食べても味わいがあるから不思議だ。

「9月になると、黄金色に輝く田んぼと、
真っ白な花で埋め尽くされるそば畑のコントラストが美しい。
会津盆地を囲む山肌には果樹の畑が連なって、
西日を当てるとよく育つ柿の畑は東側の斜面に、
朝日を当てるとよく育つりんごは西側に広がっています」

農産物を“クリエイト”する福島の農業。

例えば会津には古くから『会津農書(あいづのうしょ)』という
農業技術を体系化した農学書がある。
1684年(貞享元年)に会津藩の村役人である佐瀬与次右衛門が記したものだが、
当時は文字の読める農民が少なかったので、
暦の読み方や野菜の種を撒く時期、冬の寒さ対策など、
農書に綴られた技術は歌に詠んで伝え残されていたと本田さん。

「ですから会津は昔から歌詠みが盛ん。
冬場の農閑期には農家が集い、歌詠みの会を開きます。
農業とは、感性を研ぎすまして季節の移ろいを的確に捉えて、
クリエイトしていくもの。
だから歌詠みだけでなく能や長刀なども農民たちは嗜みました」

福島の農家は作物の生産者であると同時に、
地域の文化を創造する人たちでもあるのだ。

本当の「安心」を感じられる場所に。

そんな福島の食材を使って、
9月30日から10月2日の3日間にかけて行われた第一回目の交流会のテーマは、
「残暑を乗り切る夏果菜とふくしまのスタミナ」。
会津特産の馬肉をメインにして、
野菜ではキュウリ、トマト、ナス、
そして東日本一番の生産量を誇るアスパラガス、
桃や梨などの果物も料理に使われた。

「素材を手助けするようにして料理したい。
野菜の味はできるだけそのまま生かして、
その味わいを支えるという感覚で料理しています」
とは第一回目の交流会で料理を披露したWANOBAの黒木シェフ。

WANOBAの人気料理は、
イタリア料理をベースにした炭火焼きや鋳鉄鍋を使って、
素材の味わいを引き出す野菜主体の料理。
滋養に溢れる会津の馬肉と、
福島の夏の名残り野菜と旬のフルーツとがWANOBAで出会う。

まずは自ら触れることで「何かが変わる」

震災以降、原発の影響が常につきまとう福島。
何度も検査を重ねた結果に出荷された作物の数値を目にして、
頭では納得できても、なかなか不安は消え去らないという人は確かに多い。
が、それは当然なのかもしれない。
その一方で実際に食材が生産される現場へ赴き、
厳しい現実と闘いながらも食材を育て続ける生産者と言葉を交わした人たちは、
自分の中で「何かが変わった」ことに気づく。

本当の「安心」は、人を介して伝わっていくもの。
また生身の人間にふれ、話し合わなければ得られないものなのかもしれない。
なかなか福島へ行けないけれど「本当の福島」に触れることはできる。
まずは「ふくしま応援シェフ」の店で、
「何かが変わる」という体験を味わってみてほしい。

information

「ふくしま食の魅力創出
〜Pro スタイリングで料理もっと楽しく〜」
第2回「10月 〜大地の恵み ふくしまの地鶏とシャモ~」

◎開催店舗
10月10日(木)13:00~15:00
「かさね」(柏田幸二郎シェフ)
住所 東京都港区赤坂3-18-10 サンエム赤坂ビル2F
TEL 03-3589-0505
http://kasanetokyoakasaka.com/

10月14 日(月) 15:00~17:00
「コムフォー 大崎シンクパーク店」(小林武一郎シェフ)
住所 東京都品川区大崎2-1-1 ThinkPark 1F
TEL 03-3779-0564
http://www.compho.jp/

10月15日(火) 15:00~17:00
「ホテル&レジデンス六本木」(菱沼欣也シェフ )
住所 東京都港区西麻布1-11-6
TEL 03-5771-2472 
http://hr-roppongi.jp/restaurant/

◎参加費
1500円(1名)
※お帰りの際に、参加者全員にBears Bear fukushimaふくしまを抱くクマ「しまくま」をプレゼント

◎お申し込み方法
「ふくしま応援シェフ」のホームページで申込書をダウンロード、必要事項を記入のうえ、FAX またはメールにて申し込み。 
http://fukushima-ouen-chef.jp/

◎お問い合わせ
(有)会津食のルネッサンス 福島県県産品消費者理解促進事業事務局
住所 福島県会津若松市中島町2-52
TEL 0120-91-0617 (10:00~18:00 ※土日祝日休 )
FAX 0242-93-9368
E-MAIL order@a-foods.jp
http://www.a-foods.jp/

profile


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HISAYA KUROKI
黒木久弥

兵庫県生まれ。学生時代からスノーボードの選手として活躍。プロを目指すが23歳で料理の道へ。イタリア料理店等で修業を重ねる。2011年◯月より恵比寿「WANOBA」へ。今年9月4日に「ベジタブルハウスWANOBA」としてリニューアル。恵比寿から100km圏内で栽培された野菜を使った料理が評判に。

[VEGETABLE HOUSE WANOBA]
住所 東京都渋谷区恵比寿3-1-1
TEL 03-5424-0610
営業時間 月・水~金 18:00~26:00
土・日・祝 17:00~26:00
定休日 火曜日

profile

KATSUNOSUKE HONDA
本田勝之助

福島県会津若松市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。会津食のルネッサンス代表取締役。ヒルサイドコネクション代表取締役。地域を経営するという視点で、会津地方や福島県内を中心に食やモノづくりのプロデュース、ならびに伝統産業のコンサルティングやリノベーション事業を展開している。福島復興のキーパーソン。

神奈川・三崎港に登場! もしかしたら流行るかもしれない 「 マグロの頭輪投げ」屋台

お祭りのアトラクションといえばいろいろありますが、
いままで「マグロの頭を使った輪投げ」は見たことがありませんでした!
これは、2013年9月28日(土)と29日(日)の二日間に渡り、
神奈川県三浦市の三崎港で行われた
イベント「三崎いしいしんじ祭」に登場した、インパクト大のアトラクション。

標的は新鮮なマグロの頭。
300円で輪っかを3つ投げられます。
頭に輪っかが入ると、干物などがもらえるのです。
入らなくても、残念賞の昆布をお持ち帰りできます。

このマグロ輪投げを作ったのは、
地元のお魚やさん「三崎まるいち魚店」の3代目、松本英(すぐる)さん。
いしいしんじ祭に遊びに来た参加者のみなさんに
楽しんでいただこうと考案されました。
かつてまるいちの名物店員だった「のんちゃん」に担当をお願いして、
思いがけず盛況だったそうです。

そもそも三崎いしいしんじ祭とは、作家のいしいしんじさんが三崎への
あふれる愛と感謝の気持ちを表すために企画し、
地元のお祭り 「三崎開港祭」の開催中に行われたイベント。
2001年から10年間三崎に暮らし、現在は京都に引っ越されたいしいさんが、
三崎に感謝の気持ちを表したいということで、
仲間たちと手づくりで開催されました。

ハイブリッドな商店街を目指して! 香川・観音寺で コラボ店舗を出したい方、大募集

香川県の瀬戸内海沿いのまち、観音寺市。
この観音寺にて、いま「観音寺でお店を出したい方、大募集」
キャンペーンが行われています。

じつは観音寺のまちには、特徴的なお店があるんです。
一見一つの店舗のようですが、よく見ると2つ以上の業種が共存してるんです。
下着屋さんの中にケーキ屋さんが、クリーニング屋さんの中に餃子屋さんが、
着物屋の中でパン教室や、仏壇屋の中でビリヤードバーまで!

こんな風に、ハイブリッドなお店が増えると、
店主やお客さん同士で、これまでになかった
コミュニケーションが生まれます。

そんな観音寺が、いまこの商店街のお店に間借りして
出店したい方を募集中。

いろいろな繋がりが生まれるほか、
既に運営しているお店の間借りになるので、
開業資金が最低限で済むというメリットもあります。
最初は短期間で様子を見て、徐々にスペースや時間帯を増やしていくのだそう。
応募の詳細は、下記にて。

観音寺でお店を出したい方、大募集

三陸の海の女たちが作る 復興ミサンガ、ほんとにあります。 浜のミサンガ「環」

岩手県を舞台にした、朝の連続ドラマ「あまちゃん」。
最終回まであと2週間あまり、舞台が北三陸に戻って
なんだか見ているほうまで故郷に帰ってきたような
気持ちになりました。

さて、今日ご紹介するのは、
「あまちゃん」にも登場する、北の海の女たちが作るミサンガ。
このミサンガ、ほんとにあるんです。
その名も、"浜のミサンガ「環」"。

震災後、漁業の仕事がなくなって途方にくれた
働き者の女性たちに仕事を生み出すために始まった、
三陸の漁網でオリジナルのミサンガを編む
「三陸に仕事を!プロジェクト」の一環です。
手先が器用な人は網のミサンガを、初心者だからは細いミサンガを、
という風にワイワイ作っておられるのだそうです。

ミサンガの販売代金は1セット1,100円。
そのうち、材料費や販売経費、諸経費を除いた、
1セットあたり約500円以上(現状)が浜の女性たちに支払われます。

全国のふるさとショップで販売されているほか、
Web通販も行っておられます。

浜のミサンガ「環」

御所浦アイランドツーリズム

昔ながらの伝馬舟が、海の道を行く。

海上タクシーというなんだか贅沢な響きがする交通機関に乗って、
熊本県天草市の本渡港から御所浦島に向かう。
漁船を改造したような雰囲気で、
船内はエアコンが効いていて思いのほか涼しい。
しかし外に出て海風を感じたいのが、観光客の気分だろう。
その日の宿を〈はくお丸〉の船長(タクシードライバー)に伝えると、
着いた場所は港ではなく、なんと宿の目の前。
何もない草むらにぴったりと接岸し、降ろしてくれた。
満ち潮の時間帯だからできたことだという。
しかもそれを見越したかのように出迎えてくれたのは
御所浦でジオツーリズムのガイドやアイランドツーリズム、
各種イベントなどを手がけている野原大介さん。
島らしく真っ黒に焼けた肌に白い歯が映える笑顔で迎えてくれた。

島に渡る交通手段から早速、旅情をくすぐる御所浦島は、
本土から橋がかかっていないので、
島に渡るにはフェリーや海上タクシーなど、必ず船に乗らなくてはならない。

海へせり出したナダラ(網洗い場)は、子どもたちの格好の飛び込みスポット!

御所浦島はかつては港が整備されておらず、
大型の運搬船などが接岸することができなかった。
そのときは少し沖合で停泊し、
そこから陸地までをつなぐ輸送用のはしけ船として
伝馬舟(てんません)※注1が活躍していた。
伝馬舟とは、櫓で漕ぐ小さな木造の舟。
昭和40年頃までは、運搬以外にも簡単な漁や、
集落間の移動など、島民の一般的な足として使われていたが、
港の整備が進み、船の性能が上がっていくにつれて、その姿を消してしまった。

伝馬舟が木造であることがよくわかる。

失われていく伝馬舟をそのままにしてはいけないと復活させたのが、
御所浦アイランドツーリズム推進協議会。
「子どものころは普通に乗っていましたし、
自分の子どもを伝馬舟に乗せて釣りなどに出かけていました」
と話してくれたのは、伝馬舟復活の仕掛け人である三宅啓雅さん。
今でも橋が渡されていない御所浦にとって
“舟で渡る”という行為は、残しておくべき貴重な文化だろう。

野原大介さん(左)と三宅啓雅さん(右)。

野原さんは、2004年の〈ざぶざぶ 海の道〉という
伝馬舟のイベントのお手伝いで初めて御所浦を訪れた。
かつては島内の移動も、隣の島へも、
数キロだったら伝馬舟が活用されていたという。
それは島だけが持つ独自の経路。その“海の道”を辿るイベントだ。
御所浦は不知火海という内海に浮かび、しかも入り江が多く、
海なのにほとんど波がない凪状態。
だから伝馬舟のような小さな舟でも、子どもの力でも進むことができたのだ。
静かな海と森に、動力のない小舟がゆっくりと進む姿は落ち着く光景だ。

現在、個人所有として島に残されていた3艘を譲ってもらい、
5年前に新たに作られた2艘を加えて、5艘の伝馬舟がある。
パッと見は、公園の池などにあるボートのようだが、
前方がぽってりとして横幅があるのが特徴で、
安定感があり荷物の運搬などに向いている。しかし、櫓が1本しかない。
船体の後方に飛び出ている金具に、櫓にあるくぼみを上から乗せるだけ。
固定はされていない。

実際に漕いでみると、真っすぐゆっくり進むことは割とすぐにマスターできた。
しかしちょっとスピードを上げようと力を入れてみたり、
方向転換をしようとすると、
無駄な力が入ってすぐに櫓が金具から外れてしまう。

息を合わせてエンヤコラ。腰の入った力強い漕ぎ手です。

このように、櫓は小さな金具に乗っているだけ。ここを外さないようになると上達への道が開ける。

「現在50代後半のひとたちは、
復活した伝馬舟をすぐに操ることができましたよ。
“30年ぶりに漕いだ”なんていいながらも、体が覚えているんですね。
子どもも吸収が早いから、すぐに体で覚えます。
なかなか漕げないのは、30代40代ですね」と苦笑するのは30代の野原さん。

「50代のひとたちは今でも伝馬舟を漕ぐことができるので、
子どもたちにすぐにでも教えることができます。
伝馬舟というものが、櫓こぎとともに、かつての島文化を
世代を越えて伝えるコミュニケーションツールになるんです。
そういった関わりから、
地域の中で伝馬舟に新たな価値が生まれることを目指しています」

野原さんや三宅さんが目指しているものは、外からお客さんがたくさん来て、
それで地域が潤うといういわゆる観光が目的ではない。

「地域で物語を共有していかないと、
“地元のために何かをしよう”という思い入れを持つことのできない、
のっぺりした地域になってしまうと思います」

伝馬舟に乗っている最中、友だちを発見。このまま上陸し、友だちと遊びに行ってしまった……。まさに伝馬舟が普段の足となった瞬間!

また、野原さんは〈御所浦.net〉というウェブサイトも運営している。
これも「観光情報サイトではありません」という。
「御所浦を出たひとが見て、楽しめるものにしたい。自分の生まれたまちが、
こんなところだよと友だちや周囲に伝える手段にもなってくれると思います」

東京や沖縄など、いろいろなところで地域活性の活動をしてきた野原さんだが、
次第に御所浦にいる時間が長くなってくる。
無論、御所浦で伝馬舟にかける思いは、地域での目線なのだ。

島の生活をまるごと感じ取れる民泊。

御所浦アイランドツーリズム推進協議会の活動としては、
〈民泊〉も、面白い取り組みのひとつ。
多くは修学旅行のプログラムで、御所浦の民家に5、6人ずつ学生が宿泊する。
御所浦にはこの民泊受け入れの民家が20軒ほどあり、
それぞれは観光業に従事しているわけではないごく普通の民家。
だから、宿泊中にどんな体験をして、どんな食事が出るのか、
各家庭によってさまざまだ。その内容を強要することもしない。
魚釣りに行ったり、磯遊びをしたり、時季の野菜を収穫したり。
島だけあって、食事は海産物が多い。一緒に料理をすることもある。
魚を捌いたことがない都会の子も多いので、大騒ぎだ。
それでも受け入れ側は、普段のまま接してくれる。
方言丸出しで、気兼ねはしないが、温かく迎えてくれる。

「親戚の子が遊びにきたような感覚で、
家族同然に接している」と民泊の様子について話す野原さん。
いつも通りだから新たな経費がかかることもないし、
島のリズムにお客さんが溶け込んでいくのだ。

なんと化石がとれることでも有名な御所浦。子どもたちもハンマー片手に夢中になって化石探し。気分は考古学者だ。

すると不意にプテロトリゴニア プスチュローサの化石をゲット!

野原さんは、御所浦で活動している目的として
「魚をおいしく食べ続けるため」という冗談みたいなことをいうが、
野原さん独特の言い回しであり、目は真剣だ。
これには地域づくりに対しての、野原さんのひとつの哲学が込められている。

「いわゆる地域づくりとして今流行っている方法をそのままやれば、
なんとなくいいことをやったよねと評価されるかもしれませんが、
それで意味があるでしょうか?
僕が勝手に決めたいいまちの姿は、
このまちのひとにとっていいまちではないかもしれない。
だから、少なくとも僕を含めて御所浦の人が
おいしく魚を食べ続けることができる地域の関係というのは、
どういうものなのか考える。そこからスタートすべきだと思うのです」

地域づくりには答えなんてない。
まずは“魚がおいしい”という
多くのひとと共有できそうな日常的な価値観で合わせていく。
これはよそ者であることを強く認識しているからこそ。

「先のことはわからないから、この地に骨を埋めるとは言いたくない」
というが、“そんな無責任なことは軽々にいえない”という思いを感じた。
ただし「これから先、ずっと御所浦を応援していく」ということは宣言した。
御所浦のためには、東京で活動していたほうがいいという場合だってあるだろう。

かつてはちょっと遊びに行くにも、伝馬舟が使われていた。
そこには島のひとには見える海の道があった。
伝馬舟、民泊、漁業などをつなぐ御所浦の道を見据え、
野原さんは櫓こぎのペースで進む。それが御所浦のリズムに合っている。

注1:御所浦アイランドツーリズム推進協議会では、伝馬舟を「てんません」と読ませていますが、「舟」は常用では「せん」と読みません。しかし小舟のイメージから「舟」という漢字を充てています。

information

御所浦アイランドツーリズム推進協議会

住所 熊本県天草市御所浦町牧島219-2
電話 0969-67-1080

profile

DAISUKE NOHARA
野原大介

1980年生まれ。千葉県出身。2013年8月現在、熊本県天草市御所浦町に在住。 数か月から1年程度のスパンで、首都圏と天草市御所浦町や沖縄県沖縄市などにそのつどその地にある仕事を請けながら暮らす。請け負う仕事はデザインやワークショップ、イベント、事務局などその時々で異なる。御所浦町では、御所浦アイランドツーリズム推進協議会で民泊事業の受け入れやイベントのサポートから、デザイン業務、伝馬舟(てんません)インストラクターなどを行う。ここ数年は御所浦町を中心に活動している。
御所浦.net:http://www.goshoura.net" target=

マチスタの赤星さんも登場! 千葉県松戸の「MAD City」が 3周年イベント開催

千葉県・松戸市で生まれた、クリエイターやアーティストなどによる
まちづくりのプロジェクト「MAD City(マッドシティ)」。
クリエイティブを通して創造的なコミュニティづくりを進め、
松戸をより魅力あるエリアに変えていくことを目的としています。

そんなマッドシティが、今年誕生から3年を迎え、
拠点も移転して新MAD City Galleryに代替わりしました。
これにちなみ、9月7日(土)に
3周年を記念した1日限りのイベント「ワンデーMAD City」が開催されます!
「今のMAD City」を多くの方々に体感してもらえる1日になるそうです。

以前行われた、商店街150メートルの路上を開放して行われる食文化とアートの祭典「高砂通り酔いどれ祭り」でのひとこま。

この3年の間で、MAD Cityエリアに拠点を移したアーティストや
クリエイターたちは約100人もいらっしゃるんです。
イベントでは、彼らによる企画がMAD Cityのあちこちで行われるほか、
新MAD City Galleryのお披露目、さらに松戸駅前に根付く独特の住民やお店など、
松戸駅前で丸一日楽しめることでしょう。

そしてなんと、コロカルの人気連載「マチスタ・ラプソディー
でお馴染みの、赤星豊さんがトークショーに対談出演されます!
対談のお相手はMAD Cityを運営する「まちづクリエイティブ」の赤星友香さん。
特に親戚などではないそうですが、以前もマチスタの赤星さんがイベントに出て、
「赤星繋がりでまた呼んでください」と言ったことを発端に今回実現しました。

ちなみにコロカルでは、10月以降にMAD Cityの連載がスタート予定。
こちらもお楽しみに!

ワンデーMAD City

山口県宇部のおいしいものが 江戸川橋に勢ぞろい。酢飯屋の 「山口県宇部 WEEK & 宇部ナイト」

東京・江戸川橋を拠点に活動する「酢飯屋」さん。
一軒家のなかに、完全紹介制・完全予約制の寿司屋「酢飯屋」、
寿司屋のスタンスを軸にしたカフェ「suido cafe」、
アートギャラリー「水道ギャラリー」を展開し、
幅広いジャンルの活動をされてらっしゃいます。
独自の目線と行動力には感服です。

山口県宇部市の郷土寿司「ゆうれい寿司」。一見真っ白なご飯だけど、特産の「エソ」がすり込まれていて、中には甘辛く炊き込んだ野菜達と錦糸卵が忍ばせてあります。

そんな酢飯屋さんが、8月31日(土)までの期間、
山口県の西部にある海沿いのまち、宇部市に大変身中。
カフェにてランチメニューに宇部名物の「幽霊寿司」を提供したり、
ギャラリーも宇部一色になったり、出されるお茶もすべて宇部産になる
徹底ぶりなんです。

さらに、8月24日(土)・25日(日)は
完全予約制の宇部ナイト開催!
食材全てに宇部産のものを使い、宇部サラダやアカエビの南蛮漬け
宇部岬漁協のハモ料理など美味しいものを提供します。
宇部三昧な2週間が東京で体験できるなんていいですね。
詳細は下記URLより。

山口県 宇部 WEEK & 宇部ナイト

凄まじい光景。 ドイツ人写真家が撮った 超現実的な桜島

いまも活発な活動を続ける、鹿児島県の桜島。
今月18日には昭和火口で、2013年500回目となる爆発的な噴火があったばかり。
住民の皆さんは火山灰の処理に追われていることと思います。

たくさん灰が振ると、この暑い中、窓を開けることもできないので
本当に大変な思いをされているのではないでしょうか。
今回の噴煙は火口から5,000メートルの高さまで上がったもので、
昭和火口が活動を開始して以来、過去最高なのだそうです。

これらの写真は、そんな桜島を訪れたドイツ人写真家の
マーティン・リッツェ(Martin Rietze)さんが、2013年2月に撮影したもの。
噴煙と雷が沸き起こる凄まじい光景ですね。

桜島は最初、何時間も静かな姿を保っていましたが、
マーティンさんらがシャッターチャンスを待つうちに
突然この光景が浮かび上がりました。

撮影時のマーティンさんら

ほか、マーティンさんが撮影した桜島の写真は
彼のWebサイトで公開されています。

Martin Rietze

大阪府吹田市の ラコルタが1周年ウィーク開催。 180cmの手作り 紙相撲ワークショップなど

大阪郊外の吹田市にある、「ラコルタ」こと吹田市立市民公益活動センター。
「市民公益活動」とは市民が自発的に行う社会貢献活動のことですが、
ラコルタとは集まり、収穫を表すイタリア語。
「出会う→集う→育てる→実る」場として昨年9月にオープンしました。
このラコルタが1周年を迎えるにあたり、スペシャルウィークを開催。
連日、バラエティに富んだ催しを行います。

簡単にその内容をご紹介すると、まずは8月23日(金)のプレイベントは、
狩野哲也(編集者、サロン文化大学)による
「編集者に教わる! ZINEの作り方ワークショップ」。
そして8月25日(日)には、9月15日(日)の超特大紙相撲大会に出場するために
180cmほどの力士をみんなでつくる「力士づくりワークショップ」を。

その後9月10日(火)~9月15日(日)の期間中、
ひとむかし前なら日常にあった「おすそわけ」の習慣や
ご近所づきあいを復活させる試みの「おすそわけマーケット」と
ZINE作りワークショップを連日開催。

また、市内の公共施設や福祉施設などで活躍する
「喫茶ボランティア」のミーティングや被災地の現状や復興に
おいて観光が果たす役割を話し合う「福島から学んだことを関西に」など、
毎日様々なワークショップやイベントが目白押し。

趣向を凝らしたユニークなイベントがたくさん開催されますので、
地元の方はぜひチェックしてみては?
スケジュールについては、ラコルタ公式Webサイトをご覧下さい。

ラコルタ

兵庫県豊岡の魅力を伝える 「豊岡エキシビション」 ひうらさとる、長嶋りかこら 豪華ゲストが参加

兵庫県北部に位置する自然豊かなエリア、豊岡市。
コウノトリが生息する円山川など、豊岡市の魅力を
もっとたくさんの人に知ってもらいたい!!
という思いから、東京で豊岡の情報を発信するイベント
「豊岡エキシビション」が毎年開催されています。

そんな「豊岡エキシビション」、今年は
2013年8月27日(火)~9月1日(日)に開催。
会場は渋谷ヒカリエの8Fフロア。
豊岡市長がやってくる「豊岡市長室」開設の他、
「D47食堂」にて『豊岡定食』の提供、
「D47デザイントラベルストアー」で豊岡の商品を販売します。

さらに、日替わりでテーマを設定し、
各テーマに沿ったトークショーを開催。
豊岡市に移住した漫画家のひうらさとるさんの対談や、
川島小鳥撮影の写真をバックにモデルKIKIが語るトークショーなど
豪華なラインナップです。
各イベントは、全てお申込み不要。
詳細なタイムテーブルなどは下記Webサイトにて。

豊岡エキシビション2013

淡路島で、美観味のメンバーが 美味しくおもてなし。 島の小さなお祭り 「ノープランパーティー」

エリアマガジンでご紹介した、
兵庫県淡路島の料理人や陶芸家、生産者などからなる
グループ「美観味(さんみ)」。
彼らが年に1度行うおもてなし会「ノープランパーティー」が
今年も8月26日(月)に淡路島の樂久登窯にて開催されることになりました。

ノープランパーティーとは、美観味のメンバーと
招待料理人合わせて14人の料理人達が、淡路島の生産者達の想いの
こもった食材を丁寧に調理しながら、ゲストと共に淡路島の恵みを味わう会。
昨年の開催の様子はこちらからご参照ください。
おいしそうな料理と、楽しそうなスタッフ、そしてゲストのみなさんの
笑顔がとっても印象的。

このパーティは、料理人もスタッフもゲストと一緒に食事をとりながら、
ホストとゲストという関係ではなく、フラットな場を楽しんで
みんなで作り上げる島の小さなお祭りなんです。
定員は100名、会費は5,000円。
お申込みなど、詳細は下記Webサイトにて。

美観味(さんみ)

震災からたちあがる 松島の新しいお祭り 「松島流灯会 海の盆」

宮城県・松島町の、町民の若手有志らが作り上げた
新しい夏祭り「松島流灯会 海の盆」が
本日と明日、開催されます。
海の盆が始まったのは震災が起こった2011年。
震災の被害を受けた松島では、それまで行われていた
観光イベントを中止することになりました。
そこで地元の人が集まって、みんなのちからを合わせて
地域の祭りを30年ぶりに復活させたのです。

海の盆が行われる舞台は、松島が誇る国宝、瑞巌寺の周辺一帯。
旧来からの行事と、新しく考えられた行事が調和しているのもこのお祭りの特徴です。
15日には大盆踊り大会、16日には700有余年の歴史を持つ
伝統行事「大施餓鬼会(おせがきえ)」が行われます。

おせがきえとは櫓が組まれた広場で、瑞巌寺山内一門の僧侶50名が
塔婆を焚きお経をあげる行事。
そのほか、灯籠流しや盆踊りのほか、松島の子どもたちが作った
灯籠をともす「みんなの灯道」、「線香花火広場」など盛りだくさん。

海の盆では、祭りだけでなく、事前企画として、地元のおじいちゃんが
こどもたちに教える「精霊馬づくり」ワークショップなども行われています。
お迎えはご先祖様に早く会いたいので足の速いキュウリの馬を、
送りはご先祖様とのお別れが名残惜しいので足の遅いナスの牛を。
そんな昔の風習を聞きながら、こどもたちがお盆の意味を学んでいきます。

海の盆は、これらの取り組みが評価され、
2012年にはグッドデザイン賞を受賞しました。
お近くの方はぜひお出かけしてみてください。

海の盆

アルバス 酒井咲帆さん

写真の持つ機能。写真屋が担う役割。

『いつかいた場所』というのは、写真家の酒井咲帆さんが、
同じ子どもたちを、そしてその村の変化を、10年間、撮り続けた作品だ。

酒井さんが19歳のとき、ひとり旅で出かけたある村で、
友だちになった小学3年生と4年生の4人組。
声をかけてすぐに仲良くなり、その日、一緒に遊んだという。
それから手紙の交換も始まり、1年に1回、会いに行くようになる。

初めて会った年から数年は、写真という目的でもなく、
ただ“友だち”に会いに行っていただけ。
そのうちに、彼らの兄弟が登場したり、行動範囲も広がるようになる。
同時に、撮っていた写真から変化が見えるようになってきて、
次第に記録ということを意識して写真を撮るようになっていった。

あるとき、彼らの通っていた小学校が閉校することになり、
校長先生から酒井さんに撮影依頼がきた。
同時にこれまで撮りためていた写真の展覧会をさせてもらうことになった。
この準備を一緒に進めた“かつての小学生たち”は、もうハタチ過ぎ。
展覧会では彼らの親とも初めて会い、
「あなたの話を聞いていたのよ」と歓迎される。
地域のひとたちも、自分が写っているわけでもないのに、
写真を観て感動してくれた。
そこには村の懐かしい風景が写っていたのだ。

「この村がどうなっていくか、私にもわかりませんが、
見続けることに意味があると思っています。
削ぎ落とされていったなかに、大事なものがあるんじゃないかと想像しながら」

手紙がメールになり、迎えが車になり、会合が居酒屋になりと、
コミュニケーションのかたちは変わりながらも、
10年以上経った今でも交流は続いている。

写真屋という場所から広がる地域コミュニケーション。

酒井さんはこれらの活動と並行して、子どもとの関わり方を自身の主軸に据え、
大阪のギャラリーや九州大学で働いていた。

「子どもは、未来を担うひと。
社会全体で子どもたちを一緒に育てるということを
考えないといけないと思うんです」という酒井さん。
しかしそれに正解はない。
でも考え続けることが「生きていくこと」だという。

これまでの仕事から学んだことを通して、自分で出来ることを追い求めた結果、
福岡市内に写真屋「アルバス」をオープンした。
アルバスは、
お客様の撮影したフィルムやデジタルデータをプリントするラボと、
家族写真が撮れるスタジオがある。
でもラボは、普通とはちょっと違う。

「現像やプリントを受け付けるとき、
ひとりひとりのお客さんとなるべくじっくり話をします。
撮影時の気持ちを思い出してもらいながら、
そぉっとお客さんの心に入って行く感じで。
写真を焼くことは、
お客さんの思い出に色を乗せているような感覚でもあります」

プリントの注文を受けるときは、実際のサンプルをもとに、明るさや色味などの希望を聞いてくれるのでわかりやすい。

会話を重ね、実際に写真を焼くと、
マイナスの面が見えてきてしまうことだってある。
みんな悩んでいたり、問題を抱えていたり。

「問題を解決するということではないけど、
ちょっとでも寄り添って、受け入れて、
安心できるような場所でありたいなぁと。
そういう意味では、ひととしての関わりのなかから見えてくるものが多いので、
写真屋でよかったと思います」

中古カメラも販売されている。ハーフカメラなどのユニークなカメラもあってカメラ好きにはたまらない。

「写真」そのものを最大限に活用しているように思えるが、
酒井さんはあくまで「写真は手段だ」と言い切る。
「写真屋としての機能でありながらも、
まちづくりの一部として捉えています。
どうすれば暮らしやすくなるのか、この場所で考えていきたい」

たしかに写真は、
コミュニケーションの第一歩としては最適かもしれない。
そして写真屋という場所があることで見えてくることがたくさんあると話す。

「例えば、困ったときに助けてくれるのがお隣さんだったりするように、
アルバス自身が当たり前のことにちゃんと気がつける存在で
いられればと思っています」

黒板にチョークで書かれたメニュー表。フィルムやカメラのイラストがかわいい。

これからも酒井さんは、写真を手段として、広く活動していく。
特に子どものことを考えるのが酒井さんのモチベーションの原点であるため、
現在では、保育園の補助スタッフとしても働いている。

「写真、子ども、居場所ということを合わせて考えたいと思っています。
写真はあらゆる分野に寄り添えるような手段だと思うので、
写真の可能性を広げる意味でも、
多様な考えを持って携わっていきたいと考えています」

information


map

albus
アルバス

住所 福岡県福岡市中央区警固2-9-14
TEL 092-791-9335
営業時間 12:00〜20:00
http://albus.in/

profile

SAKIHO SAKAI
酒井咲帆

1981年兵庫県生まれ。写真家。株式会社アルバス 代表。
まちの人々との対話・交流、特に子どもを取り巻く風景を撮り続ける一方で、2009年福岡市警固に写真ラボ「albus|アルバス」を設立。アルバスとはアルバムの語源。「まちのアルバムとなるように」という想いの下に、写真にまつわる多様な活動を展開している。

新潟県の関川村が作り上げた ギネス級祭「えちごせきかわ 大したもん蛇まつり」

これまでいろいろ珍しいお祭りを紹介してきましたが、
新潟県の関川村で開催されている
「えちごせきかわ大したもん蛇まつり」もかなり珍しいお祭りです。

このお祭りの主役は、メインイベントのパレードに登場する
長さ82.8m、重さ2tの大蛇。
住民が竹とワラで手作りした大蛇を頭上に掲げて、村じゅうを練り歩きます。
あたかも由緒ある伝説のお祭りのようですが、
実は昭和63年に始まった新しいお祭り。
昭和42年8月28日に発生した羽越大水害と、村に伝わる「大里峠」という
大蛇伝説をテーマに作られたものなのです。

なぜこのお祭りが作られたのか?
それは、関川村には各地区のお祭りはあっても、
全村民が参加して楽しむお祭りがなかったから。
そこで地元で結成された「せきかわふるさと塾」が母体となり、
実行委員会が組織されて企画されたのです。

祭りの目的は、関川村の良さを感じて、村に生きることの喜びと自信を持つこと。
大蛇は、竹とワラを材料に、関川村の54集落が分担して胴体を作り、
それらを繋ぎあわせて作ります。まさに村全体が力を合わせて出来るお祭りなんです。

その甲斐あって、2001年6月にはこの大蛇が
「竹とワラでつくられた世界一長い蛇」としてギネス認定を受けました。

お祭りでは、大蛇パレードのほかにも灯篭流し、花火大会、
盆踊り大会、喜っ喜大会(ジャンケン大会)、福まきなどが行われます。
今年の開催は8月23日(金)から25日(日)。
村じゅうが力を合わせて行う手作りのお祭り、
今年はどんなことが行われるのでしょうか?

えちごせきかわ大したもん蛇まつり

大したもん蛇まつりって!?

香川県、遂にうどんで発電を実現

「うどん県」こと香川県といえば、
もはや県民のDNAに刷り込まれているんじゃないかというくらい、
うどんにこだわるお国柄。
そんな香川県で、ついにうどんから発電することに成功したとの
ニュースがありました。

これを実現したのは、香川県高松市にある
産業機械メーカーのちよだ製作所。
従来は、製麺会社の工場から出る廃棄うどんを
原料にバイオエタノールを生産していたのですが、
その残りかすを有効活用したいと考えました。

そこで、廃棄麺と飲食店などから回収した生ゴミを発酵させてメタンガスを作り、
これを燃料に発電機を稼働させることに成功。
9月にも四国電力への売電を開始する予定で、
年間発電量は一般家庭約50世帯分に相当する
18万キロワット時を見込んでいるそうです。

廃棄うどんとは、うどんの製造時に出るハンパな
うどんのことでしょうか?いろいろなアイデアがあるものです。

「うどん発電」開始へ/廃棄麺のメタンガス利用

augment5 Inc 井野英隆さん

地域の生の魅力を、デジタルメディアで伝える。

デジタルコンテンツの制作やメディア事業コンサルティングを手がける
「augment5 Inc(オーギュメントファイブ株式会社)」。
2009年に創業したばかりの小さな会社だが、デザイナーやプログラマーや
ディレクターなど、プロジェクトに応じてメンバーが集まり、
現在オフィスには常に10名前後のスタッフがいるという。
「会社なんですけど、“集団”と言ったほうがいいかもしれないですね」と語るのは、
経営者でありプロデューサーの井野英隆さん。

もともと上場企業を対象にインターネット事業のコンサルティングをしていたが、
クライアントが求めるような短期的な収益モデルをつくって儲けるだけではなく、
長期的に価値を残せるようなモデルをつくりたいと考えていた。
「インターネットはバーチャルだなどと言われますが、実態としては
あらゆる仕事や生活の局面に必要な技術、情報源として根づいています。
インターネットそのものが水道や電気と同じように
ビジネスやライフスタイルのプラットフォームになっただけで、
そこで何かを生産したり、消費しているのも当然、人間ですよね。
ただ、まったく新しい領域なので、
コンテンツ制作者にはもともとプロフェッショナルがいなかったり、
国を超えた競争に巻き込まれるリスクも大きく、プレイヤーの変動も激しい。
だから10年、20年を見据えて、戦略や覚悟をもって取り組む人が
とても少ないように感じていました。
きちんと時間をかけてつくって、それが20年後、30年後、そしてもっと先の未来まで
“いいもの”として残るようなウェブのコンテンツやサービス。
巨大なデータベースを永続的にストックできるという
デジタルの本当の強みはそこにあると思っています」

Kusatsu Oct 26, 2011

2009年に仲間たちとaugment5を立ち上げ、
これまでさまざまなコンテンツを制作してきた。
今年に入り、ディレクターの柘植泰人さんと組んで制作を進めてきた、
日本の地域にある風景を切りとったショートムービーがネットで話題をよんだ。
無駄のない動きで和紙を漉く職人、立ちのぼる温泉の湯気、空、光、緑、人々の笑顔。
何の説明もないが、その場所にあるいいものが映し出され、行ってみたくなる。
そして、日本にはこういう風景がまだ無数に残っているんだろうなということに
気づかされる。

Mino Aug 1, 2012

これらの映像は、クライアントから依頼されてつくったわけではない。
それまでも日本のよさを伝えたいと感じていた井野さんが、
たびたび仕事で海外に行くようになり、よりその想いを強くしたのだという。
「東京にいるとなかなか気づけないですが、特に地方に行くたびに、
素朴な暮らし方、風景、初めて会う人との会話など、
一見ありふれたような部分がとてもいいなと思うんです。
たとえば美濃では、渓流で釣った鮎を、その場で炭をおこし、塩焼きにして食べる。
それがシンプルなのに驚くほどおいしかったりする。
その映像を見た、まったくその地域に関心のなかった若者や、
六本木や浅草を決まったように案内されていた外国人観光客が、
美濃に行ってどうしても鮎の塩焼きを食べたい! と思うかもしれない。
これまでの観光業や地域活性として取り組んできた手法と異なるアプローチをすることで
日本のさまざまな地域の可能性を引き出すことができるかもしれません」

Lake Shikotsu Feb 8, 2012

映像はある紹介記事をきっかけにFacebookなどSNSで話題になり、
150か国以上の人々に閲覧され、記事ページは2万以上の「いいね!」を集めた。
映像を見て旅に出たいと思う人もいれば、
カメラを買って自分も撮影をしてみようと思う人、音楽を気に入って、
このアーティストのライブに行ってみようと思う人もいるかもしれない。
見た人がそれぞれ自由に楽しんでくれればいい。
実際にいろいろな反応が起き、その大多数がポジティブな評価であったことは、
自信になったという。
そして、まだまだ自分たちにできることがあるということも確信した。

「日本の地域って観光業が発展した分、
見えなくなってきたところがたくさんあると思います。
でも日本中どこに行っても、地域で毎日、丁寧にものをつくっている人がいて、
おいしいものもある。過疎化の問題や農業の問題もいろいろありますが、
地域の価値や資源が、あまりうまく伝わっていないんじゃないか。
でもいまのテクノロジーを駆使してできることがまだまだあると思うし、
僕らが発信することで伝わることもあるんじゃないかと思います」

会いたい人に会いに行き、そこで出会った人に、地元で食べるべきものを聞き、
ひとりになりたいときに行く場所を聞いて、連れて行ってもらう。
そんなふうにして、そこでしか生まれ得ないものをすくいとり、映像に落とし込んでいく。
そのあとの編集作業や音楽も、ディレクターの柘植さんを中心に
時間をかけて丁寧に仕上げていく。そのクオリティは、映像を見れば一目瞭然だ。

Kyoto Nov 4-5, 2011

日本のいいところを海外に向けて発信したいと考える井野さんは、
同時に、いかに自分が日本のことを知らないかということも痛感するという。
だから、時間とお金と仲間を見つけては、
今後もこうした地域の映像をつくっていくつもりだ。
「まず自分たちがいちばん楽しんでますからね。
いつもすごくリッチな体験をして帰ってきています」

最後に、これから映像に取り組みたいという人たちに向けて、思いを語ってくれた。
「僕とディレクターの柘植は、10年くらい前からこうした映像を撮り始めていましたが、
いまはデジタル一眼カメラで、プロ顔負けの画質でHD映像を撮ることができます。
これは当たり前の状況ですが、映像をつくりたい人にとって、とても大きなチャンス。
とにかく思いたったら、撮りまくって、WEBにアップする。
そうすると僕らのように必ず反響が返ってきます。
感性の若いうちにどんどん世の中にメッセージを投げ、僕らの映像よりもっといい作品が
日本各地からバンバン出てくるようになるといいですね。
そんな、地域と人とデジタルとの可能性に、いまはとてもワクワクしています」

まちを動かす女子力とは?3331アーツ千代田にて「東京♥石巻シンポジウム」開催

東日本大震災から2年4ヶ月が過ぎました。

《東京にいながら、自分と石巻のつなぎかたをデザインする》を
テーマに活動を行う「東京♥石巻プロジェクト」が、
7月16日(火)に3331アーツ千代田にて
東京♥石巻シンポジウム「まちを動かす女子力」を開催します。

今夏も行われる、石巻が再び立ち上がるためのイベント「石巻スタンドアップウィーク」の
東京でのキックオフイベントです。

シンポジウムでは、現在進行形の石巻の復興まちづくりの
取り組みを紹介するほか、様々なテーマで情報交換や
ディスカッションを行い、クリエイティビティを活かした地域のまちづくりを考えます。

岡崎エミ(Studio-L)さん、松田龍太郎(オアゾ)さん、
石巻から天野美紀(石巻日和キッチン)さん、
梅田綾(こどものまち石巻)さんらが参加し、「女子力」というテーマから
地域資源の活用、クリエイティブとの融合などを考えるシンポジウムです。
参加費は1000円、参加の予約は不要。詳細はWebサイトにて。

STAND UP WEEK2013東京リリースイベント

東京♥石巻シンポジウム「まちを動かす女子力」

祝、震災後初の大吟醸酒!岩手のお酒と錦糸町のグラス「酔仙 × 松徳硝子 復興応援感謝セット」

岩手県陸前高田市にて、長年、地酒・日本酒をつくりつづけてきた酔仙酒造。
東日本大震災において、敷地全体が大津波にのまれ、
木造4階建ての倉庫を含む全ての建物が水面下に沈み、壊滅・流失。
さらに従業人7人を失う甚大な被害を受けました。

再建のために従業員を解雇し、
絶望に打ちひしがれながら、瓦礫を片付ける
酔仙酒造さん。その目に飛び込んできたのは、
瓦礫に偶然引っかかった「酔仙」の酒樽でした。
その姿を見て、復興への一歩を踏み出すことができたのだと言います。

それから2年。隣まちの大船渡市に工場を建設して
事業を再開し、今年になってようやく、震災後初の大吟醸酒を
販売できるようになりました。これを記念し、東京・錦糸町の
ガラス工房「松徳硝子」とコラボレーション。
大吟醸酒用のグラスを制作し、WEB限定で、
「オンラインストア限定 酔仙 × 松徳硝子 復興応援感謝セット」として
吟醸酒とセットで販売をしています。

松徳硝子は、一点一点ガラスを吹きあげて作る「うすはり」グラスで
有名な工房。酔仙酒造の杜氏さんが自ら開発に関わり、
酔仙の大吟醸酒に最適なグラスに仕上げたそうです。
大吟醸の四合(720ml)瓶一本とグラスが2個ついて6,000円となっています。
販売期間は7月12日金曜日まで!
詳細は下記Webサイトにて。

オンラインストア限定 酔仙 × 松徳硝子 復興応援感謝セット

前橋 Part4 リユースとリサイクルのあいだに。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
前橋編・目次

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今回、山崎さんが注目したのは、産業廃棄物にあたらしい命を吹き込む
「モノ:ファクトリー」を展開している株式会社ナカダイ。
1日約50トンも運び込まれる廃棄物を「素材」さらに、「ソーシャルマテリアル」
と言い換えてみれば、リサイクルのあたらしい方法だけでなく、
これからのわたしたちの生き方までもが見えてきそうです。
そんな “リマーケティングビジネス” の仕掛人とも言える、中台澄之さんを訪ねました。

“廃棄物” を言い訳にしないデザイン。

山崎

9月に予定されている「産廃サミット(*1)」も、俄然興味がわいてきました。
もう3回目の開催なんですね。

中台

個人、団体を公募して、ナカダイのマテリアルを用いた作品展示を中心に、
ワークショップの開催、マテリアルの販売やリユース、リサイクルの流れなど、
さまざまな“使い方”を提案してもらう場です。

山崎

コンセプトが、“廃棄物を言い訳にしない”デザイン!

中台

です(笑)。
「廃棄物だからこれしかできないよ」もNGだし、
「廃棄物だからエコ」的なのもどっちもNG。
そうすると、これやっておもしろいなあと思うのは、
実績をもってるプロダクトデザイナーほど頭を悩ますお題だということ。
学生なんかのほうが、直感で動けるというか、自由度が高いですね。

山崎

かもしれませんね。建築でも、たとえば一般的に
既製品を使うのはあまりかっこよくないとされていて、
「いかに特注品をつくらせたか」が一流の証、ステイタスなんですよね。
ぼくはそこにずっと違和感をもっていた気がするんです。
でも、あるとき書店で、クラウス・エン・カーン
(アムステルダムの建築設計事務所)が既製品だけでつくった
建築物の写真集『ビルディングス』っていうのを見つけたんです。
これが、かっこいい。しかも、アーキテクチャー(建築物)じゃなくて、
ビルディングス(建物たち)って言ってしまってるタイトルが
また力が抜けてていい(笑)。既製品だけで、めちゃくちゃかっこいい、
オリジナリティのあるものができてしまっている。
これってどういうことかというと、つまり、彼らは「編集」しているんですよね。

*1 産廃サミット:“廃棄物を言い訳にしない”をキーワードとして、さまざまなモノの使い方を創造することにより、リマーケティングビジネスの可能性を表現するイベント。ナカダイのマテリアルを用いた作品展示を中心に、ワークショップの開催、マテリアルの販売やリユース、リサイクルの流れなど、さまざまな“使い方”が提案される。次回は2013年9月7日(土)~15日(日)にプラス株式会社 赤坂ショールーム「+プラス」にて開催。

ナカダイ前橋支店に併設された「モノ:ファクトリー」

ナカダイ前橋支店に併設された「モノ:ファクトリー」。大迫力の鉄の棚に、気になる「廃棄物、改め、マテリアル」がずらりと並ぶ。

中台澄之さん

「まだまだうまくことばにできないことも多いんだけど」。新しいモノの流れと産業をつくる“リマーケティングビジネス”に挑戦する中台さん。

“使う” と “捨てる” をつなぐビジネス。

中台

以前はほかとの差別化という部分で
「ナカダイならではの独自性」みたいなことを言いがちだったんですけれど、
そうじゃないなってわかってきたんです。ゴミに優劣はないですからね。

山崎

そりゃあそうです。

中台

そこをつき詰めていくと、お客さん、つまりうちに廃棄物を出してくださっている
企業様の「気づかない価値」を提案することが重要なんだな、と。
それを実行するのはうちじゃなくて、ナカダイが縁を取りもつ
アーティストやデザイナー、建築家や学生たちで、
リサイクル率の高さだけでなく、彼らが見いだす「あたらしい価値観」が、
廃棄物を出す企業にとってのCSRになるようなビジネスケースをつくりたいんです。

山崎

社会貢献だけど、ちゃんとビジネスになってると。

中台

はい。うちにとってはビジネスとして成立しなければならない。
ただ、リーマンショック後のいまは、利益ではなく、
「理念」で社員をひっぱっていくべきなんだと思っています。
企業のトップとして「コミュニティを活性化させるためのビジネスができますよ」
と提案し、ビジネスを創出していくひとりのアーティストであるべきだと。

山崎

「ビジネスアーティスト」という肩書きの所以ですね。

中台

はい。
山崎さんの「コミュニティデザイナー」に触発されて、名づけてみました(笑)。
まだまだうまく言語化できない思いも多いのですが、
多様化する社会のニーズにあうコミュニティデザインを、
ビジネスとして提案できればと考えています。

山崎

そのなかで「モノ:ファクトリー」の位置づけは?

中台

リユースとリサイクルのあいだを埋める「場」ですね。
中間処理場じゃなくても、この機能だけ全国に展開していっても
おもしろいんじゃないかと思ってるんですが。

山崎

フランチャイズ展開! うん、おもしろそうですね!

シャンデリアのパーツ

「モノ:ファクトリー」内でマテリアルとして販売されているシャンデリアのパーツ。「それが何だったか」を考えるのもたのしいけれど、ただ「キラキラしてきれいなもの」として愛でるのもまた一興。一部はオンラインで購入も可。https://monofactory.nakadai.co.jp/store/

ワークショップで作られるアクセサリー

ナカダイ前橋支店に併設された「モノ:ファクトリー」では、マテリアルを使ったものづくりワークショップも行われる。

information

map

株式会社ナカダイ

再生資源、中間処理、廃棄物コンサルティングなどを行う会社。中間処理場である前橋支店での取扱量は1000t/月程度で、リサイクル率は95%を超える。粕川工場では、リユースを目的とした中古家具をオークションする市場、“MRC(マテリアル・リバース・センター)”を運営、その他、工場やオフィスビルの管理や廃棄物削減などのコンサルティングなども行う。2010年より、新しいモノの流れと産業を創る“リマーケティングビジネス”を展開。前橋支店内に、“発想はモノから生まれる”をコンセプトにした、「モノ:ファクトリー」を併設し、様々な“マテリアル”を発見できる「マテリアルライブラリー」、そこから生まれた商品や作品などを販売する「ストア」、ワークショップのできる「工房」を整備。工場見学やリサイクル体験プログラムなども随時受け付けている。

ナカダイ前橋支店

住所:群馬県前橋市駒形町1326

TEL:027-266-5103

Web:http://monofactory.nakadai.co.jp/

profile

SUMIYUKI NAKADAI 
中台澄之

1972年生まれ。ビジネスアーティスト/株式会社ナカダイ前橋支店支店長/モノ:ファクトリー代表。東京理科大学理学部卒業、証券会社勤務を経て、ナカダイに入社。ISO14001の認証取得や中古品オークションを行う市場の立ち上げなど、総合リサイクル業として事業を拡大。“リマーケティングビジネス”を考案し、“発想はモノから生まれる”をコンセプトに、モノ:ファクトリーを創設。使い方を創造し、捨て方をデザインするビジネスアーティストとして、さまざまな研修やイベントなどの企画、運営を行っている。

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

藤原慎一郎さん

沼津愛で、デザインを豊かに。

16年前、静岡県沼津市に店舗・住宅のデザイン事務所を立ち上げた藤原慎一郎さん。
当時24歳。大手企業や有名な建築事務所でキャリアを積んだわけではなく、
“いきなり”立ち上げた。
もちろんすぐにうまくいくわけがないと、
デザイン事務所に「ケンブリッジの森」というカフェを併設した。
このカフェに来たお客さんに、
「仕事ください」と名刺を渡すという営業スタイルだった。

このカフェは、言ってみれば藤原ワークス第1号。
この空間が好きで集まるお客さんたちは、内装やインテリアなど、
すでに藤原さんのデザイン感覚と通じるお客さんということになる。
だからこの営業スタイルは、
自分のセンスを認めてくれるひとたちが最初から集まってくるという意味で、
効率的だし、コミュニケーションがすぐに取れて面白い。
当時の沼津にカフェはほとんどなく、それだけにケンブリッジの森には、
デザインを志向するひとが集まるようになった。

打ち合わせスペースには、藤原さんが集めたアンティークの家具やインテリアがたくさん置いてある。

藤原さんが手がけた店舗・住宅プロジェクトは、
いまでは静岡県内で100物件に届こうとしている。
しかもその多くは現在進行形。
「デザインして店舗ができあがったら終わり」という
仕事の進め方ではないからだ。
多くの店舗は、仕事、もしくは関係性が継続している。
「店舗をつくるだけが仕事ではありません。
その店を流行らせることが大切です」と、DMやウェブ、ショップカードなど、
ありとあらゆるデザイン面で協力していく。
そのおかげか、静岡東部の店舗はほぼ黒字だという。

雑誌などから切り抜いたページをまとめた、その名も「スーパーデザインファイル」は何冊もある。店舗デザインの歴史がひも解ける。

藤原さんにとって、店舗デザイン後の日々のつながりが大切なので、
遠く離れた場所の仕事はできない。
インタビュー中も藤原さんのケイタイが鳴った。
この取材が終わり次第、ある店舗の看板を直しに行くという。
このフレキシブルさと、それが可能な距離感。
ほとんどが静岡県内の仕事であるというこだわりは、ここからくる。
ローカルの特性を最大限に生かしたスタイルだろう。

例えばこんな話。
ある店舗が仕上がったが、
さらにここに“いいイス”を入れたらすごく空間がしまりそうだ。
しかし若い経営者には予算が足りないだろうと考慮し、
藤原さんの持ち出しでそこにイスを設置したりする。
それはもちろん買い取ってもらうのがベストだが、“貸す”というケースもある。
最近、5年前に貸したテーブルが返ってきたらしい(!)。

事務所前のスペースは日が当たる気持ちのいい空間。

また、藤原さんがデザインした店舗同士は、彼が媒介となることで、
つながりを持ち、仲良くなる(いまでは野球チームも発足!)。
たとえそれが競合となるライバル店であっても、
小さな店舗の場合は、仕入れ先を共有できたり、アドバイスを得たりと、
利点も多く生まれる。

それらの店舗には、藤原さんが手がけた他店舗のフライヤーが置いてあるので、
それを手に、藤原作品を見て回ることも可能だ。
こんな“自主デザインツアー”のような回遊がたくさん行われれば、
静岡のデザイン性の底上げにもなるし、なにより店舗の売り上げが伸びていく。
つながりを大切にする藤原さんの人柄が生み出した
ビジネスモデルかもしれない。

藤原さんが手がけた店舗のフライヤーたち。

脱・干物を目指した『THIS IS NUMAZU』。

沼津を愛する藤原さんが地元で活動する集大成のひとつとして、
「THIS IS NUMAZU」というイベントを昨年の夏に開催した。
沼津自慢フェスタという公園でのイベントの一角に、
彼が好きな“NUMAZU”を結集させた。
ひとつはバーテンダーを一同に集めた「NUMAZU BAR」。
もうひとつは和食、フレンチ、イタリアンなどの料理人が
腕を振るった「CENTER TABLE」。
流行のB級グルメではなく、あくまでA級沼津。
高級感のあるテーブルやイス、インテリアなどにもこだわり、
“公園のお祭り”という雰囲気とは一線を画したスタイリッシュな空間であった。

開催しようとした背景には、沼津の取り上げられ方が、
何十年も変わっていないことが上げられるという。
「干物、寿司、沼津港……。もちろんそれらは素晴らしいものなのですが、
雑誌もテレビもそればかり。だから“脱干物”みたいなことをしたかった(笑)」

そしてイベント自体は大成功。しかし……、
「イベントありきでがんばるのは好きでありません。
がんばっているひとが集まれば、いいイベントになるはず。
新しいことを目指したわけでもなく、
あるものをあるがまま、自然にやっただけ。
ぼくが好きなお店を集めただけだから、内容は無理していません」
自然にあるおいしい素材を、その味が活きるように料理しただけ。
さすが漁師町の沼津人らしく、素材の活かし方を知っている。

これに付随して、同じく『THIS IS NUMAZU』という冊子も編集・制作した。
沼津の誇れる場所とひとを訪ねて、丁寧に紡いでいる。
画家、野菜のセレクトショップ、家具作家、プロダクトデザイナー、
ビール工房など、藤原さんのフィルターを通した、予定調和にはない沼津だ。

沼津ローカルがたくさん登場する『THIS IS NUMAZU』。

沼津は百貨店なども撤退し、
沼津人自身があまり誇りに思っていない現状があるという。
中途半端に東京に近く、飲食店でもファッションでも、
都会的なものを求めるときは、東京に行けてしまう。
だから、沼津の必然性が薄れていってしまうのかもしれない。
一方で、藤原さんの沼津愛はすさまじい。
「どこに行っても、沼津沼津沼津……って連呼しますよ!」と言葉を強める。
当たり前かもしれないが、自分が生まれ育った土地であり、
これからも住み続ける地域を居心地よくしたい。
そして正当に評価されたいのだ。

ガンコなオヤジたちを粘り強く応援するおつき合い。

藤原さんがやっていることは、すでにコミュニティデザインといってもいい。
しかし「それは結果論」という。
コミュニティ作りや地域起こしなんてことは意識してない。
「なんとか流行るお店にしたいと、一生懸命、店舗をデザインしてきました。
そうした点が結果的に線になっただけ。
最近、結果論っていいなと思うんです」

藤原さんは、すべての話において、謙遜しているように感じる。
「東京に出たいとは思わない」し、「ビッグになりたいとも思わない」。
現在でも社員は自分を含めて2名だし、自分の手の届く範囲で、
人間対人間というヒューマンスケールなスタンスに重きを置いているのだ。

二階の住居へと向かうお利口さんの愛犬エフ。

「まちの先輩たちを盛り上げたいという、個人的な感情もありますね。
オヤジの友だちの店を盛り上げようと思うんですが、やはりその世代はガンコ。
『おまえのいうことなんてきかねえ』と(笑)。
でもいわれるほど燃えてくるので、
粘り強くDMつくったり、チケットをつくったりして。
もちろん材料費くらいしかもらえませんが、
そういうことは大切にしていきたいんです。
会ったらいつもご馳走してくれますしね」

ここに透けて見えるのは、ご近所づき合いの延長みたいなもの。
どんな大きなバジェットの仕事になったとしても、
藤原さんのような、“親兄弟のために、友だちのために、地元のために”という
感情が大切なのではないだろうか。

最後に、月並みだが、夢をきいてみた。
「夢は叶ってしまったので、もうないんですよね。
今度は、みなさんの夢を叶える番かもしれません。
会社を設立する、お店を持つ、家を建てる。そのサポートが一番楽しい」
どこまでも謙虚。そしてどこまでも熱い。

オープンしたばかりの〈キチトナルキッチン静岡〉の店舗。写真提供:ケンブリッジの森

乾杯は日本酒で行うべし! 佐賀県が 「日本酒で乾杯を推進する条例案」

宴会などで、乾杯といえばまずビール、だったりしますが、
近頃では「最初の乾杯を日本酒/焼酎にしてください」という
条例を施行する自治体が続々登場中!

その理由は、年々減少する日本酒の消費量。
少子高齢化などの影響で、ピークだった昭和50年度に
比べると3分の1程度にまで落ち込んでいるのです。

そのため、京都市や兵庫県の三木市と加東市など
全国の8市町がこの条例を施行しており、
都道府県では先日初めて佐賀県が施行したのです。
これにあわせて地元の窯元で酒器を作るコラボも行われたりしています。
地元のお酒を楽しむ習慣がより広まるといいですね。

秋田のローカル線の一日オーナーになってみる?売上は除雪費用に

秋田県の内陸部を縦断するローカル線、秋田内陸縦貫鉄道では、
列車の一日オーナーを募集しています。

電車のフロント部分のプレート(ヘッドマーク)に
オリジナルのメッセージを入れることができるのです。

ヘッドマークは直径80センチの円形。
ここにお誕生日メッセージを載せるのも還暦のお祝いをするのも、
はたまた企業の広告を掲載するのもOK!

自分だけの内陸線を走らせることができます。
列車は角館から鷹巣まで、94.2キロを1往復。
オーナーには無料乗車券が贈られ、乗車時には車内アナウンスで紹介されるんです。

この1日列車オーナー、料金は1万円。売上は冬季の除雪経費に充てられるそうです。
お申込みは下記URLより絶賛受付中です。

~秋田内陸線支援企画~走れ内陸線いつまでも「ワンデーオーナー号」募集中!

鈴木輝隆さん

地域文化と向き合う人々と出会い、始まったこと。

著名デザイナーや建築家から「みつばち先生」と親しまれる鈴木輝隆さんは、
日本のローカルで、ネットワークをつくりだす達人。
2003年からは「ローカルデザイン研究会」を主宰するなど、
ローカルの人々とクリエイターとをつなげ、
これまで、彼らとともに美しい「ローカルデザイン」を生み出してきた。
現在は、江戸川大学で教鞭をとり、学生たちとフィールドワークを行う一方で、
自らもさまざまな地域プロジェクトのアドバイザーや委員長を務める。
そうして、これまで鈴木さんが携わったプロジェクトのひとつひとつが、
著書『ろーかるでざいんのおと』にも綴られている。
花から花へ、みつばち先生が動けば、日本の地域で実が結ぶ。

鈴木先生の研究室には、さまざまな地域での思い出の品が飾られている。窓辺に飾られた写真はローカルデザイン研究会100回目のときに撮影した原 研哉さんとの写真。撮影は、写真家の砺波周平さん。

今でこそ秘湯の代名詞として名高い秋田県の乳頭温泉「鶴の湯」は、
廃業寸前だった経営をオーナーの佐藤和志さんが資金ゼロから立て直したもの。
佐藤さんの理念に共感した鈴木さんは、
デザイナーの梅原 真さん(innovators#005)を連れて行く。
そして秘湯の趣そのままを語るような素晴らしいポスターが世に送り出された。

まちの景観を修復し、今や全国から訪問者が絶えない、長野県小布施市。
まちのランドマークとも言える小布施堂へ
鈴木さんはデザイナーの原 研哉さんを連れて行った。
そこで、生まれたのは、桝一市村酒造場の「白金」という酒の美しいボトルデザインだ。

新しくつくりだすことで、守ることができる文化がある。
優れた人材を味方につければ、
自分たちだけではなし得なかった大きな発信力となっていく。
鈴木さんは、そのような出会いをいくつも結んできた。
新しい情報が流入することが少ない辺境の土地にとって
ひとつの出会いが、とても重要な意味を持つ。

「僕は、人を通してその土地を見てきました。
“こんな面白い人がいるから、一緒に行かない?”って誘って、会いにいく。
そうすると、“僕も連れていってほしい”って人が増えていって、
自然と、何かが動き出したりします。
僕はみんながやりやすい場をつくるだけで、あとはお任せなんです」
と鈴木さんは、ただ、仲の良い友人と友人を引き合わせたように、楽しそうに話す。
そんな風に、美しいローカルデザインの立役者・鈴木さんは、
かつては地方行政に携わっていたひとり。公務員だった鈴木さんが、
全国に広がるネットワークを、どのように築いてきたのだろう。

10年間続けられたローカルデザイン研究会は、2013年1月の100回目で幕を閉じた。記念すべき最終回のゲストは、門出和紙職人の小林康生さん(写真中央でマイクを持った方)と、荻ノ島自治振興会長春日俊雄氏さん(写真左端着席)。(撮影:砺波周平)

鈴木さんは、大学を卒業後、神戸市役所に勤務するも、
山や自然が大好きだったため、もっと田舎で働きたいと考えた。
そして、縁あって山梨県庁で勤務することに。
しかし、待っていたのは、当時の地方行政が抱えるもどかしい現実だった。
「上が決めたことに対しては、別の意見を言っても、なかなか通らない。
せっかく担当になった仕事も、2〜3年で異動しちゃうでしょ。
そうすると、自分を裏切って仕事をしている気がした。
僕は、ただ、きちっとした仕事をしたかったんです」

そこで、鈴木さんは、月に2回、1年間で20〜30か所、
休みを利用して日本中の地域を見て勉強することに決めた。
今から30年以上前のことだ。
当時は、インターネットなんてものは無く、情報はすべて現地で仕入れた。
喫茶店で地元紙を読み、面白いことをやっている人がいたら、その場で電話。
「そんな風に旅をしている人がいなかったんでしょうね。皆さん快く会ってくれました(笑)」
そして、もちろん旅費は自腹。
「だから、“うちへ泊まって行けばいいよ”なんて親切な方もいました。
そこから、またいろんな人を紹介してもらったりしましたね」

そんな風にさまざまな人と知り合うことができたのも、
「観光地」と整備されてしまった場所を選ばなかったからと鈴木さんは話す。
「大学生の時に読んだ『幻影の時代』という本に、こう書かれていました。
“人はイメージの確認で、旅に出る”と。
確かに旅と言うと、証拠写真のように観光地で記念撮影をして、
満足してしまう人がいますが、それは単にイメージの確認に行っただけ。
しかし、そうやって大衆旅行時代が始まるわけですが、
大量消費の対象として、地方には新しい建物ばかり生み出されてしまった。
何でも新しければいいなんて、全然面白くないですよ。
そこにある文化を理解する。
埃がかぶって手あかがついてきたまちのほうがずっと魅力的です。
そうやって考えて、10年後には、
世界の人が驚くようなまちになると信じている人たちがいました。
そんな方々と出会ううちに、ローカルの面白さにハマってしまったんです」
県庁時代、その後の国の研究機関「総合研究開発機構」へ出向時代と合わせると、
関わってきたプロジェクトは数えきれない。
そのうち、さまざまな大学で講演をしてくれと呼ばれるうち現在の研究職に就いたという。

2012年に松屋銀座7階・デザインギャラリーで開催された「みつばち先生 鈴木輝隆展」の様子。鈴木さんがこれまでに携わった日本の10個のプロジェクトが紹介された。中央にある、シルバーのボトルが原さんデザインの「白金」のボトル。

国土交通省半島振興室のプロジェクト「半島のじかん」。鈴木さんは、コーディネーターとしてこのプロジェクトに参加。若手クリエイターを起用することで、新たな視点で半島への喚起よびかけに(AD・大黒大悟さん、写真家・白井 亮さん)。

地方を歩く一方で、鈴木さんは、さまざまな勉強会にも積極的に参加し、
才能あるデザイナーや建築家と出会い、その縁を大切にしてきた。

デザイナーの原さんと出会ったのも、
資生堂が主催する、日本の職人に関する講座に参加したときだったという。
意気投合して、鈴木さんがこれまで出会った人のもとへ原さんを連れて行く。
そして、小布施堂のように、さまざまなプロジェクトが生まれていった。
知人の紹介で会ったという建築家の隈研吾さんとも、もう15年来の仲だ。
バブル崩壊後の当時、東京に仕事がないという隈さんを連れて、
新潟県・高柳町(現柏崎市)へ。
そして、地元市民の迎賓館として、
門出和紙職人の小林康生さんが手がける、
手すき和紙を駆使した茅葺きの「陽(ひかり)の楽屋」が完成した。

「今思うと、地域を勉強したいと思いながらも
僕は、見たこともないものに出会いたい、生み出したい、
という個人的な知的欲求もあったかもしれません。
それは、そこで生まれる何かもそうだし、そこにあるものもそう。
自然農法でハーブを育てる農家さんだったり、漁師さんだったり、
他にはない、その土地の自然のなかで育まれた彼らの生き方に感動します。
それで、また会いに行ってしまうんです」

鈴木さんが尊敬する偉人のひとりが下河辺淳さん。「彼が“人生は15年以上ひとつのことをやってはいけない。節目が無くなる。人間はだらだら生きちゃいかん”って言うんで、県庁を辞めようと思ったんですよ(笑)」

鈴木さんは、土地で生きる人々を研究するように、
まちからまちへと感動を求めて津々浦々歩いた。
それらの出会いは、もちろん、本拠地・山梨にもあった。
「ギャラリートラックスの木村二郎さんもとても素晴らしい方でした」
家具作家として知られる木村さんは古材を使った家具づくりの先駆者と言われ、
亡くなった今も、木村さんの世界観に魅了される人は多い。
木村さんとのプロジェクトのひとつが、
山梨県北杜市須玉町の津金小学校大正校舎の修繕だ。
木村さんは、慣れない手つきの地元住民と一緒に、壁を塗ったり、
古材でンテリアを制作したり。素晴らしいものに仕上がるも、残念ながら、
建て替えられてしまうことになったというが、
木村さんの理念は、地元住民の心に刻まれている。
古材を活かす柔軟な発想と斬新なデザイン感覚は、地域に生命力を蘇らせ、
土地の歴史、培われてきた技術や暮らしの知恵を継承していけるのだと。
「不思議な魅力を持っている人に対して、行政はなかなか評価しづらい。
だから、僕はその人は、とても面白いよと伝える。
そういう役割も果たしていたかもしれません」

一般社団法人ハウジングコミュニティ財団の事業のひとつ「住まいとコミュニティづくり活動助成」は全国の市民の自発的な住まいづくりやまちづくり地域づくり活動を支援する。選考委員会委員長を務める鈴木さんは毎年選ばれたプロジェクトの報告書を、梅原さんにデザインをお願いし、1冊の小冊子にしている。「こんな風に素敵なかたちで自分たちのプロジェクトをまとめてもらえたら、やっぱりうれしいですよね」

成熟化してしまった社会を見直すヒントが、ローカルにはある。

現在、鈴木さんが足しげく通っている場所のひとつに、
北海道の清里町がある。もう10年以上も、通い続けているという。
イギリスのコッツウォルズにも負けないほど美しい景色が広がる、
人口4500人の小さなまちだ。
ここへ、「庭園のまちづくり構想」を進める町のアドバイザーとして、
鈴木さんは気鋭の若手デザイナー3人を連れていった。
パッケージや制服など、まちのなかのものをすべて見直しながら、
まちをまるごとデザインしていこうというのだ。
何と、面白そうなプロジェクト!
しかし、町の3人への支出は交通費だけで、デザイン料は無料。
採用するかどうかも、町が決めることになっている。
「それでも3人はやってみたいって言うんですよ。
でも、僕も何か面白いものが生まれるって思っているんです。
ここは、流行とか景気とかに左右されない、自然が美しくて、
食べ物もおいしくて。何よりここに住んでいる人がみんな素敵だからね」

第一弾として、始まったのは清里産じゃがいもでつくられる、
焼酎のパッケージデザインのリニューアル。2014年4月に完成予定だ。
地元の人との交流を通して生まれたデザイン案に対しては、
高校生、青年団、おじいちゃん、おばあちゃん、
土地のみんなが意見をかわすのだそう。
そんな何気ない小さな意見を汲み取り、コミュニケーションを重ねることで、
新しい価値が生まれていくのだと鈴木さんは言う。

「今は情報が多いでしょ。都市部は特にそうですね。
イメージを持たないで物事を見るほうが大変なくらい。
みんな知らず知らずに埋め込まれてしまったステレオタイプに従って生きている。
そうすると、いろいろな可能性を選択肢から省いているんですね。
成熟化した日本の社会は、ますますステレオタイプなものをつくっていく。
誰かが歩いた道を歩くほうが楽ですから。でも、田舎ではそうはいかないんです」
日本の地域にはそこで培われてきた歴史と風土があり、
その個性を大切に考える以上は、右へ倣えのやり方は通用しない。

「そして、そういった可能性を受け入れる柔軟な土壌もあります。
みな、可能性があるということは楽しいんですね。
新しい価値が生まれれば、両者は生き生きしてきますから」
そう断言できるのも、鈴木さんがこれまでそんな場面にいくつも立ち会ってきたから。
「だから、今、僕らの世代の役割って、さまざまなハードルを低くして、
若い人たちが参加できる場所をつくってあげることが重要だと思う。
そうすれば、みんなが考えている以上に生まれてくるものがあると思いますよ」

デザイナー3人を連れて清里町を訪れ、地元の漬け物工場も訪問。「地元住民と一緒に流氷を見に行ったりもしましたよ。まち全体に流れる空気や風を感じ取りながら、時間の蓄積や時間の包有を味方につけたら、都心では考えつかないような写真やデザインを生み出せるんじゃないかな」(撮影:清里町)

「TAKAO599 MUSEUM」は、旧東京都高尾自然博物館での展示物をベースに高尾山の新たな魅力と活力を創出する場としてつくられる、体験型のミュージアム。鈴木さんはこのプロジェクトの総括座長を務め、ADの大黒大悟さん(日本デザインセンター)と共に写真の報告提案書をまとめた。平成27年に運営開始予定で、完成が待ち遠しい。

Profile

TERUTAKA SUZUKI
鈴木輝隆

1949年愛知県名古屋市生まれ。神戸市役所、山梨県庁、総合研究開発機構を経て、現在は江戸川大学社会学部現代社会学科教授。地域の自立には歴史や伝統を軸に、美意識のある「ローカルデザイン」が必要と考え、「ローカルデザイン研究会」(現在第100回)を主宰している。2012年8月、約1か月、「みつばち先生鈴木輝隆展」(松屋銀座・日本デザインコミティーの主催)が開催された。著書には、『ろーかるでざいんのおと(田舎意匠帳)』(単著)全国林業改良普及協会、『気づきの現代社会学』(共著)梓出版など多数。2013年、『みつばち先生-ローカルデザインと人のつながり(仮)』原研哉編・羽鳥書店より出版予定、『地域開発』(一般財団法人日本地域開発センター)(11月号)で、特集『ローカルデザインとは何か』を企画編集している。
http://www.edogawa-u.ac.jp/~tsuzuki/
【参考】
※ローカルデザイン研究会 http://www.tsugane.jp/bunka/event/ld.html
※鶴の湯 http://www.tsurunoyu.com
※桝一市村酒造場 http://www.masuichi.com
※半島のじかん http://hanto.jp
※津金学校 http://tsugane.jp/meiji/

前橋 Part3 捨てるって、どういうことだろう?

山崎亮 ローカルデザインスタディ
前橋編・目次

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今回、山崎さんが注目したのは、産業廃棄物にあたらしい命を吹き込む
「モノ:ファクトリー」を展開している株式会社ナカダイ。
1日約50トンも運び込まれる廃棄物を「素材」さらに、「ソーシャルマテリアル」
と言い換えてみれば、リサイクルのあたらしい方法だけでなく、
これからのわたしたちの生き方までもが見えてきそうです。
そんな “リマーケティングビジネス” の仕掛人とも言える、中台澄之さんを訪ねました。

その場所に身をおいてみてはじめてわかること。

山崎

廃棄工場に来るというので、素人考えでなんとなく、
ある「ニオイ」のようなものを覚悟していたのですが……
ここはむしろ、工場全体がいい香りに包まれてますよね。

中台

いい香りでしょ? みなさんがよく知っている高級シャンプーの香りです(笑)。

山崎

シャンプー??

中台

うちで仕分けするのに大きさがちょうどいいから重宝している
四角いコンテナみたいなの、これ自体が廃棄物なんですよ。
シャンプーのタンク。海外のメーカーからこのタンク単位でやってきて、
本来は日本でボトルなどのパッケージに詰められて
商品として世に送り出されるはずだったものが、
しばらく倉庫に眠ったまま開封されることなく
何らかの理由で廃棄されて、うちに来るわけです。

山崎

在庫として抱えて高い倉庫代を支払うよりも、
廃棄したほうが安くつく、そういうパターンですね。
出版社の書籍なんかも、ある程度年数が経つと
そうやって廃棄処分されるって聞いたことがあります。

中台

ここへ来なくちゃわからないことってあるんです。ニオイも音も。
身を置いてみなくちゃわからない、「知らない環境」だから。
北海道の雪山や、沖縄の海と同じ。

山崎

ぼくもいま、それをまさに実感してます。

中台

何かをつくる工場、ものづくりの現場、つまり動脈側は
みなさんどこかで見たことがあると思うんです。
一方で静脈側はというと、一元的、効率的に処理をする
公共の巨大廃棄処理場くらいしか見ない。
だけど、きわめて一元的、合理的だから
「ああ、こうなってるんだ」「すごいね」で終わってしまう。
果たして、それでいいのかなって。

山崎

うーん……。

中台

でも、ここでは、「捨てるって、なんですか?」って問いかけたいんです。
それってどういうことだろう、って。

コンテナ代わりに使っている四角い容器

いい香りの原因は、コンテナ代わりに使っているこの四角い容器にあり。

ゴミは、格好のコミュニケーションツール!

山崎

ゴミ箱に捨てた=「捨てた」ことになるのか? って。
たしかに、ここに来たら「そうじゃない」ってことを改めて考えてみたくなります。

中台

うちで中間処理場としてやってる「分別」や「解体」「処理」って、
そう表現するとなんだか小難しいですが、蛍光灯を割りまくる! とか、
セラミックを壁に叩き付ける! とか、そんな作業なんです。
僕らがやれば一瞬で終わってしまいますが、
これを見学・体験に来た方にやってもらう。

山崎

ほかでやったら絶対怒られる類いのことばっかりだ(笑)。

中台

OLさんなんかは、ストレス発散になるって喜んでたりする(笑)。

山崎

たしかに!

中台

感じることは、なんだっていいんです。
でも、「壊す」行為を通して、廃棄物の山の間に身を置いて、
なにかを感じて、学び取ってほしいと思うんです。
そうすると、僕たちが何も言わなくても
「どうしてこんなにゴミが出たのか」
「これを使ってなにができるか」……
参加者の間から、自然とコミュニケーションが生まれる。

山崎

なるほど!

中台

捨てる側の企業とうちの関係もまた同じ。
ゴミを出すことをネガティブにとらえて、隠して燃やしちゃうより、
「こんなに出ちゃったゴミ」について一緒に考える
コミュニケーションを大事にしたい。

山崎

ゴミが、自然なコミュニケーションを生む環境をつくってくれるんですね。
興味深いなあ。

中台

あらかじめ正解の用意されていないことを考える。
これって、「冷蔵庫の残り物でなにを作るか」に似ていると思うんです。
誰かから見たら一貫性のない「残りもの」でしかないけれど、
ほかの誰かに託してみると、その素材がメチャクチャ旨い料理になる。
たしかに見た目は少々悪いかもしれないけれど、
オリジナリティがあって、ちゃんとおいしい。
そのクオリティの高さと、あらかじめ「何を何グラム」と
きっちり用意して作ることと、どっちがいいなんて、
いちがいに言えない時代なんじゃないかなって。

山崎

ブリコラージュが器用仕事って訳されるけど、
あれって「ありあわせ」ってことなのかもしれない。
そういった、ありあわせ料理的な感性が、
これまで日本の教育では大切にされてこなかったのかもしれませんね。

中台

そう感じています。
規格の素材を与えられて上手に作るということはやってきたけれど、
そこにまず環境がバーンとあってそれに対応するという応用力は
教育されてこなかった。
今回の東日本大震災でも、そのことを痛感せざるを得ません。

山崎

ぼくたちがやっているコミュニティデザインも、完全に「ありあわせ」でしかない。
毎回、現地へ入って、まず冷蔵庫を開けてみないと始まらない。
あらかじめ完成形を描いて一流の専門家をずらりと集めて
やるわけじゃないですからね。

中台

まったくおなじですね。

山崎

島にいる漁師さん、農家のおばあちゃん、廃屋……さてこれで何ができる? 
さらに、素材のよさを最大限に引き出すにはどうしたらいい? 
という順序で考えていくわけですから。
いや、ひとを人参や卵に例えるのは、大変失礼なんですけれどもね(笑)。

(……to be continued!)

基盤の廃棄物

生産や流通の過程で、さまざまな事情があって大量に廃棄されるモノたち。溶かしてリサイクルする以外に、なにか方法はないか?と考える。

工場で働く社員には、若い女性の姿も多い

工場で働く社員には、若い女性の姿も多い。ユンボや重機の操作もお手のもの。

蛍光灯は、専用の機械に差し込むようにして粉砕

蛍光灯は、専用の機械に差し込むようにして粉砕する。この作業も工場ツアーで体験させている。「壊す体験って、滅多にないでしょう。そこからなにかを感じてもらえたら」とナカダイさん。

information

map

株式会社ナカダイ

再生資源、中間処理、廃棄物コンサルティングなどを行う会社。中間処理場である前橋支店での取扱量は1000t/月程度で、リサイクル率は95%を超える。粕川工場では、リユースを目的とした中古家具をオークションする市場、“MRC(マテリアル・リバース・センター)”を運営、その他、工場やオフィスビルの管理や廃棄物削減などのコンサルティングなども行う。2010年より、新しいモノの流れと産業を創る“リマーケティングビジネス”を展開。前橋支店内に、“発想はモノから生まれる”をコンセプトにした、「モノ:ファクトリー」を併設し、様々な“マテリアル”を発見できる「マテリアルライブラリー」、そこから生まれた商品や作品などを販売する「ストア」、ワークショップのできる「工房」を整備。工場見学やリサイクル体験プログラムなども随時受け付けている。

ナカダイ前橋支店

住所:群馬県前橋市駒形町1326

TEL:027-266-5103

Web:http://monofactory.nakadai.co.jp/

profile

SUMIYUKI NAKADAI 
中台澄之

1972年生まれ。ビジネスアーティスト/株式会社ナカダイ前橋支店支店長/モノ:ファクトリー代表。東京理科大学理学部卒業、証券会社勤務を経て、ナカダイに入社。ISO14001の認証取得や中古品オークションを行う市場の立ち上げなど、総合リサイクル業として事業を拡大。“リマーケティングビジネス”を考案し、“発想はモノから生まれる”をコンセプトに、モノ:ファクトリーを創設。使い方を創造し、捨て方をデザインするビジネスアーティストとして、さまざまな研修やイベントなどの企画、運営を行っている。

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。