フリーペーパー〈三浦編集長〉 石見銀山の里、 島根県大田市大森町のローカル ニュースを楽しく発信中!

島根県大田市大森町で、
ちょっと変わった名前のフリーペーパー〈三浦編集長〉が
発行されています。
これは、オリジナルの洋服の製造販売をてがける
大森町の会社〈石見銀山生活文化研究所〉が運営する
〈群言堂〉が発行する広報誌。
その名の通り、編集長は研究所で広報をつとめる三浦類さん。

三浦類さん

〈三浦編集長〉は、三浦さんの独断と偏見?!によって
選りすぐられた、大森町に住む方々や、
自然に囲まれた暮らしのことを中心に、
地域情報をていねいに発信中。
なんといってもこのフリーペーパー、
三浦さんが一人で執筆、写真撮影、編集までを手がけているのがスゴイ!
年に4回発行、一万部づつ発行しており、
配布は全国の群言堂店舗を中心に行っています。

大田市といえば、〈石見銀山〉がある、
町並みも含めての世界遺産となっているところ。
大森町はいま人口400人あまりのちいさなまちです。
〈三浦編集長〉の使命は、
「大森町での楽しい暮らしを発信すること」。
〈三浦編集長〉を立ち上げた、
研究所の松場大吉会長が決めた使命です。
会社の広報誌だけど、会社の宣伝はしていません。
大森に暮らす人や、大森を出た人など、
まちにまつわる等身大の情報が掲載されているのが
なんとも楽しいんです。

古い邸宅を複合施設に再生。 昭和建築を活用できた理由は? ASTER vol.2

ASTER vol.2

みなさまこんにちは。ASTERの中川です。
今回はvol.1でご紹介しました僕らの店“9GS”がある
熊本市九品寺エリアに新しく誕生したコンバージョン複合施設の紹介をしたいと思います。
僕自身、この場所ができたことでまちへの想いと期待が高ぶりました。そんな場所です。

九品寺というまちは僕の地元。
小さい頃から学校の帰り道に毎日“ケイドロ”という遊びをしていた場所。
どうでもいいですが、ケイドロというのは警察と泥棒に分かれてやる鬼ごっこのことです(笑)。
最初に教室、次に校庭、そしてまちへと範囲がどんどん広がり、
僕らにとって、小さい頃から家と学校の間にあった
この九品寺のまち全体がケイドロの遊び場でした。
中心市街地にも歩いて行ける立地で熊本でも人気のあるまち。
でもラブホテル街もあるし教会もあるし公園もたくさんある。
カオスなエリア。

そんなエリアに昔から誰もが知る大きな邸宅がありました。
川沿いで角地という立地抜群で存在感のあるその邸宅は
最近ではずっと空き家になっていました。

この邸宅が現在では熊本でも話題の複合商業施設に生まれ変わり、
連日大勢の人が訪れるようになりました。

どういった経緯でそうなったのか。

まずはこの複合施設の紹介をしたいと思います。
名称は〈RIVER PORT9(リバーポートナイン、以下リバーポート9)〉

九品寺にある川沿いの船着き場という意味です。
築50年のRC造3階建ての邸宅をコンバージョンし、
レストラン、カフェ、アパレルショップ、ブライダルショップ、アンティーク家具店、
バーなどさまざまなショップが入る複合商業施設として、
2014年にオープンしました。
僕もオープンまでにアドバイザーのひとりとして参加させてもらったり、
リバーポートナイン9に入っているお店のひとつをASTERが手がけています。

この複合施設を企画からリーシングまで
トータルでプロデュースしたひとりの不動産屋さんがいます。
(株)トラスト・アンド・フィーリングス代表の久保貴資さん。
久保さんは熊本で不動産の売買や賃貸管理事業を行いながら、
複合ビルブランディングなどの商業施設の企画と運営をされています。
また、古い建物のコンバージョンやリノベーションの企画もされている、
感度の高い不動産屋です。

トラスト・アンド・フィーリングスの久保さん。

はじめ、この邸宅のオーナーさんは長く空き家になっている状態をどうにかしたいと、
いろいろな不動産屋へ相談されたそうです。
でも軒並み来る提案はどれも建物を壊して新築賃貸マンションか駐車場への提案ばかり。
そんななか、久保さんが出した提案は建物の歴史と素材価値をなるべく残し、
このロケーションをみんなで共有できる複合施設へのコンバージョン案。
もともとが母屋であり、
なるべくなら建物を残したいというオーナーさんの強い想いと一致し、
この建物の再生を請負うことになったそうです。

建物から見た風景。熊本市の中心を流れる白川が目の前に。橋の向こうは中心市街地。

しかしプロジェクトを進めていくにあたり、いろいろな問題がでてきます。
そもそもこの九品寺エリア、商業エリアとしては微妙な場所でした。
住宅のほかに、近くにラブホテル街もあり、近隣に駐車場も少ない。
そして熊本市中心市街地から川を渡り
10分か15分ほど歩かないといけない微妙な距離。
なかなか歩く習慣が少ない熊本の人にとって
中心市街地からわざわざ川を渡って
九品寺エリアに買い物に来るなどあまり考えられませんでした。

でも建物の重厚なつくりや
窓から見える川の景色などこの建物のポテンシャルに魅力を感じた久保さんは
この場所でしかできないことを考えていきました。

まず、複合型の商業施設という形態をとること。
大きな1店舗にするのではなく、複数の個性あるお店が混在することで
集客の相乗効果を生み出そうと考えたそうです。
そして時間軸も考え、せっかく来てもらうのであれば
施設に3〜4時間は楽しんで滞在してもらえるような動線イメージで
テナント構成を企画しました。

そこで知り合いの飲食店や物販店などに声をかけ候補のお店を集めることに。
当初順調にテナント候補は集まっていきましたが、
ひとつのテナントがNGになると、
決まっていたほかのテナントもすべてNGになってしまったそうです。

話は振り出しに戻ってしまいました。

勝手に作る商店街サンド: 今回の舞台は和歌山県・高野山!

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる、一石二鳥の企画なのだ。

真言密教の聖地、高野山で作る!

今回の舞台は、和歌山県の北東に位置する高野山。
1200年前に弘法大師・空海が切り開いた聖地であり、多くの寺が密集している。

高野山といえば、まず浮かぶのは険しい山々。
そして、お坊さんたちが日々厳しい修行をしている、というイメージだ。
そんなところでサンドイッチ作りをやりに行くわけだけど……
商店街どころか、食材屋さんが並んでいる気がしない。
しかし高野山に行ったことがある知人の「余裕でできる」という言葉を信じ
向かってみることにした。

高野山へは、大阪のなんば駅から南海電鉄で約90分。最後はケーブルカーで一気に山を上る。

大阪から、南海電鉄の電車とケーブルカーを使い山の中を駆けあがった。
季節は10月の頭。
標高867メートルにある高野山駅につくと
気温がグッと下がったのを感じた。

ケーブルカーの終着地、高野山駅。意外と新しくてきれい。ここからバスで移動。

高野山駅前には特になにもなく、ただまちへ向かうバス停があるのみ。
少しうねりのある道を通り、まちの一番端っこ< 大門>まで向かった。

高野山の玄関口、〈大門〉に到着。出村谷 依代(でむらたに いよ)さんと一緒に食材探し。

今回ご縁があってサンド作りにつきあってくれたのは、
南海電鉄の出村谷さん。
日々、高野山にあるお店やお寺を周っては、
まちのいいところを外部に発信しているそう。
そんな彼女から、知人と違う情報が入ってきた。
「和菓子屋さんは多いですけど、食材あったかなあ」と自信なさげなのだ。
やっぱりないのか!? 私の不安も高野山レベルに高まってきた。

車がけっこう通る。山奥を想像していた自分が恥ずかしい。

高野山は幼稚園から大学まである“まち”だった

少し歩いてみてまず驚いたのは、土地が平坦であったことだ。
険しい山奥をイメージしていたので坂が多いと勝手に思っていたのだ。
綺麗に舗装された道を出村谷さんと進む。

高野山はお寺のイメージが強いけど、
聞けば病院も図書館も、幼稚園から大学までもある立派な“まち”だそうだ。
かと言って、同じくお寺が多く並ぶ京都とも雰囲気が違う。
宗教色がより濃く、
おみやげ屋さんは多いもののそこまで観光地化はされていない。
“静かで厳かな雰囲気”を味わえるのが、高野山の魅力なのだそうだ。

高野山の中心地には117のお寺が密集している。迫力がすごい。

< 根本大塔>の立体曼荼羅。圧倒されます。

開創してちょうど1200年とあって、
今年(2015年)はそれはもう多くの人が訪れたそう。
その中には外国人、特に西洋人が多いらしい。
大阪から約90分で行ける“天空の宗教都市”は、
神秘的でとても魅力を感じるのだろう。

外国人の訪問がすごく多い。背筋をのばし瞑想している外国人もいた。

もちろんお坊さんもよく見かける。

どでかい卒塔婆< 善の綱>。本堂にあるお大師さまの像とつながっていて、握手しているのと同じ意味があるそう。商店街サンドが成功するよう祈願。

そして我々がまず注目したのは、なぜかガソリンスタンドである。

黄金町の狭小長屋をアトリエに再生。 〈旧劇場〉の日常と、 まちとのつながり。 IVolli architecture vol.2

IVolli architecture vol.2

アイボリィアーキテクチュアの原崎です。
前回のvol.1は、僕らの事務所のあるシェアスタジオ〈旧劇場〉が
どういった経緯で生まれたのかを主にお話しました。
今回はこの旧劇場での日常と、ここから展開している活動をお伝えします。

劇場内での連携した働き方

旧劇場のメンバーは、
みな個人でそれぞれの職能でそれぞれの仕事をしています。
建築事務所は2チームですが、
木工職人、現代美術家、写真家、フリーライター、アーティストとばらばら。
ふつうは、そんなメンバーが同じ空間で働くことはなかなか想像できないと思います。
ただ、以前いたシェアスタジオの頃から、
お互いがそれぞれの技術や知識、経験などを
部分共有することができるということは少し経験していました。
それは本や道具を貸し借りするというちょっとしたことから、
共同プロジェクトを立ち上げるということまで、共有の度合いはさまざまです。
例えば、ある物件を僕らが設計して、
職人が施工して、写真家が撮影して、ライターがリリースに合わせて記事を書く、
といったリレー形式になることもあります。
そんなことをしていると、
この不思議な共同体に興味を持ってくれた近隣の方々が
少しずつ声をかけてくれるようになりました。

旧劇場の打ち合わせスペース。

まず声をかけてくれたのが、通りの向かいにお住まいのみなさん。
お話をうかがうと、ここがストリップ劇場になる前からいらっしゃるそうで、
「劇場が閉まって、次は一体どうなるのかと思っていたら、
若い人たちがたくさん来てくれてよかった」
「夜は周りが暗くて怖かったけど、
顔のわかる人たちが遅くまで近くにいてくれると安心する」
と、うれしい言葉をもらっています。
それどころか、ことあるごとに食べ物の差し入れなどをいただいてしまっています。
恐縮です……。

町内から話はすぐ伝わるようで、その後に知り合ったのが、
すぐ隣のまちなかにある伊勢佐木町商店街で、
明治に創業したお茶屋〈川本屋〉の川井喜和さん。
まちに若い担い手の少なくなった状況を変えるために、
商店街近隣を中心に行う屋台市〈ザキ祭り〉を企画・実行するなどとてもパワフルな方で、
僕らと同年代ということもあり、意気投合するのに時間はかかりませんでした。
その流れで、川本屋の上階にある住戸の部分改修も手がけさせていただくことになりました。
ただ、これはアイボリィが請けたのではなく、旧劇場として請けていて、
今回は設計施工をぼくらと大工の〈LIU KOBO〉劉 功眞くんと協働しました。

伊勢佐木町商店街にあるお茶屋さんの川本屋。

まちの人との関係はこれにとどまりません。

複数の古民家を ひとつのホテルに再生。 城下町篠山の歴史をつなぐ 新しいかたちとは。 一般社団法人ノオトvol.7

一般社団法人ノオト vol.7

ノオトがこの連載を始めて7回目になります。ついに順番が回ってきてしまいました。
一般社団法人ノオト理事の伊藤と申します。
当初の予定では、出番はまだ先のはずだったのですが、繰り上げ登板することになりました。

今回は、2015年10月にオープンした
〈篠山城下町ホテルNIPPONIA(ニッポニア)〉のリノベーションの経緯や、
ホテルの詳細についてご紹介、ということなのですが、
ノオトって何する人たち?という方や、
初めましての方は、ぜひバックナンバーをご覧ください。

vol.1 古民家から考える地域の未来

vol.2 集落丸山が教えてくれたこと

vol.3 再生された元酒蔵で生まれた、たくさんの縁

vol.4 歴史ある銀行建築の再生から始まった、新しい地域づくり

vol.5 投資ファンドで実現する古民家再生の未来(その1)

vol.6 投資ファンドで実現する 古民家再生の未来(その2)

この原稿を書いている段階では、
vol.5、vol.1、vol.6の順番でFacebookいいね!数が多いですね。
やはり、みなさん気になる資金面の話を、よく読んでいただいているようです。

さて、本題です。篠山城下町ホテルNIPPONIAは、vol.6でも紹介されたとおり、
篠山城を含む城下町全体を「ひとつのホテル」に見立てるという構想のもと、
江戸時代から明治時代に建てられた空き家4棟を改修し、11室の客室としたホテル事業です。

時間を重ねた歴史ある建物の中に生まれた客室、
丹波篠山をはじめとした、地域の豊かな食材をふんだんに使った創作フレンチ、
既存の歴史施設・飲食店・店舗などと連携した歴史的城下町のまち歩きアクティビティなど、
「歴史あるまちに、とけこむように泊まる」をコンセプトとした、
地域の暮らし文化を体験する、新しいスタイルの宿泊施設となっています。

篠山城下町ホテルNIPPONIAのONAE棟にあるフロント。カウンターは古家具をリメイクしたもの。

ホテルのメインの建物となっているONAE(オナエ)棟は、
明治期の建築で、元銀行経営者の住居でした。
古地図によると西の城門正面に位置し、城門がなくなった現在では、
篠山城跡方面から西向きに伸びている道路の突き当りに位置しており、
西町というエリアのシンボルになっている建物です。
建物自体も篠山城下町の町家の特徴を色濃く残しており、
まち並み景観として大きく貢献していると評価され、
篠山市景観重要建造物の指定を受けています。
そのONAE棟を中心に、リノベーションの経緯をご紹介したいと思います。

ONAE棟外観。

古い建物を残すことの価値

私が初めてこの城下町ホテル構想を代表の金野、理事の藤原から聞いたのは、
2013年の8月頃でした。
恥ずかしながら、そのときは「あぁおもしろい発想だなぁ」という程度にしか理解しておらず、
よもやこんなに早く実現するとは思ってもいませんでした。
構想からは実に5年がかりのプロジェクトですが、プロジェクトが大きく動き始めたのは
2014年に入ってからで、この頃に第1弾としてオープンする物件候補が絞られていきました。

現在ONAE棟となっている古民家には、
当時90歳のおじいちゃんがお住まいでしたが、
ひとりで住むには広すぎるため、売り物件として、
通常の物件と同じように不動産情報が公開されていました。
しかし、その情報を見て訪れるのは、既存の建物は潰してしまって、
新しく集合住宅などを建てようとする人ばかりだったそうです。
そこへ、
「今の建物にこそ価値があるので、再生をして活用していきたい」と、
提案にうかがったところ、大変喜んでくださったことから、
NIPPONIAプロジェクトの第1弾物件候補となりました。

ONAE棟と同じ通りに面して北側に位置するSAWASIRO棟、
篠山城を挟んで反対側の河原町通りに位置するNOZI棟は、
それぞれの所有者の方が、建物自体を大切に思い残されていたのですが、
何かまちのために使われるのであれば、貸したり、売ったり……ということも
検討したいと前々からご相談をいただいておりました。
そこで、NIPPONIAプロジェクトにて、宿泊棟として活用しようということになりました。

NOZI棟と同じく河原町にあるSION棟は、
もともと、とある企業保養施設として運用されていましたが、
篠山城下町ホテル構想にご賛同いただいたことで、第1弾物件に加わりました。

こうして、第1弾物件の4棟が出揃いました。

改修前のONAE棟外観。

醤油発祥の地の一つ、 和歌山県湯浅町。 醤油の伝統技術を再デザインし、 イナゴを使った発酵調味料を開発!

醤油発祥の地の一つ、和歌山県湯浅町。
ここ活動する地域活性化支援団体〈いなか伝承社〉が、
驚きの調味料〈昆虫発酵調味料イナゴソース〉を開発!
本物のイナゴをベースに発酵させた調味料です。
醤油麹を使って醸造したものと、米麹を使って醸造したものの
2種類1本ずつのセットで、お値段は5,400円。
虫の身体は入ってません!
湯浅町で100年以上営業している醤油醸造元〈湯浅醤油〉の
技術協力のもと、イナゴのエキスを、米麹や醤油麹を使った
伝統的な製法で6か月間かけてじっくり醸造したもの。
既存の商品には無い味なんですが、
これが意外にも美味で、和歌山・大阪・東京の
試飲会や試食会でも好評。
和の鉄人、道場六三郎さんも試飲をして「美味しい」と言ったそう。

昆虫発酵調味料10種セット。(限定10セットのみ)16,000円(税込)

それにしても、なぜイナゴなんでしょうか、、、?
それは湯浅町に昔ながらの醤油の技術がまだ残っていることを
地域資源と捉え、そこにいなかのイメージがあり、
地元の未利用資源の昆虫(今回はイナゴ)を組み合わせて作ったという理由から。
実はイナゴは無農薬の場所にしか生育しないので、
田舎でも非常に数が減少しています。
イナゴ採取による耕作放棄地活用や、
無農薬栽培・有機栽培農家によって手間ひまかけて
作られている田んぼのイナゴを買い取って、
農業支援する仕組みも作っていきたいという狙いも。
全国の方に向かって、チャレンジャーな醤油醸造元が田舎にあって、
面白い活動ができる地域だということを紹介してきたい思いがあるのだそう。

昨年から半年間、試作品作りに取り組んだ〈イナゴソース〉。
今後は本格的に市場で販売し、
幅広く味わっていただける商品を目指しています。
さらに、イナゴがいる土地の豊かな地域や自然について、
子供たちに知ってもらえるようなイベントを開催したい意欲もあるそうです。

〈昆虫発酵調味料イナゴソース〉

間伐材を有効利用する アトラクションも! 福井県池田町 に日本最大の冒険の森 「Tree Picnic Adventure IKEDA」 2016年春オープン!!

2016年春、福井県池田町に「Tree Picnic Adventure IKEDA」が
オープンします。
これは、池田町の山林に出現する日本最大の冒険の森!
登場するアトラクションは、山の尾根を滑走する〈メガジップライン〉や
森のジャングルジム〈アドベンチャーパーク〉など、遊びごたえたっぷりです。

池田町は町土の約92%が森林で、足羽杉の産地として知られ、
下池田地区には樹齢100年を超える杉の美林があります。
かつては林業の町として栄えていましたが、国内の林業は衰退の一途をたどり、
池田町においても森林資源の利用が減少していました。
そこで、森の再生と伐採した間伐材の利用をする「木望のまち プロジェクト」を推進。
まちの活性化とともに、子供たちが森や木々に触れあいながら遊び、
学ぶことができる木育施策を行っています。
このような状況の中で木や森の新たな価値を創造しようと
創りあげるのが、この冒険の森というわけです。

〈Tree Picnic Adventure IKEDA〉

〈メガジップライン〉

こちらがメインアトラクションの〈メガジップライン〉。
山の尾根(標高339m)からスタートし、
2つの谷を越えて往路480m・復路510mを滑走します。
この距離は日本最長!
さらに高さも20階建てのビルに相当する、地上高60m。
鳥の視点で志津原の森の上空から壮大さや美しさを見渡せます。
お一人でなく、友人やカップルで同時に飛ぶことができるのも楽しい!

〈アドベンチャーパーク〉

そしてこちらは樹上に広がる森のジャングルジム、
〈アドベンチャーパーク〉。
コースは、
樹上の38エレメントに挑戦するディスカバリーコース、
のんびりツリーハウスでくつろぐピクニックコース、
幼児向けのキッズコース、
木のクライミングを楽しむツリークライムコース
の4つ。
その他にも、ゆったりと森の時間を楽しめるアウトドアエリアを完備。
コテージ(8棟)、バーベキューハウス、キャンプ場、
散策道やテラスカフェなど充実です。

ピクニックコース(ツリーハウスや樹上ハンモックでゆっくり寛ぐコース)

音楽も地域も生活も、 “ものの見方”を変えたなら。 豊嶋秀樹 後編

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アーティストの違う側面が見られるイベント

〈gm projects〉の豊嶋秀樹さんは、多くの地方で、
さまざまなワークショップやイベントを開催している。
なかでも豊嶋さんらしいところは、
これまでのアート活動の人脈で培ったアーティストやクリエイターが
ふんだんに登場することだ。

「アーティストやクリエイターって、専門の職能だけではなく、
違うことをやったとしてもおもしろい人が多いんです。
だから、いろいろな役割で関わってもらうようにしています」

だから、できあがるものはアート作品でも展覧会でもなく、
音楽イベントであったり、ワークショップの集まった学校形式だったりする。

今回参加させてもらったワークショップで、開催前の挨拶をする豊嶋秀樹さん(左)とミュージシャンの坂口修一郎さん(右)。

例えば〈岩木遠足〉。
青森の岩木山麓で育まれた風土や文化を体験する遠足型のイベントで、
2009年から13年にかけて行われた。ねぷた製作の現場やこけしの工人、
縄文遺跡などを訪れ、マタギ体験も行った。
それらの場所にはバスで向かうのだが、
そのバスガイドがクリエイターやアーティストだったりする。
バスガイド役とはいえ、話す内容は自分のこと。
この移動がレクチャーの時間になっているのだ。
最近ではこのイベントをまとめた
『岩木遠足 人と生活をめぐる、26人のストーリー』(青幻舎)を
上梓したばかりでもある。

例えば〈津金一日学校〉。
山梨県北杜市で開催されたイベントで、
今は使われなくなってしまった木造校舎に1日だけの登校日をつくった。

「僕は教育者ではないので、普通に子どもたちに教えることはできないし、意味がない。
自分の小学生時代を振り返ってみると、授業の内容よりもむしろ、
おもしろい先生がいたという記憶が鮮明に残っているんです。
だから“おもしろい大人”に会える場所にしようと考えました。
そこで子どもたち30人の先生役として、
いろいろな意味でクリエイティブな人たちを招くことにしました」

参加したのは鉄割アルバトロスケットの戌井昭人さん、
珍しいキノコ舞踊団の伊藤千枝さん、サバイバル登山家の服部文祥さん、
音楽家のトウヤマタケオさんなど、多様な面々。
この日は授業参観日という設定にした。だから子どもたちを対象にしながらも、
後ろで大人たちも熱心に聴いているという入れ子構造だ。

「アーティストは作品で見せるのではなく、
先生として子どもたちにわかりやすく話さないといけません。
すると大人たちにも伝わりやすいのです」

参加した音楽ワークショップの会場となった〈森をひらくこと、T.O.D.A.〉。

例えば〈陸前高田ミーティング(つくる編)〉。
現地で何かをつくっている人を訪ねて回る、2泊3日の合宿スタイル。
仮設住宅で手芸を教えていたら自然とでき上がったコミュニティや、
英語で震災体験を綴っている人など、アーティストではなく普通の人を訪れた。

「震災ですべてを失いながらも、
何かをつくることで日々の自分自身をつなぎとめている人たちと直に出会うことが、
重要ではないかと思いました」

陸前高田ではかさ上げ工事を行っているが、
「盛り土を山から直接、長いベルトコンベアのようなもので運んできている」
というような壮絶な仕事。それも風景を“つくる”のひとつであり、みんなで見学した。

「手芸も別に発表することはなくて、ただつくっているだけ。
つくっているという行為と、つくっている時間に意味があるんです。
このように、つくることで生かされているという現状もあります。
つくることは、原始的なモチベーションに作用するんですね。
自分たちの“生きるをつくっている人たち”から、
“つくる”とは何か? ということを感じました」

富山県の日本酒を スマホアプリで検索。 102銘柄、約160種類をグラフで 紹介する〈一期一酒〉

いま、地域の観光資源として注目度の高まる”日本酒”。
全国にある蔵元は実に約1,500蔵。
その銘柄数は五千から一万にも及ぶと言われています。
それだけに、「どのお酒を選んでいいのかわからない」
「おいしいお酒を選べない」という理由から、
日本酒が敬遠されてしまうことも。
そんな日本酒ビギナーが日本酒を楽しむための
スマホアプリ、〈一期一酒(いちごいっしゅ)〉が
リリースされました。
これは、富山県内の15酒蔵がつくる日本酒を紹介するアプリ。
北陸地方で30年以上の実績を持つ出版社と、
富山県酒造協同組合が連携し作られました。

〈一期一酒(いちごいっしゅ)〉の特徴は、
日本酒を直感的に選ぶ仕掛けをしていること。
県内の各酒造から提供された膨大な日本酒銘柄データを
もとに開発した〈香味グラフ〉によって、
自分の好みの日本酒をシンプルかつ直感的に検索したり、
見た目から直感的に選ぶために〈画像検索〉をしたり。
日本酒ビギナーと日本酒が、セレンディピティ(=偶然の幸運)
によって、良き“一期一会”が出来ることを目的に作られているそう。
これから全国でもこうした取り組みが増えそうですね。

〈一期一酒(いちごいっしゅ)とやま〉

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iPhone/iPad版

目線を変えることで 新しい働き方が生まれる。 豊嶋秀樹 前編

ゆるく連携した働き方

豊嶋秀樹さんは、〈岩木遠足〉や〈津金一日学校〉などの地域イベントを手がけてきた。
地域に人を集めて催しをすることは、今や珍しいことではないが、
豊嶋さんが手がけるイベントは、都会的なエッセンスがありながらも、
カタヒジはっていないような、なんだか独特の心地よい空気に包まれている。
その秘密を探るべく、まずはこれまでの略歴をうかがった。

「アーティスト志望で、アメリカの美術系大学に通いました。
当時から、製作していたものは絵画や彫刻というよりも、
インスタレーションやパフォーマンスアート。
状況自体を作品化したいという気持ちでした」

卒業後、日本に帰国。
大阪で、クリエティブユニット〈graf〉を立ち上げる前のメンバーたちと出会う。

「grafの初期メンバーたちは、デザイナーとか家具職人とかいろいろいました。
当時の僕は頭でっかちで、“アートが一番”と思っていました。
でも、みんなは生活にダイレクトに使える実用的なものをつくっているのに対して、
アートは使えないなと(笑)。
メンバー自身の嗜好を見ても、デザイン的なものだけでなく、
音楽も、食も、ファッションも好き。それって生活ですよね。
そういった出会いから、みんなで一緒に何かつくってみようと、grafが発足したんです」

福岡に移住したが、全国を飛び回っているという豊嶋秀樹さん。

豊嶋さんは、そのgrafから派生したgmというセクションを担当し、
展覧会を開催するなどアート的な活動に従事していく。
その部署を独立させるかたちで、現在の〈gm projects〉になった。
grafは同じ職種の集まりではなかったが、gm projectsも同様。
ウェブディレクター、家具職人など、バラバラの職種が集まっている。

「働きたい人が働きたい分量で働く。それぞれのライフステージに合わせた
自由なあり方でいることができて、つながりたいところは、
その都度、つながることができるという、
“イイトコドリ”な組織ができないか試していると思っています」

メンバーそれぞれは、自分の屋号やレーベルなどで活動していたり、
ほかの会社の会社員だったりもする。
これは、豊嶋さんとgm projectsの仲間なりの働き方や組織の実験でもある。

「おもしろい人は集まっているけど、ビジネスは集まっていません」

結局は人間関係。であれば、会社という組織である必要もない。
“人が集まる舞台があればいい。そこにいる人たちでやればいい”。
当初から持っていたそんな考えが、のちの豊嶋さんの活動のベースにもなっている。

豊嶋さんがディレクションしている那須にあるスペース、〈森をひらくこと、T.O.D.A.〉

アートと地域イベントの共通点

gm projectsとして独立してからも、固定の場所ではなくなったが、
アート活動を続けている。
それは作家としてだったり、空間構成やキュレーターだったりとさまざま。
しかし「どれも基本的な考え方は同じで、アウトプットの違いだけ」だという。

この流れで、地域に場をつくる活動も増えてきた。
例えば青森県の〈岩木遠足〉、山梨県の〈津金一日学校〉、
岩手県の〈陸前高田ミーティング(つくる編)〉。
これらは、これまで豊嶋さんが企画運営してきた
アートイベントやギャラリーなどと地続きであるという。
それは豊嶋さんがアートにのめり込んだ理由からわかる。

「アートは、物の見方を変えてくれるきっかけになっていることが多いと思うんです。
それがアートのおもしろいところだし、自分が興味があるのもそういう“アート”でした」

豊嶋さんにとって、アートは異世界に入っていく方法。
最近ハマっているという山登りにも、同じ効果があるという。

「八ケ岳の山頂から見下ろすと、物理的にパースペクティブを変えられてしまいますよね。
世界を旅することも、まるで違う異文化の価値観を突きつけられたりして、
衝撃を受けたり、興奮したりします」

物の見方を変えてくれるものは、豊嶋さんにとってはアートだったが、
こうした思考回路は、イベントにも応用できる。

発売中の『岩木遠足 人と生活をめぐる、26人のストーリー』。写真提供:gm projects

江戸時代の商家建築に生まれた まちのサンドイッチ屋さん。 仏生山まちぐるみ旅館 vol.2

仏生山まちぐるみ旅館 vol.2 
大好きなパンづくりから生まれた店

ぼくは、香川県高松市の仏生山町というところで暮らしています。
建築設計事務所と、仏生山温泉を運営しながら、
まち全体を旅館に見立てる、
〈仏生山まちぐるみ旅館〉という取り組みを進めています。
まちぐるみ旅館にとって、仏生山温泉から徒歩数分のところに、
おいしいお店がオープンするのはとてもうれしい。
2014年、〈天満屋呉服店〉の隣にオープンした〈仏生山天満屋サンド〉もそのひとつです。

〈天満屋呉服店〉は江戸時代からある老舗です。
建物も江戸時代後期に建てられ、
その後増改築を繰り返しながら現在にいたっています。
法然寺を中心とした門前町である仏生山のなかでは、
代表的な商家建築です。南北に間口の長い木造2階建、
虫籠窓(むしこまど)や、南西の隅には鏝絵が施された“うだち”があり、
これまでの歴史を伝えるような趣ある店構えです。

リノベーションする前の天満屋呉服店外観。

リノベーションを行うまでは、
半分は呉服店として、
もう半分はご主人である佐藤誠治さん夫婦が洋服店を運営していました。

リノベーション前の洋服店だったときの内観。

今回のリノベーションはご両親が経営する呉服店はそのままにして、
佐藤さん夫婦の洋服店を
サンドイッチを提供するカフェにすることでした。

佐藤さんの奥さん、美香さんは、
おいしいものを食べるのが大好き。
とくにパンが好きで、洋服店を経営するかたわら、
ときどき自分自身でパンを焼いては近所にお裾分けをしていました。

そのうち、友人たちを通じて、パンがおいしいと評判になり、
友人を招いたパンの食事会や、注文を受けてつくったりしていました。
そういうことが数年続いたのち、
ある日、「えいっ」
と業態変更したのが、〈仏生山天満屋サンド〉の始まりです。

客人、暮らし、新旧の建物が寄り添うカフェ空間とは

リノベーションの計画を進めるにあたって、
最も大切にしたのは、
100年以上の時間を経た天満屋呉服店の既存の建物に
新しくつくられる空間がしっかり寄り添いながら、
これからの何十年かの時間を
共にしていける存在になれるかということでした。

淡路島ならではの 商品開発の現場を追う 淡路はたらくカタチ研究島 前編

2015年の〈淡路はたらくカタチ研究島〉はどんな商品を開発したか

淡路島の雇用創出を図るプロジェクト〈淡路はたらくカタチ研究島〉。
厚生労働省の委託事業として、2011年から事業がスタートし、
2013年からは、より実践的な取り組みが行われている。
島の豊かな地域資源を生かした家業・生業の起業や、
島内観光ツアーや商品開発をサポートするプロジェクトで、
起業に興味を持つ人、島内への移住を希望する人に、
“働く”こと、“仕事をつくる”ことをあらためて考えるきっかけを与えている。
島外からスーパーバイザーやアドバイザー、デザイナーを招き、
島という閉鎖的なイメージになりがちな立地を、オープンにしたことも評価され、
いまや、地方での仕事づくりや働き方のロールモデルとなっている。

この事業のひとつ「淡路島ならではの付加価値商品開発」は、
商品の企画開発からパッケージデザイン、試験販売までをワンストップで行い、
全国向けの販路開拓も積極的に行っている。
こうした開発のノウハウは島内の事業希望者に対して広く公開され、
地域に還元されているのも特徴だ。
昨年、コロカルでもその開発の様子をお伝えしたが、
今年も新たに4商品が開発され、
11月24日(火)より渋谷ヒカリエで商品発表会を行うということで、
昨年に引き続き商品開発の舞台となった淡路島を訪れた。

実践支援員のみなさん。左から竹下加奈子さん、藤澤晶子さん、大村明子さん、加藤賢一さん。

商品開発には12件の応募があり、平成27年度は4件が採択された。

・ 建材としての新しい瓦製品
・ 淡路島の花をとじこめた石けん
・ 淡路島産デュラム小麦の小麦粉
・ 島の自然素材で作った日用道具

この4件の開発の現場を知るために、淡路島中を巡った。

淡路瓦をシンプル&モダンに

淡路島は瓦の三大産地のひとつとして知られている。
特に、南あわじ市の津井は、約80社が集まる淡路島を代表する産地だ。
淡路瓦の特徴は、焼き上がりのあとに燻す工程があること。
燻すことで、表面は強く、耐久性を増し、
“いぶし銀”の由来の通りの鈍くて渋みのある銀色を帯びる。
いまだに島内の住宅の多くに使われているが、
家のデザインが西洋様式になってきたこと、屋根材の種類が豊富になってきて、
淡路瓦以外の選択肢を選ぶ人が増えたことに、関係者は危機感をもっていた。

瓦の窯元である〈株式会社タツミ〉の興津祐扶(ゆうすけ)さんもそのひとり。
「一般の人に使ってもらう機会が少なくなってきているので、
“瓦といえば昔ながらのもの”というイメージを払拭したいと思いました。
それに、タツミ一社だけではなく淡路の地場産業として、
淡路瓦の業界全体が上向きになってくれればと思い、企画書を出しました」
その企画が、「淡路瓦の建材としての利用」。
香川県高松市の仏生山温泉などで活躍する建築家岡 昇平さんと
家具のデザインを手がけるアンチポエムの松村亮平さんのふたりで
〈こんぶ製作所〉というユニット名でデザイナーとして開発に携わった。

「水を弾く、表面がかたいという利点からも、
エクステリアや床材としての利用も検討したのですが、
やはり屋根であってこその淡路瓦だろう、と。
しかし用途が屋根だけだと需要が少ないのも事実。
そこで、ひとつのパターンの瓦で、壁材としても、屋根材としても使えるような、
現代の感性に合った新しい和瓦をつくろうということになったのです」
と話すのは、実践支援員の竹下加奈子さん。

岡さん、松村さんの提案は「現代の建築に合うシンプル・モダンなデザインの瓦」。
湾曲しているのが定番の瓦を“あえてフラットに”というのは岡さんの発案だった。
さらに、薄いほうがモダンに見える、と瓦の薄さにもこだわった岡さん。
途中で割れるリスクもあり、薄く焼くのは熟練の職人でも難しかったと
興津さんも開発当初を振り返るが、「それでも企画や方向性を決めるのが
一番難しくて、試作は少なくて済みました」と言うから、
淡路島で育まれる確かな技術力があってのことだったのだろう。

淡路島の瓦産業はパーツごとに製造する完全分業制で、
タツミは、鬼瓦とのし瓦を専門につくっているが、
門や塀に使う小瓦だけ、軒の部分の瓦だけという工場(こうば)もある。
一棟の家の屋根を葺くのに、複数社のメーカーが関わる。
そのため“競合”というより“協業”の意識があり、強い連帯感を持つ。
それぞれのメーカーで製造しているものが違うので、不公平が出ないよう、
「特別な金型が必要でなく、どのメーカーでも製造できる瓦をつくる」ということも
クリアしなければならなかった。

こうしてできた瓦は、大きさいろいろ、厚みも選べて、幅も3種類用意した。
さらに、岡さんのリクエストにより、
はけ土と呼ばれる上塗りの土を塗らないようにしたことで、
経年変化しやすいうえに、色の焼きムラが出る。
昔は均一に焼くのがいい職人の仕事とされてきたが、
「この一枚一枚のムラが並べたときにかえっていい表情になる」のだと、
興津さんは言う。
模様は〈つるつる(フラット)〉と
縦方向に無数の線が入った〈しましま(スクラッチ)〉。
それぞれ1種類だけを使ってもいいし、
ミックスしてもスクラッチがほどよいアクセントとなってかっこいい。
何より、ランダムに並んだ瓦は陰影が美しい。
見る角度によって、銀色の濃さ、薄さ、スクラッチの強弱も異なり、
それも家の個性となる。そんな自由な使い道が新しい瓦は、
〈まちまち瓦〉と名づけられた。

屋根だけでなく、壁でも使える瓦。きめ細かないぶし銀が美しい。

器をつくるかのような瓦の制作風景。瓦の土もすべて淡路島で採れる。

実践支援員の竹下加奈子さんと、提案者の興津祐扶さん。

淡路島の花をぎゅっと詰め込んだ石けん

昨年度、淡路島の花々の香りを閉じ込めた
エッセンシャルオイル〈Suu(スウ)〉を開発したように、
淡路島と言えば“花”というイメージは強い。
特に、淡路島は県下一の花の産地で、大事な地域の産業となっている。
その淡路市でカレンデュラ(マリーゴールド)を栽培している花農家の廣田さんは、
はたらくカタチ研究島の研修で観賞用以外にもハーブとしての用途を知り、
無農薬栽培に一部切り替えた。
五色ふるさと振興公社による「菜の花ひまわりエコプロジェクト」のひまわり油と、
アイランド・ラベンダーのエッセンシャルオイルを閉じ込めた石けんは
〈Suu BOTANICAL SOAP〉という名になった。

デザインは、増永明子さん(マスナガデザイン部)。

石けんの原材料となるひまわり油の生産現場を案内してくれたのは、
洲本市役所の農政課でエコプロジェクトを推進する野口拓真さん。
油の食用以外での活用方法として、石けんの商品開発を提案した人でもある。
複合施設ウェルネスパーク五色の一角にある、
菜種油とひまわり油の搾油所と、バイオディーゼル燃料の精製所にうかがった。
10月の取材時にもまだ咲いていたひまわり。ひまわりって夏のものでは?
「菜の花(菜種)との二毛作の農家さんも多いので、いま咲いているひまわりは、
7月に種を蒔き、10月に咲き、10月後半から11月初旬に種を収穫するんです」
と野口さん。5月に種を蒔き、7月に咲くひまわりの花もあるが、
温暖で日照時間の長い淡路島だからこそできる、秋のひまわり。
なかには、無農薬で栽培する農家さんもいるのだという。

いいひまわりの種の条件は、かたくて大きいもの。
花をしっかり枯れさせて、その種を採取する。
種は90度で20分間焙煎してからゆっくりと搾油機で絞る。
残った油かすは肥料や飼料になり、“循環”していく。
もちろん、食用にしてもおいしいひまわり油。
あっさりしていて、油臭さがないのが特徴だ。
また、ビタミンEを多く含むことから、
健康の面からもひまわり油が見直されることが多いのだという。

“循環”といえばもうひとつ。
家庭で使い切ったひまわり油を含む食用油を回収し、
バイオディーゼルエンジン車の燃料用として精製。
市内を走るバス2台や、フォークリフトの燃料になっている。
年間1万5000リットルもの廃油を回収している、エコ最前線の市なのだ。

バイオディーゼル燃料で走るフォークリフトは車体もひまわり色。

Suu BOTANICAL SOAPの試作は2回。
無添加の石けんづくりを行う、兵庫県三木市の石けん製造会社へ依頼して、
火を入れず、石けんの反応熱のみを使い、
ビタミンなどの成分をできるかぎり残す、コールドプロセス製法でつくられた。
サンプルをつくっては関係者などに配り、
色や香り、使用感についてフィードバックをもらってできたのが、
カレンデュラの花びらが散りばめられた、見た目にもかわいらしい石けん。
ひまわり油とカレンデュラの保湿成分で、洗いあがりはしっとりとし、
ラベンダーが心地よく香る。
「太陽の恵みを、花を通じて石けんに閉じ込めました」と実践支援員の藤澤晶子さん。
淡路島の花を凝縮させたこの石けんは、実販売の機会をいまかいまかと待っている。

洲本市役所の野口拓真さん。BDF(バイオディーゼル燃料)の普及など、エコプロジェクトに取り組む。

よく枯れたひまわりとその種。今年は少し小粒なのだそう。

カレンデュラの花びら。石けんにたっぷり混ぜる。

淡路島産だから“アイランド・ラベンダー”と呼ばれる、香り高いラベンダー。

99%が輸入のアボカド。 生産量日本一を目指す 愛媛県松山市で、第1回 「日本アボカドサミット」開催

「森のバター」と呼ばれるほど栄養素が高く、
ビタミンやミネラルが豊富な果物、アボカド。
クリーミーでリッチな食感で女性を中心に人気を呼び、
日本国内での消費量が急速に伸びています。
しかし、日本ではほとんど生産されておらず
輸入が99%を占めているのだそう。

そんなアボカドを、他の地域に先駆けて、
日本一の産地化になろうと活動しているのが、
愛媛県の松山市。
市が苗木の供給や栽培指導等の支援を行い、
現在では市内で約70名の方がアボカドを栽培。
栽培面積では、現在日本一の3ヘクタールにまで拡大するなど、
全国有数のアボカド産地となっているんです!

そしてこのたび、松山市にて、
第1回「日本アボカドサミット」が開催。
日本の熱帯果樹指導の権威である米本仁巳さんや、
ハワイでアボカドの産地化や地産地消のプロジェクトに取り組むケン・ラブさん、
海外のアボカド料理コンクールで入賞経験を持つ
佐藤俊介さんらによる基調講演の他、
アボカド栽培に力を入れている鹿児島県、和歌山県が、
産地の現状を紹介。
その他、アボカドの品種の展示や、
アボカド料理人による料理紹介や試食もあります。

アボカドの輸入量は、
1993年には4,600トンだったものが、
2014年までの約20年間で5万7,600トンまで増加。
愛媛県では、従来の特産品で、
価格の低迷や、生産者の高齢化という問題を持つ
伊予柑や温州みかんに代わって、
栽培労力が少なく、単価の高いアボカドを
特産にしていく狙いがあるのだそう。
国産アボカド、ぜひ応援していきたいですね。

第1回「日本アボカドサミット」

日程:2015年11月26日(木)

時間:13:00~16:45(開場:12:00 / 開会:13:00)

会場:松山市総合コミュニティセンター キャメリアホール

住所:愛媛県松山市湊町7丁目5

ITベンチャーと自治体のコラボ。 武雄市・鹿島市・嬉野市にふれる 「知ろう、行こう、住もう、 佐賀フェスタin東京」

2015年10月に始まった、「知ろう、行こう、住もう佐賀プロジェクト」。
ITベンチャーの株式会社クラウドワークスと、
佐賀県、県内の武雄市、鹿島市、嬉野市の行政4団体、
民間4社が共同する移住喚起のための取り組みです。

この「知ろう、行こう、住もう佐賀プロジェクト」が、
来る11月22日(日)、東京でリアルイベントを開催。
「行こう、知ろう、住もう佐賀フェスタin東京」として、
佐賀県西部地域の風土や人々の暮らしの紹介、
各自治体による移住相談会の他、
クラウドソーシングを活用した佐賀県での新しい働き方と移住成功事例や、
佐賀県の魅力とスペース活用の可能性についてのトークイベント、
特産品の販売などを実施します。

浜宿 漬物蔵たぞう(鹿島市)

忍者村肥前夢街道(嬉野市)

「知ろう、行こう、住もう佐賀プロジェクト」では、
地域との接点創出を軸として、
「武雄市図書館」や鹿島市の「浜宿 東蔵」、
嬉野市の「忍者村肥前夢街道」など、佐賀県内の
文化財や公共施設などを会場に、「佐賀県に行きたい!」と
思えるようなイベントのアイデアを、
求人サイト「クラウドワークス」上で募集しました。

イベントでは、集まったアイデアの中から、
佐賀県西部地域での実際の開催を想定し、
県外からの集客が期待でき、
ユニークかつ実現性の高いイベント案を選定。
プロジェクト参加団体が選びぬいた10案に対し、
SNSを活用した公開事前投票を経て、
「知ろう、行こう、住もう、佐賀フェスタin東京」にて
最終選考会を行い、グランプリ並びに
3自治体(武雄市/鹿島市/嬉野市)による特別賞を決定します。

さらに本イベントでは、
佐賀県西部地域の風土や人々の暮らしの紹介、
佐賀県による就職相談会、
武雄市、嬉野市、鹿島市によるによる移住相談会の他、
クラウドソーシングを活用した佐賀県での新しい働き方と移住成功事例や、
佐賀県の魅力とスペース活用の可能性についてのトークイベント、
佐賀県のツアーを紹介するとともに行われる地酒試飲会、
特産品の販売など、同地域の「人」と「モノ」に触れ合う機会を提供なども。
事前申込なしでも入場可能ですが、
こちらより事前申込をいただいた方には、
粗品が進呈されます。

知ろう、行こう、住もう、佐賀フェスタin東京

日時:2015年11月22日(日)13:00~17:00(入退場自由)

会場:移住・交流ガーデン(東京都中央区京橋1丁目1-6越前屋ビル1F)

熊本のひっとでとらす人たちに 会いに行こう! 遊んで学んで、発見する2日間 「meet up! KUMAMOTO CITY」

11月21日(土)22日(日)、熊本市内にて
「meet up! KUMAMOTO CITY」が開催されます。

これは、熊本の“ひっとでとらす”人たちの案内で、
熊本市内のスポットを巡る、一泊二日のイベント。
(1パートのみの参加も可)

内容は、日本最南端のワイナリーのひとつ「熊本ワイン」の見学や、
「ちかけん工房」での竹あかりづくりワークショップ、
熊本在住のクリエイターとの交流会などなど!

“ひっとでとらす”とは熊本弁で“飛び出ている”という意味だそう。

サンワ工務店の山野潤一さん

今日のおやつ: サクサクサブレ「シラカボ」は 北海道美深町から。 地元産の小麦・南瓜・ 白樺樹液を使用

今日のおやつは、北海道美深町のパイサブレ「シラカボ」。
パイとサブレの中間のようなサックサクの食感で食べ応えありです。
お味は甘さ控えめで、洗練された印象。
地元の名物がふんだんに使われています。

生地には北海道を代表する小麦「ハルユタカ」を使い、
甘みが人気のかぼちゃ「クリユタカ」を練りこみました。
そして表面のアイシングには、
ミネラルなどが豊富に含まれる「白樺樹液」を使っているのが味の決め手。
パッケージもすごくおしゃれで、
おみやげにしても喜ばれることうけあいです。
お値段は、一箱7枚入1,000円(税込)となっています。

美深町は、北海道の北部、最北端の稚内と旭川の
まんなかぐらいに位置するまち。
寒暖差が大きいのが特徴で、麦の作付け北限地域でもあります。

こちら美深町から。白樺樹液が採れる、仁宇布地区にある滝。

勝手に作る商店街サンド: 島根県・隠岐の島町編

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる一石二鳥の企画なのだ。

今回は、島根県の離島・隠岐の諸島にやってきた。

フェリーでいくと鬼太郎たちが出迎えてくれる。水木しげるさんの祖先が隠岐の島に縁があるらしく、鳥取県境港市の〈水木しげるロード〉同様、 隠岐の諸島にもあちこちに妖怪の像が設置されている。

隠岐の諸島は4つの有人島と約180の無人島からなっている。
海の浸食による奇岩や断崖絶壁が見られたり、島独自の進化をとげる動植物があったりと、
古代の姿を残す美しい島々だ。
その貴重さゆえ「世界ジオパーク」にも認定されている。
そのなかでも今回は、一番大きい有人島・島後(どうご)の
隠岐の島町でサンドを作ることにした。

隠岐の島町にきたら玉若酢命神社の〈八百杉〉は必見。樹齢約2000年。写真では伝わらないほどの迫力だ。

遊覧船やカヤックなどで海に出ると、奇岩がたくさん見られる。こちらは穴の形も変だが、周りにムンクの叫びのような顔がたくさん見えてこわい。

夕日がまるで灯火のように見える〈ロウソク島〉。高さ20メートルの細長い奇岩は、今も侵食を続けている。あと数十年後には見られなくなるかもしれない貴重な光景だ。ちなみにこの撮影ポイントまでは船が出ており、船長さんの操縦テクが見もの。

隠岐の島町でアノ人の末裔と作る!

また、隠岐の島といえばかつて島流しの地であったことでも知られている。
流されたのは高貴な身分の人が多く、
有名どころでは後鳥羽上皇、後醍醐天皇。
そして、絶世の美女と名高い小野小町の祖父、小野篁(おののたかむら)だ。
小野篁は高官であり百人一首にも出てくるような文人でもある。

と、なぜ小野篁について詳しく述べたかというと、
今回サンド作りにつきあってくれた井上靖之さんが
その小野篁と恋仲になった「門古那姫(あこなひめ)」の末裔だったからだ。
初めて聞く名前ばかりでピンとこないけど、きっと凄いにちがいない。

今回つきあってくれた隠岐の島町出身、隠岐観光協会の井上さん。小野篁とゆかりある方だ。

「子どものころは島を早く出たくて仕方なかった」という井上さん。
高校を卒業後に島を出たが最近になって自分の出自を知り、
思うところあって戻って来たそうだ。
フェリー乗り場からすぐ近くの〈愛の橋商店街〉を案内してもらいながら
一緒に食材をさがすことにした。

商店街は神社から始まり、食事どころがいくつか。そのあと花屋さん、靴屋さん、おもちゃ屋さん、クリーニング屋さんなどがポツポツと並ぶ。シャッターをおろす店も多い。

お酒を作る時に使うおいしい水の試飲ができるという酒屋さん。

漁港のまちなので魚屋さんもところどころにある。しかしとれた魚は島で消費しきれないため、ほとんど本島に出荷される。

生活用品や加工品を扱う商店を発見。しかしサンドに合いそうなものは見つけられず。

井上さんは今回の商店街サンドをやるにあたり、
食材が集められるかとても不安だったようだ。

魚介類はそのままではサンドに挟めないし、
大型スーパー(車でちょっと行くとある)や
商店に売っている加工品は本島のものが多い。
そして食事は自分の家でとる人がほとんどなので、
買ってその場で食べるようなお惣菜はあまりないのだという。

絶景が多く観光にはもってこいの島ではあるが、
食べ歩きができるようなザ・観光地というよりは
静かなまち、のんびりとしたまちといった感じのようだ。

瓶ビールや日本酒のパックが入っている自販機を発見。時が止まったかのようなお店がいくつか。

説得に3年。 元資材置き場が生まれ変わった。 〈KUHONJI GENERAL STORE〉 ASTER vol.1

ASTER vol.1
妄想を、最高のかたちにする。

みなさまはじめまして。ASTERの中川と申します。
僕たちASTERは熊本市を拠点に活動している内装屋です。
個人住宅、賃貸物件、店舗などのリノベーションを主に
デザイン、設計、施工まで行っています。

この連載では僕らがこれまで実際に関わってきた物件事例をベースに
僕らが思う熊本の魅力的な建物、場所、人を紹介していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

まず初回なので僕が今の仕事をすることになった経緯と
今僕らで運営している店をつくった話をしたいと思います。

僕はもともと建築の知識や興味があったわけではありません。
二十歳ぐらいの頃、建設現場でのアルバイト経験をきっかけに、
その後熊本市内の新規オープンの家具屋へ就職しました。
はじめは家具の配送と接客をやっていて、
後に住宅のリフォームコーナーへ配属になりました。
この頃から内装にも徐々に興味がわいてきたのだと思います。

ようやく仕事にも慣れたころ、
実家から仕事を手伝ってくれとの連絡が。
僕の実家は熊本市内にある畳屋。
畳屋といってもつくるのではなく、
畳をつくる畳屋に材料を卸す畳資材の卸売業をやっていました。
内装工事部門もあり、そこの人手が足りないということで、
僕は実家に戻ることになりました。
まあ内装の仕事はインテリア関係だからいいかと。
それが現在のASTERです。

理想と現実のギャップ

戻ってきたからには、
やる気を出して頑張ろう! カッコいい空間をつくるぜ!
と奮起していましたが、そんな気合いは空回りしました。
当時の仕事は地場の工務店や不動産屋の下請け業務。
特に賃貸アパートの原状復帰がメインでカッコいい空間とはほど遠く、
どれも同じ内装ばかり。
毎日決まった同じ品番の壁紙の張り替えを、
職人さんへ依頼することが僕の仕事でした。
仕事だから文句は言えないけど、さすがにずっとそれじゃつまらない。
部屋に合わせて壁紙を選ぶことなど現在では当たり前ですが、
当時はもとの壁紙と同じ柄を探す行為が、唯一壁紙を選ぶというものでした。

いつか自分たちで自由に考えたカッコいい空間をつくってみたい。
でもやり方がわからない。
そんな想いを常に抱いて日々過ごしていました。

リノベーションとの出会い

たまに県外などへ行ったときはいろんなショップ巡りをするのが
当時の僕の楽しみでした。
そして2003年。
たまたま大阪のインテリアショップでみつけたフライヤーに
こんな言葉が書いてありました。
「STOCK×RENOVATION」
大阪を拠点に活動されている業界の先駆者、
〈アートアンドクラフト〉が開催していたリノベーション展のフライヤーでした。
古い空間が魅力的に改修されていて、とにかくカッコいい。
「コレばい!」と直感的に思い、冊子『STOCK×RENOVATION』も取り寄せました。

アートアンドクラフトが2003年に出版した『STOCK×RENOVATION』の冊子。

実家の仕事に違和感を感じていたなかで、
初めて知った“リノベーション”という方法。
「僕がやりたかったのはこんな空間づくりだ!」
と、リノベーションについてすぐに調べ始めました。
そうして知ったのがデザインだけでなく、
日本は欧米に比べ、家の平均寿命がとても短いことや、
年々空き家が増えて家が余っていることなど、
日本の住宅事情について、このとき初めて知りました。

そしてリノベーション事業の草分け会社である、
東京の〈ブルースタジオ〉を知り、
パイオニア的存在であるこの2社に憧れ、
このときをきっかけにただの内装会社から、
物件の価値を高めることができる
リノベーション専門の内装屋へなることを目指しました。

もちろん最初はほとんどリノベーションと言える仕事はなく、
内装の手直し工事やリフォームばかりでしたが、
目指すところがあると俄然日々の仕事もやる気がでます。
その後、徐々に熊本にもリノベーションという言葉が露出し始め、
2007年ごろから僕らも少しずつですが仕事の依頼が来るようになってきました。

僕らがリノベーションをするとき、
使用する建材やパーツに特にこだわります。
建材店や近くのホームセンターには好みの建材やパーツが売っていないこともあるので、
インターネットで建材をよく買っていました。
そしてスタッフとともにいつも言っていました。

「近くにこんなお店あったらいいよね」と。

それでだんだんと欲求が高まり、
僕らが使いたい建材やパーツをストックして置く場所がほしい。
いや、いっそのことショップにして販売もしよう!
と、自分たちの店をつくる目標ができ、熊本市内で突如物件探しが始まりました。

岩崎ビルとの出会い

僕らの事務所は熊本市内の九品寺というまちにあります。
熊本城やアーケードがある中心市街地から徒歩圏内にあり、
学校なども多いエリアです。
数年前、いつも通る道路で信号待ちをしていて、
ふと横を見ると、とても魅力的な建物が。
ずいぶん昔からあったようけど特に気に留めることもなかったビル。
ただじっくり見るとなんとも魅力的なビルでした。
築48年。RC造3階建で、建築資材屋さんが所有する〈岩崎ビル〉でした。

施工前の岩崎ビル外観

外壁に貼ってある渋いブラウンのタイルや
2階部分のスチールサッシなど
48年前の建材がそのまま残っている建物はほかにない味わいがあり、
ここで僕らの店ができたら最高だなと勝手に妄想が始まりました。
そうして僕は居ても立ってもいられず
大家さんのところへこの場所を貸してくれないかと交渉に行きました。

もともとは建材屋さんの資材置場だった。

“食と職”を 大切にした日常の沖縄 琉Q 後編

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観光ではない、沖縄の姿

〈琉Q(ルキュー)〉は、沖縄県産にこだわったブランド。
もともと障がい者就労支援のために生まれたブランドであるが、
商品のクオリティの高さから人気を博している。

海水塩や島胡椒のピィパーズ、コレーグース、アセローラジャム、
パッションフルーツバター、塩パインバターなど、
名前を聞くだけでおなかが空いてきそうなものばかりだ。

「沖縄のイメージとなると、南国、海、青い空。
それらはもちろん素晴らしいのですが、日常的にいいものもたくさんあります。
それらを紹介していきたいというのが琉Qのコンセプトです」と話すのは、
仕掛け人のひとり〈沖縄広告〉の仲本博之さん。

できたて新鮮なアセローラジャム。

アートディレクターは渡邉良重さんと植原亮輔さんによる
デザインユニット〈KIGI〉に依頼した。
KIGIのことは、〈D-BROS〉のプロダクトを手がけていたことなどで知っていたという。

「沖縄で広告関係の仕事をしていると、
“ハイビスカスやシーサーを入れて青っぽく”というような発注が多いのです。
でも、沖縄に住んでいる僕からしてみると、意外と曇り空が多いことも知っています。
KIGIのいい意味でクールなデザインで、
外部からの沖縄のイメージではなく、普段の沖縄を表現したいと思ったんです。
まったく面識はありませんでしたが、突然連絡して熱意だけでお願いしました(笑)」

打ち合わせを重ねているうちに、
「沖縄もまだまだエキゾチックだし、わからない部分も多い」という話になった。
そこで生産者からの言葉をQ&Aというかたちで打ち出していこうとなった。
そこから〈琉Q〉というブランド名が生まれた。

ホームページもただ商品紹介をするに留まらず、ユニークな仕掛けになっている。
沖縄に関する素朴なQ=質問を県外の人から集め、
それに対して“しまんちゅ”が答えていく。
質問は観光スポットを尋ねるものや、ライフスタイルに関するものなど。
なかには「ニガイのが苦手ですが、ゴーヤーのおいしいレシピは?」というQに対して、
「暑いところに行ってください。自然に苦いゴーヤーを身体が欲します」という、
答えになっていないような厳しめの(!?)回答も。
通り一遍の観光的沖縄ではなく、
もっと生活に根づいているリアルな沖縄を感じてほしいという思いだ。

元気に育った塩パイン。

沖縄ならではの農作物から

実際に、人気商品である〈東村の塩パインバター〉の原料である
塩パイン農家のカナンスローファーム・依田啓示さんを訪れた。
那覇からかなり北上した、沖縄本島北部の東村にある。

塩パインとは、海水を与えながら育てたパイナップルのこと。
ここでは7種類のパイナップルを育てているが、
琉Qの塩パインバターに加工されているのは、スナックパインとスムースカイエンだ。
土からも海水を吸わせ、上からも海水をかける。
海水に含まれるミネラルが効果てきめんなのだ。少し小ぶりだが、甘味がとても強い。
もちろん化学肥料や農薬は一切使っていない。

カナンスローファームのハウス。パインのほかにもドラゴンフルーツもある。

パイナップルは真夏が最盛期。11月ごろになると酸味が出てくるというが、
加工品にはそのくらいの時期のものがいいらしい。
こうして加工された塩パインバターは、果肉もたっぷり、とてもやさしい甘さに仕上がる。

カナンスローファーム・依田啓示さん。

いま、地域をもりあげる 実践家が集結。トークイベント 「日本の未来をデザインする ローカル あたらしいアタマの使い方」が 江戸川大学で開催!

地域の資源を再発見し、
デザインの力でその魅力を再生しようとする動きが、
全国各地で活発になっていて、
さまざまなクリエイターが地域で活躍しています。
今回、コロカルでも取材しました鈴木輝隆先生をコーディネーターに、
グラフィックデザイナーの梅原 真さんなど、
各地域で地元をもりあげている方々が登場するトークイベントが
明日13:00から江戸川大学現代社会学科で開催されます。

同学科では、国土交通省「国土グランドデザイン2050」の課題に、
地方をもりあげている現場の実践から
夢のある日本の未来を見出だしたいとフォーラムを行います。
「日本の美意識は観光資源」をテーマに、
日本のデザインから継続的な地域活性かの実現を議論していきます。

明日のトークイベントは二部構成。
13:00〜梅原真さんの基調講演に、
14:20〜「日本の未来をデザインするローカル」をテーマに、
引き続き梅原さんに加え、
熱海の再生に取り組む〈NPO法人atamista〉代表理事の市来広一郎さん、
岩手県の八幡平で温泉の地熱を活用しさまざま取り組む、
〈企業組合 八幡平地熱活用プロジェクト〉代表の船橋慶延さん、
外国人バックパッカーに人気を博すゲストハウス〈あなごのねどこ〉を運営する、
〈NPO法人尾道空き家再生プロジェクト〉の神田太郎さん、
都市農村交流をテーマに新潟県・山古志村、宮城県の牡鹿半島など、研究に取り組む
江戸川大学講師の清野 隆さんの5名でローカルの未来について議論します。

八幡平地熱活用プロジェクトの、馬由来資源と地熱を活用した、オーガニックファーム・ジオファーム。

〈NPO法人尾道空き家再生プロジェクト〉のゲストハウス、あなごのねどこ。

3年間空き店舗だった場所をリノベーションしてできた熱海の新しい使い方・楽しみ方を考えていくまちづくり会社の運営するコミュニティカフェ〈CAFÉ RoCA〉。

現在、実践している方々の貴重なトークイベント。
リアルな地域の事情が聞けそうですね。
参加費無料なので、お近くの方はぜひ。

■江戸川大学現代フォーラム

「日本の未来をデザインするローカル あたらしいアタマの使い方」

11月3日(火・祝)

13:10〜14:20

梅原 真氏 基調後援『あたらしいアタマ」

14:20〜16:30

パネルディスカッション「日本の未来をデザインするローカル」

江戸川大学B棟1階メモリアルホール

住所 千葉県流山市駒木474

http://www.edogawa-u.ac.jp/

投資ファンドで実現する 古民家再生の未来(その2)。 一般社団法人ノオト vol.6

一般社団法人ノオト vol.6

みなさん、こんにちは。一般社団法人ノオト理事 兼
株式会社NOTEリノベーション&デザイン代表取締役の藤原(ふじわら)です。
株式会社NOTEリノベーション&デザインは一般社団法人ノオトと
REVIC(株式会社 地域経済活性化支援機構)が出資するファンドのための
SPC(Special Purpose Company)です。

今回は、vol.5につづき、投資ファンドと古民家再生についてお話したいと思います。

日本初!〈篠山城下町ホテル NIPPONIA〉の取り組み

2015年10月3日にオープンしたばかりの篠山城下町ホテル NIPPONIA(ニッポニア)は
投資ファンドを使った古民家再生事業であると同時に
国家戦略特区を活用した日本初の取り組みです。
まずは、事業概要を簡単にご説明したいと思います。

NIPPONIAの4つのホテルのうちのひとつ、ホテルONAE(オナエ)棟の受付ロビー。

NIPPONIAの事業コンセプト
「我々が再生したのは宿やホテルではない。
日本の暮らし文化を体験するように泊まれる空間である。
400年の歴史に、とけこむように泊まる」
約400年の歴史を持つ篠山城は、兵庫県篠山市の中心に位置する城跡で、
国の史跡に指定されています。
篠山城下町ホテルNIPPONIAは、
この篠山城を含む城下町全体を「ひとつのホテル」に見立てるという構想です。
城下町に点在している空き家となった古民家を、
歴史性を尊重しながら客室・飲食店・店舗として再生し、
篠山の文化や歴史を実感できる宿泊施設としてオープンしました。
時間を重ねた歴史ある客室、
丹波篠山をはじめとした、地域の豊かな食材をふんだんに使った創作フレンチ、
既存の歴史施設・飲食店・店舗などと連携した歴史的城下町のまち歩きアクティビティなど、
「歴史あるまちに、とけこむように泊まる」をコンセプトとした、
地域の暮らし文化を体験する、新しいスタイルの宿泊施設です。

ONAE棟:蔵をリノベーションした客室。

事業体制について

この事業は各分野のエキスパートが参画しています。
全体プロデュースに関してはプロデューサー、デザイナー、
クリエイター、プロモーションを担当するプロフェッショナルや個人や団体。
マネジメントでは、セールス、アセットマネジメント、
オペレーションマネジメントを担う専門企業や団体。
ファイナンスでは、ファンド・キャピタル会社、銀行。
建築においても、もちろんヘリテージマネージャーを取得した一級建築士をはじめ、
大工さん、左官屋さん……。行政では地方自治体や中央官庁。

こういったあらゆるプロが集結し、実現することができました。
しかし、これらの体制は急に立ち上がったのではありません。

このプロジェクトに先駆けて2年前からベースとなる準備組織をつくってきました。
地域資産活用協議会(OPERA)」といいます。
我々は7年間で30棟以上の古民家を再生してきた実績によりノウハウだけでなく、
各分野のプロフェッショナルとつながりをもつことができました。

投資会社〈観光活性化マザーファンド〉とは

NIPPONIAは国家戦略特区を活用した古民家を活用した宿(ホテル)として
日本初の取り組みとなります。
本プロジェクトは、国家戦略特区(関西圏)の特区事業に認定されていて、
旅館業法の玄関帳場(フロント)設置義務についての規制緩和などを受けています。
これにより、複数の分散した古民家の宿泊施設を、
一体化して運営管理することが可能になっています。

今回の古民家再生におけるファンドの仕組みは図1のようになります。
一般社団法人ノオトとマザーファンドが、
共同出資の会社(株式会社NOTEリノベーション&デザイン)を設立し、
その会社を通じて物件を買い取って、改修を行います。
改修した物件を事業者に貸し出すことで、全体の収益構造をつくっています。
(なぜ、ファンドと連携することになったかは、vol.5にて)

図1:ファンド方式

今回、投資決定いただいたのは〈観光活性化マザーファンド〉といいます。
地域の観光活性化を目的として株式会社地域経済活性化支援機構、
株式会社日本政策投資銀行、株式会社リサ・パートナーズの3社で組成された、
マザーファンドです。

〈観光活性化マザーファンド〉の概要。

※株式会社地域経済活性化支援機構についてはこちらより。

ローカルから取り組む、 グローバルへの挑戦 〈MORE THAN プロジェクト〉

Web、コンテンツ、コミュニケーション、空間、イベントなどの“デザイン”を手がける
クリエイティブ・エージェンシー〈ロフトワーク〉がお届けする
「ロフトワーク ローカルビジネス・スタディ」。
連載第3弾は、日本発の商材・サービスを海外へ届けたい中小企業と
プロジェクトチームのビジネス機会創出・魅力発信を行う、
経済産業省の〈JAPANブランドプロデュース支援事業〉
(通称:〈MORE THAN プロジェクト〉)について。
昨年に続き、今年もプロジェクトマネジャーを務める秋元友彦がご紹介します。

MORE THANプロジェクトとは?

「日本のイメージって、どんなもの?」と、海外の友人に尋ねたら、
こんな答えが返ってきたことがある。
「えーっと、フジヤマ、サムライ、スシ、ゲイシャ……?」
私は少しびっくりしてしまったが、その友人は冗談ではなく本気でそう思っていたようだ。
地域の特色ある食品・工芸品・お祭り、おもてなし精神が宿った施設やサービス、
世界を奮させるコンテンツ、先端技術だってあるのに。

これは、〈MORE THAN プロジェクト〉のコンセプト文の一部です。
「いやいや、もっと伝わっているはずなのに」と、
私たちプロジェクトメンバーも半信半疑でしたが、
海外に行ってみてこれは現実のことなんだと実感します。
そんな、まだまだ伝わっていない日本の“今”の魅力をもっともっと海外の人に届けたい ——そんな思いから本プロジェクトは始まりました。

あるようでなかった新しい仕組みのプロジェクト

海外進出を目指す中小企業の多くは、海外の展示会(見本市)に出展します。
しかしいざ出展しても、現地の知見や海外展開のノウハウがなく、
言葉の壁もあって思うようにいかず、
商品の魅力を伝えきれずに商談がうまくいかないことも多々あるそうです。
また海外向けに新たに商品開発を行うことも重要で、
これにも現地のビジネス慣習やデザインの知識が必要になります。

これまでの国主導の「日本企業の海外進出支援」は、
展示会への出展費や商材改良のための開発費を補助金として拠出するというパターンが
主なものでした。

MORE THAN プロジェクトとは、
海外に挑むローカル企業が自信をもって製品の魅力を伝えて海外進出を成功させるために、
地域企業とタッグを組む経験豊富なプロデューサーやデザイナーの活動資金を一部支援し、
海外での商談成立(商品取り扱いの実現など)を目指すプロジェクトです。

ロフトワークは、2014年度から事務局として本プロジェクトに携わり、
クリエイティブやコミュニケーションをサポートしています。

“地域から都心へ”ではなく、“地域から世界へ”

プロジェクトチームのひとつ〈播州刃物〉は、播州地域に住むデザイナーが立ち上げ、
プロデュースしている刃物ブランドです。
兵庫・播州地域の刃物産業は後継者不足が課題となっていました。
高齢化で工場を畳む職人が増え、そのためにほかの工場にしわ寄せがきて、
後継者育成まで手が回らない……という悪循環。
そこで、OEM(委託者のブランドで製品を生産すること)ではない、
組合独自の製品をつくり、価格もこれまでの相場と比べて約2倍に設定しました。
個々に活動していた職人たちを〈播州刃物〉というひとつのブランドで組合化し、
一社に負荷がかかりすぎないようにしながら
商品価値を高めるビジネスモデルがつくられました。
プロデューサーは、そのブランディングからデザイン・広報までを一手に引き受け、
播州刃物は海外のセレクトショップや美容室で取り扱われるなど、
海外で数々の商談を成立させています。

もうひとつの播州刃物の課題は、
刃物を長く使うためのカルチャーを理解してもらった上で活用してもらうこと。
刃物は研がないと劣化するのに、海外では研磨できる職人がいません。
ブランド誕生から3年目のいま、現地に研ぎ師のネットワークとビジネスモデルを形成し、
販売網を徐々に広げています。2015年のグッドデザイン賞ではその取り組みが評価され、
ビジネスモデルの部門でBest100に選出されました。
播州刃物はMORE THAN プロジェクトが始まる前から活動しているブランドですが、
その活動プロセスの一部にMORE THAN プロジェクトの補助金や
ネットワーク間のコミュニケーションも活用した事例のひとつでしょう。

地域から都心ではなく、直接世界へ。「地方だから仕方ない」と思う必要はありません。
いいものがあれば自分たちの力で盛り上げる、
それが難しければまずは誰かと共に取り組むことも成功への架け橋となるはずです。

東京都には11の島がある! 伊豆諸島・小笠原諸島ナイト& 利島・神津島・御蔵島フェア開催

東京都には11の島がある!のだそうです。
知らなかった、、、そんな東京の離島・伊豆諸島・小笠原諸島をテーマにしたイベント、
伊豆諸島・小笠原諸島ナイト <都会を離れた東京都スペシャル・離島編>」が
東京・お台場の「東京カルチャーカルチャー」にて開催されます。
イベントでは、島料理・島焼酎の紹介や
くさやの原液も登場する島トリビアのほか、
在島経験者の方にも来店頂き、島での生活を大公開。
また利島から巨大サザエが登場し、「通」な食べ方を伝授致します。
さらに、青ヶ島太鼓と小笠原古謡のパフォーマンスも。
一夜限りのセッションが行われるそう。

利島

神津島

御蔵島

そして、竹芝客船ターミナルにある
伊豆諸島・小笠原諸島のアンテナショップ
「TOKYO ISLANDS CAFE」では、
伊豆諸島の中でも規模が小さいながらも、
知る人ぞ知るスポットとして注目を集める、
利島・神津島・御蔵島の3島フェアを開催中。
本日10月28日(水)から11月30日(月)までの約1ヵ月間、
各島の食材を使ったランチメニューの提供や、
島外初出荷の特産品の販売などを行います。

障がい者が参加できる ブランドをつくる 琉Q/4NA4NA 前編

障がい者作業の工賃アップ作戦!

〈琉Q(ルキュー)〉は、沖縄県産にこだわったブランド。
海水塩や島胡椒のピィパーズ、コレーグース、アセローラジャム、
パッションフルーツバター、塩パインバターなどを発売している。

この生産には、県内の障がい者の方々が製造に関わっている。
おもな作業は掛け紙、ラベル貼り、梱包などだ。
施設でビンの管理をしてもらい、近くの工場まで配送するという仕事もある。
これらの仕事をコーディネートしているのは、
障がい者を支援する県の外郭団体である〈一般財団法人 沖縄県セルプセンター〉の
萱原景子さんだ。

「施設それぞれで、商品をつくっては売るということをやっていますが、
もちろんものづくりも販売もプロではなく素人集団。
デザインの概念もありませんし、同情で売れていることが多いです」という萱原さん。

沖縄県セルプセンターの萱原景子さん。

全国の障がい者の就労施設では、施設利用者がさまざまな仕事に従事している。
しかしその工賃は、
全国平均で1か月に14,377円(平成25年度/厚生労働省障害福祉課調べ)だ。
国は、工賃を倍増させようと試みているが、なかなかうまくいかないのが現状である。
商品の力をつけて売る手法を考えないと、利用者の工賃を上げることはできない。
そこで〈沖縄広告〉とともに、このような現状を打破すべく動き出した。

「各施設でつくっているものをお祭りやフェアなどで販売するお手伝いから始めました。
しかし、どうしても商品のクオリティが高くないなかで、情で買われてしまいます。
そういうコミュニケーションの仕方には、限界があると思うんです」
と話してくれたのは、沖縄広告の仲本博之さん。

社会貢献として捉えられてしまい、一時的な売り上げにしかならない。
日常としては受け入れてもらえない。そこで考え出されたのが、〈琉Q(ルキュー)〉だ。
ブランド化し、障がい者のストーリーはあくまでバックグラウンドにすることで、
消費者に感覚的に共感してもらえる商品でなくてはならない。
まずは、沖縄の各地でつくられている滋味豊かな食を、
デザイン性も高く、パッケージする。
ここに共感を持ってもらうことが大切だった。

沖縄広告の仲本博之さんは、沖縄生まれのしまんちゅ。

これまでは施設が自由につくったものを売るという流れだったが、
ひとつのブランドをつくり、
その中のいくつかの作業を施設に発注していくという流れに変えた。
ものづくりのフローを逆向きにし、まずは商品力を高める。
結果、売り上げが伸びることで、生産数を増やしたり、
新しい商品や工程を生むことで工賃に還元できる仕組みだ。

“もの自体の良さ”で売っていくということは、
市場のものと同じ土俵で勝負するということ。その意味では、クオリティも重要だ。
クオリティを一定に保って、納期を守る。
ごく当たり前のことのように思えるが、施設だとそれが難しい場合もある。
消費者に言い訳はきかない。ここに矛盾があるという。

「仕事ではあるけど、施設にとって、一番は利用者さん。
無理をしてまでやらせたくないという心情が働きます。
それで納期が遅れていくということもあります」(萱原さん)

「国が工賃アップといいながらも、福祉とビジネスは切り離して考える風潮があります。
日本が抱える問題がコンパクトなかたちで表れていると思います」(仲本さん)