沖縄の宮古島で〈ありんこ文庫〉という絵本の図書室を主宰する、池城かおりさん。
ありんこ文庫は、宮古島市平良のアパートの1階にある。
赤ちゃん向け、低学年向け、高学年向けの部屋に分かれているものの、
3LDKの間取りに仕切りはなく、棚やソファがゆったりと置かれている。
日の光がさしこみ、車の音のほとんど聞こえない静かな部屋で、
子どもたちが来るのを待ちながら池城さんの話を聞いた。

宮古島 来間大橋 Photo: Chiaki Okuhira
筆者と池城さんの出会いは3年ほど前にさかのぼる。
私は2011年に、那覇の市場中央通りで〈市場の古本屋ウララ〉という古本屋を始めた。
池城さんは2012年、まだ〈ありんこ文庫〉が生まれていないときに、
その古本屋を訪ねてくれたことがある。
「今度、宮古島で絵本の図書室を始めようと思っています」
そんな風に話しかけられたのだったか。
「絵本を仕入れるには、どんな方法があるでしょう」
自分なりに知っていることを説明しながら内心では、
この人、本気かしらと怪しんでいた。
図書室というのはもちろん利益が出るものではない。
志だけでやっていこうというのだろうか。
こちらの勝手な心配をよそに、おそらく私と同年代の(あとで同学年だとわかった)
池城さんは、明るく笑っていた。

Photo: Chiaki Okuhira
池城かおりさんは、ありんこ文庫のある宮古島市で生まれ育った。
子どものころは公民館や小学校の図書室に通い、科学の本を読みあさった。
高校のときにレイチェル・カーソンの『沈黙の春』に出会い、
環境問題に関心を持つようになって、大学は理系学部を選んだ。
「初めての東京で寮に入ってアルバイトもして、楽しく過ごしました。
ただ、自分には研究者としての適性がないことも思い知らされました。
子どものころから好きな分野だっただけに、苦しかったですね」
研究職に就くことをあきらめて、さて、この先どうするか。
教職をとったり、一般企業の採用試験を受けてみたりと試行錯誤を続けるうちに、
子どものころから通っていた図書館のために働きたいと思うようになった。
ある日、司書講習の実習の課題でウェブを検索していたら、
日本科学未来館の求人が出てきた。
図書館の司書は狭き門だから、まずは社会人になって経験を積んでおこう。
池城さんはお台場の日本科学未来館で、
解説や企画を担当するサイエンスコミュニケーターの仕事を始めた。
「科学館の役割は、科学の魅力を伝えて、相手の好奇心に火をつけることです。
探究心があれば、あとは自分で学んでいける。
家に帰ったら、地元の図書館で調べてほしいと思っていました」
科学館にいながら、池城さんの視線の先にはいつも図書館があった。
5年の任期を終えて、28歳になった池城さんは再び岐路に立つ。
いずれ宮古に戻ろうと決めてはいたものの、島で自分に何ができるかわからない。
そんなとき、宮古島の新聞社が主催するエッセイのコンクールに応募した。
宮古島に帰ったらやってみたいことや島への思いを、素直に書いた。
「入賞しなかったら帰るのやめようと思っていたら、優秀賞に入って。
私の思いが審査員の誰かの心を動かしたのなら、
帰ってもいいのかな、と感じられました」

来間島 長間浜 Photo: Chiaki Okuhira
2008年、池城さんは宮古島に戻り、少しずつ自分の仕事を探っていった。
地元の新刊書店でアルバイトもした。
「児童書の担当をしたのですが、本は商品だから、管理が優先になるでしょう。
思う存分、読ませてあげたいって思いました」
その思いから、2009年に〈はじめまして絵本プロジェクト〉を始めた。
島内外からの募金で絵本を購入して、島の赤ちゃんひとりひとりにプレゼントする。
池城さんが中心となってボランティアグループを結成し、いまも活動を続けている。
池城さんをこのような活動に向かわせたのは、宮古島の図書館の厳しい現状だった。
宮古島に帰ったとき、島には市立図書館が2館と、県立図書館宮古分館があった。
市立図書館は狭く老朽化しているため、2013年に新館が開館する予定だったのに、
2009年に突然、計画が白紙となり、その後計画は再検討に入っている。
さらに2010年には県立図書館の宮古分館が廃止されてしまった。
「すごくショックでした。私にとって図書館は、
電気や水道やガスと同じ、生活に欠かせない存在なのに」
調べてみると、市立図書館の利用カードを持っている市民は2割弱。
特に気になったのは6歳以下の利用状況だった。
「図書館の新設が延期されたのには、相応の事情もあるでしょう。
でも、子どもの成長は待ってくれません。
宮古島の子どもたちの多くは10代で島を離れます。
知らない土地で暮らすとき、図書館の使い方を知っていたらどれだけ心強いか。
自分でできる範囲で、いまの子どもたちのために何かやってみたいと思いました」
どんな子も気軽に来られるように、無料公開の図書室をつくりたい。
でもどうやって?
そこをあと押ししてくれたのが、クラウドファンディングだった。
インターネットを通じて、活動への支援金を集める方法である。
まずは友人や知人、元同僚などに支援をお願いすると、
その人たちがSNSなどで呼びかけを手伝ってくれて、どんどん輪が広がった。
おかげで2012年11月、見事に目標額を達成。
翌年の春、全国から寄せられた資金で絵本を揃えて、ありんこ文庫は開室できた。
所蔵する絵本のなかには、支援者が子どもたちに読んでほしいと
推薦した作品も並んでいる。

個人スポンサーが推薦した絵本の巻末には推薦者の名前が記載される。約600冊の蔵書のうち、52冊はスポンサーが薦めた作品たちだ。名前を見つけることが楽しく、興味津々でページをめくる子もいる。
私も少額ながら2年にわたってスポンサーとなり、
2冊の絵本をありんこ文庫に入れてもらった。
お金を通じて関われるのは、遠くから応援したい側としてもありがたい。
また、ありんこ文庫のブログでは個人スポンサーの人たちからのメッセージや、
推薦された絵本のリストを見ることができる。
全国から寄せられた応援コメントを読み、絵本のタイトルを眺めていると、
たくさんの人が宮古島のありんこ文庫に期待しているのが感じられて、
こちらまでうれしくなる。
ありんこ文庫は現在もスポンサーを募集している。
興味をもたれた方は、下のサイトから参加してみてはいかがだろうか。
ありんこ文庫の個人スポンサー受付専用サイト

Photo: Chiaki Okuhira
話を聞いているあいだ、何人かお客さんがやってきた。
4歳の男の子は、来るなり奥の部屋に駆けこんで、畳の上に絵本を広げた。
力を入れすぎたのかページがバリッとはがれ、お母さんが真っ青になる。
「大丈夫ですよ、直せますから」
にっこり笑って補修を始めた池城さんを、男の子が下からおずおずと覗きこむ。
「心配いらないよー」
明るい声に安心したのか、男の子は「お茶、お茶」と声をあげ、
池城さんに入れてもらったさんぴん茶を飲みほした。
1歳4か月の女の子は次々に本を引っぱりだし、テーブルに積み重ねていく。
お母さんは、女の子がお腹にいるときからここに来ていたという。
「絵本が好きなんです。私は関東の出身で、向こうでは本屋によく行っていました。
この子はまだ公園に行ってもうまく遊べないんですけど、ここは落ち着けますね」
先に来ていた男の子は、小さな女の子に絵本を渡したりそっと抱っこしたり、
まるでお兄ちゃんのようにふるまった。
その様子を眺めていたら、別の女の子が私のほうに絵本を持ってきた。
読み聞かせているうちに男の子も近づいてきて、みんなで読んだ。
こんなふうに本を読ませてくれて、
私もありんこ文庫の仲間に入れてもらえたようでとてもうれしかった。

Photo: Chiaki Okuhira