春はサクラマスカレーが郷土の味。
北海道の小さな村から伝えたい
〈民宿きのえ荘〉若女将の挑戦

村から出たことがない女将による、
地域を知り尽くした宿

高台から神恵内村(かもえないむら)の漁港や集落を眺め、
海に沈む美しい夕陽を堪能できる。そんな場所に〈民宿きのえ荘〉はある。

女将の池本美紀さんは、神恵内生まれ、神恵内育ち。
なんと出産で10日ほど入院したのが、神恵内を離れた最長記録だという。
民宿を営む前は、銀行に勤めていた。しかし結婚と同時に民宿を始めた。

海を見下ろす場所に建つ〈民宿きのえ荘〉。

かつて積丹半島の海岸線を走る国道は、南の岩内方面から北上してきて、
神恵内で行き止まりであった。
現在のように積丹半島を東側までぐるっと1周することはできないから、
神恵内に泊まる宿泊客もいたという。
しかし平成16年に国道が開通し、積丹半島を1周することが可能に。
すると、神恵内に留まることなく通過するまちになってしまった。

「私は神恵内を出たことがありません。
高校を卒業して専門学校に進むと村から出る必要がありましたが、
村を出たくなかったので地元で就職しました。
結局、神恵内が好きなんですよね。だから人を呼びたいと思って宿を始めたんです」

昭和40年代に、池本さんの祖母が神恵内で民宿をやっていたことがあった。
その祖母の名前である「きのえ」をもらった。

漁港から宿まで、〈村田漁業〉がその日とれた魚を届けてくれるので鮮度はお墨付き。池本さんが着ているのは神恵内の岡田商店が発信する〈神恵内アンダーグラウンド〉のTシャツ。

夏になるとウニが有名な積丹半島。もちろんほかにもおいしい海の幸がたくさんある。
〈民宿きのえ荘〉の食事も季節ごとの旬の海の幸が満載。
池本さんの父親が漁師でもあるし、毎日、神恵内漁港にあがる魚が届けられる。

「神恵内のものを食べてもらいたいです。
このあたりでは子どもたちは、『今日もウニか〜、飽きたなぁ』なんて、
都会の人が聞いたら贅沢な愚痴を言ったりしてますよ」

きのえ荘の名物、とれたての豪華お刺身の数々。取材に訪れた5月中旬はヒラメがシーズンだった。

漁港にあがったヒラメ。これを食事として朝に夜にいただいた。

地域の魅力を発信していく
〈神恵内村魅力創造研究会〉

神恵内が好きで、人を呼びこみたい。
宿は始めたけれども、そもそも宿泊したいまちだと思われなければ泊まってはくれない。
そこで地元の仲間と始めたのが〈神恵内村魅力創造研究会〉だ。
まずはSNSでの発信から始めた。

「一緒に始めたのはUターンの若手が中心でした。
彼らは神恵内に帰ってきたときに、
かつてのようなにぎわいがないことを寂しく思っていたようです。
ずっと神恵内にいた私は、そんなこと感じていませんでした」

〈くらもと古本市〉 読み歩きする? 呑み歩きする? 長野の5つの酒蔵にて ブックイベントを開催

2017年6月19日(月)まで、長野県諏訪市にて
〈くらもと古本市 酒蔵の街の読み歩き〉が開催されています。

美しい山々に囲まれ、信州一の広さを誇る湖をもつ諏訪には、
代々良質な日本酒をつくり続けてきた5つの酒蔵があります。

くらもと古本市は、そんな5つの酒蔵〈信州舞姫〉〈麗人酒造〉
〈酒ぬのや本金酒造〉〈横笛 伊東酒造〉〈真澄 宮坂醸造〉に
全国各地の本屋さんやコーヒーショップなどが集い、
本とお酒を楽しむ空間をつくりだすブックイベント。

古本や新刊、リトルプレス、本にまつわる雑貨などのお買いものが楽しめるほか、
トークショーやワークショップなども行われます。

今年の出店は、長野からはバリューブックス、栞日、NABO、コトバヤ、
山梨からは不二御堂、mountain bookcase、
東京からはD&DEPARTMENT PROJECT、SUNNY BOY BOOKS、
nostos books、クラリスブックス、SNOW SHOVELINGなどなど。
本好き、日本酒好きにはたまらないイベントですね。

酒蔵はもちろん、まち歩きもたのしい。こちらは老舗の人気定食屋さん、まとい食堂。

ぜひ立ち寄りたいのは、真澄 宮坂醸造会場。

真澄 宮坂醸造の一角にあるショップ〈Cella MASUMI〉。樹齢300年の老松をのぞむテイスティングルームやショップがあります。

こちらには写真集を中心とした専門店や主にリトルプレスなどを扱う新刊書店など、
さまざまな本屋が出店するほか、日替わりでコーヒーショップもオープン。

BlueLineGarageCafe18、栞日、しぜんのおやつnagiなどのお店が登場します。
くわしくはイベントページをご覧ください。

〈ReBuilding Center JAPAN〉

兵庫県篠山の 米蔵を改装したイベントスペース 〈rizm リズム〉にて 音楽イベントを開催!

2017年6月10日(土)、11日(日)、
兵庫県篠山のイベントスペース〈rizm(リズム)〉にて
コーラス隊、CANTUSsuperfreeによる音楽イベントが開催されます。

CANTUSsuperfreeは、
女子聖歌隊、CANTUSを率いる太田美帆さんの
呼びかけで始まった不定形コーラス隊。
今回は太田さん、坂本美雨さん、武田カオリさんによる3人編成です。

rizmは、元農協の米蔵を改装したイベントスペース。
本イベントの発起人である太田美帆さんが
イベントのアイデアを思いついたときに
まっ先に思い浮かんだ場所がrizmだったのだそう。

イベントスペース〈rizm〉

太田さんに、そんなrizmについてコメントをいただきました。

「rizmは草野駅という今ではめずらしい無人駅が
最寄り駅で、バスが1日に3本しか走っていない所にあります。
100人入れば一杯!という所なんですけれど、周りには自然以外に何にもないから、
新しいことや新しい伝説が産まれやすい気がしています。
わたし自身、何度か公演をさせてもらっていて
大好きな場所です。そんな流れもあり、今回の会場は
ちょうどよく田舎の、もと米蔵です!」(太田美帆さん)

村上春樹『羊をめぐる冒険』 の世界を旅する 〈草原朗読会〉

北海道に、村上春樹さんの長編小説『羊をめぐる冒険』の
舞台になったのではといわれている場所があります。

『羊をめぐる冒険』は、友人の「鼠」から送られてきた
羊の写真から始まる物語。
主人公はその写真に写っていた星模様のある羊を探して、
美しい耳をもつガールフレンドとともに北海道へ向かいます。

(c) KOTARO BOOKS

(c) KOTARO BOOKS

上の写真は、北海道中川郡美深町の仁宇布(にうぶ)地区にある
唯一の宿泊施設〈ファームイントント〉の写真。
『羊をめぐる冒険』を読んだ方なら、羊が群れをなす光景に
どきっとしてしまうかもしれません。

札幌から列車に乗り、北へ3時間。美深という終着駅で降り、
30年以上昔に廃線になった線路跡に沿って車を走らせると、
白樺の林や牧場が広がる仁宇布(にうぶ)という地区に着きます。

(c) KOTARO BOOKS

この辺りが小説の舞台になったといわれている場所。
ここ、仁宇布と小説に出てくる「十二滝町」にはさまざまな共通点があるというのです。

(c) KOTARO BOOKS

たとえば十二滝町は札幌から260kmのところにあるまちですが、
札幌から仁宇布までの距離も、約260km。
また『羊をめぐる冒険』第八章の「十二滝町の誕生と発展と転落」には、
札幌から仁宇布までの道のりを彷彿とさせるようなところがあるのだとか。

廃線となった美幸線の終着駅「仁宇布」駅跡 (c) KOTARO BOOKS

ファームイントントのオーナー、柳生佳樹さんは
こうした十二滝町と仁宇布の共通点に気づき、
ネットで仁宇布が小説の舞台なのではという説を発信してきました。

するとその話が広がり、ファンがまちを訪れるように。
実際に訪れた人たちは、静けさに包まれた林や牧場を歩き、
小説のなかを旅しているような感覚に陥ったといいます。
2008年には、イギリスのBBC放送が取材に訪れたことも。
現在では美深町観光協会がまちおこしを兼ね、イベントを開催するまでになりました。

宿泊施設〈ファームイントント〉敷地内には〈松山農場〉もあり、羊がたくさん。(c) KOTARO BOOKS

6月17日(土)、ファームイントントの牧草地にて
毎年恒例の朗読会が開催されます。

(c) KOTARO BOOKS

勝手に作る商店街サンド:
文旦とちりめんをふりかけて完成!
高知市・日曜市編

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる、一石二鳥の企画なのだ。

〈志国高知 幕末維新博〉で盛り上がる高知でつくる!

今回やってきたのは高知県。
高知といえばご存知、坂本龍馬や中岡慎太郎など、
幕末に活躍した英雄をたくさん生み出したことで有名である。
今年で大政奉還から150年を迎えるのを機に
高知県内23か所の施設で貴重な歴史資料が見られる
〈志国高知 幕末維新博〉も開催されている。

〈志国高知 幕末維新博〉のメイン会場のひとつ、高知城歴史博物館。2017年3月4日にオープンしたばかりで大政奉還建白書写など貴重な資料が並ぶ。詳しくはこちら

今回はそんな高知県のなかでも一番の賑わいをみせる
高知市にやってきた。
幕末の志士ゆかりの地が多くあるのをはじめ、
景勝地である桂浜、江戸時代そのままの姿を伝える高知城、
〈日本がっかり名所〉のひとつとして名高いはりまや橋など
たくさんの見どころが詰まっている。

高知市の景勝地といえば桂浜。広い世界と続く太平洋が臨め、やる気が湧いてくる

一方、がっかり名所として有名なはりまや橋。ここから気合の午前7時スタート! 案内人は高知市出身であり、現在は東京の有楽町にある〈まるごと高知〉にいる横山久志さん。

高知駅からもほど近くにあるはりまや橋からスタートした。
高知県民謡の〈よさこい節〉の歌詞にも出てくるというが、
なるほど、、言われないと通り過ぎてしまいそうなくらい控えめな橋である。
しかしそこから見える大通りには、かわいらしい路面電車がひっきりなしに走り、
風情があってなかなかいい。

後ろにちょっと見える赤いのが路面電車です。

はりまや橋のすぐ近くには帯屋町商店街という大きい商店街があるのだけれど、
テイクアウトできるお店はあまりないとのこと。
そこで、追手筋で開かれる〈日曜市〉をメインに歩くことにした。

日曜市は、なんと300年以上も続いているという歴史ある街路市だ。
大通りから高知城へ向けて約1キロも続き、
あちこちからやってきたお店が約410店も連なる。
終日路上で開かれる市としては日本一の規模だそう。

南国感あふれる車道2車線を使った日曜市。まだ朝早いのにすでに人がいっぱい!

食材が豊富すぎる!

うわ~っと思わず声がもれる。
これだけお店が並ぶのだもの、食材が豊富だ!
いや逆か。
海と山、川と自然に恵まれている高知だからこそ
これだけ多くのお店が出せるのだ。
野菜や果物はツヤツヤと輝き、高知ならではの
食べ物や飲み物が並んでいた。

あちこちに並んでいたのは高知の特産・文旦。東京で買うとひとつ400~500円もする。

この文旦の香りが市全体に漂っていて、さわやか!

高知はトマトも有名。特にあま~いフルーツトマトは絶品!

ほか、緑野菜もおいしそう。そして安い!

黄色、赤、緑。
まっすぐに、清々しいほどの鮮やかな色の食材が並ぶ。
見ているだけで「うまい!」と叫びそうになるほど美しい。
これはヘルシーなサンドイッチになりそうな予感である。

日曜市名物のひとつ、ほんのり甘い「あめゆ」。ショウガを入れていただく。割とサッパリめでゴクゴクといける。100円。

かぼちゃや紫いもが練り込まれている田舎まんじゅうや、魚ではなくミョウガや昆布などをのせる田舎寿司にもつい手を伸ばしてしまう。

こちらはさつまいもを使ったお餅。そういえば芋けんぴも名物だし、高知は芋のおやつが豊富だ。

ショウガってこんな大きかったのか! スーパーで買う小さいサイズしか見たことなかった。

両側に並ぶお店は、その場で飲食できるものも多くて
まるでお祭りのようだ。
お店の人たちもよく話かけてくれるから、
ついつい手を伸ばしてつまんでしまう。
そう言えば高知の人は相手の懐に入るのがうまい印象がある。
初対面でもグッと距離が近いというか、
だれが相手であっても本音で話してくれるような、そういう感じだ。

干しいもをまぜこんだ〈かんば餅〉や、豆餅。特にかんば餅が絶品ではまってしまった。

お店の人と、まるで家族みたいに話す横山さん。

楽しそうに話してくれるのがうれしい。

これが〈高知家〉か!

そこでハッと気づく。
高知県は何年か前より〈ひとつの大家族〉を
スローガンにしているのだ。
高知にかかわる人・興味のある人はみんな家族であり
〈高知家〉の一員であるというわけだ。

正直、現地に来るまでピンとこなかったのだけど、
この街路市を体験したら少しその意味がわかってきた。
ちょっとしたご縁があればすぐ打ち解ける、
そんな気質を持っているように感じられた。
さてさて、本題のサンドづくりだ。
横山さんと何にしようか相談しながらかき集めた。
すると、これまでにないほどの早さで食材が集まる集まる!

山梨の〈五味醤油〉に生まれた
食のワークショップスペース。
新築から、まちのリノベーションへ。
PRIME KOFU vol.2

PRIME KOFU vol.2

前回は、オランダで建築を学び、震災復興のために訪れた
福島県いわき市での空き家から複合施設へのリノベーション。
これを機に山梨へ戻ることを決めたのですが、
第2回目は、地元である山梨に戻ってきてから、最初のプロジェクトができるまでのお話。

山梨に戻ってきたはいいが、仕事がない

海外東京と渡り歩いて戻ってきたはいいけれど、

「おかえり、さっそく仕事をお願いします」 

なんてことはありえないわけで。仕事のあてがあったわけでもないので、
しばらくは失業保険やアルバイトで食いつなぐ生活が続きました。

地方は、親世代から家業として建築業を営まれている方や大手ハウスメーカー、
工務店などがほとんどの仕事を請け負っており、地縁、既存コミュニティのつながりが強く、
新規参入で独立開業することはなかなか難しい社会状況です。

そこで僕が山梨に戻り、最初にやるべきことは、福島での震災復興でもそうだったように、
地元の方々との交流をもつこと。特に、
僕と同様に地方都市に対して問題意識をもつ地元の諸先輩方のお話に耳を傾けることでした。

つながりを育てること

最初の1年間は、ありとあらゆるイベントや集まりに顔を出しました。
鯉淵さんはどこにでもいるけど、
何をやっているのかよくわからない人と言われたほどです(笑)。
そのフットワークの軽さが功を奏したのか、
1年の間でとても多くの方とお話をさせていただき、
よい関係性を築かせていただくことができました。

山梨は県人口80万人と少なく、非常に狭いコミュニティなので、
なにかしらどこかで誰かがつながっています。
そうすると、友だちの友だちは実は友だちだったみたいなことがどんどんと連鎖していき、
ちょっとした出会いがさらに新たな出会いを生んでいく。

地方が東京のような大都市圏と大きく違うことは、
この人のつながりの連鎖がものすごく速いことです。
建築に限らず、地方で独立して、仕事のフィールドを開拓するならば、そうした連鎖のなかで、
自分がなにを思い、どんな役割でなにができる人なのかを明確にしてアピールしていくことが
とても重要なのだということがわかりました。
これは福島の復興支援で学んだこととも重なります。

そのなかでも、ちょうど僕が山梨に戻るタイミングで開かれていのが、
毎年、春先に行われる富士吉田市の〈げんき祭〉。
富士吉田市の地域おこし協力隊や行政職員が中心となり、
山梨のアートディレクターやデザイナーさん、一般の方など、
山梨をもりあげている若者たちが多く集まるお祭りでした。
今思えば、このイベントでできたつながりが、
僕にとってはかけがえのないとても重要なものとなっています。

2013年からスタートした〈ハモニカ横丁げんき祭り〉は、空き家になってしまった6軒長屋〈ハモニカ横丁〉を舞台に、さまざまなイベントや出店が行われます。

五味醤油との出会い

そんななかで出会ったのが〈五味醤油〉の6代目である五味 仁さん。
五味さんは、家業のお味噌屋さんを継ぐために
僕よりも5年以上前に山梨へUターンされた方で、
現在、妹の洋子さんと一緒に発酵兄妹というユニットを組み、お味噌だけではなく、
発酵文化や食文化などを広めるため、県内外で、とてもおもしろい活動を続けている方々です。

僕と同じく甲府にお店を構えていることもあり、いろいろな場所で顔を合わせる機会に恵まれ、
トークショーなどにも、スピーカーとして一緒に参加させていただいたこともありました。

2015年の〈ハモニカ横丁げんき祭り〉にて、山梨の今を伝えるフリーマガジン『BEEK』が主催するトークイベントにゲストとして参加。司会はアートディレクターで『BEEK』編集長の土屋 誠さんと五味醤油6代目の五味 仁さん。©BEEK DESIGN/土屋誠

そんなご縁もあり、ある日、五味さんから
味噌づくりのためのワークショップスペースをつくりたいとお願いをされました。
山梨に戻って1年弱、初めて依頼されたお仕事です。

古い工場リノベーションが正解ではない?

五味醤油には築70年以上も経つ味噌工場が敷地の奥に建っています。
その工場の一角を改修して、味噌づくりや
食に関するワークショップやイベントを行う拠点をつくりたいというご相談でした。

工場自体は、何度か改修を重ねていましたが、やはり老朽化している箇所も多くあるため、
かなり修繕しないとならない状況。
加えて、敷地の奥にあるため、道路からの視認性が非常に悪く、
集客という面では大きなデメリットになる立地です。

そうこうやり取りを続けているうちに、
五味醤油さんから敷地に持て余している部分があるので、
そこに新築するのはどうですか? という提案がありました。

開業150年を目前に控える老舗のお味噌屋さんとなれば、
工場をリノベーションするほうが、ストーリーとしては美しいし、話題性もあります。
「新築」という選択肢など僕の頭にはまったくなかった提案でした。

しかし、この提案をきっかけに、
僕のリノベーションに対する視野が大きく広がるきっかけになります。

左にあるのが、五味醤油の店舗スペース。

群馬県の上毛かるたがアプリに! 〈札ッシュ!! 上毛かるたGO!〉 ゆかりの地で札集めしながら グンマーを開拓せよ

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群馬の上毛かるた(じょうもうかるた)がスマホゲームに

群馬を代表する郷土かるた〈上毛かるた(じょうもうかるた)〉が
スマートフォンで遊べるアプリになりました!

使い方は「伊香保温泉」や「ねぎとこんにゃくの名産地・下仁田」など、
上毛かるたゆかりの地でスマートフォンをかざすと札とりができ、
44種のかるたを集めるというもの。

さらに、パートナー店で一定金額の買いものをすると
杉の木からつくった木製かるた〈カルカ〉の札をもらえます。

クラウドファンディングから始まったというこのアプリ。
上毛かるたの全国大会〈KING OF JMK〉のみなさんが企画し、
「せっかく作るなら、もっと群馬の観光に直結するようなアプリに育てたい」と
さまざまな工夫が盛り込まれたのだとか。

〈水戸 養命酒薬用ハーブ園〉
いよいよ開園!
シャクヤクがつなげた、
水戸と駒ヶ根の縁

茨城県水戸市と薬用養命酒でおなじみの養命酒製造株式会社が、
2016年夏からスタートした官民協働の新たな試み、
薬草活用プロジェクトのシンボルガーデンがついに完成。
それが、この4月29日、開園30周年記念事業の一環として
水戸市植物公園内にオープンした〈水戸 養命酒薬用ハーブ園〉です。

珍しいハーブがたくさん!
市民の憩いの場としてオープンした〈水戸 養命酒薬用ハーブ園〉

薬草に親しんでもらいたい。
そして先人の知恵の結晶ともいえる薬草文化を、いまの暮らしに役立ててもらえれば。
そんな願いが込められた薬用ハーブ園の薬草の一部は
ふたつのアルプスが見えるまち・長野県駒ヶ根市から届けられました。
初夏に美しい花を咲かせるシャクヤクもそのひとつ。
今回は、薬用ハーブ園に関わった裏方さんを紹介します。

薬草園と聞くと地味なイメージがあるけれど、
4月29日にオープン記念セレモニーでお披露目された、
〈水戸 養命酒薬用ハーブ園〉は、憩いの場という言葉がぴったり。
まるでイングリッシュガーデンのような雰囲気です。

「西川綾子園長が描いたイメージを再現しただけで、
私はそのお手伝いや下準備しかしていませんが」
そう前置きしつつも話してくれたのは
入庁4年目の若手技師ながら、ガーデンの設計を任された
水戸市建設部建築課の園岡 藍さん。
いままでの仕事は公共建築物の修繕が主だっただけに、
園長からぜひ手伝ってほしいとの依頼に驚いたとか。
「あなた、名前が薬草よね、と誘われて」
未体験の仕事にチャレンジすることに。
藍染めの染料“藍”は水戸藩ゆかりの薬草でもあると聞き、
この仕事に不思議な縁を感じたのです。

思わず座りたくなる? 快適なウッドデッキと園岡さん。シンボルツリーのキハダも樹皮に抗菌作用がある薬木。

そこで考えたのが、自分のように薬草を知らない人でも
心地よくくつろげる空間にしたいということ。
なかでもシンボルツリー・キハダを囲む円形ウッドデッキは、
“憩いの空間”らしい印象的なデザイン演出ですが、
これは地元の大工さんからのアドバイス。
「直線的な形状にするつもりで相談したら、
放射状に板を並べたほうがキレイだし長持ちするんだよと」
ただし扇型に1枚ずつ板を加工するのは大変な作業。
それをこころよく職人さんに引き受けてもらい、
予想以上に見事な出来映えに園岡さんも感動したそうです。

柔らかな曲線を描く石積み看板。蜂蜜色の自然石は、美しい村々で知られるイギリス・コッツウォルズ地方から。

また、特に思い入れがあるのが自然石を積み上げた看板。
これはドライストーンウォーリングと呼ばれる、
セメントなどを使わない英国伝統の技法ですが、
実は、このモニュメントの構想がまとまったのは、開園4か月前というぎりぎりの時期。
「私自身が最終的な段階で煮詰まってしまって」
この薬用ハーブ園ならではの何か。それって何だろうと思い悩む園岡さんに、
“バラの先生”が教えてくれたのがこの石積み。
英国といえば料理にはもちろんのこと、
ホリスティックな医療など、さまざまなシーンでハーブを活用してきたお国柄。
旧水戸藩校・弘道館の古瓦をあしらった、
隣接する“江戸時代の水戸藩にまつわる薬草エリア”とも好対照。
この看板が決まるとあとはとても順調に進み、
オープニングの日を無事に迎えることができたのです。

薬草ではトップクラスの美しさ。シャクヤクは女性の味方のような効能を持つ生薬でもあるのです。

「ただ、こうして完成した薬用ハーブ園を見ると、やはり主役は薬草なんだなと。
2週間前のがらんとした状態とは見違えるようです。
美しく咲いてくれたこのシャクヤクとか、“花を添える”という言葉通りですね」

駒ヶ根から水戸へ、遠路はるばるようこそ。薬用ハーブ園誕生を祝うかのように花開いたシャクヤクと園岡さん。

こんなにいい空間になったのも、薬草を大切に育ててくださった方々のおかげ。
この園岡さんの言葉を聞いたら、駒ヶ根にいる“あの人”はきっと安心するはず。
伝えてあげたいなと思うと同時に、ふたつのアルプスを望む広い畑を思い出しました。

無人なのにリピーター続出!? 天理市〈せんぎりや〉 日本最古のハイキングコース にある無人販売所

奈良県北部の天理市に、日本最古の道といわれているハイキングコースがあります。
その名も「山の辺の道」は、北は奈良から南は三輪山の麓まで、
山裾を縫うように続く道。
その道程には『記紀』『万葉集』ゆかりの地名や、旧跡、
社寺、古墳がたくさんあります。

しかもうわさによれば、超個性あふれる無人販売所もあるとのこと。
そうと聞いては、行かないわけにはいきません。
コロカル一行、山の辺の道をゆき、うわさの無人販売所
〈せんぎりや〉の店主にお会いしてきました!

〈せんぎりや〉店主の仲谷一之さん。仲谷さん節が炸裂するインタビューは次ページにて!

昔からたくさんの人が足跡を重ねてきた山の辺の道。
せっかくいくなら、その道のりを辿ってみたいものです。
というわけで、スタート地点の天理駅にやって来ました。(※1)
駅前には、2017年4月にオープンした話題の〈天理駅前広場 コフフン〉があります。

〈天理駅前広場 コフフン〉Photo : Takumi Ota

今回は駅前で自転車を借りられると聞き、自転車でいくことに。
こちらの〈吉本サイクル〉でレンタルしているのは、なつかしのママチャリです。

駅前にある吉本サイクル。自転車はコフフン内にある〈バイシクルカラー奈良天理店〉でも借りられます。

それではいざ、いにしえの古道をめぐる旅へ。
駅前から東の山の方へ向かって自転車をこいでいくと、
やがて大きな建物が姿を消し、小さな民家や畑が増えてきました。
小さな道に入り坂道を上りきると、森の奥に神社が。
ここは、日本最古の拝殿をもつ〈石上(いそのかみ)神宮〉。
古代へと通じる道の入り口です。

〈石上神宮〉このまちへ来るとよく「日本最古の」という言葉を聞きますが、天理市は古代大和時代にヤマト政権がつくられた場所。永い歴史をもつ場所がいたるところにあるんです。

その後は山を下ったり、畑のあいだにある急な坂道をのぼったり。
ママチャリでもいける所なら楽勝と思っていたら、ちょっと甘く見ていました!

木の下は涼やか。太古の森が体の熱を冷ましてくれるようです。でも、途中には日を遮るものがない場所も。夏場は日射病にご注意を。帽子は必須です。

その後は〈天理観光農園/CAFE WAWA〉でひと休み。

〈天理観光農園/CAFE WAWA〉石窯ピッツァやフレッシュジュースを楽しめます。季節によってきんかんやみかん、ブルーベリーなどの収穫体験もできるのだそう。

それからしばらく進んでいくと、
珍しい茅葺き屋根の拝殿がある〈夜都伎(やとぎ)神社〉があり、
その辺りから静かな集落に入りました。

突き当たりに見えるのが〈夜都伎神社〉の鳥居。神社のまわりに木々が集まり、小さな森のようになっています。お社を守る鎮守の森とは、このこと。

辺りにあるのは、歴史を感じる家々と田んぼ、草むらのみ。
温かい空気に包まれ、どこかなつかしさを感じさせます。

※1 山の辺の道のハイキングコースには天理駅から奈良市に通じる〈山の辺の道 北コース〉と櫟本から奈良市に通じる〈伝・山の辺の道コース〉、天理駅から桜井駅に通じる〈山の辺の道 南コース〉があります。今回訪れたのは南コースです。

撮影:出地瑠以 ※天理駅前広場 コフフンの写真を除く

〈KITAKAGAYA FLEA 2017〉 おもしろいこと間違いなし! 誠光社、grafらユニークな 出店者が集うマーケット

2017年5月27(土)・28(日)、大阪にてマーケットイベント
〈KITAKAGAYA FLEA 2017 SPRING & ASIA BOOK MARKET〉が開催されます。

こちらのイベント、京都の書店〈誠光社〉や〈ホホホ座〉、
大阪のクリエイティブチーム〈graf〉、
ベーカリー〈パンとお話 Appleの発音〉、
台湾で人気の出版社など、インディペンデントなつくり手から
大手出版社までが集合し、とにかくにぎやかでおもしろそう!

雑誌づくりで出会ったクリエイターたちが出店!

というのも、主催は大阪を拠点にローカル・カルチャーマガジン
『IN/SECTS』を発行するLLC インセクツ。
雑誌をつくるなかで出会ったつくり手たちが
一堂に会するとあって、ユニークな出店者が揃っているんです。

『IN/SECTS』Vol.7

本が好きな方は、いくら時間があっても足りないかもしれません。
京都の本屋〈YUY BOOKS〉〈MONTAG BOOKSELLERS〉、
フットボールカルチャーマガジン〈SHUKYU Magazine〉、
美容師のための文藝誌〈髪とアタシ〉、オリジナルな切り口の書評誌〈本の雑誌社〉、
台湾の出版社〈秋刀魚〉〈男子休日委員会〉、出版社〈リトルモア〉
〈パイ インターナショナル〉〈ミシマ社〉〈地球丸〉などが出店します。

雑貨や食品なども充実!
〈しまおまほのフリマホ〉、野菜のお店〈yamsai〉、
紅茶とキャンドル〈MATCH POINT〉、
播州織物〈仲井商店〉、雑貨のお店〈NEW PURE+〉
植物店〈裏庭植物店〉などが登場します。

さらに会場では、おいしいものも楽しめます。
〈ツキノワカレー〉や〈谷口カレー〉、
宝塚にある小さな食堂〈シチニア食堂 〉、
ベーカリー〈foodscape!〉、ドイツ菓子〈FrauPilz〉
料理人のyoyo.さんによる〈ベジしょくどう〉、
大阪・箕面で生まれた地ビール〈箕面ビール〉、
〈USHIO CHOCOLATL(ウシオチョコラトル)〉など、
気になるお店がたくさん!

宝塚・清荒神さんのふもとにある小さな食堂〈シチニア食堂 〉

料理開拓人・堀田裕介さんのお店〈foodscape!〉

スパイスを効かせた和風出汁ベースのカレー〈ツキノワカレー〉

空き家は、島の文化財?
伝統的な民家を宿に再生。
奄美大島で始まった〈伝泊〉とは

伝泊 vol.1

みなさん、はじめまして。建築家の山下保博です。
〈アトリエ・天工人〉という建築設計事務所の代表として、
住宅や公共施設などの設計をしています。
特に都市の狭小住宅は、東京を中心にこれまでに250棟以上つくってきました。

しかし今回は、僕の設計とは少し違う活動である〈伝泊〉についてお話しようと思います。
〈伝泊〉は、“でんぱく”と読みます。伝統的、伝説的な古民家を探し出して、
改修することで宿泊施設としてよみがえらせ、
さらに地域のコミュニティとして開放する仕組みのことで、僕のつくった造語です。
その第1弾の宿〈伝泊 FUNA-GURA〉と〈伝泊 MAE-HIDA〉が、
奄美大島に2016年7月にオープンしました。

なぜ、奄美大島?

僕は鹿児島県の奄美大島出身です。
鹿児島市からは約350キロも離れた島々で、奄美大島本島は沖縄本島を除いては、
日本の中で2番目に大きな離島です。ちなみに一番大きな離島は佐渡島です。

人口は本島で6万人ほど、奄美群島全体で約11万人。
海に囲まれ、豊かな山もあり、独特の動植物などの手つかずの自然が今なお見られます。
そして、集落や古い民家が昔ながらの姿で残っている場所がいくつかあります。

手つかずの自然が多くのこる奄美大島。観光地化されることで本来の良さが失われることは絶対に避けたい。

その奄美が、この度ユネスコの世界自然遺産の登録候補になりました。
僕は2年半ほど前からリゾート施設をつくる仕事で奄美に帰るようになっていたのですが、
奄美らしいものを提供したいと思い、奄美の昔ながらの集落を新しいかたちで復活させようと、
奄美のいろいろな人にアイデアをもらってやっています。

そんななか、奄美でも空き家問題があって、
空いている古民家を何とかしてほしいと地元の方から相談を受けるようになりました。

お話を聞いたり、実際に空き家を見に行ったりするうちに、
「奄美大島の特徴のある建築を残して、
たくさんの人々に実際に利用してもらうことで、単なる建築の保存活動ではない、
“生きた保存・継承” ができないだろうか」と考え始めました。

たくさんの伝統的な民家や空き家になっていることがわかった。

そこで、まずはおおよそ50年〜100年前に建てられた民家を選んで、
奄美の伝統的な建築の条件を調べ上げました。
その条件に合った空き家を、一棟貸しの宿として改修することにしたのです。

奄美の伝統建築とはどのようなものか

奄美の特徴的な自然環境として、台風が多いことと、
ハブが生息しているという2点が挙げられます。
こうした環境で、いかに安全、快適に暮らしていくかという知恵が生かされているのが、
奄美の伝統建築です。僕の調べた奄美の伝統建築について具体的に説明します。

①珊瑚石や生垣・防風林やブロックの塀がある

台風対策のため、敷地の周りは、最大瞬間風速40~60メートルの風に耐えうるための塀が設けられている。昔の素材は珊瑚石や生垣・防風林だったが、最近はコンクリートブロック塀も見られる。

②母屋、水屋など複数棟に分散されている

敷地内には、母屋と水屋と家畜小屋、納屋、便所などがバラバラに3〜5棟配置されている。理由は、大きな建物は台風に対して弱いこと、建築に使える大きな材木が乏しかったこと、また昔から豊かではなく、外部からの影響も少なかったことから、建築技巧が低かったことなどが考えられる。穀物を貯蔵する倉で、湿気から穀物を守り、ハブ、ねずみなどの動物の侵入を防ぐための〈高倉〉が現存する家もあり、井戸も必ず設けられている。この写真は、実際に奄美にある、貯蔵のための倉。湿気や動物の外を防ぐために高くなっている。柱がツルツルしていて、ねずみやハブが登りにくくなっている。

庭には、井戸が必ず設置されている。

③ほとんどは平屋づくり

同じく風が強いこと、建築的な技術があまり発達しなかったことから、平屋がほとんど。屋根の形は、高倉から派生した〈入母屋造り〉や変形的な〈寄せ棟造り〉が多く見られる。

④熱帯エリア特有の仕様“高床”

東南アジア地域特有の高床式が多く見られ、床の高さは60〜90センチメートル。高床の理由はふたつあり、湿気対策と台風の風を通過させることで建物が倒れないようにするためである。

⑤先人の智恵が詰まった〈ヒキモン構造〉

奄美は、東南アジア地域からの影響で、束石(つかいし:床をを支えるための基礎)の上に乗せただけの柱が土台を貫通して梁まで伸びている〈ヒキモン構造〉が多く見られる。これも台風対策の一環で、足元周りや建物全体の強化をするための先人たちの知恵。

⑥独特の平面計画

母屋の間取りはメインの部屋(オモテ)を外廊下で囲い込み、その廊下が玄関の役割も果たしている。最近では、廊下の先にトイレが多く設置され、台所は土間が多く、半屋外の作業場でもあったが、現在は床が張られ、台所や食事どころなっている場合がほとんどだ。

⑦木や海砂、珊瑚石など奄美の材料を使っている

奄美は貴重な動植物に恵まれているが、いい木材はとれなかった。それでも、シロアリに強い曲がった柱や梁材をうまく利用して組み立てていつ。屋根は茅葺きだったが、現在では多くがトタン屋根に葺き直されている。清めのために庭に珊瑚石や海砂を敷き詰めた家もある。

カルチャーWebマガジン 『SEN. 』(セン)。 仙台の「シビックプライド」を 育てるWebメディア

観光ガイドには載らない「仙台らしさ」を
探求するカルチャーWebマガジン

東北最大の都市、宮城県仙台市。
“観光ガイドには載っていない仙台らしさ”を、
地元の人が発信するカルチャーWebマガジン『SEN.』(セン)
リニューアルオープンしました。

『SEN.』は、仙台市で活動する、
社会人と大学生の有志が行っているプロジェクト。
トークやワークショップなどのイベント、ZINE(フリーペーパー)、
そしてカルチャーWebマガジン『SEN.』の発信が主な活動で、仙台市中心部にある
シェアオフィスなどを含む複合施設〈THE 6〉を拠点にしています。

カルチャーWebマガジン『SEN.』。イラストは仙台にゆかりのあるクリエイター、伊藤眸さんの作品。

Webマガジン『SEN.』のテーマは、仙台の文化の点を線でつなぐこと。
仙台の文化的な場所やひと、アートなどにフォーカスした記事を、
市民ライターを含めた執筆者たちが、
それぞれの視点で切り取った情報を発信しています。

仙台の人なら誰もが知る“三原堂

仙台は住みやすいまちと言われますが、「仙台のいいところはどこ?」と
改めて聞かれると、「いや、別に……」と答えてしまったりして、
自分のまちに誇りを持つ“シビックプライド”がちょっと足りないような……。

牛タンやずんだだけじゃない仙台の魅力を見つけて、
地元から発信することを目標にしているのだそう。

写真:はま田あつ美(Rim-Rim)

市民ライターの記事のほか、異分野で活躍する仙台のキーパーソン同士が
対話をするシリーズ『SEN.点と点をつなぐインタビュー』も展開中。

第1回は「料理と建築の鮮度」をテーマに、
宮城県内で生産された鮮度の良い野菜をつかったレストラン
〈野菜屋カフェヴェルデ〉のオーナー・奥村隆さんと、
建築家の川上謙さん(LIFE RECORD ARCHITECTS)が対談しています。
料理と建築、両者の仕事の流儀がつまった対談はヒント満載。
記事はこちらから。

トークセッション『仙台の文化の拠〝点〟を〝線〟でつなぐには?』

ほか、『SEN.』ではイベントやトークセッションの企画・開催を通して
仙台を面白くするための活動を行っています。
3月18日(土)には、「仙台の文化を、どのように繋いでいくのか?」を考える
トークセッション『仙台の文化の拠〝点〟を〝線〟でつなぐには?』が開催されました。

〈ちょいのぞき気仙沼〉 毎週末開催! 宮城県の港まち ならではの仕事体験プログラム

じわじわ人気を集める、気仙沼の仕事体験プログラム

宮城県気仙沼市は、美しいリアス式海岸に〈気仙沼港〉を持ち、
カツオやマグロの水揚げ量は日本有数。
さらに日本一のフカヒレの生産地としても有名な港まちです。

そんな気仙沼で、“港まちならでは”のお仕事体験ができるプログラム
〈ちょいのぞき気仙沼〉がじわじわ人気を集めています。

もともと市内にランドマークや観光地が少なく、
「どうしたら気仙沼に足を運んでもらえるか」と課題を抱えていた気仙沼市。
そこでバラエティ豊かな水産業のお仕事内容に目をつけて、
「気仙沼の仕事を体験できるプログラムをつくろう!」と2015年にスタートしました。

体験場所は、造船所や水産加工場など、普段はなかなかお目にはかかれない場所ばかり。
親子で参加するのはもちろん、大人同士でも楽しめるプログラムが用意されています。

当初は月に1度限りの開催でしたが、回を重ねるごとに参加者が増え、
今年の4月からは毎週末に開催することが決定! 
今回は、レギュラー開催している人気のプログラムをピックアップしてご紹介します。

〈ちょいのぞき気仙沼〉MAP

マップを拡大

まず紹介するプログラムは、〈氷屋探検〉。毎日港にやってくる
魚の鮮度を保つのに必要不可欠な氷をつくる製氷所で、
重さ135キロの巨大氷がつくられる過程を見学します。

マイナス10度の貯冷庫に潜入したり、
ノコギリを使って、氷の切断にチャレンジできます。
その後は、自分でカットした氷からかき氷をつくり、
試食できるという大満足のプログラムです。

貯冷庫内、ずらりと並んだ巨大氷は迫力満点!

大きな氷はノコギリを入れるのも一苦労!

気仙沼産のイチゴを使ったシロップを贅沢にかけて、いただきます!

種類は日本一!? もちカルチャーをまとめた 岩手県一関市の冊子『もちのまち』

日本の伝統食としてしられる“もち”ですが、
一般的な食べ方は、あんこやきなこ、雑煮など。
しかし一関市を含む岩手県南地域には、ずんだもち、くるみもち、ごまもち、
しょうがもちなど、豊富なもち料理で知られています。

そんな郷土のもち食文化をまとめようと、
コロカルがお手伝いした冊子『もちのまち』がこの度、完成しました。

冊子では、歴史、暮らし、もち料理、市内へのアンケート結果、
もち食の雑学などさまざまな方向から一関のもちカルチャーについてまとめられています。

稲がたわわに実った一関市、萩荘地区の棚田の風景。

もちにまつわる雑学を集めたページ。デザインは、朴なおみさん。イラストは、表紙とともに、服部あさ美さん。

かつては、年中行事や冠婚葬祭のごちそう、冬季の保存食として親しまれ、
春はよもぎもち、夏はずんだもちや豆腐もち、秋はくるみもち……など、
季節の食材を使い、工夫を凝らしたもち料理が親しまれてきました。
地域や家族の最大の「おもてなし」だったもち料理ですが、
昔に比べてその機会もだんだんと減っているそうです。

結婚式には、庭で近所のみなさんが集まり、縦につく千本杵を使って大勢でついて祝ったそう。(写真:『年月のあしおと』より)

冊子では今も家族でもちつきを楽しんでいるという千葉さんご家族を取材。
特に千葉さんの住む花泉地区は、一関でももち料理がさかんなエリア。
7月に、日本一のもちつき大会というお祭りまで開催されているところです。

かまどでしっかり蒸したアツアツのもち米をついていきます。

千葉さんは、自家栽培のもち米〈コガネモチ〉で、
毎年お正月やイベントなどで杵と臼でついていて、
機械でつくのとは比べられないおいしさがあると言います。

〈天理駅前広場
CoFuFun(コフフン)〉
佐藤オオキデザインによる
古墳モチーフの広場が
フフン〜♪とオープン!

Photo : Takumi Ota

現代の古墳が誕生!〈天理駅前広場 CoFuFun(コフフン)〉

2017年4月、奈良県北中部にある天理駅前に
〈天理駅前広場 CoFuFun(コフフン)〉がオープンしました。

駅を降りると、目の前に芝生が広がり、不思議なかたちをした建物群が……
ここが、このたび完成したコフフン!

コフフンのメインエリア

Photo : Takumi Ota

円形の不思議なかたちが点在する広場のデザインを手がけたのは、
佐藤オオキさん率いるデザインオフィス〈nendo〉。

nendoがデザインのモチーフに選んだのは「古墳」でした。

ユニークなのは、古墳の使い方。
こうして建物にのせると大きな屋根に!

インフォ&ラウンジコフン

〈インフォ&ラウンジコフン〉Photo : Takumi Ota

逆さまにすると、まるで宇宙船のようなかたちに。

屋上に巨大トランポリンがある〈ふわふわコフン〉

屋上に巨大トランポリンがある〈ふわふわコフン〉Photo : Takumi Ota

古代大和時代にヤマト王権が形成された地、天理市には、
古くから連綿と続いてきた暮らしがあります。
市内には、なんと約1600基もの古墳が残っているのだそう。

その古墳のかたちを組み合わせ
起伏に富んだランドスケープをつくることで、
山々に囲まれた奈良盆地の地理的特徴を表したのだとか。

「古墳が複数の役割を果たし、まるで全体がカフェであり、
全体が遊具であり、全体が大きな家具に感じられるような、
そんなゆるやかな空間。
この広場はみなさんに自由に使っていただくのが正しい使い方です。
よそいきの時間じゃなくて、どんどん使ってどんどん関わっていただき、
日常のものにしていただけたら」とnendoの佐藤さん。

ふわふわコフン

Photo : Takumi Ota

コフフンという名前は、モチーフである古墳と、
思わず「フフン〜♪」と鼻歌を歌いたくなるような
心地良さを提供したいという気持ち、
そして市民のみなさんが「フフンッ」と自慢できるような
場所となってほしいという思いからつけたのだそうです。

このプロジェクトは、天理市が
天理駅前からにぎわいを広げていくため
3年前から進めてきたプロジェクト。
以前の駅前には人が憩う場がなく、少々寂しい場所だったそうですが、
コフフンオープン後は、駅前に子どもからお年寄りまでが集い、
とてもにぎわっています。

〈TAKIGAHARA FARM〉 農業のある暮らしを探求する 石川県滝ヶ原のファームハウスにて フェスティバルを開催!

都市は農を求め、農は都市を求めている

石川県小松市滝ヶ原町にて、農業のある
新しい暮らしを探求する活動が始まっています。

拠点は、古民家を改修したファームハウス〈TAKIGAHARA FARM〉。
発起人は、東京でファーマーズマーケットを運営する
NPO法人ファーマーズマーケット・アソシエーションのみなさん。
青山でマーケットを開催し、全国の農家さんやつくり手、
お客さんたちと接していくうちに
「都市は農を求め、農は都市を求めている」と確信したのだとか。

テーマは「Cultivate to Culture(すべては耕すことから始まる)」。
東京から移住したメンバーが畑に立ち、土を耕し、
「食べる」「働く」「生活する」を考え直し、農業の新しい可能性を探ろうとしています。

Photo:Yoichi Naiki

Photo:Yoichi Naiki

活動内容は農業だけではありません。
TAKIGAHARA FARMのみなさんが取り組んでいるのは
言葉や写真、映像を用いてアートやデザインの視点で
農的生活を情報化し、発信していくこと、里山と都市のあいだを橋渡しすること。

2016年に北陸古民家再生機構の協力を得てファームハウスを開設後、
地元の人や都心に住む人たちを呼び込み、さまざまなイベントを行ってきました。

今年のゴールデンウィークは、こちらのファームにて、
滝ヶ原の食材や自然が楽しめるフェスティバルが開催されます。

Photo:Tomohiro Mazawa

地元密着の材木店だからできること
大兵材木店の林洋見さん

木にまつわることのホームドクターとして

鈴鹿山脈の北部に位置するいなべ市では、
古くから木とともに人々の暮らしが成り立ってきた。
藤原町にある〈大兵(だいひょう)材木店〉は、そんな木と人間の営みをつないできた存在で、
材木店という名前ではあるものの、山から木を切り出す製材業から、
木造建築の設計・施工・リフォームまで幅広い業務を請け負っている。

「たとえば1枚だけめくれてしまった瓦を差し替えたり、
建具の立てつけが悪いと言われて見に行ったり。個人で所有している山の木や、
通学路で腐りかけている危険な木を切り出したり、
庭木が倒れているからなんとかしてほしいという依頼にも対応できるのは、
地域に密着しているからこそ。
木にまつわることのホームドクターみたいな役割を担っています」

と話す、林洋見さん。
家業として代々この仕事を受け継いできた大兵材木店の現在の社長は、
洋見さんの父・正廣さん。洋見さんと兄の雅樹さんは6代目にあたる。

「もともとは船材を扱っていて、この辺の山から切り出した木材でいかだを組んで、
員弁川を下って四日市まで運んでいたそうです。
建築を始めたのは、祖父の代からと聞いています」

いなべ市での伐採風景。(写真提供:大兵材木店)

一級建築士の資格を持つ林さんは、大学卒業後、
愛知の設計事務所で鉄筋コンクリートのマンションの設計などを行っていた。
しかしちょうどリーマンショックの煽りを受けていた頃で、
売れ残っているマンションがたくさんあるのに新築物件も減らないことや、
エンドユーザーの顔がまったく見えないことに違和感を覚えていた。

「新築は新築でもちろん大事だし、必要とされているのですが、
それよりも循環型に変えていくことが、僕らの世代がやるべきことのように思えたのです」

生まれ育った地域だからこそ取り組める、空き家対策

地域の空き家対策や古民家再生に興味を持ったのは、ごく自然な流れといえるだろう。
この連載で紹介している、廃屋になっていた古い旅館を
リノベーションした〈上木(あげき)食堂〉の設計・施工を担当したのも、林さんだ。

「最初は旅館を解体する依頼をいただいたのですが、
現在、上木食堂になっている道路沿いの棟に水場などがいい感じであったので、
『ここは残されたらどうですか?』と提案させてもらったんです。
そしたらタイミングよく、(オーナーとなった)寺園 風くんが
やりたいと手を挙げてくれて、うまくご縁がつながっていきました」

解体が終わったところ。(写真提供:大兵材木店)

旅館から食堂へのリノベーションは、「とてもやりがいがあった」と
振り返る林さん。旅館として使われていた時点ですでに修理を重ねていたため、
アルミサッシがはめ込まれているような場所もあったが、
そういう現代的なものはあえて取っ払い、解体した木製の建具などを再利用。

工事中盤。写真に写っているのは、休憩中のオーナーの寺園さんと、店長の松本耕太さん。(写真提供:大兵材木店)

天井を撤去し高窓を設けたことで、古い建物特有の薄暗さがなくなり、
明るく開放的な食堂になった。タイミングが後押ししてくれた部分は大きかったものの、
自分が提案した何気ないひと言に多くの人が賛同して、
結果的に地域活性化の拠点になるような場所が完成。
しかもその空間づくりを担うことができて、大きな手応えをつかんだようだ。

解体した旅館と切り離した部分に、破風板という材料を取り付けているところ。(写真提供:大兵材木店)

上木食堂は無事に、2016年11月にオープン。

少子高齢化や過疎化などにより、いなべにも空き家自体は多いのだが、
まったく知らない人に貸すことに抵抗があったり、
仏壇がそのまま残されていたりして、
空き家問題の解決にはまだまだ多くのハードルがあるのも事実。
しかしながら林さんは、地元で生まれ育った人ならではの縁を生かして、
こうした問題に取り組んでいきたいと思っている。

「空き家再生に取り組んでいるNPO法人は全国にもたくさんありますが、
いなべでも上木食堂でやったようなことをもっと仕組み化して、
継続していけるような組織がほしいですよね」

なぜ、地元山梨で
建築の仕事をするのか。
震災復興から学んだこと。
PRIME KOFU vol.1

PRIME KOFU vol.1

2014年に地元である山梨に設計活動の拠点を構え、
現在、建築デザイン事務所〈PRIME KOFU〉を主宰しています。

地元山梨に帰るつもりもなく、建築家として大都会で仕事をしたい。
そんな誰しもが思うあこがれにつき動かされながら、日本の大学、海外の大学院で建築を学び、
都内の設計事務所で建築と向き合ってきた日々。そんな僕が、なぜ3年前に空き家率No.1、
県庁所在地のある市町村で人口が最も少ない山梨にUターンしたのか。

「まちのリノベーション」をテーマに、山梨で建築を生業とすることのリアルな日常を
少しでもこの場でお伝えできればと思います。
第1回目は、山梨に戻ったきっかけについての話。

オランダで学んだ建築のこと

いわゆるスター建築家像にあこがれていた僕にとって、
建築に対する向き合い方に新たな視点を与えてくれたのは海外の建築教育でした。
僕が通った大学院は、オランダにある〈Berlage Institute〉(現Berlage)というところで、
世界中の企業や行政からプロジェクトを依頼され、
リサーチから提案までを行う教育機関でした。

扱うテーマもさまざまで、僕自身は、
パリの移民問題や人種差別などに向き合うプロジェクトなどに携わっており、
深刻な社会問題に対して、建築にはなにが可能か?
ということを試行錯誤する2年間でした。当時の日本の建築教育は、
建築のデザイン性について追求していく傾向が強かったなかで、
こういった教育現場に身を置いたことは、ある種ショッキングでもあると同時に、
建築の可能性や視野が広がった貴重な時間でした。

berlage instituteのスタジオ。各自、デスクが割り当てられ連日作業を行っている。

ユニットミーティング後の様子。

帰国してすぐに経験した大震災

社会に鋭くメスを入れ、建築を通して課題解決をしていこうという
海外の姿勢にいたく心を動かされつつも、いろいろなご縁やタイミングもあって帰国後、
東京の設計事務所で働くことになりました。
そして、帰国後わずか3か月、東日本大震災を経験することになります。

津波による建物の倒壊や見通しのつかない原発処理問題など
東北の状況が連日メディアによって伝えられ、
いたたまれない気持ちと先行きのない不安に押しつぶされそうになっていたことを
今でも覚えています。震災以降、建築に携わる身として、
この現状にどう向き合うべきか真剣に考える毎日。
半年が過ぎる頃、事務所のスタッフや他設計事務所の方、
デザイナー、大学生などと一緒に福島へ震災復興のため行くことを決めました。

被災地であり限界集落という二重性

まずはいくつかの仮設住宅に出向き、被災した方々のお話をうかがっていたのですが、
訪問した仮設住宅の多くは僻地に建設されており、
閉ざされた環境の中で生活を送らざるをえない被災者の方々がほとんどでした。
そんな状況の中でも、復興に向けて一致団結して
支えあっている被災者の方々が多く、逆に僕らが励まされている気がしたほどです。

その道中、たまたま知り合った現地のNPOの方から、
福島県いわき市にある空き家を仮設住宅に住む避難民や近隣住民の交流拠点として
改修してほしいというご相談をいただきました。

現地調査時の様子。

その空き家がある地域は、
もともと農作業と自営のお店などをされていた方々が多かったのですが、
被災する以前から限界集落という中山間地特有の問題を抱えており、
著しい過疎化に追い打ちをかけるように、
震災による原発の風評被害によって農作業もお店も続けられない、
そんな二重の課題に直面していました。

2階部分の連間。

そこで、僕らは仮設住宅に住む方々が、定期的に訪れながら地域住民と接し、
少しでもリラックスしていただける場所、さらに、周辺住民の方々を雇用することで、
単なる空き家再生に留まることなく、
限界集落に経済的な活動を少しずつ取り戻すことができるような、
応急的かつ中長期的な「まちのリノベーション」を提案させていただきました。

イメージパース。さまざまな内部、外部が連続した空間をイメージ。

建物自体のデザインは、年代を経て増築されており、
木造2階建て、木造平屋、鉄骨造平屋、中庭など異なった個性がつながった空間だったため、
その個性を最大限に生かすことと、最初から過度な内装デザインを施すのではなく、
徐々に地元住民の方々が自分たちで手を加えていけるような
余白のある空間にしようと努めました。

北海道・利尻の 現役おじいちゃん漁師が HIPHOPグループ結成!! 〈リーシリーボーイズ〉デビュー

北海道・利尻町のファンキーなプロモーション

北海道の北部に位置し、利尻昆布やウニで知られる
利尻町が、なんともファンキーなプロモーションをスタートしました。

それが、利尻町内在住の現役漁師3人によるHIPHOPグループ〈リーシリーボーイズ〉。
メンバーは78歳のガンゼ、77歳のめんこE、そして最年長、91歳のコンブアッペカッチャ。
3人合わせて246歳!

本日YouTubeにおいて、彼らが踊って話す
短編CMとプロモーションビデオが公開されました。

デビュー曲の名は『ウィーアーリーシリーボーイズ』! 
NONA REEVESの西寺郷太さんが作詞、HALFBYさんと西寺郷太さん作曲の、
ポップなラップチューンです。

「あぎらがすあぎらがすあぎらがすよりばふらめぐ
あぎらがすよりばふらめぐ」という謎のリリック。
あぎらがすとは“もてあます”、ばふらめぐとは“バクバクする”という意味だそう。

産直〈ふれあいの駅 うりぼう〉
とれたて野菜に、惣菜やお酒まで。
生産者と消費者をつなぐ場所へ

地域の農産物が地元の人に回るための場所を

その土地のおいしいものや食文化が知りたかったら、
農産物直売所に行ってみるのが手っ取り早いが、
いなべ市員弁町にある〈ふれあいの駅 うりぼう〉は、
置かれている商品の多彩さにまず驚かされる。

それもそのはず、いなべには全国的に知られているような特産品があるわけではないけれども、
少量多品目生産をしている農家が多いのだ。
地元の農産物などを扱う産直施設はいまや日本各地にあるが、
うりぼうはその先駆けといえる存在で、1989年に員弁町で始まった朝市を前身としている。

うりぼうの正面入口。開店時間から、多くのお客さんが訪れていた。

「朝市からふれあいの駅うりぼうになった2004年当時、
この辺りは三岐鉄道北勢線の大泉駅がぽつんとあるだけの寂しい場所でした」
と話すのは、農事組合法人うりぼうの代表理事を務める日紫喜淳さん。
農事組合法人とは、小さな農協のような組織。
もともと農協で営農指導をしていた日紫喜さんは、
地域の農業が活性化する方法をかねてから考えていて、
先述した朝市を立ち上げた人物でもあるのだ。

ほのかな甘みを感じ、一度食べたらクセになる〈さくらポーク〉は、うりぼうの売れ筋商品。〈松葉ピッグファーム〉は、いなべで唯一豚肉を生産している。

「四日市などの市場に出荷するためには、
ある程度の安定した生産量を確保しなければいけないけれども、
簡単なことではない。それならば地域の農産物が地元の人に回る、
つまり地産地消をするのが一番いい。地域おこしなんていうと大げさだけど、
旧員弁町は何もないところだったので、自分たちでどうにかしたいと思い、
生産者と協力してうりぼうを始めたのです」

「地域のため」を常に考えている日紫喜さん。

店内に並んでいるのは、野菜や肉などの生鮮食品だけでなく、お菓子や調味料、
お惣菜なども充実。6次産業という言葉が一般的になる前から、
ここでは地元の農産物を使った加工品も積極的につくってきた。

「今でこそ冬場でもいろんな農産物が揃っていますが、
昔はどうしても品薄になってしまったため、加工品にも力を入れてきた結果なんです。
たとえば黒米なんかはお酒をはじめとして、
これまで30種類くらいの加工品を商品化しましたよ。
今残っているもののほうが少ないですけどね(笑)」

売り場の隣にある厨房でつくられたばかりのお惣菜が、店頭に並ぶ。

販売している全商品に、生産者名が表示されている。

涙ぐましい努力と言えるが、うりぼうの店舗の前に2014年にオープンした
〈ジェラートの駅うりぼ~の〉のジェラートは、
近年のヒット作のひとつ。いちごやトマト、さつまいもなど、
いなべでとれた旬の野菜やくだものを使うのはもちろん、
良質なお茶の産地である大安町石榑の緑茶やほうじ茶のフレーバー、
黒米をリゾットにして練り込んだジェラートもあって、ついつい目移りしてしまう。

ジェラートも地産地消が基本。卵を使わず、低カロリーなのが特長。

いとうともひさvol.2
習いながら、施工する。
インストラクターDIYで空き家改修

いとうともひさ vol.2 
プロのサポートによる、DIY

自分の居場所になる空間を、自分でつくれたら生活の幅が広がると思います。
近年空き家の数が多くなって、治安の悪化につながる一因となったり、
また、人が住んでいないことで建物の劣化スピードも速くなります。

建物が空いているのはいい状況ではありませんが、DIYと空き家ってすごく相性がいいのです。
DIYが空き家問題を解決する糸口になるのではないかと考えています。
大きく手を加えることができるので、自分の描いたような空間となる。

しかし、DIYと言っても初心者にはなかなかハードルが高いもの。
そこで僕は、“DIYのインストラクター”といったことができないかと思っています。
プロの職人に任せるだけでなく、
自分たちだけでもない、プロの職人がインストラクターとなりながら、
DIYを進めていくかたちがいいと考えています。今回はそんな事例を2軒紹介します。

習うDIYで長屋をカレー屋店舗に

2017年2月の工事後の写真。コツコツと工事は進んでいます。(撮影:古市邦人)

大阪市東住吉区の連棟長屋にカレー屋店舗をつくりたいという相談です。
店名は、〈nimoalcamo〉(ニモアルカモ)。
依頼主の古市邦人さんは当初工務店への相談を考えていたのですが、
でき上がりがイメージできないということと、
作業するのが好きで自分も工事に参加できる方法はないかということで相談をいただきました。

古市さんの持っている空間のイメージを客観的に立ち上げるために、
DIYだけでもない職人だけの工事でもない、その真ん中のやり方として
僕がインストラクターとなり作業をレクチャーする立場で
工事に参加させてもらうことを提案して、こころよく了解してもらいました。

2016年7月、工事前にテープを貼って実測している様子。

空間を前に実測し、大きさのイメージを確認します。
アイデアを出し合い、予算を確認しながら
「手をつける場所と手をつけない場所」の選択をして一緒に輪郭をつくっていきます。

何気ない会話が、アイデアソースに

そのためにはまず現状の空間を褒めるところから始めます。

「この階段、華奢だけどかわいいよね」とか

「天井はこのまま見せてもカッコいいじゃない?」とか

「床のワイルドさ、こんな雰囲気を生かして全体をつくりたいね」

などが古市さんとの話のなかで浮き上がってきました。
これを最初の計画に組み込んで、床と天井と階段は手をつけないという選択をしました。
全体に手を加えることができなくても、
厨房に集中してアイデアを投入することで最大の効果が出せるように計画を進めます。

話をしているなかで「舞台装置のような厨房」というキーワードが出ました。
それをもとに天井を下げて床を上げて、
厨房がこの空間の中で浮き上がって見えるような演出を考え始めます。
この会話でふたりともイメージが膨らみ、ワクワクしたのを覚えています。

次に仕上がりの材質を選択します。
木なのか、鉄なのか、ペンキなのか、漆喰、モルタル、化粧パネル、ガラス……
どの部分にどの素材を使うかという選択は、
組み合わせで言うと星の数ほどありますので相談しながら決断していきます。
照明は現場用のライトの傘をひっくり返した造形をそのまま採用。

古市さんが製作した建具。右手に写っているのが現場用照明の傘をひっくり返したワイヤーシェード。(撮影:古市邦人)

やりたいことは無限に出てくるので、組み合わせを考えないと混乱してしまいます。
素材の選定から、前もって計画をしてから次の工程に進みます。

古市さんのイメージをもとにここではコンクリートの床の無垢な表情に合わせ
厨房の内部を仕上げるように素材をチョイスします。
コンクリートブロック、コンクリート補修塗料、
厨房内土間はコンクリートを金鏝(かなごて)で押さえて、
金額的にも予算内でクリアする見通しが立ったので次に進みます。

作業段階に移っても、選択だらけです。
「職人に任せる」or「自分でやる」という選択をひとつひとつしていき、金額に反映させます。
古市さんは、まず自分でやってみる。
わからなかったらインストラクターを呼ぶ、
または職人にお願いするような順番で作業を進めました。

手伝いに来てくれた知人にも作業をレクチャーし、工事してもらいます。(撮影:古市邦人)

結果、水道工事・電気工事・カウンターの製作や扉の吊り込みなどは僕が工事し、
それ以外の部分を古市さんが担当することになりました。
建具やスツールもつくってしまうこんなカレー屋さん、一度行ってみたくなりますよね。

古市さんがDIYで作ったスツール。足はガス管を切って組み合わせています。(撮影:古市邦人)

徳島県三好市の
うだつマルシェ&酒まつりは
子どもも大人も楽しめる
ワンダーランド!

“四国のへそ”に位置する徳島県三好市では、
夏と冬の2度、〈うだつマルシェ〉と〈四国酒まつり〉が開催されている
(夏の酒まつりは小規模開催)。
両イベントが行われるこの1日は人口2万7564人の三好市が
毎年、いきなり人口密度が高くなるという。
第16回うだつマルシェと第18回四国酒まつりが同時開催された
2017年2月18日は、なんと2万3000もの人が訪れたのだ。

一度参加するとクセになる?  年齢問わずにまちを遊ぶ1日!

「あら、東京から来たの? じゃあ、これ食べていきなさいよ」
到着早々、うだつマルシェ出店者のお母さんのつくったお餅をぱくりと試食。
なんと! もっちりつき立ての滋味深きおいしさよ。
「あんも手づくりなのよ〜」「へえ〜おいしいです!」
と、思わず頬も緩むようなやりとりをしながら、
うだつのまちを、イベント地図片手に歩いてみる。

連載第1回で訪れた三好市池田町のうだつのまち並みで開催されている
〈うだつマルシェ〉の賑わいについては以前から耳にしていたが、
いきなり出会った地元のグループ〈一輪一房〉のお母様方の
元気のいい笑顔と“おせったい”に、遍路文化の息づく徳島らしさを感じてほっとした。
池田町で繁栄した、刻みたばこ産業の歴史を感じさせる
うだつのあがっている家が立ち並ぶ本町通り沿いには
骨董品などの古いものやクラフト、フードなど
素材や製法にこだわったものを提供する“小商い”の出店が立ち並んでいる。
どよめきが起こったので、その方向へ向かったら、
大道芸人がパフォーマンスをしており、
周囲にはたくさんの人だかりができていた。
うだつマルシェの1日に合わせて、ちんどんや大道芸、ワークショップ、
映画上映などのイベントが開催されているのだ。
まるで、四国の真ん中の山あいのまちに、
ワンダーランドができたかのような賑わい。
子どもならずとも、大人も心が躍る。さあ、何を食べよう? 

大道芸人、みの吉さんのパフォーマンスは、12時、14時からと公演は2回だったが、どちらも人だかりができて賑わっていた。最前列の子どもたちの真剣な眼差しに注目!

ランチをどれにしようと探していたら、〈れんこんDELIつぴつぴ〉なる看板を発見。徳島名物のれんこんを栽培している農家自らが出店し、レンコン揚げを出していた。歯ごたえシャクシャク、おいしい!

築山さん一家は現在働く〈いただきます農園〉で栽培しているれんこんをコロッケやフライドれんこんにして提供している。〈れんこんDELIつぴつぴ〉の看板では、初出店。1年半前、大阪から徳島に移住し、自然農にも取り組み、新しいかたちでの農家経営を目指す。

神山町からやってきたタイラーメン店〈アジア麺あまくま屋〉で、まずはタイラーメンを一杯いただきます! やさしい味なので、子どもやお年寄りも食べられそう。

おいしそうなエクレアは、地元三好の出店者〈ハレとケ珈琲〉。食後のデザートは別腹!

ココナツ油で揚げているので軽い口当たりの〈七穀ベーカリー〉の豆乳ドーナツ。

大人気の豆乳ドーナツ屋〈七穀ベーカリー〉前で小さなお客さんふたりと。有機豆乳や国産小麦粉、きび砂糖、天日塩などを使用し、卵や乳製品不使用なので、小麦アレルギーなどがあるお子さんにも安心。お土産にたくさん買い求める人も。

77店舗の出店中、食べもの関係の出店は31店。
ひとつしかない胃袋で食べられるのは多く見積もっても3つばかりだろう。
一食も無駄にできまいと、お店を探すことに集中すると、
ほかではお目にかかることのないような特別感があるものが揃っていることに気づく。
個性あふれる出店者は、地元徳島をはじめ大阪や四国中から集まっているという。
工夫を凝らして丁寧につくられた商品をマルシェで売ると
お客さんの反応がじかに伝わるので、つくり手のメリットも多い。

大阪の寝屋川から車でやってきている〈七穀ベーカリー〉は、
ココナッツオイルで揚げた豆乳ドーナツが売りの出店者だ。
うだつマルシェだけではなく、高知のヴィレッジやおやつ神社など
人気のイベント常連の、知る人ぞ知る人気の出店者だ。
店主の山本洋代さんは、うだつマルシェの魅力をこう語る。
「まず、四国が大好きなので、四国のイベントには積極的に参加しています。
マルシェに参加することで出会える人たちがいて、
仲良くなった出店者が紹介してくれたりもします。
うだつマルシェは、地元の人や家族連れが多くて、のどかでいいですよね」。
確かに、見渡すと子どもがあちこちで駆け回っていた。
出店しているお店は大半が個人商店で、
どちらもこだわった素材を使っている職人気質のお店揃いだ。

そんななか、〈四国酒まつり〉の会場から流れてきた
酔っ払いが陽気に挨拶しながら歩いてくる。
知り合い同士で肩を組み、わきあいあい。楽しそうだ。
同じ通りでは、ご近所さんたちが立ち止まって挨拶していたり、
通りを子どもが駆け回っていたり。
ピースフルなひとときに、普段のまちの様子を想像した。

お餅を食べさせてくれた〈一輪一房〉のみえ子さんも、店番を頼んでお買い物を楽しんでいた。ふだんの〈一輪一房〉は古布を使ったリメイク教室をやっていて、ときどきマルシェに出店するのが楽しみなのだそう。

勝手に作る商店街サンド:
百合根がこんなにおいしいとは!
北海道帯広編

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる、一石二鳥の企画なのだ。

真冬の帯広でサンドをつくる!

今回は北海道の帯広市にやってきた。
食料自給率1000パーセントを超えるといわれる食の宝庫、十勝地域にある。
世界で唯一のばんえい競馬場があったり、
縁起が良さそうと多くの人が訪れる〈幸福駅〉(廃駅だけど)、
豚肉を甘いタレで食べる〈豚丼〉で有名である。

そしてさすが北海道、冬となれば寒さも売りのひとつ。
夜はマイナス20度にもなり、
だからこそ見ることのできる幻想的な光景に出会える。

冬の帯広は純白の世界が見られる! 空気がキラキラと光るダイアモンドダストも。

まさに白銀の世界。

早朝に参加した十勝川の川下りでは、これまで見たことのないファンタジックな光景が見られた。▶︎協力:サムライプロデュースへリンク

そんな帯広での商店街サンド作り。
帯広観光コンベンション協会の中村 絵美さんに協力いただき、
マイナス7度のなかでスタートした。

中村さんはもともと東京出身だが、
大学がきっかけで帯広に住むようになってからは「もう東京には戻れない」という。
その魅力を聞きながら駅前の商店街を進んだ。

見事な十勝晴れ。十勝地方は雪以外、基本的に晴れらしい。

晴れor雪!

帯広の魅力のひとつに、とにかく天気がいいというのがある。
〈十勝晴れ〉と言うそうで、
梅雨はなく、一年を通して9割も晴れているのだそうだ。
残りの1割は? というと雪なのである。
雪は、はたけば落ちるから傘いらずの気候といえるかもしれない。
それだけでもうらやましい!

もう東京には戻れないですね、と中村さん

そして、このあたりは〈モール温泉〉という茶色に濁った温泉がわいている。
車で少しいけば、すばらしい眺めとおいしい食事が堪能できる温泉宿が多数あるのだが、
駅まわりのビジネスホテルや銭湯でも同じ温泉に入れちゃうそうだ。

帯広といえば豚丼だ。ここは駅前にある元祖豚丼のぱんちょうさん。サンドに入れられないので残念だけどスルー。

近くの精肉店は何かあるかな。

コロッケなどの加工品は売り切れていたが豚丼の特製ダレが売られているのを発見。豚丼のタレは店によって微妙に違うそう。

帯広は魚よりだんぜん肉!

少し歩いただけでも帯広名物の〈豚丼〉のお店や精肉店、
ジンギスカンが食べられるという焼き肉屋さんが見つかった。
帯広は肉料理が豊富なのだ。

逆に、海鮮料理屋さんは少ない。
北海道のなかでも内陸部にあって魚がとれないためだ。
なのに「北海道に来たら海鮮でしょ!」と
勘違いする観光客が多くいるそうだが、
帯広に来たら肉を食べるべきなのである。

海鮮がどうしても食べたいという人に案内するお店。帯広では貴重かも。

中村さんはほかにも、帯広にはおいしいものが多いことや、
春夏秋冬がしっかりと感じられるところが好きだと言っていた。
冬は確かに寒いけど、意外と苦ではないという。

夜に来たい、〈北の屋台〉。

帯広グルメの登竜門

商店街の一角には〈北の屋台〉そして、
車道を挟んだ向こう側には〈十勝の長屋〉へと続く、
小さな飲食店が並ぶ飲み屋街があった。
あわせて4〜50ほどの店がありそうだ。
昼なので開いていなかったけれど、夜は地元の人や観光客で賑やかになるという。
どこもすぐに満杯になってしまいそうな小さいお店は
とても居心地よさげに見えた。
隣の店で注文したものを食べてもOKというのもおもしろい。

ちなみに、ここに並ぶお店は老舗ではなく、どちらかというと
独り立ちをするための登竜門のようなものらしい。

お晩です=こんばんは。北海道でよく使われる方言なのだとか。

こちらはスナックが集まるビル。飲みどころには不自由しないまちだな。

ローカルメディアを つくりたいひと集合! 〈CIRCULATION KYOTO〉 まちの見方を180度変える メディアづくり

京都にて、地域の課題を考える新たなプラットフォーム
〈まちの見方を180度変えるローカルメディアづくり
CIRCULATION KYOTO(サーキュレーション キョウト)〉が始まります。

これは、ロームシアター京都と、京都市文化会館5館が
連携事業として行うもの。
参加クリエイターと公募で選ばれた参加者が
ワークショップを通して地域の課題や魅力を見つめ直し、
それを伝えるローカルメディアをつくっていくのだそう。

ディレクターは『ローカルメディアのつくりかた』編集者・影山裕樹さん

ディレクターは、全国各地で発行されるフリーペーパー、本、雑誌のつくり手を
取材した『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社、2016年)の編集者、影山裕樹さん。
今回のプロジェクト立ち上げに際して、次のように語っています。

「CIRCULATION(サーキュレーション)という名前には、
山科区、伏見 区、西京区、北区、右京区の五区の地域を線でつなぎ、
そこから洛中に向かって発信される情報の流れを生み出したい、
という意図が込められています。
歴史あるまち、地域の人と人のつながりが強い京都だからこそ可能な、
ユニークなメディアのあり方がきっとあるはずです。

それは、紙やウェブといった従来のメディアのかたちにとらわれる必要はありません。
コミュニティラジオ、団地の回覧板……。
はたまた、かつて河原や辻など人の集まる公共の場に立て札を立て、
匿名で洒落の効いた社会批判を書き込んだ落首(らくしゅ)のように
“ローカルメディア”は古くからあらゆるかたちで存在してきた、と
考えてもいいかもしれません」

「CIRCULATION KYOTO では、“ローカルメディア”をキーワードに
京都らしい歴史とローカリティを参照し、
参加者が主体となってメディアを制作します。
その活動のプロセスそのものが、地域の人と人、
人と劇場や文化施設の新たなつながりを育むことでしょう。
この目に見えないネットワークを形成することこそ
“ローカルメディア”づくりの醍醐味のひとつでもあります。

また、ここで生み出されるメディアは、さながら映画や演劇の
脚本のような役割を持つかもしれません。
登場人物は京都に暮らす人、京都を訪れる人たちです。
彼・彼女たちはこのメディアを手に、バスや自転車、地下鉄や
自家用車に乗って弧を描くように京都を歩き、
これまでに気づかなかった風景やまちの意外な魅力を
発見することになるでしょう」(影山裕樹)