〈湊かなえと城崎温泉〉展 オープニングにて湊かなえ、 万城目学らがトークを開催!

2017年9月9日(土)〜2018年5月6日(日)、
兵庫県豊岡市の城崎文芸館にて
ミステリー作家、湊かなえさんの制作の裏側や私物などを
紹介する企画展〈湊かなえと城崎温泉〉が開催されます。

『告白』や『リバース』など、多数の作品が
ドラマや映画になっている湊かなえさん。
2016年には『ユートピア』で山本周五郎賞も受賞されました。

湊かなえさん

広島の因島出身、淡路島在住の湊さんにとって、
城崎は家族で訪れる安らぎの場所だったのだそう。

そんな湊さんは約1年前に城崎温泉限定販売の
出版レーベル〈本と温泉〉から『城崎へかえる』を上梓したばかり。
「ここでしか読めない」書き下ろし小説を目当てに
多くの人が城崎温泉を訪れ、順調に版を重ねています。

『城崎へかえる』著者:湊かなえ 出版:NPO法人本と温泉/湊さんが何度も滞在した城崎での記憶を背景に描かれた、小説家の母を持つ娘の物語。第51回造本装幀コンクールに入賞したユニークな装幀にも注目です。

企画展〈湊かなえと城崎温泉〉では
デビュー10周年を迎えるこれまでの仕事を振り返り、
城崎温泉との関わりや活動拠点の淡路島で取材した湊さんの素顔を紹介します。

城崎文芸館

見どころは展示コンテンツのひとつ〈湊かなえの素顔(ほんのちょっと)〉。
複数の連載を持ちつつ、作家業と主婦業を両立させる湊さんの仕事術や、
1日の過ごし方も紹介します。

ファンの方には〈湊さんに聞いてみました 自筆100問100答〉もおすすめ。
直筆の回答から、湊さんの素顔が垣間見えます。

〈水をたべるレストラン〉の
すべてから感じた
〈ミズカラ〉の大野愛

市民ユニット〈ミズカラ〉を中心に練り上げた打波古民家の夜

ここ数年、プロジェクトやイベントなどで、
水への感謝を伝えてきた福井県大野市。
特に食に関しては〈水をたべるレストラン〉と称したプロジェクトで、
さまざまな大野の特産品を紹介している。
ここでより大野の水と食を体感してもらおうと、
一夜限りのリアル〈水をたべるレストラン〉が開催された。(詳細は前編

会場は打波地区にある古民家。

このイベントを成功に導いたのは、〈ミズカラ〉という市民団体だ。
グラフィックデザイナー/映像作家である長谷川和俊さんが、
〈水をたべるレストラン〉のリアル版を開催したいと
大野市から相談を受けたところから始まる。

「この話を聞きながらすでに、今のメンバーの顔が思い浮かんでいました。
その日のうちに、みんなに声をかけたんです。全員即OKでした」(長谷川さん)

ミズカラのリーダーである長谷川和俊さんと高見瑛美さん。

「“自ら”や“水から”という意味をかけています」と言うのは
〈モモンガコーヒー〉を営む牧野俊博さん。
「水」というのはもちろん、「自ら」という由来に、彼らのモチベーションを感じさせる。

モモンガコーヒーの牧野俊博さん(右)。小屋などの設計担当である印牧拓朗さん(左)。印牧さんは、「次回は川床をやりたい」と意気込む。

ほかにもイベント会社勤務の桑原圭さん、工務店勤務の印牧(かねまき)拓朗さん、
フードユニット〈nishoku〉としても活動している村上洋子さんと三嶋香代子さん、
臨床美術士の広瀬美香さん、歯科衛生士の山田緑さん、
鉢植え作家の高見瑛美さんと、さまざまな職能のメンバーが揃った。

この企画の全体プロデュースを担当したのは、
料理開拓人として大阪でfoodscape!、全国でEATBEAT!を展開している
堀田裕介さん。しかし堀田さんは一歩引いた立場を取っている。

料理開拓人の堀田裕介さん。渓流好きが高じて大野通いに(!?)

「現地に実行委員会を立ち上げて、
そこを中心に進めていくのがいいと思っていました。
長谷川くんと出会って、彼に任せておけばうまくいくのではないかという勘は
見事に当たりましたね」(堀田さん)

具体的な料理の内容については、堀田さんが全体的な構想を練り、
〈nishoku〉というフードユニットの村上洋子さんと三嶋香代子さんを中心に
仕上げていった。

「僕たちがすべてを考えてしまうと、
僕たちがいなくなったときに何も残らなくなってしまうので、
できるだけ現地の人たちがつくり続けたい、発信したいと思うものにしたい。
あくまで僕たちはサポートのつもりです」(堀田さん)

〈nishoku〉の村上洋子さん(右)と三嶋香代子さん(左)。

川のせせらぎを聞きながら、
大野市の恵みをいただく。
古民家で開催された
〈水をたべるレストラン〉

水とともにある福井県大野市の食文化

周囲を山に囲まれ、市内にある4本の一級河川には滔々と水が流れている。
水が豊富であることを感じさせる光景が広がっているのが、福井県大野市だ。
おいしい水で有名なまち。
その恵みをもらって食物が育ち、水を使って調理し、市民は生活を潤している。

大野市では〈水をたべるレストラン〉という取り組みを続けている。
すべての「おいしさ」の源には大野の水があり、
水の恵みを得た食を発信していくプロジェクトだ。
そば、米、醤油、水まんじゅう、まいたけ、コーヒーなど、
どれも大野自慢の一品である。

この度、〈水をたべるレストラン〉のリアル版、
つまり本物のレストランが一夜限定でオープンした。
まさに「水をたべる」と言えるもので、
大野の水への思いを存分に感じさせるイベントとなった。

会場となった打波古民家は、緑豊かで静かな上流域にある。

このイベントは大野市と、料理開拓人として大阪でfoodscape!、
全国でEATBEAT!を展開し、全国で食のプロジェクトを推進している
堀田裕介さん、そして大野市の若手有志団体〈ミズカラ〉により実現した。

料理開拓人の堀田裕介さん。

まずは、市内の“水の現場”を巡った。
一番の水どころである〈御清水(おしょうず)〉は、
かつて武士がお米を炊く水を汲む場所として使われていたという。
現在でも、大野市民のほとんどは家庭に井戸を持っていて、
地下水を生活用水として利用している。

「上水道はあまり普及しておらず、井戸が8000本以上あります」
と大野市の湧水再生対策室企画主査の荒矢大輔さんが教えてくれた。
この〈御清水〉でそれぞれの水を汲んで、ツアー中の飲み水にした。

大野にたくさんある湧水地のなかで一番有名な〈御清水〉。

次に朝市で有名な七間通りにある〈南部酒造〉を訪れて、
日本酒〈花垣〉の飲み比べをさせてもらった。120年の歴史がある。
当然、地下水を利用して日本酒を仕込んでいて、
県外からも「水がおいしいから」と買いに来るお客さんも多いという。

地下水仕込みの〈花垣〉を飲み比べた。

〈南部酒造〉のすぐ先にある〈伊藤順和堂〉では水まんじゅうを試食させてもらった。
夏を感じる清涼感のある和菓子で、大量の水と葛で固めてある。
店主の伊藤嘉健さんは「水を食べているようなものです」という。
水への感謝が詰まったお菓子といえよう。

〈伊藤順和堂〉の水まんじゅうは夏の風物詩。

まちなかから少し走ると、田んぼと、大きな葉が特徴の里芋畑が交互に広がる
上庄地区にさしかかった。大野の特産はこの里芋だ。
訪れたのは明治からこの場所で里芋をつくっているという〈中村農園〉さん。
里芋の収穫期は9月下旬からなので、訪れた8月はまだこれから大きく成長していく時期。

「ここ数日、雨が降らなかったので、今日は畑に水を流します。
明日の朝、陽が出る直前に水を抜きます。すべて水のおかげです」
という〈中村農園〉の中村勝利さん。

〈中村農園〉の中村勝利さんは、この道50年以上!

中村農園の里芋でつくった、煮っころがしを試食させてもらった。
里芋の収穫期は秋なので去年の里芋だったが、とてもおいしい。
醤油、砂糖、みりんで皮を剥かずに煮るだけのシンプルな煮物だが、
大野の里芋は身がしっかりとしまっていて歯ごたえがあるので、
煮くずれしにくいという。

目の前を流れる水路には、すごい勢いで水が流れている。
秋の収穫後になれば、この水路に里芋洗い機が設置され、
大野各地で湧水で里芋を洗う様子を見ることができるだろう。

岩手・奥州市にオープンした
カフェと託児所
〈Cafe&Living Uchida〉
始まりは、子育ての経験から。
COKAGE STUDIO vol.1

COKAGE STUDIO vol.1 
異業種を組み合わせ、みんなが豊かになれる場所に

はじめまして。〈株式会社COKAGE STUDIO(コカゲスタジオ)〉代表の川島佳輔です。
岩手県の奥州市で、妻の珠美(以下タマミ)と息子の空(以下ソラ)と
娘の海(以下ウミ)の4人家族で暮らしています。子育てで感じた思いをかたちにすべく、
今年6月にカフェと託児所が併設された
〈Café&Living Uchida〉(以下ウチダ)をオープンしました。

ウチダは3階建ての古ビルを自分たちでリノベーションした施設で、
1階はカフェ兼託児所、2階は古道具を売るお店〈古道具FUCHI〉と
コカゲスタジオ編集部のデザインオフィスがあります。
3階も空いているので活用を検討中です。

この連載ではカフェと託児所という
既存の業態を組み合わせることになったきっかけや
DIYでハーフビルドした様子などをお話します。
どうぞよろしくお願いします。

きっかけは子育てして初めて気づいたさまざまな課題

2012年から約3年間岩手県盛岡市で暮らしていた私たちは、
タマミの出産を機に2015年にふたりの地元である岩手県奥州市へとUターンしました。

これまでタマミは保育士として保育園や幼稚園で幼児教育をしていましたが、
産休に入りしばらく保育現場から離れることに。
普段から子どもと関わっているものの、初めての子育てに不安も多くありました。

当時私は、企業のウェブプロモーションを担当する仕事をしていて、
SNSの運用やマーケティングを行う「中の人」です。
「タマミの出産とそろそろ独立したい」
と思ったタイミングが重なりウェブやグラフィックのデザインを生業に
フリーランスとして活動することに。

地元に戻り、しばらくは夫婦ふたりの自由なペースで暮らしてきた私たち。
そんな中で「子育て」は暮らしを大きく変化させました。

大阪の下町で、建築家と協働。
現場で広がるリノベの可能性!
いとうともひさvol.3

いとうともひさ vol.3 
建築家との協働だから生まれた、おもしろさ

前回はDIYのインストラクターの事例を交えて
空間のつくりかたを紹介しましたが、
今回はまた違った協働、設計者とのコラボレーションの話をしたいと思います。
大阪市此花区に事務所を構える設計事務所〈NOARCHITECTS〉から声をかけていただいて
工事に参加した「大辻の家」「スペース丁」という一連のプロジェクトをご紹介します。

NOARCHITECTSによるイメージスケッチ。左の棟が大辻の家、真ん中の入口がスペース丁。©NOARCHITECTS

大辻の家・2階の工事前写真。昭和に建てられたアパートによく見られる画一的な部屋割り。©NOARCHITECTS。

NOARCHITECTSの代表で、建築家の西山広志さんは、
僕が大学時代からお世話になっている同じ大学の先輩であり、
実務でも何回か協働させてもらっています。
西山さん夫婦の住まいとなった「大辻の家」は、
此花地区にある空き家を改修することとなりました。
(詳しい経緯は、リノベのススメにて紹介)

描きすぎない設計と考える施工のバランス。

大辻の家のつくり方で特徴的だったのは西山さんの図面と、
その指示をもとに施工することを基本にしているのは通常通りなのですが、
ところどころ図面に空白部分が残されているんです。
まるで「いとうくんならどうする?」という声が聞こえてきそう。
大工としてワクワクしながら工事したのを覚えています。

2階の工事中写真。テーブルになる大きな窓枠も現場で生まれたアイデア。

大辻の家の2階の工事後写真。天井はMICROCOSMOS、壁はいとうともひさが工事。©NOARCHITECTS

例えば1階のキッチンのシンクはもともとタイルが割れたり
汚れたりしていて汚いものだったのですが、
もとのかたちを生かしつつ、ステンレス製のシンクに交換。
キッチン全体をどういうかたちにするかは現場で、意見を交換しながら決めていきました。

材料は安くても、このキッチンはここにしかない一点もの。
すべて取り替えて新しいシステムキッチンを入れるという選択肢もあるなかで、
あえて手づくりにこだわる意味を考えました。

長く愛してもらえるような、そしてここに流れる時間をイメージして

「日常に溶け込むようなキッチンを」

という気持ちで提案し、西山さんと話し合いながら工事はスタートしました。
こちらの提案を尊重してもらい、
タイルとステンレスの間に木材の層をサンドイッチしたキッチンができました。

大辻の家・1階の工事後写真。設備はPOS建築観察設計研究所・キッチンはいとうともひさが担当。

旬は、夏。北海道積丹半島のウニ!
評判のおいしさの裏にある、
漁師たちの仕事とは

泊村のウニ漁に密着!

積丹半島の夏を感じる海の幸といえば、なんといってもウニである。
泊村のウニ漁は毎年7月半ばから始まる。

古宇郡漁業協同組合の泊地区青年部長で第八哲栄丸を駆る
小塚哲弘さんのウニ漁を見せてもらった。
ガラス箱で海底を覗きながら“タモ”と呼ばれる柄の長い網でとる、伝統的な漁法だ。

半分身を乗り出して、ウニを獲る。

キタムラサキウニが大漁!

Next Commons Lab
ファウンダー・林 篤志さん 
地方での起業を応援する、
新たな仕組みづくりとは。

日本の地方から、ポスト資本主義社会を具現化する

「3年間のベーシック・インカム付き起業家募集」
これは、社会インフラ先進国・フィンランドのお話ではない。
2016年に、柳田國男の『遠野物語』の舞台として知られる
岩手県遠野市で立ち上がったプロジェクトメンバーの募集広告だ。
応募条件は、

「遠野市に住民票を移すこと」

「地元の資源を生かして起業すること」のふたつ。

採用された起業家には、総務省の「地域おこし協力隊」の制度を活用して
月額16万円程度の所得補償を受けられる。
この遠野市の募集には83名がエントリーし、14名が採用された。

「ローカルブルワリー」「発酵」「テクノロジー」「限界集落」「産前産後ケア」
「超低コスト住宅開発」「デザイン」「食」など、
地元のニーズや地域課題から生まれたテーマで、
〈ロート製薬〉〈キリン〉などの企業もプロジェクト・パートナーとして迎えながら、
メンバーたちは着々と活動を始めている。

〈Next Commons Lab〉遠野のメンバーたち。(写真提供:Next Commons Lab)

このプロジェクトの中心を担うのは〈Next Commons Lab〉(以下NCL)
というプラットフォームだ。
発案者である林 篤志さんは、自らも遠野市に移住し、
リサーチを重ねながらそのプランニングを行った。遠野市で始まったNCLは、
現在奈良県の奥大和地域や石川県の加賀市、宮城県の南三陸町など、
日本各地のさまざまな地域でプロジェクトを進めている。

そもそもNCLとは何ぞや?

革新的な地方活性の試みや地方創生の文脈で注目を集めているが、
単なるイカした名前の地域づくりの会社ではない。

「僕たちの目的は、あくまで『ポスト資本主義社会』を具現化していくこと。
NCLというプラットフォームを使って、異分野で活躍するクリエイターや起業家、
最先端の技術と知見を持った企業、地域の資源や人材をつなぎ合わせ、
新しい働き方や暮らし方を実践するための場所です。

『ポスト資本主義社会』とは、現在の国家や資本主義市場を
ひっくり返すとか、否定するということではなく、
新たな社会構造=オペレーティング・システムを持つこと。

そのシステムでは、各地のNCL拠点に共通の価値観を持つ人々が集まり、
小さな拡張家族的コミュニティがつながって、
人材・情報・知見が自由に行き来することができる。

現在、各地でNCLが行っている活動は、
そんな新しい社会インフラをつくるための実験の場です。
今後は、段階的に既存の貨幣システムだけに頼らない
新たな通貨システムなども導入したいと思っています」

「NCLを機能させるためには、3つの機能が必要です。

1つ目は、インキュベーション。
既存の『地域おこし協力隊』制度を活用した『ローカルベンチャースクール』の展開、
民間企業との積極的なコラボレーションによって、起業家の能力開発や
事業創出サポートを行います。

2つ目は、人と人のマッチングを促すためのコミュニケーション。
テクノロジーを用いた地域資源の可視化と、
NCLメンバーを中心とする人々のニーズやスキルの
マッチング・プラットフォームの開発を行います。

3つ目は、インフラの整備。
使われなくなった学校などの遊休施設や、空き家をリノベーションして、
暮らしと仕事の拠点として整備します。
誰でも自由に滞在することができるハード面の整備を行っていきます。

現在、NCL全体のネットワークに関わる、東京をベースにして働くメンバーが7名くらい、
あとは各地に運営事務局となる現地法人をつくって、
3名の常駐スタッフが各プロジェクトを進めています。
地域によって、現地法人を立ち上げることもありますし、
現地の地域団体などと協働する場合もあります」

遠野市中央通りにあるNCLの拠点〈Commons cafe〉。大正時代に建てられた時計店をリノベしたもので、1階は地元の人をはじめ誰でも気軽に立ち寄ることのできるカフェ・スペース。2階はメンバーが使うコワーキング・スペース。遊休物件のリノベ&サブリースは、NCL各現地法人の事業として行う。(写真提供:Next Commons Lab)

「ポスト資本主義」「拡張家族的コミュニティ」「実験」……。
一見すると、NCLは非常に理想主義的で
実用性を伴わない活動をしているように思えるかもしれない。
しかし、その立ち上げまでの林さんの活動を知ると、それが地に足のついた、
一般市民である私たちにとっても共感できる取り組みであることが実感できる。

勝手に作る商店街サンド:
懐かしさあふれるスイーツサンド!
愛媛県大洲編

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる、一石二鳥の企画なのだ。

伊予の京都、大洲(おおず)でつくる!

今回やってきたのは大洲市。
愛媛県の南予(なんよ)といわれるエリアにあり、
まちを見下ろす大洲城や、その下を流れる肱川(ひじかわ)での鵜飼い、
そして時が止まったかのような古いまち並みが見どころである。

JR伊予大洲駅からスタート! 大洲市役所商工産業課の松田 望歩(まつだ みほ)さんとつくる。

今回ご縁があり一緒にサンドをつくることになったのは松田さん。
小学校の時にふるさとCM大賞えひめに大洲市代表として出演し、
大賞をとったという生粋の大洲っ子である。

さっそく大洲名物を聞いてみたところ、
300年も続く〈いもたき〉という伝統料理があるらしい。
里芋やこんにゃく、油揚げ、鳥肉を出汁で煮るシンプルな鍋で、
夏の終わりから秋にかけて食べるそうだ。

でも、時期がもう少し先のようだし、
そもそもサンドに挟めるものではない。
ほかの食材を探そう!

食材を探しながら散策。高い建物やコンビニなどがない静かなまち並みが続く。

なんと錦鯉が泳ぐ通りが! 平均視聴率45.8%をたたき出したNHKの連続テレビ小説『おはなはん』の舞台だそう。

江戸時代から続く和菓子の〈五百原七福堂〉さん。「この辺はお寺がたくさんあるから和菓子屋が多いのよ」と教えてくれた。

しっとりした薄皮にあんこがつまった〈みかさ〉。さっそくつまみ食いしてしまった。

こちらは散策する時に着物を借りられるお店〈アンティークなずな〉。小物がたくさん。

北海道・泊村〈さかずきテラス〉
海が見えるカフェとシーカヤックで
積丹ブルーをその手に!

マリンアクティビティで青い海を全力で楽しむ

積丹半島の西海岸、岩内町から泊村を通り神恵内(かもえない)村までの間は
ずっと車で海岸線を走っていける。泊村からもう少しで神恵内村に差しかかりそうな頃、
歩いて橋を渡れる弁天島という島が見えてくる。
その弁天島を臨むようにして海沿いに建っているのが〈さかずきテラス〉だ。

2016年7月にオープンし、
このエリアで注目のマリンアクティビティが楽しめる〈さかずきテラス〉。
スノーケリングやダイビングに加えて、
シットオンカヤックやクローズデッキタイプのシーカヤックなど、バリエーションも豊富。
せっかく夏に積丹西海岸を訪れたのなら、美しい海へと飛び出してみたい。

山から海までが表現されている〈さかずきテラス〉のサイン。

初心者向けには、シットオンカヤックに乗って、
目の前にある弁天島を40分ほどかけて1周するコース。
中級者にはクローズデッキシーカヤックで隣の神恵内村まで行くこともできる。
4キロメートルほどを2時間かけていくコースもある。
さっそく、クローズデッキタイプのシーカヤックを体験してみた。

海沿いにカヤックを準備。簡単なレクチャーを受けて出発。

「このあたりには海からしか見ることのできない、
かつてニシン漁で栄えた名残りなどが見られますよ」と教えてくれたのは、
海の上でシーカヤックガイドをしてくれたさかずきテラス店長の徳間貴之さん。

さかずきテラス店長の徳間貴之さん。地域住民からブリやメロンをもらうことも。

断崖絶壁になっている岩場などを、海面レベルから見られるのはおもしろい体験だ。
崖を這うようにしてかつての旧道跡地がいまだ残されており、
少し前までは、人が訪れるのが容易ではない秘境であったことを感じさせる。
30〜40年前までは、この先の神恵内村へは岩内と結んでいた
定期連絡船〈かむい丸〉が主な交通手段だったのだから。

「100年前のものがゴロゴロ転がっているんですよ。
古い鉄のアンカーとか、木の電柱に電線も残っていたり。
袋澗(ふくろま)と呼ばれる、
かつてのニシンの水揚げ場などがそのまま残っている場所もあります」

〈住吉神社ビアテラス〉 神社の境内と重森三玲の庭で 楽しむ地ビールとジビエ

2017年8月26日(土)に、兵庫県篠山市にある住吉神社で
特別なビアガーデン〈住吉神社ビアテラス〉が開催されます。

まず特別なのは、そのロケーション!
住吉神社は国指定の伝統建造物保存地区に
選定される福住エリアにあり、
境内には、京都の東福寺などで知られる
作庭家・重森三玲(しげもりみれい)の庭園もあります。

今年のテーマは「地ビールとジビエ」。
〈丹波篠山ジグザグブルワリー〉のクラフトビールや
〈晩めしや よかちょろ〉〈futaba cafe〉
〈山里料理 まえ川〉〈cafe ma-no 恵とパンと。〉などのごはんが楽しめます。

佐渡島に古民家宿がオープン。
〈ぐるり竹とたらい湯の宿〉
が始まる。伝泊 vol.3

伝泊 vol.3

こんにちは。一級建築士事務所アトリエ・天工人の山下保博です。
第1回目第2回目を読んでいただいた方には、
僕の故郷である奄美大島の魅力を十分にお伝えできたでしょうか?(笑)
伝統的、伝説的な古民家を探し出して、改修することで宿泊施設として蘇らせ、
さらに地域のコミュニティとして開放する仕組みを〈伝泊〉(でんぱく)と名づけて
活動しています。これまで奄美で5棟の古民家を宿泊施設としてオープンしました。

新潟・佐渡島で伝泊が始まった理由

今回オープンした伝泊・佐渡の〈ぐるり竹とたらい湯の宿〉の外観。どんな宿になったのかは記事後半で。

第3回では、スタートしたばかりの佐渡島の伝泊について、お話します。
新潟県の佐渡島は、沖縄本島を除くと日本で一番大きな島です。
面積は東京都23区がすっぽりと入ってしまうほどの大きさ、人口は約57000人です。

歴史的には流人の島として日蓮聖人や世阿弥などが足跡を残した地であり、
江戸時代からは金山が大いに栄えました。
日本の地形の縮図であるとも言われる豊かな自然、
能や民謡〈佐渡おけさ〉、郷土芸能〈鬼太鼓〉(おんでこ)など
多彩な伝統文化も伝わる島です。

僕が初めて佐渡を訪れたのは2016年の12月のこと。
真冬でしたから、「寒いところに来たなぁ……」という印象でした。

佐渡と言えば金山で有名。史跡〈佐渡金山〉。

伝泊・佐渡スタートのきっかけは、若い建築家の仲間、
〈andfujiizaki 一級建築士事務所〉(以下アンドフジイザキ)の
藤井千晶さん、井崎恵さんとの出会いです。

藤井さん、井崎さんは、東京に事務所を置く建築家ですが、以前から佐渡の空き家調査や、
廃校になった小学校の利活用プロジェクトで佐渡と東京を行き来していました。
すっかり佐渡に魅了されていたおふたりから、
佐渡でも空き家を活用した伝泊ができないかと相談されたのが始まりですね。
そして3人で、佐渡のいろいろな空き家のリサーチを始めたのが今年の2月でした。

アンドフジイザキのふたりと佐渡の空き家をリサーチして歩いた。(photo:2017 Morto Yoshida)

伝泊・佐渡 7つの条件

奄美の伝泊と同じく、コンセプトは50年以上経った佐渡島の伝統的な建築が対象です。
僕たちが考える佐渡島の伝統建築とは、どのようなものかを7つに分けて紹介いたします。

1 集落によって異なる建物配置

佐渡では、漁村部、農村部、町屋によって習慣や生活がさまざまであるが、
その違いが建物の配置に表れており集落ごとに特徴のある建物配置になっている。

2 オマエ(御前)のある平面構成

神棚があり、ハレの日などの宴会に使われた。囲炉裏や天井は
吹き抜けになっている場合が多く、家の中心にあたる。
普段は居間として使われている場合が多い。

3 地産材を大らかに使った骨組みと意匠

あてび、ケヤキ、地松などの佐渡の木材が多用されている。
大断面の大黒柱や貫が露出されているのも特徴のひとつ。

4 土間の空間

入口から裏口まで土間が続く通り土間。町屋の長屋にも多く見られる。

5 昔ながらの屋根葺き材

光沢を持つ黒い能登瓦、薄く割った木羽を何枚も重ね、
その上に石を置いた木羽葺石置屋根、そして茅葺きなどがある。

6 木張りの外壁と杉の根元部分の曲線を生かした破風

海風から家屋を守るため、多くの建物は、外壁は縦板張りである。
屋根の「へ」の字部分である破風(はふ)は木の根元部分を生かし、
棟にむかって太くなっているなどの特徴が見られる。

7 自然から耐える知恵(防風林、竹柵)

周囲を海に囲まれ、大佐渡小佐渡の山からの吹き下ろしの風も受ける佐渡島では、
防風林や竹柵が集落や家の周囲に備わっている場合が多い。

佐渡の南部には、宿根木(しゅくねぎ)という地域があって、
重要伝統的建造物群保存地区に指定されていて、独特の古いまち並みが保存されています。
しかし、そういった保存地区以外の家やまち並みも本当に美しいんです。
佐渡の人たちが、集落のなかで協力しながら大切に守ってきたのだなあということが、
非常によくわかりました。

宿根木のまち並み。

元衣料品店の空き家を改修

そうしたリサーチのなかで僕たちが心惹かれた場所のひとつに、
松ヶ崎という集落があります。「屋号の里」として知られていて、
それぞれの家は「源太郎」さん、「権右エ門」さんなどと今でも古い屋号で呼び合っています。

まち並み再生の取り組みにより統一感ある外観となっており、
家ごとに屋号の看板をつくったり、漁具や古民具などを玄関の外に飾ったりと、
住民が一体となってさまざまな取り組みが行われている集落のひとつです。

松ヶ崎の集落。

屋号の名前も看板の形も個性豊かで見応えがある。

今回の伝泊に選んだのは、築100年以上といわれる「カネモ」という屋号の民家で、
以前は衣料品店として使われたこともある建物です。内部は非常に状態が良く、
広さもプランも申し分ない。
お店屋さんらしく玄関横にはかわいらしいショーウィンドーが付いています。

空き家でもショーウィンドーに小物が飾られている。(photo:2017 Morto Yoshida)

何よりもすばらしいのは、カネモの建物の管理を任されている本行寺の住職さんをはじめ、
向かいの海産物加工販売〈菊池商店〉のご主人など集落の方々、
周辺に在住されている元地域おこし協力隊のメンバーや、行政の方も含めて、
多くの人たちが伝泊を歓迎してくれ、協力を申し出てくれたことです。

アンドフジイザキとアトリエ・天工人で共同で「カネモ」を借り、
伝泊として運営していくことが決まりました。

佐渡の竹を使った工芸ワークショップ

奄美の伝泊と同じように、建物をできるだけ元の姿に戻しながら、
水まわりなどは快適に使えるように清潔で
使い勝手の良いものに変えていくというポリシーのもとに改修が始まりました。

僕が全体のディレクションを行い、アンドフジイザキのふたりが、
女性らしい感性で細部まで気配りの行き届いた図面を描き、
何度も佐渡と東京を行き来して、僕たちと現地の間の調整もしてくれました。
工事中は、多くの集落の方がボランティアで作業を手伝ってくださったり、
毎日のように工事の様子を見に来てくださったり。

大工さんや左官屋さんと、ひと仕事終われば宴会になることも。

飛騨ネットワークを
東京で生かす手助けをしたい!
居酒屋〈蔵助〉オーナー
仲谷丈吾さん

飛騨の酒があって、蔵元が来る。
蔵元とお客さん、お客さん同士の交流もある居酒屋

こも豆腐、朴葉味噌焼き、赤巻きかまぼこ、揚げ漬け、明宝ハム、漬け物ステーキ。
飛騨の食は個性豊かだ。飛騨地方と呼ばれる、飛騨市・高山市・下呂市は、
富山からの食文化も影響を受けていて、かまぼこをよく食すのも特徴だ。
少し味が濃いこれらの料理に欠かせないのが地酒。
県内で50蔵あるなかで、そのうち飛騨市が3蔵、高山市が7蔵、下呂市が2蔵。
計12蔵が飛騨高山地域に所在している。
そんな飛騨の料理と酒が気軽に食べられる店、東京・御茶ノ水の居酒屋〈蔵助〉にて、
4月某日、「第41回 蔵の会」が行われた。

「蔵の会」とは、東京岐阜県人会が発端の、東京在住の岐阜県民、
あるいは、岐阜にゆかりのある人が集まる会だ。
1時間ほどの催しのあとに行われる懇親会では、
岐阜の酒蔵が毎回1棟参加して、これぞという自慢の酒を振る舞い、
みな岐阜の郷土食に舌鼓を打つ。

この日の催しは、下呂市出身の中島淳さんによる、「街道歩きおもしろ講座」。東京・日本橋から京都・三条大橋まで中山道を踏破した中島さんの紀行話は大盛況。過去には飛騨市出身のお笑い芸人・流れ星のライブや、フルートの演奏なども行われたという。

みんなで乾杯!

飛騨の美食に箸と酒が止まらない。漬物ステーキや、朴葉味噌など飛騨を代表する料理は、通常営業の蔵助でもいただける。

飛騨高山地域は〈ひだほまれ〉という酒造最適米があるうえに水がおいしいため、
酒蔵の数も多いが、この日参加した天領酒造は1680年創業の老舗中の老舗酒蔵だ。
9代目の上野田又輔さん自らがお客さんにお酌をする。
見る見る間に手元の盃が空になると、また次のお酒をなみなみと注いでくれる。
ひやおろし、純米、純米吟醸、と飲み比べも楽しい。
「普段の営業の蔵助では、ひやおろしや新酒が人気ですね。
清潔で品質管理もしっかりしていて規模も大きい。すてきな蔵ですよ!」
と、上野田さんの隣で同じくお客さんのお酌をしながら語るのは、
〈蔵の会〉主催で、蔵助オーナーの仲谷丈吾(なかたに・じょうご)さんだ。

左から、蔵助オーナーの仲谷丈吾さん、天領酒造上野田又輔さん。

この日出たのは、(左から)スパークリング日本酒〈すますま〉、無濾過生酒〈ささにごり〉、特別純米酒〈飛切り〉、純米吟醸〈天領〉、大吟醸酒〈吟〉。辛口の味わいは味の濃い飛騨料理とも相性抜群。

一ノ関駅前の空き店舗を再生。
地域の交流拠点〈一BA〉の
リノベ物語

地域とつながる駅前拠点に

岩手県一関市で、地域の若手経営者が観光と物産の新しい動きをつくるべく、
設立されたのが、〈一般社団法人 一関平泉イン・アウトバンド推進協議会〉(以下IOB)。
同法人の拠点として、
2017年7月1日に〈一BA〉(いちば)がJR一ノ関駅前にオープンした。

コワーキング・スペース兼ワークショップ・スペース〈co-ba ichinoseki〉、
地元産商品を扱うショップ、観光案内所などの機能を持つこの場所は、
活気のある「市場」のような場所になることを目的としている。

2017年1月、さまざまな思いを乗せて始まった拠点づくり。
元薬局だった古い店舗ビルがどのように生まれ変わっていったのか。
前回(記事はコチラから)は設立までの経緯を追ったが、
連載2回目の今回は、DIY感満載の一BAのリノベーションの様子をレポートする。

まだ内装途中の一BAに集合したワークショップ参加者たち。路面に面した入り口の窓ガラスがないため、ひっきりなしにまち行く人に声をかけられる。かえってよいPRになり、一石二鳥。

嵐のようなスピード感で進んだIOBの立ち上げと並行して進められたのが、
駅前拠点の物件探しだった。

「一関・平泉観光の玄関口、一ノ関駅から近いこと」

「コワーキング&ワークショップ・スペースを確保できること」

「宿泊施設として利用できること」

というシンプルな条件で、まずは物件探し。
さすがはまちに根ざす老舗の経営者たち、すぐに候補地は見つかった。
駅から徒歩1分以内。1階は約58平米のワンフロアと、
2階にリフォーム済みの住居スペースを併せ持つ、2階建ての元薬局の古いビルだ。

ユニークなもち文化が根づく一関ではあるが、
「餅は餅屋で」もとい「設計は設計屋で」と、
岩手県花巻市をベースに活動する建築デザイナーの有原寿典さんに依頼した。
有原さんは、〈トラフ建築設計事務所〉などを経て、
地元岩手県に2016年Uターン。再オープンして話題になった花巻市の
マルカンビル1階テナントの空間デザインも手がけている。

有原さんは、トラフ時代には〈NIKE〉や〈FREITAG〉などのショップデザインを中心に手がけてきた。有原設計室
http://www.ariharadesign.com/

コンパクトな空間を、最大限に生かすには

一BAの改修について、
2017年3月末日に依頼を受けて、4月末には設計をフィックスするという
タイトなスケジュールにもかかわらず、
「地方で『宿泊兼シェアオフィス』なんて物件はなかなかないので、
すぐに引き受けさせてもらいました」と有原さん。

「スタート時点で物件が既に決まっていたし、
シェアオフィスで10席程度、観光案内のための常駐用カウンター、
ワークショップ・スペースの確保など、
用途もしっかりと決まっていたので、とてもやりやすかったですね」

理事のメンバーのひとり、京屋染物店の技術を生かし、
パーテーションなどに布を使う、看板代わりに暖簾を使うなど、
すぐにアイデアがふくらんでいったそうだ。

一BAの理事である京屋染物店の蜂谷淳平さんが手づくりした暖簾を、看板やパーテーションにと効果的に利用した。

岐阜発〈郡上カンパニー〉が トークイベントを開催! “都市か地方か?”の二択をこえて 根っこのある生きかたをつくる。

7月22日(土)と8月4日(金)、東京にて
〈「根っこのある生きかたを、つくる。」トークイベント
兼郡上カンパニー2017説明会〉が開催されます。

郡上カンパニーとは、岐阜県郡上市にて、
移住促進策の一環として始まったプロジェクト。
先輩起業家や同じ志を持つ仲間たちが「未来につながる仕事」をつくり、
同市に新しい事業や雇用を生み出していくことを目指します。

本格スタートの前年となる今年、2017年は、
東京と郡上で9月〜12月にかけて事業づくりワークショップを実施。
事業をつくりたい都市部の人と郡上のプロジェクトパートナーで
チームを構成し「都会暮らしか、地方暮らしか?」という二項対立を超えた
「未来につながる事業プラン」をつくります。

7月22日、8月4日の説明会では、同ワークショップの概要から
プロジェクトの内容、郡上の魅力がより具体的に語られます。

7月22日(土)は、ゲストにアスノオト代表の信岡良亮さん、
NPO法人地域再生機構 副理事長/NPO法人HUBGUJO理事の
平野彰秀さんを迎えトークイベントを開催。

信岡さんは、ITベンチャー企業を退職後、島根県の中ノ島・海士町へ移住し、企業。
6年半の島生活を経て、都市と農村の新しい関係を創るため、
東京にてアスノオトを創業したお方。
一方平野さんは、企業の経営戦略コンサルティングに従事した後、岐阜へUターン。
小水力発電所の建設などに携わってきました。
どんな対談になるのか、楽しみですね。

一関市〈一BA〉(いちば)とは?
新たな観光&物産の拠点に込めた、
地元若手経営者たちの思い

東京から、東北新幹線で約2時間。
宮城県、秋田県との県境に位置する岩手県南の交通の要所、一関市。
その隣に位置し、中尊寺、毛越寺を中心とする世界遺産を有する平泉町。

ユニークな「もち文化」が根づき、2016年農水省の「食と農の景勝地」で
日本の5つの農村景観に認定されたこのエリアには、東北地方でも有数の広さの水田と、
その東西両側には北上山地と奥羽山脈の山々が緑の絨毯のように連なり、
田園風景が広がっている。

このまちも少しずつ、しかし、確実に人口は減少している。
駅前や中心市街地の商店街はシャッターが下り、
郊外のロードサイドにはチェーンのスーパーマーケットや店舗が並び、
その便利さやにぎわいは市民に恩恵を与えつつも、
古くからの文化や伝統産業は継承の危機を迎えているものも多い。
もしかしたら、いまの日本の地域の典型とも言えるかもしれない。

そんなまちに、最近新しい動きが生まれた。
地域の若手経営者が観光と物産の新しい動きをつくるべく、
2017年4月3日に設立されたのが、
〈一般社団法人 一関平泉イン・アウトバンド推進協議会〉(以下IOB)が
結成された。コロカルはこの法人に設立メンバーとして参加している。同法人の拠点として、
2017年7月1日に〈一BA〉(いちば)がJR一ノ関駅前にオープンした。

コワーキング・スペース兼ワークショップ・スペース〈co-ba ichinoseki〉、
地元産商品を扱うショップ、民泊施設、観光案内所などの機能を持つこの場所は、
活気のある「市場」のような場所になることを目的としている。
連載初回の今回は、その立ち上がりまでの経緯や各参加企業の思いをレポートする。

左から、京屋染物店の蜂谷淳平さん、マガジンハウス・コロカル編集長及川卓也、イーハトーブ東北の松本数馬さん、松栄堂の小野寺宏眞さん、世嬉の一酒造の佐藤 航さん、京屋染物店の蜂谷悠介さん。

一BAを立ち上げたのは、いずれも一関市出身で
一度は地元を離れた後、伝統ある家業を継いだ30〜40代の経営者たちを中心としたメンバー。
地元で親しまれる夏祭りで幼い頃からつながってきた面々でもある。

(株)イーハトーブ東北を起業した代表理事の松本数馬さん、
世嬉の一酒造(株)の代表取締役・佐藤 航さん、
(株)京屋染物店の専務取締役・蜂谷淳平さん、
(株)松栄堂の代表取締役社長・小野寺宏眞さん、
そして同じく一関市出身で『コロカル』編集長の及川卓也が、理事を務める。

なぜ地元? なぜ観光?

1980年生まれの松本数馬さんは、蜂谷さん兄弟や小野寺さんとは幼なじみ。(株)イーハトーブ東北 代表取締役社長。

「この映画館は、今年で創業68年目。自分が生まれる前からずっと家族がやっていて、
いずれ地元に帰って何かやりたいなと思っていました」

と話してくれた松本さん。Uターン直接のきっかけは、東日本大震災。
2011年の1月に勤めていた金融機関の仙台支店に転勤になって、すぐに震災が起きた。

「この映画館も被災して、修繕する資材や人間もおらず廃業寸前でしたが、
三重や名古屋の同業の方々が自ら車を運転し手伝いに来てくれ、
5月には再開できたんです。また、私自身もボランティアに加わり、
喜びも悲しみも分かち合う場面にたくさん触れて、
地元で何かやりたい、それも早くやりたいと思うようになったんです」

一関市は、人口減も著しく、子どもの頃に見た駅前のあのまち並みが廃れていた。
そこで、松本さんが注目したのはマーケットが伸びている“観光”。

「2011年に平泉が世界遺産に登録され、国内外からの観光客も伸びていたので。
銀行員をしながら観光のマーケットを調べたり、旅行業に必要な資格を調べたりして、
専門学校に通い総合旅行取扱管理者の資格をとったり」

そして2017年2月に、松本さんはイーハトーブ東北を立ち上げた。

「僕の事業は、農泊や観光をベースとしていますが、IOBで行いたいのは、
まずは観光と物産、サービスを一体で運営することなんです。
本業を持つ各参加者のハブとなる機能をもたせます」

松本さんのが営む和食レストラン〈かぶらや〉では、もちを取り入れたメニューを開発中。こちらは、SHISEIDOパーラーの元パティシエとの共同開発のもちパフェ。ずんだとごま、バニラアイスの組み合わせが抜群においしい。

まちの活性と、自分たちの可能性を広げる存在として、
松本さんの起業や、IOBに可能性を感じたのが、
兄弟で〈京屋染物店〉を継ぐ蜂谷悠介さん、淳平さんだ。

ネットからも出来る 九州北部豪雨災害への 緊急支援金

2017年7月5日からの豪雨により、福岡県、大分県を中心とする
九州北部の広い範囲で多くの被害が出ています。

この被害に対するネットを通じた支援が始まりました。
まずこちらは、クラウドファウンディングサービスCAMPFIREでの緊急支援
手数料をCAMPFIREが負担するので、支援金の全額が被災地に届けられます。

支援金は、被災市町村への義援金になります。
詳しい使いみちは、決定次第このプロジェクトページのほか、
活動報告、SNSなどを通じて報告されます。
支援金の振込先については、募集期間終了後に明細が公開されるそう。
詳細・支援はCAMPFIREにて。

※写真提供:「CAMPFIRE×LOCAL」の大分パートナー田浦さん

〈LYURO 東京清澄〉 まちに開かれた シェア型複合ホテルが 隅田川沿いにオープン!

東京の下町エリア、江東区清澄にまちに開かれたシェアスペースや
ギャラリー、ショップ、コーヒースタンド、
ビールブルワリーなどを備えた“シェア型複合ホテル”がオープンしました!

その名も〈LYURO 東京清澄 -THE SHARE HOTELS-
(リュウロ トウキョウキヨスミ ザ シェア ホテルズ)〉は
2017年4月にグランドオープンしたばかり。
隅田川に面し、客室からは下町風情あふれるリバービューが見渡せます。

このホテルがユニークなのは、宿泊客だけではなく、
まちの人や清澄を訪れた人たちも利用できること。

夏の京都でよくみられる「川床」の東京版を目指した〈かわてらす〉。

上の写真は誰でも利用できる多目的スペース〈かわてらす〉。
2階デッキにあり、朝ごはんを食べたりヨガをしたりと、
いろんな使い方ができます。気持ち良さそうですね!

かわてらすへとつながる2階には、バーベキューレストラン〈PITMANS〉と
クラフトビールのブルワリー〈清洲橋醸造場〉も。

清洲橋醸造場はクラフトビールメーカー〈アウグスビール〉初のブルワリー。
アウグスオリジナルや谷中ビールなど、アウグスビールの
オリジナルクラフトビールがいただけます。

お部屋のタイプは、ゆったり楽しめる個室と、
2 段ベッドを備えたドミトリーのふたつ。

RIVER VIEW 個室タイプ

RIVER VIEW 個室タイプ

リバービューがのぞめる個室には、川に面したバスルームが。
夜にはライトアップされた清洲橋とスカイツリ―が見渡せ、
下町好きな方には、たまらないロケーションです。

〈宇宙の森フェス〉 宇宙のまち 北海道大樹町にて 音楽フェスを開催!

2017年9月9日(土)、北海道広尾郡にある
宇宙のまち、大樹町(たいきちょう)にて
野外音楽フェスティバル〈宇宙の森フェス〉が開催されます。

これは、大樹町内外に暮らす20〜30代の若者たちが企画した
「ロマン溢れる宇宙」と「美しい自然」をテーマにかかげるフェスティバル。

2016年に初開催され、ライブのほか、
満天の星空を天然プラネタリウムに見立てた「星空案内」や、
森に流れ星などを映し出す「ライティングパフォーマンス」で
約600人のお客さんを楽しませました。
今年はよりパワーアップしたアクティビティやマーケット、
フードブースなどが登場するそう!

出演アーティストは、カジヒデキ、Keishi Tanaka、蔡忠浩(bonobos)、
曽我部恵一(サニーデイ・サービス)、曽我部瑚夏、
成山内(sleepy.ab)、DJ D.S.K aka MAYHEM、ERIKO to.。

カジヒデキ

蔡忠浩(bonobos)

アクティビティは、ロケット開発を行うインターステラテクノロジズと
大樹町航空宇宙推進室による〈航空宇宙ホンモノ体験ブース〉、
陸別町銀河の森天文台の星空案内人が星空を
天然プラネタリウムに見立て、星空案内を行う〈星空案内〉。

さらに、M・AプロジェクトとDJ D.S.K aka MAYHEMによる
〈宇宙の森Specialライティングパフォーマンス〉、
TACとかちアドベンチャークラブによる
〈ツリーイング(木登り)体験〉などなど!
子どもから大人まで楽しめるプログラムが盛りだくさんです。

眠っていた学校を起こそう!
教えて、
How to休廃校再活用

少子化に伴い、全国各地で学校の統廃合が進んでいる。
廃校になるということは、大きな校舎が空っぽのまま地域に存在するということだ。
使わない建物は人の気配をなくし、放置のままに荒廃していく。
校舎を壊すだけでもずいぶんな予算もかかり、
できれば治安の問題も含めて校舎は有効活用できたほうが望ましい。
一方、お金をかけずになるだけそこにあるものを利用して、
新たな生き方やビジネスを模索したい人たちもいる。
廃校カフェ&ゲストハウスとして人気の、
徳島県三好市の旧出合小学校〈ハレとケデザイン舎〉は、
地域と移住者、双方のニーズのマッチングがうまくいった廃校活用の好例だ。

移住、開業、子育て……
難関をクリアしてひらめきをかたちに!

3年前、徳島県三好市へ移住した
ハレとケデザイン舎代表の植本修子さんは
ひょんなことから三好市の休廃校活用アイデア募集を知った。
そこですぐに現地に足を運んでいくつかの学校を見学。
すると、いろんなアイデアが湧いてきたという。
東京でデザインの仕事をしていた植本さんにとって
大きな空間を自由に使うことを許されるということは
無限大の可能性を持つクリエイティブな作業で、
校舎の内装から湧く未来のイメージにわくわくしたそうだ。

「先々の苦労を想像するよりも、おもしろそう、
やってみたい! と思う気持ちのほうが大きかったですね」
当時を振り返り、植本さんはそのときのモチベーションは現在にも続いていると語る。
「使える廃校があるならば、まだまだやりたいこと、
できることはたくさんあるのでやってみたいんです」

植本さんの話を聞くと、あたかも軽やかに実行してきたように見えるが
実際に、休廃校活用の事業案を採択され、
ビジネスやコミュニケーションの場とするには、複雑な認可のプロセスが重要だった。
「終わってみると、大変なことは忘れてしまうのよね」と笑う植本さんに、
彼女が行った廃校を再生し、開業するまでの手順を聞いてみた。

まずは現地に足を運び、物件との出会いの印象を大切にし、そこから事業のイメージを広げた植本修子さん。 「三好市の廃校活用事業が始まって間もないところでここに来ることを決めたので、申請方法などわからないことなどが山積み。市役所の方に確認しながら事業計画書を作成しました」

出合小学校に案内された植本さんが抱いた第一印象は、中庭の風景の心地よさ。「ここに案内されたとき、中庭に立ち、川のせせらぎが聞こえて、あ、すてきなところだなと感じられたんです」。鳥小屋やカブトムシ小屋のたたずまいも気に入った。それなのに、これまで誰も手をつけていないことに驚いたという。そこで、2回足を運んでここでの開業と移住を決めた。

北海道・岩内町で、地元に愛される
〈村本テント〉の山菜リュックとは

培った技術と地元の声から生まれたプロダクト

周囲を海に囲まれた北海道の積丹半島には、
海の幸がおいしいというイメージを持つかもしれないが、春は山菜もおいしい。
山に山菜採りに出かける趣味を持つ人も多い。5月頃は、姫竹(根曲がり竹)がよく採れて、
身欠きにしんと一緒に煮物に使われたりする。

そんな積丹周辺の山菜採り愛好家に人気なのが、〈村本テント〉の山菜リュックだ。
山菜はひとつひとつは小さいが、たくさん採ると、ずっしりと重くなる。
そんなときにも背負いやすく、耐久性があると人気なのだ。

岩内町に〈村本テント〉の店舗と工房はある。
現在4代目の村本剛さんとその家族で営んでいる。山菜リュック自体に定義はないが、
いろいろなメーカーから「山菜リュック」という名称で発売されている。
要は山菜採りに適したリュックということ。

〈村本テント〉4代目の村本 剛さん。

「もともとは2代目、つまり祖父の代から山菜リュックをつくり始めました。
近くに営林署があって、そこに納めていたこともあるようです。
少しずつ改良を重ね、現在の形になりました」と語る村本 剛さん。

山菜は湿っているので、水抜き用の穴が空いている。
また重くなったときに肩への負担が軽減されるように
ショルダーストラップにフェルトを付けている。
修理もするし、お客さんからの要望があれば最大限応えていく。
こうした工夫は、ユーザーとのコミュニケーションの賜物。
その結果、使い勝手のよい山菜リュックへとアップデートしていった。

デイリーユースとして買う人も増えているという。

「革の部分が水に弱いので修理交換したり、
ポケットがサイドに付いていると薮の中では邪魔だから前面に移したり。
パーツの増減もありました。すべてお客さまの声のおかげです」

耐久性が求められる山菜リュックには、業務用の強くて固い生地が用いられている。
そうした生地は、実は〈村本テント〉のもうひとつの顔が関係している。

「トラックやダンプカーを覆うシートや
コンクリートミキサー車に使われるカバー、重機を覆うシートなど、
建築現場や運輸関係で使われる業務用のシートやカバーを製作しています」

テントといっても、アウトドア的なそれではなかった。
タフなコンディションで高い安全性が必要な商品に使う生地は、
山菜リュックにも適した生地だったのだ。
こうした素材が身近にあったことも、山菜リュックが生み出された要因のひとつだ。

岩内の石塚水産の石塚貴洋さんに協力してもらい愛用している山菜リュックを見せてもらった。これは、山菜前袋。カラビナでアレンジ。

右の新品を使い込むと左のように味が出るが、まだまだ使える。

石塚さんに山菜採りに連れていってもらったら、おいしそうな姫竹を発見。

自治体、事業者をデザインの力と
ビジネス面で支える
〈高鍋デザインプロジェクト〉が
宮崎・高鍋町でスタート

事業者とデザイナーのマッチングで、
より手に取りたくなる商品づくりを!

宮崎空港を降り立ち、車で北に向かうこと約1時間。
到着したのは宮崎県のほぼ中央にある高鍋町だ。
43.80平方キロメートルという県内一面積の小さな自治体だが、
江戸時代にさかのぼれば、高鍋藩の城下町として栄えたという歴史あるまちである。
現在、このまちは児湯地域の中核都市で、
行政、商業、教育といった機能が集中。東は海に面し、
山手には田畑が広がる自然豊かな土地であり、野菜や茶の栽培、畜産業が盛んだ。

のどかな景色が広がる高鍋町。海にも山にも近いロケーションだ。

なぜ高鍋町に向かったのか。
その目的は、2017年1月にスタートした
地方創生事業〈高鍋デザインプロジェクト〉の船出を見届けるためだ。
高鍋町が中心となり、〈公益財団法人日本デザイン振興会〉が企画運営。
そして高鍋町の事業者、宮崎県内のデザイナーたちが協働し、
高鍋町で育まれてきた地域資源を生かした商品・ブランドをつくり、
高鍋町の魅力をPRしようという取り組みだ。

肝になっているのが、この地方自治体(高鍋町)と事業者、
県内のデザイナーによる協働を
〈高鍋信用金庫〉〈信金中央金庫〉〈宮崎県工業技術センター〉
〈日本デザイン振興会〉といった外部機関が、
ビジネスとデザインの両面からサポートしている点。
つまり「つくったら終わり」ではなく、
商品・サービスが消費者に届くまでの流れを支えることで、
持続的な活性を目指している。

このプロジェクトは岩手県西和賀町の
西和賀デザインプロジェクト〈ユキノチカラ〉に次ぐ、
〈地方創生地域づくりデザインプロジェクト〉の第2弾。
九州では初の事例ということで、関心が集まっている。

2017年1月16日、〈高鍋デザインプロジェクト〉の立ち上げを記念する記者発表会が
高鍋町役場で実施された。

〈まんぷくTAKANABE〉ブランドのオフィシャルロゴ。まあるく、思わず心がほぐれるこの人懐っこいロゴは、今回のプロジェクトに参加するデザイナー・平野由記さんが手がけた。

冒頭、高鍋町長小澤浩一さん(当時)が、
「農業にしても、商業にしても、人と人との連携が必要です。
そこに今回、包括的な連携の相談があり、デザインの力が加わります。
若手の事業者を支援し、まちにおける稼ぐ力の最大化を目指したい。
それが町内外へのPRになります」と力強く宣言。
続けて企画運営を担当する〈公益財団法人日本デザイン振興会〉の
鈴木紗栄さんが「事業者と県内デザイナーのマッチングによって
クリエイティビティが生まれる環境づくりに取り組んでいきたい。
信用金庫とともに、デザインの力がビジネスの活性につながるよう、
バックアップします」と語った。

左から〈オノコボデザイン〉小野信介さん、〈ヤミー フードラボ〉谷口竜一さん、〈高鍋信用金庫〉理事長・池部文仁さん、前高鍋町長・小澤浩一さん

参加事業者を代表して、食品の加工・卸を営む〈ヤミー・フードラボ〉の谷口竜一さんは
「このまちにはすばらしい農作物があるのに、それを県外、
そして世界に発信する力が不足しています。
消費者に届けたら終わりではありません。
その商品を2度、3度とリピートしてもらうことが必要です。
その時に重要なのが、デザインの力。
おいしい商品はパッケージ、デザインも記憶に残るものです。
私はデザインの力を信じています。
みなさんの協力とともに、世界に広がる商品をつくっていきたい」
と決意を新たにすると、その言葉を受け、
デザイナー陣を代表して延岡のデザイン事務所〈オノコボデザイン〉の小野信介さんが
「デザインはカッコよさ、かたちを飾るのが仕事だと思われがちですが、
モノ、コトの本質を見極めて、それを可視化できるよう外に出すのが仕事です。
グラフィックデザインだけをつくればいいのではなく、
売り方の仕組みを考えることもデザイナーの役目だと思っています。
もちろん、簡単なことではありません。
これを機に、事業者たちと膝を突き合わせて、長い目でがんばっていきたい」
と続けた。

〈ひょっとこ堂〉の打ち合わせ風景。今回誕生したフルーツや野菜を原料としたシロップ〈おやたんこみる〉はマンゴー、日向夏、トマト、ブルーベリー、キャベツの5つの味がある。親は炭酸で割って、子どもはミルクで割って、家族みんなで楽しめるシロップにしたいという願いを込めて、その頭文字をとってネーミングされた。このように、今回生まれたすべての商品に、事業者の思いが詰まっている。

こうして〈まんぷくTAKANABE〉プロジェクトによって産声を上げた新商品たち。
3月に実施された地元・高鍋町のお祭り、
そして4月には宮崎市内にある山形屋百貨店でテスト販売され、
4月27日、晴れてお披露目となった。

4月27日のお披露目会は〈Bridge the blue border〉 ( http://bridgetheblueborder.jp/ )で催された。普段はレンタルハウスとして利用されている施設で、高台にあるこの場所からは雄大な海を望むことができる。

〈ミカドレモン〉 広島からレモンを使った スパークリング日本酒が誕生! 世界の料理とのマリアージュを

広島で、まるでシャンパンのような
スパークリングレモン酒〈ミカドレモン〉ができました。

醸造家の五感に頼り、糖分を一切添加せず、
酒米が本来持つ甘みを最大限に引き出し、
レモンの酸味と調和したお酒に仕上がっています。

醸造元は創業1856年の酒蔵〈三宅本店〉。
企画・プロデュースは〈ナオライ〉の三宅紘一郎さんです。

「世界各都市で戦える日本酒をつくりたい」とナオライを立ち上げた三宅さん。
ミカドレモンはその第一弾として、日本料理はもちろん、
フランスやイタリア料理等とのマリアージュも楽しめることを目指し開発されました。

三宅紘一郎さん。Photo:Haruna Kawanishi

「現在日本には日本全国1200以上の酒蔵があります。
各地の酒蔵がその土地で歴史と伝統、地域コミュニィを持ち酒造りをされています。
価値ある酒蔵を未来に受け継ぐ基盤をつくりたい。
SAKEの魅力を日本だけに限らず世界中のたくさんの人に知ってほしい。
そういう想いでナオライを立ち上げました。
我々が造るSAKE、演出する人と人がつながるSAKEコミュニィを日本各地、
世界各地の一人でも多くの方にお楽しみいただき、
日本酒の魅力に触れていただければ幸いです」(三宅さん)

Photo:KUNIHIKO SATO

三宅本店は、三宅さんの親族が営む酒蔵。
広島県呉市に明治末期から160年続く老舗で、
全国の新酒鑑評会でも、数々の受賞歴を誇る酒蔵なのだとか。

Photo:Haruna Kawanishi

Photo:Haruna Kawanishi

Photo:Haruna Kawanishi

加計呂麻島で映画舞台の民家が
宿〈リリーの家〉として
今夏オープン!
伝泊 vol.2

伝泊 vol.2

こんにちは。一級建築士事務所アトリエ・天工人の山下保博です。
第1回目では、奄美の伝統的な建築の特徴と、
〈伝泊〉のはじめの2棟を立ち上げたお話を読んでいただきました。

〈伝泊〉は、“でんぱく”と読みます。伝統的、伝説的な古民家を探し出して、
改修することで宿泊施設として蘇らせ、
さらに地域のコミュニティとして開放する仕組みのことで、僕のつくった造語です。
その第1弾の宿が、奄美大島に2016年7月にオープンしました。
(詳しくは、第1回目にて

僕の原点は、生まれ育った奄美大島にあります。
豊かな自然を湛える奄美は、砂、土、石、海、そして動植物……とまさに素材の宝庫。
ここで育ったことは、間違いなく僕の礎になっています。

モノとしての素材も、知や時間という素材も、すべては地域の宝。
地域の素材を生かすという考え方をすると、空き家も地域の大切な資源です。
残っているものの7〜8割は残し、直せるところは補修して使う。
建物の保存だけではなく、それを利活用して経済がまわることが大切だと思っています。

今回は、現在改修中で、奄美群島内のひとつ、加計呂麻島にこの夏オープンする2棟と、
奄美市でオープンしたばかりの1棟についてお話します。

寅さんとマドンナの思い出の「リリーの家」

次の世代に残していくべき伝統的な古民家を探してリサーチを行っていた僕たちは、
奄美大島を離れて加計呂麻島へ渡りました。
実は、加計呂麻島の諸鈍(しょどん)という集落に
映画『男はつらいよ』の撮影に使われた家が残っているのです。

「リリーの家」と呼ばれるこの家は、渥美清主演、
シリーズ第48作『男はつらいよ 紅の花』(山田洋次監督)で、
寅さんとマドンナのリリーが暮らしているシーンを撮影した家です。
この家は、長い間地域の人たちや観光客からも「リリーの家」と呼ばれ親しまれています。

現在改装中のリリーの家。2017年夏にオープン予定。

でも何年も空き家になっていて、僕が家を見たときの第一印象は、
すたれてしまった、かわいそうな家という感じ。
さっそく持ち主を探しましたが、現在は行政に譲渡されているということがわかり、
役場でお話をうかがいました。

すると、地元の方や映画ファンから愛された家ではあるけれど、
修繕して保存するには費用がかかりすぎる。
しかし文化遺産というほどのものでもない、解体される危機に瀕していたのでした。
僕の伝泊の活動の話をすると、ぜひ一度見てほしいとのこと。

外部に2か所アルミのひさしが付いており、昔の外観を損ねている。

内部は、白アリの跡があったり、床が腐っていたり、ひどい状況でした。
しかし、今ならぎりぎり間に合いそう。
というよりも、今直さなければ壊すしかない、すぐにでも取り掛かる必要がありました。
それで僕が行政から借りて改修し、宿泊施設として運営すると同時に、
住民にも開放する場所にすることに決めました。

窓からは集落の様子が見える。

住民説明会を開き、集落の皆さんの意見を聞くと、できるたけ長く使ってほしい。
島出身者の人が面倒をみるのは良かった。住民にも開放してくれてうれしいというコメント。
地域おこし協力隊のサポートもあり、宿泊施設としてのほか、
ダンス教室や学童保育として使う案も出ているんですよ。

道を挟んで海が見える。広縁を増設中。

最後に、宿の名称をどうしようとなったとき、
集落からも親しまれている「リリーの家」という名前をぜひ使いたいと考えました。
それで、山田洋次監督へ「リリーの家」という名称を
使用させていただきたいとお願いに行ったところ、
監督もご快諾くださり、晴れて伝泊「リリーの家」としてオープンすることになりました。

諸鈍地区にある「寅さんは、今」の石碑。

泊まれる立ち飲み屋 〈STAND BY ME〉が 福岡にオープン。 まちと学生をもっと元気に!

2017年6月15日、福岡市中央区大手門に
「泊まれる立ち飲み屋」をコンセプトとするホステル
〈STAND BY ME(スタンドバイミー)〉がオープンしました。

こちらは1階が立ち飲み居酒屋、2階・3階が宿泊施設になっているホステル。
飲んだ後に帰らなくていいなんて、うれしいですね!

オープン当日のようす。

お部屋にはドミトリータイプと個室があります。(写真は個室)

ドミトリー

「フレンドリーな立ち飲みスペースを持ったおせっかいホステル」をうたっている
こちらには、ほかにもユニークな仕掛けがあります。

そのひとつがフードやドリンクと交換できる「木札」(4枚1,000円)。
STAND BY MEでは、この木札が余ったら隣の人や若い人へシェアすることをすすめています。
たしかにこんなシステムなら、気がねなくおごれそう。

木札4枚(1,000円)で食べられる立ち飲みメニュー。

気になるメニューは、ほとんどが地元にゆかりのある料理。
それも「福岡のいい場所、どこですか?」という質問に応えたいという
“おせっかい”から生まれたもの。
「お客さんがこの店を媒介に地元の食材や場所を知り、現地まで足を運んでくれたら」
というのがオーナーの願いなのだとか。

立ち飲みメニューは、薬院大通駅にある人気居酒屋
〈二〇加屋長介(にわかやちょうすけ)〉がプロデュース。
「博多水炊き とり田の柚子胡椒でポテサラ」「福岡移住計画の鯖缶」
「鳥飼八幡宮のチーズ盛り」など、約30種類のほとんどのメニューが、
木札1枚でいただけます。

朝ごはんやランチも、すべて木札でやりとり。
モーニングもランチも、木札3枚で食べられます。

糸島産の「つまんでご卵」と〈ふくや〉の明太子、博多海苔、豚汁が食べられる和定食。

薬院にある人気店〈FRUCTUS〉の工房でつくられたグラノーラを九州産の牛乳、ヨーグルトと一緒に。

パンがおいしいブレッドブレックファーストは、大手門の人気ベーカリー〈ラグルッピ〉〈アルティザン〉とコラボ。

モーニングは、和定食、ヘルシーなグラノーラ、
ブレッドブレックファーストの3種から選べるそう。
朝ごはんがこんなに充実しているとは、おどろき!