連載
posted:2017.5.26 from:山梨県甲府市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
TAKAOMI KOIBUCHI
鯉淵崇臣
山梨県生まれ。2014年に地元である山梨に設計活動の拠点を構える。新築やリノベーションという枠にとらわれず、地方が抱える問題に建築家がどう向き合い、なにができるのかを模索中。現在、PRIME KOFUを主宰しながら、地元の不動産屋、工務店、企画制作事務所とともに「ゆたかな不動産」という共同企業体を立ち上げ、空き家空きビルの紹介や活用提案、設計施工をワンストップで行うサービスを展開中。
http://www.prime-lab.com/
credit
main photo:Nobuaki Nakagawa
前回は、オランダで建築を学び、震災復興のために訪れた
福島県いわき市での空き家から複合施設へのリノベーション。
これを機に山梨へ戻ることを決めたのですが、
第2回目は、地元である山梨に戻ってきてから、最初のプロジェクトができるまでのお話。
海外東京と渡り歩いて戻ってきたはいいけれど、
「おかえり、さっそく仕事をお願いします」
なんてことはありえないわけで。仕事のあてがあったわけでもないので、
しばらくは失業保険やアルバイトで食いつなぐ生活が続きました。
地方は、親世代から家業として建築業を営まれている方や大手ハウスメーカー、
工務店などがほとんどの仕事を請け負っており、地縁、既存コミュニティのつながりが強く、
新規参入で独立開業することはなかなか難しい社会状況です。
そこで僕が山梨に戻り、最初にやるべきことは、福島での震災復興でもそうだったように、
地元の方々との交流をもつこと。特に、
僕と同様に地方都市に対して問題意識をもつ地元の諸先輩方のお話に耳を傾けることでした。
最初の1年間は、ありとあらゆるイベントや集まりに顔を出しました。
鯉淵さんはどこにでもいるけど、
何をやっているのかよくわからない人と言われたほどです(笑)。
そのフットワークの軽さが功を奏したのか、
1年の間でとても多くの方とお話をさせていただき、
よい関係性を築かせていただくことができました。
山梨は県人口80万人と少なく、非常に狭いコミュニティなので、
なにかしらどこかで誰かがつながっています。
そうすると、友だちの友だちは実は友だちだったみたいなことがどんどんと連鎖していき、
ちょっとした出会いがさらに新たな出会いを生んでいく。
地方が東京のような大都市圏と大きく違うことは、
この人のつながりの連鎖がものすごく速いことです。
建築に限らず、地方で独立して、仕事のフィールドを開拓するならば、そうした連鎖のなかで、
自分がなにを思い、どんな役割でなにができる人なのかを明確にしてアピールしていくことが
とても重要なのだということがわかりました。
これは福島の復興支援で学んだこととも重なります。
そのなかでも、ちょうど僕が山梨に戻るタイミングで開かれていのが、
毎年、春先に行われる富士吉田市の〈げんき祭〉。
富士吉田市の地域おこし協力隊や行政職員が中心となり、
山梨のアートディレクターやデザイナーさん、一般の方など、
山梨をもりあげている若者たちが多く集まるお祭りでした。
今思えば、このイベントでできたつながりが、
僕にとってはかけがえのないとても重要なものとなっています。
そんななかで出会ったのが〈五味醤油〉の6代目である五味 仁さん。
五味さんは、家業のお味噌屋さんを継ぐために
僕よりも5年以上前に山梨へUターンされた方で、
現在、妹の洋子さんと一緒に発酵兄妹というユニットを組み、お味噌だけではなく、
発酵文化や食文化などを広めるため、県内外で、とてもおもしろい活動を続けている方々です。
僕と同じく甲府にお店を構えていることもあり、いろいろな場所で顔を合わせる機会に恵まれ、
トークショーなどにも、スピーカーとして一緒に参加させていただいたこともありました。
そんなご縁もあり、ある日、五味さんから
味噌づくりのためのワークショップスペースをつくりたいとお願いをされました。
山梨に戻って1年弱、初めて依頼されたお仕事です。
五味醤油には築70年以上も経つ味噌工場が敷地の奥に建っています。
その工場の一角を改修して、味噌づくりや
食に関するワークショップやイベントを行う拠点をつくりたいというご相談でした。
工場自体は、何度か改修を重ねていましたが、やはり老朽化している箇所も多くあるため、
かなり修繕しないとならない状況。
加えて、敷地の奥にあるため、道路からの視認性が非常に悪く、
集客という面では大きなデメリットになる立地です。
そうこうやり取りを続けているうちに、
五味醤油さんから敷地に持て余している部分があるので、
そこに新築するのはどうですか? という提案がありました。
開業150年を目前に控える老舗のお味噌屋さんとなれば、
工場をリノベーションするほうが、ストーリーとしては美しいし、話題性もあります。
「新築」という選択肢など僕の頭にはまったくなかった提案でした。
しかし、この提案をきっかけに、
僕のリノベーションに対する視野が大きく広がるきっかけになります。
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リノベーションとは広義に「既にあるものに新たな価値を加える改修」のことです。
一般的には、新築とリノベーションは対になる考え方なのですが、
建物単体ではなく、まちスケールで考えると、「新築」も「改修」も、
まち全体をリノベーションするという意味では、
同じカテゴリーに含まれるのではないかと考え始めました。
もし、実現したいことやまち自体のために、
改修よりも新築のほうが価値を高めると判断できるのならば、
選択肢としては間違っていません。「新築か、リノベーションか」ではなく、
まち全体をリノベーションするために「新築か、改修か」を考えるということです。
今回のプロジェクトは、五味醤油の今後の展開とその周辺エリアの価値を高めるために、
改修か新築どちらが適切であるか根本的に考え直すことが必要だと思いました。
五味醤油がある敷地は、甲府市中心街からも近く、
前面道路はクランクになっているため朝晩通勤で車が混雑しやすくなっている場所にあります。
調べていくと、この通りは、武田信玄公の時代に、
外部からの敵が容易に攻め入ることができないように、道をクランクさせているとのこと。
現代になっても自動車交通においてその効力を存分に発揮しているというわけです。
車の往来が目まぐるしい国道沿いは、できる限り看板を大きくして
視認性を高めるための広告戦略をとり、
結果どの地方も同じような雑多なロードサイドシティができてしまうのですが、
この道路は黙っていても車が停車し、スピードを落とすため、
建物自体とても効果的な広告塔になります。渋滞でイライラしている運転手にとっても、
毎回、違うイベントが行なわれている風景を見ることができれば、
ここを通過する楽しみにもなるはずです。
しかし、当時、敷地の道路沿いは店舗以外ほぼ空地状態で有効活用されていなかったため、
そのポテンシャルを十分に生かしきれていない状況でした。
五味醤油の一番の個性は、味噌づくりや食文化の活動を介して、
非常に多くの方とつながりをもっていることです。
気づけばいつのまにかおもしろそうな人が近くに集まり、なにか新しいことを始めている。
五味醤油の屋号に、山型の下にひらがなで“ご”と書いてある
「やまご」というロゴマークがあるのですが、このロゴマークの見方をちょっと変えて、
「ひとつ屋根の下に五味醤油を取り巻いて、
なんだかおもしろい人たちが楽しそうなことをやっている」
というような新たな意味合い(付加価値)を加えられないか。
そのイメージをダイレクトに伝えられるような
建物や空間をデザインできたらいいんじゃないかと思いました。
上記の2点を踏まえ、奥まった工場を改修するよりも、道路側に残っている敷地を有効に使い、
アイコンとなるような建物を新築することが、クライアントにとっても周辺エリアにとっても、
新たな価値を与えられるのではないかと思い、結果、
「新築」によるまちのリノベーションを行うことになったのです。
建物のコンセプトは、五味醤油のロゴマークをモチーフにした、
「みんなが集まる、おおらかな屋根型空間」。
有効活用されてない敷地に対して、今回の建物ができることで、
残りの外部も駐車場やイベントペースなどに活用するという計画です。
外観は通りに対してアイコン化した力強いオブジェクトとなるように、
外壁も屋根もシームレスにつながった白い仕上げにしています。
内部は、木材の温かみと曲線の屋根型を強調するように、
壁はラーチ合板、天井を白い塗装仕上げに。
用途がワークショップスペースということもあり、
建物ができるまでに、工務店、大工さん、家具デザイナーさんだけではなく、
DIYワークショップも開催し、県内外の多くの方々にお手伝いしていただきました。
当初、老舗の味噌屋にしては奇抜すぎかな? という不安もありましたが、
工事中から通りがかる人に富士山に見えるとか、
神社ができるんですか?などいろんなご感想をいただきました。
結果、どこかしら日本的な懐かしい雰囲気と
現代的なシャープさをもったバランスの良い建築になったんじゃないかと思っています。
五味さんから、せっかく地域のアイコンとなるような建物ができるので、
この地域の名前である「金手」をそのまま使って
「KANENTE」という名前を付けたいという提案をいただき、
2016年2月14日、食のワークショップスペース〈KANENTE〉はオープンしました。
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この建物ができて1年以上が経ちますが、味噌づくりだけではなく、
さまざまな食のワークショップやイベントが開かれ、
子どもからお年寄りまでとても多くの方に訪れていただいています。
さらに、多くの雑誌やテレビに取り上げていただいたこともあり、
いまでは、自分の自己紹介をするときに、
「城東通りにある富士山みたいな建物を設計しました」
と言えば大半の人が「あー気になってました」とおっしゃってくれるようになりました。
一番うれしかったのは、KANENTEを通りかかって、
五味醤油を知り、お味噌を買いに来てくれたお客さんもいるということです。
ここ10年でリノベーションという言葉が定着し、
その事例も多く見られるようになってきましたが、
建物単体のリノベーションや内装デザインだけにフォーカスされることが多く見受けられます。
僕も〈KANENTE〉に携わる以前は、
建物単体をいかにかっこよくつくるかということに頭を使っていました。
しかし、建物単体や内装デザインのみでリノベーションの良し悪しを語ってしまうと、
「都市」や「地方」という場所性の問題設定が保留されてしまい、
建物の利活用、デザイン性の趣味趣向の話で終始してしまう可能性があります。
地方におけるリノベーションを語るうえで重要なのは、今直面している地域課題に対して、
「まちのリノベーション」という視点でものごとを考えていくこと。
少し引いた目線で、本当に必要なものはなにか、新築がいいのか改修がいいのか、
慎重かつ柔軟に判断することであり、
その専門性が今の僕らに求められているのではないかと思っています。
次回は、今回の五味さんと同様に、Uターン1年目に出会い、
その後いろいろなプロジェクトで関わらせていただくことになる
企画デザイン会社のオフィスリノベーション。
地方における「集客」をテーマとしたお話です。
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五味醤油
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