三浦半島の先端のまちに
ユニークな野菜直売所が出現。
小屋×アート〈koyart〉とは?

神奈川県の南東部。
三方を海に囲まれた三浦半島は漁業と同様、農業も盛んな土地として知られる。
温暖な気候を利用して栽培されているのは、大根やキャベツといった露地野菜。
海岸近くまで延びる広大な台地に、見渡す限りの畑が広がる、
独特な農の景色を見せている。

ここ三浦半島で、いま、おもしろいプロジェクトが進行しているのをご存知だろうか? 
その名も小屋とアートを重ね合わせた造語〈koyart(コヤート)〉。
空間やアート、サイエンスを専門とする団体が、
生産者(農家)、地域の学生らと共創し、
主に野菜の販売小屋をテーマにした作品づくりを通して、
訪れた人と地域のコミュニケーションの広がりを目指すという。

直売所に置かれたバス停のような看板。各農家の特徴をとらえたマークは、横須賀市横須賀総合高等学校美術部の生徒が制作した。

直売所に置かれたバス停のような看板。各農家の特徴をとらえたマークは、横須賀市横須賀総合高等学校美術部の生徒が制作した。

3月のある日、そのkoyartのイベントが1日限りで開催。
常設の2か所に、建築を学ぶ学生が制作した3か所を新たに加えた、
計5か所で実際に野菜販売を行った。

それらを周遊するための仕組みとして、各所にバス停のような看板を設置し、
ほかの直売所の位置情報を掲出。
同時に、野菜を購入した人が次の人のために、売られている商品の状況を
インスタグラムを使ってアップロードする取り組みも。

地元・三浦の人々と学生、そして企業が一緒になって、地域の未来を考える。
その現場を訪ねた。

岩手県洋野町をもっと知りたくなる!
地域との関わりをつくる
『ひろのの栞』を読む

三陸沿岸の北部にあり、青森県に隣接する岩手県洋野町(ひろのちょう)。
東に太平洋を望み、内陸の北上山系に囲まれた海と高原の美しいまちだ。
しかし、この場所で一般社団法人〈fumoto〉を立ち上げた大原圭太郎さんは言う。

「自然と生活が共存する里山の風景は、日本中にたくさんあります。
洋野町は、地域おこし団体や移住者の数がまだまだ少なく、
いい意味で、“地方創生”のフロンティアのような状態です」

アパレルから転身した大原圭太郎さん。

アパレルから転身した大原圭太郎さん。

事実、洋野町が国の推進する地域おこし協力隊の受け入れを始めたのは2016年と、
第一歩を踏み出してまだ日が浅い。
そんな洋野町に移住し、fumotoを立ち上げた大原さんは、
洋野町の「地域おこし協力隊」第1号、その人でもある。

アパレル店員から岩手県洋野町「地域おこし協力隊」第1号へ

太平洋を望む洋野町。マリンレジャーから豊かな海産物まで洋野町の暮らしを育む。

太平洋を望む洋野町。マリンレジャーから豊かな海産物まで洋野町の暮らしを育む。

大原圭太郎さんは仙台出身だが、
奥さんの出身地である洋野町は第2の故郷のような場所だった。

それまでは仙台や東京で服飾の仕事をしていたが、東日本大震災をきっかけに
「より地域に根ざした仕事」、そして「自分が本当にやりたいこと」を見つめ直したとき
洋野町の地域おこし協力隊募集の知らせが目に入った。

それまで考えていた、仙台から新しいものを生み出したいという気持ちは、
アパレル業界ではなくても、実現できるのではないか、
アパレルでやってきたことも実は地域おこしに近く、
洋服はあくまで手段だったんだと思うようになった。

それならば洋野町で地域おこしをするのもおもしろいのではないか、という考えにいたった。

「父が気仙沼出身でよく遊びに行っていたということもあり、
洋野町の生活圏と自然との距離感や海が見える風景に親しみを感じました」

そして2016年10月、はれて洋野町の地域おこし協力隊として、
洋野町の仕事に携わることになった。
自治体のHP制作や、移住者誘致のイベントへの出展、近隣地域と協力した取り組みなど
洋野町の観光振興推進員として、まちの観光協会の業務などを中心に行ってきた。

野毛山〈藤棚デパートメント〉後編
商店街に開かれたシェアキッチンと
設計事務所

YONG architecture studio vol.3

横浜市の野毛山エリアにて、
オフィスや住宅、アトリエなど複数の拠点をつくり活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。
現在は長野県にも拠点を持ち、2地域で活動を展開しています。

今回は藤棚商店街で始まったシェアキッチンのプロジェクト
〈藤棚デパートメント〉の後編。
資金集めから工事、オープン後の変化についてお届けします。

実現の方法を考える

藤棚商店街で構想を始めたシェアキッチン計画ですが、果たしてどう実現していくか。
最適な物件とやりたい計画はすでにありましたが、
手元に活動資金が全然ありませんでした。
そこでまずは「野毛山ミーティング」の資料や〈藤棚のアパートメント〉の活動など、
新たに商店街でやりたいことを企画書にまとめ、銀行や信用金庫を回ることにしました。

藤棚商店街の中にある横浜信用金庫さん。

藤棚商店街の中にある横浜信用金庫さん。

まだ設計事務所として数年しか経っておらず、融資の実績もなかったので
「借りるのは無理でしょう」との声もありましたが、まずは相談。
すると、いくつか回るうちに商店街の中にある横浜信用金庫さんが
「地域のためになるならぜひ」と快く相談にのってくださることになりました。

事業化することは、設計の幅を広げること

融資を受けるには具体的な事業計画が必要です。
家賃の設定、月々の稼働時間、ランニングコスト、設計事務所の営業との両立など、
自分が事業者になって初めて見えてきたことがたくさんありました。

特に感じたのは、設計と運営、事業計画を一緒に考えることで
設計の幅を広げていける、ということでした。

内装設計をまとめ、見積もりを出して金額の調整をする。
そのとき提案の一部が削られても、アイデアを温存しておき、
その後の事業展開で再度取り込むことができます。

そこでまた工事が必要になった場合、
その資金は日頃の運営で得た収入から捻出するので、
使いやすい場所づくりができていれば収益が上がり、
新たな工事に投資できる額も増えます。

模型で使い方を検証。

模型で使い方を検証。

どういう場所が使いやすいのか。どれくらいの席数だと居心地がよくなるのか。
設計段階で検証したことが、運用されたときにリアクションとなって返ってきます。
空間に対するフィードバックが常にあり、
その都度使い方や仕様を検証しながらアップデートできる。

つまりは、設計者が事業をすることで、利用者さんすべてをクライアントとして
設計し続けているとも言えます。

気づくことで、豊かになる 滋賀の魅力が伝わる 移住PR動画を公開中!

豊かな自然環境に恵まれるとともに都市部への良好な交通アクセスを有する滋賀県。
琵琶湖を中心に東西南北で環境や人々の暮らしぶりが大きく異なるのが特徴です。

このたび、そうした「滋賀ぐらし」の魅力を発信するため、3種類の動画を制作しました。

ひとつ目は、InstagramなどのSNSを通じて、
たくさんの人から投稿された動画をもとに制作した「滋賀移住コンセプトムービー」。
滋賀の風景や暮らし、文化など「滋賀ぐらし」の日常を捉えた動画を
多くの方々から投稿いただきました。

投稿された動画には、雄大な琵琶湖や地域のお祭り、自然の中ではしゃぐ子どもたちなど
何気ない日常の風景が映し出され、
どこかホッとするような滋賀らしさ、滋賀の豊かさが感じられます。

「滋賀移住コンセプトムービー」より。

「滋賀移住コンセプトムービー」より。

「滋賀移住コンセプトムービー」より。

「滋賀移住コンセプトムービー」より。

また、動画のバックに流れる歌にもご注目。
澄んだ歌声が印象的なこの歌は、滋賀県民のソウルミュージック『琵琶湖周航の歌』です。
歌と編曲を手がけたのは、湖南市に移住した夫婦デュオ・よしこストンペアさん。
明るくポップな曲調が懐かしくも新しい印象です。

気仙沼をワクワクがあふれるまちに。
〈まるオフィス〉加藤拓馬さんが
手がける“人づくり”

宮城県最北端に位置する気仙沼市。
三陸リアス式海岸の一部である唐桑半島を有し、
東日本大震災で大きな被害を受けた土地のひとつだ。

震災直後、復興ボランティアとして気仙沼に入り、
以来まちをおもしろくする担い手のひとりとなっているのが、
〈一般社団法人まるオフィス〉代表理事の加藤拓馬さん。

緊急支援から観光事業を経て、現在は
「ワクワクしている次世代を育てる学びの仕掛け人」として、
中高生を中心とした教育事業に取り組んでいる。
震災から10年、まちはどう変わり、どんな未来を描いているのか取材した。

背中を押されて気仙沼へ

「東北に行け。後方支援は俺がする」

当時大学4年生だった拓馬さんが気仙沼へやってきたのは、
震災の翌日にかけられた、先輩のこの言葉がきっかけだった。
学生時代ハンセン病を研究し、中国の隔離村で道の舗装やトイレをつくるなど、
ワークキャンプの経験がある拓馬さんの力をかってのことだ。

現場でしか感じられないことがあることを、拓馬さんは知っていた。

「ハンセン病の回復者たちとともに時間を過ごしたことで、
長い間差別を受けてきたのにもかかわらず、
なぜ僕らを笑顔で受け入れてくれるんだろうと、
人間の魅力みたいなものを感じるようになりました。
それからは“誰かを助けに行く”というより、
“本物に出会いに行く”活動をしているという感覚になっていくんです」

〈一般社団法人まるオフィス〉代表理事の加藤拓馬さん。兵庫県出身で東京の大学に通い、4年生のときに東日本大震災が起きた。

〈一般社団法人まるオフィス〉代表理事の加藤拓馬さん。兵庫県出身で東京の大学に通い、4年生のときに東日本大震災が起きた。

この原体験が、拓馬さんの気仙沼への一歩を後押しする。

「3.11があって、東京でスーツを着て働く……それでいいのか、
僕が行かなきゃいけないんじゃないかみたいな、“勘違い使命感”が湧いてきました」

学生でも社会人でもない、何者でもない3月という時期、
4年間ワークキャンプをやってきたらからこその選択だった。

「これからは一緒にやって行くべしな」

内定を辞退したからには、数日・数週間の短期ではなく、
半年は腰を据えてやろうと長期ボランティアとして気仙沼へ入った拓馬さんだが、
移住しようとまでは思っていなかった。
半年経って瓦礫の撤去が落ち着いたら、東京に戻ろう。
当初はそう考えていた。

しかし、夏頃から地元の人たちの気持ちが落ち込んでいく様子を目の当たりにする。

「『がんばれ東北って言われるけど、もう言われたくない。
もう十分がんばっている』とか、
『唐桑にいてもダメだから仙台に行きたい。もうこのまちはダメだ』
という声を毎日のように聞いていました。短期で来たボランティアには、
『また来てね、がんばるからね』と言うけれど、
ずっといる僕に対しては、もう無理だって本音が出る。

僕にしか聞けない地元のことを聞いているんだなと思ったときに、
瓦礫が片づいたから帰るというのは薄情な気がしてきて、
この人たちはどうしたら元気になるんだっけ? と考え始めました。
まだ僕にやれることがあるんじゃないかって」

大きな被害を受けた気仙沼の中心部である内湾地区は、現在は整備され、さまざまな店舗が入った複合施設が並び、まち歩きもできる。

大きな被害を受けた気仙沼の中心部である内湾地区は、現在は整備され、さまざまな店舗が入った複合施設が並び、まち歩きもできる。

9月に瓦礫の撤去が落ち着いても、拓馬さんは帰らなかった。

「まさか10年いるとは思わなかったです。ずるずるといたという表現が正しい」
と拓馬さんは笑うが、2011年の年末に、印象的な出来事があった。
お酒を飲むといつも「ありがとうな」と言ってくれていた居候先の馬場康彦さんが、
「これからは一緒にやっていくべしな」とぽろっと言ったのだそう。

「それまでは、地元の人間がやらなくてはいけない瓦礫の撤去を、
外から来た支援者がやってくれているという気持ちで
言葉をかけてくれていたと思うんです。
でもこれからは被災者と支援者じゃなくて、
地元の人と、外から来た“風の人”として、
一緒にまちづくりを考えられるかもしれないと思いました」

中長期的におもしろいことができるかもしれない。
2012年、拓馬さんは住民票を気仙沼へ移した。

栃木・裏那須の〈Chus〉が6周年! 食が集うワークショップが目白押しの 「Something nice !」開催

祝・アニバーサリー!

栃木県の那須塩原市に店を構える〈Chus(チャウス)〉。

“大きな食卓”というコンセプトのもと、
朝市を日常的に楽しめる直売所〈MARCHE〉、
その食材を使った料理を味わえるダイニング〈TABLE〉、
そして魅力あふれる那須の旅の拠点にできる宿泊施設〈YADO〉で
構成されるChusが、めでたく6周年を迎えます。

以前は家具を扱う大型の倉庫だったという〈Chus〉の店舗。味のある看板が目印。

以前は家具を扱う大型の倉庫だったという〈Chus〉の店舗。味のある看板が目印。

1Fは、那須の野菜や加工品が並ぶ「MARCHE」、その奥に那須の食材をたのしめる「TABLE」。広々とした空間が広がります。

1階は、那須の野菜や加工品が並ぶ〈MARCHE〉、その奥に那須の食材をたのしめる〈TABLE〉。広々とした空間が広がります。

2Fの「YADO」にはさまざまなタイプのお部屋が。

2階の〈YADO〉にはさまざまなタイプのお部屋が。

もともと、年に2回開催していた「那・須・朝・市」という
マルシェイベントを実店舗に落とし込んだというChus。

店長の森俊崇さんは、
「Chusがある黒磯は、那須の温泉地のお膝元で“裏那須”と呼ばれる地域。
移住者やこの土地のよさを再認識して帰ってくる人も多く住みやすいまちです。
黒磯は、〈SHOZO COFFEE〉というコーヒー屋さんの周りに
個性的なお店が集まってきたことで、徐々に今のまちが形成されてきました。
Chusもその一部として、この土地の人たちと関わり合いながら
お店を営んでいます」と話します。

個性豊かな人たちが集まっているという〈Chus〉メンバー。

個性豊かな人たちが集まっているというChusメンバー。

那須のおいしいものと出会い、そのおいしさをわかち合い、
笑顔が溢れ、心がつながるーー。
Chusは大きなテーブルをみんなで囲むことで
ひとつの家族のようになれる場所になったらと、
そんな願いが込められているそう。

できることからアクションを!
「わたしのまちのSDGsの取り組み」

今月のテーマ 「わたしのまちのSDGsの取り組み」

最近耳にすることの多くなったSDGs。
持続可能な世界を実現するために
貧困や教育、資源、気候変動など
17のゴールから構成された取り組みのことです。

企業や団体が取り組んでるもの、と思っている人もいるのでは?
実は、私たちひとりひとりが行動・意識を持つことで
目標を達成する一助となることができます。

そこで今回は〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
まちで行われているSDGsアクションについて紹介してもらいました。

大きな目標ですが自分の身近なところから始めるられる
SDGsの取り組みについて考えるヒントを探ってみてください。

※SDGsについての詳しく知りたい人は、
こちらをチェックしてみて。

【岩手県奥州市】
人×モノ×コト。SDGsを身近なものへと変える掛け算

奥州市環境市民会議〈奥州めぐみネット〉は2010年に発足。
奥州市環境基本計画である
「未来を見つめる100年循環都市 地球と共存する奥州(まち)」の
実現に向けて現在約90名の会員が
さまざまな取り組みを実施しています。

代表の若生和江さんは
「SDGsという言葉ができる前から環境問題に意識を向けていました。
自分がしていることはなんとなく大事と思っていましたが、
SDGsという目標が国連で掲げられたことをきっかけに
これまでの活動の意義が明確になった。
背中を押されたと感じました」と話してくれました。

若生さんは岩手県環境アドバイザーとして「エコクッキング」などの講座もされています。

若生さんは岩手県環境アドバイザーとして「エコクッキング」などの講座もされています。

これまでの米・野菜づくりも
やり方次第で環境に負荷をかけていることにも気づけたそう。
岩手は自然が豊かな分、環境やリサイクルなどの
SDGsの目標を都市部より身近に感じられるので、
ひとつのことが多方面へ影響することを痛感するそうです。

SDGs目標を体験できるよう開催された稲刈りイベント。飢餓や土地の豊かさを経験を通して考えるきっかけになりそうです。

SDGs目標を体験できるよう開催された稲刈りイベント。飢餓や土地の豊かさを経験を通して考えるきっかけになりそうです。

市営バスで巡る地元の歴史を辿るツアー。ツアーを通して「住み続けられるまちづくり」や、「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」などのSDGs目標を実現する取り組み。

市営バスで巡る地元の歴史を辿るツアー。ツアーを通して「住み続けられるまちづくり」や、「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」などのSDGs目標を実現する取り組み。

最近では地元の南部鉄器の会社が
他業種の企業とタッグを組んでイベントを開催。
お互いの持ち味を生かしながら
SDGsが掲げる目標への取り組みを
幅広い世代に伝えるきっかけづくりの場になっています。

南部鉄器の及源鋳造とコラボイベント。地元企業がつくる商品を使うことで「つくる責任 使う責任」、「質の高い教育教育をみんなに」などを体験を通して感じられます。

南部鉄器の及源鋳造とコラボイベント。地元企業がつくる商品を使うことで「つくる責任 使う責任」、「質の高い教育教育をみんなに」などを体験を通して感じられます。

「SDGsそのものは世の中を変える魔法の言葉ではなく、
各々が意識・行動を変えることで
初めて意味を成していくんです」と、話す若生さん。

〈奥州めぐみネット〉は豊かな暮らしのバトンをつなげられるよう
まずは自分ができることから始められるイベントや、
新たな地域交流の場を生み出す環境づくりを進めています。

information

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奥州めぐみネット事務局(奥州市役所市民環境部生活環境課内)

住所:岩手県奥州市水沢大手町1丁目 1 番地

TEL:0197-24-2111

FAX:0197-51-2374

Mail:seikatsu@city.oshu.iwate.jp

Web:奥州市めぐみネット

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小川ちひろ おがわ・ちひろ

東京都品川区出身。大学で移民を学び、言語や異文化に興味を抱く。オーストラリア留学、台湾ワーキングホリデーと海外生活を経験。着任前は都内ギャラリーカフェに勤務。2018年5月岩手県奥州市地域おこし協力隊着任。今年度は台湾向けに東北のリアルライフスタイルやカルチャーシーンを伝えるウェブメディア立ち上げを目指し、自身も旅するように東北でしか味わえない経験を堪能中。

野毛山〈藤棚デパートメント〉前編
空き店舗を使って、
商店街の課題解決に挑む

YONG architecture studio vol.2

横浜市の野毛山エリアにて、
オフィスや住宅、アトリエなど複数の拠点をつくり活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。
現在は長野県にも拠点を持ち、2地域で活動を展開しています。

前回は藤棚の商店街で始まった〈藤棚のアパートメント〉と、
そこから地域へと広がる暮らしについてご紹介しました。
今回は次第に見えてきた商店街や地域の課題、
その後に立ち上げたシェアキッチンのプロジェクト
〈藤棚デパートメント〉の成り立ちを振り返っていきます。

暮らすことで聞こえてきた地域の課題

藤棚商店街では、毎年5月に「こども商店街」というイベントが開催されます。
地域の方々が商店街に露店を出し、地域の子どもが店長になって
お店を出したりと家族で楽しめるお祭りで、毎年多くの人が
商店街にやってきます(昨年はコロナで中止となってしまいました……)。

〈藤棚のアパートメント〉も屋台を出させてもらえることになり、
いつもお世話になっているご近所の方たちと一緒におやつやスープなどを出しました。

ちなみにこの屋台は、本連載で以前に紹介した、
同じ神奈川県の山北の間伐材を使った屋台です。
当時のプロジェクトを知っていてくれた商店街の方が
「ぜひ、商店街でも使ってください」と声をかけてくれたのがきっかけで、
藤棚まで運ぶことになりました。

「こども商店街」では商店街を歩行者天国にして露店が賑わう。

「こども商店街」では商店街を歩行者天国にして露店が賑わう。

また、夏休みには、商店街の近くにある映画館
〈シネマノヴェチェント〉さんでのアニメ上映との連動企画として、
藤棚のアパートメントでアニメキャラお菓子ワークショップなども開催。
ご近所の方々が親子で参加してくださり、小規模ですが盛況のうちに終わりました。

日本一小さなフィルム映画館〈シネマノヴェチェント〉。

日本一小さなフィルム映画館〈シネマノヴェチェント〉。

〈藤棚のアパートメント〉にて。アニメ映画のキャラクターのお菓子づくりは親子で参加。

〈藤棚のアパートメント〉にて。アニメ映画のキャラクターのお菓子づくりは親子で参加。

こうして日々、商店街や地域と関わりながら暮らし、活動しているうちに、
次第に地域の課題や本音を耳にするようになります。

「商店街で教室を開ける場所があったらいいのに」
「気軽に集まれる場所が商店街の中にあったら」
「ランチの選択肢があまりない」

地域の人たちの声はさまざま。

地域の人たちの声はさまざま。

一方その頃、お祭りや映画イベントなどを経て
商店街の理事会にもたまに参加させていただくようになり、
お店の方々の声も聞くことができました。

「空き店舗が増えてきた」
「若い人がもっと商店街に来てくれるといいのだけれど」

店舗が突然立ち退いてしまったり、理事会の人数が減って
商店街の運営が難しくなった時期があったりと、
みなさん地域を守るために苦心されてきたようです。

商店街の理事のみなさん。

商店街の理事のみなさん。

そんななか、商店街の理事のひとりである、かまぼこ屋さんの今井宏之さんから
「お祭りで使っていた屋台をポップアップショップとして商店街で使えないか」
という提案をいただきました。

藤棚の商店街では、歩道にアーケードがかかっています。
そこに屋台を置いて、1日限定出店というかたちで新しい人を外から呼べたら、
話題にもなるし、賑わいになるのでは、という相談でした。

「ぜひやりましょう!」とすぐ返事をして意気込んでいましたが、
これがなかなか難しかった……。
軒先を使わせてくれる店舗が見つからず、
また、屋台をストックしておく場所もネックとなりました。

商店街の新たな活動を牽引する老舗かまぼこ屋〈今井かまぼこ店〉の今井宏之さん。

商店街の新たな活動を牽引する老舗かまぼこ屋〈今井かまぼこ店〉の今井宏之さん。

スチールラックと間伐材でつくったワゴン。

スチールラックと間伐材でつくったワゴン。

お手本としている神山町。
小さなまちから学んだ地域のあり方を
鹿児島県・川辺に生かす

鹿児島県・川辺と徳島県・神山の共通点

今回はこれまでの連載「文化の地産地消を目指して」で
ずっと書いてきた鹿児島県南九州市川辺町から少し離れて、
僕らがシンパシーを感じるもうひとつのローカルについて書いてみたいと思います。

ミュージシャンとして活動していると、
いろんなまちに演奏に出かける機会があります。
長年そういう暮らしをしていると、1度だけじゃなく何度も訪れるまちが出てくる。
何度も手招きされて訪れているうちに友人も増え、
そのうちふらっと訪れても顔見知りにばったり会って
「おかえり」なんていわれるようになる。そんな気の合うまちというのができてきます。
そうやって地域と人は精神的な距離を縮め、
物理的な距離のハードルが低くなり関係人口化していくのだと思います。
関係人口はまず「歓迎人口」から。

そのなかで僕らがベースにしている鹿児島の川辺町と同じくらいの規模感で、
なにかと気になってお手本としているのが徳島県の神山町です。
このふたつの小さなまちにはいくつかの共通点があります。

まず、近隣の中心市街地から車でだいたい40〜50分の位置にあること。
中山間地域で豊かな里山はあるものの、特別目立った観光資源があるわけではないこと。
古くから農業と林業で成り立ってきたということ。
それぞれ過疎化と少子高齢化に悩む地域であるということ、などなどです。

山あいの神山の風景。

山あいの神山の風景。

こうした地域課題は全国どこでも見られるものではありますが、
特に神山町はその課題解決の先進地として有名なので、
地域の課題に関心のある人にとってはよく知られたまちでもあります。

前橋〈白井屋ホテル〉で
建築とアートを堪能。
まちづくりの新拠点となる!

世界的アーティストが集結し、ローカルの拠点となるホテル

創業300年を超える〈白井屋旅館〉。
1975年にホテル業態に変更したものの、2008年に惜しまれつつ廃館してしまった。
群馬県前橋市民にとっては馴染みのあるこの跡地に、
何ができるのか? どうなるのか?
市民が興味深く見守っていたところ、2020年12月12日、
前橋の地域創生に深く関わってきたアイウエアブランド〈JINS〉の代表、
田中仁さんが引き継ぐかたちで〈白井屋ホテル〉として再生。
コミュニティの拠点となる宿泊業態がまちからひとつ減ることを免れ、
結果として、新しいまちづくりの拠点ができた。
白井屋ホテルと田中さんによる、前橋を盛り上がる挑戦のひとつである。

かつてと同じ宿泊施設ではあるが、その様相は大きく異なる。
国道50号沿いを歩いていると、突然、ホテルのポップな看板が現れる。
ニューヨークの作家、ローレンス・ウィナーさんによるタイポグラフィだ。

無機質な国道沿いのビルの並びのなかに、異質なサイン。(写真提供:木暮伸也)

無機質な国道沿いのビルの並びのなかに、異質なサイン。(写真提供:木暮伸也)

これ以外にも、エントランスからロビー、各部屋にいたるまで、
アートがあふれる空間になっている。
象徴的なのが、ロビーの吹き抜けスペースにあるレアンドロ・エルリッヒさんの作品。
まるで水道の配管のように設置された「ライティング・パイプ」には
LEDライトが仕込まれていて、季節や時間帯によってさまざまな表情を見せてくれる。

さらにアーティストがまるごとプロデュースを手がけた
4部屋のスペシャルルームがかなり豪華だ。

まずひとりめは上述のアルゼンチンの作家、レアンドロ・エルリッヒさん。
ロビーと同様のライティング・パイプが部屋では金属製に変わり、
天井に張り巡らされている。
それほど広くない部屋なのでパイプの密度を高く感じ、「アートを体感」できる部屋だ。

次にイタリアの建築家、ミケーレ・デ・ルッキさん。
本来は外装に用いるような板葺きで部屋の内壁を覆った部屋。
合計2725枚の板からできている。
やわらかな表層を生み出す伝統的な技法から着想され、
日本の雪国の雰囲気もあり、板から漏れ落ちる光がとても美しい。
落ち着いた気分になれそう。

ロンドンのプロダクトデザイナー、ジャスパー・モリソンさんが手がけたのは、
木製の箱に入ったかのような部屋。
床も木なので素足が気持ちいい(ちなみにこの部屋は土足禁止)。
日本らしいヒノキの浴槽も、彼のオリジナルデザインである。
広い部屋にポンとベッドが置いてあり、
空間の余白を生かしたミニマルなつくりになっている。

最後にホテルの全体設計を担当している建築家の藤本壮介さんの部屋だ。
LEDライトに照らされた植物により、
前橋のまちづくりコンセプトである「めぶく。」が表現されている。
絨毯は、壁や天井などの打ちっ放しのコンクリートを模した柄で、
藤本壮介さんのオリジナルデザイン。
これは館内のほかの客室にも一部採用されている。

〈TRIP BASE COCONEEL〉
松田寛之さん
美祢の観光体験を
1軒のゲストハウスから変える

日本最大級のカルスト台地・秋吉台。
春や夏は石灰岩が降り積もってできた台地に緑が生い茂る。
秋には枯れて黄金色になり、すすきが風にそよぐ。
地下には、日本最大規模の鍾乳洞・秋芳洞など400以上の洞窟が広がっている。

自然の力と雄大さを感じられるこの地で、
ゲストハウス〈TRIP BASE COCONEEL〉を営んでいるのが、松田寛之さん。
秋吉台のある美祢(みね)市で生まれ育ち、
東京での暮らしを経て、2019年4月にUターンした。

54平方キロメートルもの面積を誇る秋吉台。毎年2月には山焼きが行われる。一年を通して、さまざまな景色を見せてくれる。

54平方キロメートルもの面積を誇る秋吉台。毎年2月には山焼きが行われる。一年を通して、さまざまな景色を見せてくれる。

宿泊業はほぼ未経験ながら、ゲストハウスを開業。
以来、外からの観光客はもちろん、地元の人たちのたまり場としても親しまれている。

周りに「何もない場所」といわれた美祢を
「観光地として成立する」と言い切る松田さん。
一度美祢を出たからこそわかる地域の魅力や、観光のバリエーションを増やす取り組み、
ゲストハウスの役割について聞いた。

ゲストハウスの経営なら美祢で生活できる

美祢市で生まれ育ち、バンド活動のために22歳で上京。
アルバイトなどをしながら12年間活動したが、30代半ばで方向展開。
結婚を機にシステムエンジニアとして都内の企業に勤めた。

「上京するときから、いずれ美祢に戻りたいという気持ちがありました。
バンドを諦めてからは、特に東京にいる必要もないし、
都会のあわただしさから逃れたいと思っていましたね」

一度外に出たぶん、美祢への思いは強い。上京するきっかけになったロックバンドでは、ギターを担当していた。

一度外に出たぶん、美祢への思いは強い。上京するきっかけになったロックバンドでは、ギターを担当していた。

思いは日に日に強くなり、2018年12月にUターンを決意。
奥さんは「もっと先のことだと思っていた。30代半ばでの移住は早いのでは」
と渋ったという。
ネックのひとつは、働く場所や職種が限られていて、
平均賃金も決して高いとはいえないことだった。

移住を諦めたくなかった松田さんは、美祢市について調べ、妻にプレゼンを重ねていく。
そのうちに、美祢市は年間の観光客数が130万人を超えているにもかかわらず、
秋吉台周辺には宿泊施設がほとんどないことに気づいた。

需要が見込める宿泊業をやることで、妻が懸念している課題を解消できるのではないか。
なにより、自分は人とコミュニケーションを取るのが好きだから、
それを生かす仕事がしたい。

ゲストハウスをやろう。決めてからの行動は早かった。
さっそく2019年の1月から宿泊業の認可を取るための講習などを受け始めた。

ロンドンパブへのあこがれを表現したゲストハウス&パブ

場所は、祖父母がかつて経営していた定食屋を改装することに決め、
2019年4月にUターン。
以降、オープンまでの5か月は父親とひたすらDIYで改装を行った。

秋吉台から車で10分足らずのところにあるTRIP BASE COCONEEL。周囲には、田畑が広がっている。天気がいい日はテラス席でくつろぐ人も。

秋吉台から車で10分足らずのところにあるTRIP BASE COCONEEL。周囲には、田畑が広がっている。天気がいい日はテラス席でくつろぐ人も。

「内装は、かっこよくビールを飲める、をコンセプトにしました。
パブで立ったままビールをラッパ飲みするの、いいなって。
本当はロンドンパブのようにしたかったのですが、
結果としていろんな要素が混じっていますね。
木の感じが好きなので、前面に出しています」

店内は、写真のフラッグのほか、だるまやオーディオセットなどが混在している。「僕が好きなものを集めていったらこうなりました。いずれいい味が出てくるといいな」と松田さん。

店内は、写真のフラッグのほか、だるまやオーディオセットなどが混在している。「僕が好きなものを集めていったらこうなりました。いずれいい味が出てくるといいな」と松田さん。

「みんながフラッと立ち寄ってくれる、かっこいい酒場のような場所にしたい」
そんな思いとこだわりを込めた改装は終わり、
2019年9月にTRIP BASE COCONEELはオープンした。

鎌倉に3店舗を展開。人気麻婆豆腐店
〈かかん〉の小嶋章太さんが追求する、
これからの飲食店のかたちとは?

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。

年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

鶴岡八幡宮から海へと続く鎌倉の目抜き通り「若宮大路」。この通り沿い、古都と海の中間地点に、〈みやげ屋かかん〉が先日オープンした。

鶴岡八幡宮から海へと続く鎌倉の目抜き通り「若宮大路」。この通り沿い、古都と海の中間地点に、〈みやげ屋かかん〉が先日オープンした。

多くの人を惹きつける鎌倉発の麻婆豆腐

「鎌倉においしい麻婆豆腐のお店があるんでしょ?」
ここ1~2年の間に、東京に暮らす知人などからこんな質問をされる機会が増えた。
なかには、山椒が適度に効いた深みのある味わいの虜となり、
すでに何度も通っているという人も。

地元住民から観光客までを惹きつけてやまない麻婆豆腐を提供しているのは、
2016年に鎌倉・梶原で開業し、現在は市内に3店舗を構える〈かかん〉だ。
かかんの麻婆豆腐が生まれたのは、梶原店のオーナー・小嶋章太さんが、
旧知の仲だったシェフの小出幸生さんとともに、
現在の〈かかん鎌倉本店〉がある場所で営んでいたカフェバー〈カジェヘロ〉。
このお店で常連客たちに愛されていた名物メニューが、麻婆豆腐だったのだ。

適度な辛さと花山椒による痺れ、ひき肉の旨みが絶妙なハーモニーを奏でる〈かかん〉の「麻婆豆腐定食 」(1100円・税込)。一度食べたら癖になるその味わいが、鎌倉のローカルから旅行者までを惹きつけている。

適度な辛さと花山椒による痺れ、ひき肉の旨みが絶妙なハーモニーを奏でる〈かかん〉の「麻婆豆腐定食 」(1100円・税込)。一度食べたら癖になるその味わいが、鎌倉のローカルから旅行者までを惹きつけている。

各地でのイベント出店や数々のメディア露出などによって、
近年人気が全国区となりつつあったかかんの勢いは、
多くの飲食店に打撃を与えたコロナ禍においてもとどまることはなく、
先日、テイクアウト専門の新業態〈みやげ屋かかん〉を由比ヶ浜にオープンした。

小嶋さんのこだわりや美意識、ホスピタリティが凝縮したカジェヘロ、
地域の住民が気軽に立ち寄れる食堂〈かかん梶原店〉、
かかんブランドを全国に広める拠点となった鎌倉本店や各地でのイベント出店、
そして、高まるテイクアウト需要に応える新業態であり、
EC販売の拠点ともなるみやげ屋かかんーー。

常に自らが自由でいられるための選択肢を模索しながら、
個人の表現と店舗の経営の両立を図って進化してきたかかんは、
アフターコロナ時代における飲食店のあり方を体現しているように思える。
コロナ禍においても果敢なチャレンジを続ける小嶋さんに話を聞きに、
オープンしたばかりの新店舗を訪ねた。

島民の足が 新型コロナの影響で危機的状況!? 新潟・粟島のクラウドファンディングが締め切り間近

新潟県の北部に浮かぶ小さな島、粟島。
豊かで壮大な自然を舞台にしたアウトドア体験や、穏やかな時間を過ごすために、
年間約2万人の観光客がこの島を訪れます。

※粟島ってどんな島? 「新潟のつかいかた」の記事はこちら

レンタサイクルで3時間ほどで1周できてしまう小さな島。およそ350人が暮らしている風光明媚な島です。

レンタサイクルで3時間ほどで1周できてしまう小さな島。およそ350人が暮らしている風光明媚な島です。

しかし、新型コロナウイルスの影響により観光客が激減。
その煽りを受け経営が危機的状況に陥っている粟島汽船株式会社を支援するため、
2021年2月19日まで、クラウドファンディングを実施しています。

温泉熱を産業に活用!
〈栗駒フーズ〉と
湯沢に続々誕生する地熱発電所

秋田県の最南に位置する湯沢市。
山形県と宮城県に接し、その県境は国内でも有数の地熱地帯です。
湯沢市の大地をつくりあげたマグマは、いまも「見えない火山」として活動を続け、
観光や産業に生かされています。

湯沢市には、「地熱」という自然エネルギーの恩恵を受けながら、
アツく、力強く、たくましく生きる「自熱」を持った地元の人々がいる――。
新しいことがモクモク起きているこのまちの、新しいワクワクを紹介していきます。

温泉熱を活用した低温殺菌牛乳

「地熱のまち」湯沢の代表的な温泉郷「小安峡温泉」がある旧皆瀬村地域では、
1970年代から当時の村長の働きかけもあり、地熱の恵みである温泉の産業利用が盛ん。
野菜などの乾燥や、三つ葉やパクチーのハウス栽培、
暖房、融雪などに活用されてきました。

日本で初めて温泉熱を利用して低温殺菌処理をし、
牛乳やヨーグルトを製造販売する〈栗駒フーズ〉もそのひとつ。
1987年に地熱エネルギー利用モデル事業として認定を受け、
小安峡温泉に製造工場を構えています。

低温殺菌処理で製造された〈栗駒高原牛乳〉と〈栗駒高原ヨーグルト〉。創業当時からのロングセラー商品。

低温殺菌処理で製造された〈栗駒高原牛乳〉と〈栗駒高原ヨーグルト〉。創業当時からのロングセラー商品。

栗駒フーズの創業者・高橋惇さんはもともとは酪農家。
自らも乳製品の製造・販売を始めようと機械設備を導入する際、
ほかと差別化を図るために地元の資源である温泉を生かそうと考えました。

工場から約300メートルの湧出池から引く温泉水は約98度。熱交換機でその温泉水をエネルギーに変換し、工場の機器の動力として活用しています。写真はヨーグルトの発酵・殺菌を行う製造タンク。温泉の地熱で動いています。

工場から約300メートルの湧出池から引く温泉水は約98度。熱交換機でその温泉水をエネルギーに変換し、工場の機器の動力として活用しています。写真はヨーグルトの発酵・殺菌を行う製造タンク。温泉の地熱で動いています。

「高温殺菌よりコストも時間もかかりますが、低温殺菌することで
味も成分も生乳に近い状態の牛乳やヨーグルトをつくることができます。
製法も味も特徴ある商品が生まれたんです」と、栗駒フーズの井上幸子さん。

お話をうかがった栗駒フーズの井上幸子さん。東京のホテルに勤務後、創業者である父を手伝うために秋田にUターン。ヨーグルトマイスターの資格を取得し、県内外の素材を使用した健康志向のヨーグルト開発に熱心です。

お話をうかがった栗駒フーズの井上幸子さん。東京のホテルに勤務後、創業者である父を手伝うために秋田にUターン。ヨーグルトマイスターの資格を取得し、県内外の素材を使用した健康志向のヨーグルト開発に熱心です。

(左から)イチゴ(秋田産)、レンコン(千葉産)、竹炭(高知産)を使用したヨーグルト。「大手メーカーさんがやっていないような、少ない量でもつくれる製品にチャレンジしています」と井上さん。一番右はモンゴル生まれの乳酸菌を利用した〈腸若返りヨーグルト〉。

(左から)イチゴ(秋田産)、レンコン(千葉産)、竹炭(高知産)を使用したヨーグルト。「大手メーカーさんがやっていないような、少ない量でもつくれる製品にチャレンジしています」と井上さん。一番右はモンゴル生まれの乳酸菌を利用した〈腸若返りヨーグルト〉。

ヨーグルトは酸味を出さないために発酵温度を36度に統一。
瓶詰めの前にひと晩寝かせるというひと手間をかけ、
よりおいしい商品づくりを目指しています。

人気の〈牛乳屋さんのソフトクリーム〉。脱脂粉乳や香料、卵を使用せず、生乳を半分になるまで成分を濃縮させているため、ねっとりとして生乳本来の味を感じられます。ワッフルコーンも自家製。生地に栗駒高原牛乳が使用されています。

人気の〈牛乳屋さんのソフトクリーム〉。脱脂粉乳や香料、卵を使用せず、生乳を半分になるまで成分を濃縮させているため、ねっとりとして生乳本来の味を感じられます。ワッフルコーンも自家製。生地に栗駒高原牛乳が使用されています。

那須〈板室温泉大黒屋〉で
アートと温泉に浸かる

下野の薬湯、板室温泉

那須連山の西端、深い山間に佇む湯治の里「板室温泉」。
その歴史は古く、平安時代に発見され、
「下野(しもつけ)の薬湯」と親しまれるように。
今では昔ながらの情緒と温泉文化が残る通りにモダンな旅館が立ち並び、
懐かしさと新しさが調和する温泉地として観光客を集めています。
その板室温泉に佇む老舗宿が、〈板室温泉大黒屋〉。

保養とアートの宿〈板室温泉大黒屋〉。

保養とアートの宿〈板室温泉大黒屋〉。

こちらは、アート愛好家やアーティストから噂を聞いて、
いつかは泊まってみたいと思っていた場所。
1551年に創業した老舗旅館でありながら、
ギャラリーや〈菅木志雄 倉庫美術館〉を併設し、
館内のあちこちに作品を配した、アートを取り入れている宿なのです。

小川に架かった小さな橋を渡り敷地に入っていくと、
鳥居のような形をした木の門が現れ、庭が見えてきました。
この庭は、世界的に知られる現代美術作家、菅木志雄さんの作品。
絶妙なバランスでもみじや岩石、オブジェなどが配されており、
そばを流れる川の向こうには紅葉した山肌が迫っています。

菅木志雄『木庭・風の耕路』(2009)。木の門は、大黒屋代表の室井俊二さんの「風」をつくってほしいという希望に菅さんが応えて手がけたもの。(撮影:宮越裕生)

菅木志雄『木庭・風の耕路』(2009)。木の門は、大黒屋代表の室井俊二さんの「風」をつくってほしいという希望に菅さんが応えて手がけたもの。(撮影:宮越裕生)

傍らの囲炉裏からは煙があがっており、薪の上には、大きな鉄瓶が。
宿泊客はここで自由にお茶を淹れて飲めるのですが、
その一服が、何とも言えずおいしい。
山の空気とともにいただくお茶の味は、格別です。

玄関

囲炉裏のそばには作家ものの湯呑みが多数置いてあり、好きな器で飲めるようになっています。

囲炉裏のそばには作家ものの湯呑みが多数置いてあり、好きな器で飲めるようになっています。

客室はすべて、那珂川に面した南向き。
窓からは山の緑が見え、川の音が聴こえてきます。
室内は黄土の壁や木目の美しい家具など、自然の素材を生かした落ち着く空間。

フロント主任の池田春子さんによると、
シングルルームは、物書きの方も気に入っている部屋なのだとか。
突然訪れ、一気に仕事を仕上げていくこともあるそうです。

松の館のシングルルーム。このほかに梅の館、竹の館があり、和室や和洋室もあります。

松の館のシングルルーム。このほかに梅の館、竹の館があり、和室や和洋室もあります。

朝ごはんと夜ごはんは、お部屋で(写真は朝食)。体の中から健康になるように、化学調味料などは一切使わず、地のものを生かし、ていねいにつくられた料理がいただけます。料理の味は、もちろん絶品。

朝ごはんと夜ごはんは、お部屋で(写真は朝食)。体の中から健康になるように、化学調味料などは一切使わず、地のものを生かし、ていねいにつくられた料理がいただけます。料理の味は、もちろん絶品。

楽しみにしていた温泉は、こんな感じ。

源泉かけ流しの「露天の湯」。このほかに「ひのきの湯」や「たいようの湯」、黄土浴「アタラクシア」があります。

源泉かけ流しの「露天の湯」。このほかに「ひのきの湯」や「たいようの湯」、黄土浴「アタラクシア」があります。

露天風呂も川に面しており、川のせせらぎを聞きながら温泉につかれます。
泉質はアルカリ性単純泉で湯温は約40度。
刺激が少なくいつまでも入っていられるので、ゆっくり温まれました。

佐賀県内の中高生の認知度100%!?
県民必見の〈佐賀日めくりカレンダー〉
2021年版が発売中!

「佐賀はなんもなか」から、郷土愛を育むために

佐賀県が発行する〈佐賀日めくりカレンダー〉をご存知ですか?

佐賀で起こった過去のできごとや、豆知識、著名人の格言など
佐賀にまつわる情報がたっぷり詰まった日めくりカレンダーです。

今年で4回目の発行となる佐賀日めくりカレンダー。
なぜ佐賀県は「日めくりカレンダー」を制作しているのでしょうか?

毎日楽しめる、ちょっとマニアックな佐賀の豆知識が満載! さらに日めくりカレンダーには珍しい、ピンク・ライトグリーン・オレンジ・青緑・紫の蛍光色を採用。

毎日楽しめる、ちょっとマニアックな佐賀の豆知識が満載! さらに日めくりカレンダーには珍しい、ピンク・ライトグリーン・オレンジ・青緑・紫の蛍光色を採用。

佐賀日めくりカレンダーを担当する
佐賀県さが創生推進課の宮﨑さんは、
「私は長崎出身ですが、佐賀は歴史もあって焼き物などの伝統工芸も盛んですし、
食べ物もおいしくてとても魅力的です。
ですが、佐賀県民の方は謙遜して『佐賀にはなんもなかもんね』
とおっしゃる方が多いです。
佐賀の魅力を自信を持って伝えるために、
日常的に佐賀のことに触れてほしいという知事や職員の思いがきっかけで、
2018年版から日めくりカレンダーの制作がスタートしました」と話します。

〈佐賀日めくりカレンダー2021〉を担当する宮崎咲江さん。

〈佐賀日めくりカレンダー2021〉を担当する宮崎咲江さん。

「佐賀日めくりカレンダーを使って
郷土愛を育んでもらおうと、
佐賀県内の中学校・高校、図書館などには毎年配布しています。
たくさんのお問い合わせががある人気商品なので、
今回は販売数をどんと増やして、
オンラインでの購入や多くの取扱店でお買い求めできるようになりました。
ご自宅用としてはもちろん、佐賀県出身のご友人や
これから佐賀について知ってほしい人への
プレゼントとしてもおすすめです!」(宮崎さん)

“青森に住む人”から“
青森を離れた人”へ。
地元の農産物を届ける
『とどけ、おらほの食卓』開催中

地元・青森の食卓を、県外にいるあの人へ

年末年始、帰省したくてもできない人に向け、
JA全農あおもりがキャンペーンを開始しました。
“青森に住む人”から“青森を離れている人”へ、
県内産の農産物を贈ることができる「とどけ、おらほの食卓」です。

とどけ、おらほの食卓

「おらほ」とは、青森の方言で「私たち」を意味し、
「とどけ、おらほの食卓」は、「届け、私たちの食卓」ということ。

今年の年末年始は「青森県へ帰省しない」選択をした県外在住者と、
会いたくても会えない青森県在住の人をつなぐ企画で、
青森県在住の応募者から抽選で100名が、県外に住む大切な人へ
県の農産物を無償で贈ることができます。

『とどけ、おらほの食卓』が贈る青森県産の食材

JAあおもりの担当者・今本和寿さんは、
「例年であれば、年末年始を家族や友人など、
大切な人と過ごすため県外から帰省する人が多く見られますが、
今年は帰省を避ける動きが見られるのではないかと考えています。
そのようななか、故郷を想う人、故郷から離れている人を想う人、
それぞれの人たちの想いを、食を通じてつなぐ架け橋になれたらと思い、
『とどけ、おらほの食卓』を企画しました。
贈る食材は青森県ではごく普通の食材ばかりですが、
今はその“普通”がとても難しい状況にあります。
食材を通じて、少しでもいつもの青森を感じていただければ」
と、企画が誕生したきっかけについて話してくれました。

ダウンサイズしても価値は変わらない!
ウィズコロナの
〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉

10+1回目の新たなイベントのかたち

2020年、11回目を迎えた鹿児島県・川辺で行われている
フェスティバル〈グッドネイバーズ・ジャンボリー(以下、GNJ)〉は、
これまでの夏開催から初めて時期を秋に移して無事終了しました。
新しいディケイドの始まりでもあり、
ひとめぐりして10+1回目のGNJはまさかのコロナ禍。
さまざまな葛藤はありましたが、
実行委員のみんなと10回目のGNJが終わった去年の秋から話し会いを続け、
新しいかたちを模索することとなりました。

夜な夜な議論する実行委員のメンバー。

夜な夜な議論する実行委員のメンバー。

コロナ禍でも実行委員のみんなが前提として話し合っていたのは、
どんなかたちになったとしても集いの灯を絶やさないようにしようということでした。
僕個人的にはたとえ実行委員の数人しか集まれなかったとしても、
「これがGNJだ」と言い切って場を開こうと考えていました。
一度中断してしまった流れを再起動させるのはなかなかパワーを要します。
バトンを渡し続けていくことが、僕らの活動にとっては重要だと思っていました。

これまでの歴史で感染症の脅威は何度もあったけれど、
人が集まること=祭りがなくなったことはなかったし、
どれだけオンラインが発達したとしても
僕らは鹿児島の「森の学校」という場所の力とともに10年やってきたので、
簡単にデジタルには頼らないという心づもりもありました。

フェスティバルの中で密を避けるさまざまな工夫。

フェスティバルの中で密を避けるさまざまな工夫。

〈ROKUMOJI〉
酒どころ、新潟で生まれた
サステイナブルなクラフトジン

6種類のボタニカルを使用

新潟の自然をビンの中にぎゅっと閉じ込めた、爽快なクラフトジンが登場した。
名前は〈ROKUMOJI(ろくもじ)〉。
手がけたのは、南魚沼市出身の今成高文さん、駿吾(しかご)さん兄弟。

「キャッチフレーズは“体内森林浴”です」と話すのは、弟の駿吾さん。
体の中からダイナミックな自然を感じられるジンというのが、その所以だ。

今成駿吾さん。この自然豊かな南魚沼で生まれ育った。

今成駿吾さん。この自然豊かな南魚沼で生まれ育った。

酒好きのあいだでは、すっかり市民権を得ているクラフトジン。
そもそもジンとは「ベースとなるニュートラルスピリッツに、
ジェニパーベリーを含むボタニカル(植物成分)を加えて香りづけした蒸留酒」のこと。
ジェニパーベリーを使うことは必須だが、ボタニカルの種類や数に決まりはない。
この自由度を生かし、カモミールやラベンダー、りんごや海藻など、
産地に由来するボタニカルを使ったジンが、世界各地でつくられている。

ROKUMOJIのボタニカルは6種類。
うち新潟産は、佐渡のアテビ(ヒバ)、南魚沼と長岡のクロモジ、
十日町のドライアップル、村上のほうじ茶の4つ。
そこにジェニパーベリーと、これらの香りをとりまとめるハーブ、
アンジェリカルートが加わる。

「口に含むと、まずアテビとクロモジの香りがふわっと広がり、
続いて、森の枯葉や土を連想させるほうじ茶、
最後にりんごの甘い余韻が残るよう設計しています」

佐渡固有のヒバともいわれるアテビ。アテビを守り、育てる活動をしている〈アテビの会〉から取り寄せている。

佐渡固有のヒバともいわれるアテビ。アテビを守り、育てる活動をしている〈アテビの会〉から取り寄せている。

「和製ハーブ」ともいわれるクロモジ。スパイシーな香りが心地いい。

「和製ハーブ」ともいわれるクロモジ。スパイシーな香りが心地いい。

香りの主軸となるのは、アテビとクロモジ。
アテビはヒノキ科の植物で、ヒノキに柑橘をプラスしたような馥郁たる香りを持つ。
クロモジは日本固有の香木として知られ、アロマやお茶などにも利用されている。

リンゴを加えることで、辛口なジンにほんのりやさしいフレーバーが加わる。廃棄される芯を再利用。

リンゴを加えることで、辛口なジンにほんのりやさしいフレーバーが加わる。廃棄される芯を再利用。

ジンに欠かせないジェニパーベリー。爽やかな香りが特徴。

ジンに欠かせないジェニパーベリー。爽やかな香りが特徴。

飲み方はストレートでもロックでも。
駿吾さんのおすすめは、フレッシュライムとソーダで割るジンリッキー。
カクテルにしても森の香りは健在だ。しかもこのジン、飲めば飲むほど
森が美しくなるという、環境にやさしい酒でもある。

ニューノーマルな生活様式に寄り添う
「わたしのまちのスタートアップ」

今月のテーマ 「わたしのまちのスタートアップ」

日々、新しい商品やサービスが生まれ、
わたしたちの暮らしはどんどん豊かになっています。

今回は、〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
お住まいのまちの新ビジネスやサービスについて教えてもらいました。

それぞれのまちの新しい企業の試み、サービスは
少しずつ地域に根づき始めています。
オンラインで受けられるものもあるので
ぜひチェックしてみてください。

【北海道下川町】
コロナ禍だからできることを一歩ずつ

コロナ禍だからできることをポジティブに捉え、
いずれもてたらと思っていた
アロマセラピーと漢方のリラクゼーションサロン
〈薬草庵〉を9月にオープンした塚本あずささんを紹介します。

オーナーの塚本あずささん。

オーナーの塚本あずささん。

人口約3200人の下川町に
コロナ禍の6月に2店舗、9月に1店舗新規オープンしました。

〈薬草庵〉の外観。

〈薬草庵〉の外観。

都内のサロンで経験を積み、
「身近にある植物や食材を使って、
自分の身体を自分自身でケアできるようになってもらいたい」
という想いから、町内で採れる植物を生かした
化粧品や精油をつくっている下川町に移住。

わずか1年もたたないうちにお店をオープンさせました。
新型コロナウイルスが広がる前までは店舗を構えず、
場所を借りて仕事をしていましたが、
流行以降は場所を借りることも、人と会うことも難しいことに。

そんなとき、
「家の裏に納屋があるけど、塚本さん使う?」
という情報が飛び込み、自分の手でサロンをつくろうと決意します。

DIY事業を行う先輩移住者とタッグを組み、築90年の納屋が3か月で見事なサロンへと生まれ変わりました。

DIY事業を行う先輩移住者とタッグを組み、築90年の納屋が3か月で見事なサロンへと生まれ変わりました。

施術室の様子。

施術室の様子。

個人の体調に合わせてブレンドする薬膳茶。じわじわとファンが増えているそうです。

個人の体調に合わせてブレンドする薬膳茶。じわじわとファンが増えているそうです。

一方、家にこもる時間が長くなったことで
不調を感じる方が増えるのではないかと考え、
今まで以上にお客さまに寄り添ったサービスをという想いから、
自宅でも受けられるオンラインセルフケア講座を計画中とのこと。

今後の〈薬草庵〉の展開は見逃せません。

information

map

AROMA & KANPO 薬草庵

住所:北海道上川郡下川町錦町34

営業時間:10:00〜17:00 ※完全予約制

休日:土・日曜

メール:aroma.kampo2019@gmail.com

Web:https://aroma-kampo.com/

photo & text

大石陽介 おおいし・ようすけ

1988年静岡県焼津市生まれ。大学卒業後、静岡県の小学校教諭として富士山の麓で8年間勤務。うち2年間は青年海外協力隊(JICA)としてモンゴルへ。世界自然遺産である『知床』での2年間の移住生活を経て、現在はSDGs未来都市に選ばれた北海道下川町を拠点にシモカワベアーズ(起業型地域おこし協力隊)として活動中。しもかわをぐるっとつなぐおもてなし宿の開業に向け準備を進める。第1弾として『ぐるっとしもかわ』というローカルガイドを期間限定でスタート。第2弾として、森の中でのサスティナブルキャビンを建設準備中。

旭川市〈i.c.stella〉
「買物公園」の空き店舗を
スマートフォン修理店へ

野村パターソンかずたか vol.3

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。
今回は旭川の目抜き通り「買物公園」にある空き店舗を
スマートフォン修理店にリノベーションした事例をお伝えします。

物理的に近くとも、心情的には遠い「隣人」の存在

11月上旬、旭川にしては珍しい量の雪が降った。
早朝に辺り一面の雪景色になったのもつかの間、数日すると大雨になり、
例年通り根雪(冬があけるまで解けないほど雪が地面を覆う様子)を控えた、
緊張感のあるまちが戻ってきた。

今回紹介するスマホ修理店〈i.c.stella〉が入っている物件を購入したのも、
ちょうど3年前のこの時期だった。

前回紹介した〈Tomipase〉を擁する物件を取得してすぐに気がついたのは、
その横の物件も空き店舗であり、Tomipaseの建物と壁を共有していることだ。
個人が所有できるハコである「建物」が、
もうひとりの個人が所有するそれと構造を共有しているという概念は、
自分で建物を購入するようになって初めて学んだことのように思う。

左がアンティークショップ〈Tomipase〉、右がスマホ修理店〈i.c.stella〉。

左がアンティークショップ〈Tomipase〉、右がスマホ修理店〈i.c.stella〉。

地球の表面の一部を、我々の祖先が編み出した貨幣との等価交換で
購入、所有できること自体が未だにしっくりこないのだが、その上に建っているものを、
ケーキのようにペティナイフで等分できるものでもないのに、
複数の関係者が共同で所有する。

字面でみると、なんと平和的で民主的なあり方なのかと思うが、
実際はその逆で、隣人同士で仲がいいことのほうが稀有なのである。
土地でも建物でも、話をまとめさせてくれないのはこの「隣人」という
物理的に近く、心情的に遠い相手なのだ。

隣の土地は借金してでも買え、と言われている。
隣人の土地にそれほど価値があるという意味ではなく、
いつ豹変するかわからない怪物である隣人という存在を手中に収めるには、
借金というリスクすら背負う価値がある、という意味なのだろうか。

地域の日常を旅する 〈LOCAL DIVER〉が、 3つの地域でトライアルツアーを敢行。 参加者を募集中

コロナ禍により旅行者の価値観も変わり、旅のあり方も転換期にあるのかもしれません。

2020年8月にサービス発表をした、
地域の日常を旅する〈LOCAL DIVER(ローカルダイバー)〉は、
10名以内の少人数で日本中の地域にある隠れた宝物にふれ、
地域の日常を旅する体験を体験するプラットフォーム。

観光スポットを巡ることもなく、
基本的にアテンドをつけないという一風変わったツアーです。
その代わりに、まちをよく知るローカルキュレーターと体験者と同じ選択をし、
集まった仲間たちと共に、その土地の生態系に潜り込む体験をします。
ローカルに生きる人とその物語に触れることで、その土地への愛着と、
人とのつながりが生まれていくという、新しい旅の体験です。

仕掛け人の1人は、不動産メディア〈東京R不動産〉などを展開し、
土地に根差した暮らしを提案する林厚見さん。
LOCAL DIVERを立ち上げたきっかけについて、林さんはこう語ります。

「まちづくりの仕事などでたまたま関わりを持ち、仲間ができた地域やまちが
自分にとって愛着ある大事な場所になるということに気づいたんです。
そうした場所が増えることは人生を豊かにする、ということにも気づきました。

しかし多くの人にとって、地域の人や日常に深く触れることは難しく、
その入口をつくっていきたいと思ったのが、きっかけです。
その場所の風土や歴史とつながった暮らしや生きざまから深い気づきを得ること、
人のつながりができて継続的な関わりが生まれること。そういう旅を増やしたいです。
関心を共有するグループで行くことで、
体験や交わりの機会をつくりやすいのではないかと思いました」

今回、LOCAL DIVERが、3つの地域でトライアルツアーの募集を開始。
足助(愛知県)、神山(徳島県)、小倉(福岡県)で行います。

旭川市〈tomipase(トミパセ)〉
「買物公園」の空き店舗を
骨董品店へリノベーション

野村パターソンかずたか vol.2

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。

元ミュージシャンで世界の都市を巡った背景から、
地元・旭川市にて多様なコンテンツをしかけています。
今回は旭川の目抜き通り「買物公園」にある空き店舗を
骨董品店にリノベーションした事例をお伝えします。

旭川の繁栄の象徴だった「買物公園」

五十嵐広三さんの本を読んでいる。
五十嵐さんは1963年から1974年まで旭川市長を務め、全国に先駆けて
歩行者天国「平和通買物公園(通称、買物公園)」の開設を主導した方だ。

市内の老人との会話の中でまちづくりや賑わいづくりの話題に触れると、
誰もが口を揃えて当時の買物公園の盛り上がりについて熱く語り出す。

「当時の東京・銀座と同じくらい人口密度が高かったんだ」
「住み込みで働く人ばかりで、2階全部どころか、
3階、屋根裏にまで部屋をつくって、そこで寝てたんだ」
「毎晩、人が溢れるほどいて、人混みをかき分けて前に進んだんだ」
「商店にはお客が多すぎて、受け取った現金は段ボールに投げ入れて、
一日の終わりに数えたもんだ」

出会ったばかりのお年寄りの思い出話が、
いまの様子とは真逆のまちの景色を紡いでいく。

旭川の目抜き通り「買物公園」。

旭川の目抜き通り「買物公園」。

前回書いたとおり、直感と思い切りで挑戦した最初の物件では大失敗をした。
買物公園の最盛期をすぐ近くで生き抜いた築60年の木造物件は無残に解体され、
更地になった。当時敷いた砂利も最近ではアスファルト舗装が施され、
駐車場としてどんどんグレードアップしている。

不動産屋から共感を得て、物件情報を集める

「不動産屋は嘘つきだ」という声を聞くことがある。
調子のいいことばかり言って契約を決めさせようとしたり、
本当にこちらが知りたい物件については教えてくれず、
身内にだけいい情報を流しているのだと。
これが事実かはわからないが、「身内」として認識してもらえれば
いい情報を共有してもらえるのは間違いないだろう。

初回の失敗を受けて始めたのは、地域でつながりができそうな不動産屋さんに
挨拶に行くことだった。
まずはこちらが物件を探していることを知ってもらう。
新規起業者の支援をし、旭川の顔であるこの通りから
ひとつでもシャッターが閉まったままの店舗を減らしたいという目的を伝え、
共感してもらう。

同じようなことを考えている方や、それをすでに実践している方とも多く出会った。
いくら熱意があっても実績と信頼がない状態なので、
業者さんにお願いを続けることで、せめて信頼だけでも獲得する必要があった。

関係づくりに躍起になっていたある日、1本の電話が入った。
聞けば買物公園に売り物件があるという。金額は未定だというが、
なんとかなる範囲内らしいので、さっそく内覧を申し込んだ。

いつもベビーカーを押しながら地域調査や物件下調べをしている。

いつもベビーカーを押しながら地域調査や物件下調べをしている。

当時は菓子店として建築され、直近までは居酒屋だった物件。
店内からはほとんどの什器が取り除かれ、
当時敷き直されたらしいクッションフロアは黒ずみ、
カウンターや椅子の跡が残っていた。建物の奥に入るにつれて床の傾きは増す。
入り組んだ給水管のパターンだけがこの混沌とした空間に唯一残った規律だった。

昔この店の前を通りかかった記憶がある。

そのとき開店の準備をしていたのは、ひとりの高齢女性だった。
こちらに気づくと、しゃがれた声で「こんにちは」と言い切る前に、
くるりと店内へと戻っていった。
ピースボートのポスターの隙間から見えた内側の光景は、
どの地方都市にもある「どう成り立っているのかわからない居酒屋」のそれであり、
それを体感できる前に、もぬけの殻となってしまった。

医療従事者へ感謝を届けたい!
大分の学生が 〈おうち温泉とどけ隊〉を結成
温泉の“癒し”を全国へデリバリー

別府ならではの支援を学生たちが呼びかけ

世界中で新型コロナウイルスの影響が長く続くなか、
今もなお最前線で奮闘する医療従事者へ「感謝の気持ちを届けたい」と、
大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)の
教員と学生が〈おうち温泉とどけ隊〉を結成しました。

現在、クラウドファンディングを実施中です。

「APU」の名称で親しまれる、創立20周年を迎えた立命館アジア太平洋大学。

「APU」の名称で親しまれる、創立20周年を迎えた立命館アジア太平洋大学。

おうち温泉とどけ隊とは、発起人であるAPUの篠原欣貴准教授と
学生有志6名で結成されたグループ。

自粛期間中にテレビニュースなどで報道される医療従事者の姿を目にし、
「大分からできる支援とは何か、最前線で闘ってくださっている
医療従事者の方々に何かできることはないか?」という想いが
起点となりプロジェクトがスタートしました。

「大分といえば、“温泉”!」

そう、温泉を医療従事者まで直接お届けするというのです。

最前線で活躍する医療従事者へ「感謝」と「癒し」を。

最前線で活躍する医療従事者へ「感謝」と「癒し」を。

そもそも別府は、日本一の温泉湧出量を誇る温泉地。
「温泉の“癒し”をもってすれば、医療従事者の方々も心身ともに
リフレッシュできるのでは」とメンバーは考えました。

温泉が大好きな日本人。
別府温泉の力で日頃の疲れをとってもらえるなら、
こんなにいいことはありませんね。

しかし「医療従事者に温泉を届けたい」という想いだけでは、
何トンもの温泉を県外に届けるのは難しいーー。

そんなときに別府発の〈別府おんせんおみや〉の活動が
プロジェクトを大きく後押ししてくれたといいます。