足湯でロールケーキ!? 老舗旅館のおもてなしを体験 道後ロールめぐり その3

道後温泉屈指の老舗旅館〈大和屋本店〉の道後ロール

愛媛県の農林水産物の魅力を、スイーツを通じて全国に向けて紹介する
〈えひめスイーツプロジェクト〉。
この取り組みの一環として2014年にスタートした〈道後スイーツ物語〉。
愛媛の代表的な観光地である道後温泉の界隈にあるショップや宿に、
県産食材を使ったオリジナルのロールケーキ〈道後ロール〉をお店ごとに制作してもらい、
道後温泉を訪れた人にそのおいしさを味わってもらおうというプロジェクトです。
コロカルおすすめの道後ロールめぐり、
最後にご紹介するのは道後温泉屈指の老舗旅館〈大和屋本店〉です。

道後温泉を訪れる人たちにとって、いつか泊まってみたい憧れの旅館である〈大和屋本店〉。『坊っちゃん文学賞』の最終審査や『愛媛スイーツ・コンテスト』の会場としても使われています。

観光客でにぎわう道後温泉本館から徒歩1分のロケーションに位置する、
慶応4年(1868年)創業の〈大和屋本店〉。
ほのかに香気がただよう玄関を通りロビーに入ると、
そこに広がるのは老舗としての歴史を思わせる和の上質な空間。
全ての和室は数寄屋造りとなっており、部屋ごとに聚楽壁(じゅらくかべ)の色合い、
天井のつくり、障子の格子が異なっているのだそう。
また館内には能舞台〈千寿殿〉もあり、オープン以来、数々の上演が行われています。

ロビーラウンジへと続く玄関。ここから静かで上品な空間が広がっています。

松山道後ゆかりの山頭火や高浜虚子などの作品があちこちに飾られている館内。現在では〈道後アート2015〉の企画として、蜷川実花さんの作品も楽しめる仕様に。

その敷居の高さに緊張してしまいそうですが、
初めて道後温泉を訪れた方でもリラックスして〈大和屋本店〉の上質さを体感できるのが、
表通りからも入れる足湯〈伊予の湯桁〉。

道後温泉ならではの透明感とやわらかい泉質を楽しめる足湯。

庭園に隣接した広々とした空間で、
約20人が同時に足湯を楽しめるヒノキ造りの伊予の湯桁。
宿泊客でなくても無料で利用できる足湯といえども、すみずみまで手入れがされており、
老舗ならではのおもてなしの心を感じさせられます。
またインターホンで館内のコーヒーラウンジ〈花筐〉とつながっていて、
足湯を楽しみながらソフトドリンクやアルコールなどを注文することが可能。
そのメニューの中にも含まれているのが
〈大和屋本店〉で提供されている道後ロール〈久万高原トマトロール〉です。

取材当日もにぎわっていた足湯。地元の学生さんにも親しまれ、ひとつのコミュニティースペースとなっているのだそう。

いよいよ商品発表会。 来場者の反応はいかに 淡路はたらくカタチ研究島 後編

東京を皮切りにイベントも続々と開催。淡路島ならではの商品の発表会

淡路はたらくカタチ研究島〉のプログラムのひとつ
〈淡路島ならではの付加価値商品開発事業〉で今年度開発された商品の発表会が、
渋谷の〈ヒカリエ 8/〉にて11月24日から29日まで行われ、
今年度開発された4商品に加えて、2013年と2014年に開発された10商品、
計14品が並んだ。3年分のすべての商品が揃うのはこれが初めてだ。
来訪者に商品の感想やフィードバックを聞き、
今後の商品展開に生かそうという場である。
また、実際に今年度開発されたいくつかの商品は購入できたり、
商談スペースで流通の相談ができたりと、
開発を手がけた実践支援員たちとコミュニケーションがとれる機会でもある。

会場では各商品の開発風景のムービーが上映中。

同所で商品発表会を行うのは昨年に引き続き2回目。
淡路島出身で故郷のこうした先進的な試みに
「淡路島もなんだかおしゃれに変わったなぁ」と感慨深く思う人、
地域デザインの事例として〈淡路はたらくカタチ研究島〉に興味があって見に行った人、
ヒカリエでの買い物中に立ち寄った人など、
6日間で500名以上の来場者が足を運んだ。

昨年度までの商品も並ぶ。昨年度の取材はこちら〈前編 後編〉。

淡路はたらくカタチ研究島は厚生労働省の委託事業で、
淡路地域雇用創造推進協議会が実施している。
発表会に来ていた同協議会の会長藤森泰宏さんにお話をうかがう。

まず、淡路島ってどんな島ですか?

「瀬戸内海と大阪湾のふたつの海に囲まれている淡路島は、
北から淡路市・洲本市・南あわじ市の、3つの市でできています。
淡路市は観賞用植物の栽培や水産業が盛んで、洲本市は商業の中心地、
南あわじ市は農業や特産である淡路瓦産業への従事者が多いという、
それぞれ市の産業に特徴があります。
そして、自転車でも一周できるくらいのコンパクト感。
洲本市の太陽光発電に南あわじ市の風力発電と、
エネルギー自給の島としても注目されていますね」

藤森さんは淡路島で生まれ育ったが、
淡路島の良さについては少しずつ見方が変わってきたのだと言う。

「淡路島出身の私よりも、淡路島を訪れる島外の人のほうが、
淡路島のいいところをよく知っているんです。
たとえば、私は“淡路島のいいものを”と言われて島の特産物を薦めましたが、
ある島外の人は、海や夕日といった淡路島の日常風景を“すばらしい”と言いました。
普段暮らしていると気づけない、その目のつけどころに驚きつつも、
それが淡路島の良さなのかと気づかされます。
この〈淡路はたらくカタチ研究島〉は、
島外からスーパーバイザーやデザイナー、講師を招きます。
そういう方々から教えてもらう島の魅力が多いなと、
この事業を進めてから特に感じるようになりました」

「あと、淡路島は“人がいい”って言われますね」と藤森さん。わかりますわかります。と頷く取材陣。

スーパーバイザーとして招いたのは、
過去にも数々の地域創生プロジェクトに参加するgrafの服部滋樹さんと、
ブンボ株式会社の江副直樹さん。
この2名に加え、セミナーや研修の講師を務めるUMA/design farmの原田祐馬さんや、
料理研究家の堀田裕介さん、働き方研究家の西村佳哲さんなど、
多くは島外からやってくる。
今回の4商品の商品開発でも4名のデザイナーに商品のコンセプト決めから
パッケージ制作まで伴走してもらったが、彼らもベースは阪神地域や四国などだ。
こうした“ソト”の視点と、
実際に淡路島で事業を起こそうとする提案者の“ウチ”の視点が合わさって、
商品の細部にしっかり落とし込めているという印象が
〈淡路島ならではの付加価値商品開発事業〉にはある。

今回の商品開発を例に挙げる。〈まちまち瓦〉のデザイナーは、
建築家の岡 昇平さんと家具デザイナーの松村亮平さんのユニット〈こんぶ製作所〉。
普段は香川県高松市の仏生山で活動し、
〈仏生山まちぐるみ旅館〉などのプロジェクトで注目を集めている。
前編のまちまち瓦の製造現場のレポートでもお伝えしたように、
その岡さんたちのデザインセンスと淡路瓦職人の伝統と技術が融合し、
フラットな淡路瓦をつくりあげた。
今の技術をもってすれば均一に瓦を焼くことは造作もないことだが、
岡さんたちからのリクエストであえて色ムラや経年変化が起きやすいようにした。
それも瓦の個性にしてしまおうというアイデアは
デザインの一環であることに違いないが、昔の淡路瓦の製法で、
今はガス窯に変わってほとんど見ることができない達磨窯(だるまがま)や、
年月を重ね技術を確立してきた先人たちに対する、
こんぶ製作所と企画提案者・興津祐扶さんからの賛辞でもあるように思えた。

さて、発表会の会場の様子を見ていく。

甲州ワイン、こだわりづくしの醸造 ワイン醸造家・三澤彩奈さん ミサワワイナリー 後編

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“甲州ワインを世界へ”
そう考えるミサワワイナリーのワイン醸造家・三澤彩奈さん
2014年に、彩奈さんがてがけた甲州のワイン〈キュヴェ三澤 明野甲州 2013〉が
ワインの業界で最も権威のあると言われる
デカンタ・ワールド・ワイン・アワーズ(ロンドン)で金賞・地域最高賞を受賞した。
今回はこの味をつくる醸造の現場をリポートする。

ミサワワイナリーのワイン醸造家・三澤彩奈さん。2014年に彩奈さんが手がけた〈キュヴェ三澤 明野甲州 2013〉がデカンタ・ワールド・ワイン・アワーズ(ロンドン)で金賞を受賞した。

醸造家のこだわり

ミサワワイナリーでは6種類の品種を栽培している。
白は〈甲州〉、〈シャルドネ〉。
赤は〈カベルネ・ソーヴィニヨン〉、〈メルロー〉、〈カベルネ・フラン〉
それから〈プティヴェルド〉。
それぞれにつくり方の違いがある。

「醸造家のこだわりがあって、
どういうワインをつくりたいかによって、製造方法を選びます。
たとえば〈甲州〉は酸化しやすい品種なので、熟成に向かないと言われています。
しかし私は〈甲州〉を熟成させたいんです」

白ワインと赤ワインではブドウの品種も違う、と彩奈さん。
発酵の過程も違うのだという。
白ワインはブドウを搾ってから発酵させるが、
赤ワインは粒ごと発酵させて、そのあと搾る。
〈甲州〉白ワインの熟成のためには、
この絞り=プレスの過程がとても重要なのだそうだ。

「果汁を搾っている間に酸化してしまうと熟成しないんです。
ですから窒素で充填しながらプレスをするタイプのドイツ製の圧搾機を使っています。
白ワインはプレス命なんです。
もちろんワインはブドウが命なんですが、
白ワインの醸造工程においてはプレスが最も重要なんです」

そのため、どういうプレス機を使うのかがとても重要なのだそうだ。
しかし機械まかせということではない、と彩奈さん。

「キチンと味をみて、一番搾り、二番搾りのタイミングを見わけていきます。
どれだけやさしく、いい果汁をとるか」
それがこだわりだと言う。

白ワインは房ごとこのプレス機のなかにいれて空気圧で搾る。白ワインはプレスが味を決める。ミサワワイナリーではドイツ製のプレス機を使っている。

伝統芸能と歴史をまちなかで体感。 〈やっとかめ文化祭〉 から見えた名古屋

華やかな名古屋の“芸”をあちこちで体験

“八丁味噌”や“あんかけパスタ”といった、
やや濃い味つけの料理ばかりがフィーチャーされがちな名古屋。
そんなこってり系食文化だけが名古屋カルチャーではないのだ!
“芸どころ・名古屋”の歴史文化を紐解くイベント、
〈やっとかめ文化祭〉が、10月30日(金)から11月23日(月・祝)まで開催された。
さまざまなイベントが街のあちこちで催され、その数、なんと150企画。
その中からほんの一部をレポートとしてお届けする。

〈歴史まち歩き〉

朝9時集合で集まったのは、地下鉄中村区役所駅。
実は、この名古屋市中村区、その昔、〈中村遊郭〉と呼ばれ
昭和初期には1000人近くの遊女たちが住んでいたのだそうだ。

みんなでまち歩きをしながら、知られざる歴史文化を紐解く〈歴史まち歩き〉は、
ツアーガイドさんも実は一般参加者。
そのまちに住んでいる人が、まちなかを案内してくれる、
それがこのツアーならではの醍醐味と言える。

集合のタイミングで渡されるガイドマップを持った、参加者たち総勢20人とともに、
閑静な住宅街を大人の遠足の雰囲気で歩いていく。
地図には、ポイントが示されていて、順々にガイドさんが説明をしてくれるのだ。

今回、ガイドしてくれたのは、
ここ中村区で学生時代を過ごし、就職とともに県外へ行き、
老後に戻ってきたという本杉さん。
「40年も留守にしとったから、生まれ育ったこのまちへ恩返ししたい」と語る。

遊郭だった当時の名残が、まちの区画や建材などに残っていたり、
元・遊郭を使った、名古屋市で最古の劇場があったり、
病気などで亡くなった遊女たちを祀った巨大な仏像があったり……
と、おそらく普通に暮らしているだけでは気づけない発見の連続。

本杉さんが真面目に、中村区の歴史文化の話をしていると、
「ちょっとつけ足してええ?」とご友人の鈴木さんがカットイン。
「実はその昔、この辺りに玉木 宏が住んどって、
歩いてたらスカウトされたらしいわ〜……」
と名古屋弁全開で話を逸らしてばかり、参加者の笑いを誘う。

このふたりの名コンビぶりになんだかほっこりとしながらも、
どんな小さなまちにも、そこには必ず歴史があり、
さまざまな人々が暮らし、物語があるんだっていうことを再認識。

道後温泉の近くでロールケーキに舌鼓 道後ロールめぐり その2

愛媛県産の栗と丹波種黒大豆の濃厚な味わいのロールケーキ

愛媛県の農林水産物の魅力を、スイーツを通じて全国に向けて紹介する
〈えひめスイーツプロジェクト〉。
この取り組みの一環として2014年にスタートした〈道後スイーツ物語〉。
愛媛の代表的な観光地である道後温泉の界隈にあるショップや宿に、
県産食材を使ったオリジナルのロールケーキ〈道後ロール〉をお店ごとに制作してもらい、
道後温泉を訪れた人にそのおいしさを味わってもらおうというプロジェクトです。

2014年に改築120周年の大還暦を迎えた道後温泉本館。愛媛県松山市を訪れたら、ぜひ足を運びたい場所のひとつ。

前回に引き続きご紹介するのは、道後温泉本館のすぐそばに位置するホテル〈茶玻瑠(ちゃはる)〉で提供されている道後ロール。

茶玻瑠のメインダイニング〈ラ・キュイジーヌ・ジャポーネズ玻璃(はり)〉。愛媛県産の旬の食材を使った料理をブッフェスタイルで楽しめるレストランです。

イングリッシュガーデンからの明るい陽射しが差し込む、約300坪のフロア。落ち着いた雰囲気で、愛媛の“食”を堪能できます。

洗練されたモダンな雰囲気がただよう茶玻瑠。
かねてから朝食ブッフェのメニューを充実させたり、
愛媛の食材をベースに和食とイタリアンのエッセンスを取り入れた
〈道後キュイジーヌ〉を提供したりと、道後の“食”の拠点となっている存在なのだそう。

壁一面に飾られた、蜷川実花さんの作品。ファンにはたまらない空間。

また『蜷川実花×道後温泉 道後アート2015』の企画として、
“食”を楽しみながら蜷川実花さんの作品世界に触れられるレストランギャラリーも開催。
その古き良さばかりが注目されがちな道後温泉に現代ならではの息吹をもたらし、
新しい道後の魅力を発信しているホテルです。

ダイニング内のいたるところに、蜷川さんの作品が。『道後アート2015』は2016年2月29日までの開催。

甲州ワインを世界へ送る ワイン醸造家・三澤彩奈  中央葡萄酒株式会社 ミサワワイナリー 前編

日照時間日本一を誇る山梨県北杜市明野町。
茅ヶ岳の麓、標高680メートルの高地に
日本を代表するワインの数々を生み出す
〈ミサワワイナリー〉と〈三澤農場〉がある。

高地であるので、昼夜の寒暖差が大きい。
緩やかな西向き傾斜による水捌けの良さを含め、
ワインづくりの世界の名醸地に匹敵するレベルにあるといわれる。

ここに世界で最も権威のあるワインコンクールで
金賞を受賞した女性醸造家がいる。
明野・ミサワワイナリーに醸造家の三澤彩奈さんを訪ねた。

ミサワワイナリーから臨む富士山。

ワイナリーの近くには、自社農場〈明野・三澤農場〉がある。総面積約12ヘクタール、垣根式農場の広大なブドウ畑。日本を代表するワインの数々を生み出している。

彩奈さんは1980年生まれの35才。
中央葡萄酒株式会社の4代目のオーナー三澤茂計さんの長女として生まれた。
「子どものころからワインに親しみを持っていました」と彩奈さん。
一番、好きなワインは? と聞くと、
「甲州ですね」と言う。
〈甲州〉はワイン用のブドウの品種。
そこから造られるワインも〈甲州〉と呼ばれる。
山梨県勝沼に生まれ育った彩奈さんにとって〈甲州〉は特別な思い入れのあるブドウだ。

2005年、単身で渡仏、ボルドー大学ワイン醸造学部を卒業。
その後、フランス・ブルゴーニュ地方にて研修、
翌年にはフランス栽培醸造上級技術者という資格を取得した。
2007年には、南アフリカ・ステレンボッシュ大学大学院へ留学。
世界のトップレベルのワイン醸造の技術を学んだ。
それは日本の誇る〈甲州ブドウ〉を世界へ広げたいという気持ちからだという。

「世界のワイン市場を見て、
〈甲州〉はこのままではいずれ淘汰されてしまうかもしれないと感じたんです。
ワインは特にボーダーレスな飲みものだと思います。
地元の居酒屋だけで飲んでいただける地酒のような存在でずっといることは、
イメージできませんでした。
世界を回り、〈甲州〉の繊細な味わいは、ほかのワインにはない個性だと感じました。
〈甲州ワイン〉がどこまでいけるか確証があったわけではありませんが、
誰もやっていないことにチャレンジしたいと思う気持ちもありました」

ワインづくりは収穫時期の3か月がとくに忙しい。
毎年、自分のワイナリーでのワイン醸造が一段落すると、
南半球のワイン産地へ出向き、世界のワイン醸造の現場の技術を習得しようと、
研鑽してきたという。

「これは使えそうだというものを見つけるために行くんです。
ピンポイントにこの醸造技術を取り入れるということよりも、
投資力や設備が大きい海外のメーカーと
投資力が小さい私たちのようなワイナリーでは違います。国によっても違います。
それぞれのワイン産地で、ワイナリー独自の知恵を知ることで、
日本でのワイン造りにフィードバックさせていました」

明野は南アルプス、八ヶ岳、茅ヶ岳、富士山を四方に臨む。標高680メートルの高地。

たとえば“垣根栽培”。ぶどう畑は“垣根栽培”と“棚栽培”がある。
甲州ブドウにおいては棚栽培が一般的だが、
世界のワイン産地の多くは垣根栽培である。

甲州ブドウの“垣根栽培”は1本の木から10房〜20房程度と収量は少ないが、
一房にいく養分が多いので甘くなる。
また剪定や収穫の作業効率が良く、世界ではこの垣根栽培が一般的だ。
棚栽培よりも葉と葉が重なり合わないので、光合成効率が高く、
実の糖分が増えるとされる。

これまでのやり方を変えるのは大変だが、
垣根栽培のほうがより凝縮したブドウが栽培できる。
彩奈さんの父、茂計さんも20年以上前“垣根栽培”に挑戦して、失敗したという。
樹のバランスがとれず、花が咲かなかったという。

彩奈さんは、この“垣根栽培”にこだわりたかったのだ。
翌2005年に再度チャレンジした。実がつくまで3年。2007年に結実した。

「2009年のときにブドウがあきらかにそれまでのものと違っていた。
すごい凝縮感があって、甘さがあって、酸味がしっかりしていた。
明らかに味に違いが出ていたんです」

いいブドウができた。そこからいよいよ醸造が始まった。

「ブドウがこれだけ違うのだから、ワインにしてどうなるか。
なるべくブドウのよさを生かしたい。
日本の酒造りは日本酒の伝統があるから、酵母など、醸造に力を入れるんです。
しかし私は栽培に立ち戻りたかった。
たとえば〈甲州〉は糖度が上がりにくいので、
アルコール度数を上げるために補糖をするのですが、補糖はせず、
ブドウのありのままの姿で勝負したかった」

ワインとして明らかに違うものができたと感じたのは2012年。

「絞った途中の果汁を飲んだりして、〈甲州〉ってこんな味もあったのか、
と、自分のなかで気づかされることがありました」

〈甲州〉はすごい! と心から思ったという。
そうした彩奈さんのこだわりが実を結び、
2014年に世界的なコンテストでの評価へとつながった。

樽で熟成させる。これは赤ワイン用。繊細な〈甲州〉はこれとは別のタンクで熟成させるという。

えひめスイーツコレクション2015  イベントレポート 後編

銀座〈カフェコムサ〉で、えひめスイーツをいただく

愛媛県産の旬のフルーツを使ったスイーツを、
都内飲食店約16店舗を楽しめる〈えひめスイーツコレクション2015〉。
そのキックオフイベントの様子をお送りした前編に引き続き、
後編ではイベント後に行われた、えひめスイーツの試食会での様子をお届けします。

今回のイベントが開催された〈カフェコムサ〉銀座店は、
〈えひめスイーツコレクション2015〉の参加店のひとつ。
厳選された旬のフルーツを美しくカッティングして、
まるで芸術品のように盛りつけたタルトで知られる〈カフェコムサ〉では
11月14日〜27日までの期間、
銀座店をはじめ全国32店舗でえひめスイーツが提供されました。

試食会でふるまわれたのが
〈柑橘「美柑王(みかんおう)」と「レインボーレッド」のタルト〉、
そして今回のイベントのために特別に用意された〈愛媛県産「紅い雫」のタルト〉と
〈愛媛県産「柿」のモンブラン〉の3種類のえひめスイーツ。

タルト生地の上にフルーツがたっぷりのせられた、スイーツ好きにもフルーツ好きにもたまらない〈柑橘「美柑王」と「レインボーレッド」のタルト〉

まずは見た目も瑞々しさあふれる〈柑橘「美柑王」と「レインボーレッド」のタルト〉。
高い品質基準に合格したみかんである〈美柑王〉と、
色鮮やかな黄色の緋赤色の果肉が特徴のキウイフルーツ〈レインボーレッド〉の
2種類の愛媛県産フルーツをたっぷり使ったタルト。

かたちも色合いも美しい、まさに“みかんの王様”ともいえる美柑王とレインボーレッド。皮に産毛が全くないのもレインボーレッドの特徴のひとつ。

「キウイのイメージである酸味がレインボーレッドには本当になくて。
トロッとした食感で、とても甘いんですよ。美柑王も非常にジューシーで甘みが強いので、
ヨーグルト感のあるさわやかなクリームとタルトにあわせました」
と話してくれたのは〈カフェコムサ〉のパティシエである水野谷由梨さん。
ひとくちいただくと、酸味を少し感じさせるクリームがふたつの果実の甘みだけでなく
瑞々しい風味も引き立てていて、食べるごとに心も身体も満たされるおいしさ。

ひと目見たら「食べたい!」と思わずにはいられない〈愛媛県産「紅い雫」のタルト〉。実の中まで美しい紅色なのも〈紅い雫〉の魅力のひとつ。

続いていただいたのが〈愛媛県産「紅い雫」のタルト〉。
「イチゴもけっこう品種によって味もさまざまなのですが
〈紅い雫〉はとても大粒で甘いのが特徴なので、甘さが引き立つように、
少し酸味のあるクリームチーズを使ったタルト生地とあわせています」

その甘さだけでなく、酸味とのバランスと濃厚な味わいが評判の
〈紅い雫〉をたっぷり使ったタルトは、
〈紅い雫〉の味わいがほかのいちごと格段に違うことを実感させてくれる逸品。
そのリッチな味わいは〈紅い雫〉が“大人の味”と言われる理由にも
思わず納得してしまうほど。
そして驚かされたのが、口いっぱいに広がる〈紅い雫〉の甘い香り。

きれいな円錐形に整った〈紅い雫〉。その味わいを知ってしまったら、ほかのイチゴでは物足りなさを感じてしまいそうなほどに美味。

その香りに驚いていると
「今日もショーケースを開けるとのイチゴの香りが、ふわっと漂ってくるんですよ」
と教えてくれた水野谷さん。
「〈紅い雫〉はお味ももちろんそうなのですが、とてもきれいな円錐の形をしていまして。
うちのお店はフルーツを生のままタルトに飾ることが多いのですけれど
〈紅い雫〉はかたちもきれいに揃っているので、とてもデザインしやすかったです」

今回のイベントのために特別につくられた〈愛媛県産「柿」のモンブラン〉は、実りの秋を象徴するようなタルト。

そして最後にいただいたのが、スライスされた愛媛県産の富有柿とマロンペーストが
段々に重ねられた、秋のおいしさをたっぷりと味わえる〈愛媛県産「柿」のモンブラン〉。
「柿のモンブランは毎年色々な産地の柿でつくっている、秋の人気商品です。
こちらは柿と栗の下にカスタードクリームを入れて、全体的に甘くしあげています。
今回使用しているのは愛媛県産の富有柿なんですけど、
少し固めながらもすごく甘みがあって。全体的には甘いイメージなのですが、
柿がシャキシャキしてジューシーな食感なので、
あまり重たくならずに食べていただけるかなと思っています」

艶やかに熟した富有柿。歯ごたえがあるのにしっかりと甘い富有柿は、柿好きの方にこそ食べて欲しい品種。

柿と栗と聞くと、ちょっと意外に感じられるかもしれませんが、
想像以上にその相性は抜群。柿のシャキシャキとしたほどよい歯ごたえと、
舌の上でとろけるマロンペーストとカスタードクリームのなめらかさの対比も楽しいタルトは、
スイーツ好きにはたまらない味。
また柿特有の風味がクリームの後味をさっぱりとさせてくれるので、
濃厚ながらもしつこさがなく“いつまでも食べていたい……”と思ってしまうほどのおいしさ。

お話をうかがったパティシエの水野谷由梨さん。昔からフルーツ好きという彼女が一番好きな愛媛県産フルーツは県オリジナル品種の柑橘〈紅まどんな〉。「独特の食感と濃厚な甘みは、ほかの柑橘では絶対に勝てないかなと思っています」

「柿は熟してしまうと皮をむくのが難しいのですけれども、
このくらいの固さでおいしく召し上がれる富有柿は
ケーキとしてしてもとても扱いやすいですね。
そろそろ柿のシーズンも終わってしまうのですが、
来年はぜひ愛媛県産の柿を使ってみたいですね」と水野谷さん。
プロの料理人をも惹きつける様子に、
愛媛県産フルーツの品質の高さをあらためて実感させられました。

しかし愛媛県が誇るおいしさあふれるフルーツは、まだまだたくさん。
2月末まで展開される〈えひめスイーツコレクション2015〉では
店舗ごとにさまざまな愛媛県産フルーツを味わえますので、
ぜひ期間中におでかけして、驚きのおいしさに出会ってみてください。

Informtion

えひめスイーツコレクション

音楽も地域も生活も、 “ものの見方”を変えたなら。 豊嶋秀樹 後編

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アーティストの違う側面が見られるイベント

〈gm projects〉の豊嶋秀樹さんは、多くの地方で、
さまざまなワークショップやイベントを開催している。
なかでも豊嶋さんらしいところは、
これまでのアート活動の人脈で培ったアーティストやクリエイターが
ふんだんに登場することだ。

「アーティストやクリエイターって、専門の職能だけではなく、
違うことをやったとしてもおもしろい人が多いんです。
だから、いろいろな役割で関わってもらうようにしています」

だから、できあがるものはアート作品でも展覧会でもなく、
音楽イベントであったり、ワークショップの集まった学校形式だったりする。

今回参加させてもらったワークショップで、開催前の挨拶をする豊嶋秀樹さん(左)とミュージシャンの坂口修一郎さん(右)。

例えば〈岩木遠足〉。
青森の岩木山麓で育まれた風土や文化を体験する遠足型のイベントで、
2009年から13年にかけて行われた。ねぷた製作の現場やこけしの工人、
縄文遺跡などを訪れ、マタギ体験も行った。
それらの場所にはバスで向かうのだが、
そのバスガイドがクリエイターやアーティストだったりする。
バスガイド役とはいえ、話す内容は自分のこと。
この移動がレクチャーの時間になっているのだ。
最近ではこのイベントをまとめた
『岩木遠足 人と生活をめぐる、26人のストーリー』(青幻舎)を
上梓したばかりでもある。

例えば〈津金一日学校〉。
山梨県北杜市で開催されたイベントで、
今は使われなくなってしまった木造校舎に1日だけの登校日をつくった。

「僕は教育者ではないので、普通に子どもたちに教えることはできないし、意味がない。
自分の小学生時代を振り返ってみると、授業の内容よりもむしろ、
おもしろい先生がいたという記憶が鮮明に残っているんです。
だから“おもしろい大人”に会える場所にしようと考えました。
そこで子どもたち30人の先生役として、
いろいろな意味でクリエイティブな人たちを招くことにしました」

参加したのは鉄割アルバトロスケットの戌井昭人さん、
珍しいキノコ舞踊団の伊藤千枝さん、サバイバル登山家の服部文祥さん、
音楽家のトウヤマタケオさんなど、多様な面々。
この日は授業参観日という設定にした。だから子どもたちを対象にしながらも、
後ろで大人たちも熱心に聴いているという入れ子構造だ。

「アーティストは作品で見せるのではなく、
先生として子どもたちにわかりやすく話さないといけません。
すると大人たちにも伝わりやすいのです」

参加した音楽ワークショップの会場となった〈森をひらくこと、T.O.D.A.〉。

例えば〈陸前高田ミーティング(つくる編)〉。
現地で何かをつくっている人を訪ねて回る、2泊3日の合宿スタイル。
仮設住宅で手芸を教えていたら自然とでき上がったコミュニティや、
英語で震災体験を綴っている人など、アーティストではなく普通の人を訪れた。

「震災ですべてを失いながらも、
何かをつくることで日々の自分自身をつなぎとめている人たちと直に出会うことが、
重要ではないかと思いました」

陸前高田ではかさ上げ工事を行っているが、
「盛り土を山から直接、長いベルトコンベアのようなもので運んできている」
というような壮絶な仕事。それも風景を“つくる”のひとつであり、みんなで見学した。

「手芸も別に発表することはなくて、ただつくっているだけ。
つくっているという行為と、つくっている時間に意味があるんです。
このように、つくることで生かされているという現状もあります。
つくることは、原始的なモチベーションに作用するんですね。
自分たちの“生きるをつくっている人たち”から、
“つくる”とは何か? ということを感じました」

京都・丹波の田んぼが学校になる日 ~田んぼの学校体験記~

宝酒造 田んぼの学校(京都府/南丹市)に行ってきました

「田んぼに行ってみませんか?」
宝酒造さんからそんなお誘いがありました。
「ただし長靴と帽子、汚れてもいい服装で来てくださいね」
というのも、稲刈りを手伝ってほしいとか。
田んぼの場所は、京都府南丹市園部町
京都駅からJR山陰線で45分、さらに車で10分。
とてものどかな里山風景が広がる場所だそうです。
それにしても、なぜ宝酒造が田んぼ?
すると、広報担当の奈良さんがすぐに教えてくれました。

和酒は日本の自然風土から生まれたお酒。
穀物や水、微生物など、すべて自然の恵みの賜物で
豊かな自然環境を保ち、受け継がれることが大前提。
宝酒造の環境活動も“自然保護”と“空容器問題”が2本柱で
そのひとつが2004年に開校した〈田んぼの学校〉だそうです。

この学校は小学生とその家族が対象で
2015年度は応募総数380組から抽選で選ばれた24組が参加。
年4回のうち、第1回の田植え編、第2回の草取り編は既に終わり
もうすぐ第3回の収穫編が開催されるとか。
「稲刈りだけじゃなくてしっかり授業もあるんですよ」
田んぼでの授業ってどんな感じでしょうか。

多くの人に支えられています

そう思いながらやってきた南丹市園部町。
園部城跡や日本最古の“天神さん”生身天満宮が有名ですが
その中心部から少し離れた仁江地区にある〈体験田んぼ〉には
朝9時半の集合時間になると親子連れが集まってきました。

今日の参加者は親子20組で計61名。
地元の京都以外に、大阪、兵庫、奈良と
遠くから来ている家族も多いようです。
3回目なので、子どもたちも慣れているのかな。
帽子、長靴、バンダナの“田んぼルック”がちゃんと似合っている。
仁江公民館での始業式が始まると
静かに熱心に、今日のスケジュールやお話を聞いています。

協力してくださる講師の方々の紹介で気づいたのですが
この田んぼの学校は実に多くの人々が関わっている。
NPO法人森の学校・代表の佐伯剛正さんやスタッフの方たち
日本自然保護協会認定の自然観察指導員さん
京都府立大学生命環境学部の先生と学生さん
それに忘れちゃいけない地元農家の方々。
“田んぼ指導員”として、稲刈り指導はもちろん
1年を通じて、この体験田んぼを見守ってくださり
公民館を使わせてもらうのも、地元のご好意があってこそ。
宝酒造京都本社からも社員サポーターが多数参加。
看護師さんも待機して、万全の体制が組まれているのがわかります。

この始業式で印象に残ったのが
「五感を使って楽しんでください」という言葉。
「自分の中の野生を感じて養って。それが将来きっと役立ちます」
小学生の子どもたちにはまだよくわからなくても
この言葉、親世代にはものすごく響くはず。
その後始まった授業でも
無邪気ながらも真剣に取り組む子どもたち以上に
大人のほうが気づかされる場面が多いように思えました。

お米も種、命の源だと理解します

たとえば屋内での自然観察授業。
お米について勉強しようというテーマでは
もみ→玄米→胚芽米→白米と、見て触ってにおいもかいで
ルーペで観察しながらスケッチする。
そのうえで、もみ殻を自分の手でむいてみる。
「ぜんぜんむけない!」
「あー疲れちゃった」
ぼやきつつも「もみすり」の大変さを実感した子どもたち
その作業がないとお米が食べられないことにも気づいたかな。

1粒のお米とじっくり向き合って観察してみると
いつもなにげなく食べているご飯が発芽する種の集合体で
次世代につなぐ命の源をいただいていることを実感します。
さらに大人世代なら作り手の苦労にまで思い至るはず。
これ、誰もがはっとする瞬間じゃないでしょうか。

ちなみに、芽が出るのはもみだけなんだとか。
土に植えて水浸しの状態になっても
もみがらが余分な水気を調整し腐ることを防いでくれる。
自然の仕組みは本当によくできているなと思いました。

よくできているといえば、果物の柿の種。
今日の授業でも上手に割るのに四苦八苦しながらも
子どもたちは双葉の形をした胚をじっくりルーペで観察。
「刃を当てて固い種を確かめながら柿を切って」と
お母さんお父さんが手助けしてくれながら一緒に見た
“白い双葉”は鮮やかな記憶として心に残るでしょうね。

えひめスイーツコレクション2015  イベントレポート 前編

〈えひめスイーツコレクション2015〉開催!

愛媛の豊かな自然が育んだ柑橘をはじめとする果物・野菜・穀物・乳製品の魅力とおいしさを、
スイーツを通じて全国に発信する愛媛県の取り組み〈えひめスイーツプロジェクト〉。
その中で、2015年においしく実ったさまざまなフルーツを
東京の人にもぜひ味わって欲しいと実現したのが〈えひめスイーツコレクション2015〉。
愛媛県産の柑橘類はもちろん、イチゴ、キウイ、柿、栗、などを使ったスイーツを
都内飲食店約16店舗を楽しめるイベントです。
この『えひめスイーツコレクション2015』キックオフイベントの模様を
前編・後編にわけてお届けします。

愛媛県の中村時広知事。壇さんと石丸さんのフルーツ愛あふれる発言に「本当に生産者の方に届けたいですね、このコメントを。喜ぶと思いますよ」とニッコリ。

「柑橘だけではない、フルーツ王国愛媛のすばらしさを
スイーツを通じて提供できればと思っています」
と愛媛県の中村時広知事の挨拶で幕を開けたキックオフイベントに登場したのは、
キウイ・栗・みかんをイメージした衣装をまとった3名の愛媛県出身モデル、
愛媛県イメージアップキャラクターの〈みきゃん〉、
愛媛県出身の俳優・石丸幹二さん、
そして愛媛県産イチゴ〈紅い雫〉のイメージキャラクターである壇蜜さん。

石丸さんのエスコートで登場した壇さん。その手には〈紅い雫〉が。

〈紅い雫〉とは、愛媛の県独自品種のいちごである
〈あまおとめ〉と〈紅ほっぺ〉の2種類の品種を交配させて、
愛媛県が10年もの歳月をかけて開発した新品種。
その味わいは、イチゴ好きという壇さんも
「サクッとしているのにジューシーで、
ふたつの種類をかけあわせた品種ならではの食感は本当にすぐに口の中に伝わってきて。
本当に驚くようなおいしさだったので、
ますますイチゴが好きだっていう気持ちが強まりましたね」と太鼓判。

また石丸さんがオススメしたいと愛媛県産フルーツとしてあげたのがキウイフルーツ。
キウイ生産量が日本一の愛媛県ですが、
石丸さんの出身地である新居浜市は有数のキウイ産地。
「〈紅い雫〉もみかんもそうですけど、どれも糖度が高いですよね。
うれしいですね、甘いのは大好きですから」と、その魅力を語っていました。

壇さんと〈みきゃん〉。壇さんの深紅のドレスのウェスト部分にはいちご型のアクセサリーがキラリ。

イベント終盤には愛媛県産のフルーツを使ったスイーツを応援する
“えひめスイーツ党”を登壇者全員で結成。
壇さんの「イチゴの生産者の方々が苦心してつくられたその成果あってこその
キックオフのイベントだったと思いますので、その方々の成果に感謝しながら、
これからも瑞々しさをほおばりながら今後も生きていきたいなと強く思いました」
と、愛媛県産フルーツのつくり手の方々への感謝の気持ちをこめた挨拶で
イベントは幕を下ろしました。

ずらりとショーケースに並んだ〈カフェコムサ〉による〈えひめスイーツ〉。

冬のティータイムに華を添えてくれそうな〈愛媛県産「紅い雫」のタルト〉。実の中まで赤いのも〈紅い雫〉の特徴。

ジューシーな果実をたっぷり使った〈柑橘「美柑王」とレインボーレッドのタルト〉。そのおいしさも後編にてお届けします。

そして続いて行われたのが、「えひめスイーツ」の試食会。
キックオフイベントの会場となった〈カフェコムサ 銀座店〉をはじめ、
全国の〈カフェコムサ〉32店舗で11月27日までの期間に提供された
〈柑橘「美柑王」とレインボーレッドのタルト〉、
そしてこのイベントのために特別につくられた〈愛媛県産「紅い雫」のタルト〉と
〈愛媛県産「柿」のモンブラン〉が登場。
後編では、これらのえひめスイーツを作られたパティシエさんにうかがった、
愛媛県産フルーツの魅力についてお届けします。

Informtion

えひめスイーツコレクション

〈MTRL KYOTO (マテリアル京都)〉 京都の一軒家をリノベーション。 素材と向き合う コワーキングスペース

Web、コンテンツ、コミュニケーション、空間、イベントなどの“デザイン”を手がける
クリエイティブ・エージェンシー〈ロフトワーク〉がお届けする
「ロフトワーク ローカルビジネス・スタディ」。
4回目は、ロフトワークが新しく京都につくるコワーキングスペース
〈MTRL KYOTO(マテリアル京都)〉について。
なぜ京都に、古い家をリノベーションして、新しいスペースをつくるのか。
なぜ“マテリアル”なのか。
MTRLのプロデューサーの岩崎達也がその理由を語ります。

「京都で、ロフトワークだからこそできるおもしろいことをしよう」

設立4年目を迎えるロフトワーク京都オフィスに入社した2014年、
私は社内で頻繁にこの言葉を耳にしていました。

Web、空間、プロダクト、イベント、そして京都。
多様な領域で実績を積み重ねてきたロフトワークだからこそできることってなんだろう?
という問いかけと、何かやってやろう! というみんなの野心めいたものが
〈MTRL KYOTO(マテリアル京都)〉構想へとつながっていきます。

そうして完成するMTRL KYOTOは、京都の河原町五条エリアにある
大きな一軒家をリノベーションしてつくるオープンなコワーキングスペース。
長い歴史を誇る西陣織や、最新の人認識センサーなど、国内外から集めたユニークな
“素材(マテリアル)”と、3Dプリンターやレーザーカッターといった
デジタルファブリケーションマシンを常設します。

京都で活動する個人クリエイターはもちろん、
チームでの打ち合わせや共同制作などにも適した、
新しいインスピレーションを提供する場所にすることを目指しています。

なぜ京都にMTRLをつくるのか?

私を含め多くのロフトワークの社員は以前東京で働いていましたが、
それぞれに縁とゆかりのある京都へ移住してきました。
そんな私たちが日々の京都暮らしの中で感じることを挙げてみると、

・まち中に国宝や伝統工芸品が溢れている
・それでいて、最先端のテクノロジーを生み出す企業や学術機関が多い
・カフェや書店にアートなど、独自のローカルカルチャーが根づいている
・老若男女、外国の方々、さまざまな人たちがまちに馴染んでいる

などなど。

そこで私たちは気がついたのです。
これらを俯瞰して見てみると、めちゃくちゃユニークだぞ、と。

長い歴史とこれからの可能性。
ローカルとグローバル。
個人商店と大企業。
伝統産業と最新テクノロジー。
表面的には相反しそうな事柄が、絶妙のバランスで融合して成り立っているのが京都なんだ。

ここ京都なら、ロフトワークのクリエイティビティを使って、
未来を提示する場所をつくれんじゃないか。
世界中からクリエイターが集うコワーキングスペースにする?
伝統工芸品やテクノロジーを掛け合わせてみようか。
典型的な京町家ではなくあえて違う建物でやろう!

そんな風にみるみる点が線で繋がって、
とても自然な流れでMTRLプロジェクトは立ち上がりました。

愛媛の豊かな食材の味わいをスイーツで楽しめる 道後ロールめぐり その1

道後商店街の〈道後の町屋〉の道後ロール

日本三古湯のひとつと言われ、
夏目漱石の『坊つちやん』にも登場することで知られる愛媛県松山の道後温泉。
県の代表的な観光地でもある道後温泉で、
スイーツを通して愛媛の魅力を発信する取り組みが行われているのをご存知ですか?

『日本書紀』にも登場する、日本最古の温泉である道後温泉。2016年2月29日までの期間、蜷川実花さんの写真が道後を彩る『蜷川実花×道後温泉 道後アート2015』も開催されています。

愛媛の豊かな自然が育んだ柑橘をはじめとする果物・野菜・穀物・乳製品など、
スイーツに適した愛媛県産農産物などを活用した
「えひめスイーツコンテスト」などを通して、
愛媛の農林水産物の魅力を全国に向けて紹介する取り組み
「えひめスイーツプロジェクト」。
この取り組みの一環として2014年にスタートしたのが、
道後温泉とコラボレートしたプロジェクト〈道後スイーツ物語〉。
道後界隈にあるショップや宿に、
県産食材を使ったオリジナルのロールケーキ〈道後ロール〉をお店ごとに制作してもらい、
道後温泉を訪れた人にそのおいしさを味わってもらおうというプロジェクトです。

現在では14もの店舗が参加している〈道後スイーツ物語〉。
その中でもコロカルおすすめのお店とその道後ロールを3回にわたってご紹介していきます。

道後の町屋の玄関。右手に見えるのは、自家製パンを焼き上げる麭(パン)焼処のスペース。

まずご紹介するのは、道後温泉駅に直結している道後商店街に店舗を構える〈道後の町屋〉。
その名の通り大正末年の町屋を改装して戦前の町風景を再生した、
レトロモダンな雰囲気が漂うベーカリーカフェ・ギャラリーです。

2間半(4.5m)の入口に対して、奥行きが27間(49m)と縦長な敷地にある道後の町屋。
趣のある通り庭が結ぶのは、入口の近くにあるテーブル席「珈琲庵」と
畳敷きの「奥座敷」のふたつのスペース。

ゆったりとコーヒーを味わえる珈琲庵のスペース。その脇には通り路が。

通り路に併設された、通り庭。その奥に、もうひとつスペースがあります。

こちらが道後の町屋の、もうひとつのくつろぎ空間。手前のギャラリー〈草木草〉のスペースを抜けると、奥座敷へ。

「実はここ実家で、家の半分をお店として使っているんですよ」と話す、店長の三好康さん。
「珈琲庵は人に貸していた部分なのですが、奥座敷はずっと家族で使っていたスペースなんです」

庭を眺めながら、ゆったりとくつろげる奥座敷。誰かのお家に招かれたような、ちょっと特別な気分を味わえます。

目線を変えることで 新しい働き方が生まれる。 豊嶋秀樹 前編

ゆるく連携した働き方

豊嶋秀樹さんは、〈岩木遠足〉や〈津金一日学校〉などの地域イベントを手がけてきた。
地域に人を集めて催しをすることは、今や珍しいことではないが、
豊嶋さんが手がけるイベントは、都会的なエッセンスがありながらも、
カタヒジはっていないような、なんだか独特の心地よい空気に包まれている。
その秘密を探るべく、まずはこれまでの略歴をうかがった。

「アーティスト志望で、アメリカの美術系大学に通いました。
当時から、製作していたものは絵画や彫刻というよりも、
インスタレーションやパフォーマンスアート。
状況自体を作品化したいという気持ちでした」

卒業後、日本に帰国。
大阪で、クリエティブユニット〈graf〉を立ち上げる前のメンバーたちと出会う。

「grafの初期メンバーたちは、デザイナーとか家具職人とかいろいろいました。
当時の僕は頭でっかちで、“アートが一番”と思っていました。
でも、みんなは生活にダイレクトに使える実用的なものをつくっているのに対して、
アートは使えないなと(笑)。
メンバー自身の嗜好を見ても、デザイン的なものだけでなく、
音楽も、食も、ファッションも好き。それって生活ですよね。
そういった出会いから、みんなで一緒に何かつくってみようと、grafが発足したんです」

福岡に移住したが、全国を飛び回っているという豊嶋秀樹さん。

豊嶋さんは、そのgrafから派生したgmというセクションを担当し、
展覧会を開催するなどアート的な活動に従事していく。
その部署を独立させるかたちで、現在の〈gm projects〉になった。
grafは同じ職種の集まりではなかったが、gm projectsも同様。
ウェブディレクター、家具職人など、バラバラの職種が集まっている。

「働きたい人が働きたい分量で働く。それぞれのライフステージに合わせた
自由なあり方でいることができて、つながりたいところは、
その都度、つながることができるという、
“イイトコドリ”な組織ができないか試していると思っています」

メンバーそれぞれは、自分の屋号やレーベルなどで活動していたり、
ほかの会社の会社員だったりもする。
これは、豊嶋さんとgm projectsの仲間なりの働き方や組織の実験でもある。

「おもしろい人は集まっているけど、ビジネスは集まっていません」

結局は人間関係。であれば、会社という組織である必要もない。
“人が集まる舞台があればいい。そこにいる人たちでやればいい”。
当初から持っていたそんな考えが、のちの豊嶋さんの活動のベースにもなっている。

豊嶋さんがディレクションしている那須にあるスペース、〈森をひらくこと、T.O.D.A.〉

アートと地域イベントの共通点

gm projectsとして独立してからも、固定の場所ではなくなったが、
アート活動を続けている。
それは作家としてだったり、空間構成やキュレーターだったりとさまざま。
しかし「どれも基本的な考え方は同じで、アウトプットの違いだけ」だという。

この流れで、地域に場をつくる活動も増えてきた。
例えば青森県の〈岩木遠足〉、山梨県の〈津金一日学校〉、
岩手県の〈陸前高田ミーティング(つくる編)〉。
これらは、これまで豊嶋さんが企画運営してきた
アートイベントやギャラリーなどと地続きであるという。
それは豊嶋さんがアートにのめり込んだ理由からわかる。

「アートは、物の見方を変えてくれるきっかけになっていることが多いと思うんです。
それがアートのおもしろいところだし、自分が興味があるのもそういう“アート”でした」

豊嶋さんにとって、アートは異世界に入っていく方法。
最近ハマっているという山登りにも、同じ効果があるという。

「八ケ岳の山頂から見下ろすと、物理的にパースペクティブを変えられてしまいますよね。
世界を旅することも、まるで違う異文化の価値観を突きつけられたりして、
衝撃を受けたり、興奮したりします」

物の見方を変えてくれるものは、豊嶋さんにとってはアートだったが、
こうした思考回路は、イベントにも応用できる。

発売中の『岩木遠足 人と生活をめぐる、26人のストーリー』。写真提供:gm projects

山間地で育つ愛媛の隠れた名品〈富有柿〉

今年は最高のでき! 大洲市東大洲で親子2代にわたって育てる甘い柿

青々とした葉がしげる枝に実った、大きな橙色の果実。
この写真を愛媛で撮影したと伝えれば、大半の人は「みかんの写真?」と思うかもしれません。
でもこれは、みかんではなく柿の写真。
和歌山県や福岡県などの大産地ほど知られてはいませんが、
実は愛媛県も柿の有数な産地のひとつなのです。

県原産の愛宕柿(あたごがき)をはじめ、富有柿(ふゆうがき)、
刀根早生柿(とねわせがき)、富士柿などさまざまな品種の柿が生産されている愛媛県。
南予地方の最北部に位置する豊かな山間地の大洲市東大洲で、
親子2代にわたり富有柿を生産しつづけている若宮清志さんを訪れました。

陽当たりの良い、小高い山にある若宮さんの園地で育つ柿の木々。枝にはたわわに実った柿の実が。

ゆるやかな勾配の山に、数々の柿の木が植えられた若宮さんの園地。
麓から頂上まで植えられたどの木にも、きれいな橙色に実った柿が生っていました。
東大洲はみかんを育てるには標高が高すぎるものの、朝晩の気温差が大きく、
柿を甘く育てるのに適した地域なのだそう。

広い園地を基本ひとりで管理している若宮さん。JA愛媛たいき農業協同組合の柿部会の会長でもあります。

「9月、10月と雨も少なかったこともあって、今年は最高のできなんですよ」
と豊かに実った柿を前に話す若宮さん。
「糖度でいうと今年は16〜18度くらい。でも、こっちの木の実は20度くらいありますね」
と見せてくれたのが、ひとつひとつの実が袋がけされた木。

ひとつ、ひとつ袋掛けされた〈媛のふゆ〉。12月に向けて、どんどんおいしく熟していきます。

「これは12月頃に収穫する県産ブランドに認定されている〈媛のふゆ〉で、
贈答品向けの柿。樹上で完熟をさせるからすごく甘くて、
穫るときには真っ赤になるんですよ。
12月まで実を生らせておくと雨や雪、あと霜にあたって皮が汚れてしまうんですが
〈媛のふゆ〉は早いうちに袋をかけるので汚れないし、農薬がかかる量も少ないから
安心・安全と人気なんですよ。7月後半から8月の一番暑い時季に袋がけをするので、
なかなか大変なんですけどね」

淡路島ならではの 商品開発の現場を追う 淡路はたらくカタチ研究島 前編

2015年の〈淡路はたらくカタチ研究島〉はどんな商品を開発したか

淡路島の雇用創出を図るプロジェクト〈淡路はたらくカタチ研究島〉。
厚生労働省の委託事業として、2011年から事業がスタートし、
2013年からは、より実践的な取り組みが行われている。
島の豊かな地域資源を生かした家業・生業の起業や、
島内観光ツアーや商品開発をサポートするプロジェクトで、
起業に興味を持つ人、島内への移住を希望する人に、
“働く”こと、“仕事をつくる”ことをあらためて考えるきっかけを与えている。
島外からスーパーバイザーやアドバイザー、デザイナーを招き、
島という閉鎖的なイメージになりがちな立地を、オープンにしたことも評価され、
いまや、地方での仕事づくりや働き方のロールモデルとなっている。

この事業のひとつ「淡路島ならではの付加価値商品開発」は、
商品の企画開発からパッケージデザイン、試験販売までをワンストップで行い、
全国向けの販路開拓も積極的に行っている。
こうした開発のノウハウは島内の事業希望者に対して広く公開され、
地域に還元されているのも特徴だ。
昨年、コロカルでもその開発の様子をお伝えしたが、
今年も新たに4商品が開発され、
11月24日(火)より渋谷ヒカリエで商品発表会を行うということで、
昨年に引き続き商品開発の舞台となった淡路島を訪れた。

実践支援員のみなさん。左から竹下加奈子さん、藤澤晶子さん、大村明子さん、加藤賢一さん。

商品開発には12件の応募があり、平成27年度は4件が採択された。

・ 建材としての新しい瓦製品
・ 淡路島の花をとじこめた石けん
・ 淡路島産デュラム小麦の小麦粉
・ 島の自然素材で作った日用道具

この4件の開発の現場を知るために、淡路島中を巡った。

淡路瓦をシンプル&モダンに

淡路島は瓦の三大産地のひとつとして知られている。
特に、南あわじ市の津井は、約80社が集まる淡路島を代表する産地だ。
淡路瓦の特徴は、焼き上がりのあとに燻す工程があること。
燻すことで、表面は強く、耐久性を増し、
“いぶし銀”の由来の通りの鈍くて渋みのある銀色を帯びる。
いまだに島内の住宅の多くに使われているが、
家のデザインが西洋様式になってきたこと、屋根材の種類が豊富になってきて、
淡路瓦以外の選択肢を選ぶ人が増えたことに、関係者は危機感をもっていた。

瓦の窯元である〈株式会社タツミ〉の興津祐扶(ゆうすけ)さんもそのひとり。
「一般の人に使ってもらう機会が少なくなってきているので、
“瓦といえば昔ながらのもの”というイメージを払拭したいと思いました。
それに、タツミ一社だけではなく淡路の地場産業として、
淡路瓦の業界全体が上向きになってくれればと思い、企画書を出しました」
その企画が、「淡路瓦の建材としての利用」。
香川県高松市の仏生山温泉などで活躍する建築家岡 昇平さんと
家具のデザインを手がけるアンチポエムの松村亮平さんのふたりで
〈こんぶ製作所〉というユニット名でデザイナーとして開発に携わった。

「水を弾く、表面がかたいという利点からも、
エクステリアや床材としての利用も検討したのですが、
やはり屋根であってこその淡路瓦だろう、と。
しかし用途が屋根だけだと需要が少ないのも事実。
そこで、ひとつのパターンの瓦で、壁材としても、屋根材としても使えるような、
現代の感性に合った新しい和瓦をつくろうということになったのです」
と話すのは、実践支援員の竹下加奈子さん。

岡さん、松村さんの提案は「現代の建築に合うシンプル・モダンなデザインの瓦」。
湾曲しているのが定番の瓦を“あえてフラットに”というのは岡さんの発案だった。
さらに、薄いほうがモダンに見える、と瓦の薄さにもこだわった岡さん。
途中で割れるリスクもあり、薄く焼くのは熟練の職人でも難しかったと
興津さんも開発当初を振り返るが、「それでも企画や方向性を決めるのが
一番難しくて、試作は少なくて済みました」と言うから、
淡路島で育まれる確かな技術力があってのことだったのだろう。

淡路島の瓦産業はパーツごとに製造する完全分業制で、
タツミは、鬼瓦とのし瓦を専門につくっているが、
門や塀に使う小瓦だけ、軒の部分の瓦だけという工場(こうば)もある。
一棟の家の屋根を葺くのに、複数社のメーカーが関わる。
そのため“競合”というより“協業”の意識があり、強い連帯感を持つ。
それぞれのメーカーで製造しているものが違うので、不公平が出ないよう、
「特別な金型が必要でなく、どのメーカーでも製造できる瓦をつくる」ということも
クリアしなければならなかった。

こうしてできた瓦は、大きさいろいろ、厚みも選べて、幅も3種類用意した。
さらに、岡さんのリクエストにより、
はけ土と呼ばれる上塗りの土を塗らないようにしたことで、
経年変化しやすいうえに、色の焼きムラが出る。
昔は均一に焼くのがいい職人の仕事とされてきたが、
「この一枚一枚のムラが並べたときにかえっていい表情になる」のだと、
興津さんは言う。
模様は〈つるつる(フラット)〉と
縦方向に無数の線が入った〈しましま(スクラッチ)〉。
それぞれ1種類だけを使ってもいいし、
ミックスしてもスクラッチがほどよいアクセントとなってかっこいい。
何より、ランダムに並んだ瓦は陰影が美しい。
見る角度によって、銀色の濃さ、薄さ、スクラッチの強弱も異なり、
それも家の個性となる。そんな自由な使い道が新しい瓦は、
〈まちまち瓦〉と名づけられた。

屋根だけでなく、壁でも使える瓦。きめ細かないぶし銀が美しい。

器をつくるかのような瓦の制作風景。瓦の土もすべて淡路島で採れる。

実践支援員の竹下加奈子さんと、提案者の興津祐扶さん。

淡路島の花をぎゅっと詰め込んだ石けん

昨年度、淡路島の花々の香りを閉じ込めた
エッセンシャルオイル〈Suu(スウ)〉を開発したように、
淡路島と言えば“花”というイメージは強い。
特に、淡路島は県下一の花の産地で、大事な地域の産業となっている。
その淡路市でカレンデュラ(マリーゴールド)を栽培している花農家の廣田さんは、
はたらくカタチ研究島の研修で観賞用以外にもハーブとしての用途を知り、
無農薬栽培に一部切り替えた。
五色ふるさと振興公社による「菜の花ひまわりエコプロジェクト」のひまわり油と、
アイランド・ラベンダーのエッセンシャルオイルを閉じ込めた石けんは
〈Suu BOTANICAL SOAP〉という名になった。

デザインは、増永明子さん(マスナガデザイン部)。

石けんの原材料となるひまわり油の生産現場を案内してくれたのは、
洲本市役所の農政課でエコプロジェクトを推進する野口拓真さん。
油の食用以外での活用方法として、石けんの商品開発を提案した人でもある。
複合施設ウェルネスパーク五色の一角にある、
菜種油とひまわり油の搾油所と、バイオディーゼル燃料の精製所にうかがった。
10月の取材時にもまだ咲いていたひまわり。ひまわりって夏のものでは?
「菜の花(菜種)との二毛作の農家さんも多いので、いま咲いているひまわりは、
7月に種を蒔き、10月に咲き、10月後半から11月初旬に種を収穫するんです」
と野口さん。5月に種を蒔き、7月に咲くひまわりの花もあるが、
温暖で日照時間の長い淡路島だからこそできる、秋のひまわり。
なかには、無農薬で栽培する農家さんもいるのだという。

いいひまわりの種の条件は、かたくて大きいもの。
花をしっかり枯れさせて、その種を採取する。
種は90度で20分間焙煎してからゆっくりと搾油機で絞る。
残った油かすは肥料や飼料になり、“循環”していく。
もちろん、食用にしてもおいしいひまわり油。
あっさりしていて、油臭さがないのが特徴だ。
また、ビタミンEを多く含むことから、
健康の面からもひまわり油が見直されることが多いのだという。

“循環”といえばもうひとつ。
家庭で使い切ったひまわり油を含む食用油を回収し、
バイオディーゼルエンジン車の燃料用として精製。
市内を走るバス2台や、フォークリフトの燃料になっている。
年間1万5000リットルもの廃油を回収している、エコ最前線の市なのだ。

バイオディーゼル燃料で走るフォークリフトは車体もひまわり色。

Suu BOTANICAL SOAPの試作は2回。
無添加の石けんづくりを行う、兵庫県三木市の石けん製造会社へ依頼して、
火を入れず、石けんの反応熱のみを使い、
ビタミンなどの成分をできるかぎり残す、コールドプロセス製法でつくられた。
サンプルをつくっては関係者などに配り、
色や香り、使用感についてフィードバックをもらってできたのが、
カレンデュラの花びらが散りばめられた、見た目にもかわいらしい石けん。
ひまわり油とカレンデュラの保湿成分で、洗いあがりはしっとりとし、
ラベンダーが心地よく香る。
「太陽の恵みを、花を通じて石けんに閉じ込めました」と実践支援員の藤澤晶子さん。
淡路島の花を凝縮させたこの石けんは、実販売の機会をいまかいまかと待っている。

洲本市役所の野口拓真さん。BDF(バイオディーゼル燃料)の普及など、エコプロジェクトに取り組む。

よく枯れたひまわりとその種。今年は少し小粒なのだそう。

カレンデュラの花びら。石けんにたっぷり混ぜる。

淡路島産だから“アイランド・ラベンダー”と呼ばれる、香り高いラベンダー。

日本一のみかん産地を長年にわたって支える〈小林果園〉

日本一のみかんの故郷、八幡浜市向灘地区

“愛媛県産のフルーツ”と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるであろうフルーツ、みかん。
みかんの花は愛媛県の花とされ、1952年に制定された県旗にも描かれていて、
さらに愛媛県イメージアップキャラクター「みきゃん」のモチーフもみかんなのです。
柑橘王国として知られる愛媛県にとっても、
みかんは身近ながらも特別な思い入れのあるフルーツともいえる存在とも言えるでしょう。

そんな愛媛のみかんの中でも御三家と呼ばれているのが、西宇和地区で育てられている
〈日の丸みかん〉〈川上みかん〉〈真穴(まあな)みかん〉。
この御三家の中でも日の丸みかんは毎年のように“日本最高峰”の評価を得ているだけでなく、
初売りで日の丸みかんの単価が良かった年は
全国のみかんの単価も上がると言われているほど特別なみかんです。

見渡す限り広がる西宇和の海と、みかんがたわわに実った園地。風光明媚とは、まさにこの風景。

その産地となるのが愛媛県西端にある八幡浜市向灘地区。
海に囲まれた海岸部は典型的なリアス式海岸で、起伏の多い傾斜地が連なり、
平野部は極めて少ない地域です。
そして驚かされるのが、海を面した山々のほとんどが見事な段々畑になっていること。

「向灘の特徴は全面南向きで朝から晩まで日が照っていること。
その勾配が全部段々畑になっていて、さらに砂地で水はけがいい。
だから糖度があるのに酸味が少ないみかんが育つんです」と話すのは、
3代にわたり向灘地区でみかんの生産を続け、
日本一のみかん産地を長年にわたって支えてきた〈小林果園〉の小林聖知さん。

取材で訪れた10月下旬は「極早生(ごくわせ)」という品種のみかんの収穫時。実ったみかんを、ひとつひとつ手で収穫します。

みかん園に鳴り響く「パチン、パチン」というリズミカルな音。まず枝から実を収穫バサミで切り離し、すぐさまみかんに傷がつかないようヘタ部分を平らに切り落とす二度切りの作業がこの音の正体。

「みかんは日が当たれば当たるほど糖度が上がるんですよ。
よく“3つの太陽”と言うんですけど、
“お天道様の太陽”“宇和海からの反射光”“段々畑の石垣からの反射光”。
あと最近は、みかんづくりへの情熱が4つ目の太陽とも言われるんですけど、
この太陽によって甘くてコクのある、おいしいみかんが育つんです」

段々畑の石垣。100年以上も前に、この地でみかん栽培をはじめた先人たちが築いた歴史を物語ります。

現在では10もの園地を管理し、みかんを育てている小林さんですが、
彼がつくるみかんのもうひとつの特徴はその皮の薄さ。
「実際に皮をむいてもらったらわかるんですけど、もう薄い。
うちの子どもが3歳なんですけど、よそのみかんだったらひとりで皮をむけるのだけど、
うちのみかんだと実に指をつっこんでしまうから“皮がむけんので、もいでくれ”って言う。
それくらい違いがあるんですよ」

安曇野で 世界でも珍しいビオホテルを 八寿恵荘 後編

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カミツレの里・沿革

紅葉の美しい秋の日。
北アルプスの山々に囲まれた豊かな自然の中。
コロカル取材班は長野県北安曇郡池田町にあるカミツレの宿〈八寿恵荘〉を訪れた。
今年5月に誕生した日本で第一号の“ビオホテル”である。

“ビオホテル”とはオーガニックでエコなホテルの認証。

もともと八寿恵荘は農薬不使用カモミールの商品開発で知られる
カミツレ研究所の保養施設としてつくられた。
カミツレ研究所には有機カモミール農園と工場、有機野菜の畑があり、
敷地面積は約4万坪。
カモミールを用いた入浴剤やスキンケア商品を製造・販売している。

建材、環境、寝具、食事など、自然素材にこだわり
安心して心地よく過ごせる宿として
今年5月にリニューアルし、“ビオホテル”として認証された。

この日はちょうど有機栽培されたジャーマンカモミールの定植の作業中。
カミツレとは薬効成分のあるハーブとして知られるジャーマンカモミールのこと。
保湿効果、そして消炎に効果があると言われる。
日本でも古くから漢方薬のひとつとして使われてきた。

八寿恵荘を経営する
株式会社相互のカミツレ研究所の北條裕子さんにお話をうかがった。

日本で第一号の“ビオホテル”。安曇野にあるカミツレの宿 八寿恵荘。

「父は安曇野で生まれて、東京に印刷会社・株式会社相互を立ち上げたんです。
1982年 ハーブティーなどの文化が日本に入り始めたころ、
ハーブの印刷物を扱ったんです。それが父にとってハーブとの最初の出会いで、
それをきっかけにハーブの事業を始めました。私はそれを引継いだんですね。
ちょうどそのころ父は喉頭がんを患っていたんですが、
先生に漢方を薦められて、完治したんです。
自分が助けられた植物でみなさまのお役に立てないかと考え、
薬効の高いと言われるカモミールを広げていこうとハーブの事業を立ち上げた。
つくるなら安心・安全なものがよいだろうと、
原料から国内でつくっていこうと研究をしていて、
それを大学生の私はずっと見ていたんですね」

最初は印刷会社のなかの一部門として立ち上げたハーブ事業。
事業としては今年で34年目になる。
北條さんがカミツレ研究所として引き継いで20年。
6年ほど前に安曇野に〈カミツレの里〉をつくったが、
3年前に無垢の木を使ってリフォームする計画が立った。

「そんなとき、日本ビオホテル協会の中石和良さんと中石真由子さんと知り合い、
ビオホテルの存在を知りました。
日本ビオホテル協会さんの向かっている方向と
八寿恵荘の目指す方向は一致したので申請させていただきました」

もともと食材や調味料にはこだわり、お風呂の洗剤も無添加のものを使っていた。
それをリニューアルを機にリネンや床、
ボイラーなども含めて徹底して環境と健康にこだわるつくりにしたという。

カモミールエキスのお風呂。窓から安曇野の自然が一望できる。カミツレ研究所ではシャンプー、石けん、ボディソープなどカモミールエキスを利用した商品をつくっている。

ビオホテル認証の条件

一般社団法人日本ビオホテル協会(以下BHJ)の、ビオホテル認証の条件は厳しい。

 1. 食べ物、飲み物は基本的にすべてがBHJ認証のものであること
 2. ボディケア・スキンケア用品にはBHJ認証を受けた製品を使用すること

提供する食材・食品や製品などについては、原材料の栽培方法、成分、加工工程、
さらに流通過程にわたる詳細なガイドラインが設定されている。
生産者や生産地、栽培方法、加工工程、流通過程が明確なこと、
健康を害する物質を使用していないこと、
生態系や環境への負荷に配慮した生産方法でつくられた生産物や食品、
製品であること、可能な限りその近郊の地域のものを選ぶことなどを
ガイドラインに定めている。

さらに、 タオルやベッドリネンがBHJ認証のものであること、
施設・建物の内装材、建材などが自然素材であること、
CO2削減を中心としたエネルギー資源マネージメントに取り組むことなどを
推奨している。
食べ物、飲み物の設定基準は、
達成度合いに応じて「リーフ数」により格づけされる。
ミシュランの星の格づけのように葉っぱの数で評価し、
5リーフと4リーフに格づけされた宿泊施設がビオホテルとして認証される。

「認証にあたって、いかに環境に配慮しているか、
館内がどれだけ自然なものを使っているかを徹底しました。

日本で第一号のBIO HOTEL®認証。一般社団法人日本ビオホテル協会は、ヨーロッパのビオホテル協会(Die BIO HOTELS)と連携して、健康と環境に配慮したホテルの認証を行っている。

8種類の木を使った天然素材ホテル

クリ、スギ、アカマツ、サクラ、タモ、ケヤキ、ナラ、ヒノキ。
基本の木材は地元、長野県池田町の8種類の木を使っている。
長野県大北地域、一番遠くても長野県内の材。
それぞれの木の特徴を生かし、床材はアカマツ、柱はヒノキ、など。
建築はエコ建築で有名な山田貴宏さんにお願いした。

「木のぬくもりを感じてほしいので、スリッパを履かずに済むよう
床暖房を入れました」と

床暖房のためのボイラーもこだわった。
通常ボイラーは灯油を大量に使うが、八寿恵荘では
間伐材や松くい虫でやられたアカマツをチップにして
床暖房やお風呂を沸かすボイラーに使っている。

「松くい虫の被害にあった木はまちの外に持っていくことができないんです。
伐採して燻蒸するなど、地域で処分する必要があります。
それをチップにしてボイラーで活用しています」

カミツレ研究所の商品のメインとなるのはカミツレエキスの入浴剤。
34年間つくり続けている。
これをウッドチップのボイラーで沸かしたお湯に入れた
“華密恋(かみつれん)の湯”が八寿恵荘の自慢。
土日祝日は日帰り入浴も可能になっている。

「タオルやベッドリネンは、オーガニックコットン100%のもの。
枕カバーはカモミール染めをしています」

使い捨てのカミソリ、歯ブラシなどを置かずに、
洗面用具は持参してもらうようにお願いしているという。
そのかわりカミツレ研究所でつくられたスキンケアの商品は
各種、館内にて自由に使うことができる。
宿泊される方に会話をしてほしいからとテレビも置いていない。

木材は地元、長野県池田町の8種類の木を使用。それぞれの木が部屋のキーホルダーになっている。

こだわりのオーガニック食材

認証取得にあたり一番苦労したのは食材だという。
BHJの基準では、すべて無添加のもの、無農薬のものを使わなければならない。
自社の菜園での有機野菜の栽培があるものの、すべての食材というのはとても大変。
有機野菜販売のネットワークを利用したり、
地域の伝統的な食材、食文化を取り入れるなどの工夫をした。

「宿泊される方に昔ながらの薪割りとかまど炊きを体験してもらおうと、
かまどをつくりました。宿泊者の方と一緒に薪を割り、
かまどで地元、池田町の有機栽培コシヒカリを炊いています」

その日出された夕食は、自社農園で採れた有機野菜やカモミールの天ぷら、
カモミールとじゃがいものコロッケ、
洋梨とカモミールのサラダといったカモミールを使ったオリジナル料理。
メインは信州味噌と長野県産のハーブ鶏のグリル。
地元の金糸瓜、自社の畑でとれたナスタチウム、
しめじとほうれん草のおひたしなどだ。
ご飯はかまどで炊いた地元池田町の有機コシヒカリ。キノコと里芋のお味噌汁。
池田町の地酒で蒸したしいたけ。間引きした玉ねぎのポトフなど。
「ここでしか食べられない地場の食べ物を出していけたら」と、
料理人の小林佐和子さん。食を通して地域のつながりをつくっていきたいと考える。

野菜は自社の畑か地元池田町のもの。キノコなどは一部、有機野菜販売のネットワークも使用している。オーガニックで地産地消の食材や調味料を使うこともビオホテルの認証基準。

有機野菜は可能な限り、自社の畑でつくっている。

ご飯はかまど炊き(有料)。三重県の愛農窯。ピザの石釜にもなる。宿泊者は薪割り体験もできる。自分で割った薪で炊いたご飯は格別。

健康や自然環境に配慮した “ビオホテル”が日本にも誕生! 八寿恵荘 前編

日本で第1号のBIO HOTEL

日本で第1号のBIO HOTELが誕生した。
長野県の安曇野にあるカミツレの宿〈八寿恵荘〉。
ハーブの里としても有名な池田町にある。
”BIO”とはオーガニックのこと。

ヨーロッパを発祥とするBIO HOTELは
世界で最も厳しいオーガニック基準を規約とするホテルの認証である。
食べ物や飲み物、コスメ(シャンプー・石けん・スキンケア用品)は、
すべてオーガニック*。
タオル、ベットリネン類、施設の建材や内装材も
可能な限り自然素材の使用を目指し、CO2の排出削減など、
滞在するゲストの健康や自然環境に配慮したホテルだ。

*ヨーロッパのBIO HOTELは、オーガニック/BIO認証を取得したプロダクトだけで
構成されている。日本は、それに準じた独自の基準を設定している。

BIO HOTELの名は、環境配慮型ホテル協会(本部オーストリア)が認証したホテルに与えられる。一般社団法人 日本ビオホテル協会代表の中石和良さん(左)と中石真由子さん(右)。真ん中はヨーロッパのビオホテル協会の創設者で事務局長のLudwig Gruber氏。写真提供:一般社団法人 日本ビオホテル協会

ヨーロッパのビオホテル協会(Die BIO-HOTELS)は、
2001年にドイツやオーストリアなどにある志の高いホテルや
BIO生産・流通団体が集まり発足した。
ドイツ最大の民間有機認証団体〈Bioland〉もサポートをする。
ビオホテル協会の厳しい基準を満たして認定を受けたホテルは、
現在ドイツ、オーストリア、イタリア、スイス、フランス、スペイン、ギリシャを中心に7か国、約100軒(※2015年9月現在)あり、
現在、認定申請中の施設も多数あるという。

〈BIO HOTELS JAPAN(一般社団法人日本ビオホテル協会)〉は、
ヨーロッパのビオホテル協会の公認を受け、日本で2013年5月に発足した。
日本では、BIO HOTELそのものを普及させるだけでなく、
BIOというライフスタイルを提案していくことをミッションとしている。

BIO HOTELではオーガニック料理のイベントなども開催。日本ビオホテル協会がセレクトしたBIOの商品、オーストリアワイン大使によるBIOワイン、自然栽培料理家KatiesによるBIO料理をGATHERINGというかたちで表現した映像。

日本でビオホテル協会を立ち上げたのは中石和良さんと真由子さんのご夫婦。
もともと和良さんは30年以上、大手家電メーカーなどの企業で
経営企画部、財務経理、マーケティングの仕事をしてきた。
奥様である真由子さんは、アパレルの仕事からスタートし、
不動産会社の経営企画や営業職、外資でのホテル投資ファンドに在籍し、
幅広くさまざまな仕事をされていた。
ふたりともオーガニックとは無縁の業界。
いったいどのような経緯でビオホテル協会を立ち上げたのだろうか。
和良さんにお話を伺った。

「まず、オーガニックを生活に取り入れたきっかけは、自分自身の健康でした。
実はずっと偏頭痛に悩まされていたんです。日常生活ができないくらい。
市販の薬ではきかず、専門医に通う日々。
体質改善をしようと2年以上菜食にしたのですが、なかなか治らない。
しかし食材をオーガニックにして、
科学的な添加物がないものを選ぶようになりました。
ストイックになりすぎず、少しだけそのことを意識した暮らしをしてみたら、
50年悩んでいた偏頭痛がすっと治っちゃったんですね」

それから本格的にオーガニックを生活に取り入れたという。

「今思うと、起業の転機はリーマンショックにあったかもしれません。
妻が働いていた外資系企業の部門が解体されたんです。
それを転機に妻はオーガニックの料理教室を始めました。
オーガニックでナチュラルな生き方、ライフスタイルを広げていくことで
みんな幸せになれるんじゃないかという想いがあって。
それから、お米や農作物など、オーガニック生産者の販路開拓や
ブランディングをやってみましたが、
なかなかライフスタイルやカルチャー発信にまでは至らないもどかしさを感じました。
もっと大きな広がり、影響力のある発信ができないか。
たまたまオーガニックワインの輸入していた友人が
ビオホテル協会のことを教えてくれたんです」

中石さんは、このモデルを日本にも広めていきたいと考えた。
2011年にそれまでいた会社を辞めて、
ヨーロッパのビオホテル協会を訪ねることにした。

雄大なアルプスを背にするHOLZLEITENの正面。写真提供:一般社団法人 日本ビオホテル協会

HOLZLEITENの裏庭。写真提供:一般社団法人 日本ビオホテル協会

オーストリア・インスブルック郊外にあるHOTEL HOLZLEITENのSPAエリアのプール。
塩素消毒はせず、天然塩とステンレスタンクで消毒している。目を開けても痛くないそう。奥に見えるのは、純粋なナチュラルウォーターのプール。写真提供:一般社団法人 日本ビオホテル協会

HOTEL HOLZLEITENの室内。コンパクトなベッドとベッドメイクがヨーロッパの特徴。写真提供:一般社団法人 日本ビオホテル協会

“食と職”を 大切にした日常の沖縄 琉Q 後編

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観光ではない、沖縄の姿

〈琉Q(ルキュー)〉は、沖縄県産にこだわったブランド。
もともと障がい者就労支援のために生まれたブランドであるが、
商品のクオリティの高さから人気を博している。

海水塩や島胡椒のピィパーズ、コレーグース、アセローラジャム、
パッションフルーツバター、塩パインバターなど、
名前を聞くだけでおなかが空いてきそうなものばかりだ。

「沖縄のイメージとなると、南国、海、青い空。
それらはもちろん素晴らしいのですが、日常的にいいものもたくさんあります。
それらを紹介していきたいというのが琉Qのコンセプトです」と話すのは、
仕掛け人のひとり〈沖縄広告〉の仲本博之さん。

できたて新鮮なアセローラジャム。

アートディレクターは渡邉良重さんと植原亮輔さんによる
デザインユニット〈KIGI〉に依頼した。
KIGIのことは、〈D-BROS〉のプロダクトを手がけていたことなどで知っていたという。

「沖縄で広告関係の仕事をしていると、
“ハイビスカスやシーサーを入れて青っぽく”というような発注が多いのです。
でも、沖縄に住んでいる僕からしてみると、意外と曇り空が多いことも知っています。
KIGIのいい意味でクールなデザインで、
外部からの沖縄のイメージではなく、普段の沖縄を表現したいと思ったんです。
まったく面識はありませんでしたが、突然連絡して熱意だけでお願いしました(笑)」

打ち合わせを重ねているうちに、
「沖縄もまだまだエキゾチックだし、わからない部分も多い」という話になった。
そこで生産者からの言葉をQ&Aというかたちで打ち出していこうとなった。
そこから〈琉Q〉というブランド名が生まれた。

ホームページもただ商品紹介をするに留まらず、ユニークな仕掛けになっている。
沖縄に関する素朴なQ=質問を県外の人から集め、
それに対して“しまんちゅ”が答えていく。
質問は観光スポットを尋ねるものや、ライフスタイルに関するものなど。
なかには「ニガイのが苦手ですが、ゴーヤーのおいしいレシピは?」というQに対して、
「暑いところに行ってください。自然に苦いゴーヤーを身体が欲します」という、
答えになっていないような厳しめの(!?)回答も。
通り一遍の観光的沖縄ではなく、
もっと生活に根づいているリアルな沖縄を感じてほしいという思いだ。

元気に育った塩パイン。

沖縄ならではの農作物から

実際に、人気商品である〈東村の塩パインバター〉の原料である
塩パイン農家のカナンスローファーム・依田啓示さんを訪れた。
那覇からかなり北上した、沖縄本島北部の東村にある。

塩パインとは、海水を与えながら育てたパイナップルのこと。
ここでは7種類のパイナップルを育てているが、
琉Qの塩パインバターに加工されているのは、スナックパインとスムースカイエンだ。
土からも海水を吸わせ、上からも海水をかける。
海水に含まれるミネラルが効果てきめんなのだ。少し小ぶりだが、甘味がとても強い。
もちろん化学肥料や農薬は一切使っていない。

カナンスローファームのハウス。パインのほかにもドラゴンフルーツもある。

パイナップルは真夏が最盛期。11月ごろになると酸味が出てくるというが、
加工品にはそのくらいの時期のものがいいらしい。
こうして加工された塩パインバターは、果肉もたっぷり、とてもやさしい甘さに仕上がる。

カナンスローファーム・依田啓示さん。

ローカルから取り組む、 グローバルへの挑戦 〈MORE THAN プロジェクト〉

Web、コンテンツ、コミュニケーション、空間、イベントなどの“デザイン”を手がける
クリエイティブ・エージェンシー〈ロフトワーク〉がお届けする
「ロフトワーク ローカルビジネス・スタディ」。
連載第3弾は、日本発の商材・サービスを海外へ届けたい中小企業と
プロジェクトチームのビジネス機会創出・魅力発信を行う、
経済産業省の〈JAPANブランドプロデュース支援事業〉
(通称:〈MORE THAN プロジェクト〉)について。
昨年に続き、今年もプロジェクトマネジャーを務める秋元友彦がご紹介します。

MORE THANプロジェクトとは?

「日本のイメージって、どんなもの?」と、海外の友人に尋ねたら、
こんな答えが返ってきたことがある。
「えーっと、フジヤマ、サムライ、スシ、ゲイシャ……?」
私は少しびっくりしてしまったが、その友人は冗談ではなく本気でそう思っていたようだ。
地域の特色ある食品・工芸品・お祭り、おもてなし精神が宿った施設やサービス、
世界を奮させるコンテンツ、先端技術だってあるのに。

これは、〈MORE THAN プロジェクト〉のコンセプト文の一部です。
「いやいや、もっと伝わっているはずなのに」と、
私たちプロジェクトメンバーも半信半疑でしたが、
海外に行ってみてこれは現実のことなんだと実感します。
そんな、まだまだ伝わっていない日本の“今”の魅力をもっともっと海外の人に届けたい ——そんな思いから本プロジェクトは始まりました。

あるようでなかった新しい仕組みのプロジェクト

海外進出を目指す中小企業の多くは、海外の展示会(見本市)に出展します。
しかしいざ出展しても、現地の知見や海外展開のノウハウがなく、
言葉の壁もあって思うようにいかず、
商品の魅力を伝えきれずに商談がうまくいかないことも多々あるそうです。
また海外向けに新たに商品開発を行うことも重要で、
これにも現地のビジネス慣習やデザインの知識が必要になります。

これまでの国主導の「日本企業の海外進出支援」は、
展示会への出展費や商材改良のための開発費を補助金として拠出するというパターンが
主なものでした。

MORE THAN プロジェクトとは、
海外に挑むローカル企業が自信をもって製品の魅力を伝えて海外進出を成功させるために、
地域企業とタッグを組む経験豊富なプロデューサーやデザイナーの活動資金を一部支援し、
海外での商談成立(商品取り扱いの実現など)を目指すプロジェクトです。

ロフトワークは、2014年度から事務局として本プロジェクトに携わり、
クリエイティブやコミュニケーションをサポートしています。

“地域から都心へ”ではなく、“地域から世界へ”

プロジェクトチームのひとつ〈播州刃物〉は、播州地域に住むデザイナーが立ち上げ、
プロデュースしている刃物ブランドです。
兵庫・播州地域の刃物産業は後継者不足が課題となっていました。
高齢化で工場を畳む職人が増え、そのためにほかの工場にしわ寄せがきて、
後継者育成まで手が回らない……という悪循環。
そこで、OEM(委託者のブランドで製品を生産すること)ではない、
組合独自の製品をつくり、価格もこれまでの相場と比べて約2倍に設定しました。
個々に活動していた職人たちを〈播州刃物〉というひとつのブランドで組合化し、
一社に負荷がかかりすぎないようにしながら
商品価値を高めるビジネスモデルがつくられました。
プロデューサーは、そのブランディングからデザイン・広報までを一手に引き受け、
播州刃物は海外のセレクトショップや美容室で取り扱われるなど、
海外で数々の商談を成立させています。

もうひとつの播州刃物の課題は、
刃物を長く使うためのカルチャーを理解してもらった上で活用してもらうこと。
刃物は研がないと劣化するのに、海外では研磨できる職人がいません。
ブランド誕生から3年目のいま、現地に研ぎ師のネットワークとビジネスモデルを形成し、
販売網を徐々に広げています。2015年のグッドデザイン賞ではその取り組みが評価され、
ビジネスモデルの部門でBest100に選出されました。
播州刃物はMORE THAN プロジェクトが始まる前から活動しているブランドですが、
その活動プロセスの一部にMORE THAN プロジェクトの補助金や
ネットワーク間のコミュニケーションも活用した事例のひとつでしょう。

地域から都心ではなく、直接世界へ。「地方だから仕方ない」と思う必要はありません。
いいものがあれば自分たちの力で盛り上げる、
それが難しければまずは誰かと共に取り組むことも成功への架け橋となるはずです。

障がい者が参加できる ブランドをつくる 琉Q/4NA4NA 前編

障がい者作業の工賃アップ作戦!

〈琉Q(ルキュー)〉は、沖縄県産にこだわったブランド。
海水塩や島胡椒のピィパーズ、コレーグース、アセローラジャム、
パッションフルーツバター、塩パインバターなどを発売している。

この生産には、県内の障がい者の方々が製造に関わっている。
おもな作業は掛け紙、ラベル貼り、梱包などだ。
施設でビンの管理をしてもらい、近くの工場まで配送するという仕事もある。
これらの仕事をコーディネートしているのは、
障がい者を支援する県の外郭団体である〈一般財団法人 沖縄県セルプセンター〉の
萱原景子さんだ。

「施設それぞれで、商品をつくっては売るということをやっていますが、
もちろんものづくりも販売もプロではなく素人集団。
デザインの概念もありませんし、同情で売れていることが多いです」という萱原さん。

沖縄県セルプセンターの萱原景子さん。

全国の障がい者の就労施設では、施設利用者がさまざまな仕事に従事している。
しかしその工賃は、
全国平均で1か月に14,377円(平成25年度/厚生労働省障害福祉課調べ)だ。
国は、工賃を倍増させようと試みているが、なかなかうまくいかないのが現状である。
商品の力をつけて売る手法を考えないと、利用者の工賃を上げることはできない。
そこで〈沖縄広告〉とともに、このような現状を打破すべく動き出した。

「各施設でつくっているものをお祭りやフェアなどで販売するお手伝いから始めました。
しかし、どうしても商品のクオリティが高くないなかで、情で買われてしまいます。
そういうコミュニケーションの仕方には、限界があると思うんです」
と話してくれたのは、沖縄広告の仲本博之さん。

社会貢献として捉えられてしまい、一時的な売り上げにしかならない。
日常としては受け入れてもらえない。そこで考え出されたのが、〈琉Q(ルキュー)〉だ。
ブランド化し、障がい者のストーリーはあくまでバックグラウンドにすることで、
消費者に感覚的に共感してもらえる商品でなくてはならない。
まずは、沖縄の各地でつくられている滋味豊かな食を、
デザイン性も高く、パッケージする。
ここに共感を持ってもらうことが大切だった。

沖縄広告の仲本博之さんは、沖縄生まれのしまんちゅ。

これまでは施設が自由につくったものを売るという流れだったが、
ひとつのブランドをつくり、
その中のいくつかの作業を施設に発注していくという流れに変えた。
ものづくりのフローを逆向きにし、まずは商品力を高める。
結果、売り上げが伸びることで、生産数を増やしたり、
新しい商品や工程を生むことで工賃に還元できる仕組みだ。

“もの自体の良さ”で売っていくということは、
市場のものと同じ土俵で勝負するということ。その意味では、クオリティも重要だ。
クオリティを一定に保って、納期を守る。
ごく当たり前のことのように思えるが、施設だとそれが難しい場合もある。
消費者に言い訳はきかない。ここに矛盾があるという。

「仕事ではあるけど、施設にとって、一番は利用者さん。
無理をしてまでやらせたくないという心情が働きます。
それで納期が遅れていくということもあります」(萱原さん)

「国が工賃アップといいながらも、福祉とビジネスは切り離して考える風潮があります。
日本が抱える問題がコンパクトなかたちで表れていると思います」(仲本さん)

地方は売り込みのアイデアを求めている。トヨオカ カバン アルチザン アベニュー 豊岡まちづくり株式会社 林 健太さん 後編

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豊岡まちづくりの軌跡 “デザイン”より “ものづくり”

国内最大の鞄の生産地、兵庫県豊岡市。
その生産量は日本産の鞄のおよそ7割を占める。
いま “鞄” を核としたまちづくりプロジェクトが進行中だ。
前回に引き続き、
豊岡まちづくり株式会社のマネージャー林 健太さんにお話を伺った。

林さんにとっての“つくる”とは何だろうか?

「自分にとっては “つくる”仕事しかしていないので、
つくることがすべてですね。“ものづくり”によるまちづくりです。
グッドデザイン賞のプレゼンで生意気にも、一部のデザイナーが
“絵”だけを書いて、コミュニティデザインと言っているのはおかしいと批判したんですね。
本来のデザインとは問題解決だと思っています。
ただ絵だけかっこよくても、それって? と思うことがありまして……。
僕たちは デザインだけではなく “ものづくり”チーム。
しっかり考えたうえで、デザインは都会の人に任せればいいとも思っています。
言葉は悪いですが地方はそういうことを使いこなすことが
必要だと思っています」

重要なのは“イメージしたものをかたちにする実践的な能力”だという。
しかしデザインについて言及しつつも、
〈トヨオカ カバン アルチザン アベニュー〉は実におしゃれな内装。
空間デザインにこだわりがあるようにも見える。
手元の資料には〈トヨオカ カバン アルチザン アベニュー〉の
建築デザイナーはイタリア人とある。
「まずは、建築でものづくりを感じて欲しかった」と林さんは話す。

もともと“鞄”に興味があったわけではなかった

林さんは豊岡のまちづくりに関わって5年目、移住して3年目、
トヨオカ カバン アルチザン アベニューをオープンして2年。その業績は好調。
“ものづくりによる地域活性化”事例としてメディアからも注目され、
全国から視察も多い。

しかし林さんは豊岡が故郷ということでもなく、
特に鞄が好きというわけでもなかったという。

「もともと特別に“鞄”に興味があったわけではなかったんです。
そもそもは大学では建築の勉強をしていて、その後は店舗のプロデユースや、地域づくりの仕事をしていました。
豊岡のまちづくりに関わるうちに、地域の魅力を最大化するために
結果的に地場産業である鞄に関わることになった。
だから鞄に関わっていますが、
やっていることは“まちづくり”なんです。
つまり人を豊岡に集めるために鞄に取り組んでいます」

豊岡まちづくり株式会社林 健太さん。

林さんはまちづくりの基本的な考え方として、
例えば外部からちょこっと地域に通って
コンサルしているだけではダメだ、と考えているという。

「何かやるときにはリスクをとらないとダメだと言われました。
僕の場合は“移住をする”ということでした。
また、前の会社の社長に言われたんです。
一生に一度は男は腹をくくってやるべき時がある、と」

3年前、林さんは大阪の企画会社を辞め、豊岡の住民となり、
豊岡まちづくり株式会社に呼ばれて就職した。

「地方は売り込みのアイデアを求めているんです。
チャンスが欲しい都会の若者は会社で社会勉強したあとは、
田舎に行って住んだらいい。
田舎に行って実力を試したらいいと実感しました。
東京はライバルが多いけど、田舎はライバルは少ないんです。

仕事がたくさん与えられて、そこで勝負をして、勝って、
おもしろかったらそのまちに残ってもいい。
そうでなかったら、違うまちに行ったらいい。
ステップアップに使ったらいいのではと思う。
豊岡のシンボルであるコウノトリのように。
しっかり結果をつくってどんどん飛び回っていって、
気持ちのいい場所に行ったらいい」

大手総研の理事長や大手の広告代理店のプロデューサー、
自分が就職しようとしても落ちてしまうような大企業の社長が
この事業を視察にわざわざ会いにきてくれる、と言う。

「たまたま私は運が良かった。
でもこんな風にコウノトリ戦法をする方法もあるのでは? と思うし、
チャンスを望む人はやればいいと思う。
コウノトリは飛び立つ鳥。永住となればハードルは高いが、
しっかり頑張って巣立てばいいんです」

トヨオカ カバン アルチザン アベニュー。豊岡市の地場産業である鞄に特化した拠点施設だ。林さんたちは2年前にここを立ち上げた。写真提供:トヨオカ カバン アルチザン アヴェニュー

豊岡の地場産業「鞄」で地域活性化! トヨオカ カバン アルチザン アベニュー 豊岡まちづくり株式会社 林健太さん 前編

豊岡鞄の歴史

兵庫県豊岡市は、国内最大の鞄の生産地である。
市内に180社以上の鞄関連の企業が存在し、日本の7割を生産している。
その鞄づくりの歴史は2000年近くある。

いま豊岡では鞄を核とした地域活性化プロジェクトが進んでいる。
その中心となる拠点施設が〈トヨオカ カバン アルチザン アベニュー〉。
豊岡市の地場産業である“鞄”に特化した拠点施設だ。

〈トヨオカ カバン アルチザン アベニュー〉は豊岡の
通称・カバンストリートにある。
1階は産地ならではの豊岡鞄専門店。
産地が発信するオリジナルブランドのほか、
豊岡産のさまざまなブランドを取り扱う専門店。
2階は鞄のパーツショップ、3階は鞄づくりの専門学校になっている。
豊岡市、商工会議所、商店街らによる第3セクターである
豊岡まちづくり株式会社が運営している。

トヨオカ カバン アルチザン アベニュー。豊岡の鞄づくりの中心地、通称カバンストリートにある。写真提供:トヨオカ カバン アルチザン アベニュー

トヨオカ カバン アルチザン アベニューの1階は産地ならではの豊岡鞄専門店。産地が発信するアルチザンオリジナルブランドであるA&D27やBELCIENTOのほか、豊岡産のさまざまなブランドを取り扱う。写真提供:トヨオカ カバン アルチザン アベニュー

そのマネージャである林健太さんにお話をうかがった。

「豊岡は日本の鞄の7割を生産しているのですが、
鞄メーカーは組合に属しているところだけで約70社、卸が約30社、
組合以外で約50社。合計すると鞄関連の企業だけで180社程度。
それがこの場所の半径2.5km圏内にほぼすべてあるんです。
まさに“産地”ということなんです。
OEMが中心なので名前を出すわけにはいきませんが、
皆さんのご存知の鞄ブランドの多くがここ豊岡でつくられているんです。
それだけでなく、ゴルフバッグから、ジュラルミンケース、
車掌さんの鞄まで、あらゆる業務用の鞄もここでつくられています。
日本の鞄の産地はほかに東京、大阪、名古屋のような大都市ですが、
そのなかでも豊岡が最大です」

鞄の神様を奉っている柳の宮神社。

豊岡鞄の歴史は古い。そのルーツは神話の時代にまでさかのぼる。
新羅の王子とされる天日槍命(アメノヒボコ)によって、
柳細工の技術が伝えられたのが始まり。
豊岡の鞄産業のルーツは、
その柳細工でつくられた柳行李(やなぎごうり)だと言われている。

「奈良時代に豊岡でつくられた“柳筥(やなぎかご)”は
正倉院に上納されています。
おそらく日本海側でとれた魚介や、
北前船でやってくる産物をここまでは川沿いなので、舟で運べるのですが、
ここから陸路になるんです。
おそらく京都や大阪、姫路に運ぶためには入れ物が必要になったのでしょう。
このあたりは沼地なんですが、お米を二毛作、
三毛作するときに円山川下流域の湿地帯に多く自生する
コリヤナギを使って入れ物を作りました。
戦時中に国策で革産業が発達した姫路にも近い。
動物の“皮”は鞣すと“革”になるわけですが、
その技術は国内では姫路が一番なんです。
そういった条件が豊岡には重なっていました。
ただ豊岡は沼地だったので湿気が多く、
昔は皮革製鞄がそれほど得意ではなかったようです」

ゆめづくりまちづくり賞(国土交通省近畿地方整備局)奨励賞受賞を記念して鞄の神様、柳の宮神社の境内にコリヤナギの木を植樹した。写真提供:豊岡まちづくり株式会社

人生をともにできる 未来目線のプロダクト 和える(aeru)後編

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魂がこめられた製品

“0から6歳の伝統ブランド” 〈aeru〉は、
産着や食器などの乳幼児向けの日用品を展開するブランドである。
最初に発売したのは産着、タオル、靴下が入った
〈徳島県から 本藍染の 出産祝いセット〉だ。

「aeruとして最初にふさわしい商品は何かと熟考を重ねていくと、
この出産祝いセットがaeruの想いを一番体現している商品だと思いました。
日本に産まれてきてくれた赤ちゃんを、日本の愛でお出迎えしたい。
本藍染と愛情の”あい”を込めてつくりました」と話してくれたのは
代表取締役の矢島里佳さん。

商品開発には1〜3年ほどかけている。まずaeruチームがコンセプトを考える。
たとえば、“生後半年までの赤ちゃんが、離乳食を食べることを応援する器”など。
常にいろいろなことに興味と疑問を持ち、仮説も立ててみる。
その後、デザイナーと共に話し合いを重ね、デザインを具現化してもらい、
それをもとに職人に製作してもらう。
コンセプトを、デザイナーにも職人にも、しっかりと伝えることが重要だ。

「職人さんには、完璧にデザインに従わなくてもいいので、
デザインのなかでどこがポイントか、
変えていい場所と変えてはいけない場所をお伝えします。
職人さんの手の感覚に任せる余白を残すことは、
すべてのプロの立場からの知見が入った良い製品が誕生するために
大切なことだと思っています」

〈こぼしにくい器〉シリーズは、
器の内側に“かえし”がついていて、子どもでも食べやすい。
磁器の砥部焼、陶器の津軽焼、大谷焼の他、山中漆器のシリーズもある。
子どもが自分で食べられるようになるので、もりもり食べるようになるとか。

「 “食欲が3倍になった” “ごはんを集中して食べるようになった”という
お声をいただいています。やはり自分でできる、ひとりでできる、
ということは、子どもたちにとって大切な成長なのでしょうね」

aeru代表取締役の矢島里佳さん。ビジネスコンテストの優勝賞金でaeruを立ち上げた。