連載
posted:2015.12.11 from:愛知県名古屋市 genre:アート・デザイン・建築 / エンタメ・お楽しみ
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
writer's profile
Takatoshi Takebe
武部敬俊
たけべ・たかとし●岐阜出身。名古屋在住。出版/編集職に従事した後、ひとりで雑誌"THISIS(NOT)MAGAZINE"を制作・出版。多数のイベントを企画制作しつつ、現在は"LIVERARY"というウェブマガジンを日々更新/精進しています。押忍!
http://liverary-mag.com
credit
撮影:千葉 諭
supported by やっとかめ文化祭
“八丁味噌”や“あんかけパスタ”といった、
やや濃い味つけの料理ばかりがフィーチャーされがちな名古屋。
そんなこってり系食文化だけが名古屋カルチャーではないのだ!
“芸どころ・名古屋”の歴史文化を紐解くイベント、
〈やっとかめ文化祭〉が、10月30日(金)から11月23日(月・祝)まで開催された。
さまざまなイベントが街のあちこちで催され、その数、なんと150企画。
その中からほんの一部をレポートとしてお届けする。
朝9時集合で集まったのは、地下鉄中村区役所駅。
実は、この名古屋市中村区、その昔、〈中村遊郭〉と呼ばれ
昭和初期には1000人近くの遊女たちが住んでいたのだそうだ。
みんなでまち歩きをしながら、知られざる歴史文化を紐解く〈歴史まち歩き〉は、
ツアーガイドさんも実は一般参加者。
そのまちに住んでいる人が、まちなかを案内してくれる、
それがこのツアーならではの醍醐味と言える。
集合のタイミングで渡されるガイドマップを持った、参加者たち総勢20人とともに、
閑静な住宅街を大人の遠足の雰囲気で歩いていく。
地図には、ポイントが示されていて、順々にガイドさんが説明をしてくれるのだ。
今回、ガイドしてくれたのは、
ここ中村区で学生時代を過ごし、就職とともに県外へ行き、
老後に戻ってきたという本杉さん。
「40年も留守にしとったから、生まれ育ったこのまちへ恩返ししたい」と語る。
遊郭だった当時の名残が、まちの区画や建材などに残っていたり、
元・遊郭を使った、名古屋市で最古の劇場があったり、
病気などで亡くなった遊女たちを祀った巨大な仏像があったり……
と、おそらく普通に暮らしているだけでは気づけない発見の連続。
本杉さんが真面目に、中村区の歴史文化の話をしていると、
「ちょっとつけ足してええ?」とご友人の鈴木さんがカットイン。
「実はその昔、この辺りに玉木 宏が住んどって、
歩いてたらスカウトされたらしいわ〜……」
と名古屋弁全開で話を逸らしてばかり、参加者の笑いを誘う。
このふたりの名コンビぶりになんだかほっこりとしながらも、
どんな小さなまちにも、そこには必ず歴史があり、
さまざまな人々が暮らし、物語があるんだっていうことを再認識。
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続いて向かったのは、LOFTや、若者向けのセレクトショップも入った、
栄の複合施設〈ナディアパーク〉2階アトリウムへ。
そこに出現したのは、高さ10メートルの巨大で真っ白な茶室〈街茶〉。
名古屋生まれで国内外のプロジェクトを手がける、建築家・吉田考司さんが、
〈街との融合〉をテーマに、透ける布素材を使って、シンプルにつくりだした空間は、
一見、異様な光景だが、中に入ると不思議とほっとリラックス。
実は、尾張名古屋はお茶処。江戸時代には藩が禁止令を出すほど茶事が流行し、
茶の湯文化は庶民たちにも浸透し、親しまれてきたのだそう。
その日常的に楽しまれてきた、お茶会文化を、
現代にアップデートさせたような企画となっている。
ここでは、スタイルの違う、ふたつのお茶席が用意。
畳と座布団ではなく、黒のテーブルとイスの茶のしつらえを用意したのは、
亭主・中村健二郎さん。
「そちらの茶碗は名古屋の作家さんにつくってもらったもので、
まさに今朝届けてくださった一品ですよ」
茶器のひとつひとつから、掛物に描かれた言葉の意味など、
丁寧に説明をしながら、茶席を楽しませてくれる。
「お茶会の文化は、すべてはおもてなしの心から来ています。
亭主が心から楽しむこと、遊び心とセンスが大切」なのだそう。
お隣へ移ると、今度はまたまた景色が一変。
こちらの亭主・長谷川竹次郎さんが、
海外などで買いつけたというカラフルな布が敷かれていた。
「自分の部屋にご招待したかのような雰囲気にしたかった」と語る長谷川さん、
実は机もアフリカの建具で、自宅で使っているものを持参したのだそう。
茶の湯文化というと、少し敷居が高く緊張してお茶の味もわからない、
そんな状況を想像してしまいがちだが、
ふたりのユーモアに富んだおもてなしと大きな懐によって、
おいしいお茶とお茶菓子を気持ちよく堪能できた。
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なんだかすっと軽くなった身体で向かったのは、
熱田神宮からほど近いところにあるお寺〈法持寺〉。
こちらでは、寺子屋的トークライブ
〈アースダイバー名古屋〜熱田から、日本をよみなおす〜〉が開催された。
講師は、哲学者の中沢新一さん。
定員いっぱいの文字通り、寺子屋と化した寺の本堂。
中沢さん持参の資料によれば、この地域はもともと岬の先端にあたる地形で、
その頃からすでに〈熱田〉という名前がついていたようだ。
縄文の時代から紐解かれる、名古屋人の性格にまで話は及び、
終了予定時間を延長するほどの盛り上がりに。
その足で、熱田神宮前に店を構える、和菓子店〈きよめ餅総本家〉へ。
「やっとかめ文化祭」で今回が初企画となった、
地元和菓子店との初のコラボ企画、〈和菓子でめぐる尾張名所図会〉。
全19店舗が参画したこの企画では、
江戸時代の名古屋ガイドブックと言われる『尾張名所図会(おわりめいしょずえ)』に
ちなんだ菓子が各店で販売されている。
熱田神宮にもともとあったという〈きよめ茶屋〉という旅人たちの憩いの場から名を取った
〈きよめ餅〉が有名なきよめ餅総本家は、戦前から続く老舗店だ。
今回は、熱田神宮の東の門に掲げられていた額を見立てた、
銘菓〈春敲門(しゅんこうもん)〉で参加。
「春は東から訪れる」という、おめでたい意味が込められたこちらのお菓子を購入すると、
『尾張名所図会』の挿絵をリデザインしたポストカードがプレゼントとしてもらえる。
ポストカードの絵柄は、全19店舗それぞれ違うため、
コンプリートを目指す方もいたようだ。
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この日の夜、向かった先は、
高級料亭で料理とともに伝統芸能を楽しめる〈お座敷ライブ〉。
名古屋市中区錦に店を構える〈芳蘭亭〉では、
和食料亭のような佇まいの建物で、オリジナリティ溢れる中華料理が楽しめる。
ふわっと口の中で溶けるような、酢豚のほか、
前菜から締めのラーメン、デザートまでいずれも上品な味わいで、
あっさりとしているのに、味わい深い中華料理を堪能。
座敷ライブでは、狂言師3人による狂言〈雁大名〉が披露された。
すぐ目の前で繰り広げられる、お座敷ライブは、
派手な舞台演出などはなくとも、
すり足で畳の上を移動する役者たちの躍動感と、
大きな声での台詞の掛け合いで、迫力満点!
狂言を終えたあとは、役者さん自ら狂言についてトークする時間も。
このような料亭での狂言の上演はなかなかないことかと思いきや、
「実は名古屋では戦前からお座敷に狂言師が呼ばれる文化があった」のだそう。
本当に昔から名古屋は狂言が盛んだったようだ。
また、狂言は申し合わせなしの一発勝負で舞台に臨むのだそう。
部屋のサイズ感を見て、ほぼ頭の中だけでイメージトレーニングをし、
あとは己の技量と経験で演じ抜くのみ……。
なるほど、だからこそのライブ感だったのかと納得だ。
「やはりこういう機会がないと、高級料亭にも狂言にも行く機会が生まれなかった」
と、うれしそうに話す参加者の姿も。
おいしい料理と迫力の狂言ライブ、どちらも楽しめる贅沢な夜となった。
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最後に、最大の見どころとも言える〈ストリート歌舞伎〉へ。
会場は、実際に買い物客が行き交う中、舞台が設置された〈イオンモール熱田〉。
この日は、歌舞伎、狂言、落語、三味線の4本立てのスペシャルライブが行われた。
普段、歌舞伎を見ない人にとっては貴重な機会といえる今回、
出番前に舞台上で、着物を着るという舞台裏を見せるサービスもあり、
会場は期待に胸を膨らませながら上演を待つ。
今回の演目は〈名古屋山三郎と出雲阿国〜歌舞伎発祥由来絵巻〜〉。
名古屋市生まれの作家でベストセラー『逆説の日本史』の著者、井沢元彦さんが
企画・原案を担当。
主人公は、尾張国出身の武将・名古屋山三郎。
山三郎は、“歌舞伎の祖”とされるものの、ほとんど記録が残っていない、謎の人物だ。
そして、女形には出雲阿国が妻役として配役された、
完全オリジナルストーリーとなっている。
終演後、脚本・演出・主演を務めた、日本舞踊西川流家元・西川千雅さんと、
共演を務めた工藤流家元・工藤倉鍵さんのおふたりにお話をうかがった。
「イオンモールで歌舞伎なんてもちろん滅多にやることはないと思いますが、
歌舞伎だって、もともとまち角でやっていた、“地歌舞伎”という文化があるんです。
だから、これはある意味、原点回帰なんですよ」と語る西川さん。
「歌舞伎とは歌と舞と伎を見せるものです。
みなさんにわかりやすく、とにかく楽しんでもらいたいということで、
ストーリーを複雑にするよりも、単純化して、歌舞伎の見どころをつなげたような、
いわばダイジェスト版だったわけです」と工藤さんが続ける。
現代における、伝統芸能は興味がある人しか見ることのできない、
やや閉塞感のある文化となってしまったことは事実。
その流れを大きく変えることはできなくとも、
日本舞踊の家元が歌舞伎役者に扮し、エンターテイナーに徹する姿は、
感動的であり、伝統や文化は常に更新されていくものだと教えてくれる。
名古屋の歴史・伝統、地元文化の再発見をテーマに据え、
今年、3年目の開催となった〈やっとかめ文化祭〉。
自分たちのまち・名古屋を盛り上げたいという地元民の思い、
このまちの文化人たちの“芸”に対する、気持ちの良い情熱、
それらは多くの人々に、古くて新しい名古屋文化を気づかせてくれたはず。
改めて、自分の住んでいるまちに目を向けてみてはいかがだろうか。
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