日照時間日本一を誇る山梨県北杜市明野町。
茅ヶ岳の麓、標高680メートルの高地に
日本を代表するワインの数々を生み出す
〈ミサワワイナリー〉と〈三澤農場〉がある。
高地であるので、昼夜の寒暖差が大きい。
緩やかな西向き傾斜による水捌けの良さを含め、
ワインづくりの世界の名醸地に匹敵するレベルにあるといわれる。
ここに世界で最も権威のあるワインコンクールで
金賞を受賞した女性醸造家がいる。
明野・ミサワワイナリーに醸造家の三澤彩奈さんを訪ねた。

ミサワワイナリーから臨む富士山。

ワイナリーの近くには、自社農場〈明野・三澤農場〉がある。総面積約12ヘクタール、垣根式農場の広大なブドウ畑。日本を代表するワインの数々を生み出している。
彩奈さんは1980年生まれの35才。
中央葡萄酒株式会社の4代目のオーナー三澤茂計さんの長女として生まれた。
「子どものころからワインに親しみを持っていました」と彩奈さん。
一番、好きなワインは? と聞くと、
「甲州ですね」と言う。
〈甲州〉はワイン用のブドウの品種。
そこから造られるワインも〈甲州〉と呼ばれる。
山梨県勝沼に生まれ育った彩奈さんにとって〈甲州〉は特別な思い入れのあるブドウだ。
2005年、単身で渡仏、ボルドー大学ワイン醸造学部を卒業。
その後、フランス・ブルゴーニュ地方にて研修、
翌年にはフランス栽培醸造上級技術者という資格を取得した。
2007年には、南アフリカ・ステレンボッシュ大学大学院へ留学。
世界のトップレベルのワイン醸造の技術を学んだ。
それは日本の誇る〈甲州ブドウ〉を世界へ広げたいという気持ちからだという。
「世界のワイン市場を見て、
〈甲州〉はこのままではいずれ淘汰されてしまうかもしれないと感じたんです。
ワインは特にボーダーレスな飲みものだと思います。
地元の居酒屋だけで飲んでいただける地酒のような存在でずっといることは、
イメージできませんでした。
世界を回り、〈甲州〉の繊細な味わいは、ほかのワインにはない個性だと感じました。
〈甲州ワイン〉がどこまでいけるか確証があったわけではありませんが、
誰もやっていないことにチャレンジしたいと思う気持ちもありました」
ワインづくりは収穫時期の3か月がとくに忙しい。
毎年、自分のワイナリーでのワイン醸造が一段落すると、
南半球のワイン産地へ出向き、世界のワイン醸造の現場の技術を習得しようと、
研鑽してきたという。
「これは使えそうだというものを見つけるために行くんです。
ピンポイントにこの醸造技術を取り入れるということよりも、
投資力や設備が大きい海外のメーカーと
投資力が小さい私たちのようなワイナリーでは違います。国によっても違います。
それぞれのワイン産地で、ワイナリー独自の知恵を知ることで、
日本でのワイン造りにフィードバックさせていました」

明野は南アルプス、八ヶ岳、茅ヶ岳、富士山を四方に臨む。標高680メートルの高地。
たとえば“垣根栽培”。ぶどう畑は“垣根栽培”と“棚栽培”がある。
甲州ブドウにおいては棚栽培が一般的だが、
世界のワイン産地の多くは垣根栽培である。
甲州ブドウの“垣根栽培”は1本の木から10房〜20房程度と収量は少ないが、
一房にいく養分が多いので甘くなる。
また剪定や収穫の作業効率が良く、世界ではこの垣根栽培が一般的だ。
棚栽培よりも葉と葉が重なり合わないので、光合成効率が高く、
実の糖分が増えるとされる。
これまでのやり方を変えるのは大変だが、
垣根栽培のほうがより凝縮したブドウが栽培できる。
彩奈さんの父、茂計さんも20年以上前“垣根栽培”に挑戦して、失敗したという。
樹のバランスがとれず、花が咲かなかったという。
彩奈さんは、この“垣根栽培”にこだわりたかったのだ。
翌2005年に再度チャレンジした。実がつくまで3年。2007年に結実した。
「2009年のときにブドウがあきらかにそれまでのものと違っていた。
すごい凝縮感があって、甘さがあって、酸味がしっかりしていた。
明らかに味に違いが出ていたんです」
いいブドウができた。そこからいよいよ醸造が始まった。
「ブドウがこれだけ違うのだから、ワインにしてどうなるか。
なるべくブドウのよさを生かしたい。
日本の酒造りは日本酒の伝統があるから、酵母など、醸造に力を入れるんです。
しかし私は栽培に立ち戻りたかった。
たとえば〈甲州〉は糖度が上がりにくいので、
アルコール度数を上げるために補糖をするのですが、補糖はせず、
ブドウのありのままの姿で勝負したかった」
ワインとして明らかに違うものができたと感じたのは2012年。
「絞った途中の果汁を飲んだりして、〈甲州〉ってこんな味もあったのか、
と、自分のなかで気づかされることがありました」
〈甲州〉はすごい! と心から思ったという。
そうした彩奈さんのこだわりが実を結び、
2014年に世界的なコンテストでの評価へとつながった。

樽で熟成させる。これは赤ワイン用。繊細な〈甲州〉はこれとは別のタンクで熟成させるという。