〈千住タウンレーベル〉とは?
レコード片手にまちをめぐらせる、
アートプロジェクトのもくろみ

東京アートポイント計画×コロカル

アートNPOと東京都、アーツカウンシル東京が
アートプロジェクトを都内各地で展開する〈東京アートポイント計画〉。
その参加団体のメンバーが、コロカルによるワークショップに参加し、
自分たちの取り組むアートプロジェクトについて執筆した記事をお届けします。
今回は、足立区のアートプロジェクト〈アートアクセスあだち 音まち千住の縁〉の
一環である〈千住タウンレーベル〉について。

足立区千住を舞台にした「音楽」とは

2017年12月、とあるLP盤が1枚完成しました。
このレコードは少し変わっていて、まちのその場所で聞こえる音が
「音楽」として姿を変えています。例えば、商いの声や住民のインタビュー、
あるいはそのままのサウンドスケープ「音風景」が録音され、編集されているのです。

さらに、収録されているすべてのトラックは同じまち=足立区千住を舞台としています。
しかも、そのLP盤を聴きたい人は、録音された場所をわざわざ訪れないといけません。
音楽がモノからデータへと変化し、配信サービスで入手することや
持ち運ぶことが当たり前になったこの時代に、わざわざ出かけて、
まちで鳴るさまざまな音たちをそのまちで音楽として聴くレーベル。

今日はこのレーベルがもくろんでいること、
そしてどう受け取られているのかを、紹介していきたいと思います。

まちから離れないレーベルと、どこまでも千住にこだわったLP盤

〈千住タウンレーベル〉(以下、STL)は、足立区や東京藝術大学などが主催する
アートプロジェクト〈アートアクセスあだち 音まち千住の縁〉(*1)の事業として
2016年にスタートし、いまちょうど2年が経とうとしています。

アーティスト・文化活動家のアサダワタルさん(*2)が主宰するこのレーベルの中で
『音盤千住Vol.1 このまちのめいめいの記憶/記録』が完成したのは、昨年12月のこと。
全13トラック、両面で約45分のLP盤は、100部限定でかつ、非売品。
しかも、8ページの冊子型という特別な仕様をしています。

グラフィックデザインは〈donny grafiks〉。プロジェクトが始まってすぐの頃は、CDとして千住地域のポストに投函する、といったアイデアもあったが、最終的にはレコードとしてリリースすることに。一番後ろのページはポケットになっていて、音盤をしまうことができる。

以下が、できあがったトラックリスト。

Side1

1. イントロ

2. 記憶・声・千住

3. さんさ踊り・千住節

4. 千住D-1グランプリ 2017

5. 千住お店の声トラック 伊勢屋さん

6. Sound Portrait_Senju #00002 - Mother's day-

Side2

1. 師匠と囃子

2. tsu-na-ga-ru のボッタ

3. 千住お店の声トラック 鳴門鯛焼本舗さん

4. 電車エレクトロニカ ~北千住駅 大踏切と今~

5. seven clusters

6. さよなら、たこテラス

7. アウトロ

冊子には、タウンレコーダーが執筆したそれぞれの音源の制作エピソードや歌詞、音源に登場する出演者の写真などが載っているほか、ディレクターのアサダさんによるメッセージなども添えられている。(撮影:冨田了平)

*1 アートアクセスあだち 音まち千住の縁:2011年から続いている、東京都足立区千住地域のアートプロジェクト。大巻伸嗣(現代美術家)や野村誠(作曲家)も参加しており、東京都・アーツカウンシル東京・東京藝術大学・NPO法人音まち計画・足立区が主催している。

*2 アサダワタル:1979年大阪府出身、東京都在住。言葉や音楽を手がかりに、全国各地でさまざまな地域コミュニティ、福祉や学校現場などでアートプロジェクトを実施。『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)など著書多数。サウンドプロジェクト〈SjQ/SjQ++〉ドラマー。博士(学術)。

〈Art Center Ongoing〉
吉祥寺で10周年のアートセンター
今日も我らの道をゆく

アートに出会う場所 vol.1
〈Art Center Ongoing〉

アートって意外に身近にあるもの。
あなたのまちにも、きっともっと気軽にアートや
アーティストに出会える場所があるはず。
そんなまちのアートスペースやオルタナティヴスペースを訪ねます。

お年寄り夫婦の傍で、若者が芸術談義。
アートセンターをつくる夢を実現させる

東京・吉祥寺の生活を守るアーケード街「サンロード」を抜けた住宅街にある
〈Art Center Ongoing〉。
1階のカフェではアーティストや美術関係者、鑑賞者などが語らい、
2階では現代アートの展覧会を開催している、小さくて熱いアートセンターだ。

10周年を迎え、記録集『Art Center Ongoing 2008-2018 現在進行形の10年間』が
1月末に発刊された。230本を超える展覧会、
それを支える日々の記録がずっしりと詰まっている。

記録集『Art Center Ongoing 2008-2018 現在進行形の10年間』。クラウドファンディングで250万円集めて実現した。

それぞれに型破りな、未成熟と可能性が渾然一体となった若手アーティストたちが、
これまでにない実験的な表現形態に挑戦できる、
美術館でもギャラリーでもない第3の場「オルタナティヴスペース」として
2008年10月にスタートした。
さらに近年では国内外からのアーティスト・イン・レジデンスも実施。
アーティストたちの人生にも、家族をもつなど、いろいろな変化があった。

ディレクターの小川希さんがアートセンターに着目したのは、
なんと高校生の頃。兄の小川格さんが絵画制作していたベルギーを拠点に、
お金を貯めて2か月間ヨーロッパをバックパックで回っていたときのことだ。

「地方の都市やまちに行くと、大小さまざまなアートセンターがあって。
そこにはギャラリーやカフェがあり、映像作品の上映や演劇、
週末には音楽ライブやシンポジウム、ワークショップなどが開かれていた。
老若男女が集まり、おじいちゃんとおばあちゃんがコーヒーを飲んでいる横で、
若者が芸術談義をしたりしていて、豊かだなあと」

一方、なぜ日本にはアートを中心にして市民が集う場がないのだろう。
ないなら自分でつくろう、と夢を抱いた。

Art Center Ongoingディレクター、小川希さん。

スペースを立ち上げる前の2002年から2006年には、
公募展『Ongoing』を場所を変えながら開催。
応募作家がひとり10票もらえて、ほかの作家たちの前でプレゼンテーションし、
おもしろいと思った作家に投票する。
キュレーターを立てずに、作家が作家を選ぶというかたちの展覧会だ。

「僕の大学生時代である90年代は貸しギャラリーの全盛期で、
10~20万円ほど賃料を払って展示は約1週間、見に来るのは主に友人や親族で、
たまに批評家に認められて『美術手帖』に載ると一喜一憂するみたいな状況で。
もっと社会とアーティストが恒常的につながれないかと考えていました」

その後、「お祭りのようなものではなく、アートの実験など
何かいろいろなことが恒常的に起こっている場所をつくりたい」と、
1階は店じまいした喫茶店で、2階はバーのママの住居だった建物と出会う。
改修工事は、のべ約100人の友人作家のうちから交替で、
ガスや水道などのインフラ以外、ほとんど自分たちの手で3か月かけて改装を行った。

1階のカフェ。カウンターには淺井裕介が描いた絵が残っている。

パスタやカレーなどフードもおいしい。黒板に書かれている以外にもさまざまなメニューがある。

吉祥寺を選んだのは、西側に多摩美術大学など美術大学が複数あり、
多くのアーティストは卒業後も同じ地域でスタジオを構えているからだ。
東側から観客が来られるギリギリの接点でもある。

「僕が中高生の頃は現在より人通りが少なく、ジャズの喫茶店や古着屋など
個人商店が多くて、ほかのまちと違う魅力を感じていました。
それが10年前頃から小さな店が閉まっていき、チェーン店などが進出して
まちが均一化してきちゃった」

そんな状況が進むなか、映画館〈バウスシアター〉では、
現代美術のフィールドで活躍する泉太郎、鈴木光ら10人のアーティストによる、
10分の映像作品の上映プログラム『10x10』を上映。
2014年、惜しまれながら閉館した際には、アーティスト淺井裕介が
壁画を描きつくした。

2階にギャラリー。取材時は、友人の死や恋人との別れを経て生きることに向かった田中義樹『ワイン』が展示されていた。

『草間彌生 花の間』展 京都の有形文化財が美術館に! 祇園に草間彌生のかぼちゃが出現

2018年4月30日(月)まで、京都・八坂神社近くの
〈フォーエバー現代美術館 祇園・京都〉にて
『都をどり特別展 祇園・花の宴 草間彌生・花の間』展が開催されています。

同館の建物は「都をどり」の会場として知られる
祇園甲部歌舞練場内〈八坂倶楽部〉。
大正2年に建てられた築104年の有形文化財です。

フォーエバー現代美術館は、草間彌生さんのコレクションで知られる美術館。
これまで秋田にあったそうですが、昨年より期間限定で八坂倶楽部を借り、
現代美術館としてオープンすることになったのだとか。
というわけで門をくぐると、そこにはあの巨大なかぼちゃが……!
早くも地元の方や草間ファンの間で話題になっているようです。

秋田市で10年間活動を行ってきたフォーエバー現代美術館が、2017年6月から祇園甲部歌舞練場内・八坂倶楽部に〈フォーエバー現代美術館 祇園・京都〉として開館。伝統と現代が融合した新たな文化の発信を目指しています。

本展は「祇園町の花」と親しまれている芸妓さん・舞妓さんと
コラボレーションというかたちをとり、
草間彌生さんの花をモチーフにした作品(47点)や、
貴重な初期作品、代表作品を含む全80点を展示します。

館内の展示室は全室畳敷きとなっており、
畳に座って作品と対峙できるよう、少し低めに展示されているそう。
伝統的な空間のなかでゆっくり作品と向き合えます。

また、館内のカフェでは水玉模様の「草間彌生ロールケーキ」や、
舞妓はん弁当など、新鮮なフルーツや野菜をたっぷり使用したメニューも楽します。

「草間彌生ロールケーキ」(800円)「草間彌生ランチセット」(2000円)もあります。

〈佐藤茅葺店〉 日本の風景に茅葺屋根を。 そんな夢から生まれた “運べる茅葺小屋”

夏涼しく、冬暖かい茅葺屋根の家。
秋田県に、そんな茅葺屋根の小さな小屋をつくっている方がいます。
それがこちらの「運べる茅葺小屋」。

サイズは2種類。大きなサイズでも分解すれば軽トラック1台で運べます。(※サイズはご希望に合わせて変更可能)

なんとも可愛らしいですね! 使い方は犬小屋として、
展示会のブースとして、遊具として……などなど、自由。
屋根の素材は「穂わら」「ススキ」「ヨシ」の3種類から選べます。

こちらを手がけたのは、秋田県〈佐藤茅葺店〉の佐藤偉仁(ひでと)さん。
屋根部分は佐藤さんが、組み立て式の木の土台は宮大工の方が
ひとつずつ手作業でつくっているそうです。

〈佐藤茅葺店〉佐藤偉仁さん。

じつは現在、新たに茅葺き屋根を設置することは、消防法により、
特定の観光エリアにある特例区でしか認められていないのだそう。
茅葺屋根を見かけない理由は、日本人の暮らしが変わったから
という理由だけではなかったんですね。

そんな茅葺屋根に惹かれた佐藤さんは
「減っていく一方の茅葺屋根を次の世代の景色に残したい」
という思いから宮城県石巻市にある〈熊谷産業〉で修業。
2006年に独立し、地元、秋田に佐藤茅葺店を開業しました。

茅をしまっておく茅小屋。

佐藤さんは、茅葺きの「茅」から自分たちの手でで育てているのだそう!

「現在は家業の稲作りと兼業しながら、自分たちで茅を育て、
ふたりの弟子とともに地元をはじめ、全国の茅葺屋根の工事に赴いています。
現在では新築で設けられるエリアが限られているため
補修工事が主ですが、一般住宅から重要文化財の
屋根工事にまで携わっています」(佐藤さん)

こちらは、佐藤さんのご自宅。

「自宅は風景の一部ような家にしたいと思って建てました。
全体の設計は知り合いの建築家の方に依頼し、
茅葺部分や茅葺小屋は佐藤茅葺店でつくりました。
景色がいいので、庭でおにぎりを食べても、おいしい気がします(笑)。
贅沢な生活をさせていただけて、ありがたいです。
子どもたちも伸び伸びと育てばいいなと思っています」(佐藤さん)

移住でなく「延住」?
地域密着型デザインで仕事が
切れない三好市のデザイナー、
肴倉由佳さん

地域おこし協力隊で、想定外の場所へ

2013年7月に三好市の地域おこし協力隊として東京からやってきた肴倉由佳さんは、
2年9か月の協力隊の任期終了後も、
デザインをなりわいにして三好に住み続けている。

肴倉さんは神戸市出身で、
山を愛する両親に、自然との共存をベースに育てられたという。
週末には郊外で借りていた畑に通い、
長い休みには家族全員で信州の山々へ、山登りに出かけるような家族だった。
ずっと山を愛し、しょっちゅう山に登りにいっていた肴倉さんは、
将来、両親の出身地である青森に近い、北のほうで田舎暮らしをすることを望んでいた。

京都の美大を卒業後、大阪にある会社のデザイン室で働き、
その後神戸を経て東京へ移り住む。
肴倉さんは、自分のやりたいことと、環境を寄り添わせるのに苦悩した時期だと振り返る。
30歳のときに、住み慣れた関西から東京に移ったのは、
「将来を見据え、少しでも北のほうへ移りたかったから」と話す。
東京で2年間の編集の仕事を終え、次の方向性を模索していた時、
三好市の地域おこし協力隊の説明会があることを知った。

「実は、四国へ行くことはまったく考えていませんでした。
でも、これ以上東京暮らしをするのは無理かなと思ったので、話を聞きに行ったんです」
肴倉さんに、東京暮らしのどのあたりが
無理だと思ったのか聞いてみると、こんな答えが戻ってきた。

「私、山歩きが好きなんです。東京でさあ山に行こうと出かけると
休日の高尾山などは、渋谷の通勤ラッシュよりも人が多くて驚きました。
また、信州などの遠方の高い山に行こうとすると交通費もネックで、
契約社員で働く自分は頻繁に行くことはできず、
山登りや自然と触れ合うことにもお金がかかるということに、
疑問を感じてしまったんです」

人間の根本にあるべき自然が、都会では贅沢品になってしまう。
一度抱いた違和感は拭えず、その違和感が肴倉さんの背中を押した。

協力隊時代から現在にいたるまで密にやりとりをしている山崎正さん。過疎集落の再生に日々取り組む山崎さんたち先住の人たちに学ぶことは多いという肴倉さんは、現在でもイベントの手伝いをしており、現地の人たちにかわいがられている。「ここの土地で何かやりたいことがある人が来てくれると、応援しがいがある」と山崎さん。

道の駅や地元のホテルなどで販売されている肴倉さんがデザインを手がけた地域密着型の商品。右の手ぬぐいは肴倉さんの屋号「さかなやデザイン」のオリジナル商品だ。

〈名古屋城本丸御殿〉 素晴らしい修復技術に注目! 10年の復元計画を物語る動画公開

2018年6月8日(金)、10年にわたる復元計画を経て、
〈名古屋城本丸御殿〉が完成公開されます。
先日、完成に先駆けて本丸御殿のトレーラームービーが公開されました。

監督は美術家の山城大督さん、
楽曲は国内外で高い評価を受けている音楽家の蓮沼執太さん!
気鋭の若手アーティストたちが鮮やかな切り口で映像化しました。

400年前の姿をそのままに継承した
復元技術の素晴らしさも垣間見えますね。

名古屋城本丸御殿は、1615年(慶長20年)に
尾張藩主の住居かつ藩の政庁として
徳川家康の命によって建てられたお城。
ところが1945年(昭和20年)の空襲により建物の大部分が焼失してしまいました。

2018年6月、いよいよ復元が完成し、名古屋城本丸御殿を公開。
江戸幕府将軍が宿泊するために建造された、
豪華絢爛な「上洛殿」や「湯殿書院」なども公開されます。

名古屋城本丸御殿は、日本を代表する近世書院造の建造物。
総面積3,100平方メートル、木造平屋建こけら葺き書院造、
13棟の建物で構成されています。

1945年の空襲により建物は焼失してしまいましたが、幸いにも1049面の障壁画や309枚の実測図、約700枚の写真、約2000個の礎石などは焼失を逃れました。

室内は忠実に復元模写された山水花鳥などを
画材とした障壁画や飾金具などで絢爛豪華に飾られ、
建築・絵画・美術工芸史において高く評価されています。

広尾アートアカデミーにて 水原亜矢子さんの俳句教室 〈十七音の楽しみ - 俳句〉が スタート!

2018年4月、〈広尾アートアカデミー〉にて俳人の水原亜矢子さんによる
俳句教室〈十七音の楽しみ - 俳句〉が始まります。

俳句は、5・7・5のわずか17音という短い詩のなかに季節(季語)を入れて、
懐かしい思いや情緒、風景、日常、
すべての事柄を自由に詠う、世界で最も短い詩。

難易度が高いイメージがありますが、特に難しいルールはないのだそう。
昔のように、言葉遊びを楽しんでみたいですね。

講師の水原亜矢子さんは東大俳句会にて山口青邨さん、有馬朗人さんに師事し、
現在は俳句結社〈玖珠の会〉を主宰されています。
1988年に出版した句集『シクラメン』には巻頭に山口青邨さんの俳句と
中川一政さんの書を贈られたのだとか。

水原亜矢子さん

本講座は経験者の方はもちろん、初めての方でも受講可能です。
受講料は3ヶ月全4回で15,000円。
スケジュールと季題は以下の通りです。

4月18日(水)春の灯(春燈)、子猫(猫の手)、桜餅

5月16日(水)若葉、芥子の花、蜜豆

6月6日(水)薔薇、夏衣(夏衣)、サイダー水

6月20日(水)浅き夏、髪洗う、ゼリー

時間:14:00〜16:00

また、4月4日(水)14時から16時は、
俳句体験講座〈ミッドタウンに春を探しに 十七音の楽しみ - 俳句〉を開催。
「春」「花」からイメージする言葉を文章にしてみて、
そこから何を伝えたいのかを考え、言葉を選んでいきます。
体験講座の受講料は3,750円。まずは事始めという方におすすめです。

〈博物館でお花見を〉 春のトーハクで 一足早いお花見はいかが?

国宝で楽しむお花見はいかが?
東京国立博物館で桜にちなんだ名品展開催

桜の開花が待ち遠しい今日このごろ。
東京の開花予想は3月下旬ごろだそうですが、
トーハクこと〈東京国立博物館〉では2018年3月13日(火)から
桜にちなんだ名品展『博物館でお花見を』がスタート! 
一足早くお花見が楽しめます。

本展には、国宝『花下遊楽図屏風』や
重要文化財『厩図屏風(うまやずびょうぶ)』などなど、
桜が描かれた素晴らしい作品がたくさん。
また、桜が開花すれば、庭園で約10種類の桜が見られます。

庭園風景

重要文化財『厩図屏風(うまやずびょうぶ)』(部分)室町時代・16世紀 本館3室にて3月20日(火)から展示。馬たちの繋がれた厩の庭先には満開の桜の花が。桜を見上げるかのような鶴の姿にも注目です。

下の絵は、江戸時代に描かれた国宝『花下遊楽図屏風』(部分)。
満開の桜の下で、歌舞音曲の宴を楽しむ人々の姿が描かれています。
日本の人は、昔からお花見を楽しんでいたんですね!

国宝『花下遊楽図屏風』(部分) 狩野長信 筆 江戸時代・17世紀 本館2室(国宝室)

『観桜図屏風(かんおうずびょうぶ)』(部分)住吉具慶 筆 江戸時代・17世紀 西脇健治氏寄贈 本館7室で3月20日(火)から展示。『伊勢物語』第八十二段「渚(なぎさ)の院(いん)」の一場面。狩りに出掛けた先で花見に興じる惟喬(これたか)親王らを描きます。

『吉野山蒔絵棚(よしのやままきえたな)』江戸時代・19世紀 本館8室で展示。全面に桜花爛漫の山水を描き、平安時代からの桜の名所、吉野山を表現しています。

『嵐山春景(あらしやましゅんけい)』塩川文麟 筆 明治6年(1873) 塩川文麟氏 寄贈 本館18室で3月20日(火)から展示。手前に桂川が流れ、山の斜面に満開の桜が描かれています。嵐山は、平安時代以来の桜の名所の一つです。

〈PRODUCT DESIGN CENTER〉
鈴木啓太さんが考える、
ものの歴史を一歩すすめる
デザインとは?

進化は発生と淘汰の繰り返し。どう未来へ受け継いでいくか

大量にあふれる「もの社会」のなかで、果たしてこれから必要なものは何か。
「ものの歴史を一歩進めたい」と語るのは、
〈プロダクト・デザイン・センター〉代表取締役である鈴木啓太さんだ。
〈相模鉄道20000系〉や〈富士山グラス〉など、数多くのプロダクトデザインを手がけ、
〈good design company〉の水野学さんや〈中川政七商店〉の中川淳さんたちとともに、
〈THE〉というブランドも仕掛けている。

〈貝印〉も今年110周年を迎えた、連綿とものづくりをしてきた企業。
そこで〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さんと、
歴史あるものづくりにおける共通項を探りに、鈴木さんを訪ねた。

〈プロダクト・デザイン・センター〉という社名からも、
並々ならぬ「プロダクト愛」が感じられるように、鈴木さんはとにかく「もの愛好家」。
なんと弥生土器も個人で所有しているという。

〈プロダクト・デザイン・センター〉鈴木啓太さん(写真右)のコレクションを興味深く見る、〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚 淳さん。

「価格に関係なく、もの全般がとても好きで、たくさん所有しています。
とにかく手に入れて試してみたい。その傾向は子どものときから変わっていないようで、
今もよく家族に冗談にされています」と笑う。

しかし、プロダクトデザイナーとして
多くの製品に触れている、デザインの歴史を知っているという蓄積は、
発注側としては信頼に値するのではないか。
鈴木さんはこうしたものへの愛情から得た知識や体感を、
自身のデザイン哲学の中心に据えている。

「もののデザインは過去から着々と進化してきて、今の形に落ち着いています。
進化とは“発生と淘汰”の繰り返し。
今残っているデザインは、淘汰されずに生き残ってきた意味と強さを持っています。
だからこそ、過去を大いに参考にし、
未来にどのようにバトンを受け継いでいくかを考えています」

たとえば公共のベンチやイス。
イームズの名作もあれば、アノニマスであってもきちんと機能しているものも多い。
あるとき鈴木さんは〈相模鉄道〉から駅のベンチのデザインを依頼された。

事務所の玄関に置かれていた相鉄線のベンチのサンプル。

「改良すべき点はふたつ。着座率が低いということと、忘れ物が多いということでした。
そこで、各席の横に付いていた荷物置き場をなくし、
5席がつながっていたベンチを4席に減らしました。
すると1席あたりの面積が広くなり、
自然と荷物を自分の座席内に置くようになるので忘れ物は減ります。
さらに席の間隔も広くなるので、隣を気にせず4席すべてに座ってもらえるようになり、
着座率を向上させることができました。
特別、コンセプチュアルなデザインをしたわけではありません」

これが、鈴木さんが考える「ものの歴史を一歩進める」ということだ。
時代に合わせてアップデートし、次世代に受け渡すこと。
もしかしたらこの先、荷物など持たない時代がくるかもしれない。
そのときが来たら、次世代デザイナーがまた新しくデザインを進化させていくのだろう。

相鉄線の車両20000シリーズ。

鈴木さんの作品のなかで、貝印・大塚さんが好きなデザインは、
〈URUSHI Bathtub〉だという。花のフォルムを模した漆塗りのお風呂だ。

「昔、古伊万里の輪花皿を買ったことがありますが、
そういった昔ながらのディテールを今のプロダクトに落とし込んでいるデザイナーは、
意外と少ない」と好きな理由を教えてくれた貝印・大塚さん。

〈URUSHI Bathtub〉(写真提供:PRODUCT DESIGN CENTER)

それに対して鈴木さんは
「梅の花は、江戸時代から日本の美術で頻繁に使われてきたモチーフで、
日本のデザインの原型のひとつです。それを思いきって取り入れてみました」と答える。

さらに貝印・大塚さんは付け加えた。
「以前に〈PLUS〉のハサミをデザインしていましたよね。
あれも私にとっては新しい発想でした。
通常通りデザインすると、持ち手の外側をきれいに整えてから、
内側に穴を開けるという順序になってしまい、指がきつくなってしまいがちです。
しかしあのハサミは、ちゃんと内側のアールから発想していますよね。
その美しさが〈URUSHI Bathtub〉ともリンクしました」

アートブックをプレゼント! 大津発・ArtとTripが融合した 〈Otsu Festival〉

京都から電車でわずか9分!
という滋賀県大津市が、 ArtとTripが融合した
プロジェクト〈Otsu Festival〉をスタートしました!

国内外の多彩なジャンルのアーティストたちが、
実際に大津を旅し、その体験を作品として表現、
Webサイトやアートブック、動画として発信するプロジェクトです。

参加アーティストは、写真家の浅田政志と石川直樹、漫画家の高橋陽一、
イラストレーターのフロラン・シャヴエとウィスット・ポンニミット、
そして振付師の振付稼業 air:manという面々。

写真集『熊を彫る人』に込められた
木彫家・藤戸竹喜と
北海道、アイヌと木彫りの熊の物語

写真家の情熱からかたちになった1冊の本

北海道の木彫りの熊といわれて、
鮭をくわえたその姿をイメージする人は多いだろう。
それくらいお土産の定番だったわけだが、多くの土産物がそうであるように、
どんな人がつくっているのかというところまでは、よほど気になることがない限り、
なかなか考えが及ばないもの。

ましてやこんなに豊かな物語が背後に潜んでいるなんて、
『熊を彫る人』という1冊の本に出会わなかったら、
知ることができなかったかもしれない。

本書の副題は、
『木彫りの熊が誘うアイヌの森 命を紡ぐ彫刻家・藤戸竹喜の仕事』。
藤戸竹喜さんは、1934(昭和9)年旭川に生まれたアイヌの彫刻家。
11歳から熊彫りを始めて、阿寒湖畔にアトリエを構え、
アイヌ民族の伝統を受け継ぎながら現役で活躍しているのだが、
藤戸さんが彫る動物たちは、自然が神様であるというアイヌの考え方や生き方を、
そのまま表しているような躍動感に満ちている。

一方で、木彫り熊の歴史は大きく旭川と八雲、2つのルーツがある。
藤戸さんは、旭川の流れと深い関わりをもつ。アイヌの人たちには
昔から暮らしや祭りで使う道具を木彫りでつくってきた伝統があり、
旭川の木彫り熊は土産物として必要とされて生まれたものといわれている。

アトリエで撮影された藤戸竹喜さん。(『熊を彫る人』より photo:yayoi arimoto)

ワシントンD.C.の世界的に有名な博物館群である〈スミソニアン博物館〉に
作品が展示されたりなど、国内外での評価も高く、
彫刻家として一目置かれる存在なのだが、
この本は藤戸さんの輝かしい功績をたどる種類のものではないし、
図録のように作品を整然と並べたものでもない。
藤戸さんの記憶や、時代とともにかたちを変えてきた阿寒湖の風景が、
写真と文章で叙情的に立ち上がってくる、童話のような1冊だ。

阿寒湖での衝撃的な出会い

写真を担当したのは、コロカルでも活躍している在本彌生さん。
この本はいってみれば在本さんの情熱から生まれたものなのだが、
彼女が藤戸さんの作品と初めて出会ったのも、
実はコロカルの取材先でのことだった。

「2年前に阿寒湖で、藤戸さんのつくった木彫りのオオカミを見たとき、
これを自然のなかで撮ってみたいと直感的に思ったんです。
ちょうど『わたしの獣たち』という自分の写真集をまとめている時期で、
藤戸さんの作品に野性的なもの感じたというか、
この世にひとつしかないようなあり様が独特なものに、興味があったのだと思います」

藤戸さんの作品に魅せられ、北海道に通うことになった写真家の在本彌生さん。

東京に戻ってきてもその気持ちは収まらず、藤戸さんの自宅に直接電話をして、
再び北海道へ。藤戸さんと奥さまの茂子さんにお会いして、
撮影自体は快く承諾してもらえたものの、
在本さんはただ写真を撮って終わりになるようなものにはしたくないと、
そのときすでに思っていたようだ。

誘われたライターの村岡俊也さんも、在本さんが興奮気味に話す作品の魅力や、
藤戸さんという人物に興味を持ち、文章を担当することに。
ふたりで初めて藤戸さんのアトリエを訪れたのは、
マイナス20度を下回る極寒の時期だった。

20年ほど前、バイクで北海道旅行をしたときに訪れた阿寒湖アイヌコタンが印象に残っていたという、ライターの村岡俊也さん。

中学生と地元デザイナーの コラボで公式紙袋をデザイン! 〈Adobe Design Jimoto Student〉

いまだ震災の爪痕が残る宮城県の三陸エリア。
震災以降、地域の魅力を見直す事業が増え、
その学びをどう活かしていくのかが課題になっています。

そんな気仙沼市にある気仙沼市立唐桑中学校で、2018年1月23日(火)、
中学生と地元デザイナーがコラボレーションするデザインイベント
〈Design Jimoto Student with Pensea Next Switch in 気仙沼〉が開催されました。

唐桑中学校はユネスコ認定も受けており、
これまでにも博報堂アイ・スタジオとのコラボレーションなど、
こどもたちの豊かな学びをデザインで深める活動を活動をしてきた学校。

このイベント〈Design Jimoto Student〉は画像加工ソフト「Photoshop」
などで知られるアドビシステムズ社が主催する、地元のキーパーソンと連携して
学生が問題解決を学んでいくデザインワークショップです。
クリエイティブのイベントに社会性を持たせたい、ということから始まり、
これまでに福岡、渋谷、奈良、千葉で開催されてきました。

このワークショップの課題は、気仙沼ブランドの紙袋をデザインすること! 
最優秀アイデアは、実際に町が使う紙袋デザインとして採用される可能性があります。
夢がありますね〜。

当日は大雪!

さて、いよいよイベント開始! 当日は東京でも大雪になった日で、
気仙沼もたった一晩で銀世界になっていました。
そんな中でもコートなしで雪かきする生徒さんたちがスゴイ……!

会場は中学校の体育館。
生徒5名にプロで活躍するデザイナー1名の6人がチームを組み、
全8チームが参加、優勝を競います。デザインにかける時間はたったの1時間半! 
果たしてどんなデザインが出来上がるのでしょうか?

生徒たちへの課題は、“気仙沼をイメージするイラストを描くこと”。
ほたて、ほやなどの海産物から、椿や鹿など気仙沼の誇りと思うモチーフを描いて、
その素材をデザイナーがレイアウトしていきます。

生徒たちもすごく楽しそう!

アドビ主催ということもあって、
iPadでの作業を積極的に取り入れたワークショップに。
スマホから撮影した絵をパソコンに取り込めるアプリ〈Capture CC〉や、
実際のデザインが実際使われるとどう見えるのかという
デジタルモックアップを〈Adobe Dimension CC〉というソフトを使って作っていきます。

そして本イベントの特徴は、地元のキーパーソンと連携していること。
元々都内で活躍していたクリエイターで、震災を機に唐桑にUターンした
鈴木あゆみさんが発起人を務める〈Next Switch Project〉と、
気仙沼のまちづくり会社〈まるオフィス〉らが参加し、
生徒の緊張をほぐすアイスブレイクをするなど、強力なバックアップを得ています。

パティシエとシェフが
空き家の改修に挑戦!?
下呂市で若者を呼び込む
〈小坂リノベーションペダル〉

飛騨への移住は何が違う?
仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ vol.4

世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。

地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。

ゆっくりでも継続的なリノベーションプロジェクト

日本三名泉として、温泉好きに人気の高い下呂市。
まちなかには風情のある温泉旅館が並び、浴衣姿で湯めぐりをする旅行者も多い。

日常を離れて温泉につかるのもいいが、このまちの魅力は、それだけにとどまらない。
地域に根ざした事業者のなかには、自分たちの手を動かし、
地域の価値を高めていきたい、と考えている人たちもいる。

温泉街から少し北上した下呂市小坂町には、
かつて〈夢みどり館〉という喫茶店があった。
建物自体は下呂市の所有物件だが、閉店して10年ほど、空き家になっている建物だ。

かつて喫茶店だった〈夢みどり館〉。多角形で構成された、ユニークな外観が特徴だ。

今後の活用方法が定まらないなか、建物保存のために立ち上がったのが、
パティシエの北條達也さんと、シェフの松山豪さんのふたりだ。

もともと、北條さんたちは、廃校となった地元の小学校を改修する
プロジェクトを考えていたが、所有者である市との話し合いのなかで、
まずは小さな夢みどり館の改修から提案されたという。

下呂市萩原町でお店を営む松山豪さん(左)と北條達也さん(右)。

「改修といっても、まだ始まったばかり。
休みの日に少しずつやっているので、完成するのはいつになるやら……」

ふたりともそう笑って話すが、10年以上空き家だった物件を自分たちで直すのは、
なかなか時間のかかる作業だ。

改修プロジェクトは、〈小坂リノベーションペダル〉と名づけられ、
時間をかけて進められている。
ゆっくりでも、こいで前に進むペダルのように、継続を願ってつけられた名だ。

このまま再起不能な建物になってしまうのを待つのではなく、できるところから改修し、
いずれはより資産価値のあるものに変えていこうとする思いは強い。

将来は、地域を離れていった若者が帰ってくることができるような
場所をつくりたいというふたりに、話を聞いた。

『資生堂のデザイン -新しい価値づくりへの挑戦-』 がファンやクリエイターの聖地、 資生堂企業資料館にて開催!

資生堂デザインファンの聖地〈資生堂企業資料館〉

静岡県掛川市に〈資生堂企業資料館〉があるのをご存知ですか?
同館では商品や宣伝制作物などの資料が見られるほか、
ガーデンやミュージアムショップ、近現代の美術品を収蔵する
美術館〈資生堂アートハウス〉も隣接し、
さまざまなジャンルのアート・デザイン・工芸が楽しめるスポットになっているんです。

2018年1月から、同館にて
『資生堂のデザイン ー新しい価値づくりへの挑戦ー』展がスタートしました。
本展で見られるのは、1960年代から近年までの広告・宣伝物をはじめとする貴重な作品群。

1872年(明治5年)に日本初の
民間洋風調剤薬局として創業し「美」を追求し続けてきた資生堂。
そのデザインは、初代社長・福原信三さんが創設した「意匠部」に集まった
トップクリエイターたちによって洗練されたといいます。

そして資生堂の歴史を語る上で欠かせないのが、戦前・戦後を通じて活躍した、
イラストレーター・デザイナー、山名文夫(やまなあやお)さんの存在。
山名さんの登場により、アールヌーヴォー、アールデコを基調としたデザインが磨かれ、
繊細で優美な「資生堂スタイル」が完成しました。

1960年代に入ると、ライフスタイルの変化とともに新しい表現が登場します。
本展の中心となるのは、そうした「反資生堂スタイル」と呼ばれた作品たち。
当時のクライアントや社会に新鮮な驚きを与えた、資生堂の挑戦を垣間見ることができます。

また、常設展には山名文夫さんや山本武夫さん、前田貢さんらが手がけたポスターや、
資生堂書体・花椿マーク・欧文ロゴの変遷、創業以来の商品パッケージなども。
資生堂のデザインが好きな方にはたまらないですね。

日本初の練歯磨、資生堂初の化粧品「オイデルミン」から現代にいたるまでの宣伝制作物やポスターの展示、CMシアターなどが楽しめます。

常設展で見られるパッケージデザインのコーナー。1階には、1872年(明治5年)の創業から100年間の商品パッケージを時代を追いながら展示。2階には、1972年以降の商品を「スキンケア」「メーキャップ」「サマー・サンケア」などのカテゴリー別に展示しています。

からくり人形はロボットの原点?
〈九代玉屋庄兵衛〉江戸時代から
続く人形師の家系の当主に聞く

名古屋に残るからくり人形

江戸時代初期から中期にかけて発展したからくり人形は、
お祭りにおいて山車の上で踊ったり、お座敷で遊ぶ玩具である。
江戸時代(享保年間)から続く、唯一のからくり人形師の家系である〈玉屋庄兵衛〉。
現当主は九代玉屋庄兵衛さんで、名古屋に工房を構える。
数多くの製造業者が拠点を構える名古屋を含む中部地方は、
ものづくりの精神が息づくエリア。
そんな地域に機械工学の原点のような技術が受け継がれていたとは関連性が深そうだ。
そこで同じく中部地方に本社を構える〈貝印〉の
商品本部デザイン室チーフマネージャーである大塚 淳さんと、
九代玉屋庄兵衛さんの工房を訪ねた。

〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さん、九代玉屋庄兵衛さん。

時をさかのぼって1733年。京都に住んでいたからくり人形師の庄兵衛は、
名古屋の城下で行われていた「東照宮祭」の山車のからくり人形を製作した。
翌年、玉屋町(現在の名古屋市中区)に移り住む。
その地名を取って玉屋庄兵衛を名乗ったのが、初代の玉屋庄兵衛だ。
現在でも愛知県には、150以上の「山車祭り」が残っている。
そのうち、からくり人形が舞い踊る山車は約140台。
それらの修理・復元の多くが、玉屋さんの元へやってくる。

九代玉屋庄兵衛さんは、オリジナルのからくり人形も製作。
まずは「茶運人形」が実際に動く様子を見せてもらった。

茶碗が「スイッチ」になっている茶運人形。

人形がお茶を持って“歩いて”くる。お茶を取り、飲んだ後に茶碗を戻すと、
Uターンして戻っていく。
1796年に細川半蔵頼直が残した『機匠図彙(からくりずい)』に記されていた機械図をもとに、
父親である7代目が復元したものだ。

『機匠図彙(からくりずい)』のレプリカ。

「図はかなり粗いものでしたので、7代目がかなりアレンジを施したようです。
一番難しいのは歯車。歯に対してタテの木目のみを使って、
8枚を貼り合わせていきます。横の木目だと、細い歯の先が割れやすい。
さらに木はその土地の湿度を受けて変化してしまうのので、影響を受けて変化しやすい」
と言う九代玉屋庄兵衛さん。

木目が美しく放射状に並んでいることがわかる。

木は部位に合わせて7種類を使用している。顔や手足はヒノキ、型枠や胴は山桜、
軸芯は赤樫、歯車はカリン、ほかに黒壇、柘植、竹と、強度や特性に合わせて木を選ぶ。
どのからくり人形も木製なので、当然、木に詳しくないといけない。

九代玉屋庄兵衛さんの代表作といわれるのが「弓曳童子」。
もともとは、江戸末期に田中久重が製作したものだ。
その図面は残っていなかったので、オリジナルを解体、採寸し、完全に復元した。
素材もすべて同じものを使用。製作には1年を要したという。

カタカタという音とともに、矢を1本1本親指と人さし指でつまみ、
弓につがえて狙いを定め、指を離して矢を放つ。
この淀みない一連の動きにはほれぼれしてしまう。
スムーズではあるが、リアルというのとはまた異なる味のある動き。
特に狙いを定めようと少し顎を上げたときの「表情」は、ぜひ動画を見てほしい。

指でしっかりと矢を掴む「弓曳童子」。

「からくりの機械構造は、動きを想定しながら考えるのですか?」
と貝印・大塚さんが聞く。

「理想は、人間の動きに近づけること。
たとえば、『乱杭渡り』は江戸時代からあるからくり人形で、
二枚下駄に乗って杭を上っていくというもの。
これを一枚下駄でつくることになりました。
人間が二枚下駄から一枚下駄になったときに、
どのようにバランスをとっていくかを考え、リアルな動きになるように考えました」

人間らしい動きをするから、愛嬌があるし、感情移入する。
目指すところは人間と同じ動きをすること。
現在のロボット開発がたどっている道筋と似ているような気がする。

「乱杭渡り」をする人形。

スケルトンになった茶運人形を見せてくれながら説明してくれた。

南インドの出版社〈タラブックス〉
小さな組織だからこそできる、
本づくりの可能性

撮影:吉次史成

〈タラブックス〉の編集者、ふたりのギータが日本にやってきた!

いま、わたしが転居を計画中の岩見沢の山里で、“森の出版社”を始めてみたい。
そんな想いを、この連載で以前に書いたことがある

その構想の源になったのは、〈タラブックス〉という小さな出版社の活動だ。
南インドのチェンナイにあり、手漉きの紙に手刷り、手製本による
工芸品のような美しい絵本を生み出す出版社として、その名を知られている。

長年、出版を行うのは都会がベストという固定観念を持っていたのだが、
これらの本を眺めているうちに、過疎化が進む山間部でも、
印刷工房をつくって出版活動ができるんじゃないか? 
という可能性が感じられるようになったのだ。

ハンドメイド本『夜の木』は、やわらかな質感の黒い紙に手で刷られたもの。インクがしっかりとのったシルクスクリーン印刷ならではの力強さを感じさせる。

タラブックスの活動を深く知るようになったのは、つい最近のこと。
きっかけは、板橋区立美術館で開催中のタラブックスの展覧会に、
長年仕事をともにしてきた仲間が関わっており、
準備段階から話を聞いていたことによる。

さらに、7月に玄光社より刊行された書籍『タラブックス』を読み、
出版社の様子を詳しく知ることができた。
しかも、タラブックスのことをもっと知りたいと思っていた矢先、
展覧会を手がけていた仲間から、関連企画として行うシンポジウムの
資料づくりや司会のサポートをしてほしいと頼まれ、
実際にタラブックスの編集者に会えるという、すばらしい機会がやってきたのだ!

2017年11月25日から板橋区立美術館で開催中の『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』展。2018年1月8日まで。(撮影:吉次史成)

インドの東部、西ベンガル州に伝わる絵巻物も紹介されている。タラブックスでは、ポトゥア(絵巻物師)の伝統的な語りや新しい物語を、本というかたちで展開する試みを行った。(撮影:吉次史成)

シンポジウムも開催。タラブックスの本づくりの視点とは?

シンポジウムのテーマは「世界を変える本づくり」。
パネリストはこの出版社の編集者、ギータ・ウォルフさんと
V・ギータさん(ふたりのギータと呼ばれている)に加え日本から7名が参加。
日本のパネリストも個性的な本づくりに関わっていることもあり、
開催前から注目度は高く、定員300名の会場は事前予約でいっぱいとなった。

11月28日、東京都港区の〈コクヨホール〉でシンポジウムが開催され、
まずウォルフさんの基調講演が行われた。
20分と短いものではあったが、タラブックスがどんな視点で
本づくりを行っているのかが多角的に語られていった。

1994年にタラブックスを創設した代表のギータ・ウォルフさん。インドの絵本は西洋の翻訳本が中心だった状況のなかで、子どもたちに向けたインドならではの新しい本づくりを開拓。タラブックスから20冊以上の著作を出している。(撮影:南阿沙美)

基調講演ではV・ギータさんも壇上で本を紹介してくれた。広げているのは、日本人作家・タカハシカオリさんとつくった『ぱたぱた絵本 くまさんどこかな?』。上下左右にページが開かれるという独創的なもの。本の形状の可能性を広げる実験も、タラブックスの特徴のひとつ。(撮影:南阿沙美)

コズミックワンダー活動20周年! 島根県立石見美術館にて 展覧会『充溢する光』を開催

グラフィックデザイン:服部一成/写真:木村友紀

2018年1月8日(月・祝)まで、島根県立石見美術館にて
展覧会『COSMIC WONDER(コズミックワンダー)充溢する光』が開催されています。

1997年に現代美術作家の前田征紀(まえだゆきのり)さんによって設立され、
「精神に作用する波動」としての衣服や美術作品の制作、
書籍の発行など多彩な表現活動を展開しているコズミックワンダー。

本展では1999年から2009年にかけてパリで発表されたコレクションの代表作と、
ルックブックやコレクションを記録した写真などを展示します。

パリで発表されたカーテンと一体化したドレス。A Shadow Necessary for Windows / at Palais de Tokyo, Paris, France 2002 写真:木村友紀 (c) COSMICWONDER

コズミックワンダーは2000年よりパリコレに参加し、
インスタレーションの手法で作品を発表したり、
2010年には制作工程で一切化学処理を行わないオーガニックライフスタイルプロジェクト
〈The Solar Garden COSMIC WONDER Light Source〉を発表したりと、
この20年でさまざまな試みを行ってきました。
そして2016年冬には、アトリエを京都の美山(みやま)の
重要伝統的建造物群保存地区に移転。
今後の活動からも、ますます目が離せなくなりそうです。

写真:ホンマタカシ (c) 島根県立石見美術館 (c) ホンマタカシ

この冬の西和賀は、
演劇とアートがアツい!
〈ギンガク〉企画委員
髙野由茉さん

西和賀にんげん図鑑vol.8 髙野由茉さん(ギンガク企画委員)

「西和賀にんげん図鑑」vol.1の小堀陽平さんが運営に携わっている、
演劇専用の〈ギンガク(銀河ホール学生演劇合宿事業)〉は、来年の冬、7年目に突入する。
その企画委員として小堀さんとともに活動しているのが、髙野由茉さんだ。
日本大学芸術学部3年の時にギンガクに参加し、
その後、企画運営に関わって実家のある東京と行き来しているうちに、
「西和賀に住んだほうが、運営がスムーズかも」と、今年7月に移住。
11月中旬にはさっそく「豪雪」の洗礼を受けながらも、
これまでの経験や大学での学びを生かし、充実した日々を送っている。

「町内の人たちからはお米や野菜をいただくなど、本当にお世話になっています。町内産の野菜は味が濃くておいしいんですよ」と、西和賀の暮らしにすっかりなじんだ様子。

WOW『POPPO』展で みんなの顔がこけしに! 東北の郷土玩具を デジタルアートで体験

2017年12月1日(金)〜25日(月)、山形県東根市の〈まなびあテラス〉にて、
ビジュアルデザインスタジオ〈WOW(わう)〉による
『POPPO(ぽっぽ)』展が開催されています。

本展では、東北地方に伝わる「こけし」や「お鷹ぽっぽ」といった郷土玩具を
デジタルアートを通して体験できます。

『YADORU』は、こどもの成長や心身回復、五穀豊穣を願い、
山の神と繋がる縁起物としてつくられてきた「こけし」をモチーフにした作品。

こけしに、世代を超えて願われてきた思いを映しだします。
なんと、鑑賞者の顔がこけしになるというしかけも。
これはユニークですねー!

こちらは「お鷹ぽっぽ」をはじめとする笹野一刀彫という
木彫玩具をテーマにした体験型インスタレーション『ぽっぽの森』。

お鷹ぽっぽは山形県米沢市笹野地区に伝わる木彫りの郷土玩具です。
「ぽっぽ」には、アイヌ語で玩具という意味があるのだそう。

お鷹ぽっぽ

笹野一刀彫には、弾力性があり、色が白く絵つけに適した「コシアブラ」の木が使われます。
本作では、コシアブラの木に見立てたマグネットを壁に積み重ねていくと、
森のなかからさまざまな鳥たちがやってきます。

小豆島〈ゲストハウス KAINAN〉 廃業したホテルを 瀬戸内国際芸術祭の 拠点となるゲストハウスに!

瀬戸内海の小豆島で、廃業したホテル〈海南荘〉を改装し、
アートの拠点となるゲストハウスにしようというプロジェクトが進んでいます。
ゲストハウスの名は旧ホテルにちなみ、〈ゲストハウス KAINAN〉。
いま、2018年4月のオープンを目指し、クラウドファンディングが実施されています。

プロジェクトの代表は、高松市出身で
〈BOOK MARÜTE ブックマルテ〉代表の小笠原哲也さん。
小笠原さんは同市で〈古道具MARÜE〉〈ゲストハウスまどか〉、
台湾で〈緑光+marute〉も運営されています。

左から代表の小笠原哲也さん、大野顕司さん、高田陸さん、箱崎菜海さん

小豆島といえば現代アートの祭典〈瀬戸内国際芸術祭〉の舞台。
ゲストハウス KAINANではアーティスト・イン・レジデンスや
ブックカフェ、交流スペースを併設し、
島の人とアーティスト、ゲストが交流できるような場をつくっていきたいのだとか。
これは楽しくなりそう!

小豆島へは、香川県の高松港からフェリーで約1時間。

1年を通じて暖かく、島の約7割を占める山間部には数々の絶景スポットが点在し、
真っ白な砂浜のある海ではマリンスポーツも楽しめます。
小豆島の暮らしは、〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさんによるコロカルでの連載、
小豆島日記でもおなじみです。

豊かな食文化も小豆島の魅力のひとつ。豊富な海の幸に山の幸、400年の伝統を有する醤油や手延べ素麺などがあります。また、日本で初めてオリーブの栽培に成功した島としても知られています。

ホテルから砂浜までは、歩いて5分。
客室からはうつくしいオーシャンビューがのぞめます。

ゲストハウスをつくる理由は、遠方からの旅行者や芸術祭を訪れる
アーティストが多いにも関わらず、島内の宿泊施設が不足しているから。

「長く滞在できる場所をつくることで、小豆島を満喫してほしい。
そして、自然ともアートとも触れ合える、ここでしか感じられない空気をゆっくり感じてほしい」
というのが小笠原さんたちの願いなのです。

『西山忠男 OWL展』 みどり荘で開催。 開拓の歴史がつまった鍬に光を。 木彫作家が密かにつくり 続けてきたアートピース

2017年12月16日(土)〜12月24日(土)、
〈みどり荘 中目黒ギャラリー〉(東京都目黒区)にて
北海道在住の木彫り作家、西山忠男さんの個展『OWL』が開催されます。

今回展示されるのは、ふくろうやアイヌの女の人の木彫り作品などを
手がけてきた西山さんが密かにつくっていた“燭台”。
一度役割を終えた古い鍬(くわ)の鉄の部分からつくったものだといいます。

「使い終わったからと言って無暗に捨ててはならないものだと思った。
あの鍬には北海道の開拓の歴史が詰まっている。
もう一度、色んな人に見てもらうためには明かりしかないと思ったんだ」(西山さん)

西山さんは、現在80歳。
兵庫のご出身で、若い頃は東京・浅草でアクセサリーデザイナーとして
サラリーマン生活を送っていたそうですが、
あるとき北海道の阿寒へ移住し、木彫り作家としての活動をスタートさせました。

それから30年もの間、北海道のアイヌの人たちと
交流を深めながら作品をつくってきたのだそう。
さらにギャラリーやレストラン、ホテルなどを経営し、ビジネスでも成功を収めました。

西山さんが阿寒、札幌、富良野を経てたどり着いた地が北海道上川郡東川町。
そこに住居兼お店〈ふくろうの店〉をかまえ、生活をいとなんできました。

そんな西山さんが人知れずつくってきた燭台を見い出したのは、
写真家の安永ケンタウロスさんでした。

家族とともに東川町に移住してきたという安永さんは
「北海道道1160号を車で走る度に〈ふくろうの店〉が気になっていたのだが、
なかなか入り辛い、どこか重々しい雰囲気があった。
しばらくした後、意を決して入ってみると、
西山さんは僕を快く受け入れてくれた」と語ります。

それからふたりは徐々に親密になっていき、あるとき西山さんから
「誰にも見せていないんだが、感想を聞かせて欲しい」と燭台を見せられたのだとか。

今回の展示は、安永さんがその燭台に感銘を受け、
「もっと多くの方に見てもらいたい、触れてもらいたい」と思ったことから実現しました。

このたび会場には、その燭台と燭台を写した安永さんの写真50点、
ふくろうの木彫りが並びます。

写真:安永ケンタウロス

愛くるしすぎる! 北海道の森に暮らす エゾモモンガの写真集 『モモンガだモン!』

北海道の森に暮らすエゾモモンガ。
大きな目がチャームポイントのエゾモモンガは、
まるでモルモットやハムスターのような愛くるしい姿で、
頭から尻尾まで、体長わずか20センチ、体重約100gのコンパクトサイズ。
“空飛ぶハンカチ”という愛称で、
その愛らしい姿と仕草にメロメロになってしまう人が続出!

そんなエゾモモンガの写真集『モモンガだモン!』が天夢人より出版されました。
自然のなかでは、なかなか目にすることのできない
小さな森の住人=モモンガが繰り広げる、
まるでぬいぐるみのようなかわいさいっぱいの私生活が盛りだくさん……!

いずれも、気鋭の写真家・太田達也さんが長年かけて撮影した
ベストショットの数々です。