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連載

写真集『熊を彫る人』に込められた
木彫家・藤戸竹喜と
北海道、アイヌと木彫りの熊の物語

ローカルアートレポート
vol.079

posted:2018.2.2   from:北海道釧路市阿寒町  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

photographer profile

Nobuto Osakabe

刑部信人

おさかべ・のぶと●フォトグラファー静岡県出身、東京都在住。広告、書籍、映像の分野で活動。文化、人の暮らしに興味があり、「写真」で未来にどう残すかを日々考えています。2015年に写真集『花火』『HOLIDAY』を出版。
http://nobuto-osakabe.com/

写真家の情熱からかたちになった1冊の本

北海道の木彫りの熊といわれて、
鮭をくわえたその姿をイメージする人は多いだろう。
それくらいお土産の定番だったわけだが、多くの土産物がそうであるように、
どんな人がつくっているのかというところまでは、よほど気になることがない限り、
なかなか考えが及ばないもの。

ましてやこんなに豊かな物語が背後に潜んでいるなんて、
『熊を彫る人』という1冊の本に出会わなかったら、
知ることができなかったかもしれない。

本書の副題は、
『木彫りの熊が誘うアイヌの森 命を紡ぐ彫刻家・藤戸竹喜の仕事』。
藤戸竹喜さんは、1934(昭和9)年旭川に生まれたアイヌの彫刻家。
11歳から熊彫りを始めて、阿寒湖畔にアトリエを構え、
アイヌ民族の伝統を受け継ぎながら現役で活躍しているのだが、
藤戸さんが彫る動物たちは、自然が神様であるというアイヌの考え方や生き方を、
そのまま表しているような躍動感に満ちている。

一方で、木彫り熊の歴史は大きく旭川と八雲、2つのルーツがある。
藤戸さんは、旭川の流れと深い関わりをもつ。アイヌの人たちには
昔から暮らしや祭りで使う道具を木彫りでつくってきた伝統があり、
旭川の木彫り熊は土産物として必要とされて生まれたものといわれている。

アトリエで撮影された藤戸竹喜さん。(『熊を彫る人』より photo:yayoi arimoto)

ワシントンD.C.の世界的に有名な博物館群である〈スミソニアン博物館〉に
作品が展示されたりなど、国内外での評価も高く、
彫刻家として一目置かれる存在なのだが、
この本は藤戸さんの輝かしい功績をたどる種類のものではないし、
図録のように作品を整然と並べたものでもない。
藤戸さんの記憶や、時代とともにかたちを変えてきた阿寒湖の風景が、
写真と文章で叙情的に立ち上がってくる、童話のような1冊だ。

阿寒湖での衝撃的な出会い

写真を担当したのは、コロカルでも活躍している在本彌生さん。
この本はいってみれば在本さんの情熱から生まれたものなのだが、
彼女が藤戸さんの作品と初めて出会ったのも、
実はコロカルの取材先でのことだった。

「2年前に阿寒湖で、藤戸さんのつくった木彫りのオオカミを見たとき、
これを自然のなかで撮ってみたいと直感的に思ったんです。
ちょうど『わたしの獣たち』という自分の写真集をまとめている時期で、
藤戸さんの作品に野性的なもの感じたというか、
この世にひとつしかないようなあり様が独特なものに、興味があったのだと思います」

藤戸さんの作品に魅せられ、北海道に通うことになった写真家の在本彌生さん。

東京に戻ってきてもその気持ちは収まらず、藤戸さんの自宅に直接電話をして、
再び北海道へ。藤戸さんと奥さまの茂子さんにお会いして、
撮影自体は快く承諾してもらえたものの、
在本さんはただ写真を撮って終わりになるようなものにはしたくないと、
そのときすでに思っていたようだ。

誘われたライターの村岡俊也さんも、在本さんが興奮気味に話す作品の魅力や、
藤戸さんという人物に興味を持ち、文章を担当することに。
ふたりで初めて藤戸さんのアトリエを訪れたのは、
マイナス20度を下回る極寒の時期だった。

20年ほど前、バイクで北海道旅行をしたときに訪れた阿寒湖アイヌコタンが印象に残っていたという、ライターの村岡俊也さん。

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藤戸さんはどんな人?

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木彫り熊の申し子として

ふたりが語る藤戸さんの印象は「おっかない人」。
といっても声を荒げたり、厳しい態度をとるという意味ではなく、
やさしいからこそ威厳があって、畏怖すべき存在に映ったようだ。

「人の力とかよりも、自然や目に見えていないもののほうを、
よっぽど信用しているような印象を受けるんです。
それこそ動物のボスみたいな迫力があって、
見えない何かを統括している感じ」(在本さん)

「本当のことをわかっている人っているじゃないですか。
おまえたちもそれがわかっているんだったら、
一緒にやってもいいよっていう感じの目線なんです。
僕らが勝手に汲み取っている部分も、
もちろんあるとは思うのですが(笑)」(村岡さん)

隣まちにある活火山の硫黄山。(『熊を彫る人』より photo:yayoi arimoto)

人間と動物や自然の間にグラデーションがあるとしたら、
動物や自然により近い人、とでもいうのだろうか。
本書に収められている、カラスに食べ物をあげようとしているときの表情や、
若いときに飼っていた熊(!)と遊んでいる表情は、
見ているこちらまで思わず微笑んでしまうほど柔らかい。

さらに藤戸さんのライフストーリーを知ると、
なぜ底知れないやさしさや大きさを感じてしまうのかが、なんとなくわかる気がする。
たとえば雪の重みで潰れてしまった家で凍ったご飯を食べながら、
出稼ぎに行った父の帰りを1か月も待ち続けた、小学1年生の記憶。
その後、小学校を2年で辞めて、
旅をする父の傍らで見よう見まねで熊彫りを始めるようになるのだが。

(『熊を彫る人』より photo:yayoi arimoto)

「最初は衝撃を受けたけど、冷静に考えると、
当時はこういう話がそれほど珍しくはなかったのかもしれないと思うんです。
現代の暮らしで忘れてしまっているようなことや、
すっかりなかったことになっているようなことを、
藤戸さんの話は思い出させてくれるんですよね」(村岡さん)

日本全国のデパートで催される北海道物産展で、実演販売の武者修行をして、
20代半ばに阿寒湖に戻ってくると、北海道旅行がブームに。
「アイヌルネッサンス」と藤戸さんが呼ぶこの時代は、熊彫り仲間も多く、
遊びもケンカもやりたい放題。羨ましくなるくらい自由で、楽しそうだ。

「茂子さんが藤戸さんのことを
『木彫り熊の申し子のような人』と言っていたのですが、
木彫り熊の盛衰と藤戸さんの人生が重なっているんですよね。
黎明期を知るお父さんから受け継いで、
仲間がたくさんいて賑やかだった時代を経験して、
観光客の減少とともに仲間も減っていく過程を全部見ているので」(村岡さん)

(『熊を彫る人』より photo:yayoi arimoto)

神を彫るという行為の意味

木彫りの動物たちの撮影は、春夏秋冬それぞれの季節に阿寒湖周辺で行われた。
鮭をくわえた例の見慣れたスタイルの木彫り熊も、
川の岩場で喜んでいるように見える。
雪が溶けて春の到来を喜ぶようにじゃれ合う子熊たちや、
深い緑の鬱蒼とした森に佇む熊。
在本さんが最初にインスピレーションを受けたオオカミは、
美しい雪景色のなかで撮影された。

(『熊を彫る人』より photo:yayoi arimoto)

熊やオオカミはアイヌの人にとって神らしいのだが、
藤戸さんが彫るそれらは、どこか親しみを感じさせる。
若い頃に飼っていた熊を
「人懐っこくて、人間の子どもと一緒だ」と言うのも納得だ。
制作風景や工房の様子も収められているのだが、デッサンを一切描かず、
丸太から動物たちが浮かび上がってくる様は、魔法のように見事だという。

(『熊を彫る人』より photo:yayoi arimoto)

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知らなかった事実が次から次へと

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藤戸さんへのインタビューは、聞き出すというよりも、
言葉を受け取る作業だったと村岡さんは振り返る。
祖母が歌うユーカラ(アイヌの叙事詩)を耳にしながら眠った藤戸さんは、
物語を他者に伝えることがやはり得意なのだろう。
生き生きとした語り口からそのことが伝わってくる。

「話を聞いてから阿寒町史を読むと、
阿寒湖の風景が違って見えてくるのがおもしろかったですね。
藤戸さんの話はたしかにユーカラみたいなところがあったけど、
塊として本当のことを伝えることに重きを置いているのだと思うんです。
本来、物語にはそういう役割があると思うし、彌生さんの写真も
物語の一部として藤戸さんの世界を可視化してくれているんですよね」(村岡さん)

もともと北海道に興味はあり、取材で訪れる機会も幾度となくあったものの、
ひとつのことをテーマにこれほど深く関わったのは、
ふたりとも初めての経験だった。

「写真を撮りたいという単純な初期衝動から、
一歩踏み込んでみたら興味深いことがどんどん出てきて、
自分にとって本当に学びの多い経験でした。
木彫りの動物を入り口にこんなふうに世界が広がっていくなんて、
最初はもちろん想像できなかったので」(在本さん)

「初冠雪の日に雄阿寒岳に登って、木彫り熊を草むらに置いたとき、
熊という神様を藤戸さんが彫る意味がちょっとわかった気がしたんです。
恐れる対象としての神ではなく、近くに息づいている神。
アイヌの神様が森羅万象にいることは、頭のなかではわかっていたけれども、
取材を通してこういうことを体感できたのは、とてもうれしかったですね」
(村岡さん)

木彫りの動物たちが自然のなかで生き生きと動き回る、童話のような世界のなかで、
ひとりの熊彫りの人生、アイヌの歴史、阿寒湖やその周辺の風景、
人間と自然のあり方にまで思いが広がっていく。
藤戸さんの穏やかな語り口が、今にも聴こえてきそうだ。

透明度の高さで知られる湖〈オンネトー〉。(『熊を彫る人』より photo:yayoi arimoto)

現在、大阪の〈国立民族学博物館〉本館企画展示場で開催している
『現れよ。森羅の生命ー 木彫家 藤戸竹喜の世界』は、
藤戸さんの作品を間近で見ることのできる絶好の機会。
森の中をそのまま再現するような熊の姿や、
アイヌの先人たち、海の動物、狼とアイヌの物語など約90点を展示している。
本書とともに感動をぜひ味わってほしい。2018年3月13日まで。

ふくろう祭り ヤイタンキエカシ像 2013 年 鶴雅リゾート(株)蔵(撮影 露口啓二)

information

『熊を彫る人』

小学館 価格:2300円(税別)

information

map

『現れよ。森羅の生命ー 木彫家 藤戸竹喜の世界』

会期:2018年1月11日〜3月13日

会場:国立民族学博物館

住所:大阪府吹田市千里万博公園10-1

電話:06-6876-2151

開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで) 

定休日:水曜日

Web:http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/thematic/aynu20180111/index

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