連載
posted:2018.1.31 from:岐阜県下呂市 genre:食・グルメ / アート・デザイン・建築
sponsored by 飛騨地域創生連携協議会
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Tatsufumi Shiraishi
白石達史
しらいし・たつふみ●2010年に飛騨に移住。世界中から旅人が集まるガイドツアー、SATOYAMA EXPERIENCEの立ち上げに関わり、2017年に独立。編集・企画・広報・珈琲を柱に、新しい暮らしを実践中。
photographer profile
Fuko Nagasaka
長坂風子
ながさか・ふうこ●愛知県生まれ。大学卒業後、映像制作会社に勤務。地域の“今”を残したいと思い、岐阜県白川村に移住。好きなことは、映画を観ること、食べること。
飛騨への移住は何が違う? 仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ 一覧はこちら
世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。
地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。
日本三名泉として、温泉好きに人気の高い下呂市。
まちなかには風情のある温泉旅館が並び、浴衣姿で湯めぐりをする旅行者も多い。
日常を離れて温泉につかるのもいいが、このまちの魅力は、それだけにとどまらない。
地域に根ざした事業者のなかには、自分たちの手を動かし、
地域の価値を高めていきたい、と考えている人たちもいる。
温泉街から少し北上した下呂市小坂町には、
かつて〈夢みどり館〉という喫茶店があった。
建物自体は下呂市の所有物件だが、閉店して10年ほど、空き家になっている建物だ。
今後の活用方法が定まらないなか、建物保存のために立ち上がったのが、
パティシエの北條達也さんと、シェフの松山豪さんのふたりだ。
もともと、北條さんたちは、廃校となった地元の小学校を改修する
プロジェクトを考えていたが、所有者である市との話し合いのなかで、
まずは小さな夢みどり館の改修から提案されたという。
「改修といっても、まだ始まったばかり。
休みの日に少しずつやっているので、完成するのはいつになるやら……」
ふたりともそう笑って話すが、10年以上空き家だった物件を自分たちで直すのは、
なかなか時間のかかる作業だ。
改修プロジェクトは、〈小坂リノベーションペダル〉と名づけられ、
時間をかけて進められている。
ゆっくりでも、こいで前に進むペダルのように、継続を願ってつけられた名だ。
このまま再起不能な建物になってしまうのを待つのではなく、できるところから改修し、
いずれはより資産価値のあるものに変えていこうとする思いは強い。
将来は、地域を離れていった若者が帰ってくることができるような
場所をつくりたいというふたりに、話を聞いた。
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小坂リノベーションプロジェクトの中心人物は、パティシエの北條達也さんだ。
背景に歴史のあるものが好きだというが、その思いと同じくらい大切にしているのは、
若者に響くデザインだった。
「2002年に、洋菓子店の〈ジークフリーダ〉をオープンさせました。
味はもちろん、お店自体のデザイン性を高めて、
若者の感覚に訴えかける空間にしたかったんです」
北條さんは、下呂市小坂町生まれ。
子どもの頃から料理に興味を持ち、パティシエの道を選んだ。
高校卒業後に名古屋のホテルに勤めたあと、28歳でドイツとオーストリアへ修業に出る。
「ふつう、パティシエの修業といえばフランスをイメージすると思います。
僕がドイツを選んだのは、子どもの頃の影響が大きいかもしれません。
通っていた小学校は木造の校舎で、それこそドイツ建築の様式で、頑丈なつくりでした。
そこで過ごしていくうちに、あたたかみのある建築の良さを
肌で感じていたんだと思います。
また、父の仕事がインテリア関係だったこともあり、
子どもの頃から、当時流行していた西洋的な空間は身近にありました。
そういった思い出や空気感が自分のルーツになっていて、
洋菓子のつくり方を学ぼうと思ったとき、
ヨーロッパのなかでも、自然とドイツに導かれていきました」
2年の修業の後に帰国。念願のお店を開業するときは、
季節の変化を肌で感じられるよう、広葉樹が豊かな場所を探した。
地元出身ということもあって、現在の土地は、縁がつながって見つかったという。
2002年、まちから少し離れた小高くひらけた場所に、ジークフリーダをオープン。
窓の外には、飛騨川が広がっている。日本らしい自然の美しさと、
お店のたたずまいが調和して、ゆったりとした時間が流れている。
「お店の空間がどれだけすばらしくても、僕がつくるのはケーキです。
誰のためにつくるのか、常に考えています。
ベーシックなものを大切にしていますが、
これまでこの地域になかった提案も入れていくようにしています。
地元のおじいちゃんが、クレームブリュレを買ってくれたりするとうれしいですね」
北條さんが大切にしていることは、たとえ田舎であっても、
こだわりのお店をつくることができるということだ。
お店に入ったときの、心地よい空間のデザインと、味が認められるかどうか。
いずれも、センスを磨き続け、本物でないとすぐに飽きられてしまう。
特に、かつてまちを出て行った若い人に対しては、妥協のない仕事をすることで、
地域でも生きていけることを見せていきたいという。
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北條さんとともに、小坂リノベーションペダルを進めているのが、
萩原町でカジュアルイタリアン〈オステリア・クッキアイオ〉を営む、
シェフの松山豪さんだ。
松山さんは、実家が料理旅館だったこともあり、
高校生の頃から本格的な料理の世界に入った。
卒業後は、関西で仕事をしていたが、いずれは実家を継ぐつもりで、
主に和食を勉強していたという。
「関西では、和食もフレンチも経営しているような、
大きな企業にいたんです。そこで出会った人の影響もあり、
素材を生かすイタリアンのおもしろさに惹かれていきました」
イタリアンレストランで修業を積み、2007年に実家に戻った。
そして、これまで和食を出していた旅館業態から方向転換し、
イタリアンレストランとして開業。
建物は、一部をリノベーションして、古民具の似合う空間をつくりあげた。
「リノベーションペダルもそうですが、自分たちで手を動かして、
古いものを残していくことを大切にしたいと思っています。
旅館も、そのまま使うのではなくて、空間を生かしたうえで、
新しいことをやりたかった。
ジークフリーダの北條さんと知り合ったことで、
空間を自分の手でつくってもいいんだと影響を受けてますね」
もとあった空間を生かし、生まれ育った自分の故郷で仕事ができるのは、
何よりも幸せだという。
ジークフリーダとクッキアイオがある萩原町は、
もともと飛騨街道の宿場町として栄えた場所だ。
通りには、下呂市を代表する酒蔵〈天領酒造〉をはじめ、古い建造物が多く残っている。
「さまざまな立場の人が住むまちで、歴史のある建物を
すべて残すことは難しいかもしれません。
それでも、自分たちの手が届く範囲でいいので、
手を入れて直す、誰かに住んでもらう、という動きをつくっていきたいですね」
松山さんは、たとえ自分のものでなくても、古い建物が壊されていくことには
胸がしめつけられるようだと話す。
壊されるものを守ることで、まちの価値が上がる。
古いものの良さを伝えるとき、そこには
「不便だけど、かっこいい」という感覚が必要だ。
「僕たちは、次世代に残すまち並みに責任を持たなければなりません。
僕らが取り組んでいることを若者に見せることで、
都市部でなくてもおもしろいことができるんだな、
と気づいてもらえれば、と思っています」
松山さんが望んでいた地域での豊かな暮らしとは、
古くてかっこいいものがあって、豊かな自然があって、
おいしい食べものがあって、家族や友人がいること。
それはお金という尺度でははかれない。
そういったものを見つめ直すと、景観が変わっていくことは、
豊かさがひとつ失われてしまうように感じるという。
壊されてしまったものの歴史は、すぐには元に戻すことはできない。
たとえそこに不便さがあっても、代え難いものであることを、
もっと多くの人に知ってもらいたいと思っている。
「僕は、あくまでも、建物を残すことに重きを置いています。
そして、残すといっても、自分たちがつくり過ぎてはいけないとも感じています。
興味を持った人が関わっていける余白をいかに残すか。
いろんな人が、あとからでも入り込めるようにしていきたいんです」
「このあたりでは古い物件も多く、
誰にも住まれないまま解体されていくこともあります。
世代によっては、古いものに対してのネガティブなイメージがあるのだと思います。
そういった意識を変えてもらうために、地域の人が僕らのお店を訪れたときに
古いもののすばらしさに感動してもらえれば、と思っています」
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北條さんと松山さんは、仕事の合間を見つけては、
協力してくれる友人たちと夢みどり館のリノベーションを進めている。
屋根のサビを落とし、玄関にスロープをつけ、手すりを溶接して、
少しずつ自分たちの手で直していく。
「いまは、朽ちてしまった部分を自分たちで直しているくらい。
実は、完成形は、そんなに見えてないんですよ。
あとから関わる人にも考えてもらいやすいように、
あまり手を入れすぎないようにしています」(松山さん)
建物の使い道は、まだ決定しているわけではない。
カフェをやろうと意気込んだ時期もあったが、
お店として取り組むには、腰を据えて関わる人が必要だ。
そういった人がすぐ見つかるかは、まだわからない。
それでも、手を動かし続けているのは、
いつかこの場所に人が集うことを願っているからだ。
「僕らがこうして、この場所に手を入れていることで、地元の人たちが
『なにやっとるんやー』と集まってくる。いまは、それだけで十分。
利益が出る事業でもなく、借金があるわけでもない。
自分たちのペースでリノベーションを続けて、
将来引っかかる人が現れれば、それはうれしいことです」(北條さん)
いまの日本には、空き家が約820万戸で全体の家屋の13.5%を占める
(総務省統計局 平成25年住宅・土地統計調査)。
将来的に世帯数の減少は避けられないため、既存の建物は除却するか、
用途変更して活用するなど、なんらかの対策が求められる。
どういった建物を残していくのかは、地域との合意形成が必要だ。
夢みどり館は、地域の住民がかつて集っていた場所。
すぐ近くにはキャンプ場があり、200以上の滝があるコースを歩く
「小坂の滝めぐり」もできる。
ひとつの施設だけではできることも少ないので、
地域の事業者とコラボレーションしたコンテンツなど、
ハブとなれることはたくさんある。
「古いもの=よくないもの」という価値は、この数年で少しずつ変わってきた。
地域に若者を呼び込みたい、と思う北條さんと、
地域の建物を残したい、と思う松山さんの活動は、
回転するペダルのように、これからも続いていくはずだ。
パティシエとシェフの思いは、まだかたちになってきたばかり。
ふたりの思い描く未来が気になった方は、ぜひお店を訪ねてほしい。
information
ジークフリーダ
住所:岐阜県下呂市萩原町跡津1421-5
TEL:0576-53-3020
営業時間:10:00~18:30(L.O.18:00)
定休日:月曜、第4火曜(臨時定休あり)
information
オステリア・クッキアイオ
「未来の地域編集部」が発信する、
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