連載
posted:2018.2.6 from:富山県南砺市 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Masayoshi Sakamoto
坂本正敬
さかもと・まさよし●翻訳家/ライター。1979年東京生まれ、埼玉育ち、富山県在住。成城大学文芸学部芸術学科卒。国内外の紙媒体、WEB媒体の記事を日本語と英語で執筆する。海外プレスツアー参加・取材実績多数。主な訳書に『クールジャパン一般常識』(クールジャパン講師会)。大手出版社の媒体内で月間MVP賞を9回受賞する。
富山県南砺市に、木彫刻家が200人以上も暮らす井波というまちがある。
全体の人口が8000人近く(合併前の旧井波地区)と考えると、
人口40人にひとりが彫刻家というユニークな地域だ。
その井波で新たに、宿泊しながら木彫刻や漆塗りなどの
伝統工芸を体験できる古民家ゲストハウス〈BnC taë(たえ)〉
(BnCはBED AND CRAFTの意)がオープンした。
〈BED AND CRAFT〉 とはBed(宿泊)だけではなく、
地元職人の工房でクラフト(Craft)づくりを体験できる旅の仕組み。
現在までに同様のコンセプトで〈BnC KIRAKU-KAN〉、
〈BnC TATEGU-YA〉と2軒のゲストハウスが井波にオープンしており、
2015年のオープン以来、すでに1000人泊を達成。
2017年12月にオープンしたBnC taëは3軒目となる。
BnC taëは井波の中心地で、浄土真宗の名刹である
瑞泉寺(ずいせんじ)の門前町に位置し、
路地に面した豪農・藤澤家の旧家をリノベーションした宿泊施設だ。
間取りは1LDKプラスロフトで、こぢんまりしたサイズの建物ながら、
中に入ると開口部が多く、リビングもロフトと吹き抜けでつながっていて、
天井にもトップライトが切り取られているため、
外観から受ける印象以上に室内は明るく広く感じる。
リビングには隣接した寺院の石垣を借景に取り入れた窓が切り取られていたり、
玄関からは京町屋の走り庭を思わせる土間が伸びていたりと、
設計に遊び心があって飽きがこない。
地方に長期滞在して、田舎暮らしを体験したい人にも最適な空間だ。
このゲストハウスでは新たな試みとして、マイギャラリー制度を導入している。
マイギャラリー制度とは、ゲストハウスそのものが
専属作家の作品発表の場となっており、
宿泊料の一部が作品レンタル料として作家に還元される仕組み。
展示作品の買い取りも可能で、専属作家の工房でクラフト体験もできる。
BnC taëに関してはリノベーションの段階から、
専属作家で地元の漆芸家の田中早苗さんが深く関わっている。
BnC taëの設計を手掛けた建築家の山川智嗣さんによれば、
田中さんの作品に干渉するような家電を押し入れに隠すなど、
限られたスペース内で設計上の工夫を随所に散りばめたという。
リビングにある椅子に座りながらふと天井を見上げると、
吹き抜けの大空間に古木の太い梁が架け渡されていて、
薄い和紙に朱の漆を吸わせたインスタレーションが、
内気の対流で優しく揺れている様子が見て取れた。
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BnC taëを含めて、関連のゲストハウスをプロデュースする仕掛け人は、
BED AND CRAFTの一連の業務を執り行う
〈株式会社コラレアルチザンジャパン〉の代表取締役で、建築家の山川智嗣さんだ。
富山県生まれではあるものの南砺市(旧井波町)の出身者ではなく、
直近までは上海で公共建築や商業建築の設計に携わっていたという。
帰国した経緯について山川さんは、
「日系企業の仕事をさせていただいたときに、
日本でも仕事をしないかとお誘いをいただきました。
それから帰国を考えるようになったのですが、
建築家の仕事は50代でも60代でも若手と言われます。
30代で東京に帰ったところで、
どのような仕事ができるのだろうという思いがありました。
そのなかでふと地元の富山県を見てみると、空き家問題、人口流出などの現状があり、
建築家として僕の職を生かせる場所は、都市ではなく
地方なのではないかと、おぼろげに思うようになりました」と語る。
地方の中でも県庁所在地であり、自身の出身地でもある富山市を
選ばなかった理由として、井波に色濃く残る手仕事と職人の文化があったそう。
「先に暮らしていた中国はまだまだ手作業の文化が残っていて、
現場の大工さんに図面を持っていっても
『読めないから、口頭で説明しろ』と言われるような場面も多くありました。
現場でものをつくる実感というか手応えを、日本でも大切にしたいと感じていたため、
親せきに会いに幼少期に何度も訪れた職人のまち、井波が頭に浮かびました」
また、自身の妻で同じ建築家、コラレアルチザンジャパンの取締役である
山川さつきさんの父親も、兵庫県民ながら年に1回ほど井波に通う
井波彫刻の大ファンだったという縁もあり、移住を決心したそうだ。
移住先の井波で古民家ゲストハウスと地元の職人を結びつけるような
取り組みを始めたきっかけは何だったのだろうか。
スタートは移住先の住まいとして偶然購入した、
元建具屋の古民家が関係しているという。
「いまでは〈BnC TATEGU-YA〉として2階を宿泊客に提供している建物も、
最初は自宅用として、たまたま空いていたので購入しただけです。
築50年の自宅を改修しようと思い、井波でいまもお世話になっている工務店の
〈山秀木材〉さんに相談すると、『せっかく改修するのであれば、
何かおもしろいプロジェクトを始めよう』という話になりました。
僕たち夫婦は2階建ての家に猫と一緒に住んでいましたが、
1階だけで生活は十分に成り立ちます。
同じような悩みを抱えている人は井波にいっぱいいるはずで、
夫婦ふたりで子どもが巣立ち、家だけがものすごく広いという方に、
余剰スペースをうまく活用する新しいアイデアや価値を
提供できるのではないかと思いました。
その活用に井波らしさ、クラフトの要素を取り入れていこうというなかで、
BED AND CRAFTという構想が固まっていきました」
また、BED AND CRAFTの構想が固まっていく過程においては、
現在BnC taëの専属作家である田中早苗さんの夫で、
井波の木彫刻家の田中孝明さんとの出会いも大きく影響しているという。
共通の知人に孝明さんを紹介してもらい、その日にさっそく会いに出向いて、
「コンセプチュアルな少女の人形彫刻などの作品に、大いに衝撃を受けた」
と当時の心境を山川さんは語る。
それ以来、山川さんと孝明さんの交友が深まり、
お互いの妻であるさつきさん、早苗さんも巻き込んだ家族ぐるみの関係が始まって、
BnC taëのマイギャラリー制度という取り組みにつながった。
孝明さんは現在、コラレアルチザンジャパンの一員として、
BED AND CRAFTで提供するワークショップの監修も行っている。
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当初は自宅を兼ねたBnC TATEGU-YAのオープンを単独で予定していたが、
施工を担当する山秀木材が所有する元美術館のゲストハウス〈秀夢木楽館〉も一緒に、
同様のコンセプトでリニューアルオープンをする流れになった。
1軒でオープンするよりも、同一のコンセプトで複数の宿泊施設を
一気に立ち上げたほうが、社会的意義もインパクトも大きいとの判断からだ。
コラレアルチザンジャパンが提供するBED AND CRAFTの
民泊事業を時系列で整理すると、
秀夢木楽館のオープン(山川夫妻は外国人対応のみに関与)が2015年11月。
〈BnC KIRAKU-KAN〉としてのリニューアルオープンが2016年9月。
同じ2016年9月には自宅兼ゲストハウスのBnC TATEGU-YAもオープンし、
2018年1月にBnC taëがオープンとなる。
2015年のゲストハウスオープン以降、すでに1000人泊を達成しており、
そのほとんどが外国人利用者、特に欧米系の宿泊者となっている。
富山県を訪れる外国人観光客は、台湾、香港、中国、韓国、タイなど
アジアの旅行者が大半を占める。そのような状況で
欧米系の外国人利用者の突出した多さは、県内の旅行関係者をも驚かせているという。
山川さん本人も予期していなかった事態で、
当初は30代くらいのセンスのいい都会的な人で、お金にも少し余裕の出てきた、
個性のある旅を楽しみたい日本人女性をターゲットとしていたと語る。
しかしふたを開けてみると、外国人ばかり。
「同じ外国人でも、映画監督や写真家、映像作家など、
特にクリエイティブな仕事に就く方が多い印象があります」
と、BnC taë専属作家の田中早苗さん。
京都や金沢などの定番すぎる観光地ではなく、「本物の日本」を見たいと、
世間的には「何もない」と言われる田舎町の井波まで、
わざわざ金沢から片道1時間のローカルバスで揺られて移動してくる、
筋金入りの旅人が多かったという。
その理由は何なのだろうか。
もちろん井波には過度に観光地化されていない、
素朴で昔ながらの桃源のような暮らしが残っていて、
さらに伝統工芸が盛んという特色もあるが、
そうした土地の魅力に加えて、山川さんは
言語対応、SNSでの発信とシェアの連鎖を挙げてくれた。
「僕たちは英語、中国語ができるので、
そういった安心感が入り口としてあるのだと思います。
大都市であればバイリンガルなどは当たり前ですが、
最寄りの大きなまちである金沢からでも、
山を越えて1時間もバスに揺られなければ井波にたどり着けません。
異国の奥深い村に行く際の大きな不安として誰でも言語の問題があると思いますが、
その点をクリアしているという強みは大きいと思います。
最初に集客ツールとして使っていた〈Airbnb(エアビーアンドビー)〉や
いま使っている公式SNSにも、利用者さんは
言語対応の安心感をレビューに書き込んでくれています。
レビューのことを言えば、とにかくBED AND CRAFTの宿泊者さんは
15行、20行と長く感想を書いてくださっていて、次に外国から来る利用者のために、
ゲストハウスまでの行き方を解説してくださる方もいます。
なかには依頼もしていないのに、金沢からの行き方を
動画でつくってくださるプロの映像業界の利用者もいました。
そうした口コミの効果もあったのかと思います」
外国人宿泊客の急増を受けて、山川さんらは
BED AND CRAFTのオリジナルアプリも開発している。
当初は山川夫妻が地域の飲食店まで宿泊客を連れて行き、
地元の人たちとのコミュニケーションもサポートするといった、
アナログな方法で対応していたというが、
さすがに手が回らなくなってきたため、専用アプリを開発したそう。
オリジナルアプリでは、市内のイベントニュース、ゲストハウスの基本情報、
ワークショップ情報、飲食店情報などが日本語、英語、中国語でチェックできる。
アプリ掲載店の店頭には専用の目印が張り出されており、
外国人利用者の便宜が図られている。
いまでは地元の飲食店や土産物屋の方から掲載希望の声があり、
お店側のスタッフも、外国人旅行者とのコミュニケーションツールとして
アプリを役立てるまでに地元での認知度は高まった。
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一方で「CRAFT」を担当する作家や職人は、
BED AND CRAFTのプロジェクトをどのように感じているのだろうか。
BnC taëの専属作家としてリノベーション段階から参画した
漆芸家の田中早苗さんに聞くと、第一にワークショップ参加者の
作品に対する見方と理解が深まると教えてくれた。
「漆の場合は1回の工程で終わる作業はなくて、必ず重ねる必要があるのですが、
それでもその端っこを見てもらうだけでも、参加者に
“漆ってこんなに大変だったんだ”と感じてもらえます。
伝統工芸はやってみて初めてわかる部分がいっぱいあって、
その経験があると、次から漆や工芸品を見る目が確実に変わってきます」
また、主催する職人の側から見ても、
まったく異なる世界で暮らす宿泊者との触れ合いが、
作家としての表現に広がりを与えてくれるという。
「正直に言うと、職人は“座って手を動かしてなんぼ”のところがあります。
技術的な向上を考えると、無駄なく手だけを動かし続けるほうが大切で、
実際にBED AND CRAFTでワークショップを開催する時間は、
私や夫も手が止まります。午前中のワークショップといっても、
1日の仕事がすべてストップしてしまう場合もあります。
でも、ワークショップではまったく違う世界の人と話ができて、
自分たちの世界も視野も広がります。そうした出会いを通じて
自分自身を広げていけば、どこにたどり着くかわかりませんが、
自分のつくるものにも何かしらの影響が出てくると思います」
この点に関しては山川さんも同意見で、
「伝統的な井波彫刻の仕事では、ひたすらに技術を上げる
創意工夫の時間が最も重要なのだと思います。
ですが田中孝明さんや早苗さんのような、伝統の技術を学んだうえで、
作家として何かを表現をする方々にとっては、外向きの矢印も重要になると思います。
本来なら田中さんたちが自分で見聞を広めるために
世界に出かける機会が大事なのですが、
毎日の仕事があり、生活があり、なかなか現実的ではないはずです。
その意味で言えばBED AND CRAFTで世界の人たちを井波に連れてこられたら、
もっとおもしろい広がりが生まれてくると思います」と語る。
1000人泊の達成、外国人利用者からの口コミの連鎖、地元住人へのアプリの浸透、
さらには一連の取り組みでグッドデザイン賞を受賞するなど、
順調なすべり出しを見せているBED AND CRAFTだが、
あえて課題を聞いてみると、ワークショップの質や企画内容の改善、
さらには職人と宿泊者の新たな関係深化のプラットフォームづくりが
挙げられると山川さん。
その意図は単に、宿泊者に伝統工芸を体験してもらいたい、
井波の職人や作家を知ってもらいたいという以上の狙いがあるという。
「BED AND CRAFTを通じて宿泊者と職人さんたちがめぐり会い、
お互いに刺激を与え続ければ、井波彫刻の次なるスタンダードが
生まれる可能性は、僕は十分にあると思います。
例えば井波で有名な欄間も、もともとは神社仏閣で使っていた技術を
家庭に落とし込んだときに、ある意味のスタンダードになっていきました。
ずっと井波に暮らし、井波で技術を磨き続けてきた職人さんたちが、
ワークショップを通じて、さまざまな国から来た
さまざまな人とのめぐり会いを重ねていけば、いまの生活環境、
いまのライフスタイルに即した新たなスタンダードが生まれてくるかもしれません」
実際に漆芸家の田中さんも、世の中から何を求められているのか、
職人たち自身が最もわからずに悩んでいると語る。
「井波で新たなスタンダードが生まれ、そのスタンダードを買いに訪れる人、
あるいは職人に会いに訪れる人が増えればいいと思います。
“最近話題だから井波に来ました”という観光客も歓迎ですが、
それこそ私の義理の父親のように井波に深い関心を持って、
毎年のように訪れる人が世界中にたくさん存在するまちになればと思います」
BED AND CRAFTが描く井波の未来像。
単に来る人が増えればいいという安易な発想ではない、
井波らしい、地に足の着いた構想だと感じた。
取材の最中、おもしろい偶然が発覚した。
山川さんは、学生の頃に「人生は干支と同じく12年周期」
という言葉に出会ったと語った。
特に意識してきたわけではないそうだが、2018年で山川さんは36歳。
上述の言葉によれば、36歳は何かひとつ極めるための目標に向かって、
ひたすらに研鑽を積み始める節目の年で、山川さん自身も
職人たちと一緒に現場で話をしながら何かをつくり上げていくという
大きなテーマが明確に定まってきた手応えがあると語る。
一方で田中さんは48歳の節目を迎え、その言葉によれば、
極めた何かを「伝える」段階に入る。
田中さんにとって2018年は実際、BnC taëのゲストに
ワークショップを通じて漆芸の「端っこ」を伝え始める節目の年。
BED AND CRAFTを通じてコラボレーションする
ふたりのさらなる発展を予感させる、偶然のめぐり合わせだった。
*参考:住民基本台帳 地域別人口の推移(南砺市)
平成28年富山県観光客入込数(推計)(富山県)
information
BED AND CRAFT taë
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