連載
posted:2018.2.15 from:東京都港区 genre:ものづくり / アート・デザイン・建築
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
〈貝印 × コロカル〉第6シーズンは、貝印株式会社の商品開発・デザインスタッフが、
コロカル編集チームとともに未来志向のクリエイターを訪ね、
クリエイターのフィロソフィーやビジネススキームを学びます。
未来的なクリエイティブとは何か? という問いへの「解体新書」を目指す企画です。
editor’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:岩本良介
大量にあふれる「もの社会」のなかで、果たしてこれから必要なものは何か。
「ものの歴史を一歩進めたい」と語るのは、
〈プロダクト・デザイン・センター〉代表取締役である鈴木啓太さんだ。
〈相模鉄道20000系〉や〈富士山グラス〉など、数多くのプロダクトデザインを手がけ、
〈good design company〉の水野学さんや〈中川政七商店〉の中川淳さんたちとともに、
〈THE〉というブランドも仕掛けている。
〈貝印〉も今年110周年を迎えた、連綿とものづくりをしてきた企業。
そこで〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さんと、
歴史あるものづくりにおける共通項を探りに、鈴木さんを訪ねた。
〈プロダクト・デザイン・センター〉という社名からも、
並々ならぬ「プロダクト愛」が感じられるように、鈴木さんはとにかく「もの愛好家」。
なんと弥生土器も個人で所有しているという。
「価格に関係なく、もの全般がとても好きで、たくさん所有しています。
とにかく手に入れて試してみたい。その傾向は子どものときから変わっていないようで、
今もよく家族に冗談にされています」と笑う。
しかし、プロダクトデザイナーとして
多くの製品に触れている、デザインの歴史を知っているという蓄積は、
発注側としては信頼に値するのではないか。
鈴木さんはこうしたものへの愛情から得た知識や体感を、
自身のデザイン哲学の中心に据えている。
「もののデザインは過去から着々と進化してきて、今の形に落ち着いています。
進化とは“発生と淘汰”の繰り返し。
今残っているデザインは、淘汰されずに生き残ってきた意味と強さを持っています。
だからこそ、過去を大いに参考にし、
未来にどのようにバトンを受け継いでいくかを考えています」
たとえば公共のベンチやイス。
イームズの名作もあれば、アノニマスであってもきちんと機能しているものも多い。
あるとき鈴木さんは〈相模鉄道〉から駅のベンチのデザインを依頼された。
「改良すべき点はふたつ。着座率が低いということと、忘れ物が多いということでした。
そこで、各席の横に付いていた荷物置き場をなくし、
5席がつながっていたベンチを4席に減らしました。
すると1席あたりの面積が広くなり、
自然と荷物を自分の座席内に置くようになるので忘れ物は減ります。
さらに席の間隔も広くなるので、隣を気にせず4席すべてに座ってもらえるようになり、
着座率を向上させることができました。
特別、コンセプチュアルなデザインをしたわけではありません」
これが、鈴木さんが考える「ものの歴史を一歩進める」ということだ。
時代に合わせてアップデートし、次世代に受け渡すこと。
もしかしたらこの先、荷物など持たない時代がくるかもしれない。
そのときが来たら、次世代デザイナーがまた新しくデザインを進化させていくのだろう。
鈴木さんの作品のなかで、貝印・大塚さんが好きなデザインは、
〈URUSHI Bathtub〉だという。花のフォルムを模した漆塗りのお風呂だ。
「昔、古伊万里の輪花皿を買ったことがありますが、
そういった昔ながらのディテールを今のプロダクトに落とし込んでいるデザイナーは、
意外と少ない」と好きな理由を教えてくれた貝印・大塚さん。
それに対して鈴木さんは
「梅の花は、江戸時代から日本の美術で頻繁に使われてきたモチーフで、
日本のデザインの原型のひとつです。それを思いきって取り入れてみました」と答える。
さらに貝印・大塚さんは付け加えた。
「以前に〈PLUS〉のハサミをデザインしていましたよね。
あれも私にとっては新しい発想でした。
通常通りデザインすると、持ち手の外側をきれいに整えてから、
内側に穴を開けるという順序になってしまい、指がきつくなってしまいがちです。
しかしあのハサミは、ちゃんと内側のアールから発想していますよね。
その美しさが〈URUSHI Bathtub〉ともリンクしました」
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鈴木さんは勉強家だ。時間をつくっては、仕事と関係なくても、
世界中の美術館や博物館を飛び回り、ものづくりの現場にも足を運んでいる。
特に古いもの、工芸とも呼べないようなものから見ていくのが好きだという。
そんな鈴木さんだから、ライバルと思っている相手も一風変わっている。
「イサム・ノグチや円空でさえも、身近に感じることがあります(笑)。
作家やクリエイターについての本も、もちろん読みますが、
言葉はきれいにまとまってしまいがちです。しかし、作品にはたしかに情念がある。
『ここは悩んでスパッと切ったんだな』とか、見えてきます。
名作たる所以は、作品自体にたくさん詰まっています。
なぜ、この形がいいとされているのかを考察、考証する。
それを自分の目で発見していく作業は、デザインの上でも勉強になります」
鈴木さんは、ものの機能と美しさをピュアに見ているようだ。
余計な背景やストーリーには惑わされない。
「大量にものを見てきて、歴史的に受け継がれている美しさや機能を見ていると、
最終的にはコンセプトなんて意味ないかなと思ってしまいます」
これには貝印・大塚さんも共感する。
「先日、正倉院展に行ったときに驚きました。
1200年以上も前の、木の合わせがビシッとはまっている。
もの自体の強さが、コンセプトをはるかに凌駕していると感じました。
そういう迫力に感銘を受けていたい」
デザインのコンセプトはたしかに重要だが、少し偏り過ぎている世の中なのかもしれない。
「デザインは、今の時代になくてはならないものになっています。
特に最近はデザイン思考や、ビジネスシーンへの利用など、
ロジカルに組み立てるデザインが謳われています。
しかし、そこに疑問を投げかけたい。みんな思考に偏り過ぎていると思います。
特にデザイナーは難しい言葉を使いがち。
わかりやすい言葉でコミュニケーションすることはすごく大切です。
“デザインコンセプト”なんて言葉を使ってしまうと、
そもそもデザインがわからない人たちにとっては、
余計にややこしくなってしまうのではないでしょうか」
鈴木さんも、当然3Dプリンターなどを駆使し、サンプルを制作している。
しかし、デザインを行うパソコン上では、
実寸1ミリを何倍にも拡大することができてしまう。
するとたちまち「何をやっているのかわからなくなる」という。
デジタルでつくられたものを信用しすぎず、
プリント後、できあがったサンプルを実際に手で削っていくことも多いという。
原寸大のものを見て、手で考えるリアリティ。
鈴木さんは、デザインはもう一度、手の時代/形の時代になるのではないかと考えている。
「もの自体が持つピュアな強さが、論理を超える瞬間がきっとある。
そのためには実際に手で触れて感じることが、不可欠だと思います」
デザインを難しいものにする必要はない。誰にでも触れられるものだ。
鈴木さんのデザインするプロダクトは、
強さと説得力を持って普段の生活にスッと馴染んでいる。
それではコンセプトに偏りすぎずに、
新しいデザインをどうやってつくっていけばいいのだろうか。
鈴木さんは、「きちんとアウトプットをすること」が鍵と答える。
「コンサル的思考の頭でっかちにはなりたくない。
それには発信することが大切で、特に量産プロジェクトにこだわっています。
世の中にきちんと流通するものを、しっかりつくっていく。
実際の現場では、趣味が正反対の関係者とか、工場のスタッフとか、
いろいろな人が関わっています。
それは僕のデザインでありながら、ある意味、僕のデザインを超えている。
さまざまなカオスを乗り越えて行うものづくりが好きですね」
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これからもどんどん世界中のデザインをどん欲に吸収していきたいという鈴木さん。
取材中も、台湾の竹細工の話や、スリランカの瓦の話など、尽きることはない。
「僕は友だちや場所、環境など、いろいろと影響されてしまいます。
しかしそれを肯定的に捉えています。
いろいろなものを見て、思い切り影響を受けてしまえばいい。
極端に言えば、個性なんて後からついてくるのではないでしょうか。
個性が先にあるのではなく、さまざまな影響を自分のものにできたとき、
個性と呼べるものが自然と備わっているはずです」
昔からヒップホップをよく聴くという鈴木さんは、
同ジャンルでよく使われる「フリースタイル」という言葉が好きだと言う。
彼の軽いフットワークや行動力もさることながら、
一番自由さが表れているのは、その考え方かもしれない。
「ユーザー目線なんて考える前に、自分がユーザーそのものになればいい。
週に何冊も美術書やデザイン書を読みながらも、
いつも自分自身を“真っ白”な状態にしていたいと思います」
古今東西のものづくりを勉強し、周囲からの影響を嬉々として吸収する鈴木さん。
その無邪気ともいえる姿は、
今までデザイン史をつくってきた多くのデザイナーたちと共通しているのかもしれない。
その大胆かつ軽やかな視点が、新しい歴史の1ページを描き出していくのだろう。
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