東京・中目黒で 「小さな鳥取」を感じる! 食べ&飲み歩き&手仕事のフェス 「co-tori 2014」

昨年東京・中目黒にて開催されて大好評を博した、
鳥取のイベント「co-tori」が今年も開催されます!
会期は3月1日(土)~9日(日)の9日間。
中目黒の「SML」をメイン会場に、鳥取の手仕事と食を、
中目黒を街歩きしながら楽しむ催しがいくつも行われるのです。

まずチェックしたいのは、中目黒界隈の8店舗を回って、
鳥取産の地酒・地ビール・ワインと
鳥取の食材を用いた各店オリジナルプレート料理を楽しむ
呑み歩き食べ歩きイベント「co-tori BAL」。
こちらは3月4日(火)・5日(水)の2日間の開催です。

そして、鳥取の手仕事に触れることができる
「TOTTORI craft」展を3月1日(土)~9日(日)にわたって開催。
吉田璋也デザイン パン切り・果物ナイフや牧谷窯、山根窯など、
鳥取の陶・鋼・布・紙の多彩な手仕事をご紹介します。

3月1日(土)に開催されるオープニングイベントでは、
料理家 minokamo(長尾明子)による鳥取の食材を使ったおつまみと、
鳥取の地酒が登場。鳥取の窯元で作られたぐい呑みを
先着50名にプレゼントされますのでご来場はお早めに!

今年も東京で「小さな鳥取」を感じてください。詳細は下記Webサイトにて。

co-tori 2014

納豆や野菜がモチーフの 吉丸睦さんアクセサリー、 茨城県近代美術館の ミュージアムショップに登場

茨城県水戸市の「茨城県近代美術館」。
水と緑がゆたかな水戸市千波湖のほとりにある、
吉村順三氏による建築も美しい美術館です。
茨城ゆかりの作家、横山大観・小川芋銭らの
作品などが展示されています。

ミュージアムショップ「みえる」では、美術館スタッフ
おすすめのステーショナリーやちょっと変わったアイテムが
取り揃えられているのがみどころ。

本日は、そのミュージアムショップで販売されている、
ひときわかわいらしいビーズアクセサリをご紹介!
モチーフは野菜、納豆、そしてかつをのお刺身などなど!
「アクセサリーストアCrepe.」の吉丸睦さんによる作品です。
上の画像は、「岡倉天心展」にちなんで、
日本画家の小川芋銭の作品をモチーフに制作された「畑のお化け」。
すっごくかわいいですよね!

こちらが元の絵。

はたしてどんな方がこのアクセサリーを作られているのか?!
作り手の、吉丸睦さんにお話をお伺いしました。

IOTカーボン Part2: 木炭メーカーによる、 循環型社会のものづくり。

木から炭、そしてまた木へ、循環するストーリー

富山のIOTカーボンは、
廃木材を産業廃棄物や一般廃棄物として受け入れる廃棄物処理会社としての側面と、
その処理によって生まれる木炭をさまざまな製品に利用する
木炭メーカーとしての側面がある。

2002年の創業当時から、木炭メーカーとしては土壌改良資材を発売し、
その後、床下調湿炭なども発売していた。
より幅広い層に高機能木炭を利用してもらうために、
次の一手として考え出されたのが「炭草花(すみくさはな)」シリーズ。
それまでとはうってかわって、
女性のライフスタイルにフィットするデザイン性の高いライフスタイル雑貨だ。

“草花のように、生活になじんだかたちで炭も置いてもらいたい”というコンセプトの炭草花。
それを象徴するアイテムが、代表作ともいえるブーツキーパーだ。
IOTカーボンのすぐれた脱臭・調湿機能を持つ木炭が、
ブーツのにおいや蒸れから守ってくれる。

IOTカーボン所長代理の越後厚志さんいわく
「木炭がこれでもかと詰まっています。木炭だけは売るほどありますから(笑)」

ブーツキーパー

ひとつのブーツキーパーに400g程度の炭が入っている。

たしかに手に持ってみると、ずっしりと木炭が詰まっていることがわかる。
木炭をほかから買ってきて商品化するようなモデルでは、
ここまで贅沢に使えなかったことだろう。
ブーツから飛び出す上の部分に花のイラストが描いてあり、
ブーツキーパーを入れて立たせると、まるで一輪挿しに花が咲いているようだ。
ガーベラ、ローズ、ポピーと玄関が華やぐ。

ほかにも、「シュー&ブーティーキーパー」や「トゥキーパー」、
バッグや化粧ポーチに入れる「フォーバッグ」と「フォーポーチ」、
クローゼットで使う「フォークローゼット」やハンガー型の「ハンガー」など、
においや湿気が気になるところにぴったりとはまるラインナップだ。

シュー&ブーティーキーパー

高温炭化木炭を拡大するとセル形状になっている。それをモチーフにしたユニセックスなパターンは男性でも使いやすい。

ハンガー製品

ハンガー自体がにおいも湿気もとってくれるなら、すごく理に適っている!

バレンタインにぴったり! チョコの香りの 長崎オリジナルフラワー 「長崎チョコモス」

バレンタイン前ということで、ご当地バレンタインの情報をお届けしております!
本日ご紹介するのは、長崎うまれのチョコレートコスモス「長崎ショコラ」。
「長崎チョコモス」とも呼ばれています。濃いブラウンの色合いと、
開花時の匂いはもうチョコレートそのもの!な、珍しいお花なんです。

チョコレートコスモスは世界に19種類ほどあり、
長崎県オリジナルブランド「長崎チョコモス」はその中の2種類あるもののひとつ。
お花屋さんの通信販売で扱われることもあるので、
バレンタインのプレゼントにいかがでしょうか。

「長崎チョコモス」

ほかにも長崎では、「ディスバッドマム」という品種を開発していて、
こちらもとってもすてき。玉のようにまんまるな、おしゃれな菊なんです。
スプレー菊の脇芽を取り除いて、
一輪の大輪の花に育て上げる特殊な栽培方法をとっています。

ガリアログリーン

シャンパンゴールデン

長崎では、諫早市、雲仙市、島原市などの長崎県県央地区にて、
やる気のある生産者のみなさんが自発的に集まり、盛んに栽培されているそうです。
すてきなご当地フラワー、もらったらきっとうれしいですね。

写真:Y. Haraguchiさん(長崎チョコモス)、Floral Studio Torayaさん(ディスパットマム)

IOTカーボン Part1: 高機能な木炭で 木質廃棄物を有効利用。

古来より伝わる、自然由来の炭のチカラ

世界最古の木造建築である法隆寺や伊勢神宮、
東大寺の正倉院などの床下にも敷き詰められているという炭。
除湿や脱臭の効果があり、古くから愛用されてきた素材だ。

両手のひらに載せた分だけで、
なんとサッカーコートと同等の表面積を持つという木炭がある。
炭は表面の小さな穴ににおいを吸着し、それが脱臭効果となる。
表面積が大きいということは、穴が多いということ。
つまりそれだけ吸着効果が高くなる。

この高機能な木炭は、
富山の廃棄物処理会社IOTカーボンの高温炭化炉でつくられている。
2002年に創業した木くずなどの木質専門の廃棄物処理会社だ。
かつては野焼きなど、比較的簡単に木材を燃やすことができたが、
最近ではダイオキシンの問題などから、
木材であっても容易に燃やすことができなくなった。
そんなときにIOTカーボンは処理会社として立ち上がったが、
燃やすだけではただ二酸化炭素を排出するだけで終わってしまう。
会社名からもわかるとおり、
炭化することで、木炭として次なる命を吹き込むのだ。

年間約6000トンの木質廃棄物がIOTカーボンにやってくる。
工場の敷地内には、一戸建ての解体材や、工場で使われるパレット、
線路の枕木、伐採した街路樹などが、きれいにわけられて並んでいる。
なかには富山名物であるます寿司のフタが
くり抜かれたであろう板も大量にあって、地域色があって面白い。

家屋の解体材や山積みに

家屋の解体材。立派な構造材であったことが、太さから伺い知れる。

釘が刺さったままの解体材

このように、太い釘などが刺さったままの木材も多い。粉砕しつつ、除去する作業も重要だ。

また、富山は水力発電が盛んな土地だ。
しかし冬になると、山に雪が降り、重みで木が倒れて川を下り、
発電用ダムに木材がたまってしまう。
それを除去した木材も、立派な木炭の素材となる。
富山には、木材を処理しなければならない状況が無数にあるのだ。

高温かつ密閉して炭化する技術で実現した高機能木炭

IOTカーボンでは700~800度という高温の炉で木材を炭化する。
しかし一般的に木炭は、300~400度でも炭化できるという。

「当社でも、当初は400度程度の炉も使っていたのですが、
高温炉でできた炭が機能的にとても優れていたので、
400度のものは止めました」と語るのは、
IOTカーボン所長代理の越後厚志さん。

高温かつ密閉して炭化していることで穴が増え、
1グラムの炭で400平方メートルの表面積を実現。
一般的な備長炭は40平方メートル程度だというから、
IOTカーボンの木炭がいかに高機能であるかがわかる。

奥に見える高温炉

奥に見えるのが高温炉。最初に火をつけるために重油を使うが、すぐに密閉して、あとは空気の量を調整しながら、勝手に燃やしていく。極力エネルギーのかからない製造方法だ。

前述の通り、炭の小さな穴ににおいの分子を閉じこめることで
脱臭効果が得られる。さらに調湿効果も高い。
周囲の湿度が高いと湿気を吸って自分のなかにため、乾燥したときに放出する。
それは1日のサイクルのなかで行われ、1年という長い期間で繰り返される。
呼吸をしているようなものなのだ。

「炭は400~500度で焼けると酸性になります。
600~700度で中性に変わり、それ以上だとアルカリ性になります。
酸性雨ってありますよね。酸性寄りだと、土にあまりいい影響を及ぼしません」

そこで土に混ぜると根の成長を助ける土壌改良資材を
創業当初から発売した。
また、シロアリやゴキブリは酸性や弱酸性を好むといわれていることから、
アルカリ性の床下調湿炭を敷くと効果的だ。
本来、調湿・脱臭の機能を配した商品だが、意外な使い方も生み出している。

越後厚志さん

終始、謙遜した話しぶりだったIOTカーボン所長代理の越後厚志さん。人柄がわかるナイスな笑顔!

岡山の工房で作られる こだわりのトートバッグ。 「THE SUPERIOR LABOR」 メイキングムービー

岡山市から約1時間ほど車を走らせた山中に、
廃校となった小学校を工房としてリノベーションし、
裁断から組み立て、ペイントまで全ての工程を行う
ブランド「THE SUPERIOR LABOR」(シュペリオール・レイバー)。

このたび、2007年にデビューして以来
根強い人気がある「エンジニアトートバッグ」の
メイキングムービーが公開されました。
軽快な音楽とともに、バッグが出来上がるまでのたくさんの工程を追いかけ、
ひとつひとつ丁寧に仕上げてられていく様子が見られます。

メンズ・レディスも扱うアパレルメーカー、THE SUPERIOR LABOR。最近ではTODD SNYDERとのコラボもされました(写真左)

ムービーの最後には、丈夫で使い心地のよさそうなバッグが完成。
こうして手間をかけて作られるのだと知ると
モノのありがたみを感じ、愛着もわきますね。

また、撮影された工房には他にもセレクトショップやカフェが併設されており、
複合施設(商業・生産・住宅・自然環境)としてグッドデザイン賞も受賞しています。
素敵な工房の様子とこだわりのクラフトワーク、ぜひご覧ください!

シュペリオール・レイバー

傷んだみかんを再利用! 愛媛・今治発グリーンアレンジ もいける「愛媛みかん炭」

木から落ちたり、収穫してから日にちがたって傷んだみかん。
商品として出荷ができなくて、もったいない。そんなみかんを再利用した、
みかんそのもののかたちの「愛媛みかん炭」が面白いです。
愛媛県今治市のみかんを丁寧に一個つづまるごと炭にしちゃいました。

みかんの面影をたっぷり残すその姿は、
まるでみかんのミイラのようでシュール。消臭効果があるので、インテリアにしたり
グリーンと一緒にフラワーアレンジしてみたりすると、
かわいくて消臭もできるという一石二鳥の商品です。

みかん炭

浅葉克己、仲條正義、服部一成らが 日本の伝統工芸とコラボ 「DENTO-HOUSE」

日本を代表するデザイナーたち勢揃いのプロジェクト

日本のトップ・グラフィックデザイナーと、
伝統工芸がコラボレーションしたプロジェクト「DENTO-HOUSE」。
歴史とその地域の風土が生み出した、日本の伝統工芸品の魅力を、
グラフィック・デザインによって再発見するこころみです。

その参加メンバーは、
浅葉克己、仲條正義、井上嗣也、服部一成、中村至男。
海外でも高い知名度を誇る、日本を代表するデザイナーたちが揃いました。

プロジェクトでは、秋田の川連漆器、青森の津軽塗、岩手の浄法寺塗などの
シンプルでありながらも洗練されたいにしえの技術とコラボレーション。
いわゆる「伝統工芸品」のデザインにデザイナーたちが
新しい変化を加え、未来に伝えていくことを目指しているのだそう。
作品はアート作品として販売もされます。
それではそのすてきな作品たちをご紹介しましょう。

「大雁塔屏風」デザイナーは浅葉克己。秋田・川連漆器の技術を用いています。中国の西安のシンボルといえる大雁塔をモチーフに、川連漆器の技法を用いて全面漆塗りで仕上げた壮大な作品です。

「日月譚屏風」デザイナーは井上嗣也。こちらも秋田・川連漆器。月から太陽へ移ろう様子が水面に映る情景を、川連漆器の伝統的な技法である沈金を用いて表現した屏風です。

COS KYOTO×田村屋× 三浦照明×everedge Part2:伝統産業から、文化ビジネスへ 西陣織・引箔のランプシェード 「十六夜」。

京都西陣のリデザイン

COS KYOTOは、現代の素材・技術・人を融合し、
京都でリデザインする会社。
ランプシェードに西陣織の引箔を使った「十六夜(いざよい)」の製造工程を取材した。

京都では五世紀から織物づくりが行われており、
現代においては京織物の代名詞となっているのが「西陣」。
西陣とは、応仁の乱時に西軍(山名宗全側)が
本陣を置いたことにちなむ京都の地名。 
応仁の乱後には各地に離散していた織物職人が京都に戻り、
西陣の地で京織物を再興したことから「西陣」と呼ばれるようになった。

西陣織は、完成までには20を超えるプロセスがあり、
それぞれの工程が専門家によって分業化されている。
今回、西陣織の製造卸を手がける田村屋二代目の田村隆久さんに
西陣織の工程を見せていただいた。

西陣の染織工房

西陣の染織工房。

織、糸染め、引箔の工房をそれぞれ訪ねた。
まずは染めの工程。
田村屋のような機屋(はたや)が着物や帯のデザインを考え、色を決め、
絹糸を染め屋へ持っていく。

絹糸に蚕が出すタンパク質「セリシン」が付着している
それを丁寧に洗い落とすと、糸は柔らかくなる。それから染めに入る。
機屋(はたや)ごとに出したい色が違う。
染屋の職人はそれに対応した色を出していく。
それぞれの色を出す“さじ加減”は長年の経験によるものだ。

「西陣の絹糸も国産のものが少なくなった。
中国産が7割。ブラジル産のものもある。
ブラジル産は日系人がつくっているので質がいいです。
国産では群馬産の糸がいいです」

手染め作業

小ロットのものは昔ながらの手染めで行う。

西陣織では金箔や銀箔を織り込む。その素材が引箔。
和紙に漆を塗り込み、その上に金箔や銀箔を貼る。
和紙は楮(こうぞ)の樹皮繊維を原料として漉いた楮紙。
一万円札の材料にもなっているもの。

そこに硫黄を含んだ熱を加え、焼き付けることで
さまざまな深みのある色をつくる。
この引箔を最終的に0.3mmくらいの糸状に裁断し、織り込む。

COS KYOTO代表の北林 功さんに引き箔の魅力を聞いてみた。

青いダルマ、こけしが大評判! 渋谷ヒカリエにて 「仙台・東北の出張 手しごと展」 開催中

東京・渋谷のヒカリエにて、
宮城、仙台を中心に東北のものづくりを伝える
「仙台・東北の出張手しごと展」が開催中です。
おでかけコロカル宮城編でもおなじみの
Webサイト「手とてとテ」と「東北STANDARD」
によるこの企画。こけし、白石和紙、常盤型手ぬぐい、松川だるま、
仙台堆朱、玉虫塗、堤焼、仙台ガラスなどを、作り方の
紹介とともに展示しています。
ちなみに、上の写真は会場で大人気のBEAMSディレクションに
よる藍染めのこけし「Indigo Kokeshi」。
それでは会場の様子を駆け足でご紹介いたします!

入り口では「松川だるま」がお出迎え。仙台のダルマは青いんです!コロカルでのご紹介記事はこちら

仙台うまれの漆器「仙台堆朱」(せんだいついしゅ)。木地に彫刻し赤い漆で仕上げたさまが、まるでドローイングのようでグラフィカル。

COS KYOTO×竹影堂 Part1:伝統産業から、文化ビジネスへ 京都で「リデザイン」する。

これまでの〈伝統産業〉という枠組みを外したい

京都で培ってきた職人さんの技を日常で使えるものにしたい。
まず自分が欲しいと思えるものをつくりたい。

そんなデザインチームが「COS KYOTO」だ。
社長の北林 功さんにお話を伺った。

「僕らが知っている職人さんの、かっこいい技術や素材とデザインを結びつけたい」

COSとは「漉す」こと。

京都が培ってきた感性でエッセンスを抽出し、
現代に合った「本当によきもの」を生み出す。

箸置「コンテ」

美濃焼に起源を持つ多治見タイルの素材・技術を、COS KYOTOがリデザインした箸置「コンテ」。本年度『JCD PRODUCT OF THE YEAR in Chubu “タイル編”』準グランプリ受賞」」(写真提供:COS KYOTO)

木版画の手摺りの風合いを西陣織の技術で表現した帯地

木版画の手摺りの風合いを西陣織の技術で表現した帯地。ファブリック素材として多様な用途に用いることができる。(写真提供:COS KYOTO)

COS KYOTOは、伝統産業とコラボレーションすることで
新たな価値を提案しようと考えている。

織物、染物、陶磁器、漆器、竹製品、木工品、仏壇、人形、和紙、金工品など、
伝統産業の多くは後継者不足などの問題を抱える。

伝統産業を保護するために、伝産法という法律があり
伝統的工芸品産業は守られてきた。

しかし「認定されることで進化がストップしてしまう面もある」と北林さん。

「いろいろ要件を満たすことで保護されてきました。
しかしここに認定されるということは、
言い換えれば“絶滅危惧”業種ということでもあるんですね」

国が保護しないと産業が衰退する一方で、
税金をつぎ込めばつぎ込むほど、産業としての活力を失ってしまう側面もある。

北林功さん

COS KYOTO代表の北林 功さん。TEDxKyotoのディレクターでもある。

伝統産業を絶滅危惧種にしてはいけない。
新たな価値を生み出し、文化ビジネスに成長させること。
北林さんはそう考えた。

「伝統産業として昔からのものをただ受け継いで、守り抜いて、
絶滅危惧種的に生きながらえるというのではなく、
今もなお価値を提供しつづけ、循環させたいです。
そのためには新しいプロダクツを生み出し続けることが必要です」

「伝統工芸×COS」あるいは「伝統工芸×テクノロジー×COS」
そんなかけ算から、さまざまな商品が生み出されている。

実際にCOS KYOTOがコラボレーションする
金属工芸の制作現場を見せていただくことにした。

寛政年代より彫金錺金具を制作してきた京都の錺り(かざり)匠、金属工芸工房 竹影堂。

静岡うまれ、綿の雲につつまれた 富士山見立ての夫婦茶碗 「FUJIWAN」

世界遺産に登録された、日本のシンボル「富士山」。
本日ご紹介するのは、富士山に見立てたペアのお茶碗「FUJIWAN」です。
青くそびえるりりしい富士山と、おめでたい赤富士の二種類があります。
釉薬の垂れ方は、お茶碗によって表情が
まったく異なるので、ふたつとして同じものがないんです。

包装にもひとアイデアあります。
ご飯を富士山に、湯気を雲海に見立てた
ロゴが金箔押しされた桐箱に入っていて、
箱を開けると、富士山がわたの雲に包まれているんです。
サイズは大きめの「him」と小さめの「her」の2種類。
お値段はひとつ3,150円、2個セットの「couple」は5,250円です。

「FUJIWAN」をデザインされたのは、
静岡県を拠点に活動する、藤沼祐介さんによる
プロダクトレーベル「Floyd」さん。
デザインプロダクトを手がけるほか、
静岡県三島市にてデザインショップ「Shop Floyd」を
経営するなど、多角的に展開されています。
オンラインショップでもいろいろなプロダクトが
販売されてますのでチェックしてみてはいかがでしょう!

・Floyd「Fuji wan

淡路島美術大学 Part2: 食糧自給率100%超えの島で 生活と密着したものづくりを。

生活、芸術、ものづくりに壁はない

淡路島美術大学(=あわび)主宰の岡本純一さんは、
東京に住んでいたときは、現代美術作家として活動していた。
資生堂ギャラリーで展覧会を開くなど、その活動は順調であったが、
あるとき、淡路島への移住を決めた。

「東京にいたときは、
アートのためのアート作品をつくっていたように思います。
生活からかけ離れた活動に、ずっと違和感を感じていたんです」
違和感を持っていたからこそ、すんなり移住することができた。

そして淡路島では、生活と密着したものづくりを実現している。
自宅は海沿いの道路から、少し丘を登った見晴らしのいい立地。
築100年ほどの古民家をリノベーションして暮らしている。
薪で焚いているお風呂からとび出した煙突が目印だ。
ゆっくりと温かくなっていくのが心地いいという。
家にお邪魔すると、大きなロケットストーブが鎮座している。
しかしこれはちょっと失敗作。薪ストーブの導入を検討しているという。
このように、失敗という過程すら楽しみながら、少しずつ改装している。

黒い壁は、灰と炭と和紙からできていて、防虫効果あり

黒い壁は、灰と炭と和紙からできていて、防虫効果あり。“ふすまありき”で仕上げたので、ちょっと低いふすまもご愛嬌。

大量の靴をのりこえた先には白い大きな壁

大量の靴をのりこえた先には白い大きな壁。ここで映画上映も可能だとか。

自宅へと登っていく途中にある畑を借りて、自然農で野菜などを育てている。
最低でも「子どもたちが食べる野菜くらいは自分たちの手で育てたい」と、
子どもの食には強い関心を寄せている。

その延長線上として、
奥さんの寛子さんを中心に、自然農の学びの場を立ち上げている。
奈良にある赤目自然農塾で長年スタッフを務めてきた大植久美さんと
吉村優男さんを招いて行われる月1回の勉強会だ。
地域住民を集め、みんなでからだを動かしながら、
食を媒介にしたコミュニケーションの場としても機能している。

オーガニック食材などを集めた『あわびプチマルシェ』も開催。
他県へ視察に行くなどして、淡路島での食への関心を高めようと活動する。
淡路島は食糧自給率が100%を超える。
そんな土地だからこそ、
自然農や無農薬・無肥料など食文化への関心を高めていけば、
生まれる効果も大きいのではないか。
食は子どもたちの未来に直結する。

キッチン

キッチンは、リノベーションしたなかでもお気に入りの場所。ちなみにこの日、奥さんが仕込んでいた夕飯はおでんでした!

りんごとレーズンと全粒粉のケーキ

りんごとレーズンと全粒粉のケーキ。お皿はもちろんあわび焼。

かわいいソックスに入った、 奈良のものづくり100年! 「広陵町の靴下100年史」

このかわいい靴下。中には本が入ってます!
どんな本かというと、本日、ものづくりの現場でご紹介した
奈良県広陵町の靴下組合がつくった「広陵町の靴下100年史」。
靴下の生産量日本一のまちである広陵町が歩んできた、
100年に渡るものづくりの歴史がつまった本です。

世界の靴下の歴史から日本の靴下の歴史、
広陵町において靴下産業がどのような発展を遂げ、
今後どのような課題があるのかがわかりやすく書かれています。

靴下を脱いだところ

さすが、本格的な靴下です。

大量生産不可!な 伝統工芸のぬくもりと進化 「仙台・東北の出張 手しごと展」 ヒカリエで開催

大量生産はできない、"手しごと"ならではの
あたたかな魅力を伝える「仙台・東北の出張手しごと展」が
1月23日(木)から渋谷ヒカリエにて開催されます!
仙台・宮城を中心に、ぬくもりある工芸品や職人の手しごとを
紹介するサイト「手とてとテ」と、
東北に根付いた暮らし方を見つめ、伝統技術を進化させる
現場を紹介・製品販売する「東北STANDARD」が企画。

むかしながらの実直で素朴な工芸品。素材や制作過程などにも光をあて、その手触りを工房の空気感と共に紹介

伝統技術を現代のライフスタイルに合わせた作品も展示、販売されます

ほか、宮城県内外のクリエイターと
伝統工芸のコラボレーションから生まれた製品の展示や、
BEAMSのレーベル<fennica(フェニカ)>の新たな製品も展示、一部販売致します。
東北でこれまで長いこと受け継がれ、
深められた伝統技術。
そしていま、その技術が進化し
新しく生まれるものづくりたち。
ぜひ手づくりのあたたかみを実感し、新しい進化を覗いてみてください!

■日時:2014年1月23日(木)~1月26日(日)

11:00-20:00(23日のみ17:00-20:00) ※入場は19:30まで

■会場:渋谷ヒカリエ 8階COURT

■主催:仙台市、(公財)仙台観光コンベンション協会、(公財)仙台市産業振興事業団

■企画・運営:手とてとテ –仙台・宮城のてしごとたち-、東北STANDARD

■後援:岩手県、福島県、宮城県

■協力:一般社団法人 IMPACT Foundation Japan、BEAMS

仙台・宮城のてしごとたち「手とてとテ」

東北STANDARD

ヤマヤ

廃業寸前から、再スタートしたくつ下づくり。

奈良県の北西部にある、北葛城郡広陵町。
ここは、くつ下の生産量が全国一として知られるまちだ。
歴史をひも解けば、さかのぼること江戸時代。広陵町を含む大和地方では、
木綿がつくられ、綿繰りや木綿織りがさかんに行われた。
明治に入り、中国、インドから綿花が大量に輸入されると国内の綿作は一気に衰退。
大和地方も例外ではなかった。そこで、目をつけたのが「くつ下」づくり。
綿の織り機に代わり、手回しのくつ下の編み機を導入し、
くつ下の産地として発展していった。

加工する前の綿。この綿のなかに種がはいっているため、「綿繰り機」で、種をとり、糸をつむぎ、織り機で木綿となる生地を織る。そんな分業制が広陵町一帯に土壌としてあった。

ヤマヤには、くつ下の歴史を綴る書籍が多数。くつ下編み機が導入される以前の江戸時代は、手編み。ちなみに、当時編み物は武士の内職だったのだそう。

「雨があまり降らず、川の水量も少ない
この辺りは稲作だけでは食べていかれない地域だったんですね。
米をつくりながら綿もつくる家々は多かったそうです。そして、明治の末に
くつ下製造に代わり、広陵町周辺に広まっていったようです」

そう広陵町の歴史を話してくれたのは野村佳照さん。
彼が社長を務める「ヤマヤ」も大正10年創業の歴史あるくつ下製造の会社だ。
現在は「ORGANIC GARDEN」に立ち上げから携わるなど、
オーガニックコットンのくつ下製造に力を入れている。
また、自社ブランド「Hoffmann(ホフマン)」のほか、
国内ブランドのくつ下製造も精力的に手がけている。

奥のふたつは、ORGANIC GARDENの「ガラボウソックス」。太くふぞろいの糸から編まれた独特の風合いが人気。ガラ紡績機という日本独自の紡績機で作られる糸を使っているのが商品名由来。ガラ紡績機は明治に発明されたもので、いまでは、ほんの数台しか稼働していない。

実はヤマヤは、過去に、休業においこまれたことがあった。
野村さんが大学を卒業した昭和50年代初頭、輸入のくつ下が増え始め、
最盛期、奈良県内に900社以上もあったという工場や会社は減少傾向へ。
「ピークを過ぎたくつ下の製造は“やめたほうがいい”と随分反対されました。
でも僕が幼い頃、遊び場は工場。職人さんにもたくさん遊んでもらいました。
やっぱりそういう経験があったしね、立て直したかったですね」

そして、休業から3年後。他業種での仕事経験を経て、
野村さんは先代である父と共に再スタートさせた。
スタッフは、先代と野村さんの他に2名。
まずは、埃をかぶってしまっていた編み機を1台ずつ分解掃除し、調整しながら組み立てた。
やっとの思いで商品を仕上げるも、再スタート早々に不渡りにあってしまう。
「初めて売上げた代金の手形が不渡りになり、商売の厳しさを味わいました」

ヤマヤの展示室には、古い時代のくつ下編み機の復元機が。手で回して、シリンダーが回転。160本の針が上下に動いて、筒状に編まれていく。

バブル経済の崩壊が始まってから、くつ下産業の衰退は加速。
それでも、野村さんは諦めなかった。
当時ではめずらしいオーガニックコットンのくつ下をつくり始めたのだ。
まだまだ、オーガニックコットンの流通自体が不安定。
実際編み機にかけてみてもすぐに切れてしまうことも多かった。
野村さんは、スタッフとともに技術や経験値を生かして、かたちにしていった。
再スタートしたときには5台だった編み機も、現在は60台に増えたという。

「再スタートしたときに機械を分解した経験はかなり勉強になりましたね。
編み機の原理がわかったことが、後々役に立っています。
くつ下は毎日はくもの。国内の消費量は大きくは変わらない。
問題は、どこで生産されるかということ。
国産のくつ下を広げるためには自立した企業にならなければ」
そう考えた野村さんは自社ブランドHoffmannを立ち上げ、販路を開拓。
同じ時期に異業種グループ、協同組合エヌエスを設立し、
ORGANIC GARDENを展開。現在は、東京の恵比寿に営業オフィスを持ち、
奈良市の奈良町に直営店糸季を構えている。

ヤマヤの社屋内には、数種類の編み機が並んでいる。

くつ下が編まれているところ。ひとつひとつ筒状に編まれ、巻き取り装置の中に編みさがってゆく。

はき心地の決め手は、糸と編み機のマッチング

くつ下は、素材や色など試作して仕様が決まると、
デザインによって機械を選定し、針の動きを調整して編んでいく。
筒状に編まれると、つま先部分を、専用のミシンで縫い閉じる。
その後、ひとつひとつ編まれたものにキズがないか確認。
そして、かたちを整えるために、型板にはめ圧力蒸気をかける。
最後に検品、パッケージ加工を経てようやく完成する。
広陵町のくつ下は、いくつもの人の手を経て、つくられていくのだ。
だからこそ、丈夫で良質なくつ下ができあがる。

編み機は数種類あり、デザインによって調整していく。
例えば、ドレスソックスのようにキメ細かく編まれるハイゲージタイプは
針が200本以上に対し、ローゲージであれば、針の太さは100本以下。
また、「Xマシーン」と呼ばれる機械では、本格的なアーガイルを編んだり、
立体的な模様をつくりながら編み立てていく。
工場内におかれている機械や糸の種類を眺めると、その奥深さに驚く。

左がXマシーンで編んだアーガイルのくつ下。右は、アーガイル模様のくつ下で、後者は模様をつくるために柄糸をサーキュラーカッターで切るのに対し、前者は柄のつなぎ目を重ね合わせるように編み込んでいく。

「デザインや素材ごとに、針を調整します。
よりよい履き心地をつくり出すために、良質な素材であることは当然ですが、
それを最大限に生かす編み機の選定、編み地の調整が重要。
熟練の職人がいないとできないものも、多くありますよ。
特に凹凸感の出るダブルシリンダーのくつ下編み機は調整が難しいですね」
と野村さん。微妙な糸と編み機の適正をいかに見極められるかなのだという。

今はほとんど見ることができなくなった戦後広く普及していた靴下編み機。「この古い機械でしか作れないものがあるのです」と野村さん。

そんなオーガニックコットンのくつ下のパイオニアとも言える野村さんに、
一緒にものづくりをしたいと声をかけた集団があった。
関西の企業と新しいものづくりを提案する、
made in west」というプロジェクトを展開するオプスデザインだ。
made in west は、関西の企業が培ってきたものづくりの技術を生かし、
新しいデザインを提案していこうというもの。担当の神崎恵美子さんは、
ビビッドなカラー展開のオーガニックコットンのくつ下を提案。
「本来、オーガニックコットンは化学染料で染めたとしても、
履き心地や性能はあまり変わらないんです」(野村さん)
ビビッドなカラー展開を含め、これまでに3シリーズを商品化。
なかでも冬に人気なのが、「ヤク」という、
アジアの高山部で生息する、牛の毛を使ったものだそう。
綿に20%ヤクを混ぜると、薄くて温かいくつ下ができあがる。
「履き心地も気持ちよくて、あったかいから、私も愛用しています」
と、神崎さんも太鼓判の商品。

「made in westは、職人を主役にしてくれる。その姿勢にとても共感しました。
現在、国内のくつ下の生産量はピーク時の4分の1に、
広陵町でも、50社ほどになってしまいましたが、
分業でつくられるくつ下の技術は、この地域に支えられて育ってきました。
ものづくりは一度途絶えてしまうと、再生するまでとても大変なんですよ」
と、自身がゼロからスタートしたからこそ、
野村さんは、技術を伝えることの重要さを知っている。
「だから、広陵町の産業としてのくつ下をなんとか伝え、
残していきたいと思っています。ものづくりは面白いんですよね」

中央が野村さん。両脇にいるおふたりが、ヤマヤの再スタートを支えてくれた立役者。技術者として機械さばきの鋭さは右に出る者はいないと野村さんが褒める駒井秀臣さん(左)と、みなをまとめる製造部長の小林成光さん(右)。

information

ヤマヤ株式会社

住所 奈良県北葛城郡広陵町疋相97-1
電話 0745-55-1326
http://www.yamaya-e.com/
※直営ショップ・糸季
住所 奈良県奈良市高御門町18
電話 0742-77-0722
営業時間 10:00〜18:00(冬期は10:00〜17:30)
https://siki-naramachi.com/

東京オフィス


map

住所 東京都渋谷区恵比寿南2-8-5岩崎ビル202
電話 03-3713-3705
http://www.hoffmann-ism.com/

別冊コロカルでは、「made in west」のアンテナショップとしても機能する大阪のショップ「prideli graphic lab.」を訪ねました。made in westが手がけている関西のプロダクトも紹介しています。⇒こちらからどうぞ。

淡路島美術大学 Part1: 民藝の精神を引き継ぐ「あわび焼」。

現代の生活で使われている陶器だからこそ、美しい

神話では神や国を産んだ伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が祀られている
伊弉諾神宮があり、
その伊弉諾尊が日本で最初に産み出したといわれているのが淡路島である。
その島に美術大学がある。淡路島美術大学、略して「淡美=あわび」。
とはいっても文科省の認可を受けている本物の大学ではない。
芸術文化や、農、食、暮らしに関わるさまざまな問題を、
ワークショップやイベントを通じて考える“学びの場”だ。
学長の岡本純一さんは、「むさび」(武蔵野美術大学)出身の現代美術作家。
大学院まで彫刻を専攻し、卒業後、同大学で助手として働き始めた。
その後、結婚し第二子が産まれたタイミングで、
出身地で子育てをしようと思い、淡路島にUターンした。

そこで上述の「あわび」こと淡路島美術大学と、
そこで制作されている陶器ブランド「あわび焼」を始めた。

「淡路島には美術館や文化施設が無いに等しく、自分のアトリエと兼ねて、
美術作品を鑑賞したり、ワークショップを開催できる空間をつくりたかった」と
岡本さんはきっかけを語る。
この場所は面白いことに、関西看護医療大学(こちらは本物の大学)の敷地内にある。
同大学はシャトルバスなどで島外から通っている学生が多く、
淡路島に住んでいる学生が少ない。
大学側としても地域に根ざした活動を応援したいということで、
3フロア、計6教室をあわびに貸してくれた。

「だから“大学”という名前を使ってみました。
省略したら”あわび“となるのもユニークで面白いかな」

大学の一画を借りている

大学の一画を借りているので、まるで本物の大学のようなたたずまい。

独学で始めたあわび焼

あわびでつくられた陶器を「あわび焼」という名でブランド展開している。
しかし岡本さんの陶芸は技術を独学で得たものであり、○○焼などのルーツもない。
淡路島に戻って以来、3年ほどは、自分が納得できるものが完成するまで、
自分と向き合い修業する日々。作品も溜まる一方。
やっと公に販売を開始してから、まだ1年余りである。

彫刻学科出身の岡本さんだけに、
石膏の型取り技術を活かした作陶が行われている。
まず石膏型をつくり、
そこにタタラと呼ばれる粘土板を当てはめて型取りする「タタラづくり」。
この手法だと「自分の本当に思ったかたちにつくれる」という。
手跡も多少残ってしまうが、それは自然な温かみになる。

岡本純一さん

1枚1枚、丁寧に削り込んでいく岡本純一さん。

大学時代から陶芸にいそしんでいた。
大学で助手を務めていたときも、毎週のように骨董市、がらくた市を巡り、
民藝品や骨董品を収集して使っていた。

だから「10年間、買い集めてきたものが師匠です」と臆せずに語る。

「一番共感しているのは民藝の思想です。もっとも美しいものだと思っています。
しかし民藝運動が盛んだった時代のものは、
良くも悪くもあの時代だからできたもの。
いま見た目だけ似たようなものをつくっても意味がありません」

民藝とは、大正から昭和初期にかけて、
無名の職人による実用的で日用的な工芸品に、用の美を見出した運動だ。
その文化的な背景や感性は引き継ぎながらも、
マネごとではなく新しい民藝を目指さなくてはならない。
アーティストらしい思考だ。

ときには指を使い成形

ときには指を使って、繊細な形をつくっていく。

トータス

海部(あまべ)藍に“あい”を感じて。

藍染めの本場といえば、阿波、徳島。
一見黒色ではと見紛うほど濃く染めあげた
暗い紫みがかかった青の「褐色(かちいろ)」は
鎌倉時代の武将たちに、縁起のよい「勝ち色」として大変好まれたのだとか。
この独特の自然が醸す色が出せるのも、「すくも」で建てた藍ならでは。
徳島の吉野川流域で育つタデ科の植物、藍草を乾燥させ100日以上かけて
発酵させた手仕事の「すくも」。それがすなわち「阿波藍」なのである。
現在は徳島県内のわずか5軒の藍師が伝統の技法で阿波藍をつくっている。

一方で、同じ藍草を使った草木染めながら
「すくも」をつくらずに染める製法の藍染めが
現在、予防医学の見地から健康志向の人たちに注目されている。
藍というハーブの薬草効果に着目したハーブ染め、「海部(あまべ)藍」だ。
海部藍は藍住町の藍師から譲り受けたタデ藍の種の藍を育て、つくられている。

室戸阿南海岸国定公園の中央に位置し、オオウナギやゲンジボタルなどの希少動物が生息する清廉な環境を誇る海陽町は、マリンスポーツのメッカだ。

徳島県南部の高知県との県境にある海陽町にある肌着メーカー、
株式会社トータスの亀田悦子専務は、今から10余年前、
肌着の未来を考えてユニバーサルデザインの勉強していたときに
美波町の障がい者地域生活自立支援センターで
子どもたちに藍染めを教えている地元の染織家と出会った。
そこで、自社の肌着を提供することを始め、
藍に関わるようになったという。
徳島の会社ということで、藍染めの注文もあったのだが
すくもで藍を建てるのはコストもかかるうえに難しく、
必ずしも毎回同じように建てられるものではないことを実感した。
また、染織家が芸術として“色”を追求している藍と
同じ瓶のものを肌着に使うのは違うのではないだろうか、と
亀田さんは頭を悩ませていた。

「毎日の肌着を藍で染めるにはいったいどうしたらいいのだろう?」

藍は、古くは中国や日本で解毒、解熱、消炎などの
漢方薬に使われてきた歴史がある。
また何度も何度も藍瓶に漬け染め上げた着物は、
温度変化に強く、冬に身につけると温かく、夏
は涼しいとされており、虫除けの効果もあるといわれてきた。
紫外線の遮断や抗菌消臭、水虫、アトピーなどに対する効果も
財団法人日本紡績協会や徳島大学薬学部で
研究・試験され、効果のほどが確認されている。

亀田さんは藍染めに関わったことで
藍という植物のもつ多様な機能を知り、
アレルギーやアトピーに悩んでいる人、
赤ちゃんに安心して身につけてもらえるような
藍染めの商品を開発したいと考え始めた。

さまざまな人に「藍のハーブ染めの研究を」と触れ回った結果、
なんと、2009年の12月から
経産省の事業となり、産官学一体となって
藍のハーブ染めの研究をするチームが結成された。
当然ながら、言い出しっぺの亀田さんがチームリーダーだ。
「そうそうたる学者の皆さんに混じってこんなおばあちゃんが
いるのは申し訳ない気持でいっぱいでした。
でも、ハーブ染めの可能性を追求するために
色を求めるよりも、藍の薬効のある成分が
繊維にちゃんと入っていくことを実証できるかが重要でした。
そのためには藍の薬効の検証や染めに関して
専門家たちによる研究が必要だったんです」(亀田さん)

研究するからには、まずは原料が必要だ。
同じ海陽町で、農業を営む山田孝治さんに声をかけた。
山田さんは慣行農法ではない方法で
安心安全をモットーに美味しい米を作る農家として
国内の品評会で高い評価を得ており、
研究熱心だと地元でも知られていた。
きっと、農薬不使用の藍畑づくりにも興味を示してくれるはず、という
亀田さんの予想を裏切らず、山田さんは彼女が求めている
取り組みについてすぐに理解し、実行に移した。

8年以上農薬を使っていない田んぼを藍畑に。究極の清流といわれる海部川の伏流水をひくことができる、谷間で農薬が飛来することもない最高の土地での藍栽培が始まった。

「いい藍が育つように畑の土をよくするために10年は必要。辛抱強く土を育てていけばどんどんよくなる」という山田さん。

「最初は藍をやれば儲かるよ、と
亀田さんを紹介してくれた人にいわれたのですが、
化学染料で手軽に染められる今、そんなわけはないと思いました。
ですが、藍でアトピーや困っている人たちを
助けたいという亀田さんの思いや、
ひとりで立ち向かう姿を見て
ボランティアでいいから手伝おうと」

藍栽培の経験がなかった山田さんは、
最初の1年はハウスで藍の育て方を勉強し、翌年から畑に種を蒔いた。
試行錯誤しながら藍は2年目から育つようになり、
3年目からは有用微生物群EMを散布し、土を育てている。
亀田さんと山田さんは生きている藍に関して詳細な統計をとり続け、
現在も研究は続いている。
研究会では、すでに藍のハーブ染めの薬効が認められている。

海部の地に初めて藍を植えた日、亀田さんは藍染めの装束に身を包み、祈りをささげた。

世代を超えて、さまざまな思いが結ばれていく。

海陽町は、世界的に知られる
サーフスポットのKAIFU(海部川河口)があることから、
プロサーファーや彼らの家族が多く暮らしている。
海とともに生きることを選んだ
サーファーたちのライフスタイルをのぞいてみると
やはり、自然を意識した生活を送っている人が多い。
そんなオーガニックなムードのある海陽町出身の
永原レキさんは関東で過ごした学生時代に
サーフィンの全国大会で優勝。
数々の大会で活躍したのち海外を放浪し、
世界の多様な価値観に触れて2009年に帰国した。
さて、この先どんなふうに生きていこうと、都内でブラブラしていたときに、
東京ビックサイトで開催された
自然派プロダクツを集めたイベントに出店していた
亀田さんに出会った。
全身藍染めに身を包んだ白髪のかっこいいおばちゃん。
興味本位に近寄ったら、商品のタグに
自分の故郷、「海陽町」と記されている。

「それはもう、驚きましたよ。まさか自分の故郷から550㎞も離れた場所で、
ピンポイントで海陽町から来た人に出会うなんて。
あれは運命の出会いでしたね」(永原さん)

「Think globally, act locally」世界を、そしてさまざまな業界を渡り歩き、やっと自分の居場所に帰ってきた永原さんの行動指針は、まさにこれ。

ちょうど、海外でも地元を大切にする人たちを見てきた永原さんは
放浪する前とは価値観が変わってしまっていた。
「よし、地元に帰ろう」
海陽町に戻ることに決め、他の仕事をしながら
亀田さんらと親交を深めていった永原さん。
そんな彼の周囲には一緒に地元のイベントを企画し
豊かな自然と共生する地域活性化に励む仲間も増えてきた。

大阪から宍喰(海陽町の旧町名)に移住して、ここで結婚し、サーフィンと農業を両立させているプロサーファー田中宗豊さん(左)は永原さん(右)のよき地元仲間。海外や遠方からくる客人を受け入れたり、一緒にイベントを企画したり、子どもたちに美しい海陽町の環境をつないでいこうと活動をしている。

永原さんは、現在はトータスで染めや企画、
営業などの業務を行っている。
彼の手先は、今や真っ青。
亀田さん同様に、藍色のネイルを施しているかのようだ。
「これはね、インディカンという藍の成分で、
むしろ、肌をきれいに保つんですよ」
と永原さんが誇らしげに手を広げた。
「亀田さんに会わなかったら、
ここには戻ってこなかったかもしれないな。
あそこで、地元に帰ってきたからこそ
人生のうえで大切なことに気づけたことがあったと思う」
藍畑を耕し、藍を通して地元の環境のことも学んでいく。
混ざり物がない天然染料なので、廃液は畑の栄養になり
余った藍の種や葉は藍茶として飲む事ができる。
昔から藍師たちに飲用されてきた健康茶だ。
まさに藍という植物のサステイナブルなあり方は
海が暮らしの一部になっている永原さんにすんなりとなじんだ。
ちなみに海部藍という名前の意味は、
6世紀に阿波の国から衣食住の文化を広めた吉野川流域の忌部族と、
海を渡る技術で彼らを支えた海部(あまべ)族から由来している。
また、海陽町は徳島県海部(かいふ)郡にあるため、
ここから世界に向けて薬草としての
藍の文化発信を、という意味もこめられている。

永原さんと亀田悦子専務、亀田洋三社長。まるで親子のような三人組。社長は後ろで微笑みながら、ふたりの活動を見守る役目だ。

藍は使ったら1回染めて終わりではない。数多く染めると次に藍の染める力が復活するまでに休ませないといけない。海部藍はすくもに比べると寿命は短いのだが、誰にでも扱いやすいというメリットがある。

ロングセラーの腹巻は筆者も愛用。自社栽培の海部藍で染められた腹巻はシャツの下から見えても恥ずかしくないカジュアルな色。

室戸岬が近く、空海が見た景色そのままの風景が地元にあることから、永原さんは空と海のグラデーションの手ぬぐいを企画。藍の産地は県北に集中しているため、県南らしいものをつくろうとふるさとの景色と徳島の文化である藍染めを融合させた。

商品化はできたものの、コスト面を考えると
まだまだ研究しなくてはいけない、と亀田さんはいう。
実際に染めてみて、すくもで建てた藍との色の違いや
その役割もしっかりとわかってきた。
自然と人が手をとりあって、循環していく
海部藍を誰もが暮らしに取り入れられるようにしていきたいという
亀田さんの願いは最初から変わらない。

海部藍の周縁にあるさまざまな“あい”のかたち。
土地に若い人が根付くよう産業、
農業を持続可能にしたいと思う山田さん、
地に足をつけ、自然豊かな故郷の良さを
いろんな人に知ってもらいたいと願う永原さん、
それぞれの想いが海部藍に託されている。
徳島県北の阿波藍の本場、吉野川流域の
藍住町から運ばれた藍の種は県南で発芽し、
植物の持つ叡智は、新しいかたちでどんどん広がっていく。

高田賢三さんによる 震災復興のプロジェクト。 モチーフは福島・会津の 「起き上がり小法師」

福島県の会津地方に、400年前から伝わっている民芸品「起き上がり小法師」。
転んでもすぐに起き上がる張り子のおもちゃで、
会津民芸品の中では最古の品と言われています。

そんな歴史ある「起き上がり小法師」が、フランスでおしゃれになって、
東日本大震災復興支援に協力しました。
それが「オキアガリコボシ・プロジェクト・フロム・ヨーロッパ」。

俳優のジャン・レノさん、ファッションデザイナーのジャンポール・ゴルチエさんや
コシノヒロコさんらが賛同し、思い思いの起き上がり小法師を作りました。
2013年12月19日にパリ市庁舎で行われたチャリティオークションにて競売されました。

京焼の巨匠である陶芸家、小峠丹山さんの起き上がり小法師

発起人は、ファッションデザイナーの高田賢三さん。
被災地の方々に対して、福島・会津地方の伝統民芸品である
「起き上がり小法師」への絵付けをすることで応援したいというプロジェクトです。
フランスから日本から、たくさんの有名人が賛同しています。
リヨンで始まり、パリに巡回しました。

ジャン・レノさんの起き上がり小法師

シェフのポール・ボキューズさんの起き上がり小法師

ジャンポール・ゴルチエさんの起き上がり小法師

どの起き上がり小法師も趣向が凝らされていて、
協力者の方たちの被災地にたいする
思いやりのこころが伝わってくるようです。
Facebookページにて、たくさんの起き上がり小法師が紹介されています。

オキアガリコボシ・プロジェクト・フロム・ヨーロッパ

西粟倉村・木工房ようび Part2 : 百年の森から生まれた、檜の家具。

檜(ひのき)の家具をつくる

「檜ってほぼ日本にしかはえていないんです」

と「木工房ようび」代表の大島 正幸さん。
檜の家具をつくるために西粟倉村に5年前にやってきた。

檜は日本の鹿児島から福島の間で生育する針葉樹。
海外では台湾にもあるが、日本とは種類が違う。

世界最古の木造建物である法隆寺は檜。
建材として最高品質のものとされる。
しかし意外にも檜の家具はほとんど存在しないのだという。

「家具は接合部に強度をもたせなければならないので、
家具と建物は似て否なるものなんです。
建物は自身の重みで建物を支えている。
素材は同じだが、つくり方はまったく違う」

インテリア家具の技術をそのまま檜にあてはめても強度が保てない。
素材と技術がミスマッチしている。

「ならば、檜の材を徹底的に研究し、
檜の家具を製品化したい」
と、大島さんは考えた。

西粟倉村の森林

西粟倉村・百年の森林構想。西粟倉村で50年育った木を、50年先の未来へつなぐ。

「森に惚れた」それが起業の理由。

西粟倉村に来る前は、岐阜県の家具会社にいた。
しかし檜の家具をつくりたいというと、ダメだといわれた。
独立して檜の家具をつくるというと、
70人いた社員のほとんどが無理だと反対した。

それでも大島さんは家具会社を辞めた。
社長に理由を聞かれ、こう答えたという

「この森が好きになってしまったんです」

50年かけて、50年先の森をつくるという
'>西粟倉村・百年の森林構想」に出会い、
そのプロジェクトの可能性に自分の未来をかけようと考えたという。

「いい家具をつくって、ふりむいたらいい風景がある。
そんな環境で仕事をしたい」

森の学校のカフェ

西粟倉村・森の学校のカフェにも木工房ようびの家具が置かれている。

2009年の1月、飛騨高山の家具会社を辞め、西粟倉村に単身やってきた。
西粟倉村の50年かけて育てた森を、50年後につなぐというプロジェクト。
そのための家具をつくるのが自分の仕事だと考えた。

「日本の歴史において、檜がこんなに生えてるのって歴史上初めて。
50年前に日本中に数多くの檜と杉が植えられたんです。
当時はこの村でも立派な檜を2本切ると家が建つといわれた。
だから貯金のようなものだったんです。
子どもの世代に財産として残す木を植えた」

しかし皆が植えたら価格は下がる。
ピークは昭和55年。
そこから価格は下がりはじめる。
誰も使わなくなって、山には荒れた森が残る。
手入れがされなくなったのが現状。

「だから自分がやらなければ、誰もやらないんじゃないか、と」

現金30万だけもって、西粟倉村に転入した。

「当時つきあっていた彼女に、いっしょに来てくれと告白したら
最初、保留といわれたんです。なんやねん(笑)」

しかし2年後、彼女も村にやってきて、結婚した。
いまは木工房ようびを夫婦で経営している。

北欧家具のラインを日本固有の檜で実現

細身でスタイリッシュな北欧家具のラインを日本固有の檜で実現。同じサイズのナラの椅子と比べると明らかに檜のほうが軽く、やさしい風合い。

スウェーデンの 人気アーティスト×長崎・波佐見焼 のコラボ「リサ・ラーソン・ ジャパンシリーズ」

コロカル商店でも、
ファッションブランド、シアター・プロダクツとの
コラボレーション「ポーセリン・ウェア」を
ご紹介した、長崎の陶磁器「波佐見焼」

400年の歴史を持つ、この長崎の特産品が、
スウェーデンを代表する陶芸家、リサ・ラーソンとコラボレーション!
「リサ・ラーソン・ジャパンシリーズ」として展開されています。

波佐見焼で作られた、リサ・ラーソンによるとっくりとおちょこのセット「おさけとり

リサ・ラーソンファンにはお馴染みの人気モチーフである
シマシマのネコ「マイキー」の箸置きや、
スウェーデン・ダーラナ地方発祥の
伝統工芸品である馬の人形「ダーラナ・ホース」を
波佐見焼で作ったアイテムがラインナップしているんです。
どれも、スウェーデンのデザインと日本の伝統の技術が
お互いに良い影響を与えあったすてきな雑貨になっています。
このシリーズでは、波佐見焼のほかにも
有田焼をもちいた箸置きなども。
デザイン好きはぜひ
Webサイトでチェックしてみてはいかがでしょう。

リサ・ラーソン・ジャパンシリーズ

西粟倉村・森の学校 Part1 : 100年の森を育み、商品を生み出す、 村の営業部。

西粟倉村の取組み

人口1539人の岡山県西粟倉村。
この小さな村が林業を軸とした
地域再生の成功モデルとして注目されている。

政府主導で行われた平成の市町村合併のなかで、
西粟倉村は合併をしない、独自の道を歩んできた。

西粟倉村をひとつのブランドに育て、つぎつぎと商品を生み出し、
地場産品の企画・販売、マーケティングを手がけるのが
株式会社 西粟倉・森の学校。
西粟倉村民76名や、西粟倉村役場などが株主として参加している
村ぐるみのプロジェクトから生まれた会社だ。

森の学校ショールーム

森の学校ショールーム。西粟倉村から生まれた商品を展示している。

代表取締役の牧 大介さんにお話を伺った。

「最初、外部のコンサルタントとして村に入ったんです」
そこで仕事をつくるための雇用対策協議会の立ち上げからはじめ、
そこから地域での起業をサポートしてきました」

牧さんは、もともと資源リサイクルや自然産業のコンサルティングを手がける
アミタ株式会社のシンクタンク「アミタ持続可能研究所」の所長として
西粟倉村に入った。一番の問題は過疎化だった。

「平均して年間30人、お年寄りが亡くなるんです。
少々子どもが産まれても、過疎化は止まらない。
人口を維持するためには、仕事を生み出す必要がある」

木のぬくもりがうれしい木馬

木のぬくもりがうれしい木馬。地域の資源に根ざした商品を生み出すために、まず人づくりからはじめた。

2007年、雇用対策協議会が設立される。
通称・村の人事部。

「厚生労働省の補助金ありきの組織だったので、
補助金が切れてからも、経済的に自立できるようにしたい。
ひとづくりの基盤を持とうというのが、はじまりだったんです」

企業の人事と同じように、地域もひとが重要なのだ。
起業家型の人材発掘・育成が必要だ。
そして村にやってくるひとの定住支援をしていくための組織づくり。

そして地域の資源に根ざした仕事をどうやって生み出すか。
森の再生を地域の雇用や人口維持につなげられないか。
それが課題だった。

廃校の教室がショールーム

廃校の教室がショールームになっている。

無垢の木で出来た天板のデスクやテーブル

無垢の木で出来た天板のデスクやテーブル。森の再生のための商品が生み出されていく。

福島・いわきの 木工クリエイター集団 moconocoによる、ミニマルな デザイン神棚「Kamidana」

昔の日本のおうちには必ずあった、
神様を祀る神聖な場所「神棚」。
一人暮らしだったり、
マンション暮らしだったりすると、
ちょっと縁遠くなってしまいがちですが、
近頃では、現代風のインテリアにもマッチする
モダンなデザインの神棚が登場しているんです。

本日ご紹介するのは、福島県いわき市の木工職人集団
moconoco(モコノコ)さんが作っている「Kamidana」。
→コロカルでご紹介した記事はこちら
国産ヒノキを使った現代風の神棚です。
こんなミニマルなデザインの神棚なら、
ご家庭だけでなくお店においても良さそうですね。
通常、神棚の札宮は伊勢神宮を模した形で造られているのですが、
Kamidanaは伊勢神宮を二次元にトレースし直して
ミニマムな形に再構築しています。
「しろ」(写真右)は横にスライドして、
「むく」(写真左)は上にスライドして御札を入れるようになっています。

きっかけは、仮設住宅に神棚がなかったこと

moconocoさんが作った仮設住宅用のスツール

「moconoco」さんは、2010年に結成された、
いわき市内の若手木工業者と材木屋さんによる
木のクリエーターチーム。
当時は「いわき遊木民」という名前で活動されていましたが、
2012年に「moconoco(モコノコ)」と改称しました。
彼らが神棚をつくろうと思ったのは、
震災の被害者のために、
仮設住宅に家具を作って配る活動を通して。
被災者の方から「仮設には神棚を置く場所がない」
という話を聞いて、kamidanaが考案されたんです。
デザインを手がけたのは、水野 憲司(mizmiz design)さん。
各メディアでも取り上げられ、日本インテリアデザイナー協会
による「JID賞」も受賞するなど、
高い評価を受けるプロダクトとなりました。

moconoco「Kamidana」

砂漠で掘り起こされた 古代石ジュエリーに、 藍染の木の器。独創的な 鹿児島職人が東京にやってきた!

できるだけたくさんの人々に
隠れた才能ある人を知ってもらいたい。
あるいは新しい視点を獲得してもらいたい。
そんな想いで東京都港区愛宕に新しくオープンした
“CURATOR’S CUBE”ではいま、
鹿児島で活動をされているジュエリーブランドのsamuloと、
ウッドターナー盛永省治さんの展示会が行われています。

samuloの扱うジュエリー作品は
一つ一つが個性的で、他にあまり見ないような、
かわいらしくも面白いものばかり。
砂漠で掘り起こされた古代の石や銀貨、
19世紀の教会のミサに集まった人々に配られたガラスなど
珍しい素材で作られているそうです。

木工作家の盛永省治さんの今回のテーマは「Blue Work」。
宮崎のAulicoさんという方に藍染めをしてもらった美しいインディゴボウルは
今年1年をかけ試作を重ねてきたという自信の作品です。
それ以外にも約100点、ぬくもりある木工品が並びます。

それぞれの素材を生かしながら、
型にはまらない試みを続けるお二人。
26日までの開催期間中、samuloは12月22日まで、
盛永省治さんは12月16日まで会場にいらっしゃるそうです。
ぜひ鹿児島で活躍されるお二人の作品に触れてみてください!

CURATOR’S CUBE

住所:東京都港区愛宕 1-1-9

Tel:03-6721-5255

Open:12:00 - 19:00 不定休

samulo(サムロ)

2007年、宮本和昌により設立。鹿児島に直営店をオープン。

2012年、ジュエリーブランド「semeno」もスタート。

http://www.samulo.com

盛永省治(モリナガ ショウジ)

木工作家。1976年生まれ。大工、家具職人を経て、独立。
2007年に鹿児島に工房兼ショップ「Crate」を設立する。
現在はオリジナルの木工品や注文家具を製作している。
Playmountain(東京)、dieci(大阪)、tortoise(ロサンゼルス)など国内外で個展多数。
2012年、高岡クラフトコンペティション奨励賞受賞。

http://www.crate-furniture.net