「京都流スタンダード」をつくる。 「株式会社ウエダ本社」後編

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働き方が変わる、住めるオフィス

五条通に株式会社ウエダ本社のふたつのビルがある。
京都発のコミュニティデザインの拠点であり、
コワーキング(Co-working)といわれる働き方が可能なスペースを提供している。
コワーキングとは、事務所スペース、会議室、打ち合わせスペースなどを
共有しながら独立した仕事を行う共働ワークスタイルを指す。

株式会社ウエダ本社は京都で「事務機のウエダ」として知られる
オフィス用事務機器のディーラー。
文具の卸しからスタートし、今年で創業77年目をむかえるオフィス事務用品の会社である。

働き方と働く場から考えると、本当に良いオフィス環境とは?
こんな問いかけからはじまった。
株式会社ウエダ本社の岡村充泰社長にお話を伺った。 

「もともとうちの会社は事務機器のディーラーなんです。
チェンジワーキング(ワークスタイルの変革)のようなことは、
メーカーさんもみな言っています。
でもメーカーのチェンジワーキングは“器”ありきなんです。
しかしそれでは“働き方のチェンジ”にはならない。
“器”ではなく、いろんなひとが出入りすることによって“場”の価値が高まるんです。
そんな仕掛けをしていきたい」

KYOCA。ウエダ本社が企画・運営の「食とデザイン」の新しいスペース。

さっそく事務機のウエダビルと南ビルを見せていただいた。
1968年につくられたレトロなオフィスビルをリノベーション。
SOHOを意識したデザインで、現在22の団体が入居している。
入り口はアートスペース。そして多種多様な植物が印象的だ。

「リノベーションするときに、上のほうは住めるようなオフィスにしたんです。
これはなぜかというとSOHO、つまり住みながら働くということを意識しました」

と岡村社長。
住めるオフィスとはどういうことなのだろう。

「極端にいうとオフィスは無くなるよ、ということに立脚しているんです。
築四十数年たったビルを“レトロでかっこいい”と感じる層はどんなひとかなと考えた時に、
それはクリエイターだと思ったんですね」

そんなひとが集まり、働きやすいオフィスにしたいと考えた。
いわゆるノマドワークやシェアオフィスなどの視点だ。

「クリエイターの働き方は9時〜5時ではないですよね。
ゆっくりめからスタートして夜通しとか。そんな仕事の仕方がイメージできます。
そういうひとが集まる場所。
そうするとそれは寝泊まりができるオフィスだな、と」

南ビルは古いレトロなエレベータをあえて残し、可動部分だけを最新式に変えた。
オフィスにはバス、キッチン、トイレなどを充実させ、そのまま住める空間にしている。
仕事と暮らしがひとつになった働き方を前提とした創造空間。
店舗と住まいがつながり、いくつもの軒が連なる
京都の町家的生活の新しいカタチともいえる。

入居した団体が、有機的につながり創発し交流できるようなスペース。
フリーアドレス的な発想。そこにひとが集い、風合いが生まれる。

未来の子供達に、山一面の桜を見てもらいたい。福島・いわき万本桜プロジェクト

コロカルでご紹介した「桜の森 夜の森」プロジェクト
MUSUBU)の宮本英実さんから、すてきな取り組みを教えて頂きました。
福島県のいわき市で行われている「いわき万本桜プロジェクト」です。
これは、いわきの里山に桜を植樹し、今後99年という長い年月を
かけて9万9千本の桜を植樹していく長期間のプロジェクト。
既に2千本の桜が植樹されています。
スタートは2011年5月、東日本大震災の2ヶ月後のこと。
地元で会社「東北機工」を営む志賀忠重さんが代表者となり、
いわきの地元の人たちと始めました。

「いわき万本桜プロジェクト」では、
プロジェクトのWebサイトにて、自分で植樹まで行なう「自主植樹」と、
現地の人が植樹作業を行なう「代行植樹」の二種類のコースを公開。
購入者はそれぞれの方法で植樹を行い、その木には思い思いの木札に
メッセージを書く事ができます。
一人一人の記念樹として、一本一本に参加してくれた人の名前をつけるのだそう。
ちなみに料金は、自主植樹が特大15,000円、大8,000円。
代行植樹は代行植樹は特大18,000円、大10,000円です。
それでは宮本さんが実際に自主植樹にチャレンジされた様子をどうぞ!

万本桜の看板

この山に植樹していきます

宮本さん、植樹作業中!

代表の志賀忠重さんと宮本さん。

スコップでザクザクと掘っていきます。

植樹した桜には名前のプレートを掲げます。

植樹終了!「MUSUBUプロジェクト 桜の森 夜の森」の名前が。

■蔡國強さんコラボの美術館も

「いわき回廊美術館」

本プロジェクトの協力者には、世界的な現代美術家の蔡國強さんも名を連ねます。
というのも、蔡さんはかつていわきで作品制作をしていた縁があり、
志賀さんらいわきの人々との繋がりが深いんです。
蔡さんがいわきをテーマに作品制作をしたり、逆に蔡さんの作品設営の
ためにいわきの人たちが海外に行くこともあったのだとか。
そうして20年以上も友情をあたためてきたのだそう。
いわき万本桜プロジェクトが進められている里山には、
蔡國強さんとの共同プロジェクトである、
長さ約99メートルもの回廊を歩きながら作品を鑑賞できる「いわき回廊美術館」もあります。
植樹に行かれた際には、ぜひお立ち寄り下さい。

いわき万本桜プロジェクト

(READYMADE)PRODUCTS/吉田木型製作所

“型”屋がつくる、ライフスタイルプロダクト

直接炭火にもかけられて、食材の旨味を凝縮させる調理器具「ダッチオーブン」。
キャンプやバーベキューなどを楽しむには欠かせないアイテムのひとつだ。
そんな鋳物のダッチオーブンシリーズ「WEEKENDER」を展開するのが、
プロダクトブランド「(READYMADE)PRODUCTS」。
つくられているのは、鋳物の産地としてはあまり耳にすることも少ない、
福岡県南部の八女郡広川町。
博多から南へ車を走らせること1時間ほど、田園風景の広がる広川町を訪れた。

(READYMADE)PRODUCTSのダッチオーブンシリーズ、WEEKENDER。写真はスクエア型。リフターも別売りされている。

左3点がスクエア型で、右がラウンド型。WEEKENDERはフタと合わせてスタッキングできるのも特徴。フタは単体でも使用でき、いずれもうれしいIH対応。

WEEKENDERは、
鉄板皿のようなスクエアタイプと鍋のようなラウンドタイプがあり、
フタのデザインは、シンプルなものとパターンが施されたものと2種。
ちなみに、この(READYMADE)PRODUCTSは、
2014年春に立ち上がったブランドで、
WEEKENDERは、その第一弾として販売がスタートしたばかりだ。

このブランドを主導するのは、
福岡県八女郡広川町にある吉田木型製作所の吉田いずみさんと、
ブランディングをサポートしているのは、福岡を拠点に活動している
クリエイティブディレクターでデザイナーの中垣幸成さん。
(READYMADE)PRODUCTSは、吉田木型製作所の
技術を活用して立ち上げられたプライベートブランドだ。

吉田木型製作所 常務を務める吉田いずみさん。

いずみさんの祖父が始めた吉田木型製作所は、昭和10年創業。
その名の通り、鋳造用の「型」をつくる工場を始めた。
隣まちである久留米市を中心に、広川町周辺のエリアでは、
軍事用のさまざまな鉄工部品を製造するための型の需要があったのだそう。
現在は、農機具や造船などの機械部品の型など精密なものから、
公共の橋の欄干、地域モチーフのマンホールなど大型なものまで
産業向けを中心に、あらゆる鋳物の型をつくっている。

佐賀県武雄市のマンホールの古い木型。

そもそも、鋳造用の「型屋」とは、どういう仕事なのか。
鋳造は、砂でできた「砂型」に溶鉄を流し込み、
鉄が冷え固まったら、その砂型を叩き割って取り出すという加工法。
その砂型をつくるにも、元となる型が必要になる。
この元型を専門につくっているのが吉田木型製作所の仕事だ。
現在は、用途に応じて木型、樹脂型、金型を製造。
さらに金型を用いたシェルモールドと呼ばれる特殊な砂型まで製造している。

木型は、一部現在でも手彫りで行っている。特に仕上げや細かな調整などは、熟練職人の勘と技術が必須という。細部の精密さはまるでアート作品のような雰囲気も。

木型場の引き出しには大小さまざまな鉋(かんな)がたくさん!

こちらはマシニングによる木型を削り出しているところ。

WEEKENDERは、シェルモールドと呼ばれる特殊な砂型で製造されており、
特に精度が高い製品に仕上がっている。
さまざまな素材の型を状況に合わせて対応できるのが吉田木型製作所の強み。
何より、熟練した技術を有する職人が揃っている。

金型に樹脂を含有した砂を吹き込み、熱で砂を硬化させて砂型(シェルモールド)をつくる。

完成した大量の砂型を最終微調整する地道な作業。

そんな吉田木型製作所を取り巻く状況も変化しつつある。
「北部九州エリアの鋳物産業は、
鋳造所と木型屋に分業化されているのがスタンダードなんです。
木型屋といえば、2〜3人の家族経営の会社がほとんど。
かつては公共事業などによる大規模な受注も多かったけれど、
時代の変化とともに、
後継者がおらず廃業されていくところも少なくないです」
と、いずみさんが教えてくれた。

たくさんの砂型(シェルモールド)鋳造所への出荷を待つ(写真は、WEEKENDERのものではない)。

「今は、まだ父が社長であり、現役で職人として勤めていますが、
この先、女性である私がこの会社を受け継ぐ番になったとき、
これまでの経営、事業展開のままでいいのだろかと不安を抱え、
今できることは何だろうかと考えていました」
といずみさんは続ける。

そこで彼女が約4年前に参加したのが「九州ちくご元気計画」だ。
これは、福岡県が主導する雇用促進のためのプロジェクトで、
筑後地域の15市町村の事業者が新規事業や販路開拓などを勉強するための、
講座や研究会などさまざまなプログラムが設けられている。
ここで、当時東京から帰郷したばかりで、
このプロジェクトに関わっていた中垣さんと出会った。

プロジェクト企画、デザイン、プロモーション、販売に至るまで一貫して吉田木型製作所のパートナーとしてブランディングのサポートを行っている中垣さん。インテリアデザイナーとして多くのコマーシャルスペースのデザインに携わった経歴を持つ。

中垣さんと相談しながら、いずみさんが考えたのは、
「これからは、培ってきた技術力とノウハウを生かした、
吉田木型製造所のものづくりを外へも発信していくことが
必要なんじゃないだろうか」ということ。

そこで、(READYMADE)PRODUCTSを立ち上げることになるが、
製造、企画、販売までを自社で行うことを想定すると、
製造業にとっては、覚悟のいることだった。
製造業であり職人集団である吉田木型製作所は、
受注したものをつくることには長けているが、
自ら何かを生み出し、外へ発信することに対しては経験がない。
いずみさんは、ひとつひとつ、時間をかけて実現可能な方法を選んでいった。

最初のデザインをベースに自社の木工技術を活用してつくった木製のモックアップ(プロダクトの模型)。

最終的に、自社商品の候補にあがったのが「ダッチオーブン」。
もともといずみさんが、以前から手ごろな鉄皿がほしくて、
自社でつくれるんじゃないかなと考えていたのが、きっかけとなった。

「単純だけど、地元には新鮮な食材が豊富にあり、
それを自分たちの技術でつくった道具で
最高においしく食べられるって素敵なんじゃないか」
と中垣さんは考え、いずみさんに提案。
「まずは自分たちが楽しくなるような道具からつくろう」
と家庭でも気軽に楽しめるようなダッチオーブンの開発がスタートした。

WEEKENDERラウンドタイプの金型。これで砂型(シェルモールド)が製造される。ラウンドタイプを製造するために金型は8型も必要となる。

完成までに、一番苦労したのは、
砂型(シェルモールド)の精度をあげることだった。
デザインから金型をおこして、
砂型(シェルモールド)を製造するところまでは比較的スムーズに。
しかし、その砂型で実際に鋳造試作してみると、
製品として流通させるクオリティーにはほど遠く、
不良率がかなり高かったのだ。

大量につくる工業用製品とは違った視点を持つ必要がある。
さまざまな視点と可能性を模索しながら、
砂型の精度と協力先の鋳造技術とも向き合い、
1カ所1カ所、検証しながら、細かい修正作業が続いた。

そして、最初の鋳造試作から半年を経て
ようやく納得のいくクオリティーに仕上がった。

プロジェクト自体の構想からすると足かけ4年、
(READYMADE)PRODUCTSのダッチオーブンシリーズ、
WEEKENDERが完成したのだ。

職人たちにとっても、新たな発見の機会となったよう。
これまで、自分たちが納品した型からどんな鋳物がつくられるかは
ほとんど見ることも知ることもなかったが、
WEEKENDERをつくるのは、最終的なかたちを見据えた作業。
今回のことで、製造に対する向上心や意識がより深まったという。

改良途中のWEEKENDERのシェルモールド(砂型)。何個つくったかわからないくらい試作を重ねたそう。

使いやすいサイズ感で気軽にダッチオーブン料理を楽しめるWEEKENDER。
洗練されたデザインも反響が大きく、
販売開始後間もないが、オーダーが増え始めているのだそう。

「吉田木型製作所の技術には、
既存の鋳造専門の型屋にはとどまらないポテンシャルが眠っています。
(READYMADE) PRODUCTSでは、
『型から生まれるプロダクト』をキーワードに、
鋳物以外にも他の素材を使ったアイテムも
少し時間をかけて展開して行く予定です」
と今後について中垣さんは話す。さらに、
「一方で、背伸びしすぎない自分たちのスタンスを大切に、
進化していく型屋として、
吉田木型製作所のビジネスモデル構築を
裏方としてサポートできればと思います」と続けた。

いずみさんの思いと職人の技術を融合し完成した
ダッチオーブンシリーズ、WEEKENDER。
これからの吉田木型製作所を担っていく、
いずみさんのチャレンジはまだまだ始まったばかりだ。

吉田木型製作所のスタッフのみなさん。

information

information


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吉田木型製作所

住所 福岡県八女郡広川町藤田1423-12
電話 0943-32-3806
www.yoshidakigata.jp

information

別冊コロカルでは、(READYMADE) PRODUCTSのダッチオーブンシリーズWEEKENDERを扱っている久留米市内のライフスタイルショップ「PERSICA」を訪ねました!
詳しくはこちらから

東京の下町、三ノ輪に自由で新しいスペース「undō(運動/ウンドウ)」が誕生

都電がのどかに走り、元気な商店街がある、
いまも東京の下町の風情が色濃く残るまち、三ノ輪。
ここに、2014年5月1日、オルタナティブ・スペース
「undō(運動/ウンドウ)」がオープンしました。
3階建てのビルの3階が倉庫で、2階はキッチン、1階が店舗になっています。
カフェでありギャラリーでありバーでもある、自由な場所。
展示やイベントを行ったり、ちょっとしたお酒や食べ物を
囲んで人が集います。
主宰の中心メンバーも、編集者、写真家、
翻訳家、神主という一風変わった集まりなんですよ。

もともとは自転車屋さんだったビル。自分たちでリノベーションしました

オープン後には地元の人やおしゃれなご夫婦も訪れてくれる場所になっているとか

今後undoでは写真展などの開催を予定。
夜はバーとしても営業しています。
何か新しいことが起こりそうな予感がする場所。
ご近所の方は、ぜひ気軽に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

undō(運動/ウンドウ)

伝統的な紙ふうせんに、タコ型や鈴入りまで。メイドインジャパンにこだわる新潟・磯野紙風船

1919年(大正8年)から紙ふうせんを作り続けている
新潟県出雲崎町の「磯野紙風船製造所」。
紙の素材も製造工程もメイドインジャパンにこだわり、
昔ながらの伝統的でぬくもりある
紙ふうせんを作り続けています。
また、近年ではより心を和ませてくれる
工夫がされたオリジナル商品も扱っています。

こちらは中に星型の色紙が入っています。かわいい!

こちらは鈴入り。シャンシャンという音に癒される

表情があるとまた違った意味でも楽しい

紙は意外と丈夫なので、しまう時はたたんで何度も遊べます

何度かポンポンと飛ばしていると、
子供の時に遊んだなあと懐かしい気持ちになりました。
昔はもう少し大きいサイズだったような気がしますが
これくらいの小ささのものならたたまずに
部屋に飾っておくのもいいかもしれませんね。
また、他にも猫やペンギンやサッカーボールなど
ユニークなものも取り扱っており
オーダーメイドもできます。
遊び方がシンプルで安価、
そして和を感じる彩りやぬくもりは
子供から大人、また海外の方へのお土産にもおすすめです!

磯野紙風船製造所

「食べ物と暮らす場所」をつくる KYOCA FOOD LABO 「株式会社ウエダ本社」前編

京都の新しい魅力、「市場」が注目されている

京都のまちが生まれ変わろうとしている。
京都駅から北西の方角、梅小路公園、丹波口駅の周辺、下京区西部エリア。
このエリアは古くは平安京の入り口、朱雀大路と重なり、
忠臣蔵や新撰組など、歴史の舞台にも何度も登場した京都島原の遊郭跡の博物館があり、
暮らしが息づく商店街、社寺,大学,文化・観光施設など、
魅力あるさまざまな施設等が集積する地域である。
2年前に京都水族館ができ、2年後には鉄道博物館ができる予定もある。
新しい京都の観光スポットとして今後、注目されているエリアだ。

そんななかでも注目されているのは京都中央卸売市場第一市場。
全国からの食材が集まり、京都の食を支える「市場」である。
鮮魚・塩干・青果、京野菜を中心に小売業者や料亭の求めに応じ多種多様な食材が集まる。
東京において築地が日本を訪れた外国人にも注目される観光スポットであるように、
京都の「市場」も「食」を体験するワンダースポットに変わろうとしている。

複合型商業施設「KYOCA」

京都青果合同の京果会館が複合型商業施設「KYOCA」へと変わる。

食べ物と暮らす場所〈KYOCA〉

その中心となるのが2014年7月にオープン予定のKYOCAだ。
京都中央卸売市場に隣接した京果会館がリノベーションされ、
食とデザインのラボラトリーとして生まれ変わろうとしている。

今回、新しい「京都」を「つくる人」として、
KYOCAの企画・運営をする株式会社ウエダ本社の岡村充泰社長にお話を伺った。
岡村社長は京都スタンダードを探求する「京都流議定書」のキーパーソン。
どんな「場」を目指しているのだろうか。

「“食とデザイン”をテーマに集い、学び、暮らせる場所をめざしています。
もともとKYOCAは、京都中央卸売市場第一市場に集まるすべての野菜・果物を扱う、
京都青果合同が持っていた古いビルのリノベーションから話がスタートしました。
通常、建築という意味でのリノベーションは
設計事務所と建築業者がいればできるのですが、
そうではなくて、いろんなひとが集まるとか、いろんなひとをつなぐ、
そういうことで価値を生み出していきたいという思いがあるんです」

岡村充泰社長

京都で「事務機のウエダ」として知られる事務機器のディーラー、株式会社ウエダ本社の岡村充泰社長。京都スタンダードを探求する「京都流議定書」のキーパーソンである。

KYOCAには「食」に関する複合的な出会いの場を演出する仕掛けがある。
1Fには市場から届く新鮮な食材のレストラン、
2Fにはこだわりの専門店、3Fは、食や地域に関する学びの場として、
ワークショップやイベントで人が集い、出会いを紡いでいく場、情報発信をする場となる。
住居スペースでもある4~5Fでは食に関心のある人が
事務所や住まいにすることもできる。

「世界でもこういう『食』の複合スペースは例がないんじゃないかと思います。
そして、ビルができたあと、いろんなひとが出入りすることによって
ビルの価値が高まる、そんな仕掛けをしていきたい」

今から30、40年前、ニューヨークのSOHOにアーティストなどが住み始め、
そこからまちが変わった。
下町はトレンドスポットとなり、その流れはマンハッタンからブルックリンにまで至ったという。

「そんな流れをKYOCAから生み出したい」と岡村さんは語る。

今号は「中野区」に深くつっこむ!毎号1つの区がターゲットのタウンマガジン『TOmag』

毎号、東京23区からひとつの区に焦点をあて
ディープに街を紹介していくタウンマガジン「TOmag」。
足立区、目黒区に続く第3号は「中野区」を特集、
4月25日(金)に発売されました。
表紙を飾るのは、上京後に約5年間中野区に住み
青春時代を過ごしたという女優の長澤まさみさん。
巻頭では当時の同級生を呼んで同窓会を開いています。

また、中野区在住歴20年超の掟ポルシェさんの濃厚な中野区談義や、
中野駅の北口の人たちによる
「北口に来たらこの6人に会うといい」
南口の人たちによる
「愛すべき南口のはなし」といった
同じ街でも全く違った側面がのぞける
趣きあるコンテンツも。
色んな角度から中野区の魅力を徹底的に掘り下げ
凝縮した一冊になっています。

誰しもが持ってる「地元に帰ると食べたくなる味」を紹介するページ。中華屋のオヤジさんのやりがいにフォーカス

マニアックな店はブロードウェイだけじゃない!と、全国のインスタント麺や焼酎が集まるお店を紹介

「真 中野十景」。あまり中野区のイメージにない風景ですが、地元の人にはあるある?ちなみに右は元DPEショップを再利用したギャラリーだそう

7年前から中野に住む芸人やついいちろうさんは「中野駅は南口がアツイ!」と豪語

そこに住む人たちならではの
情報、風景、おもしろエピソード。
中野区のことボンヤリとしか知らない人には新発見が、
地元の人には共感と再発見が
きっとできると思います。ぜひ!
ちなみに次号は品川区を予定しているとのこと。

【コンテンツ】
・長澤まさみの呼びかけで、中野で同窓会をひらくことになりまして。
写真:大森克己 インタビュー:掟ポルシェ
・真 中野十景
写真:酒航太
・中野ブロードウェイ 地上10 階、地下3 階建ての物語は終わらない
写真:後藤啓太 文:川田洋平
・ホール文化の行方
写真:塩田正幸 文:北沢夏音
・中野サンプラザ ライブ伝説
さやわか/鹿野淳/モリタタダシ/杉作J 太郎
・北口の人たち − 北口に来たらこの6 人に会うといい。
・南口の人たち − 潜入!中野会。夜な夜な、愛すべき南口のはなし。
やついいちろう/松本素生/峯田和伸/庄司信也
・コラム特集:中野クロニクル
・西武新宿線で一日を楽しく過ごすために。
・中野の味。
・中野でお宝さがし。
東京都内の各書店で販売。価格は1,000円(税別)。

TOmagazine

孫の代まで着継ぐスーツ生地を  葛利毛織が守ってきた昭和の機械技術

昔ながらのションヘル織機で生地づくり

愛知県一宮市周辺は、奈良時代から織物の産地として栄えた地域。
その一帯は尾州と呼ばれ、スーツやコートになる
国産のウール素材の約80%が生産されています。
国産のウール素材でつくられるスーツは限られたもののみ。
例えばオーダーメイドのスーツなどです。
今も入学や入社を記念にオーダースーツを仕立てる方も多いかと思いますが、
オーダーメイドでスーツを仕立てるのが主流だった昭和初期から
数々のテーラー職人たちに愛用されてきたのが「葛利(くずり)毛織」の素材です。

その絶大な評価は今も変わりません。
業界内から熱い注目を集める葛利毛織のものづくりの裏側を
のぞこうと工場を訪れてみました。

大正元年。木曽川町で、葛利毛織工業株式会社は創業しました。
先人のものづくりの技術を着実に受け継いできた同社は、
2012年に創業100周年を迎えました。

葛利毛織でつくられるのは、いわゆるウール素材の「生地」です。
主に羊の毛で生地を織るわけですが、
そんな葛利毛織のものづくりを支えるのが
昔と変わらずに使い続けている、
「ションヘル織機」と呼ばれる8台の低速織機です。

ションヘル織機とは1950年頃に国内で普及した国産の織機で、
生地を織るときに糸を左右に運ぶために「杼(ひ)」を用いることから
シャトル織機とも呼ばれています。

これが糸を左右に運ぶ杼です。

1980年頃に時代は「大量生産・低コスト」への転換期を迎え、
杼を使わず、空気や水の力で糸を高速で左右に飛ばす、
「革新織機」と呼ばれる高速織機が導入され始めました。
「ガチャマン時代」とも呼ばれ、消費者はとにかく多くの服を求め、
メーカーはそれに応えるかのように大量の衣料を生産していきました。
ちなみに、高速織機は1日に150m〜200mもの生地を織ることができるのに対し、
ションヘル織機は50mを織るのに3〜4日ほどかかります。

そこで、多くの工場は生産性の低いシャトル織機を廃棄していく一方、
葛利毛織はその道を選びませんでした。

右手が葛谷幸男社長。左手が専務取締役の葛谷 聰さん。

「多くの機屋(はたや)が生産性をあげるため、高速織機を導入しました。
しかし、経糸(たていと)の張りがゆるく、
糸の形状に合わせて左右するシャトルで
やさしく織り上げるションヘル織機でないと、
素材の良さを生かした手織りに近い風合いが出せません。
昔ながらの丁寧なものづくりを続けるほかないと考えました」

と話してくれたのは、葛谷幸男社長。
生産量を重視すると、糸や設計が量産のための設定となり、
スーツに適した生地の柔らかさと伸縮性が消えてしまいます。

社長は、機屋のつくるウール素材が均一化していくことに危機を感じ、
独自のものづくりに磨きをかけることを選びました。
現在ではシャトル織機の台数も、それらを扱える職人の数も減っています。
ウールの風合いを最大限に生かせる織物技術は高く評価されています。

受け継がれてきた技術と職人の勘

早速、工場を案内してもらいました。

光が多く入る工場は、古い木材と鉄筋が共存。そこに年期の入った織機が並んでいます。

ションヘル織機は繊維に無理な負荷を与えずに織り上げるのが特徴です。
ションヘル織機で織られていく様子を見ていると、
緯糸(よこいと)1本1本が空気をまとい、
生地に立体感を生み出していることがわかります。
この糸の膨らみが、スーツになった時に生きるハリを生み出します。
これはハイテク織機には出せない、ションヘル織機ならではの味です。
部品のひとつひとつがまるで職人の手のように、与えられた役割をこなしていきます。

やさしく織られているのがよくわかる表情。

手織り機の構造に近いションヘル織機は、
職人による多くの手作業が入ります。
そもそも、織機を動かす前にまず4日かかります。
織るための糸を織機にかけ、
それらを1本1本調整していきます。
その糸数が生地の密度によって異なるそうですが、
多いときで、10000本以上!
僕ならあきらめてしまいそうなくらい、
気が遠くなりそうな作業です。

すべての糸をいくつもの器具に通していきます。

織っているところ。

そこには正確かつスピーディーな作業が必要となるので、
熟練の技術が必要となります。
これらの工程にはマニュアルはなく、
素材と機械と対話しながら得た、
職人の勘のみがわかる機械操作となります。
それは、昨日今日ではなし得ない技術。
葛利毛織では、それらを大切に、丁寧に受け継いできました。

切れた経糸(たていと)は、手作業で結ぶ。

「ションヘル織機はローテクな機械なので、
糸の状態に合わせて織機の微調整ができます。
使い込むほどに素材の良さを生かしたものづくりが可能になります。

例えば、糸が通る部分は、使い込むと糸の接触面がなめらかになり、
繊細な糸をかけても糸を傷つけることなく織ることができるようになります。
現在弊社で扱っているような繊細なウール素材の糸をかけられるようになるには、
数年かかります。ションヘル織機にこだわり続けたからこそ、
繊細な糸でも扱える技術が確立できたとも言えます」
と話すのは、専務取締役の葛谷 聰さん。

部品が壊れたときは、安易に新しいものに取り替えないで
産地内の鍛冶屋さんに修理に来てもらい、
メンテナンスしながらションヘル織機を使い続けてきました。

年期の入った道具です。修理道具も一緒にあります。

羊毛は刈り取る時期や気候によって、糸の太さや品質が変わってきます。
その時々の糸の質に合わせて、8台のションヘル織機の中から、
最適なものを選び、微妙な調整までできます。
だから、葛利毛織はローテクでありながらも、
最先端のものづくりとも言えます。

ふっくらとした生地から細番手の高密度まで、
さまざまな生地を生産しているのも葛利毛織の魅力です。
ウールはもともと繊維に油分を多く含むので、
それを超高度密度に織った葛利毛織の生地は、
撥水加工がなくても多少の雨なら弾くそうです。

この生地の張りを眺めていると、雨の多い英国で、
多くのテーラーたちが傘をささずに歩く姿が浮かんできます。

超高密度に織られています。

愛され続けるものづくり

本物を愛する国内テーラーや、
海外の有名メゾンから注目を集める葛利毛織のものづくり。
彼らが仕上げた生地を使って、
一流のテーラーによって仕立てられた本物のスーツは、
世代を超えて着継がれていけるほど丈夫なものです。
たとえスーツ一着でも、親から子へ、子から孫へ仕立て直され、
着継がれていくものなのです。

つくる側、使う側ともに、価格のモノサシだけでなく、
本物のものづくりと、その価値に向き合うときなのかもしれません。

木曽川の土手。木の茂みの奥に川が広がる。

葛利毛織をあとにして、愛知県と岐阜県の間に流れる、
木曽川沿いを歩いてみました。
豊富な水は、染色加工用など繊維産地の発展には欠かせないので、
各産地には、大きな川が流れているものです。

大量生産型では成立し得ない葛利毛織のような、
時を経ても変わらない地域に根ざしたものづくりが
今後、孫の代まで大切に受け継がれていってほしいなぁと思います。

information


map

セコリ荘

住所 東京都中央区月島4-5-14
電話 080-5378-0847
http://secorisou.blogspot.jp/

植松さんの語る 教育とものづくりの未来。 「植松電機」後編

前編:[ff_titlelink_by_slug slug='tpc-thi-tsukuru-001' append=' はこちら']

ものづくりの未来を子どもたちにたくす

多くの講演などに呼ばれる植松電機の植松 努さん。
最近では、モデルロケットの打ち上げやプラモデルづくり教室など、
なるべく子どもを対象としたものを実現しようとしているようだ。
ものづくりを媒体にして、子どもたちの未来を案じている。
その理由を「いまの子どもたちの職業観や進路選択の考え方は、
あまり健全ではないと思っています。
親が子どもを愛するばかりにラクさせようとしているから」と語る。

試しに、ものづくり教室などに参加した子どもたちに
“いい会社とは何か?”と質問してみると、
“ラクできて、給料がよくて、安定している会社”という答えが返ってくる。
親がそう言うからだ。
そして子どもたちは、そういう会社に入るための勉強だと思っている。

「だから“学問は社会を良くするためのものだよ”と伝えています。
いろいろなことを犠牲にしながら勉強して、高い能力を得た。
その先が、いい会社に入ってラクをするということは、
大人になったら実はその能力は使わなかったということ。おかしいですよね?」

たしかに何のための勉強かわからない。何にもつながっていない。

ロケットパーツ

子どもたちへの授業でつくるためのロケットパーツ。

「以前、ある頭のいい高校の学生を相手に話したときのことです。
偏差値的にはどの大学にでも行けるのに、
どこに進学して何をしたらいいかわからないといいます。
でも私が話をしたあとに、彼らから決意表明がきたんです。
そこには“世界の難病や貧困をなくす”など、夢のある内容が書かれていました。
彼らくらい優秀なら本当に実現してくれそうで、嬉しかったですね」

そうやって自分の勉強したことが活かされていくのを想定していると、
より勉強にも身が入るというもの。
それを夢というのかもしれない。しかし大人は現実を見ろという。

「そんなこと気にするなと私なら言います。
若い年齢で現実を見たら、当然できることが限られています。
しかし、できないと判断した瞬間に成長が止まります。
それからは、できることしかやらなくなる。
ひとは憧れて手が届かないときに、ジャンプするんです。成長するんです。
できるかできないかではなく、やりたいかどうかで判断してください」

いい学校、いい会社、いい仕事というものが、
偏差値的なものだけではなく、ほかの価値観もあるということ。
それは、地方と都会という問題にも関わってくる。

「どのまちでも、学力を向上させようとします。
しかし、いわゆる“いい学校やいい会社”がそのまちになければ、
都会などに出ていきます。赤平からも、札幌や東京に出ていきます。
だから教育に力を入れるほど、人材が外に流出してしまいます。
このあたりにもいい企業はたくさんあるのに、
みんな人材確保ができなくて困っています。
会社や就労、学校というものの概念を変えていかないといけないと思っています」

そうして新しい学校をつくろうとした。
それが先週紹介したARCプロジェクトでの学費ゼロの取り組みだ。

ロボットづくりに3Dプラネタリウム!遊びながら科学を学ぶ「ひととものづくり科学館」石川に誕生

石川県小松市のJR小松駅から徒歩3分。
「科学と交流のまち」の拠点として作られた
集合施設サイエンスヒルズこまつに
「ひととものづくり科学館」が3月22日誕生しました。
さまざまな体験を通し
子供たちをはじめとした来場者にものづくり精神を伝え、
科学技術に興味をもってもらおうというのがコンセプト。

日本海側初となる立体視型のドーム型「3Dシアター」に、
ものづくりの現場や科学の原理を体験できる展示場「ワンダーランド」、
ロボットづくりや科学工作を楽しむ「フィーチャーラボ」、
先端科学や自然科学などのテーマで科学実験をする「ミラクルラボ」など
科学好き少年ならずとも目が輝いちゃうような
驚きやワクワクが詰まった魅力的な空間です!

ゲーム感覚で身の回りの製品の中にある科学の原理を学ぶ体験展示場「ワンダーランド」

宇宙関連番組やプラネタリウム番組を上映する3Dスタジオ。ただいま「銀河鉄道999」や「星の王子さま」が上映。

ふだん見過ごしている科学のものづくり。
こうした体験で学び興味をもつことで
未来の研究者や宇宙飛行士が誕生するのかもしれませんね。
ちなみに名誉館長は
「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」など
SFを題材にした作品で知られる漫画家松本零士さん。
まるで宇宙のように夢広がる施設、
ぜひ遊びにいってみてください!

【ひととものづくり科学館】
住所:石川県小松市こまつの杜2番地
開館時間: 9:30~18:00(夜間の催し物、3Dスタジオの上映がある場合は22時まで)
休館日:月曜日(ただし、祝日の場合は翌日が休館日。夏休み、GWは開館)
    年末年始(12月29日から1月3日)
一日共通券:大人800円 高校生500円 幼児、小・中学生300円
(ほか、各施設ごとの券や年間パスポートあり)

サイエンスヒルズこまつ

どうせ無理だと思わなければ、 宇宙開発だってできる。 「植松電機」前編

“宇宙に行きたいから”が理由ではない宇宙開発

父親が営んでいた車のモーターを修理する仕事からスタートし、
ロケットを自分たちの手でつくって、打ち上げ運用までできるようになった。
そんな植松電機の取り組みは、まるで夢物語のように思われる。
“どうせ無理だと思わなければ、宇宙開発だってできる”と語るのは植松 努専務。
年間講演数が最高で374回という植松さんの言葉は、胸が熱くなることばかり。

植松さんは、「宇宙開発は手段です」と言い切る。
もちろん子どものころから飛行機や宇宙に憧れる少年ではあったのだが、
宇宙開発に取り組み始めたのは
「“どうせ無理”という言葉から、
社会のさまざまな問題点が生まれている」と感じたから。
その“どうせ無理”という言葉が象徴する最たるものづくりが宇宙開発だ。

誰もが一度は憧れるが、宇宙開発なんて一部の選ばれし優秀な人が、
莫大なお金をかけてやるものと思い込み、“どうせ無理”とあきらめてしまう。
しかもその言葉を発するのは、やったこともないひとたちだ。
そんな宇宙開発を植松さんがやってのけたら、
“どうせ無理”という言葉に負けないひとができるかもしれない。
だから植松さんにとって、
ロケットや人工衛星をつくるというものづくりは、社会へ訴えかける手段なのである。

無重力実験棟

無重力実験棟を下から見上げるとまるでSFの近未来! 世界中から実験し集まってくるのだ。

こうして今ではロケットづくりから打ち上げ運用、
人工衛星もまるごとつくれるようになり、実際に宇宙で動いた。
無重力実験施設は、世界で一番稼働している。

ロケット開発の直接のきっかけは、北海道大学の永田晴紀教授との出会いだった。

「ロケットエンジンは、爆発して危ないからつくってはいけないと思っていた」

ところが永田教授は爆発しにくいエンジンを開発していた。
しかし実験するのに、大きな音が出るので場所が必要だった。
そこで最初は場所を貸すくらいのつもりでいたが、
よくよく聞いてみると、お金がなくていつ実験を始められるかわからないという。

「国立大学の研究機関の教授のはずなのに、国もお金を出してくれない。
そこで、うちでつくってみようかと思ったんです、
お金はないけど、部品をつくることはできる」

なかなか燃えないポリエチレンを急速に燃やす技術を開発

なかなか燃えないポリエチレンを急速に燃やす技術を開発した。たった3kgのポリエチレンから、25,000馬力を取り出すことができるようになった。

ロケットを、なぜ自分でつくれると思ったのか?
ここにも植松さんのものづくり哲学が秘められている。

石川のいいもの、おいしいもの100店舗!今年も「乙女の金沢 春ららら市 2014」実況中!

コロカルではもうお馴染み!
石川県で活動する若手作家さんたちが一堂に会し、
お話しながら直接作品を買える
マーケット「乙女の金沢 春ららら市」が今年も本日と明日にわたって
開催されます。
場所は石川県金沢市の金沢21世紀美術館の向かい、
「しいのき迎賓館横 広坂緑地」にて。
ずらり並んだテントの中に、約100のお店が集まります。

マーケットに並ぶのは、
器、ガラス、かばん、靴、パン、お菓子、古本…
石川生まれのかわいいものやおいしいものばかり。
石川県に根付く伝統工芸を
若手作家が現代的にアレンジした作品や、
フードでは加賀棒茶、糀のディップソース、薬草ドーナツもあります。

お買い物のほかにも、
KUTANI SEAL WORKSHOP(九谷焼シール貼り)
九谷ネイル(九谷焼絵柄ネイル)
美容研究所(マッサージ&メイク)
などのワークショップや
シネモンドによる、
1963年から1970年のソ連時代のロシアアニメを
上映(有料)する催しなど盛りだくさん。

コロカルでは、こちらのページで
当日の模様をTwitter経由で実況中継しています!
会場の楽しい様子が伝わってくる、リアルタイム更新を
お楽しみ下さい!

乙女の金沢 春ららら市 2014 イベント実況「ツイートでららら」

mother tool

デザイナー、職人の力を結集してつくるモビール

金属や木板、紙などの軽い素材を糸でつないで天井から吊るす。
心地よい浮遊感で、重力の絶妙なバランスで動く「モビール」は、
欧米では、「動く彫刻」とも呼ばれ、空間のアクセントとして親しまれている。
ベビーベッドの上でふわふわ浮いているモビールを
目にしたことがある人も多いかもしれない。

群馬県・邑楽町に工房を構えるプロダクトメーカー「mother tool」では、
デザイナーと金属加工を専門とした地元職人さんなどとともに
「tempo」というブランドを立ち上げ、モビールをつくっている。
旦那さまの室橋俊也さんと奥さまの中村実穂さんの夫妻が運営する。

しかし、つくると言っても、mother toolのふたりがする作業は、
デザイナーと工場をつなげて、各部品が来たら組み立てるのみ。
オーガナイザーは実穂さんの担当、組み立てるのは俊也さんの担当だ

tempoのモビールが組み立てられているmother toolの工房。旦那さまの俊也さん(左)と奥さまの実穂さん(右)。

もともと、邑楽町で育った実穂さんは東京の専門学校へ進学。
その後、親や親戚にせがまれ父が始めた組み立て製造業を継ぐため戻ってきた。
俊也さんも結婚後、それをサポート。
それにしても、聞き慣れない組み立て製造とはどんな仕事なのか。
「主にパチンコの台を組み立てる工場です。
プラスチックの各部品が送られてきて、
レーンごとに人の手作業で組み立てていく。
ほかに、車のサイドブレーキの持ち手部分に革をまく仕事もありましたね」
と、実穂さんが話していると俊也さんがパチンコの部品を持ってきてくれた。

これがここで組み立てられていたパチンコの台の一部。

「細かい部品をどう組み立てると一番効率がよいか。日々追われていました。
たくさん人を雇っていたときもありましたから、それを束ねるだけでも大変。
部品が送られてくるのが遅れてしまったのに、納品期日は迫っている。
家族で深夜まで作業したことも多々あります(苦笑)」と実穂さんは話す。

mother toolの洗練されたモビールからは想像がつかない話だ。

「パチンコ台って、3年後には必ず廃棄されてしまうものなんです。
納期を間に合わせるため、みんなで一丸となって組み立てても、
いずれ廃棄されてしまう。それが一番辛かったかもしれません。
どうモチベーションを保てばいいのかわからなかったですね」

mother toolの工房には細かいモビールを組み立てるための道具がそこかしこに。これもそのひとつ。

そこで俊也さんと実穂さんが考えたのは、自社でものづくりをすること。
下請けだけではない仕事を模索し始めた。
とは言え、自分たちが接してきたのはプラスチックの部品。
今から何をつくればいいのかわからない。
つまりは、ゼロからのものづくりだったのだ。

しかし、実穂さんは、その思いをとにかく行動に移した。
実穂さんの母校で教鞭をとっていた、
家具デザイナーの村澤一晃さんに相談したり、
地元で一緒にものづくりをしてくれる職人さんを探したり、
東京でプロダクトデザイナーに会ったり。
そんな小さいけれども力強い実穂さんの一歩が、少しずつかたちとなり、
第一弾としてアルミと木でできたステーショナリーを発売することができた。

この過程で実穂さんが知ったのは、
栃木県足利市(邑楽町の隣まち)は、
戦前に戦闘機をつくっていた中島飛行機が近くにあったことで、
アルミなどの金属加工の技術に長けた職人が多くいたこと。
それで、地元に根づいた彼らの技術を生かしたり、
さらには、ほかの産地素材や技術を組み合わせて、
ものづくりができないかと考えた。

そして、次につくることになったのが、モビールだった。
東京を拠点とするデザインユニット「ドリルデザイン」が
ディレクションの舵をとり、デザイナーが5名参加。
9種のデザインで、素材も木や金属などさまざま。
地元はもちろん、徳島なども含め、モビールの部品を加工したり、
塗装したり、このものづくりに関わる工房や工場は10社以上あるそう。

それらをすべて束ねるのが実穂さんの役目。
まず、それぞれデザインや模型があがってくると、
どのデザインがどの工場に適しているか、見極め、相談しにいってかたちを整えていった。

藤光が手がけたモビールの部品。パステルグリーンの塗装はまた別の工場へお願いしている。

足利市にある藤光(とうこう)製作所も、
モビールの部品をつくってくれている工場のひとつ。
なかでも、金属を曲げる技術が得意で、
普段は、バネ部材や特注の医療機器、自動車の部品などをつくっている。

藤光の齋藤さんとmother toolの実穂さん。

工場を訪ねると、藤光の専務、齋藤彰男さんが迎えてくれた。
「齋藤さんに相談すると、一緒に新しいアイデアを考えてくれる」
と実穂さんは、これまでに齋藤さんとともに、
線状になったアルミをうずまきや手のかたちに曲げて
木と組み合わせたステーショナリーをつくってきた。
そのアイデアは日々の暮らしからヒントを得ているだけだと、
齋藤さんは楽しそうに話してくれた。
「それに、中村(実穂)さんはやっぱりメーカーとして製造経験があるから、
こちらの状況を理解してくれる。それがすごく安心できるし、
いろいろと提案しやすいのかもしれませんね」(齋藤さん)

藤光製作所の工場。左奥で後ろ姿で作業するのは現役でつくり続けているという社長。

「何でもお願いするのではなくて、
どのデザインなら、職人さんの技術を生かせるかを考えます。
それをデザイナーさんたちにフィードバックすることも。
職人さんにチャレンジしてもらえることと、苦手なことを見極めて
お願いできるのは、これまでの経験から培ったことかもしれません」(実穂さん)

そして、各工場から部品があがってきたら、
組み立てるのは、俊也さんが担当する。

mother toolオリジナルデザインの木製のモビールは、部材もここで加工。

「各部品はテグスと呼ばれる丈夫な糸でつなぐんですが、
そのとき、モビールのどこに力が入るのかを確認するんです。
どこをどう抑えると組み立てやすいか。
それを考えるのが組み立て屋の仕事ですね。
もうその段取りはパチンコで鍛えられていますから(笑)
何度やっても同じ条件で作業をできるよう、装置は精密につくります」
と俊也さん。まるで図工室のような工房内には、
実験でも行われそうな組み立て用のツールがたくさん置かれていた。
種類によってはピンセットで組み立てていくというから
手が込んだ細やかなプロダクトであることが伝わってくる。

モビールを組み立てるためにつくった、組み立て装置。

そうやって2013年秋に発表したモビールのブランド「tempo」は、
少しずつ注文も増えてきて、いまは生産が間に合っていない状況なのだそう。
何もわからないところからはじめたものづくり。
気がつけば、これまでの経験が随分役にたっていた。
邑楽町や足利市というローカルを拠点としながらも、
地元はもちろん、日本各地のつくり手とデザイナーと協力しながら、
これまでにないものづくりが生まれつつある。

「モビールは、村澤さんと相談しているなかで、
たまたま思いついたものだったんです。
でも、実は組み立てが要のプロダクトなので、
より自分たちらしいものづくりができている気がします」と俊也さん。

「大切に使いたいと思って買ってくれる人がいて、
そのために丁寧につくってくれる職人がいる。
そして、妥当な価格、無理のないロットと納期。
私たちは、そんな当たり前の仕事がしたかっただけなんです。
長く使ってもらえるような真摯なものづくりを地元の職人さんたちと
長く続けていければいいなと思っています」と実穂さんも続ける。
デザインにこだわり、地域で育まれてきた技術と人を生かす。
そんなmother toolのものづくりには、
まだまだいろいろな可能性がたくさん眠っていると思わずにはいられない。

profile

mother tool

2006年からスタート。つくり手とつかい手の間にたち、両者の思いをかけ算するプロダクトメーカー。工場へ直接足を運び、現場のなかででデザインしてくれる心強いパートナーたちとともに、道具の可能性を広げている。
http://www.mothertool.com/
tempo
http://www.t-e-m-p-o.com/

information

別冊コロカルでは、mother toolの道具に触れられる場オープンした足利市のお店を訪ねました。
くわしくはこちらから

十日町「根茂織物」の伝統とデジタルの融合

ニッポンの服飾職人たちに出会う旅へ

日本の各地には、高い服飾技術を持った職人がたくさんいるのですが、
分業体制のなか彼らの技術がなかなか生かされにくいのが
アパレル業界の現状です。
日本の服づくりはもっと面白くなる。
そう感じた僕が始めたのは、各地の服飾職人とデザイナーを結ぶこと。
日本の各産地に点在している
糸紡ぎ、機織り、染色加工などのさまざまな工房や工場を訪れ、
彼らのつくる素材を預かり、デザイナーに紹介する。
これまで、どこを訪れても、感動と発見の連続でした。
今は東京の月島で、築90年になる古民家を借り、
東京と産地を結ぶ場として「セコリ荘」も運営しながら、
平日に産地を訪れています。

セコリ荘は「コミュニティスペース兼ショールーム」です。

実際にものづくりの現場を見てみたいという知り合いのデザイナーや
学生をつながりのある工場にお連れすることもしばしば。
奥田染工場の奥田博伸さん、JUBILEEのデザイナー清水谷泰伸さん、
Masashi KONDOのデザイナー近藤正嗣さん、phro-floのデザイナー吉田留利子さん、
シャツブランドの廣瀬勇士さんは、産地訪問でお馴染みの顔ぶれです。

静岡の遠州産地を訪れたときの集合写真です。

今回の十日町訪問も、プチ産地ツアーとなりました。
参加したのは、デザイナーや服飾の専門学生など。
ちなみに、奥田さんたちとこれまでにも、
丹後ちりめんで有名な京都の丹後産地、高級綿織物で有名な静岡の遠州産地、
多品種素材を生産する山梨の富士吉田産地など、生地の産地を訪れています。

新潟県十日町市は「雪ときもののまち」と言われ、
1年の半分ほど雪が土地を覆うため、
きものづくりの礎となる糸紡ぎや機織りの技術が発達しました。
現在も全国有数のきものの総合産地として
数多くの織物と染織の工場があります。
2月初旬。みんなで車に乗り込み早朝の東京を出発し、豪雪の十日町市へ。
昼食をとった小島屋総本店の駐車場にあった、凍り付いた水車が印象的でした。

この日の外の気温は日中でも零度を下回っています。

そして、根茂織物の工場へ。
十日町に多い織物工場は、後染め用の無地のきもの地を織っています。
創業1938年の根茂織物も、そんな十日町産地を象徴するような
きもの製造の長い歴史を持ちつつ、
2005年にはハイテクインクジェット機を導入して、
和装だけでなく、洋装の染色にも力をいれています。

根茂織物の伝統的な和柄を見せていただきました。

企画の佐藤拓也さんに工場の案内をしていただきました。
佐藤さんはインクジェット機を使用した柄の企画や、
2013年に立ち上げた自社ブランドのデザインも担当しています。
伝統的な型染めをする職人さんと一緒に、
東京で服飾を学んできた佐藤さんのような若い技術者が一緒に働いていることは、
ものづくりの可能性が広がる理想のかたちだと思います。

最初に見せていただいたのは、昔ながらの型染め。
生地を染色室の端から端まで張り、引き染めされます。
長い生地を刷毛で染めていくので、
着物一反分を均一にムラ無く染めるのは職人技です。

昔から変わらない、型染めに使う刷毛です。

こちらは、和柄の型染めをする捺染台。反物にリピートを出すためにこんなに長くなっています!

一方、こちらは、導入されたハイテクインクジェット機です。
蓄積してきたデザインや伝統的な版もデータ化して、
プリントすることができます。

インクジェット機。

この機械では、和柄から洋柄までさまざまな柄が染められています。
ちなみにセコリ荘ののれんもこの機械で染めていただきました。
データを渡してから届くまで期間は、1週間ほどだったので驚きの早さです。
使用している反応染料は綿・麻・シルク・ウールなど
天然繊維に主に使用されていて、色落ちが少なく、彩度が高いのが特徴です。

インクジェットと聞くとプリンターを想像して
容易に柄が出力されるイメージがあるかもしれませんが、
生地を染めているので、前処理、データ設定、洗いまで、
さまざまな工程を経て仕上がります。
それも繊維から染色まで熟知しているからこそ、
このクオリティが出せるのです。
長年培ってきた染色加工の技術とノウハウが、
インクジェット機での染色においても発揮されています。

この日一緒に工場を訪問した文化服装学院の今福華凜さんは
卒業後、つくり手としての道を考えているようです。
彼女からはこんな感想が出てきました。
「産地の工場に伺ってみて、身のまわりにある服の背景を見る意識が
より鮮明になりました。今後は、産地の方を含め、
関わった人が見えてくるようなものづくりをしていきたいです」

引き初めをする染色室では、手元を照らす為に蛍光灯が低いのが特徴。「刷毛を色ごとに分けて使用する」など、佐藤さんは丁寧に説明をしてくれました。

最近、世の中に温度や匂いを感じないモノが多いなと思います。
やはりものづくりの魅力は現場にあります。
現場とは「工場」だけを指すのではなく各「地域」を訪れると、
地域ごとに染み付いた香りをしみじみと体感できます。
そして地域ごとに、さまざまな分野に特化した職人さんがいて、
色とりどりのものづくりが存在します。

職人さんが糸を織り、染めて、加工をして洋服となる生地をつくります。
昔から変わらないこの光景と、
現場に流れるものづくりの魅力を少しでも多くの方に伝えていけるように、
産地訪問を続けていければなと思います。

次は、毛織物の産地として有名な愛知県一宮市の工場訪問を予定しています。

京都で鳥取の手仕事を。こだわりの器に織物、おやつが並ぶ「とっとり物食展」 開催!

京都の平安神宮近くにある「生活用品と器の店ロク」。
器をはじめ、キッチン用品やインテリア、文具など、
実際に生活する中で使いやすいもの、
愛着の持てるものを販売しています。

毎年4月におこなっているというイベント、
今年は「鳥取」にスポットを当て
陶器や手織物、木盆といった手仕事品を
いつもより深く広く紹介。
また、仕入れのために鳥取に訪れた際に気になった
お薦めの食べ物も並ぶ予定です。

サイトでも、実際に訪れた工房の職人さんによる
丁寧な仕事ぶりや人柄、
作品から伝わる印象や質感が
ロクの目を通し紹介されています。
作品ができあがるまでの背景を知ると
大切にする気持ちがより出てくるものですね。
こだわりの鳥取発の作品。
実際に手にとって、その心地よさをお楽しみください。

「ロク4周年記念 とっとり物食展」
日時/2014年4月17日(木)から27日(日)まで
   11時から19時営業 水曜定休
場所/ロク 京都府京都市左京区聖護院山王町18番地メタボ岡崎101
お問い合せ/075-756-4436

生活用品と器の店ロク

石川・九谷焼の逸品を、 イラストレーターがリミックス! 産地ニューラボ「新九谷皿」

17世紀後半からの歴史を持つ、
石川県の九谷焼。
その特徴は藍青色の線描きと、
赤・黄・緑・紫・紺青で色付けした
鮮やかで絵画的な絵付。

そんな九谷焼が、現代のイラストレーターと
コラボレーションしたシリーズ「産地ニューラボ」をご紹介します。
本プロジェクトではまず、「古九谷」と呼ばれる九谷焼初期の逸品を
現代のイラストレーターがリスペクトをもって解釈し、
新しい絵柄をイラストにします。
その意匠を九谷の窯元の絵付け師がお皿用に描きあげ、
プリントするんです。
イラストレーターたちの、キュートで"ゆるい"絵柄を、
九谷焼の職人さんたちの技術で
描き上げるというマッチングが楽しいうつわなんですよ。

タムラカヨさんのお皿。鮮やかな色彩。

そのうちのひとつを手がけた、イラストレーターの
タムラカヨさんにお話をお伺いしました。

ーーこれまでどんなフィールドでイラストを描いてきましたか?
タムラカヨ:webや雑誌が多いです。そのほかにはiphoneアプリや
広告などでも描いています。

ーー食器のイラストを手がけるのは初めてですか?
タムラカヨ:食器のイラストは初めてです。プロダクトは
あまり作ったことなかったので、
普段つかえる食器は、ずっと作ってみたかったアイテムでした。

ーー九谷焼の他のモチーフはどのように研究したんですか?
タムラカヨ:フクロウは元になった「古九谷色絵椿ニ小禽祥瑞丸文台鉢」の
絵柄を参考にしました。形と色合いを調べて取り入れて、
モチーフは自分らしいイラストを描きました。

ーー普段の作品よりも色合いがクラシックですね。
タムラカヨ:九谷焼の色合いを大事にしました。
普段描くイラストは明るめの色合いなので
赤、青、黄色とワントーン色を落ち着かせて、シックな色合いにしました。

ーー九谷焼の良いと思ったところは?
タムラカヨ:色使いと絵柄の面白さです。
九谷焼の職人さんが一つ一つ絵付けをしてくださっています。
職人さんとのやり取りの中で、色が乗らなかったり、
絵付けでは難しい色だったりと
試行錯誤しながら作りました。

九谷焼の伝統と技術が、新しい感性とともに
モダンなうつわで活かされるのが面白いですね。
お皿は3,900円(税抜)。
プロジェクトCONTINEW LABOでは、
九谷焼のほかにも、伊万里のシリーズなども手がけています。
ご購入・詳細は下記より。

CNL for 新九谷皿 〈タムラカヨ〉
CONTINEW LABO

千代田区コラボのお土産店「ちどり庵」、期間限定オープン。100万人が訪れる花見スポット千鳥ヶ淵に

東京の桜がほころびはじめて、
お花見シーズンの到来です。
数多くある東京の桜の名所。そのなかでも有名なのが、
皇居西側のお堀、千鳥ケ淵に沿う「千鳥ケ淵緑道」。
ゆるやかなカーブを描く、全長約700mの遊歩道です。
ここに咲く桜はソメイヨシノやオオシマザクラなど約260本!
毎年花見シーズンに訪れる人は100万人以上という大人気スポットなんです。

そんな千鳥ヶ淵に今年、花見土産を
販売するショップ「ちどり庵」がオープン。
クリエイターが手がける、カワイイパッケージの
オリジナル土産を販売するショップです。
毎年、千代田区観光協会が「九段坂さくら観光案内所」を
オープンしている千鳥ヶ淵緑道入口に期間限定で開店しました。

ちどり庵のちどりせんべい ¥1,000

ちどり庵のフルーツキャンディー ¥500

プロジェクトの主催は株式会社ケンエレファントさん。
千代田区とコラボレーションし、
作本潤哉(sakumotto)さんのディレクションで、
飯田将平さんのグラフィックデザイン、
深川優さんのイラスト、西尾健史さんの空間デザインで
ちどり庵を作り上げました。
2014年3月28日(金)から、お土産がなくなるまで営業します。

ラインナップは、おせんべいや
甘いホロホロのお菓子「ポルポローネ」、
千代田区で創業200年の和菓子屋店「松屋」さんが作る
オリジナルどら焼きなどなどいずれもオリジナル。
カワイイパッケージで、
ちどり庵ならではのご当地お土産となっております。

ちどり庵

ビームス創造研究所×復興デパートメント、被災地をけん玉で応援するプロジェクト「KENDAMA TOHOKU」開始!

いま世界で静かなブームの「けん玉」。
このたび、ビームス創造研究所と、
ヤフー株式会社の運営する「復興デパートメント」がコラボして
デザインけん玉を作るプロジェクト「KENDAMA TOHOKU」
が始まりました。

けん玉の作り手は、山形県にて、
競技用けん玉を手がける「山形工房」さん。
球体に迷彩柄をコーティングする技術を持つ、
日本唯一の工房です。彼らが手がける本格派仕様のけん玉に、
クリエイターがオリジナルのデザインを施すのがみどころ。

けん玉デザインの参加メンバーは、
上記に掲載した写真のけん玉デザインを手がけた
コーヒーショップのストリーマーコーヒーさん、
現在のけん玉ブームの火付け役だと言われる430 NOBさん、
ほか映画監督の宮藤官九郎さんと&スタイリストの伊賀大介さんら。

またミナ・ペルホネンのデザインによる、けん玉巾着袋を、
南三陸ミシン工房(宮城県)で活動する女性たちが縫製します。
こちらもとってもかわいいです。

ミナ・ペルホネンのデザインによる巾着袋。

これらの他にも、
宮城県でマリンスポーツのウェアやギアを
生産する「モビーディック」社によるクラッチバッグや、
福島県の「手仕事事業 IIE」による会津木綿のアパレルもつくられます。

全プロジェクト商品は5月初旬、
ビーミングライフストアbyビームス(B:MINGLIFESTOREbyBEAMS)各店
及び「復興デパートメント」で発売される予定です。
詳細は復興デパートメントのWebサイトにて。

復興デパートメント

これは女性にはたまらない!かわいい布とブローチが集結する「布博 in 京都」

見てるだけで楽しくなるような
とても可愛らしいイベントの紹介です!
昨年より東京で開催され、すでに大人気の「布博」が
今回は京都にやってきます。

水彩画のようなほっとするテキスタイルから、
鮮やかで刺激的なもの、モダンなもの、クラシカルなもの、
キャラクターを施したユニークなテキスタイルまで
たくさんの布が集まります。

また、さまざまな素材を使った
手作りのブローチが集う「ブローチ博」、
オリジナルのエプロンや刺繍のハンカチが作れるワークショップ、
ステージではクリエーターによるトークイベントや
音楽ライブが行われます。

作品はどれもユニークなものばかり。作家さんとの交流ができるのもイベントの楽しみの一つ

手作りのため、数に限りがあるブローチ博

また、来場特典として
各日先着500名に布博出展者のハギレを使って
くるみボタンを一個作れるコーナーもあるとのこと。
参加の思い出にもなるし、きっと素敵なボタンが作れるんでしょうね。
場所は京都の繁華街からアクセスしやすく、
もともと小学校だった雰囲気のある古い校舎で行われます。ぜひ!

布博 in 京都

日程:3月22日(土)~23日(日)

時間:11:00 ~ 17:00

出展者数:19組

開催場所:元・立誠小学校 講堂

〒604-8023 京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町310-2

入場料:300円(ただし小学生までは無料)

ワークショップ予約受付中

・出張家庭科部「ツケカエプロンを作ろう!」

・刺繍CAFE by artistin「自由にステッチ、刺繍のハンカチ作り

布博 in 京都

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マーク・ニューソンのデザインと東北の職人技がコラボレーション。アートとしての日本刀「aikuchi」発表

世界中に愛好家がいる日本刀は、刀身のみならず刀装具も
伝統工芸の極みといえるもの。
日本が誇る伝統工芸の技術と、グローバルなデザインが真の意味で
コラボレーションするという、難しい課題を見事に成し遂げた
プロダクト「aikuchi」がこのたび発表されました。

これは宮城県大崎市の刀工・法華三郎信房(法華家)の刀を、
ロンドン在住のプロダクトデザイナー、
マーク・ニューソンがデザインしたもの。
日本に一時期在住していたマークは、日本の文化と
職人達の技に、もの作りの観点から大いなる尊敬心を持っていました。
刃物に深い造詣を持つ彼にとって、
「日本刀」は憧れの存在でもあったのだといいます。

法華家の刀身

そして作り上げられたのは、
刀身を法華家が作り上げ、それを収める
さやのグラフィックパターン、つばの加工法、
紐、収納ケース、ディスプレイに至るまで、
すべてマーク・ニューソンがデザインした刀。
東北を訪れたマークが東北の職人達のもとを訪れ、
技と意見を取り入れながらデザインしました。
収納ケースは東北伝統の「岩谷堂箪笥」、刀装具のデザインは
東北伝統の漆塗り「秀衡塗(ひでひらぬり)」の職人たちによるものです。

「にっぽん てならい堂」の ワークショップで 日本の金魚を知る。 美濃焼きを知る。 未来の自分へ種をまく。

にっぽん てならい堂」は、
日本全国のモノづくりを体感するプログラムを提供するWebショップ。

2013年のオープン以来、木工や篆刻(てんこく)、苔玉から革のポシェットまで、
さまざまな日本のモノづくりを体験できるワークショップや
工場見学、カスタマイズオーダーなどのプログラムを行ってきました。

染めもの屋さんを舞台にした「夜塾」や、書のワークショップなど、
いろいろなジャンルのものづくりを体験出来るのが魅力。
モノを手に入れるまでのプロセスと自分だけの
ストーリーを持ち帰る、ワクワクする”コト”を体験して
もらうのがコンセプトです。

いま用意されているのは、
金魚の粋な楽しみ方まで学べる「金魚のススメ」や、
美濃焼の酒器の窯元見学&試飲体験のプログラム。

3月16日(日)、3月30日(日)に開催される
金魚のススメ」では、
江戸の金魚ブームの頃から創業350年の歴史を誇る
都内唯一の金魚問屋、文京区本郷の「金魚坂」にて
金魚の波瀾万丈な舞台裏を知るワークショップを行います。

日本人なら誰もが知っている金魚ですが、その歴史を知る人は多くありません。
金魚の歴史を紐解くおはなしを金魚のプロに教えてもらおう!
というワークショップです。

もうひとつは、4月5日(土)に開催。
岐阜県土岐市にて美濃焼の酒器を作っている
窯元の見学&日本酒の試し飲み体験ができるプログラムです。

岐阜県土岐市といえば、日本のやきものの中心、美濃焼で有名なところ。
ここで90年続く窯元の「カネコ小兵さん」を訪ね、
お酒の味に合わせて作った「一献盃」にて
地元の蔵元、千古乃岩酒造さんのお酒を頂きます。

試飲の場では、器の楽しみ方、遊び方をたっぷりと
レクチャーして頂けるそうです。

などなど、様々なプログラムが登場予定。ぜひチェックしてみてください。

金魚はどこから来た?!歴史を紐解く「金魚のススメ」

お酒の味が変わる美濃焼の酒器。窯元見学&試飲体験

東北マニュファクチュール・ストーリー Part2:十人十色の “ものづくりのストーリー”を 発信するということ。

素人でも、みんなでものづくりの現場をつくりあげる

東北マニュファクチュール・ストーリーが取り上げてきた
同時多発的に起った東北のものづくりのなかにも、さまざまな動機や目的がある。

実際に取材を担当しているライターの飛田恵美子さんは言う。
「大槌復興刺し子では、工賃を貯金して、
ずっとやりたかった焼き鳥屋をオープンした方がいます。
焼き鳥屋をやっていた妹さんを東日本大震災で亡くし、ふさぎこんでいたけど、
刺し子をやり始めて元気を取り戻したようです。
そこでコツコツ働くうちに資金ができたので、
刺し子は卒業し、妹さんのお店を再建したといいます」

さらにほかの現場での思いも紹介してくれた。
「宮城県南三陸町の『おらほもあんだほもがんばっぺし!Bag』は、
“私たちは私たちの場所で。あなたはあなたの場所で。
それぞれの場所で、一緒にがんばっていけますように”
という意味が込められた名前のバッグです。
いままでたくさん応援してもらってうれしいけど、
自分たちも何かの役に立ちたいと思っていたそうです。
支援を受けるばかりでなく、自分たちでなにかをすることは健全だし、
そのひとたちを救うことになるんだなと感じました」

7cmまで横糸を抜いていく作業

カットしてある反物の端から7cmをフリンジにするため、7cmまで横糸を抜いていく作業。その後、1cmごとに縦糸を結んでいけば「IIE」のストールが完成。

これには違う現場からも同様の意見があった。
今回、東北マニュファクチュール・ストーリーに掲載されているなかから、
福島県会津若松市の「IIE(イー)」のものづくりの現場にお邪魔した。
そこでストールを内職している廣嶋めぐみさんも同じ気持ちを語る。

「私は恩返しの立場です。大熊町から避難してきていますが、
会津若松にはお世話になっています。
避難したばかりのころは車もなく、歩いていると、
近所のひとが声をかけてくれたり、あたたかく迎えてくれました。
会津をアピールするような商品をつくっているので、
恩返ししたいという気持ちでいっぱいです」

廣嶋めぐみさん

自宅での作業中にお邪魔した廣嶋めぐみさん。インタビューを受けながらも、まったく手は止まらない。

IIEは、会津木綿を使って、ストールやブックカバー、
バッヂなどを製作しているブランドだ。立ち上げた谷津拓郎さんは、地元出身。
当初はボランティアなどの活動をしていたが、時間が経つにつれて
「自分だけ日常生活に戻っていくのがいやだ」という感覚になったという。

「震災直後の、現場でみんなの背中が
一直線になってがんばった経験は忘れられないものです。
東北に駆けつけたいろいろなひとが、同じ気持ちで行動して。
それはある意味、最初期だけど、復興の最終型のような気もするんです。
その状態を忘れてはならないという個人的な気持ちがありました」と、
IIEを立ち上げた当時の心の揺れを語ってくれた。

とはいえ、谷津さんは当時、大学を卒業したばかりで、
アパレル業界のノウハウもない素人だ。
それでもみんなで仕事をつくりあげてきた。
前述の廣嶋さんも「私もプロではないけれど、
社会人経験が長い分、細かい伝票の書き方や進行など提案しながら、
与えられるだけではなく、お互いに生み出している感じです」と言う。

会津木綿ブックカバー

文庫サイズの会津木綿ブックカバーは、縞と無地のリバーシブル。

IIEの展示会

喜多方市にある食堂「つきとおひさま」で行われていたIIEの展示会。

女川と大島をつなぐ復興の魚。 手元から防災を訴える 「onagawa & oshima fish」

明日2014年3月11日、東日本大震災から3年を迎えます。
巨大地震と、それに伴う津波によって東日本の広大な範囲の
沿岸部に壊滅的な被害が及ぼされました。

被害はあまりに大きく、3年経った今でも復興は現在進行形です。
愛着のある地元で暮らしたいと願うひとたちと、
それを応援する人たちが力を合わせて今も知恵を出しながら頑張っています。

このかわいらしいキーホルダー「onagawa fish」は、
そうして被災地の復興を支援するプロジェクトのひとつ。
コロカルでも「東北マニュファクチュール・ストーリー」でご紹介しました。

舞台は日本有数の漁港である女川漁港を抱える宮城県牡鹿郡女川町。
木工品として成立する高クオリティを保ちながら、
被災した地元の主婦たちにも作れるように
製作工程を簡素化した、魚の形のキーホルダーです。

ストラップには魚のモチーフと「魚がたくさん女川に戻りますように」
という願いを込めたメッセージ“.onagawa(ドットオナガワ)”を刻印。
かわいらしいかたちと、手作業で作られたなめらかな手触りで人気になり、
製造が追いつかないほどになりました。

「onagawa fish」の発案者は、震災まで
地域活性化を生業としていた湯浅輝樹さん。
震災発生時、湯浅さんは家具職人の友人と共に家具修理の
ボランティアを開始。たくさんの修理の依頼が舞い込み、
ボランティアだったプロジェクトがいつのまにかビジネスに
なっていきました。震災時でも、仕事がある。その事実に
励まされた湯浅さんは、組織「小さな復興プロジェクト」を立ち上げ、
被災地のビジネス創出に携わるようになり、「onagawa fish」
を作ったんです。

「onagawa fish」がキーホルダーなのは、
「いつも手元に置いて、災害のことを思い出して欲しい」という
湯浅さんの願いが込められています。
それは東日本大震災だけのことではなく、
「いつでも災害が起こりえる」という意識を持って
ほしいということなんです。

中津箒

昔ながらの箒づくりを再スタート

チリやホコリを払ってくれる、暮らしの道具・箒。
昔に比べると、日常使いしている人は少ないが、
かつては、日本の各地域で箒づくりが行われていた。
神奈川県の中北部にある愛川町もその産地のひとつ。
一度は産業とし途絶えてしまった歴史を持つが、
それを復活させ、丹精こめてつくっている職人たちがいると聞き、
都心から車で1時間ほどの愛川町中津を訪ねた。
愛川町は周囲を標高500〜600mの山々に囲まれ、豊かな自然が広がる。

材料である、ホウキモロコシを使ってつくられる愛川町中津の箒は
東京箒と呼ばれ、全国に出荷されていた。
昭和20年頃には、年間50万本も出荷していたというから、
産業の規模の大きさが伺える。
しかし、昭和30年代後半から海外からの安価な箒の流入や、
電化製品の登場により、産業は一気に低迷。
その後は自家用につくられたものなどが残っていただけだった。

柳川芳弘さんがつくった箒。細やかに編まれた美しさがある。

この地で箒づくりを復活させようと思い立ったのが、
「まちづくり山上」の柳川直子さん。
直子さんの生まれた家は、中津でも大きな製造卸のひとつだった。
祖先はこの地で箒づくりを広めたとも言われているが、
直子さんの祖父の代で廃業。
「きっかけは、昭和10年代に暖簾分けをして出来た京都支店の2代目の柳川芳弘さんから、
彼がつくった箒が送られてきたんです。その美しさに惹かれてしまったんですね。
箒ってこんなにキレイなものなのかって」と直子さん。

左から柳川直子さん、ホウキモロコシの畑を担当する赤坂正延さん、つくり手のひとり吉田慎司さん、熟練職人の山田次郎さん。奥に見えるのが、蔵を改装してつくられた、箒博物館「市民蔵常右衛門」。

そこで、直子さんは箒づくりを復活させるため、
2003年に「まちづくり山上」という会社を立ち上げ、
まずは、材料となるホウキモロコシの確保や職人探しに奔走。
つづいて、昭和10年につくられたという自宅のコンクリート造の蔵を改装し、
箒博物館「市民蔵常右衛門」としてオープン。そこへ、縁あって
ホウキモロコシづくりの担い手、熟練職人、若手職人が集まった。

赤坂正延さんは、直子さんとともに、ホウキモロコシの栽培を請け負う。
立ち上げた当初は、手のひらにのるくらいしかなかったという種。
今では、5反の畑に植えるほどになったという。

物置に干されていた、今年のホウキモロコシの種。

熟練職人のひとり、山田次郎さんは、愛川町で箒をつくっていた経験を持つ。
「昔は、このあたりの農家はみんな、農閑期になると箒をつくっていたよ」
と懐かしそうに教えてくれた。

まちづくり山上を立ち上げた頃、直子さんは美大の大学院に通っていた。
そのときに行った大学付属の民俗資料室での「箒の展示」に、
フラッとやってきたのが、若手職人のひとり、吉田慎司さん。
「彫刻科にいたんですが、作品をつくっていくことに何となく違和感があった。
でも、丁寧につくられた箒を見たら、
その美しさや職人芸に惹かれてしまったんですね」
その後すぐに、京都の芳弘さんのもとで直接手ほどきを受けたあとは、
自身で研究を重ね、直子さんとともに、中津箒を軌道にのせてきた。

箒博物館「市民蔵常右衛門」の敷地の奥にある作業場。奥にはたくさんの原材料であるホウキモロコシが立て掛けてある。

普段は、それぞれ自宅で箒づくりをしているという山田さんと吉田さんに
箒のつくり方を見せてもらった。

基本的なつくり方は、乾燥させた箒草を糸だけで束ね、編んでいく。
箒がほどけないように、この糸をどれだけしっかり束ねられるかがポイントだ。
だから作業場には杭が打ってあり、この杭と体全身を使って糸をひっぱる。
吉田さんは小箒を、ものの20〜30分でつくってしまった(冒頭写真のもの)。
それを見ながら、山田さんは「ずいぶん、速くなったよね」と微笑む。

小さな束をつくったあと、それぞれを糸で編みながら束ねていく。耳と呼ばれるこの部分をいかに丈夫にかっこよくつくるかがポイント。

束ねたら、内側の束は短くして持ち手となる竹をさしこむ。持ち手に使うのは、高知の「虎斑竹(とらふだけ)」。昔と変わらない材料を直子さんは揃えた。

山田さんがかつてつくっていたのも手箒。みるみるうちに仕上げていく。
箒草と糸を1本1本編みながら、束ねるときはかなりの力がいる。
「だから昔から、箒づくりは男の人の仕事だった。
ちゃんと締めないと長持ちしない。
でも、1日20本はつくらないと、稼ぎにならないから速さも大切。
ここの草はすごくいいものだからね。材料はとても重要なんですよ」
と山田さんは話す。

美しく編み上がった耳と呼ばれる部分に、最後に竹の杭を打ち込む。

日本の箒とひと口に言っても、「つくり方は地域によって異なる」と直子さん。
中津箒の特長は、床を掃いたときに、やわらかさと弾力があること。
確かに掃き比べてみると、中津箒の穂のやわらかさがわかる。
一度ホウキモロコシを湯通しするところもあるというが、
中津箒では天日干しにこだわり、素材本来の強さを最大限に生かす。
そのためには、赤坂さんと直子さんは、農薬に頼らずにホウキモロコシを育て、
さらに手作業でひとつひとつ収穫しているのだそう。
機械で一度に刈り取ると、穂の長さが揃わないし、
旬に収穫することで、草本来がもつ油が残り、干すと艶が出てくるのだ。

まさに、手間ひまかけた箒づくり。
「これが、中津箒のつくり方なんです。でもすごく楽しいですよ」と直子さん。

市民蔵常右衛門には、直子さんが集めた国内外の箒のほかに、各職人の箒が展示販売されている。こちらは吉田さんがつくった小箒。草木染めしたという淡い色の糸が可愛らしく、手ごろな値段もうれしい。

直子さんが再スタートした中津での丁寧な箒づくりは、
気がつけば賛同する人たちが集まり、
かつての愛川町の、正しい箒づくりが復活した。

「箒は、ナチュラルな暮らしを好む人には、需要はあると思ったんです。
それに、さまざまアイデアを出しながら、
その都度工夫しながら、中津箒はここまで進んできました。
吉田のように、箒の美しさに惹かれてやってきた若者もいる。
職人芸のひとつとして、
単なる掃除道具にとどまらない発展がある気がしているんです」(直子さん)

information


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箒博物館「市民蔵常右衛門」

住所 神奈川県愛甲郡愛川町中津3687-1
電話 046-286-7572
開館時間 10:00〜17:00 月~水曜休※祝日は開館

別冊コロカルでは、中津箒を取り扱う練馬区の「KnulpAA(クヌルプエーエー) gallery」を訪ねました。4月には中津箒の展示を企画しているそうです。お店の様子はこちらからどうぞ!