連載
posted:2014.4.3 from:群馬県邑楽町 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。
editor's profile
Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。
credit
撮影:渡邊有紀
金属や木板、紙などの軽い素材を糸でつないで天井から吊るす。
心地よい浮遊感で、重力の絶妙なバランスで動く「モビール」は、
欧米では、「動く彫刻」とも呼ばれ、空間のアクセントとして親しまれている。
ベビーベッドの上でふわふわ浮いているモビールを
目にしたことがある人も多いかもしれない。
群馬県・邑楽町に工房を構えるプロダクトメーカー「mother tool」では、
デザイナーと金属加工を専門とした地元職人さんなどとともに
「tempo」というブランドを立ち上げ、モビールをつくっている。
旦那さまの室橋俊也さんと奥さまの中村実穂さんの夫妻が運営する。
しかし、つくると言っても、mother toolのふたりがする作業は、
デザイナーと工場をつなげて、各部品が来たら組み立てるのみ。
オーガナイザーは実穂さんの担当、組み立てるのは俊也さんの担当だ
もともと、邑楽町で育った実穂さんは東京の専門学校へ進学。
その後、親や親戚にせがまれ父が始めた組み立て製造業を継ぐため戻ってきた。
俊也さんも結婚後、それをサポート。
それにしても、聞き慣れない組み立て製造とはどんな仕事なのか。
「主にパチンコの台を組み立てる工場です。
プラスチックの各部品が送られてきて、
レーンごとに人の手作業で組み立てていく。
ほかに、車のサイドブレーキの持ち手部分に革をまく仕事もありましたね」
と、実穂さんが話していると俊也さんがパチンコの部品を持ってきてくれた。
「細かい部品をどう組み立てると一番効率がよいか。日々追われていました。
たくさん人を雇っていたときもありましたから、それを束ねるだけでも大変。
部品が送られてくるのが遅れてしまったのに、納品期日は迫っている。
家族で深夜まで作業したことも多々あります(苦笑)」と実穂さんは話す。
mother toolの洗練されたモビールからは想像がつかない話だ。
「パチンコ台って、3年後には必ず廃棄されてしまうものなんです。
納期を間に合わせるため、みんなで一丸となって組み立てても、
いずれ廃棄されてしまう。それが一番辛かったかもしれません。
どうモチベーションを保てばいいのかわからなかったですね」
そこで俊也さんと実穂さんが考えたのは、自社でものづくりをすること。
下請けだけではない仕事を模索し始めた。
とは言え、自分たちが接してきたのはプラスチックの部品。
今から何をつくればいいのかわからない。
つまりは、ゼロからのものづくりだったのだ。
しかし、実穂さんは、その思いをとにかく行動に移した。
実穂さんの母校で教鞭をとっていた、
家具デザイナーの村澤一晃さんに相談したり、
地元で一緒にものづくりをしてくれる職人さんを探したり、
東京でプロダクトデザイナーに会ったり。
そんな小さいけれども力強い実穂さんの一歩が、少しずつかたちとなり、
第一弾としてアルミと木でできたステーショナリーを発売することができた。
この過程で実穂さんが知ったのは、
栃木県足利市(邑楽町の隣まち)は、
戦前に戦闘機をつくっていた中島飛行機が近くにあったことで、
アルミなどの金属加工の技術に長けた職人が多くいたこと。
それで、地元に根づいた彼らの技術を生かしたり、
さらには、ほかの産地素材や技術を組み合わせて、
ものづくりができないかと考えた。
そして、次につくることになったのが、モビールだった。
東京を拠点とするデザインユニット「ドリルデザイン」が
ディレクションの舵をとり、デザイナーが5名参加。
9種のデザインで、素材も木や金属などさまざま。
地元はもちろん、徳島なども含め、モビールの部品を加工したり、
塗装したり、このものづくりに関わる工房や工場は10社以上あるそう。
それらをすべて束ねるのが実穂さんの役目。
まず、それぞれデザインや模型があがってくると、
どのデザインがどの工場に適しているか、見極め、相談しにいってかたちを整えていった。
足利市にある藤光(とうこう)製作所も、
モビールの部品をつくってくれている工場のひとつ。
なかでも、金属を曲げる技術が得意で、
普段は、バネ部材や特注の医療機器、自動車の部品などをつくっている。
工場を訪ねると、藤光の専務、齋藤彰男さんが迎えてくれた。
「齋藤さんに相談すると、一緒に新しいアイデアを考えてくれる」
と実穂さんは、これまでに齋藤さんとともに、
線状になったアルミをうずまきや手のかたちに曲げて
木と組み合わせたステーショナリーをつくってきた。
そのアイデアは日々の暮らしからヒントを得ているだけだと、
齋藤さんは楽しそうに話してくれた。
「それに、中村(実穂)さんはやっぱりメーカーとして製造経験があるから、
こちらの状況を理解してくれる。それがすごく安心できるし、
いろいろと提案しやすいのかもしれませんね」(齋藤さん)
「何でもお願いするのではなくて、
どのデザインなら、職人さんの技術を生かせるかを考えます。
それをデザイナーさんたちにフィードバックすることも。
職人さんにチャレンジしてもらえることと、苦手なことを見極めて
お願いできるのは、これまでの経験から培ったことかもしれません」(実穂さん)
そして、各工場から部品があがってきたら、
組み立てるのは、俊也さんが担当する。
「各部品はテグスと呼ばれる丈夫な糸でつなぐんですが、
そのとき、モビールのどこに力が入るのかを確認するんです。
どこをどう抑えると組み立てやすいか。
それを考えるのが組み立て屋の仕事ですね。
もうその段取りはパチンコで鍛えられていますから(笑)
何度やっても同じ条件で作業をできるよう、装置は精密につくります」
と俊也さん。まるで図工室のような工房内には、
実験でも行われそうな組み立て用のツールがたくさん置かれていた。
種類によってはピンセットで組み立てていくというから
手が込んだ細やかなプロダクトであることが伝わってくる。
そうやって2013年秋に発表したモビールのブランド「tempo」は、
少しずつ注文も増えてきて、いまは生産が間に合っていない状況なのだそう。
何もわからないところからはじめたものづくり。
気がつけば、これまでの経験が随分役にたっていた。
邑楽町や足利市というローカルを拠点としながらも、
地元はもちろん、日本各地のつくり手とデザイナーと協力しながら、
これまでにないものづくりが生まれつつある。
「モビールは、村澤さんと相談しているなかで、
たまたま思いついたものだったんです。
でも、実は組み立てが要のプロダクトなので、
より自分たちらしいものづくりができている気がします」と俊也さん。
「大切に使いたいと思って買ってくれる人がいて、
そのために丁寧につくってくれる職人がいる。
そして、妥当な価格、無理のないロットと納期。
私たちは、そんな当たり前の仕事がしたかっただけなんです。
長く使ってもらえるような真摯なものづくりを地元の職人さんたちと
長く続けていければいいなと思っています」と実穂さんも続ける。
デザインにこだわり、地域で育まれてきた技術と人を生かす。
そんなmother toolのものづくりには、
まだまだいろいろな可能性がたくさん眠っていると思わずにはいられない。
profile
mother tool
2006年からスタート。つくり手とつかい手の間にたち、両者の思いをかけ算するプロダクトメーカー。工場へ直接足を運び、現場のなかででデザインしてくれる心強いパートナーたちとともに、道具の可能性を広げている。
http://www.mothertool.com/
tempo
http://www.t-e-m-p-o.com/
information
別冊コロカルでは、mother toolの道具に触れられる場オープンした足利市のお店を訪ねました。
→くわしくはこちらから
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