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吉野の山守が案内する
山と森から生まれる奈良のものづくり。
Part2:大麻の伝統文化と
奈良晒(ならざらし)

貝印 × colocal
ものづくりビジネスの
未来モデルを訪ねて。
vol.040

posted:2014.2.25   from:奈良県吉野町  genre:ものづくり

sponsored by 貝印

〈 この連載・企画は… 〉  「貝印 × colocal ものづくりビジネスの未来モデルを訪ねて。」は、
日本国内、あるいはときに海外の、ものづくりに関わる未来型ビジネスモデルを展開する現場を訪ねていきます。

editor profile

Tetra Tanizaki

谷崎テトラ

たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。http://www.kanatamusic.com/tetra/

photographer

Suzu(Fresco)

スズ

フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。https://fresco-style.com/blog/

麻と日本文化

かつて大麻は日本人にとって生活の一部で、
特に大麻からとれる「麻布」は暮らしに欠かせないものだった。
麻とは大麻、苧麻、亜麻などの総称で、日本に自生するものの多くは「大麻」と呼ばれる。

第二次世界大戦後、GHQの占領政策によって
「大麻取締法」が制定されて原則禁止となる以前は、
日本では大麻を栽培することが国家によって奨励され、大きな産業となっていたという。

古来から長い麻の伝統を持つ日本。
麻産業は、日本における食料とエネルギ-の
自給自足そして環境保全を可能にするともいわれる。

食糧の自給率が40%と懸念されているが、
衣料の自給率はさらに低い。
そしてそのほとんどが石油エネルギーに頼った化学繊維に占められている。

現在、国内の絹、綿、麻の自給率は1%以下。
日本の伝統的な着物の糸もほとんどが輸入に頼っている。

今から1万年も前の縄文期の遺跡から麻の繊維や種子が見つかっていることから
日本の麻文化は1万年以上もの歴史を持つともいわれる。
それが戦後のたった60数年の間に風前の灯火になってしまっている。

紡がれた麻糸

紡がれた麻糸。糸の先端がわかるよう紙の記しがついている。

月ヶ瀬の奈良晒がつむぐ日本の繊維業の未来

奈良県月ヶ瀬は古くから茶の産地として知られる山村。
農閑期に麻を紡ぎ、手織りした奈良晒が江戸時代より伝わる。

江戸初期以来、大和の国から産出してきた天日晒しの高級麻布。
奈良晒は「麻の最上は南都なり」と評価を受けている。

奈良晒は僧侶の袈裟用の需要で始まり、武家や町民の夏衣として広がった。
16世紀末に晒技術が改良されてから、徳川幕府の保護を受けて急速に発展した。

奈良晒は「染めて色よく着て身にまとわず汗をはじく」
「故に世に奈良晒とて重宝するなり」と讃えられた。

月ヶ瀬奈良晒保存会

月ヶ瀬奈良晒保存会は、近世奈良を支えた伝統織物である奈良晒の紡織技術の伝承を目的として発足した。

月ヶ瀬奈良晒保存会は、近世奈良を支えた伝統織物である
奈良晒の紡織技術の伝承を目的として昭和59年に発足した。
奈良晒の伝統を途切れさせないよう保存と技の伝承に全力を注いでいる。

月ヶ瀬奈良晒保存会の会長、猪岡益一さんにお話を伺った。

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「大麻や苧麻の糸をつくり、織るためには独特の技法がある。
その技術が無形文化財に指定されている。
文化財は、できあがった布ではなく、その“技”の伝承。
全部で17工程ある。それをひとりでできるようになるのが目標です」

奈良晒はいまもむかしも女性の仕事。
現場では地域の女性がその技術を学び、伝えている。

手引きされた大麻

手引きされた大麻。種まきから収穫、麻挽きまでを手づくりでつくっている岩島から届いたもの。奈良晒は国産の伝統的な手法による最高の麻づくりから生まれた岩島産の麻を材料とする。

会員の奥中定代さん、朝野俊子さんにその工程についてお話を伺った。

「材料となる大麻は群馬県東吾妻町の岩島麻保存会から送ってもらっています。
岩島麻は、宮内庁を始め伊勢神宮、神社庁などへ献納しているのですが、
その一部を分けていただいています」

岩島麻保存会は、県の許可を得て大麻を栽培し、収穫された麻を伝統的な方法で麻挽きしている。
群馬県選定保存技術に認定されている。奈良晒は国産の伝統的な手法による
最高の麻づくりから生まれた麻を材料としているのだ。

「まず届いた麻は真水と米のとぎ汁につけて柔らかくし、不純物を取り去る“ゆずき”をします。
そして陰干ししたあと、竹の管(こく箸)でしごき、指先で糸をよりつなぐ「苧績み(おうみ)」をします。

手作業の麻糸づくり

手作業の麻糸づくり。大麻の繊維を取り出し、細かく裂いたものをつなぎ糸にする。苧績み(おうみ)という。

奈良晒には
1苧績み 2織布 3晒し の3工程がある。
それぞれの工程はさらに細分化され、17の工程がある。
そのなかでも「苧績み」の作業は熟練の技が必要なのだという。

「麻はケバとの戦い。乾燥すると切れやすいんです。
単純なのに難しい。だから飽きずにできるんです」

奥中さんの88歳になるお母様である松本裕子さんが苧績みしたものを見せていただいた。
歳をとってもできる作業であり、また年月を重ねて初めて上手に苧績みできるようになる。
むかしは分業でやっていた作業。奈良晒保存会では、
そのすべての工程をそれぞれひとりでできるように学び、伝承している。

綛(かせ)

綛(かせ)。経糸。ひと綛は約660メートル。約20綛で一反の経糸になる。

経糸となる綛(かせ)という糸の束をつくり、これを度数に応じて整経する。
さらに糊づけ、もじり入れなどを行って機にかける。
一方、へそ巻きした緯糸を杼に入れ、機にかけた
経糸の綾の間に杼を通して織り上げる。

経糸は切れやすく、手間がかかる。この経糸づくりが難しいのだ。
国内で生産される麻製品のほとんどが、経糸は機械で行う。
経糸・緯糸を手作業で織り上げる伝統的な手仕事の技は月ヶ瀬ならではのものである。

もじりいれの様子

もじりいれの様子。

へそまき

緯糸を巻いているへそまき。へそまきの道具である、へそ車も奈良晒独自のもの。

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桶に小豆が入っている

柿渋塗の桶に入っている小豆は、糸を巻き取るとき糸が持ち上がらない様に押さえる知恵。

経糸、緯糸の両方を手作業で織り上げる

経糸、緯糸の両方を手作業で織り上げる伝統的な手仕事の技は月ヶ瀬ならではのもの。

天日や藁の灰汁で晒す、伝統的な奈良晒。
織り上がった麻布(生平=きびら)を数度の晒し工程を経て真白く晒し上げて仕上げる。
しかしこの伝統技術は一度途絶えてしまっている、という。
江戸時代の文献などをもとに、天日や灰汁で晒して、
その復活を目指すのも保存会の目的だ。

奈良晒の麻布

伝統的な晒しを復活させた美しい奈良晒の麻布(右)。さらに灰汁発酵立ての伝統的な阿波藍染めで染めると深みが増す(左)。筆者撮影。藍染めは以前、コロカルで取材した本藍染めの矢野藍秀さんによるもの。

江戸時代のからの月ヶ瀬村の古い家屋の構造は、右に牛小屋か機織りがあった。
左に座敷、奥に台所となっていた。男が牛を飼い、女が機を織る。
牽牛と織姫の仲睦まじい仕事の風景を想像する。

月ヶ瀬奈良晒保存会の猪岡益一さんは
そんな伝統を復活、伝承してきた保存会の歴史をふりかえる。

「奈良晒は明治に入って一度、途絶えたんです。
化学繊維や化学染料が入ってくることで仕事がなくなった。
昭和40年代に伝統文化に対しての見直しの運動があった。
月ヶ瀬は現在、奈良市の一部ですが、
合併前の月ヶ瀬村で郷土資料を守っていこうという動きがあります」

昭和54年に奈良晒は奈良県無形文化財に指定され、昭和59年に奈良晒保存会ができた。

奈良晒の技術伝承は採算の合うものではない。
最近では題目立(だいもくたて)の装束を提供したという。
題目立は、奈良県奈良市上深川町の八柱神社に伝わる民俗芸能の語り物である。
重要無形民俗文化財の指定を受け、
2009年(平成21年)にユネスコ無形文化遺産に登録された。

「伝統の保存はボランティアによって行われています。
最低賃金の800円で時給計算すると、工程だけで一反、300万。
ビジネスではなかなか成り立ちません」

しかし、お金でない価値があるという。
古きをたずね、新しきを知る。

麻には霊が宿ると言われ、古代から麻を身につけることは
身の穢れを浄化すると考えられてきた。

天皇陛下が即位される大嘗祭でお召しになる、儀式のための衣、麁服「あらたえ」も
現在もこのような伝統的な工法で織られている。
阿波忌部の末裔である三木家によってのみ、麁服「あらたえ」をつくることが許されている。
その工法を伝えているのも月ヶ瀬での奈良晒の技法であるという。

価値とはなにか、そのことを考えさせられる。

奈良・天河大辨財天社の能舞台

奈良・天河大辨財天社の能舞台。世阿弥の時代より続く、能楽の伝統をいまに伝える神聖な空間。

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奈良の森から生まれるものづくり

奈良県吉野、月ヶ瀬のものづくりの取材の最終日に天河神社を訪れた。
天川は近畿地方では最も長い河川の源流地域にあたる。
天川村に流れる天の川を超えると天河神社である。

天河大辨財天社の柿坂匡孝さんに、奈良に生きる精神性、
ものづくりの心をお聴きした。

「生かされている。
生かされているなかで、ものづくりに生かしていく。
古くから続く心を大切にしています。

神を敬い、祖先を尊び、自然を守る。
守らせていただいてる、という意識です。
それが本来のものづくりの背景にあるんです。
すべての源に山の精霊、木の精霊が宿るという意識ですね」

山が神であり、森が神であり、石が神であるという古い信仰、
そこから木工が生まれ、紙漉が生まれ、奈良晒が生まれた。
水のなかに生命のめぐりがあり、信仰のなかに生活がある。
ものづくりのなかにも、その心が生きている。

天河大辨財天社の柿坂匡孝さん

天河大辨財天社の柿坂匡孝さん。天河神社の天河五十鈴。深く美しい響き。

information

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奈良・吉野のものづくり

月ケ瀬村奈良晒保存会

お問い合せ:月ヶ瀬行政センター

住所:奈良県奈良市月ヶ瀬尾山2845

TEL:0743-92-0131

奈良晒 『春の作品展』

2014年3月20日(木)・21日(金・祝日)10:00 ~ 15:00

会場:ロマントピア月ヶ瀬

お問い合せ:月ヶ瀬観光協会 TEL:0743-92-0300

天河大辨財天社:https://www.tenkawa-jinja.or.jp/

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