「インディゴこけし」に続く新こけし!BEAMS×宮城の職人「2015 BEAMS EYE Sendai,Miyagi」

「デザインとクラフトの橋渡し」をテーマに、
日本の伝統的な手仕事とコラボレーションして生み出された
プロダクトを販売する「fennica」。
2003年にスタートし、ディレクターのテリー・エリスさんと北村恵子さんが、
日本を中心とした伝統的な手仕事と、北欧などから集められた新旧デザインを
販売するビームスのレーベルです。
コロカルでご紹介し大きな反響を呼んだ、既存の常識を破る
青いこけし、「インディゴこけし」でもおなじみ。

このたび、その「fennica」に新作が登場。
仙台・宮城には宝物がいっぱい」という通り、
宮城の職人さんとコラボレーションしたすてきなアイテムが作られ、
2015年3月8日(日)より3月15日(日)まで、
東京・原宿の「インターナショナルギャラリー ビームス」で
行われるイベント「2015 BEAMS EYE 仙台・宮城」にて
お披露目・販売されることになりました。
3月8日(日)には仙台の「ビームス 仙台」で
インディゴこけし(仙台木地製作所)、
常磐型手ぬぐい(名取屋染工場)のみ、一日限りの販売を行います。

新登場のこけしたち

新アイテムのひとつめは、仙台で活躍した創作こけし作家・故 石原日出男さんの
作品「槐(えんじゅ)の子」を復刻させたもの。
石原さんは、昭和30年代に自らの作品を”ポエティック・クラフト”と名づけ、
エンジュやケヤキなど美しい年輪、杢が生きた、抽象的な作品を発表していた作家。
今回は石原さんの作品から、描彩のない、抽象的な造形から
選りすぐりのものを復刻しています。
「遠刈田こけし」の工人、仙台木地製作所・佐藤正廣さん。
そして「fennica」別注として、オリジナル版をサイズダウンした
アイテムをプロデュース。顔の意匠を省きサイズを小さくして
お手頃サイズにしたこけし「えんじゅの子 fennicaディレクション」も登場しました。

石原日出男 復刻創作こけし 「槐(えんじゅ)の子」左より 大80,000円、中35,000円、小35,000円、人型大50,000円、人型小20,000円(いずれも税抜)

「えんじゅの子 fennicaディレクション」左より大11,000円、中9,500円、小9,500円(いずれも税抜)

〈サカモト〉 山とともに暮らすまちが育んだ、 軽やかで柔和なスギのブラインド

サカモトからつながる鳥取の森のはなし

鳥取、と聞いて砂丘を連想する人も多いだろう。
だが、鳥取砂丘が県土に占める面積は1%にも満たない。
県土はおよそ3,507平方キロメートル、砂丘は5.5平方キロメートル弱である。
むしろ、県土の大半、74%は森林が占める。
砂丘というのは、川に削られた土砂が砂となって海へ流れ込み、
それが潮と風の力で海岸線に押し戻され、堆積した地形のことだ。
乾燥した砂漠とは異なり、鳥取全土で雨も降れば雪も降る。
鳥取は、西日本有数の雪の多い地域でもあり、
西部の大山(だいせん)の湧き水で知られるように、水の豊かな土地柄を誇る。

そんな鳥取の東南部に、奈良県の吉野杉、秋田県の秋田杉と並び、
スギの名産地と称される智頭町(ちづちょう)がある。
そこは中国山地の1,000メートル級の山々に囲まれた山間のまち、
急峻な山肌を縫うように、鳥取砂丘を育んだ千代川(せんだいがわ)の源流が湧く。
まちの総面積の9割以上を森林が占め、古くから林業が盛んに行われてきた。
町内には樹齢350年以上の慶長杉と呼ばれる人工林が残り、
江戸時代の寛永年間(1624〜1644年)には、
鳥取藩主の池田侯が山奉行を置き、造林を奨励した歴史もある。
いまも林業はまちの中核産業で、
町内人口およそ7,600人のうち、森林組合員は1,200人近い。
木とともに暮らすまち、それが智頭町だ。

智頭町にある牛臥山(うしぶせやま)からのまちの眺望。木々をいただく山に囲まれて、まちの人々は暮らす。(写真提供:智頭町町役場)

智頭町が誇る銘木の智頭杉は、町の東部に自生する
天然杉の原生林、沖ノ山杉から苗をとって育てたものだ。
木目が緻密で粘り強い性質をもつその苗を、専業林家が丹念に手を入れる。
樹齢80~100年ほどにもなると、高さ30~40メートル、
太さ40~60センチの、節のない真っ直ぐな木が育つ。
木の断面は、心材(木の中心部)が濃淡のある褐色、辺材(周辺部)は白色と、
はっきりしたコントラストを示す。
端整で緻密な木目の美しさから、建材はじめ、家具や工芸品まで広く愛用されてきた。

加工前の智頭杉の原木。褐色の心材(中心部)と白色の辺材(周辺部)はコントラストが際立つ。

風土が育む智頭杉の粘り

そんな智頭町に、樹齢80~100年の智頭杉の良品を選りすぐり、
家や暮らしにまつわる木製品を製造する〈サカモト〉という会社がある。
「まるごと家1軒分のスギ材」を掲げ、建材から家具までさまざまな木材加工品を扱う。
1957年、日本の林業が活況を呈していた時期に先代が坂本材木店として創業。
1996年には、2代目の坂本トヨ子さんが、木の世界には珍しく女性ながら代表に就任、
建材に加えて壁材や床材などの内装材や外装材の製造を始め、
2008年からは家具の製造も手がける。

サカモト最大の強みは、銘木の智頭杉と、
その特徴を十二分に引き出す製材・加工技術にある。
それを象徴する製品が、智頭杉でつくる木のブラインド〈ウッディブラインド〉だ。

オフィスにかけられたウッディブラインド。光を浴びた木の淡い色目が、心に和らぎをもたらしてくれる。静電気が起きないのも木のブラインドの特徴のひとつだ。

やさしく光を遮る薄いスギ板は、光を浴びて白と褐色が混じり、
薄紅色にも肌色にも見える。
空調や人の動きで起きた風を、スギ板が静かに受け止め軽やかにゆらぐ。
見た目が実に心地いい木のブラインドは、
一見すると、薄い板材に穴を開けて紐を通せば簡単につくれそうだが、
トヨ子さんいわく「普通のスギではまずつくれない」とのこと。

その理由は、スギという木材がもつ性質にある。
軽くて加工しやすいスギは、古くから建材として重宝されてきたが、
材としての強度はそれほど優れているわけではない。
1センチにも満たない厚さの板材に、ブラインドの紐を通す穴を開けようとすると、
普通のスギだと強度が足りずに割れてしまう。
だが、粘り強い性質をもつ智頭杉は、穴を開けてもヒビすら入らない。
その粘り強さは、智頭の風土によってつくり出されていると、トヨ子さんはいう。

「このまちは、四季の変化に富んでいます。1年の寒暖の差は大きく、
夏は40度近くまで気温が上がり、冬は氷点下の日も続きます。
今日みたいに、雪が降ることも多いですね」

取材で訪ねたこの日、まちは、靴がすっぽり埋まるほどの雪に覆われていた。

「冬が智頭杉をつくる」
そんな言葉があるそうだ。冬の寒さで冬目(*)が締まり、
山の斜面に張りつくように生える木が、雪の重みに耐えて粘りを増す。
その粘りが、穴を開けてもビクともしない強さとなる。
温暖な気候で育ったスギではそうはいかない。

*冬目:木の年輪の境目になる色の濃い部分。色の白いところは夏目という。

木と山について熱っぽく語る坂本トヨ子さん。オフィスの床と壁、机とイスはもちろん、調度品はすべて智頭杉でできている。横型のウッディブラインドがかかる奥の窓は、枠までが木製だ。

「RetRe(リツリ)」。虫喰いナラの天然木が美しい、富山・尾山製材が里山再生を目指すブランド

富山県朝日町の製材屋さん「尾山製材」。
富山県産の楢など、国産材の普及を考えるメーカーです。
彼らが作ったブランド「RetRe(リツリ)」は、
普通であれば「使えない」と山に放置される虫喰い材を使って
デザイン・プロダクトを作るプロジェクト。

虫喰い材の表情を楽しむために、文字盤を付けずにシンプルに作った丸い壁掛け時計。

材料は富山の山で、カシノナガキクイムシにより被害にあった虫喰いナラの天然木。
ひとつひとつのアイテムに、それぞれ違った虫喰いの穴や、
菌による黒い縞模様がついているのが味わい深い。
この個性ある木の道具たちを通して、里山再生を考え、地域に根差した
活動を行うことを目標にしたプロジェクトなんです。
尾山製材と、デザイナーの山崎義樹氏がともに立ち上げました。

「富山の材木屋が地域材の楢(オーク)材を活用して、
林業→製材業(材木屋)→木工加工業(家具屋)という循環を作り出し、
地域の山や楢を通じて木に携わる仕事をしている方たちに
利益を還元して後世に技術を残せる仕組み作りをしていくことが、
私自身の考える里山再生であり、
RetReブランドを立ち上げたきっかけでもあります」
(尾山製材 尾山さん)

虫喰いのカトラリーレスト。レスト本体には穴があいていて、鉄の台座に取り付けられた芯棒に通して重ねられるので、つながった模様を楽しみながら置いておく事ができます。

一番上のレストの穴には小さな磁石が埋め込まれているため、パチッと気持ちよく納める事が出来るとともに、簡単にバラバラにならない様になっています。

虫喰いの壁掛け鏡。虫喰い材の表情を楽しむために、太いフレームを組んで作った壁掛けミラーです。
何枚もの板を繋ぎ合わせてフレームを作っているので、複雑な木の表情が出ています。

マシンメイドのジュエリーブランド INSTANT JEWEL前編

工業的アプローチをファッションアイテムに。

昔から受け継がれてきたものづくりの技術を、
デザイナーが掘り起こして新しいプロダクトを生み出す。
こうした試みは各地で行われるようになってきたが、
いわゆる手作業の伝統工芸であることが多い。
そうしたなかで、アプローチは同じながら、
機械でしかつくれないもの=マシンメイドを全面的に謳った
アクセサリーブランドがインスタントジュエルだ。

きっかけは、これまでも数々のプロダクトを生み出してきた
デザイナーの大友 学(stagio inc.)さん。
ところが大友さんのメインフィールドはインテリアプロダクトや生活道具であり、
ファッションとは似て非なるものであった。

「これまで、プロダクトやインダストリアル系のデザインを手がけてきました。
いろいろな工場やメーカーを回って仕事をするのが常です。
そんななかで、これまで蓄積していた工業的な知識やネットワークを使って、
“アクセサリーの新しい事業を始めませんか?”と、株式会社元林に持ちかけたんです」

元林とは、のちにインスタントジュエルの生産管理を手がけることになる会社。
同じタイミングで元林は、「デスペラード」というセレクトショップを運営している
ファッションディストリビューター/ショップであるパノラマと、別事業を進めていた。
そこで元林から、ファッションに詳しいパノラマに相談があったという。

「“この案件、どう思いますか?”と聞かれたので、“興味あります”と答えたんですよね」
というのは、パノラマの代表取締役兼クリエイティブディレクター、泉 英一さん。
泉さんは数々の海外ブランドのディストリビューションを手がけてきたバイヤーだ。

「アクセサリーは、ハンドメイドの1点ものや高価な宝石という時代ではありません。
大量生産しながらカスタムメイドして、楽しく遊び感覚で、
しかもお手頃にできないかなと、思っていたところなんです」と
泉さんにとってもちょうどよいタイミングだったのだ。
こうしてstagio inc.、パノラマ、元林の3社による事業が動き始めた。

stagio inc.の大友学さん

stagio inc.の大友学さん。デザイン事務所勤務などの経験はなく、独学でデザインを学んだという。

まるで物語から抜けだしてきたよう。福岡在住の作家、鹿児島睦さんの愛らしい雑貨たち

福岡アトリエを拠点に、陶器制作やテキスタイルデザインなど
幅広い創作活動を行っている作家の鹿児島睦(かごしま・まこと)さん。
鹿児島さんの手がける作品は、和風とも洋風とも言い切れない、
シンプルで洗練されたデザインが魅力です。
まるで物語から抜け出てきたような、
愛らしい動物や植物のカラフルなモチーフたちが、
見る人を和ませてくれます。
本日は東京・青山のdoinel / biotopeと鹿児島さんが
コラボレーションしたアイテムたちをご紹介!

長崎の「波佐見焼」で作られた、耳の部分に花を挿す「ウサギ花器」。鹿児島さんのハンドメイド作品を元にしたプロダクト。シンプルな曲線で表現されたウサギには、どんなお花も似合っちゃいます。

こちらはゆらゆらと揺れるモビール「“ZUAN” Mobile

久留米絣

鹿児島のかわいい「田の神様(タノカンサア)」。しゃもじと茶碗を持った、田んぼの神様

鹿児島のスロークラフトをあつめた
プロジェクト「MIGOTE(みごて)」。
みごてとは、「見事な、綺麗な」という意味の鹿児島のことば。
鹿児島の工芸品の技術と地域資源を融合し、
全国に広めていこうというプロジェクトです。
MIGOTEには陶器や織物などさまざまなラインナップがありますが、
本日ご紹介するのは、「田の神さあ(タノカンサア)」の人形。
薩摩焼で作られた、しゃもじとご飯茶碗を持ったカワイイ神様です。

タノカンサア

タノカンサアとは、鹿児島県や宮崎県南部に伝わる、
田んぼを守り、米作りの豊作をもたらす農業神。
現地では、田んぼのあぜみちにこの石像が
飾られているんですよ。

空きロッカーが検索できる! 阪急梅田駅のコインロッカーが 「PiTaPa」対応の キーレスロッカーに

明日2月26日より、大阪・梅田にある「阪急梅田駅」の
改札内・改札外に設置されている
コインロッカーの約7割が、「OSAKA PiTaPa」対応
キーレスロッカーにリニューアルされます。
注目は、西日本初となるコインロッカー空き情報検索システムの導入。
ロッカーの空き情報は、梅田駅の4カ所に設置した検索モニターのほか、
阪急電鉄の公式サイト「阪急電鉄 鉄道駅ナカ沿線おでかけ情報」のトップページより、
スマートフォンやパソコンを使って検索することができます。
どの場所にどの大きさのロッカーが空いているかが分かるので、
大きなお荷物を持ちながら、空いているロッカーを探す苦労から
開放されるというわけです。

〈ラ・ルース〉 ヒノキの間伐材を、 寄木と木地挽きで美しいうつわに。

ラ・ルースからつながる神奈川の森のはなし

神奈川県は、森林面積も小さく、林野率も低い。
それでも県内には、丹沢大山や箱根といった山々をはじめ、
県土の約40%、約9万5000ヘクタールを占める森林がある。
県では平成18年に森の再生の方向と目指す姿を示した
〈かながわ森林再生50年構想〉を公表。
広葉樹の再生、人工林から混交林への転換、人工林の再生を目指している。
また、県産木材を積極的に利用してもらうために、
〈かながわ木づかい運動〉を推進している。
〈かながわ県産木材産地認証制度〉、
〈かながわブランド県産木材品質認証制度〉というふたつの認証制度を実施。
さらには、県産木材を使用する公共木造施設の整備に対して、支援も行っている。

丹沢湖畔から渓谷を40分登った場所にある西丹沢県民の森。大正4年に植樹されたスギをはじめ、ヒノキ、イヌブナが生い茂る、別名〈大正の森〉。

森を守るため、目の前にある間伐材を使ったものづくり

神奈川県小田原市は、寄木をはじめとした木工業が盛んだ。
しかしその材料は、北海道や秋田などから購入している広葉樹である場合が多い。
小田原に工場を構えるメーカー、ラ・ルースも、同様の木工所であった。

しかし4年前、森林再生への取り組みをしなければならないという思いに立ち返り、
まず仕掛けたのがヒノキの鉛筆だ。

「小田原市と岡山県西粟倉村にかけあって、鉛筆を10万本つくり、
そのときは飲料メーカーに納品しました。
あんなに小さな棒1本でも、小学生ひとりひとりに渡せば1000万本以上になります。
各県のヒノキでやれば、地元の森のことを考えられるツールになります」と
代表取締役の相田秀和さんはいう。
昨年も継続して、1600ダースの鉛筆を小田原市の学校に納品したという。

ラ・ルース代表取締役の相田秀和さんは、小田原ローカルのサーファー。

その後、小田原市のある働きかけがあった。
通常、木工所は市の産業政策課の扱いになる。
一方、森林組合と製材組合は農政課の担当。
一緒に森林のことを考えていかなくてはならない三者が、
つながりづらい状況だったのだ。

「森林組合も、製材組合も、木工組合も、同じ建物にあればいいと思うんですよね」
この3つをつなげたいという市の思いもあり、それこそ飲み会からの交流スタート。
そこから見えてきたことは、小田原市の間伐材が生かされていない現状だった。

そこで、ラ・ルースは小田原市および郵便局と組んで、
間伐ヒノキを利用した実物大のポストをつくった。
そこに地元の小学生が、福島県相馬市で被災した人に向けて、
木でできたハガキを投函して送るという催しが行われた。
イベントではポストごと相馬市に運び、現地でも大好評。
そのポストは現在、実際の“郵便ポスト”として相馬市で使われている。

「このまちの、目の前に材料があるわけです。“だったらそれを使おうよ”と。
針葉樹はたしかに加工が難しいです。削ればざらつくし、切ればバリがでる。
でもうまく使えるようになれば、市場性もあるはずです」

小田原の間伐ヒノキを乾燥中。

ラ・ルースは、どんどん目の前=小田原の間伐材を購入している。
使っていけばいくほど、扱い方もうまくなるはずだ。

「昨年1年間で、小田原市から出たヒノキの間伐材を
20立方メートルくらい買っています。
小物ばかりつくっているうちのような会社にとっては、相当な量です。
ほとんどの木は斜面に生えています。
建築材は真っ直ぐな4メートル材が必要なので、
株から2メートルほどの曲がっている部分=元玉は、ねじれがあるので使えません。
だからその部分は、案外、安価で流通しているんですよ。
ぼくたちなら十分使える木材です」

有田焼創業400年  ARITA EPISODE2の胎動 後編  コラボレーションの未来型

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1616年にうまれた有田焼。来年、創業400年を迎える。
これまでの400年を「ARITA EPISODE1」として、
その第2章「ARITA EPISODE2」が動き始めた。
今回は新しい有田焼のプロジェクトを紹介しよう。
まずはテクノロジスト集団「teamLab(チームラボ)」 による
未来の有田焼をイメージしたデジタルアート映像から。

「未来の有田焼があるカフェ」

「未来の有田焼があるカフェ」。teamLab による有田焼デジタルアート。

これは昨年、佐賀県立九州陶磁文化館で行われた展示の様子。
有田焼のイメージはいまさまざまなクリエイターとのコラボレーションによって進化している。

「2016/ project」

いま有田は世界中のアーティストに注目されている。
有田というまちを「世界のクリエイターが集まる聖地」にしようという動きだ。
有田焼の窯元や商社と世界のデザイナーによるコラボレーションを行う。
さらに地元のまちづくりや教育、研究機関と連携しながら、
滞在型ワークショップや交流の場を創出する「プラットフォーム」にしようというもの。
その中核的なプロジェクトが、16の有田・伊万里の窯元と商社と
16組の世界のデザイナーがひとつのブランドを作り上げる「2016/ project」である。
クリエイティブ・ディレクターとして
「1616 / arita japan」も手がけるデザイナーの柳原照弘さん、
Co.ディレクターとしてオランダのデザイナー、
ショルテン&バーイングスさんが関わっている。
現在、オランダ、スウェーデン、イギリス、アメリカ、スイス、ドイツ、フランス、日本という
8か国のデザイナーが参加している。

柳原照弘さん

柳原照弘さん。1976年 香川県高松市生まれ。「1616 / arita japan」、「2016/ project」のクリエイティブ・ディレクター。

「2016/ project」のクリエイティブ・ディレクター、柳原照弘さんにお話を伺った。
「有田は小さなエリアにいろんな窯元と商社が集まっているまち。
約150の窯元、200以上の商社があるといわれているんです。世界的にみても珍しい。
海外の方に話をすると、有田はひとつの会社だと思っている人もいる。
普通はひとつの会社が大きく拡大していくのに対して、
たくさんの窯元と商社が集まって全体として有田焼を形成している」

その多様性に世界各国のデザインセンスがかけあわされて、
有田焼が歴史や技術と共に世界中のさまざまな場所へ届き使われ、
未来に継承されていくことを目指すのが「2016/ project」だ。
コラボレーションはどんなかたちで行われているのだろうか、柳原さんにお聞きした。

「窯元さんには今までの有田焼の概念をいったん忘れてください、と言っています。
いったんゼロになったうえでデザイナーのアイデアや意見を聞き、
プロフェッショナルとして本気になってもらう。
それぞれが役割を全うして力を出し切って生まれたものが、
これからの有田焼になっていくと考えます」

そもそも有田焼はこうだから……という固定観念を窯元自体が捨てていくことで
イノベーションが生まれるわけだ。ではデザイナーに対してはどうだろうか。

「デザイナーに対しては歴史をできるだけ知ってほしい。
しかし歴史をなぞることはしないでほしい、と言っています。
日本風に有田焼のお茶碗をつくるとかではなく、
その技術を自分たちの国での生活のなかで使えるものとして提案してほしい。
参加しているデザイナーはそれぞれの国ということを超えて、
世界中にマーケットを持っています」

16組のデザイナーが持つ世界市場。そこにアジャストした新しい有田焼のスタイル。
それが「2016/ project」。それぞれの新作は2016年の4月にミラノサローネで発表の予定だ。

「2016/ project」

「2016/ project」。スイスを拠点とするデザインユニット「BIG-GAME(ビッグゲーム)」が有田の窯元で熱心にリサーチを重ねる。撮影: Kenta Hasegawa

柳原照弘さんと在日オランダ王国大使館・報道・文化部のイネケ参事官

柳原照弘さんと在日オランダ王国大使館・報道・文化部のイネケ参事官。「2016/ project」を実施している佐賀県はオランダ王国大使館とも連携協定を結んでいる。有田焼とオランダの関係は江戸時代のオランダ東インド会社(VOC)にまでさかのぼる。撮影: Kenta Hasegawa

〈木工房ようび〉 地域の風土と職人の技術によって 生まれた、白くて軽くて 香り高いヒノキの家具

木工房ようびからつながる岡山の森のはなし

岡山県は、瀬戸内海に面した南の平野部の背後に中国山地の山々を抱く。
北部の山地では、年間降水量1,400ミリを超える豊かな雨が降り、
東から吉井川・旭川・高梁川の大きな川をなし、やがては瀬戸内海へと流れ込む。
岡山の森林は、山に囲まれた県北部を中心に県土の68%を占める。
なかでも、木材生産を目的としたスギやヒノキの人工林は県北部に集中し、
人々が雨を恵みに木々を植え育て、豊かな森の土壌は岡山の水源を育んできた。

こうした岡山県の森林事情を象徴するような村がある。
県の北東端、東は兵庫県、北は鳥取県と接する県境に位置する西粟倉村だ。
人口わずか1,600人にも満たない小さな村は、
面積のおよそ95%を森林が占め、そのうち84%を人工林が占める。

県の北東部には、美作(みまさか)檜と呼ばれる特色あるヒノキが育つ。
冬の厳しい寒さのため、木は毎年少しずつしか成長せず、幹の部分が引き締まる。
さらに、降り積もる雪の重さに耐えるため、木は強さを増す。
香りの強さにも特徴があり、それは良質な水と関係があるとされる。
西粟倉には吉井川の支流と吉野川の源流があり、
天然記念物のオオサンショウウオが自生する良質な水をたたえている。

西粟倉のヒノキの森。間伐と枝打ちが行き届き、日の光が木々のあいだから差し込む。

西粟倉で知った、日本の森の厳しい現実

岡山県西粟倉村で、香り高い西粟倉のヒノキを使い、家具をつくる人たちがいる。
家具職人の大島正幸さん率いる〈木工房ようび〉だ。
岐阜県高山の家具メーカーに勤めていた大島さんは、
2009年にこの地に移り住み、地域の材を使った家具づくりを始める。
そのきっかけは、いまは人生をともに歩むパートナーとなった奈緒子さんに誘われ、
西粟倉をふと訪ねたことにある。
そのころの大島さんは、家具職人として8年の修業を積み、腕に磨きをかけていた。
“いい家具”をつくる思いも、人一倍強いという自負があった。
だが、その自信と自負は、西粟倉の森を見て粉々に打ち砕かれることになる。

「それまでの僕は、森のことなんて何も知らずに、
工房にこもって“いい家具”をつくることに没頭していました。
しかし西粟倉の森を見て、自分の浅はかさを思い知らされたんです」

大島さんが西粟倉で見たのは、ふたつの森だ。
まず案内されたのは、間伐や枝打ちが行き届かず、荒れてしまった“悪い森”。
ところ狭しと生えた木は、どれもモヤシのようにヒョロヒョロで、
光が差し込まない薄暗さに不気味ささえ感じた。
「こんな森では、木を売ってもお金にならない」という言葉が鋭く胸に突き刺さる。
日本の森に手入れが行き届かなくなったのは、
安価で大量に供給される輸入材に押され、国産材が敬遠されるようになったからだ。
林業経営が苦しくなると森が荒れる。その結果、木材の質も低下する。
この悪循環からいかに抜け出すか、それが日本の森が直面する課題だ。

「家具自体は、森のことを何も知らなくてもつくれちゃうんです。
材料は、つくりたいもののイメージに合わせて仕入れることができますから。
でも、そうやって仕入れる木材って、魚でいえば“切り身”みたいなもの。
それまでの僕は、海そのものも、泳いでいる魚の姿も知らず、
魚の“切り身”を捌いて、いい寿司を握ろうと思っていたようなものなんです」

大島さんは、当時のことを悔しそうに振り返る。

あいにくの雪のなか、ヒノキの森を案内しながら、昔の思いを語ってくれた。森は、工房からクルマで数分のところにある。

「O-Bath」タガがない!まったく新しい檜風呂。岐阜県中津川市「檜創建」から誕生

香り、匂い、手触りが良く、五感に訴える。
檜のお風呂といえば日本人の憧れです。
岐阜県中津川市の「檜創建」は、国産の材木、
特に木曽檜を使ってバスタブをつくることに取り組むメーカー。
もともと檜のお風呂というのは、お湯を張っておかなければ
ならないなど、手間のかかるものでした。
なので日本のお風呂はどんどんステンレスになっていったのですが、
檜創建さんは「ウチにしかできないこと」をするために、
檜風呂を徹底的に改良。いまでは個人宅や高級ホテル、介護など
様々なシーンで檜風呂が楽しめるようになりました。
さらに2010年には、通常であれば必要な「タガ」がいらない、
進化した檜風呂「O-Bath」が誕生。見た目の美しさだけでなく、
水漏れしない木とプラスチックの三層構造が、
マンション・ホテルの階上や介護施設などでも更に好評なんです。

「O-Bath」のある風景

〈志岐家具製作所〉 環境へ配慮した製法で県産スギが オリジナリティあふれる スツールに。

志岐家具製作所からつながる佐賀の森のはなし

九州の北西に位置する佐賀県。
北西部に玄界灘、南東部に有明海というふたつの海に接し、
有明海沿岸から筑後川沿いに約3割の面積を占める佐賀平野が広がる。
佐賀県の総面積は2,439.67平方キロメートルで、そのうち森林の占める割合は46%。
全国平均の67%と比べると低いが、それゆえ、県民にとって貴重な緑資源となっている。
脊振村、三瀬村には森林を生かした自然公園があり、
春から秋にかけての行楽シーズンに賑わいを見せている。
脊振や多良岳、国見の山々にはスギやヒノキといった人工林が広がり、
その比率は67%と日本一だ。
戦後を中心に造成されたこれらの豊富な人工林もまた、いま伐採時期を迎えている。
木材に関わるさまざまな人々が連携し、積極的に木材を利用していくことが、
山の活性化、まちの元気、そして森林の維持につながる。
佐賀においても県産材を利用する動きが着々と広がりを見せていた。

佐賀県は全国的に見ても比較的温暖な気候に分類されるが、冬の寒さは比較的厳しい。佐賀の木々はそんな寒暖差の中で育まれている。

大川生まれ、諸富育ち。

〈志岐家具製作所〉のある佐賀県諸富町には、元来、家具をつくる文化はない。
そのルーツは思いがけない場所にあった。
筑後川を挟んだ向かい、福岡県大川市である。
「うちはもともと、大川で家具に使う金具をつくっていたんですよ」
そう切り出す取締役社長の志岐純一さんは2代目。
この製作所は昭和21年に創業された。
大川が“家具・木工のまち”として全国的に知られるにつれ、
並行して土地の値段が上がってしまったため、
昭和45年に諸富町へ移ってきたのだと志岐さんは続ける。
その後、この地で家具づくりの文化を育んでいった。

工場は2フロアに分かれている。1階ではプロダクトの初期工程、2階では組み立てや最終加工といった仕上げ工程にあたる。

志岐家具製作所には現在、従業員は5人。
決して大きな工場ではない。だからこそ、大規模な家具工場にできない、
きめ細やかな仕事、そして安定した確かな品質を、
どこにも負けない気持ちで心がけてきたのだと志岐さんはいう。

5人の職人による手仕事が屋台骨を支える。「SPIRAL」の製造における外注はなく、運び込まれた木材が製品になるまでの全工程を自社で担う。

志岐家具製作所のオリジナルブランド〈シムススタイル〉をつくるうえで
モットーに掲げているのが「環境と健康にやさしい家具づくり」だ。
自然から抽出したオイルやワックスを使った家具、
石鹸で仕上げたソープフィニッシュ家具、
有害ガスの発生を大幅に抑制した塗料を使用した家具など、
健康、環境に配慮した“エコな家具”づくりに取り組んでいる。
生産工程の木材の削り屑やのこ屑は、酪農家でたい肥などにリサイクル。
その姿勢は創業から一貫している。

運び込まれてきた木材は人の目によって品質が確かめられたうえで、用途に合わせた加工がなされていく。

「カメリアオーガニック」。沖縄の水と椿の恵みがたっぷりのオーガニックコスメブランド

沖縄の農園で収穫された椿を使った
オーガニックコスメブランド、「カメリアオーガニック」。
沖縄で生まれた素材を使って、髪や肌本来の力を呼び起こす
製品づくりをしているブランドです。

こだわりの製品の生みの親は、与那国島生まれの田島勝さん。
三十数年、沖縄県の那覇市で理髪師として活躍していた田島さんは、
既存のシャンプーやリンスでお客様の髪が傷んでいくことや、
肌が弱い妻、アトピーに悩む孫たちの姿を見て、
自然の成分を使った人間の髪や皮膚にやさしい製品を作りたいと思いたちます。
「長命草」、「モズク」、「月桃」などを使った製品を作りながら
そして出会ったのが、国頭郡国頭村の山奥にひっそりと生息する椿だったんです。

田島さん

椿に大きな可能性を感じた田島さんは、
国頭にヤブツバキの自社農園を作ることに。
ここは人口約5,000人の小さな村。
栽培から製造、販売までを一貫して国頭で行うことで、
オーガニックの農園を、過疎化が進む村の基幹産業として
確立しようと思い立ちます。
そして農園は、沖縄で初めて「有機JAS」の認定を獲得。
農園で育てた椿で世界に通用するブランドを作ろうと、
「カメリアオーガニック」を創設しました。

有田焼創業400年  ARITA EPISODE2の胎動 前編  技術の「伝承」と新しい「伝統」の 第二章にむけて

「ARITA EPISODE1」から「ARITA EPISODE2」へ

佐賀県有田町を中心につくられる有田焼。
来年2016年に有田焼は創業400年を迎える。
一昨年末、創業400年に向けて「ARITA EPISODE2」プロジェクトが始動した。

その前に「ARITA EPISODE1」とは何か。
1616年に日本で初めて磁器を焼成して以来、400年にわたり、
ものづくりの進化と革新を続け、今に引き継がれる有田焼。
その400年の歴史を「EPISODE1」という。
まずは以下の動画をぜひご覧いただきたい。

有田焼プロモーション映像。悠久の歴史を刻んできた有田焼の匠の技と伝統の美が、有田のまち並みや花鳥風月とともに描かれている。

1616年に有田焼の歴史は始まる。
かつて秀吉の朝鮮出兵のときに朝鮮から連れてこられた陶工 李参平が
有田の泉山(いずみやま)にて、良質の磁石を発見することから始まった。
李参平は日本で初めて白磁を焼いた有田焼の祖と言われている。
良い磁器をつくるために必要なのは
「磁石」と「きれいな水」と「燃料となる赤松」。
そのすべてが有田にはあった。
その後、17世紀から18世紀にかけて
オランダ東インド会社(VOC)を通じてヨーロッパに輸出され、
ヨーロッパの王侯貴族たちに愛された。

有田焼は「柿右衛門様式」「古伊万里」「色鍋島」など
さまざまな様式の変遷を経て、
世界において日本の磁器を代表する代名詞となっていく。
明治に入ってからはパリ万博で最高賞を受賞するなど、
有田焼の黄金期を迎える。その後、輸出量は減少するが、
国内においては昭和の高度経済成長とともに需要が拡大。
平成3年に最盛期を迎えた。

そして来年、有田焼は創業400年を迎える。
これまでの400年を第一章「EPISODE1」として一度句読点をうち、
これからの100年を「EPISODE2」として、
新たな時代の始まりを告げるストーリーへと踏み出そうとしているのだ。

いま有田焼は産地としての危機を迎えている。
この20年、右肩さがりで需要は落ちている。
「有田焼の危機を乗り切って、有田焼の次の100年につなげていきたい」
「有田焼500年の礎を築きたい。新しい有田焼の物語を紡いでいきたい」
佐賀県の職員、有田焼窯元や商社、デザイナーたちの
そんな想いが集まり始まったのが「ARITA EPISODE2」だ。

泉山磁石場

泉山磁石場。1616年前に朝鮮の陶工、李参平によって良質の石が発見されたところから有田焼の歴史が始まる。400年間でここにあった山が有田焼の器に変わった。

有田焼を代表する窯元、柿右衛門窯

有田焼を代表する窯元、柿右衛門窯。

〈酒井産業〉 全国の木工職人との ネットワークを生かし 自然のぬくもりを暮らしへ

酒井産業からつながる長野県の森のはなし

本州の中央部、日本海側と太平洋側との中間に位置する長野県。
標高3000メートル級の山々が連なり、
南北に長い複雑な地形のため、気候も極めて多彩だ。
県土のおよそ8割、約106万ヘクタールを森林が占めており、
森林面積と人工林面積は全国で第3位。
森林率も全国で4番目に高い、日本有数の森林県である。
民有林率は65%で、その約6割が針葉樹だ。
ただし、全国的にはスギが主体であるのに対し、
長野県では県内全域にカラマツが多くを占めているのが特徴である。
とはいえ、北部にはスギ、木曽や下伊那にはヒノキ、
松本や上伊那にはアカマツが多く見られるなど、
地域ごとに特徴ある資源構成となっている。
そのなかでも県下で最も高い森林率(94%)を誇り、
国有林が民有林の面積を上回る県内唯一の地域である
木曽谷から生まれるプロダクツを紹介したい。

間伐が進み、下草が生える長野県のカラマツ林。同県の民有林のうち約5割は人工林で、その5割強をカラマツが占めている。(写真提供:長野県林務部)

漆器から天然素材の生活用品へ

木曽谷は、日本を代表する木材として名高い木曽ヒノキの産地であり、
古くから漆器の生産地としても知られている。
特に海抜およそ900メートルの高地にある木曽平沢地区は、
漆塗りの下地に適した良質の錆土(さびつち)が産出したことから
小さな集落ながら漆器の一大産地として発展した。
錆土を漆と混ぜることで堅牢な製品がつくられ、
〈木曽漆器〉の名は全国に知られるようになった。

木曽堆朱(きそついしゅ)や木曽春慶といった独自の技法を含めてさまざまな塗り方があり、丈夫で使い勝手がよいとされる木曽漆器。

「当社も、先代の頃は地場産業である漆器問屋として
酒井漆器店の名でスタートしました」
こう話すのは、木製生活用品全般を扱う酒井産業の
営業本部特販課課長の宮原正弘さん。
かつては全国どこへ行っても、木曽漆器独自の塗り方のひとつ、
木曽堆朱(きそついしゅ)の猫足座卓のテーブルが見られるほど
華やかな時代があったという。同社も木曽漆器の卸売業で繁盛したそうだ。

しかし、取引先は徐々にホテルや旅館などの業務用市場から
スーパーマーケットなどの一般家庭用品市場に変わり、
それに伴って取り扱う商品も、業務用漆器から家庭向けの汁椀や箸、
まな板など生活用品に変化していった。
そして、現社長に代替わりした40年ほど前に社名を酒井産業に変更。
いまでは1000アイテムにおよぶ天然素材の生活用品を、
全国150の協力工場で地域材を活用して製作している。

営業本部特販課課長の宮原正弘さん(右)と、社長室長の宮原 肇さん。同姓ながら親戚関係ではなく、地域一帯に多い名字だそうだ。

軽くて持ちやすい木曽ヒノキの箸。木曽のおみやげとしても人気が高い。

こけしのメイキング動画が海外で大人気! 宮城のクリエイターが描く伝統の手しごと

東北を中心に作られている民芸品、「こけし」。
近頃は若い世代にもカワイイと人気のこけしですが、
どうやって作られているかご存知ですか?
昨年、仙台・宮城の手しごとを伝えるメディア「手とてとテ」が制作した
こけし名人のムービーが、動画共有サイトで公開され、
世界で大反響を呼びました。

披露されているのは、宮城県大崎市の鳴子系こけしを作る
名人、岡崎靖男工人の手しごと。
木片が削られ、磨かれ、絵付けされて一本のこけしに
なるまでが美しい映像で描かれています。
鳴子系こけしの最大の特徴といえば、
首を回すと「キュッキュッ」と音がなること。
これは頭部を胴体にあとからはめ込む独特の技法が用いられているためで、
その制作過程がじっくりと描かれています。

この動画はアメリカの動画共有サイトVimeoに公開され、
スタッフの「オススメ動画」に推薦されたのがきっかけで、
再生数が100万回ちかくに!
動画を見た欧米やアジアの方からこけしの注文が相次ぎ、
急遽インターネットで購入できるシステムを開発したのだそう。

岡崎さんの手わざが見事です。

「布博」in 町田&京都。布の祭典が今年も始まる! 胸がときめく生地やブローチ、小物が大集結

今年で3年目をむかえる人気イベント「布博」が
またまた開催されます!
布博は、プリント生地、織布、型染め・草木染めなどの
伝統的な技法を使った作品や、
それらを使って生み出される衣類・バッグ・小物などが並ぶ布の祭典。
どれも欲しくなっちゃうような、可愛らしいもの、鮮やかなもの、
ちょっと不思議なもの、シンプルなものまで、選りすぐりの作品が大集結します。

また、テキスタイルデザイナーさんや布もの作家さんによる
トークショーやワークショップ、ステージライブなんかもあり、
作り手の方々とはもちろん、布好きな人同士の交流の場としても盛り上がります。
前回開催時にはなんと3,000人以上のお客さんで賑わったそう。

2月の開催会場は東京「町田パリオ」。
1975年に建てられ「街に愛されるビル」を目指しているという
小田急線町田駅直結の駅ビルです。
4月の開催会場は京都「元・立誠小学校」で、
懐かしい雰囲気が感じられる元小学校の古い校舎にて行われます。

布博 2014 from Akiyoshi Kitagawa on Vimeo.

布博の様子がわかる動画。見るとさらに行きたくなります!

さらに今回は、さまざまな素材を使った手作りのブローチが集う「ブローチ博」や、
足元をキュートかつ個性的に彩る「靴下パーラー」も同時開催。
これまでよりも出品者が増え、見応え十分とのこと。
パワーアップしていく布博を、ぜひ楽しんでみてください!

【布博 at 町田パリオ 開催概要】
日程:2015年2月20日(金)~22日(日)
時間:
20日(金)・22日(日)11:00~18:00
21日(土)11:00~19:00
入場料:¥400
会場:町田パリオ 3F・4F(完全屋内)
東京都町田市森野 1-15-13
http://textilefabrics.jp/
【布博 in 京都 開催概要】
日程:2015年4月18日(土)・19日(日)
時間:
18日(土)11:00~18:00
19日(日)10:00~17:00
入場料:¥400
会場:元・立誠小学校
京都府京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前前島町310-2
http://rissei.org/bunmachi/
※阪急電車「河原町駅」1番出口より徒歩3分
※京阪電車「祇園四条駅」4番出口より徒歩5分
※会場に、駐輪・駐車スペースはございません。ご来場の際は公共交通機関のご
利用をお勧めいたします
主催:手紙社
共催:立誠・文化のまち運営委員会

布博

〈ショコラティエ オウ・ルージュ〉 静岡のショコラティエが挑む、 伊豆でのカカオ栽培

生まれ育った伊豆で、カカオを栽培したい

熱帯植物であるカカオを、亜熱帯気候の沖縄でも小笠原諸島でもない、
日本の本州での商業栽培に挑戦しようとしているショコラティエがいる。
その人の名は、足立晃一さん。
東海道新幹線の三島駅にほど近い、静岡県駿東郡長泉町にある
ショコラブティック「オウ・ルージュ」のオーナー・ショコラティエだ。

足立さんは、小説「伊豆の踊子」やヒット曲「天城越え」で知られる
旧天城湯ヶ島町(現在の伊豆市湯ヶ島)の出身。
和菓子店に生まれた足立さんが、パティシエを志し
静岡県内のパティスリーで修行に入ったのは、
その理由が思いつかないほど、ごく当たり前のことだった。
その後、駿東郡長泉町にある美術館や文学館、
レストランからなる複合施設「クレマチスの丘」の
シェフ・パティシエを経てショコラティエとして独立。
その理由を尋ねると、
「誰をも魅了し、誰をも幸せにするスイーツは、ショコラしかないでしょう」
と、まるで子どもみたいな満面の笑顔で答える。
天真爛漫な人柄と屈託のない笑顔、そして何より足立さんのつくるショコラに惹かれ、
県内のほか、東京や名古屋からも多くのお客さまが来店する。

ブティックに足を踏み入れて最初に感じるのは、ふわりとしたチョコレートの香り。
ショコラを買いに行ったり、取材のためお邪魔したり。
そんなとき、足立さんが厨房へ入っていく機会を見計らって、
大きく、だけれどそっと、深呼吸を1回。
甘く、ほろ苦いショコラの香りを、体のなかにたっぷりと取り入れる。
はあ、幸せ。

足立さんのショコラは表面の“ポッチ”が目印。その数で、どの国のカカオで作られたショコラか判別できる。

ショーケースのなかには、原産地指定のカカオの個性を
シンプルに引き出したボンボン・オー・ショコラが並ぶ。

オランジェやナッツを使ったチョコレートも。

おすすめは、もちろん、原産地指定のボンボン・オー・ショコラ!
ガーナ産のカカオはまるでバニラのような甘さがあり、
ベネズエラ産のカカオは力強く男性的な味わい。
同じ「カカオ」なのに、生産国が違うだけでこれほどまでに味が異なるとは!
日本産のカカオでつくったら、一体どんな味がするのだろう……。

足立さんが今取り組んでいるのは、国内でのカカオ栽培の実現化に向けた活動だ。
「伊豆の温泉を利用して国産カカオを栽培」プロジェクトは、
2014年1月、経済産業省中小企業庁委託事業であるミラサポが主催する
第1回グッド・ビジネス・アワードの、食「ごはん」ビジネスの部門賞を受賞。
注目を集めるようになった。

店内には、第1回グッド・ビジネス・アワード部門賞受賞の盾が飾られている。

カカオノキは、赤道の南北緯度20度以内で年間の平均気温が27℃以上という、
高温多湿な地域でなければ栽培できない。
主な産地は、西アフリカ、東南アジア、中南米だ。

コートジボワール、インドネシア、ガーナ、ナイジェリア、カメルーンなど、
主要産地の国々の名前から思い浮かぶのは、
太陽の強い日差しと、熱帯特有の濃厚で熱い空気。
四季があり、冬は寒くて雪も降る日本の本州でどうやって栽培するのか……
その謎を解く鍵は「伊豆」の地中、奥深くにあった。

新たな道に挑戦する職人魂で デザイナーと協働する。 KIKOF後編

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繊細なデザインを実現するため、初挑戦の数々

琵琶湖のほとりで長年培われてきた伝統工芸の技術を生かして、
現代のライフスタイルに合うプロダクト製作を目指していく
「Mother Lake Products Project」。
その一環として立ち上げられたブランドが「KIKOF」だ。

第1弾として発売された信楽焼で製作されたテーブルウェアは、
独創的なフォルムで、まるで紙のように薄い。
それはクリエイティブデザイナーが「キギ」だからかもしれない。
キギの植原亮輔さんと渡邉良重さんは、
「D-BROS」というプロダクトブランドを手がけている。
まずアイデアがあって、それを具現化できる業者を探すというやり方だったが、
今回のKIKOFでは、職人も技術も決まっているところからのスタート。
「最初はうまくできるか半信半疑でした」と植原さんも不安があった。

植原亮輔さんと渡邉良重さん

キギの植原亮輔さん(左)と渡邉良重さん(右)。

キギは、グラフィックデザイナーであって、プロダクトデザイナーではない。
それでも「自分たちらしさを出していこう。
グラフィックデザイナーがつくる陶器ってなんだろう?」と考え、
まずは2次元である紙でイメージをつくってみたという。

植原さんいわく「一番難しそうだったから」という理由で、
まずはピッチャーをつくってみようと思った。

「鳥のくちばしのような注ぎ口があまり好きではなかったので、
もっと自然なかたちでできないか考えてみました。
選択肢としては6角形か8角形か10角形かなと思ったんです。
6角形は尖っていてあまり美しくなく、10角形だと角がないのでうまく注げない。
ちょうどいいのが8角形でした。
紙でつくってみたら、けっこういい感じになったんです。
それならすべて8角形のデザインにしてみようと思いました」

このペーパークラフトをイメージサンプルとして、信楽焼の丸滋製陶に提案した。

〈KINO〉 親は子のため、子は親のため。 東京の木を削る。

KINOからつながる東京の森のはなし

東京都には、標高2,000メートルを超す雲取山から亜熱帯性気候を持つ小笠原諸島まで
多様性に富んだ森が分布している。
森林面積は都の面積の4割(約8万ヘクタール)を占めているが、
その約7割が多摩地域西部に偏って分布し、さらに、その4分の3が私有林。
また、多摩地域の民有林では約6割が人工林で、
全国(46%)に比べて、高い人工林率となっている。
林齢構成は、41年生以上(9齢級以上)が約9割を占め、
40年生以下(8齢級以下)は約1割と、こちらも偏って存在している。
都では多摩地域で生育し、生産された〈多摩産材〉の利用拡大を進めている。
平成18年から〈多摩産材認証制度〉を導入。
多摩地域の適正に管理された森林から生産されたことを
〈多摩産材認証協議会〉によって産地証明されると〈認証材〉となる。
森林所有者から製材業者までの流通過程が、登録した事業者によって行われるため、
多摩産材の産地が確実に証明される。

東京の森の問題を、自分ごとに。

budoriは、サイト制作、グラフィックデザイン、商品開発などを通して、
社会問題を解決していこうという会社。
かつて被災地支援でオーガニックコットンの端材を使った
クリスマスオーナメントプロジェクトを手がけていた。
その活動を知ったあきる野市にある沖倉製材所の代表・沖倉喜彦さんから
「東京の山の問題を解決する方法はないものか」と話を持ちかけられた。
自分たちにできることを考えたときに、まず思い浮かんだのがオフィスの木質化だった。

東京の木で木質化したレンタルスペース〈KINOへや〉。budoriオフィスと併設している。

沖倉さんの案内で原木市場へ行き、
木質化に使用する材を選ぶ現場に立ち会ったが、
このとき、たくさんの木が余っている現状を知った。
海外から安く大量に輸入された木材に需要を奪われ、国産の材が売れない。
そのため、伐り時を迎えた木があっても伐られず山に放置されるようになった。
そして成長期を迎えたスギやヒノキから出る大量の花粉により
「花粉症問題」が引き起こされ、現在は花粉の少ない品種の木に植え替えるべく、
伐り旬を無視した伐採が行われている。
その伐採された大量の木が、使われずにそのままになっているのである。

沖倉製材所の代表取締役・沖倉喜彦さん。秋川木材協同組合の理事長も務める。

KINOを手がけるbudoriの有村正一さん。宮沢賢治好き。

「私たちは、節が多くて通常の建材として使えない木を
生かすことができないかと考えました」
そう話すのは、budoriの代表取締役である有村正一さん。

見た目に美しい節のない木ではなく、余っている木材を生かす。
そして山や木の現状を知ってもらう。

このふたつを考えてたどり着いたのが、カトラリーだった。
日常的に木に触れてもらうことで、木を身近に感じてもらう。
木を好きになってもらう。
素材である木に関心を持ってもらうことで、山や木のことを知るキッカケになればいい。
そんな想いから「KINO」というプロダクトブランドを立ち上げ、
匙や箸、バターナイフなどを発売した。

〈石井工業〉 地元の活性化につながる、 山武杉という最高の財産。

石井工業からつながる千葉の森のはなし

千葉県は、全県土のうちの約3分の1を森林面積が占める。
しかし、木材の価格低下や、林業者の高齢化、後継者不足などが原因で
山の手入れが行き届かず、山が荒れているという悩みを、他県と同様に抱えている。

それを回避しようと、行政レベルでは、
千葉の木を使って住宅づくりを行うことを促進するなど、
“千産千消”を促す取り組みを行っている。

〈山武(さんぶ)杉〉という貴重な樹種が存在するのをご存知だろうか。
山武杉は千葉県の山武地方を中心とし、古くから育てられてきたスギの品種のひとつ。
色つやや木肌の色がよく、油けがあるのが特徴だ。
また、スギは一般的にやわらかく傷がつきやすいのが弱点といわれるが、
山武杉は非常にかたく、高級木材として流通している。

陽が差し込む林で、すっとまっすぐに伸びる山武杉。

4cmほどもある山武杉の床板材。断熱効果が高く、山武杉で家を建てた人は「暖房の設定温度が低い」と話すという。

「地域の宝」の山武杉を“千産千消”できるシステムをつくりたい

石井工業のある山武市は、千葉県の東部に位置する。
マスコットキャラクター・チーバくんでたとえるならば、ちょうど後ろ首のあたりだ。
(チーバくんは横から見た姿が千葉県の形をしている)

この山武の地で、山武杉の製材から建築までを一手に引き受ける
石井工業を営むのが、石井充さん・涼平さん親子だ。

石井工業が請け負った住宅のひとつ。奥に見える食器棚も山武杉を使用。「生まれも育ちもここだから、山武杉にこだわりたかった」と家主の佐瀬さん。

〈林 木工芸〉 組子細工の技術を使った モダンなデザインの 「木のあかり」

林 木工芸からつながる青森の森のはなし

青森県は、森林面積が県土全体の約66%を占めている森林県。
スギ、ヒバ、ブナ、アカマツなど多様な樹種が分布する県でもあるが、
このうちスギの人工林面積が一番多くを占めており、
その利用拡大が課題となっている。
青森県の木にもなっている青森ヒバは、
下北半島や、津軽半島に多く分布している。
近年は、保護の観点から植栽や間伐を行いながら、計画的に供給されている。

木工の技術を新たなフィールドに生かす

わずかな大きさの木片と木片を組み合わせ、
麻の葉、千本格子など、連続した模様を表現する組子細工。
木工技法のひとつで、古くから日本の建物のハレの空間を彩ってきた。
最古の木造建築といわれる奈良の法隆寺に使われているのだから、その歴史は長い。
そんな伝統的な組子細工の技術をデザインに組み込み、
照明のプロダクト〈木のあかり〉を生み出したのが、
山形県米沢市に工房を構える、〈林 木工芸〉の林 久雄さんだ。

取材に訪れたときには、組子を生かした壁画という大作を手がけていた林さん。

敷地のなかには工房とは別に〈木のあかりギャラリー〉が建てられ、
これまでつくった大小さまざまな木のあかりが多数並んでいる。
和の技術が使われていながら、ピラミッド型や四角柱など洗練されたかたちで、
丁寧に組まれた組子の隙間からこぼれるあかりの美しさもさることながら、
それ自体のたたずまいも、彫刻オブジェのよう。

価格も1万円代からと購入しやすい金額から揃う。

〈noshu〉 能登ヒバを使った、 オリジナル家具

noshuからつながる石川の森のはなし

石川県は、総面積のうち7割が森林面積を占める、森林資源豊かな土地。
岐阜県との県境に位置する、標高2702メートルの霊山・白山にはブナの天然林もある。
この森林面積の約9割が民有林となるが、
戦後の拡大造林の推進により、そのうち4割が人工林として造成されてきた。
樹種は、スギ71%、能登ヒバ(アテ)12%、マツ9%だが、
なかでも能登ヒバは、能登地域に植えられる石川県独特の樹種。
昔から建材としてはもちろん、木工品などにも使われてきた。
現在、この人工林の約6割が成熟期を迎えているといわれるが、
国内全体での木材自給率は低く、木が森に残されてしまうような状況が続いている。

能登半島の穴水町。能登ヒバが植林され、手入れされている森。

故郷の木に込められた思い

石川県内で製作されている〈noshu(ノーシュ)〉は、
能登ヒバの間伐材や端材活用を考え、2010年にスタートした家具ブランドだ。

母体となっているのが、金沢市内の〈樋爪住宅研究所〉。
同社は、建築士の樋爪憲三さんが代表となり、
地元の建築関係各社の出資によりつくられた住宅メーカーだ。
能登ヒバ、加賀のスギ、珪藻土や和紙など、
石川県産の素材を使った家づくりを推進している。
そのような住宅空間のなかで、同じく能登ヒバの集成材を使った家具が考案された。

金沢市内に建つモデルハウスを訪ねると、樋爪さんが迎えてくれた。

noshuの丸テーブルとイス。イスの座面部分に使われている布はペットボトルを再生してつくられている。

能登ヒバの集成材でつくられた本棚。

床や柱に石川県のスギや能登ヒバを使っているというモデルハウスは、
中央に薪ストーブが設置され、木のぬくもり感じる、とっても気持ちのよい空間。
ここには、noshuの家具も展示されている。

「コストの問題で外材を使用してきましたが、
私も石川県の素材を使いたいという思いはずっとありました。
樋爪住宅研究所を立ち上げ、
このモデルハウスをつくるのには県の木材を多く使いました」

そう話す樋爪さんが案内してくれたのは、本棚。
「アテの集成材でつくった本棚です。
集成材は、無垢材に比べると手頃なので活用を広げられないかと。
たまたまこの板が余ったので、家具をつくれないかと職人に相談したところから
noshuの家具づくりがスタートしました」

気になったのは、能登ヒバのことを “アテ”と呼ぶことだ。
「能登ヒバのことを地元では、昔から“アテ”と呼んでいるんですよ。
なぜかはわかりませんが、そう言いますね。
ほかには、“アスナロ”とも呼ばれています」と教えてくれた。
なるほど能登ヒバには、3つの呼び名があるらしい。
樋爪さんと一緒に、まずは能登ヒバの生産地である能登半島へと向かった。

樋爪住宅研究所の代表であり、建築士の樋爪憲三さん。

山梨県 「ヤマナシハタオリトラベル」 の富士山ネクタイがかわいい。 ネクタイの生産量日本一!

富士山の麓に、ネクタイの生産量が日本一を誇る織物産地があります。
その歴史は古く、
この地に初めて織物が伝えられたのは
紀元前219年という伝説が残っているそう。

そんな産地のハタオリ職人さんのグループ「ヤマナシ ハタオリトラベル」では
素敵なネクタイをたくさん紹介しています。

こちらは、三代続く
ネクタイ生地専門織物工場「渡小織物」さんの
富士山柄のネクタイ。

民話の挿絵のような富士山がかわいい!
かわいらしいデザインだけど、
伝統的な絹の重量感はそのままです。
このほかにも、「ヤマナシ ハタオリトラベル」には
ユニークなネクタイがたくさんあるんです。

羽田忠織物