〈ショコラティエ オウ・ルージュ〉 静岡のショコラティエが挑む、 伊豆でのカカオ栽培

生まれ育った伊豆で、カカオを栽培したい

熱帯植物であるカカオを、亜熱帯気候の沖縄でも小笠原諸島でもない、
日本の本州での商業栽培に挑戦しようとしているショコラティエがいる。
その人の名は、足立晃一さん。
東海道新幹線の三島駅にほど近い、静岡県駿東郡長泉町にある
ショコラブティック「オウ・ルージュ」のオーナー・ショコラティエだ。

足立さんは、小説「伊豆の踊子」やヒット曲「天城越え」で知られる
旧天城湯ヶ島町(現在の伊豆市湯ヶ島)の出身。
和菓子店に生まれた足立さんが、パティシエを志し
静岡県内のパティスリーで修行に入ったのは、
その理由が思いつかないほど、ごく当たり前のことだった。
その後、駿東郡長泉町にある美術館や文学館、
レストランからなる複合施設「クレマチスの丘」の
シェフ・パティシエを経てショコラティエとして独立。
その理由を尋ねると、
「誰をも魅了し、誰をも幸せにするスイーツは、ショコラしかないでしょう」
と、まるで子どもみたいな満面の笑顔で答える。
天真爛漫な人柄と屈託のない笑顔、そして何より足立さんのつくるショコラに惹かれ、
県内のほか、東京や名古屋からも多くのお客さまが来店する。

ブティックに足を踏み入れて最初に感じるのは、ふわりとしたチョコレートの香り。
ショコラを買いに行ったり、取材のためお邪魔したり。
そんなとき、足立さんが厨房へ入っていく機会を見計らって、
大きく、だけれどそっと、深呼吸を1回。
甘く、ほろ苦いショコラの香りを、体のなかにたっぷりと取り入れる。
はあ、幸せ。

足立さんのショコラは表面の“ポッチ”が目印。その数で、どの国のカカオで作られたショコラか判別できる。

ショーケースのなかには、原産地指定のカカオの個性を
シンプルに引き出したボンボン・オー・ショコラが並ぶ。

オランジェやナッツを使ったチョコレートも。

おすすめは、もちろん、原産地指定のボンボン・オー・ショコラ!
ガーナ産のカカオはまるでバニラのような甘さがあり、
ベネズエラ産のカカオは力強く男性的な味わい。
同じ「カカオ」なのに、生産国が違うだけでこれほどまでに味が異なるとは!
日本産のカカオでつくったら、一体どんな味がするのだろう……。

足立さんが今取り組んでいるのは、国内でのカカオ栽培の実現化に向けた活動だ。
「伊豆の温泉を利用して国産カカオを栽培」プロジェクトは、
2014年1月、経済産業省中小企業庁委託事業であるミラサポが主催する
第1回グッド・ビジネス・アワードの、食「ごはん」ビジネスの部門賞を受賞。
注目を集めるようになった。

店内には、第1回グッド・ビジネス・アワード部門賞受賞の盾が飾られている。

カカオノキは、赤道の南北緯度20度以内で年間の平均気温が27℃以上という、
高温多湿な地域でなければ栽培できない。
主な産地は、西アフリカ、東南アジア、中南米だ。

コートジボワール、インドネシア、ガーナ、ナイジェリア、カメルーンなど、
主要産地の国々の名前から思い浮かぶのは、
太陽の強い日差しと、熱帯特有の濃厚で熱い空気。
四季があり、冬は寒くて雪も降る日本の本州でどうやって栽培するのか……
その謎を解く鍵は「伊豆」の地中、奥深くにあった。

新たな道に挑戦する職人魂で デザイナーと協働する。 KIKOF後編

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繊細なデザインを実現するため、初挑戦の数々

琵琶湖のほとりで長年培われてきた伝統工芸の技術を生かして、
現代のライフスタイルに合うプロダクト製作を目指していく
「Mother Lake Products Project」。
その一環として立ち上げられたブランドが「KIKOF」だ。

第1弾として発売された信楽焼で製作されたテーブルウェアは、
独創的なフォルムで、まるで紙のように薄い。
それはクリエイティブデザイナーが「キギ」だからかもしれない。
キギの植原亮輔さんと渡邉良重さんは、
「D-BROS」というプロダクトブランドを手がけている。
まずアイデアがあって、それを具現化できる業者を探すというやり方だったが、
今回のKIKOFでは、職人も技術も決まっているところからのスタート。
「最初はうまくできるか半信半疑でした」と植原さんも不安があった。

植原亮輔さんと渡邉良重さん

キギの植原亮輔さん(左)と渡邉良重さん(右)。

キギは、グラフィックデザイナーであって、プロダクトデザイナーではない。
それでも「自分たちらしさを出していこう。
グラフィックデザイナーがつくる陶器ってなんだろう?」と考え、
まずは2次元である紙でイメージをつくってみたという。

植原さんいわく「一番難しそうだったから」という理由で、
まずはピッチャーをつくってみようと思った。

「鳥のくちばしのような注ぎ口があまり好きではなかったので、
もっと自然なかたちでできないか考えてみました。
選択肢としては6角形か8角形か10角形かなと思ったんです。
6角形は尖っていてあまり美しくなく、10角形だと角がないのでうまく注げない。
ちょうどいいのが8角形でした。
紙でつくってみたら、けっこういい感じになったんです。
それならすべて8角形のデザインにしてみようと思いました」

このペーパークラフトをイメージサンプルとして、信楽焼の丸滋製陶に提案した。

〈KINO〉 親は子のため、子は親のため。 東京の木を削る。

KINOからつながる東京の森のはなし

東京都には、標高2,000メートルを超す雲取山から亜熱帯性気候を持つ小笠原諸島まで
多様性に富んだ森が分布している。
森林面積は都の面積の4割(約8万ヘクタール)を占めているが、
その約7割が多摩地域西部に偏って分布し、さらに、その4分の3が私有林。
また、多摩地域の民有林では約6割が人工林で、
全国(46%)に比べて、高い人工林率となっている。
林齢構成は、41年生以上(9齢級以上)が約9割を占め、
40年生以下(8齢級以下)は約1割と、こちらも偏って存在している。
都では多摩地域で生育し、生産された〈多摩産材〉の利用拡大を進めている。
平成18年から〈多摩産材認証制度〉を導入。
多摩地域の適正に管理された森林から生産されたことを
〈多摩産材認証協議会〉によって産地証明されると〈認証材〉となる。
森林所有者から製材業者までの流通過程が、登録した事業者によって行われるため、
多摩産材の産地が確実に証明される。

東京の森の問題を、自分ごとに。

budoriは、サイト制作、グラフィックデザイン、商品開発などを通して、
社会問題を解決していこうという会社。
かつて被災地支援でオーガニックコットンの端材を使った
クリスマスオーナメントプロジェクトを手がけていた。
その活動を知ったあきる野市にある沖倉製材所の代表・沖倉喜彦さんから
「東京の山の問題を解決する方法はないものか」と話を持ちかけられた。
自分たちにできることを考えたときに、まず思い浮かんだのがオフィスの木質化だった。

東京の木で木質化したレンタルスペース〈KINOへや〉。budoriオフィスと併設している。

沖倉さんの案内で原木市場へ行き、
木質化に使用する材を選ぶ現場に立ち会ったが、
このとき、たくさんの木が余っている現状を知った。
海外から安く大量に輸入された木材に需要を奪われ、国産の材が売れない。
そのため、伐り時を迎えた木があっても伐られず山に放置されるようになった。
そして成長期を迎えたスギやヒノキから出る大量の花粉により
「花粉症問題」が引き起こされ、現在は花粉の少ない品種の木に植え替えるべく、
伐り旬を無視した伐採が行われている。
その伐採された大量の木が、使われずにそのままになっているのである。

沖倉製材所の代表取締役・沖倉喜彦さん。秋川木材協同組合の理事長も務める。

KINOを手がけるbudoriの有村正一さん。宮沢賢治好き。

「私たちは、節が多くて通常の建材として使えない木を
生かすことができないかと考えました」
そう話すのは、budoriの代表取締役である有村正一さん。

見た目に美しい節のない木ではなく、余っている木材を生かす。
そして山や木の現状を知ってもらう。

このふたつを考えてたどり着いたのが、カトラリーだった。
日常的に木に触れてもらうことで、木を身近に感じてもらう。
木を好きになってもらう。
素材である木に関心を持ってもらうことで、山や木のことを知るキッカケになればいい。
そんな想いから「KINO」というプロダクトブランドを立ち上げ、
匙や箸、バターナイフなどを発売した。

〈石井工業〉 地元の活性化につながる、 山武杉という最高の財産。

石井工業からつながる千葉の森のはなし

千葉県は、全県土のうちの約3分の1を森林面積が占める。
しかし、木材の価格低下や、林業者の高齢化、後継者不足などが原因で
山の手入れが行き届かず、山が荒れているという悩みを、他県と同様に抱えている。

それを回避しようと、行政レベルでは、
千葉の木を使って住宅づくりを行うことを促進するなど、
“千産千消”を促す取り組みを行っている。

〈山武(さんぶ)杉〉という貴重な樹種が存在するのをご存知だろうか。
山武杉は千葉県の山武地方を中心とし、古くから育てられてきたスギの品種のひとつ。
色つやや木肌の色がよく、油けがあるのが特徴だ。
また、スギは一般的にやわらかく傷がつきやすいのが弱点といわれるが、
山武杉は非常にかたく、高級木材として流通している。

陽が差し込む林で、すっとまっすぐに伸びる山武杉。

4cmほどもある山武杉の床板材。断熱効果が高く、山武杉で家を建てた人は「暖房の設定温度が低い」と話すという。

「地域の宝」の山武杉を“千産千消”できるシステムをつくりたい

石井工業のある山武市は、千葉県の東部に位置する。
マスコットキャラクター・チーバくんでたとえるならば、ちょうど後ろ首のあたりだ。
(チーバくんは横から見た姿が千葉県の形をしている)

この山武の地で、山武杉の製材から建築までを一手に引き受ける
石井工業を営むのが、石井充さん・涼平さん親子だ。

石井工業が請け負った住宅のひとつ。奥に見える食器棚も山武杉を使用。「生まれも育ちもここだから、山武杉にこだわりたかった」と家主の佐瀬さん。

〈林 木工芸〉 組子細工の技術を使った モダンなデザインの 「木のあかり」

林 木工芸からつながる青森の森のはなし

青森県は、森林面積が県土全体の約66%を占めている森林県。
スギ、ヒバ、ブナ、アカマツなど多様な樹種が分布する県でもあるが、
このうちスギの人工林面積が一番多くを占めており、
その利用拡大が課題となっている。
青森県の木にもなっている青森ヒバは、
下北半島や、津軽半島に多く分布している。
近年は、保護の観点から植栽や間伐を行いながら、計画的に供給されている。

木工の技術を新たなフィールドに生かす

わずかな大きさの木片と木片を組み合わせ、
麻の葉、千本格子など、連続した模様を表現する組子細工。
木工技法のひとつで、古くから日本の建物のハレの空間を彩ってきた。
最古の木造建築といわれる奈良の法隆寺に使われているのだから、その歴史は長い。
そんな伝統的な組子細工の技術をデザインに組み込み、
照明のプロダクト〈木のあかり〉を生み出したのが、
山形県米沢市に工房を構える、〈林 木工芸〉の林 久雄さんだ。

取材に訪れたときには、組子を生かした壁画という大作を手がけていた林さん。

敷地のなかには工房とは別に〈木のあかりギャラリー〉が建てられ、
これまでつくった大小さまざまな木のあかりが多数並んでいる。
和の技術が使われていながら、ピラミッド型や四角柱など洗練されたかたちで、
丁寧に組まれた組子の隙間からこぼれるあかりの美しさもさることながら、
それ自体のたたずまいも、彫刻オブジェのよう。

価格も1万円代からと購入しやすい金額から揃う。

〈noshu〉 能登ヒバを使った、 オリジナル家具

noshuからつながる石川の森のはなし

石川県は、総面積のうち7割が森林面積を占める、森林資源豊かな土地。
岐阜県との県境に位置する、標高2702メートルの霊山・白山にはブナの天然林もある。
この森林面積の約9割が民有林となるが、
戦後の拡大造林の推進により、そのうち4割が人工林として造成されてきた。
樹種は、スギ71%、能登ヒバ(アテ)12%、マツ9%だが、
なかでも能登ヒバは、能登地域に植えられる石川県独特の樹種。
昔から建材としてはもちろん、木工品などにも使われてきた。
現在、この人工林の約6割が成熟期を迎えているといわれるが、
国内全体での木材自給率は低く、木が森に残されてしまうような状況が続いている。

能登半島の穴水町。能登ヒバが植林され、手入れされている森。

故郷の木に込められた思い

石川県内で製作されている〈noshu(ノーシュ)〉は、
能登ヒバの間伐材や端材活用を考え、2010年にスタートした家具ブランドだ。

母体となっているのが、金沢市内の〈樋爪住宅研究所〉。
同社は、建築士の樋爪憲三さんが代表となり、
地元の建築関係各社の出資によりつくられた住宅メーカーだ。
能登ヒバ、加賀のスギ、珪藻土や和紙など、
石川県産の素材を使った家づくりを推進している。
そのような住宅空間のなかで、同じく能登ヒバの集成材を使った家具が考案された。

金沢市内に建つモデルハウスを訪ねると、樋爪さんが迎えてくれた。

noshuの丸テーブルとイス。イスの座面部分に使われている布はペットボトルを再生してつくられている。

能登ヒバの集成材でつくられた本棚。

床や柱に石川県のスギや能登ヒバを使っているというモデルハウスは、
中央に薪ストーブが設置され、木のぬくもり感じる、とっても気持ちのよい空間。
ここには、noshuの家具も展示されている。

「コストの問題で外材を使用してきましたが、
私も石川県の素材を使いたいという思いはずっとありました。
樋爪住宅研究所を立ち上げ、
このモデルハウスをつくるのには県の木材を多く使いました」

そう話す樋爪さんが案内してくれたのは、本棚。
「アテの集成材でつくった本棚です。
集成材は、無垢材に比べると手頃なので活用を広げられないかと。
たまたまこの板が余ったので、家具をつくれないかと職人に相談したところから
noshuの家具づくりがスタートしました」

気になったのは、能登ヒバのことを “アテ”と呼ぶことだ。
「能登ヒバのことを地元では、昔から“アテ”と呼んでいるんですよ。
なぜかはわかりませんが、そう言いますね。
ほかには、“アスナロ”とも呼ばれています」と教えてくれた。
なるほど能登ヒバには、3つの呼び名があるらしい。
樋爪さんと一緒に、まずは能登ヒバの生産地である能登半島へと向かった。

樋爪住宅研究所の代表であり、建築士の樋爪憲三さん。

山梨県 「ヤマナシハタオリトラベル」 の富士山ネクタイがかわいい。 ネクタイの生産量日本一!

富士山の麓に、ネクタイの生産量が日本一を誇る織物産地があります。
その歴史は古く、
この地に初めて織物が伝えられたのは
紀元前219年という伝説が残っているそう。

そんな産地のハタオリ職人さんのグループ「ヤマナシ ハタオリトラベル」では
素敵なネクタイをたくさん紹介しています。

こちらは、三代続く
ネクタイ生地専門織物工場「渡小織物」さんの
富士山柄のネクタイ。

民話の挿絵のような富士山がかわいい!
かわいらしいデザインだけど、
伝統的な絹の重量感はそのままです。
このほかにも、「ヤマナシ ハタオリトラベル」には
ユニークなネクタイがたくさんあるんです。

羽田忠織物

〈オケクラフト〉 置戸町から発信する 豊かな北国の生活文化。

オケクラフトからつながる北海道の森のはなし

北海道の森林面積は、全道面積の71%にあたる554万ヘクタール。
道民ひとりあたりの森林面積は約1ヘクタールと、全国平均の約5倍を誇る。

道南から道央にかけてと道北・道東の海岸線には落葉広葉樹林が、
高山帯には常緑針葉樹林が広がる。
針葉樹と広葉樹が混じり合った針広混交林があるのも特徴のひとつ。

本州とは植生が異なり、針葉樹で多いのはエゾマツやトドマツ、カラマツなど。
スギやヒノキと違って木肌が白く、雪国らしい風合いを醸し出している。

冬の厳しい風雪に耐える北海道の森。

身近すぎて見過ごしてきた資源、暮らしと結びついた技を見直そう

「木はそる 
あばれる 狂う 
いきているから 
だから 好き」

これは、日本の工業デザイナーの草分け的存在である
秋岡芳夫さん(1920~1997)の言葉。
秋岡さんは、“暮らしのためのデザイン”をテーマに、
日本各地で手仕事やクラフト産業の育成のため尽力した人だ。

北海道常呂郡置戸町(おけとちょう)には、そんな秋岡さんが収集した暮らしの道具、
通称〈秋岡コレクション〉が収蔵されている。

秋岡さんの出身は熊本県。なのになぜ、置戸町へ?
それは、秋岡さんにとって置戸町が思い出深いまちだからだ。

昭和63年に開設された森林工芸館。オケクラフトの直売店舗と工房を持つ。

置戸町は、北海道東部、オホーツク海に注ぐ常呂川の最上流部に位置する山あいのまち。
その中心部から少し外れたところに、〈オケクラフトセンター森林工芸館〉はある。
ここでは、町内20の工房で製作された
さまざまなオケクラフト製品が展示販売されている。

〈オケクラフト〉とは、置戸町で学んだつくり手が、
北海道産材を使い、置戸町で製作する木製品のこと。
秋岡さんと町民たちの手によって開発された地域ブランドだ。

館長の五十嵐勝昭さんに、オケクラフトが生まれた背景を教えてもらった。

五十嵐館長のお気に入りはサラダボウル。シチューを入れたり、お菓子を入れたり、多様な使い方ができる。

「置戸町は古くから図書館や公民館を中心とした社会教育活動が盛んで、
町民の学習意欲が高いまちでした。
1980年、社会教育計画の重点目標の第一に
“地場資源の付加価値を高める生産教育の推進”が定められると、
図書館に木に関する本が置かれたり、公民館で木工教室が開催されたりと、
住民の木工熱が高まっていきます。
なんといっても、土地面積の8割以上が山林で、林業のまちでもありましたから」

ガッポ(空洞木)を使ったユニークな遊具づくりも行った。(写真提供:オケクラフトセンター森林工芸館)

伝統技術と 斬新なデザインが融合した、 陶器とは思えない薄さと軽さの器。 KIKOF前編

琵琶湖周辺の伝統技術を活かして。

滋賀県は、長い間、
京都の文化をバックヤードとして支えたものづくりが行われてきた歴史的背景もあり、
たくさんの工芸が伝えられてきた。
その伝統技術が活かされたテーブルウェアが、
直線的なデザインが特徴の「KIKOF(キコフ)」。
全体のクリエイティブディレクションを
グラフィックデザイン会社「キギ」が担当している。

KIKOFは、「Mother Lake Products Project」の一環として取り組まれている。
これは、琵琶湖のほとりで長年培われてきた伝統工芸の技術を活かして、
現代的なライフスタイルに合ったプロダクト製作を目指していくプロジェクトだ。

その中心人物が立命館大学の佐藤典司先生。
『「デザイン」に向かって時代は流れるー感性社会を制するパワーとは何か』を
上梓するなど、専門はデザインマネジメントだ。
パッケージや広告、空間など、デザインで差別化し、価値付けすれば、
売れ方や経営が変わる。デザインで、ビジネスや地域は動く。それを考える学問だ。

立命館大学の佐藤典司先生

立命館大学の佐藤典司先生。DML(Design Management Lab)の代表も務める。

〈キシル〉 日本が誇るヒノキを みんなが欲しいものに変えていく

キシルからつながる静岡の森のはなし

富士山や南アルプスなど高地の針葉樹林から、伊豆半島の広葉樹林や海岸林まで、
静岡県には多様な森林が広がっている。県土の約3分の2が森林で、
スギやヒノキなどの人工林は約2300平方キロメートルにおよぶ。
なかでもヒノキ人工林は全国第3位の面積を有している。
全国と比較して、木の成熟度が10年ほど早く、
人工林の約85%が、資源として利用可能な林齢41年生以上の木となっている。

日光が地面まで行き届き下草が充実している天竜美林。

“日本のものづくり”を表現するのは日本の木で。

広大な浜名湖のお隣りにちょこんと佇む佐鳴湖。
緑に囲まれた湖のほとりに、キシルのオフィスとショップがある。
鉄筋やコンクリートなど無機質な素材が効果的に使われ、
木造部分の質感が程よく際立つ。
建物のまわりには、イロハモミジやヤマザクラなど、四季折々の日本の木が植えてあり、
木のタグに記されたQRコードをたどると、それぞれの木についても知ることができる。
キシルという社名は、古代ギリシャ語で“木”を意味するXYLに由来。
そして、“木”を“知る”という意味も込められている。

木に親しんでもらえるよう、〈キシルの庭〉にあるすべての木に名前とQRコードが記されている。

〈鹿沼のすごい木工プロジェクト〉 鹿沼の伝統とデザイナーの 斬新なアイデア。

鹿沼のすごい木工プロジェクトからつながる栃木の森のはなし

北部の日光・那須の山々から南部の平野まで、
県土全体が水と緑の美しい自然に恵まれている栃木県。
森林は県土の約55%=約35万ヘクタールを占め、
そのうち針葉樹林が約17万ヘクタールである。
人工林においては5~10齢級(林齢21~50年)の森林が約半分を占めているが、
間伐などの手入れが遅れている。
こうしたことから、元気な森を次世代に引き継いでいくために、
平成20年度から〈とちぎの元気な森づくり県民税〉を導入し、
新たな森づくりにも着手している。
素材の供給量は、昭和46年の約150万立方メートルを最高として
年々減少の傾向がみられ、平成24年度は約40万立方メートルとなった。
これは全国13位である(平成24年度)。
今後成熟期を迎える栃木の森林資源を有効活用するために、
県では、県産材を安定供給でできる体制づくりをすすめている。

デザインの力でよみがえる、木工のまち、鹿沼

栃木県鹿沼市は、良質な日光材に恵まれ、400年近く続く木工のまち。
1636年の日光東照宮造営の際、
全国から優秀な職人が鹿沼に集められたことが始まりとされている。
江戸時代からの伝統を受け継ぐ〈鹿沼ぶっつけ秋祭り〉は、
木工技術の粋がこめられた彫刻屋台(山車のようなもの)がまち中を練り歩き、
多くの観光客を集めている。

そんな伝統ある鹿沼の木工業も、全国的な例に漏れず疲弊していた。
「バブル崩壊後、大きな企業からつぶれていきました。
地元の木工が、衰退どころか、絶滅するかもしれない」
と口調を強めるのは白石物産の代表取締役・白石修務さん。

そこで鹿沼の木工業者数社が協力し、注目度の高い鹿沼ぶっつけ秋祭りで、
鹿沼の木製品のすばらしさを広めようと考えた。
「鹿沼では木工が身近であるがゆえに、あまりありがたみがない」と、
まずは地元へのアピールが必要であると考えたのだ。

鹿沼市職員の市章や〈ツール・ド・NIKKO〉の賞状をスギでつくるなど、
“森と人をつなぐダボ”としての商品を製作している
木工メーカー〈栃木ダボ〉の代表取締役・田代直也さんも、
「より一般の方の目に触れるように提案しなければ」と感じていた。

2011年の鹿沼ぶっつけ秋祭り。
どうせならと、店舗=屋台もデザインしてオリジナルの〈杉屋台〉を製作、
そこにこの日のために開発された木製品を並べ、
製作者とデザイナー自らが屋台に立って販売した。
この〈屋台屋プロジェクト〉は好評を博し、以降、数回のイベント出展などを重ねる。
そしてさらなる継続的なものを目指し、
2013年、〈鹿沼のすごい木工プロジェクト〉へと発展した。

白石物産の工場内の一画にはSOU LABOというショップを併設。

頭の上にちょこんと乗せる小ぶりの〈日本の神々 お面シリーズ〉。

〈ラ・フォレスタ〉 大阪府森林組合が営む施設で 作家とともに木の魅力を伝える

ラ・フォレスタからつながる大阪の森のはなし

平野部を、北から北摂、生駒、金剛、和泉の各山系の森林が取り囲む大阪府。
その大阪府の森林総面積は約56,000ヘクタールで、
大阪府全体の約3分の1の面積を占める。
そのうちスギやヒノキなどの人工林が約27,000ヘクタール、
コナラやカシ類などの天然林が約25,000ヘクタールとなっている。

ワークショップで地元材と触れ合う

森の大切さや豊かさを、木工教室や地域材を紹介するコーナー、
ショップ、作品の展示などで感じさせてくれるのが、
金剛山の麓、奥河内にある南河内林業総合センター〈ラ・フォレスタ〉。
大阪府森林組合が運営している。

ここでは、ふたりの木工作家=小山亨さん(K Factory)と
林靖介さんが、それぞれアトリエを持ち、
地域材を使った創作活動やオーダメイド家具などを製作している。

ふたりの工房の間につくられた木工教室。こちらがワークショップの会場に。

〈岸家具店〉 地元自慢の金山杉でものづくり。 年輪の自然美が生む、 木口の格子模様

岸家具店からつながる山形の森のはなし

山形県の総面積の約7割は、森林が占めており、
水、木材、食料、信仰など、人々は昔から山の恵みと密接に関わってきた。
出羽三山、奥羽山脈などの高峰を有する山地は、
ブナやナラなど広葉樹が多い天然林で、
なかでも日本の山の原風景といわれるブナの天然林面積は日本一だ。
かつて人里に近い雑木林では、
薪や整炭の材料としてコナラやミズナラが多く活用されていた。
一方、人工林のなかで8割以上を占めるのがスギ。
まっすぐ生長するので寺社、家などの建材に向く。金山町の〈金山杉〉、
西村山地域(大江町、朝日町、西川町)の〈西山杉〉などの産地をはじめ、
スギは多く植林されているが、どこも木材需要が減少しているのが現状だ。
森林組合、工務店、建築家、職人が連携し、
地域材を使った住宅づくりが推進されている。

家具の販売店の店主から、木工職人へ。

山形県の北部に位置する最上郡金山町で
岸 欣一さんは奥さまの妙子さんとともに、
地元名産の金山杉を使った木工品をつくっている。
木口を組み合わせてつくる〈かなやま杉木口寄せプレート〉は、
オリエンタルだけどやわらかい雰囲気を持つ表情豊かな木製マット。
店頭に出すと、すぐに売れてしまう人気の品なのだそう。

かなやま杉木口寄せプレート。

金山町の風情あるまちなみは散策スポットにおすすめ。

自然豊かな山々を臨み、白壁と切妻屋根の古民家が連なる金山町の景観。
観光地としても知られる散策エリアのすぐ近くに岸家具店もある。
外観は、額装された風景画や可愛いらしい花壇が飾られている。
木工所とは思えない可愛らしい店構えに、
観光客がフラッと訪ねてくることもあるのだそう。
その理由を「もともと、うちは家具屋だったんですよ」という欣一さん。
なるほど、店内に入って1階を見渡すと、奥にタンスや棚が並び、
入り口付近に欣一さんがつくる木工品が販売されている。
「だから、うちの人はどこかで木工の経験があったわけでもなくて、
これらはすべて素人がつくったものなんですよ」と妙子さん。
それでも、半年先まで注文が入ってしまっているという欣一さんの木工品。
素人でもここまでつくれるのかと感心せずにはいられない。

こちらは木工を始めた当初、趣味でつくったという木のアタッシュケース。欣一さんはこれを持って会議に出ると仲間から好評を博したという。

〈讃岐の舎づくり倶楽部〉 伐ったヒノキを余すことなく使い、 暮らしを豊かにする家具に変身。

讃岐の舎づくり倶楽部からつながる香川の森のはなし

日本で一番面積の小さな香川県。
古くからマツを中心に生育していたが、
昭和40年代後半に起きたマツクイムシによる被害がきっかけで、
ヒノキを中心とした植林が行われるようになった。
他県に比べて土地がやせていることもあり、香川県の人工林の多くはヒノキ林。
植林としては全国的に後発のため、
古くからスギやヒノキを植林してきた他県と比べると、
全体的に人工林の樹齢が20年ほど若い。
建材として使える大きさに満たないものが多いため、
平成23年の外材への依存率は日本一。
ここ数年で、ようやく柱がとれるくらいの大きさに育ちつつあり、
県内の家や家具として活躍する場を静かに待っている。

若いヒノキが育つ香川の森。

使われない県産ヒノキに命を吹き込む

県内に広がる森林の90%を若いヒノキ林が占める香川県。
まだ若い森が多く、木造住宅の建材は、
県外や外国からの輸入に頼らざるを得ないのが現状だ。
土地がやせているために、ヒノキの生育が遅いのも特徴。
そのぶん、ゆっくりと年輪を重ねながら育つので、目の詰まった良質のヒノキが多い。
この特性はすぐに建材に使えなくとも、もっと身近な家具などに活用する余地はある。

伐採され、大黒柱などを取ったあとに残ったヒノキの上部。

一方で、間伐材の問題がある。
人工林の木々にまんべんなく雨や日光を行き渡らせるためには、
密集した立木を間引く間伐は欠かせない。
間伐された木は、家具などの材木として活用できる。
しかし、現実には間伐材そのものの需要が少ないため、
間伐作業の経費が出ないことからそのまま放置される場合が多い。
こうして山が荒れ果て、健康な木々が育たなくなる。
経済成長とエコの狭間で、間伐材は経済を生み出さない材木とされてきた。

なかでも、小径木間伐材と呼ばれる直径14センチ未満のものは、
若いヒノキ林が多い香川県内にひときわ多い。
この大きさが微妙なもので、最少サイズの柱すらとることができないという
少々やっかいな材木だ。そんな、どこにも使われない小径木間伐材を有効活用して、
県産ヒノキの家具を生み出しているのが、「讃岐の舎(いえ)づくり倶楽部」だ。

小径木間伐材を最大限に使うには、
一本の丸太から45×85ミリの断面の角材を取ることになる。
必然的に、つくれるものはその限られたサイズ内に収まるものとなる。
どっしりと構えた〈HINOKKI-CHAIR〉は、その大きさを最大限に利用した。
余分な加工は施さず、45×85ミリの木材を組み合わせてできたチェアだ。
座ると、もともとの小径木間伐材のサイズ感がイメージできる。
手すりも座面も背もたれも、小径木間伐材の厚みを
そのまま生かしているので重厚感がある。
積み上げた木材の境界線に凹形を掘るなど最小限のデザインを施した。

小径木間伐材の年輪の向きを交互に組み合わせることで反りを最小限に抑えたHINOKKI-CHAIR。

国産スギの端材を有効利用したバードハウス〈BEHAハウス〉。煙草の乾燥小屋の形を模した越屋根がかわいらしい。

イノベーションを 生み出す試作の場。 新しいものづくりを するひとが集まる拠点  DMM.make AKIBA 後編

前編:[ff_titlelink_by_slug slug='tpc-thi-tsukuru-037' append=' はこちら']

秋葉原でハードウェア・スタートアップの拠点としてオープンしたDMM.make AKIBA。
アイデアや技術を持った個人や小さな会社が製品をつくり、
投資を受けたり、コンサルティングを受けながら、
製品を世に出すところまでをサポートする、ものづくりの拠点だ。
「DMM.com」と、ハードウェア・スタートアップに投資する「ABBALab(アバラボ)」、
ノウハウを提供する「Cerevo(セレボ)」という3つの会社が出会うことで生まれた。
今回はそのキーパーソンのおふたりにお話を伺った。

小笠原治さん

ABBALab代表取締役の小笠原治さん。

DMM.make AKIBAは、どんな経緯で立ち上がったのか。
ABBALab代表取締役の小笠原 治さんにその全体像をお聞きした。

「これから新しいものづくりをするひとが生まれてくる。
その市場にどういうかたちで入るか。
そんな話をDMMのオーナーさんとしたところから始まりました。
まずは3Dプリントの出力サービスから始まり、
そこのプロデューサーをやらせていただくことになり、
そういうひとたちが集まれる場をつくってもいいかなということで、
2014年の7月に場づくりがスタートしました。
キーコンテンツとして若手のインディーズメーカーなどが集まる仕組みをつくり、
その目指すべき姿ということでCerevoさんが参画しました」

3社それぞれの役割としては、まずDMMが「場所」を提供、運営をしている。
そこにものづくりをしたいひとが相談に来たり、シェアオフィスに入居する。
実際にハードウェアのプロトタイピングのノウハウを提供するのがCerevo。
売ることまで見据えた量産試作に対してABBALabは資金を提供する。
さらにできあがった商品を実際にディストビリューション(流通)
させる段階になると、DMMが担うという連携だ。

「インターネットの世界で起きていたことが、
いまハードウェアの世界でも起きている」と小笠原さんは語る。
「部品とかソフトウェアが汎用的なものになると専門知識は必要なくなる。
それによって開発チームを横断していろんなひとが参加することが可能になるんです」
インターネットと家電、このふたつが交わり、人材が流動化することで
いま新しい波が生まれているという。
そのためにネットとハードウェアのひとが出会えるような場所を
プロトタイピングしたのがDMM.make AKIBAだ。

「まずつくってみよう。手を動かしてみよう、
つくりながら考えてみようということで、ホワイトボードから床やテーブルまで、
目に見えるものは全部自分たちでつくってみました。
アメリカの工場を解体するって聞いたので
廃材をコンテナ2個ぐらいガサっと持ってきて、
職人さんを呼んできてセルフビルドしました。
建築の業界も“モジュール化”しているんですね。
職人さんがいて現場で指示や判断できるなら、2か月くらいでつくれちゃう」
創造性が生まれる空間、ものづくりのスピリットが感じられる場づくりを心がけた。

扉にある「“OPEN、SHARE、JOIN”のメッセージにも
この場所への想いが込められている」と小笠原さん。
“OPEN”は、オープンソース、オープンマインド、オープンイノベーション
という意味です。“SHARE”とはシェアオフィス、シェアファクトリー。
場所をシェアすること、サーバをシェアすることだけでなく
知識やスキルをシェアすることも含まれます。
ひとりや1社では買えない機械を貸し出すことによって、
みなでつながることができる。それが“JOIN”です」

扉には「OPEN」「SHARE」「JOIN」の文字

扉には「OPEN」「SHARE」「JOIN」の文字が。

〈おりつめ木工〉 スギの森に新たな価値を。 スギの小割材を使った ユニークな家具。

おりつめ木工からつながる岩手の森のはなし

本州一の森林大国「岩手県」。森林面積1,174,000ヘクタール、
森林蓄積(森林の立木の幹の体積で木材として利用できる部分)は
220,000,000立方メートル。
ともに岩手県の森林資源をデータ化してみたものだが、
ここで示されるのは北海道に次ぐ森林大国としての姿だ。
本州で最大の面積を持つ岩手県。
その広大な県土の中央には、北の大河、北上川が南北を貫き、
西側には奥羽山脈、東側に北上高地の山並みで占められている。
岩手県の森林資源の豊かさは、このふたつの山並みの広さと
深さに支えられているといっても過言ではないだろう。
飛行機に乗って眺めてみるとよくわかるのだが、
いわゆる「平地」と呼ばれる地域は、北上川に沿ってわずかに存在するだけで、
県土のほとんどは、人工林、天然林を含めた「山また山」である。
こうした背景から岩手県では、県産材の地産地消や木質バイオマスといった
森林資源の活用促進に熱心に取り組んでいる。

小割材に価値を与えていく

岩手県雫石町を拠点に活動する木工作家、和山忠吉さんの工房には、
製材の現場で〈小割材〉と呼ばれる36ミリ角のスギ角材が積み上げられていた。
最近の和山さんにとって、この小割材が
家具やオブジェ作品をつくり上げる材料となっている。
一般的に、家具職人が使う樹種は、ナラやサクラ、クリといった広葉樹が多い。
木目が詰まった広葉樹は細く加工しても高い強度を誇り、
イスやテーブルなどの強度が必要な家具には適した素材とされてきた。
また、広葉樹ならではの変化に富んだテクスチャーや色味も
家具の表情を出していくうえで重要な要素だった。

製作を行う和山忠吉さん。とにかく木が大好き。四六時中、次につくる木工作品のアイデアを練っている。

中学卒業と同時に木工の現場に飛び込み、現在まで家具職人を続けてきた和山さんも
当然、家具の材料としての広葉樹の良さは承知済みだ。
過去においては、幾種類もの広葉樹を扱ってきた経験もある。

しかし、現在の和山さんがもっとも多く扱う素材がこの小割材だ。
町内の製材所から直接買い付けてくるという小割材は、一本4メートル。
それを一度に何十本と購入するのだが、そのなかには、白っぽい辺材、
赤みの強い芯材が区別なく混入し、また、大小の節もたくさん混じっている。
正直なところ、これらの材は、家具製作に適した素材とは呼べないだろう。
それでも、この小割材さえも和山さんの手にかかれば個性的な家具に生まれ変わるのだ。

岩手県雫石町内にあるおりつめ木工の工房。製作中の家具がたくさん並ぶ。

和山さんによると、現在の日本では、集成材を使う家具職人は存在しても、
こういった小割材を使い家具を製作する職人は皆無に近いという。
「家具はいい材料で手間ひまかけてつくるというのがこれまでの家具製作の流れでした。
もちろん、いまもそうです。私も少し前まではそうやってつくってきましたよ」
と和山さん。

スギの小割材。樹種は同じでもさまざまな性質を持つ。そのため、選別が大きな仕事になるという。

では、なぜ、和山さんはこの小割材を使うようになったのだろうか。

〈ヒノキクラフト〉自然に 「ありがとう」の気持ちをこめて、 ヒノキの家具を送り出す

ヒノキクラフトからつながる静岡の森のはなし

富士山や南アルプスなど高地の針葉樹林から、伊豆半島の広葉樹林や海岸林まで、
静岡県には多様な森林が広がっている。
県土の約3分の2が森林で、
スギやヒノキなどの人工林は約2300平方キロメートルにおよぶ。
なかでもヒノキ人工林は全国第3位の面積を有し、
全国と比較して、木の成熟度が10年ほど早く、
人工林の約85%が、資源として利用可能な林齢41年生以上の木となっている。

地元の森を元気にする、ヒノキの家具

徳川家康が築城し、晩年を過ごした駿府城のある静岡市。
かつて家康は全国から優れた職人を呼び寄せ
静岡浅間神社の造営や、駿府城の改修にあたらせた。
この土地が気に入り、そのまま住み着いた職人たちにより、
木工技術を生かした家具や仏壇、下駄などの生産が盛んに行われた。
そんな木工のまちとしての歴史を持つ静岡市で、ヒノキクラフトは誕生した。

駿府城のほど近く、南へのびる遊歩道を歩いていくと、
ヒノキクラフトのお店が見えてくる。
その名の通り、店内にはヒノキを使った家具が並び、
爽やかなヒノキの香りが漂っている。

優しい木肌のヒノキの家具が並ぶ店内は、香りもよく目にも優しい。

ヒノキクラフトのマスコットは、月の輪熊ならぬハッピーワグマ。

“自然第一主義”をキーワードに、安倍川沿いの小さな工房として2000年にスタート。
地元の山に人の手が入り、地元の森が元気になるようにと、
安倍川上流のヒノキにこだわり家具を生産している。

「なるべく環境負荷が少なく、少しでも自然にプラスになるような素材で
家具をつくりたいと思い、地元のヒノキに着目しました」
と話してくれたのは、代表を務める岩本雅之さん。
ヒノキクラフトを立ち上げる前は、
雑誌や広告のアートディレクターという経歴を持つ。
家具の設計から、カタログの製作まで、
デザインに関しては、岩本さんがすべてひとりで手がけている。

「エディトリアルなデザインも家具のデザインも出発点は同じです。
まずはそれを手にする人、使う人のことを考えてデザインしています」
使うお客さんもつくった職人さんも、さらには自然環境も含め、
みんなが幸せになるようなハッピーデザインを心がけているという。

元アートディレクターという経歴を持つ、代表の岩本雅之さん。

沖縄の木から生まれた 藤本健さんの木の器。 ありのままの、威風堂々とした たたずまい。

木の表情がやさしい、
威風堂々としたたたずまい。
藤本健さんの木のうつわは
なんともすがすがしくて、
大胆な魅力にあふれています。

藤本さんは愛知県に生まれ、
東京の木工所で経験を積んだ後に、沖縄へ移住。
現在は、沖縄県南城市にアトリエをかまえ、
沖縄の木を使用した作品をつくっています。
木工をはじめた当初は家具をつくっていたそうですが、
3年ほど前にうつわづくりに目覚め、
それ以来、うつわをつくり続けているそう。

はしが少しかけたお皿や、
いさぎよい切り口のボウルや、
少しゆがんだお椀。

それは、木のかたちにゆだね、
自然のフォルムを生かす製法から生まれます。
材料には乾いた木ではなく、水分を含んだ生木を使用。

木が乾燥していくにつれてゆがみが生まれていく、
その変化がおもしろいのだとか。
ある程度変形を予測し、最終的には木にゆだねる。
そのさじ加減から、絶妙なかたちが生まれます。

アカギやホルトノキなど、伐採された沖縄の木を使うのもこだわりのひとつ。こちらはガジュマルの木のお椀。

〈AJIM〉 船舶家具づくりのノウハウを メイドイン長崎に閉じ込める

AJIMからつながる長崎の森のはなし

長崎県は周囲のほとんどを海に囲まれる。
南北、そして西側の海には対馬や壱岐、
五島列島といった971もの島が浮かび、その数は日本一だ。
暖流の対馬海流が流入してくることから、九州内でも気候は温暖とされ、
雲仙などの一部地域を除き、寒暖差は小さい。

そんな長崎は、県の総土地面積の6割が森林だ。
海岸の低木群落から丘陵地の照葉樹林を経て、山地の落葉樹林へと続く。
代表的な県の木はヒノキ、スギ、ツバキ。
ヒノキ、スギにおいては人工林が約6割を占める。
戦後の拡大造林によってヒノキ植栽を進めたことから、
特にヒノキ林はスギ林の約2倍にあたるほど豊か。
日本の離島のうち、3番目に大きな島、対馬においては、
面積の9割を森林が占め、ヒノキの生産が盛んだ。

近年、木材利用可能な民有林の人工林が多くなってきたことから、
県では林業再生に向けた取り組みを推進するべく、
「ながさき森林づくり推進プラン」を策定。
森林資源としての利用と、多様な機能の持続性を両立させ、
豊かな森林づくりを目指す一方で、
森林・林業・木材産業、さらに農山村に関する施策を展開している。

また、対馬においては、戦後に植えられて収穫期を迎えたヒノキを
〈対馬ひのき〉と名づけ、ブランド化。島の特産物としてPRに力を入れている。
なかには、対馬ひのきに魅せられ、福岡・大川で修業後、
故郷の対馬に戻って作品づくりに打ち込む職人も現れた。

長崎県下の森林面積に対する森林率は約45%と全国平均よりも約20%低いが、人工林率は約66%と全国よりも約20%高い。

未知なる県産材に挑む。

長崎市内の中心地から車で約20分。市街地から遠く離れた山間に目的地はあった。
訪ねた先は〈川端装飾〉の事務所。もともと船舶用の家具を製作してきたが、
2000年に一般家庭向けの家具ブランド〈AJIM〉を立ち上げ、
以降、船舶家具づくりで培った技術をもとに、
高い強度と使い込むほどに感じる心地よさを兼ね備えたプロダクトを
次々と世に送り出している。

川端装飾の工場兼事務所。工場はこの場所以外に3か所あり、それぞれつくっている製品が異なる。

そんなAJIMが2014年3月、長崎の県木を用いた家具を発表した。
「3年前、国際家具見本市に出展した際、
イトーキのEconifa開発推進室の室長である末宗浩一さんと出会いました。
“長崎の県産材を使ったプロダクトをつくりたい”と打ち明けられたんです」
と川端装飾代表取締役・川端祐樹さんは、そのきっかけを教えてくれた。

ただ、それまでAJIMでは使用する木材はすべてウォルナットやメイプルといった外材。
「国産材、ましてや県産材で家具に向くものがあるとは夢にも思わず、
これまで特に探す努力もしてこなかったですね」と川端さんは言う。
県産材を使った家具をつくるというゴールだけが決まり、
具体的にどの木を使うべきか模索する日々が始まった。

爽やかな笑顔の代表取締役・川端祐樹さん。本社工場では弟さんが工場長を務めている。

事務所の1階にある本社工場の様子。ここでは常時4人の職人たちがイスの製造にあたっている。

製造はチーム制で、各工程はひとりの職人が責任を持って担当する。写真は木をおおよその形に切り出す作業。

〈KEM工房〉 子どもたちと、かつて子どもだった 人のための木のおもちゃ

KEM工房からつながる北海道の森のはなし

土地面積の71%が森林に覆われる北海道。
その広さは広大で、全国の森林面積の約22%を占めている。
日本を代表する豊かな森を擁する地域だ。

道土面積そのものが広く、道央・道南・道北・道東で気候や地形が異なることから、
トドマツやエゾマツなどの針葉樹、
ミズナラやカンバ、イタヤにブナといった広葉樹など、天然林の樹種が豊富。
山々は、四季折々で美しい表情を見せる。

植生の多様さから、紅葉の時季になると山は七色に染まる。

木でものをつくって、贈りものをするようにたくさんの人に届ける

「大切なものは、目に見えない」
サン・テグジュペリの名作『星の王子さま』の中に出てくる言葉だ。
この物語は私たちに、目に見えるものがすべてではないこと、
心で見ることの大事さを教えてくれる。

この作品から大きな影響を受け、心を育むものづくりを行う人がいる。
札幌にある〈KEM工房〉の煙山泰子さんだ。

煙山さんは、“子どもたちと、かつて子どもだった人への贈りもの”をコンセプトに、
30年以上、木のおもちゃをつくり続けている。

かわいいおもちゃが並ぶ工房で、優しく微笑む煙山さん。

煙山さんが木工を始めたのは、20歳の頃。
汚れた木材をカンナで削ると、美しい木目が現れ、
カンナ屑がくしゅくしゅっと丸まり、木の香りが漂った。
その瞬間、まるで恋に落ちるかのように、「私、木が好きだ」と感じたという。

「木で調味料入れや棚をつくると、母が
“わぁ、うれしい”って喜んで、毎日使ってくれたんです。
誰かのために木でものをつくることって素敵なことだな、
それを仕事にしたいなと思いました」

23歳のとき独立し、KEM工房を立ち上げた。
当時はまだ女性の木工家は珍しく、注目されたそうだ。

どんな製品をつくっていたのかって?

音を鳴らして赤ちゃんをあやすおもちゃ。ガラガラとも呼ばれる。

たとえば、〈カタカタNo.1〉。

赤ちゃんがいちばんはじめに出会うおもちゃだから、
木のものを使ってほしいと製作した。

煙山さんはこれをつくるために世界中のガラガラを研究。
余計なものを削ぎ落とし、ガラガラの原型ともいえる形にした。
針葉樹のエゾマツ、広葉樹のナラがあり、鳴らしてみると音の違いがわかる。

シンプルなので飽きられることがなく、
発売から何十年経っても変わらず売れ続けている。
もしかすると、この文章を読んでいる方の中にも、
“これ、家にあった”という人がいるかもしれない。

棒を押し出すと顔が飛び出し、引っ張ると隠れる。

こちらの〈イナイイナイ・バア〉もかわいい。
子どもに慣れていない新米のお父さんは、
照れくさくて“いないいないばぁ”ができないことが多い。
でも、このおもちゃを使えば、赤ちゃんをあやすことができる。
笑ってくれるとうれしい。もっと笑顔を見たくなる。
そうしていくうちに、自然と赤ちゃんとの接し方が上手になっていく。

「おもちゃは、人と人とのあいだにあるもの。
コミュニケーションを豊かにする道具だと思うんです」

おもちゃを開発していたとき、煙山さんの子どもは既に小学生になっていた。
「あの頃、こんなものがあったらよかったな」と思いながら創作していたそうだ。
子どもたちも「赤ちゃんだったらきっとこんなふうに遊ぶよ」
「こっちのおもちゃと組み合わせて、こんなこともできるよ」と、
アイデアを出してくれた。いわば、親子の共同作品、ということ。

まだ見ぬ誰かが喜んでくれるようにと、心を込めて試作する煙山さん。

そんなかけがえのない思い出が詰まった製品が、
全国の子どもたちにいまも愛されていることに、煙山さんは喜びを感じている。

京都で創業280年。老舗帯問屋「誉田屋源兵衛」にて河原温とドナルド・ジャッドの展覧会

京都室町で、創業280年を迎える帯問屋の老舗、
誉田屋源兵衛(こんだやげんべえ)。
現在は十代目である山口源兵衛さんが、
代々受け継がれてきた技術とともに、
「革新」の精神をもって、業界に新風を巻き起こす
作品を発表しています。
コシノヒロコと隈研吾との「襲一墨象色象展」や、
ユナイテッドアローズ、画家・松井冬子さんら、
アーティストとのコラボレーションも多数。

2月21日から、そんな誉田屋源兵衛の店舗を会場にした
現代アート展「温故知新 - On Kawara & Donald Judd」が開催されます。
コンセプトは「コンセプチュアル及びミニマル・アートと和の空間の融合」。
主催の「現代芸術振興財団」オーナーの前澤友作氏が保有するコレクションから、
コンセプチュアル・アーティストの第一人者として世界的に知られる河原温と、
ミニマル・アートの巨匠、ドナルド・ジャッドの作品の一部を公開します。
昨年7月に亡くなった河原温による、「いま」を残すために
日付を描いた絵画「デイト・ペインティング」と、
ドナルド・ジャッドによる、極限まで要素を切り詰めたミニマル・アート。
和の空間において、コンセプチュアル・アートとミニマル・アートの調和が
どのように体現されるのか、みどころです。

2014年10月に東京・目黒ハウスで開催された展覧会の様子

■現代芸術振興財団 現代アート展「温故知新 - On Kawara & Donald Judd」
日程:2015年2月21日(土)〜2月24日(火)
時間:11:00〜18:00
会場:誉田屋源兵衛
住所:京都市中京区室町通三条下る
TEL:075-254-8989
入場料:無料

〈kikito〉 びわ湖の森から生まれる紙が びわ湖を美しくする。

kikitoからつながる滋賀の森のはなし

滋賀県といえば日本で最大の面積と貯水量を誇るびわ湖。
豊かな水を育む背景には県土の約50%を占める森林が大きく関わっている。
びわ湖を囲むようにそびえ立つ山々に降った雨が森林の土壌に貯留する。
121本の一級河川が流入するびわ湖は森林の水源かん養機能によって成り立っている。
そんな湖国の森林はスギ、ヒノキなどの人工林が43%、
アカマツ、コナラ、ブナなどの天然林が53%、竹林が4%。
森林全体の92%以上が民有林のため
林業の低迷で労働力や費用が十分に確保できない状況で、
間伐などの手入れが行き届いていないのが現状だ。
木と木が密集し、地表面に太陽光が差し込まない森林は
保水力が落ちていくため、県をあげての事業も始まっている。
平成18年からは〈琵琶湖森林づくり県民税〉を設けて活用し、
間伐などを行う〈環境重視〉と、森林の大切さを普及する〈県民協働〉の
ふたつの視点から〈琵琶湖森林づくり事業〉を実施。
びわ湖と人々の暮らしを支える森づくりが進められている。

森林はあるが地域材が使えない現実。

びわ湖の東側に位置する滋賀県の湖東地域。
42%を森林が占めているこの地域では
地域材を使って家を建てたいという声が増えている。
そこで工務店が地域材を探し始めたのだが
まったくといっていいほど手に入らない現実を目の当たりにする。
理由は森林面積のうち行政が所有している割合はわずか24%。
残りは管理を個人や民間の山主に委ねられた民有林だからだ。
現在の木材市況価格では、森林所有者が伐って運び出すコストを差し引くと
赤字になってしまうため、できれば売りたくない、と考える山主がいるのは当然。
そんな湖東の木々と人々の関係を再構築するために誕生したのが「kikito」だ。

有限会社坂東林業取締役であり一般社団法人kikito代表理事を務める大林恵子さん。

お話を伺った大林恵子さんが取締役を務める坂東林業をはじめ
湖東地域を中心に、びわ湖の森に携わる企業22団体、約35名が集まり
地域の森林や木材流通の問題を一緒に考えることを目的にkikitoは結成された。
構成団体の主な業種は森林保有者、林業・木工事業体、
工務店、デザイン事務所、行政などさまざま。
全員本業を持ちながら活動をしている。

kikitoメンバーの堤木工所では、滋賀県産のヒノキ間伐材を使った小・中・高等学校用の机と椅子やバインダーを製造。

kikitoが取り組んだのが、地域材を購入しストックすることだ。

「スギやヒノキは伐って製材し、約1年太陽と風で天然乾燥させて
ようやく建築材になるんです。
1年間はまったくお金にならないうえ、1年後に売れる保証もない。
地域材をストックするリスクは大きすぎます」と大林さん。

そこでkikitoをひとつの森林工場ととらえ参加団体の出資金で地域材を購入。
その地域材を〈kikito材〉と名づけブランド化し製材から加工まで自分たちで行うことで
輸送や市場コストを削減し、ストックリスクを分散させている。
また、森林所有者に対して持続可能な施業を行えるように
木材市況にとらわれない原木価格を割り出している。

kikito材を使ってつくる〈みんなの物置〉。kikitoメンバーの永源寺森林組合が製材・乾燥ストック、川村工務店が加工したもの。

ストックしている〈kikito材〉を循環させる商品のひとつに〈みんなの物置〉がある。
kikitoメンバーの川村工務店が考案したもので、プロの手を借りなくても、
誰でも簡単に組み立てることができるのが特徴だ。
工具はハンマーのみ。3人で順番通りに組み立てていけば、
1日で完成できる手軽さ。また物置だけでなく、趣味の部屋や店舗としてなど
アイデア次第でさまざまな用途に利用できることから続々と注文が増えている。
地域材を使ううえ、みんなで力を合わせてつくると愛着もひとしおだ。

総額5億円の機材で、 ハードウェア・スタートアップ を支援する。 DMM.make AKIBA 前編

「ものづくり」のかたちを根本から変える拠点

2014年11月、東京・秋葉原にハードウェア・スタートアップを支援する
ものづくり施設「DMM.make AKIBA」がオープンした。
3Dプリントやレーザーカッターや各種検査機器など、
総額5億円の機材が使えるものづくり拠点だ。
近年、3Dプリントの登場で物の生産のあり方が大きく変わり、
従来企業でしかできなかった製品が個人で作れるようになった。
いわゆるMAKERSムーブメントともよばれる動きだ。
ものづくり”のかたちを根本から変える「第三の産業革命」とも言われる。

このDMM.make AKIBA は、デジタルツールをはじめ、
検査機器など各種機材150点を自由に使えるほか、
シェアオフィスや、ライブラリー、共用カフェスペース、
イベントなどでオープンイノベーションを促す。
さらに各種コンサルティング、投資家による支援の仕組みなど、
ものづくりのスタートアップをサポートする機能を備えているのも特徴だ。
誰もが製造業の起業家になれる時代のプラットホームである。

フリーアドレスのシェアスペース

フリーアドレスのシェアスペース。入居者は自由にデスクワークに使える。ワークショップやイベントにも使える。壁はホワイトボードになっている。プロジェクターで情報を投射。

ハードウェア・スタートアップの拠点

DMM.make AKIBA総支配人の吉田賢造さんにお話を伺った。

「テーマとしてはハードウェア・スタートアップを
ここから生み出そうということで始めました。
3Dプリントなどを活用したものづくりが手軽にできるようになり、
これからハードウェアがのびてくるんじゃないかと。
その拠点として提供できるスペースとして、
ものづくりのまちである秋葉原にオープンしました」
「こういう施設はいろいろあるけれど、
機材をここまでそろえているところは日本では初。世界でもまれだと思います」

もともとDMM.comはEC、物流、決済まわりなど、
B to CのWEBサービスを手がけてきた。「DMM.make AKIBA」は
DMM.comとしてのオリジナル商品の開発を目指すこともねらいにあるという。

「自分たちの気持ちとしてはここから面白いガジェットであったり、
スマートフォンツール、世界で展開できるようなものを生み出したい」と吉田さん。
そのための相談窓口をつくり、投資プログラムやビジネススキーム、
スタートアップのノウハウを提供している。

「新たにハードウェア・スタートアップを考えているひとに、
できない要因をクリアしていく。それは機材の提供に始まり、
場所の提供、お金がない場合は投資プログラムを紹介する。
どうやってつくっていいかわからないというひとには
製品開発のノウハウを提供する。できない要因をクリアしていくんです」

現在、事前登録された会員が300名ほど。
投資を受けてスタートしたプロジェクトも10件ほどあるという。

吉田賢造さん

DMM.make AKIBAの総支配人、吉田賢造さん。

Hender Scheme初の書籍 「Manufacture」。 支えるのは浅草の職人さんたちの 確かな技術。

メイド・イン・ジャパンにこだわり、
スタイルのある上質な革製品を作りつづけるブランド、
「Hender Scheme(エンダースキーマ)」。
エイジングを前提とした、
ヌメ革を使ったオールレザーのシューズなど、
独特の世界観で多くのファンを持つブランドです。
彼らのものづくりの拠点は、東京・浅草。
エンダースキーマの独創的でミニマムなアイデアの実現は、
浅草の職人さんたちの確かな技術が支えているんです。

そんなエンダースキーマが、初の書籍「Manufacture」を作りました。
ヌメ革を使用した表紙からして、1点ごとに個体差があるというこだわりぶり。
紹介されているのは、職人さんたちと、その道具。
絶妙な”加減”を支える、道具のちょっとした工夫。
飾らない表情と雑然とした工場の様子から、
ものづくりの町に流れるあたたかさと緊張感が伝わってきます。

表紙、オビにいたる革製の装幀は、富山の山田写真製版所と試行錯誤を重ねて実現

本の後半では、エンダースキーマのプロダクトの大きな魅力の
ひとつでもある、革の経年変化を追っています。
職人たちの手から手へ、そしてひとりひとりの持ち主に渡っていく
ストーリーを静かに語る一冊です。

エンダースキーマ「Manufacture」
価格:4,500円(税抜)
写真:三部正博
アートディレクション・デザイン:熊谷彰博
企画:柏崎亮、熊谷彰博
印刷:山田写真製版所
500部限定
※先行販売していたユトレヒト
エンダースキーマの全国の卸先にて発売になります。