連載
posted:2015.2.6 from:石川県金沢市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
writer profile
Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。
credit
撮影:片岡杏子
石川県内で製作されている〈noshu(ノーシュ)〉は、
能登ヒバの間伐材や端材活用を考え、2010年にスタートした家具ブランドだ。
母体となっているのが、金沢市内の〈樋爪住宅研究所〉。
同社は、建築士の樋爪憲三さんが代表となり、
地元の建築関係各社の出資によりつくられた住宅メーカーだ。
能登ヒバ、加賀のスギ、珪藻土や和紙など、
石川県産の素材を使った家づくりを推進している。
そのような住宅空間のなかで、同じく能登ヒバの集成材を使った家具が考案された。
金沢市内に建つモデルハウスを訪ねると、樋爪さんが迎えてくれた。
床や柱に石川県のスギや能登ヒバを使っているというモデルハウスは、
中央に薪ストーブが設置され、木のぬくもり感じる、とっても気持ちのよい空間。
ここには、noshuの家具も展示されている。
「コストの問題で外材を使用してきましたが、
私も石川県の素材を使いたいという思いはずっとありました。
樋爪住宅研究所を立ち上げ、
このモデルハウスをつくるのには県の木材を多く使いました」
そう話す樋爪さんが案内してくれたのは、本棚。
「アテの集成材でつくった本棚です。
集成材は、無垢材に比べると手頃なので活用を広げられないかと。
たまたまこの板が余ったので、家具をつくれないかと職人に相談したところから
noshuの家具づくりがスタートしました」
気になったのは、能登ヒバのことを “アテ”と呼ぶことだ。
「能登ヒバのことを地元では、昔から“アテ”と呼んでいるんですよ。
なぜかはわかりませんが、そう言いますね。
ほかには、“アスナロ”とも呼ばれています」と教えてくれた。
なるほど能登ヒバには、3つの呼び名があるらしい。
樋爪さんと一緒に、まずは能登ヒバの生産地である能登半島へと向かった。
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能登森林組合にいただいた冊子『能登のあて』によると、
能登ヒバは、〈アスナロ〉という木の変種〈ヒノキアスナロ〉という学名を持ち、
一般的には、ヒバと呼ばれる樹種と同じ木だといわれている。
なぜ能登では、アテ(档)と呼ばれるようになったのかというと、
気候風土が能登ヒバを育てるのに適し“当たった”との説があるらしいが、
はっきりとした真相はわかっていないそうだ。
さらに、アテのなかでも性質の違いから、
クサアテ、マアテ、エソアテ(スズアテ)、カナアテの、
4種に分けられるというから、なんだか面白い。
加工されるものによって使い分けるという。
能登ヒバは300年ほど前から能登で植林され始めたというが、
造林が盛んになったのは、戦後。大正時代の15倍というから驚く。
「能登ヒバは、丈夫で耐久性にも富み、害虫や腐朽にも強く抗菌力もある。
建材として非常に優れた木材なんです」
それゆえ、能登ヒバの市場価格はスギとくらべると約2倍。
地元産業の核として発展してきたが、
昭和50年代以降は下がり続け、良材といわれながらも、
「全国の銘木に比べると、まだまだ知られていない。もっと活用される道があるはず」
と樋爪さんは、これまでも能登ヒバを使った小学校建築を手がけたり、
集成材を住宅に生かしたり、積極的に能登ヒバを取り入れてきた。
自身も能登の出身という樋爪さんは、
幼いころからこのアテという木材に親しんできたという。
「故郷の木材の活用をもっと広めたい」という思いが、
noshuには込められているのだ。
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続いて訪れたのは、能登ヒバを多く扱っているという製材所の〈鳳至木材〉。
戦後の昭和21年創業以来、能登の木材をずっと見つめてきた。
いまも現役という代表の四住和雄さん。
「アテはアトピー・ぜん息の原因となるダニ・カビの増殖を防ぐ、
ヒノキチオールを多く含む木材だというデータがあります。
最近は、土台や浴室のほかに、子ども部屋に使いたいという
新たな需要が生まれていますよ」と教えてくれた。
やっぱり地元の人は、みなアテと呼ぶらしい。
鳳至木材で出た能登ヒバの端材などが金沢市内で集成材に加工され、
noshuの家具へと使われていく。
家具製作を手がけるのは、
内灘町に工房を構える〈ナカムラ木工〉の中村信吾さんだ。
普段から新築住宅のつくり付け家具などを製作し、
樋爪さんとも、数年来の仕事仲間だ。
「椅子をつくるのは大変でしたね」と話す中村さん。
座り心地やシルエットなど、樋爪さんと相談しながら、仕上げていったという。
これまでnoshuでは、イス、テーブル、勉強机、座卓、
スツール、ベッド、ソファイスなど、さまざまなものがつくられてきた。
現段階では、受注製作のみの展開だが
樋爪さんはインテリアデザイン専門の若いスタッフを採用するなど、
さらなる発展を目指している。
地元の資源を地元の職人たちの手で加工し、流通させていく。
故郷を思う樋爪さんの思いを乗せたnoshuの今後が楽しみである。
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Information
noshu/株式会社樋爪住宅研究所
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