連載
posted:2015.2.4 from:北海道常呂郡置戸町 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
writer profile
Emiko Hida
飛田恵美子
ひだ・えみこ●茨城出身、神奈川在住。「地域」「自然」「生きかた・働きかた」をテーマに、書くことや企画することを生業としている。虹を見つけて指さすように、この世界の素敵なものを紹介したい。「東北マニュファクチュール・ストーリー」の記事も担当。
credit
撮影:藤原かんいち
「木はそる
あばれる 狂う
いきているから
だから 好き」
これは、日本の工業デザイナーの草分け的存在である
秋岡芳夫さん(1920~1997)の言葉。
秋岡さんは、“暮らしのためのデザイン”をテーマに、
日本各地で手仕事やクラフト産業の育成のため尽力した人だ。
北海道常呂郡置戸町(おけとちょう)には、そんな秋岡さんが収集した暮らしの道具、
通称〈秋岡コレクション〉が収蔵されている。
秋岡さんの出身は熊本県。なのになぜ、置戸町へ?
それは、秋岡さんにとって置戸町が思い出深いまちだからだ。
置戸町は、北海道東部、オホーツク海に注ぐ常呂川の最上流部に位置する山あいのまち。
その中心部から少し外れたところに、〈オケクラフトセンター森林工芸館〉はある。
ここでは、町内20の工房で製作された
さまざまなオケクラフト製品が展示販売されている。
〈オケクラフト〉とは、置戸町で学んだつくり手が、
北海道産材を使い、置戸町で製作する木製品のこと。
秋岡さんと町民たちの手によって開発された地域ブランドだ。
館長の五十嵐勝昭さんに、オケクラフトが生まれた背景を教えてもらった。
「置戸町は古くから図書館や公民館を中心とした社会教育活動が盛んで、
町民の学習意欲が高いまちでした。
1980年、社会教育計画の重点目標の第一に
“地場資源の付加価値を高める生産教育の推進”が定められると、
図書館に木に関する本が置かれたり、公民館で木工教室が開催されたりと、
住民の木工熱が高まっていきます。
なんといっても、土地面積の8割以上が山林で、林業のまちでもありましたから」
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木工加工ができる地域産業開発センターも誕生し、
1983年には講演会の講師として秋岡芳夫さんを置戸町に招いた。
秋岡さんは、“身近すぎて見過ごしてきた資源、暮らしや生産と結びついた技、
これらをもう一度見直すところから新たな生活文化を創造しよう”
“都会の人が羨むような北国文化をここから発信しなさい”と説き、
町民に感銘を与えたという。
「講演会後、秋岡さんと木工好きの若者たちは場所を移し、
車座になって夜遅くまで“木とまちづくり”について歓談したそうです。
秋岡さんの提案は、“木工ロクロに挑戦してみたらどうだろう”というものでした」
秋岡さんの計らいで、東北農山村で
裏作工芸(閑期や週末、夜間などを利用して行う工芸)を指導していた
時松辰夫さんが来町。木工ロクロの技術講座が開かれた。
木工ロクロ技法とは、高速で回転させた木材に刃物を当てて削り、
製品をつくる技術のこと。
町民にとって、木工ロクロを見るのは初めての経験。
荒削の木材から魔法のように器が削りだされていくと、歓声があがった。
「正月の雑煮を自分でつくったお椀で食べよう」を合言葉に、
町民たちはものづくりに没頭したという。
置戸のクラフトであることから「オケクラフト」と命名した秋岡さんは、
半年後の11月に、東京・日本橋高島屋の展覧会で
「白い器オケクラフト」としてデビューさせた。
このとき材料に選んだのは、北海道を代表する木であるエゾマツやトドマツのアテ材。
傾斜地に生えていたために一方に比重がかかり、左右非対称に成長した樹木の材で、
建築材には使えず、チップや燃料としてしか利用されていなかった。
しかし、アテ材は年輪が緻密で硬く、木目の濃淡がはっきりしているという長所もある。
「漆器を見慣れている本州の人からすると、
木肌が白い木製品自体が新鮮に映ったのだと思います。
木目が繊細で美しく、しかも軽い。
展覧会では“新しいデザインの生活提案だ”と大好評だったといいます」
まさに、“身近すぎて見過ごしてきた資源”が見直された瞬間だった。
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展覧会の評判を受け、町内ではオケクラフトの製作を本業にする人が現れ始めた。
置戸町もその動きを奨励し、つくり手を養成する研修制度もスタート。
現在までに49人が研修を受け、町には20の工房がある。
森林工芸館内の工房で製作を行う志鳥光一さんも研修を受けたひとり。
置戸町で生まれ育ち、ものづくりが好きだったことからこの道へ進んだ。
「オケクラフトの器は軽いので、力が入りづらい高齢者や
手が不自由な人からも喜ばれています。
注文に応じてサイズを変えたりもしているんですよ」と志鳥さん。
つくり手の提案で、置戸町の赤ちゃんにオケクラフトの食器セットを贈る
〈すくすくギフト〉という取り組みも一昨年から始まった。
ボウル、椀、皿、カップ、スプーン、トレイの6点セットで、
6人のつくり手が自分の得意なものを製作している。
志鳥さんが担当したのはお椀。
「子どももおかあさんも使いやすいお椀」を目指したという。
置戸町では学校給食でもオケクラフトの食器が使われている。
子どもたちは日常的にオケクラフトに親しみながら育っていくというわけだ。
そのことに、つくり手たちは誇りを感じている。
オケクラフトが生まれて31年。時代の変化とともに、
エゾマツやトドマツ以外の木材を使う人、器以外のものをつくる人も現れ、
製品にも多様性が出てきた。
冒頭で掲げた秋岡さんの言葉のとおり、木は生きているから、
そるし、あばれるし、狂う。樹種が同じでも、木目や木肌、性質は一本一本違う。
オケクラフトのつくり手たちは、
身近な木々と向き合ってその魅力を最大限引き出し、暮らしの道具を製作している。
そうやってつくられた製品は、使う人の気持ちもほんの少し豊かにしてくれるだろう。
「暮らしの中に一点でいいから取り入れて、木のぬくもりや優しさを感じてほしい」
と五十嵐さんは話す。
「日本人はみんな、木に囲まれて暮らしています。
都会でも少し離れれば森があるし、海のそばでも振り返れば山がある。
ただ、改めて木について考える機会というのは少ないのではないでしょうか。
私たちはこうして手仕事で木に付加価値をつけて提供することで、
木の良さ、木のある暮らしの良さを伝えていきたいと思っています」
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木のある暮らし 北海道・オケクラフトのいいもの
Information
オケクラフトセンター森林工芸館
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