連載
posted:2015.2.3 from:静岡県浜松市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
writer profile
Nobuhito Yamanouchi
山之内伸仁
やまのうち・のぶひと●編集/執筆。東京の下町で生まれ育ち、2010年に南伊豆へ移り住む。山のふもとで薪割りしたり、本をつくったり、子育てしたり……。目下の目標は、築100年を超える母屋の改築。
credit
撮影:岩間史朗
広大な浜名湖のお隣りにちょこんと佇む佐鳴湖。
緑に囲まれた湖のほとりに、キシルのオフィスとショップがある。
鉄筋やコンクリートなど無機質な素材が効果的に使われ、
木造部分の質感が程よく際立つ。
建物のまわりには、イロハモミジやヤマザクラなど、四季折々の日本の木が植えてあり、
木のタグに記されたQRコードをたどると、それぞれの木についても知ることができる。
キシルという社名は、古代ギリシャ語で“木”を意味するXYLに由来。
そして、“木”を“知る”という意味も込められている。
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「“日本のものづくり”を家具で表現したかったんです。
それを外国の木でつくるのはどうかと思ったんですよ」
と語るのは、キシル代表の渥美慎太郎さん。
キシルをスタートさせるにあたって、
日本の木を知るために日本全国あちこち回って木について学んだという。
「森林組合から職人さんまで木に関するところならどこにでもお邪魔して、
いろいろと教えてもらいました。
日本の木が使われなくなり、山が荒れている現状も知りました。
少しずつ木のことを調べていくうちに、不思議とまた浜松につながったんです」
浜松市の北部にはスギやヒノキの名産地としてお馴染みの天竜地域が控えている。
天竜のヒノキ人工林は全国3位の面積を有し、伐り頃のヒノキが豊富にある。
市内にはヤマハ楽器やカワイ楽器などがあり、
楽器生産の中核を担ってきた木工の歴史もある。
昭和の末頃には建具屋さんが中心となって、
ヒノキの家具づくりに挑戦していた時期もあるという。
東京と大阪の中間という、物流においても有利なエリアだ。
そんな浜松の地の利を生かして誕生したキシル。
天竜のヒノキを中心に、ヤマザクラやスギなど日本の木にこだわり家具を展開している。
いまでは、看板商品の学習机の注文が数ヶ月先まで埋まっているという人気ぶりだが、
家具づくりを始めるにあたって問題はいろいろとあった。
「山には木がたくさん余っているというのに、
いざ始めてみると材料の入手がネックになったんです」
木材として流通しているヒノキは建材用のもの。
家具用の材とは規格がまったく異なる。
含水率が10%近くも違い、家具にするには反りや縮みが大きすぎる。
製材の仕方やサイズも異なる。
製造の段階においても「ヒノキでつくるのは難しいから」「前例がないから」と
木工所や職人に敬遠されることも多かったという。
それでも諦めず「ヒノキをみんなが欲しいものに変えたい」と、各所を訪ねて回った。
その想いに地元浜松の業者も徐々に共感し始め、手を差し伸べてくれるようになった。
キシルのためにヒノキ家具用の製材や乾燥を請け負ってくれる製材所が現れたり、
ヒノキの加工機械に詳しい木工所を紹介してくれたり。
木工職人の阿部敏勝さんもキシルのよき理解者のひとり。
「木を大切にする気持ち、ものづくりの考え方に共感した。
もう歳だからいつまで続くかわからないけど(笑)、ずっとキシルを手伝っていきたい」
と、熟練した技術が必要となる細かな作業を担当してくれている。
キシルは、いまでは自社で製材所や生産工場を抱えるまでに成長し、
地域の牽引役として頼られる存在になってきた。
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「この机、いい匂いがするんだよ」と、
自慢の机を紹介してくれたのは、浜松に住む小学3年生の詩織ちゃん。
キシルのお店で販売している〈土屋鞄〉のランドセルを選びに訪れたところ、
学習机にも一目惚れ。それ以来、キシルの学習机やイスを愛用している。
傷や汚れも思い出のうち。使っていくうちに自然と変化する色合いにも愛着が増し、
いまでは机のまわりが一番のお気に入りの場所なのだとか。
「ヒノキの無垢の机というと傷や汚れのことを気にする大人がたくさんいますけど、
子どもは『気持ちいい~』とか『いい匂い』とか、
ダイレクトにすごくいい反応をしてくれるんですよね。
自然環境のことや山が荒れている状況を伝えるにも、
ただ説明するより、子どもたちに使ってもらって、
理解してもらうほうが未来につながる気がするんですよ」
平成14年設立のキシル。その当時の小学生は大人になり始めている。
そして、キシルも子どもたちとともに成長していきたいという。
学習机の注文が多く、ほかの商品開発になかなか手が回らない現状だが、
生産体制を拡充し、成長した子どもたちに向け、大人用家具も増やしていく予定だ。
「海外にもヒノキの家具をPRしていきたい。
ちょっとおこがましいですが、日本でいちばん日本の木を使う会社になりたいんです」
国の政策により、各地で伐採事業は積極的に行われている。
しかし、ただ伐って整備するだけでは、その場しのぎに過ぎない。
木を“みんなが欲しいもの” “必要とされるもの”に変えることで、
山や森、そしてそこに関わる人々が継続的に循環していく。
キシルは、木を無理なく循環させるモデルケースとなるべく、
ヒノキをはじめ、日本の木にこだわり家具をつくり続けていく。
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キシル
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