〈ウッドメイクキタムラ〉 極上の「尾鷲ヒノキ」を生かす 元大工の飽くなき挑戦

ウッドメイクキタムラからつながる三重の森のはなし

鈴鹿山脈や大台山系をはじめ、県土面積の3分の2を占める森林が、
土砂災害や地球温暖化を防ぎ、多様な生物が生きる環境を守ってくれている三重の森。
しかし、そのうちの62%である人工林が、木材価格の低迷や
林業の衰退により手入れ不足で、現在、機能の低下が危惧されている。
そこで県は、認証材である〈三重の木〉や〈あかね材〉の存在を広めながら、
公共施設の木造化、森林環境教育の取り入れ、〈みえ森と緑の県民税〉の導入など、
多彩な取り組みに力を注ぎ、災害に強い森林づくりと、
県民全体で森林を支える社会づくりを目指している。
なかでも2014年には、木質バイオマスを利用した発電所の運転を開始。
虫食いなどの被害材や廃棄材を燃料用チップとして有効利用するだけでなく、
それらの木材を生産するための人材雇用を拡大するなど、
林業全体が活性化するための方策づくりに挑戦している。

元大工、裸一貫で工房を開く

三重県南部、紀勢地方にある紀北町海山(みやま)。
地名の通り、海も山もそばにあるこの場所で、
約20年間、木製品づくりを続けている〈ウッドメイクキタムラ〉。
工房を立ち上げたのは、このまち生まれの北村英孝さん。
なんでも、少年時代は「どうもならんことばっかりしょった」悪ガキで、
16歳の頃、学校の校長先生の一声で親方のもとへ送られた元大工だそう。

ぎっしりと木材が立ち並ぶ工房。ヒノキの香りと北村さんの愛嬌ある方言に癒される。

隣町の尾鷲市で、きびしい親方のもとに6年勤めて、名古屋へ。
「大工職人としては25年やったかな。
時代の流れでプレハブ建築が増えてきて、ベニヤを使う機会が多なってね。
いまこそ規制が厳しいけど、当時のベニヤは扱ううちに目が痛うなった。
ホルムアルデヒドが嫌で、天然の木でできる仕事をしようと思うて。
裸一貫で工房を始めたんさ」

日々、この工房で、北村さんと“若い職人”の堀内敏彦さんがものづくりに励む。

現在は住宅建築こそ請け負わないが、可動式の小屋やシステムキッチン、
住宅のリフォームなど、“ちいさな大工仕事”は手がけている。
さらに、テーブルやイスなどの家具、建具、クリップボードや名刺入れなどの小物まで、
オーダーによってさまざまな製品を生みだしている。

左はスマートフォンスタンド。奥は「面白半分でつくった」大工さんの道具箱。表示板は、試作中の新作。蓄光(夜光塗料)が埋め込まれている。

アイテムは多彩だけれど、使う木材はただひとつ。
地域のブランド材〈尾鷲ヒノキ〉だ。
それもすべて、江戸時代後期から紀北町で林業を営む
〈速水林業〉から仕入れるFSC認証材のみ。
FSC認証とは、国際的機関であるFSCによる評価のひとつで、
環境・社会・経済のすべての面において
適切に管理された森林から伐りだされた木材にのみ与えられる証明のこと。
速水林業は、そんなFSC認証を日本で初めて取得した先駆者。
そのパートナーとして、木製品づくりを行うのがこの工房だ。

「ここら、見渡す限り山ばっかり。
だから、なんで輸入材を使わんならんのか? って、ずっと思ってたんよ。
FSCというのは、製材所も認証を受けたところでひいてもらわんと認められんのさ。
だから、うちは製材も地元の塩崎商店という認証を受けたところだけ。
どこの森の木で、どうやってうちまで来たかが全部わかる木なんさ」

トロのように極上な尾鷲ヒノキ

工房の木材群を通り抜け、「これだけの年輪のものはなかなかないと思う」と、
北村さんが大切そうに見せてくれたのは、樹齢およそ100年の一枚板。
製作中の神棚にも、ちょうど同じ年の一枚板を使っているという。
ほんのりとピンクを帯びた白色。上品でひかえめな木目が美しい。

土台に100年ものの一枚板を使った神棚。紀勢地方では、大抵、新築した家庭は神棚も新しいものを設えるそう。

その横で、角材をボンドで接いだ板がある。
一枚板でも幅が足りないテーブルなどを製作するときには、
まず、こうした集成材をつくる。不揃いの小口を見れば、集成材だとわかる。
けれど表面は、まるで一枚板かと見まがう自然な木目に驚く。

速水林業から仕入れる尾鷲ヒノキを集成材に。机の天板や、スライスしてクリップボードなどに使われる。

「これが、速水林業の木のすばらしさ。
100年、200年と木を育てるために、もちろん間伐をする。
その間伐材というのも、70~80年生きた木なんさ。
それも山師が丁寧に枝打ちをして、節のない木を育てているから、
どこをひいても無地。マグロでいうたら、トロやね。
腕効きの山師が育てた極上の木材なんさ」

〈もくもくハウス〉 森に覆われたまちで生まれた 美しく頑丈な合材

もくもくハウスからつながる宮城の森のはなし

県土の約58%=約42万ヘクタールが森林に覆われている宮城県。
6500万平方メートルの森林から、毎年50万平方メートルが伐採され
木材として生産されている。
山々はスギやアカマツなどの針葉樹を中心に、
ブナやナラなどの広葉樹も広く分布している。
鳴子杉や津山杉など、美しい文様のスギが育つことでも知られている。

まちおこしの一環で誕生した「矢羽」

足を踏み入れると、やわらかな木の香りに包まれる。
高い天井に渡された梁も、年季を感じる床材も、すべてが木。
〈もくもくハウス〉は、思わず深呼吸したくなるような、そんな空間にある。

〈もくもくハウス〉は、道の駅津山に併設。地域の人々に愛されている。

津山町は、面積のおよそ82%を森林が占める、人口3000人ほどの小さなまちだ。
古くから木材の産地として知られていたが、特に重用されたのが津山杉。
木目も色味も品がいい津山杉は建築材として全国に名を馳せていた。
しかし、第二次世界大戦後、国産スギの需要は徐々に減少。
津山杉の伝統を受け継ぎ、地域に地場産業と就労機会を創出する場をつくりたいと
〈津山木工工芸品事業協同組合〉が中心となって1982年にスタートしたのが、
〈もくもくハウス〉を流通の拠点とした取り組みだった。

「全国各地で、地域おこしが行われるようになってきた時期でした。
津山町でも、独自の製品を開発してまちをもっと盛り上げたいと思ったんですね」
そう話すのは、もくもくハウスの阿部幸恵さん。
取り組みのキモとして、大学と共同で開発したのが〈矢羽〉だった。

矢羽について語るもくもくハウスの阿部幸恵さん。

圧縮と裁断を繰り返して、独特の模様をつくり出す。

矢羽は、スギ材の圧縮を繰り返してつくる合材のこと。
木目の模様から、そう呼ばれるようになった。
複数の木を組み合わせてつくるので、ソリが少なく、まっすぐな資材になる。
製造には特殊な技術が必要だが、その木目の美しさからすぐに評判を呼び、
矢羽を使ったさまざまな商品が生まれた。

最近では、洋食にマッチした食器もつくられるようになっている。

「ルミネスタッフが選んだ 日本いいものCOLLECTION」 コロカル商店が新宿ルミネに登場!

コロカルとリンベルが運営する、日本全国のいいものを集めた
ショッピングサイト「コロカル商店」が、「ルミネ新宿 ルミネ2 2F」に登場!
1月22日(木)より、2月1日までの期間限定ショップ
「ルミネスタッフが選んだ 日本いいものCOLLECTION」がオープンします。
これまでさまざまな日本のものづくりに触れてきたルミネのスタッフが
セレクトしているだけに、ひと味違ったアイテムが並びます。
その数、約70点。

お店に並ぶのは、コロカル商店で一番人気の「アイスクリームスプーン」や、
コロカルニュースでも話題になった「HAPPY NUTS DAY ピーナッツクリーム」などなど、
選りすぐりのものばかりです。

これが「アイスクリームスプーン

くわしい紹介が現在発売中のHanakoに登場しているのでぜひチェックしてくださいね!

このプロジェクトは、ルミネが「産地支援」「地域共生」「復興支援」をテーマに始めた、
日本のものづくりの魅力を伝える文化発信・支援プロジェクト「KOKOLUMINE」の一環。
ぜひお近くをお通りの際は覗いてみて下さい!

■ルミネスタッフが選んだ 日本いいものCOLLECTION
期間:2015年1月22日(木)~2月1日(日)
場所:ルミネ新宿 ルミネ2 2F インフォメーション前
時間:11:00~22:00

茶道の道具「茶筌」はどうやって出来る? 奈良・生駒で冬の風物詩「竹の寒干し」始まる

茶道において、抹茶をたてる道具の「茶筌(ちゃせん)」は、
職人さんが竹を細かく細かく割って作る工芸品。
この茶筌、じつは奈良県生駒市が国内生産の90%以上を占めているんです。
生駒市のなかでも高山町はとくに茶道、茶筌が伝統産業として盛んなところ。
この高山町で、今年も、冬の風物詩である「竹の寒干し」が始まりました。
茶筌をはじめとする竹製品を作るために、軒先や田んぼに竹を干して
乾燥させるもの。1束30~50本の竹が円錐状に並べられています。

インディアンのテントのようです

傘を広げたように組み合わせられています。

淡竹は、1月~3月のやわらかい日差しと冷たい風の中で、
固く身がしまったつやのある白い竹になります。
干した後は倉庫で1年ほど寝かせ、完全に水分を無くして
カビがはえないようにしてから、製品が作られるというわけです。
こちらの動画では茶筌の作り方がわかりやすく説明されているので、
ご興味がある方はぜひチェックしてみてください。

奈良県生駒市「自転車でめぐる 茶筌のさと高山コース」

〈イマトコ〉 伝統の北山丸太を 現代のプロダクトデザインへ

イマトコからつながる京都の森のはなし

京都府の総面積のうち、74%が森林。
意外かもしれないが、京都市内においても73.7%と割合はほぼ同じ。
その市街地から車で約20キロ、北山エリアでは
京都を代表する地域材、北山杉が育林されている。
これは茶室や数寄屋づくりの建築に使用されてきた。
つまり古都・京都には欠かせない地域材だ。
しかし伝統的な和風建築のみならず
北山杉の魅力を、現代の都市生活の視点から捉え直すという
地域連携型のプロジェクトも始まっている。

丸太の模様は“天然のテクスチャー”

北山スギプロジェクト〈イマトコ〉の発足は2010年。
地元生産者をはじめ、京都に縁あるさまざまなポジションで
活動するメンバーによって構成されている。
発起人はインテリアショップのカギロイ(コクヨファニチャー)と
建築設計事務所の里仁舎。
従来の北山杉に新たな観点を、ということで片仮名表記の「スギ」。
長年、床柱として使われてきたスギを、
現在(イマ)の床(トコ)に、ということでイマトコと命名されたのだそう。

北山杉、それを細かい砂で磨いた北山丸太。
なによりの特徴は、絞りと呼ばれるデコボコした天然の模様と
木肌の滑らかな光沢にある。しかも干割れしにくい材質。
それらは桂離宮や修学院離宮など、
数寄屋づくりを代表する建築で使用されている。
その歴史は約600年。磨き丸太は京都府伝統工芸品に指定され
育林と加工の生産技術は、いまも北山エリアを中心に保たれている。

しかし近年、そんな銘木が
「まったく売れずにどうしていいか困っている状況だった」というのは、
もともと北山杉の利用促進の研究に携わっていた里仁舎の南 宗和さん。

イマトコの2人掛け用ソファに座る建築設計事務所〈里仁舎〉の南 宗和さん。

「北山丸太は昔から一家に一本の化粧材なんです。
日本の伝統的な建築だったり、日本の美学の中に入っているものだったんですね。
しかしいま、和風建築が少なくなってきたので、使う場所がない。
骨組みに使うにも加工が難しい。
それに、独特な絞りがあって、現代のミニマムなデザインからすると、
いまのデザイナーには処理しづらい。素材に主張があり過ぎるんですよね。
そこで、単なる従来の民芸調の家具ではなく、
もっと現代的な都市生活者のリビングのテーブルやソファなどに使えないだろうか?
と話し合ったのがイマトコが生まれた発端です」

枝を約6割落とし、成長を抑え年輪を密にする。写真は皮をむき乾燥させている本仕込み中の様子。

写真左側のまっすぐなものが磨き丸太。そして絞りにも天然、加工を含めこんなにも種類が。

「最初は天然絞り丸太の模様“出絞(でしぼ)”がグロテクスに見えていたんですけど、
いろんな種類があることを知るうちに、ずっと見ていると味わい深いし、
不思議とかっこよく見えてくるんですよ。
もはや通常の磨き丸太では、アクリルのパイプと同じように
味気ないと思ってしまうくらい。
この絞りは天然のテクスチャーで、世界に1本しかない模様なんですね」

〈東亜林業〉 つみ重ねたノウハウで スギやヒノキの活躍の場をつくる

東亜林業からつながる兵庫の森のはなし

県土の約7割=約56万ヘクタールが森林を占める兵庫県。
そのうち民有林の割合が95%を占めており
おのずとスギやヒノキなどの人工林の割合も多い。
最近では「宍粟材」といった地域材の利用推進の取り組みも進んでいる。

気づかされた地元の木の大切さ

江戸時代から林業が栄え「森林王国」と呼ばれる宍粟市。
滋賀県の琵琶湖より少し小さく、
淡路島より大きい宍粟市は豊岡市に次いで県内で2番目の広さ。
その面積のおよそ90%を森林が占める。
そのうち、民有林の70%がスギやヒノキが植林される人工林だ。
日本の人工林の割合は約40%なので、
特にスギとヒノキが多い森林ということがわかる。
そんな宍粟市に拠点を置く東亜林業は1940年の設立以来、
オリジナル家具の製造を続ける老舗ブランドだ。

およそ一万坪もある敷地には成型や木材の乾燥を行う建物が並ぶ。高くそびえる煙突が創業からのシンボル。

製作するのは主にダイニングチェア。
イスをつくり続けて半世紀、日本の家庭の団欒をつくってきた。
発売された椅子には「260号」「490号」といった型ごとの通し番号がつけられ、
いまや600番台に手が届きそう。
創業からしばらくは東北産のブナやナラ、米国産の広葉樹などを使っていたが、
10年前、宍粟の木材を使うに至ったきっかけがあったそう。

「2004年の台風23号で山が大きな被害を受けたんです。
猛スピードで通過し、10分ほどすごい風が吹いたのですが、
大きなスギやヒノキが、だーっと倒れた。
木が密植していると、根が小さいままの状態で災害に弱いんです。
このとき、スギとヒノキをもっと使っていかねば、と強く思いましたね」
そう語るのは社長の松本信輔さんだ。

仕上げを待つダイニングチェア。塗装や仕上げはオーダーを受けてから一点ずつ行われる。

〈CONITURE〉 つくってみたら大好評。 ほわっと温かいトドマツの家具。

CONITUREからつながる北海道の森のはなし

広大な面積を誇る北海道。そのうちの71%、約554万ヘクタールは森林だ。
他県と比べて圧倒的な広さで、全国の森林面積の約22%を占めている。

天然林の割合が68%と高く、トドマツやエゾマツ、ミズナラにカンバ、
イタヤ、ブナなど多様な樹種が見られる。

人工林の大半を占めるのが、戦後の拡大造林で造成されたトドマツやカラマツ。
特に、トドマツはこれから伐期を迎えるため、その使い道が問われている。

天に向かってまっすぐ背丈を伸ばすトドマツの森。

北海道の木だから、北海道の人たちの暮らしの道具として活用したい

トドマツはマツ科モミ属の針葉樹。冷涼で土壌の発達した場所を好み、
北海道全土と千島列島南部、サハリン、カムチャッカ半島に分布している。

北海道ではスギが道南までしか生えないため、トドマツが主要な建材とされてきた。
戦後に植林された木は、今後5~20年ほどで大量に伐期を迎える。
しかし、スギやヒノキと同じように、外材に押されて建材としての需要は減っている。

そこで、トドマツを使った製品づくりを行う
「CONITURE」(コニチャー)プロジェクトが始まった。
CONITUREとは、CONIFER(針葉樹)とFURNITURE(家具)を合わせた造語だ。
インテリアショップ、デザイナー、家具・建具メーカー、製材所、
森林保全団体等が協力しながら活動を展開している。

CONITURE代表の前田あやのさんは
東京で店舗設計やデザインの仕事をした後、結婚をきっかけに北海道に移住。
10年前から旭川でインテリアショップ「HOMES interior/gift」を経営している。

CONITUREを中心となってまとめる前田あやのさん。

全国有数の家具の産地である旭川。
良質の素材を使い、高い技術で家具を製作し続けてきた歴史を持つ。
しかし、家具は高級であるため、一般的にあまり身近になっていなかった。

こんなに近くにいいものがあるのに、もったいない。

気軽に買える雑貨や暮らしの道具を紹介することで、
良質なものを暮らしに取り入れる楽しさを知ってもらえたらとインテリアショップを始め、
株式会社北海道ポットラックに法人化した。

旭川駅から徒歩5分。センスのいい家具や食器、小物が並ぶ。

そんな前田さんのもとに、北海道の林務課から
「トドマツを使った家具をつくってくれませんか」
という声がかかったのは、3年前のこと。

「たしかにオリジナル商品や家具のデザインも少しはしていたけど、
なぜ私? と思いました。旭川には、家具や木工のプロがたくさんいるのに」

トドマツはやわらかくてキズがつきやすいため、家具には向かないというのが定説。
そのため、長年家具を製作してきた職人からは敬遠されてしまったのだ。

前田さんはそうした固定観念がなかったため、
「まずはやってみよう」と考えたという。
トドマツが置かれた現状を知るにつれ、その想いは強まった。

トドマツのことを知るため、森に入り間伐も行う。

「製品には使えない、パルプやバイオマスエネルギーにするしかない」
といわれていたトドマツ。
何千年も前から北海道に自生してきた「北海道を代表する木」なのに、
ただ燃やしてしまうのはもったいない。
北海道の人たちの暮らしの道具として活用したい。

こうして、前田さんの挑戦が始まった。

お米とエタノールから 地域の循環も生みだす。 「ファーメンステーション」後編

前編:[ff_titlelink_by_slug slug='tpc-thi-tsukuru-035' append=' はこちら']

奥州市の農業とエタノールの循環

ファーメンステーションは、岩手県奥州市で、
お米からエタノールを製造している会社だ。
この取り組みは、当時の胆沢町の行政や米農家からの
“休耕田や耕作放棄地をなんとかしたい”という思いに端を発している。

エタノールをつくるうえで、当然ムダは少ないほうがいい。
そのうえ地域の課題解決や循環ができ、ビジネスとしても成り立つ。
そんな環境への配慮や地域循環の理念が念頭に置かれている。

ファーメンステーションの事業としては、
お米からエタノールをつくって販売すること、
そしてオリジナルブランドの消臭スプレー「コメッシュ」や
石けん「奥州サボン」の製造・販売である。
しかしそれ以上の波及効果が地元にもたらされている。
それはこんな循環だ。

米農家がお米をつくる

ファーメンステーションがお米を原料にエタノール、消臭スプレー、石けんをつくる

残渣をにわとりの餌にする

卵は地元でパンやお菓子に使用される

鶏糞は田んぼの肥料になる

このように、地元のみで、すべてが1周しているのだ。
この循環は「♪米im♪My夢♪Oshu♪(マイムマイム奥州)」という枠組みとして
取り組まれている。

「♪米im♪My夢♪Oshu♪(マイムマイム奥州)」の循環イメージ図

写真提供:OSHU LIFE

〈河津製材所〉 小国杉の森に新たな価値を。 ふるさとの未来を考える ものづくり。

河津製材所からつながる、熊本の森のはなし

県土の6割を森林が占める熊本県。天然林が多いのは、天草地方だ。
海と山の景観が背中合わせに広がるこの一帯には
シイやクス、カシなどの広葉樹が生い茂る。
スギやヒノキといった人工林が多いのが阿蘇地方と球磨地方。
県全体で約15品種のスギが植えられ
建築用材や建具、家具材など、幅広く利用されている。

しかし、木材価格の長期低迷と高齢化により、林業の担い手は減少している。
人工林のうち多くを占める間伐対象林の間伐は、緊急課題のひとつだ。
さまざまな恩恵をもたらす森林を次世代へつなぐため
県では「県民参加の森林づくり」を掲げ、森林整備にあたってきた。
林業と木工業との前向きな連携もスタート。
学校や公共施設だけでなく一般住宅でも県産材を使った家づくりに注目が集まる。
また、子どもたちを対象とした木育イベントも盛んだ。

アヤスギやヤブクグリなど、木目がまっすぐでやわらかく、加工しやすいスギが植えられている。

小国杉を育む森

熊本県の北東部にある阿蘇郡南小国町は隣りあう小国町とともに
小国杉の産地として知られている。
阿蘇外輪山の麓に広がるこの一帯で人工造林が始まったのは江戸時代のこと。
以来、小国の林業は250年以上にわたって脈々と受け継がれているのだ。

標高400~800メートルの山間のまちは、九州にありながら夏も比較的涼しい寒冷地。
冬には氷点下になることもあり一面を雪が覆い尽くす日も多い。
さらに、年間を通じて降雨量が多いのも特徴だ。
こうした環境によりゆっくりと時間をかけて育つ小国杉は
堅木で色目が薄く、目の詰まった美しい木材となる。

伐採後、枝払いなどをした小国杉は山中で、4メートル丈のぶつ切りにする“玉切り”という作業を施され、市場へと運ばれる。

ギュッと目の詰まった小国杉。淡いピンクやオレンジ色の色目も特徴だ。

小国杉のやさしい色味を生かす〈Wood Blind〉

熊本県阿蘇郡南小国町の「河津製材所」。
小国杉の特徴を生かした伝統工法「浮造り(うづくり)加工」などを得意とし
壁やフローリングといった内装材を数多く手がけている。

冬の朝陽を受け、もうもうと蒸気を上げるのは
伐りだして間もない丸太だ。
風に乗り、ほのかな木の香りが漂ってくる。

山主から買い上げた木を丸太の状態で乾燥させ、さらに板にして4か月天然乾燥。ゆっくりと時間をかけて含水率を低くすることで、木が持つ風合いを残し、割れや変色を防ぐ。

13人の社員のなかには、傍らで農業をしている人も多く、田植え休暇なども。小国の暮らしに寄り添う製材所だ。

祖父の代から続く製材所を父とともに支えるのが専務の河津秀樹さん。
建築系の専門学校へ進学した河津さんは卒業後、
店舗デザインを手がける会社へ就職した。
「いずれは製材所を継がねばならないというのもわかっていましたが、
正直なところ、将来への不安もありました」

17年前、後継者として実家へ戻った河津さんはあらためて小国杉の魅力に気づき、
その風合いを生かした加工品を手がけるようになっていく。

河津製材所の3代目、河津秀樹さん。小国杉の特徴を生かした「マネできないもの」をつくりたいと語る。

代表的なプロダクトのひとつが〈Wood Blind〉。
節がなく、色合いのいい柾目の板を使った木製ブラインドだ。

「小国杉特有の淡いピンクやオレンジ色を生かした無垢のブラインドです。
無機質な空間にもぬくもりを添えてくれるので、都市圏の方にも好評です」
と、河津さん。

スラット式の横型とバーチカル式の縦型があり、公共施設や病院施設のほか、
戸建住宅やマンションなど一般消費者からのオーダーも多い。

スラット板を組んだブラインドは、完全オーダーメイド。窓サイズに応じた注文が可能だ。

地元の人たちの暮らしを包むやさしい光。小国町の庁舎には幅2メートルほどの大きな〈Wood Blind〉が掲げられている。

〈飛騨産業〉伝統の 曲げ木が生かされた圧縮技術で スギ家具の可能性を広げる

飛騨産業からつながる岐阜の森のはなし

岐阜は県土面積の82%が森林で、全国2位の森林県。
平成18年度から間伐を強化し、毎年1万5000ヘクタール以上の間伐が実施されている。
木材としては、スギがもっとも多く、14万3000立方メートル生産されている。
次いでヒノキが11万立方メートル。
ヒノキは国内シェアの5.4%に上り、全国7位の生産量である。
製材工場の数は減少傾向だが、それでも314工場があり、
全国で2位の工場数となっている(平成22年)。
ただし1工場あたりの原木消費量は、全国平均の3分の1程度で、
小さい加工規模の工場がたくさんあることがわかる。

環境への配慮から生まれたものづくり

木工のまちとして名高い飛騨高山。その地名を冠する飛騨産業の歴史は、
日本の林業や木工業の歴史をそのまま体現しているかのようだ。
1920年(大正9年)の創業以来、曲げ木の技術を利用して木工業に勤しんでいた。
飛騨にはブナの木がたくさんあり、もともとは県産の木材を使用していた。
しかし戦後の高度経済成長を通して木がどんどん伐り倒されたことで、
国産の木は不足し、70年代後半からは外国産材を使用するようになる。

緑豊かな地に工場がある。

2000年に就任したのが岡田贊三社長。もともとは、ホームセンターを経営していて、
フロンガス製品や水質汚染が強い洗剤を店内から撤去するなど、
環境保全には強い関心を持っていた。
家具メーカー出身ではない岡田社長は、就任当時、一般的なイメージと同様に
「飛騨産業というだけあって、飛騨の木材を使っているはず」と思っていた。
さらにせっかく買った外国産材も、節があると捨ててしまっていた現状を知った。
一本の丸太から家具として使用されるのは、多くても25%程度だったのだ。
経営的にも環境的にも、それはムダ。
そこで生み出されたのが〈森のことば〉シリーズ。“節こそが主役”なのだ。

節がある木材も大胆に使用した〈森のことば〉。(写真提供:飛騨産業)

「節のある部分は、当時はワルモノ扱いで、
一流の家具に使ってはいけないという一方的な思い込みがありました」
と話すのは営業企画室室長の森野敦さん。

営業企画室室長の森野敦さん。味のある修理工房の前にて。

節のない柾目がいいと思うがあまり、木が持つ個性や自然の造形美を無視していたのだ。
ある意味“素人”の岡田社長だからこそ、やり切ることができたのかもしれない。
2001年に発売された〈森のことば〉は大ヒットとなり、
現在でも飛騨産業のトップシェアを誇る製品となっている。

大きな音が出る木材をカットする部署ではイヤーマフが必須だ。ブランドロゴのカラーでもある黄色で統一。

イスの背用の曲げ木材を製作。

「からからつみき」宮崎県産の杉100%!こどもに人気のなんでも作れる自由な積み木

宮崎の杉だけで作られている積み木「からからつみき」。
材料は宮崎県産の杉を自然乾燥させたもの。
シンプルなかたちの積み木なので、
積み重ねて高さに挑戦したり、動物をつくったり、遊び方は無限大。
柔らかい杉の木があたって響く自然の音はとても心地が良く、
崩れるときに「カラカラ」と音がすることからこの名前が付けられました。

インターネットを中心に販売されているほか、
全国各地のイベント会場ではこどもたちに「からからつみき」の遊び場を開放。
こどものイマジネーションをかきたてる自由さで、
いつも大人気です。


こちらが遊び方。

遊び場ではいつも大人気。巨大な作品が出来上がることも!

からからつみきの材料である宮崎の杉は、
飫肥杉と呼ばれる種類に属します。
飫肥杉は脂分などを多く含むため、水やシロアリに強く、
古くから船造りの材料に使われていました。
丸太の年輪の中心部分が黒ずんでいるので、
黒芯(くろじん)と呼ばれるのも飫肥杉の特徴。
黒っぽいつみきは丸太の中心部というわけです。

いまから50年以上も前に、おじいちゃんたちが
未来の子どもたちに豊かな資源を残そうとして植えられた
宮崎の杉。現在は日本の林業の衰退などのために
余り使われなくなってしまった杉を、少しでも
使いたいと作られたプロダクトなのです。
ご購入は下記Webサイトより。

【からからつみきからのメッセージ】
つみきの楽しさを体感するためには想像を超える「量」が必要だと思います。限られた「量」では楽しさも限定的になってしまいます。子どもたちは、遊んでも遊んでもまだ遊びたいのです。

圧倒的な量を感じてもらうために「からからつみき」は作業工程を簡略化し、大量に作ることで安く仕上げています。子どもの想像力を超える「量」を与えることで、子どもに本当の満足を与えることができると考えています。

つみきひろばで遊ぶ子どもを見ていると、子どもの可能性は、大人が与える制限の向こう側にあるような気がします。
からからつみきで夢中になる子どもを見てお母さんが「TVゲーム以外にこんなに集中するのは始めてです」という言葉をとてもよく耳にします。
ファミコン世代のお父さんが子ども以上に夢中になる姿もよく見かけます。

つみきひろばでは、毎回大人では想像もしない遊びを始めるこどもがいます。
つみきで平面の世界を表現する子や、つみきに絵を描いて人形に見立てる子など、本当に子どもの発想は無限だと感心します。

宮崎県の「杉」をすこしでも知ってもらうために考えたつみきは、わたしたちの想像以上に多くの子どもたちに影響を与え始めています。

わたしたちは「つみき」の製造販売者でなく、遊びの提案者であろうと思っています。あそび方一つで単なる木片が夢の玩具にもなります。

これからも積極的に「つみきひろば」を開催し、多くの子どもたちと一緒に遊びを作っていきたいと思います。

からからつみき

「京都ペレット」100%京都産、地産地消のクリーンエネルギー。杉・ひのき間伐材を使用

京都生まれの木質エネルギー「京都ペレット」って
ご存知ですか?
京都市内の杉やひのきの間伐材を使った
100%京都産の次世代燃料。
京都市右京区の「森の力京都株式会社」が手がけるプロダクトです。
ペレットストーブやペレットボイラーの燃料として、
京都市内のあちこちで利用が広がっています。

そもそもペレットとは「小さい固まり」という意味。
木質ペレットは、木の粉を円筒状に圧縮形成した燃料で、
1970年代、アメリカのオレゴン州で誕生しました。
近年、自然エネルギーへの関心が高まるなかで、
木質ペレットは世界的に注目が高まっています。
なんといっても、再生可能な資源で作られた、環境にやさしいクリーンエネルギー。
着火性に優れ、取り扱いが容易なうえにチップやのこ屑を燃やすよりも
発熱量が大きい、などがその理由だそう。
木質ペレットを燃料とした専用のストーブやボイラー、グリルなどで
使うことができます。

これが木質ペレット。原料は100%京北町の山の木。間伐材や商品価値の低い木を有効利用しています。

木質ペレットのストーブ

材料となる木材。近くの山から木を伐り出してきて枝葉を落とし、丸太のまま約1年間乾燥させます。

「京都ペレット」製作過程

普通、木質ペレットの材料は、製材所の廃材を使います。
生木では水分などを除くのに労力がかかるからです。
しかし山林地域に仕事を生みだすために、「京都ペレット」では
生木を切り出し、丸太のまま約1年間乾燥させるという手間ひまをかけています。
原料も生産現場も見て知ることができる
地産地消のエネルギーというのはいいですね。
森の力京都株式会社さんでは工場見学も歓迎しているとのことなので、
ご興味のある方はぜひ訪ねてみてはいかがでしょうか。

森の力京都株式会社「京都ペレット」

〈きまま工房・木楽里〉 林業家が始めた、木製品を つくることができるみんなの図工室

木楽里からつながる埼玉県の森のはなし。

埼玉県の森林面積は1213平方キロメートル。
県土の3分の1が森林で、県西部の秩父連山とこれに続く丘陵地、
洪積台地に広く分布している。
山地は土壌が肥沃で木材の成長に適しているため、
長い間スギ、ヒノキの植林が続けられてきた。
特に飯能市を中心とした西川林業地域は人工林率が80%に達し、
優良材の生産地として全国的にも有名だ。
今回は、この地域から生まれる西川材製品の物語を紹介したい。

どこか懐かしい里山の景色が広がる埼玉県の西部地域。

木材の有効活用、林業のPR、収入源の確保。3つの動機を満たせるのは、木工だった。

最寄りの東吾野駅で降りると、あるのは山々と川だけ。
都心から1時間強にある場所とは思えない自然豊かな環境だ。
川沿いを20分ほど歩くと、「きまま工房・木楽里(きらり)」の看板が現れる。

国道299号線に面していて、とても目立つ。

木楽里は、木製品を自分でつくることができる工房だ。

工房使用料は、会員になると1時間1200円、1日3500円ほど。
そこに機械加工料や材料費が加わる。
打ち合わせをして材料選び、機械加工・仕上げ加工を行い、組み立てるという流れで、
スタッフが技術サポートやアドバイスをしてくれる。

子どもが夏休みの自由工作をしにくることもあるそうで、
取材時も近所の女性が「おかげさまで親戚の子が賞をとりました」と
うれしそうに賞状を見せにきていた。

「ここで初めて木工をするとか、
初めてカンナやノミに触れるっていう子も多いんですよ」
と目尻に皺を寄せるのは、木楽里のマスター、井上淳治さん。
ここでは「とっつぁん」のあだ名で親しまれている。

「実は不器用なんですが、だからこそ木工が苦手な人にアドバイスできるんです」と井上さん。

井上さんの家は、江戸時代以前から代々続く林業家。
正確な歴史は不明だが、このあたりの住所も井上なので、
相当古くからこの地にいたと予想される。
自身も林業に従事する井上さんが木楽里を始めた背景には、いくつかの要因がある。

「木材はキズや虫食いががあると、市場でけなされるんですよ。
それは仕方ないんです、きちんと品質確認することも買う側の仕事だから。
でも悔しくてね、大事に育てた木がけなされるばかりで褒めてもらえないのは」

欠点のある木でも、いいところを見つけて自分で有効活用してやりたい。
それがひとつめの動機だ。

「ふたつめは、木のPRをしないといけないと思ったから。
昔はプラスチックがなくて周りのものがほとんど木でできていたけど、
いまは木離れが起こって、木の良し悪しがわかる人がいなくなった。
このままではいつか林業が立ち行かなくなるという危機感がありました」

林業家という枠を超え、木材に関わる。

ただ良い木を育てることに集中していればよかった時代ではもうない。
林業家自身がもっと木の魅力を伝えていく必要があると考えるようになった。

「最後は、経営のこと。中山間地が林業だけで回っていたのは、
実は高度経済成長期だけなんです。
それ以前は、養蚕と薪炭との3本柱で成り立っていました。
養蚕のスパンは毎年、薪炭は15年、林業は40年以上。
短期的なもの、中期的なもの、長期的なものを組み合わせることによって、
蚕に病気が発生したり、林業不況が訪れたりしても、
ほかのもので食いつなぐことができるというわけです。
賢いやり方ですよね。私も、林業を続けるためには
林業以外の収入を確保しないといけないと考えました」

木材の有効活用、林業のPR、収入源の確保。
この3つを満たせるものに取り組みたいと考えた結果、
行き着いたのが木工だった。

刺繍ブランド「京東都」。京都の刺繍工房が新しい文化継承・刺繍の可能性を考える!

日本の伝統をつたえる「京都」と、日本の今をつくる「東京」をかけあわせた
刺繍ブランド、「京東都(きょうとうと)」。
京都、日本の伝統や文化を感じさせるものをテーマに、
京都の刺繍工房がデザイナーとコラボレーション。
「和片(ワッペン)」こと刺繍のワッペンや
手ぬぐい、ハンカチ、タオル、京うちわ、
てるてる坊主などなど、さまざまなコラボ商品を作るブランドです。
特に刺繍の糸のみで完成させる和片に力を入れており、
その数は現在400種類以上!
書籍や雑誌のグラフィックデザインの会社が企画・デザインを
しているだけあって、おしゃれなモチーフのアイテムが並びます。

フェイスタオル 未〈白〉」 刺繍の入ったふわふわのフェイスタオル。タオルの発祥の地大阪泉の「泉州タオル」を使用しています。 

「洛中洛外図屏風」に描かれる人物のワッペン、その数100種類!

ワッペン「祗園祭礼図船鉾」

また、京都国立博物館文化大使の井浦新さん監修による、
京都国立博物館文化大使公認ワッペンも!
京都祗園祭のハイライトである、
八坂神社の神輿渡御と山鉾巡行を描いた屏風「祗園祭礼図屏風」に登場した
長刀鉾と船鉾、尾形光琳による「竹虎図」(冒頭)が生まれました。

東海道五十三次に登場する宿場町を、だじゃれで猫のしぐさにたとえた戯画「猫飼好五十三疋」がモチーフのワッペン。

八坂通りにある本店

「京東都」が始まったのは2007年のこと。
刺繍加工業を主としていた京都府亀岡市の刺繍工房が、
刺繍という技術を生かした商品を自分たちで発信していこうと、
東京のグラフィック会社と協力し、刺繍ブランドを設立。
同年秋、東京で開催されたデザインイベント「デザインタイド」にて発表、
発売しました。その後ブランドの成長とともに、
グラフィック会社が京都に移転し、いまは近い距離でものづくりに取り組んでいます。
これからも、確かな技術とモダンなデザイン、自由な発想によって
どんなアイテムが登場するのか楽しみです。

京東都(きょうとうと)

〈吉野杉工房〉 人の手で育まれた美しさ 吉野杉ならではの味わい深い木工品

吉野杉工房からつながる奈良の森のはなし

日本一の多雨地域である紀伊半島。
そのほぼ中央に位置する奈良県の林野率は77%。
大仏や平城京などで知られる古都だが、ここは森の都でもある。
そんな県下に広がる森は95%が民有林で、先人によって育まれた
立派な人工林が広がっている。
人工林率が全国的に見ても高く第7位。

奈良県産材のなかでも有名な吉野杉は、
人工林の三大美林のひとつにもあげられるほど美しい。
またヒノキの人工林も多く、清潔感のあるピンク色が特徴である。
そういった特性を生かした製品も多いものの、
近年、県産材の生産・販売は年々下降傾向にある。

高いポテンシャルを持つ奈良の県産材だが、苦戦を強いられているのも事実。
そんななか、吉野杉で家具や小物の生産・販売をすることを目的に
村営の吉野杉工房は開設された。

奈良の森は、杉とヒノキが中心。年輪の幅が狭いこともありシロアリにも強いそうだ。

大切に育てられているからこその年輪を生かして

吉野杉の最大の特徴は、その年輪のきめ細やかさ。
通常、1ヘクタール当たり2000~3000本の植林に対して、
その3倍以上植えるのが、吉野流。
こうすることで1本の苗に、行き渡る栄養分を制限することができる。
そして、横への成長を遅らせつつ、縦に延ばし、
何度も間伐を繰り返すことにより均一な成長を促せる。
これが美しい年輪の秘訣であり、手間がかかる理由でもある。
そのため材木の値段も少し高値にはなるが、
この木目を利用してできあがった製品の味わいは格別だ。

スギの成長をわざと遅らせることで、年輪の幅が狭くなる。そのため強度も高い。

吉野杉工房では、テーブルや本棚などの家具もオーダーメイドでつくっているが、
特徴がよりわかりやすいものといえば、トレー、お椀、木皿などのキッチン用品。
整った木目が柄になるようにカットされた材を貼り合わせ、
さらに加工してできるのが、柾波木芸品。
盛器、盛皿、角トレー、菓子器、コースター、バインダーなどが揃う。

「この木目の綺麗さが人工林の、つまり手をかけてやる
吉野杉の良さですね。綺麗でしょ?」
と川上村生まれ川上村育ちで、この地を知り尽くす
地域振興課の森口尚さんは、丸太を触りながり誇らしそうに笑う。

吉野杉工房の働き手は、現在3名。うち1名は、隣にあるアーティストを受け入れるレジデンスの住人が、週に3日ほど手伝っている。

薄く切った板をボンドで貼り合わせて、模様をつくっていく。

貼り合わせたものをカットしたのがこちら。すでに製品の原型が。

こういう組み合わせもあり。これをある程度の大きさにカットして、中をくりぬいてお皿にも。

経年変化で味が出る、吉野杉の楽しみ

やはり木工品は経年変化が楽しい。
とくに吉野杉は美しい年輪を生かした柄に、経年変化の色づきが加わり
さらに味わい深くなる。使えば使うほど、いい色が出てくるのだ。

事務所のトレーは20年もの。赤みがかった経年変化がとても綺麗。

森口さんに長年大切に使う秘訣について聞いてみると
「乱暴すぎるのは良くないけれど、そんなに気を使うこともないんです。
むしろ、木なので割れるということ、それさえ理解していただければ、
素材としてとてもいい。
たとえば家の構造材でも、割れるということがありますが、
だからといって問題があるということもありません」

木に対する理解も深く、工房の職人さんと話し合い、常に新しい商品づくりに余念なしの森口さん。

森口さんのお話をうかがいつつ工房の様子を観察していると、
この仕事がとても魅力的なものに見えてくる。
地元の木を知り、つくり、伝えていく。
その土地に住む自分たちが、その土地でしかできないことをする。
当たり前かもしれないが、自然体のスタンスの魅力。
それが地元の仕事の創出にもつながっているし、
すでに地元のみならず東京方面からの移住者もちらほらと。
川上村、ひいては、この地方の中心産業である吉野杉を使う製品づくりに
今後も注目していきたい。

〈エコアス馬路村〉 「森の村」の風景を バッグとして持ち歩く

エコアス馬路村からつながる高知の森のはなし

太平洋に面した高知県だが、すぐそばには雄大な山々が迫る。
県土の84%を森林が占め、森林率は全国1位。
清流・四万十川や仁淀川、豊富な資源を有する海も、
この大きな森林によって守られてきた。
だからこそ、人と森林の関わりも密接。
人工林率は65%とこちらも全国2位の高い割合だ。
しかし、木材価格の低迷によって森林環境は荒廃。
森はもちろん、川や海にも悪影響を与え始めていた。
そこで、全国に先駆けて平成15年に「森林環境税」を導入。
森の保全だけでなく、子どもたちの森林環境教育や、
県産材の利用支援などにも活用されている。
また、県産材にこだわったプロダクトも数多く誕生。
安芸郡馬路村を中心に自生する「魚梁瀬杉」や
四万十流域で生産される「四万十ヒノキ」など良木の生産地である誇りと、
高知らしい自然環境を守るため、今日もだれかが森を思い、木と向き合っている。

間伐が進み、上からは太陽の光、下からは新しい命が芽吹く高知の森。

新しい魚梁瀬杉の可能性をカタチに。

森林面積は村の96%、まさに山々に囲まれた森の村、高知県安芸郡馬路村。
高知県県木指定の「魚梁瀬(やなせ)杉」に代表される良質の木材産地として、
古くから林業がさかんな地域である。
豊臣秀吉の時代、土佐藩主・長宗我部元親が献上したことから、
この地域で伐り出される魚梁瀬杉は良質の木材として全国に名を轟かせることとなる。

美しい木目と淡紅の色合い、清涼感あふれるスギの香り。
高級建材だけではなく、まったく新しい魚梁瀬杉の可能性が
カタチになった製品がエコアス馬路村にある。
「monacca」だ。“モナッカ”と発音する不思議なかたちのバッグは
どのようにして生まれるのだろう。

魚梁瀬杉の名刺ケースから取り出したのは、同じく魚梁瀬杉の名刺。

「遠いところまでよくおいでくださいました!」と
出迎えてくださった総務企画課 山田佳行さんの名刺に驚く。
“本当に木?”と目を疑うほど、まるで紙のように薄く加工された魚梁瀬杉。
折り曲げても剥がれないよう工夫されている。
かつて紙が普及する以前には、記録媒体や仏具、包装材などとして、
薄く加工された木の板「経木」が使用されていた。
木を薄く加工する技術は昔から暮らしのなかに生かされてきたものであり、
この技術から着想し、馬路村の製品の多くは展開されている。
monaccaをかたちづくるのも、もとはこの薄い板なのである。

特製の機械でわずか0.3~0.5ミリほどにスライスされたスギ。

お米からエタノールをつくる 発酵ベンチャー。 「ファーメンステーション」前編

休耕田からできる安心安全という高付加価値なエタノール

お米からエタノールを製造し販売する「ファーメンステーション」。
会社を立ち上げた代表取締役の酒井里奈さんは、
食品メーカーや化粧品メーカーなどの化学系企業出身というわけではなく、
もともとは銀行や外資系証券会社に勤めていたという、異色の経歴をもつ。
銀行員時代に国際交流基金に出向していた酒井さん。
NPOに支援している同法人で仕事をするなかで、
社会問題を解決するビジネスの存在を知り、
「いつかは自分の思い描くテーマでこのようなビジネスに関わりたい」と思っていた。

あるとき、生ゴミからエネルギーをつくることができると知って発酵に興味を持つ。
当時勤めていた証券会社を辞め、東京農業大学応用生物科学部醸造学科に入学。
「日本人の食生活に欠かせない酒、みそ、醤油などはすべて発酵食品。
発酵は微生物によって行われています。
そんな微生物の働きを取り出すと医薬品になったり、環境技術にも応用できるのです」
と、発酵の面白さを語る酒井さん。
発酵・醸造という日本の伝統文化は、
バイオテクノロジーへとつながっていると気づいたのだ。

その後、岩手県胆沢町(当時。現在は奥州市)が取り組んでいた、
お米からエタノールをつくるプロジェクトに関わるようになり、
コンサルタントとして実証実験に参加するようになる。

酒井里奈さんと村上美穂さん

代表取締役の酒井里奈さん(右)と奥州ラボで働くスタッフの村上美穂さん(左)。

胆沢地区の航空写真を見せてくれた。
農地エリアと住宅地エリアが大きく分断されておらず、
広大な農地のなかに家屋が点在している。
つまり自分の家の、目の前に田んぼをつくることができる。
これは散居と呼ばれ、水が豊かな水田エリアの特徴のひとつ。
胆沢は、富山の砺波、島根の出雲と並んで日本三大散居のひとつに数えられている。
「えぐね」と呼ばれる防風・防寒のスギを家の周囲に植え、
春には水面がきらきら光る水田のなかに点々と家がある美しい里山の風景を生みだす。

しかし、水を湛えた田んぼに混じって、茶色の田んぼが多く見られる。
これは休耕田、もしくは耕作放棄地。胆沢の田んぼの3分の1がそれで(転作田を含む)、
全国平均でも同様の割合である。
地域によっては大豆や小麦に転作するケースもあるが、
胆沢はその作付けに向いていない。
なにより“お米をつくりたい”という米農家のプライドや気持ちも大きく、
同時に、美しい散居の風景も守っていきたいという思いがあった。

そこで胆沢町は、
海外のとうもろこしやさとうきびからつくるバイオエタノールの例を参考に、
海外視察にも積極的に出かけ、実証実験を始めた。
5年前に発酵ベンチャー「ファーメンステーション」を立ち上げていた酒井さんは、
この実証実験にコンサルとして参加し、実験終了にあわせて事業を引き継いだ。

お米からエタノールをつくる機械

お米を何十キロも入れた状態で、手動で作業する。

〈辻製作所〉 デザインの力で スギを生かしたMIYABIO

辻製作所からつながる福岡の森のはなし

1年間の平均気温が16.0度、年間降水量は1690ミリという
おおむね温暖な気候の福岡県。
福岡は県下一の繁華街・天神界隈から車でわずか10分足らずで海が見えることもあり、
自然豊かなイメージがある。全体的に平地部が多いが、
大分県境にある英彦山・釈迦岳山地、佐賀県境に広がる脊振山地は
いずれも標高1000メートルを超える大きな山塊を形成し、
福知、三郡、古処、耳納、筑肥の各山地は標高700~900メートルの山々を連ねる。
実は、九州最大の人口を擁しながら、福岡は県土面積の約半分が森林なのだ。
広葉樹の大半は天然林のシイ・カシ類、タブ類。
針葉樹の多くはスギ、ヒノキの人工林で、一部天然林と人工林にマツなどもある。
民有林の人工林は約90%がスギ、ヒノキ林であり、
そのうちの70%が利用期を迎えている状況だ。
こうした現状の中、近年、地元の「九州大学」では建築を学ぶ学生らが中心となり、
県産材利用の取り組みをスタート。
空き家の再生を通して自然と共に暮らすライフスタイルを提案する
「糸島空き家プロジェクト」をはじめ、その動きに注目が高まっている。

福岡県下の森林面積に対する森林率は約45%と全国平均よりも約20%ほど低いが、人工林率は約66%と全国よりも約20%高い。

“家具・木工のまち”で4代。

家具・木工のまち 大川―――「辻製作所」がある大川市は、
いつからかそう呼ばれるようになった。

約480年前、九州きっての大河「筑後川」の畔に広がる大川では、
それまで培っていた船大工の技術を生かし、
「指物」と呼ばれる、釘などの接合道具を使うことなく
木と木を組み合わせていく家具・建具づくりが始まった。
以降、時代の流れとともに技術は磨かれ、さまざまなデザインが生まれていくなかで、
その生産高は日本一に。名実ともに“家具・木工のまち”となる。

「大川市に数多ある他の家具メーカー同様、船大工がルーツです。
辻製作所という会社になってからは、初代が桐ダンス、2代目が和洋ダンス、
そして現在はソファ、テーブル、イスが生産数のほぼすべてを占めています」
そう教えてくれた辻直幸さんは4代目。大手自動車部品メーカーの営業職に就き、
退社後は実家に戻り、いまは営業課長として広報も務めている。

やさしいトーンの声で、物腰もやわらかな辻直幸さん。ただし、製品の魅力を語るときは言葉に熱がこもり、真剣な表情に。

広島マルニ木工の 「MARUNI COLLECTION」。 minä perhonenの 経年変化を楽しむファブリック

「HIROSHIMAアームチェア × dop-tambourine- (インディゴ)」

広島県広島市に本社を構える老舗木工家具メーカーの「マルニ木工」。
いつの時代にも愛される家具を作り続けているマルニ木工と、
ファッションブランド「minä perhonen(ミナ ペルホネン)」
のコラボレーション。
2013年にタッグを組んだ彼らが、昨年ミナ ペルホネンの
インテリアファブリック「dop(ドップ)」を使ったアイテムを
ラインナップしました。

dopは、使い込むうちに表面の糸が擦り減り、
裏面の色が現れてくる新素材。
経年変化を楽しめる生地ということに、
マルニ木工も共感したのだそう。

「dop」は、イタリア語の“doppio”=「ダブル」に名前の由来を持つ、
両面モールスキンの生地。
使い込むうちに表面の糸が擦り減ることで裏面の色が現れてくるのですが、
その変化を劣化した、古くなったから新しい生地に張り替えるという発想ではなく、
生地自体が年月の中で変化していくことを楽しみながら、
時間をかけて愛用してもらえるように
考えられデザインされているのです。

家具もまた使う人、使う場所で色合いや佇まいが変わってくるもの。
よく触る部分は光沢が出ます。毎日の変化から、その椅子だけにしかない
特別な表情が生まれてくるというわけです。
「MARUNI COLLECTION」では、17種の色の組み合わせのほか、
ミナ ペルホネンを代表する柄の刺繍を施した生地「dop –choucho-」と「dop –tambourine-」
も全て選ぶことができます。
購入可能な販売店に関してはこちらをご参照ください。

「-choucho(チョウチョ)-」

「-tambourine(タンバリン)-」

「HIROSHIMAアームチェア × dop-tambourine- (オレンジ)」

MARUNI COLLECTION
写真:川部 米応/Yoneo Kawabe
デザイナー:深澤直人/Noto Fukasawa(HIROSHIMA)
ジャスパー・モリソン/Jasper Morrison(Lightwood)

〈オークヴィレッジ〉 お椀から建物まで。 木をトータルに使ったものづくり

オークヴィレッジからつながる岐阜の森のはなし

岐阜は県土面積の82%が森林で、全国2位の森林県。
平成18年度から間伐を強化し、毎年1万5000ヘクタール以上の間伐が実施されている。

木材としては、スギがもっとも多く、14万3000立方メートル生産されている。
次いでヒノキが11万立方メートル。
ヒノキは国内シェアの5.4%に上り、全国7位の生産量である。

製材工場の数は減少傾向だが、それでも314工場があり、
全国で2位の工場数となっている(平成22年)。
ただし1工場あたりの原木消費量は、全国平均の3分の1程度で、
小さい加工規模の工場がたくさんあることがわかる。

コツコツ木を植えながら、会社をつくる

岐阜県の高山駅から20分程度、クルマを走らせた緑豊かな敷地に
オークヴィレッジはある。
しかしこの場所には、「かつてはまったく木が生えていませんでした」と
代表の稲本正さんは語る。
オークヴィレッジは今年40周年。40年前に荒れ地同然だったこの場所に会社を構え、
40年かけてコツコツと木を植えてきた結果、
現在のような森と社屋が融合したような心地よい雰囲気になった。

ショールームにてトレードマークの作務衣を着た稲本正代表。

数人で農家の納屋を借りて家具づくりをはじめたのが1974年。
木工で有名な飛騨で技術を学び、自給自足の工芸村を目指した。
農業や織物、養鶏もした。
実は30歳頃まで原子物理を研究していたという稲本さん。
オーストリアのエルヴィン・シュレーディンガーという
物理学者の著作『生命とは何か』にあった
“唯一、植物圏だけが、地球をきれいにする”という一節に感銘を受け、
森での生活をスタートさせた。

敷地内にさまざまな樹種を植えている。

〈宮崎椅子製作所〉 デザイナーと職人とでつくりあげる オンリーワンの椅子。

宮崎椅子製作所からつながる徳島の森のはなし

豊かな森に囲まれている徳島県。
森の恩恵を受けてきた歴史は長く、鎌倉時代に木材を都へ搬出していた記録もあるほど。

県土のうち森林率は75%と高く、スギやヒノキの人工林の割合は全国屈指。
そのスギの半数以上は、間もなく樹齢50年となり
徳島県は全国よりも一足早く、間伐から「主伐」の時代を迎えることになる。

そこで県ではさまざまな林業施策に着手。
生産・加工・利用の三本柱を強化する「次世代林業プロジェクト」や
木の利用を全面に押し出した全国初の条例も制定。
これから迎える主伐の時代だけではなく、
10年先、さらに未来の森も見据えて動き出している。

徳島県の山間地域。木は暮らしのなかで身近にある存在。

鏡台椅子からダイニングチェアに

明治以降、鏡台産業が盛んだった歴史を持つ徳島県。
水軍の船大工が持っていた高度な技術を生かし生産され始めた鏡台は
工程ごとに分業制で、各分野に専門の職人がいたという。

1969年に創業した宮崎椅子製作所も、もともと鏡台椅子の下請け製作工場だった。
木取りから木地加工、組み立て、布張りまでイスづくりのすべてを
一貫して社内で行い、優れた技術を持つ職人は大勢いた。
しかし「自社製品を持たなければ先はない」と考えた二代目の宮崎勝弘さんは
家具デザイナーの村澤一晃さんや小泉誠さんとの出会いを機に
オリジナル製品づくりをスタートさせた。

現在は25名の若き職人が働いている。加工や組み立てなど各工程に分担して作業している。

SMALL WOOD TOKYO 「敷くだけフローリング」 多摩産木の無垢フローリングが 自分で敷ける!

肌にも目にも和やかな、無垢の木のフローリング。
大掛かりなリフォームをすることなく、
自分で敷くことができたらいいですよね。
そんな夢を叶えてくれるのが「敷くだけフローリング」。
材料は東京・多摩産のスギ・ヒノキ。
スギはやわらかく温かみがあり、
ヒノキはきめ細やかですべらかです。
自然の木の特長を活かすために塗装も防腐処理も施していません。
普通使われている合板のフローリングよりも、
消臭効果、調湿効果、断熱効果と良いことづくめです。

床材の側面の凹凸をはめこむだけで良いので、クギやネジで留めずとも収まり良く敷くことができます。

このプロダクトを手がけるのは「SMALL WOOD TOKYO」。
東京の山側に唯一残る木材協同組合「秋川木材協同組合」の
理事長も務める「(有)沖倉製材所」の代表取締役・沖倉喜彦さんと、
合同会社++の代表社員・安田知代さんが立ち上げたブランドです。
フローリングなどの加工は沖倉製材所によるもの。
高い技術力と有り余る木への愛で、東京の山で採れた木材を、
ていねいに加工しています。

杉を伐採中

「SMALL WOOD TOKYO」では、フローリングのほかにも
東京産木材の家具などを販売中。
床板、風呂フタなど、かつては無垢の木でできているのが
当たり前だったものが、ほとんどがプラスチックや
合成品に取って代わられている現在。
「SMALL WOOD TOKYO」では、それらを再び蘇らせることで
東京の林業や森の再生を目指しているのだそう。
通信販売はWebサイトより。

「SMALL WOOD TOKYO」

徳島県「ビッグウィル」社が誇る木のアイテムたち。インクジェットで印刷できる「木の紙」も!

徳島県三好郡東みよし町にある、
木材加工・販売会社の「ビッグウィル」。
世界最薄水準となる0.1ミリの木のシートを開発するなど、
天然木材をスライスしてシート状に加工する技術では
トップレベルの企業です。
杉、ヒノキ、キリなど、地元で採れる木を使って、
バッグやのし袋、ブックカバーなどユニークな製品を作っています。

こちらは、杉や松などの天然木を薄くスライスして作った紙「樹の紙」。
A3サイズからはがきサイズまで豊富にあり、
インクジェットのプリンタにも対応しています!
片面は天然木を、片面は国産和紙を使用しています。

そしてこちらは、天然木極薄つき板の「恋樹百景」。
0.23mm(公称)という極薄の厚みで、
従来の木製壁紙製品より扱いやすくインテリアに使用可能。
内装クロス職人さんでも施工を行うことが出来るのが画期的なんです。

こちらは「樹の熨斗袋」価格:1,200円(税抜)

「明日の扉ノート」価格:1,000円(税抜)

さらに、一つひとつ手作りした「樹の熨斗袋」や、
杉、ウォールナットでカバーが作られた「明日の扉ノート」なども。
いずれも、木が本来持っている、手触りやあたたかさをそのまま感じる、
工夫のある製品たちです。
通信販売も可能です。

ビッグウィル ネットショップ

ひとの「想い」を伝える紙メディア オンデマンド出版ができること。 「コンテンツワークス」後編

前編:[ff_titlelink_by_slug slug='tpc-thi-tsukuru-033' append=' はこちら']

想いをより伝えるメディアをつくる

オンデマンド出版の黎明期から業界を牽引してきたコンテンツワークス。
紙は「想いをより伝えるメディア」と考え、
オンデマンド出版を通じて、変化するひととひとの関係性に着目してきた。

「わざわざ紙にしなくても出版できる時代に、
わざわざ紙にするというのは“想い”があるんです」
と語るコンテンツワークス社長の荻野明彦さん。

だからこそメディアの使い方から、コミュニケーションの方法を
提案したいと考えるのだという。
誰もが出版できる時代。「何」を伝えたいと考えるニーズがあるか。
そこにマスメディアと違ったメディアの意味がみえてくる。

「たとえば地域おこしやまちづくり、家族や介護の分野でも変化が起きる」
と考える荻野さん。
コンテンツワークスの考える「想いをより伝える」を取材した。

フォトバックのサービスで作られた本

自分や仲間が撮った写真を1冊の本にまとめるフォトバックのサービス。(写真提供:コンテンツワークス)

デジカメ撮影の様子

デジタルカメラやスマートフォンの普及でメディアがパーソナルなものとなり、紙を使った表現も変化してきている。(写真提供:コンテンツワークス)

もともとは親孝行から始まった「moca」

今年、絵はがきアプリ「moca」をリリースした。
コンテンツワークスが提案する「想いを伝えるメディア」のアプリ化だ。
スマートフォンで撮った写真をそのままハガキにして相手に送ることができる。

「写真を送るのっていま大変じゃないですか。プリントして封筒につめて。
だからスマホでいい写真がとれたら、そのままハガキで送れないかなと思って」
と荻野さん。
そのアイデアはこんなことから生まれた。

「もともとは“親孝行”から始まったんです。
スマホで自分の子どものかわいい写真が撮れたとき、
それを自分と妻の両親にそれぞれ送ったら喜んでもらえるのではないかと」

日々成長する「孫」の姿を絵はがきで両親に送る。
これはご両親にとっては嬉しいはがきだ。
スマホで撮って、mocaのアプリを立ち上げると
登録してある住所にそのまま送れる。
2枚で500円。夫婦がそれぞれの親に送るイメージなのだそうだ。
切手代も含まれている。

親孝行以外にもいろんなコミュニケーションの場面で使える。

「たとえばいま僕はこうしてインタビューを受けていますが、
いまこの場で写真を撮って“今日はありがとうございました”と
お礼状にして送ることができる。営業にも使えると思うんですよ」

簡単に絵はがきを送れる

スマートフォンから写真を一枚選んで、簡単に絵はがきを送れるスマホアプリ「moca」。(写真提供:コンテンツワークス)