連載
posted:2015.1.9 from:埼玉県飯能市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
writer profile
Emiko Hida
飛田恵美子
ひだ・えみこ●茨城出身、神奈川在住。「地域」「自然」「生きかた・働きかた」をテーマに、書くことや企画することを生業としている。虹を見つけて指さすように、この世界の素敵なものを紹介したい。「東北マニュファクチュール・ストーリー」の記事も担当。
credit
撮影:藤原かんいち
http://www.kanichi.com/
木楽里からつながる埼玉県の森のはなし。
埼玉県の森林面積は1213平方キロメートル。
県土の3分の1が森林で、県西部の秩父連山とこれに続く丘陵地、
洪積台地に広く分布している。
山地は土壌が肥沃で木材の成長に適しているため、
長い間スギ、ヒノキの植林が続けられてきた。
特に飯能市を中心とした西川林業地域は人工林率が80%に達し、
優良材の生産地として全国的にも有名だ。
今回は、この地域から生まれる西川材製品の物語を紹介したい。
木材の有効活用、林業のPR、収入源の確保。3つの動機を満たせるのは、木工だった。
最寄りの東吾野駅で降りると、あるのは山々と川だけ。
都心から1時間強にある場所とは思えない自然豊かな環境だ。
川沿いを20分ほど歩くと、「きまま工房・木楽里(きらり)」の看板が現れる。
木楽里は、木製品を自分でつくることができる工房だ。
工房使用料は、会員になると1時間1200円、1日3500円ほど。
そこに機械加工料や材料費が加わる。
打ち合わせをして材料選び、機械加工・仕上げ加工を行い、組み立てるという流れで、
スタッフが技術サポートやアドバイスをしてくれる。
子どもが夏休みの自由工作をしにくることもあるそうで、
取材時も近所の女性が「おかげさまで親戚の子が賞をとりました」と
うれしそうに賞状を見せにきていた。
「ここで初めて木工をするとか、
初めてカンナやノミに触れるっていう子も多いんですよ」
と目尻に皺を寄せるのは、木楽里のマスター、井上淳治さん。
ここでは「とっつぁん」のあだ名で親しまれている。
井上さんの家は、江戸時代以前から代々続く林業家。
正確な歴史は不明だが、このあたりの住所も井上なので、
相当古くからこの地にいたと予想される。
自身も林業に従事する井上さんが木楽里を始めた背景には、いくつかの要因がある。
「木材はキズや虫食いががあると、市場でけなされるんですよ。
それは仕方ないんです、きちんと品質確認することも買う側の仕事だから。
でも悔しくてね、大事に育てた木がけなされるばかりで褒めてもらえないのは」
欠点のある木でも、いいところを見つけて自分で有効活用してやりたい。
それがひとつめの動機だ。
「ふたつめは、木のPRをしないといけないと思ったから。
昔はプラスチックがなくて周りのものがほとんど木でできていたけど、
いまは木離れが起こって、木の良し悪しがわかる人がいなくなった。
このままではいつか林業が立ち行かなくなるという危機感がありました」
ただ良い木を育てることに集中していればよかった時代ではもうない。
林業家自身がもっと木の魅力を伝えていく必要があると考えるようになった。
「最後は、経営のこと。中山間地が林業だけで回っていたのは、
実は高度経済成長期だけなんです。
それ以前は、養蚕と薪炭との3本柱で成り立っていました。
養蚕のスパンは毎年、薪炭は15年、林業は40年以上。
短期的なもの、中期的なもの、長期的なものを組み合わせることによって、
蚕に病気が発生したり、林業不況が訪れたりしても、
ほかのもので食いつなぐことができるというわけです。
賢いやり方ですよね。私も、林業を続けるためには
林業以外の収入を確保しないといけないと考えました」
木材の有効活用、林業のPR、収入源の確保。
この3つを満たせるものに取り組みたいと考えた結果、
行き着いたのが木工だった。
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「木工に興味があるけど、場所がない」人のために。
独学で木工を始めると、イベントで使う輪切りの名札の製作を頼まれるなど、
小さな仕事が入ってくる。そのお金で木工機械を揃えていった。
当時はまだお店がなく、あったのは林業に使う倉庫と事務所だけ。
しかし、そこで井上さんが木工をしていると、立ち寄る人が現れ始めた。
「本立てをつくりたいので、木材を売ってほしい」
「木工機械を買ったけど、マンションの上下左右から苦情が出てお蔵入りしてしまった」
そんな声を聞いているうちに、井上さんは閃いた。
木工に興味のある人は多いけど、材と場所で苦労している。
それを提供することが商売にならないだろうか?
あちこちの体験工房を視察して勉強し、1997年7月に木楽里をオープン。
しばらくは大盛況で、目の回る忙しさだったそう。
それから17年、井上さんはたくさんの人に
木の魅力と木工の楽しさを伝え続けている。
ものづくりを通して、西川材の魅力を伝えたい。
木楽里では、製作キットや完成品の販売も行っている。
使用するのは、「西川材」がほとんど。
西川材とは、埼玉県南西部を流れる
高麗川・名栗川・越部川流域から生産される木材のこと。
昔、この地域の木材は筏で江戸まで運ばれていた。
江戸から見て、「西の川から送られてくる良質の材」ということで、
西川材と呼ばれるようになった。
「西川林業地域の土壌は肥沃すぎず痩せすぎず、それでいて栄養分が豊富で、
良質なスギ・ヒノキの生育に適した環境なんです。
木目が細かくて美しく、やさしい印象を与えることが西川材の特徴ですね。
ものづくりを通して西川材の魅力を伝え、
最終的には木の家づくりにつなげられたらと思っています。
それが森を豊かにする、一番の方法だから」
木楽里を運営していて面白いのは、訪れた人の反応だそう。
工房には、机や本棚など利用者のつくりかけの作品が置いてある。
「これ、いいですね、いくらくらいでできるんですか?」と聞かれて価格を答えると、
「えぇっ」と驚かれる。そこまではみんな同じ反応。
でも、そこから先の言葉は真っ二つに分かれる。
「えぇっ、そんなに高いの!?」と、「えぇっ、そんなに安いの!?」と。
その差は、「何と比較するか」で生まれるのだろう。
木目調プリントの家具と比べるか、職人のつくる本物志向の家具と比べるか。
前者が悪いわけではないが、やはり本物には本物の良さ、魅力がある。
それを知ってほしい、一度使ってみてほしい、と井上さんは願う。
「身の回りのものを人工物で揃えると、直線の集まりになってしまいがちです。
でも、木や森には、直線がないでしょう。ゆがみ、揺らぎがある。
自然は本来そういうもので、人の心にもいい影響を与えるといわれています。
まだまだ木についてはわかっていないことも多いけど、
科学的に証明されていることもある。
そういったことも含めて、伝えていきたいですね」
木の小物や家具は好きだけど、職人の作品はどうしても高くて手が出ない。
そんなときは、木楽里を訪れてみてはどうだろうか。
思い描いた木製品を、自分の手で生み出せるかもしれない。
そして、作品が完成した頃にはきっと、
木の香りや感触、木目の美しさに心が安らいでいる自分に気づくはずだ。
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木のある暮らし 埼玉・木楽里のいいもの
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きまま工房 木楽里
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